あなたの人生を変えるお金の教養_加谷珪一  はじめに  世の中には、お金持ちになるための具体的な 方法を記した書物がたくさんあります。しかし、 こうした書物を読んでも、皆がお金持ちになれ るわけではありません。  なぜなら、お金儲けに関する具体的な方法や コツといったものは、全員にとって万能なもの ではなく、また、あらゆる局面で適用できるも のでもないからです。  一般的に富裕層と呼ばれるのは純金融資産が 1億円を超える人たちのことですが、この基準 をクリアできる世帯は全体の1・7%と狭き門 です。結局のところ、お金持ちになるための方 法論は人によって様々であり、自分に最適な方 法を自力で編み出すしかないのです。  この時に大きな力を発揮するのが、お金に関 する「教養」です。  お金に関する教養があると、単純な知識や経 験であっても、それを正しく評価して、有機的 に結びつけ、具体的な行動に落とし込むことが できるようになります。逆にいえば、こうした お金に関する教養の有無が、お金持ちになれる かどうかの分かれ道になります。筆者がお金に 関する具体的なノウ(ウよりも、教養を重視す る理由はそこにあります。  しかしながら、一般的な教養と同じく、お金 に関する教養も非常にやっかいな存在です。教 養というのは、一見すると非常に役に立たない ように見えるものばかりだからです。  単純な知識の詰め込みは、受験勉強がもつと もよい例ですが、直接的な利益をもたらしてく れます。とりあえず、教えられたことをバカ暗 記してしまえばテストでよい点数が取れて、偏 差値が高い学校に入れます。また、世の中の人 は単純ですから、知識がたくさんあるとスゴい と褒めてくれます。  このため多くの人が、年号や人名、キーワー ドの暗記に血道を上げることになるわけですが、 こうした知識だけでは残念ながら教養にはなり ません。  一方、物事の背景や成り立ちなどを理解し、 他の分野にそれを応用したり、自分の価値観の 形成や具体的な言動に役立てることができれば、 それは、間違いなく教養ということになるで しょう。  こうした教養は、普段の生活では具体的な利 益をもたらしてくれません。教養など身につけ ても無意味だと思っている人は多いと思います が、近視眼的には正しいのです。  しかし、もう少し中長期的に、また形而上学 的にお金というものを考えるようになると話は 変わってきます。教養がある人は、普通の人が 見過ごしてしまうような出来事であっても、そ れをうまく結びつけ、新しい価値につなげるこ とができます。また、思考や行動に一貫性が出 てくるので、仮に判断を誤った場合でも、どこ で、なぜ誤っだのかについて的確に理解し、修 正することができます。  お金というのは人間の生活にとってなくては ならないものです。というよりも、ほとんどの 人がお金に人生の大半を左右されています。つ まりお金に関する教養を身につけるということ は、人間を理解するということに他なりません。  経済活動というのは人と人とのコミュニケー ションの集大成ですから、人間に対する理解が 深い人が、お金の面で有利に立てるのは、ある 意味で当然の結果といってよいでしょう。  一見、ムダに見える教養も、積み重なってく ると大きな違いとなって現れてくるのです。少 し遠回りに見えますが、お金持ちになりたけれ ば、お金に関する教養を身につけるのがもっと も手っ取り早い方法だと筆者は考えます。  本書は、以下のような構成になっています。  第1章では、そもそも人はなぜお金を欲しが るのかという根本的な話題を取り上げました。 お金というものが持つ本質的な意味や矛盾が理 解できると思います。  第2章では、物事に対する基本的な考え方に ついてです。ちょっとした価値観の違いが、極 めて大きな経済格差につなかつてしまう現実に ついて解説しました。  第3章と第4章では、時間、数字、ITにつ いて取り上げました。これらはお金と密接に関 係しており、よいセンスを身につけることがで きれば一気にお金持ちに近づくことができます。  第5章では、人の思考回路についてです。帰 納と演繹、相関と因果など、思考を整理するた めのノウ(ウについて解説しました。  最終章の第6章では、お金の教養を生かした 賢い生き方について模索します。  本書を一通り読んでいただければ、お金に関 する基礎的な教養については十分な水準となっ ているはずです。あとは、日々の生活でそれを 実践していくだけです。 あなたの人生を変えるお金の教養 目次 装幀一山田知子(chichols) 第1章 あなたはなぜ今お金が欲しい と思うのか  もし今1億円かあったら、  何をしますか?  あなたがもし今1億円を手にすることができ たら、何をするでしょうか?  家を買う、クルマを買う、あるいはリッチな 旅行に行くと考える大が多いでしょうか。とり あえずの生活には困らないので、まずは会社を 辞めてしまおうと考える大もいるかもしれませ ん。  筆者もサラリーマンをしている頃、会社の仲 間と同じような会話をした記憶があります。そ の時、周囲にいた人の答はパラパラでした。筆 者ともう一人は「会社を辞めてから考える」と 言い、もう一人は貯金すると話していました。 上司は住宅ローンの返済に回すと言い、人社し たての新人君は外車が欲しいという話だったと 記憶しています。  今から考えると、筆者も含めて、同僚たちの 回答はあまり褒められたものではありません。 少なくともお金持ちの教養という観点からする と、完全に不合格ということになるでしょう。    お金に縁のない人はお金を    フローとして考える  まとまったお金が手に入ると必ず出てくるの が貯金という話なのですが、多くのお金持ち本 で語られている通り、無目的の貯金ほど意味の ないことはありません。詳しくは後述しますが、 貯金というのは、目的に沿って行うべきもので す。とりあえずムダ遣いしないという意味では 貯金するクセをつけることは大事ですが、貯金 一辺倒という考え方では、お金持ちになること は不可能です。  筆者ともう一人が言った「辞めてから考え る」もダメです。サラリーマンのままでは稼げ る金額に限度があるというのは事実ですが、1 億円をどう使うのかを考えず会社を辞めてしま えば、そのお金はただ消費されるに決まってい ます。それでは散財したことと何も変わらない でしょう。少しスケールが小さいですが、外車 を買いたいと言った新人君も、単純消費という 点では同じことになります。  住宅ローンの返済については、時と場合に よっては合理的なこともあります。しかし、何 か何でも返済を優先すべき局面はそう多くあり ません。まとまったお金ができたからといって 返済だけを考えていては、お金は増えていきま せん。  ここで出てきた考え方にはある特徴がありま す。それは基本的にお金をフローとして捉えて いるということです。  お金には、フローとストックという2つの種 類があります。この違いは極めて重要であり、 お金に関する教養の根幹をなす部分となってい ますから、しつかりと理解しておいてください。  フローというのは、ある一定期間に稼いだり、 支払ったりするお金のことです。毎月の給料や 家賃は典型的なフローということになります。 一方、ストックというのは、フローの中から消 費に回らず、蓄積されたものを指します。貯金 は典型的なストックということになります。  お金に縁のない人のほとんどは、お金はフ ローとして認識しています。当然といえば当然 で、ほとんどの大にとって、給料をもらってそ の中から支出するというのが当たり前の生活だ からです。  しかし、お金持ちの世界は少し様子が異なり ます。  お金持ちはストックを極めて重視します。ま とまった資金があると、これを投資に回したり、 事業に回したりすることで(事業も投資のひと つです)、そこから新しいフローを生み出すこ とができるからです。    1億円の資金があれば、年    間何もしないで300万円    を得られる  投資や事業といっても様々な対象があります から一概には言えませんが、日本経済全体で考 えると、こうしたストックは平均して3%強の 利回りで新しいフローを生み出しています。  つまり100万円の資金があると、毎年3万 円の収入がある計算です。これはあらゆる事業 や投資を総合した値ですから、ただ定期預金に 入れているだけではこの数字を得ることはでき ません。しかし何らかの工夫を行って、資金を うまく回すことができれば、3%のリターンが 得られる計算なのです。  もし1億円の資金があれば、年間300万円 の収入となり、これは、日本の労働者の平均年 収に近い数字です。つまり1億円あれば、日本 人の平均年収を働かずに稼ぐことができるので す。  お金に関する教養がある人は、常に自分のス トックがどのくらいあり、それが年間いくらの お金を生み出しているのか考えます。  ところが、多くの人は、こうした発想を持っ ていません。まとまったお金が手に入っても、 これをフロー的に考え、どう消費するのかぽか り考えてしまうのです。  先はどの例で貯金と答えた人も同じです。無 目的に貯金する人は、将来が不安なので貯金を しているはずです。つまり、そのお金は、最終 的に消費に回すことが大前提となっているので す。    ストックで得られたフロー    から消費をせよ  確かに貯金する人は、外車を買ったり、豪勢 に遊ぶことには使わないかもしれません。病気 になった時の医療費だったり、介護の費用を想 定しているのでしょう。しかし、支出項目が異 なるだけで、消費にだけ目を向けているという 点では、大きな違いはないのです。  これに対してお金の教養がある人は、ストッ クから、いくらのフローが得られるのかをまず 考えます。そして、消費はストックの運用で得 られたフローから行うという発想を持っている のです。  この考え方を持つことができるかどうかで、 人生の豊かさは決定的に変わってきます。当時 の筆者が落第といっだのはそういった意味から です。  お金を生み出す資産に手  をつけてはいけない  お金に関してフローという概念しかないと、 人は時として驚くようなお金の使い方をしてし まうことがあります。  1000万円以上の年収がありながら、経済 的に破たんしてしまう人や、数千万円の退職金 を得たシニアが、病気などをきっかけに全財産 を失ってしまう事例がメデイアに取り上げられ ることがあります。  こうした話の中には、少し極端なケースも含 まれているのですが、ベースになっている部分 は皆、同じです。つまり、お金をフローとして 捉え、フローの分だけ使ってしまうという発想 があり、それが悲劇をもたらしているのです。  実は年収1000万円というのは、本当のお 金持ちから見ると、非常に微妙な立ち位置です。 日本人の平均年収が300万円台という時代で すから、庶民から見れば年収1000万円はお 金持ちかもしれません。しかし、年収1000 万円では、いわゆるお金持ちの生活をすること はできません。大雑把に分類すれば、彼等も一 般庶民というカテゴリーに人つてしまいます。    プチーセレブ生活で、あつ    たはずの貯金をなくす人  ところが、困ったことに、本人たちはそう 思っていない可能性があります。自分たちは高 収入なので、リッチな生活をしても大丈夫だと 考える人が少なくありません。現実に使える金 額には隕度がありますから、結果的に彼等が 行ってしまうのは、いわゆるプチーセレブ的な 支出です。  手に届く範囲で高級外車を購入したり、無理 して高めのタワーマンションに住み、子供はす べて有名私立に通わせます。こうした状況に税 金が追い打ちをかけます。  日本は累進課税となっており、年収が上がる ほど税率が高くなっていきます。つまり年収が 2倍になったからといって、可処分所得も2倍 になるわけではなく、使えるお金の割合は減っ てくるのです。  無理な支出を繰り返しているうちに、貯蓄が なくなり、フローだけで生活するようになって しまいます。こうしたタイミングで会社の業績 が悪化し、年収が下かつてしまうと目も当てら れないことになってしまうでしょう。彼等は せっかく高い年収があるにもかかわらず、それ を蓄積し、運用して新しいフローを生み出すと いう概念がないのです。    非常時にお金を使い果たし    てしまう人  先日あるメディアに、3000万円以上の退 職金をもらう立場だったにもかかわらず、貯蓄 をすべて使い果たし、わずかな年金だけで生活 しているという男性が紹介されていました。お 金を使い果たす原因となっだのは奥さんの病気 だそうです。  確かに、奥さんががんになってしまっだのは 不幸なことですが、囗本には国民皆保険制度が 整っており、原則として3割の自己負担であら ゆる病気の治療が受けられます。またがんのよ うな大病の場合には高額療養費制度があり、さ らに低い自己負担率で病院にかかることができ ます。普通に保険を使った医療を受けていれば、 がんで闘病したとしても、貯金を使い果たすよ うなことにはなりません。  このケースでは、何度も病院を転々とし、効 果がはっきりしない高額な自然食品を大量に買 い込んでしまったり、さらには車いすで乗り降 りができるワゴン車を300万円も出して買っ てしまうなど、純粋な治療費以外の出費が重 なってしまったことが原因のようです。この ケースではありませんが、病気をきっかけに業 者に勧められるまま、1000万円以上をかけ て家をリフォームする人もいます。  どんな手を使っても治したいという気持ちは 分かりますし、できるだけラクに過ごせるよう にしたいと思うのも当然です。しかし物事には 限度というものがあり、経済力に応じて支出で きる範囲は変わってきます。  ここで、ストックというものは原則として取 り崩すものではないという発想が少しでもあれ ば、もう少しお金の使い方を工夫したはずです。 普段はあまり意識していなくても、非常時とな ると、こうした基本的な認識の違いが顕在化し てくるわけです。    お金持ちはお金を生み出す    元になる資産を大切にする  一方、これとは正反対の考え方を持つ人もい ます。  しばしば億単位の資産を残したまま亡くなる 老人の話がメディアに取り上げられることがあ ります。こうした大に対する世間一般の反応は 「死んでしまったらお金は使えないのに……」 といったものが大半でしょう。  ストレートに言ってしまうと、こうした発想 はお金がない人のものです。お金に対する教養 というものがあれば、まとまったお金を残して 死ぬことはある意味で当然のことなのです。  何度か説明しているように、お金の教養があ る大にとってのストックとは、フローを生み出 すための原資となるもので、それ自体を取り崩 して消費するものではありません。  おそらく、こうした大金を残して亡くなった 人は、持っている資金を運用して得たお金につ いては、何の躊躇もなく消費しているはずです。 先ほど例にあげたように、1億円の資産があれ ば、年間300万円が何もしなくても手に入り ます。この300万円は好きに消費してよいわ けです。  しかし、そのお金を生み出す元になる資産に ついては、取り崩すという発想は持っていませ ん。人はいつ死ぬか分かりません。来年かもし れませんし、老人になってもさらに10年以上生 きる可能性もあります。お金がある人は、死ぬ タイミングから逆算してお金を使っていくなど ということは決してしないのです。  退職金や貯金を少しずつ取り崩しながら生活 するというのは、残念ながら、+分な資産を作 れなかった人が、やむを得ず選択する手段と考 えるべきでしょう。  「幸せはお金で買えるの か」の議論がそもそも間 違っている 多くの人にとってお金が貯まらない最大の要 因は、過剰な支出によって、お金を生み出す原 資となるストックを作り出せないことです。で は、人はなぜこのような支出をしてしまうので しょうか。  ここには様々な要因がありますが、最終的に は幸福感を何で感じるのかという精神的な部分 に大きく依存しているようです。  「幸せはお金では買えない」。よく聞くフレー ズですが、この言葉が多用されていること自体 が実は多くの矛盾をはらんでいます。なぜなら、 幸せがお金で買えないことなど当たり前のこと であり、本来であれば、ことさらに強調する必 要などないからです。  しかし、幸せはお金では買えないのだ、とい う話が繰り返し世間で語られているということ は、実は、幸せはお金で買えると思っている人 が多いことの裏返しでもあるのです。  統計的にもこれを裏付けるデータがあります。  日本は、米国など諸外国と比較すると、所得 が高い人と低い人で、幸福感を感じる割合の差 が大きいと言われています。つまり日本人は所 得が高い方が幸福感を感じやすいということに なります。これは逆に考えれば、多くの人が、 幸福はお金で買えると考えていることになりま す。     「幸せはお金で買える」と    思うから消費に走ってしま    う  現実にはお金で幸せを買うことはできません。 ただし、お金があると不幸を軽減することは可 能です。  先ほど奥さんが病気になったヶIスを取り上 げましたが、治療費自体は、公的保険に加入し ている限り、なんとか手当することが可能です。 しかし、ほとんどの人は、宗族が病気になった からといって、仕事を投げ出して看病すること はできません。納得がいくまで看病できるかど うかは、やはり自身の仕事との兼ね合いという ことになるでしょう。  しかし、一定以上の資産があれば、こうした ことは気にする必要がありません。仕事よりも 家族の都合を優先することができるわけです。  これは嫌な仕事に従事することになったケー スでも同じことがいえるでしょう。経済的に余 裕があれば、会社の経営状態が変わり、望まな い仕事を強制された場合には、いつでも辞める ことができます。嫌な仕事を続けなければなら ないストレスからは解放されるはずです。  ただ、こうした効果は、あくまでマイナスを 埋めるものでしかありません。幸福感というプ ラスの部分については、やはりお金では得られ ないと考えた方が自然でしょう。  しかし、お金があって、ある程度好きなよう に消費ができると、人は幸せになれるのではな いかと考えがちです。その結果、過剰な消費に 走ってしまい、家計状況をさらに悪化させてし まいます。  非常に逆説的な話なのですが、金銭的に豊か になりたいのであれば、まずは、お金に対する こうした執着を取り除く必要があります。お金 に対する呪縛から自由になることで、初めてお 金と正面から向き合うことができるようになり、 結果的に大きな資産を作ることも可能となって くるのです。    お金に対する執着心を捨て    よ  筆者は職業柄、これまで数多くの資産家と話 をしてきましたし、筆者自身も超リッチとまで はいきませんが、資産家の部類に入ると考えて よいでしょう。資産家の多くは、実はお金に対 して淡泊で、お金の手離れがよいという特徴を 持っています。これが資産形成に大いに役立っ ているのです。  先はどからムダな消費はお金をなくす原因だ と何度も説明していますが、こうしたムダをな くしただけでは資産は増えていきません。ムダ な支出をいくら削減しても、それがただの貯金 として「死に金」になってしまっては意味がな いのです。  支出の削減で捻出した資金は、すべて将来の フローを生み出すための投資に回すべきです。 これができないからこそ、多くの大がお金持ち になれないのです。  このような話をすると「そんなこと分かって るよ」といった反論が聞こえてくるのですが、 「そんなこと分かっているよ」と言っている人 のほとんどが、実際には投資をしていません。 投資をしなければ、お金が増えないのは当たり 前です。  中国の故事成語に「隗より始めよ」というも のがあります。大きなことを成し遂げるために は、まずは身近なところから始めなければダメ だという意味ですが、資産形成もまさにその通 りです。目の前の1万円をどう有効活用するの かというところから話は始まっています。  では、多くの人はなぜ投資できないのでしょ うか。  その理由は簡単で、お金に執着があるからで す。投資は消費ではないのですが、目の前から お金が出ていくという意味では同じです。投資 すれば将来、損をするかもしれませんし、何よ り目先のお金がなくなります。お金に強い執着 があると、投資そのものに嫌悪感を覚えてしま うわけです。  日本人はよく投資が苦手といわれますが、本 当は投資が苦手ではないのかもしれません。お 金に対する執着心が強すぎ、お金が出ていくこ とについて精神的に耐えられない可能性がある のです。  そうなってくると、お金を稼ぐどころではな くなってしまいます。手離れがよくないとお金 持ちになれないというのはそのような意味です。 お金持ちだと見られたい 人はお金持ちにはなれな い お金を使いすぎてしまう、あるいは投資では なく消費に偏ってしまう原因のひとつとして考 えられるのが、強すぎる承認欲求です。  人は誰でも他人に認められたいという承認欲 求を持っています。しかし、消費によってその 欲求を満たそうとすると、ひたすらお金を使う ことになってしまいます。消費によって承認欲 求を満たすのではなく、お金をうまく運用する ことで、自分自身の満足感を高める方向に持っ ていかなければなりません。こうしたマインド の転換を後押しするのが、お金に関する教養と 思ってください。  消費することで承認欲求が得られると思って しまうのは、たくさん消費すると富裕層に見ら れるという現実があるからです。    本当のお金持ちとはどんな    人か  富裕層の一部がかなりの消費をしているのは 事実です。よほど突飛なことをしない限りは、 人間一人が消費できる金額には限りがあります。 巨額の資産があれば、そこから得られる運用益 だけで相当な金額となりますから、普通の人か ら見れば散財しているように見えても、懐が痛 むことはありません。  日本でもトップクラスの資産家であるユニク ロ(ファーストリテイリング)の柳井正氏は、 会社の社長として2億4000万円の報酬をも らっています。  しかし、柳井氏にとって2億4000万円な ど誤差に過ぎません。柳井氏が持つ株式からの 配当は年間80億円を超えます。これは何もせず に入ってくる不労所得であり、これを消費した ところで柳井氏が持つ資産は1円も減りません。 つまり柳井氏は、年間80億円までは、お小遣い として消費することができることになります。  柳井氏が実際、どの程度、消費しているのは 分かりませんが、トップクラスの資産家ともな れば、数十億円かお小遣いですから、一般人の 消費の感覚からかけ離れたものになるのは当然 です。  その結果、高額な消費はお金持ちの象徴とし て認識されるようになり、ひいては、高額の消 費をする人をお金持ちとみなす雰囲気が出来上 がってきたわけです。    お金持ちに見られたいがた    めに消費をするな  しかしながら、本当に高額消費ができる人と、 無理して高額消費をしている人を区別すること はできません。少なくとも外見上はまったく分 からないわけです。このため、中には大した所 得がない人でも、派手に消費をすることで、富 裕層のように振る舞う人が出てくることになり ます。  実際、高級な時計を身につけていたりすると、 お金持ちとみなされる確率は高まります。人に よっては、こうした体験は非常に快感となるよ うで、その楽しさが忘れられず、支出が増えて いくというヶIスがよく見られます。  しかし、本当にお金持ちを目指すのであれば、 こうしたチキンレースからは距離を置かなけれ ばなりません。いくら派手に消費をしたところ で、それは、フローをムダに捨てているだけで、 富裕層の消費とは根本的に異なるものです。そ れどころか、自分がそうした富裕層になるチャ ンスをわざわざ捨てる行為であるとも解釈する ことができますから、非常に馬鹿げた話といっ てよいでしょう。  お金持ちになるためには、消費を控えるだけ でなく、そこで捻出した資金を何らかの形で投 資に回さなければなりません。このサイクルが うまく回り始め、自身の資産が増えていくこと に対して達成感を感じられるようになれば、お 金に関する環境は大きく変わってくるはずです。    お金持ちにはつまらない承    認欲求は存在しない  筆者が知るある中小企業のオーナー経営者は、 自身の給料の3割を常に強制的に差し引き、ま とまった金額になったタイミングで自らの会社 に追加出資していました。私生活で使える金額 は、給料から3割を差し引いた残りの分だけで、 どんな状況の時にも、その金額の中でやりくり することを課していたそうです。  10年間そのような生活を続け、会社に追加出 資した分はそれなりの金額となり、さらには会 社の業績も順調に伸びていきましたから、会社 の株式の評価額も上昇することになりました。 気がついてみると、自社株という資産は、軽く 数億円を超える水準にまで拡大していたのです。  中小企業のオーナー経営者としてそれなりの 給料はもらつていましたが、3割は自社への出 資に消えています。残りが可処分所得というこ とになると、ごく普通のサラリーマン家庭程度 の収入にしかなりません。  クルマも国産車に乗り、海外旅行にもごくた まにしか行きません。家も平均的な大きさの中 古マンションを購入していました。しかし、彼 の資産は着実に成長を続け、数億円というレベ ルになっています。引退する時期が近づき、会 社をファンドや別の事業会社に売却すれば、彼 は悠々自適に老後を過ごすことができるでしよ  夫人からはいつも、「あなたは社長のはずな のに、なぜウチにはこんなにお金がないの?」 