ハマトンの知的生活のすすめ_E・G・ハマトン_三輪裕範 まえがき  本書は英国の著述家であり美術雑誌の編集者で あったP・G・ハマトンが1873年に刊行した知 的生活論、自己啓発論の世界的名著である『知的生 活』から現代人に必要な部分を精選して編訳したも のです。  ハマトンの『知的生活』については、渡部昇一氏 がベストセラーである『知的生活の方法』(講談社 現代新書)を執筆するきっかけとなったことで有名 であり、同氏と下谷和幸氏による翻訳も講談社学術 文庫から出版されています。  ということで、多少なりとも知的生活や自己啓発 に関心のある方にとっては、ハマトンの『知的生 活』はよく知られた存在だと思います。皆様の中に は、すでにお読みになった方もいらっしやるのでは ないかと思います。  実際、私も『知的生活』を初めて読んだのは前記 の翻訳本によってでした。私かこの翻訳本を読んだ のは大学の最終学年のときでしたが、そのころから 自分も将来は本に囲まれた知的生活がしたいと強く 望んでいたので、ハマトンがこの名著の中で与えて くれている知的生活に関するアドバイスの一つひと つが心に染み入るように入ってきたことを今でも はっきりと覚えています。そして、そのときから、 私にとってハマトンの『知的生活』は折に触れて読 み返す、まさに座右の書になりました。 現代に通じる「健康」の重視  ではハマトンは、いったい知的生活に関するどん なアドバイスをしてくれているのでしょうか。詳し くはこのあと本書をお読み頂きたいと思いますが、 ハマトンが『知的生活』の中で特に強調しているの は知的生活における健康の重要性です。  こうしたハマトンの考え方を象徴しているのが、 その第一章を「知的生活における肉体的基礎」と題 し、真っ先に健康の重要性について深く考察してい ることです。ハマトンは「傑出した知性の持主が自 己の能力を十二分に発揮し続けていられるのも、彼 らが、机に向いづめの生活からくる悪影響を防いで いるからにほかなりません」とし、運動不足による 肉体および知的活動面における重大な悪影響に警鐘 を鳴らしています。  それでは、そうした悪影響を防ぐためにはどうす ればいいのでしょうか。それに対してハマトンは、 「幸運なる弛緩状態」になることを勧めています。 ハマトンは、「疲れきった頭脳は、自ら進んで厳し い仕事をもとめ、さらに疲労を増そうとはけっして しません」とし、そのようなときには「自然の本能 が要求するものを容れてやり、たとえわずかの間で も、疲れるような仕事のことなど忘れるように生活 を調整すること」を勧めています。  今では私たちにとって健康がいかに大切であるか ということは常識になっていますが、今から約 150年も前の時代にハマトンが知的生活における 健康の問題を真っ先に取り上げたことは、まさに驚 くべきことであり、時代に先駆けた慧眼だったとい えるでしょう。  実際、日本では今でも毎年、数多くの知的生活に 関する本が出版されています。しかし、これだけ健 康問題に対する国民的関心が高まっているにもかか わらず、そうした知的生活関連本で健康の問題を 真っ先に取り上げているものは見たことがありませ ん。そうした意味でも、ハマトンの『知的生活』に 書かれていることは非常に現代的であり、150年 前の人々に対してよりも、むしろ私たちのように今 を生きる人々により共感を呼ぶ内容になっていると いえます。 傑出した時間術  また、ハマトンはこうした健康の問題以外に、知 的生活における時間の重要性についても力説してい ます。そうした時間に関するハマトンの考えの中で 最も興味深く、考えさせられるのは、自分の研究の 前途に能力的、時間的な限界が見えたときには、潔 くそれを認め、その研究を諦めるように説いている ことです。  たしかにハマトンが言うように、何事にせよ一つ のことに精通するためには「一生の大半という永い 年月が必要」になりますが、それがあまりにも自明 のことであるために、人は「かえってのん気な気持 になってしまい、時間を節約すべき時に浪費」して しまいがちになります。  そうした意味でも、自分の残りの人生の間に、果 たして今手がけている研究を「完全にものにできる か」どうかについて常に自問自答する必要がありま す。そして、もしそれができそうもないと判断した ときには潔くその研究を断念することが最も有効な 時間節約の方法だと論じています。  そのようにして特定の研究を断念すると、それを 断念することによって浮いた時間を継続する他の研 究に充てることができるので、より有効な時間の使 い方ができるようになります。  しかし、この段階で終わっていては、本当に有効 な時間の使い方にはなりません。単に継続する研究 と断念する研究を選別するだけではなく、継続する 研究についても、そこから一歩進めて、「どの程度 まで研究を推し進めるか、その厳密な限界を設定す ること」が必要だとハマトンは力説しています。こ うしたハマトンの考え方を最もよく表しているのが、 「何をやるかということよりも、何をせずにおくか ということのほうが、はるかに重要であることが多 い」という言葉です。  このように、ハマトンの時間論は昨今の囗本の知 的生活論の多くに見られるような小手先の時間節約 術とは趣を大いに異にする、大変ユニークなものに なっています。 充実した知的生活のためのエッセンス  言うまでもないことですが、ハマトンが『知的生 活』の中で論じている問題は、もちろん、このよう な健康と時間の問題だけではありません。これら以 外にも、ハマトンは教育、金銭、習慣と伝統、女性 と結婚、貴族階級と庶民階級、交際と孤独、知性の 衛生学、商売と知的職業、環境の問題など、充実し た知的生活を送るためには必ず考えておかねばなら ない諸問題について、豊富な人生経験と透徹した思 索をした人にのみ可能な極めて含蓄のあるユニーク な論を展開しています。  ただ、残念ながら、渡部氏らによる翻訳本は 550ページを超える大著であるため、相当の忍耐 力がなければ、なかなか通読することができません。  また、前記の通り、この本は今からほぼ150年 前、日本でいえば明治維新直後に書かれたものであ るという時代的制約もあるため、特に「女性と結 婚」や「貴族階級と庶民階級について」などハマト ンが書いた内容の中には、現代の考え方にはそぐわ ないものや、女性蔑視ともとられかねないところが 散見されます。  本書では、そうした今の時代にそぐわない、ある いは不適切だと思われるような部分については除き、 知的生活を目指す現代人にとって有益だと思われる ハマトン流知的生活論のエッセンスを分かりやすく 書くように努めました。  ハマトンは『知的生活』のまえがきの中で、「知 的に生きるということは、何かを成し遂げることで あるというよりは、むしろ、最も高邁でかつより純 粋な真理を熱烈に求めることなのです」と述べてい ます。この言葉が表しているように、ハマトンに とって知的生活とはそれによって得られる具体的な 研究成果ではなく、何よりも人間としての正しい生 き方や、世の中の真理を希求するという生活全般に 対する心的態度のことでした。  本書がそうした心的態度、さらには知的生活全般 に対する皆様の関心を刺激する一助になることがで きれば、筆者にとってこれ以上の喜びはありません。 2018年年4月 三輪裕範 y土{ 「知的」とはどういうことか   001 知的生活は誰にでも開かれ   ている  水鳥たちが水の上の生活を求めるのと同じように、 一定の知的能力が備わった人なら必ず知的生活を求 めるものだ。  しかし、かりに知的能力にそれほど恵まれていな くても、心からそれを求める気持ちさえあれば、誰 でも知的生活をすることができる。   002 何の苦労もない生活は知性   の発達を妨げる  生活のあらゆる面で恵まれ、楽な生活ができると したら、きっと人はそれを羨むことだろう。しかし、 知性の発達にとっては、そうした何の苦労もない生 活こそが最大の妨げになるのだ。   003 知的な人はどこにいても何   かを学べる  知的な人にとっては、どこにいてもそこが最高の 学校である。  自分のまわりに存在する人間、書物、動物、石、 大地、すべてが教師になり得るのだ。   004 気高い思考を求めよ  知的生活が求めるものは、頭がよくなるとか、表 現がうまくなるとかといった現世的なことではない。 低俗な思考に陥らず、常に気高い思考ができるよう になることである。そうした思考態度、心的態度を 知的生活と呼ぶのだ。   005 人を知的にするのは知識で   はなく「徳」だ  人を知的にするのは知識や学問ではない。それは、 物事を常に生き生きと、美しく考えることができる ようになる人間としての徳なのである。   006 知的に生きるとは、真理を   求めてやまないこと  知的に生きるというのは、頭を使って何かを成し 遂げることではない。それは、常に真理を求めてや まない精神の姿勢のことである。より大きな真理と より小さな真理との間で常に毅然とした高貴な選択 をすることなのだ。   007 知的生活に年齢は関係ない  知的生活とは、自己教育に捧げられた生活だ。そ うした知的生活を志す人間は40歳になつていようが、 14歳のイートン校の生徒と同じように一生懸命勉強 しようとする。  008 知的な生き方そのものが高  貴だ  教養ある知的人間になることほど高貴なことはな い。一般的には、知的努力の証として目に見える形 での業績を残すべきだと考えられているが、そのよ うな考えは知に対する偏狭な考え方だ。何も具体的 な形で生み出さなくても、そうした知的人間の生き 方そのものが高貴で美しいのである。 訌争 健康こそが知的生活の基盤   009 知的活動には肉体的な基礎   が不可欠だ  あらゆる知的活動は、十分な肉体的基礎があって こそはじめて可能になることを忘れてはならない。 知的創造活動と心身の状態との間には密接な関係が あるのだ。   010 健康は蓄えておくことがで   きない  秋に二週間ほど旅行して英気を養い、それで一年 分の健康を蓄えようとする人がいるが、それは愚か なことだ。一週間の健康はその週のうちに補ってお かなければならないものである。   OII どんな薬も運動に勝るもの   はない  体を動かすことは、これまでに発明されたどんな 薬よりもはるかに効果がある。傑出した知性の持ち 主が十二分に能力を発揮できたのも、彼らが机に向 かい続ける生活から来る心身への悪影響をうまく防 いできたからだ。   