ポジティブ心理学の挑戦_マーティン・セリグマン 序文  この本は、読者の皆さんが フ ラ ー リ ッ シ ユ ずっと続く豊かな幸せを手に入れるために役立 つ1冊だ。  ああ、ついにこんなことを言ってしまった。  学者として、私はこのような軽率な約束は ずっと避けてきた。私は研究者であり、しかも 保守的な性質だ。私か書くものに説得力がある のは、それが統計的検定や、実証済みの質問紙 や、徹底的に研究されたエクササイズ(演習) や、大きな代表標本などの慎重な科学に基づい ているからだ。ホップ心理学や自己啓発書とは 違い、私の書いたものが信用されるのは、その 根底に科学があるからだ。  2002年に前著(『Authentic Happiness/ 邦訳『世界でひとつだけの幸せ』)を世に出し て以来、心理学のめざすものについて私の考え は変わった。また、さらによいことには、実際 に心理学そのものも変わってきている。私は自 分の人生の大半を、苦痛を和らげ、人生を台な しにする病気を根絶するという、心理学の尊い 目標のために費やしてきた。実を言えば、これ は大変なことだった。人の苦しみを扱う心理学 と真剣に向き合うこと(抑うつ、アルコール中 毒、統合失調症、トラウマ、その他にも従来の 心理学が主に扱ってきた数々の病気に対処する 場合には真剣にならざるを得ないのだが)は、 魂の苦悩となってしまうことがある。患者の心 の健康状態を向上させようと、治療者は自分の 役割以上のことをやっているのに、治療者の心 を健康にすることについては従来の心理学は概 してあまり役に立だないのだ。治療者の側に何 か変化があるとすれば、自らがうつに陥ること ぐらいだ。  私は現在、ポジティブ心理学という、心理学 の大きな地殻変動に関わっている。1998年、 私はアメリカ心理学会(APA)の会長として、 心理学の従来の目標に新しい目標をつけ加える よう呼びかけた。「何か人生を生きるに値する ものにするのかを探究する。そして、生きるに 値する人生を可能とする状態を築き上げてい く」という目標だ。  人間のウェルビーイング(よいあり方)につ いて理解し、よい生き方を可能とする状態を築 くという目標は、人間の苦悩について理解し、 人生を台なしにする状態を解消するという目標 と同じではない。この瞬間にも、世界中の数千 の人がこの新しい心理学分野に携わっており、 こうした目標に向かって努力している。  ポジティブ心理学は人々を一層幸せにするこ とができる。  ポジティブ心理学を教える。  ポジティブ心理学を研究する。  コーチやセラピストとしてポジティブ心理学 を実践で使う。  教室で高校生たちにポジティブ心理学のエク ササイズをやらせる。  ポジティブ心理学を育児に活用する。  心的外傷後成長についてどう教育すればよい かを軍曹たちに教える。  仲間のポジティブ心理学者たちに会う。  ポジティブ心理学について書かれたものを読 むIこうしたすべてが人々をより一層幸せにす るのだ。  ポジティブ心理学に携わっている人たちは、 私か今までに知っている人たちの中でも最高に 精神的に満たされた人たちだ。  幸せ、フロー(没我、没頭感)、意味・意義、 愛、感謝、達成、成長、良好な関係性など、ポ ジティブ心理学の内容そのものが人間の フ ラ ー リ ッ シ ン グ 持続的な幸福のあり方を構成している。この ようなものを自分の人生でもっと得ることがで きると知ることで人生が変わる。 フ ラ ー リ ッ シ ン グ 豊かな可能性に満ちた人間の未来像を垣間見 ることで人生が変わるのだ。  この本は、読者をよりよいあり方へと導くも            フ ラ ー リ ッ シ  ユ のだ。読者が自らの豊かな可能性を開花させる ために活用していただきたい。  「ポジティブ心理学 ペンシルベニア大学公 式サイト」  (httレYWW .authentichaDDiness.or) の最新情報ならびに監訳者あとがきについて は、いずれも社団法人日本ポジティブ心理学 協会  (httくンvw w..anetwork.or) の『ポジティブ心理学の挑戦』ページを参照 のこと。 第1部 新・ポジティブ心理学 第1章 ウェルビーイングとは 何か冫  ポジティブ心理学が本当はどうやって始まっ たのかは今まで秘密にされてきた。  私か次期アメリカ心理学会会長に選出された 1997年、私のメール受信数は今までの3倍 に膨れ上がった。そんな最中、その年の暮れに 受け取ったメールは私を困惑させるものだった。 私の頭の中は「?」となり、返信ができなかっ た。そのメールには、「私に会いにニューヨー クまで訪ねていらっしやい」とだけ書いてあり、 名前のイニシャルが添えられているだけだった。  その数週間後、私は40年間教鞭を執っている ベンシルベニア大学の当時の学長であったジュ ディーロダンと一緒にカクテルパーティーに出 席していた。  「PTという人物を知っていますか? 私に ニューヨークに来なさいと招待するメールをく れたであろう人なのですが」私はジュディにそ う尋ねた。ジュディは重要人物を隈なく知って いる人だ。  「彼に会いに行きなさい!」彼女は息を切らし て言った。  2週間後、私はニューヨークのマン(ツタン 南端部にある、小さくて薄汚れたオフィスビル の8階の、表示も何も出ていないドアの前に 立っていた。私は飾りっ気のない、窓もない部 屋に迎え入れられた。そこには白髪で、灰色の スーツを着た2人の男性が座っており、スピー カーフォンが1台置いてあった。  「私たちはある財団に勤める弁護士です」とそ の1人の男性は説明し、自分がPTであると自 己紹介した。「私たちは受賞者を選ぶのですが、 あなたがまさにその受賞者です。あなたがどん な研究をやりたいのかを知りたいのです。私た ちは細かく指図したりはしません。ただ、最初 に注意を申し上げておきますと、あなたが私た ちの正体を暴露するようなことがあれば、私た ちが差し上げる助成金はその時点でストップし ます」  私は、その弁護士らとスピーカーフォンとに 向かって、私のアメリカ心理学会における新た な取り組みの一つである民族政治紛争(多分に 最もポジティブ心理学らしからぬテーマだが) について手短に説明した。そして、第一線で集 団虐殺の研究に携わる40人の専門家だちと会合 を開きたいと告げた。  私は、どのような状況で大量虐殺が起きるの か、または起きないのかを知りたいと思ってい た。20世紀に起きた数多くの大量虐殺の状況と、 憎悪に満ちた状況にあって大量虐殺が起きても 不思議ではなかっだのに起きなかった50もの状 況とを比較することで、何かを知ることができ ると思った。そうやって、21世紀においていか に大量虐殺を回避できるかを本にまとめたいと 思った。  「教えてくれてありがとう」2人の弁護士は、 私か話し始めてから5分後にそう言った。  「あなたが大学に戻ったら、今の説明を1ペー ジにまとめて私たちに送ってくれますか? あ と、予算を盛り込むのをお忘れなく」  その2週間後、私の机の上に12万ドル以上の 小切手が届いた。これは嬉しい驚きだった。と いうのも、私の知る限り、ほぼすべての学術研 究では、面倒な助成金申請をはじめ、厄介な審 査や、煩雑なお役所的手続きや、途方もない遅 延や、厳しい見直しといったプロセスを経て、 挙句の果てには却下されるか、心臓が止まりそ うになるくらいの予算削減という憂き目にあう のがオチだからだ。  私はその助成金で、1週間にわたる会議を主 催しだのだが、開催地には北アイルランドのデ リーという象徴的な場所を選んだ。その会議に は民族政治紛争の分野における40人のスター学 者たちが参加した。そして、ダニエルーチロー と私か編集した民族政治紛争に関する本は、 2002年に実際に出版された。  会議の6ヵ月後、先の財団の財務担当者から 電話があった。  「マーティ、デリーでのあの会議は素晴らしい ものでしたよ。ところであなたは次に何をした いと思っているのですか?」  「次?」私は囗ごもっだ。さらなる助成金をお 願いするのに全く準備ができていなかった。  「ええと、『ポジティブ心理学』と称するもの について考えているのですが」  私は1分ほどそれについて説明した。  「ニューヨークに私たちを訪ねていらっしや い」と彼は言った。  出かける囗の朝、妻のマンディは私に最高級 の白いシャツを着せてくれた。「くたびれた襟 のシャツの方がいいのではないかな」と、私は マン(ツタン南端部にある質素なオフィスを思 いながら言った。  