スキー場は夏に儲けろ_和田寛 夏に儲{けろd E7yj‐i和田寛  お金皿ににに心作  この作品は、2022年一1111月に東洋経済新報社より刊 行された書籍に基づいて制作しています。  電子書籍化に際しては、仕様上の都合により適宜編集 を加えています。  また、本書のコピー、スキャン、デジタル化等の無断 複製は、著作権法上での例外である私的利用を除き禁じ られています。本書を代行業者等の第三者に依頼してコ ピー、スキャンやデジタル化することは、たとえ個人や 家庭内での利用であっても一切認められておりません。  2022年5月4日。ゴールデンウィーク の中日。  驚くほど多くの車が、夏のスキー場にやっ てきます。  チケット売り場も待ち列が延々。  人手が足りず、社長である私も駐車場整理 にかり出されました。  そんな私に、ある女性のお客さんがこう尋 ねます。  「今日は、何のイベントをやっているの?」  その日、イベントは何もありませんでした。いつ もどおりの営業でした。  これまで仕掛けてきたことがお客さんにうまく伝 わり、評判が評判を呼び、カレンダーと天気のよさ が相まって、多くのお客さんにご来場いただけたの でした。  結果としてその日の来場者数は4700人。グ リーンシーズン(4〜H月)として過去最高の数字 を記録しました。  大好きでたまらない白馬という「囗本の宝」の素 晴らしさを、国内外の多くの人に届けたい。これま でのキャリアでつちかってきた経験をもとに、一生 を懸けて挑戦したい。  そんな想いで白馬に来て8年。その囗の夜にチー ムのみんなと喜びを分かち合った記憶が、いまでも 鮮明に思い出されます。 「冬よりも夏に稼ぐスキー場」の誕生  ここまでの道のりは、けっして平坦ではありませ んでした。  取り組みは2016年にさかのぼります。私か白 馬に移住し、白馬岩岳マウンテンリゾートを運営す る会社の経営に携わるようになって3年目のことで した。  その前の冬は2年連続の少雪のシーズンをすごし、 2010年以降は安定的に12万人程度だった来場者 数も、7万人台まで激減してしまいました。いっき に赤字転落です。  白馬に来て早々、スキー場として生き残っていけ るのかの大ピンチです。  今後もいつ少雪のシーズンがやってきてもおかし くない。来場者数を底支えしてくれている海外から のスキーヤーだって、世界情勢が変われば来てくれ なくなるかもしれない(実際、2020年からのコ ロナ禍で、この危惧は現実のものとなりました)。  そもそも、国内のスキーヤーの数が激減していま す。スキー、スノーボードのメイン客層である若者 の人口が減ることも明白。  さらに、ここ白馬岩岳は白馬の中でも標高が柢く、 ウインターシーズンが短いというハンデもありまし た。どう考えても、冬の数力月で稼ぎ、夏は開店休 業のビジネスモデルには近い将来、限界が来る。  こんな危機感を背景に「では何をするか」、あが き続けた5年間でした。いくつもの取り組みを重ね てきました。  北アルプスを眺める絶景の山頂につくった展望施 設「白馬マウンテンハーバー」。  北アルプスの大絶景に飛び出す大型ブランコ 「ヤッホーースウィング」(『アルプスの少女ハイジ』 のブランコを想像してください)。  スノーピークが監修した快適アウトドア空間の 「岩岳グリーンパーク」。  国内初のドイツ発祥のアクティビティ「マウンテ ンカート」。  地産地消をコンセプトにしたデリスタイルのレス トラン{}{QrロヴQ{}叺ご。  マウンテンバイクの聖地として復活をとげた「白 馬岩岳マウンテンバイクパーク」。  民宿の廃業が相次ぐベースタウン再生に向けた街 並み活性化会社の設立。  表参道や京都嵐山で大人気のCHAVATYが出店 した、大自然を五感で体験できる展望エリアの「白 馬ヒトトキノモリ(CHAVATY白馬店)」。  ほかにもさまざまな取り組みを同時多発的に仕掛 け、チーム一丸となってお客さんをお迎えする体制 を整えました。  結果として、2016年には2万5000人程度 だった「グリーンシーズン」のお客さんの数が、 2021年には13万4000人を突破、2022年 はなんと18万人を超える見込みです(9月末時点の 予測値)。  このグラフを見ていただければわかるとおり、こ れは冬のシーズンの来場者数を大きく超える数です。 「冬よりも夏に稼ぐスキー場」への転換に成功した わけです。通年で見ても、しっかりとした黒字を残 しています。  これらの取り組みには、実は通底する考え方があ りました。それが「隠れた資産を見つけ出し、磨き 上げること」。本書では、私たちのいくつかの成功 と、たくさんの失敗を通して、この考え方をご説明 していこうと思います。  「日本のイナカ」に魅せられた元官僚  さて、申し遅れました。私は和田寛と申します。 「冬よりも夏に稼ぐ」白馬岩岳マウンテンリゾート の運営会社である株式会社岩岳リゾートの社長を務 めています。  私はもともと、長野県とも白馬とも何の縁もあり ませんでした。生まれは東京で、大学も同じく東京 に通いました。ただ、旅行で訪れる地方の自然、田 舎の風景が大好きで、いつしか「将来は囗本の田舎 を活性化する仕事につきたい」と思うようになって いました。  大学では、東京大学の体育会アメリカンフット ボール部に在籍。授業そっちのけで熱中したため卒 業に5年かかってしまいましたが、なんとか国家公 務員試験をパスし、農林水産省のいわゆるキャリア 官僚として社会人生活をスタートしました。  日本の農林水産業を元気にし、田舎を活性化する。 そんな農林水産省の仕事はまさに自分のやりたかっ たことで、最初は充実した気持ちで働いていました。  しかし、徐々にキャリア官僚という立場に悩むこ とが多くなります。日々の仕事の多くは法令や規則 を整えたり、予算要求の資料を作成したり、国会答 弁を取りまとめたりといった内向きの仕事です。自 分かやっている仕事が本当に現場、田舎の活性化に つなかっているのかよくわからない。  さらにいろいろと田舎の現状を知るにつれ、「農 林水産業をはじめとした『ビジネス』が元気になら なければ、田舎は元気にならない」ことを痛感しま す。しかし、役所で内向きの仕事をしているだけで は、ビジネスの知見は得られません。  結局、役所生活に8年で見切りをつけ、まずはビ ジネスの知見を深めることを目指して、戦略コンサ ルティングーフアームで働くことを決意します。  選んだのはベインーアンドーカンパニーというア メリカを本拠とする企業でした。世界的にも「三大 戦略コンサル」の一角をなす会社です。  ベインでの業務は深夜残業もあたりまえ、結果に つながる提案ができなければ無能の烙印を押される、 といった非常にプレッシャーの強い毎日でした。  でも、求めていた「ビジネスの知見」をクンダン 吸収できている実感がありました。さらに自分の提 案がクライアントの成果に直結するようになると、 目の前の仕事がおもしろくなってどんどんのめりこ み、5年、6年と時間がたっていきました。  一方、「田舎を元気にする」という当初の目標に 関係する仕事はゼロになってしまいました。その反 動、といってはなんですが、コンサルの激務の合間 を縫って、冬はスキー場に、夏は登山にと、毎週末 のように出かけるようになります。 白馬との出会いと危機感  そんなある日、白馬と出会いました。  国内トップクラスに入るスキー場の規模。こぢん まりした雰囲気のよい街並みの裏に広がる北アルプ スの圧倒的な山岳景観。  私は「山岳リゾートとしてここよりもポテンシャ ルが高い場所は、国内にはないのではないか」と感 じるようになります。  一方、当時の白馬では、徐々に海外からのスキー ヤーの数が増えはじめていたものの、日本人の来場 者は年々減っていました。白馬岩岳にあった民宿に 泊まらせてもらったときも、宿のおばあちゃんが 「最近どんどん街に元気がなくなっている」と嘆い ていました。  もしかしたら、遠く海外からやってくる人には見 えている「宝物」が、身近にいるはずの日本人には 気づかれなくなってしまっだのではないか。このま ま放っておけば、その宝物は老朽化し、やがて消え 去ってしまうのではないか。  そんな危機意識が自分の中で芽生えてきました。  圧倒的なポテンシャルを持つ白馬の魅力を、国内 外のより多くの人に知ってもらいたい。  中央官庁やコンサルでつちかった経験、スキルを 活用できる場も多いはず。  そう考えると居ても立ってもいられず、7年近い コンサル生活に終止符を打ち、2014年に、地縁 も血縁もなかった白馬に移住しました。スキー場運 営会社である日本スキー場開発に入社し、白馬でス キー場を運営していた子会社で働きはじめます。 入って気づく「厳しい事業環境」  スキーをしながら楽しく仕事を、なんて気軽に考 えていたのもつかの間、スキー場業界の置かれてい た厳しい現状を目の当たりにします。  そもそも国内スキー市場は、1990年代のピー クから比べると参加率は3分のI程度に落ち込み、 1年間の平均参加回数も約6同から約4同に減少し ていました。  加えて、少壬咼齢化か進む中で、スキー参加率が 高い10代から40代の若年・壮年層の人口は他の世代 よりも大きく減少することが見込まれています。市 場縮小が続く危険性がきわめて高い状況なのです。  一方、事業を営むうえで必須となるリフトやレス トハウスなど施設の老朽化は年々進んでいます。す べてのリフトの平均年齢も35歳を超え、そろそろ更 新に向けた投資が不可避なステージです。しかし、 スキー場の稼ぎと投資の大きさを考えると、簡単な 話ではありません。  コンサル時代にはクライアントに対し「M&Aを 考える際は、しっかリビジネスーデューデリジェン スをして、業界や相手企業の有望性を確認しましよ う」なんてアドバイスをしていました。ところが、 自分が転職する際にはこれをまったく怠っていたこ とに、我ながら愕然としました。  さらには、そんな事業環境に追い打ちをかけるよ うに、少雪、新型コロナの流行によるインバウンド の消滅など、事業環境の厳しさは年々増す一方です。  こうした環境にも負けず、白馬岩岳はどのように 「復活」を果たしたのか。  私たちが何を考え、どういう取り組みを進めてき たのか。  復活を支えた取り組みの根幹となる「隠れた資産 の発見と活用」とは、どういうことなのか。  本書を通じ、それをご紹介させていただきたいと 思います。  市場の縮小や既存施設の陳腐化は、なにもスキー 産業や観光業固有の課題ではありません。囗本の産 業全体がこうした構造的課題を目の前に、新たな手 を打てず、立ちつくしてしまっているように見えま す。  どうやってアイデアを出し、どう実行に移してい くか。事業環境が悪化する中で悩み続けるビジネス パーソンのみなさんにとって、1つのヒントになれ ば幸いです。 本書の構成  本書の構成は、次のとおりです。  CHAPTER←では、白馬岩岳復活のキーワードで ある「隠れた資産」とはそもそも何なのかをご説明 します。お読みいただければ、「自社/自分の地域 にも、意外と隠れた資産がありそう」ということが ご理解いただけると思います。  しかし隠れた資産は、「隠れた」というくらいで すから、見つけるのは簡単ではありません。「隠れ た資産の見つけ方」にもコツがあります。  そこでCHAPTER 2では隠れた資産を見つけるた めの「基本的な心構え」を、CHAPTER 3では「探 すために有効な目線」を、そしてCHAPTER 4では 「具体的に探すべき場所」を解説します。  また、残念ながら隠れた資産は、見つければそれ で成功が約束される魔法の杖ではありません。見つ けた後で磨き上げ、魅力を最大限高める必要があり ます。そこでCHAPTER 5 ― 8では、具体的な「隠 れた資産の磨き方」を解説します。  隠れた資産を磨くには、自分たちの力だけではな く、時には外部の力を借りる必要があります。 CHAPTER 5では「パートナー」の、CHAPTER 6 では「応援団」の力をどう借りるかを解説します (「パートナー」と「応援団」の違いについては、ぜ ひ本文をお読みください)。  もちろん、外部の力に頼り切りでよいはずはあり ません。自らの力を蓄えることも必要です。そのた めに必要なのが、CHAPTER 7でご紹介する「価格 戦略」と、CHAPTER 8でご紹介する「コスト管 理」です。特に地方や小さな企業では、この2つの 戦略がおろそかになっていることが多いと思います。  ここまでが「隠れた資産を見つけ、磨く」方法の 解説です。実際には、この一連の流れを何度も何度 も繰り返し、成長を継続する必要があります。最後 のCHAPTER 9では、それを可能にする「強いチー ムのつくり力」を解説します。 白馬を「復活」させた地元つ子の力  もちろんこうした取り組みは、私I人の力でなし えたものではありません。いえ、私の力など微々た るもので、長年地元のために尽力してきた多くの 方々の力が不可欠でした。  名前を挙げていけぼきりがないですが、その中で も私とチームを組んでともに頭を悩ませ続けた3人 の「地元っ子」がいます。本書の中でもたびたび登 場いたしますので、ここで紹介させてください。  まずは白馬岩岳マウンテンリゾートの副総支配人、 山崎健司さん(ケンジさん)。四十代後半になって もガキ大将の雰囲気満載の彼は、岩岳でのパトロー ル隊長の経験も長く、山のことを隅々まで熟知して いる「現場監督」です。  営業部長の太田悟さん(サドルさん)は、地元中 の地元、白馬岩岳地区出身。岩岳で知らない人はい ないと言っても過言ではない、誰にでも好かれる 「スーパー営業マン」です。  そして3人目が、いちばんの若手、入社15年目の 宮嶋浩司(コージ)。東京出身の私から見ると「全 員プロ並み」の社内でも頭一つ抜けてスキーがうま い「超絶スキーヤー」です。1998年に白馬をメ イン会場の1つとして開催された長野オリンピック では、当時、県内高校生最速選手のI大として女子 ダウンヒルの前走に起用された経験を持ちます。  この3人の力を中心に、「よそ者・ばか者」の私 か加わり、徐々に周囲を巻き込んで1つの大きなう ねりを生み出すことで、白馬岩岳は「復活」しまし た。  これからご紹介する私たちの悪戦苦闘が、何か1 つでも読者のみなさんの参考になれば、これほど嬉 しいことはありません。  「私たち白馬岩岳は何のビジネスを行ってい て、どのような価値をお客さんに提供してい ると思いますか?」  2016年、ある秋の日の夜。  白馬岩岳山頂にバーベキューコンロと大量のアル コールを運び上げ、作戦会議が始まりました。メン バーは「現場監督」ケンジさん、「スーパー営業マ ン」サドルさん、「超絶スキーヤー」コージ、そし て私です。  お隣の小谷村名物、辛いホルモンを焼きながら、 開けたばかりの缶ビールを片手に、私か3人に尋ね たのが冒頭の質問でした。  このとき、3人が3人とも、きよとんとした顔を したのが思い出されます。  「スキー場ですよ。スキー場ビジネスをやってい るに決まっているじやないですか」  じやあ競合は誰?  みんなの答えは「白馬五竜」「志賀高原」「野沢温 泉」……国内、しかも同じ長野県内のスキー場の名 前しか出てきません。  でも、本当にそうなのでしょうか? ビジネスを正しく定義することが何よりも 重要  「そもそも自社のビジネスは何なのか」  「自社の活動を通じて顧客にどんな価値を提供す るのか」  戦略を考えるうえでの大前提は、自社のビジネス をどう定義づけるかです。これを間違うと、大きな 戦略ミスに直結します。  ビジネスの定義を間違った例で有名なのは、デジ タルカメラが普及する前、銀塩フィルムの業界で全 世界ナンバーーのシェアを誇っていた米イーストマ ンーコダック社でしょう。  デジタルカメラを最初に開発したのはイーストマ ンーコダックとも言われています。しかし同社は、 自社のビジネスを「映像を残すための化学フィルム を顧客に提供する会社」と定義し、それ以外のビジ ネスに注力しきれませんでした。そのため、世の中 のデジタル化から取り残される形で、結局は 2012年に倒産してしまいました。  対照的な会社が、フィルムの世界ではコダックの 後塵を拝していた富士フイルムです。同社は自社の ビジネスを「顧客が大事な瞬間を映像として残すた めのツールを提供するビジネス」「顧客が求める化 学製品を提供するビジネス」として再定義しました。  その結果、デジタルカメラや液晶テレビのフィル ム、ヘルスケアなどの事業を積極的に展開し、さま ざまな分野で世界的なプレゼンスを維持することに 成功しています。  そのほかにも「インスタントカメラービジネス」 に固執したポラロイド社(2001年経営破たん) や、ネット通販が急速に拡大する中で「リアル店舗 でのおもちや小売ビジネス」から脱却しきれなかっ た米トイザらス(2017年経営破たん)などの例 があります。  時代が変化する中でビジネスの定義を誤り、それ を前提に戦略を組み上げたことによって破滅的な結 果を迎えた企業の例は、枚挙にいとまがありません。  ビジネスを正しく定義できるか、環境の変化に応 じて正しく再定義することができるかは、その企業 の生死を分ける重要なポイントだと言えるでしょう。 私たちのビジネスは「スキー場ビジネス」 ではない  では、私たち白馬岩岳のビジネスの定義は何か。  コダックの話をしながら、ようやっと火が通って きたホルモンを口にしつつ、議論は進みます。  過去30年間で市場が3分のIになり、これから人 口減少にともなってさらに市場が小さくなることが 見えている国内スキー場ビジネス。これまでと同じ 土俵で、同じような相手と組み合っていても、気づ いたら誰もその相撲を見てくれなくなるのではない か。  私たちが持っている資産はスキー場としてのリフ トやゲレンデだけではなく、ほかにもっと活用でき るものがあるのではないか。  こうした思いから話し合って出てきた結論が、 「私たちはスキー場ビジネスをやっているわけでは ない」ということでした。  私たちがいる土俵は「レジャー産業」です。もう 少し具体的な言葉で言うと、次のようになります。  「半日程度以上の時間を国内外のお客さんに使っ てもらい、目に見える製品や商品をお渡しすること なく、満足感や爽快感を覚えてリフレッシュした状 態で、もとの生活に戻ってもらうビジネス」  そう考えれば、競合は県内スキー場だけではあり ません。同じスキー場でもニセコや蔵王など、北海 道や東北にあるスキー場も明確に含まれます。さら には北アメリカやヨーロッパのスキー場も明確な競 合としてとらえなければいけません。  そしてもちろん、スキー場だけではなく、遊園地 やキャンプ場、ゴルフ場、映画館、動物園や水族館 といった施設も競合です。京都、沖縄などの観光地 もライバルととらえる必要があるでしょう。  有形な施設を持つものだけではなく、ゲームやス マホ、インターネットなどですら、考えようによっ てはお客さんの時間と財布を取り合う競合だという ことになります。 「隠れた資産」とは何か  では、レジャー産業として、私たちにできること は何か。  これまでの「スキー場」という固定観念を取っ払 うことで、新たにできるようになることがあるので はないか。  それを考えるうえでのキーワードが、「隠れた資 産を見つけ出し、徹底的に活用すること」でした。 この山頂での作戦会議から現在にいたるまでずっと、 私たちは「馬鹿の一つ覚え」で、ひたすらこのこと を考え続けています。  「隠れた資産」とは、簡単に言えば、「磨けばその 会社や地域にとって宝物になるのに、何らかの理由 で埋もれたままになっているもの」です。  すでにそこに存在しているものを活用するので、 ゼロベースで何かをつくるよりもコストも時間も少 なくてすみます。お客さんから見ても「なぜそこで そのビジネスをやるのか」が伝わりやすくなります。  ですから、本当にポテンシャルのある「隠れた資 産」を目利きすることができれば、成功確率は格段 に高まります。  この「隠れた資産の発見と活用」が、本書全体に わたる重要なテーマになります。そこで、そもそも この「隠れた資産」とはどういったものか、少し詳 しく私の考えを説明させてください。  「隠れた資産」には、大きく3つのカテゴリが存 在します。 ○モノ  上地や建物、機械などの物理的な資産や、その上 地固有の景色などのうち、現在その価値をフルにお 客さんに提供できていないものです。  観光業界で「隠れた資産」を活用し、人気を博し たことで有名になった例に、長野県阿智村の星空ビ ジネスがあります。  阿智村はもともと、環境省による全国星空継続観 察で「星がもっとも輝いて見える場所」第1位に認 定されていました。しかし2010年くらいまでは 昼神温泉やスキー場といった既存の観光施設に頼っ た集客しかできておらず、徐々に来訪者数も減少し ていたと聞きます。  そうした中、ヘブンスそのはらSNOW WOR」I) 運営会社の社長であり、阿智昼神観光局の社長を兼 務されている自澤裕次さんたちが、星空を売りにし たツアーを2012年に開始。「きれいな星空」と いう、もともとあった(が、活用されていなかっ た)コンテンツに着目し、徹底的に磨き上げました。  その結果、2019年には累計60万人が来訪する など、県内でも有数の観光スポットの1つになって います。  近い業界で言うと、「雲海が頻繁に見える山頂」 という立地を活用した北海道トマムの「雲海テラ ス」があります。東京では、運河沿いの倉庫を改装 し、水辺のロケーションを最大限に楽しめるレスト ランにした天王洲のT.Y.HARBORが有名です。  観光や飲食業以外に目を向けると、高速道路の サービスエリアがあります。  各高速道路会社は、2000年代からサービスエ リアをリニューアルし、魅力的なテナントを入れる ことで収益化を加速させてきました。いまでは本業 の高速道路料金からの利益に匹敵するレベルの利益 を叩き出すまでに成長しています。  タクシーの車内に液晶ディスプレイを設置し、C Mを流すことで広告収入を得るタクシーエムも、 「隠れた資産」を活用した好例です。これまで誰も 活用しなかった「タクシーの座席の背面」を、見事 にマネタイズしました。  「隠れた資産」とは、このように「多くの人が気 づいていなかったが、手を加えたり、経営上のアテ ンションを当てたりすることで、急に輝きを増す資 産」のことです。  こういう資産は、実はどこの会社にも、どの地域 にも眠っているものです。 @ノウ(ウ  「隠れた資産」は、なにも「モノ」だけとはかぎ りません。既存ビジネスを通じて蓄積された社内の ケイパビリティ(能力、ノウ(ウ)も「隠れた資 産」の1つです。  ネット印刷のCMで有名なラクスルは、自社のC M展開を通じて得られたノウハウをベースに「ノバ セル」というテレビCMサービスを展開し、業界で 有名になっています。  国内最大級のペット関連メディアであるPECO も、自社メディアを拡散する際に得られた知見を基 軸に、デジタルーマーケティングのコンサルティン グーサービスを行っています。  白馬で一緒に事業を展開してくれている国内トッ プのアウトドア総合メーカーであるスノーピークは、 キャンプ場運営事業も展開しています。これもまた、 わかりやすい「既存ビジネスで得られたノウハウの 活用」と言えるでしょう。  このように、本業以外の分野への進出を考える際 に、「既存のビジネスで得られたケイパビリティと いう隠れた資産」を活用することは、成功の秘訣の 1つになります。 @ヒト(お客さん、ファン)  これまでのビジネスを通じてつちかってきた「お 客さんとの接点や、応援してくれるファン」も、魅 力的な「隠れた資産」の1つです。  トヨタなどの自動車メーカーが進める金融事業は、 その代表でしょう。ディ圭フーで車を購入するとい うタッチポイントを活かし、購入者にクレジット販 売を行ったり、保険商品を販売したりする事業です。  2021年3月期にはトヨタグループ全体の営業 利益2兆2000億円のうち、約5000億円か金 融事業由来の利益でした。いまや利益全体の20%以 上を占める重要なビジネスに発展しています。  ここ10年ほどでどんどん充実してきているecute などのJRのエキナカビジネスについても、「ヒト」 という隠れた資産の活用例と見ることができそうで す。  JRの駅には、昔からたくさんのお客さんが集 まっていました。しかしJRの収入は基本的には運 賃頼みで、キオスクでの売上は小さな割合を占める にすぎませんでした。エキナカビジネスは、それを 「しっかり買い物をしてもらえる場所」に磨き上げ たのです。  スノーピークのように、熱烈なファンを数多く抱 え、商品開発や情報発信にファンが大きな役割を果 たしている例も「ヒトという隠れた資産の活用」と 言えます。  ネスカフェやパタゴニア、DHCのように、ファ ンを「アンバサダー」として制度化し、情報発信や 新規顧客獲得などを手伝ってもらうケースも、これ に近いかもしれません。  スノーピークの場合は、すでに「隠れた」とは言 えないくらい有名な資産活用の例になっています。 しかし普通の会社や地域であれば、そのファンを活 用しきれていないケースがほとんどではないでしょ うか。  