と言われ続けたそうです。しかし、その経営者 は、妻からそう言われるたびに「自分はうまく いっている」と確信することができたそうです。 自身の資産形成を楽しみにできる大というのは このような人のことを指しています。  中小企業とはいえ、会社のトップともなると、 いろいろと見栄も張りたいところでしょう。消 費への誘惑も大きいと思われます。しかし彼に はお金に関するしつかりとした教養がありまし たから、こうした誘惑にはほとんど影響されま せんでした。  彼の中に、つまらない承認欲求は存在してい なかったのです。つまり彼には資産家になれる 素質がかなり早い段階から備わっていたという ことになります。  ムダな人脈はムダな支出  を増やす  お金持ちの周囲には多くの人が集まります。 不動産の営業マン、保険の外交員、証券会社の 営業マンなど、お金持ちの人に何かを販売しよ うという人はもちろんのこと、何かを奢っても らおうという人や、いい話を紹介してもらおう と考えている人もいます。  さらにいえば、特に何も求めていない人もた くさん集まってきます。そのような人たちは、 お金持ちが持つ独特のオよフに引き寄せられて いるわけです。  人にはいろいろなタイプがあります。中には、 自分の周囲に人が集まっていることに快感や安 心感を覚える人もいるでしょう。人脈の広さを 自慢している人も同じようなカテゴリーに入る かもしれません。しかしながら、このような夕 イプの人は、注意しないと、せっかく稼いだお 金を失ってしまうリスクがあります。  お金持ちの人は仕事も成功していますし、そ れなりの購買力がありますから、知人の数も多 くなってきます。しかし、知り合いが多くなれ ばなるほど、何らかの提案を受けるケースも増 えてくるため、いろいろと煩わしくなってきま    「気持ちよくさせてムダな    買い物をさせる」手口と    ’V  メディアなどでは、富裕層向けのプライベー トバンクのサービスが紹介されることがありま す。豪華な部屋に案内され、シャンパンを傾け ながら、担当者から投資に関する提案を受ける といったイメージですが、富裕層の人は、実は こうしたサービスをあまり好みません。  金融機関が豪華な部屋やシャンパンを用意し ているのは、それなりに手数料がかかる金融商 品をたくさん買ってほしいからです。親から財 産を引き継ぎ、あまり投資や事業に関心のない ボンボンでしたら話は別かもしれませんが、そ れなりに事業や投資で成功してきた人物にとっ て、囗本の金融機関が提示する投資信託などの 商品は、特別に魅力的なものではありません。  またおいしいシャンパンならいつも飲んでい るでしょうし、豪華なソファ七家に置いてある でしょう。  資金管理力のある富裕層なら、結局は多くの 提案を断ることになりますから、喜んでこのよ うな場所に出かけていく気持ちにはならないわ けです。  では、銀行はなぜこのようなサービスを提供 しているのでしょうか。その理由は、銀行が想 定している顧客が、必ずしも富裕層とは限らな いからです。  富裕層ほど資金は持っていなくても、年収は 高めで、ある程度の貯金がある人は、銀行に とって非常に好都合な顧客といえます。こうし た人たちの一部は、富裕層のように対応すると 非常に喜び、多くの商品を買ってくれます。金 融機関はこうした中開層をうまく取り込もうと しているわけです。  ここでいうところの比較的リッチな中間層と は、本章でも言及した年収が1000万円以上 もありながら、経済的に苦しくなってしまう層 と、かなりの部分で一致しているはずです。    人脈が広いと支出も増える  以上の話から何か分かるでしょうか。  まずひとつ目は、お金持ちの多くは、大との つながりはできるだけ整理したいと思っている という現実です。  自分の周囲に集まってくる人の要望をすべて 聞いていては、自身の資産はどんどんなくなっ ていきます。しかし、お金持ちもごく普通の人 間ですから、一生懸命営業されれば、なんとか 聞いてあげたいという気持ちにもなってきます。  結果として、毎日のようにいろいろな人の提 案を断り続けることになりますから、気分がい いわけがありません。お金持ちの中には、なる べく人脈を縮小しようと努力している大も少な くないのです。  SNSなどを使って一生懸命知り合いを増や し、人脈を拡大しようとする天がたくさんいる ことを考えると非常に皮肉なことなのですが、 お金持ちになればなるほど、一般的な人脈は欲 しくなくなるのです。  もうひとつは、人付き合いが上手で、周囲に たくさん天が集まる天や、その状態が好きな天、 あるいは、人からおだてられるのが好きな天は、 場合によっては、資産を形成できない可能性が あるということです。  もちろん仕事で成功するために人脈が重要な ことは事実ですが、目的と手段が入れ替わって しまうことはよくあることです。成功するため の手段であった人脈がいつしか自身の安心材料 に変わってしまうこともあるでしょう。ムダな 支出を防ぎ、余ったお金をしっかりと投資に回 していくためには、利益を生まない人付き合い はできるだけ整理するといったクールさが必要 となってきます。    ある一定以上の社会階層に    なるまで無理に人脈を広げ    るな  人脈については非常に面白いというか残酷な 話があります。  ある一定以上の社会階層になると、知人を3 人介すると、総理大臣など、どんなレベルの大 にもアクセスできるようになるといわれていま す。逆に一定以上の階層にならないと、何人介 しても、重要大物にはなかなかアクセスできま せん。  それぞれの業界を見渡してもキーマンになっ ている大というのは意外と少なく、そのような 大はたいてい別の業界のキーマンと知り合いで す。  有益な人脈というのは、自身が相応の社会的 立場や経済的立場になれば、自然とついてくる ものであり、そこに達していない段階から、無 理に構築していくものではないのです。  まずは自分ができるところからしつかりと資 産形成やビジネスをしていくのが王道です。こ うしたことは意外と知られていません。これも お金に関するひとつの教養といってよいでしよ ゝつ。  まとまった資金があると  自由とお金が得られる  お金が欲しいと思う理由は人それぞれですが、 筆者は、お金を稼ぐ目的は、経済的な自由を得 るためだと考えます。これは人生における選択 肢を増やすため、と言い換えることもできるで しょう。  自身の生活に幸福感を感じられない理由の多 くは、選択肢がない、あるいは極めて少ないこ とに起因しています。  世間では持ち家淫貝貸論争というものがあり ます。どちらが得なのかという話にとどまらず、 もはや哲学論争に近いような状況となっていま す。  お金持ちの人は総じて無理な住宅ローンに否 定的なことが多いのですが、その理由は、持ち 家を否定しているのではなく、無理な住宅ロー ンを組むことによる弊害を指摘しているのです。    無理なローンは人生の選択    肢を狭めてしまう  35年といった長期の住宅ローンを組めば、実 際に住宅取得にかかる費用の4割分もの利子を 支払わなければなりません(2%固定の場合)。 4000万円借りた場合には、利子だけで 1600万円にもなるわけです。それだけなら お金の話ですみますが、問題なのは35年間も実 質的に選択肢を奪われてしまうことです。お金 持ちの人はこのあたりに非常に敏感であり、そ れゆえに長期のローンに否定的なのです。  年収から生活費を差し引いた残りの金額のほ とんどを住宅ローンに費やしてしまった場合、 人生の選択肢はほぼゼロとなってしまいます。 もしリストラで年収が大幅に減ってしまったら、 最悪の場合には住宅を諦め、残りのローンの支 払いを続けなければなりません。  また、サラリーマンの場合、住む場所を自由 に選べないことがほとんどです。筆者もサラ リーマンだった時代、住宅ローンを組んだ途端 に転勤を命じられた人を何人も見てきました。  転職したり、独立するにはかなりの孑孑ル ギーが必要となります。起業ということになる と、まとまった資金も必要となります。目一杯 の住宅ローンを組んでしまうと、こうした事態 に対処することが難しくなりますから、運命を 受け入れる以外に方法がなくなってしまうわけ です。    キャッシュがあってもあえ    てローンを組む方法もある  もしまとまったお金があれば、住宅に対する 考え方も大きく変わります。  筆者は住宅ローンを組んでマンションを購入 しましたが、そのマンションを現金で買えるだ けのキャッシュを持っていました。しかしあえ て住宅ローンを組んでマンションを購入してい ます。  その理由は、購入時、市場の冷え込みから欲 しい物件が非常に安い価格で売り出されており、 その時点での不動産の利回りが非常に高かった からです。一方、日本はバブル崩壊以降、低金 利が続いていましたから、銀行からは安い金利 で資金を調達できます。手持ちのキャッシュは マンション購入に充当せず、代わりにマンショ ンと同額の不動産投資信託(REIT)を購入 したのです。  REITの運用で得られる金利と銀行から資 金を借りる金利にはかなりの差がありますから、 この分はまるまる筆者の儲けとなります。マン ションを買ったにもかかわらず、損するどころ か、むしろ利益を得ることができました。  もし手元に十分なキャッシュがなかったら、 こうした選択肢を検討することができません。 経済的自由を得るというのはこのようなことを 指しています。    経済的自由があれば将来の    リスクも収益に変えられる  まとまった資金があると、人生の転機におい ても、大きな効果を発揮します。  日本は急速に高齢化が進んでおり、親の介護、 あるいは自身の介護という問題に直面する人が 増えています。最近は、30代や40代の夫婦など、 比較的若い世代の人でも、将来に備えて動き始 めるというケースが見られるようになりました。  筆者の知人夫妻は、子供が小学校に人つだ夕 イミングをきっかけに、親の転居を決行してい ます。夫の両親は地方の持ち家に住んでいまし たが、場所が郊外で、利便性がよくありません。 健康なうちはよいのですが、高齢になって体が 不自由になってくると、お店や病院が遠いこと は致命的な問題となってきます。  クルマで行けばよいという考え方もあります が、いつかはクルマも運転できなくなりますし、 高齢者ドライバーによる事故の増加という別の リスクもあります。  家族で話し合った結果、息子夫妻が住むエリ アに中古マンションを購入し、実家を手放すこ とにしたのです。日本ではなぜか中古マンショ ンはあまり人気がなく、築年が古いとかなり割 安になります。しかし高齢者が安心して住める マンションということになると、むしろ古い時 代に建てられ、公共スペースに余裕のある中古 マンションの方がよいことも多いのです。  夫妻が購入したマンションは目の前にコンビ ニと郵便局があり、徒歩圏内にスーパーと総合 病院があります。また、ゴミ出しの場所には屋 根があって、高齢者でも容易にゴミを出すこと ができます。高齢の居住者も多く、介護施設の クルマがいつも来ているという環境で、管理人 も高齢者の扱いに慣れています。  この夫妻と親には、多少のまとまった資金が ありましたから、自宅を売った資金で足りな かった分は、自己資金でカバーすることができ ました。仮に親が病気で倒れたり、介護という ことになっても息子夫妻はすぐにかけつけるこ とができます。これは親にとっても、子供に とっても何よりの安心です。  こうした物件は、中古とはいえ、それなりの 資産価値を維持する可能性が高く、親が亡く なった後は、収益資産となっているでしょう。 経済的自由があれば、老いという問題でさえ、 収益のチャンスに変えることができるのです。 COLUMN    投資家が得たお金より大事    なもの  お金というのは、結局のところ人の営みの集 大成ですから、お金とどう付き合ったのかを見 れば、その人の生き方が分かるといっても過言 ではないでしょう。  明治末期に活躍した投資家で鈴木久五郎とい う人物がいます。今の価値で数千億円の資産を 築いたともいわれていますから、そのスケール の大きさが分かります。  久五郎は、お金の使い方も凡人とはまったく かけ離れていました。当時、中国は辛亥革命の 最中で、日本では中国の近代化を応援しようと、 熱狂的な孫文ブームが起こっていました。なん と久五郎は、孫文のスポンサーとして、巨額の 資金を提供し、中国の辛亥革命を支援していた のです。  やがて到来したバブル崩壊で久五郎はすべて の資産を失いましたが、投資家としての気概が 発揮されたのは無一文になったその後です。  孫文は革命を成就し、資金提供のお礼に来日 することになります。何でも言ってほしいとの 孫文の申し出に、無一文の久五郎はお金の話を 一切せず、生まれた娘に孫文の名前の一文字を 欲しいとだけ願い出ました。  久五郎はお金こそすべて失いましたが、本当 に価値のあるものを手にすることができたよう です。 第2章 お金持ちの考え方はこれほど までに違う お金持ちになれる人は他 人を軸に、なれない人は 自分を軸に考える お金持ちになれる大となれない人の差はごく わずかです。しかし、そのごくわずかな差に よって、人生は大きく変わってしまいます。  筆者が実際にお金を持ってみて、もっとも驚 いたのは、両者の差があまりにも小さいという 事実です。というよりも、たったこれだけの違 いによって、ここまで大きな経済的な格差が生 じてしまうという現実には、ちょっとした恐怖 すら覚えます。  お金持ちになれる大となれない人の違いで もつとも顕著なのは、どこを視点に物事を考え ているのかという部分です。  お金持ちになれる人となれない人とでは、物 事に対する視点が異なります。  お金持ちになれる人は、基本的に他人を軸に 物事を考え、お金持ちになれない人は、自分を 軸に考える傾向が強いのです。    お金持ちは相手の望みを熟    知している  経済活動というものは、基本的に人と人との コミュニケーションで成立しています。相手の 立場で物事を考えることができた人とそうでな い人との間に大きな格差ができてしまうのは、 ある意味で当然の結果といってよいかもしれま せん。  両者の差は、ごくわずかな違いでしかないの ですが、そのわずかな違いが、大きな経済的な 格差となって表面化してくるのです。  この話を聞いて、読者の皆さんはどんな感想 を持つたでしょうか?  中には「お金持ちになるためには、卑屈な思 いをして、相手に尽くさなければいけない の?」と思った人がいるかもしれません。その ような印象を持った人は、残念ながら、お金持 ちへの道はまだまだ遠いと言わざるを得ません。  この考え方の何かいけないのでしょうか?  その理由は、他人を軸に考えるという言葉の 意味を、勝手にすり替えてしまっているからで す。相手に媚びたり、へつらったりすることと、 相手の立場に立って物事を考えるということは、 まったく別のことです。  相手の立場に立つということは、相手が何を 考えて、何を欲しているのかを理解するという 意味です。ここで重要なのは、相手を「理解」 することであって、必ずしも相手に合わせるこ とではありません。理解しなければ、相手が何 を望んでいるのか分かりませんし、相手の望み が分からなければ、当然、相手が喜ぶように行 動することも不可能となります。まずは知るこ とがとても大事なのです。  ここで「相手に頭を下げるのは嫌だ」と思っ てしまった人は、「相手の立場に立って考える」 という言葉を、相手に対して従属的に振る舞う ことだと勝手に解釈しています。これは一種の 思い込み、あるいは思考停止なのですが、人は、 こうした思い込みで行動してしまっていること が実はかなり多いのです。  お金持ちになれる人は、まず相手が何を考え、 何を欲しているのか考えます。その考え方に賛 同できようができまいが、それは関係ありませ ん。その上で、相手が欲しているものを自分が 提供することで大きな利益が得られると思うな ら、それを実行しますし、そう思わないなら、 実行しないという決断を下します。  ここで相手が、あなたに対して、頭を下げて ほしいと考えていることが明らかであれば、そ こで初めて、そのような行動を取るのか取らな いのか判断することになります。お金のために その方が得だと思えば、そう振る舞えばよいで すし、それに嫌悪感を持つなら、そうしなけれ ばよいだけの話です。  しかし現実に相手に対してそのようなことを 強く求めている人はそれほど多くありません。 相手のことをよく理解すれば、もつと効率のよ い形で相手を満足させ、最終的に自分の利益に 結びつけることができます。  こうした思考回路を持つことを、ここでは 「相手の立場に立って考える」と表現している のです。相手に媚びることとは、まったく意味 が違うということを理解してください。  一方、「相手の立場に立って考える」という ことについて、「確かにその通りだが、実行す るのは容易ではない」との印象を持った人もい るかもしれません。その人は、お金持ちへの道 にかなり近づいていると思ってよいでしょう。    ごくありふれた成功法則を    日常で実践する  お金持ちになるための方法の多くは、一見す ると、とても簡単そうな印象を受けます。しか し、実際にやってみると、非常に難しいという ことが多いのです。  時には、あまりにも簡単そうに見えてしまう ことから、「そんなことを知ったところでお金 持ちにはなれない」との批判を受けることもあ ります。大変残念なことですが「そんなこと誰 でも知っているよ」と筆者を批判した人のほと んどは、お金持ちになることができていません。  お金持ちになれる大というのは、ごくありふ れた内容の成功法則を、日々の生活の中で実践 し、その成果を着実に積み上げていくことがで きます。短期間でその成果を実感することはで きませんが、長期的には大きな違いとなって顕 在化してくるのです。そして、この部分の(I ドルが実はもっとも高いのです。  こうした振る舞いができる人というのは、自 分というものをしっかりと確立しています。少 し難しい言葉で表現すると、「近代的自我」を 持っているということになるでしょう。近代的 自我というのは、独立した、そして責任ある個 人として、自らの内面を深く掘り下げる精神的 態度のことを指します。よい意味での個人主義 と考えればよいでしょう。  こうした思考回路の有無が経済的な違いを生 み出す原動力となりますし、これがまさにお金 の教養ということになるのです。  お金持ちはキーワードを  探り、有益な情報を得る  お金を遠ざけてしまう思考回路のひとつに キーワード志向というものがあります。  物事をキーワードで単純化し、具体的に言及 されると、非常に心地よいものです。また、自 分は何をすればよいのか、スッキリと明示され た気がしますから、大きな安心材料にもなるで しょう。  キーワードを使って話をシンプルにする効用 そのものは否定しませんが、一方で、こうした 手法には落とし穴もあります。キーワードで物 事を考えるクセばかり身についていると、場合 によってはお金を遠ざける原因になってしまい ますから注意が必要です。  キーワード志向の最大の欠点は「なぜ」とい う感覚を失わせてしまうことです。    行動できない人はキーワー    ドを探し求める  以前、流行したキーワードに「鈍感力」とい うものがあります。大きな成果を出す人は、必 ず他人から嫉まれたり、批判されたりするもの です。そのような時、周囲の声に煩わされず、 自らの道を追求できることは極めて重要な意味 を持ちます。こうした能力があることを「鈍感 力」があると表現しているわけです。  鈍感力が重要であるというのは、まったくそ の通りだと思いますし、状況を的確に表した キーワードだと思います。しかし、このキー ワードを無批判に受け入れることは避けなけれ ばなりません。  このキーワードを聞いて、「そうだ鈍感力を 身につければよいのか」と思った大は多いと思 います。しかし、「鈍感力を身につけよう」と 思った人のほとんどは、その後も、鈍感力を身 につけられていない可能性が高いでしょう。  自分が鈍感になれないことには明確な理由が あります。  日本は近代化を実現した国ということになっ ていますが、実際には社会の隅々まで前近代的 な慣習が残っており、本当の意味での個人主義 は確立していません。このような社会において 周囲と異なる行動を取ることにはリスクを伴い ますし、実際、大きな批判にさらされることに なります。  周囲の目を気にして行動できない人は、こう したリスクを懸念し、精神的に萎縮しているわ けです。根本的にはこの部分を乗り越えなけれ ば、他人と異なる行動を取ることはできません。  それが鈍感力ということになるのでしょうが、 鈍感力というキーワードにしてしまうと、表現 が柔らかくなり、物事の真実を覆い隠してしま う可能性があります。鈍感力を身につければよ いのだと思ったことで満足してしまい、周囲と の軋轢を乗り越えるという本当の試練に到達せ ずに終わってしまいます。厳しい言い方をすれ ば、行動を起こさない言い訳として「鈍感力を 身につける」というキーワードを使ってしまう 可能性があるのです。  社員力、人間力といったキーワードも同じで す。  社員力や人間力は、具体的なスキルや能力の 組み合わせとして成立しています。人間力とい うものは、創造力、責任感、意欲、忍耐、思い やりといった複数の要素で構成されており、そ の集大成と考えるべきです。  人間力を高めるためには、結局のところ、こ れらの各スキルを向上させていくほかありませ ん。それは並大抵のことではありませんし、こ うした各項目の重要性は太古の昔から説かれて いるものです。つまり人間力を高めていくため には、相当な努力が必要となるわけです。  ところが、「人間力を身につける」という キーワードで処理してしまうと、あたかも目新 しい斬新な解決方法に思えてきます。そして先 はどの鈍感力と同じく、「人間力を身につけれ ばよいのか!」と考えて、それで満足してしま うのです。  しかし、こうしたやり方ではいつまでだって も、本質的な問題解決にはなりません。なかな か成果が上がらないと、人は、だんだん嫌な気 分になってきます。その結果、覚えたキーワー ドはなかったことにしてしまい、また新しい キーワードを探し求めることになります。    成功する人やお金持ちは    キーワードの背景を考える  お金持ちになれる人は、キーワードをあくま でトリガーとして理解します。  鈍感力というキーワードを目にしたら、そう したキーワードが流行している背景を探り、何 を意味しているのか筋道立てて理解していきま す。そして、大きな成果を出すには何か必要な のか冷静に判断していくのです。  つまり、キーワードは物事を深く考えるため のきっかけにしか過ぎず、決してキーワードそ のものを単純に受け入れることはしません。こ うした発想は、株式投資や不動産投資など、投 資の世界でも大きな威力を発揮します。  投資の世界には、ROE(株主資本利益率)、 騰落レシオ、ソロスチャートといった様々な キーワードが存在します。しかし、こうした キーワードだけにとらわれていると、投資で勝 ち続けることはできません。  確かにROEは、株価を評価する有力な指標 のひとつですが、ROEが高い銘柄が必ずしも 上昇するとは限りません。ROEが高く推移し てきたことで、すでに株価はピークになってい る可能性があるからです。  ソロスチャートは、為替相場でよく使われる ものですが、この手法が適用できる場面とでき ない場面は明確に分かれてしまいます。決して 万能ではありません。  成功できる投資家は、キーワードそのものよ りも、そのキーワードが多用される背景に着目 します。背景に着目した方が、投資で勝つため の有益な情報を得られることが多いのです。 お金持ちは目新しいもの より、不変なものに着目 する お金持ちの人が持つ教養のひとつに、世の中 には「目新しいものなどほとんどない」という 考え方があります。  一見すると世の中は、目新しい話で溢れてい るイメージですが、本質的な変化というのはそ うそう起こるものではありません。お金持ちの 人は、何か変わったのかということよりも、何 か変化しなかったのかについて敏感です。そし てこの感覚を持つことは経済的に非常に有利に 作用します。  世の中にはお金持ちになるためのコンテンツ がたくさんあります。本書もおそらくそのひと つに分類されることになるでしょう。これだけ 多くのお金持ちコンテンツが存在しているにも かかわらず、そこに書かれている内容は、表現 方法こそ異なりますが、皆、だいたい同じです。  時代を遡っても状況は変わりません。    普遍的な法則をしっかり実    践する  筆者は職業柄、古い時代のお金持ち本を見る 機会がたくさんあります。古いところですと、 明治時代にベストセラーになったマネー本を読 んだこともあります。  時代が変われば、社会の雰囲気も大きく異 なっていますから、一見すると、今とはまった く違うことが書いてあるように思えます。しか し、そこで書かれていることのエッセンスは、 いつの時代においても、大きく変わるものでは ありません。  このように書いてしまうと、この本の価値も 半減してしまうのですが、お金持ちになるため の方法というものは、太古の昔からほぼ確立し ており、いつの時代も表現を変えて繰り返され ているだけなのです。  つまり、お金持ちになる方法について、正し く書けば書くほど、その中身は、どこかで聞い たことがあるようなものになってしまうわけで す。  