ニッポン社会のほんとの正体_堀江貴文 投資とお金と未来                    堀江貴文 この作品は縦書きでレイアウトされています。 また、ご覧になる機種により、表示の差異が認められることがあり ます。 一部の漢字が簡略字で表示されていることがあります。        はじめに  いま日本はどうなっているのか? 日本にはどんな 希望があり、どんな危機が迫っているのか? そして その希望や危機の根っこにはなにがあるのか?  本書は日本の現在地を正しく理解するための教科書 である。私なりに重要だと思われる45個のトピックを 厳選し、それぞれの本質を見据えながら解説してみた。  だれでも理解できるように、基礎中の基礎からわか りやすく記している。ぜひ楽しんで読んでもらいたい。 そして楽しむだけではなく、あなたの血肉になるなら 著者として望外である。  この2024年8月5日、日経平均株価は過去最大 となる4451円の下げ幅を記録。歴史的な急落に見 舞われた。新NISA(少額投資非課税制度)がはじまり、 投資ブームが過熱している最中の大暴落だ。マスコミ もSNSも蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。  なかには真っ青になり、慌てて狼狽売りした投資初 心者もたくさんいただろう。投資に絶対はない。絶対 はないが狼狽売りはいちばんの悪手だ。  上がれば、いつか下がる。下がっても、いつかは上 がる。あなたの人生に好不調の波があるように、株価 もめまぐるしく移り変わる。そして何年かにI度は大 暴落や急騰といったイベントが起きる。場合によって は立て続けに起きることだってある。  いまこの原稿を書いているのは、2024年8月の 終わりだ。現在、日経平均株価は8月5日の歴史的大 暴落から一転し、今度は歴史的なV字回復を見せてい る。  しかしこの原稿が本となり、あなたの手元に届くこ ろには、ふたたび急落しているかもしれない。そして 性懲りもなくマスコミやSNSがまた大騒ぎしている かもしれない。くだらない。一喜一憂するのは愚かだ。 投資の鉄則は長期保有である。値動きにいちいち左右 されず、気長に保有しておけばいいのだ。  株価は5年、10年、20年と時間が経つにつれて、全 体として上昇する傾向が強い。ほかならぬ歴史がそれ を証明している。その歴史を知らない人がパニックに なる。狼狽売りに走る。そして損をするのである。  投資にかぎった話ではない。すべての過ちは、無知 が招く。そして無知は搾取される。世の中はあたまの いい人が得するようにできている。残酷だが、それが 真実だ。  だから知ろう。世の中にはさまざまな働き方があり、 さまざまなルールがあり、さまざまな制度がある。あ なたがいま生きている社会は雑多であり、多様だ。雑 多で多様なのが社会というものだ。  だから知ろう。あなたにとってなにが得なのか、な にが損なのか。そしてそれはどうしてなのか? 知れ ば知るほどあなたの人生は豊かになる。必ず豊かにな るのである。世の中はそういうふうにできている。  いま、日本経済に大きな光が差している。この30年 にわたり続いてきた暗いトンネルを私たちは抜ける。 その根拠もこの本に存分に記してある。  これからあなたの元にもさまざまなチャンスが舞い 込むだろう。大切なのはそれをいかに正しくキャッチ するかだ。本書はそのための手引きになるはずだ。                    堀江貴文 ニッポン社会のほんとの正体 投資とお金と未来 目次     はじめに 第1章「投資」は希望だお金が増えるセオ     11日本経済の暗黒時代は終わった     11株主軽視の呪縛は解かれた     11完全なる投資家ファーストの到来     11株式市場を堕落させたマスコミの罪     11「オルガン」「S&P500」は買うな     I     ■いまこそ日本株を買え     11N−SAは政府の陰謀か     I     ■N−SAの限界     −     ■投資の3つの鉄則     11「死者のマインド」を持て 第2章「お金」の真実知らなきや損する裏側 。11増税をグチるまえに、ふるさと納税をしろ 。11ふるさと納税に隠された本当の狙い 。11退職金は、単なる「給与の後払い」 。11退職金=転職ペナルティ 。11マイホームを買っていい人の条件 。11住宅ローンという名の押し売り 。11「お金配り」に手を出すな 。11良い借金、悪い借金 。11「現金」にひそむ深い闇 。11搾取し、搾取される現金信者     11電気代高騰の対処法 第3章「ビジネス」の勝算や。ていいこと、     悪いこと     11デジタル化を邪魔するITゼネコン     11株式会社を設立するメリット     11なぜ起業家は「上場」を目指すのか     I     一非上場を貫くスペースX     11楽天モバイルの功罪     −     ■格安S−Mを使え     I     ■日本食ブランドを損ねる日本人     11チケットの高額転売は市場原理 第々章「日本人の知性」の危機だます人、     だまされる人     11なぜ科学的根拠が通じないのか     11「境界知能」の見えざる(ンデ     11日本語を「理解」できない日本人     −     ■長文にハニクる日本人     11弱者を食い物にする野党     11クソリプは「スカートめくり」だ     11M‐Iグランプリと言語能力     11「情報の民主化」を加速させたユーチュー      ブ     11タコツボ化したSNSが生むダークヒー      囗− 第5章「権威」はヤバい日常にひそむ罠 。11悪名高き日本の「人質司法」 。11「HERO」でも正義の味方でもない検察 。11成長しない日本の義務教育 − ■大学に行ってはいけない 。11Fラン大学には絶対行ってはいけない 。11「体育」の呪縛を解き、運動を楽しめ 。11「出会いの民主化」が「モテの格差」を拡  げる    日本経済の暗黒時代は終わった  2024年2月刀一日、日経平均株価が3万9098 円まで上昇し、バブル経済期の1989年末につけた 史上最高値を上回った。実に34年ぶりの最高値更新で あり、日本経済復活の兆しとして多くのメディアも祝 福ムードで報じた。そして同3月には4万円の大台も あっさり突破。同8月にいちど大きく下落したがすぐ に持ち直し、いま調整局面が続いている。しばらく乱 高下を繰り返しながら、やがて5万円の大台に手をか けるだろう。  2024年に入ってからこの高騰についてさまざま な見解が飛び交っているが。ここは素直に快挙と見な していいだろう。ただし。日本のポテンシャルからす ればまだまだ物足りない。  バブル崩壊からいまにいたる暗黒時代、いわゆる 「失われた30年」がやっと終わろうとしているだけだ。  2000年以降、世界の富の総量は空前のスピード で増えている。かつて世界の富は「人口増加」にとも なって増えていた。しかしその単純な構図はIT革命 を機に大きく変わる。いま富をもたらすのは人口増加 ではない。「イノベーション」である。特にここ10年 は、スマホ、SNS、AIによるイノベーションが莫 大な富を生み出してきた。  スマホ、SNS、AIの最大の功績は、情報の民主 化だ。だれもが必要な情報にアクセスでき、それを自 由に応用できるようになった。つまり、あるイノベー ションが起きると、たちどころに次の新しいイノベー ションが起きるわけだ。その連鎖によって、世界の富 は指数関数的に拡大している。  いまのそうした富の象徴が、GAFAM石呂脊、 右萋、Facebook ※現Meta' Amazon' Micros0惣である。ア メリカ経済の強さは、これら巨大IT企業の強さにほ かならない。  かたや日本はどうだろう。バブル経済崩壊後、世界 を巻き込むようなイノベーションをなにか起こせただ ろうか。ノーだ。ノーインパクトである。まさに失わ れた30年、空白の30年だった。その間、日本は世界経 済からすっかり取り残されてしまった。  アメリカの代表的な株価指数、ダウ平均株価(いわ ば口経平均株価のアメリカ版)を見てみよう。日経平均株 価がかつて史上最高値をつけた1989年末のダウ平 均株価は2753ドル。ではそこからU一年経つたいま はどうなっているか。  2024年5月17日、ダウ平均株価は4万3ドルを つけた。史上初となる4万ドルの大台突破である。  2753ドルから4万ドル。つまりこの34年で15倍 の成長だ。一方、日経平均株価は34年前の水準に返り 咲いたにすぎない。  企業の株式時価総額にも日米の成長差は歴然とあら われている。日本のバブル経済絶頂期の1989年、 世界の時価総額ランキングの上位10社のうち7社が日 本企業だった。当時、世界I位に君臨していたのはN TTで、時価総額は1638億ドル。  これが2023年のランキングになると、上位10社 のうち9社がアメリカ企業になり代わっている。世界 I位はアップルで、その時価総額は2兆6090億ド ル。かつてのNTTの株価など比較にならない。  2023年の同ランキングにおいて日本企業のトッ プはトヨタ(時価総額っ乙っ丶J10億ドル)。だが、全体の39位 に甘んじている。そして日本企業で上位100社に 人つているのはこのトヨタだけだ。  アメリカを中心とする世界的な富の増加率は圧倒的 だ。それに引き換え、日本の周回遅れぶりはきわめて 深刻である。  しかし。30年かかろうがなんだろうが。再スタート のフェーズが訪れたのは間違いない。日経平均株価は さらなる上昇機運にある。まずはそのことを素直に喜 びたいし、評価したい。  そしてこれからが本番だ。日本経済はあらゆる面で 大きな転換期をむかえている。断言するが、勝算は十 分にある。以降、その理由について述べたい。    株主軽視の呪縛は解かれた  日本をよそに、他の主要な先進国では過去30〜40年 のあいたに株価が数倍、場合によっては10倍以上の成 長を遂げている。  ドイツの代表的な株価指数、DAXは1989年末 が1790ポイント。それが2024年には1万 8000ポイント前後を推移。さきほど紹介したアメ リカが15倍なら、ドイツも10倍の成長だ。  この間、日本はほぼ成長していない。過去U一年間を まるまる棒に振ってしまった。  しかし。それはもう過ぎたことだ。嘆いても仕方な い。ここから先。日本の反転攻勢がはじまるだろう。  技術、経験、知力、人材。そもそもそのどれをとっ ても日本企業は優れている。だからこそかつて「ジャ パンーアズーナンバーワン」と世界がうらやむ経済大 国になりえたのだ。  ポテンシャルはある。しかしそれを発揮できていな い。それが近年の日本だ。ならばそのぶん、とうぜん 大きな伸びしろがあるわけだ。  日本経済を停滞させた要囚として「JTc」と俗に 呼ばれる企業の存在がある。JTcとは「Japanese Trad刪onal Coヨpany」の略で、そのまま訳せば、日本 の伝統的な企業、ということになる。  ようするに、年功序列、終身雇用、生え抜き主義な ど、昭和気質の古い習慣にいまだにとらわれている大 企業のことだ。JTcは人材や事業の流動性が乏しく、 内向きで、目先の自社利益ばかり優先する傾向がある。  となると、とうぜん株主の利益は軽んじられるわけ だ。経営姿勢としてそれは最悪である。自分で自分の 首を絞めているようなものだ。  企業の所有者は株主であり、企業(経営者)は株主の 利益の最大化を目指すI。それが資本主義経済にお ける企業経営の鉄則だ。成功のロールモデルなのだ。  資金調達のためには、株主から出資を得るのがいち ばん手っ取り早い。だからアメリカの上場企業は株主 にどんどん利益還元する。それがさらに大きな出資獲 得につながるからだ。アメリカ企業はそうやって目ま ぐるしく資本を還流させて急速な事業拡大を遂げる。 そして社会的なイノベーションを果たす。  株主の利益の最大化が、自社の利益の最大化になる。 あたりまえの話だ。単純な理屈である。  でも、JTCの経営陣はその単純な理屈を退けてき た。株主のほうを向いた経営をしてこなかった。それ はなぜか? 強い株主は時として経営者の立場をおび やかす。終身雇用や年功序列といった旧来の制度もお びやかす。そのリスクを嫌ったのだ。  社内秩序を維持したい。ようは身内だけで甘い汁を 吸いたい。それが彼らの本音たった。  だから、日本では「株式持ち合い」なんていうバカ げたやり囗がはびこる。株式持ち合いとは、企業同上 が任意でお互いの株式を大量保有することをいう。つ まりほかに大株主(議決権を持つ株古が生まれにくい状 況を強引につくってしまう。そうやってだれからも経 営に口出しされないようにするわけだ。  JTCはこの株式持ち合いをはじめ、あれこれ策を めぐらして株主を適当にあしらってきた。株式会社の 基本的な原則である「所有と経営の分離」は有名無実 に等しい状態だった。  となると、とうぜん企業価値は向上しない。ダイナ ミックでスピーディな資金調達は不可能だ。それでイ ノベーションなど起こせるはずがない。かくしてJT Cは国際競争で大きな後れを取るはめになった。  「失われた30年」とは。亅TCが株主を軽視し。その 報いを受けた30年ともいえる。日本を代表する企業が ただ足踏みするばかりの30年。経済は停滞し、日経平 均株価も低迷するのはあたりまえだ。  しかし、その株主軽視の呪縛はようやく解かれつつ ある。ますます過熱する証券市場のグローバル化を背 景に、証券取引所や機関投資家が企業価値についてよ り厳しい目を向けはじめた。いま多くの企業が株主重 視の経営にシフトしている最中だ。  これから日本企業はみすがら殼を破り、そのポテン シャルを発揮していくことになる。今後、株価が大き く躍進してもなんらおかしくない。私は希望を感じて いる。    完全なる投資家ファーストの到来  東京証券取引所(東証)は2022年4月、市場区 分をそれまでの4つ(東証一部、東証二部、マザーズ、ジャ スダック)から3つ(プライム、スタンダード、クロース)に 再編した。およそ60年ぶりとなる大再編だ。  上場基準をより厳格に定め、各市場区分の特色を明 確にする。それが再編のポイントである。投資家がよ り利用しやすい市場に改良し、国内外から多くのマ ネーを呼び込む狙いだ。  さらに東証は2023年3月、プライム市場とスタ ンダード市場に上場する全企業(約7丶J7丶J00社)に経営 改善要請の通知文を送った。  企業価値向上に重きを置き、株価がさらに上がるよ うな経営を求めるI。通知文に記された要請をひと 言でまとめるとそうなる(※士。証券取引所が各企業 の経営にそうやって具体的に踏み込むのは異例中の異 例だ。  東証によれば、プライム市場の約半数の企業、スタ ンダード市場の約6割の企業がROE8%未満、PB R1倍割れだという(つ乙0つ乙っ丶J年3月末時点)。これはた     ゆゆ しかに由々しき状況である。  ROE=自己資本利益率とは、株主の出資を元手に、 その企業がどれだけ利益を出したのかを示す指標だ (単位は%)。  ROEが高いほど、資本をうまく使って効率よく稼 げていることになる。  日本の上場企業の場合、ROEの中央値は8%前後 だ。8%を切るようだと、経営効率が悪いと見なされ る。  PBR=株価純資産倍率とは、その企業の株価と純 資産(資産の総額から負債の総額を差し引いたもの)の比率を 示す指標だ(単位は倍)。株価がその企業の資産価値に 対して割安か割高かを判断する目安になる。  PBRが1倍の場合、株価と純資産は等しい状態に ある。つまりその企業が解散(廃業)すると、株主に 投資額がそのまま戻ってくる。  PBRが1倍を超える場合、株価は純資産に比べて 高い状態だ。つまり株式が割高で売買されている。投 資家から将来性を期待されている証拠だ。  PBRが1倍未満の場合、株価は純資産に比べて低 い状態だ。つまり株式が割安で売買されている。これ は経営としてマズい。なぜなら事業継続するより、解 散して資産分配したほうが株主の利益になるからだ。  前述したように、プライム市場の約半数の企業、ス タンダード市場の約6割の企業がROE8%未満、P BR1倍割れだ。それだけの企業が株主資本を効率的 に活用できていないわけだ。株主の期待を裏切ってい るのだ。  東証はその状況を踏まえ、さきの通知文で「経営者 の資本コストや株価に対する意識改革が必要」とし、 「経営改善計画の策定・開示・実行」「株主との積極的 な対話」を強く要請している。そのための具体的な実 施フローまで提示する念の入れようだ。  企業価値向上のための取り組みを徹底しろ。株主軽 視の経営から脱却しろ。ようするにそう迫っているわ けだ。  さらに2023年7月、プライム市場に上場する企 業のうち、東証の改善要請に応えた優良150企業で 構成される株価指数、JPXプライムー50も新規ス タート。  そこに選定されれば、付加価値がじゅうぶん見込め る企業とのお墨付きを得ることになる。かたや選外の 企業は、力不足、努力不足だ。構成銘柄は年にI同入 れ替えられる。JPXプライムー50は、経営効率の 優劣を可視化する通信簿のようなものだ。  東証の一連の市場改革により、経営者はかつてない プレッシャーにさらされている。自社のポテンシャル を最大限に発揮し、企業価値向上を果たさなければ、 大企業であろうと居場所はなくなる。  そして圧力を強めているのは東証だけではない。機 関投資家(法人の人口投資家のこと)も利益の最大化を求 め、手厳しい意思表示を見せはじめている。ROE 8%未満やPBR1倍割れの企業の社長再任に反対す る動きがいま活発化しているのだ(※2)。今後、大物 経営者が株主総会で次々と解任されることもありえる。  市場は完全な投資家ファーストに変貌しつつある。 それにともない経営者の意識も大きく変わってきた。 実際、決算時に改善策を公開する企業も増えている。 すみやかな経営改革こそが多額の資金調達を可能にす る。企業としてもここが勝負所だ。  株式市場も日本経済もまさにいま力強く上昇しよう としているのである。 刈川東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に    向けた対応等に関するお願いについて」(「XO「XtJ年3月31日」 刈21 日本経済新聞「運用大手2社、PBR1倍割れ企業の『社    長』再任に反対」(「XO「X4年3月7日」    株式市場を堕落させたマスコミの罪  前項で説明したように、PBR(株価純資産倍率)と は、その企業の株価と純資産(資産の総額から負債の総額 を差し引いたもの)の比率を示す指標だ(単位は倍)。PB Rが1倍未満の場合、その企業の株価は純資産に比べ て低い状態にある。つまり市場から企業価値がないと 烙印を押されている状態だ。  であれば本来、PBR1倍割れが長引くような企業 のたどる道は2つだ。解散(廃業)するか、買収され るか、そのどちらかである。  有益な企業は残り、そうでない企業は消える。健全 な市場とはそういうものだ。企業はそこで切磋琢磨し、 より良い経営を目指す。そうして社会貢献を果たして いくのである。  ところが日本はそうなっていない。PBR1倍割れ の企業がたくさん存続している。いびつで不健全な市 場がずっとまかり通ってきた。前述したとおり、企業 同上のなれ合い、もたれ合い、そして株主軽視の経営 がまかり通ってきた。  そしてそこに大きく加担したのがマスコミである。 マスコミは活発な投資家に睨みを利かせ、時にハゲタ カファンドと呼んで蔑み、悪者あつかいしてきた。  彼らが言うハゲタカファンドとは、倒産寸前の企業 を安く買収し、その企業の資産をなにからなにまで売 却することで利益を得るような企業買収ファンドのこ とを指す。  たしかにそうした買収ファンドのやり方は容赦がな い。買収した企業を再生させる意思はなく、買収金額 と売却金額の差額でいかに稼ぐかがすべてだ。冷酷と いえば冷酷だろう。でもだからといって、それでハゲ タカ呼ばわりされるいわれはない。  その企業の株価が業績不振によって割安になってい る。だから買収した。それだけの話である。あくまで 株式のルールにのっとった取引だ。むしろここで問題 なのは買収される側だろう。株価が下かっているから 買収されるのだ。経営に問題があるから買収されるの である。ならばまずは経営者の経営責任が問われるべ きだ。  しかしマスコミはそうは見なさない。かたくなに買 収される側の肩を持つ。「金の亡者である「ゲタカ ファンド」と「マネーゲームに巻き込まれた悲運の企 業」。おおかたそんな構図で報じるわけだ。悪質な印 象操作である。  マスコミのその手の印象操作は対ハゲタカファンド にかぎらない。たとえば急成長したIT企業が事業拡 大を目指し、異業種の買収に乗り出すようなケースで も似たような構図を描いた。  買収はネガティブな行為。特に敵対的買収(買収対象 の経営者の同意を得ずに買収すること)はネガティブ極まり ない行為。マスコミはそう煽り、買収=悪のイメージ を世の中に植え付けていった。  どんな投資家だろうと人間だ。世間の非難を浴びれ ば、身動きが取りづらくなる。買収に及び腰になって しまう。結果として本来、淘汰されるべき企業が存続 していく。  かくして日本の市場の健全性は損なわれてきた。企 業価値も株価も向上しないのはとうぜんだ。マスコミ こそが日本経済を堕落させた主犯だろう。  1996年、孫正義さん率いるソフトバンクは、メ ディア王ルパートーマードック氏率いるニューズー コーポレーションと合弁会社を設立し、全国朝日放送 (現テレビ朝口)の買収に乗り出した。日本のテレビ局に 対する史上初の敵対的買収たった。  孫さんたちは全国朝日放送の株式21・4%を取得し、 筆頭株主になる。だがこれが政界まで巻き込む騒動に 発展。結局、すったもんだの末、買収は失敗に終わっ た。  また、ご存じの人も多いと思うが、かつてライブド アを率いていた私もフジテレビを買収しようとした。 通信と放送の融合を目指したのだ。2005年のこと である。  当時、私たちはフジテレビの親会社たったニッポン 放送の株式35%を取得し、筆頭株主になった。しかし、 そこからフジテレビのなりふり構わぬ抵抗にあい、孫 さんだちと同様、最後は買収をあきらめざるを得な かった。  フジテレビの反発もそうだが、報道の過熱ぶりも異 常たった。既得権益のためには手段を選ばないのがマ スコミだ。その恐ろしさを私は身をもって実感した。  しかし、もはやそれも懐かしい過去の話だ。時代は すっかり変わりつつある。いまやマスコミは斜陽産業 と呼ばれる始末。近年、民放キー局5社のPBRは軒 並み1倍割れである。もはや彼らにかつてほどの影響 力はない。  最近では敵対的買収も珍しくなくなった。買収に対 する否定的な報道もほとんど見かけなくなった。その 種の非難はナンセンスだと多くの人が気づいたのだと 思う。  マスコミの干渉から解放され、株式市場は今後ます ます活発で健全な機能を果たしていくだろう。投資家 はもちろん、日本経済全体にとっても喜ばしいことだ。     「オルガン」「S&P500」は買    うな  いま日本は空前の投資ブームだ。これまで投資に無 関心たった人が次々と投資による資産形成をはじめて いる。ブームの発端は2019年に沸き起こった「老 後2000万円問題」だろう(※3)。当時、それで日 本中が大騒ぎ。老後の生活資金にまつわる不安が一気 に拡がった。皮肉な話だが、そこから人々の投資熱が 高まった感がある。  このさき年金の給付水準はさらに下がるだろう。貯 蓄に励んでも超低金利だからお金はほぼ増えない。 じやあ自分の老後の暮らしはどうなる? ウェブ記事 やユーチューブを見ると、今後は投資で資産形成し、 自己防衛する時代だと言っている。なら、とりあえず やってみよう。−そんな具合に投資をはじめる人が 増えたのだと思う。  そうした投資初心者の大半はNISA(少額投資非課 税制度)を利用している。NISAは2014年から 導入された金融庁肝いりの税制優遇制度だ(※4)。税 制優遇もそうだが、少額から気軽に投資できる仕組み になっていて、庶民にすれば魅力的だろう。  導入当初は利用者数が伸び悩んだが、徐々に認知度 があがり、さきの老後2000万円問題、さらにこの I〜2年の株高に対する期待、あるいは為替動向に対 する不安が相まって、利用者が急拡大している。  なによりこの投資ブームの決定打になっだのが、 2024年1月からスタートした新NISAだ。従来 のNISA(旧NlSA)に大幅な改良が施され、使い 勝手も運用スケールも格段に向上。利用者にとってメ リットずくめのグレードアップを遂げた。  大きな改良点は2つだ。ひとつは、生涯投資枠(非 課税で投資できる限度額)がI人当たり1800万円に増 額されたこと(旧NlSAは最人800万円)。そしてもう ひとつは、運用利益の非課税保有期間が無期限になっ たこと、つまり永久に税金がかからなくなったこと (旧NlSAは最人20年)。  この新NISAは「新しい資本主義」を標榜する政 府の目玉政策のひとつだ。国民それぞれのお金をより 多く株式市場に移し、日本経済の成長をうながす狙い である。その狙いの妥当性はともかく、魅力的な制度 改良なのは間違いない。  2024年1月の新NISA開始以降、NISA口 座の開設数は一気に加速。旧NISA時代の約3倍の ペースで増加している(※5)。将来の暮らしに不安を 感じている人は、試してみる価値はあると思う。  NISAというのは単なる制度だ。