AIが答えを出せない問の設定力_鳥潟幸志 はじめに AFTERA1時代の コアースキルとは? 「外部環境の変化が早すぎて、将来に不安を感 じています。とくに近年の生成AIやテクノロ ジーの進化によって、今の仕事が5年後・10年 後もそのまま残り続けるのか確信を持つことが できません」  「とりあえず、時間を確保して自己投資をして いるが、この投資が本当に意味あるものなのか 分からずに不安が募っています」 「自分軸を持って、自分らしく、自身の強みを 活かして、今の環境で活躍したいです。しかし、 実際のところ何を目指して努力をすればよいか 分かりません」  これらは、私かビジネススクールの教員とし て、さらに動画学習サービスの事業リーダーと して数十万を超える社会人と接する中で聞こえ てきた悩みです。年齢層も10代から60代と幅広 い層の方々が同様の悩みを抱えています。もし かしたら、本書を手にしていただいている読者 の皆さんの中にも、心のどこかでこのような悩 みを持つていらつしやる方は多いのではないで しょうか。  テクノロジーの進化に伴う変化の必要性は、 インターネットが登場して以降も常に議論をさ れてきたテーマです。しかし、ここ数年の人工 知能、とくに2022年H月に0penAIがリ リースしたng己涓に代表される「生成AI」 を震源とした地殻変動は、これまでの変化とは その質もインパクトも異なっていると言えます。 これまでのIT技術の発展は、情報収集・コ ミュニケーション・作業プロセスなど多くの側 面で私たちに多大なメリットをもたらしました が、本質的には私たちの祖先が時間をかけて 行ってきた作業を「効率化する」という変化が 中心だったと言えるでしょう(匹一手紙から 電話、メールへ。手書きのメモ作業から、音声 認識でテキストへ。書籍で情報収集から、ネッ トで検索へ)。  ∩ぼ5コに代表される生成A−では、「考え る」という人間が持つ重要な営みの一部をコン ピュータが代替しつつあると考えられます。例 えば、メールマガジンのタイトルのアイデア出 し、顧客へのメール文書の素案作成、ビジネス プランのアイデア出しなど、これまで数時間、 内容によっては数週間かけて行ってきた業務を ほんの数秒で完了させてくれます。私自身も、 日々のビジネスシーンで生成AIを立ち上げて、 議事録の要約文書の作成や、企画のアイデア出 し、スピーチ原稿の素案作成など幅広い領域で 活用をしています。プライベートでも、 ∩ぼ5吻Hを活用して毎朝15分ほど英語学習を しています。  私か勤務する株式会社クロービスでは、 2017年にAI経営教育研究所を立ち上げ、 教育領域におけるAIの可能性を研究してきま した。前述のOpenAIがAPIを公開した翌々 日には、世界初の生成AIを活用した教育プロ グラムの開始を発表しました。さらに、その3 ヵ月後には動画学習サービスの「GLOBIS 学び放題」に生成AIを活用したフィードバッ ク機能をリリースしました。この機能では、毎 日数十万を超えるユーザーさんの振り返り内容 に対して、AIがまるで講師のような形で フィードバックを行うことが可能になっていま す。この機能のリリースに向けては、私自身も 企画担当としてエンジニア、デザイナーと共に プロジェクトに深く関与しました。   AIに触れて感じた3つの気づき  このように、日常業務や担当プロジェクトに おいて、生成AIと深くかかわる中で、いくつ かの気づきがありました。1つ目の気づきは、 「生成A−に入力する”問い”の質によって、 引き出される回答に大きな違いがある」という ことです。例えば、「XXプロジェクトを成功 させるためのアイデアとは何か?」という、抽 象的な問いを入力した場合、その回答は「可も なく不可もない」一般的な内容が出力されるこ とになります。一方で、「Xというミッション を実現し、目標数値Yを達成するために、最初 に考えるべきテーマは何か?」という具合に、 詳細な問いを設定することで、より踏み込んだ 回答を引き出すことが可能となります。これら のテクニックは、「プロンプトーエンジニアリ ング」といった言葉で表現されることもありま すが、私が興味を持ったのはその手法論ではな く、そもそもの「良い問いとは何か?」という ことでした。  先はどの例で考えると「Xというミッショ ン」や「目標数値Y」という部分は、何によつ てつくられるのでしようか? それは、人間が 生み出す畄富少であり、それが含まれている 問いこそが良い問いなのではないかという仮説 を持ちました。さらに、その意思は結局、本人 が持つ価値観や哲学、「自分らしさ」がベース となって生み出されるものであると考えるに至 りました。もっと踏み込んで言えば、良い問い を投げかけて、良い答えを引き出し、さらに問 いを重ねていくというプロセスは、A−の活用 だけではなく普段の実生活でも、そのまま求め られる能力であると思います。  2つ目の気づきは、「良い問いを入力し、良 い選択肢が提示されたとしても、最終的にそれ をどのように判断するかは人である」というこ とです。生成AIは過去に蓄積された大量のテ キスト情報からもっともらしい回答を生成する のであって、言い換えれば可能性の高い選択肢 を提示しているにすぎません。だからこそ、あ くまで決定する主体は私たちにあり、決定した ことにより生じた結果に責任を負う必要があり ます。では、私たちは生成AIが生み出す選択 肢に対して、どのように決断すればよいので しょうか? この疑問に対する私なりの仮説は、 本編で触れたいと思いますが、1つ目の問いの 設定力と同様、「決める力」は普段の私たちの 生活においてもますます重要になる能力だと思 います。  3つ目の気づきは、「生成A−が機械的に生 み出した答えに我々は従いたいのか? という 疑問であり、やはり私たちは魅力あるリーダー が語りかける内容についていきたいと思うので はないか」という仮説です。先日、この疑問に 関連する興味深い実験結果を目にしました。簡 単に要約すると、AIによって作成された数十 枚のアート作品を「人間によって作成された」 あるいは「AIによって作成された」というラ ベル付きで提示し、参加者に評価してもらいま す。結果として、参加者は「人間によって作成 された」とラベル付けられた作品の方を好む傾 向があったと報告されています。この傾向は、 作品の美しさ、深さ、価値などの基準において とくに顕著に見られました(出典: Humans versus AI: whether and why we prefer humanI qeated compared to Al-created artwork)。  上記の研究結果は、アート作品の評価がその 質や内容よりも、誰が作成したかという情報に 影響される可能性があることを示唆しています。 さらに深く考えると、生成AIがどれだけ正し い戦略を立てて、実行計画を提示しても、それ を受け取る人たちが前向きに捉えて実行しない 限り意味がないと言えます。だからこそ、A− が普及し進化した時代だからこそ、人が人に与 える影響、つまり人を巻き込むリーダーシップ の重要性が高まるのではないでしょうか?  ここまで3つの気づきを見てきましたが、こ れらの考察を踏まえて、A1時代に求められる 能力として次の3つが大切であるという仮説を 持つに至りました。  1.問いの設定力  2.決める力  3.リーダーシップ  さらに、これら3つの能力の質に大きな影響 を与えるものとして、  4.自分らしさ(。111自身の人生観、哲学、志    など)  が、より重要になると考えています。良い問 いを生み出すのも、物事を決めるのも、周囲を 巻き込むのも、外の世界に一般的な解かありそ れを活用するのではなく、本人の内面にある価 値観が大きく影響していくと考えます。もちろ ん、先例や他人の考えを参考にする時があって もよいでしょう。しかし、常に外部の情報に 頼っていては自分で物事を考え、決めて、周囲 に影響を与えることは難しくなっていくのでは ないでしょうか。その辺りの背景は、本編で詳 しく述べていきたいと思います。  そして、この「自分らしさ」を深掘り・結論 を導くためには、自身の内面に向けた「問いの 設定力」が必要になると考えています。   「自分らしさ」と「問い」の関係   について  冒頭でも触れたように、私たちを取り巻く環 境の変化は早く、その変化の度合いも大きく なっています。その中で、自分らしく生きるた めのヒントや答えを求め続けることは、大変な ことです。私の場合、忙しい社会人生活の中で 必死に結果を出そうと多くの情報を取得し、気 付けば常に答えを外に求める状態が続いていま した。朝起きてSNSで友人・知人の発信を確 認し、通勤時間にはニュースメデイアで情報を 取得し、仕事が始まると大量の会議や打ち合わ せ、メールの返信等を行ってきました。仕事が 終わって帰宅する頃には、頭も体も疲れていて 何も考えることができない状態でした。それで も自分が求める情報は外にあると信じて、常に 外の情報を探し続けました。おそらく、過ごす 時間の99%は意識が外に向かっていたと思いま す。  社会人2年目に、私は縁のあった友人3名と 一緒にPR会社を創業することになりました。 取締役C00という立場で、まさに寝る間も惜 しみ事業成長に向けて邁進してきました。事業 内容にも意義を感じ充実した日々を送っていた 私でしたが、30歳前後の年末年始休暇の間に改 めて自分の内面に向き合いました。その中で、 幼少期からずっと興味のあった「教育」という テーマを再度意識するようになりました。そこ で、私はまた外に答えを求めるべく、教育関連 の書籍を読んだり私か尊敬する方々にキャリア の相談をしていきます。取得する情報は全て正 しいけれど、どれも決め手に欠ける。常に頭の 中にモヤモヤがある状態のまま約2年続きまし た。危機感を持った私は、思いきって自分自身 に向き合う覚悟を決めて、徹底的に考えました。  自分は本当は何をしたいのか?  なぜ、教育という領域に興味があるのか?  自分たちで立ち上げた会社から離れてまでや る仕事なのか?  教育業界に転身すれば、きっと給与も大幅に 下がる。それでもいいのか?  家族は反対しないのか?  いろいろな問いを自分に投げかけて、丁寧に それに答えていきました。そのやりとりをノー 卜に書き出して改めて読み返した時に、私の中 で結論は出ていました。すでに私の中に答えが あったのでしょう。迷いはありませんでした。 自分自身へ問いかけ、自分自身と対話すること で、本当に重要なことが表面化したのです。  この経験をきっかけに、「問いの持つ力」に 興味を持ち始めました。問いは、重要な判断を 促すとともに、日々の小さな行動や日常生活に も影響を与えるものです。また、これまで見て きた通りAIやテクノロジーを使いこなす際に も大切になると考えられます。ただし、この問 いの可能性を十分理解し、活用することはとて も難しいと感じます。本書では、「一度しかな い大切な人生を自分らしく生きていくために、 問いをどのように役立てることができるのか」 という点についても触れていきます。  クリェイティビティと問い、そし  て「自分らしさ」との関係につい  て  先はども触れましたが、生成AIを適切に利 用することで、アイデアを無数に生み出すこと が可能になります。私自身も、プライベートか ら仕事に至るまで、多くのアイデアを生成AI と共に考える習慣があります。これは非常に便 利な一方で、多くの人がこれらのツールを活用 することで、類似したアイデアが溢れ、クリェ イティビティが相対的に平準化されていく可能 性もあると感じます。その意味では、一部の天 才や発明家がもたらす強烈なクリェイティビ ティは、今後も影響を与え続けるでしょう。一 方で、これからは一般のビジネスパーソンがそ れぞれの持ち場で発揮するクリェイティビティ こそが重要になっていくのではないかと思いま す。それは、目の前の小さなイノベーション だったり、現場を知り尽くしたからこそ生み出 せる微細な修正・改善だったりします。そして、 そのオンリーワンの小さなクリエイティビティ 同士が繋がり、組み合わされることで、結果と して大きな変化を生み出していくと考えます。 その独自の小さなクリエイティビティのベース には「自分らしさ」が必要であり、それを深掘 りするための「問い」が大切になるのです。  もし、本書を手に取ってくださる皆さんが、 変化の激しい時代における能力開発のこと、仕 事のこと、キャリアのこと、友だちとの関係な どに悩みを持ち、その解決のために外部にのみ 答えを求めているのであれば、勇気を出して、 自分に向き合っていただきたいと思います。 「自分らしさ」をベースにした思考・行動が、 きっと皆さんに自信をもたらしてくれると思い ます。本書は、そのための一助になればと思い、 執筆をさせていただきました。  2024年3月吉日                     著者 AFTERAIの定義 と時代の変遷  第1章では、AFTERAIの時代に私た ち社会人に求められる能力について考えてみま しよう。ここで使っているAFTERAIと いう言葉ですが、本書では「テクノロジーが人 間の”考える”という作業の一部を代替してい く状態」と定義してみます。本書の冒頭でも触 れた通り、生成AIの登場によりごく単純な思 考作業からクリエイティブ作業に至るまで、幅 広い領域でヒトからキカイヘの作業シフトが発 生しています。一方で、それ以前のBEFOR EAIの時代においては、テクノロジーは多 くのイノベーションを起こしながら進化してい るものの、。考える”主体はあくまで人間であ り、テクノロジーはその補助として効率化を支 援する内容が中心でした。  ここで、改めて今の私たちを取り巻く環境と これまでのテクノロジーの進化の経緯を、産業 革命の歴史と照らし合わせ確認してみましよう。  産業革命の歴史は、人間の既存作業や労働を 根本的に変革し、業務効率を大きく向上させて きました。第一次産業革命(18世紀後半)は、 蒸気機関の登場により、手作業中心の生産から 機械による大量生産へと移行しました。これに より、繊維産業などが劇的に変化し、物流や交 通の効率化が進みました。  続く第二次産業革命(19世紀後半から20世紀 初頭)では、電力の普及により、工場生産がI 層効率化されました。大量生産システムが確立 され、フォードの自動化された流れ作業は、自 動車産業などに革新をもたらしました。同時に、 電話や電報の発明が、コミュニケーションのス ピードを飛躍的に高めました。  20世紀後半の第三次産業革命では、コン ピュータとインターネットの普及により、情報 の処理能力と共有速度が格段に向上しました。 これにより、データの分析、文書の作成、通信 などの業務が大きく効率化され、ビジネスのグ ローバル化か加速しました。  そして現在進行中の第四次産業革命は、AI、 ロボティクス、ビッグデータの統合により、こ れまでの人間の労働をさらに自動化し、効率化 しています。サイバーフィジカルシステムやl OTによるスマートエ場は、製造業をはじめと する多くの分野で、人間の作業を機械に置き換 え、新たなビジネスモデルを生み出しています。  これらの産業革命は、技術の進歩によって人 間の作業を次々と置き換え、効率化することで、 経済の発展と社会の変化をしてきました。そし て、2022年以降世界中に広がった生成A− 技術は、人の思考やクリエイティブ領域にまで、 貢献の幅を広げようとしています。以下に、本 書で表現しているAFTERAIのイメージ を図表化しておきます。 時代の変遷に合わせて、 変化が求められる能力  人類が誕生してから現代に至るまで、「思 考・創造性」は一貫して人間が持つ特別な能力 と思われてきました。それが、テクノロジーの 急速な発展によりごく単純な思考作業を皮切り に、少しずつ代替される可能性が見えてきまし た。この技術トレントの前後で、私たちに求め られる能力にはどのような変化があるのでしょ うか? BEFOREAI(後期)からAF TERAIにかけて、必要な能力がどのよう に変化するのかを表した前の図を参照してくだ さい。  図の左側に示されている内容からみていきま す。まず、BEFOREAI(後期)につい ては、コンピュータとインターネットが普及し た後の2000年代以降をイメージいただきた いと思います。この時代には、スマートフォン、 SNS、動画共有サービスなど新しいテクノロ ジーを土台に便利なサービスが数多く誕生しま した。その過程で多くのスタートアップが日本 でも生まれることになり、私たちの日常生活も 一変しましたが、私たちが普段使うサービスの 多くを生み出しだのは日本企業ではなく米国を 中心としたグローバル企業です。  一方で、日本のGDPの多くは、依然として 大企業を中心に生み出されています。そしてそ れらの大企業は、1980年代以降に成長した 製造業や通信業、金融業などを母体とする企業 です。これらのビジネスで重要な要素は、製 品・サービスの「品質」や効率的なオペレー ション構築による「コスト削減」にあります。 そのため、多くの大企業が中央集権的でオペ レーションを重視した形で組織を運営していま す。現在、イノベーションの重要性が叫ばれ、 さらに人的資本開示の流れもあり、多くの企業 が組織のあり方を変化させようと努力をされて いますが、その変革の道のりは長く続くと言え るでしょう。  これとは対照的に、多くのイノベーションを 生み出し、柔軟に変化し続けている組織はこれ までと異なるパラダイムで組織運営を行い、そ こで活躍する人材も新しい能力を身につけ。 アップデートをし続けています。ここからは、 ビジネスパーソン個人の能力に焦点を当てなが ら、BEFOREAI/AFTERAIの求 められる能力の変化をみていきたいと思います。  「正解の発見力」から、 「問いの設定力」へ  以前の事業環境では、組織や上司が設定した 課題や目的を正確かつスピーディに解決するこ とが重視され評価されてきました。営業目標を 達成する、業務処理をミスなく遂行する、コス ト削減をする、お客様からの質問に正確に回答 するなど、囗常に謚れる作業の多くには。正 解”が存在し、そこにいち早く辿り着ける人が エリートとされてきました。  それは、私たちの幼少期からの教育システム も同様です。テストには必ず1つの正解があり、 その正解を正確にスピーディに導ける人が。優 秀”とされ、良い学校へ進学し、良い就職先に 入社することができるという具合でした。それ は、大量生産・大量消費時代のビジネス環境に は最適な教育システムだったのかもしれません。 しかし、現在のように変化が激しく、そもそも 唯一の正解が存在しない、もしくは課題を正し く特定することすら難しい状況では、誰かに与 えられた課題を解決するだけの能力は、指示待 ち人間として評価が下がっていくだけではなく、 その解決能力そのものがキカイに代替されてし まうリスクがあります。  そのため、正解を発見し解決する能力に加え て求められてくるのが、そもそも何を解決する べきなのか? 何を理想とするべきなのか? といった、問いを自ら設定する能力です。適切 なタイミングで、適切な順番で、適切な問いを 設定し、思考を促し行動できる人材が、これか らの社会では求められると考えられます。この 「問いの設定力」の詳細は、第3章で詳しくみ ていきます。  「判断を仰ぐ力」から 「決める力」へ  次に意思決定にかかわる内容をみてみましよ う。創業社長や個人事業主以外の、組織に所属 するほとんどの社会人には、上司が存在するで しよう。当人と上司の関係にもよりますが、与 えられた権限の範囲内で仕事をこなし、それを 超える範囲については上司に報告・相談して物 事を進めることが一般的です。なぜならば、経 験や知識も豊富な上司の方が、物事を適切に判 断できるとされてきたからです。この時に、情 報を適切に収集し、選択肢を示し、上司に判断 を仰ぐ力がとても大切になります。  組織規模が大きな組織でマネジヤー職にある 方にとって、現場の情報を正しく把握すること は非常に困難です。そのため、自分が現場に降 りるのと同時に、部下が報告する情報に頼る必 要があります。その際に、「緊急度・重要度」 が高い情報を適切に取捨選択し提供する部下は、 とても頼りになるものです。そして、そのよう な能力を持つ部下は上司に評価され、より上の ポジションに引き上げられていくこともありま す。  部下から上司へ組織の課題を相談する際に、 部下本人の意見を加えて相談することもありま すが、それでも最終的な判断はあくまで組織の 上司が行うことが一般的でした。しかし、変化 の激しい現在の社会においては、あらゆること を上司に相談し指示を仰ぐだけでは、対応ス ピードが遅くなり、結果として成果を出すこと が難しくなってきています。  仕事の進め方に「PDCA」というサイクル があります。長期的な見通しがあり、計画通り に進めることが重要な職場では、とても有効な フレームワークです。一方で、環境変化の早い 業界では、P(計画)を練っている間に状況が 変化してしまい、D(実行)の意味がなくなっ てしまいます。刻々と状況が変わるシーンの意 思決定のあり方について、00DA(ウーダ) という考え方があります。米空軍のパイロット、 ジョンーボイド氏が提唱したとされるこのモデ ルでは、observation(観察)、〇rientation(状況 判断)、Decision(意思決定)、y巳目(行動) のサイクルを回すことの重要性が提唱されてい ます。まさに前線にいる人が観察して、状況判 断し、意思決定し、自分の責任の元で行動する。 このような動き方が、これからの時代には求め られてくるのではないでしょうか。  一方で、これまで上司や組織に判断を仰いで いた人にとって、「自分で決める」ということ は難しいものです。これまで見てきた通り、生 成AIを活用することで複数の選択肢や。もっ ともらしい”回答を瞬時に得ることが可能にな ります。しかし、その内容を取捨選択し判断す るのは、あくまで私たち人間です。私もこれま での社会人人生の中で、急に決める立場になり 立ち往生したことが多々あります。第4章では、 個人として「決める力」を養うために身につけ るべき視点について、解説していきたいと思い ます。  「フオロワーシップ」 から「リーダーシップ」 へ 組織に属する人々を大きく2つに分けると、 組織を牽引するリーダーと、リーダーの下で活 躍するフォロワーがいます。フォロワーシップ という言葉は、1992年にカーネギーメロン 大学のロバートーケリー教授による著書『The Power of FollowershipJ』の中で初めて紹介され たと言われています。私自身も実感することで すが、組織で成果を出すリーダーは、そのリー ダーの能力に加えて優秀なフォロワーに支えら れていることが多いです。リーダーシップに比 べて、フォロワーシップは馴染みの薄い方もい らつしやると思いますので、改めて意味を確認 してみたいと思います。  このフォロワーシップについてロバートーケ リー教授は、次の通り5つに分類をしています。  ケリーは批判的な思考と積極的関与の観点か らフォロワーを5つに分けました。横軸に、組 織や仕事に対する積極的関与の度合いをとりま す。縦軸は、リーダーの言動を無批判に受け入 れず、自立した思考ができるか、その度合いで す。こうして分類した5つを、孤立型フォロ ワー、消極的フォロワー、順応型フォロワー、 実務型フォロワー、模範的フォロワーと呼びま す。  1.リーダーを批判する一方で努力しない、   不機嫌な服従タイプの孤立型フォ囗ワー 2.考えることをリーダーに頼り、熱意がな   く、指示なしでは動けない、消極的フォ   囗ワー 3.リーダーや権威の判断に従い、上に誰か   がいると心地が良い、順応型フォ囗ワー 4.要求通りの仕事をこなすが、それ以上の   冒険はしない、実務型フォ囗ワー 5.そして、組織の利益のために独自に考え、 建設的な批判をして行動する、模範的 フォ囗ワー  それぞれのタイプは育成や評価方法によって、 部下は模範的フォロワーに変わり得るとケリー は考えました。過去から現在に至るまで、模範 的フォロワーで示されているような人材に評価 が集まってきました。もちろん、今後七人と人 が協調して仕事を進める以上、この模範的フォ ロワーのような素質は重要であり続けるでしよ  一方でAFTERAIの時代には、管理職 の立場にない人も含めて、全てのビジネスパー ソンにリーダーシップが求められるようになる と私は考えています。その理由は次の2点です。  1.変化スピードの速い組織では、一握りの    リーダーだけが方針を示すのではなく、    現場に近いスタッフが状況判断し方針を   示し、周囲を動かすことが期待されるか   ヽb。 2.生成A−がいかに論理的に正しい結論を   出したとしても、人は完全にそれに従い   たいと思えず、結局は魅力あるリーダー   の言葉に共感し行動を起こすと考えられ   るから。 この2つについての詳細や背景、さらにりI ダーシップを身につけるために必要な視点につ いては、第5章で触れていきたいと思います。 集団の。らしさ”に 沿って生きる力から、 「自分らしさ」に沿って 生きるカヘ  (Iバードビジネススクール教授で、『イノ ベーションのジレンマ』などの名著を残したク レイトンークリステンセンは、(Iバードを卒 業する学生に向けて『イノベーションーオブー ライフ』という書籍を発表しました。イノベー ション理論を人生に当てはめるユニークな視点 で、発売から20年以上経過した現在でも世界中 で支持されている名著です。この書籍の原題は、 『How will y目Measure Your 』ife? J](自分の人生 を評価するものさしは何か?)になります。彼 の問題意識は、世間的にエリートと呼ばれる卒 業生が、長い年月を経てCEOにまで上り詰め たのに、その後に粉飾決算をしたり、仕事に明 け暮れて家族と疎遠になり寂しい晩年を過ごし ているという事例があまりに多いことにありま した。努力をし続けた結果、幸福になるどころ か不幸になってしまう。その原因を、彼は人生 の「ものさし」にあると指摘しました。お金、 地位、名誉を重要な尺度として努力し続けるこ とは、本当に人生を幸せへ導くのか? もっと 大切な尺度が人生にはあるのではないか? こ のような大きな問いを、クリステンセンは提起 しました。  この「人生を評価するものさし」という概念 は、現代の私たちにとっても大切です。BEF OREAIの時代の組織では、組織のルール に従い、プロセスに従順で、期待された課題を 解決することが評価されてきました。この時の 「ものさし」は、集団の”らしさ”に沿って行 動することだったと言えるでしょう。それがよ り巨大化し硬直化すると、いつしか組織の秩序 を守ることが目的化してしまい、顧客や従業員 のメリットを犠牲にしてしまうようになってし まいます。明らかに不正であり、道徳的・倫理 的に誤ったことだと理解していても、会社組織 の内に閉じた「ものさし」に沿って判断し続け た結果、自分でも信じられないような過ちを犯 してしまうことになるのです。  では、この「自分らしさ」とは一体何なので しょうか。それは、自分の価値観・哲学、人生 観など様々な表現の方法がありますが、いずれ にしても他者から与えられるものではなく、自 分自身で見出していく必要があるものです。ま た、この「自分らしさ」がこれまでみてきた 「問いの設定力」、「決める力」、「リーダーシッ プ」にも大きく影響を与えます。  「自分らしさ」に沿って生きる力の必要性、具 体的に「自分らしさ」を再発見するヒントにつ いては、第6章以降でみていきたいと思います。 AIが答えを出せる 「問い」、出せない「問 い」 「はじめに」でも触れたように、私は毎日のよ うに生成AIを活用しながら仕事をしています。 ちょっとした調べ物から、アイデアの壁打ち役 として、さらに最近では英会話レッスンの先生 としても活用をしています。英会話レッスンの 先生というのは、私か英語で生成AIのアプリ に話しかけると英語で応答してくれるわけです が、このラリーを毎囗15分程度やりとりしてい ます。