012 体が求める休息を受け入れ   よ  傑作は短期間に集中して創作したときに生まれる ことが多い。しかし、それはときに死をもたらす危 険な習慣でもある。  自然の本能が休息と気晴らしを求めているときに はそれを静かに受け入れ、しばしのあいた幸福な安 らぎに身をゆだねたほうがいい。  知的活動にとって、休息することは非常に大切な ことである。それは人生が素晴らしいものであるた めには愛が必要であるのと同じことだ。   013 完全な休息が必要だ  知的生活に無理は禁物であり、その生活は夏のそ よ風のようであってほしい。夏のそよ風は人に完全 な安らぎをもたらす。  生きている間に夏のそよ風のような完全な休息を とることができれば、何もあわてて墓場での休息を 求める必要はないだろう。   014 知的生活は良質な睡眠から   生まれる  カントは満足な知的生活をするためには、肉体的 な健康が何よりも大切であることを人一倍理解して いた。そして、一日の知的生活の質を左右する最も 重要な要因が前夜の睡眠であるということもよく分 かっていた人であった。   015 知的生活は健康な肉体から   生まれる  短期的に見た場合、肉体的生活と知的生活は両立 しないことが多い。しかし、長期的に見れば、両者 は完全に調和している。憂鬱で体調がよくないとき よりも、生き生きと健康なときのほうが頭脳ははる かに明晰に働くからだ。   016 健康に最高の投資をせよ  重要な知的労働を成し遂げるためには、長年にわ たって健康を維持しなければならない。だからこそ、 知的生活者にとっては、健康を維持するために払う 犠牲は最高の投資なのである。   017 運動が知的生活を支える  肉体的生活と知的生活は両立する。すぐれた文学 者が体を動かして運動したことは、彼らが書く素材 を豊かにし文体に力強さを与えた。また、科学者が 体を動かしたことは、彼らに数多くの発見をもたら し、画家が体を動かして各地の美しい自然を見たこ とは、彼らの芸術の完成度をより高めることになっ た。    仕事に打ち込ひことが ″ふマ 人生を豊かにする   018 仕事に打ち込めば、退屈な   ど感じない  もし今の仕事に退屈しているとしたら、それはそ の仕事に徹底して打ち込んでいない証拠である。徹 底して仕事に打ち込んでいるとき、君の世界から 「退屈」という言葉は消え去っているはずだ。   019 労を惜しんでは成果があが   らない  何らかの成果を生むような仕事というのは、十の うち九まで、必ず骨の折れるつらい仕事である。複 雑で高級な仕事であれ、単純作業であれ、およそ仕 事というものは労を惜しむような人には決して満足 な結果をもたらさないようにできているのだ。   020 地道な努力を続けよ  文学でも芸術でも作者には最高の勤勉さが要求さ れる。音楽や絵画などの分野で素晴らしい仕事をし た人たちを見ても、地味で退屈な修行にじっと耐え てこなかった者はいない。今も昔も、偉大な芸術家 たちが世に出てきたのは、彼らが固い信念をもって、 ゴツゴツと地道に不断の努力を続けてきたからだ。   021 人一倍の努力が業績につな   カる  真に研究するに値する学問で立派な業績をあげる ためには、人一倍の努力が必要である。学問に隕ら ずどんな仕事でも、毎日地道に努力することなしに 成功という名の栄光に浴することはできないのだ。   022 芸術は苦しみとの戦いの成   果だ  芸術家は作品の準備段階だけでなく、制作中も大 きな苦しみを味わっている。芸術家の仕事というの は、何にもまして、喜びと幸福を前面に出す一方、 できるだけ苦労や苦しみのあとを隠すことにある。  しかし、その仕事の内実を知る者は、彼らが絶え ず芸術上の困難と格闘していることをよく知ってい る。われわれが目にしている彼らの素晴らしい作品 は、彼らの格闘の代償なのである。   023 知的な仕事は過程を楽しむ   ものだ  知的生活において重要なことは、知的な仕事を 行っているときは、その過程を心から楽しむという ことである。その仕事を終えることばかり気にして いると、仕事そのものが苦痛になり、結局は挫折し てしまうことが多くなる。  知的生活を志す者は、知性の旅程は無限に長いと いうことをまず認識しなければならない。一歩一歩 前進することが知的生活における最大の秘訣である。   024 焦って仕事をしてもうまく   ゛Vヵな゛V  知的生活に焦りは禁物だ。もちろん、興奮しては やる気持ちになることも時には必要である。しかし、 今やろうとしている仕事を一刻も早く終わらせたい と焦っても、それで仕事がうまくいくことはほとん どない。そうした焦りは綿密な知的活動に必要な知 的冷静さを失わせてしまうだけだ。   025 経験によって自分の限界を   把握する  経験が貴重であるのは、それによって自分の力の 限界を知ることができるからだ。  自分の限界を知っている者は、仕事を完成させる ためにはどれだけの時間がかかるのか、あるいは、 それがどのようなものになるのかということをほぼ 正確に見通すことができる。そうした人は仕事を一 瞬でも早く終わらせたいという焦燥にかられること はない。   026 知性とともに精神的な強さ   を持て  すぐれた知性の持ち主は精神的な強さを持ってい る。彼らの直感がひらめいたときには、一瞬霧が晴 れたように天上にある、自らが求める目的地を仰ぎ 見ることができる。  もちろん、ときには目的地を雲が再び覆い、見え なくなってしまうこともある。しかし、そんなとき にも彼らは暗闇の中を何度もつまずきながら、不屈 の精神で一歩一歩着実に歩を進める。そんな崇高な る忍耐力があるからこそ、彼らは私たちに貴重な知 的財産を残すことができるのだ。   027 自ら修練しなければ知性は   磨けない  卓越した人物というのは、仕事に関する訓練を十 分積み、自己修練を重ねてきた人物のことである。 自ら進んで知的訓練を受けたことがない人で、ひと かどの知識人になった人などこれまで聞いたことが ない。   028 意志の力で才能は伸ばせる  意志の力だけで天才と肩を並べることはできない。 しかし、意志の力によって自分の持っている才能を 伸ばして一生懸命に仕事に励み、素晴らしい教養を 身につけた人たちに少しでも追いつこうと努力する ことは本当に素晴らしいことである。   029 厳しい訓練を積んでこそ、   望みはかなう  われわれが生まれながらにして授かった能力とい うのは、単に何かになろうとする力に過ぎないので あり、それだけでは不十分だ。実際に何かになれる かどうかは、われわれが自分に対してどれだけ厳し い訓練を課すかどうかにかかっているのである。   030 文章がその人の精神的な力   を表す  知的訓練が目指すのは、一国の軍隊が一人の戦略 家によって指揮されるのと同じように、われわれの 能力をコントロールする術を精神のうちに確立する ことにある。この力があるかどうかは、その人が書 いたものに統一があり、均衡がとれているかどうか を見ればすぐわかる。  031 誰でも文学が書けるわけで  はない  誰でも本を書こうとすれば書くことはできる。し かし、誰でもが文学の名に植するものを書けるわけ ではない。文学と単なる本の間には途方もなく大き い知的訓練の差があるのだ。   032 教養なき者に魂は宿らない  詩は知的な魂の働きによるものであるが、いかに 素晴らしい才能に恵まれたとしても、まったく教養 のない人間に知的なインスピレーションは訪れない。 詩人キーツが天才的な能力を発揮することができた のは、彼が身につけた教養のおかげだった。   033 考える努力を続けてこそイ   ンスピレーションが湧く  インスピレーションと日々の努力は大いに関係し ている。仕事のことを常に考え一途に思い続ければ、 そうした日々の努力は必ずやインスピレーションの 源になるだろう。   034 好き嫌いを軽視してはいけ   ない  われわれには好んで求めるものとそうでないもの があるが、そうした個人の好き嫌いを軽視してはい けない。というのも、そうした好き嫌いの気持ちが われわれのもって生まれた能力を最もよく示してい るからだ。   035 自分の好き嫌いが他人と違   うことを気にするな  自分の好き嫌いの感情というのは信頼できるもの だ。特に知的訓練においては、そうした心の内なる 法則に従って行うことが大切である。心の内なる法 則に従った結果、自分の考えや行動が他人の一般的 な意見と違ったとしても、それを気にする必要など まったくない。   036 公平無私な心が知的生活の   支えとなる  知的生活を志す者にとって、勤勉、忍耐心、勇気、 謙虚さなどは、なくてはならない重要な資質だ。し かし、その中でも、知的生活者に必要な最も重要な 資質は公平無私の心である。  知的に公平無私であるというのは生まれながらに 個人が持っている資質ではない。それは自らが積極 的に求めなければ得られないものである。公平無私 とは、自分にとってどれだけ不都合なことであろう とも、潔く真理を受け入れる覚悟のことをいうのだ。   037 自制心が大望をかなえる  成し遂げたいと思う大望があるとき、人はその大 望を実現するために自制心を働かせるものだ。そう した大望を成就するためには、その仕事の巨大な重 みに耐えうるだけの強い肉体と、知的な頭脳をいつ も維持しておかなければならない。   038 知的冷静さを持つ  綿密な仕事をするためには知的冷静さが必要であ る。画家の一筆一筆というのは、次の一筆をどのよ うに描くかということを常に冷静に考えた上でのも のなのだ。   039 能力を浪費するな  自分の持てる力を浪費するのは愚かなことだ。そ うした力の浪費は自分の情熱に水をさすことになる。 十年もそんな生活をしていれば、意志の力はほとん どなくなり、心に秘めていた情熱もなくなってしま うものだ。   040 名声に囚われると知的な仕   事が妨げられる  才能ある知的人間が世の中に認められないままで いるとしよう。もしその人が野心家であるなら、そ れは精神的に大変つらいことだろう。しかし、多少 見方を変えれば、そのほうが誰に気兼ねすることも なく、思う存分自分の実力を発揮することができる ようになり、かえって安らかな気持ちで知的活動に 打ち込めるようになる。誰もが名声を望むが、そう した名声はしばしば知的活動の妨げになるものだ。   