ところが、そのオフィスビルはマン(ツタン にある最高級地区の一つに移転していた。今や 最上階にある会議室は大きく、そこには窓が あった。だが、2人の弁護士とスピーカーフォ ンは相変わらずたった。そして、ドアに何の表 示もないのも相変わらずであった。  「このポジティブ心理学というのは何です か?」彼らは尋ねた。10分ほど説明した後、彼 らは私を送り出しながら言った。「あなたが大 学に戻ったら、説明を3ページにまとめて私た ちに送ってくれますか? あと、予算を盛り込 むのをお忘れなく」  1ヵ月後、150万ドルの小切手が私の手元 に届いた。  この物語には、始まりと同じくらい奇妙な終 わりがある。ポジティブ心理学が彼らの財政支 援のお陰で発展し始めたことを、この某財団は 知っているはずだった。その2年後、私はPT から再び1行のメールを受け取った。  「マンデラとミロシェビッチの件はつなかつて いるのだろうか?」とあった。  「う1ん、さて、これは何か言いたいのだろ う?」私は疑問に思った。今回はしかし変人を 相手にしているのではないことだけは分かって いたので、私は最も妥当なところに当たりをつ けて、PT氏に長い、学術的なことを書いた メールを返信した。聖人と怪物が生まれる遺伝 的・環境的要因について、すでに解明されてい ることを概説した。 「ニューヨークに私たちを訪ねていらっしや い」それが彼の返事たった。  私は今度こそ最高級の白いシャツを着て行っ だのだが、訪問先のドアには「アトランテイツ クーフイランソロピーズ」という表示があった。 後で分かったことには、この財団は、免税店の 経営で財を成し、50億ドルもの全財産を慈善事 業のために管財人に託したチャールズーフイー ニーという寛大な実業家のお陰で設立されたの だった。そして、アメリカの法律にしたがい、 財団の名前を公表することを余儀なくされた。  「私たちはあなたに優れた研究者を集めても らって、遺伝学をはじめ、善と悪の政治学や社 会学に至るまで、マンデラとミロシェビッチの 問題に対して答えを出してもらいたいのです」 そう彼らは言った。「そのために、私たちはあ なたに2000万ドルを差し上げましよう」  それは巨額の金たった。間違いなく私の大学 での給与をはるかに超える金額たった。私はそ の話に食らいついた。がっちりと。向こう6ヶ 月間かけて、財団の2人の弁護士と私は研究者 たちを交えて、推敲に推敲を重ねて提案書を作 成した。そしてその翌週には、財団理事たちに よって形式的に承認された。提案書には大変優 れた科学的知識が盛り込まれた。  「私たちはとても困惑していますよ、マー テイ」PTは電話でそう言った。「理事会で私 たちの提案書が却下されてしまったのです。こ んなことは今までで初めてです。理事会は遺伝 学の部分が気に入らなかったようです。政治的 すぎて問題だと」  それから1年も経たないうちに、まるで 「ザーミリオネア」(1950年代のテレビ番組。 +代の若者たった私の印象に強く残っているの は、番組の人が100万ドルの小切手を手に、 視聴者の家の玄関に突然現れるシーンだ)から そのまま飛び出してきたかのような2人の素晴 らしき慈善事業の後見人が辞職した。   新しい理論の誕生  ポジティブ心理学にとって、私かこの財団と 出会ったことは、過去10年の間で最高の出来事 の一つであった。この本は、こうした始まりが、 その後どのような展開を見せたかについての話 である。  ポジティブ心理学の今の状況を説明するのに、 私はポジティビティや持続的幸福について徹底 的に再考することから始めた。ここでまず最も 重要なこととして、幸せに関する私の新しい考 えをお伝えしなければならない。  タレスは、万物は水でできていると考えた。  アリストテレスは、人間のあらゆる活動は、 幸せになるためにあると考えた。  ニーチェは、人間のあらゆる活動は、力を得 るためにあると考えた。  フロイトは、人間のあらゆる活動は、不安を 回避するためにあると考えた。  この思想の巨人たちは全員、匸兀論という重 大な誤りをおかしている。匸兀論とは、人間の あらゆる動機が、結局はたった一つのものに帰 着するという考え方だ。この匸兀論を認める考 え方というのは、哲学では「思考節約の法則」 といって、最も単純な答えを正しい答えとする ものだ。  ただ、この思考節約には限界がある。現象の 複雑なニュアンスについてあまりに単純にしか 説明できないとなると、何も説明できないこと になってしまう。匸兀論は、巨人たちの理論に は致命的なものであった。彼らの匸兀論のうち、 幸せに関する私の当初の考えはアリストテレス に最も近いものだった。人間のやることはすべ て、自分が幸せになるためにやることだ、とい う考えだ。  だが、私は実のところ、「幸せ」という言葉 が大嫌いだ。幸せという言葉はあまりに乱用さ れていて、ほとんど意味を成さない言葉となっ てしまっている。科学には使えない言葉だし、 教育、セラピー、公共政策、あるいは単に自分 の生き方を変えるなど、実践的な目標に対して も役に立だない。  ポジティブ心理学における第一歩は、この 「幸せ」の匸兀論を解消して、幸せをもつと使 える言葉にすることだ。幸せについて理解する にはそれなりの理論が必要となる。この章では 私の新しい理論について述べたい。  「マーティ、あなたの2002年の理論は間違 いではないですか?」2005年、ペンシルベ ニア大学大学院応用ポジティブ心理学修士課程 の第1期クラスが開講されたのだが、私の担当 する「ポジティブ心理学入門」の授業で、私の 以前の理論について議論していたとき、セニ アーマイミンという学生がそう発言した。彼女 は(Iバード大学の数学科を主席で卒業し、自 らヘッジファンドを経営する才女だった。  「2002年の本にある理論は、人間の選択に 関する理論のはずです。でも、あの理論には重 大な欠陥があります。成功と達成の要素が含ま れていないからです。勝つためだけに勝とうと する人間もいるのです」セニアはそう続けた。  この瞬間、私は幸せというものについて再考 し始めたのだった。        オーセンティツクハ ピ ネ ス  10年前に『Authentic HappinessJ』(『世界でひ とつだけの幸せ』)を執筆したとき、私は同著 のタイトルを『ポジティブ心理学』としたかっ たのだが、タイトルに「幸せ」と入れる方が本 がよく売れる、というのが出版社側の意向たっ た。多くの小さないざこざでは私は編集者を説 き伏せることができるのだが、タイトルで私の 意見が通ったためしはない。そんなわけで、私 は「幸せ」という言葉を背負い込むこととなっ た(私は「オーセンティック」という言葉も大 嫌いだ。肥大化した自己の世界で使い古された 「自己」という言葉に酷似している)。  このタイトル、そして「幸せ」の主たる問題 は、人間の選択について十分に説明できないだ けでなく、今どきの人が「幸せ」と聞くと、陽 気で快活な感じや、元気さや笑顔といったもの とすぐに結びつけてしまうことにある。この夕 イトルのせいで、以来、ポジティブ心理学が ニュースを飾るたびに、あのとんでもない二コ ちゃんマークのスマイリーフェイスがついて回 ることになっだのだが、それは私にとってタイ トルと同じくらい迷惑なものだった。  歴史上、「幸せ」がこのような快楽説と密接 に結びついたことはない。明るく楽しい、と いった感じは、「人間には幸せを追求する権利 がある」というトーマスージェフアーソンの宣 言とは似ても似つかないし、私かポジティブ心 理学で意図するところとはさらに輪をかけて大 きくかけ離れているものだ。   最初の理論‥幸福理論  私の意図するポジティブ心理学とは、人間が そのもののよさのために何を選ぶか、というこ とに尽きる。  前著における理論とは、幸せを三つの異なる 要素に分けて分析できるものだった。その三つ の要素とは、「ポジティブ感情」、「エングージ メント」、「意味・意義」であり、いずれもその もののよさのために選ばれる要素である。これ ら各要素は、「幸せ」よりも正確に定義され、 測定可能なものだ。  まず「ポジティブ感情」だが、これは、楽し み、歓喜、恍惚感、温もり、心地よさなど、自 分が「感じるもの」のことだ。この要素を中心 に、一生順調に過ごすことができるような人生 を、私は「快の人生」と呼ぶ。  二つ目の要素である「エングージメント」と は「フロー」に関することだ。