お金の運用口座 にすぎない。さて、ではNISAでなにを買えばいい のか。どこに投資すれば儲かりやすいのだろうか。  いま人気の運用商品はインデックスファンドだ。イ ンデックスファンドとは、株価指数(インデックス)な どの指標に連動するように作られている投資信託のこ とだ。劇的なリターンは期待できないが、リスクが比 較的低く、手数料(運川管理費)が安いのが利点。将来 に備えた手堅い長期運用を目指すなら、打ってつけの 商品だろう。  なかでも特に人気なのは、全世界の株式に分散投資 するタイプの商品と、米国株式の株価指数のひとつ、 S&P500に連動する投資成果を目指すタイプの商 品だ。  前者は全世界(約7丶JOOO銘柄)に分散させるため、 理屈上、リスクを極限まで抑えられる。その全世界株 型でいちばんの人気を誇るのが『eMAXIS SI・lm全世界株式『オール・カントリ士』という商品。 通称、オルガンと呼ばれている。  後者は、指標とするS&P500の構成銘柄(約 500銘柄)の強さが魅力だ。アップル、マイクロソフ ト、アマゾン、テスラをはじめとする巨大テックが網 羅されており、米株式市場の時価総額全体の約80%を カバーしている。そのS&P500型でいちばんの人 気商品は『eMAXISSI・lm米国株式(s&P 500)』だ。  新NISAがはじまった2024年1月の投資信託 の資金流入額において、この2つの商品が全体の約45 %を占めている(※6)。圧倒的シェアだ。いま日本人 はこぞってオルガンかS&P500に投資しているわ けだ。  アメリカ経済は長らく好調であり、米国株もこの30 年のあいた右肩上がりの成長を続けている。だから今 後もオルガンかS&P500にペットするのが正しい (オルガンもその6割がアメリカ企業株である)−みんなそ う考えているのだ。  でも本当にそうだろうか? あなたの今後何十年に もわたる資産運用においてその2つが本当に最良なの か? 私の考えはノーだ。ほかにもつと有力な投資先 がある。  たしかにオルガンとS&P500はいままでずっと 好調だ。特にこの数年は目覚ましいパフォーマンスを 示している。しかしその目覚ましさゆえ、今後の伸び しろは限定されるというのが私の見立てだ。  投資において、過去の成果は将来を約束するもので はない。過去は幻想だ。大事なのは先を見ることだ。 オルガンとS&P500だけに将来を託すのは賢明で はない。 X3 金融庁の報告書「高齢社会における資産形成・管理」    (「X01冖3年6月3日」にて、老後の生活を維持するには公的年    金だけでは足りず、夫婦ふたり世帯で別途1300万〜    2000万円程度必要になるという指摘がなされ、大きな物    議をかもした。 X4 通常の投資では得られた運用利益に20・315%の税金(所    得税15%、住民税5%、復興特別所得税O・315%)がかかるが、N    −SAではその税金が一切かからない。 X5 日本証券業協会「N−SA口座の開設・利用状況(証券会社10    社・2024年4月末時点)」 X6 日興リサーチセンター「投信概況(「XO「X4年1月」」     いまこそ日本株を買え  全世界株型のインデックスファンド(代表格はオルヵ ンの愛称で呼ばれる『ぷ心Eyいいしドふ令世界株式(オー ル・カントリ士)という運川商号。あるいはアメリカの株 価指数、S&P500を指標とするインデックスファ ンド(代表格は『eMAXISSI・lm米国株式(S&P 500)』という運川商号。いま日本の投資初心者の大半 がこの2つの投資信託に群かっている。  「買うならオルガンか? S&P500か?」投資関 連の書籍でもユーチューブでもウェブ記事でもずっと その話題で持ちきりだ。まるでほかに選択肢がないか のようだ。  でも、そのどちらも今後の期待値はさほど高くない と私は見ている。  この30年、アメリカ経済も米国株もたしかに好調だ。 2000年前後にITバブル崩壊、2008年にリー マンショックという危機に見舞われたものの、その都 度たくましく復活してきた。いま世界の株式時価総額 ランキングの上位はほぼアメリカ企業が独占。アメリ 力の主要な株価指数もどれも見事な右肩上がりで成長 している。  たしかにアメリカのパフォーマンスは他の追随を許 さないものだ。しかしこれからもその快進撃は続くの だろうか。米国株はさらなる成長曲線をたどるのだろ うか。  それについて私は懐疑的だ。むしろかなり怪しいと 見ている。そもそも米国株の快進撃はあくまで限られ た期間の実績だ。アメリカの株式市場の歴史は約 200年。そのうちの直近30年間の現象にすぎない。 その30年だけを切り取り。成長神話を描くのは短絡的 である。率直に言ってリスキーだ。  アメリカの上場企業の多くは、さまざまな株主還元 策を積極的に駆使することで爆発的な成長を目指す。 なかでも盛んに行われているのが「自社株買い」であ る。  自社株買いとは、企業がみずから発行した株式を、 みずからの資金で買い戻すことをいう。買い戻された ぶん市場に出まわる株式が減るため、株価は上昇する。 自社株買いは配当金とならぶ株主還元の柱のひとつで ある。  2024年における、S&P500構成企業の自社 株買い総額は、実に9250億ドル(約140兆円)に のぼる見通しだ(※こ(前年比13%増)。ちなみに日本の 国家予算は約110兆円(つ乙0つ乙4年度)である。  アメリカ企業は自社株買いに膨大な資金を投じなが ら、拡大路線を突き進む。でも果たしてそれは今後も 持続可能なのだろうか。しかもそのスケールは年々膨 らむばかりだ。そろそろ限界を迎えてもおかしくない だろう。じきに成長のポテンシャルが尽きてもなんら 不思議ではない。私はそう見ている。  オルガンやS&P500の成長余地は狭まっている と考えるのが妥当だ(オルガンもその6割が米国株だ)。一 方であなたの資産運用はこのさき何十年も続く。米国 株に過度な期待は寄せないほうが身のためだ。  冷静に世界を見渡してみよう。このさき有望な投資 先はどこか? 大きな成長余地が見込める投資先はど こか? そう、答えは簡単だろう。それはあなたが暮 らすこの国だ。日本株である。  前に解説したとおり、日本企業は長らく株主を軽視 してきた。「失われた30年」とは、大企業が目先の自 己利益ばかり追い、投資家を遠ざけ、企業価値の向上 を怠ってきた時代たった。しかしその暗黒時代は終わ りを迎えようとしている。  いま日本の株式市場(東京証券取引所)は健全な投資 家ファーストに変貌している最中だ。企業は長年の悪 弊を断ち切り、株主重視の経営に生まれ変わる術を模 索している。つまりこれまで企業価値向上にまともに 取り組んでこなかったがゆえに、大きな成長余地が見 込めるのだ。日本株はきっと飛躍的に成長していくだ ろう。  日本は超高齢化社会に突人した。いまや日本人口の 5人にI人が75歳以上の後期高齢者だ。これから日本 はますます労働人口が減少する。だから日本経済は縮 小するのだと悲観する意見もある。でもそれは誤りだ。 もはや人口で稼ぐ時代は終わった。いまはAIや口 ボットの技術革新こそが経済の成長ドライバーである。  そもそも日本企業が持つ技術力と開発力は世界屈指 だ。くわえて日本の政情はきわめて安定している。そ してなにより東京証券取引所はアジア最大の市場だ ス8)。日本の欠点を指摘するほうが難しい。  資本主義経済は拡大再生産する仕組みであり、世界 経済は長期的には確実に成長する。だからオルガンや S&P500でも、お金はそれなりに増えるかもしれ ない。  でも日本株のほうがはるかに魅力的だ。いま日本企 業のポテンシャルに対し、株価は割安である。もし個 別株投資に抵抗があるなら、日経平均株価連動のイン デックスファンドがおすすめだ。長期運用により、満 足できる成果を得られる可能性が高い。 刈刈ゴールドマンーサックスによる調査レポート(「XO「X4年3月    6日」 X8 日本経済新聞「東証の株式時価総額、アジア首位返り咲き    上海証取超え」(「乙0「乙4年1月12日」    N−SAは政府の陰謀か  投資や資産運用は金持ちがやるもの。そんな日本人 特有の偏見はNISA(少額投資非課税制度)の普及で払 拭されつつある。とくに2024年1月から導入され た新NISAは決定的だろう。従来のNISA(旧N ISA)が大幅に改良され、庶民の投資熱はかつてな いほど高まっている。  新NISAでは、生涯投資枠(非課税で投資できる限度 額)がI人当たり1800万円に大幅増。さらにその 運用利益の非課税保有期間は無期限になった。  通常の投資の場合、運用利益に対して約20%の税金 がかかる。しかし新NISAを利用すると全額免除。 何十年運用しようが、それで資産がどれだけ増えよう が非課税だ(一般的に長期運川のほうが利益は増えやすい)。 永久に非課税である。  なお、生涯投資枠1800万円というのはあくまで 買い付け額(元本)。そこに運用利益は含まれない。た とえば15年間投資してあなたのNISA口座の保有資 産が3600万円になったとする。で、そのうち買い 付け額が1600万円だったとする。  このときの運用利益は2000万円。それをふくめ た3600万円がまるまるあなたのものになる(通常 の投資なら約400万円の課税)。そして加えてあと200 万円の買い付けができるわけだ。  庶民の投資を徹底して支援する新NISA。その優 遇ぶりから、政府の大盤振る舞いたと称賛する評論家 や投資家も多い。岸田政権の最大で唯一の功績だった なんて声もある。それが大盤振る舞いかどうかはとも かく、投資する人にメリットしかないのは事実だろう。  でも一部に警戒心を示す人もいる。あの強欲な政府 が20%もの税金を放棄? そこまでしてNISAを 使ってほしいのか? 裏になにかありそうだ。こっそ り金を巻き上げる制度なんじやないか? そんな言い 分だ。話がうますぎるというわけだ。  たしかにうまい話かもしれない。でもだからといっ て。政府の悪巧みと見なすのはいかにも浅はかだ。陰 謀論者の悪い癖だ。くだらない被害妄想、勉強不足で ある。  政府がNISA制度を拡充した最大の狙いは、国民 それぞれが所有するお金を社会に大きく循環させたい からだ。  NISAにうながされ、国民それぞれのお金がより 多く株式市場に移っていく。そうなれば企業の株価は 上昇する。とうぜん国民それぞれの資産所得も増える。 すると国民は投資にいっそう積極的になるだろう。  企業は企業で多額の資金を得られるのだから事業を 拡大し、生産性を高め、競争力を強化していく。とう ぜん株価はさらに上昇するだろう。従業員の賃金も増 えるだろう。国民の懐はますます潤い、消費意欲が高 まって、景気もどんどん良くなるわけだ。  政府の狙いは。株式市場を通したそのようなお金の 大きなうねり。つまり資本の拡大だ。これから日本が 高度な経済成長を果たすうえで、国民それぞれの投資 活動はマスト。それが政府の考えである。  あたりまえだが投資には元手が必要だ。そして国民 はそれをすでに持っている。日本の個人金融資産はお よそ2120兆円。そのうち株式・投資信託・債券は 19%にすぎず、現金・預金が実に53%を占める。つま り出まわっていないお金がそれだけある。ちなみにア メリカは株式・投資信託・債券が58%、現金・預金が 13%だ余9)。  日本は他の先進国に比べて預貯金の割合が飛びぬけ て高い。元本確保を重視し、とかくリスクを避けたが るわけだ。日本人の貯蓄信仰はいまだ根強いものがあ る。  政府はそれを打破し、国民の銀行口座で眠っている 巨額のお金を株式市場に呼び込みたい。投資はたしか にリスクをともなう。しかし長期的な資産形成を目指 すうえで、投資にまさる手ごろな手段はほかにない。  そこで政府は税制優遇のインセンティブを設け、投 資促進に取り組んでいるわけだ。国民のリスク耐性を 養い、投資文化を根づかせる。NISAはそのための 政策である。  国民それぞれのお金が大量に株式市場をめぐれば、 日本の経済成長、個人の資産所得増加が実現する。シ ンプルなロジックだ。そこに陰謀論の立ち入る余地は ない。もしお金を巻き上げたいなら新たな税制をつく ればいいだけだ。わざわざ手のかかるNISA制度な んてこしらえる必要はない。  ただし近い将来。生涯投資枠1800万円を超えた ぶんの運用利益は増税されるはずだ。現状の税率20% が30%程度に引き上げられてもおかしくない。NIS Aで大規模な税制優遇を行ったのだ。その穴埋めとし て、多額の資産運用をする富裕層への課税強化はやむ を得ない。取れるところから取っていくことになるだ ろう。 X9 日本銀行およびFRB(連邦準備制度理事会)によるデータ    N−SAの限界  庶民の投資を後押しして日本経済を底上げする。つ まり株価を上げ、企業の競争力をつけ、個人の所得を 増やす。政府が描くNISA(少額投資非課税制度)の狙 いは、そのような株式市場を通じた持続的な経済成長 だ。この2024年1月にはじまった目玉政策の新N ISA。効果はてきめんで、新たな投資家を続々と呼 び込んでいる。  2024年1月〜4月のNISA口座の開設総数は 約200万口座、またNISA口座からの買い付け総 額は約6兆円。ともに前年同時期に比べて約3倍の急 増ぶりだ(※5)。投資に無関心たった一般層の参入が 加速し、まずは政府の思惑どおりだろう。  ではそれがそのまま日本経済の追い風になるのだろ うか。残念ながらノーだ。その買い付けの半分は全世 界株型や米国株型のインデックスファンドだ(※10)。 つまり日本人のお金が海外に流れ、肝心の国内株、国 内企業に十分な資金がまわっていない。  日本が持続的な経済成長をなすうえで、NISAは その扉のひとつを開いたにすぎない。NISAだけ活 気づいても無意味だ。真の起爆剤が必要だ。国内株。 国内企業に成長資金を送るための起爆剤。それはなに か? 政策金利の大幅な引き上げである。  政府と日本銀行(口銀)はこの約25年間、低金利政 策を続けてきた。銀行の金利を下げ、借入しやすい状 況をつくれば経済活動が盛んになるという理屈だ。  でも実際はそうならなかった。金利を下げたところ で企業も個人もほぼ無反応。日本人のデフレマインド はかくも強烈なのだ。それでも低金利政策に執念を燃 やしてきたが、さすがに潮時だ。その副作用として近 年、深刻な円安に陥ってしまった。  いま食品、日用品、ガス代、電気代の値上げが止ま らないのは、食料や資材や燃料の輸入コストが円安で 跳ね上がったからだ。  為替相場のメカニズムは複雑だ。円安にしろ円高に しろ、為替の値動きにはさまざまな要因が複合的にか らむ。しかし今回の円安の背景はわかりやすい。その もっとも大きな要因になっだのは、日米の金利差であ る。  好景気の続くアメリカは特にこの2〜3年、猛烈な 勢いで政策金利を上げてきた。物価の高騰に対応する ためだ。その結果、米ドルと日本円の金利差はかつて ないほど拡がった。つまり相対的に米ドルの価値が大 きく上がり、日本円の価値が大きく下がったというこ とだ。とうぜん価値の高い通貨のほうが需要は多い。 だから為替市場において米ドルの買いが進み、日本円 の売りが加速していく。  かくして日本円の価値はどんどん下落。これが今回 の円安のおもな実態であった。  現在、日本の投資初心者はこぞって全世界株型や米 国株型のインデックスファンドを買っている。あなた もそのひとりかもしれない。その際、あなたが支払う のは日本円だ。でもあたりまえだが、日本円は海を渡 ることができない。だから運用会社によって外貨に換 金されたうえでその国の株式市場に投入される。つま り為替市場で日本円か売られるということだ。ならば 円安に転落することになる。  全世界株型や米国株型のインデックスファンドはそ の株価の好調ぶりもさることながら、ドル高の基調に おいて大きなリターンが取れる点も魅力だ(令世界株型 も6割が米国株だ)。ようするに円安になればなるほど魅 力が増す。となるととうぜん日本からの投資にいっそ う拍車がかかる。−日本経済にとって悪循環でしか ない。  国内株、国内企業に投資がまわるようにするには、 この円安のスパイラルを回避しなくてはならない。そ のためには政策金利を大きく引き上げるしかないのだ。  2013年に日銀が開始した異次元金融緩和策に よって、日本の普通国債の発行残高は増加の一途。い まや1000兆円を超えた(111)。もちろん過去最大 の額だ。そしてその国債のおよそ半分を日銀が保有し ている。これはなにを意味するのか? 詳しい説明は 省くが、うかつに金利を上げると円が大暴落する恐れ があるということだ。そしてその先には(イパーイン フレが待っている。  大幅な利上げをしたいが、できない。それがいまの 日本だ。でも指をくわえていても仕方ない。為替介入 (為替市場でドル通貨を人量に売却する)によるリスクヘッジ をしながら、段階的かつスピーディな利上げを敢行す る。今後、政府と日銀はそれを目指すだろう。ここ最 近の値上げラッシュによって、はがらずも国民のデフ レマインドも和らぎつつある。いまこそ利上げのチャ ンスだ。それで景気は一度冷え込むかもしれない。し かし円高が鮮明になれば、国内株、国内企業にもっと 投資がまわるようになる。  N−SA.そして政策金利の引き上げ。この2つが 両輪となることで日本は一気に巻き返せるはずだ。一 時的な痛みはやむを得ない。そこから私たちは強くな る。 X10 日本証券業協会「N−SA口座の開設・利用状況(証券会社10    社・2024年4月末時点)」    日興リサーチセンター「投信概況(「乙0「乙4年1月」」〜「投信    概況(2024年5月)」 X11 財務省「普通国債残高の累増」    投資の3つの鉄則  投資とは、社会にお金を提供し、経済活動に参加す ることだ。あなたが投資したお金は資本というかたち で社会発展のために働く。投資とは、働かずして稼ぐ 手段ではない。あなたが働いて稼いだお金を働かせる 行為だ。  そして投資に絶対はない。どんな専門家だろうが学 者だろうが先のことはだれにもわからない。1年後、 金融ショックが起きるかもしれない。5年後、あらだ なパンデミックが発生するかもしれない。すると株価 は混乱し、企業の勢力図も変わるだろう。  だから投資においてはやれることをやり、勝算をで きるだけ高めておくことしかできない。ただ、幸いに もそのためのポイントは論理的に定まっている。  ポイントは3つ。〈長期運用〉《分散投資〉《低コス ト〉だ。それらをすべて押さえ、お金が気持ちよく働 いてくれる環境をつくろう。あなたがやるべきことは それだけだ。この3つについて簡単に説明していく。  まず〈長期運用〉だ。投資は長期運用のほうが良好 な成果を得られやすい。資本主義経済は拡大再生産す る仕組みだ。だから理論上、経済は長期的には確実に 成長する。とうぜん株価もそれにともない上昇するは ずだ。明日の値動きにも。1年後の値動きにも大した 意味はない。お金に余力のある範囲で10年。20年と継 続して投資していくのがベストだ。  さらに長期運用にはもうひとつ大きなメリットがあ る。それは複利の効果を存分にいかせるという点だ。 複利とは、発生した利子をそのつど元本に組み入れ、 その増えた元本に対してまた利子がつくことをいう (元本のみに利了がつくのは単利という)。  債券や一部の投資信託を除いて、投資にはこの複利 が適用される。運用利益が投資元本に組み入れられる ことで、資産が雪だるま式に増えていくのだ。ようす るに利益が利益を生む。株価変動を考慮しない単純計 算の場合だが、運用期間が長ければ長いほど、複利の もたらす儲けはとうぜん大きくなる。  投資において時間は最大の支援者だ。お金が働くた めの時間をたくさん用意しよう。  次に〈分散投資〉だ。投資でいちばん大事なことは 株価の変動リスクをどう抑えるかだ。そのために投資 は分散しておこう。リスク分散は投資の鉄則中の鉄則 である。  特定の企業をいくら詳しく調査したところで、将来 の株価を予測するのは不可能だ。とくに現代は基幹産 業の移り変わりが激しい。次々にイノベーションが起 き、トレントは目まぐるしく変わる。いまはリーディ ングカンパニーでも10年後、衰退しているかもしれな い。上場企業だろうが倒産するときは倒産する。倒産 すれば株価はゼロだ。個別株投資の場合なら。最低5 社くらいには分散しておいたほうがいいだろう。  また分散投資はメンタルの安定を保つうえでも有効 だ。A社の株価が下落したとしても、B社の株価が上 昇していれば、平常心でいられる。慌てて売り買いし てしまうようなまねは犯さないはずだ。先に述べたよ うに、投資は長期運用がベストなのだ。  個別株はうまくいけば大きなリターンを取れる。と いうことはそのぶんリスクも高めだ。また日本株の売 買単位は基本的に100株と決まっている。つまり株 価2500円の企業の株式を購入したいなら、最低25 万円が必要になる。  リスクを最小限にしたい人、あるいは資金に余裕が ない人は、多くの企業が1つにパッケージされた投資 信託がおすすめだ。個別株ほどのリターンは期待しに くいが、リスク分散において投資信託は最強だろう。 そして100円から購入できる。  さて最後に〈低コスト〉だ。手数料の高い運用商品 はその時点で買う価値はない。投資に絶対はないが、 それだけは断言できる。  株式に投資する運用商品を購入した場合、株価が上 昇したらどうなるだろうか? とうぜんあなたは儲か る。そして儲かったぶん手数料も多く取られる。では 株価が下落したらどうなるだろうか? とうぜんあな たは損をする。そして手数料もしっかり取られる。株 価がどうなろうが、手数料はそれに連動して必ず発生 する。だから手数料の高い商品は確実に不利だ。簡単 な話だが、なぜかそこを見過ごす人が少なくない。  私と共著を出したこともある経済評論家の山崎元さ んは「手数料の合計がO・5%を超える運用商品はす べてゴミだ」と断じていた。まったくそのとおりであ る。  よって投資をするならネット証券の一択だろう。 ネット証券ならほぼ人を介さないぶん手数料が安めだ。 一方。銀行を利用するのは絶対NG。銀行には投資信 託にかぎらず、多種多様な運用商品が取りそろえられ ている。窓口で相談すれば優しく丁寧に説明してくれ るだろう。とうぜんだ。なぜならそれらの運用商品に は手数料がたっぷり上乗せされているからだ。言うま でもなくそれは彼らの高い給料の原資となる。そりや あ愛想もよくなるに決まっている。銀行の窓口にある 運用商品はさながらゴミの見本市である。どれもこれ も手数料が割高だ。絶対に買ってはいけない。     「死者のマインド」を持て  前項で述べたとおり、投資は長期運用がベストだ。 そこでひとつ質問だ。世界でいちばん成果を出せる投 資家はだれだろうか? 投資の神様ことウォーレン・ バフェツト氏だろうか。イングランド銀行を潰した男、 ジョージーソロス氏だろうか。  最強の投資家−それは死者である。なぜなら死者 は株価がいくら変動しようと決して売らないからだ。 資本主義経済は長期的には確実に成長する。というこ とは、ひたすらホールドするのが最良の選択となるは ずだ。  ここで少し個人的な話をしたい。私は仮想通貨(暗 号資産)のイーサリアムを2014年の最初期に1万 5000円分くらい購入した。すると1年ほどして価 格が上昇しはじめた。そして2017年D一月、一気に 高騰。暗吁資産市場は大いに沸き、私のイーサリアム の保有額も約3000万円まで跳ね上がった。購入金 額の2000倍になったわけだ。仮想通貨の取引は投 機的な側面が強い。売り時の見極めがすべてだ。私は そのタイミングで利益確定(売却して利益を得ること)す ることにした。  ところが思わぬ事態にぶつかった。私の秘密鍵(パ スワード)が不具合を起こしてイーサリアムが取り出せ なくなっていたのだ。あれこれ試してみたが無理。結 局そのまま放置するしかなかった。そして私はじきに 放置したこと自体、忘れてしまった。  そこからイーサリアムの価格はどうなったのか。乱 高下を描きながらも、さらに上昇していった。放置し て4年ほど過ぎた2021年の秋ごろ、私はふと自分 の保有額を確認してみた。驚いた。実に2億円近くに なっていた。この4年間でさらに6倍だ。さすがに2 億円は見過ごせない。私は気合いを入れて再度、秘密 鍵の攻略に挑んだ。でもやはりどうにもならない。9 ケタの数字をただ眺めるしかなかった。  そして2024年5月時点で、私のイーサリアムの 保有額はもっと増えて約2億5000万円になってい る。もとの購入額は1万5000円。それが10年後、 2億5000万円だ。爆増である。取り出せないのが 惜しいが、とにかく爆増だ。  仮想通貨は大儲けできる!・ 仮想通貨に投資しよ う!・ と言いたいのではない。そもそも仮想通貨取引 は投機的なゲームだ。安定した投資にはなりえない。 一攫千金を狙って大火傷した人を私はたくさん知って いる。とりわけ市場が飽和状態のいまは迂闊に手を出 すべきではないだろう。  私はここで仮想通貨の火力について解説したいので はない。自慢話をしたいのでもない。今回のエピソー ドで伝えたいのは、理想的な投資マインドの在り方で ある。  秘密鍵に不具合があったから私はイーサリアムを売 らずにすんだ。そして価格変動についても気にせずに すんだ。かたや、もし秘密鍵が正常だったら3000 万円の時点で利益確定していた。そしてその後さらに 値上がりするのを見て舌打ちしただろう。  