もちろん、上記のモノ、ノウハウ、ヒトといった 「隠れた資産」を複合的に組み合わせて成功に導い ているケースも少なくありません。  超大型アウトドア専門店「アルペンアウトドアー ズ」の成功も、そのケースの1つです。  アルペンアウトドアーズは、2018年に第1号 店を愛知県に出店しました。従来のアルペンやス ポーツデポといった業態が伸び悩む中、超大型のア ウトドア専門店として、過去に類を見ない圧倒的な 品揃えで人気が爆発した店舗フォーマットです。  たしかにアウトドア人気が復活してきていたタイ ミング、という追い風もありました。しかし本質的 には、次のような「隠れた資産」を複合的に活用し たことが、成功の秘訣だったと考えられます。 一  アルペンアウトドアーズで活用した ら 「オー いげ絵昌懿駸tl賢哲J ごJ心いいいい業しながら店舗をつくり上げる企  画力や、価格を適正な範囲に抑える交渉力   【ヒト】  これまでのアルペン、スポーツデポでのビジネ  スを通じてオンライン、オフライン双方でつち  かってきた、アクティブなユーザー・ベース ー                         一 白馬岩岳の「隠れた資産」は何か?  ここで話は、ふたたび山頂での作戦会議に戻りま す。  「白馬岩岳で、本当はもっとお客さんから評価さ れていいはずなのに、有効活用されていないものっ て、どんなものがありますかね? そもそも、自馬 岩岳でいちばんの売りになるものって何でしよ う?」私か3人に問いかけます。  「んI、やっぱり山頂からの絶景だよ」とサドル さん。「地元の誰に聞いても『岩岳山頂からの眺め のよさは白馬でI、二を争う』と言われる。でも、 それがあるから岩岳にってお客さんは多いとは言え ないから、まさに『隠れた資産』だよ」  これにケンジさんも反応します。「たしかに展望 はもっと売りにできると思う。いまは、昔動いてい たリフトの終点がそのままちょっとした展望台に なっているのと、その隣に丸太のベンチが3本ある だけ。きちんと手を入れれば、もっとお客さんを呼 べるはず。胸を張ってお客さんを呼べる展望スペー スがほしいな」  「山頂のフラットな芝生広場やブナの森というの も珍しいし、めちゃくちゃ気持ちのいい場所だよ。 これも『資産』じゃないかな。いまの展望台だって、 眺めは最高。そう考えると、活用できていないけど おもしろそうな資産って、けっこうたくさんありそ う」とサドルさんが続けます。  「なるほど、たしかにそんな気がします。モノ以 外に隠れた資産つて考えられないですか?」  「山頂で普通にきれいなお店を運営できるスキ ルつて、けつこう価値がありますよ’・ 電気や水道 も確保できるし、道路もある。何十年も、雪や悪天 候の中で営業してきたチームの力つて、けつこうな 資産じやないですか?」  とコージが自慢げに言います。  これに触発されたサドルさんからは、  「白馬には一定の割合で、一度来て(マつちやう お客さんつているよね。夏にせよ、冬にせよ、『こ んないいところはない』つて繰り返し白馬に来てく れる、リピーターというかファンというか。中には ビジネス界の著名人とかもいたりして、この人たち を巻き込むことができれば、もっとおもしろいこと ができそうな気がする」  「隠れた資産」を活用したプロジェクト、 始動  そんな会話をずっと続け、気づけば時計の針も12 時を同っていました。早々に飲み干したビール、日 本酒に続き、そろそろウイスキーもなくなりかけて いました。  そんなころ、「隠れた資産」を活用した象徴的プ ロジェクトとして、展望台兼カフェの建設と、山頂 エリア全体を使った空間づくりの構想が出てきます。  結果から見ると、これが展望台兼カフェ「白馬マ ウンテンハーバー」と、絶景に飛び出すブランコ 「ヤッホーースウィング」につながりました。  心白馬マウンテン(Iバーで活用した  「隠れた資産」  しれいいの山頂から見た白馬三山を望む西側の  景色と、そこに面した崖状の地形  【ノウ【ウ】 山頂という厳しい条件でも飲食店を運営できる 能力  【ヒト】 白馬のヘビーリピーターだった経営者の方にご 紹介いただく縁でつながった爿エm∩一TY BAKERYさん  【成果】 開業した2018年10月からの1ヵ月間で、そ れまでのグリーンシーズントータルの来場者数 を超える3万人を集客する 心ヤッホーースウィングで活用した「隠 れた資産」 しれいにい運行されていない古いリフトの終占施 設   【成果】   『アルプスの少女『イジ』のブランコを彷彿さ  せるとしてSNSを中心にいっきに拡散。グ  リーンシーズンの6ヵ月間だけで2万5000  人以上が利用し、混雑日には最大5時間待ちを  記録する人気施設となる 一                         一  どちらも、もとからある眺めや地形、プラット フォームを活用したことで、小さな投資で圧倒的に 大きな効果を生むことができました。  大切なのは、これらは「ゼロベース」でっくり上 げたものではないということです。そこに元来あっ たはずの価値をどう伸ばすか、それを考え抜いたか らこそ、費用対効果が圧倒的に高くなったのです。  もちろん、「隠れた資産」をうまくリストアップ できたからといって、それで成功が約束されるわけ ではありません。むしろ、そこから生みの苦しみが 始まります。  次章以降で、私たちチームがどうやって「隠れた 資産」を発見し、磨き上げていったのか、ご説明し たいと思います。  「要は、白馬三山の眺めを活かす展望台をつ くるんですね。いまいちばん人気の琵琶湖の テラスを参考にすればいいっすかね?」  岩岳山頂での夜を徹した作戦会議(という名の飲 み会)が終わって数日後のこと。  普段からコミュニケーションのベースにしていた フェイスフッターメッセンジャーのグループ「白馬 国際交流の会」に、「超絶スキーヤー」コージから の書き込みがありました(「白馬国際交流の会」と いう名前ではありますが、べつに国際交流を目的に したグループではありません。ケンジさん、サドル さん、コージと私の4人で飲みに行くと、二次会は かならず白馬駅前のフィリピン人ママが経営するス ナックに行っていたことに由来しています)。  さて、コージは小さいころからスキー一筋で、脇 目もふらずに直線的に進み続けることが得意なタイ プです。その性格どおり、いきなり結論に突っ込も うとしてきたのです。  しかし残りのメンバーの頭の中では、直感的に 「本当にそれでいいのか? そのままではまずい気 がする」と黄色信号が点滅していました。  「隠れた資産」を活用するための、もつと も基本的な心構え  先はどのコージの発言を受けて、活発な意見交換 が始まります。 ケンジさん‥おいコージ、そんな単純じゃないだ  ろ。そもそも、琵琶湖のテラスは湖を見下ろすデ  ザイン。うちでやろうとするのは、目線より上に  ある山に対峙する場所。同じようなものつくっ  たって魅力的になるとはかぎらないだろ。 サドルさん‥二番煎じと思われたら、メディア  だって呼びづらいよ。どこにもないとはっきり伝  わるものをつくらないと。  こうしたメッセージを見た私からは、全員に向け て次のように返しました。 ワダ‥じやあ、これから僕たちがいろんな手を打  つとき、いちばん気をつけないといけない心得っ  て何でしょう?  僕たちは「隠れた資産」を使って、白馬岩岳を盛  り上げていこうと思っているわけです。隠れた資  産をもっとも効率的に活かし、かつ、その効果が  永続的に続くものじゃなきやいけません。そう考  えると、隠れた資産だったら何でもいいから使っ  てしまえ、つてことにはならないですよね。 サドルさん‥広告にパンパンお金をかけられる状  況でもないので、できるだけ勝手に拡散してくれ  るような仕掛けがいいですね。テレビ局の人に話  を聞くと「日本一」とか「国内初」とか、そうい  う「うたい文句」があると取り上げやすいって  言ってました。 ケンジさん‥誰もがマネしづらいものじゃないと  だめだね。白馬とか岩岳とかじゃないとできない  こと、とかにこだわる感じ?  そういうものなら、なぜ白馬岩岳でやるのかとい  うストーリーもしっかり伝えられるし、お客さん  もわざわざ岩岳まで来て試してみたいと思うよね。  そういうのがサドルさんの言う、できるだけ勝手  に拡散するってことにつながるんじゃない? コージ‥なるほど……逆に、そっくり誰かのマネ  をしても、誰かに簡単にマネをされることになっ  ちゃうわけですね。  なんとなく話がつかめてきました。このときの会 話をまとめた私の投稿が、以下です。 ワダ‥では、隠れた資産の活用にあたって、以下  を基本的なスタンスとしましょう。 どこかでうまくいっている事例を単にモノマネす るのではなく、「白馬ならでは」「国内唯一、国内 初、国内でいちばん」にこだわること。 ほかでうまくいっている事例については、「なぜ うまくいっているのか」を自分たちなりに分析し、 そのいい要素は参考にさせてもらいましょう。 ただ、私たちがそれを売り出すときには、要素を きちんと構成しなおし、新たな価値を付加しま しょう。目指すのは「第三者の目から見て明確に 独自のモノと認定してもらえる」ことです。  そうすることで、すぐに埋没することも避けられ  るし、お客さんやメディアなども認知しやすく、  発信してくれやすくなるってことですね。  これが私たちの、隠れた資産の活用にあだっての 「第一方針」となりました。 白馬マウンテン(Iバーのユニークさは何 か  白馬マウンテンハーバーは、突き詰めれば「リフ トやゴンドラで山の上まで上がって、展望を楽しむ 場所」です。この構想自体は、けっして珍しいもの ではありません。  「モノの隠れた資産」で紹介した北海道の雲海テ ラスがそうですし、コージが言及した滋賀県の琵琶 湖テラスもあります。近いところでは、山梨県の清 里テラスやグループ会社が展開している北志賀竜王 のソラテラスもそうです。  白馬三山の絶景が圧倒的な魅力を持つ「隠れた資 産」だという点については、私たちは強い確信があ りました。ですが、こうした先行事例があるからこ そ、しっかりとユニークさを押し出せないと、埋没 してしまう危険性は否めません。  具体的にどうすればいいのか、アイデアをひねり 出すのに頭を悩ませ続けることになります。  引き続き、白馬国際交流の会のスレツド。私から 問いかけます。 ワダ‥どんなことにこだわりたいですか? どん  なことが、僕たちのユニークさだと言い切れるポ  インドになると思いますか? ケンジさん‥白馬三山に正対するあの眺めは、同  じような展望台から見る景色の中でも別格。白馬  に生まれて四十数年たつけど、晴れた日に山を見  るたびにきれいだな、すごいな、白馬に生まれて  よかったな、つて思う。そこをストレートに表現  することで、一定の差別化ができるよ。 サドルさん‥じゃあ、山を見せることにこだわる  デザインは必須ですね。どんなものがいいかは専  門家も入れて考えていくにせよ、そこは外せませ  ん。誰にお願いするといいのかなあ? コージ‥でも、他の展望台だってデザイン上の工  夫はもちろんしているはずですよ。他の施設より  もいいデザイン、おしゃれなデザインにこだわる  のはもちろん大事だと思うけど、それだけだとま  だ弱いんじやないですか?  コージも、かなり話を飲み込めるようになってき ました。ストレートな、でもとても重要な指摘です。  結局この日の会話は、私か「よそでやっているこ とをもう少し細かく調べて、どこもやってなさそう な要素を洗い出しますか」と締めました。しばらく みんなでネットサーフィンです。  数日後、私か外での作業を終えて会社に戻ってく ると、興奮気味のサドルさんが待っていました。  「あ、ワダさん’・ 気づいたんだけど、絶景を見 ながら本格的な食事やコーヒーを楽しむって売り出 し方をしているところ、どこにもないんじゃないか な? どこもせいぜい軽食止まりでしよ。でも、山 の上で食べる食事って、めちゃくちゃうまいじゃな い。これって売りになりませんかね?」  言われてみれば、私たちも何かあるたびに山頂で バーベキューをしています。  私自身、最初に山頂バーベキューに呼んでもらっ たときの感動は忘れられません。雑な男料理が、ど んな高級レストランのコースよりもおいしく感じら れました。  「じゃあ、バーベキューとかでしょうか?」  単純な私の発想に待ったをかけだのはケンジさん でした。  「いや、いちばん訴求したいのは若い女性だよ。 目の肥えた女性たちも満足させられるおしゃれな料 理と空間にこだわりたい。それができれば、クチコ ミで勝手に広かってくれる。それには、バーベ キューじゃちよつとね」  たしかに。サドルさんもコージも「なるほど」 「そうだな」と納得の様子でした。 こだわりをディテールに落とすI眺めを 最優先に考えたデザイン  「山を徹底的にきれいに見せるデザイン」  「おいしい食事・コーヒー、おしゃれな空間と絶 景を組み合わせる」  この方向性が固まれば、あとは実行あるのみです。  デザインに関しては、札幌の遠藤建築アトリエ代 表の遠藤謙一良先生に大変お世話になりました。い ま振り返るとかなり「ふわっとした」こちらからの リクェストを丁寧に具体化していただけました。  中でもいちばんのこだわりは、お客さんが、ある 場所で「うわっ」と驚くような仕掛けでした。  白馬マウンテンハーバーは、白馬岩岳のゴンドラ 山頂駅から森の中を抜けて200メートルほど歩い たところにあります。そこに開けた白馬三山に正対 する崖状の上地に、テラスとカフェ棟をつくりまし た。  このテラスに到着するまでは、森や建物がお客さ んの視界を微妙に遮るように設計されています。テ ラスに入る際には橋を渡るのですが、これを渡って いる間もその両側に並ぶ建物が「額縁」のように視 界を遮り、周辺の雰囲気がわからないようになって います。  そして、その「額縁」を抜けた瞬間、急に視野が 開けます。白馬三山のみならず、鹿島槍ヶ岳や五竜 岳、唐松岳、大日岳などの後立山連峰の眺めが、 いっきに広がるようになっているのです。  実際、晴れた日には、そのポイントでかならずと 言っていいほどお客さんは立ち止まり、「うわ〜」 という声を上げてくれます。無言になってしまう人 もいます(これがいちばん見ていて嬉しいリアク ションですね)。  私たちの独自性へのこだわり、眺望を活かすため のデザイン上のこだわりがうまくハマつた瞬間です。  「映え」を追求する  もう1つのデザイン上のこだわりは、座った視点 から目の前にいる大が邪魔にならないようなテラス の設計です。スタジアムーシートのような段を設け、 前に座った大がその後ろにいる人の目線を遮らない ようにしました。こうすることで、どこに座っても 白馬三山に正対している感覚が楽しめます。  そして最後のこだわりが、白馬岳を目指して飛び 出した突端部分です(私たちは「タイタニック」と 呼んでいます)。タイタニックに立つと、360度 大自然に包まれたような感覚が味わえます。もちろ ん写真スポットとしても最高に「映え」ます。  さらにタイタニックは、スタジアムーシートや上 部の座席から見下ろすステージの役目も果たします。 実際、音楽イベントなどの舞台にも活用することが 可能になりました。  みなさんはn・己・という動画配信者をご存じで しょうか。世界中の絶景や世界遺産でDJプレイを 行い、これを全世界に配信して人気を博しています。  このCercleが囗本初の場所として選んだのが、 白馬マウンテンハーバーでした。演奏が行われたの が、このタイタニックです。  演奏したのはグラミー賞にもノミネートされた経 験を持つ、ミステリアスな中国系アメリカ人DJノ プロデューサーの「ZHU」。その圧倒的な背景の 景色、マウンテンハーバー、タイタニックの特徴的 なセッティングと相まって、世界中の多くの人に衝 撃を与えることができたと感じています。  私自身はその囗、飛ぶように売れるビールと酎八 イをお客さんにサーブするのに必死で、その素晴ら しさを100%は理解できませんでした。ですが、 その後のYouTubeでの反応のよさを見てびっくり しました。  現在、YouTubeではすでに1000万同を超え る再生数となっています。コメントを見ても「I Suldn't think of a more beautiful location! Awesome ヨusic a乱awesome location. This is next leveご (これ 以上美しいロケーションはないと思います! 素晴 らしい音楽と素晴らしいロケーション。これぞネク ストレベル)など、絶賛です。  眺望を最優先したデザインのこだわりが、世界的 にも評価されていることを非常に嬉しく思っていま す。 おいしい食事と絶景のダブル主演  もう1つのこだわりは、「おいしい食事・コー ヒー、おしゃれな空間と絶景を組み合わせる」こと です。  その点については、THE CITY BAKERYを運営 する恂OZNさんと出会い、出店をしていただけた ことが、劇的な差別化要素になりました。  THE CITY BAKERYは広尾や赤坂、銀座などの 都心パイプランドエリアに数多くの人気店を出店し ているベーカリー・カフェです。  そんなTHE CITY BAKERYさんに出店いただい たことが、施設開業直後からトップスピードで集客 が進んだいちばんの背景だったことは間違いありま せん。「あのTHE CITY BAKERYのおいしいパンと コーヒーを、THE CITY BAKERYのいつものお しゃれな店舗の中で、絶景とともに楽しめるらし い」そんなクチコミが広がっていきました。  これは結果論ですが、THE CITY BAKERYさん に出店していただいたおかげで、訴求ポイントがと てもわかりやすくなりました。「都会でも大人気の パンとコーヒー」×「おしゃれな空間」×「絶景」 と言われれば、白馬に来たこともないお客さんにも、 その楽しさはなんとなく伝わります。  このわかりやすさのおかげで、実際に訪れてくれ たお客さんの多くがsNs発信をしてくれるように なりました。私たちの知名度を大きく高めてくれた と思っています。  実際、開業後「#白馬マウンテンハーバー」 #hakubamountainharborJをつけて投稿いただいた インスタグラムの投稿数は、すでに1万5000件 を超えています。投稿された写真やコメントを見て も、食事や飲み物に言及してもらうケースがほとん どです。  単にモノマネをした展望施設をつくるのではなく、 独自性にこだわったことが、このような成果につな かっているのです。  「おいしい食事とコーヒー、おしゃれな空間と絶 景を組み合わせる」については、CHAPTER 5でも そのいきさつなどを含めて、詳しく紹介したいと思 います。 「日本初」マウンテンカードの登場  「日本初」「ここならでは」にこだわったもう1つ の取り組みとして、2021年夏からスタートさせ たマウンテンカードがあります。マウンテンカード とは、エンジンのついていないカードで下り斜面の コースを駆け下りるアクティビティです。   琳’聊こ  `  2018年以降、急速にグリーンシーズンの来場 者数が増加してきました。そこで、さらにお客さん の満足度を上げるために、さまざまなアクティビ ティを提供しようと考えたのが発端です。  スキー場のグリーンシーズンのアクティビティと しては、ジップラインやスライダー(ボブスレー)、 キャンプ場といったものが一般的です。  しかし、私たちは常に、「白馬ならでは」「国内唯 匸国内初、国内でいちばん」を貫く、と固く誓っ ています。導入するアクティビティについても、基 本的にはほかでやっていることは優先順位が落ちま す。  この視点を持ちながら、普段からチーム一丸と なって「まだ国内にないものでおもしろそうなも の」を、グーグルの圉像検索やYouTubeなどで 日々探し続けているのです。  そうした中、たまたま出会ったのが、ヨーロッパ のいくつかのスキー場で導入が進んでいたドイツ発 祥のアクティビティ、マウンテンカートだったので す。  事業性やメディア受けなどを簡単にチーム内で検 証し、これだと決めたら、直接ドイツの会社にE メールでアポ。多少コミュニケーションに苦労しな がらも、半年弱で営業開始にこぎつけました。  ここからは「国内初」のキャッチフレーズを多用 していきます。するとテレビの取材がたくさん入る ようになり、ニュースやバラエティ番組で全国に放 映されました。SNSや動画サイトで取り上げてい ただけることも多く、順調なスタートを切ることが できました。  開業直後から休日は満員御礼が続き、なかなか希 望するお客さん全員には楽しんでいただけない状況 が続きました。そのため、当初は6台でスタートし たサービスもH月にはさっそく台数を20台近くまで 増やし、新コースもオープンして、さらに多くのお 客さんにお楽しみいただけるようになりました。 モノマネよ、さようなら  残念ながら、囗本の観光地や田舎は、「隣でうま くやったことを、そのままコピーすれば大丈夫」と いう風潮が強いように思います。とくにお役所がか らむ観光施設では、担当者がリスクを背負いたくな いせいもあってか、この傾向が強い印象です。  「この施設、隣町にもありますよね」「この施設、 べつにこの町でやらなくてもいいんじやないです か?」と思うような施設が多く、自分が観光客とし て同っていてもワクワクしないことが多いというの が実感です。  そんな金太郎飴みたいなコンテンツづくりばかり が先行してしまった結果、国内全体の観光の魅力が 落ちてしまっだのではないかと感じられてなりませ ん。  私たちの「ヤッホー’・スウィング」は、圧倒的な ロケーションと「「イジのブランコ」を彷彿させる シンプルな仕掛けが評判を呼び、全国メディアに何 度も取り上げていただきました。どこにもないよう な取り組みが評価され、PR面でのフックが強く なったのです。  しかしその後、大変びっくりすることに、全国各 地で「似たようなブランコ」がつくられました。  近隣県の大手観光施設さんも、2021年になっ て類似のブランコを始められました。  私もホームページで拝見したのですが、ブランコ 上部のデザインや値段、時間の設定や体重制限、さ らにはお客さんへの注意書きまでが、「ヤッホー’・ スウィング」とほぼ同一でした。「コピー&ペース トでもしたのかな」と思う、非常に残念なものでし た。  さらに、もっとひどいと思ったお問い合わせもあ りました。  外線でかかってきた電話をとっだところ、「おた くでつくったブランコが人気と聞いた。うちでも同 じものをつくりたいので、どのくらい金額がかかっ たか、どこに頼めばつくってくれるのか教えてく れ」とのこと(やはりとある地方自治体の方からで した)。  もう少し知恵を絞ったほうがいいのではないです か、と業者さん以外の情報はやんわりとお断りさせ ていただきました。  ここに根深く存在しているのは、やはり「モノマ ネ」カルチャーにほかならないと思っています。  「モノマネ」カルチャーから脱却し、そこにある、 そこにしかない、本当にポテンシャルのある「隠れ た資産」を見つめ、それをどう活用するか。心の底 から悩み、チーム一丸となって知恵を絞ることがな いかぎり、本当に魅力的な観光施設、地方をつくる ことはできません。  次章以降、私たちがどうやってモノマネから脱却 しながら、独自の隠れた資産を発見し、活用してき たのか、ご説明したいと思います。  「何かおもしろいものないっすかね?」  「白馬でまだ活用できていない魅力的な資 源、つて何でしょう?」  白馬国際交流の会メンバーをはじめとした地元メ ンバーと話をするときの、私の口癖の1つです。  さらに、SNSやインターネットで見っけたおも しろい記事やおいしそうなお店・料理、おもしろそ うな遊具のリンクを白馬国際交流の会のメンバーに 送りつけ、  「こんな感じのことを、自馬岩岳でやろうとした ら、どこで、どうやればおもしろいですかね?」  と聞くのもいつものことです。  逆にヶンジさんやサドルさんからあれをやりたい、 これをやりたい、というアイデアが出てくることも あります。そんなときは、私から以下のように問い かけます。  「それって本当にお客さんにウヶますかね?」  「どうやれば、もっと伝わりやすい商品になりま すか?」  「そのアイデアは、白馬ならではのユニークなも のにできますか?」  「その投資に見合う効果を出すには、こういうこ とをしないといけないのでは?」 本当にいいものは地元メンバーが知ってい る  こういったやりとりの根底にあるのは、  「白馬のいいところと遊び方は、30代後半になっ て初めて白馬にどっぷりつかりはじめた自分にはわ からない。生まれてこの方、真剣に白馬で遊びつく し、働き続けてきたローカルのメンバーのほうが 100倍よく知っている」  という信念です。  一方で、素材そのままではお客さんにその魅力が 効果的に伝わらない可能性が高いです。それでは、 ビジネスとして魅力的なものにはなりません。  ここから、よそのモノマネをせずに、隠れた資産 を掘り当て、有効活用するために必要な心構えが導 き出されます。  