フローとは、音 楽との一体感や、時が止まる感覚や、無我夢中 になる行為の最中での没我の感覚のことだ。こ のような、フロー状態を得ることを目的とする 生き方を、私は「充実した人生」と呼ぶ。エン グージメントはポジティブな感情ではないし、 むしろポジティブ感情を得られないという点で はその逆でさえある。フロー状態にいる人に、 あなたたちは何を考え、何を感じているのかと 聞いてみると、たいていは「何も」という答え が返ってくる。フローとは対象のものに同化し ている状態なのだ。フローに伴う高度な集中状 態にあっては、思考や感情を形成するあらゆる 認知的・感情的な孑孑ルギーを使い果たしてし まうのだろう。  フロー状態を得るための近道はない。それど ころか、自分の最高の強みや才能を発揮しなけ ればフローの世界に与かることはできない。ポ ジティブ感情を得るには楽な近道もあるのだが、 それがエングージメントとポジティブ感情のも う一つの違いでもある。マスターベーションを したり、買い物に行ったり、麻薬をやったり、 テレビを見たりすれば、ポジティブ感情は簡単 に得ることができる。しかし、フロー状態を得 るために重要なのは、自分の最高の強みを見つ けて、それらの強みを頻繁に活用することを学 ぶことだ(訳注一「VIA・強みテスト」は、 「ポジティブ心理学 ペンシルベニア大学公式 サイト」httくンYW W.authentichaDDiness.or  で無 料受検できる。日本語版もあり)。  さらには、幸せに関する三つ目の要素がある のだが、それが「意味・意義」だ。私はブリッ ジゲームをやっているときにフロー状態になる が、長いゲームの後で、自分の姿を鏡で見てみ ると、自分か死ぬまで勝ち負けに気をもむので はないかと心配になる。エングージメントや快 を求めることは、たいていは孤独で、自分の世 界に隕られた試みである。人間はどうしても人 生に意味や目的を欲しがるものなのだ。「有意 義な人生」とは、自分よりも大きいと信じるも のに属して、そこに仕えるという生き方だ。人 類はこれを可能にするあらゆるポジティブな制 度を築き上げてきた。宗教、政党、地球に優し いエコライフ、ボーイスカウト、家族などもそ うだ。  以上が「幸福理論」だ。ポジティブ心理学と は、幸せについて、「ポジティブ感情」、「エン グージメント」、「意味・意義」という三つの要 素から考えていくことである。  私は今や、「ポジティブ心理学とは何か」に ついて考えを変えた。私はさらに、「ポジティ ブ心理学の要素とは何か」、そして、「ポジティ ブ心理学は何をめざすべきか」についても自ら の考えを改めた。   幸福理論からウェルビーイング理   論へ  私はかつて、ポジティブ心理学のテーマは 「幸せ」だと考えていた。幸せを測定する判断 基準は「人生の満足度」で、ポジティブ心理学 の目標はこの人生の満足度を増大することだと 考えていた。  私は今や、ポジティブ心理学のテーマは 「ウェルビーイング」だと考えている。ウェル ビーイングを測定する判断基準は 「持続的幸福度」で、ポジティブ心理学の目標 は持続的幸福度を増大することだと考えている。 私か「ウェルビーイング理論」と呼ぶこの理論 は、「幸福理論」とはかなり異なっているのだ が、この違いについては説明を要するだろう。  幸福理論には三つの不備がある。  まず、「幸せ」という言葉だが、圧倒的に人 気のある含意が「明るい気持ち」と表裏一体に なっている事実が挙げられる。明るい気持ちは 「ポジティブ感情」の一つであるが、ポジティ ブ感情自体、幸せに対して最低限の意味しか付 与しない。  また、「エングージメント」も「意味・意義」 も、自分の感じ方と直接関わるものではないた め、ポジティブ感情の要素で足りない部分を補 うことはできない。幸せに対して、「エングー ジメント」と「意味・意義」の要素を加えたい と思っても、これらは「幸せ」の意味を部分的 にも構成することはできない。  二つ目の幸福理論の不備は、「人生の満足度」 が幸せを測定するのに特別扱いされすぎている ことだ。幸福理論における幸せは、人生の満足 度という判断基準で操作されるようになってい る。人生の満足度とは、幅広く研究された自己 報告式測定法で、1から10までの尺度で、「自 分の人生にどれくらい満足しているか」という 質問に対して、「ひどい」(1点)から「理想 的」(10点)までの範囲で回答するものだ。  ポジティブ心理学の目標は、地球上で人生の 満足量を増やすという基準に依っている。だが、 結果的に分かっだのは、人々が報告する人生の 満足度とは、質問されたまさにその瞬間に、 。自分がどれくらいよい気分でいるか”に左右 される、ということだった。多くの人に平均し て見られることだが、人生の満足度をどう報告 するかは、その70パーセント以上がそのときど きの気分で決まるのであり、頭で。判断”する 割合は30パーセントにも満たない。  このように、ポジティブ心理学の古い判断基 準は、偏った形で「気分」と結びついているの だが、実に気分こそが、昔の人が「俗悪」と考 えた幸せの形たった。幸せを気分で考える見方 は、「ポジティブ感情度の低い」世界の50パー セントの人々を「ものすごく不幸」だと決めつ けることになる。気分の沈んだ世界の半分の 人々は、たとえ陽気でなくても、快活な人々よ りもっと充実した、有意義な人生を送っている かもしれないのだ。  また、人生満足尺度では、人々が仕事にどれ くらい意義を見出し、全力で打ち込んでいるか、 あるいは自分が大切に思う人々とどれくらい深 く関わっているかといった側面を考慮しないと いう欠陥が判明している。人生の満足度は本質 的に陽気な気分を測定するものだ。そのため、 人生の満足度は、幸福学以上のものをめざす理 論においては、中心的な位置づけを得るにふさ わしくない。  幸福理論の三つ目の欠点は、「ポジティブ感 情」、「エングージメント」、「意味・意義」の三 つの要素が、いずれも「人がそのもののよさの ために選ぶ」という要素に収まりきらないこと だ。  理論が改良されれば、人々の選択に関する要 素を徹底的に明らかにできる。そこで、ここに 新しい理論を提示しよう。そしてこの新しい理 論が以上の三つの問題をどのように解決するか を見ていこう。   ウェルビーイング理論とは  ウェルビーイングとは「構成概念」であり、 幸せとは「もの」である。「本物」とは直接測 定できる「実在物」のことだ。そのような実在 物は「操作」できる。つまり、極めて具体的な 測定によって実在するものが決まる、というこ とだ。  例えば、気象学における体感温度は、氷点に おける(凍傷にかかる)温度と風の組み合わせ によって決まる。幸福理論とは、幸せという 。本物”を説明しようとする理論である。ここ での幸せは人生の満足度によって決まる。1か ら10までの尺度で、自分の人生に対する満足の 度合いを評価するのだ。人生において、最高の ポジティブ感情、最高のエングージメント、最 高の意味・意義を持つ人は最高に幸せであり、 人生の満足度も最高だ。  ウェルビーイング理論は、ポジティブ心理学 のテーマが本物であることを否定する。むしろ テーマはウェルビーイングという「構成概念」 である。この構成概念には、同様に測定可能な いくつかの要素があり、各要素が本物であり、 各要素がウェルビーイングと関係しているもの の、ウェルビーイングを決める要素は何一つと してない。  気象学では、「天気」がそのような構成概念 となっている。天気はそれ自体、自ずと実在す るものではない。気温、湿度、風速、気圧など、 それぞれ操作でき、それぞれ実在するいくつか の要素が天気に関係している。  ここでのテーマがポジティブ心理学の研究で はなくて、「自由」に関する研究であったとし よう。自由について科学的に研究するにはどう したらよいだろうか? 自由は構成概念であり、 実在するものではない。そして、自由にはいく つかの要素が関係している。他のあらゆる要素 の中でも特に、市民がどれくらい自由だと感じ ているか、出版物がどれくらいの頻度で検閲さ れているか、選挙の頻度、人口に対する国会議 員の比率、役人の汚職率などが関係している。 自由そのものの構成概念とは違って、各要素は 測定可能なものだが、これらの要素を測定する ことによってのみ、自由がどれくらい実現され ているのか、その全体像を得ることができる。  ウェルビーイングとは、まさにその構成から して「天気」や「自由」のようなものだ。