つまり、いくら値上がりしても売らなかった(売れ なかった)からこそ、結果的に2億5000万円になる までホールドできたのだ。  繰り返すが、投資は長期で臨むのがベストだ。その 途中、値上がりしようと値下がりしようと安易に売る べきではない。すなわち、値動きに反応してはいけな い。そしてそれを完全にまっとうできるのが死者だ。 投資の勝算を最大限に高めるための究極の秘訣は。い わばそうした死者のマインドを持つことなのだ。  株価が上昇したから売って利益確定しよう。株価が 下落しだから売って損切りしよう。そんな短期売買を 繰り返して資産を増やすのはきわめて難しい。あなた が会社で大出世するより難しいだろう。そもそもそれ は投資というより投機だ。投機はその筋のプロであっ ても簡単には勝てない。まして初心者ならなおさらだ。 勝ち目はゼロだ。  投資では死者のように何事にも左右されず、淡々と 継続できる人が最後に果実を得る。つまり感情をから めない人が最強だ。とはいえ、私たちは死者ではない。 生きているかぎり感情がある。そしてその感情を問答 無用で剌激してくるのがお金である。自分の年収と世 間一般の平均年収をみんなやたら比べたがるのは優劣 の感情がうずくからだ。大金を得るとだれだって気が 大きくなるのも同じ理由である。  自分が持つ株式が値上がりすればうれしい。逆に値 下がりすれば悲しい。その感情を排除することはでき ない。しかし感情は感情として、判断や行動から切り 離すことはできるはずだ。つとめて理性を働かせるの である。  人生においてお金はあくまでも手段だ。目的ではな い。投資でお金を増やすことがあなたの人生の目的で はないだろう。投資はゼロサムゲームではない。競争 でもない。儲かるときはそこにいるみんなが儲かる。 その逆もしかりだ。それだけの話である。  お金はしょせんお金。それより大切なのはあなたの 人生のテーマである。それに打ち込んでほしい。「い ま」ではなく「未来」を見よう。    増税をグチるまえに、ふるさと納税    をしろ  会社員は増税のターゲットにされやすい。個人事業 主は自分で所得税を計算して納税するが、会社員は給 与から自動的に天引きされるだけだ。だから実質的な 増税を課されても実感しづらい。また個人事業主に比 べて税制にまつわる知識も不足しがちだ。  さらに言えば、彼ら現役世代の投票率の低さも問題 だろう。2021年の衆議院議員総選挙での40代以下 の投票率は46%だ(il)。あまりに低い。増税に鈍感 で。税制の知識も乏しく。投票にも行かない。となれ ば。会社員が狙い撃ちされるのも仕方ない。  そんな税金弱者の会社員だが、頼れる味方はいる。 だれでも簡単にできる節税対策がある。NISA(少 額投資非課税制度)、・IDeCo(個人型確定拠出年金)、ふ るさと納税がその代表格だろう。  特にふるさと納税は太つ腹な制度である。ふるさと 納税は、都道府県や市区町村にお金を寄付することで、 その寄付金額のうち2000円を引いた残り全額が、 住民税・所得税から控除される制度だ(※2)。なぜそ れが太っ腹なのかと言えば、寄付先からその支援のお 礼として返礼品(その地域の特産品やサービスなど)が届く からだ。  ふるさと納税において自治体が返礼品を用意する際 の費用は、寄付額の3割以下という決まりになってい る。つまり、あなたが10万円のふるさと納税をした場 合、それと引き換えにだいたい3万円くらいの品を受 け取れるわけだ。  その10万円はどのみち支払わなければならない10万 円である。通常の税金のまま徴収されて終わりにする のか。もしくは、ふるさと納税により3万円の品を手 にするのか。どっちか得だろうか。考えるまでもない。 ふるさと納税をしないやつはアホだ。  いまだに誤解している人がいるので断っておくが、 「ふるさと」といってもあなたの出身地である必要は ない。全国どこでも自由に寄付できる(複数個所の寄付 も可)。  ということは返礼品も自由に選び放題だ。全国の自 治体(およそ1785団体)がそれぞれ自慢の品を取りそ ろえている。米や肉や魚といった食品のみならず、家 電や家具やパソコン、さらに旅館の宿泊券もある。ま さに選り取り見取り。なんでもある。  ふるさと納税のやり方はシンプルだ。「さとふる」 「ふるなび」「ふるさとチョイス」といった仲介サイト で返礼品を選んでポチるだけ。その際、税金の控除申 請が必要だが、それも仲介サイトで簡単にできる。申 請手続きが終われば、あとは自動的にあなたの住民税 から控除されることになる(※3)。10万円のふるさと 納税をしたなら(10万円の返礼品を選んだら)、9万 8000円か控除されるわけだ(10万円のうちっ乙000円 は自己負担)。  ふるさと納税に面倒な作業はいらない。ただし留意 点が2つある。ひとつは、実費で立て替えておく必要 があること。たとえば10万円のふるさと納税をする場 合(10万円の返礼品を選ぶ場合)、まずその10万円を実際に 支払わなくてはならない。そして会社員であれば、支 払つたのちの翌年6月から1年間、12同(12か月)に分 けて計9万8000円か住民税から控除されるという 段取りである(※4)。つまり、節税効果を得るまでに タイムラグがある。  もうひとつの留意点は、ふるさと納税の控除額には 上限があること。無限に控除されるわけではない(上 限を超えた分は自己負担)。年間の控除上限額は年収や家 族構成で異なる。これも仲介サイトのシミュレーター ですぐわかるので確認しておこう。  いずれにしろ、ふるさと納税でやるべきことはわず かだ。上限額を把握し、寄付先(返礼品)を決め、控除 申請をする。それだけだ。あとは返礼品が届くのを待 てばいい。ふるさと納税は税金弱者にとつてなにより 手厚い制度なのだ。  さて一方、ふるさと納税の制度的な趣旨は、国民そ れぞれが自発的にお世話になった地域、応援したい地 域を支援するという点にある。魅力は返礼品だけじゃ ない。制度の趣旨に基づくメリットがさらにある。そ れは寄付の使い道を指定できることだ。  たとえば、私か住民票を置いている北海道大樹町な ら〈子育て・教育の支援〉〈農林水産業の振興〉〈口 ケット開発プロジェクト〉といった具合に計7つの選 択肢が用意されている。つまり自分の寄付金に明確な 役目を持たせることができるのだ。  ご存じのとおり、この国では税金の無駄遣いがあふ れている。閑散とした公共施設。しようもない地域振 興イベント。まっだくもって無駄だ。私たちの納めた お金が捨てられているようなものだ。しかし政治家や 官僚にとってそれは無駄ではない。利権につながるか らだ。かくして今日も明日も私たちのお金は勝手に溶 かされていく。  でもふるさと納税なら、私たちのお金に意志を込め られる。社会に有意義な貢献ができる。2022年度 のふるさと納税の利用者数は約890万人(総務省調 べ)。納税義務者のわずか15%だ。あまりに少ない。 居酒屋で税金の不平不満をこぼすくらいなら、ふるさ と納税をしよう。そして投票にも行け。すべては自分 自身のためだ。 XI 総務省「国政選挙における年代別投票率の推移について」 X2 控除とは、一定金額を差し引くことを意味する。税金の控除    には2種類ある。「所得控除」は課税対象となる所得額から    差し引くこと。「税額控除」は納めるべき税額から差し引く    こと。一般的に税額控除のほうが節税効果は大きい。ふるさ    と納税では、この税額控除が適用される。 X3 ふるさと納税において確定申告なしで控除が受けられるこの    仕組み(ふるさと納税ワンストップ特例制度)は、会社員(給与所得    者)が対象。もともと確定申告をするのが前提となっている    個人事業主は、確定申告により控除・還付される。 X4 確定申告のない会社員の場合は、9万8000円の全額が住    民税から控除される。一方、個人事業主の場合は、確定申告    から1〜2か月後に所得税の還付を受け、その確定申告後の    6月から住民税の控除を受ける。その還付と控除の総額が9    万8000円となる。    ふるさと納税に隠された本当の狙い  菅義偉元首相が総務大臣時代に打ち出し、官房長官 時代に強化したふるさと納税制度。この制度の真の狙 いは”ステルス的地方分権政策”だと私は睨んでいる。  多くの人はふるさと納税について「特産品がお得に もらえるサービス」くらいの認識だろう。では、これ がなぜステルス的地方分権政策なのか。  日本は政治の権限が政府に集中した、いわゆる中央 集権的な体制にある。政府が政策を決め、地方自治体 はそれに従い仕事をする。戦後、日本が目覚ましい経 済復興を果たせたのは、政府の統率力のもとでI丸と なれたからだ。  しかしその反面、中央集権型には地域それぞれの特 性に対応できないという弱点がある。高度経済成長を 経て日本が成熟期を迎えたころから、今度はその弱点 が深刻な影を落とすようになった。地域社会ごとの志 向や課題がどんどん多様化し、全国画一的な基準がほ とんど通用しなくなったのだ。事情はいまも変わらな い。むしろ、さまざまな事柄が急速に変化しているな か、状況は悪化の一途である。  戦後の日本を牽引した中央集権システム。だが時代 は変わった。いまやそれは地域社会のイノベーション をさえぎる足かせだ。脱・中央集権なくして日本の未 来はない。  もちろん政府もそんなことは百も承知だ。自治体み ずからか決め、実行し、問題解決をはかるI。そう した分権型社会への転換を実現すべく、試行錯誤を繰 り返している。政府が地方分権改革を掲げ、具体的な 政策を練りはじめたのは遡ること実に30年前余5)。 そこから今日にいたるまでこまめな法改正を経ながら 段階的に、政府から自治体へ権限の移譲がなされてき た。しかしまだまだ不十分だ。分権型社会にはほど遠 い。政府と自治体それぞれの思惑に隔たりがあり、い まだ綱引き状態である。  一方、分権型社会を実現するうえで、かねてから議 論されているのが「道州制」の導入だ。現状の「都道 府県」の行政区画を廃止し、より広域な「道・州」に 再編しようという構想である。ひとつひとつの自治体 (道州)の担う統治領域が拡大すれば、政府による権限 移譲も大規模かつスムーズに果たされる。となると、 日本全体の底力は格段に増すだろう。  しかしその道州制構想もそれはそれで実現の道のり は険しい。ようするに日本のかたちを根本的に変えよ うというものだ。変化を嫌う日本人にはなかなか受け 入れがたい。事実、これまで少なからぬ自治体の首長 たちが反対を表明してきた。その言い分はさまざまた が、いずれにしろ現存ft都道府県の利害調整は容易で はないだろう。  部分的な権限移譲を繰り返したところで埒が明かな い。かといって道州制実現のハードルは高い。しかし 今後、日本の人口は一気に減少していく。国のことは 国がやり、地方のことは地方でやる。そんな地方行政 の自立と効率化は待ったなしだ。  おそらく菅元首相は地方分権改革の停滞に強い危機 感を持つだのではないか。そこで現実的な次の一手を 打った。起爆剤になりうる一手だ。それがふるさと納 税である。  自治体にとってふるさと納税は自由競争の場だ。工 夫を凝らし、魅力的な地域であることを人々に示せれ ば多額の寄付が集まる。つまり「自治体みずからが決 め、実行し、問題解決をはかる」という分権型社会の 原則がそこにあるわけだ。  このふるさと納税を用い、地方分権の道を押し拡げ る。それが政府の真の狙いだろう。菅元首相の卓抜し た実務家としての手腕からしても、そう見なして間違 いない。  このステルス的地方分権政策は、目に見える成果を あげている。実際、大都市から地方に巨額の税金が 移っていて、その額も年々増大しているのだ。たとえ ば東京世田谷区では2023年度のふるさと納税によ る住民税の減収額が約98億円に及んだ(東京23区で最多 額)。ほかの自治体に98億円か流れたわけだ。世田谷 区長はその巨額の流出に「悪夢のような事態」と不満 をあらわにしている(※6)。一方、財源の乏しい地方 の自治体にとっては歓迎すべき状況だろう。  この世田谷区にかぎらず、巨額流出に瀕している大 都市はいずれも制度の見直しを訴えている。税収が失 われると行政サービスが低下してしまう。それでは本 末転倒。地域を支援するという、ふるさと納税の本来 の趣旨に反する。そんな主張である。  しかしそれは単なるポジショントークだ。ふるさと 納税の競争ルールは公平である。創意工夫を尽くした 自治体に寄付が集まり、そうでない自治体には寄付が 集まらない。それだけの話だ。大都市における巨額流 出は、人口の多さにあぐらをかいてきたツヶだろう。 ようするに努力不足であり、制度を非難するのはお門 違いだ。今後、大都市は負けずに創意工夫をして巻き 返すしかない。より魅力的な地域社会を目指すのだ。  自治体みずからが決め。実行し。問題解決をはかる I。ふるさと納税は。まさにそのうねりを起こして いる。地方分権のうねりだ。菅元首相の目論見どおり だろう。 − X5 1993年、衆参両院で地方分権推進が決議された。 − ※6 NHK政治マガジン「ふるさと納税過去最高も明暗くっき   り『悪夢』のなぜ冫」(20り乙戈J年8月1凵)   総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果(令和5年度実   施)」(2023年8月1凵)    退職金は、単なる「給与の後払い」  退職金(退職一時金)とはなんだろう?  長年の勤務に対する功績報酬。退職後の生活支援金。 だいたいそんなポジティブなイメージを持っている人 が多いと思う。でもその認識は半分正しくて、半分誤 りだ。たしかに定年になってそれなりの退職金を得れ ば、老後の足しにはなるだろう。退職所得には大きな 税制優遇もある。  でもそこで手にする退職金はなんら特別なものでは ない。その実体は「給与の後払い」にすぎないのだ。  退職する従業員に会社がまとまった額のお金を一括 支給するI。実はそのような制度は世界にあまり例 がない。日本独自の習慣なのだ。現在の退職金制度が 普及したのは戦後すぐのころである。  当時、企業はどこも深刻な資金不足におちいってい た。低賃金で働かされる従業員の不満は爆発寸前だ。 そこで多くの企業の取った策が、いまは賃上げしない (賃上げできない)代わりに定年時にまとまった報酬を支 給するというスキーム、つまり「退職金」の導人だっ た。毎月支払うべき給与の一部を後払いするというわ けだ。  そうして労使が歩み寄り、企業は戦後不況を乗り越 えていった。やがて朝鮮特需が到来し、高度経済成長 期に突入するのだ(※こ。そのときの退職金制度がそ のまま今日にいたるまで受け継がれているのである。  しかしいまは戦後ではない。当時とはまるで状況が 違う。それにもかかわらず多くの企業がかつての退職 金制度を変わらずに用いている(※8匸っ乙0つ乙っ丶J年時点で 退職金制度のある企業の割合は約75%)。なぜだろう? そう。 そういうことだ。退職金は企業にとって都合のいい制 度にほかならないからだ。  無利息で運転資金を調達できるのである。しかも後 払いの際(退職金を支払う際)には感謝までされる。さら に万が一倒産し、退職金にまわす資金がなくなったら 支払う必要はない。魔法のような資金スキームである。 つまり退職金制度は従業員のためにあるのではない。 企業のためにあるのだ。  でも一方で、退職金制度は福利厚生(従業員やその家 族に対する生活支援)の一環だとアピールする経営者も少 なくない。冒頭で挙げたようなポジティブなイメージ がまかり通っているのはそのせいだ。  中小企業の退職金の相場は、大卒で約1100万円、 高卒で約1000万円(※9)(新卒入社で定年まで勤務した 場合)。大金といえば大金だ。いざ支払うとなれば、そ れなりの負担にはなる。まして経営状態の思わしくな い、内部留保の限られた企業ならなおさらだろう。退 職金を工面するのはひと仕事だ。そうした事情を鑑み て、従業員に対する福利厚生だと勝手に決めつけてい るわけだ。  退職金の性質について法的に明確な定義はない。だ から福利厚生たというその決めつけもウソにはならな い。しかしウソにはならないが、明らかなミスリード だろう。  退職金制度がある会社は、決算報告書に将来発生す る退職金額を「債務(退職給付債務)」として計上する必 要がある。従業員にまだ支払われていない賃金という 位置づけた。退職金はあくまで給与の後払いなのであ る。  その大前提をうやむやにするような決めつけは感心 しない。本人にそのつもりはなかったとしても、従業 員を欺いているようなものだ。  就職、転職活動で退職金の有無を気にする人は多い。 でも、退職金制度がある‥労働条件が良い、というの は思い込みにすぎない。  働き盛りの30代、40代ともなれば、いろんなことが 起きる。結婚、育児、子どもの進学、あるいは独立・ 起業−。なにかと物入りだ。収入は1円でも多いほ うがいい。定年時にもらうお金よりも。そうしたライ フイベントの真つただ中でもらうお金のほうが何倍も 価値がある。NISA(少額投資非課税制度)や ・IDeCo(個人型確定拠出年金)に投入できる種銭も増 える。退職金に惑わされるのは愚かだ。  近年では退職金制度がない代わりに、昇給やインセ ンティブに重点を置く企業も増えてきた。支払うべき 給与をそのつど全額支払うということだ。あたりまえ だが、それが適正な雇用というものだろう。  私もかつてライブドアを率いていたとき、退職金制 度は設けなかった。とうぜんそのぶん月々の給与に還 元していた。そのほうが経営陣も従業員も向上心を もって職務に励める。退職金がないことがメリットに なりうるのだ。  退職金という悪しき習慣が日本をダメにする。みん なそのことに気づくべきだろう。 刈州 1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発。アメリカ軍から日本    企業に軍事物資(繊維製品、食料品、鋼管、砲弾、車両修理など)の    発注が急増し、日本は戦後不況を脱した。 − X8 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査の概況」(「XO「XtJ年    10月31日」 − X9 東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和4年    版)」(2022年12月)    退職金H転職ペナルティ  日本の退職金(退職一時金)は特殊だ。定年時に数百 万円、数千万円か一括支給されるような企業文化は日 本以外にない。外国人に日本の退職金の相場を教える と、きまつて目を丸くされる。ありえないと羨ましが られる。  でも、そんないいものではない。内実はろくでもな い制度だ。だから他国には存在しないのである。日本 の退職金制度は、これまた日本独自の終身雇用を前提 に設計されている。つまり老後資金の意味合いを持つ わけだ。そのため退職金にかかる税負担は軽い。他の 収入(給与やボーナス)に比べて大きく優遇されている。  問題はそこだ。その税制優遇こそが日本経済の未来 を蝕むのである。  退職金の課税対象額は、通常の給与とはまったく別 の方式で算出される(※10)。そこには特別な優遇措置 が2つ組み込まれている。まずひとつは「退職所得控 除」だ。退職所得控除とは、読んで字のごとく、条件 に応じた一定額を退職所得から控除する制度だ(111)。 ようするに、退職金額のうち税金のかからない非課税 枠のことである。  ただし、その退職所得控除がなされた残額(退職金支 給額‐退職所得控除額)がそのまま課税対象になるわけで はない。さらにその残額を2分のIにする。その2分 のIにした金額が課税対象になる。これがもうひとつ の優遇措置だ。  つまり課税対象額は〈「退職金支給額‐退職所得控 除額」×2分のI〉ということになる。退職金の税金 には、「退職所得控除」と「2分のI」という独自の 二重の優遇が適用されるわけだ(※12)。  退職所得控除の金額は勤続年数によって決まる。勤 続20年までは1年当たり40万円、勤続20年より先は1 年当たり一川万円が控除される仕組みだ。  だから、新卒から定年まで38年間勤め上げた場合の 退職所得控除額は〈「40万円こJ年=800万円」十 「一川万円×18年=1260万円」=2060万円〉と なる。  もしそのときの退職金支給額が2000万円なら、 課税対象額は〈2000万円‐2060万円=マイナ ス60万円〉だ。この時点で2分のIにするまでもなく 課税対象額がなくなる。よって無税である。2000 万円をまるまる受け取れるわけだ。  かりに給与年収2000万円の場合の税金(所得税十 住民税)は、概算でおおよそ500万円程度。給与年 収600万円なら、50万円程度。アルバイトであって も年収103万円を超えると税金を取られる。退職金 は特権的な優遇を受けているのである。  しかし一方、その税制優遇が労働市場を停滞させて いる。ひとびとの自由な転職をはばみ、人材の流動化 をさまたげている。それが退職金制度の致命的な弊害 だ。  転職するということは退職金の特権的優遇を放棄す るということだ。転職したら勤続年数はリセットされ る。つまり退職所得控除の威力が削がれる。となると、 転職しないほうが金銭的には手堅く有利な選択という ことになる。  同じ会社で働き続けると得をし。転職すると損をす るわけだ。理不尽でしかない。ようするに退職金制度 は転職ペナルティなのだ。  企業の生産性を向上させ、競争力を高めるには人材 の流動化がマストだ。働き手それぞれがそれぞれの強 みを生かして新たな成長分野に挑戦する。多様な働き 方、多様な社会貢献を実践する。そこにこそ日本の未 来はあり、働き手の喜びもあるはずだ。企業の成長。 個人の人生の充実。それは労働市場の活況抜きにはあ りえない。  しかし日本では退職金制度という名の転職ペナル ティが幅を利かせている。労働市場の活況どころか、 ひとつの会社にしがみつく保守的人材がいまなお大量 生産されているわけだ。戦後日本が生んだろくでもな い負の遺産である。  でもここに来て政府もようやく動き出した。日本型 雇用慣行の改革に向け、2023年の「新しい資本主 義実現会議」で退職所得控除の見直しが閣議決定され たのだ(※13)。勤続20年を境に1年当たりの控除額が 40万円から70万円に増額される現行制度をあらためる 方針だ。今後、勤続年数にかかわらず控除額は一律に なる可能性が濃厚である。一律40万円か、あるいは もっと縮減されるかもしれない。もちろん退職金のう ま味を削ぎ、人材の流動化をうながす狙いがある。  さらに政府は退職所得控除そのものの撤廃も視野に 入れている。近年。退職金制度を設けない企業も増え てきた。いつ大ナタが振るわれてもおかしくないので ある。  退職金をあてにしていたのに梯子を外されるI。 そんな悲惨な目に遭いたくないならキャリアアップに 磨きをかけることだ。ひとつの会社にしがみつかず、 自分らしい働き方を模索して実践する。繰り返すが、 そこに人生の充実はある。そしてそれが日本の未来に もつながるのだ。 刈101 退職金も給与も発生する税金は、所得税と住民税の2つ。 刈111控除とは、一定金額を差し引くことを意味する。税金の控除    には2種類ある。「所得控除」は課税対象となる所得額から    差し引くこと。「税額控除」は納めるべき税額から差し引く    こと。退職所得控除は前者に該当する。所得控除が多いほど、    税負担は軽減される。 刈121給与やボーナスの課税対象額は、その総支給額から社会保険    合計額を差し引いた金額。 − x13 内閣官房「三位一体の労働市場改革の指針」(新しい資本主義実    現会議/2023年5月16日)    内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2023について」    (閣議決定/2023年6月16日)    マイホームを買っていい人の条件  住むなら賃貸か、持ち家か。ず1つと繰り返されて いるテーマだ。でも答えは明らかだ。単純な損得で考 えれば賃貸だ。もう圧倒的に賃貸である。そして損得 抜きなら持ち家もあり。以上が答えである。  日本では昭和時代にっくられたマイホーム信仰がい まだに根強い。そしてその信仰に乗つかって家を売り たがる不動産業者がいる。賃貸派は賃貸派としての口 ジックがあり、持ち家派は持ち家派としての言い分か ある。ようするに永遠にかみ合うことはない。かくし て、賃貸耶持ち家論争はえんえんと続いていく。  どうしても持ち家が欲しい。マイホームで幸せな家 庭を築くのが夢だ。そういう人は迷わずさっさとロー ンを組んで買ってしまおう。もちろん高い買い物にな る。人生最大の買い物だろう。でもそれで夢がかなう なら安いものだ。できるだけ早く買い、できるだけ長 くそこで暮らすのがベストである。人生の時間は限ら れている。  ただ、不動産業者のセールストークには要注意だ。 あたりまえだが彼らは家を売るプロである。不都合な ことは囗が裂けても言わない。話半分で聞き流し、あ くまで自分の人生観、価値観にしたがい、自分に合う 物件を選ぶべきだ。  かたや、持ち家の実利的な価値はゼロに等しい。む しろデメリットだらけだ。だから特別な思い入れがな いなら買わないほうがいい。絶対買ってはいけない。  一般庶民がマイホームを買う場合、だいたい30〜35 年ローンを組むことになる。35年ものあいた毎月毎月、 借金を返済し続けるわけだ。雨が降ろうが槍が降ろう が待つたなし。