041 他人の評価を求めない  知的な人間の努力が世間から正当に評価されるこ とは少ない。知的な人間は、たとえ自分のやってい ることが世間から正当に評価されなくても気落ちせ ず、自分のやっていることには無限の価値があると いう強い信念を保持していなければならない。   042 文筆という活動は薬にも毒   にもなる  文筆の仕事というのは強力な刺激物に似ている。 それは適量であれば無害であるばかりか、これほど 有益なものもない。しかし、ひとたび度を越してし まうと、それは人の精神に対する猛毒になってしま   043 大衆への迎合に腐心しては   いけない  より完璧な知的生活というのは、寡黙な研究者に よって実践されるものである。大衆のためにものを 書く人間は大衆の奴隷になってしまう。その結果、 自分が真に知的関心を持つテーマはそっちのけとな り、大して興味もないテーマについて書くことにな るのだ。   044 名を知られることを求めて   はいけない  名も知られず、地方でひっそりとつつましく生き ている人間のほうが、大衆に迎合するようなものを 多く書いている有名人よりも、よほど教養ある知的 人間と呼ぶにふさわしい。   045 習慣が人の幸福を左右する  幸福とは何よりも習慣の中に見出されるものであ る。習慣とはそれほどまでに深く人間性に根ざした ものであり、人間の本能を満足させてくれるものな のだ。   046 苦しみを知ることは人生を   豊かにする  病人は病気のことをよく知っているが、それ以上 に健康の喜びのことをよく知っている。だからこそ、 健康な人よりも健康について深く正確に考えること ができるのだ。人生もそれと同じで、苦痛のない人 生ほどつまらないものはない。病気の苦しみを知ら ず、それを理解することもできないような人は、決 まってどこか物足りないところがあるものだ。   047 知的な活動は精神を満足さ   せる  身体が衰弱しているときであってさえも、知識と いう世界にいくぶんかでも付け加えて貢献すること ができ、何か新しい思想を表現して後世に残すこと ができると考えることは、朽ちつつある身体に宿る 精神に深い満足感を与えてくれるものだ。   048 身体が衰えたときにこそ、   知的な仕事の価値は高まる  知的労働に関しては、身体が衰弱したときの仕事 が最も完成度が高く、最も価値が高いということが 往々にしてあるものだ。精神と身体は共に衰えてい くと考える人が多いが、知的労働に関して言えば、 そうした考えは必ずしも正しくない。 ↓昌言行几   049 知識は精神的な向上に結び   つかなければ意味がない  知性にとって重要なことは、知識の量ではない。 それよりももっと重要なことがある。それは、勉強 して獲得した知識が精神的な向上につながり、全体 としての知識に釣合いがとれているかどうかという ことである。   050 知識は増やせばよいという   ものではない  新しいことを学べば、知性全体の構造に必ず変化 が生じる。それは化合物が他の成分によって変化を 受けるのと同じことだ。それと同じように、知識に ついてもそれを広げることはよいときもあるが、悪 いときもある。知識があるからこそできることもあ るが、知識がないからこそできるということもある からだ。   051 無駄な知識を増やすな  能率的に学習ができるのは、その対象を絞り込む からである。そのことを知的生活者は知っておく必 要がある。自分に生まれつき適性のない勉強をして も、それは時間の無駄にすぎない。自分に適性のな い知識の探求は知的生活にとって有害である。   052 一つのことを究めれば、そ   の対象へ深く入り込むことができる  現代に生きていても、ラテン語ができれば、古代 ローマ時代の著述家だちと自分の書斎で心おきなく 語り合うことができる。ラテン語ができる人はすぐ に古代ローマ時代の思想の中に溶け込んでいくこと ができ、珠玉の時間を過ごすことができるのだ。ラ テン語の勉強のように、一つのことをずっと学んで きた人間には、すぐに対象に没入していけるという 特権がある。   053 一つのことを究めないと知   的な喜びを得られない   一つのことに集中せずさまざまなことを学んでき た人間は、絶えず控えの間で待だされるという不幸 に見舞われる。たとえばラテン語が十分できないと、 古代ローマ時代の著述家と書斎で二人つきりになつ てゆっくり語り合うことができない。その前に控え の間に通されて、そこで文法書や辞書を見ながら時 間を過ごさなければならないはめになるのだ。   054 あまりに多くのことを同時   に勉強してはいけない  いろんなことを勉強するのはいいが、それらすべ てを同時にしてはいけない。15もの違ったことを勉 強しているとすれば、そのうちの10はなおざりにさ れて使いものにはならないからだ。古来、知的生活 で多くのことに手を出して、大成した人はいない。   055 知識は常に使わなければ意   味ヵな廴  知識というのは日ごろから使っているものだけが 必要なときに役立つ。普段使わない知識というのは それを維持するだけでも大きな困難がともなうもの だ。 Jルマ 学びの目的を定める   056 研究対象を掘り下げること   が知的な喜びだ  小さな土地を持った農夫が自分の土地をいつくし んで耕すのと同じように、一つだけ自分の大好きな 研究対象があり、それを毎日楽しく、愛情を注ぎな がら丹念に研究する。それこそが最高の知的生活者 の姿である。   057 一つのことを学び続けよ  われわれの頭脳は、昔の人たちの頭脳よりも決し てできがいいわけではない。それにもかかわらず、 昔の人たちが一つしか学ばなかったところを、われ われは六つ学ぼうとしている。昔の人は一つのこと をしっかり学んだが、われわれは多くのことを単に 学ぼうとしているに過ぎないのだ。  われわれがやらなければならないのは、あれもこ れもと手を出すことではなく、昔の人と同じように、 その中から一つだけ厳選して、昔の人と肩を並べら れるぐらいにしっかりと勉強することだ。   058 学ぶ対象を絞ることで知的   生活は充実する  昔の大は生活するためにあくせく働く必要がなく、 また今のわれわれのように多くの科目の勉強に力を 分散させることなく、ひたすらラテン語を身につけ ることを唯一の知的目標にすることができた。そう した昔の人のほうが、つまらないことに時間と精力 を浪費しているわれわれよりも、はるかに満足のい く知的生活をすることができたのだ。   059 知識の幅を広げることがよ   いとは限らない  われわれはこれまで、とにかくできるだけ多くの ことを学び、幅広い知識を持つことが重要だと教え られてきた。しかし、新しく学んだものはそれまで に学んだことに必ず影響を与えることになる。それ は知性の化学反応とでも呼ぶべきものであるが、そ の結果は必ずしもよいとは隕らないのだ。   060 一見非実用的な研究も、大   いに役に立つことがある  少し変わった研究をしていると、それは時間の無 駄だと非難する人が世間には必ずいる。しかし、そ れで研究を投げ出してしまえば、人はいつまでも愚 かなままである。  古典語や高等数学のような研究がどんなことに役 に立つのかと問われると、たしかに分からないとこ ろがある。それは教養のためであり、知識を探求す るための優れた道具であるというぐらいしか答えら れないだろう。しかし、研究というのは一見まった く無関係なことであっても、それがあとになって思 わぬところで大いに役に立つということがしばしば あるのだ。   061 勉強の成果はやがて影響し   あう  たとえば、古代史の研究と風景画は一見無関係に 思えるかもしれない。しかし、古代史を研究してい れば、一般人が何の興味も抱かないような土地に対 しても、その土地に関連する人間の歴史に思いをば せるようになる。そして、土地に対するそうした人 間的関心が画家に絵を描かせるきっかけになること は非常によくあることなのだ。   062 幅広い読書からアイディア   が得られる   一見何の役にも立たないように見える知識にも間 接的な効用があることを最もよく知っているのが作 家である。偉大な作家というのはすべて幅広い読書 をしているものだ。彼らはそんな幅広い読書の中か ら作品の暗示を得たり、アイディアをつかんだりし ているのである。作家の仕事というのは、それまで 数ヶ国語で読み漁ってきた乱読に負っていることが 往々にしてあるのだ。   063 多く学ぶより深く学べ  今日の学校で教える内容はあまりにも種類が多い ため、学生たちはすべて中途半端な知識しか身につ けることができない。学校では不完全であっても多 くのことを学べば褒められる。しかし、それは物事 を完璧に学ぶということとは雲泥の差がある。物事 を完璧に学ぶということには、とてつもない努力と 忍耐が要求されるのだ。   064 忘れることも大切だ  記憶すべきものは記憶し、忘れるべきものは忘れ るという選択記憶に人間が恵まれているのは大変あ りかたいことだ。書物を読んでも、日々の暮らしの 中でも、われわれは毎日厖大な量の情報を受け取っ ている。しかし、そうした選択記憶に恵まれている 人は、興味のあることとないことを無意識に選択し ているので混乱することがない。  自分が興味のあることしか覚えないという選択記 憶が、学校の試験で役立つことは少ない。しかし、 それは文学や美術などでは大変大きな力を発揮する。 文学や美術などに役立つ記憶というのは、何でも引 き受ける郵便局のようなものではない。それは自分 の知的な好みに合わないものは一切掲載しない雑誌 のようなものなのだ。   065 興味のないことを無理に学   ぼうとしてはいけない  自分の興味と関心にすなおに従い、自らの知性を そのおもむくところに向かわせよう。自分の興味が ないことを無理やり人から頭に詰め込まれても、そ れが自分の精神の糧になることはない。  066 興味が湧くものはあなたに  とって大切なものだ  あなたに興味をおこさせるものだけを追いかけて いけばいい。なぜなら、それがあなたにとって大切 なものだからだ。   067 あなたの興味があなたの個   性となる  絵画をアトリエで制作する場合、ときには記憶し ているものを描くことがある。そのとき最も美しい 絵画の構図は画家が選択した記憶の中から生まれて くる。こうした記憶の選択機能のおかげで、記憶の 中のある部分は誇張され、またある部分は縮小され、 あるものは完全に省略されてしまう。