一つ の尺度だけでは完全には定義しきれない(「完 全に定義する」を専門用語では「操作可能」と 言う)。だが、いくつかのものがウェルビーイ ングに関係しているのであって、それらがウェ ルビーイングの要素であり、それぞれ測定でき るものだ。  対照的に、幸福理論では、人生の満足度が幸 せを操作するが、それはちょうど気温と風速が 体感温度を決めるようなものだ。ここで肝要な のは、ウェルビーイングの要素そのものが異な る種類のものだ、ということだ。ウェルビーイ ングの要素の場合には、最初の幸福理論のよう に、ポジティブ感情、エングージメント、意 味・意義をめぐる思考や感情についての自己報 告にとどまらない。  ポジティブ心理学の重要なテーマは、人生の 満足度という実在物ではなくて、ウェルビーイ ングの構成概念なのである。次に、ウェルビー イングの要素について列挙しよう。   ウェルビーイングの五つの要素  幸福理論は、危険なまでにアリストテレスの 匸兀論に近づきすぎているが、それは幸せが人 生の満足度によって操作可能であるか、または 定義されているからだ。  ウェルビーイングには匸兀論に陥らずに済む いくつかの要素がある。この理論は、本質的に、 強制しない形の選択に関する理論であり、五つ の要素は、人がそのもののよさのために自由に 選択するものからなる。そして、ウェルビーイ ングのそれぞれの要素は、要素として次の三つ の性質を必ず備えていなければならない。  I ウェルビーイングに寄与する  2 そのもののよさのために多くの人が求め   る。単に他の要素を得るために求めるので   はない  3 他の要素からは独立して(単独に)定義   され、測定される  ウェルビーイング理論には五つの要素があり、 五つの各要素はこれら三つの性質を持つ。五つ の要素とは、「ポジティブ感情」、「エングージ メント」、「意味・意義」、ポジティブな「関係 性」、および「達成」だ。これら五つの要素は 頭文字を取って簡略的に「PERMA」と表さ れる。  それではこれから五つそれぞれの要素を見て いこう。まずはポジティブ感情からだ。  ポジティブ感情(P: Positivem∃o{110コ}  ウェルビーイング理論の一つ目の要素はポジ ティブ感情(快の人生)だ。これは幸福理論の 一つ目の要素でもある。ウェルビーイング理論 においても不可欠な要素であるが、二つの重大 な変更点がある。主観的尺度である幸福感と人 生の満足度は、理論全体の目標としての位置づ けから、ポジティブ感情の要素下に含まれる単 なる一要素へと格下げとなる。  エングージメント(E‥mngagement)  エングージメントもそのままウェルビーイン グ理論の要素とする。ポジティブ感情と同様、 主観によってのみ測定される(「自分にとって 時は止まっていたか?」「自分は仕事に完全に 没頭していたか?」「自分は没我状態にあった か?」)。  ウェルビーイング理論において、ポジティブ 感情とエングージメントの二つの要素のすべて が主観によってのみ測定される。快あるいは快 の要素として、楽しみ、恍惚感、心地よさ、温 かさなど、ポジティブ感情は主観的ウェルビー イングの変数をすべて包括している。だが、忘 れないでほしい。フロー状態の最中は、通常、 思考や感情は存在しておらず、回想においての み「あれは楽しかった」とか「あれは素晴らし かった」と言うのだ。快の主観的な状態が今現 在にあるのに対して、エングージメントの主観 的な状態は回想的、すなわち過去にしか存在し ない。  「ポジティブ感情」と「エングージメント」は ウェルビーイングの要素として三つの基準を満 たしている。  I ポジティブ感情とエングージメントは   ウェルビーイングに寄与する  2 そのもののよさのために多くの人が求め  る。必ずしも他の要素を得るために求める  のではない 3 他の要素からは独立して測定される(実  際、あらゆる主観的ウェルビーイングの変  数を測定しようとする科学者たちが存在す  亘 意味・意義(M‥一`一eaning) 意味・意義(自分よりも大きいと信じる存在 に属して仕えること)をウェルビーイングの三 つ目の要素とする。意味・意義には主観的な構 成要素があるため(「学生寮での徹夜討論会は 今までで最も有意義な話し合いたったと思わな いかい?」)、ポジティブ感情に含めてもよいと 思われる。主観的な構成要素がポジティブ感情 を決定づけることを思い出してみてほしい。自 分の楽しみや、恍惚感や、心地よさについて自 分自身が思い違いをするはずがないのだ。「自 分か何を感じるか」がすべてなのだ。これは意 味・意義については当てはまらない。ただし、 夜を徹しての自由討論がとても意味のあるもの だったと考えるかもしれない。それは、何年か 後に思い出したときに、その意義深かった徹夜 討論とやらは若者の戯言にすぎなかったことが 明らかになるものなのだ。  意味・意義は単に主観的な状態であるだけで はない。歴史や、論理や、一貫性といった、公 正かつ客観的な判断をもってすれば、主観的な 判断とは矛盾することがある。アブラ(ムーリ ンカーンは深刻な憂うつ質たったため、絶望の どん底で自分の人生を無意味だと判断したかも しれない。だが傍から見れば、彼の人生は意義 深いものであったと判断する。  実存主義者シャン=ポールーサルトルの代表 的戯曲である「出口なし」は、彼自身、そして 第二次世界大戦後の彼の崇拝者たちにとっては 有意義なものと判断されたかもしれないが、今 となっては誤った考え(「他者は地獄である」) であったようだし、ほとんど無意味なようにも 思える。今日では、他者とのつながりや関係性 が、人生に意味や目的を与えるものであること は誰もが認めるところだからだ。「意味」は要 素として三つの基準を満たしている。  I ウェルビーイングに寄与する 2 たいてい、そのもののよさのために求め  られる 3 意味・意義は、ポジティブ感情やエン  グージメントとは互いに独立して定義され、  測定される。また、他の二つの要素、達成  と関係性からも独立している(この点は次  に説明していこう) 達成(A: Achievement)  達成(または成功)は多くの場合、ポジティ ブ感情、意味・意義、ポジティブな関係性のい ずれも得られることがなくても、そのもののよ さのために追求される。私をそう最終的に確信 させたのは次のようなことだ。  私はよくブリッジの真剣勝負をやるのだが、 実に数多くの偉大なプレーヤーだちと組んだり 戦ったりしてきた。ブリッジプレーヤーのベテ ランの中には、上達するために、学ぶために、 問題を解決するために、またはフロー状態にな るためにプレーをする人たちがいる。彼らが 勝ったときは素晴らしい。だが彼らが負けたと きはどうだろうか。彼らがよいプレーをしたと きは勝ったときとほぼ同様に素晴らしい。彼ら ベテランたちは、エングージメントやポジティ ブ感情、あるいは全くの喜びを得るためにゲー ムをやるのだ。  またあるベテランたちは、勝つためだけに ゲームに挑んでくる。彼らにとって負けること は、どんなによいプレーをしたとしても壊滅的 なことだ。逆に勝てばそれは素晴らしいことで、 どんなに「汚い勝ち方」をしたとしても素晴ら しいことなのだ。勝つためにズルをする者さえ いる。勝つことが彼らにとってポジティブな感 情を得ることにつながるようには見えない。 ゲームをやることがエングージメントにつなが るようにも見えない。負けることがあらゆる経 験をあまりに容易に無にしてしまうからだ。ま た、意味・意義につながるようにも見えない。 ブリッジゲームは自分より大きな存在でも何で もないからだ。  勝つためだけに勝つ、というのは富の追求に も見られる。実業家の中には、財を得た後に、 慈善行為により驚くべき大金を寄付する人もい る。ジョン・D・ロックフェラーとアンド リュー・カーネギーがその模範を示し、チャー ルズーフイーニー、ビルーゲイツ、ウオーレ ンーバフェットなどがこうした美徳の現代のお 手本となっている。ロックフェラーとカーネ ギーはともに前半の人生で築き上げた巨万の富 を、科学や医学、文化や教育振興のために寄付 することに後半の人生を費やした。彼らは勝つ ためだけに勝つという人生を最初に送ってから、 後の人生において意味・意義を創造したのだ。  彼らのような「篤志家」とは対照的に、最も 多くのおもちゃとともに死ぬ者が勝者であると 信じる「蓄財家」がいる。そのような人の人生 は勝利を中心に回っている。