あまりのスムーズさ、そして精度の高さ に最初はとても驚きました。生成AIは、入力 する問いの質によって得られる回答に大きな差 が出てきます。回答をより効果的に引き出すた めのノウ(ウは「プロンプトーエンジニアリン グ」と呼ばれており、注目されている領域です。 プロンプトーデザイナーや、プロンプトーエン ジニアという肩書を名乗っている人もいるよう ですが、この領域はこれからも形を変えながら 進化し続けると思われます。  また、私か所属するクロービスでは生成AI を積極的に事業に活用しており、〇罵巨七が ∩ぼ5コのAPIを公開してから数力月の間 にユーザー向けサービスを複数リリースしてい ます。私自身は、「GLOBIS学び放題」と いう社会人向けの動画学習サービスの事業リー ダーを務めていますが、その事業でもすでに3 つの生成AIを活用したサービスを提供してい ます。1つを紹介すると、利用者である受講者 が動画学習をした後に「振り返りコメント」を 入力すると、生成AIからフィードバックコメ ントが得られるという内容です。クロービス独 自のメソッドがプロンプトとして設定されてい るため、受講者からはまるで教員からフィード バックを受けているようであり、モチベーショ ンも上がるという前向きな評価をいただいてい ます。クロービス経営大学院で教員もしている 私としては、動画学習後にユーザーが入力する 振り返りにコメントを返したいと常々思つてい ましたが、数十万を超えるユーザーに人力でコ メントするのは不可能と諦めていました。それ が生成AIの技術を活用することで、実現でき たわけです。  このように日々の仕事や、担当事業において も生成AIを活用している中で、様々な気づき もありました。その中でとくに感じることは、 A−が答えやすい問いと、答えにくい問いがあ るということです。いろいろな視点で整理が可 能ですが、シンプルに4つの観点で整理してみ たいと思います。  1つ目は、選択肢竺思思の視点です。選択肢 を求める問い(匹一どのような考え方がある か?)については、AIはスピーディかつ網羅 的に答えを出してくれます。実際にアイデアの 壁打ちをしたり計画を作る際には、このパター ンの問いをぶつけることが多いです。一方で、 自分自身が決める必要があるものや、そもそも 自分の意思に関係するような問いについては、 当然ながらAIは答えを出してくれません。例 えば、私はどうしたいか? という類の問いで す。これはAIにではなく、自分自身に問いか けて、自ら答えを導く必要があります。  2つ目は、過去E現在の視点です。∩ぼ5コ に代表される生成AIは、過去の膨大なテキス トデータを読み込むことで、まるで人間が記載 しているような自然な言語を出力します。その ため、過去の情報やある場面で何かあったの か? という類の問いへの、もっともらしい回 答が得意です。例えば、「徳川家康は江戸時代 に何を実現した人か?」という問いに対しては、 早々に回答をしてくれます。一方で、私たちが 生きている現実社会である「イマーココ」で何 か起きているのか、そしてその状況を踏まえて どのような判断をするべきかという類の問いに は、現時点での技術レベルでは対応が難しいと 言えるでしょう。センサー技術とグラウト情報、 さらにAI技術等を組み合わせた自動運転など では「イマーココ」の判断をアシストすること が可能になっていくことが予想されますが、あ くまで限定された利用シーンの範囲になると思 われます。  3つ目は、理想の設定についての視点です。 AIでは複数の条件を設定し、その範囲内での 選択肢を提示することが可能です。一方で、全 くゼロベースでそもそもの理想を生み出すこと は、現時点では難しいと考えます。それは、理 想というのは人によって千差万別であり、最終 的には主観的・直感的に生み出されることが多 いためです。人種差別が当然だった時代の南ア フリカで黒人初の大統領となったネルソンーマ ンデラは、肌の色で差別されるのは正しいこと なのか? という問いを持ちました。当時の南 アフリカの状況では、多くの人がそんな問いを 持つことすら忘れてしまっていたり、諦めてし まっていたりしたとしても、おかしくはありま せん。もちろん、人間なら誰でも理想を生み出 すことができるわけではありません。特定領域 において誰よりも強い問題意識を持ち行動をし 続けている人が、理想を掲げ、それを実現でき るのではないでしょうか。  4つ目は、論理E情理の視点です。人はコ ミュニケーションをとる際に、相手の表情や雰 囲気、そして気持ちを推しはかりながら言葉を 選択します。「人間は感情の生き物」と言われ るほど、私たちは互いの感情を丁寧に擦り合わ せながら社会生活を営んできました。また、相 手が悲しい時は自分も悲しい気持ちになり涙を 流すことも、一緒に笑い喜ぶこともします。一 方で、生成AIはあくまで入力された内容を踏 まえて回答を抽出します。論理的なアウトプッ トには強いかもしれませんが、相手の感情に配 慮した表現までは生成するのは難しいと考えら れます。プロンプトに感情の前提をインプット すれば、それに対応したアウトプットはしてく れますが、あくまでそれは命令にしたがってい るだけであり、相手の感情を主体的に読み取り、 それを踏まえたコミュニケーションを変えるこ とは現時点ではできません。将来的には、脈拍 や呼吸、血圧、脳波など様々なバイタルデータ をリアルタイムで読み取ることで、感情を予測 することも可能になるかもしれませんが、少な くとも現時点で相手の感情を理解し、その感情 に沿ってコミュニケーション方法を柔軟に変え ることは難しいと言えるでしょう。  以上、これまで述べてきた内容を次の図にま とめておきます。 改めて「問い」の意味 を考える  アメリカ国立科学財団が2005年に発表し たレポートでは、人間は1日に1万2千〜6万 回もの思考をしているようです。日々の暮らし の中で目についたもの、ふと思い浮かんだこと に対して、意識的・無意識的に思考が回ってい ます。そして、それらの思考と同様に、大なり 小なり多くの問いや疑問が浮かんでは消えてい きます。  一通勤電車は混むことがわかっているのに、   なぜ、みな相変わらず早朝に乗車するの   か? ・朝から晩までミーティングが続いて、自分  の時間が確保できない。どうしたら改善で  きるのか? ・先ほどの会議で、スタッフが浮かべた表情  にはどのような意味が込められているか? ・友人から忘年会に誘われた。参加するべき  か? ・今日の夜、家に帰ってから何を食べよう  か?  これらは、ある囗に私の頭に浮かんだ問いの 一例です。いずれも、自分の関心から生まれて いますが、実際に真剣に向き合う問いは少ない のが実情です。しかし、後に述べるように浮か んでは消えるような「問い」に向き合うことは、 仕事・人間関係・自分の人生などあらゆる方面 で効果的だと感じています。また、それらの 「問い」の中には、AIに答えられないものも 多く存在します。 4つの問いの効用  改めて本書の本題とも言える「問い」につい て丁寧にみていきたいと思います。ここから、 問いの効用を4つに分類していきます。  1.思考を促す  2.行動を促す  3.次の問いを促す  4.自らの隠れた声に気づかせてくれる  1.思考を促す  ある平日の夜、宗族でテレビをつけながら団 欒していました。とくにテレビには注目せず、 小学校の低学年と高学年の2人の娘も交えて、 学校であった面白い話などを聞いていました。 数分後、いきなり低学年の娘が「パパー この 問題、どう思うり」と問いかけてきました。ど うやら、たまたまテレビに流れていたクイズ番 組の問題に反応したようでした。問題の細部は 忘れてしまいましたが、小学生でも解けるよう な内容だったものの、大人の私も「なんだっ け?」と考えてしまう絶妙な難易度のクイズで した。ぼ1つと眺めているだけの番組だったの にもかかわらず、身を乗り出して家族全員で考 えてしまう、問いにはそのような力があるよう に感じます。最近は謎解きゲーム、リアル脱出 ゲームのように、難しい問題を制限時間内にク リアすることで達成感を得られるアクティビ ティが、若い世代にも受け入れられているよう です。  またビジネスシーンにおいても、問いは思考 を深めると同時にアウトプットの質も高めるこ とが、研究で明らかになっています。クロービ ス経営大学院の研究チームが2023年に公表 した調査では、複数名のクロービス経営大学院 の学生に対して「モバイルバッテリーレンタル スタンドの出店計画を立案する」という架空の ビジネスシーンをケースとして設定し、「あな たが出店担当者の場合、次はどのような場所に 出店しますか」という問題を出しました。  この調査において、学生は3つのグループに それぞれ分けられました。1つ目のグループは、 特定の指示をせずに設問に答えてもらいます。 2つ目のグループには、「状況を深める問い」 (匹一この商品は何かできるか? など)を渡 して、それに答えてもらった後に設問に挑戦し てもらいます。3つ目のグループには、「状況 を深める問い」に加えて、「結論づけを補助す る問い」(匹一多くの顧客が「利用したい」と 思う場所は? など)に答えてもらった後に設 問に挑戦してもらいます。結果として、3つ目 のグループが提出した内容がもっとも高い評価 を獲得し、その後に2つ目のグループ、1つ目 のグループと続きました。ここから言えること は、複雑な状況に対して検討を進める際に、問 いを途中に挟むことでその回答の質が高まると いうことです(出典一問いを科学する〜思考 の型〜 クロービス経営大学院 紀要研究ノー 卜)。  2.行動を促す  問いは思考を促すと同時に、行動を促す力も あります。問いを立てて、思考を繰り返してい くと、後は行動をしないと先に進めないという 状態に行き着くことがあります。私は前職のス タートアップから現在のクロービスでの勤務に 至るまでの問に、複数の新規事業の立ち上げに 携わる機会に恵まれました。新規事業を考える 際に一番最初に行うのは、顧客の課題を特定し、 その課題を解決するソリューションを考えてい くことですが、いくら机上で考えていても物事 が前に進むことはありません。  「顧客セグメントAは、Bという課題を抱えて いるのではないか? それに対してCというソ リューションが受け入れられるのではない か?」  このような問い非仮説を立てた後は、その仮 説があっているか否かをスピーディに検証しま す。行動すると想定外の意見や事実がわかり、 また仮説を組み直すといったサイクルを回すこ とで、事業立ち上げの精度を高めていくわけで す。このような事業立ち上げ手法を、リーンー スタートアップと呼びますが、まさにこのサイ クルでは「問い・仮説・行動・検証」を繰り返 していると言えるでしょう。そしてこれらの考 え方は、事業立案時だけではなく、小さなアイ デアを生み出すことや改善計画を考えるといっ たシーンでも共通していると言えるでしょう。  3.次の問いを促す  問いを立て、思考をすることで、さらに新し い問いが生まれるという経験は誰しもあるので はないでしょうか。例えば、「自分は転職をす るべきか?」という問いを持ったとします。こ の問いに答えるためには、「自分は何がしたい のか?」、「それは、今の仕事と比較して本当に 魅力的と言えるのか?」という具合に、関連す る問いに答えていく必要が出てきます。  これを頭の中だけでぼんやり考えると、思考 がぐちやぐちやになってしまい、最初に何を考 えていたのか忘れてしまうことがあります。そ のため、自分の思考を丁寧に紙に書き出して、 「問い・答え↓新しい問い・答え」という具合 に続けていくと、考えが整理されて意思決定に つながる確率も高まると言えるでしょう。また、 この考えを問題解決に応用しているのが、トヨ タの問題解決手法として有名な「なぜを5回繰 り返す」という方法論です。方法論といっても 至ってシンプルであり、   例えばI   @この問題が発生し  たのはなぜか?  Aが原因と考えられ ます。  Aでは、Aが発生し てしまったのはなぜ か?  それはBが原因と言 えるでしょう。                        一  Bなぜ、Bが原因と 言えるのか?  それは、Cと言う根 拠があるからです。 1 ・                          一   1   −   といった具合に、なぜを繰り返していくこと で問題の真因に辿り着くという流れとなります。 普通の社会人は、1回ないしは多くて2回程度                         一 で質問を終えてしまうのではないでしょうか。 私自身も、相手を追及しているような気がして 途中で問いかけることをやめてしまった経験が あります。「トヨタでは、問いを続けることは あくまで問題解決のプロセスであって、人を追 及することではないという共通認識がある」と トヨタで勤務していた友人に聞いたことがあり ます。                        一  4.自らの隠れた声に気づかせてくれる  これまで見てきた問いの3つに加えて最後に ご紹介したいのは、「自らの隠れた声に気づか せてくれる」という効能です。  良質な問いを続けることで、表面には現れな い自身の本当のぷ尸を浮き彫りにすることが 可能になります。このことについて、私自身の 実体験を紹介したいと思います。私か23歳でス                        一 タートアップの創業に参画したことは、本書の 冒頭で紹介しました。当時の私は、様々な幸運 も重なり、新卒で入社した会社で最年少マネ ジヤーに昇格させていただき、部下も2名配置 されました。とても困難でしたが、大きな挑戦 に向かって努力していました。そのような中で、 知人を経由して繋がりを持ったメンバーから起 業に誘われたのです。                        一  誘われた直後は、「無謀な挑戦。現職の方が 将来性がある。昇格させていただいた会社や上 司への義理がただない」など、さまざまな理由 が頭の中に浮かび斷る予定でした。周囲の先輩 や同僚などに相談しても、100%やめておけ という助言でした。私を心配して本心からそう 言ってくれたのだと思います。私の中でほぼ答 えが出た頃に、急にある問いが自分の頭に浮か んだのです。                        一  「10年後の自分が、後悔しない意思決定はどち らなんだろう?」  なぜか分かりませんが、この問いが私の中で 大きくなっていきました。確か日曜日の夕方く らいだったと思いますが、誰もいないオフィス の中でこの問いに向き合うことになります。 ノートに書き込みながら、いろいろな問いを自 分に投げかけて、それに答えていきました。                       一  「今の会社が好きな理由は? 部下の将来は? 起業にワクワクするか? 3年後・5年後・10 年後はどうなっていたいかつ………」など思いつ く限りの問いを書き出し、全てに答えを出して いきました。4〜5時間くらいこの作業を続け て、気づくとノート10ページ以上になっていま した。その内容を最初から読み返した後、私の 中の声は「10年後後悔しないためには、起業に 参画するべき」という内容でした。その場で、                        一 上司にメールで退職意向の連絡をして、それか ら数日後に本当に退職することになりました。 今振り返ると当時の私のこの判断は、自分視点 が強く周囲の方々に迷惑をかけたと思いますが、 後悔はありません。起業から10年後にはその会 社も退職して教育の道に進むことになるのです が、自分の天職とも言える教育の領域で現在仕 事をさせていただいているのは、過去に浮かん だ「問い」のおかげたと思っています。このよ                       一 うに、問いに真剣に向き合うことは、自分が普 段頭の中で考えていることや周囲の意見とは全 く異なる「自分の本当の声」に気づかせてくれ る可能性を秘めていると言えます。  問いの質が人生の質を決める  コーチングの世界で著名なアンソニー・ロビ ンズは、「問いの質が人生の質を決める」とい                        一 う言葉を残しています。良い問いを自分に投げ かけることで、思考が変わり、行動が変わり、 人生が変わるという意味のようですが、本当に 共感する言葉です。問いは誰でも、大量に思い 浮かぶものです。しかし、思い浮かぶ問いはい ずれも大切そうで、絞り込むことは難しいよう に思えます。加えて、本当に大切な問いを見極 め、それに真剣に向き合うことは意外と疲れる し、問いから逃げたほうが楽だと感じることも                       一 あるでしょう。しかし、自分にとって本当に大 切な問いに向き合わず将来や人生に悩んでも、 前に進むことはできないでしょう。大きな、重 要な問いに向き合うことで、自らの人生だけで はなく社会を動かすことも可能になります。                     一 偉人を突き動かした問 EV  ここからは、大きな問いを持ち歴史に残る偉 業を成し遂げてきた偉人のエピソードを交えな がら、問いの効能を深掘りしていきたいと思い                        一 ます。   福澤諭吉‥列強諸国からの植民地化を   防ぐため何が必要か?  最初に取り上げたいのは、福澤諭吉という人 物です。幕末から明治期にかけて活躍した囗本 の思想家、教育家であり、現在の慶應義塾大学                        一 を創設した人物として名前を知っている読者も 多いと思います。彼は青年期から積極的に西洋 諸国の思想や科学技術を学び、それを日本国内 に紹介することで、日本の近代化に貢献しまし た。江戸幕府の使節団の一員として米国や欧州 に訪問し多くを学んでいた彼に、転機がおとず れます。それは、欧米の植民地支配の実態を 知った時だったとされています。1862年、 幕府使節団の一員として欧州に向かう途中で香                        一 港に寄港した際に、植民地支配をしていたイギ リス人が中国人を犬猫同然に扱うことに強い衝 撃を受けました。  「力のある列強諸国が、力のない国々を植民地 支配していく」  当時では当たり前に広かつていたこの強者の 理論でしたが、現実を目にして彼は大きな危機                        一 感を抱いたのです。200年以上、鎖国政策を とり、科学技術が欧米に比べて大きく遅れてい た日本は、特徴的な資源も少なく弱小国家でし た。このままでは、香港のように日本も植民地 化されて、アジアの国々のようにひどい扱いを 受けてしまう。このような危機感の中で。  どのようにすれば、日本が国家として独立し 続けられるのか?                        一  という強烈な問いを持つようになります。そ して多くの欧米文化に触れ、日本社会との違い を研究し、ある結論を導き出します。それは 「学問の重要性」であり、そのひとつの形とし て『学問のすすめ』を出版しました。  欧米の文化・技術を退けるのではなく、積極 的に学び国力を高めること  身分制度の古い概念に縛られずに、自立心を                       一 持って学び一行勣すること  欧米諸国と対等に付き合うためには、国民一 人ひとりが独立の精神を持つこと  このような内容を、強烈な危機意識を背景に 発信しています。「天は人の上に大を造らず、 人の下に大を造らず」という内容から始まるこ の書物は、多くの日本人に支持されることにな ります。「一身独立してI国独立す」という有                       一 名な言葉は、現代でも十分通じる内容なのでは ないでしょうか?  初編は1872年(明治5年)に刊行されま したが、非常な評判となったためシリーズ化さ れ、76年刊の第17編まで続き、累計発行部数 340万部と言われています。当時の囗本の人 口が約3000万人と考えると、国民の10人に 1人が手にとった驚異的なベストセラーと言え                      一 るでしよう。  ネルソンーマンデラ‥肌の色で差別さ  れる日常が正しいのか?  次は、南アフリカの元大統領であり、後述す る「アパルトヘイト」という人種差別の制度を 撤廃したことで1993年にノーベル平和賞を                       一 受賞した、ネルソンーマンデラを突き動かした 問いを見てみましよう。  アパルトヘイトは、南アフリカにおいて 1948年から1994年まで実施された人種 差別政策です。このアパルトヘイト政策は、白 人少数派による政治的、経済的、社会的な支配 を維持し、非白人多数派を抑圧するためのもの でした。制度の具体例を挙げると、黒人は住む 場所を指定されたり、パスという身分証を持参 一 しなければ都市部に立ち入ることができなかっ たり、多くの公共施設で利用を制限されるなど していました。また、一部の業界や職業は白人 に限定され、黒人の多くは低賃金の労働につか ざるをえませんでした。さらに、これらの制度 に違反し抵抗する人々は逮捕、拷問、あるいは 殺害されることもありました。当時の南アフリ カの黒人の多くは、これらの政策に不満を持ち ながらも権力に逆らうことはできずに従う人が 一 ほとんどでした。若い頃に法律を学んでいたマ ンデラは、この国の実情に大きな疑問を抱くよ うになりました。  肌の色で差別される日常が正しいのか?  彼はこのような大きな疑問を抱きながら、ア パルトヘイト撤廃を目的に抵抗活動を続けるア フリカ民族会議という組織に加入します。当時、一 この組織は非暴力主義を貫ぎ署名活動やボイ コット、抗議行進などの抵抗活動を続けていま したが、警察当局によるデモ隊への発砲により 多数の死者が出た「シャープビル虐殺」という 事件をきっかけに、武装抵抗という方針に変化 しました。そのような中でマンデラは、 1962年に反政府活動の罪で逮捕され、終身 刑を宣告されました。彼は合計で27年間もの間、 刑務所での生活を強いられました。しかしその 一 間も彼の名は反アパルトヘイト運動のシンボル として南アフリカ国内外で広まり続けました。  27年間にも及ぶ刑務所生活の中で、マンデラ の持つ問いは少しずつ変化していきます。それ は、  アパルトヘイトを終結させた後、いかにして 黒人と白人を融和していくべきか?      一  というものでした。武力で勝利したとしても、 双方に大きな遺恨が残り永遠に争いは終わらな い。人口では圧倒的に少ない白人が、そのよう な恐れの中で制度撤廃に前向きに動くことや、 平和的な融和に動くことは難しいのではないか、 と考えたようです。  1990年にマンデラは釈放され、釈放後す 一 ぐにアフリカ会議の指導に戻りました。そして、 彼のリーダーシップの下、アパルトヘイトの撤 廃と全市民の選挙権獲得に成功します。この時。 マンデラは再び非暴力の方針を打ち立て、白人 と黒人の融和を目指します。1994年には、 選挙で南アフリカの大統領に選ばれました。彼 は大統領として、かつて敵同士であった白人と 黒人の間の和解を進めることに尽力しました。  南アフリカの人の多くが諦めていたアパルト ー ヘイトに大きな疑問を持ち、さらに、敵対では なく融和のためには何か必要かという問いを立 てることで、彼は歴史的な偉業を成し遂げるこ とになります。このネルソンーマンデラの壮絶 なる行動の詳細を知りたい方は、『信念に生き るIネルソンーマンデラの行動哲学』という書 籍を手にとってみてください。                     一   ソクラテス‥知るということは、どの   ようなことか?  3人目は古代ギリシヤの哲学者で、西洋哲学 の基礎を築いたとされるソクラテスです。ソク ラテスは紀元前469年頃にアテネで生まれ、 紀元前399年に同地で死去しました。彼が活 躍した時代のアテネでは、直接民主政を実践す 一 る都市国家でした。市民が集まり、議論を行い ながら政策を決定するため、個人の意見や議論 の技術が重視されました。そのため、当時はソ フィストと呼ばれる教師や思想家たちが登場し、 人々に弁論術や修辞術を教えていたとされます。 内容としては、真理の追求よりも「勝つための 議論」が重視され、いわゆるテクニック論が広 かつていたとされています。  そのような時代背景の中、ソクラテスは真実 一 を捉えようとせず、相手を論破するためのスタ イルに疑問を持ち始めます。そしてソフィスト たちが物事の真実を知らないのに知っているよ うな振る舞いをすることへ、次第に苛立ちを感 じ始めました。  そのような中、  知るということは、どういうことか?  という問いを持つようになります。そして、 一 多くのアテネ市民やソフィストだちとの対話を 繰り返し、悩み苦しむ中で、「自らの無知を知 ることが、真の知の第一歩である」という考え 方を確立しました。この考えは「無知の知」と も表現されますが、現代でも必要とされる考え 方だと感じます。私自身、前職の会社で「無知 の知」を持つていないことの危うさを経験した ことがあります。取締役という立場であること のプライドが邪魔をして、本当は知らないのに、一 知っているという反応をし、そのことが原因で 大きなトラブルを発生させてしまったのです。 最初に、素直に知らないので教えてください、 と言っていれば十分に防ぐことができたトラブ ルでした。  ソクラテスは哲学的な思想を確立した後、ア テネの中で徐々に影響力を高めていきます。そ のような中で、政治的な工作により訴えられ、 一 裁判にかけられてしまいます。いくつかある罪 状の中には、「若者たちを堕落させている」と いう内容が含まれていました。当時のソクラテ スは、相手を打ち負かしたり扇動するような弁 論術ではなく、あくまで問いを起点に対話を重 ねて、若者と一緒に真実を追求するスタンスを とっていました。それを面白くないと感じた一 部の人や、政治的な大きな流れの影響で、ソク ラテスは罪状を突きつけられ、裁判にかけられ 一 ることになるのです。  当時のアテネの裁判制度では、一般市民から 選ばれた陪審員が裁判における判断を行ってい ました。その陪審員に対して、ソクラテスは自 らを弁明する機会を与えられます。彼は、複数 ある罪状について、一つひとつ丁寧に反論して いきます。自らの身の潔白を証明することより も、真実を追求することの大切さや、現状のア ー テネ市民の知に対する怠惰さなどを訴えていっ たことで、陪審員たちは徐々に態度を硬化させ ていきます。その時、ソクラテスは  真実を貫くことと、自らの命はどちらが優先 されるべきか?  という大きな問いにぶつかることになります。 彼は前者を選び、引き続きソクラテス流の弁明 一 を続けていくことになります。そして有罪と判 断された後、ソクラテスは自らの刑を提案・交 渉する機会を得ましたが、彼は国外への追放や 罰金などの代わりに、哲学による奉仕をアテネ 市民に提案しました。つまり、引き続き若者や 市民に問答を通じて教育を続けていくと提案し たのです。これがひとつの決め手となり、死刑 という罪状が確定します。彼は法に従い、また 自身の哲学的信条に基づき、毒杯を飲むことを 一 選んだのです。この一連の出来事は西洋哲学に おいて重要な位置を占め、ソクラテスの思想と その殉教が後世に大きな影響を与えることとな りました。  このように、「知る」ということに対する大 きな問いに突き動かされた彼の思想や行動は、 2000年以上後の私たちの社会にも影響を与 え続けています。              一 囗常に存在し`私たち 一 に影響を与え続けてい る問い ここまで、3名の偉人を「問い」というテー マに昭らし合わせてみていきましたが、実は私 一 たちの囗常にも「問い」は存在し、私たちの考 えや行動に影響を与えています。そして、「問 い」に向き合う姿勢によって、仕事の生産性や キャリアの方向にも変化が出てきます。  参考までに、ひとつのシーンを見てみましよ 上司‥XX業界のデータを調べて、レポート ー    にまとめてもらってもいいかな? 