重要なのは、そうした情報を得た時の態度で す。  あちこちで繰り返されている、似たような話 を見聞きした際、「どこかで聞いたような話だ」 「目新しさがない」といった印象を持ち、一刀 両断にしてしまう人をよく見かけます。しかし、 これは大変もったいないことです。  同じような話があちこちから聞こえてくると いうことは、その話は、核心を突く、極めて本 質的なものである可能性が高いからです。  「お金持ちの人は、ヶチヶチしたお金の使い方 をしない」といった類いの話は、どのお金持ち 本を見てもほぼ必ず書いてあります。これだけ 何度も何度も出てくるのは、この法則が極めて 普遍性の高いものだからです。  多くの人がお金持ちになれないのは、「ケチ ケチした使い方をしない」というその普遍的な 法則をしつかり実践できていないからです。そ うであるならば、自分はどのようなお金の使い 方をすれば、この普遍的な成功パターンに当て はまるのか、真剣に考えるべきです。こうした 態度こそが、お金持ちになるための教養といっ てよいでしょう。  これとは逆に、目新しい話にばかり強い関心 を寄せてしまう人は、要注意です。本質的には 何も変わっていないのに、表現の斬新さだけで、 画期的なものであると勘違いしてしまいます。  得られた情報が本当に革新的なものならよい のですが、亘]に革新的な出来事というのはそう そう生じるものではありません。    収入の一定割合を必ず貯蓄    し、これを投資に回す  筆者は、以前、ジャーナリストやコンサルタ ントの仕事に従事した経験があり、ITの分野 を中心に、イノベーションというものを徹底的 に調べていました。その経験から分かることは、 本当に革命的なイノベーションというものは、 何十年に一度程度のタイミングでしかやってこ ないということです。  世の中では、次々と新しい出来事が起こりま すが、表面的には斬新に見えても、すでに存在 していることの焼き直しであることがほとんど です。  近年、登場した新しいネットビジネスについ ても、多くが同じビジネスモデルを既存の業界 の中に見つけ出すことができます。購買に至る までのチャネルが異なっているだけで、基本的 な仕組みは何も変わっていないというパターン がほとんどなのです。こうしたビジネスに対す る評価は、既存のモノサシを使って行えば、大 きく間違うことはありません。  お金持ちの人は、変化を目の当たりにした際、 変化していない部分に着目します。変わった点 ではなく、変わらなかった点を分析することで、 物事の本質がよく見えてくるのです。  お金持ちになることは実はそれほど難しいこ とではありません。  何度も繰り返し出てくる、どこかで聞いたよ うな方法論を、愚直に、そしてゴツゴツと実践 し続けることが大事です。重要なのは、毎日の 生活の中で、あらゆる場面に適用していくこと です。これさえできれば、お金持ちへのパス ポートは半分、手にしたようなものなのです。  ここでもうひとつ、お金持ちになるための普 遍的な法則を紹介しましよう。それは「収入の 一定割合を必ず貯蓄し、これを投資に回す」と いうものです。  この話も、多くの人にとっては「そんなこと 分かってるよ」という類いのものかもしれませ ん。しかしながら、この法則を実行できている 人は驚くほど少数派です。だから多くの人がお 金持ちになれないのです。四の五の言わず、こ れらの法則を徹底できれば、かなりの確率でお 金持ちになれるでしょう。  顧客の共感を得ようとす  ると失敗する  共感することと理解することは、似ているよ うですが、まったく異なる概念です。お金の教 養を身につけている人は、この2つをしっかり と峻別することが可能です。逆に、お金持ちに なれない人は、共感と理解を混同してしまう傾 向が随所に見られます。  日本は論理よりも情緒が優先されがちな社会 ですから、言葉の定義が曖昧になってしまった り、意味が混同されて使われることも少なくあ りません。先ほど、相手に対して従属的に振る 舞うことと、相手を理解することは異なるとい う話をしましたが、共感と理解の違いも同じよ うな文脈で捉えることができます。  多くの人は、相手を理解すること=共感する ことだと考えがちです。その結果、相手を理解 するためには共感が必要であると勘違いしてし まいます。しかし、相手を理解するにあたって 共感する必要はまったくありません。相手に対 して共感していないどころか、反発していても、 相手を理解することは可能です。    人を理解するために共感は    必要ない  一昔前、妻を殺し、完全犯罪を目論む資産家 の婿を題材にした外国映画がありました。主人 公の弁護士は、この婿の弁護を買って出て、法 律の知識を駆使して無罪を勝ち取ります。仕事 が終わって、礼を言おうとした婿に対して弁護 士が、「あなたは無罪だが、人としては最低だ」 と言い放つシーンがあります。  この弁護士は、妻を殺し、その財産を丸ごと 奪ったこの婿を心底軽蔑していますが、一方で、 その婿のことは100%理解しています。そう でなければ、完璧な弁護はできないからです。 つまり完璧な理解のために、共感は必要ないと いうことです。  共感と理解を混同してしまうと、時に人はと んでもない行動を取ってしまいます。  日本ではよく「自分がされて嫌なことを人に してはいけない」と教育されます。しかし、こ の考え方は、共感と理解を混同しており、正し くありません。  自分がされて嫌なことを相手にしてはいけな いということは、裏を返せば、自分が嫌でなけ れば、相手にそれを求めてもよいということに なってしまいます。しかし、相手がそれを心地 よいと思っている保証はまったくありません。 場合によっては、相手が嫌かつていることを平 気で行うという結果にもなりかねないのです。  料理をたくさん食べることが好きな人と、小 食で少しずつ食べることが好きな人がいたとし ます。たくさん食べるタイプの人が、そのよう な価値観を持っていたらどう行動するでしょう か。よかれと思って、相手に対して執拗に、こ れでもかと、料理を勧めることになるでしょう。 大量に食べたくない相手は辟易してしまうはず です。  食事の場という、相手とのコミュニケーショ ンを深める絶好のチャンスであるにもかかわら ず、むしろ相手に不快感を与えてしまっている わけです。  したがって、人と関わる時には、自分がそれ についてどう思うのかではなく、相手がどう考 えているのかについて、冷静に、そして徹底的 に探る必要があります。その上で、自分がどう 振る舞えば、相手が満足するのか、逆に相手は 不満に思うのかを論理的に考えて、行動に移す ことが重要です。  先はどの教訓は、「相手が嫌がることをして はいけない」と修正すべきでしょう。  共感という感情がやっかいなのは、共感とい うものが、基本的に凡庸さと直結してしまうか らです。    ユニクロやイオンはなぜ成    功できているのか  多くの人は、自分が経験してきたことと異な るものに対しては拒絶反応を示します。その結 果、いくら画期的であっても、これまでとはや り方が違うものについては、なかなか共感を得 られないのです。  ビジネスというものは、顧客から強い支持を 得られなければ利益を上げることも継続するこ ともできません。しかしながら、顧客から強い 支持を得られることと、顧客の共感を得ること はまた別の問題です。  本当に儲かるビジネスというものは、顧客か ら共感を得てそうなっているわけではありませ ん。顧客から確固たる支持を得るためには、顧 客から共感を得るのではなく、顧客に「メリッ ト」を提供できなければダメなのです。  顧客という存在は非常に残酷です。  ユニクロやイオンモールは非常に画一的で、 これらに対して共感を示さない大はたくさんい ます。しかし、ユニクロやイオンモールに共感 しない人の多くが、現実にはユニクロを着て、 イオンモールに通っています。  相手から共感されることばかり考えてしまう 人は、顧客のメリットではなく、共感ばかり考 えてしまい、結局、顧客が望むものを提供でき ないという状況に陥ってしまうのです。ユニク ロやイオンが成功できているのは、共感ではな くメリットをとことん追求した結果です。  あるビジネスがうまくいくのかどうかを チェックするためには、以下の2つを問いかけ てみればよいといわれます。ひとつは「その商 品やサービスはなくてはならないものなの か?」。もうひとつは「その商品やサービスは 絶対に欲しいものなのか?」という問いです。 これは顧客が得られるメリットのことを指して います。  一方、「こんな商品あったらいいね!」とい うものは、ある程度の販売にはつながるかもし れませんが、大きなビジネスにはならないこと がほとんどです。あったらいいね、は基本的に 共感がベースになっている考え方とみてよいで しょう。 お金持ちは批判を言い、 お金に縁のない人は文句 を言う 先ほどは、共感と理解が大きく異なるという ことについて説明しました。同様に、ぜひ理解 しておくべきなのは、批判と文句の違いです。  お金持ちの人は、物事に対して批判的である ことが少なくありません。お金持ちの人は性格 がよくないといった話が出てくるのは、お金持 ちの人が批判的精神を持ち合わせていることに 起因しています。  一方、お金に縁のない人は、批判ではなく文 句を言う傾向が顕著です。批判と文句の峻別は、 お金持ちが身につけるべき教養のひとつと言っ てよいでしょう。  批判と文句は似ているようですが、まったく 異なる概念です。  批判というのは、相手の言動などの誤りを正 したり、検討を加えたりする行為のことを指し ています。相手というのは必ずしも他人とは限 りません。批判の対象が自分自身に向かうこと もあります。批判がしっかりとした批判である ためには、論旨が明確で、かつ、それが一定の 枠組みに沿っている必要があります。  一方、文句というのは、こうした条件には当 てはまりません。ただ気に入らないので、いろ いろとケチをつけるといった行為に近いと考え てよいでしょう。仮に、何らかの論理性があっ たとしても、その論旨が毎回コロコロと変わる ようでは、批判とは認定されません。  つまり批判というものは、一定のロジックに 沿った、相手に対する指摘ということになりま すが、裏を返せば、自分自身がどう考えている のかということを説明する行為でもあります。 したがって、批判をするためには、自分自身の 考えをしっかり持っていなければなりません。 それができなければ、相手を批判する資格など ありませんし、それはただの文句ということに なります。    本気なお金持ちは相手に嫌    われる勇気を持っている  では、批判と文句の違いはお金儲けにどう関 係するのでしょうか。  お金を稼ぐためには、ビジネスや投資といっ た商行為に参加することが必要となります。ビ ジネスや投資においてもっとも重要なのは公正 さです。商行為は公正さが担保されなければ、 その価値が十分に生かされませんし、自身の能 力を100%発揮することもできません。した がって、本気でお金儲けをしようと思うのであ れば、商行為における不公正な状況については、 たとえ相手から嫌われても、勇気を持って批判 する精神が重要となります。  確かに、ズル賢く立ち回り、目の前の利益を 優先すれば、小銭は稼げるかもしれません。し かし、もっと大きなレベルの資産を形成すると いうことになると、こうしたスタンスではとて も太刀打ちできなくなります。  起業家の中には、社会の不条理なシステムを、 自身の製品やサービスで改革したいという思い から事業をスタートする人もいます。フェアで はないことをしっかりと指摘し、批判するとい う精神は、最終的にはその人に大きな富をもた らす要因となるのです。  お金持ち体質の人が批判を積極的に行うとい うのは、こうした事例からも理解することがで きるでしょう。  一方、お金に縁のない人は、批判ではなく不 満ばかりとなります。  上司が自分を評価してくれない、取引先がム チヤを言う、給料が安いなど、これらの多くは 批判ではなくすべて不満ということになります。  もし、本当に自身に能力があり、上司が適切 にそれを評価しないのであれば、しつかりと相 手に要求するか、そうでなければ、別の場所を 探すしか解決策はありません。不満だけを抱え ていても、問題は解決しないのです。    客観視できる人はお金持ち    に近づける  不満だけになってしまう人に共通しているの は、過大な自己愛です。  自分が好きで好きでたまらないと、自分を満 足させてくれない相手に不満を持ってしまいま す。  人間は感情を持った生き物なので、好き嫌い があるのは当然です。これは自分自身に対する 感情という意味でもまったく同じです。どんな に立派な人でも、自分に対する過剰な愛情は 持っていると考えてよいでしょう。  しかし、あまりにも好き嫌いを優先してしま うと、合理的な判断ができなくなってしまいま す。相手に不満を持ちやすい体質の人は、自分 自身に対する気持ちがどうなっているのか、一 度、見つめ直してみた方がよいでしょう。  自分自身について、ある程度、客観視できる ようになれば、相手に対しても、好き嫌いとは 関係なく接することができるようになるはずで す。そうなってくれば、論理に一貫性が出てき て、文句ではなく、批判ができるようになって くるでしょう。  批判と文句の違いを理解することは意外と大 変です。むしろ頭がよい人ほど、批判と文句の 区別をつけることが難しくなるヶIスも見受け られます。  どういうことかというと、下手に頭がよいと、 自分が行っているのは正当な批判であって、文 句ではないのだという理屈を自分自身の中で作 り上げてしまうからです。つまり自己正当化で す。  筆者は、会社の経営を通じて多くの人を見て きましたが、高学歴で自身のことを頭がよいと 考えている人ほど、こうしたジレンマに陥りが ちでした。一旦、このフェーズに入ってしまう と、他人からそれを指摘されても、なかなか修 正することができません。  自分は文句ではなく、批判を行っているのか、 常に第三者的な目で、セルフチェックすること が重要です。 稼いだお金を消費するこ とは借金することと同じ  お金に色はないといわれますが、実際はそう でもありません。同じ100万円でも、消費し てよい100万円と消費してはいけない100 万円の違いは明確に存在します。  この話を聞いて、自分の収入以上に消費した り(つまり借金)、収入の全部を消費に回して しまってはいけないのだと考えた人は、まだま だです。お金に関する教養のある人にとって、 消費してよいお金の定義はさらに狭くなります。 つまり、収入の範囲で生活するという考え方で は不十分なのです。    稼いだお金は消費してはい    けない  普通の人は、借金して稼ぎ以上の消費をして いるのでなければ、稼いだお金の中から消費す ることは悪くないことだと考えていると思いま す。筆者もお金がない時代にはそう考えていま した。  しかし、お金持ちの人は消費に対してまった く違った考え方を持っています。  お金持ちにとって、稼いだお金をそのまま消 費する行為は、借金してお金を消費することと 大差がないことなのです。つまり、年収が 600万円ある人が、600万円消費していて はダメなのです。600万円の人が500万円 だけ消費して、残りは貯金するという話であっ ても結果は同じです。  これはどういうことかというと、第1章でも 触れたように、フローというお金に対する認識 の違いからくるものです。  お金持ちの人にとって、毎年の稼ぎ(フ ロー)というものは、原則、消費してはいけな いお金です。働いて得たフローというのは、基 本的にストックを作るための原資であり、本来 は手をつけるべきお金ではないのです。  もちろん現実を考えると、年収が低い段階で は、稼いだお金から生活費を捻出する以外に方 法はありませんから、結果として、フローとし て得たお金の中から消費するという行動を取ら ざるを得ません。しかし、これはやむを得ない 選択であり、本来、そうであってはいけないと いう認識を持つことが大事です。多くの人は、 こうした感覚を持ち合わせていないので、いつ までだってもお金持ちになることができないで いるのです。    ストックから生み出された    フローのお金のみ消費して    いい  ではお金持ちにとって消費してよいお金とは、 どのようなお金なのでしょうか。  それは、フローの結果、ストックが蓄積され、 そのストックが運用され、さらにその結果とし て生み出されたフローだけが消費してよいお金 ということになります。つまり、稼いだお金が 蓄積され、それが再び富を生み出す段階になっ て、初めて、消費の対象となります。  もっと厳密にいうと、ストックの運用で生み 出されたフローから税金を差し引いて残ったお 金と定義した方がよいでしょう。この段階まで 到達して、ようやく、躊躇せず、すべてを消費 に回すことが可能となるわけです。  働いて得たお金はストックを作るための原資 であり、これは本来、消費するためのお金では ありません。また、働いて得たフローには税金 がかかりますから、ストックとして蓄積できる 金額は、フローの金額を下回ります。  働いてお金を稼ぐと、そこから税金が差し引 かれます。その残りが、ストックとしてゆっく り積み上がり、それが運用に回され、不労所得 として再びフローが得られます。そのフローに はやはり税金がかかりますから、手元に残るお 金はさらに少なくなります。このようにして最 終的に残ったお金こそが、消費してよいお金で す。  実際にそれができるかできないかはともかく として、本来、消費してよいお金について理解 できるかどうかが、お金の教養の分かれ道と いってよいでしょう。  お金持ちの教養を身につけている人にとって、 ストックに回すべきお金(稼いだお金)を消費 に回すという行為は、本質的に借金をすること と変わりありません。したがって、働いてお金 を稼ぐしか方法がない段階では、消費をできる だけ抑制して、1円でも多くお金を残し、ス トック(貯蓄)を積み上げることに集中すべき ということになるわけです。節約や貯金が大事 というのはそのような意味であって、節約や貯 金という行為そのものに意味があるわけではな いのです。  このようにして1億円か蓄積されたと仮定し ましよう。  1億円か3%で運用されれば、年間300万 円の収人となります。課税分の20%を差し引く と240万円が残ることになるわけですが、こ れこそが、一切の制約なく消費できるお金です。 ブランド物を買おうが、飲み食いしようが、道 路に撒こうがあなたの自由です。  お金持ちの中には、散財を繰り返して、結局、 無一文になってしまう人がいます。このような 人は、一時的にはたくさんのお金を持つことが できたものの、残念なことに、お金の教養を身 につけることができなかったのだと考えられま す。  お金に関する基本的な知識がなかったことか ら、不労所得の範囲を超え、本来であれば、資 産を増やしたり、維持するために必要なお金に まで手をつけてしまい、結局、全財産をなくし てしまいます。この状態は、収入のすべてを消 費に回してしまっている庶民と何ら変わりあり ません。  ストックの運用で得られたフローから税金を 差し引いたお金の範囲で散財している限り、お 金持ちは未来永劫、お金がなくなることはあり ません。  この範囲で消費するお金が、億単位というこ とになれば、それは本物の超富裕層ということ になるでしょう。 COLUMN    成金の人は教養がないの    か冫・  成金の人は下品で教養がないといわれます。 確かに急にお金持ちになった人が、財力を見せ びらかすように散財するのはよく目にする光景 です。一方、本当のお金持ちは質素で気品に謚 れているという話も耳にします。  これらの話は、どれが本当なのでしょうか。  悪趣味で品のないお金持ちは確かに一定数存 在しますから、いわゆる成金の人が下品で教養 がないというのは本当でしょう。  しかし、世代が移るにつれてお金持ちの言動 も変わり、不必要に富をひけらかしたりはしな くなります。その方が庶民からの受けがよいこ とを自覚するようになるからです。しかしお金 持ちである以上、見えないところでお金は使っ ています。本当のお金持ちは質素だという話は 都市伝説と思った方がよいでしょう。  その証拠に「売り家と唐様で書く三代目」と いう川柳があります。  唐様という洒落た字体をマスターしているに もかかわらず、道楽が過ぎて家を売る羽目に なった商家の三代目を皮肉ったものです。文化 的な教養は身につけたのかもしれませんが、ム ダに支出をすればお金というものはすぐになく なります。お金の教養という意味では、散財し てもしっかり稼いでいた下品な一代目の方がは るかに優れているのかもしれません。 第3章 時間を制する者がお金を制す る お金を作る時は猛烈に働 き、資産ができた後はよ く休む サビ残(サービス残業)という言葉に代表さ れるように、囗本の職場は長時間労働が多いと いわれています。しかし、同じ長時間労働と いっても、置かれている状況は人によって様々 です。  タラタラと長い時間仕事をして生産性を下げ ているというパターンもある一方、高額報酬と 引き換えに、自分の時間を100%仕事に費や すという働き方をしている人もいるでしょう。  一般に年収が高い人ほど、仕事中毒になって いるイメージがありますが、実際はどうなので しようか。総務省が行っている社会生活基本調 査によれば、年収と労働時間は必ずしも比例す る関係にはなっていません。  週休2囗と仮定した場合の1囗あたりの労働 時間を見てみると、年収250万円台の人は約 9・6時間となっています。一方、年収が 400万円台の人は10・3時間働いています。 ここまでは、年収と労働時間は比例しているわ けですが、さらに年収が上かつてくると、状況 は大きく変わってきます。年収は上がるものの、 労働時間は逆に減ってくるという現象が見られ るようになります。  年収700万円台では10・O時間に、900 万円台では9・8時間となり、1500万円以 上では9・4時間まで減少します。   お金を作っている段階は不   眠不休の猛烈なハードワー   クをこなす  年収が高い人は、管理業務的な仕事をしてい る可能性が高く、労働時間が直接成果に関係し ていないと考えられます。工夫次第で労働時間 を短くできる環境にあるとみてよいでしょう。  もっとも囗本の場合、多くの会社が年功序列 となっており、年収が高いビジネスパーソンの ほとんどは中高年と思われます。中高年の多く は、管理業務に従事しているはずなので、この 中の一部は、いわゆる「働かないオジサン」に なっている可能性もあるでしょう。  一方、企業経営者や専門職に従事している人 は、自身の労働時間についてかなりの裁量があ ると考えられます。こうした大たちの中には、 短時間で仕事を済ませている大もおり、これが 労働時間を引き下げているのかもしれません。  お金持ちになった人の働き方を見ていると、 ある特徴が見られます。お金を作っている段階 では、不眠不休の猛烈な(Iドワークをこなし、 ある程度の資産が形成されると、一転して、睡 眠時間をしっかり確保するようになります。  最近の若いビジネスパーソンは、長時間労働 を望まないといわれていますが、起業家は常に その例外です。  暮らしに関するキュレーションサイト「le mo」創業者の村田マリさんは、サラリーマン 時代、金曜の夜からぶっ続けで仕事をしていた と述べています。土曜の昼頃に電池が切れて倒 れるまで働くのが当たり前であり、金曜の夜に 家にいたことなど、ほとんどなかったそうです。  彼女はすでに推定で20億円以上を持つ資産家 ですが、巨額の資産を作る人の多くは、その過 程において想像を絶する(Iドワークをこなし ているのが普通です。人並みの働き方をしてい たのでは、やはり大きな資産を作るのは難しい ようです。    成長著しいベンチャー企業    は長時間労働  一方で、多くの人が、ひとたびお金を持つと、 今度は非常に規則正しい生活を送るようになり ます。  寝具メーカーが発表した世界の成功者たちの 睡眠時間調査によると、7時間以上の睡眠を 取っている人が多く、お金持ちはたっぷり寝て いるという結果が得られています。  例えばマイクロソフト創業者のビルーゲイツ 氏は、毎晩12時に寝て、7時間の睡眠を確保し ているそうです。しかしながら、この生活パ ターンは、マイクロソフトのトップを引退し、 資産管理と慈善事業を夫婦で行っている今の睡 眠時間です。  ゲイツ氏が現役時代に、本当のところ何時間 睡眠だったのかは不明ですが、かなり短かった と考えるのが妥当です。それは、マイクロソフ トという会社の当時の社風を理解すれば容易に 到達できる結論といってよいでしょう。  マイクロソフトは今でこそ、世界的な超優良 企業ですが、以前は成長著しいベンチャー企業 でした。その中でもマイクロソフトは特に苛烈 な社風で知られており、一時は、結婚して家庭 を持つと昇進に影響すると、社内では半ば公言 していた時期すらありました。つまり24時間、 働けということです。  成長著しい企業は、多かれ少なかれ、同じよ うなカルチャーだと思つてよいでしょう。調査 結果の中にヤフーCEOのマリッサーメイヤー 氏の睡眠時間も出ているのですが、彼女は夜12 時に寝て、4時に起きていますから4時間睡眠 です。  メイヤー氏は、グーグルの社員時代、昼でも 深夜でも会社にいることで有名だったといわれ ていますし、ヤフーのCEOに就任した直後は、 社員に在宅勤務を禁止し、会社への出社を強要 したことでも知られています。