くわえて固定資産税やメンテナンス費 用といったランニングコストもかかる。なかなかのプ レッシャーである。なにがなんでもいまの収入を死守 しなければならない。となると、そのさきの人生の選 択肢は一気に狭まる。  たとえば魅力的な転職先があってもためらうだろう。 その職場の雰囲気になじめなかったら? 試用期間中 にクビになったら? いちいち不安を膨らませてしま う。転職してキャリアアップを遂げる。それが会社員 として年収を大幅に増やす王道コースだ。でも大きな ローンがその挑戦をさまたげる。つい現状維持に走っ てしまう。いまの職場にしがみつき、やりたくない仕 事を押しつけられてもひたすら我慢だ。  仕事にかぎつたことではない。持ち家だと暮らし自 体の自由度も狭まる。治安が悪くなろうが、隣近所と トラブルが起きようが引つ越せない。これまた我慢だ。 いざとなれば売却や賃貸に出せばいい? あまい。交 通アクセスの良い一等地ならともかく、庶民が買える 程度の物件に大した魅力はない。買い手を見つけるの は大変だ。  それに引き換え、賃貸暮らしはコスパがいい。いつ でも好きなときに引つ越せる。固定資産税とも無縁。 そしてなによりメンテナンスや修繕にかかる費用は家 主が払ってくれる。入居者は自腹を切ることなくつね に快適な生活空間を確保できるわけだ(しかもっ乙0つ乙0 年の民法改正により、賃貸事業者の修繕義務はいっそう厳格化され た余14))。  そんな賃貸に比べると、持ち家暮らしの息苦しさは 如何ともしがたいものがある。  「でも賃貸だと家賃をただ払い続けるだけで終わる。 持ち家ならローンを払い終えたあと資産として残る」 不動産業者の常套句である。騙されてはいけない。  新築を買った場合、住んだ瞬間からその家の価値は 下かっていく。中古物件のあつかいになるからだ。 ローンを払い終えた35年後の古びた家ともなればなお さらだ。資産価値はほぼゼロだ。もちろん戸建てなら 土地の価値は残る。でも庶民が買えるような土地にた いした価値はない。一等地でないかぎり地価は上がら ない。  持ち家に実利的なメリットは皆無だ。ローンを完済 しても固定資産税はずっと発生する。建物の老朽化が 進めば、フルリノペーション並みの改修工事が必要に なる。その際の費用は少なくとも1000万円はくだ らないだろう。  「高齢者になったら部屋を貸してもらえなくなる。だ からいまのうちに家を買っておいたほうがいい」これ も不動産業者の常套句。不安につけこむ狙いだ。詭弁 である。  もうじき、高齢者だろうが部屋はいくらでも借りら れるようになる。いま日本は人口減少にともなう空き 家問題が深刻になっている(※15)。くわえて超高齢化 社会だ。であれば今後、シニア向けの賃貸物件は必然 的に拡充されていく。心配は無用だ。  賃貸か、持ち家か。繰り返すが、買っていいのはマ イホーム自体に損得を超えた特別な思いがある人だけ だ。マイホームは本質的に不条理な買い物である。損 する覚悟のない人は買ってはいけない。 刈詞 民法611条一賃借物の一部滅失等による賃料の減額等 刈151総務省「令和5年住宅・土地統計調査」(「XO「X4年4月30日」    によれば、2023年10月1日時点の全国の空き家数は計    900万戸。その5年前に比べて51万戸の増加で、過去最多。    また900万戸のうち、賃貸・売却用物件は計476万戸。    住宅ローンという名の押し売り  いまだにマイホームを「資産」だととらえている人 がいる。たしかに法律上は資産のあつかいだ。不動産 のひとつであり、ゆえに固定資産税が課される。  しかし資産とは本来、その所有者に利益をもたらす 財産のことを指す。金銭的価値があり。お金に換える ことができ。そしてなによりお金を増やしてくれる。 そのようなものを資産と呼ぶのである。  なけなしのお金をはたき、35年ローンを組んで手に したマイホームは資産だろうか。月々のローン返済の みならず、保有しているかぎりメンテナンスや修繕の 追加出費が発生する。もちろん固定資産税もある。お 金を生むどころか、出ていくばかりだ。  また、家を手放す必要に迫られても、すぐに売れる わけではない。買い手がつくまで時間も手間もかかる。 郊外住宅なら安く買い叩かれるだろう。もしローンが 残っていれば売却時にそれを完済しなければならない。 売却益がローン残高を下回るようだと別途、補坿する はめになる。ちなみに売り値の3%が仲介手数料で消 える。高額取引になるため、これもバカにならない。 もちろん売れたら所得税と住民税も発生する(※16)。 持ち家は。不動”産の名にふさわしく、流動性も換金 効率もきわめて低いのだ。  持っていてもお金を生むことはない。それどころか 売却(換金)すら容易でない。くわえて売却によって 損を被る公算が高いI。資産になりようがない。マ イホームは負債そのものだ。しかも割に合わない負債 である。  それでも少なからぬ人がマイホームを求める。そこ に幸せな暮らしがあると信じている。持ち家が不利な のは明らかだ。でも買う。あくまで買う。そして密か に胸を張るのである。マイホームの唯一で最大のメ リットはひとに自慢できることだろう。  なぜ日本にはかくも強烈なマイホーム信仰がはび こっているのか。すべては国策の影響である。 1960年、池田勇人内閣は国民所得倍増計画を打ち 出した。むこう10年間で国民の所得を2倍にするとい う壮大なプランだ。いまの私だちからすれば非現実的 に思えるが、戦後不況を脱した当時の日本はイケイケ である。所得倍増に向けた政策が次々と実行され、驚 異的な経済成長を遂げていく。  そこで絶大な貢献を果たしたのが住宅事業たった。 家が売れるということは建材や設備が売れるというこ とだ。とうぜん多くの職人も稼働する。そして土地の 売買も活発になる。ようするにお金が日本中を駆けめ ぐる。経済波及効果は圧倒的だ。  その住宅がどんどん売れるようになっだのは、戦後 不況を脱した1950年代後半だ。そこからさらに国 民の所得が急増したことで住宅需要はいっそう過熱。 くわえて拍車をかけだのが住宅ローンの簡易化たった。  それまで住宅ローンの貸出しはおもに政府系金融機 関(住宅金融公庫‥つ乙007年廃止)が担っていたが、東京 オリンピック(1964年)が開催されたあたりから銀 行などの民間金融機関が本格的に参入してきたのだ。 住宅ローンビジネスが活気づき、ひとびとがローンを 組むハードルが一気に下がったのである。そして 1966年、住宅建設計画法(つ乙00/0年廃止)が制定 され、国をあげた住宅建設ラッシュがはじまる。次々 と開発されるベッドタウンに庶民の胸はがぜん高鳴っ た。広大な敷地に拡がる綺麗で近代的な住居。それは 豊かさの象徴だ。まさに夢のマイホームだ。だれもが 一生懸命働き。そこで暮らすことを目指すのである。 マイホーム信仰の誕生だ。  そして1972年、住宅ローン減税制度(住宅取得控 除制度)が創設される。「税負担を軽くしますから、 もっともっと家を買ってください」というわけだ。当 時、それまで絶好調たった景気に陰りが見えはじめて いた。だから国民の住宅購入をさらに促進する必要が あったのだ。  この住宅ローン減税制度が現在にいたるまで、日本 の住宅政策、景気対策の中核となる。いかにローンを 借りやすくするか。つまりいかに巧妙に国民に負債を 負わせるか。高度経済成長の終焉とともに政府はそこ に注力する。そのときどきの経済状況に応じて、減税 規模の拡大縮小を繰り返していくのである。そうして この半世紀にわたり国民を誘導してきた。ようするに マイホームは景気の調整弁にすぎない。しかし政府に とっては大事な大事な調整弁だ。かくして「夢のマイ ホーム」はいまなお息づく。  2022年度の税制改正により、2024年1月以 降に省エネ基準を満たさない新築住宅を購人した場合、 住宅ローン減税が適用されなくなった。強烈な方針転 換だ。「省エネ性能の高い家に住みましよう」という 政府のメッセージである。省エネ建築物の増加による 経済効果を狙っているのだ(※17)。  夢のマイホームー。しかしその「夢」は幻想であ る。政治家や官僚が知恵を絞って守り続けてきた幻想 だ。彼らの思惑にこれからも乗せられるのか、あるい は拒むのか。価値観、住居観は人それぞれだ。いずれ にせよ、後悔のない選択をしたい。 刈161ただし、一定の要件を満たせば、自宅の売却益のうち最高    3000万円まで非課税になる(国税庁「居住用財産を譲渡した場    合の3000万円の特別控除の特例」)。 X17 NTTファシリティーズ「日本全国の事務所・庁舎の省エネ    化がもたらす隠れた経済効果を推計」(「乙0「乙4年6月17日」     「お金配り」に手を出すな  ZOZO創業者・前澤友作さんによるSNSを使っ た「お金配り」。その反響はすさまじかった。最初の お金配りは2019年1月。前澤さんのツイッターを フォローしてリツイートした人のうち100名に 100万円をプレゼントするというものだった。それ がはじまるなり、ツイッターはお祭り状態。約50万人 たった前澤さんのフォロワー数はわずか数日で600 万人を突破する盛況ぶりだった。  その後もお金配りイベントは繰り返され、2021 年D一月には、前澤さんの出資会社が運営するアプリの 利用登録者に500円〜100万円がもれなく当たる という企画を実施。これには実に1000万人以上が 参加したらしい余18)。  貧富の差を再分配で軽減し、お金に困る人をゼロに したい。前澤さんはお金配りの真意についてそう述べ ている。社会貢献、社会実験のひとつの試みだという。 実際、当選者にアンケートを取り、生活がどう変わっ だのかの追跡調査も行ったようだ(※19)。  その一方でこのお金配りは、ビジネスマンとして天 才的なマーケティングだと言える。なぜなら情報弱者 を引き寄せる強力な「情弱ホイホイ」になりえたから だ。だれよりも得をしたのはほかならぬ前澤さんだろ  リツイートする。アプリをダウンロードする。それ だけでお金がもらえるI。冷静に考えてどうだろ う? 普通の感覚の持ち主なら、いくらなんでも話が うますぎると思うはずだ。甘い話には裏がある。髷さ れてからでは遅い。そう警戒して取り合わないのが まっとうな判断だろう。  でも、そうした当然の理性を持ち合わせていない人 が世の中にはたくさんいる。お金配りの盛況ぶりはそ んな事実をあらわにした。参加した人たちは「私は無 防備なカモです」と世間に自己申告したようなものだ。  前澤さんがこれまで配ったお金は総額で30億円を超 えるらしい。しかしそれで1000万人規模の情弱 データペースを獲得したのだから安い出費である。さ すがとしか言いようがない。  電話番吁を教えた覚えがないのに、マンション購入 や不動産投資などの営業電話がかかってくることがあ る。見知らぬ社名を名乗り、すこしお時間をください、 耳よりな話があります、そう言ってくる。でもまとも に耳を傾ける人は少ない。よほどのことがないかぎり 適当にあしらう。場合によっては一方的に電話を切る だろう。  でも営業する側も邪険にされるのは慣れっこだ。彼 らは名簿業者から買い取った個人情報リストを見て電 話をかけている。そのリストのもとになっているのは、 同窓会名簿の記載情報、あるいは通販利用や各種資料 請求の登録者情報などだ。  ようするにこれといった特色のない画一的な個人情 報リストである。それを使って営業するのだから成功 率は低くてとうぜんだ。断られても断られても、ひた すら絨毯爆撃あるのみ。力業で契約をつかみ取ってい くしかない。  では、かりに前澤さんが個人相手に営業をしかけた 場合、そんなしらみつぶしの力業は必要だろうか。手 元には情弱リストがある。甘い話に不用意に飛びつく ような人たちのリストだ。すぐ欲に目がくらむような 人たちのリストだ。  とうぜん余裕である。言葉巧みに誘えばイチコロだ。 金融商品、保険商品、健康器具、サプリメント、子ど も向けの教育商材。その気になればなんだって売れる。  もちろん前澤さんがそんな小さな商売に乗り出すと は思えない。とはいえ、日本を代表する実業家である。 お金配りで取り込んだ人たちをなんらかのかたちで事 業に活用するはずだ。  このところ、お金配りを装った詐欺が横行している。 お金があり余っている。はたまた大病にかかって余命 いくばくもない。そんな具合に虚偽の理由をこしらえ、 SNSで多額のお金配りを呼びかける手口である。  それに飛びついたら最後だ。クレジットカード情報 や銀行口座情報や暗証番号を求められる。あるいは手 数料を要求される。時間がない、いますぐにと急かさ れる。そして慌ててそれに応じると連絡が途絶えるの である。そこでやっと騙されたことに気づくわけだ。 時すでに遅しである。  世の中、そうそううまい話はない。あるとすればそ の大半は詐欺だ。でもそうしたごくまっとうな判断が できない人がいかに多いことか。いま、あらゆる詐欺 が巧妙化し、組織化され、拡大している。下手をする と振り込め詐欺の受取口座に利用され、犯罪の片棒を 担ぐことにもなりかねない。  お金はもらうものではない。自分で稼ぐものだ。お 金配りに近づくべきではない。 − X18 ARIGATOBAZ不「亅剛澤友作全員お金贈りfroヨ宇宙”の    キャンペーン参加者数が1000万人突破」(「XO「X1年12月27    日」 − X19 前澤友作「【お年玉で社会実験】100万円を1000人に    配る理由とは?」(lQ/「XO「X0年1月1日」    良い借金、悪い借金  喜んで借金をする人はいないだろう。借金にはさま ざまなリスクがからむ。でも借金=悪ではない。肝心 なのは費用対効果の見極めである。借金は時として頼 もしい味方になりうる。  「良い借金」とはあなたの未来を切り開く自己投資の ことだ。そして「悪い借金」とはあなたの未来を閉ざ す自己破壊のことだ。  私は大学在学中にウェブサイトの制作会社を立ち上 げた。1996年のことだ。かつてはいまと違って、 会社を興すにはまとまったお金が必要たった。しかし 学生の私にそんな蓄えはない。  世はIT革命の前夜である。これからインターネッ トが世界を変える。そこに無限の金脈がある。私はそ う確信していた。飛び込むならいましかない。そこで 当時つき合っていた彼女の父親から600万円を借り て設立資金にあてだ。  学生の身で600万円。なかなかのリスクである。 でもその借金があったからこそIT革命の波にジャス トで乗ることができた。彼女の父親には感謝しかない。 もし自力で資金を貯めることになったら、間違いなく 機を逃していた。  自分で言うのもなんだが、まさに「良い借金」の典 型だろう。  かたや、そうしたレバレッジのない借金は無意味だ。 ろくでもない。まして金利の高い借金はその時点で最 悪だ。完全に「悪い借金」である。そしてそれはあな たのすぐ身近にある。  消費者金融、銀行のカードローン、クレジットカー ドのキヤッシング。どれひとつ関わってはいけない。 その金利は暴力的な高さだ。消費者金融の金利の相場 は年18%である。たとえば株式投資で期待できる利回 りはせいぜい5%程度。つまり100万円を投資した 場合、損をするかもしれないというリスクを抱えて年 5万円の利益を目指すわけだ。  一方、消費者金融で100万円を借りた場合には、 確実に年18万円の利息が発生する。確実にだ。つまり 消費者金融会社はセロリスクで18万円を得られるので ある。ボロい商売だ。かくして、あなたはボラれる。  消費者金融に比べて、銀行のカードローンや、クレ ジットカードのキヤッシングだと借入の心理的ハード ルが下がる人が多いようだ。消費者金融よりもいくら か健全なイメージがあるのだろう。でもまさに単なる イメージの違いだ。カードローンもキヤッシングも金 利の高さは消費者金融に引けを取らない。これも確実 にボラれる。  そして借金のなかでいちばん悪質なのがクレジット カードのリボ払いだ。リボ払いとは、その月の利用金 額や件数にかかわらず、あらかじめ決めた一定額を毎 月支払う決済方法のことだ。「無理なく計画的にお支 払いいただけます」などとカード会社はカジュアルに 勧めてくる。罠である。リボ払いの金利もまた消費者 金融並みのバカ高さだ。その相場は年15〜18%である。  リボ払いは恐ろしい借金システムだ。10万円の買い 物をしてそれをリボ払いで毎月1万円ずつ支払ってい くとする。初回に払う1万円の内訳は「元金(買い物に 使った金額)十利息」となる。そしてリボ払いが怖いの はここからだ。次回以降は残りの「元金÷利息」に対 して利息がかかっていくのである。つまり利息に利息 が上乗せされるわけだ。ただでさえ高い金利がより力 を増して襲いかかってくるのである。  月々の支払いを少なく抑えられるからといって、リ ボ払いの利用額を増やすとさらに事態は悪化する。利 息の概算金額(参考値)は次のとおりだ(金利15%の場合)。  〈リボ払い利用額10万円/月々の支払額1万円〉= 〈利息総額7000円(参考値)〉  〈リボ払い利用額50万円/月々の支払額1万円〉= 〈利息総額30万円(参考値)〉  月々の支払い金額が少ないほど、利息の割合は大き くなる。返済が長期になるほど、利息の金額は膨らむ。 かくして借金は雪だるま式に増えていくわけだ。リボ 払いは借金地獄の入り囗である。近寄るな。  借金自体は悪いものではない。目的とリスクを見極 めたうえでの借金は、あなたの力強い支援者となる。 しかし高金利の借金は、あなたを破滅に追いやる悪魔 だ。  生活費がない。大きな出費が発生した。そんなとき 悪魔がささやきかける。でも冷静に周りを見渡そう。 親族、友人、知人。頼れる相手がいるはずだ。余計な プライドは捨ててあたまを下げるのだ。だれしも人生 でつまずくときはある。おたがいさまだ。  国、行政、NPO。そこにもさまざまな生活支援制 度が設けられている。みんなで支え合うために私たち は税金を払っているのだ。なんとかなるように世の中 はできている。悪魔に縋る理由はどこにもない。     「現金」にひそむ深い闇  2024年7月、20年ぶりとなる新紙幣が発行され た。1万円札には渋沢栄一、5000円札には津田梅 子、1000円札には北里柴三郎。最先端の偽造防止 やユニバーサルデザインがほどこされ、日本が世界に 誇る印刷技術の粋を集めたものだ。  しかし、いま日本は高度なデジタル社会を目指して いる。果たしてこんな手の込んだ新札が必要だったの だろうか。ナンセンスである。むしろ政府は今後、現 金の廃止に向けて本腰を入れるべきだ。  現金廃止は公正な社会を実現する。多くの善良な国 民に恩恵をもたらすのである。  現金はその匿名性ゆえに不正を招きやすい。賄賂や 脱税といった違法行為の大半は。足がつきにくい現金 によって行われている。  現金の特性を悪用した脱税は、私たちの身近な場所 にもはびこっている。たとえばあなたがお店で現金を 支払ったとする。もし、そのお店がその売上げを帳簿 に記載しなかったらどうなるか。その時点で脱税が完 了する。店主が売上げの一部をそのまま懐に入れたと ころでだれもわからない。記載のない売上げはこの世 に存在しないも同然だ。税務署もそうそう見抜けるも のではない。  特に飲食店では、食材の廃棄や従業員のまかないな ど、在庫管理があいまいになりがちだ。現金決済と組 み合わせれば、脱税の温床となることは想像に難くな い。  もちろん、ほとんどの飲食店は適正に納税している。 でも不届き者もいる。その気になれば過少申告なんて 造作もないだろう。現金取引はブラックボックスなの だ。  かたやキャッシュレス決済の場合はすべて可視化さ れる。その取引情報の詳細が決済事業者(クレジット カード会社など)のデータペースに記録され、税務申告 の際にはその売上げデータを用いることになる。とう ぜん過少申告も改ざんも行われにくい。  キャッシュレス化か普及すればするほど、税金の取 りっぱぐれは減っていくわけだ。まじめに納税してい る人々にとって公正な社会になっていく。  キャッシュレス化推進のメリットはそれだけではな い。国の支出も削減できる。「1円玉の製造コストは 3円」「1万円札の原価は刀一円」といった雑学を知っ ている人も多いだろう。現金を製造するには大きなコ ストがかかる。くわえて保管・流通コストも発生する。 そしてそれは私たちが納める税金でまかなわれている。  もちろん、キャッシュレスでも決済システムをはじ めとした運用コストはかかる。それでも現金に比べれ ば安くつく。  かりに国内のキャッシュレス決済比率が80%になっ た場合、約5兆円の決済コストが発生する一方、約7 兆円の経済効果・コスト削減が見込めるとの試算も出 ている余20)。  とはいえ、さすがに現金をいきなり廃止するわけに はいかないだろう。さまざまなハレーションが起きて しまう。そこでまずは1万円札や5000円札の高額 紙幣から段階的に廃止していくのが現実的だ。かりに 1000円札で賄賂をやり取りしようとすれば、従来 の10倍の紙幣が必要になる。物理的負担や保管コスト も増える。不正の抑止効果はあるはずだ。  高額紙幣が廃止されれば、とうぜんキャッシュレス 化は加速していく。お年玉やご祝儀にも電子マネーが 使われるようになるだろう。  政府は新札発行などという時代錯誤の政策ではなく、 すみやかに現金廃止に向けて舵を切るべきだ。政府に とってもそのほうがメリットは大きいはずだ。  それなのに日本のキャッシュレス化はなかなか進ま ない。現在、日本のキャッシュレス決済比率は約40% だ。お隣の韓国は95%、中国も80%を超えている余 21)。  なぜ日本は立ち遅れているのか。その理由は「現金 がなくなると困る人」が政財界に大勢いるからなのか もしれない。私は陰謀論を好まない。しかし強い抵抗 勢力が裏でうごめいているのではないかと勘ぐりたく なる。  現金の闇は深い。だからこそ断ち切っていく必要が あるのだ。 X20 キャッシュレス推進協議会「キャッシュレスー囗‐ドマップ    2022」(2022年6月) X21 経済産業省「2023年のキャッシュレス決済比率を算出し    ました」(2024年3月29日)    キャッシュレス推進協議会「キャッシュレスー囗‐ドマップ 2023」(2023年8月)    搾取し、搾取される現金信者  コンビニのレジで小銭をちまちま数える客。それを 無表情で見守る店員。同じく無表情で行列をつくる客。 小銭を数えている当人を除き、みんなイライラを押し 殺している。店内に密かな緊張感が漂う。−現金信 者が招く、おなじみの不毛な光景だ。  現金信者がレジで小銭を数えるのは小銭を増やした くないからだ。そんなに小銭が嫌なら最初から小銭を 持たなければいい。電子マネーでピッとやればいい。 でもあくまで現金にこだわる。現金にこだわるくせに 小銭は嫌うのである。理解に苦しむ。  JCBが行った実証実験によると、レジでの会計時 における現金決済の所要時間は、キャッシュレス決済 よりも16秒遅いそうだ(※召。たかが16秒と侮っては いけない。ちりも積もればなんとやらだ。  全国のコンビニの1日当たりの総来客数は約 4400万人に及ぶ(約5万rjOOO店)。そしてその半 数以上がいまだに現金払いだという余23)。となると、 それによって被る1日当たりの時間損失は、コンビニ 全店総計でゆうに6000時間を超えるわけだ。特に 駅前や繁華街にあるような客足の途切れないコンビニ では、現金払いの対応が大きな負担となる。そのぶん 人件費がかさむのだ。  もちろんそれはコンビニにかぎった話ではない。 スーパーにしろドラッグストアにしろ、レジ会計の頻 度が高い業種にとって現金払いは厄介だ。つり銭の管 理も大変だし、レジ締め作業も煩瑣になる。  ただでさえ日本は人手不足だ。そのかぎられた労働 力を現金信者が食い散らかしている。業務の省力化を 阻んでいるのである。つまり日本の生産性向上の足を 引っ張っているのだ。  「キャッシュレスだとお金を使っている実感がない。 だからつい使いすぎる。それが怖い」現金信者はだい たいそんなことを口走る。  現金払いならその場で使ったお金はなくなる。でも キャッシュレス払いはそうではない。あとでカード会 社からまとめて請求される。その後払いが怖い。そん な理屈である。意味不明だ。大の大人が情けない。な ににどう使ったのかという買い物の感触で、その月の 出費がどれくらいになるかは容易に予測がつくだろう。  後払いだからといって浪費してしまうような人は、 そもそも金銭感覚がおかしいのである。キャッシュレ スうんぬん以前に、自分の経済観念の心配をしたほう がいい。無駄遣いしない。衝動買いしない。それさえ 守ればいいのだ。小学生でもわかる。  「キャッシュレスだと不正利用が心配」そう眉をひそ める現金信者もいる。不憫だ。典型的な情報弱者であ る。  電子マネーで不審な取引があると、決済事業者(ク レジットカード会社など)が本人にアラートで知らせてく れる。場合によっては不正利用の被害がないかどうか 電話で確認がくる。そして不正利用があったならカー ド会社が補償してくれるのだ。  かたや現金だとそうはいかない。紛失や盗難にあっ ても追跡するのは困難だ。安全性の面でも電子マネー のほうが有効なのである。  ようするに現金信者は雰囲気で現金を信奉している にすぎない。なにもわかっていないのである。現金払 いを貫こうがキャッシュレス決済の運用コストを負担 しなければならないという事実。そしてその負担は キャッシュレス派よりも大きいという事実。どちらも わかっていないはずだ。  