バートランド・ラッセル幸福論_小川仁志 はじめにI実証済みの「幸福になる 方法」  パートランドーラッセル(一八七二〜一九七〇)は イギリスの哲学者です。哲学者といっても、彼の活 動は哲学の分野だけにとどまるものではありません。 ラッセルをご存じの方は、彼の名前を聞いてどんな 業績を思い浮かべますか?  数理哲学の金字塔『プリンキピアーマテマティカ (数学原理)』でしょうか。  あるいは、『幸福論』をはじめ哲学者として著し た数々の哲学書でしょうか。  それとも、「ラッセル=アインシュタイン宣言」 をはじめとした平和活動でしょうか。  これらはいずれも傑出した業績です。ラッセルは、 二十世紀最高の知性の一人として、世界中の人たち の記憶に刻み込まれている人物なのです。  本書ではその中でも、彼が五十八歳のときに書い た哲学的エッセー『幸福論』をご紹介したいと思い ます。原題は” The C呂quest of Happiness9:そのま ま訳すと、「幸福の獲得」となります。幸福とは 待っていれば向こうからやってくるものではなく、 自ら獲得すべき能動的な営みであるIという、 ラッセルの根本思想がよく表れているタイトルだと 思います。  世界には三大幸福論と呼ばれる幸福論の名著があ ります。一つは、本書で取り上げるラッセルの『幸 福論』。もう一つはフランスの哲学者アランの『幸 福論』。三つ目はスイスの哲学者カールーヒルティ の『幸福論』です。くじけない楽観主義を説いたア ラン、信仰や信念をもって生きることが幸福につな がるとするヒルティ。彼らと比べると、ラッセルの 『幸福論』は、外に目を向けることの大切さを説き、 実際の行動を最も重視すること、また精神論にとど まらない論理性を備えている点が特徴的です。  ラッセルの『幸福論』は二部構成になっています。 第一部では不幸の原因分析を行うと同時に、思考を コントロールすることでその原因を取り除く解決策 を提示しています。続く第二部では、自分の関心を 積極的に外に向けつつ、同時にバランス感覚を忘れ ないようにすることで幸福になる術を提案していま す。数学者でもあったラッセルの『幸福論』は、 エッセーとはいえ非常に体系的で、わかりやすい構 造になっています。  またラッセルは、『幸福論』のはしがきで、この 本に書いたことは自分の「経験と観察によって確か められたもの」であり、実際にそれに従って行動し たときには自分の「幸福をいやましたもの」だと書 いています。つまり、彼が頭の中で考えただけのこ とではなく、いわば実証済みの方法論なのです。  ラッセルは晩年、平和活動に熱心に取り組みまし た。『幸福論』で論じているのは個人が幸福になる ための方法ですが、彼の中では、その思想は個人の 幸福を超えて、社会の幸福の基盤となる「平和」を 求めるところまでつながっていたといえるでしょう。 本書では、そのことも視野に入れて、『幸福論』を 読み解いていきたいと思います。  ラッセルの『幸福論』をいま、日本において読む 意味とは何か。これについてはさまざまな理由が挙 げられますが、大きく分けると二つあるでしょう。 一つ目は、自己を否定しがちな現代社会の風潮です。 。負け組”や。ひきこもり”といった負のラベリン グが、人々をますます不幸にしている現実があるか らです。二つ目は、いまいちど平和の意味が問い直 されるべき時代状況です。国際社会が不安定化し、 日本で憲法改正が叫ばれる中、ラッセルが行ったよ うに幸福という視点から平和を考え直す必要がある ように思うのです。  これらに加え、本書では特別章を設けて、ここ数 年世界で起こった出来事をテーマに、ラッセルの 『幸福論』に照らして考察したいと思います。とり わけ新型コロナウイルスによるパンデミックが引き 起こしたさまざまな社会問題は、私たちの幸福を実 現する上で大きな壁となって立ちはだかっています。 したがって、いまこそラッセルの知性を参照すべき 時なのです。  ラッセルの文章は非常に論理的ですが、決して堅 苦しくはなく、折々に挟まれる突飛な比喩はユーモ アにあふれています。ぜひご一緒に、ラッセルの 『幸福論』を通して、自分の人生、社会のあり方、 そして世界の平和について考えてみましよう。 おわりに  『幸福論』を実践してみたら……        ※本書における『幸福論』の引用は、岩波文         庫版(安藤貞雄訳)に拠ります。  鯛 卓不』濛心 究極のポジティブシンキング  『幸福論』の原題は、" The C呂quest of Happiness” です。私はこの「∩呂唱笂」という語が重要な意味 をもつと思っています。これは「征服」とか「克 服」、あるいは「獲得」と訳される語で、ここでは 「獲得」という日本語が最も適切であるように思い ます。というのも、ラッセルはこんな比喩を使って いるからです。    幸福は、きわめてまれな場合を除いて、幸運   な事情が働いただけで、熟した果実のようにぽ   とりと口の中に落ちてくるようなものではない。   だからこそ、私は本書を「幸福の獲得」と呼ん   だのだ。(第十六章 努力とあきらめ)  果実が落ちてくるのを待つだけでは幸福にはなれ ない。かといって、誰かを征服したり、問題を克服 したりすることによって幸福になるというのでもな い。むしろ、何か新しいものを発見し、それを獲得 するというプラスのイメージを感じるのです。  実際、ラッセルは自分が幸福になれた理由として、 次の三点を挙げています。@「自分がいちばん望ん でいるものが何であるかを発見して、徐々にこれら のものを数多く獲得したこと」。A「望んでいるも ののいくつかを、本質的に獲得不可能なものとして 上手に捨ててしまったこと」。B「自分の欠点に無 関心になることを学」び、「だんだん注意を外界の 事物に集中するようになった」こと。  私は、これこそが究極のポジティブシンキングだ と思います。ポジティブシンキングとは、自分の思 考を変えることで状況自体を変えていける、とする 考え方です。よく似た言葉に楽観主義がありますが、 少しニュアンスが違います。楽観主義は、「とにか く何とかなるさ」と考えるところがポイントです。 ある一定のところまできたら、あとは運を天に任せ るしかないと考えるのが楽観主義の本質です。アラ ンT・I)の『幸福論』は、楽観主義に立脚してい るといわれます。  三大幸福論のもう一人、ヒルティT・2)の著作 にも、ある意味で楽観主義的側面を垣間見ることが できます。ヒルティはキリスト教を信仰しており、 そうした立場から幸福を説いたのですが、それは運 を天に任せることにはかならないからです。  これに対し、ラッセルのポジティブシンキングは、 あくまで「自分で変えられる」ことを重視します。 これは、言い換えれば理性主義、あるいは理性万能 主義です。ラッセルは、自分の運命を握っている神 のような抽象的な存在は想定せず、あくまでも自分 の力で人生を切り拓いていこう、幸福を獲得してい こうと提案しているのです。以下、そんなラッセル の幸福論の特徴を概観してみたいと思います。 新しい尻尾の生やし方を教えよう  ラッセルが『幸福論』の中で示すポジティブシン キングの例をひとつご紹介しましよう。『イソップ 寓話』の中に、罠にかかって尻尾を失ったキツネが、 自分だけ尻尾がなくて笑われるのは嫌なので、ほか のキツネたちに、尻尾は重いからみんなも切り落と そうと説得したが失敗する、という話があります。 この話を念頭に、ラッセルは次のように述べていま す。    不幸な人たちは、不眠症の人だちと同様に、   いつもそのことを自慢にしている。もしかする   と、彼らの自慢は、尻尾を失ったキツネの自慢   に似ているかもしれない。もしそうなら、それ   を治すには、新しい尻尾の生やし方を彼らに示   してやることだ。(第一章 何か人びとを不幸に   するのか)  この表現はなかなか印象的です。尻尾がなくなっ たらそれを受け入れて生きていこうという精神論を 説くのではなく、次なる尻尾の生やし方を教えよう というのですから。そしてラッセルは、まさにキツ ネに新しい尻尾の生やし方を教えるかのように、幸 福になるための具体的な行動の起こし方を、『幸福 論』の中で説いています。  たとえば、フットボールや読書などさまざまなこ とに興味をもつこと。しかも、できればフットボー ル観戦より読書の方がいいといいます。なぜなら、 フットボールの試合は一日何回もあるものではあり ませんが、読書ならその気になればいくらでもでき ます。つまり、読書の方が自分の努力によって幸せ になれる機会が多い、とラッセルは考えるのです。 非常に具体的で実践的です。  また、切手収集などの趣味に熱中することを説く ところでは、自らもそれを実践して幸せを感じてい るという部分に説得力があります。ラッセルの場合 は、なんと「川を収集している」といいます。揚子 江(長江)やヴオルガ川など、世界のさまざまな川 を下ったり、さかのぱったりすることに喜びを感じ るというのです。いわば川の上り下りという経験を コレクションしているわけですが、それを「川を収 集」と表現するところがおもしろいですね。  このように、自らの行動によって能動的に幸福を 獲得していこうというラッセル。そのため、彼は 『幸福論』を二部に分け、第一部で不幸の原因分析 とその解決策を提示し、第二部で幸福の条件を提案 するという形で議論を展開しています。このように、 『幸福論』はエッセーとはいえ、きわめて論理的な 構成になっています。だからすっと読めるのです。 数学から哲学、そして平和活動へ  『幸福論』の具体的な内容に入っていく前に、ラッ セルがどのような人物だったのか簡単に紹介してお きましよう。ラッセルは名門貴族の家の出身で、イ ギリスの首相を二度務めたジョンーラッセルT・3) は祖父にあたります。両親を早くに亡くし、厳しい 祖母に育てられました。この幼少期の経験が、ラッ セルの人格形成に大きく影響しています。自分が祖 母から受けた厳しいピューリタンT・4)的な道徳 教育がどのようなものであったか、ラッセルは『自 伝的回想』という著書の中でこう綴っています。    家の空気は清教徒的な敬虔の念と厳格さとを もち、毎朝八時に家族の祈祷があった。(巾略) 冷水浴が一年中強要され、ピアノを毎朝七時半 から八時まで、まだ暖炉に火が入らないのに、 練習しなければならなかった。祖母は夕刻まで 絶対に肘掛椅子に坐らないようにした。厳しい しきたり上、お客にはぶどう酒を少し出さざる をえなかったが、アルコールと煙草はきらわれ た。徳のみが、知性や健康や幸福や、あらゆる 現世的善を犠牲にした徳のみが、賞讃された。 (「自叙伝のこころみIあらまし」)  こうした教育に反発したラッセルは、孤独な子ど も時代を送りました。思春期には生きることが嫌に なり、自殺願望までもっていたけれど、数学への情 熱がそれを救ってくれたといいます。  ケンブリッジ大学に進み、友達の影響で哲学にも 関心を持ち始めます。そこから、哲学によって数学 の基礎づけを行う数理哲学に取り組み始めました。 数学を論理の言葉で表現するという分野の研究です。 その集大成として、ホワイトヘッドT・5)ととも に『プリンキピアーマテマティカ(数学原理)』全 三巻を、三十八〜四十一歳にかけて出版しました。  この仕事の目処が立つ頃から、ラッセルは徐々に 政治に関心を持ち始めます。三十五歳で下院議員の 補欠選挙に立候補しますが、落選。そして一九一四 年、第一次世界大戦が起こったとき、ラッセルはイ ギリスの国民が参戦に歓喜するという光景を目の当 たりにし、人間の非合理性というものに気づきます。 自分はいままで、数学のように何でも合理的に考え れば解決すると思っていたが、人間とは戦争を好む 実に非合理な存在だ。いまこそこの問題に取り組ま なければいけないIと考え、政治学に転向します。 四十二歳のときです。平和活動をはじめさまざまな 政治活動を行ったラッセルは、ケンブリッジ大学の 講師を解任され、収監までされています。  そんな中、教育にも関心をもち、五十五歳のとき、 自らが理想とする自由主義教育を行うための学校 「ビーコンーヒルースクール」をロンドン郊外に創 設します。その三年後の一九三〇年、五十八歳のと き発表したのが『幸福論』です。年齢的にも、人生 とは何か、幸福とは何かということが見えてくる時 期だったのでしょう。そうした達観と同時に、この 頃は二人目の妻と一緒に学校の運営に尽力していた ので、本人自身も幸福を感じていたのだと思います (ちなみにこの妻とは後に離婚します。ラッセルは 生涯で四回結婚しています)。  一九三九年、第二次世界大戦が勃発。この大戦の 悲惨な様子を見て、ラッセルは改めて「平和活動に 力を入れないといけない」と考えます。以前から 行っていた政治活動や平和活動はなかなか評価され なかったのですが、第二次世界大戦が終わると、よ うやく彼が行ってきたことが見直されるようになり ます。そして一転して時代の寵児となり、世界各国 から引っ張りだことなりました。  年齢を重ねても、ラッセルの活動意欲が衰えるこ とはありませんでした。七十六歳のときには、乗っ ていた水上飛行機がノルウェーの海に墜落するとい う事故に遭うのですが、なんと、その際には泳いで 救助され九死に一生を得たといいます。のちにイギ リス公共放送BBCのインタビュー番組で、あなた はいつもパイプを吸っているが健康に悪くないのか と訊ねられたとき、「いや、僕はこれに命を救われ たことがある」といっています。ラッセルはパイプ を吸うために飛行機の喫煙席に座っていました。事 故が起きたとき、喫煙席にいた人たちは運よく助 かったが、禁煙席にいた人たちはみな溺れてしまっ たというのです。この発言を聞いて私は、ラッセル は本当にポジティブな人なのだなあとつくづく感心 しました。  そして一九四九年六月、七十七歳でイギリス最高 の名誉であるメリット勲章つ・6)を授与され、翌 五〇年、「博愛主義的理想や思想の自由を尊重する、 多様で顕著な著作群」によってノーベル文学賞も授 与されます。八十一歳で小説を出版し、八十三歳の とき、核兵器の廃絶と科学技術の平和利用を訴える 「ラッセル=アインシュタイン宣言」T・こを発表。 九十五歳のときには、ベトナム戦争におけるアメリ カの戦争犯罪を裁く「ラッセル法廷」T・8)を開催 します。まさに、二十世紀の知の巨人といってよい 人だったと思います。 行動する哲学者  このように、ラッセルは非常に旺盛な活動をした 人で、それは数学、哲学、幸福、平和……といった 幅広い分野にわたっています。私は、そんなラッセ ルを「行動する哲学者」と呼んでいます。行動する 哲学者の対極にあるのが、いわば「思考するだけの 哲学者」−哲学の諸問題について考え、その延長 として論文を書いたり、いわゆる象牙の塔に閉じこ もって求められる仕事をする人です。行動する哲学 者とは、そこを超えた活動をしている人だといえる でしょう。ラッセルのように平和活動をしたり、あ るいは、象牙の塔の外の一般の人に向けて何かを書 いたりすることも含まれます。そうしたさまざまな ことをもって、私は「行動」と呼びたいと考えてい ます。  それは、言葉を換えれば「市民に届ける」という ことです。考えてみれば、哲学とはそもそもそのよ うにして始まったはずです。古代ギリシアの哲学者 ソクラテスT・9)は、市民との対話を通して哲学 を人々に届けようとしました。その行動が素晴らし かったので、ソクラテス以降、ソクラテスの思想に ついて考えようという活動や学問が始まり、続いて、 ソクラテスについて考えた人の思想を考えよう…… と、その結果哲学は次第に知識の学問になっていき ました。それはそれでもちろん重要な仕事なのです が、厳密にいえば「哲学学」です。それ以外にも、 「智を愛する」という本来の意味の哲学を実践する 方法は、色々あると思うのです。  その意味で、ラッセルは途中からソクラテスに なったといえます。行動する哲学者としての波乱万 丈の人生があるからこそ、この『幸福論』が含蓄の あるものになっているのではないかと思うのです。 不幸の原因の分析  それでは、『幸福論』の「第一部 不幸の原因」 の内容に入っていきたいと思います。問題の本質を 明らかにするためには、まず原因分析を徹底的に行 う必要がありますが、幸福になれない人は、意外と この部分を軽視している傾向があるように思います。 穴の開いたバケツにいくら水を注いでも水が貯まら ないのと同じで、幸福になろうと行動を起こしたと しても、それが不幸の原因と結びついていなければ 意味がありません。したがって、不幸の原因分析を しっかり行っておくことはとても大事なことなので す。  ラッセルはまず、総論として、不幸の最大の原因 に「自己没頭」を掲げています。自分の内にこもっ てしまうことです。そして自己没頭の三つのタイプ として、「罪びと」「ナルシシスト」「誇大妄想狂」 を挙げています。  罪びととは、罪の意識にとりつかれた人のことで す。実際に罪を犯した罪人という意味ではありませ ん。ナルシシストとは、自分自身を賛美し、大から も賛美されたいと願う習慣をもつ大です。この習慣 自体は多かれ少なかれ誰もがもっているものだと思 いますが、度が過ぎた場合には不幸の原因になりま す。誇大妄想狂とは、魅力的であることよりも権力 をもつことを望み、愛されるよりも恐れられること を求める人で、具体例としてナポレオンT・10)や アレクサンダー大王つ八)(アレクサンドロス)を 挙げています。こうした不幸な人たちを救うために、 ラッセルは『幸福論』を書いたというわけです。  