彼らが負ければそ れは致命的なことであり、さらにおもちゃを得 るため以外はおもちゃを手放そうとはしない。 このような蓄財家と、彼らが興した企業は、他 の多くの大が生計を立て、家族を持ち、各人が 意味や目的を創造する手段を与える。だがこれ は、蓄財家の勝とうとする動機のほんの副作用 にすぎない。  したがって、ウェルビーイング理論には第4 の要素が必要となる。一時的な形での「達成」 と、その拡張した形である「達成の人生」だ。 達成の人生とは、達成のための達成に捧げる人 生のことだ。  達成の人生を送っている人は、多くの場合に 自分かやっていることに没頭し、夢中になって 快を求め、勝つと(たとえ束の間でも)ポジ ティブな感情を得る。自分よりも何か大いなる ものに仕えて勝利を収めることもあるかもしれ ない(映画「炎のランナー」で、実在のオリン ピック走者エリックーリデルを演じた俳優はこ う言った。「神が私を速く走らせてくれるのだ。 私か走るとき、私は神の喜びを感じるのだ」)。  いずれにせよ、私は達成がウェルビーイング の基本的かつ区別できる四つ目の要素だと考え ている。そして、この要素を新たに加えること で、人がそのもののよさのために何を選択する のか、ウェルビーイング理論を用いて完全に説 明できるようになるのに一歩近づけることにな る。  達成のための達成という要素を加えたのは、 私か今までで最も決定的な論文を読んだことに よる。1960年代初期、私はプリンストン大 学心理学部教授のバイロンーキヤンベルの動物 実験室で研究をしていた。当時、動機づけに関 する包括的理論と言えば「動因低減説」であっ た。これは、動物が生物学的欲求を満たすため だけに行動するという考えだ。  1959年、ロバートーホワイトは 「動機づけ再考一有能感の概念」という異端の 論文を発表したのだが、これはラットと人間が ただ環境を支配しようとして頻繁に行動したと 主張するもので、動因低減説全体に冷水を浴び せるものだった。当時、私たちは、そんなのは バカらしい主張だとあざ笑ったものだが、その 後、私自身が紆余曲折を経て発見したことは、 ホワイトは見事に正しかったということだった。  達成の人生を加えたことで、ポジティブ心理 学の課題もまた強調される形となっている。そ の課題とは、人々が実際にウェルビーイングを 得るために何をするのかを。規定すること”で はなく、”記述すること”である。  この要素を加えたからと言って、達成の人生 を支持しているのでも、さらなる勝利を得るた めに人生をウェルビーイングの方向へと転換す べきだと勧めているのでもない。むしろ、人間 が抑圧から解放されたときに、そのもののよさ のためにどんな行動を選択するかについてより よく記述するためにこの要素を加えたのだ。  関係性(R: Relationships)  「ポジティブ心理学とは何か?」この問いに2 語またはそれ以下で答えるとすると、ポジティ ブ心理学の創始者の一人であるクリスト ファー・ピーターソンはこう答える。「他者」  ポジティブなもので孤独なものは実に少ない。 読者の皆さんが最後に大笑いをしたのはいつの ことだろうか? 言葉では言い表せないほどの 喜びを感じたのは? 深い意味や目的を感じた のは? 達成したことをものすごく誇りに感じ たのは? 人生におけるこうした素晴らしい出 来事について、その一つひとつの詳細を知らな くとも、それがどのような形であったのか私に は分かる。その出来事はすべて、他の人がいる ところで起きたはずだからだ。  「他人」というのは、自分が人生のどん底にあ るときには最高の防御手段となってくれるもの だし、唯一頼れる存在だ。それが前出のサルト ルの「他者は地獄である」に対する私の悪口だ。  私の友人で、ニューヨークーストーニーブ ルック大学医学人文科学センター長のステファ ンーポストが、彼の母親の物語を語ってくれた ことがある。彼がまだ幼かったころ、自分の子 どもが不機嫌なのを見て母親がこう言ったそう だ。  「ステファン、あなた機嫌が悪いようね。外に 出て、誰かを助けてきたらどう?」  現実的に、母親の処世訓は厳密な形で検証さ れることとなった。私たち科学者が発見したこ とは、どんなエクササイズの中でも、他人に親 切にすることがウェルビーイング度を一時的に 向上させる唯一最も信頼できる方法だ、という 事実だ。   親切エクササイズ 「Iセント切手がまた値上げだよ’・」私は Iセント切手が100枚つづりになってい る切手シートを手に入れようとして、もの すごい数の人がとりとめもなく並んでいる 列の中で45分もの間立ち続けて、ひどくイ ライラしていた。列は遅々として進まず、 私の周りにいる人々の苛立ちもかなり高 まっていた。ついに私の番がきたとき、私 は切手シートを10枚注文した。計10ドル だった。  「Iセント切手が欲しい人’・」私は叫んだ。 「タダで差し上げますよ!・」  すると、人々から突如拍手が沸き起こり、 私がこの宝物をタダで放出するところに人 だかりができた。そのうち、2分も経たな いうちに全員いなくなり、同時に私の切手 もほぼ底を突いてきた。これは、私の人生 の中で、最も満足を覚えた瞬間の一つだっ   た。    さて、ここでエクササイズだ。明日やる   つもりで、全く思いもよらないような親切   な行為を一つ見つけて、明日、その通りに   やってみること。そして、自分の気分がど   う変わるか注意して見てみよう。  ポルトガルのマデイラ諸島の近くに、巨大な 円柱のような形をした小さな島がある。その円 柱のてっぺんには数エーカーの高原が広がり、 マデイラーワインとなる貴重なぶどうか栽培さ れている。この高原にはたった一頭の大きな雄 牛が放たれており、畑を耕している。島のてっ ぺんに行くには、曲がりくねった、狭い、たっ た一本の道しかない。老いた雄牛が死んだとき、 新しい雄牛は一体どうやって島のてっぺんにた どり着けるのだろうか?  答えは、「赤ちゃん雄牛が作業員の背中にか つがれて山を登っていく」だが、その後40年間、 その雄牛はたった一頭で畑を耕すことになる。 読者の皆さんがこの話に感動したのであれば、 なぜ感動したのか、自分に問うてみるとよいだ ろう。  自分の人生の中に、朝の4時に電話をして安 心して自分の問題を打ち明けられそうな相手は いるだろうか? その答えがイエスならば、 ノーと答える人よりも長生きをする可能性が高 いだろう。この事実を発見したのは(Iバード 大学の精神科医、ジョージーバイヤンだったの だが、ここで鍵となる最高の強みは。愛される 力”である。反対に、社会神経科学者である ジョンーカシオポは、孤独というものが人をあ まりにもどうしようもない状態に陥らせるため、 関係性を求めることが人間のウェルビーイング における基本中の基本であるとの思いを確信し た、と論じている。  ポジティブな関係性の有無がウェルビーイン グに深く影響することは否定できない事実だ。 だが、理論的な問題は、ポジティブな関係性が ウェルビーイングの。構成要素”として適切か どうか、である。  ポジティブな関係性は構成要素となるべき二 つの基準を明らかに満たしているIウェルビー イングに寄与すること、そして他の構成要素か ら独立して測定できること、だ。だが、人はそ もそも、「関係性のための関係性を求める」も のだろうか? それとも関係性が、ポジティブ 感情、エングージメント、意味・意義、達成の いずれかをもたらすから関係性を持とうとする のだろうか? ポジティブな関係性によって、 ポジティブ感情、エングージメント、意味・意 義、達成のいずれも得られなかったら、そもそ もそんな関係性など求めようとするだろうか?  私はこの問いには自信を持って答えられない し、この問いに対する検証が存在するのかどう かさえ知らない。というのも、私の知っている あらゆるポジティブな関係性は、ポジティブ感 情、エングージメント、意味・意義、達成のい ずれかを伴うからだ。人間の進化に関する最近 の議論の二つの流れは、ともにポジティブな関 係性そのものの重要性を指し示している。  人間の大きな脳は何のためにあるのだろう  か?  およそ50万年前、私たちヒト科の先祖の頭蓋 容量は、600立方センチメートルから現在の 1200立方センチメートルへと2倍の大きさ となった。物質界で手段を講じてやっていくた めには本当に賢くなければならない。人間はこ の増量した脳のお陰で道具や武器が作れるよう になった、というのが今どきの説明だ。  イギリスの理論心理学者ニックー(ンフリー は別の説明を提示している。