つまり、白馬のことを熟知した地元メンバーが持 つ「内部の目」と、外から来た私のような人間が持 つ「外部の目」とをうまく融合させてプロジェクト を進めるしかない、ということです。  外から来た私自身の役割は、ある種の「マーケ ター」「プロジェクトーマネジヤー」です。周囲に 刺激を与えながらアイデアを引き出しつつ、そのア イデアを外部の目からブラッシュアップし、最後は 進捗管理をして完成に導くのが、外から来た人間の 役目です。  こうした考えにいたった背景には、白馬に来てか ら積み上げてしまった数々の失敗がありました。 「自分でアイデアを全部出さないと」と肩肘を張っ ていたために、独善的な取り組みを進めてしまった のです。  いま思い出すと赤面モノですが、読者にとって反 面教師になればと思い、ここでご紹介させていただ きます。 大失敗の「ゲレンデバーベキュー」企画  私の独善的なアイデアだけで動いてしまった結果、 うまくいかなかったイベントの最初の記憶が、冬の スキー場のど真ん中でバーベキューをやるイベント でした。  白馬に来て2年目の冬、初めて自らのアイデアで 開催したイベントでした。「Iwatake Winter BBQ & Beer Festivaごと銘打って、当時お付き合いしてい たビールメーカーさんや、都内でバーベキュー場を 展開する会社さんと企画したイベントです。  岩岳の山麓で開催したこのイベントは、いま思え ば岩岳の現場を取り仕切る「現場監督」ケンジさん のアイデアと協力がなければうまくいかないもので した。しかし当時の私とケンジさんは、まだあまり 深い交流ができていたとは言えない状況でした。  振り返ってみれば、おそらく「この東大卒、ホン トに仕事できるの?」「理屈だけで現場が動くわけ じゃない。やれるもんならやってみたら?」くらい の目で見られていた気もします。  一方で私には、「何か結果を残して、みんなから 信頼してもらわないと」と焦る気持ちがありました。 その結果、地元メンバーの誰かにしっかりと相談す るというあたりまえのこともしていませんでした。  「雪の上でバーベキューをやる」という、普通は 考えないアイデアだから、多くの人が興味を持つだ ろうIそんな甘いもくろみで、お付き合いのある 事業者さんを巻き込んで企画を進めてしまったわけ です。  迎えた当日。みなさんの想像どおり、結果は散々 でした。  イベントの集客方法も現場メンバーとよく詰めず、 プレスリリースを出して事前予約用のホームページ をつくり、あとはスキー場の施設にチラシだけ用意 すれば十分、という程度にしか考えませんでした。  フタを開けてみると、事前予約は数組のみ。当日 天気が悪かったことと場内での告知が不十分だった こともあり、飛び込みのお客さんもほとんど集まり ませんでした。  結局、「そもそも極寒の地で生ビールを出すのが 無理っすよ」と文句を言われながらも、ケンジさん に現場のセットアップをしてもらうことになります。 しかし、気温もマイナス10度まで下がり、吹雪が吹 き荒れる中、なかなかバーベキューやビールに手が 伸びません。  挙句の果てには、いちばんの売りにしていた生 ビールのサーバーが凍って泡しか出なくなってしま い、お客さんに提供することができないというあり さま。メインの商品も提供できず、お客さんも少な く、寂しい雰囲気のまま時間だけがすぎていきます。  唯一の収穫は、たっぷり時間があったからこそ、 結局どっぷり現場の世話に巻き込んでしまったケン ジさんと話せたことでしょうか。これまで、冬には どういうイベントを仕掛け、お客さんに喜んでも らったか。盛り上がらないイベントに巻き込んでし まったことを申し訳なく思いながら、教えを受けま した。  「事前に、どういうイベントが白馬にマッチする のか話を聞いておけばよかった」  「実際に現場でオペレーション可能で、お客さん に喜んでもらえる仕掛けは何か、聞き出すべきだっ た」  悔しい思いで胸がいっぱいになります。  こんなできごとを通じて、「現場のことをよく 知っている人からアイデアを引き出すこと」がもっ とも重要、と感じていくことになるのです。  「白馬を白馬に連れてきて」  もう1つ、「もっと白馬に根づいたアイデアを引 き出していかないとだめだ」と学んだ失敗もありま す。それが、同じ冬のシーズンに行った「白馬を白 馬に連れてきて」キャンペーンです。  これは、当時お願いしていたPR会社さんからの 提案でした。  スキーシーズン中の2週間の期間中、白馬にちな んだアイテムを持参したお客さんには各種プレゼン ト、本物の白馬に乗ってご来場いただいた方には先 着1名さまにスキー場の3年分シーズンパスをプレ ゼント、という企画です。  白馬というエリアのブランドは、とくに若い世代 を中心に、認知が年々落ちていました。そこで、メ デイア上で「バズる」話題をつくって、白馬という 地名を認知してもらうことだけを目的に行ったおも しろネタ的なキャンペーンでした。  いま思えば、PR会社の提案を、単純に「おもし ろいじやん」というノリで進めてしまったプロジェ クトでした。とうてい現場からのアイデアを十分に くみ上げて進められたプロジェクトとは言えません。  キャンペーン自体は「お馬鹿なネタ」としていく つかのメディアにも取り上げてもらえました。さら には、実際に佐久市から白馬がやってくることに なって、NHKさんにも10分ほどの特集を組んでも らえました。当初想定したくらいの効果は、出せた ように思います。  しかし、いかんせん「無理やりつくった一発ネ タ」を超えるものではありませんでした。本当にど こまで「白馬」の名前を知らなかった人にその名前 を伝えられたのか、そこから来場につなかった人が 本当にいたのか、疑問符のつくものになってしまい ました。  次に続くネタもなく、その年だけの単発イベント になってしまったのも、効果が大きくならない要因 だったと思っています。  当時から気さくに声をかけてくれていた「スー パー営業マン」サドルさんからも、  「アイデアとしてはおもしろかったけど、次が続 かないですね」  と寂し気なコメントが。  「表面的におもしろいことではなく、白馬ならで はのよさを深掘りしたものをベースにアイデアを構 築しないと長続きしない。そのためには、外の人か ら言われたことを鵜呑みにしてモノを進めるのでは なく、チーム内で意見を出し合う環境をつくらない といけない」  と、改めて思い知ることになりました。 「外部の目」ももちろん重要  もちろん、地元のメンバーの意見だけ聞いていれ ば何でもうまくいく、というわけではありません。 それが真実なら、そもそも各地域の観光業がこんな に苦しくなるわけがありません。  「外部の目」にも意味があると地元メンバーにき ちんと理解してもらつたうえで、地元の意見と「外 部の目」をうまくミックスしていく必要があるので す。  内部の目だけではなかなか進まなかったものが、 外部の目を持つ人間が入ったことでうまく進んだプ ロジェクトもあります。  その1つの例が、「白馬バレー10スキー場」の共 通自動改札システム導入プロジェクトです。これは 私か白馬に来て2年目、2015年から2016年 にかけて取り組みました。  「白馬バレー」とは、白馬村、大町市、小谷村の 三市村にまたがった10力所のスキー場の総称です。  とくにインバウンドのスキーヤーは「白馬岩岳」 や「白馬八方尾根」といった個別のスキー場の名前 を熟知して行き先を決めているわけではありません。 なんとなく「白馬というエリアがよいらしい」と聞 いて来てくださっているケースが大半です。  このため、エリア全体でのブランド認知を高め、 また、来訪時の満足度をエリア全体として高めるこ とが重要になります。そのための仕掛けとして導入 されたのが「白馬バレー」という概念です。  ロゴを定めて地域としてのプロモーションを一体 的に行うほか、シャトルバスや共通リフト券などの インフラ整備を10スキー場で共同して行っています。  中でもインバウンドのお客さんにとっては、10の スキー場を手軽に移動できる共通りフト券の存在は とても重要です。彼らは一度来訪すると平均7囗か ら10囗ほど白馬に滞在するため、いくつものスキー 場を行き来できないと、飽きてしまうのです。  「白馬バレーチケット」という名前で呼ばれる共 通りフト券は、2013年から販売されていました。  しかし、当時は各スキー場の自動改札システムが ばらばらでした。そのため、共通券とは言ってもモ ギリの回数券のような形状で、毎朝そのスキー場の 自動改札で使えるチケットに引きかえてもらう必要 がありました。  お客さんにとっては、毎回チケットセンターで行 列に並ぶ必要があるため、けっして便利なチケット とは言えません。実際、外国人観光客にとったアン ゲートでも苦情があいついでいます。  これをなんとかしないといけないという思いは、 各スキー場の経営層の面々(ほとんどが地元メン バー)にもありました。しかし、実際にシステムを 共通化しようと思うと、大きな投資が必要になるこ とに加え、自社の思いどおりのものが導入できなく なります。  結局、みなが二の足を踏み、数年間、この問題は 放置されていたのです。 コンサル&官僚の経験が活きる  外から来た私は、このままではインバウンドス キーヤーの満足度が上がらず、他のエリアに逃げら れてしまうリスクが高いという危機意識に駆られま す。  「外部の目」から冷静に見て、顧客満足度を高め ることなく将来的な収益を拡大することはできませ ん。また、初期投資については工夫次第で下げられ る可能性が高いと考えられました。  そんなことを各社に説明し、なんとか検討プロ ジェクトを進める了解をとります。  私はもともと、コンサルとして調達コスト低減プ ロジェクトなども経験していました。そのときの知 見も総動員しながら、導入コストの低減に取り組み ます。  そんな中、国内でスキー場の自動改札システムを 扱っている会社が実質I社で、独占状態となってい ることを知ります。これでは、調達コストは下げら れません。まずは競合相手が必要です。  ということで、国内ではほぼ実績のなかった海外 メーカーに声をかけ、コスト低減の鉄則の1つであ る相見積もりが可能な体制を整えます。  コスト低減に向けたもう1つの鉄則が、ボリュー ムディスカウントをしっかりと利かせることです。 今回の白馬バレーとしての発注ボリュームを取りま とめ、国内でこれよりも大きなティールは今後存在 しないことを、両メーカーに明確に伝えました。  その後、見積もりを詳細項目までとり、詳細項目 ごとに価格を比較し、類似品については金額の柢い ほうに合わせてもらったりしながら、何回か見積も りを修正していきます。  こうしたプロセスを経たところ、投資金額をかな り節約することができました。  それでも投資に二の足を含む会社さんが複数あり ました。そこで今度は、自治体に狙いを定めます。  多少難航しましたが、今回の投資がどれだけ地域 にメリットがあるかを説明した結果、一部の自治体 から「今回、白馬バレーと一体的に投資をするので あれば」という条件つきで補助金を出してもらえる ことになりました。  さらに、国の交付金も見つけて申請し、投資金額 の一部を補助していただけるようになります。この あたりは、官僚として「内向きの仕事」をしていた 経験が、幸いにも活きたと思っています。 「日本最大のスキー場」誕生  自動改札システムの刷新は、どのみちいつかやら ないといけない投資です。そこに、今回共通システ ムとして投資することが、金額的に見てかなり有利 である状況をつくり出すことに成功しました。  その結果、10スキー場のうち、インバウンドス キーヤーが実際によく来場していたすべてのスキー 場に、共通システムが導入されることになりました。  しかし「外部の目」から冷静に見ると、システム 導入をして利便性を高めるだけでは効果は限定的で す。何かうまく「白馬バレー」の特徴を伝えられる 材料はないか。  そう考え、「スキー場としての規模」が、とくに 長期滞在のインバウンドのお客さんに訴求しやすい ことに気づきます。  実は、共通自動改札システムの導入により、白馬 バレーは同一エリア内にあって単一のチケットを利 用して滑走できる「1つのスキー場」になりました。 その結果、滑走可能面積やコースーリフトの本数な どの面で「国内ナンバーワン」の規模を誇ることに なったのです。 9  匹  これにあわせ、マーケティングのキー・メッセー ジの1つとして「日本最大のスキー場」と謳うこと にしました。「日本最大のスキー場誕生」とプレス リリースを打ち、海外向けのマーケ資料にもかなら ず"Japan's 」argest Snow Resort"と入れています。  効果は上々でした。  もちろん、白馬バレーとしての利便性向上に向け た各社の努力やマーケティングの工夫が積み重なっ た結果ではあります。そこに、この共通自動改札シ ステム導入が追い風となって、白馬バレーではコロ ナ前まで、インバウンドの集客はきわめて順調でし た。冬のお客さん全体の3割近い38万人前後が、海 外からのスキーヤーだったのです。  白馬はこうして、北海道のニセコに次いで「海外 からの集客が多いスノーリゾート」としての地位を 確立しました。  共通自動改札システム導入のすべてのプロセスを、 私か行ったわけではありません。しかし、「内部の 目」だけではなかなか進まなかった課題に対し、外 での経験を活かして対応した結果、前に進んだプロ ジェクトの例だと考えています。  「マウンテンバイクの聖地」復活へ  白馬岩岳で「内部の目」と「外部の目」がうまく 融合し、隠れた資産の有効活用につながった例とし て、「白馬岩岳マウンテンバイク(MTB)パーク」 の復活があります。  白馬岩岳は1990年代ごろ、「MTBの聖地」 としてその名を知られたダウンヒルコースを展開し ていました。冬にスキー客を運ぶゴンドラリフトを 夏も動かしてお客さんとバイクを山頂に運び、ス キー場の斜面を切り開いたトレイルをお客さんが駆 け下りるのです。  「春の岩岳」「秋の岩岳」と呼ばれる大きなイベン トも開催され、グリーンシーズンで数万人の来場者 数を誇っていたと聞きます。  しかし2000年代に入ると、状況は一変しまし た。スキーブームの終焉と軌を一にするように、M TB人気も急減。来場者の減少とトレイル維持コス トの上昇が相まってバイクパークの収益性は悪化。 10年以上にわたって休止され、トレイルは荒れ放題 となっていました。  こうした中、白馬でMTBガイドをやっていた 「ホリつち」が岩岳のチームに参加します。なんと しても「MTBの聖地」としての岩岳を復活させた   言よ、苫y。、  ゛“。{712255・  最初は、会社としての支援はほとんどできていま せんでした。  しかしホリつちは地元の仲間を集め、手作業でバ イクコースを開拓しはじめます。そして2015年 秋には、1本のダウンヒルコースを復活させてしま いました。  コース自体は玄人好みの上級者コース。MTBに 手慣れた地元っ子たちは楽しくダウンヒルをしてい きますが、私のような初挑戦の人間は悪戦苦闘。営 業・マーケティング面での努力をあまりしていな かったこともあり、「コースはできたけど、やる人 は一部の愛好家だけ」という状態が続きました。  一方、2015、16年のウインターシーズンは、 劇的な少雪のシーズンで集客を大きく落としました。 「グリーンシーズンに何かやらないと白馬岩岳の将 来はない」という危機感は、会社全体で共有されは じめていました。  そこで私たちが目をつけたのが、MTBパークで した。2015年は550人、2016年は 1200人と集客面では苦労していましたが、外部 の目でよく見てみればチャンスはありそうに感じま した。  まず、競合の数自体がきわめて少ない。そのわり に、年間2万人ほどの集客を誇る競合パークもあり ました。どこも上級者向けのコース中心で構成され ていて、「初めてのお客さん」を取り込む努力を しっかりしているところも少なそうです。  何よりもゴンドラとスキー場の斜面という、もと もと持っている資産を有効活用できます(隠れた資 産’・)。極端に大きな投資もせずにお客さんに魅力 を提供できそうです。これは、当時の苦戦していた 財務状況からもぴったりでした。  紆余曲折を経ながらも、会社としてしっかり投資 をすることになります。外部に、それも初めてMT Bに挑戦する人に自信を持って売り出すことのでき るコースを造成することを決めました。 地元の想いを、外部の目でビジネスに  コースに関してはホリつちの紹介で、MTBの ワールドカップコース造成にも携わったトレイルづ くりのプロフェッショナル、9an Winston氏にお願 いできることになります。詢く弓氏も国内マーケッ トの状況や岩岳の山の特性を考え、「まずは初心者 が楽しめるトレイルを最優先してつくるべき」との 意見。これも外部の目ですね。  2017年に入り、雪が解けた春先から詢べ甘氏 監修のもと、新規トレイルの造成が始まります。ホ リつちたち地元メンバーも、大汗をかきながら作業 を手伝ってくれました。  そして2017年秋、ようやくゴンドラ山頂から ふもとまで、全長フキロメートル弱の初心者・初級 者向けのダウンヒルコースが完成します。  トレイルができれば、それで終わりではありませ ん。同時に営業・マーケ戦略を立てる必要もありま す。ここは、私の元コンサルとしての「外部の目」 の活かしどころです。  初めての人に「やってみたい」と思ってもらえる ようなマーケ素材をつくりつつ、露出先を選定して いきます。もちろん、既存MTBユーザーに効率的 にニュースを届けるための営業回り先も探していき ます。  具体的な営業回り先は、ホリつちをはじめとした MTBに詳しいメンバーが中心となって情報を集め てくれました。バイクパークを展開していたころに はすでに白馬岩岳で働いていたヶンジさんやサドル さんからも、情報を聞き出していきます。 普通のビジネススキルも、地方では価値が 高まる  課題はもう1つありました。白馬のチームは20年 近く、新しい投資から遠のいていました。そのため、 スケジュール管理やコスト管理など、いわゆる「プ ロジェクトーマネジメント」に慣れた人があまり多 くはいませんでした。  この点に関しては、コンサル会社でプロジェク トーマネジャーをやっていた私の経験をフルに活用 できます。コース整備やマーケ・営業準備など複数 のワークスドリームを整理しながら進めていくこと で、オンタイム、予算どおりにプロジェクトを進行 できました。  きちんとしたガントチャートを完成させ、それに 基づき定期的にミーティングを行い、進捗報告。遅 延した場合や予算を超過しそうな場合は、対策を考 える。  ある意味あたりまえのプロジェクトの進め方です が、こうした都会の大企業での「仕事の常識」は、 地方に行くと意外と価値が高いことがあるのです。  そんなチームワークの結果、2017年の秋の開 業以降、順調に集客に成功。  2016年には1200人の来場者数たったもの が、開業後の2018年には1万人、2019年に は1万2000人の来場者を迎えることができまし た。狙いどおり「MTBに初めて挑戦する」という お客さんも多く来ていただいています。  2021年秋にはさらにコースを拡充し、グリー ンシーズンに動かすリフトも1本増やしました。さ らに、マウンテンハーバーなどほかのコンテンツ目 当てで来場されたお客さんが気軽にトライできるよ う、山頂でのバイクレンタルも開始しています。  中の人の熱い想いと外からのビジネス目線とがう まくマッチしたことで、「MTBの聖地復活」に向 けて着々と歩みを進めていっているのです。 外部の目を養うために、自ら遊ぶ  ここまでの事例でもおわかりいただけたように、 「内部の目」と「外部の目」をうまく組み合わせる と、ときに信じられないような成果を生むことがで きます。  地方の場合は「地元」と「都市部」、会社の場合 は「社内」と「社外」。両方の目をバランスよく組 み合わせることで、「隠れた資産」を見つけ出し、 活用することができるようになるのです。  ただ、都合よく「外の人」が参加してくれるケー スばかりではありません。「中の人」だけではよい 取り組みはできないのかといえば、もちろんそんな ことはありません。  昔から、中にいる人だけでうまくいく事例はたく さんあります。こういうケースは、中の人たちが、 客観的に自分たちのことを評価できる「外部の目」 を持っているケースがほとんどです。  では、どうすれば「中の人」でありながら「外部 の目」を獲得できるのでしょうか。  こうした観点では、とくに観光業、レジャー産業 に関して言うと、「自分でよく遊ぶ」「いろいろなこ とに興味関心を持ち、試しにやってみる一行ってみ る」ことが重要だと思っています。そうすることで 外部からの刺激を得られ、内に閉じこもることのな い正しい目線の高さを保てます。  素材の持つ本質的なよさを見抜き、外にいるお客 さんにしっかりとそのよさを伝えるにはどう調理す ればいいか、その感覚を研ぎ澄ますことができるわ けです。  自戒の念も込めてになりますが、ともすると仕事 の忙しさに埋没し、休みもとらず現場に出てしまっ たり、休みをとっても家でタラタラしてしまった り……となりがちな毎日です。  しかし、それではいいアイデアなんて出てきませ ん。  いろいろなところに出かけ、自分の施設と比較し、 いい点があればその要素を因数分解して考える。そ んな積み重ねの果てに、本当にいいものができるの です。  幸い、私自身は、白馬に来るまでに日本各地のス キー場を回って遊んでいました(長野と北海道の主 要スキー場のほとんどすべてに、遊びに行ったこと があります)。日本百名山踏破を目指して、いまま で70以上の「名山」に登りました。また、アメリカ 留学時にはヨセミテやイェローストーン、グランド キャニオンなど名だたる国立公園でテント泊をしな がら、ひと月近く同った経験もあります。  さらに、東京に家族が残っていることもあって、 たまに東京に出た際には、都内にある流行のスポッ トを片っ端から同っています(名目は「子どもを遊 びに連れていく」です)。  娘から教わった表参道のスコーンのお店 CHAVATYには、おじさん2人で出かけました。 女子大生たちに囲まれて30分並び、ティーラテやス コーン、ソフトクリームを味わったこともあります。  こうした経験が、いまになって活きています。目 線の高さを維持し、白馬に活かせそうなアイデアを 剔出する際のヒントになっているのです。  外部の目と言っても、科学のように「何か正しい のか」をたしかな基準で決めることなどできません。  そうである以上、最後は自分が好きなものがよい と信じるほかありません。だからこそ、なるべく多 くのモノを見て、その背景にあるものを深く理解し ておく必要があります。それ以外に、外部の目を養 うことはできないのです。  「何か魔法でもかけられたみたい。嫁入りし てから60年近く、ずっとすごしてきた建物が こういう形で残るなんて。これより嬉しいこ とはない。サドル君にお願いしてよかったよ」  街並み活性化のプロジェクトの一環で、廃業を決 められたお宿「しおじま」のお母さんが私たちに声 をかけてくれました。  ご近所育ちで実家が「しおじま」から200メー トルほどしか離れていない「スーパー営業マン」サ ドルさんも、とても嬉しそうにしています。 白馬岩岳マスタープラン  私たちはスキー場を経営しています。しかし、 「隠れた資産」を探す範囲をスキー場内部に限定し てはいませんでした。白馬岩岳という「エリア全 体」に目を向けていたのです。  なぜなら、スキー場という「点」だけではなく、 エリア全体という「面」を活性化しないと、「点」 もよくならないからです。1ヵ所だけを深掘りする のではなく、広くエリアに点在する隠れた資産を同 時多発的に掘り起こしたほうが、魅力の発信もス ムーズにできるはずです。  そんな思いを持って「街並み活性化」に取り組む ことになったのは、2017年のことでした。  きっかけはやはり、少雪で大きく来場者数を落と し、このままではスキー場も街もダメになってしま うという危機感でした。この危機感をエリア全体で 共有し、活性化策を話し合うことにしたのです。  集まったのは地元観光協会や行政区(自治会のよ うなもの)、私たちスキー場など。今後のエリア全 体としての生き残り策である「白馬岩岳マスタープ ラン」の検討が始まります。  将来のことですから、まずは若手中心のメンバー でたたき台をつくることになりました。それを地元 重鎮たちに説明しながら、エリアとしての合意を図 るという進め方です。  地元側メンバーは、次世代を担う30〜40代の若手 3名にサドルさんを加えた4名(サドルさんは岩岳 出身なので、地元メンバーの一員という位置づけ)。 スキー場経営者側メンバーとして、ケンジさんと私 か選定されました。  この6人で月I〜2回集まり、話し合いや関係者 へのヒアリングを重ね、約4ヵ月でマスタープラン の素案をつくり上げました。  素案にはさまざまなテーマが盛り込まれましたが、 中でも最重要課題の1つが「白馬岩岳の街並み」の 活性化でした。  ベースタウンの街並みの魅力を向上させながら、 その街並みに点在する宿泊事業をどう復活させるか。 