画家が傑作を 生むことができるのも、まさにこのような選択記憶 があるからだ。   068 物事の本質を結びつけるこ   とが知性の訓練となる  知性の真の訓練は、実際に関係のあるものを結び つけることによってのみ達成される。物事の間の関 係が深ければ深いほど、さらには、その関係がそれ らの本質に根ざしているものであればあるほど、知 性はよく磨かれるのである。   069 覚えるためには構造を理解   しなければならない  解剖学や植物学などには覚えることが無数にある が、それを覚えることができるのは、その内容が自 然の構成秩序に基づいて配列されているからである。 それは言語の勉強においても同じであり、それぞれ の言語間の構造上の関係がどうなっているかをまず 理解することが何よりも大切だ。   070 関連と構造がなければ雑学   にすぎない  知性の正しい働きというのは、本質的に関連があ るものを頭の中で整然と秩序立てて整理することに よって初めて可能になる。首尾一貫性のない無秩序 な知識をいくら集めたところで、それは雑学以上の 何ものでもない。   071 自分にとって大切でないも   のは覚えなくてよい  人にはよく記憶できるものと、できないものがあ る。それは生まれついてのものであり、覚えられな いものを無理やり覚える必要はない。もし自分には どうしても覚えられないものがあったとしても、そ うした自分の記憶がもつ拒否力は大切にしなければ ならない。  すぐれた知性の持ち主というのは、自分にとって 大切なものを脳裏に深く刻むことができる。その一 方、自分にとって大切ではないものは覚えず、簡単 に忘れてしまうという点で際立っているのである。   072 勉強の軸を決める  知的生活において重要なことは、中心的に勉強す ることを一つだけに決め、あとはそれにプラスにな ることを補助的にいくつか勉強するということであ る。その場合でも、自分の中心的な勉強の役に立だ ないことには一切手を出さないようにすることが大 切だ。   073 原書を読むことにこだわら   ない  ラテン語やギリシヤ語で真の学識に達するために は一生を費やす覚悟が必要だ。もしそんな時間も覚 悟もないのであれば、翻訳で原書を読むことを目標 にするほうが賢い。もちろん、翻訳なしに読めるこ とが一番望ましい。しかし一般人にとってはそれは 夢物語であり、時間の無駄でしかない。 ぐ毎 時間を効率的に使う   074 教養を身につけるには時間   の節約が必須だ  社会人になれば、仕事上や生活上のことでやらな ければならないことがあまりにも多く、教養のため の勉強に割ける時間はわずかしかない。ということ は、社会人でなおかつ教養を身につけたいと願う人 は、最大限に時間を節約する人でなければならない ということだ。  知的生活を心がけている人というのは、くだらな いことに時間を浪費してしまうようなことはない。 ところが、そんな知的な人がつい時間を浪費してし まうのが、まさにそうした知的な勉強に従事してい るときなのである。  何事につけ物事に精通するためには一生の大半を 使わねばならない。しかし、勉強はI生かかってす るものだと思うと、かえって毎日の時間を節約する ことについて無頓着になり、結局時間を浪費してし まうことになる。これは知的生活者にとって、最も 心すべきことである。   075 時間節約には強い決意と潔   い諦めを  知的生活者が時間節約をする最善の方法は、何か を勉強するときには、それを必ずものにするという 強い決意をもって臨むことである。しかし、もしそ の勉強が自分にはどうにも手に負えないものである と判断したときには、潔く自分の限界を認め諦める ことだ。その判断を誤って自分にはできないことを、 いつまでも追いかけることは人生最大の時間の無駄 である。   076 決意のない勉強は時間の無   駄だ  どんな知識や技術でも、それに習熟するためには 一定の時間と、それに集中して取り組むだけの決意 が必要である。しかし、そこまでする時間も決意も ないのであれば、それは最初から時間の無駄である。 不完全に習得した知識や技術は実際の役には立たな いものだ。  話せも書けもしない外国語、基礎が分かっていな い科学、満足に使いこなせない技術などは、不完全 に習得した知識や技術の典型である。もちろん、た とえ不完全であろうと、そうした知識や技術を覚え ようと努力することは多少の精神的訓練にはなるだ ろう。しかし、知識や技術の習得という観点から言 えば、それはやはり時間の無駄であったと言わざる を得ない。   077 人生において重要なのは選   択することだ  世の中には「相殺」という素晴らしい原理が働い ている。われわれが持っている時間は有限であり、 あれもこれもすることはできない。あれかこれかと いうのが人生の真理である。だからこそ、人生にお いては選択が重要になってくるのだ。   078 自分の限界を明確にする  自分がものにできそうな勉強以外はすべて断念し、 時間と決意の両面で自分がものにできそうだと思う 対象に集中して勉強すれば、時間節約もでき大いに 効率もあがる。しかし、それ以上に大切なことは、 今後集中して勉強していくことについて、今後その 勉強をどの程度まで進めていくべきかという明確な 限界を設定することである。   079 勉強の範囲を絞れ  たとえば、植物の勉強をするにしても、世界中に 無数にある植物の標本を作ろうとするよりも、自分 が住んでいる谷の植物標本を作るというように、よ り狭い範囲の中で明確な限界を設定するほうが、よ ほど入念かつ神経の行き届いた価植ある仕事ができ るだろう。   080 学ぶ対象を選択し、徹底的   に学べ  知的生活においては、取捨選択することと徹底す ることが非常に大切である。  手に入る書物も隕られていたわれわれの祖先の時 代の知的生活環境は、現在に比べると非常に不便な ものであった。しかし、そんな知的生活環境の中に あっても、彼らは手に入る少数の書物を取捨選択し それを徹底的に勉強することによって、現在われわ れが広大な書物の山から得ている以上のことを学ぶ ことができたのである。   081 古人の学び方に学ぶ  現代は随筆家が百出している。しかし、最近の随 筆家の中で、モンテーニュを上回るような優れた随 筆家がいるだろうか。  モンテーニュのあの知恵と機知のすべては彼が所 有していた数少ない古典文学と、彼が生きた時代の 生活の中から見つけ出してきたものなのだ。   082 相互補完的な勉強は効率が   いい  知的生活における時間節約の一つの方法として、 互いに補い合うことを勉強するということがある。 たとえば、風景画家にとっては、自分が住んでいる 地域の植物を知ることは大変有益なことである。と いうのも植物に関する知識があれば、それらの諸相 を克明に覚えることができ、絵を描くときに大変役 に立つからだ。   083 際限なく生まれる勉強欲を   取捨選択する  あることの勉強に時間を割けば、当然、他のこと を勉強する時間は少なくなる。一日の時間は誰にで も平等に24時間しか与えられていない。しかし、知 的人間には次から次へと勉強したいことが出てくる。 選択が重要になるのは、まさにそんなときだ。  われわれにもし無限の時間が与えられているなら ば、それはどんなにか素晴らしいだろう。しかし、 われわれには有限の時間しか与えられていないこと には、それを補ってあまりある大きな恩恵もあるの だ。  たしかに、時間が有限であるため限定された狭い 分野の研究しかできないとすれば、それは残念なこ とかもしれない。しかし、実際にはそのおかげでそ の分野の研究を徹底することができるという素晴ら しい恩恵をもたらしてくれるのである。   084 人生の大きな過ちの一つは   必要な時間を見通せないこと  時間と期間というのは人の人生を左右する最も重 要なものである。しかし、この二つについて的確な 判断を下せる大はあまりいない。  年をとって自分の人生を振りかえってみたとき、 多くの大はしみじみと感じる。自分が犯した最大の 過ちは、自分がしようと思ったことに一体どれくら いの時間がかかるのかということを正確に見通せな かったことだと。  085 物事を完成させるには必要  な時間を正確に見積もらなければな  らない  物事を完成させたり成就させたりするために最も 重要なことは、それに必要な時間を正確に見積もっ て計算することである。その計算を誤ることほど時 間の浪費になることはない。何事も不完全にしか習 得できずそれが役に立だないのは、まさにそこに根 本原因があるのだ。   086 一日にできる仕事はごくわ   ずかだ  人が一日にできることは何と少ないことか。原稿 を書いてもわずか3ページしか書けなかったり、絵 を描いても着衣のひだをわずかに描けるぐらいだっ たりすることがある。また、大理石を彫刻しても、 朝から夜まで一日かかってもわずかな量しか彫れな い。  何事をするにしても人生において大切なことは、 自分の能力でどれだけのことができるかということ を正確に判断することである。そして、その範囲内 で実行可能な計画を立てることである。   087 時間の見通しを誤る単純な   理由  不思議なことだが、10分や10時間でやれるような ことなら非常に正確に時間を計算できる人が、10年 がかりでやるべきことについては愚かなほどの計算 間違いをしてしまう。  では、なぜそんな計算間違いをしてしまうのだろ うか。それは、毎日の食事時間や睡眠時間などを 削って頑張れば、今後10年間でこれまでの10年間よ りもはるかに多くのことができると考えてしまうた めだ。  つまり、食事時間や睡眠時間などには伸縮性があ り、自分の心がけ次第でいくらでも縮めることがで きると安易に考えてしまうのだ。ところが、実際に はこうした時間の伸縮性には限度があり、節約でき る時間は思ったほど多くはないのである。   088 時間の伸縮性には限界があ   る  時間には自分の心がけ次第で、ある程度延ばした り短縮したりできるという伸縮性がある。しかし、 こうした時間の伸縮性というのはゴムのように際限 なく伸び縮みできるような伸縮性ではなく、むしろ 皮のようなはっきりとした限界がある伸縮性だと 思ったほうがいい。  本当にうまく時間節約のできる人とは、時間の伸 縮性をよく理解している人のことだ。