大きな脳は社会的 な問題を解決するためにあるのであり、物質的 な問題を解決するためにあるのではない、と。 私か自分の学生だちと会話をして、例えば次の ような問題を解決するにはどうしたらよいだろ うか?  Aさんが面白いと思うことで、それがB君を 傷つけることなく、さらにはC君に屈辱感を味 わわせることなく彼の間違いに気づかせるよう なことが言えるかどうか?  このような問題は、武器や道具をあっという 間にデザインしてしまうコンピュータでさえ解 決できない、極めて複雑な問題なのだ。人間は 社会的な問題を解決することができるし、1日 毎時間、実際に解決している。社会的な可能性 をシミュレートして最適な行動が取れるように、 人間の持つ巨大な前頭前野は絶えず無数の神経 経路を駆使している。大きな脳は関係性をシ ミュレートする機械であり、調和した、それで いて効果的な人間関係をデザインして実現する という機能がゆえに進化によって自然選択され てきたのだった。  その他の進化論の議論で、大きな脳が社会的 シミュレータであることとかみ合っているのは 「集団選択説」である。  著名なイギリスの生物学者で論客のリチャー ドードーキンスは「利己的な遺伝子論」を広め たが、これは個人が自然選択の唯一の単位であ るという説だ。ともに世界で最も著名な生物学 者であり、互いに無関係だがウィルソンと苗字 が同じ(名前はエドモンド・Oとデイビッドー スローン)2人は、最近になって、集団が自然 選択における主要な単位であることを示す証拠 を集めた。彼らは(チやアリといった、社会生 活を営む昆虫のことから議論を始めているのだ が、いずれも自分たちの工場や砦や伝達システ ムを持ち、ちょうど人間が脊椎動物の世界を支 配しているように、(チやアリも昆虫の世界を 支配している。「社会的である」とは、解明さ れている高次の適応のうち最もうまくいってい る形態を示す言葉だ。それはおそらく、両目を 持っていることよりもずっと適応のレベルが高 いことなのではないかと思う。社会的昆虫の選 択に関する最も妥当な数式化は、自然選択が個 人ではなく集団で行われた、というものだ。  集団選択に関する直観的事実は簡単なものだ。 それぞれ遺伝子的に異なる個体からなる、二つ の霊長類の集団を考えてみるとよい。「社会的」 集団では、「群居感情」、すなわち、愛情や思い やり、親切心、チームワーク、自己犠牲などの 感情を司る脳の構造を持つと同時に、他の個体 を映すミラーニューロンなど認知を司る脳の構 造を持つと想像してみよう。「非社会的」集団 は、社会的集団と同じくらい物質界について知 識を持ち、同じくらい強いものの、このような 群居感情は持ち合わせていない。  これら二つの集団は今や、戦争か飢餓のよう に、一方の者しか勝者になれないという命がけ の競争状態にある。そして、社会的集団が勝利 を収めることになり、協力し合い、集団で狩り をし、農業をするようになる。全社会的集団に おける無関係な遺伝子は保存され、複製される が、これらの遺伝子には、群居感情に関する脳 の機能と、他の個体に対する信念、すなわち、 他人が何を考えたり感じたりしているのかが理 解できる能力が含まれている。  社会的昆虫に群居感情があるのかどうか、ま た、(チやアリのような節足動物が、集団の連 携を維持するための非感情的な方法を発見し活 用したのかどうかは知る由もない。だが、ポジ ティブな人間の感情であれば誰でもよく知ると ころだ。それは概して社会的であり、関係性を 重視するものだ。我々人間は感情面において群 居する生き物なのだ。同じ群れの中のメンバー とポジティブな関係性を持とうと不可避的に求 め続ける生き物なのだ。  以上、大きな社会脳、群居感情、集団選択と いった事実を踏まえ、私はポジティブな関係性 がウェルビーイングの五つの基本的要素の一つ であることを確信するに至った。ポジティブな 関係性には、感情、エングージメント、意味・ 意義、達成といった側面での利点があることは 重要な事実だ。しかしだからといって、ポジ ティブ感情や、意味・意義や、達成を得るため にポジティブな関係性を求めることにはならな い。ポジティブな関係性は人類の成功にとって あまりに基本的なものである。人がポジティブ な関係性を何か何でも求めるように、ポジティ ブ感情、意味・意義、達成の他の三つの要素が 補助機能ともなって進化を強く促したのであろ   ウェルビーイング理論のまとめ  ウェルビーイング理論についてまとめてみよ う。ウェルビーイングとは構成概念である。そ して、幸せではなく、ウェルビーイングこそが、 ポジティブ心理学のテーマである。ウェルビー イングでは五つの測定可能な要素(PERM A)が考察対象となる。   P一ポジティブ感情(Positive Emotion)    (幸福感と人生の満足感が要素として含    まれる)   E一エングージメント(Engagement)   R一関係性(爾{阯呂莎i}   M一意味・意義(Meaning)   A一達成(Achievement)  どれ一つとして単独でウェルビーイングを定 義する要素はないが、各要素がウェルビーイン グに寄与する。これら五つの要素には、自己報 告で主観的に測定される側面と、客観的に測定 される側面とがある。  対照的に、幸福理論では、幸せがポジティブ 心理学の最重要項目として扱われる。幸せは実 在するものであり、人生満足尺度によって定義 される。幸せには、ポジティブ感情、エングー ジメント、意味・意義の三つの側面があり、そ れぞれが人生の満足度に関係し、すべて主観的 な自己報告によって測定される。  幸福理論ではまだ解決していない問題がある。 この理論では、「強み」と「徳」(親切心、社会 的知能、ユーモア、勇気、正直さなど全部で24 ある)がエングージメントを支えている。人は、 自分の最高の強みが、目の前に現れる最高の挑 戦課題とかみ合うときにフロー状態となる。 ウェルビーイング理論では、これら24の強みが エングージメントにとどまらず五つの要素すべ てを支えている。自分の最高の強みを活用する ことで、ポジティブ感情、意味・意義、達成を より一層得られるようになり、よりよい関係性 を築けるようになる。  幸福理論は一次元的である。  幸せとは自分が気持ちよく感じることであり、 人生の方向性はその気持ちよさを最大限にしよ うとすることで決まるとする。ウェルビーイン グ理論は五つの柱すべてに関する理論であり、 五つの要素を支えるのが「強み」である。  ウェルビーイング理論は研究方法でも、また その本質においても多次元的である。ポジティ ブ感情は主観的変数であり、自分がどう考え、 どう感じるかによって定義される。エングージ メント、意味・意義、関係性、達成は、主観 的・客観的両方の要素を持つ。自分はエングー ジメント、意味・意義、良好な関係性、および 高いレベルの達成を得ていると信じ込んでいる だけで、それが実際には間違っている、あるい は妄想にすぎないということもあり得るからだ。  要するに、ウェルビーイングとは、自分の頭 の中だけで存在するわけにはいかないものだ。 ウェルビーイングは、気持ちよさと同時に、実 際には意味・意義、良好な関係性、および達成 を得ることが組み合わさったものなのだ。人生 の選択は、これら五つの要素すべてを最大化す ることで決まる。  幸福理論とウェルビーイング理論のこの違い は本当に重要だ。幸福理論では、どれくらいの 幸せ(人生の満足感)が得られるかを予測しな がら人々が選択し、未来の幸せを最大化するよ うな方向性を選択するとする。幸せを最大化す ることが、人々の選び取る、最後に相通ずる道、 というわけだ。  イギリスの経済学者、リチャードーレイヤー ドが論じているように、それが人々の選択の仕 方なのであり、幸福の最大化は、政府によるあ らゆる政策決定上の判断基準となるべきである。 リチャードはトニー・フレアとゴードンーブラ ウン両首相の抱える失業問題に関するアドバイ ザーを務め、私のよき友、よき師であるが、筋 金入りの経済学者である。彼の経済学者として の見解には目を見張るものがある。  彼は、よくありかちな富に関する経済学者の 見解とは際立って異なる意見を述べている。富 の目的はさらに富を生み出すことだ、というの だ。リチャードにとって、富を増やすことの唯 一の論拠は幸福を増やすことにある。それゆえ 彼は幸福を奨励しているのだが、それは単に 個々人として何をすべきかを選択するときの基 準としてだけのことではない。