期限    は来週月曜日でお願いします。 部下‥分かりました。期限までに作成して提    出します。  上司から部下に仕事を依頼するシーンで、よ く職場で目にするやり取りです。この時、もし 読者の皆さんが依頼を受けた部下の立場であっ 一 たら、次にどのような行動をとるでしようか。  ・すぐに着手する  ・期日までまだ日数もあるので、今取り組ん   でいる仕事を終わらせてから着手する  ・過去に似たようなレポートがないか、同僚   に聞いてみる  など、いろいろなパターンが考えられます。 一 この時、期日までに一生懸命レポートをまとめ て上司に提出しだのに、「求めていた内容と違 うんだよね」というフィードバックをもらった ことはないでしょうか。私は過去に何度かその ような苦い経験をしたことがあります。  もし作業に取り掛かる前に、次のような問い を上司にぶつけていたらどうでしよう。  依頼されたレポートは、どのような目的で利 一 用されるのでしょうか?  この質問に対する上司の回答が「XXの企画 立案の参考に利用したいんだよね」という内容 だった場合は、レポートの形式にはそこまでこ だわらず、企画立案に参考になる情報を中心に 集めて、余力があれば自分なりの考えを加える こともできるでしょう。回答が「部長からXX 業界の報告を求められているから、その資料に 一 反映したいんだよね」という場合には、さらに 部長が気にしている内容などを追加ヒアリング して、上司が資料に反映しやすいようグラフや 表にまとめて提出すると喜ばれるかもしれませ ん。  このように、依頼されている背景や目的を質 問するだけで、その後の業務効率が大きく変わ るだけでなく、上司からの信頼を得ることにも 一 つながるでしょう。  もうひとつ、私自身が経験した人間関係に関 する事例を紹介します。社会人になって3年目 に、学生時代に仲の良かった友人から「久々に 食事でもどう?」と誘いを受けました。一緒に 昔話で盛り上がり、近況報告をしあい、お酒も はいり2人で楽しい時間を過ごしていました。 社会人になって多少のストレスが溜まっていた 一 こともあり、学生時代のノリで会話ができる関 係は素敵だと思いながら、自然体で感情に任せ て会話を楽しんでいました。  しかしトイレに入って手を洗っていた際に、 ふと「問い」が浮かんだのです。  彼はなぜ今日、私を食事に誘ったのだろう?  ただの近況報告という可能性もあったものの、一 この問いを持ちながら座席に戻った私は、彼が 話し始めるのを待ちました。少しの沈黙の後、 彼の方から「実はキャリアに悩んでいて、転職 の可能性も含めて考えているから、意見がほし い」と切り出してきたのです。もし私か先はど の「問い」を持たずにトイレから戻ってまた昔 話を始めていたら、おそらく彼は相談をするこ とはなかったと思います。危うく、大切な友人 の悩みを聴く機会を失うところでした。    一  相手は自分に何を期待しているのか?  とても、些細な問いですが、この問いを持ち ほんの数秒でも考える時間を持つだけで、大切 な友人との人間関係が良好に進むのではないで しょうか。これは私自身が実感してきたことで す。 筋の良い問いを設定す 一 るための5つの視点 匸牡乱に頴づドレぬ輿 らに、「問いの質が人生の質を決める」という 言葉を紹介しながら、偉人を突き動かしてきた 一 問いを、ストーリーとともに確認してきました。 ここからは、本書の主題でもある「問いの設定 力」について、その具体的な考え方、能力の高 め方を見ていきたいと思います。ここから、問 いの設定力を5つに分解して紹介していきます。  111イマーココで答えるべき「問いの設定    力」  211適切な順番に沿った「問いの設定力」 311ゼ囗ベース思考の「問いの設定力」   一 411問いを進化させる「問いの設定力」 511「自分らしさ」を再発見するための「問   いの設定力」 1一イマーココで答えI   るべき「問いの設   定力」 第2章で、イマーココで答えるべき問いの設 定は、AIが苦手とすることだとお伝えしまし 一 だが、私たちにとっても簡単ではありません。 イメージを持ちやすいように、1つ事例を紹介 したいと思います。  ある会社の上司と部下の会話一 上司‥佐藤さん、現在お願いしている新規プ    ロジェクトは予定通り進んでいますか? 部下‥(いきなり質問されて動揺しながら)は 一    い、今のところ順調だと思います。ただ、    プロジェクトメンバーの工藤さんのパ    フオーマンスが思わしくなく、困ってい    ます。工藤さんは発想力は素晴らしいの    ですが、スケジュール管理能力が期待を    下回っています。そのため、私たちの    チームでは……(続く) 上司‥(工藤さんのパフォーマンスについて聞 一    きたいんじやないんだよな)それで、プ    ロジェクトは予定通りなのですか? 部下‥(え?答えたはずなのに、同じ質問をさ    れている。何をどのように回答すればい    いんだろうか?)  このようなシーンを周囲で見かけたこと、あ るいは自分自身が経験したことはありません  一 か? この事例では、上司が聞きたいことに対 して、部下の佐藤さんが明確に回答できていな いという図式になっています。さらに、プロ ジェクトは順調に進んでいると思うという主観 を述べています。加えて、佐藤さんがいま困っ ていること、つまり自分が上司に話をしたいこ とを中心に報告をしているのも特徴的です。  なぜこのようなことが発生してしまうので  一 しようか。  それは、部下である佐藤さんが「イマーココ で答えるべき問い」を正しく認識せずに、「自 分が答えやすい・答えたい問い」に答えている ためと言えます。今回のシーンで見てみると、 「新規プロジェクトが順調に進んでいるか否 か?」が、イマーココで答えるべき問いになり ます。イマーココで答えるべき問いのことを  一 「イシュー」と表現することもあります。   イシユーと枠組み  イシューを明確にすることは、相手とのコ ミュニケーションや質疑応答だけではなく、会 議の進行や個人作業をする際などにも大切な要 素です。例えば、長時間の会議の中で話が脱線 して、最終的に何も決まらなかった、という残 一 念な経験をしたことがある方も多いと思います。 それはまさにイシューが定まっていない、もし くは途中でイシューが脇道に外れてしまった結 果と言えるでしょう。  また、最初は競合他社の分析をするという目 的で調査を始めたのに、途中で新しい技術動向 の記事を発見してしまい、気づくと競合他社で はなく、技術のことを調べているという脇道に 一 外れた状況も、イシューかすれている分かりや すい例です。調査の中で出会った情報に沿い柔 軟に調査対象を変えることは、必ずしも悪いこ ととは言い切れません。しかし、当初の目的か らズレだ作業をすることになり、結果として効 率が下かつてしまいます。  前述のシーンに戻ります。部下である佐藤さ んが、イマーココで答えるべき問い(=イ   ー シュー)を正しく設定できたとしましょう。次 に悩むのは、どのように回答すればよいのかと いうことでしょう。言い換えると、どのように 回答すれば上司の疑問が解消されるかというこ とです。  もっとも丁寧な方法は、上司が気になってい るポイントをヒアリングして、その点に答える ことですが、忙しいビジネスシーンで上司に対 して、何か具体的に気になっていますか? と 一 毎回確認することは難しいと言えます。そこで 次に紹介したいのは、「イシューに答えるため の論点=問いのセット」を設定するという考え 方です。先はどのシーンでみると、イシューで ある「新規プロジェクトが順調に進んでいるか 否か?」に答えるための論点のセットの例とし て、「品質に問題はないか?」、「コストは予算 範囲内か?」、「納期は間に合いそうか?」とい う3つの問いのセットが考えられます(なおこ 一 の3つの論点は、O、CDと言われる、製造業で 用いられる代表的なフレームワークを参考にし ていますQuality :品質、∩S匸 コスト、 Delivery :納期の頭文字を並べたもの)。  仮に3つの問いに対して、全て「問題ない」 と根拠を持って回答ができれば、イシューであ る「新規プロジェクトが順調に進んでいるか否 か?」に対しても「順調である」と回答ができ 一 ます。網羅的な視点で根拠が示されているため、 上司も安心して報告を受けることができます。 なお、ここで紹介した「イシューに答えるため の論点=問いのセット」のことを「枠組み」と 表現します。  先はどのシーンを、このイシューと枠組みに 当てはめると図のようになります。  イシューはどのように設定する  一  か冫・  以上のように、イシューを設定することは、 相手とのコミュニケーションから個人作業に至 るまで、幅広い領域で重要です。イシューの重 要性を理解したところで、次に発生するのが 「どのようにイシューを設定するべきか?」と いう疑問です。ここでは4つの視点を紹介した 一 いと思います。  a‥イシューは問いの形にする  競合他社を調査する個人作業のシーンで考え てみましよう。この時、「競合他社について」 というイシューを設定したとします。このイ シューでは、競合他社の何について調べる必要 があるのか不明瞭です。この時、「競合他社の 一 自社にはない強みは何か?」というイシューに すると、先ほどよりも調査する目的が明確にな ります。  b‥イシューは可能な限り具体的にする  営業マネジヤーが、次年度の営業方針を検討 しているシーンを思い浮かべてみましよう。こ の時、「次年度の営業戦略はどうあるべきか?」 一 というイシューを設定したとします。しっかり 問いの形になっているため、イシューとしては 適切なように見えます。一方で、営業戦略とい うワードは抽象的なため、具体的に何からどの ように考え始めるべきか不明瞭になりがちです。  さらにイシューを具体化して、「次年度の関 東エリアの、既存顧客向けの営業方針はどうあ るべきか?」という形に設定してみます。この 一 場合は、エリア・対象顧客が絞り込まれている ため、より具体的な検討が可能になります。こ のように、検討するべき対象や課題がイメージ できる場合は、可能な限り具体的に表現すると よいでしょう。  C‥相手の興味・問題意識を探る(対コ ミュニケーション)  相手がいるコミュニケーションでは、どのよ 一 うな点を意識してイシューを設定するべきで しょうか。上司への報告、お客様への提案、多 数の聞き手に対するスピーチなど、私たちの日 常では、相手とコミュニケーションする場面が 非常に多くあります。この時に、「聞きたいこ とはそこじゃない」、「この人は話がズレてい る」と思われないことは、対人関係を構築する うえでとても大切です。  ここで重要なことは、コミュニケーション相 一 手の興味・問題意識を探るということです。前 述のシーンで佐藤さんに報告を求めた上司は。 「新規プロジェクトが予定通り順調に進んでい るか?」という内容を聞きたいと思っていまし た。このように、相手側からストレートに聞き たいこと・興味関心を示された場合は、それを イシューとして回答するという形になります。  一方、コミュニケーションでとくに難しいの 一 は、相手側が自らの興味・関心をストレートに 表現しないという場合です。例えば、上司から 「新規プロジェクトの調子はどう?」と聞かれ たとします。この「調子はどう?」という質問 からは、単純に世間話をしたいのか、スケ ジュール遅延を心配しているのか、予算につい て心配しているのか、何について聞かれている か分かりません。相手との関係が長く、互いの 性格を把握していれば、この人が聞きたいこと 一 はこれだ、と。あたり”をつけることは可能か もしれませんが、全ての人とそのような関係を 構築するのは難しいと言えます。このような シーンでおすすめしたいのは、「主観での回答 ↓意図の確認↓イシューに沿った回答」という 3ステップの対話方法です。  主観での回答は、例えば「調子はいいと私は 思っています」など、何でも構いません。相手 一 から、調子はどうか? と聞かれているので、 それにしっかり答えるという意味合いもありま す。  次の意図の確認は、例えば「新規プロジェク トで何か気になることはありますか?」という 具合に、質問された意図や背景を改めて確認し ます。世間話として話しかけてきていたとした ら、「いや、とくに心配はしていないよ。その 一 調子で頑張ってね」という形で会話は終了する でしょう。一方で、「実は、別のメンバーから コストが想定以上になりそうだと報告を受けた けど、その辺りを教えてもらえる?」といった 質問がきたら、これが本当のイシューだとわか ります。  前述のような「上司の関心はコストにあっ た」というケースの場合、おすすめの対話方法 一 の最後のステップ「イシューに沿った回答」で は、「プロジェクトのコストは想定よりも超え てしまうのか?否か?」というイシューに対し て回答を進めていきます。  いわゆるコミュニケーションが上手な人とい うのは、2つ目の「意図の確認」を自然な形で 問いかける技術に長けています。また、相手と のコミュニケーションでは、「自分が話したい 一 ことではなく、相手が聞きたいこと」に意識を 向けることが大切です。これは仕事のやり取り だけではなく、プライベートで友人・知人、家 族などと会話する際にも応用できることです。  d‥イシューの設定範囲を考える(対自分) 一  次は、「自分の行動に影響を与えるイシユー の設定方法」について見ていきたいと思います。 イメージしやすいように1つのストーリーを紹 介したいと思います。   同じタイミングで新卒で入社した、3名 の新入社員がいます。全員が営業部門に配  一 属され、半年以上が経過しました。  Aさんは、会社の目指す方向に関心があ り、「我が社の目指す方向はどうあるべき か?」という問いを持ちながら、日々仕事 をしています。営業活動の合間に、経営理 念や全社戦略といったテーマの学習を続け ています。  Bさんは、白分か所属するチームの運営  一 方針に強い関心があり、「理想のチームの 運営方針はどうあるべきか?」という問い を持っています。そのため、空き時間には チーム運営に関連する書籍や、同じチーム のメンバーとチーム運営の課題や提案をま とめています。  Cさんは、自分白身の営業スキル不足に  一 課題を感じ、「どうしたら営業スキルを早 期に身につけられるのか?」という問いを 持っています。そのため、空き時間には営 業スキルの学習をしたり、上司が過去に作 成した営業資料を読んで、知識取得に努め ています。  3名はそれぞれ異なる問題意識を持ちな  一 がら、さらに半年が経過しました。2年目 になってそれぞれの状況に変化が出てきて いるようです。  Aさんは、「我が社の目指す方向」を自 分なりにまとめて上司に提案するも、上司 からは「全社の方向性や戦略は役員以上が 考える。Aさんは、まずは目の前の成果を  一 出してほしい」と言われてしまいました。 上司の主体性のない発言に、不満を抱えて います。  Bさんは、「自分たちのチーム運営はど うあるべきか?」に対する考えをまとめて 上司に提案しました。上司からは、「提案 はありかたい、一部を参考にさせてもらう ね」と言われましたが、いつまで待っても  一 提案内容が実行されることはなく、不満を 募らせています。  Cさんは、「営業として成果を出すため に何か必要か?」という問いを持ち、日々 試行錯誤しながら営業活動に励んでいます。 最初は同期入社の社員の中でも成績が振る わなかったものの、少しずつお客様や周囲  のメンバーに頼られるようになり、2年目  一  には後輩1名の指導を任されるようになり  ました。  3名のストーリーをご覧になって、皆さんは どのように感じましたか冫・AさんもBさんも 会社やチームのためを思って提案したのに、そ れを受け入れない組織や上司に問題があると感 じる方もいらつしやるでしょう。もしくは、A 一 さんBさんの努力は今は形にならずとも将来的 に必ず役に立つので、そのまま努力を続けるべ きだと感じる方もいらつしやるかもしれません。 Cさんは目の前の課題に着目し、小さな努力を 重ねて成果を出しつつあるので、評価されて当 然と感じるかもしれません。  この3人の違いを理解しやすいように、「視 座の高さ」と「影響を与えられる範囲」という 一 2つの視点でみていきましよう。次の図をご覧 ください。  まず、最下部の「自分(直接)」の領域をみ 一 てみます。この領域は、自分が直接的にコント ロール可能な領域です。Cさんが「どうしたら 営業スキルを早期に身につけられるのか?」と いう問いを持った領域です。営業スキルを身に つけるために書籍を購入したり、上司の提案資 料を閲覧するなどは、自分の意思次第で実行が 可能でしょう。次に真ん中の「チーム(隣接)」 の領域をみてみます。チームに関する音田決定 一 はチーム長が行うことが多いので、自分が直接 コントロールすることは難しい領域です。一方 で、自らが所属するチームであれば、働きかけ をすること自体は可能な領域と整理できます。 上司との信頼関係が構築されている場合には、 さらに働きかけはスムーズに進むと思われます。 Bさんが「理想のチームの運営方針はどうある べきか?」という問いを設定した領域です。最 上段の「会社(間接)」の領域では、コント  ー ロールは会社の方針を決定する幹部層が中心に なって行われます。働きかけは可能ではありま すが、その影響力はチームに対するそれと比較 すると相対的に低くなってしまうでしょう。  以上みてきた3つの視座は、いずれも大切で す。その前提でお伝えしたい重要なポイントは、 比重を意識するということです。私のおすすめ よ、                                   一 11  自分(直接)↓チーム(隣接)↓会社(間 接)の順番です。  まずは、自分が直接的にコントロール可能な 領域に意識を向け、その責務を果たした上で、 チーム・会社への働きかけを少しずつ増やして いくイメージです。ごく稀に自分(直接)の領 域にだけ音識を向けて、チーム・会社への貢献 一 を全く持たないという人も見かけますが、組織 内で仕事をしている以上は、隣接・間接の領域 にも貢献意識を持つ方がよいでしょう。前述の Aさんのように、自分の責務を果たさずに会社 の課題だけに向き合うのも避けるべき状態です。 また、自分の立場が新人ではなく部下を持つマ ネジヤーの場合は、優先するべき領域はチーム となるでしょう。経営者の立場であれば、もち ろん会社という範囲になります。  第2章で触れたように、「問い」はその後の 行動を促します。自分の中で設定されている 「問い」が、数力月後、数年後の成果に大きな 影響を与えます。しかし、自分の中に存在する 「問い」に気づくことは難しいものです。なぜ なら、言語化されず無意識下に存在しているこ とが多いためです。日常の仕事や人間関係、組 織との向き合い方に課題を抱えている方は、一 度、自分自身が設定している「問い」の視座と、 その比重について見直してみることをおすすめ します。自分の置かれた状況を正しく認識し、 適切な問いを設定し、その方向に向けて努力を 続ける。この取り組みや判断は、AIには難し く、自分自身が習慣として身につけるべきこと だと思います。  枠組みはどのように設定するか冫・  ここまで、イマーココで答えるべき問い(= イシュー)の設定について、4つの視点でみて きました。次に、イシューに答えるための論点 のセット(=枠組み)の設定方法についても、 簡単に触れてみたいと思います。  前述の上司と部下のやりとりを思い出してみ ましよう。上司から新規プロジェクトの進捗を 質問されて、うまく答えられなかった部下の佐 藤さんは、イシューを「新規プロジェクトが順 調に進んでいるか、否か?」と設定しました。 そしてイシューに答えるための論点のセットと して、「品質に問題はないか?」「コストは予算 範囲内か?」「納期は間に合いそうか?」とい う3つの問いを設定しました。この3つの問い に対して、全て「問題ない」と根拠を持って回 答できれば、イシューである「新規プロジェク トが順調に進んでいるか否か?」に対しても 「順調である」と回答ができるという構造でし た。  では、これらの論点のセットはどのように考 えるべきなのでしょうか。ここでは代表的な考 え方を3つ紹介したいと思います。1つ目は、 フレームワークを活用するということです。先 ほどの例では、Quality :品質、Cost :コスト、 Delivery :納期の頭文字を並べたQcDという フレームワークが用いられていました。他にも、 事業の戦略を立案する際に用いられる3c分析 (∩S{oヨ・7市場/顧客、Competitor :競合、 9ヨー荷一自社}や、マクロ環境を分析する PEsT分析(?目口一政治、胃目oヨー一 経済、Society :社会、1 echnology :技術)な ど、非常に多くのフレームワークが存在します。 フレームワークは、まさにイシューに答えるた めの論点のセットとして、先人たちが試行錯誤 の末に生み出したものなので、効果的に活用で きるとよいでしょう。  2つ目は、とくに相手とのコミュニケーショ ンの場面で活躍する考え方ですが、相手の判断 軸を探るという方法です。例えば、営業部門の 業務効率化のためのツール導入を、営業部長に 提案するとしましよう。この時のイシューは 「営業部門に業務効率化ツールを導入するべき か?」と仮に置いてみます。この時、枠組みと して「現状の残業時間は?」、「削減時間は?」。 「導入コストは?」といった形で枠組みを整理 して提案しました。しかしながら、営業成績を 高めることに興味がある営業部長に、その提案 は受け入れられませんでした。提案を受けた営 業部長は、「コスト削減の優先度は低いので、 今回のツール導入は見送り」という判断をしま した。  部長からのフィードバックを受けた後、改め て次のように枠組みを整理してみました。 「(削減により)訪問件数を何件増やすことが できるのか?」  「増加する売上見込みはいくらか?」  「導入コストは?」  すると、営業部長から賛同を得られ、導入が スムーズに進みました。読者の皆さんもお気づ きの通り、相手の興味関心の高い内容に沿って 枠組みを設定したためです。  3つ目は、枠組みを何度もブラッシュアップ するという考え方です。先ほど紹介したケース がまさに、ブラッシュアップして提案がうまく 通ったケースです。一方、最初から相手の興味 関心を明確に把握できればよいですが、多くの ビジネスシーンでは相手の本当の興味関心や判 断軸が提示されることはありません。そのため、 最初から提案の詳細を作り込んでしまうのでは なく、まずは枠組みの仮説を立てて、それを相 手にぶつけてみましよう。その反応やフィード バックを踏まえて、相手の判断軸を明らかにし ていきます。その上で判断軸、つまり相手が もっとも気になるポイントに沿って、枠組みを 整理して情報を伝えてあげるのです。 2一適切な順番に沿つ    た「問いの設定力」  次は、問題解決に取り組む際に活用できる 「問いの設定力」について、触れていきます。 仕事やプライベートで、大小さまざまな問題に 直面すると思います。それらの問題にどのよう に向き合い解決していくのかは、常に私たちの 悩みの元になっています。最初に、ビジネス シーンでよく発生するシーンをみてみましよう。  営業部門のメンバーと上司との会話です。 上司‥浮かない顔をしているけど、何かあっ    たの? 部下‥実は、自分の営業成績が昨年よりも下    かつていて、解決に向けた方法に悩んで    いるのです。 上司‥今、どんな方法を考えているの? 部下‥はい、今年の営業成績を少しでも上げ    るために、まずは訪問件数を増やすこと    を考えています。 上司・そうなんだね。なぜ、その打ち手を考    えているの? 部下‥同僚のAさんはとても成果をあげてい    るのですが、彼の動きを見ていると、訪    問件数が多いことが分かったからです。 上司‥なるほど。まず、できることから行動    を変えていくことは良いことだと思うけ    ど、今のままでは、その努力が成績に結    びつかない可能性もあると思うよ。 部下‥え……そうなんですかり  いかがでしょうか。このヶIスでは、部下は 営業成績の低下に悩んでおり、訪問件数を増や すことを検討していましたが、上司から成績に 結びつかない可能性を指摘されて困っています。 この状態を「問い」の観点から整理してみたい と思います。部下が設定した問いは、  「どうすれば、営業成績を伸ばせるのか?」  という、解決策を考える内容だったと推察さ れます。解決策を考えることは重要ですが、必 要なステップを抜かしていきなり解決策の検討 に着手してしまっています。また、「成果を挙 げている同僚Aさんの真似をすれば自分も成果 を出せる」という前提を、無意識のうちに持っ ていることも気になります。  このように、問題に直面した際に「どうすれ ば解決できるのか?」と打ち手に向かった問い をいきなり持って検討を進めてしまうのは、ビ ジネスシーンでありがちです。私も若い頃は解 決策をすぐに考えてしまう癖があり、よく上司 から指摘をされていました。  ここで意識したいことは、問題解決の検討に は適切な順番があり、その順番に沿って考えて いく必要があるということです。ここからは、 私か運営に携わっている動画学習サービス「G LOBIS学び放題」で常に人気ランキング 上位の「クリティカルーシンキング2 (問題 解決編)」で紹介されている考え方を紹介しな がら、改めて問いの設定力との関係について見 ていきたいと思います。  次の図で全体像を確認しましよう。問題解決 の4つのステップが紹介されています。この順 番に沿って適切な問いを設定し、分析・思考を 進めていくことで、効率的に問題解決に繋げる ことが可能です。  先はどの営業成績の低下という状況について、 4つのステップを活用しながら確認していきた いと思います。   WHAT(問題の明確化)  問題が発生したと。認識”した際の最初のス テップは、問題を明確にすることです。ここで、 。認識”と強調しているのは、自分は問題と捉 えているが実際には問題ではない、という可能 性もあるためです。また、問題を正しく定義し、 問題の程度を確認することも、最初のステップ として大切です。  例えば、業界全体が大幅なマイナス成長のた め、今年の売上目標はマイナス10%と設定した とします。その中で営業成績をマイナス5%に 留められていたら、それは問題ではありません。 逆に市場全体が急成長している中でマイナス 5%の営業成績は、問題があると言えるでしょ う。このように、問題というのは理想と現実の ギャップの差分によって明確になります。その ため、問題を認識したと感じたら、いきなり原 因把握や解決策を考えるのではなく、まずは 「この状態における理想は何か?」、「理想に対 して現状は?」、「ギャップはどの程度あるの か?」という順番で、問いを設定することをお すすめします。  営業成績のように数値で表現されない場合に も、この考え方は有効です。例えば、資料作成 の依頼を受けたとします。上司から「この資料 を来週を目処に作成してください」と依頼され たが、今週・来週に別の突発的な業務が入り、 資料作成が進まず困っています。この時、資料 作成の期限に間に合わないことを問題と認識し、 徹夜で作業することもできるでしょう。しかし、 上司に事情を伝えて期限を相談することも可能 です。上司としては、提出された資料を修正す るため余裕を持って期限を設定しており、事情 を踏まえて期限を伸ばすと判断するかもしれま せん。  このように、一度依頼された期限(非理想) を絶対的なものと固定して、作業進捗(非現 状)を早めることだけが正解ではありません。 状況次第ですが、依頼主に相談するなどして期 限(非理想)側を調整するという発想も持てる とよいでしょう。ただし、あまり調整をしすぎ ると、期限を守れないという評価をされてしま うので、慎重に判断してください。   