先に『幸福論』はラッセル自身によって実証済み だというお話をしましたが、不幸の原因もまた、彼 の実体験に基づいているように思えてなりません。 だからこそ説得力があるのでしょう。罪びとの罪の 意識に関していえば、ラッセルが育ての親である祖 母から受けた厳しいピューリタン的道徳教育によっ て植えつけられたものであることは間違いありませ ん。  それは、ここで彼が、人の道を迷わせるものとし て、「到達しがたい対象(母親または母親に代わる もの)に対する献身的な愛情」と「幼年期に植えつ けられたばかばかしい道徳律」を挙げていることか らも明らかです。しかもわざわざ「母親に代わるも の」と補足し、自分の場合はそれが祖母であったこ とをほのめかしてまでいるのです。同様に、ナルシ シズムに陥ったり、誇大妄想に陥ったりした経験も あるのだと思います。  こうした総論的な分析に続いて、ラッセルは不幸 の原因をさらに細かく、各論として挙げています。 全部で八つあるのですが、不幸の原因をこれだけ具 体的に、しかも鋭く分析している本はなかなかあり ません。非常におもしろい分析でもありますので、 ラッセルが挙げている順に一つずつ見ていきましよ  まずは「バイロン風の不幸」です。バイロン風と はどういうことかというと、理性によって厭世的に なってしまうこと。ひと言でいうとペシミズム(悲 観主義)です。ラッセルはそれでは本末転倒だとい います。自分で勝手に不幸な世界観をつくり、そこ に閉じこもろうというのですから。  このバイロン風の不幸の典型例として、「伝道の 書」T・12)を引用し、次のように述べています。    「伝道の書」の作者は、書いているI      既に死んだ人を幸いだと言おう。更に生      きていかなければならない人よりは幸い      だ。いや、その両者よりも幸福なのは、      生まれて来なかった者だ。太陽のもとに      起こる 悪いわざを見ていないのだから。      (第二章 バイロン風の不幸)  なんというペシミズムでしょうか。こんなひどい 世の中なら、いっそ生まれてこなかった方が幸せだ などと考えてしまうと、すべてが不幸に見えてくる に決まっています。でもそれは決して現実ではなく、 あくまで自分がっくり上げた世界観に過ぎないので す。ここまで極端ではないにしても、何でもマイナ スに見てしまうという悲観的な人は、みなさんの周 りにもいるのではないでしょうか。 競争、退屈、疲れ、ねたみ  二つ目の不幸の原因は「競争」です。皆、競争し て勝つことが成功だと思っています。あるいは、競 争してお金を手にすることが成功だと考えています。 これらはいずれも、ある一点までは幸福をもたらし ますが、その一点を越すと不幸になるのです。なぜ なら、成功は幸福の一つの要素でしかないからです。 そのために他のすべての要素を犠牲にしてしまって は、決して幸福にはなれません。  ラッセルはいいます。成功するために激しい競争 に身を投じている人は、「子供をもうけたいと思う ほど人生をエンジョイしていない」と。つまり、人 生における競争を過度に重視することで、あるいは やむを得ずそうした競争に巻き込まれてしまったこ とで、家族をもつ幸せが犠牲になっているというの です。一世紀近く前に書かれた言葉ですが、あたか も働き方改革が叫ばれる現代日本社会の予言のよう に聞こえてなりません。ラッセルはこう続けます。 「そのうちに、彼らは、もっと陽気で快活な人種に よって取って代わられるにちがいない」。これは現 代の文脈でいうと、AI(人工知能)のことでしよ うか?  さらに、「競争の哲学によって毒されているのは、 仕事だけではない。余暇も、同じように毒されてい る」と指摘し、仕事に疲れ果て、ようやく出かけた 家族との休暇をまったく楽しめていないビジネス パーソンを揶揄しています。これも、現代人に通じ るところがあるのではないかと思います。  三つ目は「退屈と興奮」です。人間は現在の状況 と想像上のもっと快適な状況とを対比することで、 退屈を感じてしまう生き物です。ですから退屈の反 対は快楽ではなく、興奮だとラッセルはいいます。 人間が狩猟するのも、戦争するのも、求愛するのも、 すべて興奮を求めるからです。とはいえ、剌激には きりがありません。「多すぎる興奮に慣れっこに なった人は、コショウを病的にほしがる人に似てい る」のです。ですから幸福になるためには、ある程 度退屈に耐える力を養う必要があるわけです。  退屈が怖いから興奮を求めるというのはおもしろ い指摘です。しかし興奮を求めすぎると、それはそ れできりがなく、いつまで経っても幸せにはなれな い。現代の文脈でいうと、刺激を求めて現実の世界 を離れ、ギャンブルにはまったり、VR(バーチャ ルーリアリティ)の世界にどっぷり入り込んでしま うようなことかもしれません。  四つ目は「疲れ」です。疲れが不幸の原因である ことは容易に想像ができると思います。中でもラッ セルは、神経の疲れを重視しています。たしかに体 の疲れは休めばすぐに回復します。運動による体の 疲れはむしろ幸福感を生み出すことさえあるでしょ う。したがって、心配からくる疲れこそ、人を不幸 にする元凶なのです。神経の疲れは金持ちに顕著で、 ビジネスパーソンや頭脳労働者のあいだでよく見ら れ、それは思考をコントロールする能力に欠けてい ることに起因するとラッセルは指摘します。  つまり彼らは、何も打つべき手がないにもかかわ らず、あれこれ考えるのをやめることができないの です。仕事の心配をベッドに持ち込み、夜のあいだ ずっとその問題を考える。その結果、翌日もその疲 れを引きずって、判断が鈍り、不機嫌になってしま うというわけです。  五つ目が「ねたみ」です。「ねたみは、人間の情 念の中で最も普遍的で根ぶかいものの一つ」だとい います。たとえば、よい身なりの女性が歩いてきた ら、他の女性たちは一つでも彼女の悪いところを探 そうとやっきになります。男性の場合は、特に同業 者に対してねたみを抱きやすいのが特徴だといいま す。    読者は、ある芸術家のことを別の芸術家の前   でほめるという軽率なことをしたことがあるだ   ろうか。ある政治家を同じ政党に属する別の政   治家の前ではめたことがあるだろうか。(巾略)   もしあるなら、太鼓判を押してもいい、爆発的   なしっとを誘発したはずである。(第六章 ねた   み)  そして、ねたみが人を不幸にするのは、「自分の 持っているものから喜びを引き出すかわりに、他人 が持っているものから苦しみを引き出している」か らだと指摘します。 他人を恐れ、敵意を抱く  六つ目の「罪の意識」はどうでしようか。ラッセ ルはこれを「おとなの生活の不幸の根底にある心理 的な原因の中で最も重要なものの一つ」としてとら えています。罪の意識は子どもの頃に形成され、大 人になってからも人を縛るものだからです。この罪 の意識が無意識の中にまで入り込んでいる場合、一 段と根の深いものになるとして、その原因を幼児期 の道徳教育の中に見出しています。先ほども触れた ように、これはラッセル自身が祖母から受けた厳し いピューリタン的道徳教育の経験と無関係ではない でしょう。しかし、そうした宗教に基づく教育を受 けていたわけではなくとも、たとえば子どもの頃に 楽しい遊びを親から厳しく禁止されたりしていたら、 大人になっても、楽しい遊びは罪だという意識を引 きずってしまう、といった心理は想像できると思い ます。そうであるからこそ、子どもに不合理な道徳 観を植えつけることは不幸の原因になると強く指摘 したのです。  七つ目は「被害妄想」です。ラッセルはそれを病 気と呼び、大なり小なりほぼすべての人がかかって いるといいます。    周知のように、世の中には、男女を問わず、   その人自身の話によれば、いつも忘恩や不親切   や裏切りの犠牲になっているといったタイプの   人がいる。この種の人びとは、通例、いかにも   口先がうまいので、あまりなじみのない人びと   は心から同情を寄せてしまう。(巾略)そのう   ちに聞き手に不審の念を起こさせるのは、当人   が不運にも出くわした悪党の数が多すぎること   だ。(第八章 被害妄想)  こうしたタイプの人は、周りが同情をしてもしな くても、自分は被害者だという思いをどんどん強め ていくといいます。そして、「万人が自分を虐待し ていると感じているかぎり、幸福になることはまる で不可能」だと断言しています。  ラッセルはここで、友人についての例を挙げます。 友人は皆、自分のことを多少は悪く思っているもの だと認識せよというのです。そう思わないから、何 か一つでも悪いことをいわれたと聞くと、途端に被 害妄想に陥ってしまうのです。おもしろいのは、友 人というものに対するラッセルの洞察です。もし魔 法によってお互いの考えを読み取る力が与えられた ら、ほとんどすべての友情なんて解消されてしまう だろうというのです。そう思っておくくらいの方が、 被害妄想にならずに済むのかもしれません。  最後の八つ目が「世評に対するおびえ」です。こ れは、自分が人にどう思われているかを気にするこ とです。「ほとんどの人は、自分の生き方や世界観 が自分と社会的関係を持っている人びと、とりわけ 共に生活している人びとから大筋において是認され るのでないかぎり、幸福になれない」とラッセルは いいます。近代社会は、道徳や信念が異なるさまざ まなグループから成り立っています。現代社会はよ り一層その傾向が強まっているといえるでしょう。 特に若い人は、社会のあるグループでは受け入れら れている価値観が、自身が属している環境では許さ れず、周囲の目を気にして不幸になることがあると いいます。    このようにして、世の中を知らないために、   ときには若いときだけ、往々にして一生涯、不   必要な不幸のかずかずを耐え忍ぶことになる。   このような孤立は、苦痛の種になるばかりでは   なく、敵意ある環境に対して精神的な独立を維   持するという不必要な仕事に、膨大な干不ル   ギーを浪費させることになる。(第九章 世評に   対するおびえ)  またラッセルは、「世評というものは、世評に無 関心な人びとよりも、はっきりと世評をこわかって いる人びとに対して、つねにいっそう暴虐である」 とも指摘しています。そうであるからこそ、世評に 対しておびえをもつ、あるいはおびえを強いられる 環境にいることは、不幸の原因になるのです。  ラッセルは選挙に立候補したり、性について奔放 なことを書いたり、戦時中に平和活動をしたりと、 世間から叩かれることばかりしてきました。だから 彼自身は世評をまったく気にしていなかったといっ ていいように思います。それ以上に、信念を貫きた かったのでしょう。選挙に出たときも、世評受けを 考えて、けがをした運動員を見舞うようアドバイス を受けましたが、「私はあの男が好きでないから、 見舞になど行かない」と一蹴したそうです(アラ ンーウッド著、碧海純一訳『バートランドーラッセル ー情熱の懐疑家』みすず書房)。落選したのもよく わかります。でも、そのおかげで不幸にはならずに 済んだのでしょう。 思考をコントロールすれば解決できる  ここまで、ラッセルが挙げる不幸の八つの原因を 見てきました。いずれも「なるほど」と納得させら れ、自分にも当てはまるだけに思わず苦笑してしま うものばかりではないでしょうか。それもそのはず、 このいずれもがラッセルの実体験に基づいているの だと思います。そうでないとここまでリアルには書 けないはずです。  また、これらの不幸の原因は、いずれも特別なも のではありません。どれも日常の普通の習慣か、あ るいは自分自身の勝手な思い込み、つまり自己没頭 に起因するものだといえます。これらはほんの少し 習慣を変えるか、考え方を変えるだけで、解決する ことができるのです。ラッセルはそのことを示した かったのだと思います。  実際に、ラッセルは『幸福論』の第一部で、不幸 の原因分析と同時にその解決策も示しています。そ れは匸冐でいうと、思考をコントロールするという ことです。思考をコントロールするとは具体的にど ういうことなのでしょうか。いったいどうすればそ んなことができるのでしょうか。その方法について は、第2章で詳しくお話ししたいと思います。 − *I アラン/一八六八〜一九五スフランスの哲学者・随筆 家・教師。高等中学校の生徒に哲学を教える傍ら、一般の人々 を読者とする新聞掲載エッセーを毎日書き続けた。その中から 幸福に関係する内容を抜粋したのが『幸福論』(一九二五)で、 「くじけない楽観主義」が貫かれている。 − *2 ヒルティ/一八三三〜一九〇九。スイスの法学者・哲学 者。大学教授・国会議員・国際仲裁裁判所判事などの公職を歴 任する一方で、その文学的才能を生かし、プロテスタントとし ての立場から『幸福論』(一八九一〜九九)などの宗教倫理的作 品を数多く著した。 − *3 ジョンーラッセル/一七九二〜一八七八。イギリスの貴 族・政治家。名門貴族ベッドフォード公爵家の三男に生まれ、 六一年、伯爵となる。ホイッグ党(自由党)の白山主義的政治 家として活躍。一八四六〜五二年、六五〜六六年に葭相を務め る。 川41 ピューリタン/カルヴアン主義を信奉するイングランド のプロテスタントの一派。聖書中心主義に基づき、勤勉な労働 と質素な生活を重んじた。清教徒と訳される。プロテスタント でありながらカトリックの教義や祭祀を捨て切れないイギリス 国教会の改革の不徹底性を批判するとともに、圧制やカトリッ ク教会復活を謀る王侯の動きに対しては激しく抵抗した。 − *5 ホワイトヘッド/一八六一〜一九四七。イギリスの数学 者・哲学者。ラッセルとともに記隘論理学を確立し『プリンキ ピアーマテマティカ(数学原理)』を著す。その後「有機体の哲 学」と呼ばれる形而上学を展開し、世界の宇宙論的考察を試み た。 − *6 メリット勲章/軍事、科学、芸術、文学、文化の振興に 功績のあった人物に対し、イギリス君主が授与するイギリス及 びイギリス連邦の騎士団勲章。 − *7「ラッセル=アインシュタイン宣言」/一九五五年七月九 日、米ソの水爆実験競争下において核兵器の廃絶と、平和的手 段による国際紛争の解決を訴えた宣言文で、ラッセルが起草し た。アインシュタインが署名したのは死の一週間前。署名者は ラッセル、アインシュタイン二人のほかに湯川秀樹などノーベ ル賞受賞者七名を含む計十一名の科学者。この宣言は世界の科 学者が核兵器庚絶に向けて話し合うパグウォッシュ会議につな かった。 川刎「ラッセル法廷」/世界で最初に開かれた民衆法廷。提唱 者ラッセルの名をとって「ラッセル法廷」と呼ばれる。一九六 七年五月に第一回‥をストックホルムで開催。裁判長はシャン目 ポールーサルトル。同年十一〜十二月の第二回‥ラッセル法廷 (コペン(Iゲン)では、アメリカ政府をベトナム戦争における ジェノサイドで有罪、日本政府も共犯として有罪などの最終判 決を下した。 − *9 ソクラテス/前四六九頃〜前三九九。ギリシアの哲学者。 独特の問答法により自身の無知を自覚させることを通じて真理 と徳の探求へと導き、青年層に大きな影響を与えたが、「青年を 腐敗させた」として処刑される。自著は残さず、『ソクラテスの 弁明』『クリトン』など弟子プラトンの著書によってその思想が 後世に伝えられた。 − *10 ナポレオン/一七六九〜一ハニスフランス第一帝政の 皇帝。コルシカ島の下級貴族家の出身。数々の戦功をあげ、一 八〇四年に皇帝に即位。列国と交戦し、イギリスーロシアを除 く全ヨーロッパをほぼ制圧した。ナポレオン法典の編纂、学 制・行政の改革など近代化を進めた。 川111 アレクサンダー大王/前三五六〜前三二三。マケドニア 王。東方遠征を行い、アケメネス朝を滅ぼしてギリシア、エジ プトを含むオリエント世界にまたがり、インダス川流域に至る 領域の大帝国を築いた。これにより、東西文化が融合するヘレ ニズム文化が形成された。 − *12「伝道の書」/旧約聖書の一書。人生の無意味さや、世界 の不条理について箴言の形式で表したもの。   湎陷l `        “   バJ一ぬ一一一‘”  ………゛‘’鵲   レ≒洵谿祓  ’に皿一素 甘扈一図牆  ;ツエ酊・↓せよ     冂 退屈は本当に退屈か?  ラッセルは、不幸を避け、幸福を招きよせるには 「思考のコントロール」が最適だと論じています。 これはまさに、理性を重視する哲学者らしいアプ ローチだと思います。そこで本章では、不幸の原因 を取り除くための解決策について、「思考のコント ロール」という視点からお話ししたいと思います。  そもそも思考のコントロールとはいったい何なの でしょうか。ラッセルによれば、「ある事柄を四六 時中、不十分に考えるのではなくて、考えるべきと きに十分に考える」習慣だといいます。それは、精 神を訓練することによって可能になるものであり、 そうしてはじめて、幸福を能動的にとらえることが できるというのです。  それでは、第1章で紹介した数々の不幸の原因に 対し、思考のコントロールという観点から、ラッセ ルが具体的にどんな解決策を提示しているのか見て いきましよう。  まずは「バイロン風の不幸」についてです。これ は知的ペシミズムがもたらす不幸でした。理性に よって勝手に不幸な世界観を描いている本末転倒の 状態です。この状態から脱するにはどうすればいい か。ラッセルは次のようにいっています。    私自身も、いっさいは空であると感じるよう   な気分を何度も経験した。そんな気分から脱出   しえたのは、何かの哲学によってではなく、ど   うしても行動を起こさなければならない必要に   迫られたからであった。