どの政策を採択 すべきかを決定するために、政府が測定すべき 唯一の評価項目として幸福を奨励する、という ことでもあるのだ。  私はこうした議論の発展を嬉しく思うが、こ れもやはりむき出しの匸兀論であることに変わ りはない。幸せがウェルビーイングにとって最 も重要であり、最高の指標であるとする考え方 には私は反対である。  この本の最終章ではウェルビーイングの政治 と経済について述べるが、ここではなぜ、幸福 理論が、人々の選択の仕方に対する唯一の説明 としては大失敗に終わるのか、一つだけ例を挙 げたい。  子どものいる夫婦は、いない夫婦に比べて、 幸福度と人生の満足度が平均的に低いという定 評がある。進化が幸せを最大化することに依拠 していたとすれば、人類はとうの昔に死に絶え ていたであろう。今日に至るまで人類が存続し ているということは、明らかに、人間が、子ど もの存在が人生の満足度を高めると甚だしく錯 覚しているか、さもなくば生殖を選択するよう 促す補足的な測定基準を用いているか、である。  同様に、個人的な未来の幸福が人間の唯一の 目的だとすると、自分の老いた両親を水盤の上 に置き去りにして殺しかねないだろう。幸福の 匸兀論は事実に反するし、道徳的指針としても 弱い。幸福理論を人生における選択の指針とす ると、一部の夫婦は子どもを持たないという選 択をするかもしれない。ウェルビーイングが意 味と関係性を含むものとして視野を広げると、 なぜ夫婦が子どもを持つことを選ぶのか、また なぜ自分の老いた両親を世話することを選ぶの か、その理由が明らかになる。  幸福感と人生の満足感はウェルビーイングの 一つの要素であり、有益な主観的尺度である。 だが、ウェルビーイングは一人の人間の頭の中 にだけ存在するわけにはいかない。公共政策が 単に主観的ウェルビーイングをめざすようでは、 政府が「ソーマ」と呼ばれる陶酔薬を使って 人々を麻薬漬けにして幸福を増進させようとす る『すばらしい新世界』(オルダスー(クス リーの小説)の風刺だという批判を被りかねな い。人々が幸福を最大化することにとどまらず、 多元的な基準に基づく生き方を選ぶように、公 共政策におけるウェルビーイングのために本当 に有益な測定は、ポジティブ感情、エングージ メント、意味・意義、良好な関係性、およびポ ジティブな達成についての主観的・客観的両指 標を示すものである必要がある。   ポジティブ心理学の目標としての   持続的幸福  幸福理論におけるポジティブ心理学の目標は、 リチャードーレイヤードの目標と同じく、自分 の人生と地球上の幸福量を増やすことにある。 対照的に、ウェルビーイング理論におけるポジ ティブ心理学の目標は多元的で、幸福理論とは 大いに異なっている。それは、自分の人生と地 球上の持続的幸福の量を増やすことにある。  持続的幸福とは何だろうか?  ケンブリッジ大学のフェリシアー(パートと テイモシー・ソウは、23の欧州連合各国の持続 的幸福度を定義し、測定した。彼らの持続的幸 福の定義はウェルビーイング理論に適うもので ある。個人の持続的幸福を実現するためには、 次ページの表の「基本的特徴」のすべてと、六 つの「付加的特徴」のうち三つを備えていなけ ればならない。  (パートとソウは、次ページの表のウェル ビーイングに関する項目について、国民の持続 的幸福を目的として、各国がどのような取り組 みを行っているかを知るために、各国の2千人 以上の成人を対象に調査を実施した。  ヨーロッパの中ではデンマークが首位で、33 パーセントの市民が持続的幸福を実現した状態 にある。イギリスがその約半分の割合で、18 パーセントの市民が持続的幸福を実現した状態 にある。最下位はロシアで、たった6パーセン トの市民が持続的幸福を実現した状態にある (次のグラフ参照)。  ポジティブ感情、エングージメント、意味・ 意義、達成、およびポジティブな関係性につい て測定する能力が上がれば、一国で、一都市で、 また一企業で、どれくらいの人が持続的幸福を 実現した状態にあるのかを厳密に問うことがで きる。個人の一生涯において、その人がどれく らい自分の持続的幸福を実現した生き方をして いるのかを厳密に問うことができる。慈善活動 が、受益者の持続的幸福度を増大させるものな のかどうかを厳密に問うことができる。学校教 育制度が、子どもが持続的幸福を実現しながら 生きるのに役に立っているのかどうかを厳密に 問うことができる。  公共政策は測定可能なものからしか生まれな い。つい最近までは、お金、すなわち国内総生 産(GDP)しか測定されてこなかった。政府 の成功は、その政府がどれくらい富を蓄積した かによってのみ定量化された。だが、そもそも 富とは一体何のためにあるのだろうか? 私の 考えでは、富の目標とは、さらに多くの富を生 み出すことにだけあるのではなく、持続的幸福 を生み出すことにあるのではないかと思う。今、 公共政策に対して、「この公園ではなくてこの 新しい学校を建てるとすると、どれくらい持続 的幸福度が増えることになりますか?」と問う ことができる。はしか用のワクチンプログラム が、同じくらい高額な角膜移植プログラムより も持続的幸福を生み出すことになるのかどうか を問うことができる。  このように、ウェルビーイング理論において ポジティブ心理学のめざすところは、人間の持 続的幸福を測定し、構築することにある。この 目標を達成するには、「自分たちを本当に幸せ にしてくれるものは何だろうか?」と問うこと から始まる。 第2章 幸せを創造するIポ ジティブ心理学エクササイズ  自分のウェルビーイング度が向上し、抑うつ が軽減する簡単なエクササイズをここに紹介し よう。   感謝の訪問  目を閉じてみよう。まだ存命の大で、その人 の何年か前のある言動によって自分の大生かよ い方向に変わったという人の顔を思い出してみ よう。一度もきちんとお礼を言ったことのない 人で、来週にでも直接会える人−。誰の顔が思 い浮かんだだろうか?  感謝をすることで、人生はもっと幸せな、 もっと満足のいくものとなる。感謝の気持ちを 感じるとき、人は自分の人生のポジティブな出 来事に伴う好ましい記憶から恩恵を受ける。ま た、感謝の気持ちを他人に表明すると、その相 手との結びつきが強くなる。  だがときに、「ありがとう」はあまりにも気 軽に、素早く囗にされることから、ほとんど意 味を成さない言葉となってしまっている。この 「感謝の訪問」と呼ばれるエクササイズは、心 を込めた、はっきりとした仕方で、感謝の気持 ちを表明するとはどういうことかを経験するよ い機会となるだろう。  このエクササイズの課題は、頭に浮かんだ人 に感謝の手紙を書いて、自分で直接その手紙を 届けることだ。  ・手紙の内容は具体的に、かつ700〜   800文字程度(訳詮一日本語換算の場   合。英語では300語程度)にする  ・その人が自分のために何をしてくれたのか、   そしてそれが自分の人生にどう影響を与え   たのかを具体的に書く  ・自分が今現在何をしているのかを相手に知   らせる。また、相手がしてくれたことをよ   く思い返していたと伝える  自分の感謝の気持ちを思いっきり表現してみ よう!  手紙を書き上げたら、その人に電話をして、 その人を訪ねたいと伝えてみよう。ただし、何 のために会いに行くかはぼやかしておくこと。 このエクササイズは、サプライズにする方が もっと面白くなる。相手に会ったとき、自分の 手紙をゆっくりと読み上げてみよう。自分がど う感じるかだけでなく、相手がどう反応するか に注意してみよう。  手紙を読み上げているときに相手から茶々が 入るようであれば、読み終わるまで本気で聞い てほしいと伝えよう。手紙を読んだ後で(一語 も残さず)、手紙の内容と、お互いの気持ちに ついて話し合ってみよう。  このエクササイズをやり終えた1ヵ月後には、 もっと幸せに感じ、落ち込むことも少なくなる だろう。   ウェルビーイングは変えられる   か?  ポジティブ心理学の目標が地球上にウェル ビーイングを築くことだとすると、ウェルビー インクは構築可能なものであるはずだ。これは つまらないことに聞こえるかもしれないが、決 してそうではない。  20世紀前半の行動主義者は楽観主義者であっ た。彼らは、世界から、貧困、人種主義、不正 義といった、人生を台なしにする状況を取り除 くことができれば、人々の人生はよりよくなる と信じていた。