WHERE(問題箇所の特定)  問題とは「理想と現状のギャップ」と先ほど 述べましたが、それに沿って先はどのヶIスを 整理してみます。  理想‥昨年対比で5%の成長、売上として 1億円を達成する  現状‥このままの進捗では、売上は 9000万円ほどの着地となる  問題‥1000万円の売上不足  計画よりも売上が1000万円不足している ことが問題と定義した後に陥りがちなのは、す ぐに原因を深掘りしていくことです。問題の原 因を深掘りすることは一見すると正しいように 見えますが、「なぜ、1000万円が不足して いるのか?」という問いでは、活動量が足りな いのか、顧客側に原因があるのか、市場全体の 動きに原因があるのか、無数の仮説が考えられ ます。考えられる仮説を洗い出して、全て検証 していく方法もありますが、あまりにも非効率 的です。また、最初に思いついた仮説を正しい と思い込み解決策を考えてしまうのも、避けた いところです。  そこで次に考えたいのは、2つ目のステップ であるWHERE(問題箇所の特定)です。例 えば体の調子が悪い時には、体のどの箇所がと くに悪いのかを把握してから、考えられる原因 を調べ、適切な処置をすると思いますが、それ と同じようなイメージと捉えてください。問い の観点で言い直すと、「なぜ、問題が発生して いるのか?」ではなく、「どこに、問題がある のか?」という問いを設定することです。  売上が計画より1000万円マイナスになっ ている場合、新規顧客・既存顧客もしくは企業 規模別(大企業、中企業、小企業)、エリア別 など、複数の切り囗で分解して問題箇所を特定 していきます。例えば、新規顧客は計画通りだ が、既存顧客の契約継続に課題があることがわ かったとします。さらに、企業規模別にみてい くと、大企業での取引金額がとくに減少してい ることが判明しました。ここまで問題箇所を特 定できると、その原因把握や解決策の検討がし やすくなります。  問題箇所の特定を実際に行う際、どのような 切り囗で分解すればよいかという相談をいただ くことがあります。唯一の解はなく、基本的に は複数の切り囗で何度か分析を行い、問題箇所 を特定することが求められますが、ひとつ注意 したい点があります。それは、「問題箇所を施 策から特定しようとせず、可能な限り定量的に 分解して特定する」ということです。今回の ケースで具体例をあげると、避けたいのは販売 単価、商品力、プロモーションなどに分解して 問題を特定するアプローチです。仮に、「販売 単価・商品力には大きな変更はないため、プロ モーションに問題がある」と特定しても、この 時点では仮説や主観でしかなく、これを前提に 解決策を考えることにはリスクが伴います。先 ほどのように、定量的に分解して問題箇所を特 定できた場合は、客観的でありスムーズに問題 解決に繋げることができるでしょう。   WHY(原因の究明)  さて、ここまでのWHAT、WHEREのプ ロセスを通して次のような検討を進めてきまし た。  問題‥計画より1000万円売上が不足し ている  問題箇所‥既存顧客の中でも、とくに大企 業での売上減少が著しい  ここで、その後のストーリーをみてみましよ 先輩‥その後、売上成績の問題はどうなりま    した? 部下‥はい、先日のアドバイスを踏まえて、    問題とその箇所の特定を行いました。そ    の結果、既存顧客、中でも大企業の売上    が落ちていることが分かりました。 先輩‥そうなんだね。それで、この先はどう    しようと考えているの? 部下‥改めて原因を考えたところ、実は競合    A社が近年、大企業向けに広告投資を増    やしていることが判明しました。私たち    の売上減少の原因も、競合A社の広告の    影響だと考えています。そのため、マー    ケティング部門に広告投資を増やしても    らうように提案する予定です。 先輩‥競合A社の広告強化は確かに影響して    いるかもしれないけど、本当にそれが原    因なのかな? 因果関係がつなかつてい    ないと思うよ。 部下‥因果関係ですか?  いかがでしょうか。既存顧客、中でも大企業 セグメントで売上が減少している原因を考え始 めたのはいいですが、先輩から因果関係が見え ないと指摘をされて困惑をしています。  ここで触れられている「因果関係」とは、 「あるものごとが、原因と結果の関係で繋かつ ていること」という意味です。車のアクセルを 踏んだから(原因)、車が走り出した(結果) という具合です。今回の主人公も、競合A社が 大企業向けに広告投資を増やしたから(原因)、 我が社の売上が減少した(結果)という形で考 えているようです。しかし、読者の皆さんもお 感じのように、やや説得力にかける説明になつ てしまっています。その理由を理解するため、 因果関係が成り立つ条件をみてみましよう。  因果関係が成り立つ条件は、大きく分けて3 つあると言われています。  1つ目は、「時間的順序が正しいこと」です。 例えば、自社の売上減少が始まっだのが、競合 A社の広告強化前だとします。この場合は、競 合A社の広告強化が原因ではなく、他に原因が あると言えるでしょう。  2つ目は、「相関関係が存在すること」です。 相関関係とは、ある値の変化に合わせて、もう 1つの値も変化する関係のことを指します。例 えば、身長と体重、勉強時間と成績の関係など が一般的です。自社の売上が減少したのと同じ タイミングで、競合A社の売上が向上したとす ると、相関関係がある可能性もあります。しか し、先はどのケースでは競合A社の売上が向上 したという情報が得られていない状況なので、 相関関係があるとは断言できません。  3つ目は、「第3因子が存在しないこと」で す。先はどのケースで、仮に自社の売上減少と 競合A社の売上向上に相関関係があったという 前提で、法改正という第3因子がある場合を考 えてみましよう。競合A社は、以前から企業内 のストレス診断サービスを提供していました。 これまでこのサービスの売上規模は小さかった のですが、法改正により大企業のストレス診断 が義務付けられたことで、急激に売上が増加し たとします。このように、法改正という第3因 子があった場合は、自社の売上減少・競合A社 の売上増加という相関関係があるように見えて も、実際には別要因が関係していることから、 因果関係があるとは言えないでしょう。  以上、因果関係が成り立つ条件をみてきまし たが、ここからは実際に因果関係を考える際の ポイントを2つに絞って紹介します。  1つ目は、「考えられる要因を具体的に洗い 出すこと」です。先はどのケースでは、既存顧 客の大企業セグメントの売上減少の要因として、 競合A社の広告投資の拡大を挙げていましたが、 それだけで終わらせずに他の選択肢も洗い出し ていきます。例えば、競合観点だけではなく、 自社の観点から「自社サービスがお客様を惹き つけられていない」、顧客側の観点から「大企 業セグメントのお客様ニーズに、大きな変化が あっだのではないか」といった形で洗い出して いきます。洗い出した内容について、先ほど紹 介した「因果関係が成り立つ3つの要素」など を参考にしながら絞り込んでいきます。  2つ目は、「原因をさらに問い続けること」 です。1つ目のポイントを押さえるためのプロ セスで「自社サービスがお客様を惹きつけられ ていない」という部分に原因があったと特定で きたとします。ここで思考を止めずに、原因を さらに問い続けていきます。  例えば、「自社サービスがお客様を惹きつけ ていない」のはなぜか? という問いを続ける といった具合です。そして、さらに  ・既存顧客への提案方法に課題があるのでは   ないか?  ・サービス導入後の満足度に課題があるので   はないか?  ・継続や追加の提案ができていないのではな   いか?  のように、候補を洗い出して、原因を特定し ていきます。分析の結果、「サービス導入後の 満足度に課題がある」ことが見えてきたら、再 度その原因を問い続けていきます。  ・新規営業に時間を多く使っているのではな   いか  ・サービス導入後に、お客様の満足度を把握   する仕組みがないのではないか  ・お客様がどれくらい追加予算があるか把握   していないのではないか  このように、原因が具体化されるまで問い続 けていきます。   HOW(解決策の立案)  問題解決の最終ステップは、「HOW」、つま り解決策の立案です。ここでの問いは、「(特定 された原因に対して)どうすればいいのか?」 となります。ここまで問題の特定、問題箇所の 深掘り、そして原因の確認を丁寧に進めてきた ので、あとはその原因を解決する方法を考える フェーズです。  ここでは、2つの視点を紹介します。1つ目 は「オプションを広げる」です。先はどのケー スで原因を深掘りした際に、「新規顧客に多く 時間を使っていること」が、既存顧客の不満足 につながり、結果として既存顧客の売上減少に なっていることが判明したとします。この場合 の解決策として、「見込みの低い新規顧客への 対応を減らして、既存顧客のフォローを増や す」という内容を立案したとします。しかし、 決定する前にオプションを広げてみましょう。 例えば、「毎週金曜日は既存顧客フォローの曜 日と決めて、必ずコンタクトを取るようにす る」や、「既存フォローを中心に行うチームを 立ち上げ、営業担当と役割分担する」といった 解決策も考えられるでしょう。大切なことは、 思いついた打ち手に飛び付かず、他のオプショ ンを幅広い視点で広げることです。  2つ目は「判断軸を決めて選択する」です。 複数のオプションを洗い出した後は、判断軸を 洗い出します。例えば、コスト、実行可能性、 効果、スピードなどが考えられます。それらの 判断軸に沿って、選択肢を評価して意思決定す るという流れになります。  以上、WHATからHOWまで、問題解決で 活用できる4つのプロセスをみてきました。問 題が発生したと認識した際は、「どう解決しよ うか?」というHOWにすぐに視点を向けずに。 WHAT(問題は何か?)、WHERE(どこ が悪いのか?)、WHY(なぜ、そうなってい るか?)という具合に、適切な順番で問いを設 定するように心がけてみてください。  なお、この問題解決の4つのステップについ ては、「GLOBIS学び放題」の「クリティ カルーシンキング(問題解決編)」の中でさら に詳しく学ぶことができます。興味ある方はそ ちらを参照してください。 3一ゼロベース思考の    「問いの設定力」  続いて、凝り固まった常識から抜け出し、ゼ ロベースで物事を考えることにつながる「問い の設定力」について触れていきます。最初に、 2つのストーリーをみていきましよう。登場す る上司の対応に注目してご覧ください。  1つ目のストーリー(理想のオフィスについ て、上司と複数の部下が意見交換しています) です。 上司‥今日は理想のオフィスについて、意見    交換したいと思います。まずは、どのよ    うな意見でもいいので、アイデアを出し    てみてください。 部下‥デスクの横に「何でも回答してくれる    人型ロボット」がいてくれたら、私を助    けてくれるから嬉しいです。 参加者一同‥確かにいいね。 上司‥人型ロボットですか。理想だけど、実    現するイメージはありますか? 部下‥いえ……実現方法は思いつきません。 上司‥他に意見はありますか? 参加者一同‥沈黙。心の声(実現方法を含めて質    問されると、発言しづらいよな)  以上が最初のストーリーです。オフィスでよ くある意見交換のワンシーンですが、あまり議 論が盛り上かつていない印象です。  次に2つ目のストーリーです(同じく、理想 のオフィスについて異なる上司と複数の部下が 意見交換しています)。 上司‥今日は理想のオフィスについて、意見    交換したいと思います。まずは、どのよ    うな意見でもいいので、アイデアを出し    てみてください。 部下‥デスクの横に「何でも回答してくれる    人型ロボット」がいてくれたら、私を助    けてくれるから嬉しいです。 参加者一同‥確かにいいね。 上司‥人型ロボットですか。斬新なアイデア    ですね。人型ロボットがいることで実現    したい目的つてどのようなことですか? 部下‥私たちの仕事は、様々なお客様と向き    合う際に専門的な知識が必要です。何で    も回答してくれる人型ロボットがいたら、    いつでも、どこでも、気軽に専門的なア    ドバイスをくれると思います。 上司‥なるほど、いつでも、どこでも、気軽    に専門的なアドバイスが得られるオフィ    ス環境が理想ということですね。 部下‥はい、その通りです!・ 上司‥何でも回答してくれる人型ロボットは、    実現するのはまだ先だと思うけど、いつ    でも、どこでも、気軽に専門的なアドバ    イスをもらえるための、別のアイデアは    考えられないかな? 別の参加者から‥最近、様々な専門家が登録    されているクラウドソーシングという    サービスがあります。そのクラウドソー    ジンクを使い放題にしてもらえれば、目    的は達成できるのではないでしょうか? 参加者一同‥それが実現できたら、助かる    ね!・ 上司‥そうですね。それでは、専門的なアド    バイスを提供してくれるクラウドソーシ    ングの導入が現実可能か、具体的に検討    してみましようか。  以上です。2つ目のストーリーでは、1つ目 に比べて議論が発展し、前向きな意見交換がで きているようです。読者の皆さんは、この2つ のストーリーのどこに違いがあると思われます か。この2つのストーリーにおける進行の違い を理解するために、それぞれの上司が発した問 いに注目してみましよう。1つ目のストーリー に登場する上司は部下の最初の意見に対して。 「人型ロボットですか。理想だけど、実現する イメージはありますか?」  と、実現方法を質問しています。当然、人型 ロボットを設置するのは技術的にも予算的にも 非現実的です。部下の気持ちとしては、アイデ アを言っても実現方法を質問される、つまり実 現可能なアイデアしか発言できないのではない かと推測し、意見を述べることができなくなり ます。一方で、2つ目のストーリーに登場する 上司は、  「人型ロボットですか。斬新なアイデアですね。 人型ロボットがいることで実現したい目的つて どのようなことですか?」  と、実現方法ではなくその意見の目的や狙い を質問しています。さらに、その目的を確認し た上で、次の問いを部下に投げかけています。  「何でも回答してくれる人型ロボットは、実現 するのはまだ先だと思うけど、いつでも、どこ でも、気軽に専門的なアドバイスをもらえるた めの、別のアイデアは考えられないかな?」  これは、目的に沿った別のアイデアを促す問 いです。  1人目の上司は、「実現の手段」という問い により、無意識に部下の発想を却下しています。 本人には却下したつもりがなくても、部下はそ のように感じてしまっています。もちろんビジ ネスなので、アイデアだけではなく、実現方法 を検討することも重要です。しかし、アイデア を広げる初期フェーズで「どのように実現する の?」という問いを発するのは、適切とは言え ません。なぜなら、実現方法という制約を課さ れた状態で考える必要が出てくるからです。次 の図は、1人目の上司と部下の構図です。  2人目の上司は、部下の奇抜な発想を生かし て、別のアイデアへと導いています。最初の意 見に対してその目的を問い、さらにその目的に 対し別の意見を問うことで、常識に捉われない 意見を引き出す流れを作り出しています。つま り、ゼロベースのアイデアを積極的に引き出す 問いと言い換えられます。また、アイデアの広 がりだけではなく、部下にとってはモチベー ションが向上し、上司としても自分が考えもし なかったアイデアや目的を把握できる良い機会 になるのです。  以上のケースでは、上司と部下の意見交換を みてきましたが、この「ゼロベース思考の問い の設定力」は自分の思考においても応用が可能 です。実際に私か経験したケースを紹介します。  私自身、これまで複数の新規事業の立ち上げ に関与してきましたが、既存の組織には様々な ルールや制約が存在し、それに向き合う必要が ありました。あるデジタルに関連する事業を推 進しようとした際に、既存の社内ルールとして 「指定されたエクセルファイルに情報を入力し た後、承認をとる」というプロセスが設定され ていました。しかし、この承認プロセスに従う と、お客様に提供するためのリードタイムが延 びてしまい、結果としてサービスの質が低下す るリスクがありました。メンバーと議論をした 際に、ある1人のメンバーから「このプロセス を前提に、どのようにスピードを早められる か?」という問いが発せられました。しかし、 当時の私は「ゼロベース思考の問い」を学んだ 直後ということもあり、以下のような問いを設 定しました。  そもそも、このルールは何のためにあるの か?  既存ルールの目的を確認するため、過去にこ のルール策定に関与した方にヒアリングをしま した。数年前に、このプロセスに関する大きな トラブルが発生し、それ以来このルールが設定 されたということが分かりました。発生したト ラブルは確かに避けるべき重要な内容だったの で、その必要性は理解できます。しかし、既存 のルールでは事業運営に支障をきたしてしまい ます。そこで、改めて以下のような問いを設定 し検討を進めました。  「過去に発生したトラブルを防ぐ」という目的 に沿った形で、別のプロセスを検討できない か?  その後、チームで議論した結果、とあるシス テムを導入することで解決できることが分かり ました。新規事業だけに限定した小さな実験と して、このプロセス導入の承認をとり、数力月 後に問題が発生しないことが確認されると、正 式なプロセスとして認められました。当時の私 の思考プロセスを下の図で表現しておきました ので参照してください。  過去に設定されたルールが無意味に見え不満 を持ちながら、いやいや従っている方も多いの ではないでしょうか。かつての私もそうでした。 しかし、組織に存在するルールには、設定の目 的が存在するはずです。少なくとも、設定され た時点では大きな問題意識があり、それを解消 することを目的にしているはずです。しかし、 時間が経過する中でその目的が形骸化し、ルー ルを守ることが目的化してしまうこともありま す。そこで私かおすすめしたいのは、設定され たルールの目的は尊重しながらも、現状にふさ わしい手段を提案していくことです。いきなり 全体のプロセスを変えるのが難しければ、小さ く実験して問題ないことを実証すればよいので す。  メンバーが発した何気ないアイデアも同様で す。一見すると馬鹿げたアイデアに見えても、 その意見に敬意を持ち、丁寧に目的を深掘りし ていくことで、本質的な考え・発想 に辿り着 くかもしれません。 4一問いを進化させる    「問いの設定力」  前章で紹介した問いの効能の中に、「問いは 次の問いを促す」という内容がありました。ト ヨタの思考法として有名な「なぜを5回繰り返 す」の例を挙げて、その意味を紹介しました。 ここでは、様々な方向に問いを進化させるため の「問いの設定力」についてみていきましよう。  私は現在、クロービス経営大学院の教員とし て、多くの学生と接点があります。クロービス の授業では、教員が答えを直接的に教えるので はなく、問いを投げかけることで学生自らが考 え、自分なりの結論に辿り着くように支援しま す。投げかけた問いに対して、学生からは様々 な意見が寄せられるのですが、その意見をさら に深めたり、広げたりすることで多角的な学び を提供することが可能になると実感しています。  これから紹介する内容は、同僚との対話、会 議でのフアシリテーション、さらに自分の思考 を広げたり整理するシーンでも効果を発揮しま す。  基本編4つ、応用編4つで合計8つの問いを 紹介したいと思います。   問いを進化させる問い(基本編)  1‥広げる  初期回答に対して、さらに考えを広げるため の問いです。「他に選択肢は?」、「この考えだ けで本当に良いのだろうか?」という具合に、 1つの回答に満足することなく考えを広げる目 的で活用できます。企画会議でアイデアを出し 合うシーンや、対話の相手が1つの考えに囚わ れている場面などで活用できると効果的でしよ  2‥深める  初期回答に対して、その理由を深掘りしてい くための問いです。「その原因は何か?」、「な ぜ、そのような考えに至っているのか?」とい う具合に、出された意見の背景にある考えや事 実を戻り出す目的で活用できます。課題の原因 を明らかにしていくシーンや、曖昧な考えを具 体化する場面などで効果的です。  広げる・深めるの問いは、もっとも一般的で あり読者の皆さんも無意識に使っていると思い ますが、ビジネスシーンでは意外と躊躇してし まうこともあります。とくに相手が目上の立場 の場合には、なおさらそのように感じてしまう でしょう(上司に対して、他に選択肢はありま すか? 上司の意見の背景はなんですか? と いう質問は、少し難しいですよね)。しかし、 他の選択肢を洗い出すことや、理由を正しく理 解することは、ビジネスの成果を最大化する上 では不可欠な基本姿勢と言えます。伝え方には 配慮しながらも、適切に問いを投げかけていけ るとよいでしょう。  3‥反論を求める  次は、初期回答に対してあえて反論を求めて いくことで、考え方をブラッシュアップしてい く方向性の問いです。多くの場合、人の考えや 意見には主観が含まれています。プライベート な会話であればそれでも問題はないですが、ビ ジネスや自分の人生を左右するような大切な意 思決定時には、様々な角度からその考え方を点 検して、検討漏れを防ぐことが求められます。 その時に効果的なのは、あえて自分とは真逆の 視点から物事を捉え直してみることです。そう することで、複数の視点から検討が可能になり、 結果として意思決定の質も高まります。その もっとも簡単で効果的な方法が、反論を求める 問いを投げかけるということです。問いとして は、「××の意見に対して、どのような反論が 考えられるか?」、「あえて××に反論しようと すると、どのようなツッコミが入りそうか?」 などが考えられるでしょう。  とくに、同じ価値観を共有したグループで意 見交換する際などに、効果的な問いです。なぜ なら、同じ価値観を共有している人同士が議論 をすると、同じような範囲の意見しか出ないか らです。私もチームメンバーと議論する際に。 「ここから数分はあえて反論をあげる時間にし て、その後にその反論への対策を考える時間に する」と進行することがたまにありますが、全 く異なる意見や考え方が導かれることがありま す。また、上司やお客様に対して提案するシー ンでは、事前に反論を挙げてそれに備えておく ことで、安心して本番に臨むことができるで しょう。  4‥抽象化する  次は、これまで紹介したものより、少し難易 度の高い問いの方向性です。まず、抽象化の意 味についてみてみましょう。いろいろな定義が なされていますが、本書では「複数の情報に共 通して含まれる要素を抜き出すこと」とします。 具体例を挙げると、「りんご・みかん・なし」 という3つがあったとして、共通している要素 が「果物」であるという具合です。ビジネス シーンで例を挙げると、「営業成績が高い社員 の話し方を真似しよう」と成功事例をそのまま の形で真似するのではなく、「営業成績が高い 社員の多くは、話すよりも聞く時間の方が多 い」と抽象化することです。こうすることで自 分の営業場面に置き換えて考えることが容易に なります。  抽象化するための問いがとくに役に立つのは、 物事の全体像を掴んだり、相手にイメージを伝 えたりする場面です。ビジネスの現場で扱う情 報は複雑であり、一見すると関連性がないよう に見えてしまいがちです。しかし、この抽象化 するスキルがあれば、複雑な事象をシンプルに 捉え直すことが可能になります。会議などで、 メンバーそれぞれが意見を主張してまとまりが ない状態で、「要するに皆さんが主張している ことはXXですね」とズバツと本質をつくこと が上手な上司がいましたが、毎回、さすがだな と感心していました。また、相手に何かを伝え るときに、最初から具体的な話をしてしまうと 全体像が分からず混乱してしまう可能性があり ます。「今からお話しすることは、要するにX Xということです」と大枠を示してあげること で、聞き手により伝わりやすくなります。  抽象化するための問いの例としては、「つま り、ここから何が言えるのか?」、「これらに共 通していることは何か?」などがあります。抽 象化するスキルは、繰り返し練習することで身 についていきますので、普段から意識するとよ いでしょう。私のおすすめは、目についたもの をランダムに2〜3個ピックアップして、それ らに共通していることは何か? を考えるとい うトレーニングです。例えば、今私のデスクの 上には様々な電化製品が置いてあります。例え ば、「キーボード、マウス、PCカメラ」があ りますが、これを抽象化すると「PCに情報を インプットするもの」と言えます。逆に、「モ ニター、スピーカー、プリンター」は「PCか ら情報をアウトプットするもの」と抽象化する ことができます。  次の図に、4つの問いの方向性と問いのサン プルを記載しておきます。  ここまで、問いを進化させる問い(基本編) として、広げる、深める、反論、抽象化という 4つを紹介してきました。次は応用編の4つを 紹介したいと思います。応用なので、実際に活 用するには多少の慣れも必要です。基本編の意 識、実践に慣れた上で、次のステップとして試 していただけるとよいと思います。  5‥他の要因  次の図の右下に位置する内容です。この領域 は、「深める問い」で導き出した内容を、横に 広げていくイメージです。深める問いは、要因 をドリルダウンし深掘りしていくものですが、 他にも要因が潜んでいる可能性もあります。そ のため、1つの要因を深掘りする前に、要因の 可能性の幅を広げていきます。問いとしては、 「他の要因は考えられないか?」が考えられま す。  6‥反論深掘り  前の図の左下に位置する内容です。この領域 では、反論された意見を深掘りします。例えば、 自分が提案した内容について聞き手が反対意見 を述べたとします。しかし、その反論の根拠が 不明で納得できない場合には、躊躇せずにその 反論の根拠を問いかけていくべきです。問いと しては、「なぜ、その反論が正しいと言えるの か?」、「その反論の根拠は何か?」などが考え られます。  7‥階層種別  前の図の右上に位置する内容です。この領域 では、抽象化された内容に対して、同じ階層で 他の選択肢を洗い出していきます。先はどのデ スク上の電化製品の例を再度見てみます。私の デスク上の電化製品である「キーボード、マウ ス、PCカメラ」の抽象化が、「PCに情報を インプットするもの」と紹介しました。この時、 インプットと同じ階層で別の選択肢を挙げてい きます。例えば、「PCから情報をアウトプッ トするもの」ということができます。さらに他 の選択肢を挙げると、「PCから独立している もの」などが考えられます。なお、このように 抽象化された他の選択肢を挙げることで、その 中での具体例を洗い出すことが容易になります。 「PCから独立しているもの」の具体例として は、「置き時計、加湿器、温度計」などがあり ます。  問いの例としては、「同じ階層で、他にどの ような選択肢があるか?」などが考えられます。 瑣末のこちらにイメージをのせているので参考 にしてください。  8‥共通真因  前の図の左上に位置する内容です。この領域 では、反論された複数の意見に共通している事 象を導き出します。「複数の反対意見を抽象化 する」と言い換えることもできます。問いの例 としては、「複数の反論に共通していることは あるか?」などが考えられます。原理は抽象化 と同様なので、詳細説明は割愛します。  以上、応用編として4つの問いを紹介してき ました。いずれも意識して使い続けることで、 自然に活用できるようになる問いです。