時間の伸縮性 を理解すれば、何時間でどんなことができるかを正 しく判断できるだけでなく、何年でどのぐらいのこ とができるかということについても幻想を抱くよう なことはない。   089 時間をどう使うかをよく考   えよ  昔から時間の大切さを強調する格言は数え切れな いぐらいたくさんある。しかし、そうした格言も時 間が大切であることは教えてくれるものの、どう やったら時間を大切にできるかというその具体的方 法については教えてくれない。格言そのものの内容 よりも、それを実際の生活の中でどう実践するかを 考えることのほうがよほど大切である。   090 何をやるかより何をやらな   いかを決める  人生は短く、時間は矢のように過ぎ去っていくも のであることは誰でも知っている。しかし、そうし た時間の制約の中で何をやり、何をやらないかを正 確に判断することは、豊富な人生経験とすぐれた知 恵がないとできない。人生においては、何をやるか ということよりも、何をやらないかを決めることの ほうがはるかに重要なのである。   091 不測の事態に備える  長い人生のあいだには、思いもよらぬことがたび たび起こるものだ。私の知っている紳士は、そうし た人生における思わぬ事態のことを「隠された落と し穴」と呼んだ。  いくら歳をとって人生経験を積んできたといって も、何歳になってもそんな落とし穴に落ち込む可能 性があることを考えておかねばならない。   092 あわてて行動してはいけな   い  物事は迅速に行ったほうがいいように思われてい る。しかし、人生においては、あわてず、一呼吸お いてから行動に移ったほうがいい場合も多い。果敢 な実行力で有名だったナポレオンも言っているよう に、どうしたらいいかまだはっきり分からないとき には何もしないほうが得策だ。   093 無策な行動は時間を無駄に   するだけだ  画家にとっては、カンバスのどの位置にどんな色 を塗るかさえ決めれば、実際に描くことはほんのわ ずかな時間でできてしまう。しかし、絵の構想が決 まっていない段階で成り行きまかせに描いていくと、 それは十中八九、時間の無駄としかいえないような 駄作になってしまう。   094 よい仕事をするためにはI   定の時間が必要だ  どんなことでも、よい仕事をするためには、必ず 一定の時間というものが必要である。それを惜しん で事を性急に進めると、うまくいくこともうまくい かなくなる。  095 知性のある人は物事にかか  る時間がわかっている  どんな分野であれ、物事を完全に習得する者は、 一定の成果をあげるためにはどれくらいの時間がか かるかということをよく知っている。  実際、知性のある人は他の人に対して、あること を成就するためにはどれくらいの時間が必要である かということを即座に教えてやることができるもの だ。   096 じっくり考えることは時間   の節約につながる  多忙を極めている人は時間に追われているため、 ついつい物事についてよく考えないうちに行動を起 こしてしまいがちだ。そのため、結果的には自分の 意図とは逆に時間を無駄にしてしまうことが多い。  その一方、じっくり考えてから行動に移す人は、 今後進むべき道を見極め、正確に先を見通すことが できるので、結果的に時間を節約することができる。   097 どれだけの時間とエネル   ギーを注ぐかを考えて仕事に取り組   む  人が真に偉大な仕事をするためには、自分の一生 の間にその仕事にどれだけの時間と干不ルギーを注 ぎ込むことができるかをよく考える必要がある。  ところが、世の中には自分が熱意を注いでいる仕 事が完成するのに、どれだけの時間と干不ルギーが 必要であるかということが分からず、あたら無駄な 努力をしている人があまりにも多い。   098 実行に移した仕事は迅速に   仕上げる  人も年々絶えず変化しているのであり、どんな仕 事をするにしても、それにあまりにも長期間携わっ ていると、その仕事にはどうしてもまとまりが失わ れていく。実行する前にはじっくり考えるべきだが、 いったんあることを始めたならば、一定の時間内に 迅速に仕上げてしまうほうがよい。   099 一番快適な時間帯に一番大   切な仕事をする  時間という問題は知的人間にとって最も大きな関 心事の一つだ。なかでも一番重要なのは、一日のう ちどの時間に一番注力する仕事をやるかということ である。  それは昼であっても夜であってもかまわない。重 要なことは、自分にとって一番快適だと感じる時間 にその仕事をすることだ。   100 知的仕事には邪魔が入らな   いようにする  知的仕事をするための時間に関して最も重要なこ とは、その時間帯に邪魔が入らないようにするとい うことである。途中で中断されることは、仕事の質 を落とすだけでなく、こなせる量も大きく落とすこ とになる。   101 知的仕事にはまとまった時   間が必要だ  知的仕事をする際には、時間はできるだけ大まか に区切ったほうがよい。15分ごとに次々と仕事を変 えていくのではなく、一つの仕事に2時間とか4時 間とかといったまとまった時間をかけるのが賢明な やり方だ。  15分ごとに次から次へとやることを変えると、思 考が中断されて能率が上がらなくなってしまう。知 的仕事をうまくやるためには、自分の能力を十分に 発揮できるだけの時間、その仕事にかかりっきりに なる必要があるのだ。   102 こまぎれ時間にはこまぎれ   の仕事をする  知的活動には絶対にまとまった時間が必要である が、こまぎれの時間もまったく不必要というわけで はない。こうしたこまぎれの時間には外国語の単語 を覚えるといった作業が適している。というのも、 そうした知的作業は時間のかからない短いものであ り、かつ断片的なものだからだ。  すぐに中断してしまうようなこまぎれ時間に、知 的能力をフル回転させるようなことをしても無駄だ。 時間にはその長さに応じて、それにふさわしい知的 活動というものがあるのである。   103 物事が順調に進むことなど   ない  人は往々にして、仕事が完成するまでに要する時 間について見通しを誤るものだ。自分でやったこと もないのに、自分勝手に想像し、何事も簡単にでき ると考えてしまうところがある。  しかし、自分の考えたように物事が順調に進むこ となど、この世にはほとんどない。自分が一日にで きるのはほんのわずかでしかないのに、われわれは 身のほど知らずにも、物事を安易に考えてしまうと ころがある。  大切なことは、自分の能力でどれだけのことがで きるかということを正しく判断し、その範囲内で実 行可能な計画を立てることである。   104 知的な作業に追い込みは通   用しない  世の中には、切羽詰った状況になるとエンジンが かかり、仕事がはかどるという人がいる。  たしかに、日ごろからやり慣れているような一定 の型にはまった単純な仕事であれば、切羽詰った状 況になったほうが仕事ははかどるかもしれない。  しかし、学問のように高度な知的作業が要求され るような仕事の場合は、逆に切羽詰ったような状況 になると絶対にうまくいかないものだ。  兵士や商人であれば切羽詰った緊急事態になれば 奮い立つかもしれないが、知的作業を行う者にとっ ては、そうした切羽詰った状況は百害あって一利な しである。  実際、外からの圧力で刺激を受けたとき、実務的 な仕事の場合は頭がより活発に動くようになるが、 知的活動の場合は逆に頭の働きは鈍くなってしまう のだ。   105 一瞬のひらめきも多くの時   間の積み重ねがあってこそ生まれる  科学における発見を考えてみればよく分かるが、 そうした学問的発見は発見者の頭に突如としてひら めくことが多い。しかし、そうしたひらめきが起こ るのは、長い間にわたって忍耐強く数多くの実験を 重ね、さまざまなことを熟考してきた結果である。 物事というのはまさに十分な時を経て初めて成就す るものなのだ。   106 天才とは、規則的に勉強を   続けられる人だ  いかなる天才であっても長期にわたって規則的に 素晴らしい作品を生み続けていくことはできない。 しかし、そうした天才も規則的に勉強していくこと はできる。実際、過去の天才の中でも最も優れた者 は、毎日、規則的に着実に勉強を行っているという 点で際立っているのである。   107 わずかな時間も充実させる  自分が自由にできる時間というのはわずかなもの だ。しかも、そうした時間はあっという間に過ぎ 去ってしまう。しかし、知的生活者は、たとえわず かな時間であっても、自分が心から満足できる知的 な時間を過ごすことができるなら、それで十分なの だ。   108 時計に支配されるのではな   く、時計を支配せよ  真に知的な人間というのは、時計にあわせるよう な愚かな行動はしない。生真面目な人は時計にあわ せた生活をしようとするが、それでは時計の奴隷に なったのも同然だ。  そもそも、人間の知性というのは時計のような仕 組みにはなっていない。時計にあわせるということ 自体、非知性的なことなのだ。知性には、ある程度 のゆとりと自由が必要だ。   109 知的生活には時間の浪費も   ときには必要だ  時間を節約して使えるようになることは、成功を もたらす最大の要因である。しかし、だからといっ て、一分たりとも時間をおろそかにしないようにと あくせく仕事をするのはよくない。  特に知的活動に従事する者にとっては、時間を浪 費することが知的経験を豊かにしてくれることがよ くあるものだ。偉大な作家というのはぶらぶらして 時間を浪費しているときにこそ、人間性についての さまざまな思いを巡らせているのだから。   110 「何もしない」ことも重要   だ  何もしないということは知的生活にとって大変重 要なことだ。明晰で正確な知的仕事をするためには、 常に精神を伸びやかに保ち、自由に飛翔させてやる ことが必要である。すぐれた知性やひらめきという のは、勉強に懸命に励んでいるときではなく、ゆっ たりと過ごしているときにこそ起こるものなのだ。   III 無駄な時間を大切にする   「一番有効に使っている時間が一番無駄にしてい る時間だ」と言った人がいる。実際、これはまぎれ もない人生の真実だ。われわれが時間の無駄だと 思っていることをすべてやめてしまえば、われわれ の知的生活は非常に貧しいものになってしまうだろ う。人間の最高の知恵とは、一見無駄に過ごしてい るように見える時間にこそ得られるものなのだ。  まじめな研究者は毎日時間を無駄にせず自分の限 界まで仕事をすることを誇りに思っているが、実際 には、そうした習慣自体が研究の妨げになっている ことが多い。    