客がキャッシュレス払いをすると、お店は決済事業 者に手数料(決済金額の3〜10%)を支払う必要がある。 となると、とうぜんお店はその決済手数料分を上乗せ して商品価格を設定するだろう。客は「商品の本体代 金十決済手数料」を実質的に支払うわけだ。キャッ シュレス払いだろうが、現金払いだろうが支払うので ある。  ただしキャッシュレス払いの場合、そこでI%前後 のポイント還元を得られる。つまりそのぶん手数料負 担は減る。一方、現金払いの場合、ポイント還元はな い。  現金払いは明らかに損である。キャッシュレス派の 手数料を肩代わりしているのだ。でもこの悲しいから くりに現金信者は気づいていないのだろう。  日本の生産性を搾取し、みずからも搾取される現金 信者。まさに矛盾に満ちた存在だ。現金のメリットは 皆無である。それどころか有害だ。  なにが得で、なにが損なのか。なにが有益で、なに が不毛なのか。雰囲気で決めつけず、合理的に判断す べきだ。そうしてひとりひとりが行動してはじめて日 本は強くなる。みんなが幸せになれるのだ。 − χ22 JCB「決済速度に関する実証実験結果」(「X01冖3年8月28日」 刈231 日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統    計調査年間集計(「XO「XtJ年1月から12月」」    キャッシュレス推進協議会「コンビニエンスストア決済動向    調査」(2024年7月17日)    電気代高騰の対処法  2022年以降、日本では電気料金の高騰が続いて いる。2023年の冬には北海道や東北地方でひと月 の電気代が10万円を超える家庭も相次いだ。  電気代高騰のおもな原因は3つである。ロシアのウ クライナ侵攻、円安、そして原子力発電所の稼働停止 だ。  日本では現在、化石燃料による火力発電が全発電量 の70%以上を占めている。火力発電に大きく頼ってい る状態だ。火力発電燃料の主力はLNG(液化天然ガス) と石炭である。全発電量のうちLNGがU]%、石炭が 31%を担っている(※24)。しかし日本は化石燃料の資 源が極端に乏しい。だからそのほぼすべてを輸入でま かなっている。  電気代が高騰したのはLNGの価格が跳ね上がった ためだ。その大きな引き金になっだのが2022年2 月から現在まで続くロシアのウクライナ侵攻である。 欧米諸国を中心に大規模な対ロシア経済制裁が取られ たことでロシア産天然ガスの供給が細り、LNG価格 が世界的に上昇したのだ。  さらに日本に追い打ちをかけだのが記録的な円安で ある。LNG価格上昇と円安というダブルパンチ。そ れで大手電力各社は値上げを余儀なくされた。  くわえて日本にとって痛手なのは、多くの原発が停 止していることだ。原発I基の稼働は、LNGの年間 使用量100万トンに相当するという。原発の発電能 力は圧倒的だ。しかし東日本大震災から13年経過した いまもなお、再稼働は遅々として進んでいない。 2023年度の原発稼働率は29%にとどまっている ス25)。現在、稼働している原発は、関西電力の7基、 九州電力の4基、四国電力のI基だ。  日本の発電用原子炉には、沸騰水型(BWR)と加圧 水型(PWR)の2種類がある。震災で事故に見舞われ た福島第一原子力発電所は沸騰水型たった。そのため 沸騰水型原子炉の再稼働の審査基準は非常に厳しく設 定されている。それが再稼働の道を阻んでいるのだ (※26)。  再稼働中の原発12基はいずれも加圧水型原子炉であ る。そしてその加圧水型を稼働させている関西電力と 九州電力の電気代は他に比べると安い。地域間の電気 代格差というかたちで原発の有用性が証明されている わけだ。  いま日本の干不ルギー自給率はわずか13%である こと。これは先進国のなかでも極めて低い。海外か らの輸入に頼りきっている状況だ。しかし化石燃料の 資源には限りがある。インド、タイ、フィリピンと いった経済発展が著しい国では今後、電力消費量が急 増するはずだ。となると資源の獲得競争はいっそう激 しくなっていく。  日本は今回のLNG価格の上昇のみならず、これか らさまざまな干不ルギー危機に瀕する可能性がある。 そのたびに電気代が高騰するようではたまらない。  原発の再稼働はなんとしても必要だ。現在、日本で 稼働停止中の原発は24基。宝の持ち腐れである。原発 の再稼働を推し進められるのは世論であり、私たち有 権者の力だ。  「原発は危険だ」という声は根強い。しかし日本にお いて原発事故による一般人の直接的な死者はゼロ人だ。 東日本大震災後には全国の原発で津波対策が強化され、 2024年1月に起きた能登半島地震でも安全性に問 題はなかった。  無責任な左翼政治家や左翼系メディアに踊らされる ことなく、現実を見据えよう。  とはいえ、近いうちに原発の再稼働が一気に進むこ とはないだろう。電気代の高騰は落ち着くどころかさ らに拍車がかかるかもしれない。とうめん私たちにで きる対策は、契約する電力会社の見直し、断熱材の導 入、LED電灯への変更、古い電化製品の買い替えだ。  個人でできるかぎりのことはすべてやる。それで目 下のピンチはしのぐしかない。 刈劉資源エネルギー庁「2022年度エネルギー需給実績(確    報)」(2024年4月12日) − X25 日本原子力産業協会「国内原子力発電2023年度設備利    用率は28・9%」(「XO「X4年4月16日」 − X26 2024年11月、東北電力の女川原子力発電所が再稼働する    予定。沸騰水型原子炉としては初めての再稼働となる。    デジタル化を邪魔するITゼネコン  日本のデジタル化は世界で大きな後れを取っている。 スイスのIMD(国際経営開発研究所)が発表した 2023年の「世界デジタル競争カランキング」で日 本は32位に甘んじた。2017年の調査開始以来、過 去最低の順位だ(※士。  日本のデジタル化促進を阻む最大の要因は、ITゼ ネコンに依存したシステム開発にある。ITゼネコン とは、NECや富上通といったシステム開発の元請け 企業のことだ。彼らは行政機関や大企業のシステム開 発を担っている。  ただし、その開発を直接手がけるわけではない。実 作業はすべて下請けに丸投げする。そして丸投げされ た下請けはさらに別の下請けに仕事を振る。かくして 二次。三次。四次と続く。複雑怪奇なピラミッドが形 成されるのである。  この何重にも及ぶ下請け構造は、2つの大きな問題 を引き起こす。ひとつは、言うまでもなく開発費用が 膨れあかってしまうことだ。  そしてもうひとつが、システム開発の品質低下であ る。各下請けは与えられた部分的なミッションをこな すだけだ。プロジェクト全体においてそれがどんな意 味を持つのかを正確に把握しているわけではない。下 請けの下請けともなればなおさらだ。プロジェクトの 完成イメージが十分に共有されないのである。  するとどうなるのか? 開発の最終段階でいろんな 齟齬が生じてしまう。そしてその際の責任の所在もあ いまいた。よって開発現場はカオスと化し、そのカオ スをやっつけながらなんとか完成に漕ぎつけるわけだ。 それでいいものに仕上がるはずがない。  下請けの連鎖においてなにより最悪なのが、能力の 低いプログラマーが加わってしまうことだ。かつて私 か駆け出しのプログラマーだったころ、五次請けのオ ファーをもらったことがある。ひどい条件たった。も ちろん即座に断ったが、そんな悪条件でも引き受ける プログラマーがたくさんいるわけだ。ほかに仕事がな いのだろう。能力不足だから仕事がないのだ。その程 度のプログラマーたちが。行政機関や大企業のシステ ム開発の一端を担っているのである。  ITゼネコンの闇は深い。ITゼネコン依存の弊害 が如実にあらわれたのが、みずほ銀行のシステム障害 問題だ。みずほ銀行は2002年に3行(第一勧業銀行、 富士銀行、口本興業銀行)が統合して誕生して以来、勘定 系システムの刷新におよそ4000億円もの費用を投 じてきた。しかし、いつまで経っても安定した運用に 漕ぎつけられない。たびたび不具合をきたしてはAT Mを止め、利用者を困惑させた。そして2021年に は年間で9同ものシステム障害が発生。金融庁から業 務改善命令を受け、頭取ら3人が責任を取って退陣す る事態にまでなった。  この勘定系システムの開発を仕切ったのももちろん ITゼネコンだ。そして実際の開発には実に約 1000社のITベンダーが参加したと言われている (※2)。  ITゼネコンに対する過度な依存は、日本のエンジ ニア業界にも深刻な影を落とす。IT人材の育成をさ またげているのである。  多くのITゼネコンは優秀な理系学生を毎年、大量 採用する。しかし入社した彼らのおもな業務は単なる 仕様書の作成だ。実際のシステム開発は下請けが行う。 ITゼネコンの社員は実践的なエンジニアリング能力 を獲得する機会がない。そしてかつて優秀たった理系 学生たちは組織のゼネラリストとして出世を目指す。 ITゼネコンは優れたエンジニアの芽をつぶしている わけだ。  日本でITゼネコンがずっと幅を利かせているのは、 発注者側に知識や能力が欠如しているためである。さ らにITゼネコンは官僚らの天下り先にもなっている。 ようするにITゼネコンと発注者側は癒着関係にある わけだ。  彼らは甘い汁を吸い、今日もまた粗雑なシステムを こしらえる。それによる不便を被るのは私たちである。  しかし日本のこの悪しきITゼネコン依存は終焉を 迎えるかもしれない。そのカギをにぎるのが2021 年に発足したデジタル庁だ。  デジタル庁は行政システムの抜本的な効率化を推進 している。さらに医療や教育や農業といった民間分野 のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも乗り出し た。つまりITゼネコンの既得権益に大ナタが振るわ れつつあるのだ。  ITゼネコンー強の時代が終わる。そしてその先に デジタル大国・日本が誕生するだろう。 刈川 −MD「世界デジタル競争カランキング2023年」    (2023年11月30日) 刈21 日経クロステック「みずほシステム統合の謎、参加ベンダー    『約1000社』の衝撃」(2019年9月6日)    株式会社を設立するメリット  いま、株式会社の設立が急増している。2023年 に誕生した株式会社の数は全国でおよそ10万1400 社。2000年以降、株式会社の新設が10万社を超え たのは今回が初だ。この急増のおもな要因は心理的 ハードルの低下らしい(※3)。  たしかに、インターネットやスマホの普及でビジネ スの幅は拡がり、特技や趣味を生かしたマネタイズが しやすくなった。フリーランスや副業も一般化し、個 人事業主からスタートして一定の売上げを達成したら 株式会社設立を検討する人も増えている。しかし、株 式会社の本質やメリットを正確に理解している人は少 ないようだ。  そもそも株式会社とは「株式を発行して資金を集め、 その資金で運営する会社」である。ようするに投資家 から資金を集めやすくするための仕組みだ。まとまっ た資金があればビジネスを力強く推進できるし、優秀 な人材も確保できる。  かたや個人事業主の場合だと、資金調達の手段は限 られる。自己資金や銀行融資に頼らざるを得ない。蓄 えをつくるにも、銀行から信用を得るにも時間がかか る。そのあいたにビジネスチャンスを逃してしまうか もしれない。  株式会社化したところでそう簡単に資金が集まる の? そんな疑問もあるだろう。たしかに経営者の実 績や事業内容に大きく左右される面は否定できない。 しかし株式会社であれば出資(株式などと引き換えに資金 援助すること)のオファーがしやすくなるのは事実だ。  「株式会社に対する出資」と「個人事業主に対する融 資」は、投資家にとって資金提供という点で同じであ る。しかし株式会社への出資は大きなリターンが期待 できる。  たとえば、出資して株主になると利益の一部を配当 金として受け取れる。その会社の事業が順調に拡大し、 株式上場や会社売却をすることになれば、上場益や売 却益も得られる。これは投資家にとって非常に魅力的 だ。  一方、個人事業主への融資の場合だと、投資家が得 られるのはせいぜい「元本十利子」程度である。うま 味はほとんどない。  株式会社に出資するメリットはリターンの大きさだ けではない。株式会社の特徴として「有限責任」とい うものがある。有限責任とは、出資者の責任が出資額 に限定されるということだ。たとえば100万円を出 資した場合、その会社が破綻しても出資者が被る損失 は最大100万円だ。最悪で100万がゼロになるだ けだ。その会社が大きな負債を抱えても出資者に債務 が課されることはない。  この有限責任が適用されるからこそ。出資者はリス クを抑えつつ積極的な投資ができるわけだ。  ひと昔前まで株式会社の設立には、最低1000万 円の資本金が必要たった。それが2006年の会社法 改定により最低資本金制度が撤廃され、いまやわずか 1円の資本金でも設立できるようになった。株式会社 設立に際して資本金自体のハードルは存在しないわけ だ。  ただし、株式会社ともなれば、決算報告書の作成や 株主総会の開催が義務づけられる。また税務や財務の 手続きも複雑だ。それらが適切に遂行されない場合、 法的なペナルティを受ける恐れもある。事業主には会 社経営に関する十分な知識と責任が求められるのだ。  株式会社の設立自体は容易だが。その先にはなかな かタフな作業が待っている。会計や人事労務にまつわ る専門知識がない人は、税理上や社会保険労務士の力 を借りなければならない。そこにはとうぜん専門家報 酬が発生する。  そうした込み入っだ実務をともなう株式会社に比べ ると、個人事業主はやはり気楽だ。個人事業主なら青 色申告をすれば、最大65万円の特別控除を受けられる。 また自宅を事務所として利用しているなら、家賃や光 熱費の一部を経費計上することもできる。税務上の事 柄だけではない。個人事業主の最大のメリットは、自 分のペースで自分のやりたいように仕事ができること だろう。  株式会社の仕組みを上手く活用できるなら、株式会 社化しない手はない。  しかしそこに大きなメリットを見込めないなら、個 人事業主のままで十分だろう。選択肢はいくらでもあ る。それぞれの適性に合った多様な働き方を実践して いく。それがこれからの正しい生き方である。 刈31帝国データバンク「『新設法人』調査(「XO「XtJ年」」(「XO「X4 年5月28日)    なぜ起業家は「上場」を目指すのか  多くの起業家が夢見る「株式上場(上場)」。株式上 場とは、自社の株式を証券取引所で売買できる資格を 得ることだ。  株式上場によって、その企業は事業スケールを大き く拡大できる。最先端の製造ラインを備えた新工場の 建設。グローバル展開のための積極的な人材獲得。そ れらを速やかに行ううえで株式上場は有力な選択肢と なる。  自社の株式を証券取引所で売買できる。それはつま り不特定多数の投資家から資金を募ることができると いうことだ。この不特定多数というのがミソになる。  たとえば全財産が500万円の人にその全額を投資 してもらうのは無理だろう。でも100万円や10万円、 あるいは1万円なら投資してもらえるかもしれない。 多くの投資家を募ることにより多額の資金調達が実現 するわけだ。  その企業が新規に上場し、株式を売り出すことを 「IPO(新規公開株式)」という。また、すでに上場し ている企業が新たな株式を発行することを「公募増 資」という。  上場企業はIPOや公募増資を通じて数億、数十億、 ときに数百億円の資金調達ができる。非上場企業では とうてい及ばない規模である。  もちろん非上場企業でも資金調達は可能だ。しかし 50名以上から資金を集める場合、金融商品取引法の規 制を受ける。この規制は厳しく、手続きも煩雑であり、 現実的な選択肢とは言い難い。49名以下であれば手続 きは簡略化されるが、いかんせん少人数だ。上場企業 に比べると、どうしても資金調達力は劣る。  株式上場のメリットは資金調達の効率性だけではな い。ビジネスを行ううえで、もうひとつ大きな武器が 手に入る。それは社会的信用だ。  株式上場を果たすには、証券取引所の審査をクリア しなければならない。この審査はかなり厳しい。証券 取引所の最優先事項は投資家保護だ。投資家が安心し て株式の売買ができる環境を提供するのが使命である。  だから上場審査においては、財務状況や経営の将来 性、そして反社会的勢力との関係の有無にいたるまで 徹底的に洗い出される。とうぜん嘘偽りは許されない。  晴れて株式上場となったあとも経営者は気が抜けな い。証券取引所はずっと目を光らせている。株式の時 価総額や流通量など一定の基準をキープできなければ 上場廃止になってしまう。  ようするに株式上場とは非常に高いハードルなのだ。 そしてだからこそ価値がある。企業にとってそれは勲 章だ。その勲章は絶大な社会的信用をもたらす。つま るところビジネスとは信用のやり取りである。資金調 達力と社会的信用。上場企業はビジネスのかなめを手 中に収めているのである。  とはいえ、株式上場はあくまでスタートラインにす ぎない。そこからが本当の勝負である。事業規模を拡 大し、企業価値をさらに高め、社会にイノベーション を起こす。次のステージに向けた、あくなき挑戦がは じまる。  しかし近年、ベンチャー界隈で「上場ゴール」とい う言葉をよく耳にするようになった。上場ゴールとは、 上場企業が上場時の株価(IPOの株価)を一度も超え られないまま低迷してしまう事態を指す。株価は企業 の通信簿のようなものだ。上場ゴールと評されるのは 経営者にとって屈辱以外のなにものでもない。また、 企業の成長を信じて投資してくれた投資家に対する裏 切りでもある。上場ゴールは本来あってはならない。  百歩譲って、必死の経営努力が実らずに上場ゴール になるのはやむを得ない。経営者の実力不足だ。それ を見抜けなかった投資家にも落ち度はある。  ただし。なかには最初から上場ゴールを狙っていた としか思えない企業も見受けられる。IPOにより創 業者やベンチャーキャピタル(未上場企業に対して積極的 に出資する投資会社)はひと財産築ける。しかしその利益 獲得だけが目当てで、IPO後はなかば事業放棄して しまうわけだ。一般の投資家はババを引かされたよう なものだ。株式上場の意義を著しく損なう行為である。  株式上場によって企業は「資金・信用・人材」とい う原動力を手にする。それを最大化し、事業を力強く 推し進め、さらなるスケール化を目指す。そして投資 家の期待に応え、社会に貢献する。それが上場企業の あるべき姿だろう。  社会に革命を起こす。日本をより良くする。そのた めにすべてを捧げる。そんな真の起業家精神を持った 人物を私たちは待っている。    非上場を貫くスペースX  株式上場は、その企業に「資金・信用・人材」をも たらす。それはビジネスを加速させる大きな原動力で あり、何物にも代えがたい武器である。しかし世の中、 すべてはトレードオフだ。株式上場には株式上場なら ではの難点もある。  経営戦略が筒抜けになるリスク。上場維持(事業継 続)にかかる多額のコスト。株主からの容赦ない圧力。 経営者にはこれらに立ち向かう覚悟が必要だ。  なぜ経営戦略が筒抜けになるのか。年に一度、有価 証券報告書を公開しなければならないからだ。有価証 券報告書とは、その企業のその年度の事業状況や経理 状況をつまびらかに記した文書のことだ。有価証券報 告書の作成と一般開示は、上場企業に課せられた法的 義務である。  有価証券報告書は、投資家に適切な投資判断をうな がすことを目的に公開される。だからだれでも自由に 閲覧できる。つまり競合会社も閲覧できるわけだ。有 価証券報告書に記されるのはあくまで数字実績に基づ いた情報である。商品の製造方法、あるいはサービス 展開のノウハウといった企業秘密まで明かす必要はな い。  とはいえ同業他社であれば、そこに記された情報以 上の情報を読み解くことはさして難しくない。あらゆ る分析、推論を巡らすことができる。  つまり有価証券報告書の開示は、その企業にとって 自分の手牌を見せながら麻雀を打つようなものだ。敵 に塩を送るに等しい行為なのである。  また上場企業は、上場そのものに対するコストが発 生する。さきに述べた有価証券報告書にしても、その 作成にあたっては大きな労力がかかる。記載内容に誤 りは許されない。よって不備やミスリードがないかど うか、公認会計上や監査法人の監査が義務づけられて いる。そこで発生する一連のコストはバカにならない。  くわえてこれは義務ではないものの、プレスリリー スを用いたさまざまな情報発信や、新商品・新サービ スの説明会の開催といった、こまめなIR活動(投資 家向け広報)も欠かせない。  これらは「上場コスト」と呼ばれており、会社規模 によっては年間で数億円単位の支出になる。  そして上場企業にとっていちばんの難題は、株主の 圧力だろう。経営者にとって株主は最大の支援者であ る。運命共同体だ。だからこそ時に厄介なのだ。  業績が悪化して株価が下がれば、とうぜん株主は 黙っていない。業績不振が続くようなら経営陣の刷新 を迫られる。そんな事態に陥らないよう、経営者は短 期の収益獲得を念頭に事業方針を決定していかなけれ ばならない。そうして企業価値を高め、株価を高め、 つねに株主の期待に応えていく。それが上場企業の使 命であり宿命だ。  しかしその一方で、企業が企業として持続的に発展 するためには、長期的な成長戦略も不可欠である。短 期的利益を確保しつつ、長期的な成長も目指す。この 両立を見据えた経営はなかなか骨が折れる。  経営者の描く将来的なビジョンが、株主の圧力で潰 えるケースは珍しくない。そのリスクを嫌うなら、株 式上場はすべきでないだろう。  イーロンーマスク氏率いるスペースXはまさにそう だ。「人類を火星に送る」という壮大なビジョンを守 るため。非上場を貫いている。スペースXは2024 年5月時点で、自社の企業価値を約2000億ドル (約31兆円)と評価しており、かりに上場すればマスク 氏をはじめとする既存株主たちは莫大な資産を得られ る(※4)。しかしスペースXに株式上場という選択肢 はない。  マスク氏の掲げるビジョンが実現すれば、輝かしい 偉業として人類史に刻まれるだろう。スペースXは利 益よりも経営の自由を優先しているのだ。株主の干渉 を避け、あくまで火星を目指すのである。  あえて非上場にとどまる大企業は日本にもたくさん ある。サントリー、ロッテ、JTBなどがその代表格 だ。  べつに株式上場を果たすことが絶対的な正解ではな い。上場は大きなメリットをもたらすが、そのぶんデ メリットもある。経営者にとってまさに諸刃の剣だ。 上場はあくまで手段のひとつである。  だれからも口出しされず、自分の理想を追求したけ れば追求すればいい。そのわがままが許されるのもま た経営者冥利である。 刈41 日本経済新聞「スペースXの企業価値31兆円株式売却へ自    社評価」(2024年5月24日)    楽天モバイルの功罪  2019年10月、楽天は鳴り物入りでモバイル市場 に参入した。しかし、この挑戦が楽天グループ全体を 危機的な状況に陥れてしまう。  2023年度の最終損益は3394億円の大赤字を 計上。この巨額の赤字は、完全にモバイル事業が原因 だ。2023年度のモバイル事業は最終損失3375 億円の赤字である。一方で、楽天市場や楽天カードな ど他の事業は好調だ。2023年度、インターネット サービス事業(楽天市場など)は768億円、フィン テック事業(楽天カードなど)は1229億円の黒字。 ともに前年度に比べて増益もしている(※5)。  これらの膨大な利益をモバイル事業が食いつぶし、 グループ全体の経営と業績を圧迫しているわけだ。  多くの人は「なぜ本業が好調たった楽天が、あえて リスクを冒してモバイル事業に参入したのか」と不思 議に思うだろう。でもその理由は明らかだ。日本のモ バイル市場はとにかく儲かるのだ。シェアを確保でき ればドル箱ビジネスと化す。  通信業界大手3社の2023年度の営業利益は次の とおり。NTTドコモ=1兆1444億円、KDDI (au)=1兆757億円、ソフトバンク=8761億 円余6)。いずれも巨額の利益を叩き出している。し かもほぼ毎年、増収増益を達成しているのだ。  楽天はこの儲かりまくる市場に、第4の通信事業者 (キャリア)として果敢に参入したのである。  しかし現実は甘くなかった。基地局などのインフラ 整備に莫大なコストがかかり、巨額の赤字を垂れ流す 始末である。とうぜんモバイル事業撤退を求める株主 も少なくない。しかし三木谷社長は断固として引かな い構えだ。現在の苦境を乗り越えた先にはドル箱ビジ ネスが待っている。楽天グループの資金が尽きるまで 挑戦は続くだろう。  さてここでいちばん気になるのは、私たち一般ユー ザーへの影響である。つまり今後のスマホ利用料の動 向だ。楽天モバイルの売りはその利用料の安さだ。他 のキャリアに価格競争を仕掛けているのである。そし てそれがモバイル業界に強烈なくさびを打ち込むこと になった。  楽天がモバイル事業に参入する前、日本のスマホ利 用料は高止まりしていた。2020年3月時点での日 本におけるスマホの月額利用料の平均額は5121円 (データ容量20GBの場合)。日本、アメリカ、イギリス、 フランス、ドイツ、韓国の6か国中、日本は3番目の 高さだった。4番目のドイツは3170円だ。実に 2000円もの開きがある。  それが2021年12月時点になると一変する。日本 のスマホ利用料は2376円と劇的に下がったのだ。 