イメー ジをしやすいものから活用してみてください。 5一「自分らしさ」を   再発見するための   「問いの設定力」 最後は、問いの力を活用して、自分の価値観、 「自分らしさ」を再発見するというテーマです。 これについては、改めて「自分らしさ」や「自 分の価値観」に向き合う必要性と合わせて考え ていきたいと思います。そのため本書の第6章、 7章で詳しくみていきます。   「問いの設定力」の全体像  以上、5つの「問いの設定力」について詳し くみてきました。最後に、5つの問いの関係性 について触れてみたいと思います。次の図に示 した通り、「イマーココで答えるべき問い」(非 視座)と「適切な順番の問い」(非視点)はマ トリックスで表すことが可能です。自分が何を 考えるべきか、もしくは、今自分は何を質問さ れているのか、という疑問が湧いた際には、頭 の中で以下のような図をイメージするとよいと 思います。マトリックスに示した矢印は、一般 的な思考プロセスのパターンです。基本的には 横向きの矢印のように問題の定義から始まり、 要因・解決策へとステップを踏んでいきます。 また、今は自分が直接コントロール可能な問題 に注力するべきなのか、もしくはあえてチーム (隣接)領域の問題を考え始めるべきなのか、 という縦向きの矢印も視座として持つておくと よいでしょう。  マトリックス内で設定された問いに対して、 さらに思考を深めたり、思考をジャンプさせた りするための方法論として、「ゼロベース思考」 や「問いを進化させる問い」が活用できます。 最後の「自分らしさ」は、論理的・合理的に考 えた結果、それでも判断がつかないという場合 や、そもそもの疑問やモヤモヤが離れない場合 に、チェックする意味合いでも活用ができます。 この「自分らしさ」に関連する問いについては、 後半の章で触れていきます。  ここまで、AIに答えられない問いの設定力 として5つの種類についてみてきました。全て を暗記する必要はないので、仕事ですぐに活用 できそうな問いから、ぜひ実践してみてくださ い。実際に問いを設定して、自分で答えること で、きっと新しい発見と手応えを得ることがで きるでしよう。 AIからの「もっとも らしい提案」に決断を 下すのは誰? クロービスで、教員の仕事と同時に「GLO BIS学び放題」の事業リーダーをしている 私は、毎日事業方針について考え続けています。 日々の実務でもnぼ己コ(生成AI)を利用 している私は、ある時、次のような質問をAI に投げかけてみました。  問い‥「GLOB−S学び放題」の今後の 事業方針はどうあるべきか?  nlSで祠4からの提案‥  1.デジタルイノベーションとカスタマ   イズされた学習体験  AIや機械学習を活用し、個々の学習者 に合わせたパーソナライズされた学習経験 を提供する。これにより、ユーザーが自分 の興味や必要に応じてコースを効率的に選 択し、学習成果を最大化できるようにしま す。  2.産業界や他の教育機関とのパート   ナーシップ  企業や組織と協力し、特定のニーズに合 わせたカスタマイズされた研修プログラム を開発し、ビジネス界との連携を深める。  3.グローバルな市場への拡大と多言語   対応  英語以外の主要言語でコースを提供し、 さまざまな国や文化的背景を持つ学習者に アクセスしやすくする。この多言語対応は、 グローバルな市場への拡大に不可欠です。 (∩ぼ5勺なの回答) 提案された3つの方向性は、いずれも検討の 余地がある選択肢で、すでに着手しているもの もあれば、新しい気付きを得られたものもあり ました。さらに、プロンプト(汁問いの入力方 法)を工夫し繰り返す中で、もっともらしい戦 略方針が複数提示されました。その後、実際に 戦略方針を決めるフェーズの中で、「生成A− から提案される内容は、どれも間違ってはいな い。しかし、いずれも決め手にかける」という 感覚を持つようになりました。さらに考えを進 めるうちに、「生成AIに良い提案をもらって も、最終的に決めるのは自分だよな」という至 極当たり前の結論に至りました。そして、「そ もそも、決める力はどのようにすれば身につく のか?」という問題意識を持つようになりまし た。  AIが進化し、人間の思考力をサポートする 時代では、決める力の重要性はますます向上し ていくと思われます。情報を整理して、選択肢 を示し、ダメ出しに対して何度も提案をし続け るというAIの能力は、今後ますます進化して いくと思われます。一方で、AIに提示された 選択肢。も”参考にしながら、現実社会に適用 できる、もしくは周囲のメンバーがついていき たくなる決断を下すのは人間であり、そのよう な能力は今後さらに重要になると感じます。こ の章では、この「決める力」に焦点を当てて詳 しくみていきたいと思います。 決めることは、怖いこ と?  私自身が。決める”ということに強い問題意 識をもったエピソードを紹介します。社会人2 年目にベンチャー企業の創業に参画した私は、 立ち上げから数年間はいわゆるNO2というポ ジションで仕事をしていました。共同創業者で ある社長が決めた方針を組織に落とし込み、成 果を出すまで実行するという役割です。創業事 業であったPRという領域が未経験たった私に とって、決められた方針を形に落とし込み、改 善を続けてお客様に貢献して業績を伸ばしてい くのは、最適な仕事であり、やりがいを持って 取り組んでいました。  創業から4〜5年経過した後、PR事業が成 長して利益も順調に出ている中で、新規事業を 開始しました。新規事業は共同創業者である社 長が担当するため、私はPR事業の担当役員と して責任を持つことになりました。当時はミド ルマネジヤーもすでに育っていたこともあり、 役割が変わった後も事業は順調に成長しました。 しかし、数年が経過する中で競合が台頭し、価 格競争に陥り、さらに不景気の波が押し寄せ、 戦略の見直しを迫られたのです。  PR事業の部長以上の数名が集まり、何度か 合宿を繰り返す中で、戦略方針は3つほどの案 に絞られました。参加メンバーの意見を聞くこ とを心がけていた私は、引き続き3つの案につ いて意見を出してもらい、議論を続けていまし た。しかし、いくら議論を続けても意見がまと まらず時間だけが経過していきました。やや重 苦しい雰囲気の中で、参加者の1名が「議論は し尽くしたと思う。あとは、鳥潟さんが決める べきではないか?」と発言をしました。私以外 の参加者全員が強く同意をしましたが、私はそ の場で判断することができず、「一度持ち帰っ て検討させてもらいたい」というのが精一杯な 状態でした。  恥ずかしい話なのですが、当時の私は、リー ダーとして決断できない無能さと精神的なプ レッシャーに追い詰められ、リーダーポジショ ンから降りることも真剣に考えたほどでした。 その時に、「決めることは怖いこと」という強 い感情を持つようになったのです。 決めるに潜む、お化け  決めることは怖いこと。  こう強烈に感じた私は、決めることの不安に 改めて向き合い、その正体を言語化していきま した。多くの不安要素が洗い出されたのですが、 不安の正体は最終的に3つに集約することがで きました。  1つ目の不安は、見えていない(考えきれて いない)ことへの不安です。議論を通じて、複 数の選択肢を洗い出してはいますが、もしかし たら自分が見落としている領域があるのではな いか、深く考えきれていないのではないか、そ のような状態で判断して本当によいのだろうか、 といった不安です。これは、事業方針を決める といった組織にかかわる判断だけではなく、例 えば自分のキャリア上の選択や日常の小さな意 思決定にも同じように当てはまります。  2つ目の不安は、決めた後に起きることへの 不安です。リーダーである自分が決めた方針が、 本当に成果に結びつくのか、もし誤った判断 たった場合、多くのメンバーに迷惑をかけてし まうのではないか。そのような将来に対する不 安が、常に存在していました。この不安は誰し も持っていると思います。お客様への提案の方 向性がこれで正しいのか、メンバーの評価はこ れが本当に正しいのか、など決定にはそのあと に起きることへの不安がつきものです。  3つ目の不安は、決める軸がぶれている自分 への不安です。ある人の主張を聞くとそれが良 いと感じるが、別の大が異なる主張をすると、 そちらも良さそうに聞こえてしまう。自分の判 断が都度、コロコロ変わってしまう状態に対し て、不安を抱えていたのです。そもそも、自分 の判断の軸は何なのか? 決めたとしても、ま た翌日には変わってしまうのではないか? と いう具合に、自分を信じられない状態です。  以上、紹介した3つの不安は、程度の差こそ あれ、判断する際には皆が感じる不安であると 思います。一方でこれらの不安は、適切な視点 と検討プロセスを経ていけば、ある程度は解消 できると実感しています。むしろ、これらの不 安に向き合わず、ただ漠然と怖かつているだけ では、その不安が増幅していきます。まさに、 決めることに潜む見えない。お化け”のような 存在です。次からは、お化け退治に効果的な 「決める力」を高める具体的な方法をみていき たいと思います。 モノの見方3原則と意 思決定3作法  最初に全体像を示します。決める力を高める ためには、3つの見方と3つの作法を身につけ ることが効果的であると考えます。「モノの見 方3原則」は、多面的・長期的・根源的の3 つで構成され、「意思決定3作法」は、頭で考 え、心で感じて、腹で決めるの3つで構成され ています。3作法は、それぞれ知力・共感力・ 胆力と言い換えることもできます。 モノの見方3原則  モノの見方3原則は東洋思想に古くから存 在する概念であり、特定の人物が定義したとい う情報に触れたことはありません。日本国内で は、思想家の故・安岡正篤氏が様々な書籍で紹 介しています。内容は言葉が示す通りですが、 物事を捉える際には、多面的・長期的・根源的 である必要があり、逆にこの3つの見方がなけ れば判断を誤ってしまうリスクがあります。  多面的にとらえると、全く異なる  事情が見えてくる  同じ問題に向き合っていても、物事をひとっ の側面から見るのか、複数の側面で見るのかに よって意思決定の方向性は大きく変わってきま す。例えば、あなたが企業の育成担当者たった とします。ある囗、人事担当の役員から「AI が普及する時代において、自社の育成計画がど うあるべきか考えて提案してほしい」と依頼さ れました。育成計画については複数の可能性が 考えられますが、まずは生成AIに聞いてみる ことにします。  質問‥  AIが普及した時代に、自社はどのような育 成計画を立てるべきか? 箇条書きで3つに整 理して提案してください。  A−からの提案‥  AIが普及した時代において、企業が採用す る人材育成計画は、テクノロジーの進展に合わ せたスキルの習得と、人間特有の能力の強化を 重視するべきです。以下に、効果的な育成計画 のための3つの提案を箇条書きで整理します。  1.A−との共働スキルの強化  2.クリェイティビティと人間中心のスキル    の促進  3.倫理的および社会的責任の意識の育成   ((:hatGPT4の回答)  皆さんなら、この3つの方向をどのように評 価し、そして活用しますか? AIからの提案 はもっともらしい内容ではありますが、これを そのまま採用し役員に提案するのは厳しいで しょう。この時、「育成」という単一の視点だ けをいくら深掘りをしても、組織にとって最適 な育成計画を提案するのは難しいと言えます。 また、単一視点だけにこだわって人事担当とし ての都合を押し付けてしまうと、周囲との関係 を悪化させる原因にも繋がりかねません。それ では、実際にどのように考えるべきなのでしょ うか? その解決方法が「多面的にものを見る こと」です。  育成計画を考える際には、対象となる社員の スキル・評価制度・採用方針など人的資源の政 策と整合をとる必要があります。いくら育成計 画が最先端でも、採用する人材がその要件に マッチしていなかったり、社員が主体的に学ん でスキル習得しても評価されない状況では、育 成計画も絵に描いた餅になってしまいます。ま た、そもそも人的資源の政策もそれ単体で成り 立つものではなく、その前提となる経営の方針 とあわせる必要があります。外部環境が変わっ ていることを理解していても、自社の戦略とし てAIやテクノロジー領域にシフトする計画が なければ、人材を育成しても業績に結びけるこ とは困難でしょう。さらに、採用・育成・評価 を行う人材が実際にどのような活動をしている のか、どこで課題を抱えているのか、そのよう な視点を理解した上で現場に役立つ育成計画を 提示する必要もあります。その視点を持たずに、 人事側の都合で考えた育成計画が現場に受け入 れられるはずがありません。まさに、育成を取 り巻く周辺の論点を広く捉えた上での判断が必 要になるのです。  次の図は、ひとつの参考として事業活動を取 り巻く全体像を表していますが、この図が示す ように「育成」は事業活動全体のあくまで一部 ということです。  このような多面的な視点を持つことができれ ば、  「育成計画を考える前提として、自社の経営戦 略はどのような方針なのか?」  「検討している育成計画は、採用・評価・報酬 制度と整合していそうか?」  「自社の活動、その活動を支えるスタッフのス キルやマインドはどのようになっているの か?」  といったように、育成に直接・間接的に影響 する領域での「問い」を設定することも可能に なり、より一段踏み込んだ考察、判断が可能に なるでしょう。この多面的な視点を身につける ためには、経験を積むことと同時に、各種経営 やビジネスに関するフレームワークを学ぶこと が効果的だと私は考えます。  なお、参考までに巻末に「ビジネスの全体 像」についての動画を紹介していますので、興 味ある方は参照ください。  長期的にモノをみる  次はモノの見方3原則の「長期的」について みていきたいと思います。この視点のイメージ を持ちやすいよう、ビジネスシーンで発生する 典型的なジレンマを最初に紹介したいと思いま す。以下は、私自身が実際に向き合った事例で もあります。  ジレンマー‥  今期の数値を達成するために、多少イレギュ ラーでも受注をしたい。しかし、納品を行う チームの負担が増えるため反対をされている。  ジレンマ2‥  社内オペレーションを効率化させるために、 新規システムの導入を進めたい。しかし、導入 にあたり日常業務の変更も必要で負担が増える ことになり、現場が強く反対をしている。  ジレンマ3‥  部下の育成は重要だと考えているが、自分で 営業活動をした方が売上を獲得できる。組織に とって、自分で営業した方がよいと思う。  読者の皆さんもお気づきかとは思いますが、 これらは、それぞれの立場の人が持っている時 間軸の違いによって発生しています。そして、 どの時間軸を優先するかによって解は異なって くるでしょう。  1つ目のジレンマでは、短期的な業績を優先 させるのであれば、イレギュラーでも案件獲得 した方がよいと言えます。一方で、長期的な組 織のオペレーションや負担等を踏まえると、こ のような案件は受注しない方が良いかもしれま せん。  2つ目も、長期的な業務効率化を最優先にす るのであればシステム導入は必須と言えますが、 短期的に現場の負担を減少させることが優先で あれば、システム導入は見送るという判断にな るかもしれません。  3つ目は、皆さんもよく目にするジレンマか もしれません。人材育成をしたからといって、 すぐに今期の業績に結びつくとは限りません。 そのため、プレイングマネジヤーとして営業活 動に大半の時間を割いてしまうことになってし まいます。  この、短期的・長期的の優先度については、 片方が100でもう一方がOということは少な く、双方のバランスを鑑みて判断をするという のが現実的なアプローチだと言えると思います。 しかし、ここが大切なのですが、長期視点を ”理解”した上で短期を優先するのと、長期視 点を”全く意識せず”に短期を優先するのとで は、その後の行動が大きく異なってくるという ことです。その逆も然りです。  遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり  (遠い将来のことまで考えずに目先のことばか り考えていると、近いうちに必ず困ったことが 起こる)  論語の有名な一節ですが、2000年以上前 の教訓ながら、現代にもそのまま応用できる内 容ではないでしょうか。なお、「遠慮」の語源 はこの「遠くを慮(おもんばか)る」から来て いるようです。現代では遠慮という言葉は「控 え目」という意味が一般的ですが、本来は将来 のことをよく考える、つまり熟考している様子 を意味しています。  時間軸の相違によるジレンマで判断に迷った 場合、実務的には次の3つを意識することをお すすめします。1つ目は、時間軸の自己認識で す。判断に迷う際は、往々にしていずれかの視 点に囚われている可能性があります。そのため、 あえて「今、自分は短期・長期のどちらを優先 して考えているのか?」という問いを自分に投 げかけてみます。2つ目は、逆の時間軸です。 もし自分が短期視点を重視していると気づいた 場合には、「長期視点で考えると、この判断は どのように変わるのか?」という具合に、あえ て逆の時間軸に思考を寄せる問いを設定します。 そして、3つ目がもつとも重要なのですが、デ メリットの言語化と対策です。短期・長期いず れも100%正しいというケースは稀であり。 いずれを優先しても必ずデメリットは存在する と考えられます。そのため、「仮に長期(E短 期)を選択した場合、どのようなデメリットが 発生するのか?」と具体的なデメリットを言語 化していきます。その上で、そのデメリットに 対する具体的な対策を検討していくのです。  前述のジレンマーに当てはめて考えてみま しよう。  ジレンマー  今期の数値を達成するために、多少イレギュ ラーでも受注をしたい。しかし、納品を行う チームの負担が増えるため反対をされている。  最初に、自分は営業マネジヤーとして、短期 業績を優先しようとしていると自己認識します。 次に、今回の受注案件がどのような影響を及ぼ すかを長期視点に立って検討してみます。今回 の受注により長期的に案件が拡大するというメ リットもあります。逆に、デメリットはどうで しようか? イレギュラーでの受注になるため、 納品チームの皆さんに負担が発生する。具体的 には、システム処理ではなく手作業が継続的に 発生することになる。これは、長期的なコスト であるだけではなく、担当いただく方の心理的 な負担にもなりそうです。対策として、今期は お客様の要望を受け入れてイレギュラーでの対 応をするが、翌年から正常オペレーションに戻 せるようにお客様に交渉してみるという選択も ありでしよう。難しい場合は、営業チーム側の スタッフで一部作業を支援することを検討して みるという手もあります。  このような検討を経て、納品チームのマネ ジヤーとも十分に協議した上で受注できれば、 少なくとも組織として間違った判斷にはならな いでしょう。この3つのステップは、私も実務 で意識して実践しています。シンプルですが、 非常に効果的なので、ぜひ活用してみてくださ い。  根源的にモノをみる  次に、モノの見方3原則の「根源的」につ いてみていきたいと思います。判断に迷ったり、 意見が分かれてジレンマに陥った際に、判断や 議論の前提となる目的や狙いに立ち返ることで、 意思決定がスムーズに進みます。  先はどの、役員から人材育成を依頼された ケースをみてみます。役員からの依頼は、「A Iが普及する時代において、自社の育成計画が どうあるべきか考えて提案してほしい」という 内容でした。これまでみてきたように、多面的 そして長期的な視点を持って検討を進めていく ことはもちろん効果的ですが、大切なのは「役 員がなぜ、このタイミングで育成計画の依頼を してきているのか?」ということではないで しょうか。依頼の背景には、役員の問題意識が あるはずです。この問題意識やそもそもの目的 を明確にしない中で検討に着手しても、良いプ ランを作成することは難しいと言えるでしょう。 状況によっては、依頼している役員自身が、そ の問題意識や目的を正しく言語化できていない ケースも存在します。役員会議で社長から指摘 があった、他業界の役員との会話の中でA1時 代の育成について盛り上がったなど、きっかけ は様々あると思いますが、少なくとも依頼の根 源的な意味を合意せずに作業着手すると、せっ かくの時間を無駄に使ってしまうリスクがあり ます。  もうひとつ、よくあるケースを挙げてみたい と思います。  商品企画担当が作ろうとしている新サービス に対して、営業チームが納得せず反対を唱えて いる。  このようなシーンは、私も過去に何度も経験 しましたし、皆さんの組織でもある話かもしれ ません。商品企画の担当者は、「自社の重点戦 略に沿った企画であり、競合他社がリリース前 に積極的に販売してほしい」と考えています。 一方、営業担当者は「売れるかどうかも分から ないサービスを提案するよりも、実績もあり、 売れる可能性の高い商品を販売したい」と考え ています。双方の考え方は、いずれも正しいと 言えるでしょう。しかし、主張をぶつけ合うだ けでは、物事を前に進めることはできません。  では、このような時に何をどのように考えて、 判断をしていくべきなのでしょうか? 双方の 意見を主張し合うだけでは前向きな判断は難し く、仮にどちらかの主張が通ったとしても後に 。しこり”が残るおそれもあります。例えば 「そもそも、私たちの顧客は誰で、その顧客は どのようなニーズを持っているのか?」という 具合に、チームが連携した先にいる顧客の存在 に目を向けることで、共通の目的に向けて議論 を進めることが可能になります。そもそも、商 品企画も営業も顧客に価値を届けるための機能 と言えます。  サブスクリプションのうっかり更  新に返金をするべきか  最後に、根源的なモノの見方を通じて判断を 進めた、私自身の体験を紹介させてください。 「GLOBIS学び放題」という動画学習サー ビスのリーダーを担当していることは、これま でに何度か紹介してきました。このサービスに は法人向け・個人向けの2つがありますが、個 人向けのサービスでは、いわゆるサブスクリプ ション型(継続課金モデル)の課金形式になっ ています。サービスの提供を開始して間もなく、 あるユーザーさんから「利用終了時にうっかり 契約停止するのを忘れてしまった。利用する意 図はないのに支払いが発生している。料金を返 金してほしい」という問い合わせをいただきま した。  当時のメンバーと対応方法について議論を重 ねる中で、「ユーザーさんは契約開始前に、自 動更新の条件に同意している」、「契約更新前に、 案内もメールでお送りしている」などの理由か ら、返金には応じず支払いをいただくべきとい う考えがありました。一方で、更新意図がない ユーザーさんからお金をいただくことは、本当 に事業として正しいのかという意見もありまし た。さらに議論を重ねる中で、他社のサブスク リプションも同様に返金はしてない、返金する ことは売上を減少させることになる、といった 意見もあり、どちらかといえば返金対応しない 流れに傾きつつありました。  言葉にできない違和感があった私はこの時、 「そもそも、サブスクリプション型の課金形式 にしているのはなぜか?」という根源的な問い を立てて、議論を継続することにしました。こ の議論すら無駄ではないか、という意見も最初 はありましたが、この考えが整理されない限り 判断はできないと思い議論を続けました。何度 か議論を重ねる中で、私たちは以下のようにサ ブスクリプションの目的を言語化しました。そ れは。  「ユーザーの継続利用時の手続きの負担を下げ るため」  です。更新タイミングで毎回課金手続きをす るのはユーザーさんにとって面倒、だから利用 意向がある場合には自動で契約を更新させてい ただくということです。間違っても、サービス 側の売上を向上させることや収益を安定的に確 保するためではありません。私もプライベート で何度か、継続課金モデルのサービスで全く意 図しない形で長期間課金され続け、とても嫌な 気持ちになったことがありました(うっかりし ていた自分の責任であると頭では分かっていて も、利用していないのに支払いが発生すること にモヤモヤが残るイメージです)。  この目的に沿って考えると、「継続利用の意 思がないユーザーからお金をいただくことは、 趣旨に反する」となります。そのため、まず私 たちが努力するべきは、契約開始のタイミング で自動更新であることを正しく伝えることであ り、更新前にメール等で意思を確認する連絡を 差し上げ、うっかり更新を可能な限りゼロにす ることであると決めました。  それでも通知を見逃したり、うっかり更新を してしまったユーザーに対しても、いくつかの 条件を満たしている場合には返金するように決 めました。同時に、返金の発生件数を可視化し て、件数を減少できるようにユーザーへのコ ミュニケーションを改善し続けました。現在で は、かなり少なく抑えられています。この判断 をした当時は社内から疑問の声も上がりました が、その後の運用状況やユーザーさんとのコ ミュニケーションを見る限り、正しい判断だっ たのではないかと思っています。このような結 論を導き出せたのも、根源的なモノの見方をし たからだと思います。 意思決定3作法  ここまで、決める力を高めるための「モノの 見方3原則」をみてきました。多面的、長期 的、根源的に物事を見れるようになると、対立 している物事や抱えている悩みに対して、異な るアプローチを取れるようになります。次は、 実際に決める際の作法として、意思決定3作法 の内容について詳しく紹介していきたいと思い ます。  前述の通り、次の3つが意思決定の3作法で す。  1.自分の頭で考えて意思決定する(知力)  2.心で感じて意思決定する(共感力)  3.腹で決めて意思決定する(胆力)  それぞれについて詳しくみていきましよう。  1.自分の頭で考えて意思決定する(知力)  事業リーダーとして、事業方針を決めること に恐怖を覚えた私のエピソードは、章の冒頭で 紹介した通りです。。自分の頭で考える”とい うのは、まさに言うは易し行うは難しです。と くに、これまで他人が決めた道筋に沿って時間 を過ごしてきた人は、無意識に「正解は外から 与えられるもの」と考えてしまいがちです。そ もそも、意思決定における「考える」とは一体、 どのような意味なのでしょうか? 「考える」 とは「悩む」と異なり、目的に沿って正しい思 考プロセスを行うことだと私は定義しています。 逆に「悩む」とは、考えがまとまらず、目的に 向かわない形で思考が混乱している状態である と言えます。私も、悩んでいることが、考えて いることだと勘違いしていた時期がありました。  前章で紹介した「問題解決の4つのステッ プ」は、まさに問題解決という目的に沿った、 適切な思考プロセスと言えます。意思決定にお ける適切な思考プロセスとして、私か意識して いるプロセスを紹介します。それは、「目的を 言語化する」、「多面的・長期的・根源的に情報 を集める」、「情報を解釈する」、「目的に沿って 決定する」の4つのステップからなります。  1つ目の「目的を言語化する」は、イマーコ コで何を決めるべきかを言語化することであり、 前章で紹介した「イシューを設定する」と同じ 意味です。自分ひとりでできる簡単な意思決定 の場合はそこまで強く意識する必要はありませ んが、組織を横断して複数人で意思決定する場 合などには、決めるべきことが曖昧なまま議論 が進むことがあります。散々議論した末に、結 局、なんのために議論していたんだっけ? と なってしまうことは、私も経験があります。  2つ目の「多面的・長期的・根源的に情報を 集める」は、モノの見方3原則の視点を持っ て、関連する情報を集める動きです。偏った情 報からは、偏った意見しか生まれてきません。 自分が持っている情報は隕られている、という 自己認識を前提に持って向き合うことが大切と 言えるでしょう。