外国語の勉強は /.爭 本当に必要か   112 原書で読むのを諦めること   も必要だ  ラテン語やギリシヤ語のような古典語について、 われわれが決断しなければならないのは、それらを 原書で読むことを諦めることである。時間の節約を 考えたとき、一般人にとってはそれが最も賢いやり 方である。  実際、仕事を持っている人間がラテン語やギリ シヤ語のような古典語をマスターすることは時間的 にも不可能であり、かりにできたとしてもその力を 維持するのは並大抵のことではない。   113 身につかない語学教育は時   間の無駄  ギリシャ語の細かな文法を理解するために多くの 時間を費やしながら、結局ギリシャの文学も満足に 読めないような不完全な外国語教育は時間の無駄で ある。  もちろん、歳をとれば学生たちも今よりもっと勉 強するようになるだろうという前提のもとに、ギリ シャ語の初歩を学校で教えておくという考えは正論 である。しかし、大多数の学生はひとたび卒業して しまえば、それ以上学校の勉強を続けていこうなど とは思わないし、かりにそうした気持ちになったと しても、そのための時間がないのが普通だ。   114 外国語は話さなければ身に   つかない  ラテン語を学ぶ最大の問題は、今日ラテン語が実 際には話されていないことだ。言語を学ぶための最 も迅速かつ確実な方法は、まず自分が欲しいものを 要求するのに使う言葉を覚えることである。読める ようになる最も早い方法は話すことである。現在話 されていないラテン語の勉強をいくら頑張っても、 10年たとうが満足に読むことさえできないのはまさ にそのためである。   115 外国語は簡単には身につか   ない  フランス語、イタリア語、ドイツ語などの現代外 国語については、ラテン語やギリシヤ語などの古典 語に比べると簡単にマスターできると思われている。 しかし、それはとんでもない誤解だ。たしかに、下 手に話すぐらいならそれほど難しいことではないか もしれない。しかし、うまく話せるようになるのは 至難の業だ。実際、それは外国語をきちんと身につ けた人がほとんどいないことからも分かる。  子供は本国人と同じように数ヶ国語を話せるよう になるが、しかし、それは同時にではなく順番にで ある。また、二つ目の外国語を覚えているうちに、 最初の外国語を忘れてしまうこともある。  一方、大人については、その外国語が話されてい るところに5年間住まなければ、その言語をうまく 使えるようにはならない。しかし単に漫然とその国 に住んでいるだけなら、20年だってもその外国語は 使い物にならないだろう。   116 まねることが外国語習得の   鍵  外国語を拒絶する大人の頭の力には、子供の頭の 同化力と同じように、非常に顕著なものがある。子 供はある発音を聞いてもそれを正確に繰り返すこと ができるが、大人はとんでもない発音をしてしまう。 子供はまねることが大得意だが、大人はまるでダメ である。しかし、言語の習得というのは、そういう まねる力にかかっているのである。   117 外国語を完全にマスターす   ることなど不可能だ  私は外国語の学習は時間の無駄だからやめるべき だと言っているわけではない。外国語を完全にマス ターすることなどできないとさえわきまえていれば、 たとえ不完全であっても外国語の学習は有意義であ る。  しかし、完全にマスターできるなどとできもしな い期待をいだくことは知的傲慢であり、知的生活に とって有害である。   118 むやみに外国語を学ほうと   するな  仮に外国語を勉強するとしても、せいぜい2、 3ヶ国語までにとどめておくべきだ。数ヶ国語でき る大は、何ヶ国語できるかによって人の知性を評価 するところがあるが、そんな評価は気にする必要は ない。ものにできそうもないのに、あるいは、かり にものにできたとしてもその学力を維持するのは並 大抵のことではない外国語に何ヶ国語も手をつける のは、時間の無駄であり、愚かなことだ。 ぶφ 計画的に読書する   119 読書は計画性がなければで   きない  実行の計画を立てることが最も求められるのは読 書だ。本を読むというのは一見簡単なことのように 見えるので、古今東西のありとあらゆる文学書を読 破してやろうなどといった途方もない計画を立てて しまうことがある。しかし、いくら本を集めても、 実際に読めるのはそのごく一部だけであり、大部分 は読まれずに埃をかぶったままになるというのが普 通である。   120 自分の読書力に幻想を抱い   てはいけない  私の友人の一人は読書について途方もない幻想を 抱き、何千幵もの本を集めて読もうとしたが、結局 その一部しか読めないうちに亡くなってしまった。 このように、人は読書について大いなる幻想を抱き がちである。  読書については、ほかのことにもまして現実的に なる必要がある。本にはページ数が書いてあるのだ から、少しばかり計算すれば、自分が一生のあいた にどれだけの本を読めるかその限界が分かるはずだ。   121 外国語の本は自国語の本よ   りはるかに時間がかかることを忘れ   ない  外国語の本を読む場合には、自国語の本以上に注 意しなければならない。特に不完全にしか外国語を 習得していない場合は、どうしても辞書の力を借り ることになるため、読書は遅々として進まなくなる ことを忘れてはならない。   122 外国語の読書で本質を理解   するのは非常に難しい  中途半端な知識しかない外国語の本を読むことに わたしが反対するのは、読むのに時間がかかるから という理由だけではない。本来は本の中に描かれて いる登場人物や事件などに心を向けるべきなのに、 作者が描いている内容とは無関係な外国語の構文や 語形変化のことばかりに頭を悩まさなければならな いからだ。   123 規則正しい生活と2時間の   読書を確保する  知的生活を志す人がまず最初にやらなければなら ないことは、規則正しい生活をし、時間を合理的に 使う習慣を身につけることだ。そして、そうした毎 日の生活の中で、必ず毎日2時間、最良の本を読む ようにすることだ。  毎日2時間というのは決して多い時間ではない。 しかし、学者でもない一般人に毎日4時間読書せよ といっても、それを続けられないことは目に見えて いる。  毎日規則正しく最低2時間の読書をしてみよう。 2時間でも1年間続ければそれは700時間以上に なる。これだけの時間、継続して何かに打ち込むこ とができれば相当なことができるはずだ。   124 没頭できる読書環境を持つ  知的生活者の読書において最も大切なことは、途 中で中断することなく読書に没頭できるようにする ことだ。たとえば、プラトンの『ソクラテスの弁 明』を静かな環境の中で最後まで邪魔されずに読み 終えることができれば、あなたは読書の高貴な喜び を味わうことができるだろう。まさにそれこそが知 的努力の報酬なのだ。   125 読書を中断すると損失が大   きい  他人に邪魔されるような環境でしか読めないとし たら、あなたが頭に描いているその本の世界は無残 にも破壊され、突如日常の世界に連れ戻されること になってしまう。  そのときに感じるあなたの苦痛を味わったことが ない人間には、その知的損失の大きさを想像するこ とはできないだろう。  多くの人は物事が中断しても、それは電線が切れ たぐらいにしか考えないものだ。たしかに、電線で あればそれが切れたとしても、再度つなげば元のよ うに電気は流れる。しかし、読書のような知的活動 の場合、いったん思考が中断されてしまうと、電線 のようには決して元通りにならないのだ。   126 読書には選択が最も重要だ  読書で大切なことは、要所を押さえつつ、自分に とって不要な箇所を飛ばし読みしていくことである。 本の中に書かれたことすべてを読む必要などまった くない。本の中でも重要な箇所、あるいは自分に とって重要だと思われるところだけを選択して読め ばいいのだ。  新聞を読むにも選択が必要だ。どんな新聞でも、 その中で真に読むべき記事というのは限られている。 そうした隕られた有益な記事だけを取捨選択し、そ の他の無益な記事には無駄な時間を使わないことだ。  あなたが買って持っている本の中にも、あなたが 貴重な時間を使って読むには値しないような本が必 ずあるはずだ。そうした無益な本は決して読まない ようにするという選択も読書を有意義なものにする 秘訣である。   127 新刊の波にのまれてはいけ   ない  現代は、毎日、新しい本が大量に出版されている。 そうした新刊本の奔流から身を守るためには、断固 とした決意を持だなければならない。さもないと、 この奔流はどんな亀裂からも流れ込んできて、知的 生活を破壊してしまうことになるだろう。   128 古典にこだわり過ぎるのも   いけない  新刊本は読まず古典だけしか読まないという態度 には大いに問題がある。そのような人はいわば知性 の修道院に閉じこもっているようなものだ。自分が 理解していると称する古典さえも本当に理解するこ とはできない。われわれの知性は、現在と比較する ことによってのみ過去を理解することができるのだ から。   129 人生という書物を味わい尽   くせ  人生という書物を最後まで読み通した人間はいな い。最も賢い人間でさえも、その一部を読んだだけ に過ぎないのだ。いくら汲んでも尽きることのない 英知を与えてくれるこの人生という書物を読み続け ることほど、知的興奮を感じさせてくれるものはな い。 ツ{f お金とうまく付き合う   130 名誉と権力が知的生活を妨   ずる   ’V  富がもたらす快楽は知的労働を怠けさせてしまう。 しかし、富が知的生活にとってよくないのは、それ が快楽をもたらすためだけではない。富は快楽のほ かに、名誉と権力も与えてくれるのだ。こうした名 誉と権力が手に入ると、人は自分自身で知的労働を するよりも、それを人に指示することにより大きな 喜びを感じてしまう。  また、富は人を謙虚にすることがあるが、謙虚で あるためにかえって他人に対する依頼心が助長され てしまうことも多い。自分が知的労働をするよりも、 その道の専門家にしてもらったほうがはるかにうま くいくだろうと考え、自分が果たす役目は専門家に お金を支払うことだけだと思ってしまうのだ。   131 お金がある人には時間がな   い  聖書のマタイ伝にもあるように、もし富者が天上 の王国に入ることが難しいとすれば、彼らが知性の 王国に入ることもまた難しい。  