同じ6か国中で2番目の安さである(※こ。この大幅 な値下がりは、楽天モバイルによる価格競争が起爆剤 になっている。事実、楽天の参入後、ドコモは 「ahamo」、KDDI(au)は「名百」、ソフトバンク は「にZMKO」といった低価格プランを新設。楽天に 対抗したわけだ。私たち一般ユーザーにとって価格競 争の激化は大歓迎である。  では。今後も楽天モバイルは低価格路線を突き進む のだろうか。残念ながら。答えはノーだ。それは過去 の事例が証明している。  ソフトバンクは2006年にモバイル事業に参入し た。参入当初は激しい価格競争を仕掛けていたが、い まや「ソフトバンク=安い」というイメージはない。 3大キャリアの一角として莫大な利益を得ている状態 だ。参入当初は果敢に値下げを仕掛ける新参者も、 シェア数で他社と肩を並べると価格競争をやめてしま うのである。  楽天モバイルがこのさき軌道に乗れば、おそらく現 在のソフトバンクのようになるだろう。もし楽天グ ループの資金が尽き、モバイル事業から撤退すれば価 格競争の火は消えてしまう。いずれにしても、一般 ユーザーにとって喜ばしいシナリオではない。  となると、一般ユーザーがスマホ利用料を確実に抑 える手立てはなんだろう? そう、格安SIM(格安 スマホ)である。次項で詳しく説明するが、いまの格 安SIMを侮ってはいけない。 刈51楽天グループ「有価証券報告書(「XO「XtJ年度」」 刈剛 NTTドコモ「2023年度決算及び2024年度業績予想    KDDI「2023年度業績分析」    ソフトバンク「2023年度業績分析(通期)」 − Xフ ーCT総研「2024年1月スマートフォン料金と通信品    質の海外比較に関する調査」(「XO「X4年1月4日」    格安S−Mを使え  かつて日本のスマホ利用料は驚くほど高額たった。 そこに一石を投じたのが楽天モバイルだ。楽天モバイ ルの参入が引き金となってスマホ利用料は一気に下 がった。でもこの価格競争がいつまで続くかは不透明 だ。  今後のモバイル業界の動向に左右されず。いまこの 瞬間から利用料を節約したいなら選択肢は一択。格安 S−M(格安スマホ)である。  そもそも通信事業者は、大きく2つに分類される。  ひとつはNTTドコモやKDDI(au)やソフト バンクに代表されるMNO(移動体通信事業者)だ。MN Oはキャリアとも呼ばれ、多くの人がイメージする、 いわゆる携帯電話会社がこれだ。自社の通信網を整備 し、総務省から割り当てられた周波数帯を使ってサー ビスを提供している。  もうひとつはMVNO(仮想移動体通信事業者)である。 一般的には格安SIMと呼ばれている。MVNOは、 MNOから通信回線を借り受けてサービスを提供する。  ちなみに楽天モバイルは当初、MVNOだったが、 2019年からMNOにシフトした。  MVNOの最大の魅力は、MNOと同等の通信エリ アを低料金で利用できる点にある。  たとえばドコモの回線を借りているMVNOの場合、 ユーザーはドコモと同じ通信エリアをドコモよりも安 く使えるわけだ。データ容量によっては月の利用料を 1000円以下に抑えられる。  とはいえ、MVNOには「安かろう悪かろう」とい うイメージがつきまとっている。それで敬遠している 人も多い。でも実際のところ、その通信品質はどうな のか。  MM総研が行った主要な国内MVNO(O9モバイル ONE' IlJmio' mineoなど8社)の品質調査では、そのすべ てのMVNOにおいて遅延や途中停止なくスムーズに 動画再生できることが確認されている。またウェブサ イトの表示速度や、データ通信量の消費具合なども良 好だったという。MM総研はさまざまな検証をしたう えで「MVNOは快適に利用できる品質水準を維持」 と結論づけている余8)。  この調査が実施されたのは2022年である。つま り.MVNOはずいぶん前から「安かろう悪かろう」 ではなくなっている。  もちろん、MNOとまったく同じつながりやすさで はない。特にアクセスが集中するランチタイムなどで は通信速度が低下する。しかしメツセンジヤーアプリ の使用や、ウェブサイトの閲覧はほぼストレスフリー だ。高画質動画の視聴も多少の読み込み時間を許容す れば問題ない。  くわえてMVNOには、そのMVNO独自の魅力的 なサービスが多数ある。  たとえば私かプロデュースする「HORIE MOBI」E(ホリェモバイル)」では、私か配信するいろん な有料コンテンツを無料で視聴・閲覧できるほか、プ ロ野球チーム・北九州下関フェニックスの主催試合を 月I回無料観戦できる特典がつく。  また、「ヨineo(マイネオ)」ではご広告フリー”なる サービスを提供している。デジタル広告による通信量 の消費についてはデータ使用量としてカウントしない というサービスである。  MVNOにはほかにも趣向を凝らした独自のサービ スがたくさんある。競合他社やMNOとの差別化をは かるためだ。  いまやMVNOはMNOに匹敵するスペックを備え ている。日々、一刻一秒を争うような情報戦をやって いるビジネスパーソンならMNOがいいだろう。でも この日本にそんな人がどれだけいるのだろうか。  大半の人はMVNOで十分である。あなだだって きっとそうだ。毎月1万円近くスマホ代を支払ってい る人も少なくない。MVNOならそれを10分のIに減 らすことだってできる。  いつまでも古いイメージにとらわれてはいけない。 世界はつねに進化している。MVNOもまた進化して いるのだ。 刈81 MM総研「MVNOネットワーク品質調査(「XO「X「X年9月時    点」」(2022年10月13日)    日本食ブランドを損ねる日本人  日本の和牛は世界的に高く評価されている。世界最 高峰のステーキを決める国際品評会「ワールドース テーキーチヤレンジ2022」では、日本の和牛が 見事に三冠を獲得した(※9)。  いまや海外のVIPたちもすっかり和牛の虜だ。私 か手がける会員制和牛レストラン「W AG Y U MAFIA J には、デビッドーペッカム、エドーシーラン、ビヨン セ&ジェイ・Z夫妻も訪れてくれた。  しかしそんな世界に誇る和牛のブランド価値を。あ ろうことか日本人みずからが傷つけている。2022 年D一月、モスバーガーが「一頭買い黒毛和牛バー ガー」という名の商品を数量限定で販売した。  日本で飼育されている和牛の9割以上が黒毛和牛 (黒毛和種)だ(※10)。黒毛和牛は脂肪の質が良く、肉 もとても柔らかい。言うまでもなく高級品である。モ スバーガーのその黒毛和牛バーガーには、サーロイン やヒレといった上質部位も使用されているのだという。  聞くところによると大人気らしい。そこで私も実際 に食べてみた。思わずうなった。黒毛和牛ならではの 濃厚な旨味が囗のなかにあふれる。看板に偽りなしだ。 美味い。でももうひとつ、うなった点がある。こちら は落胆のうなりだ。なんと値段が税込690円。愕然 とせざるを得なかった。これで690円はあまりに安 すぎる。まさに価格破壊である。  この値段を米ドルに換算すると約4ドル60セント (Iドル‥150円)。アメリカで売られるビッグマック は5ドル15セントだ。この黒毛和牛バーガーがいかに 破格かわかるだろう。為替や物価の違いはあるにせよ、 こんな激安で販売するなど、もはや和牛への冒涜であ る。  少しでも安く提供してたくさんの人に喜んでほしい。 もちろんモスバーガーにはそんな思いがあったのだろ う。でもこの価格破壊は和牛の価値を損なうものだ。 真剣に和牛ブランドを高めようとする関係者にとって 大きな迷惑でしかない。  和牛にかぎった話ではない。日本は自国の食文化を ないがしろにしがちだ。和食料理にしてもそうだ。和 食は世界でもっとも洗練された料理である。出汁や塩 を用いた繊細きわまる味つけはもはや芸術だろう。  しかし世界的な和食ブームのなか、外国資本による 。なんちやって和食”が各国いたる場所ではびこって いる。とても和食とは呼べない代物が自称・和食レス トランで供されているのだ。しかもその大半は高級店 である。このまま野放しにしておけば、和食に対する イメージは悪くなる一方だ。とても歯がゆい。  そんな日本と対照的なのが、同じく美食の国である イタリアだ。彼らは自国の食文化を大切に守り抜いて いる。  たとえば在日イタリア商工会議所は「イタリアンレ ストラン品質認証マーク(AQI)」という制度を導入 している。これは伝統的なイタリア料理を再現するレ ストランにお墨付きを与えるものだ。本場の味を求め る客にとってはまたとない指標である。そして同時に イタリア料理のブランドを守る制度にもなっているわ けだ。  フランスもそうだ。自国の食文化に誇りを持ってい る。なかでもシャンパン(シャンパーニュ)はその象徴 だろう。シャンパンの名称を名乗るのが許されるのは、 厳しい基準をクリアしたスパークリングワインだけだ。  使用するブドウはシャンパーニュ地方で収穫された 特定品種に限定され、製法も伝統的な瓶内二次発酵の み。そうした厳格な規定が法律(原産地呼称統制法)で しっかり定められているのである。かくしてシャンパ ンは世界最高のスパークリングワインとして君臨し続 けている。  日本も見習うべきだろう。手をこまねいていてはダ メだ。これから日本経済は人口減と少子高齢化の荒波 にさらされていく。そして昔のように日本の家電が海 外で飛ぶように売れることもない。  でも食ならいくらでも世界に打って出られる。日本 の食文化にはそれだけのポテンシャルがある。すなわ ち外貨獲得のための大きな武器になりうるのだ。  和食にしろ和牛にしろ、そのブランド価値を高め、 守り続けることこそが、日本の未来を輝かせるのであ る。 刈91 マピオンニュース「世界一のステーキを決める大会で『和    牛』が3冠達成、ネット『日本のステーキはガチ』」 刈101農林水産省「特集1和牛(1)」    チケットの高額転売は市場原理 「チケット転売が横行。定価8000円のチケットが 10万円で取引」「チケットの高額転売にアーティスト がブチギレ」。近年、チケットの高額転売問題がたび たび取り沙汰されている。  人気アイドルグループの公演ともなれば定価の10倍 以上で転売されることも珍しくない。それが不当行為 だとして転売ヤーの取り締まり強化が進んでいる。  しかしチケット転売は本当に悪いことなのだろうか。 需要が高まれば値段が上がるのはあたりまえだ。基本 的な経済原理である。もちろんチケットも例外ではな いだろう。  10万円で転売されるということは、市場がそのチ ケットに10万円の価値があると判断した証拠だ。むし ろ10万円の価値があるものを8000円で売るほうが どうかしている。転売ヤーは需要と供給に応じた価格 を提示しているにすぎない。  転売ヤーは買い占めて不当に利益を得ている? で も「安く買って高く売る」というのはビジネスの原則 だ。  近所のリサイクルショップやインターネット経由で 安く仕入れた物品をECサイト(アマゾン、メルカリなど) で高く売る「せどりビジネス」は、いまやだれでも手 軽にできる副業として人気だ。あるいはスーパーやコ ンビニにしても仕入れ値より高く販売している。転売 ヤーだけを悪と見なすのは筋違いだろう。  ただし、どうしてもチケット転売問題を無くしたい のなら、その解決法は簡単である。ダイナミックプラ イシングを導入すればいい。ダイナミックプライシン グとは、商品やサービスの価格を需給にあわせて変動 させる販売手法のことだ。海外アーティストの日本公 演ではこのダイナミックプライシングがもはや普通に なっている。  2024年2月に行われたテイラー・スウィフトの 東京ドーム公演では、12万2800円のVIP席をは じめ、8800円のU‐20席(20歳以下限定)にいたる まで幅広いチケット価格が設定された。この公演のチ ケットは即完したが、高額転売騒動は起きなかった。 ダイナミックプライシングが需給バランスを保ったわ けだ。10万円出してでも良い席で見たい人は、正式に 10万円を払う。よって転売ヤーの出る幕はない。  国内アーティストの公演でも「S席・A席」「セン ター席・アリーナ席」といった席ごとの価格設定はな されている。でもその差額はせいぜい数千円程度だ。 これだと人気公演の場合、争奪戦が勃発する。転売 ヤーにとってはビジネスチャンスである。  チケットの高額転売問題はダイナミックプライシン グで解決できる。しかし日本ではなかなか導入されな い。ダイナミックな(流動的な)値付けに対して抵抗感 があるのだろう。  「貧乏人は来るなということか!・」「ファンクラブ会 員としてずっと応援してきたのに残念」そんな非難を 主催者は過剰に恐れているのである。  その結果、日本はピント外れな方向に進んでいる。 2019年、チケットの高額転売を防止するチケット 不正転売禁止法が制定されたのだ。チケットの高額転 売を需給バランスの問題としてとらえず、安易な実力 行使に出たのである。  しかしこの法律は限定的にしか適用されない。だか ら効力はいまいちだ。事実、法律施行後もいまだにチ ケット転売は繰り返されている。  ダイナミックプライシングを導入しないかぎり、高 額転売を排除することはできない。イベント主催者と 転売ヤーのイタチごっこがいつまでも続く。そしてイ ベント主催者がやっきになって対策に乗り出せば乗り 出すほど。事態は迷走していく。ファンサービスが低 下してしまうのだ。  チケットの発券開始が公演日ギリギリに設定される。 顔認証システムを導入する。そんな不毛なことをやっ ている。複数枚のチケットを購入する人は、同行者の 個人情報まで登録しなければならないようなケースも ある。いろいろ面倒だ。つまり正当に購入したはかな らぬフアンがいちばん迷惑を被っているのである。本 末転倒だ。  イベント主催者はチケット転売問題の本質を理解し、 真のフアンサービスとはなにかをいま一度考え直すべ きだろう。    なぜ科学的根拠が通じないのか  安全だが、安心ではないI。そんな不可解で矛盾 した論理が、科学技術が発展しているはずの日本に蔓 延している。象徴的な例が、福島第一原子力発電所の 処理水問題だ。  2023年8月、福島第一原発の処理水が海洋放出 された。この処理水の安全性は科学的に立証済みだ。 トリチウム以外の放射性物質は浄化され、トリチウム も大幅に希釈されている。すべて安全基準を満たし、                         − 国際原子力機関(IAEA)のお墨付きも得ている余 − 士。  それにもかかわらず、一部の政治家や活動家は フ汚染水”を海に放出するな」と無暗に不安を煽る。 「汚染水」という表現に焚きつけられ、処理水に対し て嫌悪感をあらわにする人が続出した。  なぜ科学的な根拠を無視して「汚染水」と騒ぐのか。 そこにはどんな思考回路があるのか。私にはまったく 理解できなかった。でも作家・歴史家の井沢元彦さん との対談でその正体かっかめたのである。  井沢さんによれば、日本人の深層心理には。「ケガ レ」という概念が深く根づいているという。ケガレは 不浄や忌まわしいものを指す。死、血、病などから生 じるとされ、長いあいた災いの原囚とされてきた。  このケガレの起源は『古事記』にまで遡る。古事記 のなかで、日本の創造神であるイザナギノミコトは、 妻のイザナミノミコトを連れ戻すために死者の国へ旅 立つ。でも変わり果てた妻イザナミの姿に恐れをなし て逃げ帰ってしまう。その後、死のケガレを祓い清め るために川の水で身を清めた。  この儀式が「ミソギ」という行いの起源であり、こ の言葉は現代でもケガレや罪を清める意味で使われて いる。詳細は省くが、このミソギがきっかけで、天皇 の祖神であり、神道においてもっとも尊い神であるア マテラスオオミカミが誕生する。この神話に基づき、 長い歴史のなかで、日本人はもっともケガレのない存 在としての天皇を敬い、そしてケガレを忌避してきた のである。  このケガレを忌避する思想、つまり「ケガレ思想」 は現在の私たちの日常でも息づいている。たとえば、 上司が個人的に使っているマグカップを躊躇なく使え る人はどれだけいるだろうか。きっと少ないはずだ。 洗剤でしっかり洗われていても、どこかで抵抗を感じ る。言ってみれば、この「なんかイヤ」という感情の 根っこにあるのがケガレ思想だ。  そして放射能もまたケガレのひとつになっている。 事故を起こした福島第一原発由来のものはすべて放射 能によってケガレているI。そんな感覚をいまだに 抱いている人がいる。まさに処理水を汚染水と呼ぶよ うな人たちはそうだろう。  ケガレ思想においてエビデンスやデータは意味を持 だない。「なんかイヤ」というその根拠なき感情は宗 教に近い。  「水に流す」という言葉は、過去の問題をなかったこ とにするという意味で使われる。この表現もまたイザ ナギが川の水で身を清めたミソギに由来している。古 代から日本人は水に清浄な力があると信じ、祭事や日 常生活においてもケガレを水で洗い流してきた。  福島第一原発の処理水の海洋放出は、文字どおり 「水に流す」行為だ。それにもかかわらず、「汚染水」 という悪質なレッテルを貼るような非科学的な反対意 見がまかり通っている。  ケガレ思想が「きれい好き」の範疇であればなんら 問題はない。しかし処理水に関しては風評被害を引き 起こし、震災から13年経つたいまでも福島県の農家や 漁業関係者を苦しめている。  原発や処理水だけではない。過度なケガレ思想はほ かにも向けられている。たとえば遺伝子組み換え食品 だ。科学的にその安全性は確認されているが、不安を 感じる消費者は多い。築地市場の豊洲移転騒動もそう だ。移転前の豊洲市場の地下水から環境基準を大幅に 超えるベンゼンが検出された。しかしこの地下水を市 場で利用することはない。しかもその上にはとうぜん コンクリートが敷き詰められる。つまり安全だ。でも 小池百合子都知事は「法的には安全」と述べながらも 「安心とは言えない」と主張。結果、市場移転は2年 も延期されてしまった(※2)。  私たちは科学技術が高度に発展した21世紀の日本で 暮らしている。いったいいつまで「安全だが、安心で はない」という矛盾した論理にとらわれるつもりなの だろうか。 刈川時事通信「処理水放出『安全基準に合致』−AEAが2回    目の報告書」(2024年7月18日) 刈21東洋経済オンライン「小池都知事、『安全だが安心ではない』    の欺瞞」(「£017年3月22日」     「境界知能」の見えざる(ンデ  「境界知能」という言葉をご存知だろうか。知能指数 (IQ)70〜84に位置し、平均的知能と知的障害(軽度知 的障害はIQ50〜69)の境目にある大を指す。そんな境界 知能は全国に1700万人いると推計されている(罔 士。つまり7人にI人の割合だ。となればとうぜん、 あなたの身近にもいる。  知的障害者に対する社会的理解は進んでいる。障害 の程度に応じたさまざまな福祉サービス(生活支援や就 労支援など)が自治体と民間団体の協力のもとで提供さ れている。  かたや境界知能に対する理解はまだまだ不十分だ。 支援どころか、その認識すらままならない。知的障害 でもなければ平均的知能でもない。彼らはどちらにも 属さない不明瞭な状態にある。そして外見は普通だ。 周囲からは普通の人としてあつかわれる。そのため境 界知能の人は日常生活でさまざまな支障を被っている。  学校の授業についていけず孤立してしまう。仕事を うまくこなせず顰蹙を買ってしまう。そしていたると ころで人間関係につまずく。なにをやってもうまくい かない。そんな自分にただただ絶望する。見えざる大 きなハンデを背負っているのである。  さらに深刻なのは犯罪に巻き込まれてしまう恐れが 高いことだ。境界知能は論理的思考や状況判断が時と して適切になされない。だから詐欺やネットワークビ ジネスにつけ込まれやすいのだ。  詐欺メールの大半はその文面や体裁に違和感がある。 特に片言の日本語で記されたメールはいかにもいかが わしい。普通の人なら怪しんで無視するだろう。しか し境界知能だとその不自然さに気づきづらい。場合に よっては簡単に引っかかってしまう。詐欺師たちはあ えて不自然な日本語を使い、髷しやすい人をフィルタ リングしているとも言われている。  犯罪被害に遭いやすいだけではない。境界知能の人 は犯罪に利用される危険もある。近年、「闇バイト」 という言葉をよく耳にするようになった。犯罪グルー プが求人サイトやSNSを通じて、密かに犯罪の実行 役を募る。その闇バイトの高額報酬に目がくらんだ若 者たちが犯罪に手を染めてしまう事態が多発し、いま 深刻な社会問題になっている。闇バイトの勧誘は実に 巧みになされる。境界知能の人にとって非常に危険だ。  闇バイトではその犯罪の一部を手伝わされる。よう は使い走りである。かつては違法薬物の運搬や特殊詐 欺の受け子といった役割が多かった。しかしそれが次 第にエスカレートし、最近では強盗の実行役にさせら れるケースもある。  「ルフィ」と名乗る首謀者を中心とした犯罪グループ が、闇バイトで集めた人々を使って全国各地で強盗を 繰り返した事件は記憶に新しい。ルフィらは2022 年から2023年1月にかけて少なくとも5都府県で 8つの強盗を指示していたとされる(※4)。当初の犯 行の手口は、住人を拘束して金品を強奪するようなも のだった。しかしそれがだんだん過激になり、しまい には殺人にまで及んでしまった。  この連続強盗事件の実行犯が境界知能かどうかまで は明らかになっていない。しかし判断能力の低い人で なければ。一生を棒に振ってしまうような強盗団の手 先など務まらないだろう。  ネットを介した闇バイトの勧誘は今後さらに巧妙に なっていくはずだ。このままだと凶悪犯罪に境界知能 の人々が巻き込まれかねない。  境界知能の存在は、NHKでも特集されるなど徐々 に世間に知られつつある(※5)。しかし具体的な支援 制度はまったく確立されていない。私たちはもっと彼 らに目を向けるべきだ。  境界知能の存在を正しく理解し、適切なサポートを する。それはこの社会をより良くするための不可欠な 営みだ。 刈31プレジデントウーマン「『テストは平均20点』授業にっい    ていけない”境界知能”の中1が特別支援の対象にならない    単純で深刻な理由」(「XO「XtJ年8月30日」 X4 朝日新聞「犯罪集団が海外に拠点、聞バイトで人集め『ル    フィ』事件の課題とは」(「乙0「乙4年1月12日」 X5 NHK「境界知能 〜”気づかれない人たち”をどう支える    か〜」(2020年2月15日)    NHK「”境界知能”とは『みんなと同じようにやろうと頑    張ったのに』茨城の当事者の声東京・東村山では支援の動    き」(2024年7月17日)    日本語を「理解」できない日本人  日本人の識字率はほぼ100%だ。ほとんどの日本 人が日本語を読むことができる。しかし、「文章を読 めること」と「文章を理解すること」は別だ。  行間、文脈を汲み取る。皮肉、逆説、比喩表現を適 切に解釈する。それが文章を理解するということだ。 いわゆる読解力である。しかしいまの日本人の読解力 はかなり怪しい。  たとえば、私のSNS投稿に対してあまりにも的外 れな批判が相次ぐのだ。なにもその投稿は小難しい理 屈をこねているわけではない。いたってシンプルな記 述だ。それなのに文意を完全に取り違えた批判が寄せ られる。  批判自体はいくらでも大歓迎だ。思想と表現の自由 である。でも明後日の方向にボールを返されても困る。 反応のしようがない。  日本語は読める。でも理解はできない。そんな日本 人が少なくないのだ。実はそれはデータでも明らかに なっている。『AI匹教科書が読めない子どもたち』 (新井紀了/東洋経済新報社)に興味深い調査結果が載って いた。  著者の国立情報学研究所・新井紀子教授が全国2万 5000人を対象に基礎的な読解力の調査を行った。 すると日本人の危機的実態が明らかになったのである。  この調査は、対象者にさまざまな文章問題を提示し、 その回答結果を集計して、日本人の読解力レベルを検 証したものだ。そこで用いられた設問はどれも難しい 内容ではない。主語と述語の関係。修飾語と被修飾語 の関係。そういった基礎中の基礎さえ押さえられれば 簡単に正解を導ける。たとえば次のような問題である。 次の文を読みなさい。  とaは男性にも女性にも使われる名前で、女性の 名Alexa乱raの愛称であるが、男性の名Alexanderの 愛称でもある。 この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最 も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。  Alexa乱raの愛称は( )である。  @と突 Aとexander B男性 C女性     ※新井紀子『AI匹教科書が読めない子ども     たち』(東洋経済新報社)P200より  もちろん、答えは@とβだ。引っかけ問題でもな んでもない。しかし正解率はどうだったか。なんと高 校生の3分の1が間違えたのである。しかもそれは進 学校の生徒たちだ。日本人の日本語力は絶望的に低い のである。  笑い事ではない。この調子だと日本ではまともな議 論が成立しなくなる。  原子力発電所の再稼働は必要か? 不要か? 原発 再稼働をめぐる問題は国民みんなで議論すべき重大な テーマだ。しかしかりに国民の3人にI人が読解力不 足であれば、生産的な議論を尽くすのは難しいだろう。  