これは言葉にするとシンプルですが、非常に難しい 問題です。 白馬岩岳の街並みの魅力と課題  白馬岩岳のベースタウンである新田地区・切久保 地区は、旧「塩の道」の街道沿いの宿場町として栄 えてきました。新田の開発にともなって発展してき た農村集落としての景観資源を有するエリアでもあ ります。  。鈿 ・ 顯  l。一ぶ  このエリアには、白馬岩岳にスキーに来るお客さ んが宿泊する民宿や旅館、ホテルなど多くの宿泊施 設があります。1990年代のピークには、その数 は150軒を超えるほどでした。  しかし、スキー人口の減少に加え、経営者の高齢 化や施設の老朽化、後継者・人手不足などの理由か ら廃業する施設が目立ちはじめます。2016年に は、その数は90軒程度まで減少してしまいました。  この施設数の減少と活気の低下は、エリア全体に とって大きな課題になっていました。  営業をやめてしまって明かりがつかない宿が増え ると、街並み全体が暗くなってしまいます。そうす ると、まだ営業を続けている宿に宿泊しているお客 さんにも「寂しい街だな」という印象を与えるよう になってきます。  さらに営業をやめる期間が長期化し、住む人もい なくなってしまい、外観がいっきに廃屋化してしま う施設がI軒でも出てしまうと大変です。街並みは もはや魅力的とは言えないものとなり、近隣の宿泊 施設に大きなマイナスが出るようになってしまうの です。  また、宿泊エリアの苦境はスキー場の苦境でもあ ります。お客さんの7〜8割が宿泊をしながらス キーを楽しむ白馬岩岳のスキー場としては、ベース エリアの宿泊施設数の減少は来場者の減少に直結す るのです。  一方、コロナ禍前の白馬エリアを全体的に見ると、 とくに高級志向なハイェンドの観光客をターゲット とした宿泊施設が足りていませんでした。お客さん が求める水準を満たすことができれば、十分需要を 獲得できる見込みはあるように思えました。  これらはまさに、エリア全体(面)としての課題 です。個々の施設などの「点」だけをよくしても、 解決できるはずがありません。  エリア全体で「隠れた資産」を探し出し、これを 磨くことでしか前に進めなかったのです。 街並み活性化に向けたスキーム構築へ  私たちは、農村・宿場町としての景観や使われな くなりつつある古民家が、「隠れた資産」になりう ると考えました。そこで、すでに廃業していたり、 これから廃業を考えていたりする複数の宿泊施設、 商業施設を借り受け、リノベーションしたうえで第 三者に貸し出すスキームを考案します。  白馬岩岳にすでに点在する日本情緒あふれる古民 家などの複数の施設を、再生・利用する。さらにレ セプションーダイニングーベッドなどの機能をそれ ぞれの建物に分担させることで、。街”自体に宿泊 していただく、というコンセプトです。  これまで分散して経営されてきた複数の施設を一 括して運営することで、規模の経済が利くようにな ります。さらに「まち一帯の経営体力を強める」こ とで、リノベーションを加速化することも狙いの1 つです。  この事業の成立には、3つのプレーヤーが必要で す。資金の出し手、リノベーションしたあとの施設 の運営者、建物の貸し手です。  資金面については、早々に突破口が見えました。  地方創生に関するプロジェクトに対する資金提供 を主な業務とする官民ファンド「地域活性化支援機 構(REVIC)」と県内地銀が出資した「ALL 信州観光活性化ファンド」、それにNECキャピタ ルの地方創生ファンドがバックアップについてくれ ることになったのです。  運営面については、正直に言って私たちの手には あまりました。  私たちには、宿泊事業の経験がほとんどありませ ん。そのため、改装を適切にやり遂げ、客室を販売 し、お客さんをもてなすといったスキルやノウ(ウ は、外部の協力者に頼る必要がありました。施設の リノベーションを行う前の段階から誰かに入っても らい、協働しながら事業を進めていくことが必須で す。  たまたまその1年前ごろ、私は神奈川県葉山エリ アでバケーションハウス「HAYAMA Funny housej を展開するrunny株式会社さんを知人から紹介さ れていました。  fHAYAMA Funny housejは、1965年に建築 された邸宅を、runnyさんが2015年にリノベー ションして運営している大人のリゾート地です。海 と調和するようなデザインが美しい白亜の邸宅は、 葉山エリアの人気施設として有名でした(ilミ beach.funnyfunny.jp/)。  まさにこうした素敵なリノベーション施設が白馬 にほしいな、と思っていたこともあり、改めて事業 の趣旨などを説明する機会をいただきました。する と、runnyさんからは二つ返事で、  「白馬はおもしろそうだし、和田さんもおもしろ そうだから、一緒にやりましよう」  と言ってくれました。  ここまで進めば、あとは貸し手=地元の建物オー ナーを探すだけ。廃業を考えている人も多いのだか ら、少し説明すればすぐに見つかるだろうIそう 思っていました。  そんな私たちの楽観は、しかし見事に打ち砕かれ ることになります。ここから、本当の生みの苦しみ が始まることになりました。 地元の反応とサドルさん  ここで言う「生みの苦しみ」とは何か。簡単に言 うと「総論賛成・各論反対」「外の人に言われても 信じられない」の状況です。  これ以上廃業が続き、街並みが暗くなるの は嫌。廃業しそうな宿をリノペーションして 維持することは必要そうな気がする。  でも、自分の家がそんなふうに使われて大 丈夫なのか不安。  近所の建物がきれいになるのはいいけれど、 そこが自分の宿と競合する関係になっては困 る。  難しい紙を見せられて「こういうスキーム が必要」と早口で説明されてもよく理解でき ないし、怪しげ。  そんなにうまい話があるのか? 本当か?  公民館で何同か説明会をさせてもらいましたが、 どうにも手ごたえがありません。「疑心暗鬼」と いった顔の地元の方も多く、説明する私の不安も高 まります。  ここで活躍したのが、やはり地元出身のサドルさ んでした。  サドルさんは、廃業しようと思っている宿や、す でに使われなくなっている建物のオーナーさんのと ころに何度も出向き、事業の狙いを丁寧に説明しま した。そのかいあって、徐々に話を聞いてくれる オーナーさんが現れてきました。  「地元つ子」だけが持つ力  「サドル君、実は来年の3月に宿をやめようと 思つてるの」  サドルさんが「しおじま」のお母さんから打ち明 けられたのは、ぽつぽつと具体的な話も出はしめた 2017年の年末のことでした。  お母さんはすでに70代。長年I人で民宿を切り盛 りしてきました。しかし建物の老朽化が進む中、後 継者もおらず、体力的にも厳しいということで、廃 業を考えられていたのです。  「自分がお嫁に来る前から義父と義母、その父母 が大事に使ってきた建物で、本当はなんとか残して いきたいの。でも、もう宿をやる体力はないし、お 客さんも減ってきたし、建物も傷んできている。宿 をやめたらこんな大きな建物は維持できないので、 壊すしかないと思うけど、どうかな」  お母さんはサドルさんに、そう相談されたそうで す。サドルさんは、  「自分が生まれ育った新田の街並みに残る素晴ら しい建物だから、なんとか残したい。この街並みと しおじまの思い出、両方を残すいい方法がないか、 社長に相談してみる」  と、いったん持ち帰ってきました。  その後、私もサドルさんと一緒に建物を見に行き ました。建物自体は築150年以上のいわゆる「古 民家」で、8部屋ほどのこぢんまりとした民宿でし た。一目見て、「きちんと手を入れれば非常に魅力 的な施設に生まれ変わる」と確信を持てる素敵な建 物です。  さっそく、私か考えていたスキームをお母さんに 説明させてもらいましたが、やはりなかなかすぐに は理解を得られません。  「ほんとにそんなうまい話があるの?」  「フアンドつて言葉自体が不安。家を取り上げら れちやったりしないの?」  と、納得していただくのは簡単ではなさそうです。  その後、サドルさんは何回も何回もしおじまを訪 問し、雑談も交えてお母さんの不安を解きほぐしな がら、丁寧にスキームの利点を説明しました。  最後にお母さんから出た言葉はこうでした。  「地元で生まれ育ったサドル君がそこまで言うな ら、信頼する」  きっと、ロジックだけではない何かが、最終的に お母さんを動かしたのだと思います。  ちょうどしおじまさんのお隣の「仲屋」さんも、 同じタイミングで廃業を考えられていました。ここ でもサドルさんのがんばりが奏功し、まずは2軒の 宿を大きく改装することが決まります。  もう1つ、村が保有していた築180年近くの古 民家を、クラブハウス兼ダイニングとして活用させ てもらえることも固まりました。こうしてやっと本 格的に事業化できることになったのです。 「旅籠丸八」完成  こうして2018年12月にでき上がっだのが、 「旅籠丸八」です。築150年の建物の「味」をふ んだんに感じさせてくれるのに、どこかモダンな雰 囲気もある温かみのあるデザインは、私たちの当初 の想像を圧倒的に超えたものでした。  旅籠丸八は、初年度からとくにインバウンドのお 客さんを多く集めることに成功します。稼働率は 個々に民宿をやっていたときの倍近く。宿泊客I人 あたりの単価も倍以上に伸ばすことに成功しました。  また、クラブ(ウス兼ダイニングの機能を持つ 「庄屋丸ハダイニング」も2018年12月に完成。 築180年近くの古民家ならではの雰囲気や食事の おいしさが人気を呼び、インバウンドで賑わう冬季 には100席近くある店内が常に満席状態となりま した。  しおじまのお母さんも、改装された建物を見て、  「魔法にかかったみたい」  「思い出の建物が残ることになった。お義父さん とお義母さんが喜んでると思う」  と大喜びしてくれました。私たちもほっと一安心 です。  その後も徐々にですが、施設数を増やしています。 いまでは「旅籠丸八」として一番館から参番館の3 つの建物と、クラブ(ウスである「庄屋丸ハダイニ ング」、別ブランドで立ち上げた「Funny hours HAKUBA」、白馬の特産品をつくり上げるために誘 致した(ムーソーセージエ房兼直売所の「白馬八 ム」の計6棟が稼働中です。  runnyさんには施設の改修デザイン、運営だけで はなく、街並み全体を魅力的にするライトアップの デザインや、その後に入ってくるテナントさん(自 馬ハム)のブランド構築などもお手伝いいただいて います。こうして、一体感のある街並みづくりが軌 道に乗ってきました。  現在はコロナ禍の影響もあり少し苦戦気味ではあ りますが、街並みを訪れる観光客の数も徐々に増え てきており、面的な活性化が進みつつあるのです。 物事を「面的に考える」ことの重要性  これまで見てきたように、「隠れた資産」はかな らずしも、自分がいま現在携わっている事業領域だ けにあるわけではありません。  産業を構造的に見て、今後の活性化に向けたボト ルネックが自分の事業領域の外にあるケースも多い はずです。私たち白馬岩岳のスキー場から見たベー スタウンが、まさにこの例でした。  その場合、自分の事業という「点」だけでものを 見ていては、物事は進みません。周辺産業、領域と いった「面」における隠れた資産の活用を考えるこ とが必要なのです。  お客さんが「同じエリア」と認識するエリア内に ある「隠れた資産」を同時多発的に活用することが できれば、お客さんへより強く訴求できます。  さらに、エリアに点在する資産を活用しようと思 えば思うほど、他とは違う魅力が生まれてきます。 そうすれば「モノマネ」からの脱却にもつながるは ずです。  もちろん、自分の事業領域にないものを活用しよ うと思えば、実現の難易度は高まります。しかし、 それぞれに違う強さを持つ多様性の高いチームでプ ロジェクトを推進することで、成功確率を高めるこ とができるはずです。  ここまでは、その地ならではの「隠れた資産」を 見つけるための考え方を解説してきました。 一   ‐1隠れた資産」を探すときのポイント 心 ?Uおづ蚪≒UドJ いれれい「占」だけではなく「面」に広げて探  これが、「隠れた資産」を探す際に忘れてはなら ないポイントです。  では、こうして見つけた「隠れた資産」のタネは、 どのように磨けばいいのでしょうか。次からは、 「隠れた資産」のタネの磨き方を説明したいと思い ます。  「いや〜、晴れればこの方向に、白馬三山の 絶壁が見えるはずなんですよ1」  恂OZN社の小山正社長を白馬岩岳にお招きしたの は、2017年冬のことでした。恂OZNは長野県軽 井沢に本社を置き、「川上庵」「酢重正之」「ベーカ リー&レストラン沢村」など都内にも多くの素敵な 店舗を出店されている外食企業です。  私も以前から個人的に、軽井沢や東京のお店が大 好きで、よく利用していました。まさに「リゾー ト」な雰囲気のお店を手がけられているのを見て、 いつか白馬で一緒に事業をやるチャンスがあればと 憧れていました。  そんないきさつもあって、白馬岩岳の山頂におい しい食事と絶景を楽しめる展望台「白馬マウンテン 「Iバー」をつくるプランができたとき、宣]つ先に お声がけをさせていただきたいと考えたのが恂OZN さんでした。 「私たちのお願いなんて……」と縮こまっ ては始まらない  ただ、不安もありました。  そのころ、都内で新しいおしゃれな商業施設がで きたと聞いて見に行くと、かなりの確率で恂OZN さんのお店が出店されていました。各所から引っ張 りだこの様子です。  そんな中で田舎のスキー場が飛び込みでお願いに 行っても、相手にされるはずもありません。  そこで、あの手この手を使ってご紹介いただける 方を探しました。八方手を尽くし、最終的には、白 馬によく遊びに来られていたある著名経営者にご紹 介をお願いすることができました。  東京で初めて小山社長にお会いさせていただいた ときの反応は、けっして芳しくはありませんでした。  「山の上ですかあ。オペレーション大変ですよね」  「そんなにお客さん来ますかねえ」  どう見ても、乗り気には見えません。  しかし、そんなことで諦めていては、衰退したス キー場の再興なんて夢のまた夢です。  そこをなんとか、一度現場を見に来てもらえれば、 すごいことがわかりますから。  何度もお願いし、かなり強引だったと思いますが、 とにかく一度、白馬岩岳にお越しいただけることに なりました(もしかしたら、元アメフト部の私と、 白馬岩岳の「現場監督」ケンジさん、2人の押し出 しの強さが奏功したのかもしれません)。  が、しかし……。  白馬にお越しいただいたその囗は、南北に延びる 等圧線がかなり混みあった西高東柢の気圧配置。い わゆる強い冬型の気圧配置で、白馬にはゴンドラリ フトも動くかどうか微妙なくらいの吹雪が吹き荒れ ていました。  白馬マウンテン(Iバーの予定地にお連れしたと きには、5メートル先も見えないほど。冷たい雪が 顔面に吹きつけます。風の音で会話も大変な状況で、 とりあえずはいったん建物の中に避難するしかでき ません。  岩岳の絶景をアピールするつもりが、かえって山 の上の大変さを印象づけてしまう結果に。とりあえ ず避難した建物の中でスマホ片手に「晴れればこう いう景色が見えるんですよ〜」と苦し紛れの説明を することしかできませんでした。 情熱を持って、諦めずに口説き続ける  その後、山頂に1時間ほど滞在していただきまし たが、吹雪はやみませんでした。一瞬風が収まり、 100メートルほど先が見えるようになった隙を見 つけ、  「やっぱり山の天気は変わりやすいですね〜。見 えなかったものが一瞬で見えるようになると感動も 深くて、お客さん喜ぶんですよ〜」  と場を取り繕うような形でクリンチをかけ、その 囗の視察は終わります。  やはりその囗の印象が厳しかったのか、なかなか 議論が進みません。  それでも私たちは諦めるものかと、無理やりにで も話のタネを見つけては恂OZNチームにメールを 送り続けました。また、東京に出る際には理由をつ けてアポを入れてもらい、話が途切れないようにつ ないでいきます。  お店がどうなるかの目途は立ちませんでしたが、 並行して設計チーム(遠藤建築アトリエ)を選定し、 具体的なイメージの議論を始めます。CHAPTER 2 で紹介した山を見せるためのデザインーコンセプト は、このタイミングで固まりはじめていました。  こうしたデザイン案や、どういう体験をお客さん にしてほしいか、他の事例などから見た集客力のポ テンシャルや売上の予測などを、東京に出ては説明 させてもらいます。  さらには、白馬大好きパッション満載のケンジさ んも東京に一緒に出て、熱い想い満載で、  「一緒にやりましよう」  「この景色をお客さんに見てもらいながら、 恂○ツ’Nさんのおいしいものを食べてもらいたいと思 いませんか」  「こんなところにかっこいいお店ができたら、 恂OZNさんのブランド価値だって上がりますよ」  と口説き続けます。  そんなやりとりをしながら、なかなか小山社長が 首を縱に振ってくれないまま数力月がたちます。私 たちの中でも、「ああもうダメかな、他のブランド さんに当たるしかないかも」と諦めの気持ちも出は じめます。  白馬マウンテンハーバーは、「夏に稼ぐスキー場」 の象徴的な第一歩でした。それがなかなか思いどお りに進まないまま、2016〜17シーズンも少雪で 経営状況の悪化が続きました。気持ちばかりが焦り ます。 大汗のミーティング  目立った進展のないまま季節も変わり、山国白馬 も新緑が色濃くなってきた初夏。普段からの気温差 もあり、下界の東京に出ると汗が止まらない時期に なっていました。  そんなある囗のこと、ケンジさんと私は恵比寿駅 から15分ほど歩いて恂○ソ’Nさんのオフィスに到着 しました。2人とも太めの体形のおかげで、大汗を かいています。  持参したタオルで汗を拭う私たちは、小山社長の 畳みかけるような言葉に、さらに汗をかくことにな ります。  「今日は、いくつか提案があります。これで白馬 サイドが動けるのであれば、もしかしたら前に進め られるかもしれません。逆に、これでなければ今回 の話はなかったことになると思います」  「同じ長野県発祥の企業として、白馬のお手伝い をしたいと思いました。しかし、自分で出店するに はリスクも高いし、オペレーションを組むのも大変 です。非常に悩みました」  「もし事業を進めたいのであれば、白馬岩岳サイ ドで施設をつくり、オペレーションを行ってくださ い。そこにブランドとして支援をするフランチャイ ズなら、可能性があると思います。どうですか?」  「ブランドとしては、THE CITY BAKERYがいち ばん適していると思います。白馬サイドで考えてい るお店の大きさに、唯一フィットする可能性があり ます。THE CITY BAKERY発祥の地であるニュー ヨークと白馬は、冷涼な気候という意味で似ている ところもあります。その気候に合うしっかりとした 味付けが特徴のTHE CITY BAKERYは、白馬との 相性はいいと思うんです」  「フランチャイズでやるとしたら、ブランド価値 を毀損することのないようにお願いします。そのた め、お店の中についてはデザインからオペレーショ ンまで、こちらで100%コントロールすることに なります。それが条件です」  最初にご紹介をいただいた経営者の側面支援が あったのか、もしくは私たちのしつこさに根負けし たのか。最後のきっかけばよくわかりませんが、私 たちにとってはこれ以上なく親身なご提案をいただ けました。  驚きと喜びで、一度は引きかけた汗がふたたび吹 き出したことを覚えています。 フランチャイズというWin-W一コなソ リューション  実はそのミーティングのときまでは、フランチャ イズ(FC)というスキームをとることができると はまったく想像していませんでした。それまで 恂OZNさんは直営店形式での出店ばかりで、FC形 態での事業展開は例がなかったのです。  しかしご提案を受けたその場で考えてみると、こ れほど理想的な関係はないように思えました。  私たちが目指していたのは、普通の展望台とは まったくコンセプトの違う、「おいしいものをお しゃれな空間の中で味わいながら絶景を楽しめる展 望台」でした。それには、これまで長年THE CITY BAKERYさんが構築されてきたブランドカや、素 敵なお店をつくるデザインカ、おいしいパンのレシ ピなどは、喉から手が出るほどほしいノウ(ウでし た。  一方、スキー場の山頂という厳しい気象条件下で のオペレーション、繁閑の差を埋めながら柔軟な人 員体制を組む経験、白馬での採用活動といった現場 オペレーションに関しては、長年スキー場運営を やってきた私たちに強みがあります。  そう考えると、FCは非常に合理的なご提案でし た。恂OZNさんがこれまで築かれてきたブランド価 値に対して私たちが一定のロイヤルティをお支払い しながらこれを活用させていただき、初期投資やオ ペレーションに関するリスクは白馬サイドがとるわ けです。  「ありがとうございます’・ ぜひそれでお願いし ます!・」  私とケンジさんが一も二もなく飛びついたのは、 言うまでもありませんでした。  もちろん、FCとして店舗を運営させていただく 以上、私たちもTHE CITY BAKERYのブランド価 値を毀損するわけにはいきません。そこで、若くて 非常に優秀な2人の社員を店長、副店長に指名し、 2ヵ月近く東京や軽井沢で修業をしてきてもらいま した。ブランドのエッセンスを体得してもらうため です。  店舗の設計に関しても、店内は小山社長の抜群の デザインセンスにほぼお任せ。私たちはコスト的に 厳しいときに再考をお願いするのが主な役割になり ます。  一方、オペレーションの構築やメニュー決めなど は、ブランドの目線と現地の目線とで相互に意見を ぶつけ合いながら、より実現性の高いものを目指し て議論を進めていきます。  こうしてお互いの持つ価値の最大化を目指しなが ら、ようやく2018年10月に「白馬マウンテン 「Iバー」「THE CITY BAKERY白馬マウンテン 「Iバー」の開業にこぎつけることになります。  オープン初日には多数のメデイアに取材にお越し いただき、オープニングセレモニーを開催しました。 通称「タイタニック」に小山社長とツーショットで 並んで説明をさせていただいた私の手は、喜びで小 刻みに震えていました。  当日MCをやっていたサドルさんだけは、それに 気づいてくれていたようです。 開業直後から嵐が来る  THE CITY BAKERY白馬店は、開業直後から大 人気となります。  オープンした2018年10月、H月は当初想定の 3倍近い売上を記録。パンを購入いただくのに1時 罔言言土 曜  さらに、現場を定期的に見に来ていただいた小山 社長以下恂〇ソ’Nチームと密に協議し、店舗レイア ウトの変更、パンの焼成オペレーション見直しなど を柔軟に行いました。  その結果、次の春には販売キャパシティを倍増さ せることができました。  このようにさまざまなご負担をかけなからにはな りましたが、売上は想定よりもかなり大きくなりま した。その結果、恂OZNさんへのロイヤルティも、 当初想定よりかなり多くお支払いすることができま した。  また、さまざまなメディアにTHE CITY BAKERY白馬店が露出しました。「白馬で初めて THE CITY BAKERYに出会って、好きになったよ」 とコメントをいただくこともありました。  そういう意味では、金銭的なものだけではなく、 先方のブランドに対してもメリットをしっかりと提 供できたのではと思っています。  このように、FC形態というご提案のおかげで、 両社の強みを活かした展開が成立し、まさにミF‐ だFと呼べる関係性が構築できました(もちろん、 私たちがいただいたメリットのほうが大きかったと は思いますが)。  これまで前例がなかったにもかかわらず、「同じ 県内の企業として力になりたいと思った」と柔軟な ご提案をいただけた小山社長には、いまでも心の底 から感謝しています。  「外の人と組む」ことで、外部の目を強化 する  ともすると「地方の観光地なんだから、地方の味 を出すのがいちばん」という声も聞きます。もちろ ん、「そこならではのモノ」はとても大事です。  しかし都会からやってくるお客さんが、何から何 まで「田舎の感覚」を求めているとはかぎりません。  まずは、普段からおいしいものやおしゃれな空間 に慣れているお客さんに対し、一定以上の満足と安 心感を提供するのが先決です。それができて初めて、 「そこならではのモノ」(岩岳の例で言えば白馬三山 の絶景など)をゆったり、より楽しめるようになる のだと思います。  自分たちだけの力、ノウハウでその水準に到達す るのは、たしかに難しいかもしれません。であれば、 都会で素晴らしいものを展開している「外の人」と 積極的に組ませてもらうべきです。  「そこならではのモノ」と「外部の目」をしっか り組み合わせることで、より効果的に「隠れた資 産」を活用できます。これはCHAPTER 3でお話し した社内のことだけではなく、外部の人と組むこと についてもあてはまるのです。  