メイヤー氏はま だまだ現役ですが、彼女も第一線を退き、資産 家として活動を始める時には、ライフスタイル が大きく変わる可能性があります。  資産家が睡眠時間をたくさん確保するのは、 お金持ちになっだので、ゆっくりしようと思っ ているからではありません。それは仕事の質が 変わってくるからです。  一旦、成功すると、仕事の中身が、実務をこ なすことから判断することに比重が移ってきま す。資産家になると、判断ミスが致命的な影響 を及ぼすことになるため、常に(ツキリとした 頭脳でいたいという願望が強くなってきます。 その結果、成功者の大半は、比較的長時間の睡 眠を取るようになるという仕組みです。  お金持ちはなぜ食べない  のか?  睡眠時間を十分に確保するということは、起 きている時間の質を向上させるということも意 味しています。集中力を欠いた状態では、同じ 1時間でも価値が半減してしまうからです。  仕事をしている間の集中力を最大化するとい う観点から、食事の摂り方を工夫する資産家も 少なくありません。  星野リゾートを展開する実業家の星野佳路氏 は、体の基礎代謝が落ち始める40代を境に食事 の量を減らし、50代に人つだ現在では、夕食の みという1囗1食の生活を実践しているそうで す。食事の量を減らすと内臓への負担も減り、 思考がクリアになるそうです。  実は、こうした食生活を実践している資産家 は少なくありません。  インテルのCEOを長く務めた故アンティー クローブ氏も、昼食をごくわずかなチーズとフ ルーツだけで済ますなど、仕事中はほとんど食 べないことで有名でした。その理由はやはり、 クリアな頭脳を維持するためです。    仕事中には食べないか、食    べ慣れたものを食べる  囗本の投資家で、ジェイコム株の誤発注事件 において、1囗に20億円以上を稼いだともいわ れるBNF氏(マスコミではジェイコム男など と呼ばれている)も、仕事中はほとんど食事を しないと公言しています。  彼は、朝食はとらず、昼食は軽くカップラー メンを食べるだけだそうです。理由は同じよう なもので、食べ過ぎると眠くなり、集中力を欠 いてしまうからだそうです。  食事の時間や回数に加えて、食事の内容にも 気を遣っているお金持ちも少なくありません。  マネックス創業者の松本大氏は、人と食事 をする際には、できる限り、自分の行きつけの 店を使うそうです。行きつけの店を自慢したい わけでも、常連として振る舞いたいわけでもあ りません。食事のメニューを食べ慣れたものに 限定することによって体への負担を最小限に抑 えるためです。  確かに新しいお店を開拓して、経験したこと がない料理を食べることは楽しいことです。し かし、初めてのお店の場合、料理が胃に合わな かったり、分量がよく分からず食べ過ぎてし まったりと、トラブルの原因にもなります。  たかが食事ですので、翌日に、少し体調がす ぐれなくても、大した問題ではありません。し かし、クリアな思考を維持したい資産家にとっ て、体の調子がよくないことは、想像以上にマ イナスの影響をもたらします。食べ慣れた食事 であれば、こうした事態をほぼ確実に回避する ことができますから、資産家にとっては非常に 大事なことなのです。  また、ある程度、お金を持つようになってく ると、一通りの料理は経験することになります。 新しい料理に出合ってカルチャーショックを受 けるということはほとんどないと思ってよいで しょう。新しいレストランで、新しい味に出合 う楽しみよりも、毎日の体調をしっかり維持で きることの喜びの方が大きくなってくるわけで す。  ある有名な外資系金融マンは、接待のために、 なんと個人でレストランを所有していました。 接待する環境を完璧にコントロールしたいとい うこともあるかもしれませんが、白身の体調管 理という面も大きいはずです。    時間にルーズな人はお金持    ちになれない  一連の食事や睡眠に対するこだわりというも のを考えると、資産家にとっての、時間の価値 というものは、一般的な感覚とは大きく乖離し ていることが分かります。  資産家にとって時間の価値というのは、その 時間によって生み出される収益に換算されるこ とになります。これはごく普通の労働者も同じ なのですが、資産家の場合、金額にレバレッジ がかかっているという点で、一般的な労働者と は大きく異なっています。  ごく普通のサラリーマンも、自分の時間を会 社に提供してお金をもらっているという点では、 お金の価値は時給に換算することができるで しよう。しかし、普通の仕事をしている限り、 1時間に稼げる金額というのは、たかが知れて います。その時間を多少ムダにしたところで、 マクロ的に見れば大差がないわけです。  無意識かもしれませんが、サラリーマンが営 業の途中でサボつてパチンコをしたり、お茶を したりするのは、そういった理由からです(筆 者も貧乏サラリーマン時代にはよくサボつてお 茶をしていました)。  しかし、資産家の場合には、時間が生み出す 富のケタが違います。つまり時給に対して極め て大きなレバレッジがかかっているのです。1 時間の間に、しっかりとした情報把握を行い、 クリアな頭で的確な意思決定を行えば、何百万、 何千万円という収入につながります。そうなっ てくると、ごくわずかでも、時間をムダにした り、クリアではない状態にしておくことは、大 変な損失と感じるようになってくるのです。  同じ「時は金なり」といっても資産家にとっ てのそれは、価値のケタが根本的に違っている のです。  そう考えると、資産家の世界では、時間に遅 れるなどということは犯罪に近い行為というこ とになります。30分約束に遅れただけで、その 人が30分に生み出せる価値を奪ってしまったの も同然だからです。  時間の感覚にルーズな人はお金持ちになれな いヶIスが多いのですが、それは時間の価値と いうものが、身についていないからです。  時間には値札が付いてい  る  資産家にとって時間は極めて価値の高いもの であるという話をしましたが、これは資産家を 目指す人にとっても同じことです。時間には値 段があるのだということを強く意識してビジネ スや投資に取り組んだ人と、時間に対して漫然 とした態度を取り続けた人との間に、大きな差 が生じるのは当たり前のことです。  不思議なことに、時間の価値を理解しない人 は、同じような人と群れを成す傾向があります。 以下のようなコミュニティを見たことはないで しょうか。  ある時間にミーティングを設定しますが、皆、 その時間には集まってきません。中には2、3 人ほど、定刻に来る人もいますが、その人たち は、結局、30分から40分以上も待だされること になります。  このようなことが続くと、最初は時刻通りに 来ていた人も、どうせ皆、定刻には来ないから と、遅れてやってくるようになります。こうし た行動が繰り返された結果、ミーティングが開 かれるまでの時間は際限なく後ろにズレていき ます。  また予定通りにミーティングが終わりません から、次のアポイントの時間にも遅れてしまい ます。こうしたことを毎日のように繰り返して いると、そのコミュニティ全体では、膨大な量 の時間が浪費されていくことになります。時間 に正確なコミュニティと比較すると、もしかす ると半分以下の実働時間しかないかもしれませ ん。  同じ仕事を2倍の時間をかけて行っているわ けですから、生産性は半分ということになりま す。こんな状態でお金儲けなどできるわけがあ りません。    生産性の低いコミュニティ    とは縁を切る  ではどうすればよいのでしょうか。  このような場合、そのコミュニティから抜け 出す以外に根本的な解決方法はありません。こ うした生産性の低いコミュニティの雰囲気を変 えることは、とても難しいことです。これは、 倒産しかかった企業を何社も再建している敏腕 経営者でも難しいかもしれません。  むしろ、そのようなコミュニティとは縁を切 り、効率よくビジネスや投資ができる新しいコ ミュニティを探すことの方がずっと効率的です。  ミーティングが遅れて次のアポイントに支障 が生じかねない事態となった場合には、遠慮な く中座して、次のアポイントを優先した方がよ いでしょう。もしかすると、そうした行為に対 しては、批判が寄せられるかもしれません。し かし、こうした行為が批判されるかどうかは、 そのコミュニティに関するよいリトマス試験紙 になります。  次のアポイントを優先する人を批判するとい うことは、お互いがお互いの足を引つ張り合い、 果てしなく生産性を下げていくことにしかつな がりません。こうしたコミュニティからは距離 を置くのがベストなのです。    投資に対して重要なのは資    金と他に何かあるか  時間を限りなく有効に使うという発想は、長 期的スパンになるとさらに大きな影響を及ぼし てきます。その理由は、人間は必ず年をとるも のだからです。  若い時にはあまり考えないかもしれませんが、 年をとっていくと、自由になる時間はどんどん 少なくなってきます。今できることをしておか ないと、将来、同じことができる保証はないの です。  起業や投資を始めるタイミングは、若ければ 若いほどよいといわれますが、それは事実です。 何より若い時は体力的に無理がききますし、失 敗しても、大きなマイナスにならなければやり 直しができます。  しかし、年齢を重ねていくうちに、そうもい かなくなります。体の無理がきかなくなり、計 画的な仕事の進め方が求められるようになって きます。こうしたことは、最終的にはすべてコ ストに跳ね返ってくるのです。  投資も基本的には同じと思ってよいでしょう。  投資に対してどの程度リスクを取れるのかと いう点について、もっとも重要なのは資金の量 なのですが、それに次いで重要なのは本人の若 さです。若い時ならば貯金の半額を投資に回し ても大きな問題は生じないでしょう。仮に投資 に失敗しても、仕事で稼ぐことで挽回が期待で きるからです。  一方、退職する年齢になってから投資する場 合、状況は大きく変わります。いい会社に勤め ていれば、それなりの退職金がありますから、 金額的には大きな額が用意できるかもしれませ ん。しかし、この年齢になってから大きな失敗 をすることはできません。いくらお金を持って いても、取ることができるリスクは小さくなっ てしまうのです。  投資で一定の成果を上げるためには、特殊な 才能を持つ人でもない限り、ある程度の経験が 必須となります。筆者も投資で安定的に収益を 上げられるようになるまでには、かなりの試行 錯誤が必要でした。  若いうちから、それなりの金額を投資に回し、 いろいろな方法を試してみることは非常によい 経験となるでしょう。逆にいえば、こうしたプ ロセスを経ずして、本格的な投資をすることは あまりお勧めできません。  つまり、どんなに若い人であっても、まして や、ある程度の年齢を重ねた人にとっては、1 分1秒でもムダにすることはできないのです。  非常にシビアですが、現在の1時間は、10年 後には1時間ではないと思った方がよいでしょ う。自由に確保できる時間は年々減ってくると 考えるべきであり、そうであればこそ、あらゆ る困難を受け入れてでも、時間をフルに活用す べきなのです。  お金持ちは借金をしてで  も時間を買う  ここまで何度も時間の感覚について説明して きましたが、その理由は、時間とお金との間に、 極めて密接な関係が存在しているからです。時 間とお金との関係を端的に表したものが金利で あり、金利に対する理解は、お金に関する教養 において、もつとも重要な項目のひとつです。  金利というのはお金を貸した時に、借り手が 追加で負担しなければならないお金のことです。 100円を借りた時、金利が5%であれば、借 り手は貸し手に対して、1年後に、5円を加え た105円を返済しなければなりません。  これは言い換えれば、お金を借りる際のレン タル料と思えばよいでしょう。  例えばレンタカーを半日借りると、小型車の 場合には数千円のレンタル料を支払わなければ なりません。同じように、お金を1年間借りた 時には、お金をただ返すだけではダメで、金利 分を追加で支払う必要があるわけです。  クルマを借りるとレンタル料が発生する理由 は直感的に理解できると思います。クルマを買 うためには、それなりの出費が必要ですし、ク ルマは持っているだけでどんどん古くなり、劣 化していきます。誰かにクルマを貸す場合には、 それなりのお金をもらわないと、貸した人が一 方的に損をしてしまいます。   金利というのは、得るはず   だったお金の損失に対する   手当  では、お金の場合はどうでしようか。  お金は持っているだけでは劣化しませんから、 クルマとは状況が異なります。それでも、お金 を借りる際に賃料が生じるのは、タダでお金を 貸してしまうと、その人は、損をしてしまうか らです。  壬兀のお金を株や不動産、事業などに投資を すれば、そのお金を増やすことができます。つ まり工夫次第でお金は増やしていくことができ るものなのです。しかし、誰かにお金を貸して しまうと、貸した人は、お金を活用して増やす ことができなくなってしまいます。本来、得る ことができたはずの収益を得られないという意 味では、貸した人は損をすることになります。  つまり、金利というのは、この損失に対する 手当なのです。さらに、これを言い換えると、 失った時間に対する値段ということにもなりま す。  どういうことかというと、お金を貸した人は、 その間、自分のお金を自由に使うことができま せん。つまり、お金を貸している間は、お金を 使う時間を犠牲にしているわけです。金利はそ れに対する支払いということになりますから、 まさに時間の値段ということになります。  第1章で、筆者はマンションを買う現金があ るにもかかわらず、ローンを組んでお金を借り たという話をしました。わざわざ金利を払って ローンを組んだのは、金利というコストを払っ ても、時間を買いたかったからです。  筆者がマンションを買おうとした時期には、 非常に条件のよい不動産投資信託の商品が存在 していました。マンションを買ってしまうと、 そのお金を有利な投資に回すことができません。  銀行は金利というコストを払えばお金を貸し てくれます。逆にいえば、銀行というのは、自 分が持っているお金を自由に使う権利を融資先 に提供することで対価を得るビジネスというこ とになります。銀行から時間を買った筆者は、 マンションを買うと同時に、欲しい金融商品も 同時に購入し、大きな利益を得ることができた わけです。    金利というコストを払って    時間を買い、投資をする  インフレの時には借金が有利だという話を聞 いたことがあると思いますが、これも同じ理屈 で説明することができます。  インフレ期待があるということは、将来、物 価が上がると多くの人が予想しているというこ とを意味しています。したがってインフレ期待 がある時には、不動産や株を買っておけば、将 来、実際に値段が上がった時に利益を享受でき ることになります。  今、インフレ期待が存在する場合、現金を 持っていれば、ほとんどの投資家が迷わず株や 不動産を買うでしょう。しかし、現金がない場 合には、すぐに購入することができません。お 金が貯まるまで待っていては、インフレが進ん でしまいチャンスを失ってしまう可能性があり ます。  ここで金利を払ってお金を借りてくれば、す ぐに投資をすることができます。  つまり、その投資家は、金利というコストを 払って時間を買い、後ではなく、今すぐに投資 を実行したわけです。  多くの人は、今、手元にお金がないからとい う理由だけで、銀行からお金を借りてしまいま す。しかし、金利を払うというのは時間を買っ ている行為だという、お金の教養があれば、果 たして何のためにローンを組んだのか、もう一 度、考え直してみるはずです。そうすると、長 期の住宅ローンを組んで、自宅の不動産を買う という行為についても、いろいろな見方が出て くるでしょう。  長期で高額の住宅ローンを、リスクを考えず に組んでしまう人がたくさんいる一方で、借金 というものを過剰に敵視し、借金はすべて悪だ と極端に考える人もいます。そのような人もま た、借金というのは時間を買う行為だとの認識 がありません。これではバランスよくお金と付 き合うことは難しくなります。  お金持ちになるためには時には借金が必要に なることもあります。それは、何らかの理由で 時間を買う必要がある時です。そして、時間を 買う必要がある時というのは、チャンスが目の 前に転がり込んできた時なのです。  10年先は見通せても30年  先を予測するのは不可能  お金持ちの人は、総じて、長期の住宅ローン やひとつの会社に人生のすべてを預けてしまう ようなライフスタイルに否定的です。その理由 は、時間というものに対して敏感だからです。  先ほど、金利がどのような仕組みで形成され るのかについて解説しました。金利というもの が時間に対するコストなのだとすると、短期の 金利よりも長期の金利の方が高くなるはずです。  1年間しか融資しなければ、貸し手の自由が なくなる期間は1年間だけですが、期間が長く なれば、その分だけ、貸し手はお金を自由に動 かせなくなります。期間が長いとその間に何ら かの不測の事態が発生する可能性が高まります。  このため、長期融資での金利は短期融資での 金利より高くなることが普通です。実際、短期 金利と長期金利を比較すると、たいていのケー スにおいて、長期金利の方が高くなっています (これにはインフレ期待も影響しています)。  これを金融の世界ではイールドカーブと呼ぶ のですが、このイールドカーブを見ると不思議 なことが分かります。本来であれば、期間が長 くなればなるほど、どんどん金利が上かつてい くはずです。しかし、10年を過ぎて、20年、30 年となっても、著しく金利が上昇するわけでは ありません。  これはどういうことかというと、人間の活動 サイクルというものを考えた時、10年以上先の 予測は現実的に難しいと、無意識的に合意がで きているからです。    10年以上先を予測するのは    合理的ではない  時代区分について会話する際、よく70年代、 80年代という言い方をしますが、これもおそら く偶然ではないでしょう。設備投資のライフサ イクルやイノベーションの進展などにおいて、 10年というのは有力な区切りとなっています。 10年以内であれば、ある程度の予測も可能です が、20年、30年となってくると不確実性の方が 大きくなってしまいます。  このため、金利も10年を境に、その後は、推 定が難しいということから、急激な上昇には なっていないわけです。  つまり、お金に関するセンスがあれば、10年 以上先のことを予測するというのは、あまり合 理的ではないという結論が得られます。これも お金と時間に関する教養のひとつといってよい でしょう。  そうであるならば、10年にもわたる長期の住 宅ローンはかなりの不確実性を伴います。また、 ひとつの会社に終身雇用されることを前提に人 生設計をすることも、不確実性が高い行為とい うことになるでしょう。  もちろん筆者は、長期の住宅ローンを組むこ とそのものや、ひとつの会社に長く勤めること を否定しているわけではありません。しかし、 長い時間というものがもたらすリスクを軽視し ているのであれば、それは問題だということで す。  実はこうした話は、多くの人が何となく理解 しているのですが、それをはっきりと自覚でき ていないだけです。  筆者は立場上、株式投資のアドバイスを求め られることも多いのですが、大企業に勤めてい るサラリーマンの人に「貯金のすべてを自分が 勤務している会社に投資してはどうでしよう か?」とアドバイスすると、皆、「とんでもな い」といった驚きの表情を浮かべます。しかし、 これはよく考えると矛盾しています。    リアリストになって無意識    な矛盾を排除する  先ほど説明したように、20年先や30年先を正 しく予想することは不可能です。したがって、 自分が勤めている会社が、無条件で20年先も30 年先も同じように存在しているとは考えるべき ではありません。少なくとも、会社がなくなっ ている可能性があることを前提に人生設計を行 うべきです。  しかし、筆者にアドバイスを求めた人物は、 無条件で65歳までその会社に勤務するつもりで あり、それを前提に35年の住宅ローンを組んで います。そのリスクを分かった上での選択であ れば、何ら問題はありませんし、否定すべきこ とでもないでしょう。  ただ、そうであるならば、それだけ信頼を寄 せている自社に投資するというのも選択肢のひ とつとして浮上してくるはずです。少なくとも 「とんでもない」ことにはならないでしょう。  65歳になった時、十分な額の退職金を支払っ てくれるほど、良好な経営が維持できているの なら、その時の株価は現在の何倍にもなってい るはずです(ちなみに、日本株の平均的なリ ターンは年6%です。30年投資すれば、単純計 算では5・7倍です)。  この意見に対して、とんでもない、という表 情を浮かべる人がほとんどということは、おそ らく心の底では、そんなことはあり得ないと 思っているのでしょう。そうだとすると、本人 の思いと実際の行動には乖離が存在するという ことになります。考え方と行動に乖離が存在す ることは、通常、あまりよい結果をもたらしま せん。  筆者は、自分が勤務する企業に投資をするこ とを推奨しているわけではありません。あくま で思考トレーニングのひとつとして、自社への 投資というものに言及しただけですが、ここで 大事なことは、自身の行動というものを、でき るだけ客観視するというスタンスです。  お金と上手に付き合うためには、無意識的な 矛盾というものをできるだけ排除しなければな りません。つまり徹底的なリアリストになる必 要があります。そして、それが実現できている からこそ、お金持ちはお金持ちなのです。  時間を理解できないと資  本主義は身につかない  これまで、お金と時間の関係についていろい ろと解説してきましたが、そろそろお金と時間 に対してどのように付き合っていけばよいのか、 輪郭が見えてきたのではないかと思います。  時間というものには値札が付いていますから、 お金に縁のある生活を送ろうと思うのであれば、 時間に対しても厳格になる必要があります。時 間に対して、厳格であるためには、プランを しっかりと立てて、計画的に行動することが重 要となってきます。  目先の小さなお金を最優先してしまう人は、 結局、大きなお金を手にすることはできません。 その意味では、目先のお金を優先するという行 為は、大きなお金を遠ざけてしまうともいえま す。  しかし、何でも律儀に、そして計画的に振る 舞うだけでは、お金持ちになることはできませ ん。バカの一つ覚えのように、計画ばかり立て てしまう人は、時間とお金の関係を正確に理解 しているとはいえないのです。    不確実性は変化を望む人に    は利益の源泉である  金利の数値が示しているように、10年以上の 未来について、人は正確に予想することができ なくなります。したがって、20年、30年先まで 考えて行動するという考え方は、実は非科学的 であり、合理的なものとはいえません。  そうなってくると、ある程度までは長期的な 視点で、計画的・戦略的に振る舞いつつ、それ 以上の期間については不確実性が高いことを前 提に、柔軟に対応するという考え方が必要と なってきます。これは、少々、矛盾をはらんだ ものといえるかもしれません。  しかし、こうした短期と長期の絶妙なバラン スをうまく取れる人こそが、お金と上手に付き 合うことができ、最終的には大きな資産を作る ことが可能となります。  筆者は10年以上の期間については、不確実性 が高いと書きました。  不確実性が高いと表現すると、それは多少ネ ガティブに聞こえるかもしれませんが、不確実 性というのは必ずしもネガティブな結果をもた らすとは限りません。  不確実性が存在するということは、同時に チャンスでもあるということを意味しています。 社会や経済の枠組みが変化するということは、 既得権益者にとっては不幸な出来事ですが、変 化を受け入れる側にとっては利益の源泉です。  予測できる範囲においてはできるだけ計画 的・合理的に振る舞い、予測できない事態につ いては、思い切った決断ができるよう、柔軟な スタンスを維持することが重要となってくるで しょう。    巨万の富には商売ではなく、    資本主義が必要だ  こうした使い分けが、大きな富をもたらすこ とは歴史が証明しています。  歴史のどの時代においても、そして世界中の どの場所でも、商売というものは常に行われて おり、商売が成立しなかった地域や時代は存在 しません。ここでいう商売というのは、日常的 な取引でお金が儲かったか儲からなかったかと いう次元の話をしています。  しかし、一部の地域では、単なる商売という 域を脱し、資本主義と呼ばれるシステムが発達 してきました。現在の先進国がこれに該当する わけですが、資本主義が発達した地域で蓄積さ れた富の額は、単に商売をしていただけの地域 と比較すると、ヶ夕が1つも2つも変わります。 つまり巨万の富を形成するためには、商売では なく、資本主義が必要なのです。  資本主義において重要なのは、その名の通り 「資本」です。  資本主義は産業革命で本格化したといわれて いますが、資本主義が発達する原動力となっだ のは、単純な合理主義では説明できない、一種 の使命感に近い感覚です。  