とくに組織内の役割や立場と いうのは、モノの見方を固定化してしまう傾向 があります。営業部門に所属する人は、営業部 門の目線で物事を捉えてしまいます。だからこ そ、あえて異なる部門の目線から物事をとらえ るように意識するとよいでしょう。なお、情報 収集をどこまで時間をかけて行うか、という点 も常に頭を悩ます問題です。現実的には、完全 に情報を集めるのは難しいと言えます。ここは、 後ほど「腹で決める(胆力)」の部分でも詳し く触れていきたいと思います。  3つ目の「解釈」には、集めた情報から何が 言えるのか? を考える動きです。同じ情報を 目にしているはずなのに、そこから意味のある 情報を引き出すことが得意な人が皆さんの周り にもいると思います。まさに「解釈力」が関係 していると言えます。解釈について理解しやす いように、ひとつの例を挙げてみましよう。  休日に外出をしようとして空を見上げたら、 灰色の雲に覆われていました。また、家の前の 通行人をみたら多くの人が傘を持っていました。 そのため、自分も傘を持って外出しました。  ここでどのような解釈が行われているか、確 認していきます。空か灰色の雲に覆われている という事実から、雨が降る可能性が高いと解釈 しています。これは、これまでの経験則や一般 常識的に灰色の雲=雨雲=雨が降る可能性が高 い、と解釈していることになります。このよう に、一般常識やルールを踏まえて判断する解釈 の方法を「演繹的思考法」と呼びます。さらに、 多くの通行人が傘を持っているという事象もあ わせて、雨が降るだろうと解釈しています。こ のように複数の事象から共通点を導き出して解 釈する方法を「帰納的思考法」と呼びます。  このような思考方法を参考にしながら、集め た情報を踏まえて「ここから何か言えるの か?」と自分に問いかけていきます。なお、一 度導き出した解釈でも、新しい情報を加えたり、 当てはめる一般常識を変更すると、結論が変 わっていきます。とくに、自分が一般常識だと 思っていたことが実は常識ではないということ もあるので、注意が必要です。「この一般論を 今回のケースに当てはめることは本当に適切な のか?」といった批判的な問いをすることが回 避策として考えられます。  意思決定のステップ4つ目は、「目的に沿っ て決める」です。ここでは、最終的に意思決定 する際に、当初設定した目的に沿っているかを 再確認します。意思決定のプロセスでは、情報 を収集し、解釈し、改めて情報を集めて再度解 釈するという具合に、検討そのものが長期化す ることが発生します。また、複数のメンバーと 一緒に検討していく中で、様々な論点が出され てそもそもの目的からズレだ状態で意思決定が なされるリスクがあります。そのような状態を 防ぐためにも、「今回の意思決定は、当初の目 的に沿っているか?」を再度確認することをお すすめします。  2.心で感じて意思決定する(共感力)  論理的で頭の回転が早く、鋭い意見を率直に 伝える人材。どの組織にもそのような優秀と評 価される人材はいるものです。しかし、そのよ うな人材の意見が周囲の賛同を得られず、論理 的には正しいと思われる考えが採用されないと いうシーンに出くわすことがあります。私もこ れまでの長い社会人生活の中で、そのような人 材に数名出会ったことがあります。プレゼン テーションが素晴らしく、質疑応答も完璧にこ なすのに、なぜか営業成績が低い営業スタッフ や、社内の企画会議などで鋭い視点で意見を述 べるが微妙な空気が流れて、その意見を発展さ せられないスタッフなど、様々な場面で目にし てきました。ビジネスの現場で行われる意思決 定の多くは、周囲に影響を与え、決定後のアク ションには周囲の協力が欠かせません。3作法 のひとつとして説明したように「自分の頭で考 えて」判断を下そうとしても、それが独りよが りの考えだと、周囲の共感を得ることはできま せん。では、どうしたらよいのでしょうか?  その解決策のひとつが「心で感じて意思決定 する」という作法です。表現を変えれば「共 感」を持って判断するということです。誰に対 して共感するかと言えば、意思決定により影響 を受ける関係者に対してです。本書で繰り返し 触れてきましたが、ビジネスというのは関連す る人・組織との繋がりで成り立っています。自 分ひとりの役割だとしても、それが独立して周 囲と全く影響しないことは稀だと言えます。そ のため、心で感じて決断する最初のステップと して、「今回の意思決定によって影響を受ける 人は誰か?」という問いを設定し、少し多めに 関係者を洗い出すことをおすすめします。  「共感」は学問的にはいろいろな定義があるよ うですが、ここでは「相手と同じ感情になるこ と」としたいと思います。立場や経験が異なる 人と、感情を共有するのは意外と難しいことで すし、100%共感することは不可能でしょう。 しかし、少しでも近づくように努力することは 可能です。私か普段意識していることをいくつ か紹介したいと思います。1つ目は、「もし自 分が相手の立場だったとしたら、この判断をど う感じるだろうか?」と自問することです。こ の問いがきっかけとなり、相手の置かれている 立場や判断による影響を考え始めることになり ます。  2つ目の方法は、相手と同じ行動をすること です。私の友人に、数々の優れたデザインを生 み出しているデザイナーがいます。ある時、ど のようにしてターゲットに響くデザインや表現 を考えているのかを聞く機会がありました。彼 は、デザインを届ける相手を理解するために、 徹底的にその行動を観察し、対象になり切ると 言っていました。例えば、女子高生を対象にし た化粧品(マスカラやネイル)のデザインを考 えた際には、自分もしばらくの期間マスカラや ネイルをつけて生活をしていたというのです。 私自身は、さすがにそこまでなり切ることはで きていませんが、例えば、お客様の都合でどう してもイレギュラーな対応を受け入れる必要が ある場合には、影響を受ける可能性の高いオペ レーションスタッフの業務を理解するようにし ています。場合によっては、実際にどのように 作業しているかを見せてもらい、自分も一緒に 作業してみるということもあります。頭で理解 していることと、作業して気づくことには大き な違いがあるのは、当然のことです。 者 合      ・   ` 匹 競         ″   い る 一 匸\ 影 J J fl口从に1″ 定 決 J \{士 分 自        の鬥   ヽ 図 四   韶  ″  共感のために意識していることの3つ目は、 直接ヒアリングするという方法です。とくに重 要な判断やその後の影響が大きい場合には、 「もしこの判断をしたら、あなたはどう感じま すか?」と、ストレートに聞いてしまうのもひ とつの手です。しかし、相手との信頼関係が築 かれていないと本音を引き出すことは難しいの で、注意も必要です。 「影響を受ける関係者を洗い出し、その人たち の気持ちを推しはかると、逆に決められないの ではないか?」と不安に感じる方もいると思い ます。確かに、自分ひとりで考えて決めること も難しいのに、さらに相手の感情という条件が 加わるので、判断の難易度が上かつてしまう側 面はあるでしょう。しかし、関係者の気持ちを 全く理解しようとしない判断と、関係者の気持 ちを理解した上での判断とでは、それを受け取 る相手の気持ちやその後の協力関係は全く異 なってきます。例えば、イレギュラー案件を受 け入れることで、オペレーション作業の負担が 増えることを理解していれば、現場スタッフの 負担を減らすためのリソース追加を検討したり、 イレギュラー受け入れの期間を限定するように 顧客に交渉することもできます。結果として、 その対処が実現しなかったとしても、それらの 理解や行動が事前にあるかどうかで、現場ス タップの協力姿勢は大きく違ってくると思いま す。  3.腹で決めて意思決定する  自分の頭で徹底的に考え、相手に共感したと して、それでもやはり判断に迷うことはありま す。その時にもっともやってはいけないことは、 安易な多数決に流されることです。皆の意見を よく聞くということと、多数決とは似て非なる ものです。  意思決定は衆議独裁であった方がよい  私自身が、意思決定に対して大切にしている 考えのひとつに「衆議独裁」があります。「衆 議」は、皆で議論を尽くすという意味であり、 「独裁」は、独りが決めるという意味です。組 織内の意思決定であればあるほど、周囲のメン バーの考えに耳を傾けて議論することは大切な ことです。なぜなら、自分ひとりが持っている 情報には限りがあり、見落としのリスクもある ためです。三人寄れば文殊の知恵という言葉が ありますが、まさに、ひとりよりも二人、三人 の知恵を出し合うことが大切です。しかし、決 定に際しては、決める立場の人がひとりで決め ることが望ましいと考えます。皆で話し合って 皆で決めた、という状態は聞こえはよいですが。 「誰も責任を持っていない状態」とも言えるで しよう。この話をすると、「それでは、全ての 判断をリーダーが行うのか」と質問をいただく ことがありますが、それは違います。現場作業 の方針を決めるのは現場スタッフ、チームの方 針を決めるのはチーム長、部門の方針を決める のは部門長、そして会社の戦略や理念を決める のは社長という具合に、しかるべき人が決める ということが重要であると考えます。人は、自 分で決めたことには責任感が生まれモチベー ションも向上するものです。自分で決めて、自 分が実行責任を持つからこそ、しっかり考えて 判断しようとします。現場の細かいことまで、 リーダーに判断を仰いで決めてもらっていたら、 変化の早い環境に対応していくことは難しく なってくるでしょう。  そして現在リーダーの立場にある方は、部下 から相談された内容に対して「これは、リー ダーの自分が決めるべきことなのか?」と問い を立てることをおすすめします。部下の考えに 不足している点があれば、それを指摘したりア ドバイスすることはもちろん必要なことです。 しかし、その内容が部下自身に実行責任が伴う 場合には、極力判断を委ねる方が賢明です。私 は現在、従事するスタッフが150名を超える 事業のリーダーを務めていますが、事業の大き な方針は示しつつも、それぞれのチーム方針は 極力現場に任せるようにしています。当然、各 リーダーとの擦り合わせは行いますが、その内 容が事業方針に沿っていること、決定的なリス クがないことの2点を満たす場合には任せるよ うにしています。  ちなみに、皆で議論して皆で決めることを 「衆議衆裁」といいます。そして、議論をせず にひとりで決めることを「無議独裁」と呼びま す。前者は責任者が不明、コミットメントが弱 くなるというデメリットがあります。後者はひ とりで決めるため、視野狭窄となリリスクがあ ると言えます。一方で、例えば緊急事態で議論 している時間もない場合などは、「無議独裁」 が適していることもあります。チームの懇親会 会場を決める時などは、多数決つまり「衆議衆 裁」を適用することもあります。適切に使い分 けられるとよいでしょう。  不確実性に向き合うために、胆力  が必要  ビジネスで行われる意思決定は、どこまで突 き詰めて考えても「やってみないと分からな い」と言うはかない領域があります。加えて、 意思決定にかけられる時間的制約もあり、不十 分な情報しかない中でも決める必要に迫られる ことが多々あります。だからこそ、「早く行動 し早く失敗する。失敗から学び軌道修正をし続 ける」というマインドセットが求められます。 正解を求める正解主義ではなく、行動による気 付きを素早く取得する実験主義が必要です。し かし、失敗する可能性を抱えながら判断するの は、誰しも怖いことです。さらに状況によって は、結果が出るまでの間、周囲から批判される こともあるでしょう。結果が見えるまでの恐怖 や批判に耐える力として、「胆力」が必要なの です。腹で決める、つまり論理や共感に加えて、 自分自身の信念を持って決めて行動し続ける力 が必要です。では、どのようにすれば信念を持 つことができるのでしょうか。  クロービス代表の堀義人はよく、「信念とは 知の極みである」と述べています。その意味は、 「考えて考えて考え尽くせば、やがてそれが信 念となる」ということです。自分が知りたいと 思ったことを、調べ尽くして、考えて、周囲に 相談して批判されて、それでも繰り返し考え続 ける。それを長期的に続けた結果として、揺る がない精神的な土台が形成されていくのです。 その境地にまで達した人は、もうひとつの特徴 を得ると私は感じています。それは、「知を極 めると、謙虚になる」ということです。誰より も考え尽くしたからこそ、自分の無知を理解し、 知識に対して謙虚になる。素人の純粋な指摘に も、真摯に耳を傾けるようになるのです。なぜ なら、その中に自分の知らない情報やヒントが 含まれている可能性があるからです。そのよう な人には、自然と周囲が情報を提供し協力して くれるようにもなっていきます。  ここまで、A1時代に求められる「決める 力」を身につける方法論をみてきました。日常 的に、自分がかかわる事業の情報を多面的・長 期的・根源的な視点で収集し、考える癖をつけ る。そして、実際に決める際には、知力・共感 力・胆力のバランスを意識するということを解 説してきました。本書を手に取ってくださって いる皆さんの決断において、少しでも参考にし ていただけると幸いに思います。  第5章では、AFTERA1時代に求めら れる3つ目の能力である「リーダーシップ」に ついて詳しくみていきたいと思います。  第1章で触れましたが、これまでは、経営 トップやマネジメント層以外の多くの社会人に は、組織の指示に従いリーダーを支援する 「フォロワーシップ」がとくに重要視されてき ました。現在もこの側面は引き続き重要ではあ りますが、以下2つの背景から、マネジメント 層以外の全ての社会人にも「リーダーシップ」 が求められてくると言えます。その背景とは以 下の2つです。  1.変化スピードの速い組織では、一握りの りIダーだけが方針を示すのではなく、現場に 近いスタッフが状況判断し方針を示し、周囲を 動かすことが期待されるから。    ↓組織視点  2.生成AIがいかに論理的に正しい結論を 出したとしても、人は完全にそれに従いたいと 思えず、結局は魅力あるリーダーの言葉に共感 し行動を起こすと考えられるから。    廿影響力の視点  以降、これら2つの背景を詳しくみていきた いと思います。 全員が意思を持つ組織 へのパラダイムシフト  30代の頃、米国ワシントンDCで開催された、 ATDという世界最大規模の人材育成のカン ファレンスに参加しました。冒頭のキーノート スピーチで、元米国海兵隊隊員でリーダー経験 を持つ方が組織論をテーマに話をしていた内容 が、非常に興味深いものでした。  スピーチの冒頭、講演者は「皆さん、米国の 海兵隊の組織形態はどのようなイメージです か? 規律を重視したトップダウン型と思われ るかもしれませんが、現在は全く異なります」 と話し始めました。軍隊では上官命令が絶対で、 強いトップダウン型だと思っていた私にとって 意外な内容でした。講演者は続けます。「では、 現在はどのような組織形態なのでしょうか? それは、自律分散型の組織です。現場の小規模 チームに大きな権限を委譲し、中央は物資や情 報面でサポートする役割になっています」なぜ、 現場に権限を委譲する自律分散型の組織なのか と疑問に思っていたところ、その講演者はさら に続けました。「理由は、戦う相手が変わった から。以前は国家が戦う相手でしたが、現在は テロが相手です。テロはいつ、どこで、どのよ うな攻撃を仕掛けてくるか分かりません。その ような中で都度判断を中央に求めていたら、 あっという間に負けてしまう」ということでし た。なるほど、と感心していたところ、最後に 講演者が述べました。「この変化は海兵隊だけ ではなく、企業も同じではないでしょうか。向 き合う市場や顧客がどのように変化するか分か らない。全く想像もつかないプレイヤーが競合 として台頭してくる。だからこそ、組織運営に おいても市場をもっとも理解している現場に りIダーシップを委ねるべく、自律分散型に なっていく必要があるのではないでしょうか」  海兵隊と企業という全く異なる存在ですが、 外部環境変化を通して組織のあり方が変化して いくという主張に妙に納得したことを、鮮明に 覚えています。 組織発展の歴史と、所 属する人のリーダー シップへの影響  この中央集権的な組織のあり方から自律分散 型な組織への変化は、いつから、どのように発 生したのでしょうか。2018年に出版された 『ティール組織』という書籍に興味深い考察が あったので、一部抜粋して紹介したいと思いま す。この書籍の中で、著者のフレデリックーラ ルー氏は組織の発展形態を5つのフェーズで表 現しました。  衝動型(レッド)  力、恐怖によって支配される組織。マフィア やギャングなどが代表的。コンセプトー組織 は力  順応型(アンバー)  規則やルールにより支配される階層組織。旧 式軍隊や教会などが代表的。コンセプトー組 織は規律  達成型(オレンジ)  予測と統制を重視し、役割分化が進んだ組織。 現代の多国籍企業が代表的。コンセプトー組 織は機械  多元的(グリーン)  多様性、平等、文化を重視する組織。一部の 家族型経営、NPOなどが代表的。コンセプ ト一組織は家族  進化型(ティール)  共通のミッションに沿って、自律分散型で運 営される組織。変化スピードの早い業界で成長 する企業などが代表的。コンセプトー組織は 生命体  *コンセプトは筆者の解釈による表記です。  この変化を俯瞰して眺めてみると、環境変化 に合わせて権力バランスが組織側から従業員側 にシフトしていく様子を読み取ることができま す。  1つ目の衝動型は、小規模で支配的であり、 暴力と恐怖心でコントロールされます。組織の トップが絶対権力を握り、メンバーはそれに従 うという構図であり、もつとも古くから存在す る組織形態と言えるようです。マフィアやギャ ングなどが代表例とされています。  2つ目の順応型は、不変の法則に基づいた役 割主義的な組織です。ルールと権威でコント ロールされます。この組織形態により規模化と 安定化が実現できた一方で、個人の感情よりも 固定化された役割が重要視されました。ここで も、権力はあくまで組織を運営する側に存在し ています。  3つ目の達成型は、利益や合理性を重視した 組織形態であり、組織は機械とみなされます。 予測と統制により再現性の高いマネジメントが 可能になり、さらに、実力があれば組織の階段 をのぼることも可能になりました。これにより 人類は機会や豊かさを手に入れることになりま すが、一方で行き過ぎた利益追求主義により地 球環境に悪影響を及ぼしたり、成功基準が金銭 に偏るなどの負の側面も現れてきました。権力 バランスは依然としてリーダー側にありますが、 成果を出すメンバーには地位や金銭報酬、さら なる機会を与えられるようになっていきます。  4つ目の多元型は、3つ目の達成型への反動 で誕生したと言われています。組織で働く人の 感情に敏感で、平等や多様性を重んじる特徴が あり、組織は家族に例えられることもあります。 共通の価値観を元に、積極的に権限委譲が進め られ、対話を重視しながら意思決定が進められ ていきました。その一方で、全員参加型の意思 決定を行うことで判断スピードが遅れるなどの 矛盾を抱えるようになりました。  5つ目の進化型では、組織の存在目的や個人 の内発的動機が重要視されます。組織が社会に 存在する目的が常に共有され、進化し続けてい きます。その中でメンバーは、内発的動機を軸 に自分で意思決定できる機会を提供されます。 それぞれが意思を持ちながらも、有機的に連携 して共通目的に向かうその様子が自然界の営み に類似しているということで、生命体に例えら れることもあります。この組織では、マネ ジヤーとメンバーはフラットで対等な関係にな ります。組織のあらゆる方針をマネジヤーが決 めるのではなく、現場に近いメンバーも外部環 境を的確に捉えながら、自身で判断することが 求められます。  以上、ティール組織を踏まえて組織の歴史的 な発展経緯を紹介してきましたが、人類は長い 歳月をかけて、外部環境に適応しながら、理想 の組織形態を作りかえてきていると言えます。 一部のマネジヤーが権限を全て掌握する状態か ら、組織とメンバーが対等な関係性へ徐々に変 化を遂げてきているのです。  これらの内容について興味がある方は、 『ティール組織』(フレデリックーラルー著 英 治出版 2018)か、「GLOBIS学び放 題」の「ティール組織」をご覧ください。 人はAIに従いたい か?  ∩ぼ5司が日本でリリースされ教育領域に も大きな影響が予測される中で、クロービス経 営大学院の有志の教員が集まって、生成AIに 関する読書会を開催しました。課題図書は 『Impromptu : Amplifying Our Humanity Through と』という書籍で、著者は、リードーホフマ ンというnぼ已tHを開発した○む自七の共同創 業者のひとりです。この書籍がユニークなのは、 書籍の半分以上がng己同卜と対話しながら書 かれていて、書籍内の主張の多くがnぼ已屯 により生み出されているということです。7〜 8名の教員仲間と様々な議論を重ねる中で、と ある教員が興味深い問いを投げかけてくれまし た。それは、「大半の主張が生成AIによって 生み出されているのに、私たちがこの内容を信 頼しているのはなぜか?」というものでした。  読書会を実施した当時でも、既に多くのコン テンツが生成AIにより生み出され、その内容 が電子書籍として販売されていました。私も数 冊Ki乱leで購入して読んだことがありました が、そのほとんどが残念な品質たったことを覚 えています(もちろん、作品によっては品質の 高いものも存在すると思いますが、私か手に 取ったコンテンツはいずれも高品質とは言えな いものばかりでした)。先はどの教員仲間の問 いをきっかけに議論を重ねた結果、「リードー ホフマンという著者が、本書にお墨付きを与え ていること。そして、生成AIの内容に著者の 考察が追加されていること」に価値を感じてい るのではないか、という結論に至りました。  私はこの読書会での議論をきっかけに、「A −が生み出す内容に人は従いたいと思うの か?」という大きな問いを持つようになりまし た。それから、実際に日々の実務で生成AIを 活用したり、周囲の仲間と議論を重ねる中で私 なりの考えが整理されました。それは以下の通 りです。  予測や計算可能な内容についてはA−の方が 得意であり、その結論に人は疑いなく従うので はないか。従った方が、効率的であリコスト削 減が可能だからです。逆に言えば、これらの領 域は今後もAIに置き換わり、人が方針を出す 機会も減っていくと予想されます。  一方で、予測不可能でリスクを伴う方針につ いては、A−がロジカルに導き出す選択肢より も、信頼のおける人が出す方針に従いたいと思 うのではないか。なぜなら、リスクがある方針 はその後の実践が重要であり、信頼のおける人 が出した方針であれば、仮にそれが違っていた としても、方針を出した人が責任を持って最後 までやり遂げる期待を持てるからです。  このことは、私自身も日々の仕事の中で実感 します。現場スタッフが強い問題意識と想いを 持って小さなプロジェクトを立ち上げて、それ を周囲が応援する。そして気が付くと、組織全 体を巻き込む大きな動きに繋がっていることが 多々あります。年齢も若く、役職や権限もない スタッフになぜこのような動きが可能なのかと 言えば、その人の持つ想いやコミットメント、 責任感のようなものが他者に伝播して協力を引 き出しているからではないでしょうか。そして、 そのような小さなリーダーシップが、企業だけ ではなく社会全体で、ボランティア、市民活動、 NPOなど様々な形式で生み出されていると感 じています。  また、私もこれまでの社会人経験の中で、所 属した組織のリーダーが発した方針にワクワク した経験があります。頭でロジカルに考えると その方針が成功するかは不明でしたが、なぜか そのリーダーが発した言葉には重みがあり、実 現させたいとコミットしたくなりました。 リーダーシップを身に つけるために必要なこ と  ここまで見てきたように、不確実の中でもリ スクをとって物事を進化させるためには、現場 スタッフにもリーダーシップが必要となってき ます。それでは、実際にどのようにしたら、一 人ひとりがリーダーシップを育むことができる のでしょうか? リーダーシップ論は様々な先 行研究があり、膨大な知恵が既に社会に謚れて いますので、ここではとくに私か重要だと感じ る数点を取り上げて紹介したいと思います。   とにかく、バッターボックスに立   つ  周りから自分の意見を求められた時、皆さん はそれにどのように向き合っていますでしょう か。もちろん、その質問内容や置かれた状況に よって対応は都度変わりますが、大きく3つに 分類することができます。  1つ目は、状況を整理して述べる「実況中継 型」の対応です。これまでの周囲メンバーの意 見や自分が知っている情報などを、整理するだ けのタイプです。一見すると理路整然と意見を 述べているようで、自分の意見は表明しない、 つまリリスクを一切取らない動きです。  2つ目は、限られた情報や直感を信じて意見 を述べる「決めうち型」の対応です。自分かそ の時に思ったこと、考え方を明確に発信するが、 その理由や根拠は整理されていない状況です。  3つ目は、自分の意見も根拠も明確な「主 張・根拠のセット型」の対応です。まずは自分 の意見をしつかり表明した上で、その根拠を述 べて相手に理解を促していきます。  これら3つのパターンを比べた時、目指した い状態が3つ目の「主張・根拠のセット型」で あることは一目瞭然ですが、重要なのは残り2 つの比較です。最初に結論をお伝えすると、ど うしても主張・根拠のセット型での対応が難し い場合には、「実況中継型」よりも「決めうち 型」をあえて意識した方が、結果としてリー ダーシップを育むことができると考えています。 「決めうち型」を意識すると、組織の様々な場 面で自分の意見を表明することに繋がります。 自分の意見を表明すると、周囲から様々な質問 や反論が寄せられます。最初のうちは、それに 対応できずに悔しい思いをすることもあると思 いますが、質問や反論をもらうことで自分自身 の考えがブラッシュアップされていきます。質 問・反論に謙虚に耳を傾けるという姿勢さえ 持っていれば、自分の意見を叩き台に組織内の 議論が進んでいくことになります。  逆に「実況中継型」は、誰も反論できないよ うなもっともらしい情報を整理して伝えてはい ますが、結局リスクをとって自分の意見を述べ ることを避けている形になります。このスタイ ルに慣れた人は、批判や評論のコメントは鋭い けど、「ではあなたはどうしたいのか?」とい う問いには向き合わないようになっていきます。 大きな組織の中で、誰かが決めてくれる環境下 ではそれでもよかったかもしれませんが、自分 の意見を踏まえて人をリードすることは難しく なっていきます。また、情報を整理して批判し たり、選択肢を並べるという行為は、AIが得 意とする領域であるため、その取り組みの価値 そのものも低下していくことが予想されます。  リスクをとって自分の意見を主張することは、 批判に哂されたり、場合によっては間違った意 見ということで訂正を迫られたりするので苦し いものです。しかし、その経験を通じてこそ りIダーシップが磨かれていくと私は信じてい ます。なるべく多くバッターボックスにたち勝 負をし続けることが、成長の近道と言えるので はないでしょうか。 周囲を動かすパワーと 影響力 「GLOBIS学び放題」の中でもとくに入 り言詐釘几パに杼 周囲の人をどのように動かすのか、それを組織 心理学的なアプローチで学ぶことができます。 マネジメント職についていない人にとっても参 考になる内容なので、本書の文脈に合わせて抜 粋して紹介したいと思います。