知性の王国に入るためには、どんなときにも途中 で勉強を邪魔されるようなことがあってはならない。 しかし、富者には社交や事業においてなすべきこと があまりに多く、誰にも邪魔されずに勉強に打ち込 めるような自由な時間が持てないのだ。   132 知的生活にも最低限のお金   は必要だ  知的生活にお金は必要ないのかというと、もちろ んそんなことはない。知的生活をまっとうするため には、一定のお金は絶対に必要だ。  知的生活者も日常の生活必需品を買う必要があり、 その資金を捻出するためには自分が勉強する時間を 割かなければならない。  独創的な研究や発見をする頭脳があるにもかかわ らず、生活のために知識を大衆に切り売りしたり、 俗受けするものを書いたりすることは、せっかくの 能力を無駄にしているのと同じだ。そうならないた めにも、知的生活を志す者はまず自分の経済的基盤 を確立しなければならない。   133 貧しさは知的生活を妨げる  経済的基盤が大切だからといって、金儲けに奔走 することは知的生活にとって好ましいことではない。 しかし、貧乏による不自由さは、金儲け以上に知的 生活にとっては好ましくない。  その囗の糧を稼ぐために追いまくられるようでは、 知的生活はとうていおぼつかない。経済的に逼迫し た生活から得るものなど何もなく、特に知的生活に おいては、そのために知識や能力の習得が中断され るという悪影響しか及ぼさない。  基本的に知的生活とは、調査研究を積み重ねなが ら、そのほとんどを勉強に明け暮れる生活であると いっても過言ではない。ときには一日執筆するため に、一ヶ月もかけて調査研究しなければならないこ ともある。そんな知的生活をする上で最も悪影響を 及ぼすのは、経済的な不安による生活の逼迫なのだ。   134 お金が目当てになると知的   仕事の質は落ちる  貧しさに陥ると、科学者は研究をあきらめて、 手っ取り早く稼げる大衆向けの講義をしなければな らなくなる。古代史の研究家もくだらない小説を読 んで匿名の書評を書かなければならないし、画家も 本格的な絵を描くことをあきらめて、金目当ての絵 を機械的に制作しなければならなくなってしまう。   135 経済的基盤が知的な業績を   生み出す  経済的に恵まれたために大きな知的成果を挙げた のが『近代圉家論』を書いたラスキンだ。彼の優れ た知的業績の数々も、経済的に恵まれていなかった ら、とうてい達成できなかっただろう。  もちろん、このことはラスキンの才能の素晴らし さを否定するものではない。しかし、彼の業績が優 れていた大きな理由の一つがその資料の素晴らしさ にあったことを考えると、彼が貧乏であったなら、 とうていそうした資料を入手できなかったこともま た確かなことなのだ。  その意味で、ラスキンの17年間にわたる研鑚の賜 物である名著『近代圉家論』は単なる天才の著作で はなく、経済的な不安がまったくなかった天才によ る著作だといえる。   136 経済的不安は精神的苦痛を   招く  かろうじて毎日暮らしていける程度の経済力しか ないと、遠大な研究計画も実現することができない ばかりでなく、ときには健康を害したり、人間性に 悪影響が出たりして人生を破壊してしまうことがあ る。そんな状態で知的生活などできるわけがない。  知的人間にとって一番大切なことは、自分自身の 仕事をうまく成し遂げるということだ。それだけに、 そうした知的人間にとっては、金がないために思う 存分自分のしたい研究ができないということが、何 にもまして耐え難い精神的苦痛を招くことになる。 金がないということは、知的生活にとっては何より も大きな障害となるのだ。   137 有名な文学者たちの経済力  有名な詩人のシェリーは、詩を書いてもそれに よって一文の金も得ることができなかった。もし彼 に私財がなく収入を得る道がなかったならば、後世 に残るような詩作をすることはできなかっただろう。  また、ワーズワースについても、彼にはシェリー のような私財はなかったが、一人の青年が彼に遺産 を残してくれたおかげで経済的に苦しまず、心落ち 着いて詩作に打ち込むことができた。  ドイツの文学者であるシラーとゲーテは経済的な 面では対照的だった。貧困に苦しめられたシラーは、 わずかな収入を得るためにフランス語の本の翻訳な どをしなければならなかったので、その文学的才能 を十全に発揮することなく、貴重な人生の大部分を 無駄にすることになった。それに対して、経済的に 恵まれたゲ上アは何の心配もなく、思う存分知的活 動に打ち込むことができたのだ。   138 お金は敵にも味方にもなる  知的人間にとっては、貧乏な学者や芸術家、科学 者と話しているときが一番楽しい時間である。彼ら はお金とは縁がない。それだけに彼らの話はいつま でも記憶に残り、われわれの精神を豊かにしてくれ る。それに対して、知的人間にとっては、お金は反 知性的なものであり、精神の自由な活動を束縛する。  しかし一方で、要塞が城を守ってくれるのと同じ ように、お金は知的生活者の心の平安を守ってくれ る。堅固な守りがあって初めて、人は安心して仕事 に励むことができるものだ。  知的生活者にとって最も重要なことは、お金を自 分の時間を守ってくれる盾としてうまく利用し、お 金のために時間を無駄にしないようにすることだ。   139 お金に対する反感は何の役   にも立たない  知的人間が往々にして抱くお金に対する反感は、 知的生活にとって何の役にも立だない。実際には、 お金は知的生活を守ってくれるものであり、あだや おろそかに考えてはいけない。  140 思考の豊かさは自由に使え  るお金の量に比例する  一般論として言えば、思考の豊かさは、自由に使 えるお金の量に比例するといっていいだろう。もち ろん、だからといって、自由に使えるお金さえあれ ば、立派な知的業績を挙げられるというものではな い。しかし、自由に使えるお金があればそれだけ思 想の土壌は耕され、水が十分に与えられ、その結果 として知性の芽も出やすくなることは間違いない。   141 貧しさは選択と集中につな   カる  知的生活の観点から見たとき、貧乏であることが プラスに働くこともある。裕福な知的人間にとって は、世の中には食指を動かされることが多すぎて、 どれに知的努力を集中してよいか分からないことが ある。ところが、貧乏な人間にはそんなことは起こ らない。  人間の世の中には平等化という偉大な法則が働い ている。たとえ金持ちであっても、学べることには 限界があり、何もかも習得することはできない。  実際、金持ちの中にはお金と時間を惜しまず何で も学ぼうとする者がいるが、結局は何も身につかな い。それに対して、お金も時間もない貧乏な人が学 べることはもともと限られており、それがかえって、 高度な専門的研究につながることも多いのだ。   142 時間と健康さえあれば実力   を発揮できる  かつての私は、生まれついての境遇や機会のほう が重要だと思い、個人の努力についてはそれほど重 視していなかった。しかし、今ではむしろ個人の努 力こそが重要であると考えるようになった。  知的人間に必要なのは時間と健康である。これさ えあれば、実力を発揮する機会はいつでも訪れるも のだ。   143 良質な読書体験はお金には   替えられない  知的生活者にとって重要なことは、自分の生活を 充実させることだ。それさえ実感できているのであ れば、他人の生活と比較する必要などさらさらない。  あなたが最高の文学を読んでいるときは、ロス チャイルドのような大富豪と同様に、最高に充実し た時間を過ごしているのである。  いや、あなたのほうがロスチャイルドよりもはる かに充実した時間を過ごしているといってもいい。 私は素晴らしい書物を開くとき、いつもこうつぶや いている。   「私か羨む大富豪がいるとすれば、それは私か今 読んでいる本以上のものを読んでいる者だけだ」と。 ・ふ 習慣を疑え   144 習慣の力は計り知れない  社会の定めには従うしかない。もしそれに従うこ とを拒否するのであれば、その結果を引き受けなけ ればならない。そして社会の定めとはたった一つの ことだ。それは「習慣」である。  宗教でさえも、それが社会の習慣に沿っていない ならば、社会において影響力を持つことはできない のだ。   145 習慣は知的生活を妨げるこ   とがある  習慣というのは、多くの人間の要求にかなうよう に、人々が徐々に作り上げたものだ。そうした一般 国民の習慣に盲目的に従うことは、ときとして知的 生活にとって重大な妨げになることがある。   146 習慣への異議申し立ては文   明を前進させる  知的な人間であれば誰でも、社会的習慣というも のに懐疑的になることがあるはずだ。そうした疑問 や疑念は古くなった習慣を改善するための天の計ら いかもしれない。  なぜなら、そうした疑問や疑念が表明されなけれ ば、習慣にも苔が生えて有害無益のものになってし まうからだ。その意味では、習慣に異議を唱える反 抗者は文明を前進させる上で一定の役割を果たして いるといえる。  しかし、あまりにも取るに足らないような問題に、 その有益な反抗のための干不ルギーを浪費させてし まうのは考えものだ。  もしあなたがパーティに燕尾服を着て出ることに 反対だとしても、そんなどうでもいいことに、あな たの貴重な于不ルギーを使うことはやめよう。その ための干不ルギーは、あなたの知性が自由に活動で きるときにとっておけばいい。燕尾服のことは仕立 屋に考えてもらえばいいことであり、服装のことは 社交界にまかせておけばいい。   147 自らの考えについては断固   として主張せよ  あなたが何か自分の考えを主張するときには、決 して人の言いなりになってはいけない。社交界の パーティで燕尾服を着るかどうかといった問題は仕 立屋にまかせておけばいいが、自分の確固とした主 義主張についてはどこまでもひるんではいけない。   148 反抗するに値することとそ   うでないことの見極めをつける  重要なことは、反抗するに値することとそうでな いことの見極めをしっかりつけることだ。むやみや たらに社会の習慣に文句をつけたところで仕方がな い。それよりも重要なことは、議論しても仕方がな いようなことは放っておき、自分のやるべき仕事や 思う存分能力が発揮できることに力を注ぐことであ る。   