もしも、わが子が病気   になれば、あなたは不幸になるかもしれない。   しかし、あなたはいっさいは空であるとは感じ   ないだろう。あなたは、きっと、子供を健康に   戻すことこそ意を用いるべき事柄であって、人   間の生命に究極的な価値があるかどうか、とい   う疑問などどうだっていい、と感じるだろう。   (第二章 バイロン風の不幸)  これはまさに思考のコントロールだといえます。 ラッセルも理性の使い手です。だからときに考えす ぎて、こんなものがいったい何の役に立つのだろう と、負のループに陥ってしまったのでしょう。でも、 それはあくまで気分なのです。その負のループから 抜け出すためには、もうそれ以上考えるのはやめて、 むしろ行動を起こす必要性に目を向けるべきなので す。  では、「競争」についてはどうでしようか。競争 に勝つことが成功だと思い、他のことを犠牲にする のが不幸の原因でした。競争のために仕事中毒に なっている男は、墓場だけがゴールのレースをして いるようなものだというのです。だからラッセルは、 次のように人生のバランスをとることを勧めます。    人生の主要目的として競争をかかげるのは、   あまりにも冷酷で、あまりにも執拗で、あまり   にも肩ひじばった、ひたむきな意志を要する生   きざまなので、生活の基盤としては、せいぜい   一、二世代ぐらいしか続くものではない。(巾   略)競争は絶えず加速されるにきまっているの   で、その当然の結末は、薬物に頼り、健康を害   することになるだろう。これに対する治療法は、   バランスのとれた人生の理想の中に、健全で、   静かな楽しみの果たす役割を認めることにある。   (第三章 競争)  こうしたバランスをとるためには、思考のコント ロールが不可欠です。競争に明け暮れるだけの人生 がどんな結果をもたらすのか、よく考える必要があ るわけです。バランスは、ラッセルが説く「幸福に なる方法」の重要なキーワードでもありますので、 第3章で詳しくお話ししたいと思います。  続いては「退屈」です。退屈だから人は興奮を求 める。しかしラッセルはいいます。「退屈に耐える 力をある程度持っていることは、幸福な生活にとっ て不可欠であり、若い人たちに教えるべき事柄の一 つである」と。そして実際に、「偉大な本は、おし なべて退屈な部分を含んでいるし、古来、偉大な生 涯は、おしなべて退屈な期間を含んでいた」と指摘 します。哲学者に隕っても、こんな例を挙げていま す。ソクラテスは市民と刺激的な会話もしていただ ろうが、人生の大部分は妻のクサンチッペとともに 静かに暮らしたに違いない。カントT・I)は生涯、 自分の住んでいる小さな町から遠くに行ったことは 一度もなかった。マルクスT・2)はいくつかの革 命を起こしたが、基本的には大英博物館にこもって ひっそりと研究をしていたI。私たちは偉大な人 の人生は華々しいものと思いがちですが、人生は決 してそれだけではありません。基本的にはほとんど が退屈な時間ですから、その部分に耐えられないと 幸せにはなれないというのです。  ラッセルはここで「退屈に耐える」といっていま すが、これは少々皮肉をましえた表現で、その真意 は、我慢して退屈に耐えるというより「退屈を楽し む」「退屈を味わう」というところにあると思いま す。この章の後半でラッセルは、生まれてはじめて 緑の大地と触れ合った男の子の話を紹介しています。    私は、ずっとロンドンに住んでいて、初めて   緑の田舎の散歩に連れ出された、二歳の男の子   を見たことがある。季節は冬で、どこもかもぬ   れて、どろだらけだった。おとなの目には喜び   を起こさせるものは何ひとつなかったが、男の   子の心には、不思議なエクスタシーがわきあ   がった。彼は、ぬれた地べたにひざまずき、顔   を草にうすめて、ことばにならない歓喜の叫び   をあげたものだ。(第四章 退屈と興奮)  大地の生のリズムはゆっくりとしています。そう したリズムと一体化する喜びは、あくせく働いたり、 刺激を求めてどん欲に新しいことに取り組むのとは まったく別の時間軸で生じるものです。大地のリズ ムの中に生きる喜びを感じることができれば、それ は退屈を楽しめるということにもなります。私たち も時折、携帯電話の電波が届かないところに旅行に 行くと、人間らしさを取り戻したような幸せな気持 ちになることがありますが、それはまさにこの感覚 だと思います。日常の中にこうした感覚をもっと取 り入れることができれば、退屈というものが幸福に つながってくるとラッセルはいっているのです。  刺激がない生活を「退屈」だと否定的にとらえて しまうのは、おそらく私たちが退屈に対して先入観 を持っているからでしょう。ゆったりとした緑の大 地の生のリズムに触れた男の子は歓喜の叫びをあげ たわけですし、大英博物館にこもっていたというマ ルクスも、そこで静かに本を読みながら本人として は十分喜びを感じていたと思います。必ずしも、 ジェットコースターに乗ったり、恋人と手をつない だりして、ハラハラドキドキの毎日を送らないと幸 せになれないわけではないのです。ちょっと思考を 変えて、退屈に対する観念を転換しなさいとラッセ ルはいっているのです。身近な例でいうと、こうい うことです。うどんにいきなり七味唐辛子を大量に 入れる人がいますが、ちょっとお待ちなさいと。出 汁の味をそのまま味わってみなさい、そこにもおい しさはあるでしょう。ラッセルはそういうことをい いたいのだと思います。 宇宙と比べて悩みを相対化する  次は「疲れ」です。疲れという不幸の原因に対し ては、悩みを宇宙規模で考えるという解決策をラッ セルは提示しています。彼は『幸福論』の中でよく 宇宙を持ち出します。宇宙の大きさに比べれば大し たことないのでは、と物事を相対的に考えるのです。 これもまた思考をコントロールする方法の一つです。  不幸の原因である疲れは、心配から来ているとい うことでした。それはきちんとした精神を養うこと で解決できるといいます。そのためにはまず、考え るべきことと、そうでないことを選別する必要があ ります。考えるべきことを考え、ひとたび決断を下 したら、新しい事実が出てきた場合を除いて、その 決断を修正してはいけない。優柔不断は心身を疲れ させるからです。  また、悩みの原因がいかにつまらないかを悟れば、 心配事を減らすことができるといいます。そこで持 ち出されるのが、宇宙なのです。  ラッセルはここで自身の経験を語っています。彼 は講演をする前にいつも緊張していたそうで、足の 一本でも折れてくれれば、講演をしなくて済むのに とさえ考えていたといいます。そんなとき、自分の 講演がうまくいこうが失敗しようが、どのみち宇宙 には大きな変化はないと感じるように自分に教え込 みました。すると、緊張や心配は自然と消えていっ たといいます。「たくさんの神経の疲れも、こうい うやり方で処理することができる」というように、 宇宙のような自分を超越する何かに思考や希望を集 中できると、悩みはおのずと解決していくのです。  こういうことをまとめた「神経の衛生学」という 新しい学問をラッセルは提唱しています。彼は、心 理学の研究は重要な問題を忘れているといいます。 心理学や精神分析学も幸福になる方法を提示してい るのですが、欠けているところがある。それは。 「重要な疲れの種類はつねに情緒的なものである」 という点です。これは第1章でお話ししたように、 仕事の疲れは過労のせいではなく、むしろ別の悩み や心配によるものだからです。たとえば、仕事をし 続けることで実は破産の不安から逃れようとしてい る。そういう心配をもっているからこそ疲れるのだ というのです。  だから精神の訓練が求められるのです。それは先 ほど紹介したように、物事を考えるべきときに考え る習慣を身につけることです。それによって、 @「それほど思考を費やさないで一日の仕事を仕上 げる」ことが可能になり、A不眠症が治療でき、 B「決断する際の効率と知恵を増進する」ことがで きます。 意識の無意識への働きかけ  これらはすべて、意識の上で行うことです。とこ ろが、それだけでは潜在意識や無意識のレベルをコ ントロールすることはできません。ラッセルは、 「苦悩が深刻なときには、意識下までしみ込むので なければ、いかなる方法も大して役に立だない」と いい、意識の無意識への働きかけの必要性を訴えま す。    十分な気力と集中を注ぎこむなら、意識的な   思考を無意識の中に植えつけることは可能であ   る、と私は信じている。無意識の大部分は、か   っては非常に情緒的な意識的思考であっだのに、   いまや意識下に埋もれてしまったものから成り   立っている。この意識下に埋める過程を意図的   にやってみることは可能であり、このようにし   て、無意識に有益な仕事をいろいろさせること   ができる。(第五章 疲れ)  たとえば、何か難しいことについて書かなければ ならないとき、ラッセルはまず集中的に数時間ない し数日間考え、その後、この仕事を地下で続けよと 自分に命令するといいます。すると、何か月かたっ てその仕事について改めて考えてみると、もう答え が出ているというのです。数学を研究していた頃、 もうこれ以上考えられないと思って問題を放ってお いたら、再び問題に向かったときにはもう解けてい た、といった経験があっだのかもしれません。みな さんにも、何かに行き詰まったとき、一度それを寝 かせたらよいアイデアが浮かんだ、といった経験が あるのではないでしょうか。これができるようにな ると、現時点で答えの出ない問題を延々と考え続け て疲れる、という不幸から逃れることができます。  意識的な営みとは、私たちが意志をもってするこ とです。それに対して無意識的な営みとは、意図的 な行動ではないけれども、何かが作用している状態 です。自分はもう考えるのをやめて寝るけれど、何 か動き続けてほしい。それはもはや願望のようなも のですが、そうやって意識とは別に動く次元がある のは確かだと、ラッセルは確信しています。そして 彼は、その次元も理性でコントロールできると考え ているのです。従来の理性主義的な哲学を、フロイ トT・3)などを参照しながら無意識の部分にまで 及ぼそうとしたという意味で、この時点でのかなり 先進的なことを考えていたのではないかと思います。 比較をやめる  次は「ねたみ」です。ねたみに対する処方箋は、 比較をやめることです。ラッセルは、比較をやめる ことで、不幸の原因であるねたみを取り除くことが できると考えています。  ねたみの解決策としては、逆に賛美することを挙 げています。ねたみを埋め合わせる情念として、人 間は賛美の念をもっている。この能力を使いなさい ということです。しかし、賛美したり褒めたりする ことは、まだ何かと比較することを含んでいます。 そこでラッセルは、根本的な解決策として、目いっ ぱい楽しむことを提唱します。いま自分が楽しんで いることは、よその人に起こっていることほど楽し くないんじやないか、などと考えるなと。たとえば、 ある子どもが夏休みに家族で温泉旅行に行ったとし ます。とても楽しんでいるのに、ふと、「お金持ち の○○ちゃん家は家族でハワイに行っている」と思 い、急に自分の夏休みがイヤになってしまう。これ を始めてしまうと、すべての楽しみが楽しいもので なくなってしまいます。  ラッセルは、ねたみの本質を「ものをそれ自体と して見るのではなく、他との関係において見ること にある」と分析しています。他と比較してしまうと、 ものそれ自体を楽しむことは永遠にできません。世 の中、上には上が必ず存在します。ですから無益な ことは考えない習慣を身につけよと説いているので す。 謙遜もねたみの一部  さらに、不必要な謙遜もやめなければならないと いいます。謙遜をする人は、ねたみをもちやすいか らです。ここでラッセルはクジャクの比喩を披露し ています。クジャクが争うことなくあの立派な尻尾 を誇っていられるのは、謙遜からくるねたみを抱か ないおかげだというのです。では、もしクジャクが 謙遜する生き物だったらどうなるか。ラッセルはと てもおもしろい想像をめぐらせていますので、少し 長いですが引用してみましよう。    考えてもみるがいい、もしもクジャクが、自   分のことをよく思うのは悪いことだと教えられ   ていたならば、クジャクの生活はどんなに不幸   になるだろうか。ほかのクジャクが尻尾を大き く広げるのを見るたびに、クジャクは心の中で 思うだろう。「ぼくの尻尾はあれよりも見事だ なんて、思っちやいけないんだ。そいつは、う ぬぼれってことになるからな。でも、ほんとに そうならうれしいんだがなあ’・ 畜生、あの鳥 は自分はりっぱだとあんなに自信たっぷりだ。 あいつの羽を何本か抜いてやろうか。そうすれ ば、もうあいつと比べられる心配がなくなる。」 (第六章 ねたみ)  そのうちクジャクは、特別立派な尻尾をもつ者は 九分九厘悪いやつで、「クジャク王国の賢明な統治 者」は、みすぼらしい尻尾をもつ「謙虚なクジャ ク」を捜し求めるはずだという考えをもつようにな るといいます。    この原理を受け入れさせたあとで、彼は、美   しいクジャクをことごとく処刑してしまうだろ   う。そして、ついには、本当に見事な尻尾など   というものは過去のぼんやりした思い出になつ   てしまうにちがいない。これこそ、道徳の仮面   をかぶったねたみの勝利にほかならない。(同   前)  クジャクがねたみを抱き始めるや否や、美しいク ジャクを処刑するという弾圧が始まる……。もちろ んこれは比喩ですが、人間の世界に置き換えるとそ ら恐ろしい気がしてきます。  ラッセルはいいます。ねたみは他の動物と比べる と、人間であるがゆえの英雄的な苦しみの表れであ ると。したがって、その絶望から抜け出るためには、 これまで知能を拡大してきたのと同様に、「心情を 拡大」し、「自己を超越」していかなければならな い。「そして自己を超越することで、宇宙の自由を 獲得することを学ばなければならない」と結びます。 これはつまり、自分の周りの小さな世界にとらわれ て、横の人との比較ばかりするのではなく、もっと おおらかに発想しなさい、そのように考え方をコン トロールしなさい、ということだと思います。 不合理を理性で治癒する  次が「罪の意識」です。罪の意識は、ときに無意 識の中に根を下ろしてしまう。それが不幸の原因に なります。罪の意識をもつ原因が禁欲主義にあると 見るラッセルは、それをかなぐり捨てるには、幼少 期の道徳教育に配慮しなければならないといいます。 つまり、不合理な罪の意識を起こさせるような愚か な教育をしてはいけないということです。ラッセル が『幸福論』を書いたのは自身で学校を運営してい る最中ですから、そこでの教育の実践と重ね合わせ て論じているのでしょう。従来の「幼年期の道徳的 な教えは、大部分、まったく合理的な裏づけのない もの」であり、あまりに強力にそれを教え込まれる ため、無意識にまで浸透してしまう。罪の意識を克 服するためには、無意識に働きかけることで、意識 的な考えを支配している合理的な信念に注目させる 必要があるというのです。    理性が悪くないと告げる行為について、あな  たが後悔を感じはじめるようなときには、その  都度、後悔の感情の原因を調べて、それが不合  理なものであることを、いちいち得心すること  だ。あなたの意識的な信念を生き生きと強力な  ものにして、あなたが子供のころ、乳母や母親  から受けた印象と十分に闘えるくらい強烈な印  象をあなたの無意識に与えられるようにすると  よい。(第七章 罪の意識) そもそもラッセルは、罪の意識には少しもいいこ とがないと考えています。なぜなら、罪の意識を抱 き続けていると自尊心を失ってしまうからです。罪 の意識は人に劣等感を抱かせ、その人を感じの悪い 人間にし、人間関係を悪くします。  これを防ぐには、心の広いおおらかな態度が必要 で、それを可能にするのが精神的統一です。「人間 の性格の、意識、意識下、無意識の各層が調和を保 ちながら協力しあっていて、絶えまなく相争っては いない」態度のことです。理性によって無意識のレ ベルまで精神を統一していくことで、はじめて不幸 をもたらす罪の意識は払拭されるに至るのです。こ の、思考のコントロールが無意識にまでおよばない といけないというところがポイントです。  ラッセルは、伝統的な道徳に縛られることは一種 の病気であるとして、「一度この病気にかかった人 びとにとっては、きちんと治癒するためには理性が 必要である」といいます。理性主義者ラッセルらし い結論です。 被害妄想の予防薬  次は「被害妄想」の予防策です。ラッセルは、極 端な形の被害妄想に関しては、精神科医の扱うべき 問題だとしています。そのうえで、より穏やかな形 の被害妄想については、不幸の原因として、自分自 身で治癒する余地があると考えます。  「なんぴとも完全であることを期待すべきではない し、また、完全でないからといって不当に悩むべき ではない」といいます。被害妄想は自分の美点を誇 大視するところに原因があるのです。  もう一つ別のタイプの被害妄想の犠牲者は、ある タイプの慈善家だといいます。人が望んでもいない 親切を行い、感謝されないことにあきれているよう な人です。  そこでラッセルは、被害妄想の予防薬として四つ の公理を提示します。    以上の実例から、一般的な公理が四つ示唆さ   れる。これらの公理は、その真理が十分に理解   されたならば、被害妄想の適切な予防薬となる   だろう。第一、あなたの動機は、必ずしもあな  た自身で思っているほど利他的ではないことを  忘れてはいけない。