文章を正しく理解できないということは、さまざま な情報を正しくインプットできないということだ。情 報を正しくインプットできないのなら論理的思考は不 可能である。するとどうなるのか。意思決定、意思表 明を論理ではなく、感情で行ってしまうのだ。自分の 頭で考えず、好きなインフルエンサーの意見を鵜呑み にしてしまう。そうやってあらゆる事柄をなんとなく 判断していく。極めて危険である。  しかしそれがいまの日本の現状なのだろう。世論は 感情や印象でつくられ、その世論が政治家を選ぶ。政 治家は政治家で世論に迎合して本質的な議論を避ける。 決断を先送りするわけだ。  人口減、少子高齢化、対中・対口をはじめとした国 防など、日本には待ったなしの重要課題が山積してい る。決断を先送りしているひまはない。  日本の未来は、国民ひとりひとりの日本語力にか かっている。そう言っても過言ではない。日本語教育 の中身をいま一度見直す必要があると思うのは私だけ ではないだろう。    長文にハニクる日本人  べつに炎上商法をしているつもりはないが、私のS NSでの発言はたびたび炎上してしまう。前項で述べ たように、日本語を理解できない日本人が少なくない からだ。  かつて炎上対策を試みたことがある。それまでの私 の投稿はいつも要点のみの短文だった。だらだら書く のは趣味ではない。でも短文だとこちらの真意が伝わ らない。誤解されてしまう。行間や文脈を汲み取れな い人が多いのだ。  そこでためしに言葉を尽くした丁寧な記述を心がけ てみた。文字数が増え、くどくなってしまうが、誤解 は減るかもしれない。そう期待したのだ。  でも無駄だった。同じように炎上した。むしろ情報 量があるぶん、余計に揚げ足を取られた。人がせっか く労力をかけて書いているのにアホくさい。で、長文 投稿はすぐにやめた。  以前に、立命館大学の研究員・安田峰俊さんがツ イッターにこんな投稿をしていた。  〈問題はこの長い文章を読めない子をどう拾うかよな。 塾講師や(あまり学生のテスト的な学力が高くない人学の)大 学講師やればわかるけど、日本人の5割くらいは5行 以上の長文読んで意味を取ることができぬぞ・:〉毎 2021年1月H囗の投稿)  新型コロナウイルス感染症拡大時に医師の岩田健太 郎さんが書いた「成人式には行かないで」というブロ グに対してのコメントである。  私の手元に客観的なデータがあるわけではないが、 経験則からして安田さんのその指摘には全面同意だ。 行間、文脈を汲み取れない日本人は多い。しかしだか らと言って、丁寧に説明された文章ならその文意を理 解できるかと言えば、そんなことはない。むしろ多く の人はさらに混乱するのである。  その原囚は、脳のワーキングメモリ不足だろう。文 章の分量が増えると脳内の処理が追いつかなくなるの だ。読んでいるうちに文章中の囚果関係を見失い、論 理的な解釈ができなくなる。最後まで読み通したとし ても、ただ読み通しただけだ。頭のなかにはなにも残 らない。もしなにか残ったとすれば。それは誤解が 残ったのである。  厄介なのは、そういう大にかぎつてインパクトのあ るワードに過剰反応することだ。「放射能」「死者数」 と見ただけでヒステリーを起こす。あるいは「不倫」 「金銭トラブル」と目にすれば色めき立つ。  そうした大たちにつけ込むのがネット記事である。 彼らは手つ取り早くPV数を稼ぐために、事実を誇張 したセンセーショナルな見出しをつける。それにまん まと乗せられた読者は、記事内容もろくに読まずに騒 ぎ立てるわけだ。  その結果、「ホリェモンは松本人志をディスつてい る!・」「ホリェモンは命よりも経済を優先するのか!・」 と勝手な解釈が拡かっていく。誤解が誤解を拡大させ ていく。  こちらとしてはいい迷惑だ。でも乗せられるほうも 気の毒と言えば気の毒である。言葉に踊らされ続け。 永遠に真実にたどり着けない。つねにパニックに陥っ ているようなものだ。かくして日本では情報弱者が大 量生産されているのである。    弱者を食い物にする野党  ここまで述べてきたように、日本には「日本語が理 解できない日本人」や「情報弱者」が数多く存在する。 そしてこの層をターゲットにし、勢力拡大をはかって いる団体がある。れいわ新選組や参政党だ。  これらの政党のマーケティング手法は、複雑な政治 課題を単純化し、キヤッチーで耳ざわりの良い政策を 掲げることだ。「消費税廃止」「奨学金チヤラ」「食料 自給率100%達成」などがその典型である。  狡猾だと思うのは、彼らが政策の実現可能性をいっ さい気にしない点だ。彼らは最初から政権を取るつも りはない。与党とは違い、実際に国家を運営する責任 感がないため言いたい放題だ。しかし、だからこそ現 状の政治に不満を抱く有権者に支持されやすい。政治 の知識に乏しく。感情的アピールに弱い層にはとにか く刺さりまくるのだ。  彼らは、キヤツチーな政策を掲げるだけでなく、派 手な行動、つまりスタンドプレーにも熱心だ。 2024年1月の能登半島地震で、与野党6党(白 民・公明・立憲民主・口本維新の会・共産・国民民古は被災地 の視察を自粛した。多くの道路や橋などが寸断される なか、国会議員が大人数を引き連れて視察をしても現 場は混乱するだけだ。これは賢明な判断と言える。  しかし、れいわ新選組の山本太郎代表は、与野党が 自粛を決めた当日に被災地を訪れた。被災者に提供さ れたカレーを食べる姿が報じられたので知っている人 も多いだろう。山本氏の行動には「迷惑系国会議員」 などの批判が相次いだが、支持者からは「さすがの行 動力」「被災者に寄り添う真の政治家」などと評価さ れた。スタンドプレーが功を奏したのだ。  一方の参政党は、SNSを巧みに活用して支持を集 めている。参政党の支持者には、Qアノンやディープ ステートなどの陰謀論やスピリチュアルに傾倒する人 が多い。彼らが強い関心を持つ反ワクチンを政策とし て掲げ、SNSで効果的にアプローチすることで支持 者として取り込んでいる。  この構図は、東京大学の研究チームの調査でも明確 に示されている(※6)。東大の研究によると、もとも と反ワクチンではなかった人々が、陰謀論などをきっ かけに反ワクチン的な思想を持つようになり、それが 参政党への支持につながったというのだ。  従来、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)や麻疹 ワクチンなど、ワクチン接種に反対する人々は、立憲 民主党、れいわ新選組、日本共産党を支持する傾向が 強かった。しかし、コロナ禍以降、ワクチン反対派や ワクチン懐疑派の人々が参政党のアカウントをフォ ローする割合が急激に上昇している。つまり、参政党 はSNSを使ったマーケティングに成功したわけだ。  れいわ新選組や参政党が行ったこれらのスタンドプ レーやマーケティングは、選挙での得票にも結びつい ている。どちらの党も非現実的な政策を掲げており、 政権獲得は夢のまた夢だ。そして小選挙区では、1つ の選挙区からI人だけが当選するため、自民党や立憲 民主党の候補者が強くなる。  しかし比例代表区では、各政党が獲得した票数に応 じて議席数が決まる。そのためには派手なパフォーマ ンスや主張で目立ち、そして一定数の支持を集めるこ とが有効なのだ。実際に、2022年の参議院選挙で は、れいわ新選組が約231万票を獲得し2議席を、 参政党は約176万票を獲得しI議席を得た。  本来、こういった政党は弱者の味方であるべきだ。 しかし彼らの実態は。弱者の味方を装いながら。実は 有権者の不安や不満に巧妙につけ込んでいるのである。  両政党には、派手なパフォーマンスやマーケティン グに走るのではなく、誠実な政治姿勢を持ってほしい。 X6 東京大学「人はなぜワクチン反対派になるのかコロナ禍に    おけるワクチンツイードの分析」(「XO「X4年2月5日」    クソリプは「スカートめくり」だ  SNS上には「クソリプ」をする人たちがたくさん いる。いまさら説明するまでもないが、クソリプとは 「クソみたいなリプライ」の略で、送る相手の気分を 害するような不適切なコメントのことを指す。私は炎 上に巻き込まれていないときでも、このクソリプを しょっちゅう浴びせられている。なぜそんな真似をす るのだろうか。  彼らの正体は「かまってちゃん」なのだ。  私は、SNS上で見知らぬユーザーとでも、きちん と議論することがある。でもそれは有益な情報や新し い視点を提供してくれる相手にかぎった話だ。  一方で世の中には、私に不平や不満を物申さずには いられない人がいる。しかし普通にやっても私に相手 にしてもらえない。そこでクソリプという方法に走る。 クソリプは、かまってちやんの叫びなのだ。  日々寄せられるクソリプに辟易していたとき、ふと、 クソリプがなにかに似ていると思った。ひと昔前、学 校でよくあった「スカートめくり」である。著名人に クソリプを送ってしまう心理は、男子小学生が好きな 女の子に対してやるスカートめくりと同じなのだ。気 になる女の子がいたら「元気?」「一緒に遊ぼう」と 言えばいい。でもそんな言葉を囗にする勇気はないし、 気の利いたボキャブラリーも持ち合わせていない。愛 情表現ができない男子はそんな状況にモヤモヤし、つ い好きな女の子のスカートをめくってしまう。  女の子はとうぜん怒る。幼く雑な方法ではあるがい ちおう、怒る、という反応はもらえる。それを彼らは 「相手にしてもらえた」と嬉しがり、そしてまたス カートめくりを繰り返すわけだ。まさに、たちの悪い 「かまってちやん」そのものである。  私もクソリプなど無視すればいいとわかっているが、 虫の居所が悪いと反応してしまうことがある。クソリ プの送り主としては、してやったりの気分だろう。し かし悲しいかな、彼らの悪口や中傷はとにかくレベル が低い。  私か手がける会員制レストラン「W AG Y U MAFIA J のPRのためにステーキを食べている画像を投稿する と「野菜も食え」、インボイス制度導入に反対する人 たちを批判したら「自民党の犬」と来る。実にくだら ない。  そんなクソリプに腹が立つこともあるが、私はSN Sをやめるつもりは毛頭ない。SNSには多様な人間 がいて、有益な情報や新しい視点を提供してくれる ユーザーもいるからだ。  そして、SNSは実に良い学びの場にもなる。クソ リプを送るような人々の生態や、世の中には日本語が 理解できない日本人が多いという気づき、境界知能の 存在などを知れたのはSNSのおかげた。多様な人間 を発見し。観察でき。彼らを通じて社会の縮図を垣間 見ることもできる。最高のフィールドワークの場なの だ。  オンライン、かつ気の向いたときに短時間で済ませ られるのも良い。腹が立つこともあるし、ときに反論 もしてしまうが、ある種の文化人類学的論考ができて、 それはそれで楽しいというわけだ。  私にかぎらず、SNSで不特定の相手に悲しい気持 ちや悔しい気持ちにさせられた人もいると思う。でも ここはひとつ私を見習ってもらって、気持ちを楽にし てSNSに接してほしいと願うばかりだ。    M‐Iグランプリと言語能力  漫才の頂点を決める「M‐Iグランプリ」。テレビ 離れが進むなかでも2023年大会では関西地区で28 %、関東地区で17・2%という高視聴率を叩き出した 大人気番組だ余乙。  優勝コンビは一夜にしてスターダムを駆け上がる。 国民的イベントと言ってもいいだろう。  でも前々から思っていたが、ぶっちやけ私は、M‐ Iはつまらないと感じている。観客が爆笑していても 私はまったく笑えないのだ。私かひねくれているのだ ろうか。そうではないと思う。漫才の基本構造に原因 があるのだ。  漫才の基本構造は「心地よい裏切り」である。ボケ が突飛な発言をし、観客の予想を裏切る。あまりにボ ケがぶっ飛んでいると理解が追いつかないため、突飛 とはいっても理解できる範囲にとどめておく。ツツコ ミの役割は、その突飛な発言を訂正することだ。そし て実はこのとき「ツツコんだ=さっきの発言はボケ たった=ここがおもしろいですよ」と観客に示してい る。笑うポイントをそれとなく教えているわけだ。  M‐Iで優勝する漫才師はできるだけ観客に伝わり やすい言葉を使い、観客の予想を巧妙に裏切るよう設 計されたネタをつくっている。  でもそうしたテクニカルな構造であるがゆえに。言 語能力の高い人には漫才師の狙いがわかってしまう。 つまり、セリフの続きやオチのパターンがある程度予 測できてしまう。漫才の基本構造は、心地よい裏切り だ。ということは先の展開が読める人にとっては裏切 り自体が存在しなくなるのだ。だから漫才がおもしろ く感じられないのである。  さらにM‐Iは漫才界の最高峰の大会であり、より 洗練された「心地よい裏切り」を競う。でも洗練され ていればいるほどテクニカルになり、その構造の分析 や予想がしやすくなる。言語能力の高い人からすると、 ますます楽しめなくなるのだ。  お笑い好きなら、若手や売れない芸人のネタがつま らないと感じることがよくあるはずだ。それはたくさ んのお笑いを見てきたことで培った経験値により、彼 らのボケやオチが予測できるという理由が大きい。私 にとってはM‐Iのフアイナリストであってもそんな 状態なのである。  でもその一方で、相変わらずM‐Iは大人気。毎年 爆笑をかっさらっている。裏を返すと、日本には言語 能力の高い人が少ないという証拠なのかもしれない。 その高視聴率は。日本人の言語能力の低さの反映だと も考えられる。  誤解のないように言っておくが、私はお笑いが嫌い なわけではない。「そんなの関係ねえ」で一世を風靡 した小島よしおさんや、スピードワゴンの井戸田潤さ んが扮するハンバーグ師匠のネタは大好きだ。  彼らのネタは、M‐Iで評価される「心地よい裏切 り」の構造とは違うが、それがよい。むしろ漫才の型 にはまらない、自由な発想から生まれた予想できない 笑いのほうが、私のような人間の好みには合う。  芸人にとって、M‐Iグランプリはその後の活躍の ために必要な場だとは理解している。しかし、M‐I 的なお笑いだけでは、お笑い界は頭打ちになるのでは ないかとも思う。  実際に、日本の芸で世界に通用しているのは、M‐ Iグランプリでは絶対に評価されないようなネタだ。 たとえば、とにかく明るい安村さんが、イギリスの人 気テレビ番組「ブリテンズーゴットータレント」の会 場で大ウケしたことを知っている人も多いだろう。そ の後、アメリカの人気テレビ番組「アメリカズーゴッ トータレント」(AGT)にも出演し、ここでも大爆笑 をかっさらった。また、チョコレートプラネット扮す るTT兄弟もAGTの会場を爆笑の渦に巻き込んだ。  彼らの芸は言葉の壁を超え、世界に通用したのだ。 今後、あえてM‐Iグランプリ的な笑いを追求しない 芸人こそが、これからの日本のお笑いを支えていく気 がしている。 刈刈 日刊スポーツ「『M‐Iグランプリ』視聴率は関東17・2%、    関西28・O%昨年は30・1%」(「XO「XtJ年12月25日」    「情報の民主化」を加速させたユー    チューブ 「データの民主化」という言葉がある。企業内で一部 の専門職のみが扱っていたデータを、社内のだれもが 簡単に利用できる環境にすることを指す。DX(デジ タルトランスフォーメーション)推進のなかで、たびたび話 題になる言葉である。  振り返ってみれば、インターネットの登場により、 私たちが各種情報にアクセスするハードルはすさまじ く下がった。それ以前は書籍などの紙媒体からも情報 を入手できたが、専門書籍は高価で入手も困難。決し て手軽ではなかった。  しかし、いまではPCやスマホからインターネット にアクセスすれば、専門的なジャンルの情報でも容易 に手に入る。しかもSNSの普及で一億総発信者と なったことにより、情報そのものの量も爆発的に増え た。私はこの現象を「データの民主化」になぞらえて 「情報の民主化」と呼んでいる。  一方で、この情報の民主化にも大きな障壁があった。 それは「文字」の壁だ。別の項で述べたとおり、日本 には読解力の低い人や長文が苦手な人が多い。そう いった人々はネット上の文字ベースの情報の恩恵を十 分に享受できていなかった。  しかし、その状況を一変させたのがユーチューブだ。 文章を読んで理解できなくても、動画なら理解ができ る。映像や音声や視覚効果を通じて圧倒的な情報量が もたらされるようになった。  しかし、万能に思えた動画にもひとつの壁が立ちは だかった。長時間視聴の壁だ。なにかの解説動画が あったとして、それが長時間となると集中力がもたな くなる。10分どころか、3分以上の動画になると飽き て脱落する人もいる。  この弱点を補完したのが、ご存知、ショート動画で ある。TikTokが流行り、YouTubeやinstagramも追随 してショート動画を導入。そうして情報の民主化は裾 野をさらに拡げた。  情報の民主化は。「文字の壁」と「時間の壁」を克 服したのである。そして、この変革は私たちの生き方 を根本から問い直す。  数年前、「寿司職人の修業に10年かけるやつはバカ」 という私の発言が炎上した。実は、この発言の真意は ここにある。情報がクローズドだった時代には、長年 の修業も必要だったかもしれない。しかし、かつては 師匠などに弟子入りして10年、20年と修業しないと手 に入らなかった門外不出の情報が、いまやインター ネット上にゴロゴロ転かっている。しかも、そのほと んどがタダだ。  さらに修業期間は通常、10代後半から20代が中心で、 頭脳が柔軟で好奇心旺盛な時期と重なる。この人生で もっとも貴重な時間を、時代遅れの慣習に費やすのは あまりにもったいない。もっと言えば、自分の人生に 対して不誠実だとすら思う。  炎上当時は私の発言の意図を理解できなかった人も、 情報の民主化がさらに進んだいまなら、その真意をわ かってくれるはずだ。  貴重な人生の時間を時代遅れの慣習に浪費してしま う。それはなにも職人の世界にかぎった話ではない。 世の中には実際に経験しないとわからないことや、夕 イミングが重要な事柄がたくさん存在する。  それにもかかわらず、「とりあえず資格を取ってお こう」「まずは就職して、ある程度経験を積んでから 自分のやりたいことをやろう」などと悠長なことを言 う天がいる。  国家資格など、それがなければ従事できない職業な ら仕方ない。でも情報の民主化によって目の前にチャ ンスがゴロゴロと転かっているのに、それをみすみす 見逃すのは愚かだ。昔の人からすれば夢のような時代 を私たちは生きている。それにもかかわらず、現代人 はこの価値を十分に理解していない。  いまこそ民主化された情報を最大限に活用し、自分 の人生を思い通りに切り開く時なのだ。    タコツボ化したSNSが生むダーク    ヒー囗−  2023年4月、選挙応援中の岸田文雄首相に向け て爆発物が投げ込まれる事件が発生した。犯人の動機 は不明のままたが、犯人は事件前に「岸田内閣が安倍 元首相の国葬を閣議決定のみで強行した」「民主主義 への挑戦は許されない」と訴えていたそうだ(※8)。 こうした不満が犯行につながったと考えられる。  この過激な行動の背景には.SNSの分断と「タコ ツボ化」の影響があると私は見ている。そして、この 事件は多くの人にとって他人事ではない。さすがに爆 発物を投げ込むことはないとしても、SNSによって 偏った思想に染まるリスクはだれにでもあるからだ。  現在、多くの人がSNSを情報収集に利用している が、そこに流れる情報は偏りがちである。SNSは フォローするアカウントを自由に選べるため、自分が 知りたい情報や心地よい情報ばかり選ぶようになる。 また、SNSのアルゴリズムはユーザーの興味に合っ た関連アカウントや投稿をレコメンドする。これによ り、似た意見を持つアカウントや投稿がタイムライン に集まり、自分と異なる意見との距離が拡がる。これ が「SNSの分断」だ。  SNSの分断がさらに進むと、タイムラインやコ ミュニティが閉鎖的になる。まるで「タコツボ」と化 し、自分と異なる意見に触れる機会が激減する。自分 と正反対の意見が目に入るとしても、それは批判や吊 るし上げの対象として扱われることが多い。このよう な状況では、第三者的な視点や冷静な見解を受け入れ られなくなり、自分の意見がますます硬直化する。  そんなタコツボ化したSNSを見続けていると。現 実社会の認識まで歪んでいく。たとえば、自分のタイ ムラインに安倍元首相の国葬に反対する意見ばかり並 ぶ人は「世論は国葬に反対しているのに、なぜ岸田政 権は民意を無視して強行するのか」と憤るだろう。し かし、その。世論”は自分自身のタイムライン上につ くられた意見の集合体にすぎない。実際、共同通信の 世論調査では安倍元首相の国葬の賛否は二分していた こ9)。もし岸田首相に爆発物を投げた犯人がこの事 実をきちんと把握していれば、犯行にいたらなかった かもしれない。  そして、タコツボ化したSNS空間では過激な思想 が生まれやすい。そもそもSNSでは「万死に値す る」や「○○は死ね」など、マスメディアでは見られ ないような過激な主張が多く見られる。タコツボ化し たSNSでは、世間がドン引きするような過激な主張 もあたりまえになってしまう。  実際、安倍元首相を殺害した犯人を英雄視したり、 あの銃撃事件を「天罰」と称する風潮も一部で存在し ている。そして、下手に行動力があったり、社会的地 位など失うものがない人間が、世間を震撼させるよう な事件を引き起こす。このようにしてダークヒーロー が生まれてしまう。  タコツボ化したSNSに接するリスクは、なにも総 理大臣に爆弾を投げ込むような凶悪犯だけの問題では ない。  「自分は大丈夫」と思っている人でも、SNSを通じ て過激な思想に染まる危険性があるのだ。たとえば、 自民党の裏金問題に違和感を持った人が、左翼系のア カウントをフォローしていくうちにタイムラインが夕 コツボ化し、過激な思想に染まる可能性がある。左翼 系にかぎらず、右翼系の思想でも同じことが起こりえ る。また、政治思想だけでなく、反ワクチンや陰謀論 などの分野でも同様のことが言える。  選挙の際に「自分のタイムライン上では、絶対に ○○さんが当選すると思っていたのに結果はぜんぜん 違った」という経験がある人も少なくないだろう。  このような経験をした人は。すでに自分のSNSが タコツボ化している可能性が高い。これ以上、現実の 認識が歪んだり、自分の思想が偏るまえに対策を講じ ることが重要だ。  対処法はシンプルだ。自分と反対の意見を持つ人の アカウントを意図的にフォローすることである。  実は、私自身もこの方法を実践している。たまに 「堀江さんはなぜ○○のような大をフォローしている んですか?」と驚かれることがある。見るに堪えない 意見も多いが、多様な意見が存在するのが現実の社会 だ。いくら気をつけていてもバイアスはかかってしま うので、こうやってあえてバランスを保つように心が けているのだ。 刈81 NHK「岸田首相襲撃事件で木村隆二容疑者を起訴殺人未    遂などの罪」(2023年9月6日)    朝日新聞「岸田首相襲撃の容疑者、立候補できず『差別』    昨年参院選前に国提訴」(「乙0「乙1J年4月18日」 X9 東京新聞「安倍元首相国葬に53%が反対旧統一教会と政界    の関わり、8割が『解明必要』共同調査、内閣支持率は急    落」(2022年7月31日)    悪名高き日本の「人質司法」  「日本の刑事司法は中世のようだ」  これは、2013年に開催された国連拷問禁止委員 会での、ドマ委員の発言だ(※士。まるで人権が軽視 されていた中世の時代のようだと、日本の刑事司法を 痛烈に批判したのである。さらに、2022年には国 連自由権規約委員会が、2023年には人権NGO ヒューマンーライツーウオツチが深刻な人権侵害を指 摘余2)。日本の刑事司法制度は、国際社会からこれ ほどまで非難されているのだ。  日本の刑事司法制度が抱える問題点を的確に表した 言葉がある。「人質司法」だ。被疑者は逮捕後、警察 や検察から取り調べを受ける。その際、犯行を否認し たり黙秘を続けると、最長で23日もの間、身柄を拘束 されてしまうのだ。最長23日というのはかなり長い。 しかしこの期間は1つの事件に対して適用される。別 の容疑で再逮捕する「別件逮捕」や、1つの事件を複 数に分けて勾留する「分割勾留」を行えば拘束期間を さらに延ばすことは可能だ。  実際に、ライブドア事件で逮捕された私は94日間、 元日産自動車会長カルロスーゴーン氏は108日間も 身柄を拘束され続けた。  保釈という、身柄拘束から一時的に解放される制度 は存在している。でも十分に機能しているとは言えな い。刑事訴訟法第89条に「被告人が罪証を隠滅すると 疑うに足りる相当な理由があるとき」には保釈が認め られないという規定がある。このあいまいな規定に よって、否認や黙秘を続けると保釈がなかなか認めら れないのだ。  この事実は、統計データでも示されている。 2021年のデータによると、地方裁判所における保 釈率(第1同公判期口前)は、自白している場合が26%。 一方で、否認している場合はわずかD一%にすぎない 余3)。この格差はヒューマンーライツーウォツチも 問題視している。  「疑わしきは罰せず」という言葉を聞いたことがある だろう。近代司法の根幹には推定無罪の原則がある。 しかし日本ではこの原則が守られておらず、。推定有 罪”の考えが蔓延。長期間身柄を拘束することが常態 化しているのが実態なのだ。  ここで想像してみてほしい。無実や罪を犯した自覚 のない人が突然逮捕され。狭い留置場に閉じ込められ てしまうことが。