産業革命の時代には、次々と新しい技術が開 発され、これらを使った工場に投資をすれば、 従来とは比較にならない利益がもたらされる可 能性がありました。しかし、そのためには、大 きな金額を先行投資としてつぎ込まなければな りません。いくらチャンスがあるといっても、 経営に失敗すれば、投じた資金はすべて水の泡 になってしまいます。  そのお金で農地を所有していれば、そこから 得られるお金はそれほど多くはありませんが、 地主としてそれなりに豊かに食べていくことが できます。しかし、産業革命当時の資産家の一 部は、そのような選択をせず、リスクがあると 分かっていながらも、新しい技術に巨額の投資 を行ったわけです。こうした一種、無謀な行動 が、やがて資本主義の原動力となり、現実に巨 万の富を生み出す結果となりました。  こうした資産家の行動は、見方によっては、 あまり合理的とはいえません。目の前にある確 実な投資先に投資すれば、少ないながらも、着 実に収益を得られるにもかかわらず、あえて危 険を冒して新しいビジネスにお金をつぎ込むの です。  これが先ほど筆者が述べた一種の使命感と呼 ばれるものです。  しかし、それも時間の不確実性という視点で 考えれば納得がいきます。彼等は資産家ですか ら、日常的にシビアにお金の勘定をしてきたは ずです。  しかし、10年より先のことは誰にも分かりま せん。今、目の前に現れている新しい技術は、 極めて大きな変化をもたらすのではないかと考 えた時、今のままでいるという選択肢は、場合 によっては大きなリスクとなり得ます。そうし た判断があったからこそ、リスクを顧みず投資 するという、思い切った選択肢が出てくるので す。 COLUMN    お金持ちがワインにハマる    理由  本章では、お金持ちはあまり食べないという 話をしましたが、なぜか、皆、ワインには( マつています。その理由は、ワインという飲み 物には、付加価値を高めるための巧妙な仕掛け があり、これがお金持ちを惹きつけるからです。  フランスワインが特にそうなのですが、どの 場所で、どのように作ったワインが、どのくら い高級なのかというルールがしっかりと体系立 てられています。味についても、どのような味 を高級とするのかがあらかじめ決められており、 個人の好き嫌いで勝手に表現ができないような 仕組みになっているのです。このルールを覚え ないとワインの世界に足を踏み入れることはで きません。  味の好みは人によって様々ですから、ルール がないと、人々は言いたい放題になってしまい ます。フランス人は自国のワインの価値が落ち ないよう、こうした嫌らしい仕組みを作り、ワ インの価値を高く保とうとしたわけです。  ワインの世界は、日本の和歌をイメージして もらうと分かりやすいでしょう。  和歌は歌ですから好きに詠めばいいのかとい うとそうはいきません。歌を詠むためには、厳 密なルールをあらかじめ勉強しておく必要があ ります。このような一種、排他的な仕組みが和 歌の価値を高めているという側面は否定できま せん。 第4章 数字とITはお金持ちの基礎 体力 嫌いでも苦手でもいいか ら数字には強くなれ  数字が苦手であるにもかかわらず、お金持ち になったという話はあまり耳にしません。数字 に強いことは、お金持ちになるための必須要件 のひとつといってもよいでしょう。仮に数字が あまり好きではなくても、お金に縁のある生活 をしようと思うのなら、数字には強くなってお くべきです。  このような話をすると、「数学は不得意だか ら」という声が必ず聞こえてきます。後ほど詳 しく説明しますが、数学ができることと、数字 に強いこととはまったく別のことです。  また数字に強いというのは、単に暗算ができ るとかソロバンが得意といった話ではありませ ん。数学に強く、暗算ができてソロバンが得意 なのに、お金儲けがまったくできない人はゴロ ゴロいます。  ここでいう数字に強いというのは、物事を考 える時に、数字のセンスをうまく活用できてい るのかという形而上学的な話ですので、一般的 に数字に強いという話からイメージできること は一旦忘れてください。    リスクは情緒ではなく、定    量化して判断する  例えば数字に強いというのは、以下のような ことを指しています。  筆者はリーマンショック直後、投資を始めた ばかりだというAさんと話をする機会がありま した。当時、囗本の株価は大幅に下落していま したが、Aさんは長期的に見た場合、株価は上 がると考えているようでした。筆者も基本的に は同じ見立てです。しかしAさんは、目の前の 株価下落が激しいので、怖くてなかなか手が出 せない状態のようでした。  株価が下かつている時に買いを入れるのは勇 気が要りますし、それは筆者も同じです。筆者 は、Aさんに、「怖いという気持ちは分かりま すが、最悪の場合、いくらまで下がると思いま すか?」と質問してみました。するとAさんの 答は「まったく分かりません」というものでし た。  そこで筆者は再度「では日経平均が1000 円になることもあり得るということですね?」 と聞くと、Aさんは「まさか!・」と答えたので す。  残念ながらAさんには数字のセンスがないの ですが、Aさんの言動の何かいけないのか読者 の皆さんはお分かりでしょうか。  Aさんは、いくらまで下がるか分からないと 言っておきながら、当時、1万円前後の株価が 1000円に値下がりすることはあり得ないと 言っています。  つまり、分からないと言いながら、Aさんは、 何となく、いくら以下にはならないと数字のめ ぼしをつけているのです。しかし、Aさんはそ のことについて自覚がまったくありません。数 字に対するセンスがないというのはこのような ことを指しています。  このような思考回路のままビジネスや投資を してしまうと大変なことになってしまいます。 リスクというものを定量化できず、すべてを情 緒で判断してしまう可能性があるからです。儲 かりそうな話についても、感覚だけが先走って しまい、いわゆる捕らぬ狸の皮算用になってし まうこともあるでしょう。  数字に強いという話が、計算ができるとか、 数学が得意だといった類いの話とは関係ないこ とがお分かりいただけるでしょう。    数字で状況を判断できる人    はお金持ちの素質がある  こうした能力は、普段の仕事にも大きく影響 してきます。  筆者は先日、配管の修理のことで不動産管理 会社の担当者と話をしたのですが、非常に興味 深い出来事に遭遇しました。  筆者は、だいたい、いつ頃、作業に取りかか ることが可能で、終了するのはおおよそいつ頃 なのかと担当者に聞きました。筆者は、何月何 日かと聞いたのではなく、あくまで「だいた い」「おおよそ」いつ頃なのかと質問したので す。  しかしその担当者は「いつになるのか、業者 に聞いてみないとそんなの分かりませんねえ」 とぶっきらぼうに答えました。少々カチンとき だ筆者は、「では、1年後にならないと工事が 始まらないということもあり得るのですね」と 聞くと、担当者は、やはり「まさか!・」と答え たのです。  「まさか」と答えたということは、担当者の中 にはおおよその時間軸が存在しているわけです。 それにもかかわらず、顧客である筆者にそのよ うに応対したということは2つの理由しか考え られません。  ひとつは、先はどのAさんと同様、担当者の 彼には、数字に関する自覚がないというもので す。もうひとつは、対人コミュニケーション能 力の欠如により、(ナから顧客に明確に説明す る気がないというケースです。  どちらにせよ、結果は同じです。  筆者は会社の経営を通じて多くの人材を見て きましたが、このようなタイプの人は、効率よ くプロジェクトを進めることができないことが ほとんどです。当然のことながら仕事の成績は よくありませんし、お金とも無縁の生活という ことになるでしょう。  お金持ちになるためには、数字に強いことが 必須なのですが、ここでいうところの数字に強 いというのは、「おおよそ」でよいので常に数 字で状況を認識できていることを指します。こ れができるのとできないのとでは、結果は天と 地ほどの差となって顕在化してくるでしょう。  こうした感覚は決して天性のものではなく、 日頃のトレーニングで強化することができるも のです。  お金の教養がある人は率  と絶対値の違いが分かる  これまでは少し抽象的な話でしたので、数字 に強くなるためのもう少し具体的なコツについ て言及します。それは、率と絶対値の違いをマ スターすることです。  数字を見る時、人は率と絶対値を混同してし まいます。これが状況を間違って判断する元凶 のひとつとなってしまいます。  ここに、以下の記事があったとしましょう。 あなたはどのような印象を持つでしょうか。  「A社の売上高成長率は年々鈍化しており、今 年度はとうとう2%にとどまってしまいました。 同社の成長率は5年前と比較すると5分の1で す」  もしこの記事を見て、A社が衰退し、売上高 が毎年マイナスになっていると感じるようだと、 お金持ちになるのはちょっと大変かもしれませ ん。  この記事で指摘しているのは成長率であって 売上高の絶対値ではありません。成長率は5年 前の5分の1になって2%となったわけですか ら、5年前には10%の成長率があったというこ とになります。  成長率は鈍化していても、その会社の売上高 の絶対値は着実に伸びています。5年前の成長 率が10%で、毎年、一定割合ずつ成長率が低下 していると仮定すれば、5年間で売上高は約 1・3倍に増えた計算です。確かに成長率は鈍 化していますが、5年で売上高が約1・3倍に なる会社と聞けば、それなりに成長していると 思うのではないでしょうか。   銀行の金融商品には数字の   マジックが散りばめられて   いる  1000万円の資産が毎年10%ずつ増加する ことと、毎年100万円ずつ増加することの違 いにも同じような仕組みが隠されています。  1000万円の10%は100万円ですから、 両者にはあまり違いがないように思えますが、 前者は次の年には1100万円に10%が適用さ れることになり、増加のペースが加速していき ます。一方、後者はずっと100万円ずつ増え るだけです。前者は7年が経過すると資産が約 2倍に膨れ上かつていますが、後者は7年後に 1・7倍にしかなっていません。  このような率と絶対値を使った数字のマジッ クはあちこちに見られます。お金持ちになるた めには、この率と絶対値のマジックにだまされ ないようにしなければいけません。  先はどの資産増加の話は、複利の概念を利用 したものですが、銀行などで取り扱っている金 融商品は、この手のマジックのオンパレードに なっています。  例えば年利1%の6ヵ月定期預金があるとし ます。この定期を申し込み、100万円を預け たと仮定しましょう。読者の皆さんの中には、 半年後に満期で戻ってくるお金は101万円と 思った人がいるかもしれませんが、実は違いま す。この商品の金利は年で1%です。半年で 1%の金利が付くわけではありません。実際に 半年後に戻ってくるお金の額は100万円と 5000円です。  この違いが分かった人は、利率についてよく 理解しているといってよいでしょう。  では、このような人であれば、有利な定期預 金を探すことで、お金持ちになれるのでしょう か。答は残念ながらノーです。  実は数字の感覚というものを持っている人で あれば、銀行預金をすることは、あまり合理的 な選択とはいえないということも分かるはずで あり、とにかく定期預金に預ければよいという 発想にならないことが多いからです。    銀行預金は10億円ある人に    は合理的な選択である  銀行の預金が得なのかどうかは、資産の額に よって大きく変わってきます。  例えば、資産が10億円の人にとっては、年利 1%の定期預金を選択することは非常に合理的 なことです。10億円あれば銀行に預けるだけで 1000万円の利子がもらえます。1000万 円あれば贅沢をしなければ、余裕で暮らしてい ける金額です。しかも、これくらいの資産額に なれば、人にもよりますが、お金を増やすこと よりも守ることの方がずっと大事になります。 どんなに金利が低く、儲からないものであって も、安全な銀行預金の魅力は大きいでしょう。  しかし、100万円しか資産のない人にとっ て銀行預金は必ずしも合理的な選択とはいえま せん。一生懸命有利な金利を探して定期預金に 預けたところで1年で数百円から数千円しかお 金は増えないのです。  「チリも積もれば山となる」というたとえがあ りますが、それが意味をなすのはチリの絶対量 が多い時だけです。ごく少量のチリを積み上げ たところで、チリはチリのままでしかありませ ん。  しかも100万円を失ったところで、それは 大きな損失とはいえません。もちろん、気持ち の上では大きな金額でしょう。しかし、人が生 活するために必要なお金の額というスケールか らすると、先はどの10億円は大金ですが、 100万円は大金とはいえないのです。  この現実に多くの人が気づいていません。と いうよりも気づいていても気づかないフリをし ています。さらにいえば、自分は賢いと思って いる人ほどその傾向が顕著という特徴がありま す。  貯金100万円の人が定期預金を選択するこ とが合理的なのは、今後それ以上の貯金を確保 できる見通しがなく、その100万円を何とし ても死守しなければならない時です。つまりそ れは、もはやお金持ちは目指さないことと、イ コールであるといってよいでしょう。定期預金 にばかり目が向いてしまう人は、お金持ちにな ることを最初から放棄しているようなものなの です。  ホームレスの人が知って  いるお金持ちマインド  数字に対するセンスがあると、消費に対する 認識も変わってきます。  それなりの収入があるのに、なかなか豊かに なれないという人は大勢います。第1章でも言 及しましたが、中には年収が1000万円もし くはそれ以上あるにもかかわらず、貯蓄がほと んどゼロというケースもあるようです。このよ うな結果になってしまうのは、彼等に数字のセ ンスがないからです。  こうした事実は、意外な側面からも明らかに なっています。それは廃品回収ビジネスです。  ホームレスの人たちの大きな収人源のひとつ は、ゴミ集積所からの廃品回収といわれていま す。家庭から出されるゴミの中には、まだ十分 に市場価値があるものも多く、こうした品物を 回収して業者に転売するわけです。こうしたゴ ミには人々の消費活動が如実に反映されること になります。    所得が低い人ほど、ムダに    買い物し、ムダにそれを捨    てている  廃品の回収は、実は、かなリシステマテイッ クなビジネスモデルとなっており、広域の流通 ネットワークが形成されているケースも少なく ありません。アルミ缶や電源アダプターなどは 需要が大きく、結構な値段がつきます。当然か もしれませんが、スマホにはまだ相当の需要が あり、機種によってはかなりの買い取り価格に なるそうです。  こうした廃品回収ビジネスの最前線で活動し ている人の中には、いわゆるホームレスもたく さんいます。先日、廃品回収業に従事しており、 現在は、特定の住所を持っていないという人の コメントが週刊誌に掲載されていたのですが、 これがなかなか興味深い内容でした。  廃品を効率よく回収するためには、場所選び が重要なのだそうですが、ムダに商品が捨てて あるエリアと捨てられていないエリアは、明確 に分かれるのだそうです。  例えば田園調布は、高価なゴミがたくさんあ るのかと思いきや、お金になるゴミにはほとん ど遭遇しないそうです。一方、同じ大田区でも 中流階級よりも少し所得が低い人が住むエリア の方が圧倒的に高価なゴミに出合える確率が高 くなるそうです。  登場したホームレス氏によると、消費グセが ついている人や成金体質の人が多いエリアでは、 貴金属とかも平気で捨てられているとのことで す。うまく貴金属に当たると月収80万円くらい になる時もあったといいますから、ここまで来 ると、相当なビジネスです。  田園調布でこうしたゴミが少ないのは、お金 持ちの人たちは、ムダな買い物をしないので、 ゴミとして捨ててしまうことがないということ なのでしょう。お金持ちの人は周囲の評判も気 にする可能性が高いので、目立つようにゴミを 捨てていないのかもしれません(田園調布では 高齢化が進んでいるという側面もあります)。  一方、いわゆる中開層で成金体質の人は、そ もそもムダな消費が多く、廃棄物を出しやすい 環境にあります。また周囲の評価をあまり気に する必要がありませんから、ゴミの出し方も乱 雑になりがちです。  それにしても、所得が低い人ほど、ムダに買 い物し、ムダにそれを捨ててしまっているとい う指摘は的確です。   年収が2倍になると消費が   2倍、3倍となってしまう   という罠  先ほど説明した、年収が1000万円もあり ながら、貯蓄がゼロになってしまう人というの は、総じて数字に対して鈍感です。必要なもの とそうでないものの区別がつきにくく、買った ものの価値についても無頓着です。また、収入 と可処分所得は比例しないという事実にも気づ いていないので、年々、生活が苦しくなってい ると思われます。  日本は累進課税制度を採用しており、収入が 多いほど税金も多くなります。  所得税の最高税率は45%となっており、高額 所得者は場合によっては年収の半分近くの金額 を税金として支払わなければなりません。実際 には各種の控除があるため税額はもう少し低く なりますが、例えば、年収2000万円の人で あれば、おおよそ360万円の所得税がかかる ことになります。  一方、年収300万円の人は、ほとんどが数 万円程度しか課税されておらず、年収600万 円でも十数万円です。つまり日本では中間層以 下の人は、実質的にほとんど無税と考えてよい のです(地方税は別)。  全体の4%に過ぎない高額所得者が、全所得 税の約半分を支払っている計算になりますから、 収入が増えていくと、税金もうなぎ登りに増加 していくことになります。この仕組みを理解し ないと、大変なことになってしまいます。  例えば年収500万円の人が年収1000万 円になったからといって、可処分所得も2倍に なると思ったらそれは大間違いです。収入が増 加すれば税率がどんどん上かつていきますから、 自分が使えるお金の割合は減っていきます。  しかし、人間のマインドはまったく逆です。  年収が2倍になったら、気持ちは3倍くらい にまで膨れ上かつているかもしれません。そう なってしまったらもう目も当てられません。本 来は年収が2倍になっても、支出は1・5倍以 内に抑える必要があるにもかかわらず、気持ち の方は、2倍、3倍まで拡大し、消費に突っ 走ってしまいます。結果として、額面の年収が 多くても貯蓄がゼロという状況に陥ってしまう わけです。  こうしたマインドは誰にもあるものです。そ うなるかならないかを分けるのは、数字に対す るセンスの有無ということになるでしょう。  感情に流されず、サンタ  コストを乗り越える  数字に強くなると、感情に流されず合理的な 判断ができるようになってきます。合理的な判 断は、お金持ちになるにあたって重要なスキル です。  感情に流されてしまって正しい判断ができな いことの代表的なケースに、サンタコスト(埋 没費用)があります。サンタコストとはすでに 支出してしまっており、取り返すことのできな い費用のことを指します。サンタコストの例と してよく引き合いに出されるのが、映画のチ ケットの話です。  お金を払ってチケットを買って映画を見に 行ったものの、映画館に入ってすぐにつまらな い映画であることが判明しました。この映画を 見続けるべきなのでしょうか。それとも、チ ケット代はムダになりますが、すぐに映画館を 出るべきなのでしょうか。  このケースでは、すでに支払ったチケット代 がサンタコストに相当します。仮に映画を見続 けたとしても、途中で退出しても、チケット代 は戻ってきません。どのような方法を使っても 取り返すことができない費用ですから、まさに これはサンタコストの典型です。    つまらない映画を最後まで    見続けるべきか  っまらない映画を見続けたとしても、通常は 何も得るものがなく、時間だけを浪費して終 わってしまいます。合理的に考えれば、つまら ない映画を見続けるのではなく、途中で退出し て残りの時間を有効に使う方がよいという選択 になるでしょう。  ところが、物事を合理的に考えられない人は、 チケット代の元を取らなければ、といった感覚 を持ってしまい、つまらない映画を最後まで見 てしまいます。しかし、こうした行為は何の利 益も生み出しません。  同じような例に、「パチンコですでに1万円 を使ってしまっだので、ここで諦めたら損だ」 「これまでに投入した費用や手間を考えると今 さら撤退などできない」といった判断がありま す。  囗本の会社はこうした理由によって、いつま でも撤退が決められずに、損失をさらに拡大さ せるケースが多いといわれています。かつて太 平洋戦争では、今さら引き返せないという理由 だけで、全土が焼け野原になり、2つの大都市 に核攻撃を受ける状態まで戦争を継続してしま いました。  この話を聞いて、多くの人が「自分はそんな ことはない」と思ったかもしれません。しかし、 安易に自分は大丈夫だと思ってしまった人は、 実は要注意です。  確かにつまらない映画を見続けることが無意 味であることは明白です。さっさと見切りをつ け別なことをした方が合理的でしょう。しかし、 このサンタコストの概念では、その後、事業の 価値がどうなるのかについてはまったく触れら れていません。あくまで、投じた金額は撤退に よって回収できないということを意味している に過ぎないという点に注意する必要があります。 ここを誤解してしまうと、とんでもない結論を 導き出してしまう可能性があります。    過去に投じた金額よりも将    来の期待収益を見る  この映画の話では、つまらない状態が続くこ とを大前提としているわけですが、現実の世界 はそうなるとは限りません。  つまらない映画でも、そのまま見続ければ、 やがて面白くなり、チケット代を回収できるか もしれません。サンタコストの概念は将来とは まったく無関係であり、サンタコストがあるか らといって将来も価値がないとは限らないので す。  赤字続きのプロジェクトでも、長期間続けた ことでノウハウが蓄積され、まったく新規の事 業を立ち上げるより、継続した方が有利な場合 もあります。  結局のところ、意思決定において重要なのは、 現時点から見て将来の期待収益がいくらである のかという点であり、過去にいくら投じたかで はありません。  過去に投じた金額に関わらず、今後も確実に 赤字が続くのであれば撤退するのが妥当という ことになるでしょう。一方、今後プラスに転じ る可能性が高いのなら、当然、続行も検討すべ きということになります。  こうした判断は最終的には数字で行うしかあ りません。不確実ではあっても、将来の成功確 率を数字で示すのです。あえて数字で示すこと で、本当の心の中が分かります。確率が20%で あることと、50%であることと、80%であるこ ととは天と地ほど違いますし、この3つの中か らなら選択できるはずです。  ITに関するセンスはお  金のセンスに必要不可欠  数字と並んで重要となるのがITに関するセ ンスです。これも数字の話と同様、スマホを操 作するのが得意だったり、プログラミングがで きるといった話とは別の種類になります。大事 なのはITに関するセンスを身につけることで あり、これはお金儲けに直結するものです。  では、ITに関するセンスとはどのようなこ とを指すのでしょうか。ひとつの例をあげてみ ましょう。  IT業界の覇者であるグーグルは、電子メー ルのサービスやグラウトを使ったデータースト レージーサービスを全世界に提供しており、 たった1社で100万台を超えるサーバーを管 理しているといわれています。  この数字は日本国内に存在するすべてのサー バーを足し合わせた台数の3分の1に達します。 グーグルー社だけで、日本全体のITインフラ の3分の1の規模を占めているのです。  サーバーは機械ですから、一定確率で故障を 起こします。もし年間の故障確率を1%と仮定 した場合、グーグルが保有するサーバーのうち 1万台が毎年故障する計算になります。グーグ ルの社内では毎日毎日、30台近くのサーバーが 故障しているわけです。  利用者にとって、電子メールや検索エンジン といったサービスが停止することは大変なこと です。しかし、1日30台ずつ毎日故障するとい う状況を放置していては、これらのサービスを スムーズに提供することはできません。  こうした事態に対して、グーグルはどのよう に対応しているのでしょうか。ここで問われて くるのがIT的なセンスなのです。    壊れないものを作るより、    故障発生に対処する  多くの人は、サーバーの信頼性を上げて、壊 れにくいようにすればよいと考えるでしょう。 しかし、こうした発想法ではなかなかお金持ち にはなれません。確かに、サーバーの信頼性を 上げれば、故障は少なくなりますが、故障をゼ ロにすることはできません。また、すでにそれ なりの品質になっている製品の精度を向上させ るためには膨大なコストがかかってしまいます。  グーグルは、これとはまったく正反対のアプ ローチを採用して問題に対処しています。基本 的にサーバーは壊れてしまうものとしてシステ ムを設計したのです。  同社のデータセンターでは、サーバーが壊れ る兆候を事前にシステムが検知し、実際に壊れ る前に、内部のデータを別のサーバーに自動的 に移動させてしまいます。