第二、あなた自身の美点を  過大評価してはいけない。第三、あなたが自分  自身に寄せているほどの大きな興味をほかの人  も寄せてくれるものと期待してはならない。第  四、たいていの人は、あなたを迫害してやろう  と特に思うほどあなたのことを考えている、な  どと想像してはいけない。(第八章 被害妄想) 続いて各公理についてコメントをするのですが、 それぞれについて、あてはまるタイプの典型例を挙 げているのがおもしろいところです。  一つ目の「あなたの動機は、必ずしもあなた自身 で思っているほど利他的ではないことを忘れてはい けない」については、「国会議員に立候補する高潔 な理想主義者」を典型に挙げています。    因習的な道徳は、人間性には荷が勝ちすぎる   ほどの利他主義を教えこんでいる。そして、自   分の美点を鼻にかけているような連中は、自分   はこの到達しがたい理想に到達したのだ、とま   ま思いこんでいる。(同前)  国民のため、といいながら、高潔な理想主義者が 立候補する本当の動機は、権力欲や虚栄心だとラッ セルはいいます。そして、それを利他の心と思い込 もうとしているからこそ、その「努力は、容易に被 害妄想へとつながる種類の自己欺瞞と結びつく」と 指摘します。  二つ目の公理、「あなた自身の美点を過大評価し てはいけない」については、「芝居が全然成功しな い劇作家」を例に挙げています。そういう人につい ては、あるテストをしてみたらいいとラッセルはい います。    そのテストはこうだIあなたがものを書く   のは、ある思想や感情を表現したいというやむ   にやまれぬ衝動を感じるためなのか、それとも、   拍手かっさいを浴びたいという欲望に駆られた   ためなのか。(同前)  これは厳しいテストですね。もし前者であれば、 拍手かっさいの有無にかかわらず、作品をつくり続 けられる限りは幸福でいられます。しかし後者の場 合は、拍手かっさいがないのは観客の方が間違って いるからだという被害妄想に陥りやすい。そしてこ うアドバイスします。    あなたの長所はあなたが願っていたほど大し   たものではないことを認めるのは、しばらくは、   一段と苦痛であるかもしれない。しかし、それ   は終わりのある苦痛であり、そこを越えれば、   ふたたび幸福な生活が可能になる。(同前)  これは、私か本書第1章の冒頭でラッセル自身が 幸福を獲得できた理由として挙げた、「望んでいる もののいくつかを、本質的に獲得不可能なものとし て上手に捨ててしま」う、という考え方につながる ものといえるかもしれません。  三つ目の公理、「あなたが自分自身に寄せている ほどの大きな興味をほかの人も寄せてくれるものと 期待してはならない」の典型例としては、「病気の 貴婦人」を挙げます。病気の貴婦人は、しばしば自 分の娘のうちの一人に対し、自分を看護するために 完全な自己犠牲を期待するが、これは不合理な利他 主義だといいます。自分のために人が犠牲を払って くれないからといって非難をしてはいけない。そも そもあなたの考えている利他主義が不合理なのです よといっているのです。  四つ目の公理、「たいていの人は、あなたを迫害 してやろうと特に思うほどあなたのことを考えてい る、などと想像してはいけない」については、公的 な晩餐会でスピーチしたけれど新聞に写真が載らな かった人、を例に挙げています。これも具体的でお もしろい例ですね。写真が載らなかったのは、新聞 の主筆たちが自分を無視するように命令したからに 違いない。彼らがそんな命令を出しだのは、自分が 大物で恐れられているからだ……。「こうして、あ なたの写真が載せられなかったことが、軽視から、 巧妙なお世辞にすり替えられる。しかし、この種の 自己欺瞞は、ゆるぎない幸福を生み出すことはでき ない」とラッセルはいいます。そして、幸福になり たければ、自己欺瞞を克服し、真実を受け入れた方 がいいとアドバイスするのです。 環境を変える、無視する  最後に、「世評に対するおびえ」について、どの ように思考をコントロールすればよいか見てみま しよう。ラッセルは大きく三つの方法を挙げていま す。  まず、大都市ではなく小さな田舎町に住む知識人 の場合は、世評を気にせず気兼ねなく語り合える人 に出会える可能性が柢いため、何とかして「世評の 横暴さを弱めるかまたは回避しうるような方法を見 つけるか、あるいは、少数派の知識人がそれぞれ知 り合って、お互いのつきあいを楽しめるような方法 を見つけなければならない」といいます。  次に、因習的な社会に共鳴できない若者には、環 境を変えよ、とアドバイスしています。自分が属し ている集団としっくりいっていない若者は「気持ち が落着かず、ために、争い好きな態度をとる」ので すが、その人の価値観が受け入れられるような別の 集団に移し変えられれば、その人の「性格ががらり と変わる」とラッセルは指摘します。    だから、自分の環境とどうもしっくりいかな   いと思う若い大たちは、職業を選択するにあ   たっては、可能な場合はいつでも、気心の合っ   た仲間が得られるチャンスのある仕事を選ぶよ   うに努めなければならない。よしんば、そのた   めに収入が相当減るとしてもである。(第九章   世評に対するおびえ)  つまり、自分と社会が調和するように、自分でコ ントロールして幸福をつかもうということです。  三つ目は、そんな世評は無視しよう、というアド バイスです。    私見によれば、専門家の意見は別として、一   般に、重大な問題でもささいな問題でも、他人   の意見が尊重されすぎているのではないか。概   して、飢えを避け、投獄されないために必要な   かぎりで世論を尊重しなければならないが、こ   の一線を越えて世論に耳を傾けるのは、自ら進   んで不必要な暴力に屈することであり、あらゆ   る形で幸福をじやまされることになる。(同前)  人の意見を尊重しすぎていると幸福にはなれない ということです。「投獄されないために必要なかぎ りで……」とは、犯罪にならない範囲であれば世論 など尊重しなくてよいということ。ラッセル自身は 反戦運動をして投獄された経験がありますから、か なり皮肉の効いた開き直りです。そして「世評に本 当に無関心であることは、一つの力であり、同時に 幸福の源泉でもある」と断言するのです。 一段と寛容になれ  しかし、ラッセルは最後に、最近ではこのやり方 が通用しない「新手の恐れ」が生じてきたと指摘し ます。「すなわち、新聞が何を書き立てるかもしれ ないという恐れだ。これは、中世の魔女狩りに結び ついている恐怖に劣らず恐ろしいものである」と。 つまり、マスコミが誰かをターゲットにして悪いこ とを書き立てれば、恐ろしい結果になりかねないと いうことです。この恐怖について、社会的に無名な 一般の人はいまのところそれをまぬかれていますが、 「しかし、宣伝がますますその方法を完璧なものに するにつれて、この新手の社会的迫害の危険は増大 するにちがいない」と推測しています。これはまさ に、SNS(ソーシャルーネットワーキングーサー ビス)が普及した現在のネット社会の恐怖そのもの ではないでしょうか。ラッセルが提示する解決策は 次のようなものです。    この害悪に対する究極的な治療法は、ただひ   とつ、一般大衆が一段と寛容になることである。   寛容さを増やす最善の方法は、宣]の幸福を享受   しているがゆえに、仲間の人間に苦痛を与える   ことを主な楽しみとしていない個人の数を増や   すことである。(同前)  私は、この解決策が現在のネット社会でもそのま ま有効だと考えています。人がやっていることをい ちいち批判したり、批判された側かそれに反論して 炎上したり、ということがネット上では日常的に起 こっているわけですが、「お互いにもっと寛容にな ればいいのに」と思うのです。私たちはすでにイン ターネットがインフラとなった社会を生きています。 みんなが自分の意見を自由に発表できるこの社会に おいて、どうすれば世評へのおびえを不幸の原因に することなく生きていけるのか。それには、みんな が寛容になることが必要だというラッセルの見解は、 実にもっともだと思うのです。 理性の力で幸福になる  ラッセルは、不幸の原因は自分の思考をコント ロールする、つまり理性を上手に、しかも徹底的に 使うことで取り除くことができる、と主張しました。 理性を使いなさいといわれると、レベルの高いこと を要求されていると感じる人もいるかもしれません。 たしかに、理性主義にはある種のエリート意識のよ うなものがつきまとうのは否めないでしょう。  理性に対置するものとしては、感性や本能といっ たものが挙げられます。では、理性主義者だった ラッセルには、感性や本能はなかったのかI。決 してそんなことはないと私は思います。生涯を通し てあれだけ情熱的だった人が、理性だけで学問や政 治活動に取り組んでいたとは思えません。  またこの『幸福論』の中でも、不幸を取り除く方 法としては理性を掲げていますが、そのことを語る 際に使われている比喩や、妙にリアルな具体例には、 ラッセルの感性があふれていると思うのです。謙遜 がねたみに反転したクジャクのセリフなどはまるで 小説のようですし、売れない劇作家や、公の場でス ピーチしたのに新聞に写真が載らなかった人など、 およそ哲学の論文には登場しないものの、「たしか に」と思わずうなずいてしまうようなリアルなキャ ラクターが、この本には何人も描かれています。  このように、ラッセルの『幸福論』には、被害妄 想の予防策となる四つの公理など、論理を駆使する 哲学らしい部分もあれば、感性を生かした小説のよ うな部分もあるのです。その二つが同居していると ころが、この本の大きな魅力の一つだといえるで しょう。しかし繰り返せば、幸福になるための方法 論としてラッセルが最も重視したのは、やはり「理 性の力」なのです。それをどのように使えばよいの か、次章でさらに読み進めていきます。 − *I カント/一七二四〜一八〇四。ドイツの哲学者。ケーニ ヒスベルクに生まれ、ケーニヒスベルク大学教授を務めるなど、 生涯をこの地で過ごした。著書『純粋理性批判』『実践理性批 判』『判断力批判』で、大陸合理論とイギリス経験論を総合する 批判哲学を大成。ほかに『永遠平和のために』などの著書もあ る。 − *2 マルクス/一八一八〜八三。ドイツの哲学者・経済学 者・革命家。四九年にロンドンに亡命し、大英博物館に日参し て『資本論』の完成に努めた。『資本論』は資本主義を徹底的に 研究し、共産主義社会の到来を主張したマルクスの主著。また 六四年には国際労働者協会(第一インターナショナル)をロン ドンで結成した。 − *3 フロイト/一八五六〜一九三九。オーストリアの精神分 析学者。精神科医として患者を観察し、無意識層の存在を提起。 精神分析学の創始者とされる。抑圧された性欲衝動が人間の心 理に影響を及ぼすとした学説は西洋思想に衝撃を与えた。著書 に『夢判断』『精神分析学入門』など。      ヽごり】   万感洫  、’    7・  ・―   ”。、乙 J“’。9い\      ‘・  ”小穿、………一    `゛へ  ”‘`一`”一゛j4、”   メベ路、いじざ感  第ふIバランスこそ幸福の条件 熱中すると幸福になれる  いよいよ『幸福論』第二部、幸福を獲得するため の具体的方法についてお話ししていきます。本章で は特に、バランスというキーワードに着目したいと 思います。というのも、ラッセルは色々な意味での バランスこそが幸福をもたらすと考えているように 思われるからです。また、ここで紹介する方法には、 第一部で論じているような、不幸な人がその原因を 取り除くことで幸福になれるというものだけではな く、普通の人がより幸福になるための方法も含まれ ています。不幸な人だけが幸福になるわけではない からです。ラッセルの意図もそこにあるのだと思い ます。  ラッセルは、幸福になるための具体的な方法を提 示する前に、総論のような形で、第十章「幸福はそ れでも可能か」において予備的考察を行っています。 ここで論じられているのは、匸冐でいうなら、何か に熱中することの意義でしょう。  その具体例として、達成の喜びを味わうために何 かに熱中できると幸せになれる、ということを書い ています。ラッセルの家の庭師は「年がら年じゅう、 ウサギと闘っていて、ウサギのことをまるでロンド ン警視庁がボルシェヴイキT・I)のことを話すよ うに話す」そうです。ウサギに負けない悪知恵を もって彼らを駆除しなければと息巻いており、その 熱意があるからこそ、「七十の坂をずっと越えてい るのに、終日働き、丘陵地を十六マイル、自転車で 仕事場へ行き帰りしている。しかし、喜びの泉は涸 れることがない」とラッセルは述べています。  また、科学者は幸福だともいっています。科学者 は自分のもっている能力を最大限に使えて、しかも その仕事が周りから評価されるからです。芸術家は 必ずしもそうではありません。芸術の場合は人から 理解されないことが多いからです。ラッセルのこの 洞察にもまた、彼自身の経験が影響しているに違い ありません。  ラッセルは数学をやっていた頃は科学者に近かっ たわけですが、そのときは『プリンキピアーマテマ ティカ』をはじめ、高い評価を受けていました。そ のすごさを説明するのはかなりの難題なのですが、 アランーウッド著『バートランドーラッセルー情 熱の懐疑家』(みすず書房)によると、『プリンキピ アーマテマティカ』の意義は、「数学から神秘をと り去った」点にあるといいます。  つまり、数学にはどこか神秘主義的な要素が存在 するのですが、論理の言葉でそれらを説明すること によって、ラッセルはそうした問題を解消してし まったのです。その意味では、『幸福論』でもその 他の政治に関する論考でも同じなのですが、ラッセ ルという人は、神秘的であったり、非合理的なもの を解明することに一貫して熱意を注いできたといえ るのかもしれません。  ところが、数学と異なり合理性に欠ける人間とい う存在を対象にした哲学に目を向けたり、エッセー を書き始めると、皆がそれを数学者としての業績と 同じように評価してくれるわけではありませんでし た。先ほどの科学者は幸福だが芸術家はそうでもな いという言葉には、彼自身の経験した悔しさがにじ み出ているように思えてなりません。  さらに、困難だけれど実現不可能ではないと思わ れる目的を追求できると人は幸福になることも指摘 し、インドや中国、囗本の若者を例に挙げています。 当時これらの国々は、ヨーロッパから見れば政治や 教育など多くの分野で自由主義や民主主義の制度化 が遅れていました。そうした国々の若者たちは、世 の中を変えようと熱くなっている。その状況は幸せ なのではないか。ラッセルは自身が出会った中国の 青年のことを語ります。   忘れもしない、一人の中国人の青年が私の学  校を訪れたことがあった。彼は帰国して、同じ  ような学校を中国の反動的な地域に設立しよう  としていた。彼は、その結果、首をはねられる  ことになるのを覚悟していた。それでいて、た  だうらやましいとしか言えないような静謐な幸  福に浸っていた。(第十章 幸福はそれでも可能  か) しかし、こうした野心的な幸福だけが唯一の幸福 であるわけではないとして、何か特技を伸ばせる人 なら誰でも仕事の喜びが得られるので、幸福になれ る、と続けます。周りを圧倒してやろうなどと考え ず、自分の技術を生かすことに満足が得られればの 話だがと斷ったうえで、幼少期に両足に不自由を抱 えたもののバラの胴枯病つ・2)に関する五巻の本 を書いた人や、貝類の研究者、世界一の植字の名人 といった知人たちを例に挙げます。こうした人たち が幸福になれたのは、「自分の技術を行使すること に生き生きとした愉悦をおぼえたから」であると分 析します。  またラッセルは、主義主張を信じることは幸福の 源泉なのだと論じます。これは政治的なものだけで なく、もっとささやかな信念のことも含むといいま す。ラッセルの場合は、特にこの『幸福論』執筆の 後、不屈の精神をもって平和活動に邁進していきま すので、主義主張が彼に幸福をもたらしていたこと は間違いないでしょう。これについては、第4章で 詳しくお話ししたいと思います。 幅広い興味をもて  主義主張を信じることに匹敵するのが、趣味に熱 中することであるとして、ラッセルは次のように趣 味の効用を説いています。    現存の数学者の中で最も高名な一人は、自分   の時間を数学と切手収集に二等分している。た   ぶん、数学の研究が行き詰まったようなとき、   切手収集が慰めになるのだと思われる。切手収   集でいやせる悲しみは、なにも数の理論の命題   を証明する困難さのみではないし、また、収集   できるのは切手のみではない。古い陶器、嗅ぎ   たばこ入れ、ローマのコイン、矢じり、石器な   どに思いを馳せるとき、どれほど広大な陶酔の   世界が想像の目に開けてくることか、考えてみ   るがいい。(同前)  こうした趣味は子どもっぽいと批判されがちだけ れども、他人に害を及ぼさない限り、その楽しみは 尊重されるべきだというのです。そして第1章で紹 介したように、自分自身は「川を収集」していると 告白し、川を上ったり下ったりすることに喜びを見 出すという感情は、「単純なものであるが、私はそ れを恥ずかしいとは思っていない」と明言します。  さらに、根本的な幸福は、趣味以上に、人や物に 対する友好的な関心の中にある、という意味のこと をいっています。