パワーとは、個 人がそれぞれ持っている、人々に物事を実行さ せる「潜在的な能力」であり、影響力とは、 人々を実行に向け動かそうとする「プロセスや 行動」のことを指します。  パワーには3つの源泉があるとされています。 1つ目は公式の力(ポジションパワー)であり、 組織の地位や役職による力を意味します。2つ 目は個人の力(パーソナルパワー)であり、個 人としての魅力が作り出す力を意味します。3 つ目は関係性の力(リレーショナルパワー)で、 自分の人間関係による力です。この3つのパ ワーの源泉のいずれも現代社会において必要で あるとされますが、これまで見てきた自律分散 型の組織においては、相対的に公式の力は低減 し、逆に個人の力や関係性の力の重要性が向上 していくと私は考えます。 影響力は6つ存在すると言われています。 1.返報性‥恩恵を受けたら、その相手に   報いなければならないと感じること 2.コミットメントと一貫性‥自ら宣言し   たことと、一貫した行動をとろうとする   こと 3.社会的証明‥他人の評価や行動を指針   とすること 4.好意‥好意を持つ相手ほど賛同したく   なること 5.権威‥専門家に指示を仰ごうとするこ 6.希少性‥手に入れにくいものほど求め   たがること  それぞれの細かい説明は本書では省かせてい ただきますが、いずれも周囲の人を動かす際に 活用できる内容です。AIが社会に普及してい くと、この影響力にどのような変化が出てくる かを考えてみたいと思います。あくまで予想で すが、社会的証明や権威、希少性は、陳腐化す るスピードがAIによって早まっていくのでは ないかと思います。一方で、人対人の関係性 により生じる要素(返報性・行為)や、リー ダーとしての姿勢(コミットメントと一貫性) はより重要性が増していくのではないかと考え ています。また、コミットメントと一貫性は、 本人を突き動かすと同時に、周囲にも影響を与 えるものとしてとくに大切になっていくのでは ないかと考えられます。  最後に、コミットメントと一貫性に関連して 1点付け加えると、影響力を持つリーダーに共 通している素養に「言行一致」と「首尾一貫」 があります。発言していることと、行動が一致 していることは、物事の大小にかかわらず目指 したいところです。首尾一貫についても、常に ブレない判断や行動をしている人には自然と信 頼が集まつていくものです。この2つは、いず れも日々の小さな心がけから少しずつ変えてい けることなので、意識したい考え方です。そし て、「言行一致」と「首尾一貫」が自然とでき ている人には、もうひとつ共通している点があ るように思います。それは、「自分らしさ」、 「自分の軸や哲学」を持っているということで す。これを持っているからこそ、周囲の意見に 安易に流されず、ブレずに物事に対処すること が可能になのです。  以降の章で、この「自分らしさ」を詳しくみ ていきたいと思います。  第6章では、AFTERA1時代に求めら れる4つ目、「自分らしさ」に沿って生きる力」 について、その必要性や定義についてみていき ます。  第1章で集団の”らしさ”に沿って生きる力 から、「自分らしさ」に沿って生きるカヘの変 化の必要性について触れましたが、内容を簡単 に振り返りましよう。  クレイトンークリステンセン教授が執筆した 「イノベーションーオブーライフ」内のエピ ソードを取り上げ、お金、地位、名誉、他者か らの評価を重要な「ものさし」として努力し続 けた結果、粉飾決算や家族との離別など、とて も幸せとは呼べない結果に繋がることを紹介し ました。組織で働く私たちも、これまでは組織 のルールに従いプロセスに従順で、期待された 課題解決をし続けることが評価されてきました。 それが長期化することで、顧客や従業員のメ リットよりも組織の論理を重視するようになり、 さらには道徳的・倫理的に誤った取り組みすら 制御ができなくなる事態に発展するリスクがあ ります。事実、日本を代表する企業の不正など が明るみに出るたびに、「業績プレッシャーが 強すぎる。社内で異論を唱える雰囲気ではな かった」などの内部調査報告が出ています。こ の誤った「ものさし」つまり、集団の。らし さ”に沿って行動することの是非を、私たちは 今一度考える必要に迫られていると言えます。  また、「自分らしさ」は他者から与えられる ものではなく、自分自身で見出していく必要が あることにも触れました。そして、この「自分 らしさ」は、ここまで本書で紹介してきた「問 いの設定力」、「決める力」、「リーダーシップ」 にも大きく影響を与えていきます。なぜなら、 良い問いというのは他人から借りてきた型通り のものではなく、自分の意思や哲学が反映され ているものだからです。そして、良い決断も同 様に、他人から与えられるものではなく、リス クをとって最後は自分の信念に沿って決めるも のだからです。そして、他人の意見を整理して それらしくコメントを述べる評論家よりも、自 分の立場を明確にして発信する人に、周囲は影 響されるものだからです。  「自分らしさ」に沿っ て生きるとは何か?  皆さんは、「自分らしさに沿って生きること ができているか?」と問われた場合、どのよう な答えが頭に思い浮かぶでしょうか?  ・プライベートの場では「自分らしく」いら   れるけど、仕事の場ではそうではない  ・「自分らしく」いられる日もあれば、誰か   に流されて1日が過ぎてしまう日がある  ・そもそも、「自分らしさ」が分からず曖昧   な感じがする  これらは、私かビジネススクールの学生や、 仕事の同僚・メンバーに質問をした際にいただ いた反応の代表例です。近年は、自分らしく・ 自分軸・自分の価値観・自己尊重など、自分や 自己という言葉が含まれた内容を多数目にしま す。実際に、過去数年のメディアでは、自分・ 自己をテーマにしたタイトルが増えているよう に感じます。  この自己の尊重や「自分らしさ」の追求とい う流れは、以前から存在していたのでしょうか。 少しだけ歴史を俯瞰して確認してみたいと思い ます。農耕型社会をベースとする日本では、集 団生活・規範が重要視されてきました。国土が 狭い、資源が限られている中で、自然というコ ントロールできない対象を相手に生きていくた めには、人間が寄り集まって規律を大切に生活 する必要があっだのが理由と言われています。 江戸時代には士農工商という身分の区分けが設 けられて、それぞれの役割を全うすることが美 徳とされてきました。明治維新を経て身分制度 はなくなりましたが、20世紀にはいり、会社員 の割合が増えていく中で、個人の意見は押し殺 してでも、会社組織のために尽くすことがよし とされる文化が強まりました。このような状態 を滅私奉公と表現し、会社員としてのあるべき 姿とされてきた側面もあると思います。個人が 会社に深く・長くコミットする代わりに、会社 側も社員が定年退職する時まで責任を持って雇 用する、そのようなバランスが保たれていまし た。このように、日本社会では長い歴史の中で 「自分」よりも、「組織」や「社会」、「集団」を 重要視する傾向にあったと言えます。  それでは、現在はどうなのでしようか。例え ば、就業という視点で見れば、厚生労働省の データによると、「より良い条件の仕事を探す ため」に転職を希望する社会人は2019年時 点で127万人と、2002年以降で過去最多 の伸びを示しています。また、新人が会社を選 ぶ際の理由についても変化がみられます。株式 会社学情が2023年に発表した調査結果では、 就職活動において「自分自身が成長できそう か」を重視する学生が9割に迫っています。 「終身雇用が当たり前ではないので、成長し続 けることが必要だと思う」という声が多数寄せ られたようです。もちろん、これまでのように 組織・集団・社会を重視する文化は依然として 残っていますが、個人を重視する価値観が近年 急速に高まっているとも言えるのではないで しょうか。  「自分らしさ」が求め られる3つの背景  ここで改めて、「自分らしさ」が求められる ようになった背景を3つの観点からみていきた いと思います。@外部環境の変化、A内的欲求 の変化、B比較対象の変化の順番にそれぞれ解 説します。  1つ目は外部環境の変化です。これまでも触 れたように、現在私たちが暮らしている社会は、 長い歴史の中でも類を見ないほど早いスピード で変化しています。まさに、「一寸先は闇」と も言えるでしょう。ひと昔前の安定した環境で あれば、例えば企業・組織運営においても一部 の経営幹部が長期の方針を立てて、それに沿っ て組織が適切に運営されてさえいればよかった。 組織に所属する個人も、組織の規範や仕組みを 崩してまで自己主張をしなくても、毎年安定的 に報酬も上かつていきました。明日は今日より 豊かになると信じられていた時代です。  一方現在は、経営者やリーダーでさえも未来 を予期することはできず、暗中模索と言える状 態です。2019年、当時のトヨタ自動車社長 である豊田章男氏が日本自動車工業会の会長会 見で「雇用を続ける企業などへのインセンティ ブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用 を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と 発言し話題となりました。これまでのような形 での終身雇用の維持が難しいという考えは、当 時の経営者やビジネスパーソンの間でも一定程 度浸透していましたが、日本を代表する企業で あるトヨタ自動車の社長の発言ということで注 目を集めました。  会社が一生雇用を保証してくれるわけではな いので、当然、一般のビジネスパーソンの中に は危機意識が芽生えます。そのような中で 「キャリア自律」、「キャリアオーナーシップ」 の必要性が叫ばれるようになっていきました。 つまり、自分のキャリア、いや自分の人生その ものを、会社に依存するのではなく、自分自身 で考え・決める必要があるということです。  2つ目は内的欲求の変化です。米国の著名な 心理学者であるアブラ(ムーマズローは、人間 の持つ欲求は5つの段階に分類されるという考 えを提唱しました。マズローの欲求5段階説と 呼ばれるこの考えでは、「生理的欲求」、「安全 欲求」、「所属と愛の欲求」、「承認欲求」、「自己 実現欲求」に分類されるとされています。また、 この5つの欲求は階層構造にあり、生理的欲求 や安全欲求など低次の欲求が満たされると、一 段階上の欲求が高まり、その欲求を満たすため の行動を起こすようになると主張されています。  はるか昔の私たちの祖先は、毎日を生き抜く ために様々な道具や文化を生み出しました。ま さに食うため・生きるため、つまり「生理的欲 求」を満たすために努力を重ねてきました。さ らに、周囲の異なる集団から身を守るために組 織力や軍事力を身につけ「安全欲求」を満たし てきました。そして、その集団組織に所属し貢 献することで「所属と愛の欲求」、「承認欲求」 を満たしてきたと言えます。会社に所属する多 くのビジネスパーソンも、組織内で活躍し地位 や給与を高めることで、所属と愛の欲求や承認 欲求を満たしてきたと考えられます。先に述べ たように、この説によれば、低次元の欲求が満 たされると人はより高次元の欲求に向かうとさ れています。つまり、最終段階である「自己実 現欲求」を満たすことに意識が向くというわけ です。この自己実現欲求では、自分の能力を活 かして自己の成すべきことを成すということが 周囲からの評価や報酬以上に重要視されていき ます。  現代社会においても、日々の食事や安全を確 保することが困難な層は存在していると思いま す。しかし、長い時間軸でとらえると、各階層 の欲求は着実に満たされ、その結果として高次 の欲求に向かう割合は拡大していると言えるの ではないでしょうか。つまり、現代の多くの人 は低次元の欲求が満たされているため、無意識 的に高次元の欲求である自己実現欲求が高まっ ていると考えられます。これが、「自分らしさ」 が求められる2つ目の背景でもある内的欲求の 変化です。  3つ目は比較対象の変化です。読者の皆さん の中にも、日常的にSNSを活用し情報を取得 している人は多いと思います。SNSは簡単に 他人と繋がり、自分と異なる情報にアクセスで きる便利なツールである一方で、他人と自分を 比較し自己を過小評価してしまうリスクもあり ます。  ・自分と同世代のAさんが、起業をして活躍   している。最近資金調達の発表をしていた  ・以前同僚だったBさんが、転職先で大活躍   している。部長クラスに昇格したようだ  ・学生時代に友人だったCさんが、結婚して   幸せな家庭生活を送っている  このような情報は、それを共有した人の一側 面でしかなく、実際には見えないところで苦 労・挫折が存在しているケースがほとんどです。 それなのに、その華やかな側面だけをみて、自 分と比較をして焦りを募らせている大が多いよ うに感じます。この焦りの感覚と合わせて、自 分とは何か? 「自分らしさ」とは何か? と いう点について無意識に考えているのでしょう。 実際に筆者がビジネススクールの教員として学 生と接していると、他人の活躍に刺激されて発 奮し行動を開始するというケースをよく目にし ます。しかし、その行動は長くは続かないこと が多いように感じます。よく話を聞いてみると、 最初はAさんの活躍に刺激されて「焦り」から 行動を開始したけど、それを続けるうちに「な ぜこの努力を続けなければいけないのか、Aさ んのように自分はなりたいのか? そもそもA さんは、自分とは住む世界が異なる人である」 という疑問が頭の中に湧いて行動をストップし てしまうのです。  インターネットやSNSが普及する以前は、 私たちの人間関係は限られた範囲しかありませ んでした。家族、同級生、同僚、近所の友人な どより身近な存在が中心でした。もちろんその ような人だちから刺激を受けて比較することは あったと思いますが、同時にその人たちの裏側 の苦労や背景も理解しやすかったと思われます。 そのため、無意味に誰かと比較して自己嫌悪に 陥るということも、現代と比べると少なかっだ のではないでしょうか。幼少期から学生時代を 秋田県の田舎で過ごした私自身は、他人と比較 するというより、むしろ過去の自分と今の自分 を比較することが多かったように感じます(そ もそも、接する人間関係が隕られていた、とい う前提の違いはありますが)。このように、S NSという便利なツールを手にしたことで、本 来は関係の薄い自分とは前提が異なる人と無意 味に比較をして、自分とは何か? を無意識に 考えてしまうという状態が増えていると考えら れます。  ここまで見てきたように、@外部環境の変化、 A内的欲求の変化、B比較対象の変化の3つに より、意識的にも無意識的にも「自分らしさ」 を考える圧力がかかっていると考えられます。  「自分らしさ」の定義  ここまで「自分らしさ」を取り巻く現状、そ してそれが求められるようになっている背景を 俯瞰してきましたが、ここであらためて定義に ついて触れてみたいと思います。私か「自分ら しい」「自分らしさ」という言葉の定義を調べ てみて、最初に気づいたことがあります。それ は、広辞苑や大辞林などの辞書には存在しない ということです。広辞苑や大辞林などの辞書は、 社会一般的に使用されている言葉や流行する言 葉を元に、おおよそ5〜10年周期で更新がされ るようなので、この言葉がまだ一般化されてい ない非比較的新しい概念である可能性もありま す。  次に、「自分」と「らしさ」を分解して確認 しました。「自分」については、広辞苑では 「おのれ、自身、自己」、大辞林では「その人自 身、一人称」などの説明がされています。もつ とも自分を哲学的に深掘りしようとすると、膨 大な哲学書や学者の説を引つ張り出す必要があ りますが、本書ではそこまで求めないことにし ます。「らしい」は広辞苑では複数の説明が加 えられていますが、「根拠や理由のある推 定、〜の様子である、いかにも〜と思われる」、 大辞林では「〜にふさわしい状態、〜の特質を 備えている、〜と感じられる」などと表現され ています。その他、いくつかの辞書の定義など を踏まえて本書では、自分らしさを  ”自分と呼ぶにふさわしい”と、本人が思う認 識の強さ  と定義してみたいと思います。  「本人が思う」のには、根拠や裏付けがあって、 そこには過去の自分の体験・言動などが影響し ている可能性があります。例えば、幼少期の私 は比較的「負けず嫌い」でした。それは2つ年 上の兄とお菓子やおもちやの取り合いをしてお り、その時に相手が折れるまで諦めないという 経験があり、文字通り「負けず嫌い」な次男で あったからです。当時の兄には本当に申し訳な いことをしたと反省しています。また、普段は 勉強をしないくせに、テストの点数は負けたく ないということで徹夜をして良い点を取ろうと していました。このように自分の過去の言動を 振り返り、繰り返し出てくる言動を眺めて、私 自身が「負けず嫌い」だったと強く思えば、そ れが自分らしいとなるわけです。また、周囲か らも自分の認識と同じように「負けず嫌いだ ね」と言われると、確かにそうだ、と強く認識 するようになっていきます。  この定義に沿って考えてみると、「自分らし さ」というものは自らが主体的に認識をしない と見えてこないとも言えます。他人から、「X XさんはXXのような人ですね」と指摘された としても、それを自分が「そう思う」と認識し ない限り見えてこないと考えられます。  せっかくなので、「生きる」という言葉にも 定義を加えたいと思います。フランスの思想家 であり哲学者である、シャン=ジャツクール ソーは生きるというテーマについて、以下のよ うな有名な言葉を残しています。  生きるとは呼吸することではない。行動する ことだ。  ただ生きるために呼吸をすることではなく、 何かしらの目的のために命を使い、行動するこ とが「生きる」ことだとルソーは説いています。 現代社会に置き換えると、給与のためだけに働 くのではなく、自分自身の目的に沿って働くこ とと言えるかもしれません。  ここまでの内容を踏まえると、「自分らしさ」 に沿って生きるとは、 「自分と呼ぶに相応しいと、本人が思う認識に 沿って、目的を持って行動し続けること」  と、本書では定義してみたいと思います。  自分自身の価値観も明確にして、目的を持っ て生きていくことは、言葉で表現するのは簡単 ですが、行動に移すのはとても難しいことです。 しかし、「自分らしさ」に沿って生きる力を身 につけることで、A−が答えを出せない”自分 らしい”「問いを設定する力」を向上させるこ とが可能になります。そして、”自分らしく” 「決める力」を養うことが可能になり、さらに 周囲に自分の考えを発信し影響を与える”自分 らしい”「リーダーシップ」を身につけること にも繋がります。  次の章では、「自分らしさ」を再発見するた めの考え方について、改めて「問いの設定力」 という視点を持ちながら見ていきたいと思いま す。 せ  「自分らしさ」を再発 見するために求められ るマインドセット 本書の冒頭で少し触れましたが、私は現在グ ロービスという組織で「GLOBIS学び放 題」という学習サービスの事業リーダーをして います。また、クロービス経営大学院で教員の 仕事もしています。その両方で、日々多くのビ ジネスパーソンと接する機会があります。その 会話の中でよく話題になるのが、「なぜ、学習 しようと思ったのか?」ということです。答え は様々で、仕事の課題解決のため、キャリア アップのため、リーダーに昇進してスキル不足 を感じているからなど、皆さん何かしらの課題 解決を目指しているようです。また、時間ある 際にさらに踏み込んでお話を聞いていくと、 「自分が将来何を目指すべきか不明瞭で、少し モヤモヤしている」、「今のままの職場で、同じ 仕事を続けることが本当によいのか不安であ る」という具合に、漠然とした不安を抱えてい る方も多いです。そして、不安があるという方 に私か「では、不安を解消できたとして、その 先に何をしたいのか?」という質問を差し上げ ると、皆さん、真剣にそして深く考えて「それ が明確でないことが、課題だと思っています」 と発言されます。  クロービス経営大学院では、入学時・入学か ら1年後・卒業直前などのタイミングで、自分 の「志」、つまり自分か人生で成し遂げたいこ とを他者に発表する機会があります。現在は教 員・事業リーダーの立場ですが、実は私白身も 数年前にはクロービス経営大学院に学生として 通学しており、この「志を発表する」というプ ロセスを経験しました。そこで「自らの志を言 葉にすることは、想像以上に苦しい営みだ」と いうことを痛感しました。何度も書き直し、悩 み抜き、そして卒業直前に発表する際にも「こ れで本当にいいのか?」と不安を抱えていまし た。当時の私白身の経験に加え、現在教員とし て多くの学生と接して「志」について会話をし ている中で感じるのは、「志には正解があり、 それを外に求めることで発見できる」と無意識 に考えてしまう傾向にあるということです。さ らに、自分と他人の志を比較して、自分の志の スケールの小ささに自信を失ってしまう方も多 いようです。  このように、@自分が目指す方向に正解があ ると思うこと、Fその正解を外に求めてしまう こと、B他人と比較してしまうことは、誰しも に発生しうるものだと思います。自分のやりた いことを考える際、外部の情報に触れたり他者 と比較することは、考えるきっかけにはなると 思います。実際に、クロービス経営大学院では、 歴史的な偉人の伝記を通じて視座を高めたり、 刺激を得ながら考察を深める機会もあります。 その上で、自らのやりたいこと、成すべきこと の解を外のみに求めるのではなく、自らの内面 にも求めていくことを大切にしています。親の 期待、会社の期待、友人の期待に応えることは 重要ですが、それが中心になると「やりたいこ と、志」ではなく、「やるべきこと、義務感」 になってしまいます。他人が与えてくれる、正 解らしい基準に沿うことの安心感から抜け出し、 自分の道を進むことが「自分らしさ」を再発見 する問いに向き合う、大切なスタンスです。  ここからは、「自分らしさ」を再発見するた めの問いの設定力について具体的にみていきま す。また、より実践しやすいように各種ツール も紹介していきたいと思います。 過去、現在、未来の3 つの視点で自分を再発 見していく まず最初に、次の図をみてみましよう。自分 自身への問いとして、大きく3つのパートに分 かれています。1つ目は、過去から現在までの 自分を再発見する問いです。自分が現在までど のような人生を歩んできたのか、その中でどの ような価値観を身につけてきたのか、そのよう なテーマについて明らかにしていくステップで す。2つ目は、現在の自分自身を再発見する問 いです。自分のことは、自分が一番わからない ものです。この点について、普段かかわりの持 つ人や仕事との関係も踏まえて再発見していき ます。最後は、未来に向けた自分を再発見する 問いです。 過去の自分を再発見す る 「現在は過去の集積である」(作者不詳)  私か数年前に出会った言葉ですが、とても共 感し深く考えさせられたことを覚えています。 過去の出来事、経験、人との出会い、情報との 出会いなどにより、現在の自分か作られている とすれば、「自分らしさ」を再発見するための ヒントは過去にあるのかもしれません。それに もかかわらず、自分の過去を振り返る機会は意 外と少ないものです。  過去を振り返る方法論は多数存在しますが、 今回は私白身も過去に数回実施したことがあり、 効果を実感した方法をご紹介したいと思います。 3つの作業ステップから成ります。  @ライフラインチャートを書く  A感情のラペル化をする  B解釈をする  以下にサンプルを用意しました。@の「ライ フラインチャートを書く」では、幼少期から現 在に至るまでの間に自分に影響を与えた印象深 い出来事を書いていきます。曲線の上下は、当 時の幸福度や感情の起伏を示しています。幸福 度が高い時、低い時にはそれぞれの理由がある はずです。その理由、つまり「感情」を言葉に していくことで、当時の自分自身がどのように 感じていたのかを理解していきます。これが、 A感情のラベル化のステップです。ここでは、 そこまで表現にこだわる必要はなく、感じたこ とをそのままの気持ちで記入していくことが大 切です。  そして、3つ目のステップであるB解釈では、 次のような問いを自分自身に投げかけていきま す。  ・なぜ、当時の私はそのような感情を持った   のだろうか?  ・そのラペル化された感情は、今の私にどの   ような影響を与えているだろうか?  ある出来事に遭遇した際に、自分はとても憤 りを覚えたのに、他の人は何事もなかったかの ようにやり過ごすというシーンを不思議に感じ たことはありますか? 人は誰しも、自分だけ の「感情のアンテナ」を持っています。そのア ンテナに反応するということは、自分にとって 大切なことや、譲れないことなど、自分でも気 づいていない価値観が潜んでいる可能性があり ます。そして、その「感情のアンテナ」は今も 変わらず持っているのか、持っているとしたら それは今の自分にどのような影響を与えている かを考えることで、自分の価値観や性格のよう なものが浮き彫りになってくるのです。  イメージを持っていただくために、私自身の 事例を紹介させてください。小学生の頃、私に 大きく影響を与えた2人の先生がいました。1 人目は、非常に厳しい先生であり、とにかく私 たちに対して、悪さをする子どもだちという レッテルを貼り、様々なルールや罰則を設けよ うとしました。実際にその時期は多くの悪さを していたので、しようがないと諦めていました が……。とにかく日々が辛く、あまり楽しくな い時期でした。一方、その後に出会った先生は 真逆のタイプで、いわゆる「性善説」型の先生 でした。その先生は、私たちのような悪ガキに 対しても、可能性を信じてくれて、やればでき る、やってみようと語りかけてくださいました。 不思議なもので、他人から期待をかけられると モチベーションもあがり、その結果としてス ポーツも勉強の成績も少しずつ高まっていきま した。当時の感情の起伏をラベル化すると、 「可能性を信じてもらえた、嬉しい!」という 表現になります。そして、人は期待をかけられ ることでどこまでも可能性を広げられるという 確信を得ることができました。その「可能性を 信じてもらえた、嬉しい!」という感情は、そ の後、私か人材育成や教育という領域に興味を 持つ原動力になりました。また、「可能性を信 じていく」、「人間を善人と見立てて接してい く」といった価値観は私白身に深く根差し、今 の私の人格を形成する大きな要素になっていま す。  以上のように、過去の出来事を丁寧に洗い出 し、その感情にラベル化し、その後に2つの問 いを投げかけて、解釈を深めていくことは、現 在の自分を再発見する手助けになるはずです。 興味のある方は、ぜひ時間をとって試してみて ください。 現在の自分を再発見す る3つのアプローチ  次に、現在の自分に目を向けてみましよう。 自分という存在は他の誰よりも付き合いが長く、 常に意識する存在です。そのため、誰よりも自 分か自分の事を分かっていると思いがちです。 しかし、多くの研究や事例が示すように、自己 を正しく認識するということは極めて難しいも のです。そのため、自分を認識するための手法 には多くの先行研究があり、様々な手法が開発 されています。  本書では、様々あるアプローチの中から@意 味の階段、Aキャリアアンカー、Bジョ(リの 窓の3つを紹介したいと思います。1つ目の意 味の階段は、現在携わっている仕事と自分との 関係や意味を明らかにします。2つ目のキャリ アアンカーでは、自らのキャリアを形成する上 で譲れない価値観を言語化していきます。3つ 目のジョ(リの窓では、自分と他人双方から見 える自分を明らかにすることで、今の自分を再 発見することを目指します。   つまらない仕事と楽しい仕事 〜   意味の階段〜  本書を手にとっていただいている方は、何ら かの仕事をされている方が多いと思います。毎 日多くの時間を使う仕事は、皆さんにとってど のような意味を持っているでしょうか? そし て、その意味は自分にどのような影響を与えて いるでしょうか?  