壊れてしまうものは 無理に対処せず、問題が発生する前に、対応し てしまうのです。私たちがグーグルに預けてい るデータは、常にあちこち移動しており、同じ 場所にはとどまっていません。  こうしたやり方に対しては、不安を覚えるか もしれませんが、現実に同社はこうしたやり方 で品質を担保しています。ITというものはな かなか捉えどころのないものなのですが、こう したことが、容易にできてしまうところがIT の本質的な意味ということになります。  今、話題のビットコインも同じ発想法の延長 線上にあります。紙に印刷された紙幣ではあり ませんから、一部の人はこれをいかがわしいも のと考えてしまいます。しかしビットコインに は、通貨としての価値を維持するための仕掛け が多数施されており、十分に通貨としての価値 を担保できる能力を持っています。  ビットコインが本当に通貨として流通するの かはまだ分かりませんが、こうしたIT的な モノに対する過度な不安や拒絶反応をなくすこ とは、ビジネスチャンスを得るという点で重要 な意味があります。    ITに慣れ親しんでいない    とお金と縁のある生活から    遠ざかる  先ほど筆者は、スマホの操作が得意なことや プログラミングができることと、ITのセンス は関係ないと説明しました。確かにその通りで すが、ITというのはツールですから、ある程 度使いこなすことで、その本質を理解できると いう側面も否定できません。その意味では少し 気になる数字があります。日本はパソコンの普 及率が先進国としては極めて低く、いまだにI Tを活用できていない人が多いのです。  少し意外な印象を持つかもしれませんが、実 はパソコンの普及率に関するまとまった統計 データというものは存在していません。そこで 筆者は、パソコンの年間販売台数や平均的な利 用年月、人口などから概算でパソコンの普及率 を計算してみました。  すると米国は1人あたり1台のパソコンが普 及しているのに対して、日本は1人あたりO・ 5台しかパソコンが普及していません。英国は 1人あたりO・8台、フランスも1人あたり O・7台ですから、米国ほどではないにせよ、 日本よりははるかにパソコンが普及しているこ とが分かります。  つまり日本は欧米各国と比べるとパソコンが 普及しておらず、手作業に頼らざるを得ない状 況となっているのです。  ITが使いこなせないのは高齢者とイメージ してしまいますが、そうではありません。10代 の若者についても、欧米に比べて極端にパソコ ンの保有率が低いという統計データが存在しま す。  今後は社会全体で人工知能(AI)化か急速 に進んでくることが予想されます。それに伴っ てビジネスのIT化か進展することはあっても 後退することはないでしょう。お金と縁のある 生活を送りたければ、ITに関する知見は絶対 に身につけておくべきです。 お金持ちの人は、物事を シンプルに合理的に考え る ITに関するセンスがあると、一見無関係に 思えるような出来事も、深く関連づけて考える ことができるようになります。そのよい例が 「ベーシックーインカム」でしょう。この制度 についてどのような印象を持つのかによって、 お金やITに対するセンスが分かります。  このところ欧州を中心に、年金など各種の社 会保障を廃止する代わりに、すべての国民に一 定金額の支給を無条件で行うベーシックーイン カム制度への関心が高まっています。フィンラ ンドやオランダでは、一部の国民を対象に実験 的運用が行われるほか、スイスでは否決された ものの、ベーシックーインカムに対する国民投 票が行われました。    お金持ちや成功者ほどベー    シックーインカム制度に賛    成  ベーシックーインカム制度のポイントは、無 条件で全国民が対象になるという部分です。豊 かなのか、貧乏なのか、働いているのか、遊ん でいるのかなどに関わらず、無条件で給付を受 けることができます。その代わり、既存の福祉 はすべてカットされ、その範囲の中で、すべて 自己責任で人生設計をしなければなりません。  この制度に対する一般的な反応は否定的です。 しかし、不思議なことにお金持ちの人ほど、こ の制度に対して肯定的なことが多いのです。  ベーシックーインカムは、努力した人もしな い人も、同じようにお金がもらえてしまうので、 乱暴に言ってしまえば、怠け者ほど得をする仕 組みといえます。経済的に成功した大には努力 宗が多いですから、この制度には賛成しないよ うに思えますが、実際にはまったく逆のようで す。  成功者ほど、この制度に対して賛成している 大が多く、経済的にはそれほど成功していない 人の方が、この制度に対して嫌悪感を示してい ます。これはどのようなメカニズムなのでしよ   成功する人は自分と、成果   を上げられない人は他人と   比較する  おそらく成功した人は、基本的に自分が上昇 することに全力を傾ける傾向が強く、ラクして 少額のお金をもらえる大には興味がなく、特別 な感情を抱かないものと考えられます。  一方、目立った成果を上げられない人の多く は、他人との比較に血道を上げてしまいます。 このため、少額であったとしても、あまり努力 をせずにお金をもらえる大を見ると、許せなく なってしまうのかもしれません。  これに加えて、お金持ちの大は、物事をでき るだけシンプルに、そして合理的に考える傾向 が強いという特徴があります。最低限の給付を 全員に行い、その範囲でうまくやれなかった人 については基本的に面倒を見ないという考え方 は、実際にそれを導入するのかは別問題として、 社会のルールとしてはとてもシンプルです。面 倒なことがなくスッキリしていてよいと考えて いる可能性は高いでしょう。  ベーシックーインカムが日本にも導入できる のかについては、財政上、なかなか難しいとい うのが現実です。すべての福祉を廃正し、高い 税率の消費税を導入しないと財源を確保できな いでしょう。ただ、財政的に難しいからといっ て、この制度を荒唐無稽とは切り捨てない方が よいと筆者は考えます。  なぜなら、今後さらに進展するIT化の波に よって、労働に対する考え方が180度変化す る可能性があり、そうなった場合、ベーシッ クーインカムは、あながち非現実的な制度では なくなっている可能性があるからです。    人は今ほど仕事をしなくて    も済むようになる冫・  最近、経済学の分野では、シェアリングーエ コノミーや人工知能などITがもたらす影響に ついて活発な議論が行われています。  人工知能やロボットが普及すると、今、存在 する仕事の何割かは確実に機械に置き換わって しまいます。  人工知能に関する調査研究ではオックス フォード大学のものが有名ですが、同研究では、 人工知能の普及によって仕事の半分が消滅する との推計を行っています。ここでは、人工知能 の普及に伴って新しく生まれる仕事については 考慮されていませんから、実際の影響はもう少 し緩やかなものかもしれません。しかし、これ まで人間の領域と思われていた仕事の一部がな くなるのは間違いないでしょう。  こうした状況は、ウーハーやAirbnbに 代表されるシェアリングーエコノミーの拡大に よってさらに加速する可能性があります。シェ アリングーエコノミーが普及すると、社会全体 で必要なリソースが大幅に減ってしまいます。 それに付随して、関連した仕事も消滅する可能 性が高くなってきます。  2016年3月に日本を訪問し、安倍首相と も会談を行ったジョセフーステイグリツツ教授 も、シェアリングーエコノミーの環境下では、 必要な設備投資額は縮小せざるを得ないとの見 解を示しています。  もし、こうしたITを使った技術がさらに普 及してきた場合、人は今ほど仕事をしなくても 済むようになるかもしれません。ただ逆にいえ ば、こうした状況は、一部の労働者にとって、 働きたくても仕事がないということを意味しま す。  しかし、社会全体では、ITの力によって人 が生きていくのに十分な富を生み出すことが可 能となります。これらの富を効率よく再分配す る機能として、ベーシックーインカムは有力な 選択肢となるかもしれないのです。  こうした社会の流れに対してはいろいろな意 見があるでしょう。しかし、IT的なセンス があれば、社会は徐々にこのような方向に向 かっていることを理解することができます。  お金持ちの人たちがベーシックーインカムに 対して肯定的な理由には、こうしたことも影響 しているのかもしれません。 COLUMN    検索エンジンの結果は正し    い冫・  ITに関する知見があると、普段何気なく 使っている検索エンジンの結果についても見方 が変わってくるかもしれません。  グーグルなどが提供している検索エンジンの アルゴリズムには、集合知の考え方が応用され ています。集合知の概念では、多くの人からリ ンクを集めているサイトには、正しいことが記 載されている可能性が高いという仮説から、相 互リンクの数が多いサイトの表示順位が上がる 仕組みになっています(もちろん、それだけで 優先順位を決めているわけでありません が……)。  集合知の理論は、社会において意見の多様性 が確保されている時にうまく機能するという特 徴があります。逆にいうと、意見の多様性が確 保されていない社会では集合知はうまく機能し ません。  日本は米国などと比べると意見の多様性が確 保されていないため、検索エンジンの検索結果 にはかなりの偏りが見られます。  日本において検索エンジンを利用する場合に は、客観性のある情報源としてではなく、人々 の願望が反映されたものと割り切って使った方 がよいでしょう。逆にいえば、皆が何を望んで いるのかを知るためには最適なツールというこ とになります。 第5章 お金を得るためには感情をコ ントロールする 利益を最大化するには効 率性と有効性のバランス をとる お金儲けと教養は正反対の存在というイメー ジがあります。小難しい話を暗記したり、本を 読んでいるだけのことを教養というのなら、確 かにそうかもしれません。しかし筆者は、ただ 知識を増やすことを教養とはみなしていません。  筆者は教養について、「物事の本質を見極め るための総合的な知識や考え方が、人格や行動 に結びついたもの」と定義しました。ここで重 要なのは、「総合的な知識や考え方」が、「人格 や行動に結びついている」ことです。幅広い知 識が白身の言動に有機的に結びついて初めて教 養に変わるわけです。  したがって、しっかりとした教養を身につけ ていれば、それは白身の行動に反映されるはず であり、長い目で見れば、白身に大きな富をも たらしてくれます。教養というものは決して書 斎の中だけの話ではないのです。    効率性は本当に大事なこと    なのか  教養というものを身につけていると、よく陥 りがちな、知識の罠から自由になることができ ます。  ひとつの例をあげてみましよう。  多くの人が、ビジネスや投資をする上で効率 的であることが大事だと考えています。多少、 頭のよい人であれば、ビジネス書などをあれこ れと読破し、効率的に仕事をするにはどうした らよいのかについて、多くの知識を身につけて いるかもしれません。  もちろん仕事をする上で効率性を追求するこ とは大事なことです。しかし、頭のよい人ほど、 効率性の追求が大事であるという話について、 何の疑問も抱かずに受け入れてしまいがちです。 せっかく優秀な頭脳を持っているにもかかわら ず、これは非常にもったいないことです。  効率性について、もう少し幅広い教養を身に つけていれば、その人の能力は飛躍的に高まる 可能性があるのです。  効率性という概念は、実は単体で存在してい るものではありません。厳密にいうと、当初は 単体として存在していましたが、必ずしもそう ではないことが、後から分かってきたというの がより正確な解釈でしょうか。    効率性より有効性が求めら    れてきている  こうした話は、経営学の発展形態を見るとよ く分かります。  当初、経営学は工場など生産現場における生 産性を最大限にするというニーズを背景に発達 してきました。経営学を少しかじったことがあ る人なら、テイラーの管理手法といったキー ワードを覚えているかと思います。ここでは詳 細には触れませんが、要するに、時間や動作な どを徹底的に管理し、効率よく作業することが できれば、利益を最大化できるという概念です。  この概念は当然、今の時代でも有効であり、 先ほど例にあげたように、効率性を重視するビ ジネスパーソンはたくさんいます。また彼等は 総じて仕事がデキるというのも事実でしょう。  しかし、経営学のターゲットがもっと広い範 囲に及び、企業の経営全体をカバーするように なってくると、効率性ばかりが重要とはいえな くなってきました。そこで出てきたのが有効性 という概念です。  有効性は、製品やサービスが市場で求められ ているニーズとどれだけマッチしているのかを 示す概念です。いくら効率的に仕事を進めるこ とができ、同じ時間でより大量の製品やサービ スを作り出すことができても、それを買う顧客 がいなければビジネスにはなりません。効率性 という概念は、製品やサービス、あるいは作業 の成果物をすべて買ってくれる相手がいて初め て効果を発揮するのです。  効率性はどちらかというと供給側、有効性は 需要側に立った見方ということになります。十 分な需要が存在しないところでは、いくら効率 性を追求してもムダになります。その労力は需 要を開拓する方に振り向けるべきなのです。  しかし、効率性というキーワードをまじめに 受け入れてしまった人ほど、それを絶対視して しまい、相対的に物事を考えられなくなってし まいます。    限定的な場合は効率性を重    視する  こうした事態は歴史が証明しています。  かつて米国の自動車メーカーであるフォード は、徹底的に効率化を進め、世界トップの業績 を上げていました。これに対して、ライバル社 のGM(ゼネラルモーターズ)はあまり経営効 率がよくありませんでした。  しかし、フォードは効率性をあまりにも追求 しすぎてしまったことから、自らその罠には まってしまいます。  GMは顧客の好みに合わせて多くの車種を用 意し、モデルチェンジを繰り返す戦略を採用。 これが市場のニーズにピッタリとマッチし、生 産性ではフォードに追いつかなかったものの、 フォードを抜いて、最大の自動車メーカーに成 長しました。一方フォードは効率性こそトップ のままでしたが、顧客をGMに奪われ、ナン バーーの座をGMに譲ってしまったのです。  つまり効率性と有効性は時に対立する概念で あり、利益を最大化するためには、両者のバラ ンスをうまくとっていく必要があるのです。 ニーズが多様化している時には、ニーズを捉え ることに注力することが大事ですし、逆に求め られていることが非常に限定的で確実なニーズ が存在する時は、効率を重視した方がよいで しょう。  こうしたバランス感覚こそがお金の教養であ り、これが身についている人にこそ富は近づい てきます。 将来のために、今ガマン する人はお金持ちになら ない 先はどのような効率を絶対視するヶIスでは、 多くの場合、思い込みや思考停止が主な原因と なっています。将来のために、今どのくらいガ マンすべきかという話も同じような種類のもの です。  一般的に、将来のために、今、ガマンをする ことは重要だとされています。特に囗本の場合、 小さい頃から、将来のために、今、ガマンしな さいと繰り返し教育されてきたはずです。  確かに後先考えずに散財したり、将来に向け た努力を放棄するというのは愚かな行為でしょ う。しかし、今、ガマンするという行為も、行 きすぎてしまうと、同じ結果になってしまいか ねません。学校教育に忠実たった人ほど陥りや すい罠なので、注意が必要です。  将来のため、今、ガマンをしてゴツゴツと努 力することにはメリットもありますが、デメ リットもあります。一方、あまり将来のことを 考えず、流れに身を任せるという考え方にもメ リットとデメリットがあります。人生をうまく コントロールするためには、状況に応じて両方 の考え方をうまくバランスさせなければなりま せん。    ガマンする人は変化という    リスクに対応できない  今ガマンすべきという画一的な教育のよくな い点は、この考え方のベースになっている前提 条件が脆弱なことです。  あらかじめルールが決められていて、その ルールさえ守っていれば、一定の報酬が保証さ れるという環境においては、その切符を手にす るまで、ガマンを重ねることには意味がありま す。  しかしながら、この価値観の最大の落とし穴 は、ルールが変化しないことが、無意識的に大 前提になっていることです。与えられた環境が 何らかの理由で、途中で消滅してしまうという 可能性が考慮されていないのです。  世の中では常にイノベーションが起こってお り、同じ経済環境や社会環境がずっと続くとい う保証はありません。大きな変化はそうそう起 こりませんが、それでも、常に変化が発生する ことを前提にしておく必要があります。  ガマンする教育に慣れきってしまっている人 は、無意識的に、同じ環境が続くことを前提に してしまう傾向が顕著です。しかも、本人がそ れを意識していませんから、ますますやっかい です。  一般的に、世の中はだいたい10年くらいのス パンで大きな流れが変化します。長期の金利が 10年より先では大きく変化しないのは、20年先、 30年先を予想することは、現実的に不可能だか らです。つまり数字はこうした状況をすべて説 明しているわけです。  今すべき努力は、10年先にやってくる新しい 時代に備えるためのものであって、将来にわ たってずっとラクをするためのものではありま せん。今、ガマンすることばかりにとらわれて いる人は、一見、慎重で冷静に見えますが、変 化というリスクを過小評価し、後先を考えてい ないとみなすこともできるのです。  人は、感情に左右されてしまう動物ですから、 どうしても直感や思い込みで行動してしまいま す。こうしたバイアスから自由になるための ツールが数字であり、数字を使うことで、自身 の行動を抑制できる可能性があります。    なぜ人は不利な金融商品を    買ってしまうのか  投資という世界になると、こうした感情のブ レがもたらす悪影響が大きくなってきますから、 数字を使うことの重要性がさらに高まってきま す。  投資の世界にはある絶対的な法則があります。  それは、大きな利益を得るためには、大きな リスクを取らなければならないというもので、 この法則は、どの金融工学や投資理論の教科書 にも書いてあります。また、どのような投資理 論を駆使したところで、この法則から逃れるこ とはできません。  しかし、現実の投資の世界では、この絶対的 な基本原則がことごとく無視されています。特 に、堅実で慎重なタイプの天に、理論を無視し た暴走が見られるのです。その理由は感情とい う魔力をコントロールできないからです。  投資をしている人から、「投資で大きく儲け たいけど、リスクは低く抑えたい」という話を 聞くことがあります。話し方が自然なので聞き 流してしまいそうですが、実は、この天はトン デモない発言をしています。神様でもない限り、 小さなリスクで大きく儲けることなど不可能だ からです。  厳しいようですが、そのようなことは絶対に 不可能ですし、そう思ってしまう人は、その段 階で、すでに感情のコントロールがきかなく なっています。  このように、儲けたいという気持ちとリスク を回避したいという気持ちの整理がつかない状 態で投資をしてしまうと、場合によっては、と てつもなく不利な金融商品を買わされる結果に なります。  金融商品の中には、複雑な仕組みになってい て、一見すると、リスクが低いように思えるも のもあります。  しかし、どんなに商品の仕組みを複雑にした ところで、リスクとリターンの関係は変わりま せん。利回りが高い商品であれば、その分、リ スクは高くなってしまいます。また複雑な商品 ほど手数料は割高になるのが普通です。  数字で感情のコントロールができないと、リ スクが低そうなイメージにつられて不利な商品 を購入してしまいがちです。こうした危険な商 品は、銀行など、お堅いイメージの場所でも 堂々と売られたりしていますから要注意です。 相関関係と因果関係を理 解できる人は圧倒的な実 績を上げられる 自分がどのように物事を捉え、考えているの かについて分析するというのは、極めて教養的 な態度といってよいでしょう。しかも、こうし た取り組みは、自身の経済活動にとっても極め て有効に作用します。  人は、世の中の様々な現象から何か起こって いるのかを判断し、ビジネスや投資のチャンス につなげていきます。人間関係の構築も同様で しょう。その際、自分にはどのような思考のク セがあるのかについて知っておくことは重要で す。  何かを分析する際、多くの人が混同しがちな のが、相関関係と因果関係の違いです。この違 いを知っておくだけで、頭の中はかなり整理さ れてくるはずです。    一部のデータから直感的に    判断してはいけない  相関関係というのは、2つの事象の間に何ら かの関係性があるという意味です。  例えば、お金持ちの人ほど喫煙率が低いとい う統計データがあったとします。もしこのデー 夕に誤りがなければ、お金を持っていることと、 喫煙には何らかの関係性が存在していることに なります。  しかし、このデータは、喫煙率が低いことと お金を持っていることに何らかの関係があるこ とを示しているだけで、それ以上のことは分か りません。相関関係というのは、あくまで両者 に関係があるという範囲にとどまっています。  ところが、一部の人はこうしたデータを見て、 直感的に、タバコを吸わなければ、お金持ちに なれると考えてしまいます。しかし、この段階 では、そう結論づけることは正しくありません。  タバコを吸わなかったからお金持ちになった のかは、このデータだけでは分かりませんし、 もしかすると、まったく逆で、お金を持つよう になった結果、健康に気を遣うようになって、 タバコを吸わなくなっだのかもしれません。さ らにいえば、まったくの偶然である可能性も否 定できないわけです。  ここで、タバコを吸わないUお金持ちになれ る、と考えてしまった人は、無意識のうちに、 因果関係があると考えてしまったことになりま す。   採用の現場では、因果関係   と相関関係を冷静に区別で   きていない  因果関係とは、相関関係からもう一歩進んで、 片方がプラスになると、もう片方もプラスにな るという、明確な方向性がある関係を指してい ます。本当は因果関係がないものについて、因 果関係があると勘違いしてしまうと、大きな判 断ミスにつなかつてしまいます。また、テーマ によっては冷静な思考ができなくなってしまう こともあるでしょう。学歴と仕事についての議 論は、その典型といってよいものです。  各種の調査によって、学歴と仕事をこなす能 力との間には、緩い相関が認められることが分 かっています。つまり、勉強ができる人を 100人集めたグループと、無作為に100人 集めたグループを比較すると、勉強ができるグ ループの方が、仕事ができる人の割合が高くな るということです。  このデータだけでは、学歴と仕事に明確な因 果関係があるかどうかまでは分かりません。勉 強ができたからといって仕事ができるとは限り ませんし、勉強をすれば仕事ができるようにな るという保証もないのです。  しかし人は、こうしたテーマについて、冷静 には受け止められません。  両者に緩い相関があるということしか分かっ ていないにもかかわらず、「勉強ができなくて も仕事ができる人はいっはいいる」「企業はや はり学歴で採用すべきだ」といった、極端な感 情論が出てくることになります。  実際、採用の現場では、必要以上に学歴不問 であることを強調するなど、意味不明な試みが 行われていることからしても、やはり、因果関 係と相関関係を冷静に区別できていない現状が 垣間見られます。  相関関係と因果関係の違いをしつかり理解し ていれば、学歴を偏重することも馬鹿げていま すし、一方で学歴を全否定することもやはり馬 鹿げた行為ということになるはずです。    思考のクセを理解して物事    に取り組む  お金に関する事柄では、成功体験の過大評価 に注意が必要でしょう。  世の中には特定の人物の成功体験を綴ったコ ンテンツがたくさんあります。成功者の体験は 非常に貴重な情報ですので、筆者もよく参考に していました。しかし、こうした情報に接する 際には注意が必要です。  人は、ある特定の人物に見られる因果関係を、 全体の相関関係と混同してしまうからです。あ る人物が、散財を繰り返した末、成功を勝ち取 り、それをコンテンツにしたと仮定します。  その人物にとっては、散財を繰り返したこと が結果的に富の形成につなかつているのかもし れませんが、その話は決して一般化できるもの ではありません。  もう少し身近な話では、自分の過去の成功体 験を部下に押し付ける上司がこれに相当するで しょう。自分のごく小さな成功体験が、全員に とって意味があると信じている上司はかなり多 いというのが現実です。  組織の現場では、因果関係と相関関係の区別 がつかないまま、因果関係があることを前提に して、あるいは因果関係があえてないことにし て物事を処理するケースがよく見られます。  こうした思考のクセというものを理解した上 で物事に取り組める人は、理解していない人に 比べて圧倒的に高い実績を残すことができるは ずです。 帰納法と演繹法でお金を 生み出す論理的思考力を 鍛える 人がどのように物事を考えるのかついて掘り 下げて理解するためには、思考回路そのものに 切り込む必要があります。