どれだけの恐怖か……。  それは想像を絶する恐怖だ。私は経験者だからよく わかる。しかも私の場合には証拠を隠滅すると思われ たのか、担当弁護上以外との面会が許されなかった。 友人とも会うことができず、終わりの見えない孤独と 戦わないといけない。まさに無期禁固刑を宣告された かのような絶望感に襲われた。当時、ライブドア社員 からの応援メッセージが書かれた色紙を受け取っだの だが、生まれて初めて嗚咽するほど号泣してしまった。 それほど精神的に追い込まれていたということだ。そ して、その後も精神安定剤や睡眠薬なしでは眠れない 日々を過ごすことになった。  自分のメンタルはかなりタフなほうだと自負してい た。そんな私でも耐え難い苦しみだったのだ。これが 一般の人ならとてもではないが耐えられないだろう。  しかしこれこそが人質司法の。そして検察の真の狙 いだ。長期間の身柄拘束により被疑者を精神的に追い 詰める。外部との接触を制限し、孤立感を強める。そ して、働けないわけだから経済的にも圧迫する。こう やって被疑者を極限状態に追い込んでいくのだ。  この過酷な状況下で、被疑者は究極の選択を迫られ る。否認や黙秘を続けると、長期間にわたって身柄を 拘束され、耐え難い苦しみが続く。でも、検察が描い たシナリオどおりに自白をすればほとんどの場合は釈 放される。刑事訴訟法第89条の規定に抵触しなくなる ためだ。さらに、犯罪の種類にもよるが初犯であれば 執行猶予が付き、実刑は免れるケースが多い。すると、 たとえ無実であっても、自白を選んでしまう人は出て きてしまう。こうやって数多くの冤罪がでっち上げら れてきた。  ここまで読んで「まさか自分が逮捕されるわけがな い」と思う人も多いだろう。しかし、決して他人事で はない。ある男性は、無実にもかかわらずコンビニで 1万円を盗んだとして逮捕され、否認し続けたために 10か月間も身柄を拘束された。生後7か月の子どもを 虐待したと疑われ、医師の意見書で無実が証明されて も不当に身柄拘束された女性もいる(※4)。彼らは巨 額の経済事件の首謀者ではなく、どこにでもいる一般  人質司法は、あなたの日常を一瞬で地獄に変える力 を持っている。そして、この日本に住むかぎり、だれ もが突然、この理不尽な制度の犠牲になる可能性があ − XI 弁護士ドットコム「『容疑者の自白』に頼りすぎる日本の刑    事司法『まるで中世』の状態から抜け出せるか」(「X014年    4月13日」 − X2 日本弁護士連合会「国連の勧告から見える日本の刑事司法」    ヒューマンーライツーウォッチ「『人質司法』による人権侵 刈31 日本弁護士連合会「統計から見える日本の刑事司法」 刈41 ヒユーマンーライツーウォッチ「日本の『人質司法』保釈    の否定、自白の強要、不十分な弁護士アクセス」(「乙0「乙1J年    5月24日」    「HERO」でも正義の味方でもな    い検察  「検察」と聞いて、どんなイメージが浮かぶだろうか。 平均視聴率34・3%を記録した木村拓哉さん主演の大 ヒットドラマ「HERO」の影響もあり、「検察=正 義の味方」と考えている人は多いだろう(※5)。  しかし、彼らの実態は正義の仮面をかぶった権力者 だ。偏った正義感や組織の利害で動いており、ヒー ローと褒め称えることはできない。  検察が恐ろしいのは。「マッチポンプ」ができるこ とだ。つまり、みずから事件をつくり出し、世間の注 目を集め、正義の味方としての名声を得ているのだ。  「HERO」を観ていた大は、「検察がそんなことを するはずがない」と思うかもしれない。しかし、する のだ。この背景にはリクルーティングの問題がある。 司法試験の合格者の多くは、高収入で華やかな弁護上 の道を選ぶ。収入も高くなく、人のアラを探し、恨ま れながら生きていく検察官になりたい大など少ない。  検察は、この状況を打開するために「巨悪と戦う正 義のヒーロー」というイメージづくりに力を入れてい る。1976年、検察はロッキード事件で田中角栄元 首相を逮捕した。その際、連日メディアで報道された ことで、検察は日本中の注目を集めた。検察はこの成 功体験が忘れられないのだろう。それ以降、カルロ スーゴーン氏や私など、有名人をマッチポンプのター ゲットにする傾向を強めている。  そして。このマッチポンプを可能にするのが「独自 捜査権限」「起訴独占主義」「人質司法」という3つの 強力なコンボである。  「火のないところに煙は立だない」というが、検察は 別である。みずから火を起こし、煙を立たせることが できるのだ。通常、事件の捜査は警察が行う。しかし 検察も捜査の権限を持っている。この権限を使えば、 ターゲットに定めた人物の事件をイチからつくり出す こともできうる。  たとえば、カルロスーゴーン事件やライブドア事件、 陸山会事件(小沢一郎事件)、鈴木宗男事件などは、会計 処理や記載方法に関する問題であり、違法性について は専門家のあいたでも意見が分かれる。しかし、検察 は最初から「これは犯罪だ」と決めつけ逮捕する。し かも、自分たちで捜査をはじめた以上、ストーリーあ りきの強引な捜査が進められる。  さらに、検察だけが唯一 「起訴するかどうか」の判 断を任されている。これを「起訴独占主義」と言い、 たとえ警察が逮捕しても検察が不起訴にすれば裁判は 開かれない。そして。この起訴独占主義によって検察 は事件を意のままに操ることができる。  たとえば、あるカリスマ経営者を「巨悪」と決めつ け、共犯者としてその側近たちも逮捕する。検察の描 いたシナリオどおりに自白させる代わりに、側近たち には罪の軽減や不起訴を約束するのだ。だれだって自 分がいちばんかわいい。経営者を裏切ることになって も検察の意に沿った虚偽の自白をしてしまう。それが 真実ではなくても側近による自白が有力な証拠となり、 検察がターゲットにした人物を有罪にすることができ るのだ。  前項で述べたとおり、検察は「人質司法」という武 器も持っている。被疑者を肉体的、精神的、経済的に 追い詰め、無実であっても自白に追い込む。  これら3つのコンボが強大な権力となり、そしてみ ずからの組織のために恣意的にこの権力を振りかざし ているのだ。  これらの検察が抱える問題点は、法改正で解決でき る。しかし立法権(法律の制定や改正する権利)を持って いるはずの政治家たちが及び腰なのだ。政治資金規正 法という、政治資金の透明化を目的とした法律に首を 絞められているからだ。  検察がその気になれば。ほとんどの政治家を政治資 金規正法違反で逮捕できてしまう。政治生命を賭けて まで検察の改革に乗り出す政治家はいない。  であれば、マスコミに検察という権力の監視をお願 いしたいところだが、それも叶わない。マスコミと検 察の関係はズブズブだからだ。  実はライブドア事件の発端も、元社員の情報がフジ テレビの記者を経由して検察にリーグされたことだっ た。ライブドアへの強制捜査当日、フジテレビだけが 元役員間のメールをスクープとして独占報道した事実 からも、両者が事前に接触していたことは予想がつく。  そして、2020年には東京高等検察庁の黒川弘務 前検事長と大手新聞社の記者らによる賭け麻雀事件が 発覚した(※6)。この事件は違法賭博の事実だけでな く、検察とマスコミの親密な関係を露呈させた。こう いった賭け麻雀のような場所で、検察とマスコミが互 いの利益のために情報を交換しているのだ。挙句の果 てに、マスコミは「HERO」のような検察官を正義 の味方として美化するドラマまで制作。もはや検察へ の忖度と言っても過言ではないだろう。  検察は決してヒーローではない。そして、みずから の利益のために権力を振りかざしている。しかし、そ れを止める現実的な術はないのだ。 刈51ウレぴあ総研「ドラマ『HERO』はなぜ伝説となったの    か? 平均視聴率34・3%を生んだにツトの理由乙    (2015年7月15日) 刈61産経新聞「黒川検事長『賭けマージャン』文春報道」    (2020年5月20日)    成長しない日本の義務教育  本来、義務教育は子どもたちの能力を育むことが目 的だ。しかし、あまりに時代遅れの内容のせいで、逆 に多くの子どもたちの成長にとって弊害となっている。  たとえば、いまだにIクラス30〜40人で一斉に教え る授業スタイルが続いている。この一斉授業には「だ れも置いてけぼりにしない」「生徒たちの理解度に格 差が生まれてはいけない」という前提がある。とはい え少数の教師が、能力や個性がそれぞれ違う生徒たち に細かく目を配ることなど不可能だ。そのため、授業 のレベルやスピードを平均以下の学力に合わせざるを 得なくなる。こうして平均以上の生徒の能力は伸ばさ れず埋没してしまう。  一方で、学力が平均以下の生徒も、十分なサポート を受けられていない。学習要項で、一定期間で教えな ければならない授業の範囲が決められている。そのた め、授業についていけない生徒をいつまでもサポート することはできない。ある程度の段階で見限らないと いけない。  結局。現在の義務教育は学力が平均以上の子どもの ことも。平均以下の子どものこともカバーできていな いのだ。実に中途半端なシステムである。  それでもインターネットがなかった時代であれば、 ある程度は機能していただろう。しかし、いまやネッ トやアプリを使えばいくらでも自分のペースで、興味 関心があることをとことん学習できる時代だ。いつま でも時代遅れのスタイルを続ける必要はない。  そして、なにより授業内容があまりに時代遅れだ。 「これからの時代に求められるのは、自分の考えや意 見を論理的に述べる能力」という話を聞いたことがあ るだろう。でも、学校のテストでは相変わらず暗記力 を問うものが中心だ。そもそも現代は、スマホが知識 の。外部記憶装置”として活躍してくれる。  これからの時代により求められるのは、歴史の授業 であれば武将の名前や単純な年号の暗記ではなく、事 件の背景や脈絡を理解することである。  というより、この論調すらもう古い。ng{ {}tH(チャットジーピーティ土などの生成系AIが進化 したことで、記憶どころか単純な論理的思考も外部装 置が代替してくれるようになったからだ。であれば、 義務教育でもAIやネットを上手に利用する方法を教 えたほうがいい。  それにもかかわらず、夏休みの自由研究や宿題で生 成AIの使用が禁止されているという。「読解力や考 える力が養われない」「自分のためにならない」など が禁止の理由だそうだこyこ。ナンセンスである。い まどき「自動車や自転車を使わずに歩け」とか「計算 機を使わずに手計算しろ」と言っているようなものだ。  人間の脳のリソースには限界がある。記憶や単純な 論理的思考などの退屈な作業は、高性能なスマホやA Iに任せてしまえばいい。  そして人間はもっとクリエイティブなことに限られ たリソースを割くべきだ。特に子ども時代は感性が大 きく伸びる貴重な時期だ。テストでしか使わないよう な知識を詰め込むのではなく。芸術に触れたり。興味 のあることに没頭したり。遊びまくるべきなのだ。  義務教育の内容も時代やテクノロジーの変化に合わ せてアップデートしないといけない。しかし現在の義 務教育は長い年月をかけ、ひとつのシステムとして完 成してしまった。だからそれに疑問を抱く人はほとん どいない。思考停止と前例踏襲という、日本人の悪し き気質のせいでもある。  そして私のように、既存のシステムに疑問を投げか けると「ホリェモンがまた突飛なことを言っている」 などと奇異の目で見られてしまう。  しかし、本当におかしいのは、すでに時代に取り残 されている義務教育のシステムに疑問を抱かないこと だ。ただでさえ少子化で少なくなった子どもたちに、 役に立だないことを学習させる意味などない。  子どもたちの未来を、そしてひいては彼らが担って いく日本の未来を考えると、現在の義務教育のあり方 をいま一度見直す必要がある。 刈州山陰中央新報「生成A−、夏休み宿題で『使用禁止』一部    の中高で注意呼びかけ『考える力つかない』」(「XO「X4年8月    3日」    大学に行ってはいけない  義務教育だけでなく、大学に進学することの意味も なくなっている。何十年もまえであれば、大学は「高 度な知識と教養を得るための、選ばれし者のための機 関」であった。わざわざ進学する理由もあっただろう。  しかし、いまや大学全入時代と呼ばれ、希望すれば だれでもどこかしらの大学に入学できるようになった。 かつてはエリートの証したった大学も時代とともに劣 化し、だれでも行ける場所に成り下がったのだ。  「大卒でないと就職が不利になる」という意見がある かもしれない。しかし大学全入時代なのだから、採用 する企業側も「大卒」という肩書きだけでは価値を見 出さなくなっている。  その一方、大卒の学歴よりも実務スキルや即戦力と なる人材を求める企業が増えている。実際。人手不足 に悩むいまの日本では。高卒の求人は増加傾向にある。 特に実習経験のある工業高校や高専の生徒が人気だ。  2024年3月末時点で、高卒の求人倍率は3・98 倍とバブル期を超える過去最高を記録。大卒でも入社 が難しい有名企業でさえ、技術職だけでなくオフィス ワークでの高卒採用を増やしているほどである(※8)。  「大卒のほうが生涯年収は高い」という意見もあるだ ろう。たしかに統計上はその傾向が見られる。労働政 策研究・研修機構の調べによると、学歴別の生涯賃金 は次のとおりだ(※9)。  [男性]  高校卒業 2億500万円  大学・大学院卒業 2億6190万円 [女性]  高校卒業 1億4960万円  大学・大学院卒業 2億1240万円  このデータを見れば、高額な学費を払ってでも大学 に進学したほうが得に思えるかもしれない。しかし、 これは言うまでもなく平均値の話だ。さらに、あくま で現時点での数字であり、これから先の生涯賃金の差 を示しているわけでもない。  むしろnぼ5コ(チャットジーピーティ土など生成A Iの発達によって、大卒のホワイトカラーの仕事のほ とんどが淘汰される可能性だってある。そう考えると、 この平均値も少し先の未来では大きく変わっている可 能性が高い。  そしていまや、わざわざ大学に進学しないと学べな い内容もなくなった。特に文系の場合、授業内容は指 定された教科書に書かれていることがほとんどだ。本 当に学ぶ意欲があるなら、その教科書を自分で読んだ ほうが効率的である。しかも大学教授のほとんどは研 究者なので、教え方が上手い教授のほうが少ない。  つまり。自習のほうがコスパもタイパもよっぽど優 れているのだ。もし教科書を読んでも理解できないの であれば、そんな人はそもそも高等教育機関である大 学に行くべきではない。  ちなみに、第4章で触れた「情報の民主化」は、ア カデミックの世界にも波及している。たとえばスタン フォード大学など世界屈指の名門校の講義がネットで 開放されている。やはり、学ぶ意欲さえあれば、わざ わざ進学する必要はないのだ。  多くの高校生が「やりたいことが不透明だから」 「親のすすめで」「モラトリアム期間を楽しみたいか ら」「周りのみんなが行くから」「就職に有利だから」 といった、あいまいな理由で大学に進学する。  しかし、ここまで説明したような状況を考慮すれば、 大学進学は時間とお金の無駄な浪費にほかならないと わかってもらえるだろう。  研究者などアカデミックな世界での活躍を目指す人 以外は、大学へ進学せずに働くほうが、コスパもタイ パも圧倒的に優れているのだ。ほとんどの人にとって 大学に行く必要はないのである。 刈81読売新聞「高卒求人の争奪戦、工業高校は倍率20・6倍・:人    手不足で新たに高卒採用始める企業も」(「XO「X4年7月13日」 刈91労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2022」    (2023年1月25日)    Fラン大学には絶対行ってはいけな    い  いまや大学全入時代。望めばだれでも大学に進学で きる。大学のインフレが起きているわけだ。その結果、 Fラン大学が量産されてしまった。  Fラン大学とは偏差値の算出が不可能、もしくは偏 差値35以下の最底辺の大学のことだ。「名前を書けれ ば合格できる」などと揶揄されている。  一部のFラン大学の授業内容は中学校レベルたとい う。英語の励動詞の使い方。分数の掛け算。大学生が そんなことを教わっているのだ。高等教育の存在意義 を根本から覆す光景だ。  勉強はできないが、「大卒」の肩書きは欲しい。そ んな人がFラン大学に行く。でも行くな。絶対行って はいけない。4年間という壮大な時間の無駄遣いだ。 それだけではない。卒業後の人生も冴えないものにな る。  はっきり言う。最終学歴が大卒であっても.Fラン 大卒の場合はなんの箔にもならない。むしろマイナス だ。就職活動で苦労するのは明らかだ。「学力不足」 「社会人としての基礎能力不足」と採用担当者は見な すだろう。Fラン大卒の肩書きのせいで門前払いされ てもおかしくない。  多額の奨学金を背負っているFラン大生も少なくな いはずだ。哀れだ。たいした就職先にはありつけない。 となると、低賃金労働&奨学金返済の二重苦が待って いる。  Fラン大学に悪いところはあっても、良いところは ない。そこに存在意義を見出すのは不可能だ。  しかしこのFラン大学、これまで増加の一途をた どってきた。18歳人口のピークは1992年。この年 の私立大学数は384校たった。そして1992年を 境に18歳人口は一気に減少していくのだが、私立大学 はそれと逆行して増え続けた。2023年時点で実に 622校にのぼる(※10)。  学生数と大学数の完全なミスマッチのなかで、とう ぜんブランドカのない大学の立場は厳しくなる。とな ると入試のハードルを下げて定員確保に走るしかない。 かくしてFラン大学が量産されてきたのだ。  しかし、そうしたなりふり構わぬ大学の戦法も限界 に達しつつある。現在、私立大学を運営する567法 人のうち101法人が経営難に陥っており、再編や統 合が避けられない情勢にある(※n)。  本来であれば、文部科学省が手綱をしっかり握るべ きところだった。大学数を管理して、教育水準を維持 する責任が文科省にはあったはずだ。でもそのまま放 置してきたのである。なぜだろう。  大学・学部・学科の新設。各大学の定員数の設定。 補助金の配分。文科省はそうした大学運営に関わる重 要な認可権限を持っている。文科省官僚たちは私立大 学に対してさまざまな便宜を図りながら、その見返り を得ていたのではないだろうか。  実際、2017年に発覚した「文部科学省天下り問 題」では、多くの文科省官僚が利害関係のある大学に 天下りしている実態が明るみに出た(※12)。  彼らにとって私立大学とは既得権益なのだ。Fラン 大学が量産された最大の理由はそこにある。  文科省とFラン大学の罪は深い。「大卒」という肩 書きにつられた学生を食い物にしているのだ。  大学自体の存在意義が揺らいでいるいま、ましてF ラン大学に立つ瀬はない。統廃合をすみやかに進め、 「Fラン大学」という言葉が過去のものになることを 願っている。Fラン大学に行ってはいけない。 − X10 文部科学省「学校基本調査令和5年度」    文部科学省「中央教育審議会総会(第137回)会議資料」 刈111 日本経済新聞「私立大101法人『経営困難』全国18%、    再編・統合加速も」(「XO「X4年5月20日」 刈121 日本経済新聞「文科省天下りで37人処分最終報告、違法事    案62件に」(「X017年3月31日」     「体育」の呪縛を解き、運動を楽し    め  いたるところでスポーツジムを見かけるようになっ た。健康ブームはすっかり定着し、いまや老いも若き もジムで汗をかいている。運動後の爽快感は格別だ。 私もジム通いを欠かさない。  でもその一方で、「運動=ツラいもの」「健康のため に仕方なくするもの」と考える人もいまだに少なくな い。  このネガティブなイメージの大きな原因は体育の授 業だろう。事実、あるアンケート調査(令国の10〜70代 の男女500人が対象)では、その半数以上が「体育の授 業がきっかけでスポーツが嫌いになった経験がある」 と回答している余13)。  体育の授業では運動が苦手な子はバカにされがちだ。 かたや運動神経のいい子はまるでスターのように扱わ れる。  バスケをすれば運動神経のいい子にばかりパスが集 まり、運動神経の悪い子はパスが来ないようにコート の端をうろうろするしかない。よ1いドンで走らされ れば、運動神経の悪い子はみんなから大きく引き離さ れてしまう。  強い子が勝ち、弱い子は負ける。その繰り返しだ。 努力でどうこうなるものでもない。残酷である。と いって逃げるのはNG。授業だから強制参加だ。運動 が苦手な子は苦痛でしかないだろう。そのつらい経験 が時にトラウマになるのだ。  本来、体育の目的は体を動かす楽しさを知ることに ある。文部科学省の学習指導要領示学校)にも「運動 に親しむとともに健康の保持増進と体力の向上を目指 し、楽しく明るい生活を営む態度を養う」と明記され ている。  でも現実は違う。強制参加の体育は運動嫌いを生み 出す。  運動のメリットは計り知れない。体力がつくし、な により健康になる。さらに思考力や学習力が高まり、 総合的な幸福感も向上する。WHO(世界保健機関)も そう指摘している示14)。  そして運動は本来、最高の娯楽である。体を動かせ ば、生きているという実感を味わえる。ボールを囲ん で友だちと走り回れば、時間の経つのも忘れる。自分 のペースで、気の合う仲間とやりたいようにやる。そ れがいちばんだ。  でも体育の授業ではそうはいかない。無理やり競争 させられる。やりたくない種目をやらされる。マイ ペースは許されない。ほかならぬ体育が運動の喜びを 奪うのだ。  私はトライアスロン大会によく出場する。でも練習 はいっさいしない。つらい鍛錬はパス。いきなり本番 に挑む。もちろんそれでは勝てない。でも勝つ必要は ない。  勝つために自分を追い込む人を尻目に、ただただ楽 しませてもらっている。いわば運動の「おいしいとこ 取り」だ。  体育のような息苦しい真似はしない。体育なんて人 間のやることではないだろう。自由に走る喜び、自由 にがんばる喜び。運動嫌いの人はそうした原点を見つ めなおしてみてほしい。運動は人生を豊かにする。や らない手はないのだ。 刈131と一詐ocこIユース「『体育の授業』でスポーツが嫌いになっ    た人は半数以上。『笑われた』『理不尽』トラウマ体験を聞い    た」(2023年8月習) 刈詞wHo「(Guidelines on physical activity and sedentary    behaく110urj(2020)     「出会いの民主化」が「モテの格    差」を拡げる  先述したとおり、現代は「情報の民主化」の時代だ。 昔なら門外不出だった専門的な情報も、スマホとイン ターネットによってだれでも得られるようになった。 さらに、これらのツールは情報の民主化のみならず、 「出会いの民主化」も実現した。  スマホが普及するまえ、出会いの場は職場や友人の 紹介が中心で、限られた選択肢のなかから相手を選ん でいた。しかし、スマホとマッチングアプリの登場に より、出会いのチャンスは劇的に拡大。いまでは星の 数ほどいる登録者のなかから理想の相手を見つけるこ とができる。  出会いの民主化で、だれもが平等に恋愛を謳歌でき るようになったはずだ。しかしこれが皮肉な結果をも たらしている。「モテー非モテの格差」が拡大してい るのだ。  内閣府の調べでは、20代独身男性の約4割がデート 経験を持たないという余15)。  また、国立社会保障・人口問題研究所の調べでは、 18〜U一歳の未婚者のうち性交経験のある割合は男性が 53%、女性が48%(※16)。この年代の約半数が童貞や 処女ということだ。  かたやマッチングアプリで多くの出会いを得ている 人もいる。つまり「行動力」がそのまま恋愛格差に直 結するようになったのだ。  いま、出会いは完全に自由競争となった。弱肉強食 の世界だ。そこに容姿や年収は関係ない。私の周りに は、イケメンでも金持ちでもないのにモテまくる男だ ちがたくさんいる。彼らはフラれても気にしない。す ぐ切り替えて次に進む。言うならトライアンドエラー だ。  失敗を恐れない行動力。それが恋愛強者になるため のだった1つの条件である。  マッチングアプリに登録し、清潔感のある身だしな みを心がけ、手あたり次第、連絡先を交換する。そし てあとはひたすらメッセージを送る。するとなかには リアクションをくれる人が出てくる。そこからI人、 2人はデートの誘いに乗ってくれるだろう。  恋愛とビジネスは同じだ。ビジネスの成功者は必ず しも賢いわけではない。リスクを恐れず。失敗しても 何度でも立ち上がり。挑戦し続ける人が結局は勝つ。  かたや、中途半端に賢い人はリスクを恐れ、行動を ためらう。私はそうした人たちを「小利口」と呼んで バカにしている。リスクを恐れていてはなにもはじま らない。  行動すればモテるし、行動しなければモテない。出 会いの民主化はそれを加速させる。かくして「モテ・ 非モテの格差」はますます拡がっていくのだ。  いまや恋愛は非常にシンプルで公平なゲームになっ ているのである。 刈151内閣府「男女共同参画白書令和4年版」 刈161 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査    (結婚と出産に関する全国調査)」(2023年8月)