趣味は現実からの逃避になってい るかもしれないからです。  このように、ラッセルはさまざまな具体例を用い て熱中することの大切さを説いたうえで、予備的考 察を次の一文で締めくくっています。    幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興   味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなた   の興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるも   のではなく、できるかぎり友好的なものにせよ。   (同前)  ラッセルは「できるかぎり」といっていますが、 これは、この章のタイトルに込められた意味とも関 係するかもしれません。「幸福はそれでも可能か」 というタイトルの原文は「Is happiness still possible?」です。冫目(それでも)」というのがポ イントです。つまり、第一部の分析では不幸の原因 があれだけたくさんあったけれど、そんな世の中で も私たちは幸せをつかむことができるのだろうか、 という意味だと考えられます。もしそれでも幸福を つかむことが可能だとするなら、それは自分の関心 を広げ、色々な人や物に熱中することにある。ラツ セルはそういいたいのだと思います。 熱意にもバランスが必要  この予備的考察に続いて、ラッセルは幸福になる ための具体的な方法について論じていきます。方法 はいくつかあるのですが、共通しているのは、バラ ンスを大事にする視点があることです。どんな方法 でも、行き過ぎてしまっては不幸になる。理性に よって行き過ぎにブレーキをかけていくところがポ インドになります。  では、内容を見ていきましよう。一つ目は幸福の 源としての熱意についてです。    この章では、幸福な人たちの最も一般的で、   他と区別される特徴と私には思われるものを扱   うことにしよう。すなわち、熱意である。(第   十一章 熱意)  ただし、熱意にもバランスが求められるとラツセ ルはいいます。ここで彼は、熱意を空腹にたとえて 五つのタイプを紹介しています。一つ目のタイプは、 食事など退屈以外の何ものでもないと思っている人。 二つ目は義務感から食事をする病人。三つ目は美食 家。四つ目は大食漢。そして五つ目は、健康な食欲 をもって食事をする人です。「食べ物を喜び、十分 に食べれば、そこでおしまいにする」という人たち です。    人生の饗宴の前にすわる人たちも、人生の提   供するよきものに対して同じような態度をとる。   幸福な人は、いま言った、いろんな食べ方をす   る最後の人に相当する。空腹の食べ物に対する   関係は、熱意の人生に対する関係に似ている。   (同前)  大食漢は熱心に食事を摂りますが、食べ過ぎるた め、病気の予備軍になってしまいます。いくら食べ ることが好きでも、やはリバランスが大事なのです。  続けてラッセルは、熱意は外に対して向けなけれ ばいけないといい、第1章でも紹介した、フット ボール観戦や読書を楽しむ人の例を挙げます。大は 関心を寄せる対象が多ければ多いほど幸福になる機 会が増えるとし、その理由を「かりに、一つを失っ ても、もう一つに頼ることができるからである」と 述べています。 ソーセージ製造機の比喩  ラッセルが外に目を向けることの大切さを説く背 景には、「私たちはみんな、内向的な人間の病気に かかりやすい」という認識があると考えられるで しょう。外の世界を見ずに自分の心の中だけを見て いても、幸福はつかめません。ラッセルはその理由 を、ソーセージ製造機というこれまたユニークな比 喩を使って説明しています。少し長いですが、おも しろい文章ですので引用してみましょう。    あるとき、ソーセージ製造機が二台あった。   ブタをこの上もなくおいしいソーセージに変え るために作られた精巧な機械だった。そのうち の一台は、ブタヘの熱意を持ちつづけ、無数の ソーセージを製造した。もう一台は、言った。 「ブタなんかどうってことはないさ。私自身の しかけのほうが、どんなブタよりもずっとおも しろいし、すばらしい。」彼はブタをはねつけ、 おのれの内部の研究にとりかかった。本来の食 物が入らなくなると、彼の内部は機能しなく なった。そして、研究すればするほど、内部は からっぽでばかげたものに見えてきた。これま   でブタをおいしいソーセージに変えてきた精巧   な装置は、すべて止まってしまい、これでいっ   たい何かできるのか、彼には見当がつかなく   なった。(同前)  この話は、熱意をもって外に目を向けようとせず、 自分の内面だけを見ていても、決して幸せにはなれ ないことのたとえです。ラッセルは、人間の精神と は不思議なもので、「提供された材料をまったく驚 くべき仕方で組み合わせることができるが、外界か らの材料がなければ無力である」と指摘します。さ らに、ソーセージ製造機の場合は誰かが肉を入れて くれるが、精神の場合は肉に相当する材料を自ら取 りに行かなければならない。だからなおさら、積極 的に外に目を向けないと、幸せにはなれないのだと 主張します。  材料を積極的に取りに行って幸せになれる人の例 として、シャーロツクーホームズを挙げています。 ホームズは道に落ちている帽子を見ただけで、持ち 主の境遇について色々と想像を巡らせることができ る人です。そのことによって、彼は退屈を知ること なく幸せを得ているのです。そしてラッセルは、こ のように人生に対して熱意をもっている人は、不愉 快な経験ですらプラスに転じ、幸福の材料にするこ とができるとしています。 熱意が収まるべき四つの枠  しかし、ここでラッセルは、「古代人は、中庸を もって根本的な美徳のひとつとみなしていた」と述 べ、熱意をもってさまざまな活動をするにしても、 活動間のバランスが大事だと釘を剌します。熱意を もって行うさまざまな活動は、「どれ一つとして、 その他の活動ができなくなるまでに推しすすめられ てはならない」といい、大食漢は食べること以外の 楽しみを犠牲にしているため、幸福の総量は減って いると指摘します。  そしてラッセルは、「私たちの別々の趣味や欲望 は、おしなべて人生の全般的なわくの中にきちんと 納まるものでなくてはならない」として、四つの枠 を紹介しています。一つ目は健康、二つ目は人並み の能力があること、三つ目は必需品が買えるだけの 収入、四つ目は妻子への義務といった最も基本的な 社会的な義務です。この四つの枠から外れるとバラ ンスが崩れてしまい、いくら熱意があっても幸福に はなれないとラッセルはいいます。  これはギャンブルのことを考えるとわかりやすい でしょう。いくらギャンブルが気晴らしになると いっても、やりすぎてしまっては依存症になったり、 お金を使い果たしてしまったりする危険があります。 あるいは趣味でも、「妻子への義務」を犠牲にする くらいのめり込んでいるという人がよくいます。そ うした人は気がついたら愛想を尽かされて、家族が 家を出ていった、などということにもなりかねませ ん。ですから、熱意は大切だけれども、バランスも また必要なのです。 受ける愛情と与える愛情の調和が理想的  続いてラッセルは、愛情について語ります。愛情 も幸福には不可欠なものですが、同時にバランスが 求められるものでもあります。  幸福は愛情からもたらされます。ここでラッセル は。愛情と幸福の方程式”とも呼ぶべきロジックを 展開します。つまり、愛情が自信をもたらし、自信 が安心感を抱かせる。そうした精神の習慣が源と なって、熱意が生まれ、それによって人は幸福にな るという理屈です。まさに、愛情から始まって幸福 に至る方程式です。  ただし、どんな愛情でも幸福に至るかというと、 そうではありません。ラッセルは、幸福になるため には最上のタイプの愛情が必要だといいます。それ は、「相互に生命を与えあうもの」「一つの幸福を共 有する結合体だと感じる愛情」などと表現されてい ます。つまり、相互的な関係において、与え、同じ だけを受け取る愛情のことです。  これと対照的な愛情として「吸血型」の愛情を挙 げています。一方が他方の生命力を吸い取ってしま う、あるいは一方が他方の与えるものを受け取るく せに、お返しとしてはほとんど何も与えないという 関係です。そうした愛情は、一方が他方を幸福の手 段として見ているものであるため、双方の幸福には つながらないといいます。  ここまでは愛情の一般論ですが、ラッセルは続い て家族の愛情、特に親子の関係について論じていま す。ここでもやはり、バランスのとれた関係こそが 幸福を招くといいます。「私たちは、よい人間関係 は両方の側にとって満足すべきものでなくてはなら ないと信じている。このことは、とりわけ、親と子 の関係についてあてはまる」として、さきほどの最 上のタイプの愛情と同じロジックを展開します。  そうした調和した関係のためには、親が子どもの 人格に対して尊敬の念を抱く必要がある。そうでな いと、求めすぎるか、求めすぎないかのいずれかに なってしまって、幸福になれないのです。  「尊敬の念」は、子どもに対する愛情を判断すると きのキーワードの一つになるでしょう。ラッセルは、 次のようなドキッとすることを述べています。「気 づかいも、一定の限度を越えれば、所有欲のカムフ ラージュになる」。つまり愛情を与えすぎることは、 それによって子どもを支配したいという欲望の裏返 しになり得るのです。子どもにも人格を認め、尊敬 しなければ、子どもは幸せにはなれない。同様に、 子どものためという理由で親に過度な自己犠牲を期 待することも、家族の幸せにはつながらないと指摘 します。    親であることは人生の一要素として重要では   あるけれども、人生の全体であるかのように扱   われるならば、不満足なものになるからである。   そして、不満足な親は、とかく情緒的に貪欲な   親になりがちだ。だから、母親のためにも、ま   た同じように子供のためにも重要なことは、母   親になったからといって、他のすべての関心や   仕事から切り離されるようなことがあってはな   らない、ということだ。(第十三章 家族)  ここでもラッセルが強調するのはバランスです。 親子の愛情は必要ではありますが、それゆえどちら かが過度な自己犠牲を強いられたり、愛が過ぎるあ まりお互いの人生を同一視したりしてしまうことは、 やはり問題なのです。 仕事を通じて幸福になる  ラッセルは、仕事もまた幸福の源になるといいま す。まず、仕事は退屈の予防になります。休日を楽 しくするという効用もあります。さらに、成功と チャンスと野心を実現する機会も提供してくれます。 このように仕事をするだけでも幸福になれるわけで すが、仕事自体をおもしろくすることによって幸福 になるという方法もあるとラッセルは語ります。仕 事をおもしろくする要素は、ラッセルによれば「技 術の行使」と「建設性」です。  技術を行使するとは、「もうこれ以上は上手にな れないというところまで、その技術を行使すること を楽しむ」ことです。曲芸飛行のできる人や、有能 な外科医、あるいは配管工など、熟練を要する仕事 に就いている人は、その技術を向上させることに よっていくらでも仕事を楽しめるといいます。  もう一つの要素である建設性は、幸福の源として はさらに重要だといいます。建設とぽっくり上げる こと。家でもダムでも、一つの形をつくり上げるこ とは破壊よりも楽しいことです。また、つくるとい う作業には完璧な完成がないため、目的をずっと追 い続けることができるという点も幸福につながると ラッセルは指摘します。  この建設という要素はいわゆる建築業だけに含ま れるものではなく、「混沌から秩序を作り出すため に生涯を捧げたひと握りの政治家の仕事も、同様で ある」などとして、どんな仕事にもその要素はある といいます。 人生の目的と仕事が一致することの重要性  仕事と幸福の関係のまとめとして、「人間は、自 分の人生を一つの全体として見ようとする傾向に関 して、互いにいちじるしい違いが見られる」とラッ セルは切り出します。人生をどう見るかは人によっ て違う。その中で、幸福を獲得する見込みがあるの は、人生をばらばらの事件の連続ではなく、統一さ れたものとしてとらえられる人だと彼はいいます。 そしてこの章をこう結びます。    人生を一つの全体としてながめる習慣は、知   恵と真の道徳のどちらにとっても必要不可欠な   部分であり、教育において促進されるべき事柄   の一つである。首尾一貫した目的だけでは、人   生を幸福にするのに十分ではない。しかし、そ   れは、幸福な人生のほぼ必須の条件である。そ   して、首尾一貫した目的は、主に、仕事におい   て具体化されるのである。(第十四章 仕事)  「人生を一つの全体としてながめる習慣」とは、人 生を俯瞰し、ばらばらに起こっていると見える出来 事に一つの方向性を見出していくあり方だといえる でしょう。バランスをもって全体を見ることだとい えるかもしれません。  また幸福の必須の条件とは、人生の目的が首尾一 貫していることであり、それを可能にするのが仕事 だといいます。ここにもバランスが関係してきます。 たしかに、自分が送りたい理想の人生があったとし て、それと仕事がまったく一致していなければ、そ の人生は不幸なものとなってしまいます。例えば、 自分は人の幸せのために生きたいと思っているのに、 就いている職業が兵士で、敵を倒すことも仕事の一 部になっているのであれば、その大はおそらく悩む のではないでしょうか。これは極端な例かもしれま せんが、逆に理想の人生と仕事が一致している大は 幸せだということはよくわかると思います。自分の 人生の目的と自分の仕事が一致している、その調和 が幸せにつながるのです。  ラッセルは、もちろんいやな仕事もたくさんある し、多すぎる仕事はつらいと認めています。しかし、 人生に一貫性を与えるものとして、仕事を幸福の獲 得における重要な要素ととらえていたことは間違い ないと思います。  私自身、ラッセルのこの見解には大いに賛同する 部分があります。私は現在、大学で哲学を教えてい ますが、職業としては四つ目になります。商社マン、 フリーター、市役所職員を経てきましたが、職業を 変えた理由はいつも、自分自身の目的と就いている 仕事の一貫性がなくなってきて、「ちょっと違うな」 と思い始めたことにありました。利潤の追求が至上 目的だった商社、自由だけどその日暮らしのフリー ター、原理よりも日常の問題解決が優先される市役 所。それらを経て、いまは物事の本質を探求する哲 学が私の仕事になっています。これが私のやりた かったことであり、いま、私は幸せを感じています。 まさにラツセルのいう通りだと思います。 趣味をもつことがバランスにつながる  四つ目の幸福になる方法が、趣味をもつことです。 仕事ばかりではだめなのですね。ここはラッセルの 『幸福論』の象徴ともいえる部分でしょう。趣味で 幸福になれるなんて何だか軽い話だな、という印象 をもたれるかもしれません。でも、実はそれが非常 に重要だということを論じており、説得力がありま す。  ラッセルはここで、趣味のことを「私心のない興 味」と表現しています。「ある人の生活の主要な活 動の範囲外にある興味」「より公平無私な」興味と もいっていますが、たとえばある分野の専門家が、 自分の仕事に関係のない分野の本を読むことは、私 心のない興味だといっています。そうした分野の本 は、自分の利益や損得に関係なく純粋に楽しめるも のだからです。興味の例としては、ほかにスポーツ 観戦、観劇、ゴルフなどを挙げています。  そのうえで、私心のない趣味をもつことには、次 の三つの効用があるといいます。一つは気晴らしに なることです。気晴らしができれば、不幸の原因の 一つである疲れを取ることができます。ラッセルは、 気晴らしには「一晩寝て考えてみる」のと同じ効果 があるといいます。第2章で無意識に仕事をさせる ことの効用を紹介しましたが、それに言及して、 「意識下の精神過程が働きうるのは、眠りの中のみ ではない。そういう精神過程は、人の意識的な心が ほかの方向に向けられているときにも、働くことが できるのである」と説明しています。仕事で行き詰 まっても、いったん中断して趣味を楽しみ、また仕 事に戻ったときには意外といい答えが出るかもしれ ない。このことは、やみくもに一つのことをし続け るのではなく集中力のバランスをとる、と表現して もよいのではないかと思います。  二つ目の効用は、釣り合いの感覚を保つことです。 これは主に、仕事とのバランスをとることに関係し ています。    私たちは、自分の職業だの、自分の仲間内だ   の、自分の仕事の種類だのに熱中するあまり、   それが人間の活動全体のどんなに微々たる部分   でしかないか、また、世界中のどんなにたくさ   んのものが私たちの仕事にまるで影響されない   か、ということをとかく忘れがちである。(第   十五章 私心のない興味)  自分の仕事にばかりかまけていると、見える世界 はだんだん小さなものとなり、「世界の提供するこ の壮大なスペクタクル」を味わう機会を失ってしま う。しかし趣味があると、そうした視野狭窄に陥ら ず、人生においてバランスがとれるとラッセルはい うのです。 趣味は悲しみを癒す  三つ目の効用は、悲しみを癒すことです。たとえ ば愛していた人が死んでしまったとき、人は悲しみ に打ちひしがれます。しかし、ずっと悲しんでいる と余計に苦しくなります。そんなとき、何か自分の 気持ちを向ける趣味があれば、心のバランスをとる ことができるでしょう。