人の論理的思考の中 心となっているのは、帰納法と演繹法という2 つの考え方です。  帰納法は、複数の出来事の結果から、共通す る因果関係を見つけ出し、一般的な法則を導き 出す方法です。  お金持ちの大を多数観察し、その多くに(I ドワークの傾向が見られた場合、(Iドワーク の人はお金持ちになりやすいという一般法則を 導き出すことができます。ここでは、タフに働 くことが、資産形成につながるという因果関係 が成立しているのではないかと推論しているこ とになります。これが典型的な帰納法による結 論の導き出し方です。  当然ですが、帰納法を実践する際には、先ほ ど解説した相関関係と因果関係の違いをしつか りと区別する必要があります。因果関係が明確 であることがある程度担保されないと、帰納法 はうまくいきません。  帰納法は多くの日本人にとって馴染みやすい 考え方のようで、市場分析などにおいて多用さ れています。「最近のビジネスマンには○○傾 向が見られる」という分析はほとんどが帰納法 を用いたものです。  帰納法においてもっとも注意が必要なのは、 取り上げるサンプルの数と質です。数が少なす ぎたり、偏ったものになっていると、そこから 導き出される結論もかなり怪しくなってきます。  帰納法のもうひとつの弱点は、物事の後追い となりやすいという点です。  帰納法によって何らかの結論が得られるとい うことは、すでにそれが世の中に浸透している ことの裏返しでもあります。すでに起こってい る出来事を一般化するだけですから、そこから、 斬新で画期的な結論が得られる可能性は低いと 考えた方がよいでしょう。  多くの市場分析レポートがつまらないのは、 帰納法によって結論を導き出しているからです。    将来予測に使える演繹法  大胆に将来を予測したいという場合には、帰 納法ではなく、演繹法と呼ばれる手法を用いた 方が効果的です。  演繹法は「AならばB」「BはCである」と いった論理をつなぎ合わせ、ひとつの結論を得 ていくというものです。演繹法のカギとなるの は、一般法則を論理の中にうまく適用させるこ とです。  例えば「人間は皆、死ぬ」という論理があり、 「私は人間である」という論理があったとしま しよう。ここで「人間は皆、死ぬ」という論理 が一般的に成立するものであれば、私は人間で すから、「私は必ず死ぬ」という結論を得られ ることになります。  同じように「支出にメリ「リをつける人はお 金持ちになれる」という論理と、「私は支出に メリ「リをつけている」という2つの論理が存 在したとします。もし、前者の論理が一般的に 成立するものであれば、「私」は支出にメリ( リをつけていますから、私はお金持ちになれる という結論を導き出すことが可能です。  演繹法の最大のメリットは、将来予測に使え るという点でしょう。ある事柄と普遍的な理論 の組み合わせを見つけることができれば、そこ から、意外な結果を推測することができるよう になります。    一般法則をうまく見つけ出    すことができると大成功す    る  以前、マクドナルドで新商品を企画するにあ たって、市場調査が行われました。調査は何度 も実施されましたが、そのたびに、顧客はヘル シーな食事を求めているという結論が得られま した。顧客にアンケート調査を行い、どんな商 品を食べたいかと複数の選択肢から選ばせると、 多くがヘルシーな食事と回答していたからです。 帰納法的に考えれば、顧客はヘルシーな料理を 求めているので、それに沿ったメニューを開発 すればよいということになります。  しかし、その結果に納得しなかったマクドナ ルドは、あえて別の商品を投入しました。それ がメガマックです。  4枚の(ンバーグが入っだ巨大な商品は、ヘ ルシーとはほど遠い、(ンバーガーの不健康さ を前面に出した商品ですが、これが爆発的な ヒットとなりました。  メガマックを考案した人は、ヘルシーブーム といっても、多くの人はそれに飽きてきている、 という一般法則をうまく見つけ出すことができ たのです。どうせマックに行くなら不健康なも のを目一杯食べた方がスッキリするだろうとい う論理から、不健康さを強調した商品にはニー ズがあるという結論に至ったわけです。これは 演繹法的な発想といってよいでしょう。  演繹法を実践する場合には、適用する一般法 則が本当に正しいのか吟味することが大事です。 ここを間違ってしまうと、場合によってはとん でもない結論を導き出してしまいます。  現実のビジネスや投資において適切な意思決 定を行うには、帰納法と演繹法をうまく組み合 わせることが重要となります。実際、帰納法と 演繹法は相互に影響し合う関係といってよいも のです。  帰納法を使って一般法則をうまく見つけ出し、 その一般法則を演繹法に当てはめ大胆な結論を 導き出します。こうしたサイクルがうまく回り 始めると、人は、より高い成果を継続的に上げ ることができるようになるでしょう。  正しいことと得すること  は両立しないのか?  これまで解説してきたような思考法のベース になっているのは、論理的な思考回路です。論 理的に物事を理解できるかどうかは、お金持ち になれるかどうかの大きな分かれ目となります。  論理的な思考が身についていると、物事の是 非や損得についてしっかりと整理できるように なるでしょう。  正しいことと、自分の利益になることが一致 するとは限りません。正しいことをしようと思 うとあまり儲からず、儲かることは、自分に とって正しくないことだったりします。両者が うまく合致しないので、多くの人が苦労してい るともいえます。  しかし、常に正しいことと儲かることが対立 しているわけではありません。対立しているよ うに見える話も、実は物事の是非と損得が明確 に区別できていないだけというヶIスも多いの です。    お金持ちになるためには論    理的思考を身につけよ  論理的な思考がしっかり身についていないと、 正しいことと、得することを無理に結びつけて しまったり、逆に、正しいことと得することは 両立しないと強引に解釈してしまう可能性もあ ります。お金持ちになるためには、このあたり の区別をしっかりつけることが重要です。  物事の是非と損得には、以下の4つの組み合 わせがあります。  @正しいことであり自分が得すること  A正しいことだが自分が損すること  B間違っているが自分が得すること  半間違っていて自分も損すること  ビジネスや投資、人間関係というものは、@ であることが望ましいのですが、必ずしもそう なるとは限りません。場合によってはBを選ぶ こともあるでしょうし、Aを選択せざるを得な いこともあるでしょう。  しかし、どの選択肢を選ぶのかという話の前 に、この組み合わせについて、きちんと理解で きていない人が多いというのが現実なのです。    物事の是非と損得を区別す    る  ひとつの例をあげてみましよう。  政治の世界において、抵抗勢力と呼ばれる人 たちがいます。これまで大きな利権を持ってい たものの、規制緩和などでその利権を失う可能 性が出てきたことで、これに激しく反対してい る人たちのことを指す言葉です。  抵抗勢力と呼ばれる人たちの中には、これま で自分たちがしてきたことはBであったと明確 に認識しており、あくまでゲームとして、どれ だけその利権を維持できるかについて交渉する 人もいます。そういったスタンスがいいか悪い かは別にして、このタイプの人は、論理的な一 貫性は保たれています。  一方で、そうではなく、自分たちがしてきた ことは心の底から正しいと考えている人もいま す。つまり彼等は@であると頑なに信じている わけで、彼等の中では、正しいことと得するこ とが一致しています。  会社のある部門がなくなる時の状況を思い浮 かべてみれば、この話はより身近に感じられる かもしれません。  全社的な観点からすれば、利益を上げていな い部署は廃正し、儲かっている部署に大を異動 する方が合理的です。しかし、消滅してしまう 部署の大にとっては、そうも言っていられませ んから、一部の大は統廃合に強行に反対するこ とになります。  ただ、同じ部署の統廃合に反対するにしても、 確信犯的にBを選択する大と、心底から@だと 思い込んでいる人の2つに分かれることになり ます。  こうした区別ができるかは、非常に重要です。    とんでもない決断をしてし    まうケースとは冫・  @の環境でお金儲けができれば理想的ですが、 世の中はそう甘いものではありません。@の環 境が構築できるヶIスはそれほど多くはありま せんから、たいていの場合、Bとの間で綱引き となります。  その時に、「これは間違っているかもしれな いが、自分には得になる」、あるいは「正しい ことだが自分が損をする」と明確に理解するこ とができなければ、結果的にとんでもない決断 を下してしまう可能性があります。  正しくないと思っても自分に得なので実行す るという行為は、一見よくないことのように思 えますが必ずしもそうではありません。  正しくないことだと明確に意識していれば、 どこまでなら妥協できるのか、越えてはいけな い一線をどこに設定するのか、明確に自分で理 解できるからです。これは一種の安全運転と いってもよい考え方であり、本当の意味で道徳 が問われる行為であるともいえます。  一方、無条件に自分のやっていることは正し いと信じている人は危険です。会社の不正会計 などで逮捕されてしまうような人はこのパター ンに相当します。会社のためと思ってやったこ とが、結局、犯罪にまでなってしまったわけで すが、このような行為に走ってしまう人は、善 悪の問題について本気で悩んだ経験がなかった のかもしれません。  特に前近代的なコミュニティでは、物事の是 非と自己の利益が一致するよう強要されること が多いですから、注意する必要があるでしょう。  お金の教養がある人は投  資信託を買わない  論理的な思考回路やこれを応用した思考法が 身についていると、多くの人が思い悩むことに ついても、スムーズに結論を下すことができま す。  投資の世界を例に考えてみましよう。  多くの人が、投資を始めるにあたって、投資 信託など、プロが運用するファンドを買うべき か悩むことになります。しかし、お金持ちの教 養が身についている人であれば、結論はすぐに 導き出せるはずです。どうしても、投資信託で なければ投資できないという投資対象を除いて は、購入するメリットは少ないという判斷にな る可能性が高いからです。  主な理由は2つです。  ひとつは運用会社に支払うコストがバカにな らないこと。もうひとつは、プロの運用者だか らといって好成績を上げられる保証はないこと です。  多くの人があまり認識していませんが、プロ に運用を託すとかなりのコストがかかります。 投資信託の運用手数料が2%だとすると、毎年 のリターンからこの数字を差し引かなければな りません。  株式の平均的なリターンは年6%程度ですか ら、2%を差し引くと、最終的には4%になっ てしまいます。パーセントで書くとあまりイン パクトがないのですが、要するに、利益の3分 の1が手数料として抜かれてしまうのです。こ れは、あまりにも大きい数字です。短期ならま だしも、5年、10年といった長期の場合、手数 料だけでもかなりの金額に膨れ上かつてしまい ます。  こうした現実は、多くのマネー本などに書い てありますが、なぜか、あまり普及していませ ん。   すべてのファンドマネー   ジャーが「プロ」とは隕ら   ない  運用を託す相手の能力についても同様です。  投資信託を買う一般の投資家は、ファンドマ ネージャーがどのような人か知りません。特に 囗本の金融機関の場合、ローテーション人事が 一般的ですから、必ずしも卓越した人物がファ ンドマネージャーになるとは限りません。場合 によっては、プロとは呼べないような人が運用 している可能性もあるのです。  仮に、過去の運用成績が開示されていたとし ても、過去の実績はあくまで過去の実績に過ぎ ません。今後のパフォーマンスを保証してくれ るわけではないのです。  ここで一般の投資家は、いろいろと悩むこと になります。しかし論理的な思考回路があれば、 得られる結論はそれほど難しいものではありま せん。  投資信託ではなく、直接株式に投資をする ケースを考えてみましよう。多くの人は、投資 する会社がどんな会社で、過去、どんな経営を してきたのかについてチェックするはずです。 そうであるならば、投資信託やファンドマネー ジャーも企業と同様、過去の経歴などを徹底的 に調べたいと思うはずです。  しかし、現実にはそれができない環境にあり、 その状態で購入を決断しなければなりません。 直接株式に投資をするケースと投資信託に投資 するケースを比較すれば、投資信託を購入する 方が、不確実性が高く難しいと言わざるを得ま せん。    とりあえずプロに任せるで    はお金持ちにはなれない  それでも、投資はよく分からないのでプロに 預けた方が安心という考え方も成立するでしょ う。それはそれで構わないのですが、それを決 断できる人は、以下の話について少し考えてみ てください。  投資について、あなたが次のように聞かれた らどう答えるでしょうか。  「勉強ができただけの友人に自分の全財産を預 けることができますか?」  この問いに対する答は、ほとんどの人がノー になるのではないかと思います。しかし、現実 にはこれと同じことが日常的に行われています。  金融機関にはそれなりの学歴がないと入社で きませんから、投資信託のファンドマネー ジャーは、学業成績が比較的優秀たったことは 間違いないでしょう。しかし、その人が、相場 に強い人なのかはまったくの別問題です。しか も、投資信託を購入する側の個人投資家はそれ を評価する手段を持ち合わせていないのです。  ちなみに著名投資家であるウォーレンーバ フェット氏は、最初から今のような巨大ファン ドを運営していたわけではありません。当初は 小規模なファンドとして事業をスタートさせま したが、彼の投資成績を聞きつけた知人が、お 金を託すようになり、それが、彼のファンドを 大きくしていくきっかけとなったのです。  バフェット氏はコロンビア大学のビジネスス クール出身ですから、勉強ができたエリートと いうことになりますが、それだけでなく、実際 に相場を張って高い利益を上げてきました。バ フェット氏にお金を託した知人は、彼のその実 績を買ったわけです。  投資信託を購入した人は、もし身近に、若き バフェット氏のように投資でめざましい利益を 上げている人がいた場合、投資信託を解約して、 その人にお金を預けるでしょうか。高学歴でか つ相場に強い人ですから、投資信託よりも何倍 も魅力的なはずです。しかし、ほとんどの人は そのような行動を取らないでしょう。  少し厳しい言い方をしましたが、筆者は何も 投資信託を全否定したいわけではありません。  しかし、投資信託を購入するという小さなこ とであっても、投資家として決断を下す以上は、 論理的な一貫性が必要だということを主張した いのです。投資は難しそうなのでとりあえずプ ロに、という考え方なら、それはあまりにも安 易な発想と言わざるを得ません。 COLUMN    哲学的思考をお金に変えた    人  人間の思考というものを徹底的に考え抜き、 それをお金に変えた代表的な人物といえば、著 名投資家のジョージーソロス氏でしょう。  ソロス氏は若い頃、哲学者を志望していまし た。本章でも触れた帰納法や演繹法など人間の 思考について強い関心を持ち、どのような思考 こそが真に科学的なのか悩み抜きました。哲学 者になるという夢は結局、実現できませんでし たが、一連の深い思索で得た知見は、やがて投 資理論という形で結実していきます。  ソロス氏は、帰納法は不完全であるとして、 徹底的に演繹法で物事を考えました。しかし、 ソロス氏は人間の感情という力べにぶちあたり ます。つまり、ある理論を用いて状況を判断し ても、人間はその判断結果から再び影響を受け てしまい、安定状態には達しません。ソロス氏 は、市場の認識は常に間違うものであり、投資 はそれを前提に行う必要があるという結論に達 します(再帰性理論)。  ソロス氏の理論によれば、バブルとは人の心 理が生み出すものであり、それ以上でもそれ以 下でもないということになります。それをうま く利用できた人だけが利益を得られるという仕 組みです。 第6章 お金に対する教養は生き方に 現れる お金は天下の回り物、お 金持ちはお金を持つてい ない お金は天下の回り物という言葉がありますが、 この言葉ほど、お金について核心を突いたもの はないでしょう。  もつとも筆者は、世の中は浮き沈みが激しい ので、資産家が持つ富は永遠ではないというこ とを言いたいわけでも、お金はみんなのものだ ということを言いたいわけでもありません。  これは資産家が保有する資産という狭い範囲 に限定しても成り立つ言葉なのです。どういう ことかというと、お金持ちであればあるほど、 キャッシュを持っていることが少ないからです。  お金持ちの人は、たくさんお金を持っている と思われています。確かにお金持ちの人は多く の富を持っているのですが、その中身はキャッ シュではありません。株式や債券、不動産など の形態になっており、現預金ではないのです。  したがって、書類上はとてつもなく大きな資 産を持っている人でも、それほど多くの現金を すぐに用意できるとは限りません。    お金持ちほどお金を持って    1.Vな1.V  本書ではすでに何度も指摘してきましたが、 お金持ちにとってフローよりもストックの方が ずっと重要です。ストックを運用することで、 不労所得というフローを得ているわけです。潤 沢なフローを得るためには、ストックの中身は 収益資産でなければなりません。ただの現金で は何の富も生み出さないからです。  資産というのは、株式や債券、不動産などに 形を変えることによって、初めて配当や利子、 家賃といったフローを生み出してくれます。こ うした資産が生み出す収益について敏感な人ほ ど、資産を現金で遊ばせたりしていません。お 金持ちほどお金を持っていないといったのはそ ういった意味です。  お金持ちの人が、こうした収益資産を購入し た場合、相手には現金が支払われます。お金持 ちの人が保有していた現金は、このような形で 世の中に出回ることになり、その代わりとして、 お金持ちの人は収益資産を手にすることができ ます。現金はすべて相手に支払い済みですから、 お金は個人の手元を離れ、市場に流通すること になります。お金は天下の回り物という話は、 実は本当たったわけです。    資産家はお金にお金を稼が    せる  経済学の世界でも同じことを説明しています。  閉じた経済圏では、家計の貯蓄は投資と等し くなります。家計にある現金は、銀行経由の融 資や社債、株式といった形で企業の手元に渡り、 設備投資などに使われることになります。企業 は投資から得た利益で、借りたお金を返済しま す。  書類上、お金はあっても、実際の現金は市場 に出回っており、資産家の金庫には入っていま せん。経済全体で考えれば、家計が貯蓄した分 は、すべて設備投資などに回されているわけで す。  資産家はこのようにしてお金にお金を稼がせ ます。  現金を遊ばせていると、その分だけ、機会損 失になるということを彼等はよく理解していま すから、手元にはできるだけ現金を置かず、収 益資産に変えることでフローを確保しようとす るのです。  収益資産を購入するには、現金をたくさん相 手に渡すことになりますから、結果的にこのよ うな資産家は、自らのお金を気前よく循環させ ていることになるわけです。  また、こうした投資によって稼いだフローは、 税金を差し引いた後であれば、躊躇なく消費で きるお金ですから、資産家はさらに多くのお金 を市中に循環させることになるでしょう。  お金は天下の回り物、お金持ちは気前よくお 金を払う、お金持ちはお金を持っていない、と いったこれらの言葉は皆、実は、ひとつにつな かつていることが分かります。  お金持ちの大はケチケチせず、使うべきとこ ろには使うという話や、お金持ちの人の支出に はメリ(リがあるといった話は、日々のお金の 使い方を指しているとは限りません。もう少し 大きい範疇で捉えるべきでしょう。  金額が大きく、まとまつ  ているほど有利になる  同じお金でもまとまったお金とそうでないお 金とでは、その意味がまるで違ってきます。ま とまったお金から得られる効果は絶大なもので あり、あらゆる局面で決定的な違いとなって表 面化してくることになります。  ある賃貸マンションに月5万円の家賃で住ん でいたと仮定しましよう。このくらいの家賃が 取れる物件は、だいたい1000万円台前半で 購入することができます。場所によってはもっ と安いかもしれません。  このマンションに長く住み続ければ、結局の ところ、購入するのと同じ金額を支払っている ことになります。一方、1000万円を即金で 支払ってこのマンションを購入した場合、賃貸 で住んだ人が長年かけて支払うお金を一瞬で動 かすことになり、テナントからは、逆に月5万 円ずつお金を受け取ることになります。  結局のところ、ただマンションを借りる人よ りも、投資した人は2倍のお金を動かしている わけです。    金額が小さく、緇切れにな    るほど不利  両者の違いはあまりにも大きすぎます。  たかが5万円の賃料でも、これを借りるとな ると、不動産会社からは、やれ収入証明を見せ ろ、敷金を払えと、上から目線で命令されるこ とになります。あれこれ命令してくる不動産会 社の背後にはマンションの所有者が存在してい ます。  その所有者はやはり不動産会社からマンショ ンを買っているわけですが、マンションを借り る人とは状況が大違いです。  投資用にマンションを購入したいと不動産会 社を訪ねれば、営業マンはそれこそ、クルマを 出して物件を案内し、VIP待遇で説明してく れるでしょう。買う方はエラそうに後部座席の シートにふんぞり返っていればよいわけです。  小さなお金を細々と使う人と、大きなお金を まとまって動かす人との間には、これはどの差 が生じるのです。基本的にお金というものは、 金額が大きければ大きいほど、まとまっていれ ばまとまっているほど有利になり、逆に、金額 が小さく、細切れになるほど不利で割高になり ます。  まとまったお金があると、ビジネスの交渉も 非常に有利になります。  大企業はふんだんに資金を持っていますが、 中小企業や個人事業主はたいていの場合、資金 繰りに苦しんでいます。筆者も経験上、仕事を 依頼した人から、お金を早く払ってもらえない かと相談を受けたことは何度もあります。  囗本のように、市場が硬直化し、元請け、下 請けといった序列が固定化している市場では、 保有している資金量は利益に直結してしまいま す。  大企業から仕事をもらう下請け企業は、とに かく早くお金が欲しい状況ですから、立場がか なり不利になってしまいます。大企業の中には、 支払う金額を大幅に値引きする代わりに、支払 いタイミングを早くするという条件を付けると ころも少なくありません。  かなりえげつないことですが、日本では、多 くの大企業が、こうした行為を日常的に、そし てかなり露骨に行っています。    まとまったお金を作るため    に全力を尽くせ  筆者は以前、ある大企業から仕事の依頼を受 けた際、支払いサイクルが10ヵ月と聞いて即座 に斷っだことがあります。仕事の依頼を斷る相 手などいなかったのでしょう。その大企業の担 当者は、筆者を不思議そうな顔で眺めていまし た。  幸い筆者は、仕事を選べる立場にあったので 何の問題もありませんでしたが、お金に窮して いれば、この仕事を受けたかもしれません。し かし、こうした条件でひとたび仕事を受けてし まうと、相手に足元を見られ、さらに取引条件 が悪くなってしまいます。利益率が減ると最終 的に手元に残るお金も減り、さらに資金繰りが 苦しくなるという悪循環です。  仕事を出すにせよ受けるにせよ、手元に余裕 資金があるとそれだけで交渉が有利になります。 お金はまとまっていると、価値が何倍にも拡大 するのです。  お金は天下の回り物であることや、お金はま とまっていると、とてつもなく有利になること などを総合すると、おぼろげながらお金との基 本的な付き合い方が見えてきます。まずは、ま とまったお金を作るために全力を尽くすことが 重要ということになるでしょう。    収益資産は換金性を高くし    ておく  貯金というのは、貯金そのものを目的とする のではなく、まとまったお金を作るための手段 と考えるべきです。あまり稼げていない状況で したら、徹底的に節約するしか方法はありませ ん。貯金と同様、節約もそれ自体が目的であっ てはいけないのです。  ある程度まとまった資金ができたら、今度は それを収益資産に変える必要があります。これ ができないと、資産が持続的に増えていくとい う仕組みを構築することはできません。  ここで注意しなければいけないのは、資産の 流動性です。  お金はまとまっていることに意味があると説 明しましたが、同じ収益資産でも、換金性が低 い状態では、まとまっている効果が半減してし まいます。必要な時にすぐに別の資産にシフト したり、現金に換えられるような資産にしてお くことが重要です。  最終的には、これらのバランスをどう取りな がら、資産を効率よく拡大していけるのかとい う勝負になるわけです。  お金持ちになれる趣味の  持ち方とは?  お金と上手に付き合うためには、資産拡大の プロセスと自身のキャリアをうまく合致させる 必要があります。  