THE CITY BAKERYさんとのタイアップ以外に も、こうした外部パートナーとの連携は白馬エリア の活性化のさまざまなシーンで、大きな力になって います。 スノーピーク山井太社長との出会い  国内最高峰のアウトドア総合メーカーであるス ノーピークさんも、私たち白馬にとって欠かすこと のできないパートナーです。  アウトドア業界でもっとも有名な経営者のI人で あるスノーピーク社長・山井太さんとの出会いは、 2016年10月にさかのぼります。白馬で長年、宿 泊施設を経営されている女性が「アポなし突撃隊」 状態で山井社長のもとを訪れ、「白馬を助けてくだ さい」とSOSを出したことがきっかけでした。  当時、インバウンドのお客さんの数が増えつつあ りました。わざわざ外国からいらっしやるお客さん は、白馬に何日も滞在されるのが一般的です。  しかし白馬は従来、日本人独特の「一泊二日、二 食つき」の宿泊を前提に街がつくられていました。 長期滞在される方に向けた飲食や買い物などの「ア フタースキー」を楽しめる場所が、圧倒的に不足し ていたのです。  また、当時は白馬村観光局のインフォメーション カウンターが、村役場別館の2階に位置していまし た。これでは、お客さんが「とりあえず情報収集」 できる中心施設にはなりません(役場の別館2階に たどり着ける人に観光案内が必要だと思います か?)。  白馬がリゾートとして進化していくためには、 「旅行者にとってゲートウェイとなり、不足してい る機能を補完できる『街の顔』となる施設」が不可 欠です。  そう判断した私たちは、白馬駅前からほど近く白 馬三山の眺望に恵まれたI・5万平方メートルほど の遊休地(通称「第四駐車場」)に目をつけます。 ここは、バブル期にスキー場の駐車場として借りて いたものの利用しなくなっていた、まさに「隠れた 資産」でした。  ここからは毎回の展開ですが、「アイデアはある ものの、実行しようと思うと、ブランドもノウ「ウ も資金も何にもない」状態。あるのは交通至便な場 所にあり、絶景を眺めることができるフラットな上 地だけです。  となれば不可欠なのはパートナー探しです。  これも毎度の流れですが、そんな他人のフンドシ をあてにした状態では、なかなか物事が進まないの も道理です。なんとか事業化したいと決めてから2 年近く、何も決まらないままでした。  そうした中、件の女性から電話がかかってきたの です。  「今度、山井社長が白馬に来てくれることになっ たよ。和田さん、何か提案したい案件ない?」  とのこと。ワラにもすがる気分でいた私は思わず、  「ぜひお会いさせてください’・」  と即答していました。 最高の秋晴れの下で  この日はお天道様が、恂OZN小山社長のときとは 違う流れをつくり出してくれました。  紅葉もまだ本格的に始まっていない10月初旬。最 高の青空の下、白馬の山々の絶景が山井さんをお出 迎えしてくれたのです。  最初に別のチームが八方尾根をご案内したあと (後日談ですが、数年後にスノーピークがプロ デュースする国内最高峰のグランピングフィールド が八方尾根に完成しています)、山井社長ご一行が 岩岳に到着されました。岩岳のゴンドラリフトに 乗って山頂をご案内してから、夕方、山麓に下りて 「第四駐車場」にお連れします。  あとから聞いたことですが、山井社長は最初、 「いろいろ見ているから、ちょっとやそっとの景色 では驚かない」とおっしやっていたそうです。しか しそのころには白馬の絶景フルコースを堪能され、 白馬のことを本気で好きになってくれていたようで す。「第四駐車場」の上地の概要やプロジェクトの 狙いを説明させてもらうと、  「どういう形になるかわからないけど、一緒にや りましよう。まずはテストでイベントを」と即決し ていただきました。  その後、山井社長からの号令のもと、まずは 2017年夏に、八方尾根と岩岳をメイン会場にし てグランピングのイベントを開催しました。スノー ピークのチームと密にやりとりをしながら、彼らの 「アウトドア空間を素敵に切り取り、着飾るノウ「 ウ」に圧倒されることになります(実はそのときの スノーピークさんの岩岳山頂での空間のつくり方が、 その後、白馬マウンテン(Iバーやその周辺の構想 の大きなヒントになっていたりもします)。  このイベントは成功裏に終わりました。白馬での 活動に自信を持ったスノーピークさんから、「第四 駐車場」については自分たちで建物を建て、運営を したいと提案をいただきます。  当初はこちらで(ファンドなどからお金を調達し て)施設をつくり、テナントとして入ってもらおう と思っていたので、まさかのかなり前向きな提案に びっくりしました。もちろん、その方針で合意しま す。 株式会社スノーピーク白馬設立  2018年9月にはスノーピークさんをメインの 出資者とし、白馬サイドがごくわずかですが共同出 資する形で株式会社スノーピーク白馬を設立。私も 同社の取締役として議論に継続的に参加させても らっています。  デザインや建設、店舗経営の準備などはスノー ピークさんがメインで進めます。私たちは地権者と の調整や行政との確認、補助金の獲得などを行いま した。  意匠設計については、なんと山井社長が懇意にさ れていた隈研吾先生にお願いすることになりました。 言わずと知れた世界的建築家です。  完成したのは、隈先生らしい木組みが特徴的な、 自然と調和する建物。テラスや外空間を最大隕広く とり、外ですごすことを楽しめるデザインには、も ちろん一同大感激です。素敵なパートナーが、さら に素敵なパートナーを連れて来てくれた結果でした。  コロナ禍の影響で少し開業を遅らせましたが、こ うして2020年春に「スノーピーク ランドス テーション白馬店」が開業しました。  この施設では、ショッピングやキャンプ用品レン タル、飲食、イベントなどさまざまなコンテンツを 展開。白馬の雄大な自然の中で、スノーピークが提 案する野遊びの楽しさを統合的に体感いただける新 たな「体験型施設」となっています。  コロナでお客さんの足が鈍い時期ではありました が、スノーピークさんのブランドカと施設の魅力の 高さが相まって、開業から多くのお客さんで賑わう ことになりました。白馬という立地にもかかわらず、 開業初年度からスノーピークさんの直営店舗の中で もトップクラスの売上を誇っているとうかがってい ます。  スノーピークさんが来てくれたことは、私たち白 馬全体にとって非常にプラスになりました。一方、 スノーピークさんにとっても一定のメリットがあっ たと考えています。  これもまた、Win-Winのパートナーシップを構 築することがエリアの活性化に非常に重要な役割を 果たした例だと言えるでしょう。 nエyく冫爿べさんの力を借りた白馬ヒトトキ ノモリ開業  2021年秋には、もうひとつ素敵なWin-Win のパートナーシップを締結することができました。 CHAPTER 3で、おじさん2人で出かけ、女子大生 たちに囲まれて30分並んだと書いた、表参道や京都 嵐山で大人気のスコーンのお店CHAVATYさんで す。  白馬マウンテンハーバーの開業後、グリーンシー ズンのお客さんの数が急増します。嬉しい悲鳴なの ですが、連休になると山頂エリアは人でごった返す ようになり、レストランやアクティビティの待ち時 間も大幅に増えてしまいました。  このままではお客さんの満足度が上がらず、いつ か飽きられてしまう。  こうした危機感を覚えた私たちは、2020年秋 ごろから、山頂エリア以外にも魅力的なエリア、新 しいアクティビティを開拓できないか、検討を始め ました。  そこで目をつけたのが、冬のメインのリフトの1 つである「5線サウスリフト」の起点エリアです。 山のふもとからは、いったんゴンドラリフトで山頂 に上がったあと、リフトに乗って中腹まで降りてい く場所です。  ここからは、白馬マウンテン(Iバーとは異なる 方向の魅力的な景色を眺めることができます。さら に山頂エリアよりもフラットな空間が広がることか ら、山頂エリアにない要素を補完することができま  いにつきダ  その核となっだのがCHAVATY白馬店です。女 子大生に囲まれる気恥ずかしい記憶も鮮明に残って いましたが、それ以上に鮮明に残っていたのがこれ まで味わったことのない、おいしいテイーラテやス コーンの味の記憶です。  シンプルなメニュー構成ながらも、非常に強い 「コア」となる商材をお持ちだったことが、制約条 件の多い山の上でオペレーションを構築しないとい けない私たちにとっては魅力的でした。  ここからはいままでと大きくは変わりません。知 り合いのご縁をたどってCHAVATYさんをご紹介 いただき、白馬の魅力を訴え、一度見に来てもらっ て白馬のよさを感じてもらって、ビジネスに……と いう流れです。  CHAVATYさんのおかげで、お店のデザインや メニューなども非常に洗練されたものになりました。 さらに結果として、これまで以上の数のお客さんに お越しいただいても、だいぶ快適に時間をすごして いただけるようになりました。  実際、本書の冒頭に書かせてもらった2022年 5月4囗の4700人という来場者は、それまでの 最高記録だった3400人(白馬ヒトトキノモリ開 業前の2021年10月)を大きく超える数字です。  CHAVATYさんを目当てに、これまでのI・5 倍近くのお客さんにお越しいただいたにもかかわら ず、山頂エリアでの大きな混乱はありませんでした。 白馬ヒトトキノモリの効果が出たものと言えるで しよう。 パートナー探しの旅路  もちろん、ここに詳細は書けませんが、パート ナーシップを模索してうまく成立できなかったケー スも山ほどあります。成功も失敗も、たくさんの経 験をしました。  それらを振り返ってみて、最高のWin-Winの パートナーシップをつくるためには、いくつかのス 琵且難四竹対言言仁 一  パートナーシップ構築のための6ス 心 活用したいと思う「隠れた資産」をきちんと見 つけ、言語化する 【ステップ@】 「隠れた資産」を活用するのに適したパート ナー候補をリストアップする  【ステップ@】 最初に断られる確率を下げるため、丁寧にアポ イントを入れる(可能なかぎり、頼りになる人 を探して紹介をお願いする)  【ステップ○】 自社と相手方の強みのバランスに応じた最適な  パートナーシップの形を見つける   【ステップ@】  パートナー候補に、組むメリットを明確に伝え  る ‐‐‐‐                           ‐‐‐‐   【ステップ@】  うまくいかなくても諦めない。最後は情熱と気  合い ‐‐‐‐                           ‐‐‐‐  ステップ@の重要性については、CHAPTER←で 書いたとおりです。「隠れた資産」の魅力の定義を 間違ってしまうと適したパートナーが見つからない のは、ご理解いただけるでしょう。  「白馬マウンテン「Iバー」の恂○ツ’Nさんとの ケースで言えば「岩岳山頂の絶景」。スノーピーク さんとのケースでは「交通至便な場所にあり、絶景 が見えるにもかかわらず、使われていなかった広大 な駐車場跡地」が「隠れた資産」です。  CHAPTER 4で説明した街並み活性化における runnyさんとのケースも、Win-Winのパートナー シップの例です。この場合は「魅力的な街並みと、 そこに点在する古民家群」が、エリア全体で見た 「隠れた資産」でした。  誰と組めばいいのかという点(ステップA)につ いては、科学的な正解はありません。複数の候補を 挙げて比較検討することが大切ですが、結局は「自 分が好きなブランドさんで、連絡がとれて、もしか したら興味を持ってもらえるかもしれない相手」か ら順に声をかけるしかありません。  その「好き」の精度を上げたり、候補を多く出し たりするためにも、CHAPTER 3で書いた「外部の 目」「外での経験」を持つ天がチーム内にいること が重要です。もちろん「中の天」も、いろいろと遊 ぶ経験を積み重ねることで、「外部の目」を磨いて おく必要があります。  声をかけたいと思う相手は、たいていの場合「人 気者」です。いろいろな人から、すでにたくさんの ラブコールをもらっている前提で声をかけないとい けません。  いきなリメールを送ったり、電話をしたところで、 興味を持ってもらえる確率はさほど高くありません (山井社長を白馬に呼んだケースは、あくまで幸運 な例外です)。「相手が無下に断りづらそうな人」に ご紹介をお願いしたほうが、お会いできる確率は高 まります(ステップB)。この点については、 CHAPTER 6でもう少し詳述したいと思います。 最適なパートナーシップ形態の選択  ステップCの「最適なパートナーシップ形態の選 択」も重要です。  ここで役立つのが、「ブランドカ」「オペレーショ ンカ」「資金力」それぞれで先方と自社を比較し、 どちらに強みがあるかを整理することです。次の表 をご覧ください。  これまで説明した具体的な例で言うと、次のよう なパターンに整理できます。 ○フランチャイズ(Fc)  恂ozNさんのケースでは、ブランドカは先方が強 く、山の上でのオペレーションカは私たちのほうが 強かったため、Fc形態が合理的な解決策となりま した。CHAVATYさんとパートナーシップを組ま せていただいた際も同じようにさせていただくなど、 この形態はその後、私たちの中で1つのパターンと なっています。 @テナント  runnyさんとのケースでは、地域活性化支援機構 (REVIC)と県内地銀が出資した「ALL信州 観光活性化ファンド」、NECキャピタルさんの地 方創生ファンドが強力なバックアップをしてくれた ことで、私たちのほうが資金面では強い状態でした。 そこで私たちが投資を行い、ブランドとオペレー ションに強みを持つrunnyさんにテナントに入っ てもらったものです。 @先方直営事業  スノーピークさんとのケースは、「ブランドカ」 「オペレーションカ」「資金力」すべてにおいて先方 に圧倒的な強みがありました。そこで、「白馬の絶 景はすごい」という山井社長の直感にすがる形で、 私たちが水先案内人となり、結果として白馬エリア に大きなインパクトを残すケースとなりました。 先方のメリットは何か  もちろん、パートナーになってくれるかもしれな い相手方に対して、こちらと組んでもらうメリット を明確に伝えることが不可欠です(ステップD)。  相手方のメリットにはもちろん、ロイヤルティな どの金銭的なものもあります。THE CITY BAKERY さんとの取り組みがまさにこれです。  ただ、そのほかに「ブランド価値が上がる」とい うメリットも見逃すべきではありません。  ブランド価値に関しては、私たちはいくつかの 「型」があると考え、外部の人に説明しています。  1つには、アウトドアが好きな人たちが一定数以 上(年間20万人以上)集まり、長時間すごす場所で ブランドの露出ができる、というものです。山の上 という非日常の空間でブランドに接することで、お 客さんの印象に深く残りやすいということもあるで しよう。  直近では難しいですが、インバウンドのお客さん が長期間滞在する土地というのも、特定の相手には メリットになりえます。  実際、スノーピークの山井社長も、原宿のオフィ ス「Snow Peak Tokyo HQ3」で開催した記者発表会 で次のようにおっしやっていました。  「スノーピークは海外展開を積極的に進めている ところ。『スノーピークランドステーション白馬店』 には、白馬に欧米から旅行者を呼びこむ効果ととも に、白馬でスノーピークの製品を体験した人が本国 に帰ってからスノーピークの製品を買うようになる、 という効果も期待している」  パートナーシップを組む相手にどういうメリット をお渡しできるのか。それを考えるには、自分たち が持つ「隠れた資産」を複層的に、定量的に説明す ることが重要なのです。 最後は諦めない。振られることを恐れない  いろいろ理屈を書きましたが、結局のところ、い ちばん重要なのは相手方との相性だったりします。  自分たちが組みたいと思っても、先方にそう思っ てもらえなければどうしようもありません。もちろ ん、恂○ツ’Nさんの例のように諦めずに口説き続け、 結果としてうまくいくヶIスもありましたが、それ でもダメなヶIスもたくさんありました。  でも、その「隠れた資産」を活かすためには外の 力が必要であるならば、諦めずに声をかけ続けるし かないのです(ステップE)。  「だめかもしれないから声をかけない」では、う まくいくはずがありません。  「だめでもともと。いまと同じことを続けていて も、苦しくなるだけ。うまくいけばラッキー」とい う気持ちで、アタックをし続けるしかありません。 このあたり、私はつくづく「恋愛と一緒だなあ」と 感じています。  そしてもう1つ、恋愛と同じように大切なことが あります。  それは、振り向いてくれたら一生懸命に愛するこ とです。先方に提示した「メリット」をきちんと実 現できるよう、こちらも努力を続ける。その姿勢が なければ先方に失礼ですし、次の事業でのパート ナー候補も、こちらのそういった努力をきちんと見 ているものです。  「何度も何度も言いますけど、この、白馬の スタッフのみなさん、本当にありがとうござ います。大きな拍手をお願いします」  国内では珍しい(おそらく本邦初の)山頂 での音楽フェス。白馬を訪れてくれた 1000人近くのファンが、いっせいに拍手 をします。さっきまでイベント運営で会場内 を走り回っていたスタッフにとっては、まさ に青天の霹靂。3人並んで聞いていたケンジ さん、サドルさん、そして私は男泣きです。 眼には大粒の涙が光っていました。  2020年10月4日。  「アルペンアウトドアーズプレゼンツHAKUBA ヤッホー!FESTIVA」白馬ノ音〜」(以下「ヤッ ホーーフェス」)2日目。日も暮れかけてきた岩岳 山頂。  1000人近くの観客からのアンコールの拍手に 応えて出てきたのは、スキマスイッチのお2人です。 『全力少年』を一緒に歌うために、フェスのプロ デューサーである元キマグレンのISEKIさんもス テージに姿を現しました。  スキマスイッチの大橋卓弥さんから「匸冐」と言 われたISEKIさんが私たちチームにかけてくれた のが、冒頭の言葉です。  いやあ、素人がこんなビッグイベントに携われる とは。コロナ禍で延期を余儀なくされたのはつら かったな。音楽イベントへの目線が厳しくなる中、 集客も思いどおりには進まなかったな。  そうした苦労ばかりが思い出されましたが、 ISEKIさんの匸冐ですべてが報われた気持ちになり ました。 スキマスイッチしんたくんとの出会い  ヤッホーー・フェスのそもそものきっかけは、スキ マスイッチの常田真太郎さん(しんたくん)がつ くってくれました。  しんたくんとの出会いは、「スーパー営業マン」 サドルさんとタッグで進めていた「旅籠丸八」プロ ジェクトでした。この取り組みが2019年2月に テレビ東京『ガイアの夜明け』で30分近く取り上げ てもらえたところ、それがしんたくんの目に留まっ たのです。  実はしんたくんは、小さいころから白馬岩岳に 通っていたとのこと。フェス当日にはステージ上で、  「自分は、お母さんのおなかの中にいるときから 白馬に通っていた。おなかの大きなお母さんが岩岳 で撮った写真がある」  と言っていたほど、筋金入りの「白馬ファン」で した。だから『ガイアの夜明け』を見たしんたくん が、よく泊まっていた岩岳のロッジのオーナーさん 経由で「一度食事しましよう」と声をかけてくだ さったのです。  そんな縁でしんたくんと頻繁にやりとりをするよ うになったある囗、どちらからともなく、  「やっぱり絶景の岩岳山頂で音楽イベントやれた ら素敵だね」  という話になりました。しんたくんから、  「じやあ、イベント企画に関しては、いちばん信 頼が置けるISEKIを紹介するから、うまく企画し てください」  と、元キマグレンのISEKIさんをご紹介いただ くことになったのです。 大手町のスターバックスから白馬ヘ  マウンテンハーバーができたあと、いままであま り白馬に来ていなかった若い女性グループの来場が 増えてきてはいました。しかし、まだまだ多くの人 にとって、グリーンシーズンの白馬は旅行先の1つ として認識されていたとは思えない状況でした。  一方、一度グリーンシーズンの白馬岩岳を訪れて くれると、多くのお客さんが「よかった」とリピー 卜してくれているのも目の当たりにします。  ということは、どんな理由であれ一度、白馬岩岳 の絶景に触れる機会をつくることができれば、さら にファンも増えるのではないか?  そう考えたとき、絶景を売りにした音楽フエスと いうアイデアが浮かびました。山頂の広い芝生広場 という「隠れた資産」を活用しながら、「それがな ければ岩岳に来なかったであろう、初めてのお客さ ん」を増やすのにぴったりです。山頂での音楽フエ スという構想は、ほかに類似事例もなさそうでした。  こうして、2019年の冬も終わるころ、サドル さんと私は、初めてISEKIさんとお会いするため 東京に出ます。  音楽フェスをやろうと言い出したものの、実は私 は、Jホップのミュージシャンや音楽業界に詳しく ありません。ISEKIさんがどんなにすごい人かも、 まったく存じ上げませんでした(失礼しました’・)。 そのため、待ち合わせ場所として、軽い気持ちで前 職時代からよく使っていた、人通りの多い大手町の スターバックスを指定してしまうありさまです。  そしてISEKIさんとの初対面。スタバに呼びつ けるという少し失礼な行為にもかかわらず、非常に 丁寧に音楽フェスのつくり方を教えてくださいまし た。その優しいお人柄にびっくりしましたが、一方 で。  「地方でのフェスは大変ですよ。首都圏でやる場 合と比べ、集客が10分のIとかになることを覚悟し ないといけません。普段なら数子人規模のアリーナ が埋まるアーティストを集めても、集客は数百人に しかならないと思ったほうがいいです」  「収支的にも、I回目や2回目はトントンにする のも大変です。その覚悟はありますか」  「これまでそういうイベントのご経験はなさそう ですが、本当に大丈夫ですか」  と心配されます。  それでも、「絶景×音楽」が今後の白馬のプレゼ ンス向上にぜったいに役立つと信じていた私たちは 諦められません。いつものパターンではありますが、  「まあ、まずは白馬に来てください」  と、次のアポイントを取りつけることができまし た。 一∽m丕さん、白馬に(マる  そして5月。ISEKIさんと、S力回さんと一緒に イベントをプロデュースしてきたチーム3名が自馬 にいらっしやいます。  実は、5月の白馬は最高の季節です。山々には 真っ自な雪が残る中、標高の柢い里のエリアでは 徐々に新緑が出てきます。1年の中でもお客さんが もっとも少ない時期の1つですが、晴天率も高く、 暖かくなってきて非常に気持ちがいい。地元の人に 「いちばん好きな季節」を聞くと、5月から6月上 旬の新緑の時期を挙げる人が多いくらいです。  ISEKIさんたちが訪れてくれたその囗も、まさに 新緑が目にまぶしい五月晴れのI囗でした。音楽イ ベントをやるとしたらどこがいいかという話をしな がら、岩岳山頂周辺をくまなく歩いて紹介していき ます。  道すがら、ISEKIさんチームの面々は、  「こんな絶景、囗本にあるんだ」  「こんな景色の中で歌ったらアーティストも喜ぶ よね」  「5月の白馬、最高だね。もっといろんな人に 知ってもらえれば人気出るよ」  と、非常に気に入ってくれた様子。案内していた ケンジさん、サドルさん、私の3人は、「しめしめ」 と顔を見合わせます。  ということで、チーム全体が「ノリノリ」となり、 トントン拍子で話は進みます。  場所は岩岳山頂の芝生広場、開催は翌年2020 年の5月の下旬。集客目標は1000人で、2日間 のフェスを開催しようということが決まりました。 さまざまな苦労も応援団とともに楽しみな がら  開催決定までは順調に進みましたが、いかんせん 私たち実行部隊は、音楽フェスに関してはズブの素 人集団です。社内を見渡しても、お客としてフェス に参加したことがある人すら事務所の若い男の子I 人。  これじやあまずいと、まずはよそで開催されてい た夏フェスに慌てて参加し、  「なるほど、こういうものなんだな」  と初めて勉強する始末です。  こうして「フェスとはどういうものか」は最低限 わかりましたが、どういう順番で何からやればいい のか、そもそもどういうチケットを売ればいいのか はまったくわかりません。結局、イロ(のイから手 取り足取り、「応援団」になってくれたISEKIさん チームが教えてくれました。  ISEKIさんによると、まずはメインースポンサー を探さないといけないとのこと。そこでさっそく、 スポーツ小売最大手のアルペンさんに声をかけまし た。  実はアルペンさんと私は、浅からぬ関係がありま した。同社の躍進の立役者のI人である二十軒翔専 務執行役員COOが、私のコンサル時代の同僚なの です。  こうした縁もあり、これまでも「アウトドア小 売」の雄であるアルペンさんと私たちの間では、さ まざまなタイアップが実現してきました。  たとえば岩岳山中にあるキャンプ場も、アルペン アウトドアーズプレゼンツです。