悲しみ以外のことに気持ち を振り向けることができたら、心は楽になるわけで す。そのような趣味があれば、「現在を耐えがたく しているのとは別の連想や感情を思いつかせてくれ る静かな場所が、精神のために用意されるだろう」 と述べています。  そしてラッセルは次のようにいいます。    私たちの愛情は、すべて死の手にゆだねられ   ているのであって、死は、いつなんどき私たち   の愛する人を打ち倒すかもしれない。だから、   人生の意義と目的をそっくり偶然の手にゆだね   るといった、そんな狭い激しさを私たちの人生   に与えるべきではない。(同前)  死については多くの哲学者が論じていますが、私 は、中でもこのラッセルの言葉が最も説得力がある と思っています。いつ訪れるかわからない死という 偶然に完敗するのではなく、わずかでも抵抗ができ るのであればなぜやらないのだとラッセルはいって いる。この姿勢は非常に真摯ですし、また実用的で もあると思うからです。結局、悲しみも気持ちの問 題なのです。悲しみの総量のうちいくらかを別のと ころに振り向けることができるのであれば、実際に 悲しみは和らぎます。ですから、愛する人が亡く なったときに趣味に気持ちを振り向けることは、不 謹慎なことではないと思うのです。  このように、ラッセルは趣味というものを、私た ちが考えている以上に有効で、かつ高尚なものとし て論じています。 努力とあきらめのバランスが肝要  幸福になるための方法としてラッセルが最後に語 るのが、努力とあきらめです。  「中庸を守ることが必要である一つの点は、努力と あきらめとのバランスに関してである」。幸福にな るためには、まず努力をしなければならない。これ は、幸福は待っていれば向こうからやってくるもの ではなく、自ら獲得するものだという彼の持論から すれば当然の見解です。  「しかし、あきらめにも、また、幸福の獲得におい て果たすべき役割がある」と続けます。    その役割は、努力が果たす役割に劣らず欠か   すことのできないものだ。賢人は、妨げうる不   幸を座視することはしない一方、避けられない   不幸に時間と感情を浪費することもしないだろ   う。また、それだけなら避けられるような不幸   に見舞われたとしても、もしも、それを避ける   のに必要な時間と労力がもっと重要な目的の追   求を妨げるようであれば、進んでその不幸を甘   受するだろう。(第十六章 努力とあきらめ)  ここがバランス論の肝なのです。あがいても仕方 がないものを、努力で何とかしようとしても、幸福 にはなれないとラッセルはいっています。彼の『幸 福論』は、一見、努力すればいつでも幸福になれる といっているように思えるのですが、実は非常に現 実的です。努力が必要ではあるが、それも留保付き だと断っているのです。ここがラッセルの議論の説 得力のあるところでしょう。努力は必要だが、無理 なものには抗わない。投資の世界でいえば損切り T・3)のような話だと思います。しかし、これがな かなかできない。だから多くの人は苦しんでいるの だと思います。 不屈の希望に根ざす  ラッセルは、あきらめには二つの種類があるとい います。一つは「絶望」に根ざしたもの、もう一つ は「不屈の希望」に根ざすものです。前者は悪く、 後者はよいといっています。    あきらめの根底に不屈の希望のある人は、ま   るで違ったふうに行動する。希望が不屈になる   ためには、高邁で非個人的なものでなくてはな   らない。私の個人的な活動が何であろうと、私   は死によって、あるいは何かの病気によって、   敗北させられるかもしれない。(巾略)しかし、   個人的な目的が、人類のためのより大きな希望   の一部であった場合は、たとい挫折したとして   も、同じような完膚なきまでの敗北ではない。   (同前)  たとえあきらめたとしても、それが希望に根ざし ていればよい。その希望とは、非個人的なものを追 求することではじめて不屈になる、ということです。  これは当時、平和活動をしつつあったラッセルが、 自らに言い聞かせた言葉のようにも聞こえます。彼 はこうも述べています。   戦争のために自分の努力が棚上げされてしま  い、自分が尽力してきた改革は自分の一生の間  には到底実現されないということを、いやでも  認めざるをえなくなるかもしれない。しかし、  もしも、人類の未来に自らも参加していること  を離れて、人類の未来そのものに関心を寄せて  いるなら、それだからといって完全な絶望のど  ん底に落ちこむ必要はない。(同前) ここには、平和を実現して人類の将来をよいもの にするという、彼がのちに取り組んだプロジェクト の萌芽が見られるような気がします。 『幸福論』が書かれたのは一九三〇年ですが、ラッ セルはそれ以前から平和活動に関心をもち、第二次 世界大戦が終わってからその活動を本格化させます。 その事実を知ったうえで読むと、あたかもラッセル が、平和に対する希望のようなものを念頭に置いて この一文を書いているように思えてくるのです。自 分が行っている平和活動は、そのままでは実を結ば なかったり、非難されて十分にできなかったりする こともある。しかし、その目的は個人的なものでは なくもっと大きなものだから、一度や二度挫折した としても、誰かに活動が引き継がれていつか実を結 ぶと思えば、自らのあきらめも不幸にはつながらな いIラッセルは、自分にそう言い聞かせているよ うな気がしてなりません。平和活動には、そう思わ ないとやっていられないところがあるからです。  自分が何か活動を行ったからといって、それで急 に世界が平和になるわけではありません。たいがい の場合は途中で邪魔をされますし、ラッセルもそう だったように懲役刑つ・4)に処されたりもするで しょう。そこでいちいち「私かやったことには意味 がなかった」と絶望していたら、不幸になる一方で す。  ラッセルは、その後の自らの人生を象徴するかの ように、あきらめと希望の関係についてこの『幸福 論』の中で早くも示している。私はそうとらえたい のです。 川刹ボルシェヴィキ/ロシア語で「多数派」の意味。一九〇 三年にロシア社会民主労働党が分裂した際にレーニンが率いた 勢力。一七年の十月革命を指導し、世界初の社会主義権力を樹 立した。 * rsj 胴枯病/病原菌が樹木の幹や枝に寄生し、そこから上部 が変色して枯れる病気。クリ、リンゴ、カラマツなどにも発生 する。 − *3 損切り/損失の拡大を防ぐため、買った株式・証券・外 貨などを値下がりした状態で売って損失を確定すること。 − *4 懲役刑/ラッセルは一九一八年の反戦活動と、六一年の イギリス政府の核政策への抗議活動とによって、生涯で二回の 懲役刑判決を下された。  I  I I                  ‘   ’‐ ’‐i l .’    I    一。・¶ 。y″  ―― ゛゛  ‐   I’.f翩に ’婬  II      I一E C。『  ‘’一心J四一J’  1り゛−他4かかりい和と゜ながれ! 丶。。  . lSX〜UらI 客観的に生きる  ここまで、不幸の原因やその解決策、幸福になる ための方法などを見てきました。本章では、「幸福 な人」とはどのような人か、という問いから出発し て、他者とのつながりによって幸福になる方法と、 その延長上にあるものとしてラッセルが求めた平和 について考えていきたいと思います。  ラッセルは、『幸福論』のまとめとなる最終の第 十七章を「幸福な人」と題し、次のようにそれを定 義しています。    幸福な人とは、客観的な生き方をし、自由な   愛情と広い興味を持っている人である。また、   こういう興味と愛情を通して、そして今度は、   それゆえに自分がほかの多くの人びとの興味と   愛情の対象にされるという事実を通して、幸福   をしかとつかみとる人である。(第十七章 幸福   な人)  まず、「幸福とは何か」ではなく、「幸福な人とは どういう人か」という問題設定になっているのがお もしろいところです。この視点は、彼の『幸福論』 に一貫しているように思います。「幸福そのもの」 について議論しようとするとどうしても抽象的に なってしまいますが、「幸福な人」は実在しますか ら、具体的に考えることができる。これは、ラッセ ルの根本的な立場が経験主義に拠っていることの表 れといえるかもしれません。  経験主義とはイギリス経験論ともいわれる哲学の 一大潮流のことです。デカルトつ・I)などに代表 されるフランス発祥の大陸合理論が、人間の生まれ 持った観念を基礎に思考するのに対して、フランシ ス・ベーコンT・2)に端を発し、ジョンーロック T・3)が大成したイギリス経験論は、むしろ人間の 経験をすべての基礎に置こうとします。ラッセルの 哲学も、そうした経験主義の流れの中にあるため、 どうしても抽象的な観念からではなく、具体的な経 験から議論を展開することになるのでしょう。その おかげで、私たち読者にはわかりやすいものとなっ ています。  そして、ここでは「客観的な生き方」がキーワー ドになります。この言葉はわかるようで、いまひと つ意味がつかみにくい言葉ではないでしょうか。こ こまで読んできた内容から考えてみると、客観的な 生き方とは、自己没頭をやめ、主観にとらわれるこ となく外に興味を向けた生き方のことを指すと考え られます。ラッセルの生涯を振り返ってみると、彼 はまさに外に向けて生きようとしていた人ですから、 言行一致で説得力があります。  では具体的に、この最終章で客観的な生き方につ いてどのように書いているのか、見ていくことにし ましよう。  ラッセルは、たいていの人の幸福に不可欠なもの として、食と住、健康、愛情、仕事上の成功、仲間 から尊敬されることを挙げています。しかし、これ らを満たしてもなお、幸せになれない大もいるとい います。そうした大は、「絶えずわがことばかり考 えるのを食い止めてくれるような愛情や興味を身に つけるように心がけなければならない」と改めて指 摘しています。つまり、自分の情熱と興味を外に向 ける。これが、客観的に生きることの一つの意味で はないかと思います。  客観的な生き方をもう少し詳しく分析してみま しよう。ラッセルは、自己没頭をやめて興味を外に 向けることが大切だと説いているわけですが、その 興味とは「本物の客観的な興味」でなければならな いといいます。本物の客観的な興味とは何か。それ は、「あなたの性質と外部の事情の自然な働き」に よって湧いてくるものだというのです。    前もって、「切手収集に夢中になれたら、幸   福になれるんだがなあ」と自分に言い聞かせ、   ただちに切手収集にとりかかるようなまねをし   てはならない。なぜなら、切手収集なんかてん   でつまらない、と思うことだって十分ありうる   からだ。本当にあなたの興味をかき立てるもの   のみが、あなたの役に立つのである。(同前)  つまり、客観的に生きるとは、他人の興味に自分 を合わせるのではなく、自分の中に自然に湧き上 がってきた「本当にやりたいこと」「本当に知りた いこと」に興味を持ち、それに従って生きることに ほかなりません。その意味では、趣味は探すもので はなく、好きなことが高じて趣味になるのでしょう。 少なくともそうした趣味でないと自分を幸福にして はくれません。 幸福には社会とのつながりが必要  またラッセルは、幸福な大についてこんなことも 述べています。    すべての不幸は、ある種の分裂あるいは統合   の欠如に起因するのである。意識的な精神と無   意識的な精神とをうまく調整できないとき、自   我の中に分裂が生じる。自我と社会とが客観的   な関心や愛情によって結合されていないとき、   両者間の統合の欠如が生じる。幸福な大とは、   こうした統一のどちらにも失敗していない人の   ことである。(同前)  つまり、幸福には自分自身との調和と同時に、社 会とのつながりも必要だということです。社会と対 立したり、そこから孤立したりしていては、幸福に はなれないのです。ラッセルは戦時中に平和活動を 行ったがために、何度もバッシングを受けてきまし たから、そのことを痛いほど感じていたのでしょう。 逆に戦後、時代の寵児になってからは、幸福がいや 増したに違いありません。  ここで浮かび上がってくるのが、社会が不幸な場 合、はたして自分は幸福になれるのか、という疑問 です。ラッセルは、幸福を獲得するために外の世界 に客観的な興味をもてといいました。その外の世界 が不幸に満ちたものであった場合、自分は幸福にな れるのかどうか。私は、ラッセルの答えは「ノー」 であったと考えます。個人が幸福になるためには、 社会も幸福でなければならない。そう考えたからこ そ、ラッセルはその後半生を平和活動に捧げたのだ と思うからです。 『幸福論』の延長線上の平和活動  ここで『幸福論』の視点から、ラッセルがかか わっだ平和活動について改めて見ていきたいと思い ます。第3章で紹介したように、ラッセルは『幸福 論』の中で、まるで自身に言い聞かせるかのように 「不屈の希望」について語っていました。また最終 章では、幸福な人について次のようなことも述べて います。   そのような人は、自分は宇宙の市民だと感じ、  宇宙が差し出すスペクタクルや、宇宙が与える  喜びを存分にエンジョイする。また、自分のあ  とにくる子孫と自分は本当に別個な存在だとは  感じないので、死を思って悩むこともない。こ  のように、生命の流れと深く本能的に結合して  いるところに、最も大きな歓喜が見いだされる  のである。(同前) ラッセルは、まさに宇宙の視点から、人類が続く ことを熱く語っています。ここに彼の平和を希求す る意志を読み取ることができるのではないでしょう か。『幸福論』を書いたのち、第二次世界大戦を経 て、ラッセルはいかなる戦争も正当化されないとい う絶対主義の立場に転換していきました。そして実 際に、その晩年を平和活動に捧げたのです。まさに 言行一致です。  ラッセルが反戦への思いを絶対的なものとしたの は、一九五四年にアメリカがビキニ環礁で行った水 爆実験つ・4)がきっかけだといいます。これに よって、人類の危機が漠然としたものではなく、具 体的な危機としてはっきり見えるようになりました。 抗うべき敵が、原爆よりはるかに大きな威力をもち、 人類を消滅させる可能性のある兵器として具体化し たのです。ここも、常に具体的な経験から出発し、 それを帰納的に論じるラッセルらしいところだとい えるでしょう。観念としての危機ではなく、実在と なった危機が彼を動かしたのです。  ラッセルは、幸福な人は自分が「宇宙の市民」だ と感じていると述べていました。しかし、水爆が大 量につくられて本当に核戦争が起きれば、アメリカ 国民やイギリス国民という単位ではなく、地球上す べての人間が消滅する可能性もある。そうなると、 人間は国民以前に宇宙の市民として存在することす らできなくなり、ラッセルの説く幸福の根底が覆さ れることになります。また、自分はあきらめたとし ても後に続く者が引き継いでくれると思えば、それ は不屈の希望につながるとした思想も、後に続く者 が絶えてしまう可能性が出てきてしまっては、実現 できません。  かつて『幸福論』に託した希望が、断ち切られて しまうような事態が発生した。これはもう、八十歳 だろうと九十歳だろうと、命が尽きるまで平和活動 をしなければならない。ラッセルはそう考えたのか もしれません。 ラッセル=アインシュタイン宣言のメッセージ  ラッセルが取り組んだ平和活動の中で最も有名な ものは、おそらく、一九五五年七月に発表された ラッセル=アインシュタイン宣言でしょう。アイン シュタインT・5)というのは、相対性理論で有名 なあのアインシュタインのことです。科学に造詣の 深いラッセルは、アインシュタインの相対性理論を 高く評価しており、その思想における哲学上の意義 を研究しています。その結果、『相対性理論の哲学』 という本まで出版したほどです。  科学者として最も尊敬していた人物といっても過 言ではないでしょう。この宣言にアインシュタイン の名が冠されることになった具体的な経緯について は、後でお話ししたいと思います。まずはこの宣言 の中身について見てみましょう。これは、東西の核 開発競争が加速する中、核兵器廃絶と科学技術の平 和利用を訴えたものです。その中に、次のような一 節があります。  「私たちは、人間として、人間に向かって訴える。 あなたがたの人間性を心に深く刻み、それ以外のこ とを忘れよ、と。それができるならば、新しい楽園 への道は開かれる。できないならば、全面的な死の 危険が待ち受ける」(小菅信子編『原典で読む20世紀 の平和思想』岩波書店)。  平和のために、「人間性を心に深く刻み、それ以 外のことを忘れよ」。ここに込められたラッセルの メッセージとはいったい何なのでしょうか。  そのことを考えるために、ラッセル=アインシュ タイン宣言の成立までを、『ラッセル自叙伝V』の 記述を参考に追いかけてみたいと思います。  ラッセルはまず「わたくしは、全世界をして、そ れが盲目的に、まっすぐに危険に向かって突入しつ つあることを理解させなければならない」と決意し ます。そのために、『道徳と政治における人間社会』 という自著からいくつかの部分を抜粋し、繰り返し BBCで放送することを考えました。しかし、BB Cは「既に発表されたものを繰り返し放送すること はできない」といってこれを拒否したといいます。  ここであきらめるラッセルではありません。そこ で彼は、「人類のための新しい哀悼歌を作る仕事を 始め」ました。