149 習慣という定めがあるから   こそうまくいく部分がある  世の中の仕事というのは、習慣という社会的な決 まりがなければ、なかなかほかどらないものだ。社 会の習慣はわれわれの過去の大切な遺産であると考 えるべきだ。もちろんそれは無謬の規則ではない。 しかし、賢明な社会はそうした習慣に対して保守的 なものである。  しかし、だからといって、そうした習慣に対して 頑迷なまでに保守的であってはいけない。もしある 習慣を変えることが社会をよくすることにつながる のであれば、それに対しては進んで耳を傾けなけれ ばならない。   150 悪い習慣には反対する勇気   を持つ  ある習慣が社会に実質的な悪影響を及ぼし、社会 の進歩に逆行していると確信するのであれば、その 習慣を取り除くために堂々と反対を表明する勇気を 持だなければならない。  世界の歴史を見れば、庶民の平和な生活に役立っ た素晴らしい行いだけでなく、恥知らずな悪行も習 慣という強力な権威の名のもとに行われてきたこと を忘れてはならない。   151 習慣を変えるには、小さな   変化を積み重ねるのがよい  もしある社会習慣がすでに形骸化、あるいは悪影 響を及ぼしていると判断した場合には、それを廃止 することをためらってはいけない。しかし、それを うまく廃止するためには、それまで長い間人々が慣 れ親しんできたその習慣に少し変化を加えた代替案 を提示して、少しずつその形骸化した習慣を変えて いくことが大切だ。  社会の習慣を変えていくためには、その習慣を一 応は受け入れて従いながらも、それを徐々に改革し ていくという穏健なやり方をするほうが結果的には 成功する確率が高くなる。   152 先人の努力に感謝を忘れな   い  現代社会に生きるわれわれは、不満を感じる部分 が多々あるとはいえ、おおむね満足して生活してい るといえるだろう。このように社会的にも経済的に もある程度満足して生活できるようになつだのは先 人たちの努力のおかげであり、それに対する感謝の 念を持つておかねばならない。今日の進歩の多くは 先人たちのおかげであり、われわれも次世代に更な る進歩を残していく義務がある。   153 伝統に敬意を払う  現代社会においては、伝統が大きな影響力を及ぼ すことは昔に比べるとはるかに少なくなっている。 しかし、それでも、知的で教養ある人間は、これか らもそうした伝統に対して大いなる関心を持ち続け、 敬意を払い続けていく必要がある。   154 当たり前に信じていたもの   にも批判的になるべきだ  今日では、科学的な発見が刺激となり、物事を批 判的に見る精神が旺盛になっている。知的生活を志 す者にはすべて、このような批判的精神が必要だ。  宗教や信仰に関してはまだまだ解決されていない 問題が多いが、それらの問題がすでに解決済みであ るとして批判精神を失うようであれば、それは知的 に不正直な心が働いていると言わなければならない。   155 知的に正直に生きる  知性の発展とともに、われわれは自分たちの手の 届く限りで最高の真理を獲得したいと願っている。 そうした願いは決して神を冒涜するような不遜なも のではなく、われわれの知性が示すまぎれもない正 直さなのである。  知的に正直に生きるというのは簡単なことではな い。知的生活にとって危険なことは、自分の心の中 で正直に感じていることを否定したり、それと正反 対のことを無理やり信じ込もうとすることである。 いったんそんなことをしてしまうと、もはや知的に 正直に生きていくことはできなくなってしまう。   156 真実は潔く受け入れる  合理的に筋を通して知的にものを考えるためには、 その根底に知的正直さがなければならない。そのよ うな知的正直さを維持するには、そのことに自分が 賛成か反対かは別にしても、何事であれ真実は潔く 受け入れるという心的態度が必要である。それを受 け入れることが自分にとっていかに不愉快なことで あろうと、真実に対しては頭を下げて、謙虚な気持 ちで接しなければならない。   157 権威ではなく真実に敬意を   払う  知的な人間は、どんな人の中にも権威を認めない。 しかし、知的な人間は聖書の言葉であろうと、教皇 が発した言葉であろうと、あるいは、科学者が発し た言葉であろうと、無名の大が発した言葉であろう と、それが真実の言葉であれば等しく敬意を払うの だ。   158 宗教の教義を盲信してはい   けない  宗教は人間がよりよい存在になるためには大変重 要で強力な力になるものだ。しかし、宗教の教義に ついて、それがある特定の時代には受け入れられて いたとしても、それに反する事実が明らかになった 場合は、そのことを明確に主張するのが知的正直さ というものである。   159 知性とは合理的な思考法に   よって頭を使うことだ  知性は、その人が謙虚であるとか、信心深いから ということで与えられるものではない。それは、最 も純粋で合理的な思考法によって頭を使う人にだけ 与えられるものなのだ。   160 知性は頭の中だけではなく   行動にも表れる  偉大なる知性は頭の中だけで回転するものではな い。それは実際の行動となって表れてくるものであ り、決して人の意見に左右されない自分独自の発想 に基づくものである。   161 教養は思いやりの心を生み   出す  知的生活によって養われた教養がわれわれにもた らす最も尊い成果の一つは、人に対する思いやりの 心が増すことだ。しかし、上流階級的な傲慢な考え 方に毒されると、せっかく教養を身につけたとして も、そうした思いやりの心は逆に失われてしまうこ とになる。   162 健康で道徳的な生活こそが   高級だ  世の中には高級な生活というものが確かに存在す る。健康で道徳的な生活、あるいは、何の悩みもな く純粋に知的活動に打ち込めるような生活というの は、病気がちでふしだらな生活や、くだらない悩み ごとに振り同され知的活動に打ち込めない生活より もはるかに高級である。   163 喜んで人に教える  知的生活で最も素晴らしいことは、自分の知的努 力の成果を惜しげもなく喜んで大に教えることであ る。純粋な気持ちで進んで大にものを教えるという ことはその人の心の広さを示すものであり、教養を 身につけた人間の最も素晴らしい特徴なのだ。   164 知的生活者の精神は自由に   飛翔できる  知的人間の最も大きな特徴の一つは、いかなる習 慣や偏見にもとらわれず、自由に物事を考えること ができるということだ。世間のしきたりや規則に束 縛されることなく、自由に精神を大空まで飛翔させ ることができる。  そうした知的人間が目指す精神の自由さは、野生 のミツバチの奔放さに似ている。  ミツバチが花から花へと飛んでいるのは、誰かに 指示されてのことでも、前もって定められた規則に 従っているわけでもない。しかし、それでも一日の 終わりには、その日の収穫としてたっぷり蜜をため て巣に帰ってくるのだ。   165 知的生活者は疑い続ける  知的人間は、かりにある事柄についていったん結 論が出たとしても、それを決して最終的なものであ るとは考えない。常に物事は暫定的であると考える。  われわれが現在正しいと信じていることも、 ひょっとしたら明日には新しい真実にとって替わら れる可能性がある。今日の真実はそれまでのあいた 一時的に正しいと信じているに過ぎないのだ。 ”瘤・皿皿((いに係を築く   166 知的な友人と孤独な時間を   確保する  教養にとって最も好ましいのは、優れた知性の人 と平等に語り合える時間を持つと同時に、自分ひと りになれる時間も十分確保することだ。  私の理想は、ロンドンで自分の住んでいるすぐ近 くに知的な会話ができる教養のある友人を持つ一方、 それと同時に、カモメや大西洋の大波以外は友とす るようなものもないヘブリディーズ諸島にも知的に 充実した生活空間を確保することである。   167 結婚とはお互いが寄り添つ   て成長することだ  この人と結婚したことが果たして賢明なことで あったかどうかの答えが出るまでには、一生の半分 はかかる。真実の結婚とは、単なる一時的な契約で はない。ぴったり寄り添って植えられた2本の木が、 長い時間をかけてお互いに交わりながら少しずつ成 長していくようなものだ。   168 他人の結婚の正しさを知る   者はいない  結婚については誰もが無知である。私はしばしば 他人の結婚について誤解してきたが、他人も私の結 婚については大いに誤解してきたのだ。  169 結婚で知的生活者の世界は  大きく変わる  知的生活は、ときにはおそろしく孤独なものであ る。知的生活に身を捧げた者は、誰もいない空間で 一人猛烈な孤独感に襲われることがある。そんなと き、そばでその人を理解し、やさしく見守ってくれ る相手がいてくれれば、知的生活者の世界は大きく 変わる。   170 夫婦の幸せは知的な会話が   交わせることだ  夫婦の幸せといってもそれはさまざまであり、夫 婦間に知的な会話がなくても、お互いそれなりに満 足している場合も多い。  しかし、およそ知的な人間であれば、配偶者に自 分の知的生活を理解してもらわない限り、決してよ い結婚をしたとはいえないだろう。   171 知的な夫婦の会話にはいつ   も発見がある  結婚における理想的な知的生活というのは、自分 が最も興味があることについて、夫婦で常に会話が できることである。  結婚生活が退屈なものになるのは、夫婦の知力が 衰えたからではなく、ある話題について相手がどん な話をするか最初から分かってしまうからだ。夫婦 間でも、あまりにお互いを知りすぎるということは 望ましいことではない。  知的な夫婦関係を長持ちさせる秘訣は、お互いが 興味をもてることについて内容のある会話ができる ように努力することである。そのためには、お互い が常に新しい知識や思想によって自分の頭が硬くな らないようにしたい。そうした努力を怠ると、夫婦 間には必ず倦怠感が起こる。   172 結婚と知的生活の両立は難   しい  結婚するということは時間とお金を大量に犠牲に することになり、それはときとして知的生活の妨げ になる。結婚すれば、独身時代のように自分の時間 をすべて自分の好きなように使うことはできなくな るのだ。独身時代のように孤独を楽しむことと、そ うした孤独を楽しむことができなくなる結婚生活を 調和させることはなかなか大変なことである。結婚 することは精神的な安定や成長にもつながる素晴ら しいことであるが、知的生活者にとってはそれなり のリスクを伴うものであることも忘れてはいけない。