まるでアルペンア ウトドアーズの店内に展示されているような、お しゃれな最新のキヤンプグッズを実際にフィールド で体験できるような仕掛けをつくっています。  今回、フェスを開催するにあたり、こうした関係 性の延長としてスポンサーのお願い(おねだり)を しに行きました。普段アウトドアーフィールドに出 てこないお客さんたちが「音楽」をキーワードに外 に出てくる。このタイミングを一緒に盛り上げても らえませんか、と説得します。  結果は上々でした。趣旨にご賛同いただき、メイ ンースポンサーとなってくれることを快諾いただけ ました。そこで、イベントを「アルペンアウトド アーズプレゼンツHAKUBAヤッホー’・ FESTIVA」白馬ノ音〜」と命名します。  こうして、国内スポーツ小売の最大手という強力 な応援団がバックアップについてくれることになり ました。 コロナ禍が直撃  私かスポンサーを見つけている間、ISEKIさん チームによるアーティストのフッキングも完了。ス キマスイッチをはじめとした素敵なメンバーがそろ いました。  そしてチケット販売も順調に開始された矢先、急 に暗雲が垂れ込めます。  開催まであと3ヵ月を切った2月後半。国内でも 新型コロナのまん延が始まりました。  世の中のイベントが軒並み悪者視され、中止に追 い込まれはじめたのです。4月には緊急事態宣言も 発令され、とても音楽フェスをやれる雰囲気ではな くなってしまいました。  こんな状況下で開催しては、逆に評判を落とし、 今後につながらない。来てもらったアーティストに も迷惑をかける可能性が高い。そう判断したISEKI さんと私たちは、泣く泣く5月の開催を断念し、 フッキングもキャンセルすることにします。  ただ、私たちはどうしても、このイベントを開催 すること自体は諦めたくありませんでした。そんな 気持ちにISEKIさんたちも応えてくれます。コロ ナが収まることを期待し、スキマスイッチの日程を 押さえることが唯一可能だった、その年の10月上旬 にリスケジュールを行うことにしたのです。  初回のアーティストがブッキングできなくなった ことや、世の中自体がイベント参加に後ろ向きに なってしまったこともあり、リスケ後のチケット セールスは5月予定時よりも低調でした。  それでも、I人でも多くの人に白馬を知ってもら う機会をつくりたいという私たちの想いを、ISEKI さんが応援してくれます。ラジオやSNSなどで繰 り返し告知をしてくれつつ、本当に開催できるかど うか、密に連絡をとりながらコロナの状況を見極め ていきます。 GAKU-MCさんの涙  8月くらいからコロナの感染状況が収まりはじめ、 感染者数が激減し、「もしかしたら開催できるので はないか」という一縷の望みが出てきます(その後、 冬になるとまた緊急事態宣言が出されましたので、 いま思えばちょうど「谷間」のような時期でした)。  そうはいっても周りでフェスを開催しているとこ ろはまだ多くはありませんでした。開催したところ には、SNSなどで感染対策が甘いと炎上するケー スも見られます。非常に難しい判断でした。  最終的には、「外でやるイベントで、ディスタン スをとれるようなオペレーションを組めれば大丈 夫」という信念を持ち、しっかりとした対策を打ち 出したところ、ISEKIさんチームもアルペンさんも 開催を支持してくれました。  おかげさまでなんとか開催にこぎつけた10月3日、 4日の2日間。天気予報は微妙でしたが、お天道様 も応援してくれたのか晴れ間も覗き、白馬の山々が 多くのお客さんを出迎えてくれました。  2囗目の中盤。  1000人近いお客さんが絶景と素晴らしい音楽 を楽しむ中、(EAST ENI)」や「ウカスカジー」な どでも活躍されてきたGAKU-MCさんが、しんた くんのピアノをバックに、お客さんに語りかけます。  「立目楽最高だと思う人〜’・」  「いやあ、嬉しいですね。いまみたいにこう、み んなで1つになって、汗かいて、ビール飲んで、イ ェイつてね〜。やってましたよね、2019年まで は普通に……」  「あの〜、え〜(声を詰まらせながら)……日 常ってのは、日常じやなかったんだな、つてことに みんな気がついたんじやないかな、と思います」  「僕もそうですし、お客さんのみなさんI人ひと りもそうで、今日ここにいろんな思いをして、い らっしやっているんじやないかと……」  「なんかこう、ちょっと、しんみりしてくるね。 僕としても、こんなに……みんなと一緒に舞台をつ くれるってことが幸せなんだってことを……(ふた たび声を詰まらせ、お客さんの拍手が鳴り響く)」  GAKU-MCさんは『NHK紅白歌合戦』への出 場経験もあるベテランラッパーです。そんな彼のス テージ上の涙と、全員が共通して持っていたコロナ で鬱屈した感情に触れるトークに、お客さんも、ス タッフも強く胸を打たれました。  少しだけかもしれませんが、コロナの影響で抑圧 されたみんなの気持ちを晴らすお手伝いができたか もしれない。そんな気がして、苦労しながらも本当 にこのイベントを開催できてよかった、と大きな達 成感を得ることができました。  本章の冒頭で紹介したISEKIさんからのコメン トとあわせ、これまで仕事では一度も流したことが なかった涙が止まらない、心を震わせるイベントと なったのです。 応援団とパートナー  白馬のことをI人でも多くのお客さんに知ってほ しい。  それだけを考えた素人集団による企画でしたが、 アーティストにも、お客さんにも喜んでもらえるイ ベントをつくることができました。  これはひとえに、しんたくんやISEKIさんをは じめとする、多くの「応援団」に支えてもらった結 果でした。  このほかにもさまざまな取り組みにおいて、「応 援団」の力で前に進んでいるなと感じるシーンは多 いです。  ここで言う「応援団」とCHAPTER 5で書いた 「パートナー」は、「外部の力」を活用させてもらう ことで地域の活性化を進めるという意味では似た要 素を持ちます。「パートナー」が、実質的には応援 団になってくれるヶIスも多いです。  ただ、一義的には「パートナー」は契約を結び、 相互に経済的なメリットがある中で白馬をよくしよ うと思ってくれる人です。  一方、「応援団」はたいした経済的な見返りもな いのに、ただ白馬のことや白馬にいるチームのこと を好きになってくれて、ファンとして応援してくれ る人たちという違いがあります。  たとえば、しんたくんとの出会いのきっかけに なった『ガイアの夜明け』の出演は、「自称・白馬 の東京営業本部」として動いていただいているPR 会社、スキユーのメンバーのおかげでした。  スキユーさんは当社のPR会社として契約させて もらっているので、純粋な「応援団」ではないかも しれません。しかし貧乏会社の当社としては、実際 の活動量に比べるとかなり柢い金額で活動をお願い している状態です。  それにもかかわらず、メデイアさんや彼らのクラ イアントさんに白馬の宣伝をして、一緒に遊びに来 てくれたりしています。白馬のこと、サドルさんや ケンジさん、コージだちと組んでいるチームのこと を好きになってくれてのことです。  『ガイアの夜明け』への出演は、スキューメン バーのI人、矢野正太郎さんのご尽力のおかげでし た。彼が懇意にしているテレビ東京のプロデュー サーさんにしつこく何度も何度も「白馬に遊びに行 きましよう」「おもしろいことやっている人たちい るんで紹介します」と言い続けて、連れて来てくれ たのがきっかけでした。  また、長年の応援団だったしんたくんが、新たな 応援団メンバーISEKIさんを呼んできてくれたよ うに、応援団が次の応援団を呼んでくれることもあ ります。  先ほどのスキューの矢野さんはもともと飲食業界 に長くいたこともあり、飲食関連の広いネットワー クを持っていらっしやいます。2021年秋に開業 した白馬ヒトトキノモリに新たに出店いただいた CHAVATYさんも、その縁でご紹介いただきまし た。  すると今度は、そのCHAVATYの平川昌紀社長 が白馬のファンとなっていただき、繰り返し白馬に 遊びに来てもらったり、お客さんを連れて来てくれ るようになっていたりするのです。  このようにどんどんネットワークが広がっていく ことは、損得を抜きにして、とても楽しい展開です。 近い人を応援団に  外部からやってきてくれる応援団と同じくらい、 私たちが大切だと思っている「応援団」があります。 それが「地元の人」が応援団になってくれることで す。  何度も言いますが、私たちは貧乏会社で大々的な 広告宣伝など打てません。  でも、白馬には宿やレストラン、交通事業者さん など、大勢の観光事業者さんがいらっしやって、そ れぞれにお客さんに対する強い発信ルートを持って います。  こうした人に白馬岩岳のことをよく知ってもらい、 あわよくば発信してもらう機会を積極的につくるの は、非常に重要なことです。  このため、通常2000円前後するゴンドラ往復 チケットを、白馬・小谷村民全員に対してワンコイ ン(500円)で提供したり、高校生までのお子さ んは無料にしたりしています。これで近所の公園に 行くような感覚で、山の上に上がってもらえるよう になりました。  また、集客が多く見込まれる週末ではなく、平日 夜にイベントを開催することもあります。お客さん が多い週末は、地元の人も忙しく、なかなか遊びに 行けないという声に応えるためです。  さらに、スキーをやる人のすそ野を地元から広げ ることも肝心ということで、2021年冬からは、 白馬村内の学校に通う生徒はスキー場利用も無料に させてもらいました。  東京に住む人が頻繁に東京タワーに上ることはな いように(かつての私かそうでした)、通常の料金 では、地元に住む人が近くにある観光地に頻繁に行 くインセンティブは湧きません。  どうせあまり来てくれない人であれば、値段を大 きく下げても損をすることにはなりません。逆に応 援団となってくれて、宿に泊まった人に「岩岳、よ かったよ」と匸冐声をかけてくれれば(これは、そ のよさを知ってもらえないかぎりは出てこない言葉 ですよね)、こちらとしては万々歳なのです。  このほか、CHAPTER 4で書いた岩岳の街並み活 性化プロジェクトでは、最初にリノベーションを手 掛けさせてもらったお宿の元オーナーが私たちのこ とを応援してくれ、次の物件の後押しをしてくれま した(「任せてよくなったよ」の匸冐)。  さらに、プロジェクトを進める際によく相談をさ せていただいた地元の重鎮も、他の取り組みにおい て「サドルとケンジと和田がいるから応援してや る」とさまざまな支援をしてくれています。  当然のことですが、地元の人たちは私たちの動き を近くでよく見ています。本当に信頼を置けるのか、 任せて大丈夫なのか……。  どこまでご評価いただいているのか、自分たちで は本当のところはよくわかりません。でも、少しず つ認めていただけるシーンも出てきているのかなと 感じています。  何かひとつの出来事をきっかけに、周りの人が いっきに信頼を寄せてくれるようになるというドラ マのような展開は、おそらくありえません。できる ことからしっかり着手して、一定の確率で小さくて もいいので成功を収める。そんな「小さな成功体 験」を積み重ねて信頼を勝ち得ることが何よりも重 要だと思って、日々努力をしているつもりです。 土地とチームの魅力でより多くの応援団を  逐一記載するのは難しいですが、そのほかにもた くさんの「応援団」に恵まれることで、いろいろな 取り組みが前に進んでいると感じています。  本書でこれまでに書いたパートナーの人たちの多 くも、個人レベルでは応援団になってくれ、いたる ところで白馬の宣伝をしてくれたり、いい人を紹介 してくれたりします。  地元や東京の金融機関さんも、さまざまな支援を してくれています。  中でも岩岳の街並み活性化のプロジェクトでお世 話になった地域経済活性化支援機構は、なんと私の 中学・高校の後輩がカウンターパートになってくれ ました。私と彼の2人で「白馬開成会」なるものを (勝手に)結成できたりしたこともあり、かなり緊 密な関係で相談を進めることができました。  このほかにも、毎年シーズン券を買って白馬に 通っていた広告代理店マンが協賛案件を大量に仕込 んで持ってきてくれたり、たくさんの経営者を白馬 に連れて来てくれる富豪の方がいらっしやった り……と、ここに書いてみても、改めて多くの人に 支えてもらっていることを感じます。  みなさんが「応援団」になってくれるのは、けっ して私個人の努力の成果ではありません。  白馬、岩岳という土地が持つ魅力と、そこに住み、 働くチームのメンバーの魅力。そして白馬の土地を 愛する「熱量」みたいなものを感じてくれた人が、 結果として応援団になってくれているように感じて います。  さまざまな強みと弱みを持つチームでことに当た り、チーム全員が高い熱量を持って「これまでの囗 本のどこにもないリゾートをつくる」という共通の 目標を持っているからこそ、みんなが惹きつけられ るような形です。  こうした「応援団」の存在は、nエyで祠m刃‘で書 いたようにそのまま「隠れた資産」になってくれる 場合もあります。また、今回説明したように「隠れ た資産」を磨くときに大きな力になってくれること もあります。  みなさんもぜひ、自分の周りにそうした応援団が いないか、確認してみてください。  その人だちと一緒になって、苦労をしながらも楽 しく新しいチャレンジをすることで、新たな勝機が 見えてくるのです。  ここまで、「隠れた資産」の見つけ方(中と外の 視線をミックスさせる)、見つける場所(点ではな く面全体を探す)、見つけたものをどう磨くか (パートナーや応援団と一緒に)について、ご説明 してきました。  次からは、どうすれば隠れた資産を効率的・継続 的に磨けるのか、私なりの考えをご紹介したいと思 います。  「えっ、お金とるの?」  「1000円? 高すぎでしよ。たしかに普 通のブランコの2倍近いサイズで、圧倒的な 絶景を目の前に、という特徴はありますけど、 そうはいってもブランコですよ、ブランコ。 公園でブランコやるのにお金払う人なんてい ないじやないですか」  コロナが徐々に私たち観光業の足元を蝕みはじめ た2020年冬のある囗。  次の夏に向けたプランを話している中で、ケンジ さん、サドルさんがそろって難色を示します。使わ れなくなっていたリフト終点のプラットフォームを 絶景ブランコ「ヤッホー’・スウィング」に変えよう というアイデアに対し、  「やるのであれば、スタッフがついてサービスを 提供し、きちんとお金をいただく形でやりたい。I 回1000円くらいでどうか」  と私か提案したのですが、社内で猛反対を食らい ます。 大盛況の「ヤッホー’・スウィング」  それでもここは譲れないと、私か有料化と有人に よるサービス提供を主張し、最終的には、約2分間 で500円の料金を頂戴することになります。  金額的には半分妥協しましたが、  「しっかりしたコンテンツを整備し、その対価を きちんといただく。そのお金をもとに次の仕掛けを 展開できるようにしていかないと、スキー場の未来 はない」  という私の信念に基づき、少しだけ強引に通させ てもらった形です。  最終的に、「ヤッホー’・スウィング」ではスタッ フをI人以上常駐させ、万一の場合に備えてお客さ んに(Iネスをつけてもらうようにしました。  プレイタイムは約2分間。これは『アルプスの少 女『イジ』の主題歌を編曲した結果です。この音楽 が流れる間、ブランコを楽しめるという仕掛けを入 れたのです。  このアイデアは、ケンジさんの発案でした。「北 アルプス白馬で、『アルプスの少女『イジ』の音楽」 という非常に「べ夕」なアイデアではありましたが、 こんな「お馬鹿」なノリもレジャー施設にはあって いいかもと思って決めました。JASRACにも申 請して、楽曲の使用許可をとります。  こうして2020年7月というコロナ禍真っ最中 に、「ヤッホー’・スウィング」がオープンしました。  絶景の中でのブランコという想像を掻き立てやす いコンテンツ、(イジの音楽を流すことで生まれた わかりやすくお馬鹿なテーマ設定。それらが奏功し、 メディア、SNS双方で取り上げてもらいやすい状 況が生まれました。  実際、お隣にあるゲスト(ウスに長期滞在してい たあるノマドワーカーさんの、  「まだ工事中だったけど、白馬の岩岳山頂にオー プン予定のブランコ、えぐくない?」  というTwitterの書き込みが数多くリツイートさ れたことをきっかけに、全国キー局のほとんどが一 度は取材に来てくれました。  さらに多くのお客さんが、実際にブランコに乗っ ている動画をSNSにアップしてくれることで、 あっという間に拡散が進みます。  おかげさまでお盆休みや9月、10月の連休の混雑 囗には朝からお客さんが殺到し、最大5時間近い待 ち時間ができるほどになります(もちろん整理券を お渡しすることで、その場で待たず、岩岳の山の中 でゆったりと時間をすごしてもらうようにしていま す)。  この盛況ぶりには、どこか内心で「たかがプラン コ」と思っていた私たちもびっくり仰天でした。  I 。♂        Fy  i−。M  一………  ゛皿”’一   ・         る   ”    。  一い 万一 心匙』゛゛一J ……一……一万………一 } 対価をいただき、次につなげる  2021年には、1年間で合計3万人近くの方に 「ヤッホーー・スウィング」をご利用いただきました。 I人500円ですから、ブランコだけで売上は 1000万円以上にのぼります。  こうして得られた資金をもとに、マウンテンカー ドを購入したり、白馬ヒトトキノモリを造成したり と、お客さんに楽しんでいただける「次のコンテン ツ」を整備できました。  多くの地方の観光施設で、魅力的なコンテンツを 無料開放しているところを見かけます。お客さんに 少しでも楽しんでもらおうというサービス精神なの でしょうが、これは長続きしないというのが私の意 見です。  それで一時的にお客さんの数が増えたとしても、 効果はいつかかならず薄れていきます。するとメン テナンス費用も十分に用意できなくなり、結局、施 設の片隅で朽ち果てていく……。そんな光景をよく 見ます。  これでは、いつまでたっても活性化などできませ ん。しっかりと価値があるものをつくり、それに見 合った対価をしっかりと頂戴する。それは恥すべき ことではありません。「ビジネス」では当然のこと です。  そうして頂戴した対価を次につながる投資に回し ていくことで、どんどん魅力を高めていく。そんな 発想が、ぜったいに必要なのです。 永遠のライバル’・  CHAPTER←で、白馬岩岳のビジネスを「リゾー ト」だと定義しました。  その定義にのっとって、私は「東京ディズニーラ ンド」を、私たちの強力な「ライバル」だと考えて います(先方はもちろん、私たちのことをライバル とは思っていない……どころか、知られてもいない と思いますが)。  ディズニ圭フンドがなぜ多くのお客さん、それも 多くのリピーターのお客さんであふれかえるので しようか? もちろん、理由はいろいろあると思い ますが、私がいちばんの要因だと考えているのは。  「毎年、新施設や季節ごとのイベントをしっかり と開催してお客さんを安定的に集客しながら徐々に 料金を引き上げ、そこから得られた資金を次のアト ラクションやイベントに投資し、お客さんを飽きさ せない(また行きたいと思わせる)」  という正のスパイラルがうまく回っていることで す。  ご存じの方も多いと思いますが、1983年に開 業した当時、ディズニーランドのIデーパスポート の料金は3900円でした。多くのスキー場のI囗 リフト券よりも安かったのです。  その後、数年おきに数百円単位で価格が上がり、 直近では高い囗で9400円。ここ30年近く、ほぼ 据え置きになっているリフト券の約2倍です。  では、お客さんは減ったのでしょうか。そんなこ とはありません。むしろ開業初年度に1000万人 だった集客は、コロナ禍で入場規制を始める前には 3000万人近くになっていました。  もちろん、途中でディズニーシーを開業するなど、 キャパシティも大きく増加していますので、単純な 比較に意味はありません。  でも、やはり「値段を上げていても、その分コン テンツを充実させていれば、お客さんの数も増やせ る」というもっともわかりやすい例だと考えていま す。  これはもう1つのテーマパークのジャイアント、 ユニバーサルースタジオージャパン(USJ)でも 同様です。低迷期だった2009年には5800円 だった入園料が、2019年には8700円まで上 がりました。一方お客さんの数は、700万人台か ら1400万人台まで大幅に増加しているのです。 海外のスキー場業界  実は海外のスキー場では、このような「正のスパ イラル」を実現できている企業も少なくありません。  代表例が世界最大のスキー場運営会社であるアメ リカの「ベイルリソート(Vail Resorts Management Coヨpany)」です。一時期、アポロマネジメントと いう投資ファンドが保有していたこともあって、ベ イルリソートでは経営の教科書どおりの「正のスパ イラル」に向けた戦略を遂行しています。  同社のフラッグシップースキー場とも言えるVail Resortでは、2005年には当日販売の1日券の価 格は77ドル程度でした。それが2022年には、な んと239ドルまで値上がりしています。来場人数 は2005年には150万人前後だったものが、コ ロナ前には160万人程度。ほぼ同じか、少し伸ば しているくらいなのです。  数年前に、私もVail Resortで滑ったことがあり ます。リフトは、日本国内の大半のスキー場と比べ て真新しいものばかり。スピードも速く、より長距 離なだめ、滑走の満足度が非常に高かったことが印 象的です。シートにはヒーターが入っていて乗車中 に寒さを感じないなど、さまざまな工夫がされてい ました。  レストランや街並みも真新しく、滑走時間以外も 楽しくすごせます。さらにスキー場の中で無料の クッキーやホットレモネードを配るサービスが展開 されていたり、いろいろなところで音楽ライブが開 催されていたりと、リゾートとして非常に充実して いることに驚かされました。  Vail Resortの経営陣に話をうかがった際も、 「しっかり投資を行い、サービスを追加してお客さ んの満足度を上げ、結果として価格を上げさせてい ただくことで、永続的なビジネスモデルがつくれ る」とはっきりおっしやっていました。  国内スキー場の現状を考えると、彼我の差を大き く感じて日本に戻ってきた記憶が、いまでも鮮明に 残っています。 翻って日本のスキー場業界では……  このように類似のレジャー業界でも、海外ではう まく「正のスパイラル」を実現できている例が見ら れます。  一方、私たちが主戦場としてきた国内スキー場業 界では「負のスパイラル」の例ばかり見るように思 います。ここで言う「負のスパイラル」とは、次の ようなものです。 ・業界内の過当競争もあって安売り競争が横行。市  場が拡大しない中で収益性が低下 ・多くのスキー場で十分な設備投資やサービス提供  ができない ・お客さんにワクワクするような体験を提供できな  い ・スキー場離れが加速 ・さらに安売り競争をして来場者数を維持しようと  し、収益が悪化する  「隠れた資産」をうまく見つけて磨くことで、単 価を上げていくという努力をしている国内スキー場 の数は、正直に申し上げてけっして多くはありませ ん。それでは、コンテンツで差をつけることができ ません。  だから、ほかよりも「安い」ことでお客さんの目 を引こうとする「安売り競争」ばかりが横行してし まっているのです。 業界を挙げての安売り競争勃発  たとえば、スキー業界では、シーズン前から「早 割チケット」が随所で販売される慣行がすっかり定 着してしまいました。少しでも早い段階でお客さん の数を確保し、キャッシュフローを楽にしたいとい う施策です。10〜1111月に販売されるこれらのチケッ トは、通常価格から2〜4割も値引きされます。  これは、本音で言えば「誰かがやるから、うちも やらないとお客さんが逃げるかもしれない」という 恐怖心に駆られて、みんなでやっているだけです。 本来は正価に近い金額で買ってくれたかもしれない お客さんにまで値下げしてしまっている可能性が高 い、非常に残念な施策と言えるでしょう。  シーズン中も「クーポン」という名のもとに、さ まざまな植下げ施策が横行しています。しまいには、 各スキー場のクーポンを取りまとめたチラシが各ス キー場からの広告料でつくられ、スポーツショップ や高速道路のサービスエリアなどで配られている始 末です。  こうした中、お客さんも「チケットを正価で買わ ないこと」があたりまえになりつつあります。極端 な例では、スキー場に直接電話をして「割引券はど こで手に入りますか」とお尋ねになるケースや、当 囗窓口にいらして「割引クーポンつてないんです か」と聞かれるケースもあったくらいです(窓口で 割引クーポンを発行しているとすれば、その上部に 掲示している正価の看板って意味ないですよね)。  国内スキー市場が減少する中、新たなスキーヤー を増やそうとして導入された施策も、「安売り競争」 に拍車をかける結果につながることがあります。  