ビジネスや投資で成功する人の多くは、お金 を稼ぐためだけにその仕事をしているわけでは ありません。ビジネスや投資の拡大自体が人生 の喜びになっているのです。そうなってくると、 お金持ちを目指す大にとっては、趣味というも のの捉え方についても考え直す必要が出てくる かもしれません。  世の中には、よい趣味の持ち方といった話が あります。  いい趣味を持って、オンとオフをしっかり切 り替えることができれば、人生はうまくいくと いったニュアンスで語られることが多いようで す。しかしながら、現実にお金持ちを目指す場 合、この話は成立しないことがほとんどです。  同じ趣味といっても、実は2つの種類があり ます。それは、シリアスな趣味とイージーな趣 味です。  シリアスな趣味というのは、それをしていな いと、その人の人生が成り立たないようなレベ ルの趣味のことです。模型のコレクションに数 千万円をつぎ込んでしまった大などをイメージ してもらえば分かりやすいですが、ここまでく ると、もはや趣味の領域を超えているかもしれ ません。  お金持ちの世界では、こうした行為を放蕩と 呼びますが、これに(マつた大にアドバイスな どしてもムダです。それが人生そのものであり、 人から指摘されてやめるような類いのものでは ないからです。  一方、イージーな趣味はまったく状況が異な ります。イージーな趣味とは、まさにオンーオ フの切り替えができるような適度な楽しみ方が できるものです。  しかし、本気でお金持ちになろうとするので あれば、どちらの趣味もあまり意味をなさない でしょう。  資産を継続的に拡大させるプロセスを構築す ることは並大抵のことではありません。シリア スな趣味を持つ人が実現できる話ではありませ んし、イージーな趣味を持ちながら、のんびり と取り組むような話でもありません。  また、お金儲けの世界は非常に奥が深いもの であり、それ自体に知的な楽しみがたくさんあ ります。適度にオンーオフを切り替えるといっ た程度の趣味であれば、すべての時間を仕事に 費やした方がよいでしようし、そうであればこ そ見えてくる世界もあるはずです。    本当のお金持ちはキャンプ    ルをしない冫・  ある米国人の起業家が、雑誌のインタビュー で面白いことを言っていました。  「なぜ、わざわざ起業という大変な道を選ぶの か?」という質問に対して、「起業家とはアー ティストやアスリートのようなもの」「なぜ絵 を描くのか、なぜ走るのかといった質問は愚問 だ」と答えていました。  実際、ビジネスや投資の世界はアートに近い 部分もあり、それ自体にかなりの魅力がありま す。ひとたびこれに(マつてしまったら、普通 の趣味ではとても満足できないでしょう。  こうした話は、お金持ちの大にギャンブル好 きが少ないこととも関係しています。  もともとお金持ちたった大は別にして、大き なお金を稼いだ人の多くが、それなりのリスク を取っています。ギャンブル好きよりもギャン ブル的な人生を送っているわけですが、競馬や パチンコを好む大は少数派です。  その理由は単純で、ギャンブルというものの 多くがイージーな趣味に属しており、大きなリ スクを取る必要のない娯楽だからです。囗本の 場合、ギャンブルの多くが公営もしくは限りな く公営に近いものとなっており、公務員とその 関係団体の利権となっていることからもその現 実を知ることができます。  そもそもこういったギャンブルは、慎ましい 生活をする人が、ごくわずかな時間、「宵越し の銭は持だない」的な生き方を演出するための 舞台装置です。実際にお金儲けをしようとリス クを取っている人にとっては、やはり退屈なも のに感じるのかもしれません。    お金持ちは自分のことが大    好き  これとは逆に、お金持ちの人はリスクのある 投資ゲームが大好きです。  投資の最大の魅力は、大きく儲かるかもしれ ないという期待感と、巨額のお金を失うかもし れないという恐怖の両方が入り混じることで しょう。  今は規制が緩和され、かなり少額からでも株 式投資ができるようになりましたが、昔は株に 投資しようと思えば最低でも100万円のお金 が必要でした。  値動きの激しい株であれば、1囗に数%動く こともよくありますから、200万円を投資し ていると、2%動いただけで4万円となります。 あまり投資に慣れていない人には結構な刺激か もしれません。  こうした刺激に加えて、投資はある程度、自 分でコントロールできる、あるいは自分でコン トロールできると思える対象であり、おそらく そこが最大の魅力となっています。  日本でも有数のお金持ちで、かつてはゲーム 機メーカー「セガ」のオーナーだったこともあ る大川功氏は、自らギャンブル好きを公言して いました。  ただ、彼の言うギャンブルとはパチンコや競 馬ではなく、株式投資のことなのですが、その 最大の魅力は自分の決断が結果に素直に反映さ れることなのだそうです。お金持ちは、そのよ うな意味で、自分のことが大好きです。  自分の一生と冷静に向き  合う  お金に関する教養が身についてくると、自分 の人生と客観的に向き合うことができるように なります。自身の一生をお金という観点で見つ め直してみると、愕然とすることもありますが、 一方で、むやみに不安になる必要もないことが 分かってくるはずです。お金の教養を身につけ る本当の意義はここにあります。    「一生涯にいくらのお金を    稼げるのか」を考える  これは多くのマネー本に書いてあることです が、自分が一生涯にいくらのお金を稼げるのか、 一度、具体的な数字で考えてみてください。  例えば、現在30歳で年収が500万円の人で あれば、その後に手にできるお金の総額は1億 6500万円程度になるはずです。根拠は以下 の通りです。  現在の年金の支給開始年齢は原則65歳からで すから、今、30歳の人は、少なくとも今から35 年間は働くことになります。おそらく、今、30 歳の人が65歳になった頃には、生涯労働が標準 的となっており、体が動く限り働き続けること が大前提になっているでしょう。ただ、そこま で高齢者となると、稼げる金額も少なくなって きますから、とりあえず65歳を基準とします。  60歳まで同じ給料が続いたとすると、給料の 総額は1億5000万円となります。60歳以後 の給料については、議論になっている最中です から、今後、どのようになるかは不明ですが、 大幅に引き下げられるヶIスがほとんどです。  年収が300万円に下かつて5年間働いたと すると1500万円ですから、総額では1億 6500万円となります。これは額面の金額で あり、実際にはここから、税金や保険料が差し 引かれますので、手元に残るのは1億2000 万円くらいといったところになるでしょう。  条件のよい会社であれば退職金が加わること になりますが、逆に、500万円の年収も維持 できないケースも出てくるでしょう。このあた りは人によって数字が上下に大きくブレること になります。  ただ、公務員など過剰に保護された業界にい る人以外は、こうしたまとまったお金は期待で きないと考えるべきです。そうなってくると、 現役時代に毎月稼ぐお金というものが、生涯賃 金という点でいかに大事なのか分かってくるは ずです。  もし、毎月の生活の中で3万円の赤字が累積 すると、トータルでは1000万円を超えるお 金が消えてしまいます。毎月の生活収支を黒字 にすることは、実はとても重要なことなのです。    人生の最大支出は、クルマ、    家、保険  この結果にはため息が出てくるかもしれませ ん。  しかし、今の話は逆に考えれば大きなチャン スでもあります。  毎月3万円の黒字を維持できれば、トータル で1000万円の資金を捻出できるのです。 1000万円という金額は、投資の原資として は、それなりにまとまった規模です。このお金 をベースに、資産拡大を実現することが可能と なるのです。  もちろん、毎月3万円の黒字を作ることは容 易ではありません。しかし、ここでお金に関す る教養があれば、物事を論理的に考えることが できるはずです。  論理的に考えることができるのであれば、1 円でも安いお店を探すためスーパーを(シゴす るような行為は無意味であると即座に理解でき るでしょう。冷静に数字で物事を考えた場合、 支出項目で金額の大きいものを減らすしか大き な効果を得る方法はないのです。  人生の最大支出は、クルマ、家、保険といわ れており、この3つのうちのいずれか、あるい はすべてを削らないと大きな効果は得られませ ん。ここでは保険の話を取り上げてみたいと思 います。  保険はイザという時の商品ですから、節約対 象から無条件で外している人も多いと考えられ ます。しかし、お金の教養がある人は、ここも 聖域にはしません。  先ほど、一生涯にどれほど稼げるのかという 話をしましたが、一生涯に稼ぐ金額を議論する のであれば、直面しているリスクについても同 じように検討することが必要です。生涯年収が 1億円だ、2億円だといっても、それは、相応 に長生きすればという話だからです。不幸にし て早く死亡してしまった場合には、その前提条 件は成立しなくなり、残された宗族は大きな負 担を背負うことになります。  確かに人生何かあるか分かりませんし、早く に宗族を亡くしてしまった人の悲しみは想像を 絶するものがあります。しかし、大きな視点で 見ると、豊かになった現在の日本では、大はそ うそう亡くなりません。  30歳の男性が60歳までに死亡する確率は7% 程度しかありません。40歳の男性が1年以内に 死亡する確率はわずかO・1%、50歳の男性が 1年以内に死亡する確率でもO・3%です。こ れを高いと見るか低いと見るかは大それぞれで すが、意外と低いというのが多くの人の印象で はないかと思います。  一方、生命保険はこの死亡率をもっと高く見 積もっています。商品によって異なりますが、 30歳の男性が60歳まで加入する保険の場合、死 亡する確率は9%ほどと見ています。7%と 9%の差額はすべて保険会社の儲けです。むや みに大きな金額の保険に大ってしまうと、保険 会社を儲けさせるだけになってしまいます。  病気の治療費も同じです。日本は公的な医療 保険制度が整っていますから、保険料の滞納さ えなければ、基本的に3割の自己負担で病院に かかることができます。重篤な病気の場合には、 高額療養費制度による補助もありますから、最 終的にはさらに低い自己負担で治療することが できるでしょう。  むやみに高額な医療保険は多くがムダになる 可能性があることを認識しておいた方がよいで しよう。  お金持ちは「複利」を常  に考えている  毎月3万円の黒字を出すことができると、総 額で1000万円の投資資金を作れるという話 をしましたが、まとめて1000万円の資金が 手に入るわけではありません。投資に回すにし ても、毎月3万円ずつを累積で投資していくイ メージになります。実際、こうした捻出の方法 でどのくらいのお金になるのでしょうか。コン ピュータを使ってシミュレーションしてみまし た。  月3万円ということは年間で36万円の投資と いうことになります。年間36万円の金額を毎年 投資に回し、これを30年継続するヶIスを想定 してみましよう。  株式投資だと仮定すると、日本株の過去の平 均的なリターンは年6%程度になります。毎年 36万円ずつ投資し、そのお金は6%ずつ増えて いくと仮定すると、30年後の資産はなんと約 3000万円になっている計算です。  先ほど、30歳の人がその後、一生涯に稼げる 金額は1億2000万円程度だという話をしま した。その4分の1の金額を毎月3万円の節約 で生み出すことができるわけです。    毎月3万円の投資で30年後    に得られる金額は約    3000万円  30代の人であれば、老後を迎える時に、退職 金などとは別に3000万円のお金があれば、 老後の生活にとって極めて大きな安心材料とな るでしょう。お金を遊ばせず投資することには、 大きな意味があるのです。  もっとも、この数字は、リスクを考慮に入れ ていない、仮想的なものです。現実の投資には リスクがつきものですので、この数字になると は限りません。  リスクというと、お金がなくなるというイ メージですが、金融工学におけるリスクという のは少し意味が異なります。予定していたリ ターンよりも、上振れしたり、下振れする可能 性のことをリスクと呼びます。つまり、もっと 儲かるかもしれませんし、大きく損をするかも しれないという意味です。  囗本の株式市場における過去の値動きのデー タから、1年間に想定される上下変動はプラス マイナス25%程度です。この数字と先はどの期 待リターン6%という数字を使って、数理シ ミュレーションを実施してみました。これは、 コンピュータ上で一定の確率分布で乱数を発生 させ、何千回も試行を繰り返し、資産額の分布 を見るという方法です。  出てきた結果はどのようなものでしょうか。  先はどの単純な計算では、30年後に得られる 金額は約3000万円でした。しかし、現実に はここから上振れするかもしれませんし、下振 れするかもしれません。  シミュレーションによると、約B%の確率で 最終的な金額は3000万円を超えます。ラッ キーなことに、想定以上に儲かるわけです。し かし逆にいうと7割の人が3000万円に達し ません。問題はどの程度下回るのかという点に 絞られてくるでしょう。  投資をせずに毎月3万円を30年間貯金すれば、 最終的に得られるお金は約1000万円です。 したがってこの1000万円を下回るのかどう かがポイントということになるはずです。シ ミュレーションでは、約3割の人が1000万 円を下回るという結果が得られました。    1億円の資産があれば、囗    本人の平均年収を働かずに    得ることができる  整理すると、約3分の1の人が損をして、3 分の1の人は大幅に儲かり、3分の1の人は単 純貯金と同レベルの資産になるという結果です。 金額でいえば、3分の2の人が1000万円以 上の金額を手にでき、その中でも半数は 3000万円以上になります。これは決して悪 くない結果といってよいでしょう。  一般的に株式投資に参加する投資家の8割は 負けてしまうといわれますが、長期的に、そし てルールに忠実に投資ができれば、このくらい の結果は得られるのです。これは複利の効果を 最大限利用したからこそ得られる成果であり、 これは資産形成の王道といってよいものです。  日々の生活を見直し、月3万円の資金を捻出 するだけで、理論上、これだけの資金を得られ るのです。お金に対する教養がある人とない人 との間にはとてつもない差が出てくることがお 分かりいただけるでしょう。  この事例は、それなりの資金を作る必要最小 限のパターンですが、大きな資産を形成できる 人は、同じやり方をもつと大々的に実施してい ます。動かすお金の額は大きくなりますが、基 本的な発想法は変わりません。日々のフローの 中から、資金を捻出し、ある程度のリスクを 取って投資を行い、金額を増やしていきます。  では最終的に私たちはいくらの資産を目指す べきなのでしょうか。答えは冒頭でも取り上げ たように1億円ということになるでしょう。  株式投資の平均リターンは6%と説明しまし たが、これだけ高い利回りが確保されているの は株式投資に相応のリスクがあるからです。も う少しリスクを抑えれば、さらに安全な投資を 行うこともできます。  今は特別な低金利ですので、例外的な状況と なっていますが、一般的に、3%程度のリター ンであれば、いつの時代も高いリスクを取らず に運用することができます。もし1億円を3% で回すと、年間で300万円の収人となります。  ちなみに、今の囗本における労働者の平均年 収は300万円台です。つまり1億円の資産が あれば、日本人の平均年収を働かずに得ること ができるわけです。1億円という金額は、キリ がよいため、よくお金持ちのバロメーターとし て使われていますが、実は経済学的にも意味の ある数字なのです。 上手に人を支配できる人 はなぜお金持ちになれる のか? 支配というと非常に聞こえが悪いですが、お 金持ちになれる大は、人の支配が上手です。た だ、ここでいう支配とは、暴力的に他人に言う ことを聞かせるといった意味ではありません。  おそらく、本書を読み進めてきた読者の方で あれば、このあたりはすでにピンときているで しょう。  大を支配するというのは、自分にとってメ リットがあるように、大をうまく動かすという 意味になります。  どんな人にも支配欲というものが存在します。 それを完全に否定することはかえって白身の行 動を整合性の取れないものにしてしまうかもし れません。金銭欲と同様、必ず存在するものと 認めた上で、うまくそれを活用することが大事 です。    ボス猿的支配より、芸能人    (スター)的な支配を目指せ  もつとも、すべての人に支配欲があると書き ましたが、その形態は様々です。  ある会社の社長は、お酒とカラオケが大好き で、お酒が苦手な人でも無理矢理、連れて行き、 歌が嫌いな人にも半ばカラオケを強要します。 中には好きでその社長に付いて行っている人も いるのですが、明らかに一定数は嫌々です。  しかし、その社長はこうした状況に非常に満 足しています。おそらく、半数が嫌々来ている ことを知っているのでしょうが、自分の言うこ とを聞かせられているということをむしろ楽し んでいるかのようです。つまり彼にとっての支 配というのは、嫌がる人に無理に強制すること なのです。  一方、別の会社の社長は、非常に爽やかな雰 囲気で、フラットでオープンな関係を標榜して います。  「必要なことは僕に何でも言ってほしい」と いった感じで、威圧的な様子はまったくありま せん。何かトラブルがあっても、罵声を浴びせ たりせず、「一緒に問題を解決していこう」と いったスタイルで対応していきます。当然、お 酒やカラオケなどを強要することもなく、飲み 方もスマートです。  一部の社員や取引先にとっては、こうした態 度が少し鼻についているようですが、大方の関 係者は彼のファンとなっており、結果的に周囲 の人は、一生懸命彼に尽くしています。しかし、 この社長は本当にいい人なわけではありません。  この社長にとっての支配というのは、人を無 理矢理従わせることではなく、自分のことを自 然に崇拝するような状態に相手を持っていくこ となのです。  どちらも、嫌な人物であることに変わりはな いのですが、どちらがお金持ちになりやすいの かというと、圧倒的に後者です。  前者の社長はボス猿的支配を望み、後者の社 長は芸能人(スター)的な支配を望んでいます。 日本が貧しい途上国の時代でしたら、ボス猿型 の方が利益が大きかったかもしれません。しか し、価値観が多様化し、社会のソフト化、IT 化か進んだ今、後者のタイプの方が有利になっ ています。    相手の立場に立って考えら    れる人はお金持ちになれる  ビジネスをするにせよ、会社で出世をするに せよ、大きなお金を稼ぐには、他人と上手に付 き合い、自分の利益のために人をうまく動かさ なくてはなりません。少し極端な話をしました が、多かれ少なかれ、こうした人を動かす(支 配する)センスというものが重要になってくる のです。  人をソフトに動かすためにどうしても必要に なってくるのが、本書において何度も言及して いる、相手の立場に立つという発想法です。  相手が何を考え、どのようなことを欲してい るのかを理解できれば、それに先回りして対応 することで、相手の満足度を高めることができ ます。また物事がスムーズに進みますから、コ ミュニケーションにムダな時間を投じなくても 済み、結果的に仕事の生産性も向上するわけで す。  こうした考え方は、誰と付き合うべきかとい う部分にも影響してきます。  付き合う相手にも同じような思考回路があり、 お互いに何を望んでいるのか、ある程度推測で きるという状況を想像してみてください。ビジ ネスで協業したり、交渉を行ったりする際のム ダを極限まで減らすことができるはずです。    いいコミュニティを見つけ    ることが資産形成の早道で    ある  第3章では、年収が高い人ほど実は労働時間 が短いという話をしました。また時間に遅れる 人とは付き合うべきではないと解説しました。 これらは、すべて今の話に直結しています。  お金持ちにとって時間はお金と同義です。自 分も大事ですし、相手にとっても大事だと考え ればこそ、時間は厳守するという発想が生まれ てきます。これは自分のためでもありますが、 相手の立場も考えた結果なわけです。  ここで相手が他人に対して配慮しない人で あったり、まったく異なる価値観を持っている 場合には、うまく噛み合いません。その結果、 同じ仕事をこなすために、2倍や3倍の時間を かけることになり、そこで得られる利益はどん どん小さくなってしまいます。  一方、同じ価値観を持ち、相手に配慮できる 人であれば、お互いがお互いのことを考えて行 動できますから、生産性は最大限となります。 このような人が集まるコミュニティで仕事をす れば、全員がもっとも効率よく利益を上げられ ることになるでしょう。  お金持ちは、なぜかお金持ちの大と付き合い たがるのですが、それは楽しいからでも気が楽 だからでもなく、圧倒的に効率がよく、白分か さらに儲かるからです。  上手に大を支配できる人の集まりほど、互い の利益は大きくなります。こうしたコミュニ ティをうまく見つけることが、資産形成の早道 なのです。  おわりに  「天は人の上に大を造らず」という福沢諭吉の 言葉は誰でも知っていると思います。福沢諭吉 は、平等な社会の実現を主張した知識人ですが、  一方では、お金第一の拝金主義的なイメージが  あるのも事実です。  その意味で福沢諭吉は少し矛盾した存在に思 えますが、決してそうではありません。彼に とっては、お金を重視するという生き方こそが、 社会正義や平等をもたらすと考えていたからで す。  お金が介在しない社会は、一見すると、人間 味があるように思えますが、実は暴力的な支配 を誘発しやすい社会でもあります。これはブ ラック企業の存在を考えればよく分かると思い ます。  ブラック企業では、全人格的な従属や滅私奉 公が求められます。自分の時間を何時間会社に 提供したから何円もらうというドライな関係と は正反対です。  もし社会に存在する人間がすべて人格者であ れば、お金を介在させなくても人間らしいフェ アな社会を実現できるのかもしれません。しか しそうではない以上、対価という概念をしつか り導入した方が、結果的には人間らしい社会を 維持することができます。  仕事というものが、お金というドライなもの で成り立っていれば、職場における上司と部下、 顧客とサービス提供者というのは、その場限り の機能的な関係でしかなく、全人格的な立場の 違いにはなりません。  福沢諭吉が指摘したかったのは、まさにこの ことだと思います。  もちろんお金を媒介にした仕組みにも欠点は たくさんあります。しかし、各人が経済的に しつかりと自立していれば、自らの意思を通す ことができますし、そうであればこそ、相手に 対して敬意を払うという態度にもつなかつてく るわけです。  お金というのは、他人に依存せず、自分らし く生きるための基礎となるものです。読者の皆 さんには、ぜひお金の教養を身につけ、自立し た人生を送つてほしいと思います。  本書は、PHPエデイターズーグループの鈴 木隆氏の尽力で刊行することができました。こ こに謝意を表したいと思います。                 加谷珪一 〈著者略歴〉 加谷珪一(かや けいいち) 経済評論家。 東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP 社に記者として入社。野村證券グループの投資 ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務 を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関 などに対するコンサルティング業務に従事。現 在は、金融、経済、ビジネス、ITなど多方面 の分野で執筆活動を行っている。億単位の資産 を運用する個人投資家でもある。 著書に『新富裕層の研究−日本経済を変える 新たな仕組み』(祥伝社新書)、『ポストーアベ ノミクス時代の新しいお金の増やし方』(ビジ ネス社)、『「教養」として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『お金持 ちの教科書』(CCCメディア(ウス)、『お金 は「歴史」で儲けなさい』『億万長者の情報整 理術』(以上、朝日新聞出版)、『株で勝ち続け る人の常識 負ける人の常識』(KADOKA WA)などがある。 加谷珪一オフィシャルサイト http://k-kaya.coヨ/ あなたの人生を変えるお金の教養 著 者一加谷珪一 〇Renchi Kaya この電子書籍は『あなたの人生を変えるお金の 教養』二〇一六年十二月八日第一版第一刷発行 を底本としています。 電子書籍版 発行者一清水卓智     発行所一株式会社PHP研究所     東京都江東区豊洲五丁目六番五二号     〒←UJ&}Uり     ぼ{ミWWW.DhD.CO..へqFR 製作日一二〇一七年一月二十五日 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。 本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例 外を除き、禁じられています。