米国の調査会社ギャラップ社が2023年6 月に公表した「グローバル就業環境調査」によ ると、日本では「仕事への熱意や職場への愛着 を示す会社員」の割合は5%と、調査した 145力国で最低水準でした。ほかにも各種調 査から、日本の会社員の仕事満足度が低いこと が明らかになっています。仕事にやりがいを見 出せない場合、プライベートを充実させたり、 転職を検討する方もいるでしょう。転職を期に イキイキと仕事に取り組み前向きな人生を送っ ている方がいる一方で、期待通りの会社や仕事 に出会えず数年ごとに転職を繰り返してしまう 方もいます。また、不思議なことに、同じよう な仕事をしているはずなのに、とてもやり甲斐 を持って仕事に取り組んでいる人もいれば、常 に不満を持ちながら仕事に向き合う方もいます。  この不思議な事象について理解を深めるため に、ある有名な寓話をご紹介したいと思います。 レンガ職人の寓話です。知っている方も多いと 思いますが、改めて本書のコンセプトに沿って 捉え直してみます。  かつて、熱い太陽の下、3人のレンガ職人が 働いていました。通りすがりの大が最初の職人 に声をかけます。「何をしているのですか?」 職人は無気力に、「ただレンガを積んでいるだ けです」と答え、肩をすくめました。次に、2 番目の職人に同じ質問を投げかけると、彼は少 し誇らしげに、「私は壁を作っています」と答 えました。しかし、3番目の職人の目は、別の 世界を見ているかのように輝いていました。彼 は手を止め、夢見るような声で答えました。 「私たちは、人々を魅了する美しい大聖堂を建 てているのです」。彼の言葉には情熱と大きな ビジョンが込められており、その目には将来の 壮大な建築物を映しているかのようでした。  同じ「レンガを積む」という作業でも、それ ぞれの職人が持つ心の持ちようが、仕事の満足 度に大きく影響を与えています。そして、この 寓話のエッセンスは、現代の私たちにも当ては まると思います。目の前の仕事を「作業」と捉 えるのか、その作業がその先の「価値」に繋 かつていると捉えるのかによって、仕事に向き 合う姿勢が変わってくるのです。  ではどのようにして、目の前の「作業」を 「価値」と捉えることができるのでしょうか。 ここでご紹介したいのが、「意味の階段」です。 具体的には、以下の問いを自分に投げかける形 になります。  ・目の前の作業は、何に貢献しているのか?  ・その貢献は、最終的にどこに繋がっている   のか?  イメージしやすいように、社会人向けの動画 学習サービスの制作スタッフを例に挙げます。 そのスタッフの主な仕事は、撮影された動画教 材を編集することです。具体的には、教材をよ り分かりやすくするためにアニメーションやイ ラストを作成し教材に加えていきます。これを 「作業」と捉えるのであれば、日々同じような 「動画編集」を行っていることになります。そ のため、いかに効率的に仕事を終わらせるかと いう考えが中心となります。しかし、貢献とい う意味で捉え直すと、「動画教材を通じて、多 くのビジネスパーソンの成長支援をしている」 と表現できます。さらに、多くのビジネスパー ソンが成長することで、彼らが所属する組織の 生産性や業績が高まり、最終的には日本経済成 長に繋がります。また、学びと成長を繰り返す ことで、そのビジネスパーソンの人生が前向き になり幸せな人生を送ることにつながる、と捉 えることもできます。このように捉えて業務に 向き合うからには、動画で学習した後に成果に 繋がりやすくするためにはどうするべきか、ま た、学習を楽しく最後まで続けてもらうために はどのような工夫ができるのか、といった試行 錯誤も生まれていきます。なお、この制作ス タッフは私か一緒に仕事をする仲間であり、実 際にこのような会話をしたことがあります。  そして、もうひとつ大切なことは、  意味の階段を上った先にある貢献は、自分に とってどのような意味があるのか?  という問いを自分に投げかけることです。先 はどの事例の場合、「動画教材の編集作業を通 して、日本経済の発展に寄与する」という貢献 に対して、自分か意味を見出せるのであれば、 そこに向けて更に努力を続けることをおすすめ します。しかし、意味を見出せない、異なる領 域で貢献していきたいと思うのであれば、もし かしたら仕事内容や会社を変えることもひとつ の選択肢に人つてくるかもしれません。ここで 注意が必要なのは、意味の階段は経験を通じて より鮮明に見えてくるということです。そのた め、十分な経験をせずに意味がないと切り捨て てしまうのは、そこに秘められている可能性を 見過ごすことにも繋がります。自分なりに目の 前の仕事に打ち込み、その経験を踏まえて意味 の階段をのぼるという流れをおすすめします。  自分の仕事観を深掘ってみる〜  キャリアーアンカー〜  意味の階段によって向き合う仕事の価値と自 分との関係を確認した上で、次におすすめした いのは、自分の仕事観を改めて言語化するとい う作業です。ここでは、キヤリアーアンカーと いうフレームワークを紹介したいと思います。  キャリアーアンカーは、仕事を進める上で、 自分にとってもっとも大切でどうしても犠牲に したくない価値観や欲求、動機などを示す概念 です。アンカーは船舶の錨の意味で、常に立ち 返る大切な場所と捉えることができます。アメ リカの組織心理学者のエドガー・シャインに よって提唱されたこの理論は、人々がキャリア 選択をする際の重要な要因を示すとされていま す。8つのキヤリアーアンカーの種類を次のイ ラストで確認できます。  8つのアンカーの優先順位は、人によって大 きく異なります。同じような価値観を共有し、 性格が似ているように見えても、底に根ざして いるモノは異なるということが大いにあり得ま す。そのため、このキヤリアーアンカーを明ら かにすることは、自分の仕事への向き合い方に 影響を与えると同時に、部下をもつマネジヤー にとっては、部下のモチベーションの源泉を把 握したりキャリア開発の参考にできます。  キャリアアンカーは以下の3つのステップで 確かめることができます。  @自己診断  Aインタビュー  B決定  @の自己診断では、「キャリア指向質問票」 に回答します。質問は全40問で構成されており、 「そう思わない」から「そう思う」までの6段 階で自己評価します。その得点を集計すること で、白身のキャリアアンカーを明らかにしてい きます。  キャリア指向質問票の例一 1。「このことならあの人に聞け」と絶えず   専門家としてのアドバイスを求められる   分野でうまくやっていくことをめざす。 2.他の人びとのやる気をまとめあげ、チー   ムをマネジメントすることによって大き   な成果を上げることができたときに、   もっとも大きな充実感を仕事に感じる。  3.自分のやり方、自分のスケジュールどお    りに、自由に仕事ができるようなキャリ    アをめざす。  このような質問が、全40問用意されています。 この質問票はインターネット等で無料で公開さ れているものもありますので、興味がある方は 調べてみてください。  Aのインタビューでは、他者にインタビュ アーになってもらい、次のような質問を自分に 投げかけてもらいます。  あなたは何か得意ですか?  あなたは何をやりたいですか?  何をやっていると充実しますか?  他者からの質問に答えることで、より本音に 近い回答が引き出されるとされています。イン タビューが終わったら、結果を受け取り、その 内容を改めて振り返っていきます。  Bの最終ステップで、@とAの結果を踏まえ て自分を振り返り、8つのキャリアアンカーか らもっとも自分の価値観に近い内容を決めてい きます。  なお、このキャリアーアンカーは、年齢や経 験を重ねるにしたがって変化していくとされて います。そのため、数年ごとに活用してもよい かもしれません。私自身も過去に2度ほど活用 したことがあります。30代前半の頃は「自律・ 独立」、「起業家的創造性」が特徴として出てい ましたが、40代に入ってからは「奉仕・社会貢 献」、「純粋な挑戦」などが価値観として強く なっていました。必ずしもこの価値観が全てで はありませんが、私自身、新しい仕事を受ける 際や目標を決める際に、これらの価値観が土台 になっていると感じています。  自分から見える自分、他人から見  える自分〜ジョ(リの窓〜  「あなたの強みを教えてください」  このような質問を、就職活動や上司との面談 などで受けた人も多いと思います。実際、私も 前職から現在の会社に転職する際に、自分の強 みや弱みなどを洗い出してみましたが、とても 難しい質問であることに気付かされました。自 分が強みとする根拠や理由が、極めて主観に 頼っているため、他者からみた自分の強みを洗 い出そうとした途端に作業の手が止まってし まったのです。このように、普段、自分の強 み・弱み・特徴と信じていることに対して、ど れくらい確信を持っているか? と問われると、 多くの人は不安に感じてしまうものだと思いま す。  そこで、今の自分に対して主観・客観双方か ら正しく把握するための便利なツールとして、 「ジヨ「リの窓」というフレームワークを紹介 したいと思います。このフレームワークは、 1955年に心理学者のジョセフールフトと( リー・インガムによって考案されました。両者 の名前(ジョセフと(リー)を組み合わせて 「ジョ「リの窓」という名称が付けられていま す。  窓は4つの領域に分けられており、それぞれ が自分と他人が自分についてどれだけ知ってい るかを示します。それぞれの内容と活用方法を 見ていきましよう。  開放の窓  自分と他人が知る情報を示します。この項目 が多い場合は、自分について理解しているだけ でなく、周囲に対して自己開示が十分にできて いるので、その認識が周りと乖離していないと 考えられます。自分も他人も認める自分の特徴 は何か? という問いに答える領域です。  盲点の窓  他人は知っているが自分は知らない情報を示 します。自分の認識と他人の認識のズレが表れ る領域とも言えます。ここに該当する項目が多 い場合は、自己分析が客観的にできていない可 能性があります。長所・短所ともに他人からの 認識を素直に受け入れ、改善できるとよいで しょう。他人は知っているが、自分は知らない 特徴は何か? という問いに答える領域とも言 えます。  秘密の窓  自分は知っているのに相手は知らない領域で す。ここに記述される内容は、自分のことを適 切に表現できていない、もしくは無意識のうち に隠してしまっている可能性があります。この 領域が大きく、自己開示が思うようにできてい ないと感じる場合は、周囲とコミュニケーショ ンする際に積極的に自己の特徴を伝えるように 意識してみてください。この窓では、自分は 知っているが他人は知らない特徴は何か? に 答えます。  未知の窓  自分も他人も気づいていない領域は、能力開 発することにより、他の3つの窓のいずれかに 繋げることができるかもしれない領域です。自 分に備わっていない特徴・能力を意識的に向上 させることで、「開放の窓」領域を新たに広げ ていくきっかけになります。最後の窓では、自 分からも他人からも見えない、将来の可能性と なり得る特徴は何か? という問いに答えます。  次に具体的な実施方法を解説します。1つの 決まったプロセスがある訳ではありませんが、 私の経験を踏まえてシンプルに3つのステップ を紹介します。  ステップー‥  性格や能力を表現する一般的なキーワードを 20個程度用意します。キーワードの参考として は、以下のようなものが挙げられます。  賢い、創造的、企画者、根気強い、上昇志向、 行動派、慎重、優しい、リーダー、気配り、責 任感、聞き手、話し手、自信家、頑固、表情豊 か、親切、楽観的、決断力、協調性  ステップ2‥  上記のキーワードを参考に、自分をよく知る 数人(友人、同僚、上司など)に依頼して、当 てはまる内容を紙にリストアップしてもらいま す。加えて、自分白身でも同様にリストアップ していきます。  ステップ3‥  他者と自分かリストアップしたキーワードを 集めた後、以下の基準に沿って分類します。 ・開放の窓11自分も他人も選んだキーワー ・盲点の窓11自分は選んでいないが、他人  が選んだキーワード ー秘密の窓11自分は選んだが、他人は選ば  なかったキーワード ー未知の窓11自分も他人も選ばなかった  キーワード  この4つの分類を、前述の4つの窓それぞれ に関する説明を踏まえて見直すと、改めて自分 の理解を深めることに役立てられます。とくに 自分か知らない「盲点の窓」、「未知の窓」につ いては、意識的に能力開発に取り組むことで、 新しい自分の可能性に触れることに繋がります。 自分が未来へ向かって いく方向性を知る  過去から現在までの自分を振り返り、自分を 再発見するプロセス、それに紐づく問いをみて きましたが、次に未来へ向けた自分というテー マをみていきたいと思います。「自分は何をし たいのか?」という大きな問いに正面から向き 合う内容でもあります。  これまで本書で述べてきた通り、何をしたい のか? 何をするべきか? という問いに対し ての答えは、外にあるのではなく、自分の内に あり、最終的には自己決定することが必要です。 そして、決めた上で行動することを通じて再発 見を繰り返し、曖昧だった自分の方向性が徐々 に明らかになっていくものです。しかし、内面 を深掘っても「ないものは、ない!」と感じる 読者もいると思います。実際、一時期の私もそ うでした。亘]剣に自分の過去・現在の自分を深 掘りをして将来を導こうと考えても、難しいと 感じてしまう時もあるでしょう。  そこで、私かおすすめしたいのは、「社会課 題に触れて自分がどこで心が揺さぶられるの か?」を明らかにすることです。  なぜ、社会課題に触れることが、将来の自分 のやりたいことにつながるのでしょうか。社会 課題とは、例えば、貧困問題・環境問題・食料 問題・水資源の問題・教育格差の問題などであ り、私たちが暮らす社会には数えきれないほど 多くの課題が謚れています。これらの課題は、 いずれも原因が複雑に絡み合っており、解決ま での時間も長くかかるのが実情です。一方で。 日々私たちが向き合う仕事は、これらの社会課 題とは無関係のように感じてしまいます。しか しながら、成長業界や急成長企業というのは、 緊急性が高くインパクトも大きな社会課題の解 決に繋かつていることが多いのです。例えば地 球環境問題などは、日本だけではなく世界中で、 グリーンートランスフォーメーションと呼ばれ る、環境問題を解決するための様々な技術やア イデアが生み出されています。  さらに言えば、伸びている産業かどうかにか かわらず、事業というものは何らかの形で社会 課題の解決に繋かつていると解釈できます。前 述の「意味の階段」パートで解説した通り、白 分か向き合う仕事が最終的にどのような社会課 題解決に繋かつているのかを理解することはと ても大切であり、その向き合う課題に対して自 分が強く共感できる場合には、仕事への高い動 機づけになるでしょう。  背景を確認したところで、具体的なアクショ ンをみてみたいと思います。  @社会課題に触れる機会を作る  A感情をラベル化する  B解釈し行動に繋げる  順番にみていきましよう。  @社会課題に触れる機会を作る  先ほど触れたように、私たちが暮らす社会に は多くの課題が存在します。自身が少しでも興 味のあるテーマがあったら、その課題に触れる 機会を作りましよう。ここでの「触れる」とい うのは、その課題に関連する資料を読んでみた り、現場で働いている人のインタビュー記事を 読んだり、といったことです。実際に話を聞く のもよいでしょう。さらに踏み込んで、実際に 課題が発生している現場を訪問し、そこで何か 起きているのかを見学するという行動もおすす めします。  フリマアプリで有名な「メルカリ」を創業し た山田進太郎氏は、キャリアの途中で世界放浪 の旅に出た際に、一方では物が溢れて破棄され ているのにもかかわらず、他方では今日の食事 にもありつけないほど貧しい生活を送る人がい るという事実に、大きな疑問を持ったとインタ ビューで述べています(出典。 mercan)。そし て、その強い原体験が、その後の彼のメルカリ 立ち上げ・急拡大に繋がったと言います。  どのような社会課題に興味があるか検討もつ かないという場合は、例えば2015年に国際 連合によって採択されたSDGSで取り上げら れている、「17の目標」の中からピックアップ してみるのもよいでしょう。17の目標それぞれ が、非常に深刻な社会課題に関連しており、そ れらの課題解決に向けて多くのプレイヤーが取 り組んでいます。  F感情をラペル化する  次のステップでは、実際に社会課題に「触れ た」後の自分の感情にラベル化していきます。 大変そうだな、可哀想だな、自分とは違う世界 だな、と感じることもあれば、憤りを感じ、解 決しなければいけない、なぜこの課題が放置さ れているのかと怒りを感じることもあるでしょ う。ここで大切なことは、自分の「素直な感 情」を書き出すことです。  このように、普段の生活で触れる機会の少な い現場に直面すると、感情が揺さぶられたり、 心の中にモヤモヤが残ることがあるでしょう。 多くの場合、このモヤモヤは言語化されること なく、時間の経過とともに忘れ去られてしまい ます。しかし、この言葉にならない感情こそが 大切であり、将来の自分を突き勣かすヒントが 隠されています。なぜなら、人は興味関心がな いことには感情が反応しないケースが多いから です。逆に言えば、社会課題に触れて感情を大 きく揺さぶられたということは、そこに自分の 価値観に根差した何かがあり、その何かが自分 を突き動かすものになる可能性があるのです。 そのヒントを意味あるものにするために、「感 情をラベル化する」という作業が存在します。  B解釈し行動に繋げる  最後のステップでは、ラベル化した感情を解 釈し、それを行動に繋げていきます。これまで のプロセスで、気になる社会課題に触れ感情が 揺さぶられ、モヤモヤが発生し、その内容を振 り返り、ラベル化つまり言葉として書き出され ています。その言葉をみながら、以下のような 「問い」に向き合います。 ・なぜ、自分はこのような感情になっている  のか? ・自分の過去の経験と、今回の感情は何か繋  がりがあるのか? ・今回触れた社会課題に、自分は向き合いた  いと思うか?それはなぜか? ・現実的な一歩目として、どのような行動が  取れるか?  上記の問いに向き合う際は、できれば30〜60 分程度の時間、ひとりになれる静かな環境を確 保できるとよいでしょう。私白身も、様々な局 面で自分と対話する機会がありますが、その際 は早朝に時間を確保することが多いです。宗族 も世間もまだ起きていない、メールやチャット も届かない環境は、自分と向き合う時間として は最適です。  前述した問いの4つ目に、「現実的な一歩目」 と表現しましたが、まさにここが大切になりま す。自分の感情が揺さぶられて、興味を強く 持ったとしても、いきなり転職・起業など行動 に移すのはリスクが高いです。一方で、何もし なければ、せっかくの解釈も数週間後には記憶 の奥底にしまい込まれることになります。そこ で、おすすめしたいのは、リスクが少なく実現 可能な行動を決めるということです。例えば、 興味あるテーマに対して1時間確保してしっか り調べてみる、次の週末にその業界で働く人に 詳細の話を聞いてみる、いきなり採用面接では なく、該当企業の会社説明会やカジュアル面談 に応募してみるなどです。  このような小さな、現実的な行動から始めて みて、それでも興味が次から次と湧いてきて、 かつ自分の生活を維持しながら、将来の展望が 持てると確信できるのであれば、大きな方針転 換をするのもありだと思います。逆に、このプ ロセスを通じて、実際に動いてみたら興味や覚 悟を持つほどではなかったと知ることもあるで しょう。その場合、これまでの動きは無駄にな るのでしょうか? そうは思いません。特定領 域に興味がなかった、という気づきそのものが 実はとても意味があることであり、その理由を 正しく知ることは次の自分の方向性を定める場 合にもきっと役に立つはずです。  以上、ここまで「自分らしさ」を再発見する 問いの設定力として、過去・現在・未来の視点 で「自分らしさ」を再発見するための方法論や 問いのサンプルをみてきました。前章で「自分 らしさ」の定義を、刀自分と呼ぶにふさわし い”と、本人が思う認識の強さ」と紹介しまし た。私たちの生活はひとりでは成り立たず、周 囲の関係する人・所属組織・家族などからの期 待もあり、それに応えることも必要でしょう。 しかし、だからといって多くの判断を他人。ら しさ”に従うのでは、これからの時代に苦労す るかもしれません。何よりも、楽しく生きてい くことはできないのでは? と私は考えます。 今回紹介した考え方が、読書の皆さん一人ひと りの「自分らしさ」の再発見に繋がることを 願っています。 問い続けることの意味  自分を信じて、人間らしく生きる  東洋思想に古くから伝わる「か良舵」という 言葉があります。「良知」は、人間が生まれな がらに持つ。正悪を判断する知恵”や。他人を 思いやる心”などのことであり、その良知に 沿って生きることを「致良知」と言います。良 知という言葉は、古代東洋の思想家でもあり性 善説を説いた孟子という人物が残したものであ り、その考え方を発展させる形で王陽明という 人物が致良知という考えを提唱したとされてい ます。ちなみに、王陽明かまとめあげた「陽明 学」という思想は、吉田松陰や西郷隆盛、三島 由紀夫など後世の日本人にも大きな影響を与え たと言います。  20代の頃、幕末の志士たちの伝記を読み進め る中で「致良知」に出合って以来、私はこの考 え方にとても影響を受けてきました。それは、 人間が生まれながらに正しい知恵や他人を思い やる心を持っているという「性善説」に沿った 考えをベースにしているためです。本書で紹介 してきた「自分らしさ」に沿って生きるために は、自分を信じる気持ちが何よりも大切です。 自分なんて、自分はできないと自分を過小評価 してしまう際には、人間である自分は正しい考 えや思いやりある心を生まれながらに持ってい る、と信じることで前向きで明るい干不ルギー が湧いてきます。そして、その自分を信じるこ とこそが、「自分らしさ」に沿って生きるため のもっとも大切な考え方だと私は思います。  自分に降りかかる全ての物事を解  釈し、最善観で捉えていく  もうひとっ、私か強く影響を受けた「最善 観」という言葉があります。その意味は、「わ が身に降りかかる一切のこと、それは自分に とって絶対必然であり、また実に絶対最善であ る」という考えです。教育哲学者の森信三氏が 残した言葉です。人生は良いことだけではなく、 時には想像を絶するような辛い体験を伴うもの です。なぜ自分だけが苦労するのか、このよう な不幸に見舞われてしまい自分は運が悪い、と 悲嘆してしまうこともあるでしょう。しかし、 それらの辛い経験も必然であり、長い目で見れ ば良い出来事であると信じることが、まさに最 善観です。  私は20代後半の頃、数年前に仲間と立ち上げ た会社の業績も好調で、明るい未来を描いてい ました。そのような中、急に大きな病気にかか り数カ月間仕事を休むことになりました。副社 長という立場で休職するなんてとんでもない、 皆に迷惑をかけたくないという気持ちとは裏腹 に、身体がついてきません。ジェットコース ターのように最上部から最下部に急降下した気 分でした。毎日無気力で、自責の念に押しつぶ されそうな状態でした。そんな中、たまたま読 んでいた本で「最善観」という言葉に出会いま した。そして、「起きた出来事は、自分にとっ てどのような意味があるか?」という問いを投 げかけ、解釈しようとしました。休職期間中、 何度も考え続けるうちに、病気が与える前向き な側面を見るようになりました。結果として、 数カ月間の療養の問に、自分の働き方を見直し、 そして自分か本当に大切にしたいことや、人生 で成し遂げたいことを再確認することができた のです。  起きた出来事は、自分にとってどのような意 味があるか?  この問いを自分に投げかけ解釈し、最善観を 持って前向きに捉えていく。本書のテーマでも ある、「問いの設定力」の中でもとくに重要な 考え方です。  先義後利で判断できているかを白  らに問う  最後にもうひとっ、私の人生の指針にもなっ ている言葉を紹介したいと思います。それは、 「先義後利」つまり、先に人として果たすべき 義務を果たした後に利益がついてくるという、 単純な意味です。東洋の思想家である菊子が残 した言葉と言われています。振り返ると、小さ な頃から先に利益を求める行動をとると、決 まってあとで大きな困難にぶつかることが多 かったように思います。現代の社会で発生して いる多くの問題や不祥事も、人としての道理や 義務を果たす前に、自己や自社の利益を求める ことが要因になっていると考えます。先義後利 の考え方に出会ってからは、物事の順番や判断 に迷った際には。  自分は、先に果たすべき義務に向き合ってい るか? 先に利益を求めようとしていないか? と自分の良心に向けて問いかけることを意識し てきました。短期的には損をしているように感 じても、不思議と長期的には帳尻があうもので す。何よりも、良心に沿って判断した時は、結 果はどうであれ受け止めようと覚悟を決めるこ とができるものです。  利益の「利」という漢字は、農業に由来する と言われています。「禾(いね)」十「刀」で、 農作物を鋭い刃物で収穫する様子を表していま す。稲作で例えると、春に田んぼの準備・苗作 りをして、夏に田植え・管理をして、秋に初め て収穫が可能になります。春夏の努力をスキッ プして収穫はできません。それなのに、現代は どうしても急いで利益を求める傾向があるよう に思えてなりません。先ほど紹介した「先義後 利」に沿った問いは、そのような本来のあるべ き姿勢を思い起こしてくれます。  本書は様々な方とのご縁と協力によって書き 上げることができました。本書で取り上げたフ レームワークのうち、とくに引用の明記がない ものの多くは、私か所属するクロービスの先 輩・同僚の皆さんが積み上げてきたものであり、 それを参考にさせていただきました。直接的・ 間接的にも、クロービスに関係する皆様に深く 感謝をしています。また、哲学的・思想的な内 容については、歴史上の偉人たちの考え方を参 考にさせていただきました。書物を読んで、昔 の賢人を友人とすることを「読書尚友」と表現 するようですが、読書好きの私は、過去の偉人 からも多くの影響を与えていただきました。先 人たちが積み上げてきた知識を土台に、私たち は生かされていることに改めて気付かされまし た。  「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢え る。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時 に」これは、前述の森信三氏が残した言葉です が、株式会社クロスメディアーパブリッシング の川辺秀美さんとの出会いがこのタイミングで なければ、本書を出版することはできなかった と思います。川辺さんには、何度も議論にお付 き合いいただき、出版素人の私に対しても根気 強くサポートいただきました。改めて感謝申し 上げます。また、本書出版プロセスで様々なサ ポートをいただいた同僚の北村明子さんにも感 謝しています。  また、本書で紹介したビジネスのフレーム ワークの一部を、巻末にまとめています。「G LOBIS学び放題」という動画学習サービ スで、フレームワークに関する動画の一部を視 聴いただけるようになっていますので、さらに 学びを深めたい方はぜひ参考にしてみてくださ い。  ここまで本書を読み進めてくださった読者の 皆さん、本当にありがとうございました。本書 の内容が少しでも皆様の人生のプラスになれば、 これ以上幸いなことはございません。  2024年3月吉日                  鳥潟幸志 聯