ある大手旅行サイトが中心となった取り組みでは、 「大学生にスキーをするきっかけをつくる」ことを 目的に、「X歳はリフト券無料」という取り組みが ありました。お客さんと旅行サイトにはメリットが ありますが、スキー場側にとっては、うまみなどあ りません。チケットの価植を自ら破壊することにつ ながりかねませんし、収入が得られないので次の投 資にもつながりません。  いくつかのスキー場が展開している「子どものリ フト券無料」も同様です。隣のスキー場からお客さ んをとってくることにはつながりますが、結局は業 界の利益の総額(プロフィットプール)を減じる結 果になり、ますます業界全体での施設の陳腐化が進 みます。 コロナ禍を経てさらに安売り競争が加速  コロナ禍で、こうした安売り競争に拍車がかかっ ています。  とある県内スキー場が自治体からの補助金を得て 「今シーズンはチケット全員半額キャンペーン」を 開始したところ、そこにお客さんが殺到。お客さん を奪われた隣町のスキー場がシーズン途中から「う ちも半額に」とキャンペーンを始め、さらに苦しく なったその隣の市のスキー場は「X月X囗は県民無 料キャンペーン」……。  次のシーズンには、長野県と新潟県が競い合うよ うに、シーズン当初から大幅な値下げを支援する キャンペーンを展開しています。  これらは「カンフル剤」として、コロナ禍の影響 で危機に陥った業界を救うという意義はあります。 しかし、これを常態化させてしまうと、お客さんが 感じる価格目線が大きく引き下がってしまいます。 これではリスクにしかなりません。  こうしたキャンペーンを行わなくなったあとの状 態を考えると、スキー場業界にとっては、手放しで 喜べる施策ではないのです。  少なくとも、こうした「カンフル剤」が効いてい る間に、各スキー場が次につながる投資をしっかり と行わなければなりません。  そうすることで、お客さんに以前よりも高い価値 を提供できるようになる。結局、その努力なしには、 スキー場の復活など夢のまた夢です。 人口減少社会で再生産できる産業構造をつ くる  今後、人口減少社会に突入し、とくにスキー、ス ノーボードを盛んにやってくれる若い世代の人口は 急速に減っていきます。なので、今後のスキー場に とって国内市場がある程度縮小することは、残念な がら不可避だと考えています。  こうした中、「安売り競争」を繰り返すだけでは、 この業界はどうなってしまうのでしょうか?  どんどん古くなっていく施設を抱える一方で、毎 年キャッシュフローが細くなっていく。お金がなけ れば施設の更新はできません。リフトが古くなって 動かなくなったら、それがスキー場の最期。スキー 場が閉鎖されれば宿泊施設やレストラン、レンタル ショップなど、近隣で商売をしていた人たちも廃業 せざるを得ず、結果として地域社会が崩壊……。  考えたくもない未来ですが、これまでと同じよう に安売り競争で周辺のスキー場からお客さんを呼ん でくるという発想だけでは、こうした結末は現実に なりそうです。  ではどうするのか?  繰り返しにはなりますが、こうした環境の中で生 き残っていくには、価格を上げるしかありません。 そのためには、自らが持つ「隠れた資産」に光を当 て、コンテンツとして磨き上げることで、お客さん が「払ってもいい」と思う価格を上げる必要があり ます。  こうすることで、老朽化する施設の更新も行いな がら、さらに魅力的なコンテンツを新規開発する。 そういう「再生産」が可能なスキー場産業にしてい かないと、業界全体が「絶滅危惧種」になりかねま せん。 国内スキー場唯一のv−Pサービス、 エAKUBA S-C厂yp∽誕生  お客さん全体に対する値上げが難しいのであれば、 セグメンテーションして考える必要があります。特 定のニーズを持つお客さんに対してサービスや商品 の設計を変え、その分だけ高い代金を頂戴するので す。  こうした発想に基づき、白馬岩岳では2019年、 スキー場としては国内唯一のファーストクラスプロ グラム「HAKUBA S-C」ASS ― VIP 」OUNGE & PRIORITY PASS」を開始しました。これは複数 のラウンジ利用やゴンドラリフトの優先搭乗、優先 駐車場など、さまざまなラグジュアリー・サービス をパッケージ化したプログラムです。  このプログラムでは以下のようなサービスを提供 し、通常のリフト券の約2倍の料金をいただく形に しています。 ・山頂レストランの2階にある「ピークラウンジ」  の利用 ・ゲレンデ中腹にある「メインラウンジ」の利用 ・最大30分ほどにもなるゴンドラやリフトの待ち列  を回避できる優先搭乗サービス ・山麓ゴンドラ乗り場の目の前にある専用駐車場の  利用 ・山麓ベースステーションにおけるクロークサービ  ス ・一般営業前の早朝、誰も滑走していない朝一番の  ゲレンデを独り占めできる「フアーストトラッ  ク」 ・滑ったあとの疲れた身体を癒やせる近隣の温泉チ  ケット  まだまだサービスが広く認知されているわけでは ありませんが、I回利用していただいたお客さんか らは、  「これ抜きの岩岳は考えられない」  と絶賛いただけるケースも増えてきました。  実際、利用者数も年々増加しています。初年度は 600人だったものが、翌シーズンは900人、直 近の2021〜22シーズンでは1400人にご利用 いただいており、単価アップに貢献しています。  こうしたセグメンテーションを行ったうえで単価 を上げるという施策は、なにもS-C」ASSのような 「違うサービスを導入する」ことにかぎりません。  現在の割引券の構成を見直し、「本当に割引がな いかぎり来なかった人たちだけに、必要な金額分だ けの割引が届くようにする」ことも含まれます。不 要な割引を廃正したり過剰な割引を見直したりする ことで、単価を向上させるのです。  それには、これまで習慣だけで出し続けていた クーポン券などの割引が本当に必要なものだったの か、費用対効果をしっかりと見極める必要がありま す。  これも、全体の価格の引き上げ(正価の引き上 げ)よりお客さん側からのマイナスの反応が限定的 になるため、比較的容易に導入できる施策と言えま す。 単価アップに向けた努力は続く  こうした取り組みの結果、近年の白馬岩岳では来 場単価の向上に一定程度成功しました。  グリーンシーズンは「ヤッホーー・スウィング」を はじめとしたさまざまなアクティビティ収入の増加、 ゴンドラ往復料金の改訂などを行いました。ウイン ターシーズンは極端な割引券の廃止や料飲施設の増 強、S-C」ASSの導入などが主な取り組みです。  ここで「来場単価」とは、索道(ロープウェイや ゴンドラリフトの総称)や料飲、物販などを含めた リゾート全体の売上を来場者数で割った値です。こ の値が2018年からの4年間で、グリーンシーズ ンでは2800円前後から3500円前後に、ウイ ンターシーズンでは3300円前後から3600円 前後に改善しているのです。  こうして得られた追加収入をもって、新たな魅力 的な施設やイベントヘの投資を行っています。これ がまた追加収入(単価の増加)やリピーターの確保 につながっています。  欧米のスキー場と比べるとまだまだですが、正の フィードバックが確実に回りはじめていると自負し ています。  「安売り競争」からいかに訣別するか。これはお そらく、スキー場だけの課題ではありません。  バブル崩壊以降、国内市場は常にデフレ基調にあ りました。そんな中で、宿泊や飲食、物販など観光 産業全般が(ともするとそれ以外の一般的な産業も 全般的に)、価値を上げて価格を上げるというあた りまえのことができなくなってしまいました。  メデイアの取り上げ方も「安いが正義」が基調に あります。ともすると値上げ自体がニュースとなり、 「それだと困る」というインタビューのみをクロー ズアップして放送するような状態です。  バブル以降の投資抑制の結果、さまざまな資産が 老朽化しています。そんな中、供給サイドのみなら ず、需要サイドやメデイアなども発想の転換を求め られていると思うのは、私だけではないはずです。  さて、CHAPTER 7では「隠れた資産」を永続的 に磨き続けるために必要な考え方をご説明しました。  しっかりしたコンテンツをつくり、恥じることな くしっかりと対価を頂戴する。そうして改善した収 益を、次の投資にしっかり回す。  そうすることで、これまで値下げ合戦で苦しんで きた状況を脱し、永続的なビジネスモデルをつくる 必要があるのです。  CHAPTER 8では、永続的なビジネスを構築する ために不可欠な、もう1つの要素について説明した いと思います。  「昨日の雪予報も外れでしたね。やばいです よ。このままだとお正月までコースが開けら れないかもしれません」  2019年12月のクリスマスの朝。大きなため息 交じりでコージが報告に来ます。  例年であれば年末年始から成人の囗にかけては、 そのシーズンの来場者数の20%前後が来場する、き わめて重要なタイミングです。  でもこの年は、クリスマス寒波も期待外れ。12月 30囗になってようやく、山頂の短いコースを2本 オープンできただけでした。もちろん、お客さんは ほとんど来てくれません。  結局、このシーズンは冬型の気圧配置が続かず、 寒気の影響を受けにくかったため、全国的に暖冬・ 少雪の傾向が続きました。1961年の統計開始後、 もっとも暖かく、もっとも雪の少ない冬という記録 を更新します。  白馬エリアの中でも標高が柢く、北アルプスから 少し離れた場所に位置する白馬岩岳は、もともと近 隣のスキー場と比べても雪が少ない傾向にあります。 記録的な暖冬だったこの冬は、シーズンを通してふ もとのリフトが1本も動かせないほど厳しい状況で した。お客さんの数は前年の半分近くまで減少して しまいます。  2019年のグリーンシーズンは、「白馬マウン テン「Iバー」が開業後初めて春から秋まで営業で き、前年の2倍強のお客さんにご来場いただくこと ができていました。「この調子で冬も」と意気込ん でいた矢先に、思いきり出鼻をくじかれるシーズン となってしまったのです。 記録的な大赤字に  強い逆風はさらに続きます。2020年3月には 新型コロナが国内で急拡大の兆しを見せました。次 のグリーンシーズンが始まるゴールデンウイーク前 には緊急事態宣言が発令され、営業開始を見合わせ ざるを得なくなります。  当社は7月が決算月なのですが、結局7月末まで、 まともにお客さんを呼べる状況ではありませんでし た。期待していたフェスも延期と、散々な展開が続 きます。  結果、2020年7月期の売上は前年度の7割程 度に落ち込み、過去10年でもっとも大きな赤字決算 となってしまいました。2年連続でこの大赤字が続 けば、スキー場としての存続も危ぶまれる状況です。  コロナの状況もまったく好転が見込まれない中、 これは非常事態だということで「同じお客さんの数 でも黒字になる体質」への改善を進めていきます。  その検討の中ではっきりわかってきたのが、  「大赤字になったのは、少雪やコロナによる売上 激減だけが原因ではない。売上増加が見られる中で、 しっかりと利益がついてきていなかった」  ことでした。 売上増とともにコスト高が隠される  1年前の2019年7月期は、白馬マウンテン (Iバーの開業などによってグリーンシーズンのお 客さんが大幅に増加し、冬もインバウンドが堅調で した。前年度に比べ、売上は30%ほど増加。しかし、 利益は前年と比べてほとんど増えていない結果に終 わっていました。  理由は、コスト管理の甘さにありました。  お客さんの多さに慣れていなかったため、満足度 を落とさないでお客さんに喜んでもらえる体制をつ くろうと、各部署の人員を厚めに張っていました。 また、慣れないグリーンシーズンのイベントを多数 行っていたこともコスト高につながりました。さら に売上が急増したレストラン部門でも、原価率コン トロールやロスコントロールがしっかりできていま せんでした。  要は、「売上と一緒にコストも増える」体質に なっていたのです。  観光業、とりわけスキー場産業は、基本的には 「装置産業」です。全体のコストに占める固定費の 割合が大きい一方、売上が損益分岐点を超えると、 超えた分の多くが利益に貢献するという特徴があり ます。  こうした中、市場の縮小により年々柢下していた 売上が、グリーンシーズンの取り組みによって改善 しました。すると、そこをどんどん伸ばすことに焦 点が当たります。売上が増えることで一定の利益が 出る一方、コスト管理に十分な意識が向けられてい たとは言えない状況だったのです。  結果として、「お客さんに喜んでもらうために」 という名目のもと、かならずしも顧客満足や集客増 につながらない項目のコストまで増えていました。  本来は利益化しないといけない売上も「グラウト アウト」してしまっており、さらに少雪やコロナで 売上が減少すると一転、大赤字になってしまったと いう顛末でした。  CHAPTER 7で書いたように、しっかりと単価を 上げ、売上を改善していく中で「次につながる投 資」をしていくことが大切です。しかし、このよう に「売上が上がれども、利益が上がらず」状態では 何も変わりません。  攻めるときこそ脇が甘くなりがちなので、コスト 管理を徹底し、次につなげる投資を実現させていく ことが大事なのです。 非常事態としての予算策定  背水の陣で取り組むことになった2021年7月 期の予算策定(20年春に実施)。  ちょうどそのタイミングで、以前別のスキー場の 社長をやっていた星野裕二さんが管理部門担当の取 締役として岩岳リゾートに着任しました。  星野さんと私は二人三脚で「売上が前年度同様で あっても、しっかり利益の残る予算」の検討を始め ます。ケンジさんをはじめとした現場チームともや りとりしながら、現実的に実行可能なものに仕上げ ます。  星野さんの社内でのあだ名は「コスト管理の鬼」 「自ら動く財務大臣」です。そう呼ばれるにふさわ しい、徹底した予算を組み上げました。  予算の方針は「やれることは何でもやる」。とに かく徹底的にコスト構造を見直すことです。その厳 しい予算が確実に遂行されれば、さらなる改善が進 むような体制・仕組みの整備が可能になるというも のでした。  「やれることは何でも」の例の1つが、「動く財務 大臣」が言い出した駐車場整理コストの削減です。  「お客さんにマイナスの影響を極力与えずにコス トを下げる方策」がなかなか思いつかず、うんうん 唸りながら頭を悩ませていたとき、星野さんが、  「駐車場整理に年間500万円くらい使っている けど、これ、俺らがやればタダじゃない?」  「どうせ上日はデスクワークしないし、なんとか なるんじゃない」  と、禁断のコメントを。財務大臣自らがやると言 われれば、断れるはずもありません。  結局、上日祝日は仕事が少なくなる私たちバック オフィスースタツフが、必要なタイミングで駐車場 整理に入ることとしました。言い出しっぺの星野さ んと私は、ほぼ毎週末、駐車場整理をするように なっています。 やれることは何でもやる、のコスト管理施 策  駐車場の話のほかにも、以下のように「やれるこ 且鍔慕詐言バスト球 一  2020年夏以降導入した主なコスト  心  J一心(にJ)価の見直し】  ・店舗によっては40%近くになってしまってい   た食材原価率について、原価率目標を店舗ご   とに設定。各店舗でメニューの見直し、販売   単価の見直し、仕入れ原価の見直しなどを実   行 ‐‐‐‐  。                        ‐‐‐‐ 一                           一   【人件費率の見直し】  ・レストランは店舗ごとにメニュー構成を見直   しながら、オペレーションに必要な人数を切   り下げ。繁閑の差に合わせて柔軟にシフトを  組むことを徹底 ・売店とインフォメーションセンター、チケッ  トセンターなど、場所が近接していて、繁忙  時間がずれる施設のマルチシフト化(1人が  複数の業務をこなす)を導入 ・リフトについては季節や曜日ごとの乗車状況  を計測。お客さんのニーズがきわめて少なく、  変更しても顧客満足に大きな影響がないと判  断されたリフトに関しては営業時間や日数を  見直し。短時間のみ動かすリフトについては   経営陣や事務所・営業スタッフなどのバック   オフィスースタッフが柔軟にシフトに入るこ   とで常時必要な人数を縮減 ‐‐‐‐                           ‐‐‐‐ ‐‐‐‐                           ‐‐‐‐ 一 【繁閑の差に応じて柔軟に現場に入る人数を調 一 一 整しつつ、これまでコントロールしきれなかっ 一  た(支払う一方だった)閑散期の人件費を売上  に転換する仕組みを導入】  ・自社製品として、エakuba Deliブランドを立   ち上げ、加工食品の製造・販売を開始。春や  秋の運休期間中(年2ヵ月ほど)にレストラ  ンスタッフが食品工場に出向き、ピクルスな  どの製造を行う ・田んぼの草刈りやイベントのテント設置など、  さまざまな外注業務の受注を開始(私も草刈  機の扱いにはだいぶ慣れましたし、スノー  ピークさんのテント立ても上手になりまし  た) 【外注コストの大胆な見直し・内製化】 ・除雪コストの削減に向け、ケンジさんが毎朝  早く出てきてブルドーザーで除雪することに ・そのほか「大変だけれどもやればできて、コ  ストメリットのある外注コスト」は、基本的  にはすべて内製化を目指す 【直営していた赤字店舗の営業停止と、別業種 のテナントを入れることでの売上改善】 ・雪が少ないシーズンになると、毎年大きな赤  字を出していた店舗を閉鎖。グリーンシース   ンも活用可能な屋内トランポリン施設を誘致   することで、利益をそれ以上に改善 ‐‐‐‐                           ‐‐‐‐ 地元の名店とのコラボを通じたコスト改善  こうした施策の具体例の1つとして、白馬の名店 である「深山成吉思汗」とのタイアップがあります。  「深山成吉思汗」は、最高の生ラムが食べられる レストランです。そのおいしさは、東京で飲食店を 多く手掛けられている恂○ツ’Nの小山社長や CHAVATYの平川社長が「東京でもなかなか食べ られないレベル」と絶賛するほど。ケンジさんと私 で食べに行った際、店長と「私たちのメインレスト ランの原価率、人件費率をどう効率化していくか」 について話していたときに出てきたアイデアが実を 結びました。  それは、彼らの通常オペレーションの中でどうし ても出てくる端材を使ったカレーをつくってもらい、 私たちのメインレストランに納入してもらうという ものです。  そのままでは捨てざるを得ない部材を使うことで、 原価もりIズナブルな範囲に収めることができます。 それでいて、一級品の原材料を一流の料理人が仕上 げるわけで、非常においしいカレーができ上がりま した。  またカレーというメニューは、オペレーション的 には負荷の柢いアイテムです。その販売ボリューム が増えることで、私たちの手間の縮減、人件費効率 の向上に大きく寄与してくれています。  こうしたアイデアも、厳しい予算設定から出てき た知恵だと思っています。 店長制度の導入  予算上のコスト改善策も、数字で組み上げるだけ では意味がありません。  結局のところ、その厳しい予算が現場で確実に遂 行され、さらにその場で改善が進むような体制、仕 組みの整備を行うことが大事です。  その意味では、いまさらながらのタイミングでし たが、数年前から導入しはじめていた「店長制度」 がきわめて大きな効果を発揮しました。  料飲・物販に関しては店舗ごとに、索道(リフト やゴンドラなど)やチケットセンターなどに関して は部門ごとに、年代にかかわらず「この人だ’・」と いう人を店長、副店長に指名。店舗ごとに予算の段 階から一緒に目標設定を行い、その進捗を管理でき る簡単なエクセルシート(=店長シート)を用意し ました。これを毎週トラッキングしていきます。  店長シート上で定期的にトラッキングする数値は、 全体の来場者数などの店舗ごとの努力ではどうしよ うもないものではなく、店舗ごとに努力すればなん とか改善できる主要項目に絞っています。  具体的には、たとえばレストランの売上に関して は、次の3つの指標だけをトラッキングしてもらっ ています。 ・人込単価=店舗売上÷総来場者数 ・利用率=店舗利用者数(レジ精算回数)÷総来場  者数 ・レジ単価=売上÷店舗利用者数(レジ精算回数)  算式で言えば「人込単価=利用率×レジ単価」と いう関係になります。ですので、人込単価が、売上 に関して店長が気にしておくべきもっとも大事な指 標ということになります。  もしその数字が予算や前年、前月などと比べて悪 くなっているのであれば、利用率かレジ単価のいず れか、もしくは双方が悪化しているはず、とすぐに わかるわけです。  ここまではある程度機械的に追えるようにしてあ りますが、そこから先はそうはいきません。特定の 指標が悪化している原因を探り、対策を立て、実行 する部分は、店長の力量次第になります。  利用率が悪くなっているなら、季節限定のキャン ペーンをやってみたり、SNSへの露出を増やして みたり、現地に看板を立ててみたり、セット割を導 入して割安感を出してみたり……その時期その時期 のお客さんの流れを現場で見ながら、有効と思われ る施策をクイックに考え、打ち出していくのです。  また、コストの部分についても、基本的には「原 価率」「人件費率」をしっかリコントロールするこ とに注力してもらっています。俗にFL比率 (恂O乱Q乱じboこと呼ばれるものです。これが50〜 60%程度に収まるよう、日々の管理を徹底していく のです。  もちろん、水道光熱費や修繕費、備品費、減価償 却費などのその他の費用項目を管理することも重要 です。  しかしこれらは週次でトラッキングすることは難 しく、共通経費分が多いために、店ごとに細かく分 けて見る意味はさほどありません。そこで、月次・ 部門全体でしっかり予算に収まっているかを確認し て、問題がある場合は早急に対策を立てるようにし ています。  こうして店長、副店長が見るべき指標を単純化し、 意識をそこに集中してもらうことにしました。狙い は「問題特定↓対策立案↓実行」のサイクルを短く することです。 現場で改善する力を上げることが何よりも の力に  各店長には毎週月曜日か火曜日までに、その前の 週末までの各指標の動向と課題をメールで報告して もらいます。その際には、背景にある問題として考 えられるものと、それに対する対策も記してもらっ ています。  私や「動く財務大臣」星野さん、ケンジさんら経 営陣は常にこの「店長シート」をチェック。適切に 数字が処理されているか、その課題認識が正しいか、 課題への対策が適切か、前週までに出ていた対策が 順調に進んでいるかなどを確認し、フィードバック しています。  情報が足りないと思った場合は、現場を見に行っ たり一緒に働いたりします。そうすることでより深 く課題を理解し、店長と一緒に次の対策を検討する ことができます。  こういう制度を本格的に導入して、2年ほどたち ました。現在では、かなり効果的なやりとりができ るようになっていると実感しています。  やはり現場での課題は現場がいちばん細かく、正 しく認識できています。その認識に基づいて考えら れた対策に対して、経営面でしっかりとサポート (人的支援、資金的支援、知恵の面での支援など) できれば、店長・副店長もより責任感を持って店舗 運営に当たってくれるようになります。  実際、2020年7月期の大赤字という危機的状 況に陥ってから2年で、FL比率は約20%ポイント ほど改善しました(元が高すぎた、ということもあ りますが)。毎週提出される店長・副店長からの課 題認識と対策の精度も上がってきており、よリク イックにお客さんのニーズに対応できるようになっ てきたと感じています。  これらの取り組みは、要は細かい単位での管理会 計の徹底です。大企業ではあたりまえに実施されて いることにすぎません。  ですが、地方企業や中小企業では、この点に労力 がしっかり割かれていないケースが多いように感じ ます。  最初は仕組みの導入など大変なこともありますし、 継続してそこを見続けるマネジメントの努力も不可 欠です。しかしだからこそ、いったん導入してしま えば、経営へのインパクトは非常に大きいのです。 スタッフの努力と成長に報いることで次に つなげる  こうして迎えた2021年7月期。  年末年始、ゴールデンウィーク、夏休みといった 本来の多客期を狙ったように新型コロナがまん延し、 その都度、緊急事態宣言が出される状況が続きます。  そういう苦しい環境ではありましたが、結果とし ては前年を上回るグリーンシーズン、ウインター シーズンの集客に成功しました。お客さんに「自粛 疲れ」があったほか、アウトドアで遊ぶことへの安 心感、「ヤッホー’・スウィング」などの新規施策が 好評だったことなど、さまざまな要因が複層的に効 いた結果だと思います。  結果として売上も2年前の年(2019年7月 期)を少し超えるラインにまで回復しました。そし て、それ以上に大きく回復したのが営業利益でした。  