核兵器による破滅の恐ろしさを訴え る放送のために、新しい原稿を書き上げたのです。 その内容は、「わたくしがその時まで言って来たこ とことごとくのむしかえしとなった」とラッセルは 語っています。短い文章の中にそれまでの彼の主張 がぎっしり詰まっている。その内容を見たBBCの 反応は、次のようなものだったといいます。    けれどもBBCは、わたくしが聴取者を退屈   させ、また恐れをいだかさせることを恐れて、  なおも反対した。BBCは、その代わりとして、  若くそして愉快なフットボール競技者だちと討  論会をもつようわたくしに依頼して来た。BB  Cは、彼らがわたくしの人類の不吉な運命を憂  慮している執拗な心配を相殺してくれるだろう  と思ったのだった。これはわたくしにはまった  くふまじめな態度のように思われた。(日高一  輝訳『ラッセル自叙伝V』理想社) ラッセルは、自分が絶望感にうちひしがれている ものがいったいなんなのか、BBC当局は何もわ かっていないとして、「若くそして愉快なフット ボール競技者たち」との討論会を拒否しました。こ うした何度かの衝突を経て、とうとうBBCは一九 五四年の十二月に、ラッセルが思いどおりの放送演 説をすることに同意しました。このときの放送が、 後に「人間の危機」と題した文章となり、ラッセル =アインシュタイン宣言の基礎となります。この放 送は、次のような変化をもたらしました。  その放送は、個人的にも社会的にも大きな効 果があった。個人的な効果というのは、わたく しの個人的な不安を一時和らげたことであり、 人類の運命に関するこの問題について語るのに 適当な言葉を発見したという感じをわたくしが 持つにいたったことであった。社会的な効果と いうのは、もっともっと重要なことであった。 わたくしは、演説や論文の執筆を依頼する無数 の書簡や要請をうけたのだったIそれはとて もわたくしが処理しきれないほどであった。   (同前)  ようやくラッセルの努力が実ったわけです。歳は とっても、かつて『幸福論』で書いたあの幸福獲得 のための努力、あるいは不屈の精神を、見事に発揮 することができたといっていいでしょう。ところが、 ラッセルの平和活動は、とどまることを知りません でした。後から振り返れば、むしろこれは最初の一 歩にすぎなかったのです。  とかくするうち、わたくしは、自分の放送が あげた成果にたいする反響を知り、次になすべ きことは何かということを考えた時に、わたく しが全力を傾注すべきポイントとして諸国から の協力を得る必要があるということを悟った。 数多くの非常に有名なそして尊敬されている科 学者が、資本主義のイデオロギーをもつものも 共産主義のイデオロギーをもつものもこぞって 進んで署名をして、より一層、自分達と共同行 動をとってくれることを要請するステートメン   卜を作製することが可能であるかもしれないと   いう考えがわたくしの頭に浮かんだ。(同前)  東西の対立する陣営のそれぞれからすぐれた科学 者に協力してもらい、文字通り世界に向けて平和を 訴えるI。冷戦のさなかにあって、これは困難を 極める作業であったことが推察されます。しかし、 だからこそラッセルはその困難に立ち向かったので す。この計画を実行するにあたり、ラッセルはまず 交友のあったアインシュタインに手紙を書いて相談 しました。    アインシュタインは熱心な返事をくれたがそ   れにはこう書いてあったIすなわち、自分は   健康もあまりすぐれないし、当面の仕事さえお   ぼつかないほどなので、共鳴してくれるだろう   と思われる各般の科学者達の名前をあげる以上   のことは、何もお役に立つことは出来そうもな   いと。それでも彼は、とにかくわたくしの考え   を実行にうつすこと、そしてわたくし自身で声   明書を作製してほしいと頼んできた。(同前)  そこでラッセルは、前年の十二月に放送された 「人間の危機」をベースにして声明書を書き、東西 両陣営からの科学者のリストをつくり、その声明書 を同封して手紙を送りました。この一連の試みは次 のように決着します。    勿論アインシュタインにも、その賛成を求め   て同じ声明書を送った。けれども、彼がそれに ついてどう考えるかもまだ返事がなかったし、 それに署名してくれるつもりなのかどうかも聞 いていなかった。が、わたくし達一行が、世界 政府協会の次の会議が開かれることになってい たパリに向かってローマから飛んでいた時に、 その飛行機の中でアインシュタイン逝去の ニュースが、パイロットによってアナウンスさ れたのだった。わたくしは、身も心も打ち砕か れたように感じたIそれは、彼を失った悲し みというわかりきっだ理由からだけではなく、   また、彼の支持なくしては、この声明というプ   ランがだめになることを知っていたからだった。   しかし、わたくしがパリのホテルに到着した時、   署名に同意するというアインシュタインからの   手紙が届いているのを発見した。これは、彼の   公的な生涯での最後の仕事の一つとなった。   (同前)  この声明書こそ、世界平和の歴史に燦然と輝く、 かの「ラッセル=アインシュタイン宣言」にはかな りませんでした。残念なことにこの声明書は、アイ ンシュタインの最後の仕事の一つであるのと同時に、 ラッセルとの最後の共同の仕事になってしまいまし た。  それでは、官一言の中で強調された、人間性以外の ことを忘れよという訴えはいったい何を意味してい るのか。これについては、『自伝的回想』の中に収 められた「人間の危機」(前述の放送演説をまとめた 文章)に、その手がかりが残されています。  天文学の大世界や、原子の小世界において、 人間は発見できがたいと思われるような秘密を あばき出した。芸術、文学、宗教において、あ る人々は人類を保存するに足る価値をもたせる ような崇高な感情を示した。人間のあれこれの グループよりも人間そのもののことを考えられ る人がほとんどいないからといって、これらす べてのことをつまらぬ恐怖の内に終らせるべき だろうか。(巾略)われわれの前途には、もし 選ぶならば、幸福、知識、知恵における絶えざ  る進歩が横だわっている。われわれは、喧嘩が  忘れられないからといって代りに死を選ぶだろ  うか。私は、人間に対する人間として諸君が人  間性を忘れず、それ以外のことを忘れるように  訴える。諸君にこのことができれば、新しい天  国への道は開かれているが、できなければ、諸  君の未来には世界中の死以外に何もないだろう。  (「人間の危機」) ここでいわれているのは次のようなことだと思い ます。戦争は国の利害や、主義主張、人種の違いな どを理由に行われる。しかし、この地球上に素晴ら しいものを数多く残してきた人間という存在が、か けがえのないものである点だけに着目すれば、争う 必要はなくなるはずだ。我々は人間性という共通の ものをもっているのだから、互いに争ってはいけな いはずである。そんな呼びかけではないでしょうか。  ラッセルの『幸福論』は、個人の幸福について書 かれた本です。しかし最終章にあるように、その幸 福とは、社会との結合なくしてはあり得ないと論じ ています。その社会が、例えば壊滅的な状況になっ てしまったとしたら、個人は幸福になどなりようが ないのではないか。そう考えたからこそ、社会が実 際に危機に陥っていることを危惧したラッセルは、 平和を獲得するための活動を始めたのだと思います。 言い換えるとそれは、あらゆる人間が幸福を獲得す るための活動にはかならないでしょう。平和が脅か されている現代だからこそ、人間個人の幸福から平 和を説くラッセルの思想は、大きな意味をもつと思 うのです。 堂々と『幸福論』を語ろう  最後に、いまの日本社会で幸福を語ることの意味 についてお話ししたいと思います。幸福を語るなん て青臭いことのように聞こえるかもしれません。で も、実はそれは恥ずかしいことではなく、いままさ に求められていることなのです。  第1章でお話ししたように、ラッセルは不幸の原 因を、自己没頭や、不合理な罪の意識に求めていま した。現代日本はまさに、自己否定や「負け組」と いうレッテルを押しつける時代であり、多くの人々 が内にこもるひきこもりの時代であるように思いま す。  実は、私自身にもそういう時期がありました。 ラッセルがたとえたソーセージ製造機のごとく、自 分への過信から商社をやめた私は、結局二十代後半 をフリーターとして過ごすはめになってしまいまし た。ソーセージをつくるより、自分の内部の研究を 始めてしまったのです。当然、内部の機能は停正し ます。その頃は、自分は「負け組」だ、もうひきこ もるしかないと思っていて、非常に不幸を感じてい ました。思い返してみると、その頃は自分の内側ば かりを見て、外を見ようとはしませんでした。ラツ セルのいう自己没頭です。  三十歳を前にして、私はなんとかもう一度やり直 そうと、市役所で働くことにしました。幸運なこと に、私の周りには背中を押してくれる人がいたので す。はたして人生を変えることができるのかどうか 半信半疑でしたが、とにかく思い切って外に出るこ とにしたのです。そうやっていろいろなことを始め ると、ラッセルのいう通り、人生は好転していきま した。幸せになっていったのです。それまで私は、 「どうせ何をやってもうまくいかないだろう」と決 めてかかっていました。  しかしいま思えば、それは思い込みに過ぎなかっ たのです。いまでは逆に、何でもやってみることに しています。ラッセルが書いていることを信じて、 とにかく行動してみる。幸福をつかむためにはそれ が一番ではないかと思います。だから私も、ラッセ ルに倣って「行動する哲学者」を標榜し、日夜努力 しているのです。  かつて哲学の父ソクラテスは、「哲学の目的は、 善く生きることだ」といいましたが、これは、ラッ セルが『幸福論』の中で述べている「幸福な人生は、 不思議なまでに、よい人生と同じである」と重なる と思います。よい人生を送りたいのであれば、私た ちは幸福にならなければいけません。そして幸福に なるためには、自分自身が幸福になると同時に、 人々が幸福になれる社会をつくっていかなければな らない。私たちは、自分に対し、社会に対し、その ような働きかけをしていかなければいけないのだと 思います。 ラッセルの言葉が背中を押してくれる  もちろんこれは簡単なことではないでしょう。 「外に向けて一歩踏み出せ」といわれても、すぐに できるものではありません。そんな人たちにとって、 ラッセルの『幸福論』は、背中を押してくれる一冊 になるのではないかと思います。私もひきこもる前 にこの本に出会っていたら、もう少し早く一歩を踏 み出せていたかもしれません。  これまで読んできてわかる通り、ラッセルは『幸 福論』において、自分の経験に基づいて理論化した、 不幸を避け、幸福を獲得する方法を迷いなく堂々と 記しています。罪の意識をもたらす幼少期の道徳教 育は「病的なナンセンス」であると断言し、幸福を もたらす趣味については、フットボール観戦よりも 読書の方がいいと明言しています。そこにはラッセ ルなりの明確な理由があるのです。フットボール ファンに文句をいわれるのでは、などという忖度は 一切ありません。この強さが、迷っている人に対し ては非常に”効く”のです。  アランーウッドというラッセル研究者が、ラッセ ルは議論に熱中すると、自分の論敵に対して自らの 主張を強く押し通す人だったということを書いてい ます。どちらでもよいという答えはなく、常にどち らが正しいかを考えていたのですね。その答えがた とえ少々偏っていたとしても、周りの人に与える影 響には大きなものがあります。それに賛同するにし ても反発するにしても、その人自身の考えが明確に なるからです。しかも、ラッセルは熱い人であると 同時に常にロジカルです。ここがやはリポイントで、 だから説得力があり、共感できるのです。  同時に、ラッセル自身の不屈の人生も、私たちに 大きな勇気を与えてくれます。個人の幸福と社会の 幸福という自らが信じる目的のために行動し続けた ラッセル。数々の本を書き、学校を運営し、晩年を 平和活動に捧げました。なんと九十五歳という年齢 で、ベトナム戦争におけるアメリカの戦争犯罪を裁 く「ラッセル法廷」を提唱し、実際にその裁判が開 かれるに至りました。まさに不屈の精神の持ち主だ といえるでしょう。  『幸福論』の中でラッセルは、幸福な人は「宇宙の 市民」だと述べていました。その言葉通り、ラッセ ル自身も国境やイデオロギーを越え、人間性こそを 信じるという崇高な理想を掲げて生きました。後か ら思えば、彼がたびたび論じた宇宙規模で物事を考 えるという発想は、単に個人の不幸を相対化するた めの知恵ではなかったようです。それは、利害対立 を超えた宇宙市民として平和を構築するという壮大 な思想であったことがいまになってわかります。  ラッセルの努力のおかげで、冷戦期に第三次世界 大戦をまぬかれた私たちは、だからこそこの新たな 危機の時代にあって、彼の姿勢に学び、その後を継 いでいかなければならないのです。 川刹デカルト/一五九六〜二(五〇。フランスの哲学者・自 然科学者。あらゆるものを徹底的に疑い(「方法的懐疑」)、確実 な真理として「我思う、故に我あり」に至る。初めて哲学を自 分という主体を中心に考え、中世スコラ哲学を克服した近代哲 学の祖とされる。解析幾何学を創始したすぐれた数学者でも あった。著書に『方法序説』『情念論』など。 − *2 フランシス・ベーコン/一五六一〜二(二六。イギリス の哲学者・政治家。二十三歳で国会議員となり大法官まで進む が汚職で失脚。経験と実験を重視する「帰納法」によリイギリ ス経験論の創始者となる。排除すべき四つの先入見「イドラ」 に関する論も知られる。著書に『ノヴムーオルガヌムー新機 関』『随想集』など。 − *3 ジョンーロツク/二(三二〜一七〇四。イギリスの哲学 者・政治思想家。人間の観念は経験からつくられるとするイギ リス経験論の大成者。人民主権を説く社会契約説などの政治思 想ではアメリカ独立革命やフランス革命に大きな影響を与えた。 著書に『人間悟性論』『統治二論』など。 − *4 ビキニ環礁で行った水爆実験/一九五四年三月一日、太 平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験。 爆心地から百六十キロ離れた立ち入り危険区域外で操業してい た静岡県焼津のマクロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が被曝した。 川刎 アインシュタイン/一八七九〜一九五五。ユダヤ系ドイ ツ人の理論物理学者。特殊相対性理論・光量子説・ブラウン運 動の分子運動理論、一般相対性理論に基づく重力理論・宇宙論 を展開。ノーベル物理学賞受賞。三三年、ナチスに追われてア メリカに亡命。物理学者レオーシラードの依頼に応じ、ナチス の核開発の危険性と、それに対抗するアメリカの核開発を促す 手紙に署名。手紙はルーズベルト大統領に送られ、アメリカの 原子爆弾開発計画「マン「ツタン計画」着手のきっかけとなり、 広島・長崎への原爆投下につながった。アインシュタインは手 紙に署名したことを生涯最大の過ちとして、その後の人生を平 和のために捧げた。 ブックス特別章 ラッセル『幸福論』で考えるコロナ時 代の危機 コロナ時代の危機とは何か  本書は、二〇一七年十一月に放送された「100 分面名著」のテキストが元になっています。した がって、基本的にはその時点までの世界に照らして、 パートランドーラッセルの『幸福論』の現代的意義 を考察したものになっています。  それからわずか三年ちょっとしか経っていないわ けですから、本来であれば現代的意義には何の変化 もないはずです。しかし、二〇二〇年という年を境 に世界はある意味で大きく変わってしまいました。 そう、新型コロナウイルスによるパンデミックの発 生です。  この出来事を境にビフォーコロナ、ウィズコロナ、 アフターコロナあるいはポストコロナという時代の 区分さえなされるようになってしまったのです。本 稿を書いているいまはおそらくウイズコロナの状態 にあるのでしょう。徐々にワクチンの開発と接種が 拡大していくとしても、完全にコロナの終息が宣言 されるには、まだまだ時間がかかります。  そこで本書でも、従来の現代的意義に加え、この 新しい世界の状況に照らしたラッセル『幸福論』の 現代的意義について、特別章を設けて考察したいと 思います。ラッセルの『幸福論』が提起する知見に は、時代や世界の状況を問わない普遍性があります。  きっと私たちが直面しているこのコロナ時代の危 機に対しても、それを乗り切るためのヒントを提示 してくれるに違いありません。いまラッセルが生き ていたら何を語り、どう行動するか、一緒に考えて みましよう。 新型コロナウイルスによるパンデミック  まず二〇二〇年に何か起こったのか確認したいと 思います。三月にWHO(襾界保健機関)によって パンデミツクが宣言されて以降、各国の国境が封鎖 され、日本でも緊急事態宣言が出されるに至りまし た。そうして私たちはいわゆる自粛生活を強いられ、 ニューノーマルと呼ばれる新しい生活様式に則った 日常を過ごさざるを得なくなったのです。  その日常はウイズコロナ、つまリコロナとともに 生きる日常ということで、私たちの常識を一変させ てしまったといっても過言ではないでしょう。とり わけ人と接触するということが、感染拡大の原因に なりうるため、あたかも罪のような位置づけになっ てしまったことが最大の変化であるように思います。 