「売上が戻らなくても黒字を」というかなり厳し い計画を立てていましたが、それを超えるコスト管 理を各現場が徹底してくれました。そのうえでお客 さんの満足度を落とさなかったからこそ、利益改善 につなげることができたのです。  白馬岩岳としてはコロナ禍に悩まされた1年だっ たにもかかわらず、2021年7月期には、なんと バブル崩壊以降最高の利益額を達成できました。  こうなって初めて、利益を次につながる有効な投 資に同せます。1つには、これまで本書で説明して きたアトラクションやイベントの企画、古くなった 施設のリノベーション・修繕を行うことです。  そしてもう1つ大事なのが、スタッフのがんばり や成長にしっかり応え、次につながるモチベーショ ンを高めることです。  2021年7月期は私か社長となって以来初めて、 しっかりとボーナスを出すことができました。慢性 的な経営の苦境で上がり幅がほとんどなかった昇給 も、ほぼ全員に実施しました。  週末になると毎日駐車場整理をしたり、田んぼの 草刈りをしたり、リフト係をやったりと、たしかに くたくたになる1年ではありました。でも、ボーナ スの支給を喜ぶスタッフの声が、何よりも強く印象 に残っています。  若手(といっても入社20年目近く)のコージが、  「スキー場の経営が苦しくなる中で、ここ10年以 上、そもそもボーナスをもらうということがなかっ たので、びっくりしています。ただそれ以上に、 チームのみんなでがんばり、結果を出し、ボーナス を勝ち取ったというのが、とても嬉しいです」  と言ってくれたのを鮮明に記憶しています。 忘れてはいけない「規模の経済」と「競争 の原理」  私たちのような地方の中小企業がコスト改善を しっかり進めようとした場合、先ほどまで説明した 「正しい予算策定」と「現場での細かいPL管理の 実現」のほかに、あと2つ、大切なことがあります。  それが、「規模の経済」と「競争の原理」をどう 活用するかという点です。  私か在籍していたベインーアンドーカンパニーの 戦略論の柱の1つに「に乱口莎ぞ渟O呂日とという ものがありました。正しく定義された市場の中であ れば、ほとんどの業界で規模的に最大のリーダーが もつとも高い利益率を享受する、というものです。  その理由は2つあります。1つは、リーダーこそ がサプライチェーンの川上や川下に対して強い交渉 力(バーゲニングパワー)を持つことができるから。 もう1つは、経験曲線を早く下りることができるか ら。いわゆる「規模の経済」というものです。  また、スキー場業界のように規模が小さく、縮小 傾向の強い市場では、川上のサプライヤーの数も少 なくなっています。主要部品のサプライヤーが実質 的に独占、寡占状態にあるということも珍しくあり ません。  こうした業界構造では、大きな買い物であっても 「これまでそこから買ってきたから」という程度の 理由で深く考えず購入先を決めてしまいがちです。 その結果、相見積もりをとって競争を促し、適正な 価格に下がるまで交渉するというあたりまえの努力 がおろそかになってしまいます。「競争の原理」の 不在です。  この「規模の経済」と「競争の原理」の不在が、 地方にある中小企業や家族経営の会社のコスト改善 を妨げているように思います。ここに目をつければ、 工夫次第でコストを適正レベルまで下げることは可 能です。 面的な努力でコスト削減を  CHAPTER 4で、占Jではなく面で「隠れた資産」 を探すことで、より効果が出るというお話をさせて いただきました。コスト適正化についても「点では なく面で」考えることで、規模の経済と競争の原理 を活用しやすくなります。  CHAPTER 3でご説明した「白馬バレー共通自動 改札システム」の調達コスト適正化が、この例に当 たります。  個別の会社単位では発注ボリュームが小さく、参 照価格もなかったため、メーカーさんもなかなか価 格引き下げに応じてくれませんでした。  しかし、 ・海外から直接輸入できる可能性を持つことで競争  の原理が利く状況をつくり出す ・10スキー場の発注量をまとめ、「国内最大のプロ  ジェクト」に仕立て上げることでメーカーさんの  本気を引き出す ・とれた相見積もりについては細かい項目までブ  レークダウンして比較をしたうえで、不合理に高  い点があればこれを下げてもらうようリクエスト  する  という流れで、大きく初期コストを下げることに 成功しました。  また、CHAPTER 4で説明した「岩岳の街並み活 性化プロジェクト」についても同様です。  個々の民宿でオペレーションを行っていては、ど うしても経営面での効率が上がりづらいという課題 がありました。そこで同プロジェクトでは複数の建 物をまとめてオペレーションすることで、さまざま な面で「規模の経済」を利かせて経営効率を改善す ることにしました。そうして浮いたコストが、改装 費用の大事な原資になっているわけです。  私か以前いた農水省の領域でもそうですが、地方 の産業では多くの場合、「自分の家」が経営の単位 となっています(まさに「農家」という言葉のとお リ)。  しかしそれでは、規模の経済や競争の原理を利か せることは難しくなります。結果として農協などの サプライチェーンの川上・川下にいる人たちに対す る交渉力も弱くなってしまいます。それでは、経営 効率を上げるのは困難です。  まず大切なのは、「これまでもそうだったから」 と思考停止に陥らないことです。  「できることは何でもやる」の精神で、ときには 産業構造自体の変革も進めながら、コスト効率化策 を考えてください。  そこから生まれた利益は、次につながる投資に同 します。そうして地域経済を活性化していくことが、 まさにいま必要なのだと私は考えています。  ここまで、隠れた資産の見つけ方・磨き方と、そ れを磨き続ける体制をつくる方法について説明して きました。  CHAPTER 9では、こうした全体のプロセスにわ たって必要不可欠な「心構え」について、解説させ てもらいたいと思います。  「お、また新しいことやるんですね’・ あそ こいい場所ですよね。楽しみです。で、何を やるんすか?」  2020年の冬前、コロナが少し落ち着いたタイ ミングで、久しぶりの白馬国際交流の会が開催され ました。後に「白馬ヒトトキノモリ」として結実す るプロジェクトのアイデアを話し合っていると、そ れまであまり話に加わっていなかったコージが嬉し そうに声を上げました。  数年前までは、新しいことをやることに消極的 だったり、そもそも「面倒だな」と思ったりするメ ンバーが多かった白馬岩岳。しかし徐々に、「新し いことを開始し、やり遂げること」に楽しみを覚え るメンバーが増えてきたな、と手ごたえを感じるや りとりでした。  「ぜったいに成功する秘訣」なんてない  講演などをさせていただく際、最後の質疑応答で、  「なぜ白馬岩岳はうまく集客を伸ばせたんです か? どうしてそんなに成功ばかりするんですか? 成功の確率を高める秘訣があれば教えてください」  と聞かれることが時折あります。  もちろんプロジェクトの成功確率を高めるために は、これまで説明してきたような「隠れた資産」の 発見と磨き上げが不可欠です。しかし「成功しかし ない方法」となると、私も知りません。  どんな野球選手でも打率3割打てば好打者、あの イチロー選手ですら4割を超えることはありません でした。プロジェクトもこれに似ています。  私たちが相手にしているのは、一般消費者です。 かならずしも合理的に行動するとはかぎりません。 そんな業界で「百発百中」の成功を収めようとする のは、非現実的と言わざるを得ません。  そうは言っても、地域を元気にしたり、永続的な ビジネスモデルをつくったりするには、一定の数の 成功を収めることは必要不可欠です。  このため、私か結局のところいちばん大事だと 思っていることは、  「球をたくさん、矢継ぎ早に打つこと」  と、  「球をたくさん打ち続けることのできるチームを つくること」  なのです。  時間のかぎられた講演などではとくにそうなりま すが、どちらかと言うとうまくいった話をする ウエートのほうが高くなります。すると「白馬岩岳 での挑戦は成功続き」と勘違いされることもままあ ります。  しかし実際は、その成功例の裏には「やってみた けど目立たないまま終わった失敗」や「失敗とまで は言わないが、かといって成功したとも言えない試 み」が山ほどあります。  こういった失敗は、さまざまな関係者を巻き込ん でのプロジェクトですので、話しづらいことも多い のです。ここでもその具体例を詳らかに説明するこ とは避けたいと思いますが、最後は球数が大事、な のです。 小さな球をたくさん、矢継ぎ早に打つ  球数をたくさん打つためにまず必要なのは、「失 敗しても致命傷とならない球のつくり方」です。こ のためには、「まずは小さく始める」ことが欠かせ ません。  コンサルを入れたりして初期の計画段階に資金を 多く投入したり、特定のプロジェクトに社運をかけ た資金投入をしたり、といったことは避けなければ なりません。  また、仮に失敗しても傷が小さいうちに撤退でき るような仕掛けを持っておく必要もあります。さら に、マーケットや競合の様子などから判断して、失 敗ケースでの傷の程度が小さそうなものから順に仕 掛けていくことも重要です。  こうした発想から、白馬岩岳ではプロジェクトを 始める前に、可能なかぎリテスト的なパイロットプ ロジェクトを立ち上げます。そこで様子を確かめつ つ、うまくいきそうであれば矢継ぎ早に次のステッ プを踏んでいくのです。  次のステップの内容は、もちろん事前に極力具体 的に考えておきます。しかし、最初のパイロットプ ロジェクトに対するお客さんの反応を見ながら、柔 軟に修正していくようにしています。  たとえば、岩岳山頂の全体構想については、最初 に「白馬岩岳マスタープラン」を策定した段階で、 ある程度ラフなプランを描いていました。しかし、 その段階で想定していたものと、数年間で実際に実 行したプロジェクトは、大きく異なるものとなりま した。  「白馬マウンテン「Iバー」のプロジェクトを第 一歩目としたのは、マスタープランで描いたとおり です。これは、パイロットと言うには大きめのプロ ジェクトでした。  しかし、仮に期待どおりの集客が進まなかったと しても、その他のエリアで実施されていた展望テラ スプロジェクトの例から一定の集客増につながる見 込みは高いと判断しました。そうであれば、失敗 ケースの傷は浅くなります。最初の一歩として、 けっして無謀ではなかったのです(結果は、期待を 大きく超える集客増につながりましたが)。  また、マスタープランでは、第2弾のプロジェク トとして森の中の空中回廊などを整備する計画を立 てていました。  しかし実際には、マウンテン(Iバー開業の初年 度に簡単に整備した小さなデッキ「ヤッホー’・デッ キ」の雰囲気がよく、これを多くのお客さんからお 褒めいただけました。  これを踏まえ、さらにそのよさを伸ばすほうがコ ストも安く、よりお客さんの満足度を高められる可 能性が高いと判断できました。  そこで2年目には、スノーピークさんにプロ デュースをお願いして「岩岳グリーンパーク」を整 備し、森と芝生広場をおしゃれで快適なアウトドア 空間に変貌させたのです。  ここから先は、当初計画にはないプロジェクトが 続きます。  まずは来場者の増加にともなって、山頂全体の キャパシティが不足してきました。そこでお客さん の動きを観察したり、直接お話を聞かせてもらった りした結果、  「山頂でのアクティビティが足りておらず、待ち 時間が長くなる傾向にある」  「グリーンパークが混雑していて、ゆったりでき るスペースが足りない囗が増えている」  ことが判明します。  それを踏まえて、マウンテン(Iバー開業後3年 目には、山頂とは異なる方向の絶景を眺めることの できる山腹のスペースを「白馬ヒトトキノモリ」と して整備することを決めました(2022年春にグ ランドオープン)。  一方、開業後の数年間、アクティビティ不足への 対策として「ヤッホー’・スウィング」をはじめとし たさまざまなアクティビティを新規に開始していま す。  その中には、想定よりもお客さんの反応が悪かっ たものがいくつもあります。ただ、これらはそもそ も初期投資を抑えてスタートさせていたため、1年 で「損切り」できたものが多々あるのです。 必要な考え方  少し抽象レベルを高めて説明すると、小さな球を 打ち続けるために必要な心構えは以下のようなもの になります。 一   ‐1小さな球を打ち続ける」ために必要  心  ふぃ作にい体的な計画を立てるものの、そこに  雑付球紂乱气。で  四竹H川口討ドドド  軟に修正する ・修正した計画についても、できそうなものか  らどんどん始めてしまい、さらにその反応を  見ながら次のことを考える ・とくに「伸びそう」と感じたものを軸に、二  の矢、三の矢を放ち続ける ・うまくいかないプロジェクトがあったとして  も深く悩みすぎず、損切りする勇気が必要。  失敗プロジェクトにリソースを使いすぎるよ  りも、伸びそうなプロジェクトにリソースを   注ぎ込んだほうが、結果としての費用対効果 一  は高い                   一  ・「球を打ちはじめること」と、それを「圧倒   的なスピード感でやり続けること」が何より 一  も重要。魅力的なコンテンツができないかぎ 一 一  り、お客さんは来てくれない        一 一                         一  とくに私たちのような生活必需品ではない「嗜好 品」を取り扱っているBtOCビジネスにおいて、 「お客さんが求めること」を確実に把握し、準備す ることはきわめて困難です。仮にお客さんのニーズ を把握できたとしても、それが不変である保証はど こにもなく、世の中の変化は速いものです。  こうした中で必要なマインドセットは「計画より も実験」「実験を通じて当たりそうだと感じたもの に集中する」ことだと私は考えています。 計画よりも実験にリソースを割く  こうした心構えの対極にあるのが「計画を立てて 満足する」「計画づくりがゴール」と言わんばかり に、計画段階にそのリソースのほとんどを費やして しまうことです。  官僚時代、コンサルタント時代は、計画を立てる ことが商売の主眼でした。そんな自分の過去を否定 するようで悩ましいのですが、「ぜったいに成功す る計画」なんて存在しません。  とくにBtOCの業界では、お客さんはこちらの 期待どおりに「合理的に」反応してくれるとはかぎ りません。そんな業界で計画づくりにいくらリソー スを注ぎ込んでも、なかなか成功の確率は高まって くれないのです。  コンサルタント時代、敬愛する先輩から言われた 匸冐が、いまでも深く印象に残っています。  「今後、本質的な意味での戦略コンサルに対する 需要は減る。デジタルの世界となり、パイロットプ ロジェクトを仕立てるコストが減少する。さらにプ ロジェクトの成果のモニタリングに関するコストも 圧倒的に減る」  「そうすると計画を綿密に立てることで成功の確 率を高めるという、これまで戦略コンサルが拠って 立ってきた思想自体が通用しなくなる。それよりも 自社のリソースを活用してパイロット的にプロジェ クトを前に進め、それに合わせて修正をしていくほ うが成功確率を高めやすくなるはず」  まだ戦略コンサルの修業を始めたばかりだった私 は、その自己否定的なコメントに軽い反発を覚えま した。でも、いま思えばまさに慧眼。実際に自分が 事業会社でそのコメントの価値を実感しているので す。 球を打ち続けられるチームが大事  もちろん、経営者がどれだけよいアイデアを見つ けても、それで十分ではありません。  そのプロジェクトを一緒になって実行してくれる チームが不可欠です。柔軟に物事に当たり、自分の 定められた部署の仕事だけではなく守備範囲を広げ てマルチに動き、自発的に課題を見つけ、解決策を 考えてくれるIそんなチームがいなければ、何も できないのです。  本書でもケンジさん、サドルさん、コージの白馬 国際交流の会メンバーだけでなく、MTBチームの ホリつち、「動く財務大臣」星野さん、THE CITY BAKERYの若手店長・副店長など、頼りになる チームメンバーたちについて言及させてもらいまし た。  もちろん、ほかにも素晴らしい仲間がそろってい ます。  日々索道部門の管理をしつつ、何か現場で困った ことがあると黙ってすぐに作業を完遂させてしまう OUT支配人(通称・相澤工務店)。  故障した機械をたちまち直したり、さまざまな メーカーと交渉して価格を下げたりする「機械のプ ロ」でありながら、開発行為に関する行政交渉とい うまったく毛色の違う仕事も一手に引き受けて進め てしまう技術部長「かっちやん」。  マーケティングに関する煩瑣な作業を黙々とこな す若手「ジョン」。  レストランのFL管理を徹底し、2年間で大幅な 改善を進めた料飲マネジャーたち。  その他、多くのメンバーが地元出身者です。  ここで全員のことに言及するのは不可能ですが、 本当にチームの力に恵まれているな、と感じます。 チームの力  個々のメンバーの能力と意欲の高さはもちろん重 要ですが、一方、I人で何でもできるスーパーマン がいるわけではありません。お互いの足りないとこ ろを、ほかのメンバーが補うことでチームとして成 立するのは、言ってみればスポーツと同じです。  私たちのチームも、最初から高いチームカがあっ たわけではありません。赤字続きで長年投資や新規 の取り組みを抑制され、どちらかというと「諦め」 や「新しいことをやることへの面倒さ」が勝るメン バーも多かったように思います。  そんなメンバーのやる気を引き出すために何か特 別なことをしたかというと、そういうわけではあり ません。  ただ、小さな取り組みを矢継ぎ早に始め、少しず つでも成功を収めることで自信を深めていきました。 また、これまでよりもスピーディに動くことで短期 間に多くの経験を積み、コミュニケーションを深め ました。  こんな現場での取り組みを通じて、徐々にチーム としての力が上がってきているように思います。 経験曲線を早く下りることの重要性  CHAPTER 8の「規模の経済」のところでも触れ ましたが「経験曲線を早く下りる」というのは非常 に大事です。同じようなことを繰り返し体験するこ とで現場での工夫が積み重なり、以前よりも効率的 に物事が進むようになるというのが経験曲線の基本 的な概念です。  この、「同じようなこと」を繰り返す量をいかに して増やすかが重要になります。  たとえば私たちの場合、これまでほとんど冬にし か営業できていなかったレストラン施設を、夏も稼 働できるようになりました。これによって通年で雇 用できるスタッフの量が劇的に増え、夏にもさまざ まな業務を経験することができました。その結果、 なんと冬の繁忙期にも、これまでよりぐっと少ない 人数で対応できるようになったのです。  もちろん店長制度の導入を通じて数値改善を徹底 してきた結果でもあります。でもそれだけではなく、 チームメンバーの個々の業務対応力のアップと、現 場レベルの改善の積み重ねがなければ、このような 結果にはならなかったでしょう。 一緒に走る  チームにおける私の役割は、主に「外部の目」で メンバーのアイデアを引き出し、プロジェクトを実 現に導くことでした。  でもそれだけではなく、素人ながらさまざまな現 場に入らせてもらってもいます。何か起きているか をチームのみんなと一緒に体験することで、チーム の一員として認めてもらえるようになったと考えて います。  前章で触れたとおり、繁忙囗には駐車場整理やリ フト係、キッチンカーでのソフトクリーム販売、レ ストランでのお皿洗いなどもしています。草刈りや テント立て作業にも楽しんで参加しました。「ヒト トキノモリ」を整備したときはダンプカーを運転し、 ウッドチップを山の中まで運んで、荷車に下ろして 手で撒き散らしました。  慣れないことの連続で、正直、楽ではありません。 ですが、私か率先して取り組むことで、「社長がこ こまでやるなら仕方ないか」と周囲が諦め(?)、 一緒に新しいことへ挑戦し続けてくれている部分も あるかと思います。  また、どんな仕事でもチームの力を上げるには、 チームの1人ひとりに「楽しんで、自分ごととして 考え、動いてもらう」ことが必須です。  このため、できるだけこちらから一方的にアイデ アを投げるのではなく(自分が抑えきれずにそう なってしまうシーンももちろん多いのですが)、 チームメンバー個々のアイデアを引き出すように対 話をすることも重要だと考えています。  さらに、新たに挑戦してもらったことが仮にうま くいかなくても、結果ではなく、やってもらったプ ロセスを評価することを重視しています。小さな失 敗であれば、極力気にしません。もちろん、自分の 感情を100%コントロールすることは難しいので すが……。  「何よりも球数を打つことが重要」という心構え を持ち、チームと一緒に成長していく気持ちが大事 だと考えています。  白馬に来て8年。  チームと一緒に走り、成功も失敗も体験を共有し、 そのプロセス自体を一緒に楽しんできました。これ こそが、地方を元気にする仕事、観光業を活性化す る仕事、ひいては苦境にある産業を復活させる仕事 の醍醐味なのだと、いまはそんなふうに思っていま す。  さあ、みなさんも一緒にこの世界で楽しみ、戦つ てみませんか?  「乾杯’・」  「苦労してきたプロジェクトがようやっと表 に出ましたね」  「いやあ、ポンド、山あり谷ありでしたね。 でもこれでようやく懸案だったゴンドラリフ トの更新ができそうです」  「いやいや、これは一歩目が踏み出せただけ で、まだまだこれからですよ」  2022年9月9囗の夜。白馬国際交流の会のメ ンバーを中心に、「勣く財務大臣」星野さん、「技術 部長」かっちやんたちが久しぶりに私の家に集まり ました。祝杯を挙げつつ、これまでの苦労と今後の 期待を口にします。  実はこの囗の夕方、白馬岩岳の将来を大きく変え るビッグプロジェクトのプレスリリースが配信され、 プロジェクトの概要を世に打ち出すことができたの です。  そのプロジェクトとは、ゴンドラリフトの新設で す。建築後35年以上が経過し、老朽化が進む一方で、 オールシーズンでの集客力増加により輸送力不足も 顕著になっていました。これを刷新することが正式 に決まったのです。  ゴンドラリフトの新設は、数年分の売上咼に相当 する金額を必要とする巨額投資です。私たちにとっ て生命線であるにもかかわらず、バブル崩壊以降の 来場者の急減にともない、普通にやっていてはなか なか手がつかない投資でした。 しかし、グリーンシーズンの収入増加や全社を挙  }  且≒崕訌 匹 物語は始まったばかり  このように世界水準のオールシーズンーマウンテ ンリソートヘー歩ずつ歩みはしめた私たちではあり ますが、実際のところ物語は始まったばかり、とい うステージだと感じています。今回発表されたプロ ジェクトも機に、本格的な白馬岩岳の、白馬全体の サクセスストーリーがこれから始まるのです。  白馬岩岳という単独のコンテンツで見ても、本書 で紹介した一連の「隠れた資産の掘り起こし」は、 その第1弾にすぎません。やっと本来持っていた魅 力を伝えるツールができ、キャッシュの余裕もほん の少しだけできはじめた段階です。積年の大きな課 題だったリフトやレスト(ウスなどのインフラの更 新計画も、まだ一歩目を踏み出しただけです。  山の中に眠る「隠れた資産」を見つけ、磨き続け る旅には当分、終わりはなさそうです。  さらに、そもそも「リゾート」として世界で戦っ ていくためには、1つのスキー場がよくなれば十分 というわけにはいきません。  リゾートと言うからには、複数日滞在しても十分 に楽しめる量と質をともなったコンテンツが備わっ ていないといけません。ナイトライフや天気が悪い ときにも楽しめる施設も含めて街並みを充実させ、 面的に活性化された状態をつくらないといけません。  そのためには、チームの力を合わせて白馬エリア 全体をしっかり見渡し、さらに隠れた資産がないか 探し続け、磨き上げ続けていく必要があると感じて います。 真の日本の宝に  こうして白馬エリアが真の意味で「世界水準の オールシーズンーマウンテンリソート」に昇華でき れば、日本全体の宝物の1つだと誰もが認めてくれ るようになるでしょう。それこそが、私たちの本当 のゴールです。  残念ながら今後の日本は、少子化や国際競争力の 低下などに苦しむ可能性がきわめて高いと感じてい ます。  こうした中でも、私たち白馬チームのメンバーは 諦めずに隠れた資産の活用に向けたチャレンジを続 けます。そうすることで、将来の日本社会を少しで も明るく照らすライトになっていければと思ってい ます。  最後になりますが、本書をここまで読んでいただ いた読書のみなさんも、ぜひそれぞれが所属する地 域や会社、産業における「隠れた資産」をうまく見 つけ、磨いていってください。  みなさんの実践が積み重なり、それぞれの企業や 地域、産業、ひいては日本全体が元気になることを 心より願って、筆をおきたいと思います。  2022年10月                    和田 寛