人間は共同体の生き物であり、ともに集い、交わる ことで喜びを見出して来ました。にもかかわらず、 それが禁じられてしまったのです。  たとえば、集まって自由に会食することもできな い、職場で同僚と一緒に仕事し、学校で仲間ととも に学ぶこともできない、はては家族の最期を看取る ことさえできないという事態に追いやられたのです。  これはもう人間にとって幸福の喪失以外のなにも のでもありません。だからこそいままさにラッセル の説いた幸福の獲得が求められるように思うのです。 この苦境において、はたして私たちはいかにして幸 福を取り戻すことができるのか。  基本的には、ラッセルの説いた客観的な生き方を 実践することが、ここでもソリューションになるよ うに思います。つまり、主観にとらわれることなく 外に興味を向けた生き方です。特にいまは、どうし ても「できなくなってしまったこと」に目を向けが ちです。そうすると、どんどん内側に心が向いてし まって、不幸のスパイラルに陥るのです。  それを避けるためには、「何かできるか」を考え るよりほかありません。とりもなおさずそれは、内 側ではなく自分の外側にあるものに目を向けること を意味するのです。言い方を変えると、人生の多角 化、多様化といった感じでしょうか。  ラッセルはその象徴的営みとして、色んなことに 興味をもち、趣味を増やすことを説いていました。 その分人生の可能性は広がるからです。奇しくも日 本では、コロナの自粛生活中、家でできる趣味や、 換気のいい外でできる趣味、あるいは一人で楽しめ る趣味を始める人が増えました。実際そういう人た ちは、比較的新しい日常を楽しんでいるように見え ます。  ビジネスにおいても同じだと思います。できなく なってしまったことを嘆くより、むしろウイズコロ ナを「コロナを使って」という意味にとらえ、やり 方を変えたり、新サービスを生み出したりしてイノ ベーションにつなげている企業は元気があります。  ラツセルのいうように、幸福とは待っていれば落 ちてくる木の実では決してなく、自ら獲得するもの なのだなということをつくづく実感します。  それに、ラッセルが論じていたように、人間は退 屈を嫌う生き物でもあります。だから何かしようと 必死になってあがくものです。ただ、ここでもラッ セルの教訓が生きてきます。それは退屈に耐えるこ とも幸福のためには必要だというあの話です。彼は、 興奮を求めすぎるとコショウ中毒になるからだと いっていました。  おそらくコロナ以前は、私たちはコショウ中毒に 陥っていたのだと思います。だからひとたび日常が 制限されると、もう退屈で仕方ない。でも、考えて みれば、他の国のようにロックダウンされているわ けでもなし、ましてや緊急事態宣言も一時の話です。  その意味では、多少制限のある生活を送っていた としても、これくらいは耐えないと、幸福にはなれ ないでしょう。なぜなら、こうした状況はまだ続く でしょうし、もしかしたら別のウイルスによってパ ンデミック自体が繰り返される可能性もあるのです。  そんなパンデミック時代を幸せに生きて行くため には、多少の退屈に慣れることが不可欠であるよう にも思うのです。ウィズコロナは、コショウ中毒に 悩まされる現代人にとって、幸福を手に入れるため の治療期間であるととらえてみてもいいかもしれま せん。 コロナがもたらした精神の危機  新型コロナウイルスは、経済的に私たちの生活に ダメージを与えただけでなく、心にも大きなダメー ジを与えました。日本では、二〇二〇年四月に一回 目の緊急事態宣言が発せられて、しばらく自粛生活 を余儀なくされました。  タイミングも悪く、新年度の開始する時期だった ので、仕事や学校で新しい環境に移ったばかりの人 たちは、新天地で孤独な日常を送らざるを得なかっ たのです。私の教える大学でも他県からやってきた 新人生たちは、一度も友達と顔を合わせることなく 下宿に閉じこもり、オンライン授業を受ける日々を 送っていました。  そうした状況は当然、人間の精神を不安定にしま す。そのせいで、中にはウツ状態に陥る人も出てき ました。生活面での不安、将来への不安、感染への 不安、孤独……。そうしたことが重なり、決して少 なくない人たちが幸福感を失ってしまったのです。  しかし、その多くは物理的に何かを失ったという よりは、精神的に不安であることが原因で不幸に なってしまっています。とするならば、なんとか気 持ちの面だけでも前向きになることで、幸福を取り 戻せるように思うのです。  ラッセルもまた幼少期の抑圧された日常がもとで、 ふさぎ込んだ青春時代を過ごしていました。だから こそ、自戒を込めて心を内側ではなく外側に向ける ことを説くのです。彼が挙げる不幸の最大の原因は 自己没頭でした。  一人でいると、どうしても自己没頭しがちです。 自粛生活は一人を強いるのだから仕方ないといわれ そうですが、いまはオンラインもあります。ですか ら、こうしたツールをうまく使って、できるだけ人 とコミュニケーションをとるようにした方がいいと 思います。  オンラインは対面とは異なるので、それでは満足 できないという声をよく聴きます。私も最初はそう 思っていました。でも、これはやはり慣れの問題だ と思います。いまでは私も授業や会議をオンライン でやるだけではなく、オンライン哲学カフェやWE B飲み会をはじめ、オンラインでのコミュニケー ションを楽しめるようになりました。ラツセルのい うように、外に目を向けて一歩を踏み出せるかどう かだと思います。  結局、心の問題の解決は、思考のコントロールが できるか否かにかかっています。ネガティブな方向 に考え始めてしまったとき、きちんとコントロール してそれをポジティブな方向に転換できるかどうか です。  難しいのは、ネガティブな思考はやろうと思って やっているわけではなく、自然にそうなってしまう 点です。ですから、本当は自分の中の無意識の部分 をコントロールしておかなければならないのです。  ラッセルはそれを可能にするために「神経の衛生 学」という学問を提唱していました。無意識に言い 聞かせておくというものです。彼自身は何か難しい 問題に取り組む際、この仕事を地下で続けよと無意 識に命令していたわけですが、この方法は心をポジ ティブにするためにも用いることができるように思 います。  何かあってもポジティブにとらえよと、自分の無 意識に命令する習慣をつければ、自ずとポジティブ に考えるようになるのではないでしょうか。要は常 にポジティブになれるように心をスタンバイさせて おくということだと思います。  そう考えてみると、私もかねてから自分がポジ ティブ哲学を標榜しているせいか、無意識のうちに 自分はポジティブなんだと言い聞かせてきたのかも しれません。だから何事もポジティブに受け止めて しまいます。このコロナ禍でも、ピンチを危機だと 思ったことは一度もありません。すべてチヤンスだ ととらえていますから。 幸福をもたらす働き方改革とは  コロナがもたらした社会の変化でいうと、働き方 改革の促進もその一つでしょう。コロナ以前から、 日本では働き方改革が叫ばれていました。長時間労 働や残業、長時間の通勤、有給休暇の取得率の柢さ、 ワークライフバランスの欠如が問題点として挙げら れていたのです。  しかもいずれも長年の慣行や企業風土のようなも のが妨げとなり、なかなか改善されませんでした。 そこにコロナが発生し、奇しくも改革が加速して いったのです。自粛生活は必然的にテレワークを促 進する結果となり、ほとんどの問題を解決したかの ように見えます。  ところが、ことはそう簡単ではありません。あく まで家で仕事をする時間が増えただけで、決して長 時間労働やワークライフバランスの欠如が改善され たとはいえないのです。むしろオンとオフの境目が なくなって、労働時間が増えたという人さえいます。 私もその一人なのですが。  さらに別の問題として、テレワークだとこれまで のように自由に仕事をすることができず、ストレス を抱える人も増えているといいます。いくらテクノ ロジーが発達してきているとはいえ、すべてを家で 完結させることはできないというのです。以前より 生産性が落ちると、その分どこかでツケが回ってく るという不安に苛まれている人もいます。  そこでこの問題についても、ラッセルの『幸福 論』からヒントを探していきたいと思います。趣味 を重んじるラッセルは、もともと長時間働く人では ありません。実は『怠惰への讃歌』という本も出し ていて、怠惰なくらいがちょうどいいと考えている のです。四時間も働けば生活に必要なものは生み出 せると。  八時間労働が当たり前であるかのようにいわれ、 それ以上働くのが美徳であるかのように思わされて 来た日本人にとっては、信じられないような短時間 労働の勧めですが、大胆な発想の転換がないと、変 わることなどできないのでしようね。  ただ、ラッセルは『幸福論』の中でも、時間が問 題ではないと強調しています。労働することによる 疲れは、主に精神的なものだと。いくら短時間労働 にしても、生産性を上げようなどと躍起になってい ては、精神的に疲れてしまって、不幸を招きます。  だからもっと仕事を楽しむように発想を変えてい かなければならないのです。それがラッセルの説い ていた、技術の行使と建設性の話です。どんな仕事 も生産性の向上のためではなく、むしろ自分のスキ ルアップを楽しみ、何かをつくり上げているという 意識をもつことで、楽しい営みに変わるのです。  どんな単純労働でもそうです。短時間になった分 頑張ってやらないと、と思えば、ストレスが増すだ けでしよう。そんなことより、もっと楽しみながら やるべきなのです。はからずもコロナがもたらした 働き方改革の促進は、そうした方向で受け止められ て初めて、人々に幸福をもたらす奇貨となりうるの です。 ラッセルの平和への活動とつながるBLM運動  海外に目を向けると、人種対立の激化が目立つよ うになりました。一見コロナとは関係ないように思 えますが、ここにもやはリパンデミックが影を落と しています。貧困層の方が人口密度が高い等の理由 でウイルスが感染拡大しやすかったり、ロックダウ ン等で職を失う確率が高かったりするため、格差が 鮮明化してしまったのです。  アメリカの貧困層には黒人も多いことから、当然 彼らは不満をもちます。それを押さえようとする権 力の側に黒人差別意識があると、過剰な対応をしが ちなのです。白人警官がそうして過剰に黒人を取り 締まろうとしたり、無抵抗の黒人を銃で撃つような ことが起こると、それが社会全体の暴動につながっ ていきます。  これが昨今世界中に広がりを見せたブラツクーラ イヴズーマター、通称BLMと呼ばれるムーブメン ト拡大の一因ではないかと私は分析しています。 「黒人の命は大切だ」と訳されるように、この運動 は、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を 訴える、国際的な積極行動主義を指しています。  その意味ではまず構造的な問題を解決する必要が あるでしょう。さらに格差の解消も求められていま す。ここでラッセルの哲学が効いてきます。彼は不 幸になる原因の一つに競争を挙げていました。特に アメリカ人の競争好きを痛烈に皮肉っていたのです が、まさにBLMがアメリカ発の格差によって拡大 していった運動であることを予言しているかのよう です。  ラッセルにいわせると、競争に躍起になっている 大は恐竜と同じだそうです。たしかに恐竜は弱肉強 食の象徴であり、競争に勝つことしか考えていませ ん。でも、ラッセルがそういう大たちを恐竜にたと えたのには、もう一つ別の理由があります。それは、 恐竜は互いに殺し合って絶滅してしまったといいた かったからです。  競争によって生まれるのは格差だけです。しかも その競争が激化すればするほど格差は大きくなり、 残念なことにそれに比例して社会の歪みも大きくな るのです。そんな社会に生きることが幸福なわけが ありません。だから人種対立の構造的問題を解決す るためには、過剰な競争を見直すことも必要だと思 うのです。  さらに、人種対立の解決は、平和という視点から も考えることが可能だと思います。ラッセルが生涯 を通じて身を投じた平和活動は、いま世界中に広が るBLM運動に重なります。人種問題の解決は、決 して一国の治安の問題ではなく、いまや世界の平和 につながりうる問題であるように思うのです。  だとするならば、ラッセルがあのラッセル=アイ ンシュタイン宣言で強調した人間性以外のことを忘 れよという訴えは、ここでも解決策として妥当して きます。そう、人間性という唯一の共通点、このか けがえのない共通点をもう一度私たちは胸に刻むべ きなのです。現代社会において平和を脅かしている のは、核兵器ばかりではありません。ウイルスもそ うです。そしてそのウイルスによってもたらされた 人間同士の憎しみ合いにほかなりません。 ねたみと不寛容がポピュリスムの温床  BLM運動を加速させた経済格差は、世界中で広 がりつつあるポピュリスムとも関係しています。一 般にポピュリスムとは、大衆から人気を得るような レトリックを駆使することで、政治家自らが望む状 況を実現しようとするカリスマ的な政治スタイルの ことを指すといっていいでしょう。アメリカのトラ ンプ前大統領がその典型とされますが、ヨーロッパ を中心にいま世界中をそうしたポピュリスムが席巻 しています。  このポピュリスムの本質について、ドイツ出身の 政治思想史家ヤン=ヴェルナー・ミュラーは、自分 たち以外の立場を認めようとしない反多元主義の存 在を指摘しています。民衆の側に不満が生じてくる と、その不満を代弁するポピュリスト政治家が現れ るのです。そしてひとたび権力を得たポピュリスト 政治家は、自分に反対する意見を封殺しようとする のです。  その意味では、単に格差だけでなく、異なる意見 には耳を貸さないという社会の不寛容性こそがポ ピュリスムの問題だといえます。こうした風潮が社 会の分断を生み、共同体を不安定な状態にしていま す。  二〇二〇年の大統領選で明らかになったように、 真っ二つに引き裂かれてしまったアメリカがその典 型です。こうした対立は、コロナのようなどうする こともできない社会問題が起こると先鋭化しがちで す。お互いに他方の陣営に責任をなすりつけると いった非生産的な争いが繰り広げられるからです。 そんな悲劇を避けるためにも、ラッセルの言葉に耳 を傾ける必要があるでしょう。  そもそも人間が不寛容になるのは、ねたみを抱く からです。ラッセルはそれが不幸をもたらす原因で あるとして、解消方法について論じていました。  たとえば、ねたみについては比較をやめるべきと 説き、ものをそれ自体として見よと訴えていました。 つまり、自分が不幸なのは誰かのせいではないので す。何かのせいだということです。人のせいにする と、その大を責めることになります。でも、それで は対立を生むだけです。何か原因があるとすれば、 本来はその原因そのものに向き合うべきなのです。  アメリカやヨーロッパでポピュリスムが起こって いるのは、移民が職を奪っているということに対す る不満が噴出しているからです。でも、だからと いって怒りの矛先を移民に向けてもなんの解決にも なりません。そうではなく、経済のパイが縮小して いることや、望まぬ移民を生み出している国際社会 の問題自体に目を向けるべきでしょう。あいつだけ が得をしているというねたみは、不幸をもたらすだ けなのです。  もう一つ別の観点からラッセルの哲学が参考にな るのは、世評に対する怯えに関する議論です。ラッ セルがいち早く現代のSNSの病理について予言し ていたことはすでに述べました。  実はポピュリスムにはSNSによって拡大してい るという側面があります。トランプ前大統領がツ イッターを駆使して大衆を煽っていたのがその証左 です。SNSによる非難が敵味方の溝を大きくし、 ポピュリスムを加速させている事実は否めません。  だからこそラッセルが論じたように、より一層の 寛容さが求められるのです。建設的な批判は必要で すが、中傷まがいの非難は不毛です。私たちは異な る意見に対して、その発信者を感情的に非難するの ではなく、意見そのものを建設的に批判するように 心がける必要があるでしょう。もちろん同時に、い われない非難に対し、寛容な態度で応じることが求 められることはいうまでもありません。 二十一世紀にあってもやはり最高の知性  ラッセルは二十世紀最高の知性の一人として、世 界中で評価されています。その最高の知性によって 書かれた『幸福論』は、幸福になるための確かな方 法であるといっても過言ではありません。  それはラッセル自身が、二十世紀という激動の時 代を生きながら、まさに生き証人としてどうすれば 幸福になれるか試行錯誤してきた記録でもあるから です。だからこそ説得力があるわけです。伝統的な 道徳とその崩壊のはざまで悩んだ青春期、ますます 競争が激化する資本主義社会、そして何より二度の 大戦を経験した戦争の世紀。  しかし、彼の考察自体は、時代の文脈を超えた普 遍的なものであったといっていいでしょう。この特 別章でお示ししたように、ラッセルの洞察はいま私 たちが直面している多くの問題にそのまま適用する ことができる実践的なものです。  とりもなおさずそれは、彼の哲学が普遍性を有し ているからだといえます。その意味でラッセルは、 単に二十世紀最高の知性であるにとどまらず、二十 一世紀においてもやはり最高の知性なのです。だか らこそ彼の『幸福論』はいまもなお読み継かれ、そ して私たちを幸福へと導いてくれているのだと思い ます。