このような無頓着な楽観主義と は対照的に、人間の行動の多くの側面が永久に 変わらないことが分かった。人の胴回りがその 典型的な例だ。  ダイエット産業は詐欺であり、毎年アメリカ 人から500億ドル以上を騙し取っている。ベ ストセラーのリストに載っているどんなダイ エット本を試してみても、1ヵ月間で現在の体 重の5パーセントなら落とせる。私は30日間ス イカダイェットを試してみて、およそ9キロ落 とした。その1ヵ月間はずっと下痢だった。だ が、ダイエットした人の80パーセントから95 パーセントの例に漏れず、私の体重はその後3 年以内にまた全部戻ってしまった(しかも以前 より増えてしまった)。  ダイエットと同様に、これは次の章で見てい くが、多くのサイコセラピー(心理療法)と薬 は単なる一時しのぎでしかない。短い間だけ症 状を緩和した後で、がっかりするほど初めの状 態へと戻ってしまう。  ウェルビーイングは人の胴回りのようなもの なのだろうか? 一時的に向上するだけで、そ の後は普段の頑固な状態に戻ってしまうよう な? あるいは恒久的に変えられるものなのだ ろうか?  10年前にポジティブ心理学が創始される以前 には、ほとんどの心理学者が、幸せが永続的に 変化することについては悲観的であった。外部 の条件がよくなれば大は末永く幸せになれると いう期待は、宝くじの当選者に関する研究に よってくじかれてしまった。これは、当選者が、 思いがけない臨時収入を得た後の数ケ月間は幸 せであるものの、すぐに普段の不機嫌さか陽気 さのレベルに戻ってしまうという研究だ。  理論家によると、人は棚ぼたや、仕事の昇給 や、結婚による幸福感に素早く適応する。そし て間もなく急降下する幸福感を引き上げるため に、もっとたくさんの条件のよいものに買い替 えたくなる。買い替えがうまくいけば、人は 「快の踏み車」の上にとどまる。だが、いつも 新たな刺激を要するようになる。  これはウェルビーイングの追求からすると美 しい図式ではない。  ウェルビーイングを永続的に増大できないの であれば、ポジティブ心理学の目標は破棄され なければならないだろう。だが、ウェルビーイ ングは確実に増大していけるものだと私は考え る。そこでこの章では、実際に読者の皆さんを 木水く幸せにしてくれるエクササイズについて 私か探求したところを紹介したい。  幸せが長続きする方法として、仏陀から現代 のホップ心理学まで数えると、少なくとも 200の試みが提案されてきたと伝えられてい る。このような試みのうち、一体どれが本当に ウェルビーイングをずっと増大させる効果のあ るものなのだろうか? また、どれが一時的に 増大させるものなのだろうか? さらには、ど れが単なるインチキなのだろうか?  2001年から、私かディレクターを務める ベンシルベニア大学のポジティブ心理学セン ターでは、何か実際に人々を幸せにするのかと 質問し始めた。これらの研究では、私たちは ウェルビーイングの全要素は測定せず、人生の 満足度の増加と、抑うつの減少という感情的な 要素だけを測定した。  私たち研究者が今までで効果を実証した介入 について読者の皆さんに知ってもらうために、 2番目のエクササイズをご紹介しよう。   うまくいったことエクササイズ  人はたいてい、自分の人生でうまくいかない ことについて考えすぎ、うまくいくことについ てはあまり考えない。もちろん、ときには悪い 出来事を分析してみる価値はある。悪い出来事 から学び、将来的にはそのような出来事を避け られるようになるからだ。  だが人には、人生で役に立つことよりも、悪 いことについて考えるのに多くの時間を費やす 傾向がある。さらに悪いことには、ネガティブ な出来事に注意を向けることで、不安や抑うつ を招くきっかけを作ってしまう。このようなこ とにならないようにする一つの方法は、うまく いったことについて考え、その出来事をじっく りと味わう達人になることだ。  たいていの人間が、悪い出来事を分析するこ とには長けているのに対して、よい出来事につ いてじっくりと考えることを得手としていない のは、進化の過程に理由がある。来るべき天変 地異に備えなければならなかったときに、よい 出来事に思いをめぐらせながら多くの時間を費 やした先祖は、氷河時代に生き残れなかった。 人間の脳の持つ破滅的な傾向を克服するために、 うまくいったことについて考えるスキルを訓練 し、実践する必要がある。  来週、毎晩寝る前に10分費やしてみよう。今 日うまくいったことを三つ書き出して、それら がどうしてうまくいったのかを書いてみよう。 出来事を書きとめておくのは日記でもパソコン でも構わないが、自分の書いたものについて物 理的な記録を残しておくことが大事だ。三つの 出来事はそんなに重大なことでなくてもよいが (「今日は夫が仕事帰りに私の大好きなアイスク リームを買ってきてくれた」)、そうであっても よい(「ちょうど私の姉が健康な男の赤ちゃん を授かったところだ」)。  それぞれのポジティブな出来事の隣に、「こ の出来事はなぜ起きたのだろう?」という質問 に笞えてみよう。例えば、「夫がアイスクリー ムを買ってきてくれた」と書いたのであれば、 「夫はときどき本当に気が利くので」「私か職場 から夫に忘れずに電話して、帰りにお店に立ち 寄ってくれるよう念を押したから」などだ。あ るいは、「姉が健康な男の赤ちゃんを出産した」 と書いたとすれば、その理由として「神さまが 姉を見守っていてくれたから」「姉は妊娠中に きちんとした生活を送っていたから」などと書 いてもよい。  自分の人生にポジティブな出来事が起きた理 由を書くというのは最初のうちは厄介に思える かもしれない。だが、1週間はこの通りにやっ てみてほしい。そのうちに慣れてくるはずだ。 きっと6ヵ月後には、落ち込むことが少なくな り、幸せになり、このエクササイズにはまって いることだろう。  私は実証主義者、言い換えれば、人々を突き 回すことで、あるいは見ることのできない真実 を突きとめるタイプの人間であることに加え、 薬を自分で試してみるタイプだ。45年前、電気 ショックと犬の実験を行ったとき、私は最初に 自分に電気ショックを与え、犬の餌のドック フードを味見した(これは電気ショックよりひ どかった)。同じようにして、「うまくいったこ と」エクササイズを考案したとき、私はまず自 分で試してみた。すると効果があった。次に私 の妻と子どもに試してみた。再び効果があった。 その次に私の学生たちに試してみた。  過去45年間、私は心理学のほぼすべてのテー マについて教えてきた。だが、ポジティブ心理 学を教えるときほど楽しく、また、学生だちか らの授業評価も高かったときはなかった。私か 25年間、異常心理学を教えていたときは、学生 たちに有意義な、体験型の課題を与えることが できなかった。彼らが週末に統合失調症に陥る などということにでもなったら大変だからだ! 授業はすべて本から学ぶ形式だったため、学生 たちが狂気そのものについて自ら知ることはで きなかった。だが、ポジティブ心理学を教える にあたっては、学生たちに感謝の訪問をしろと か、「うまくいったこと」エクササイズをやれ、 と命じることができるのだ。  実際、ポジティブ心理学のエクササイズで効 果の認められたものの多くは、私の授業から生 まれた。例えば、感謝について扱った学術論文 を読んだ後で、私は学生たちに、感謝に関する エクササイズを考案するよう依頼した。「感謝 の訪問」エクササイズはある一人の学生の提案 によって生まれた。  私か当時担当していた五つのポジティブ心理 学の講座では、考案したエクササイズを学生自 らの生活の中で実践してみるよう指示した。す ると驚くべきことが起きた。私は今まで、学生 たちがこれほどまで見事にポジティブな生活の 変容を遂げたのを見たことがなかったのだった。 また、私の講座については「人生が変わる」と よく称されたものだが、教師としてこれほど嬉 しい言葉は聞いたことがなかった。  私はその後、新しい試みを始めてみた。大学 生を教える代わりに、世界中のメンタルヘルス の専門家たちにポジティブ心理学を教えたのだ。 電話でコーチング講座を開講しているベンー ディーン博士の支援の下、生出演での電話講座 を4講座担当した。各講座とも毎週2時間ずつ、 6ヶ月間続いた。そして、800人以上の専門 家たち(心理学者、ライフコーチ、カウンセ ラー、精神科医を含む)が私の講座を受講した。 毎週、私は講義を行ってから、数多くのポジ ティブ心理学エクササイズから一つを厳選して 電話の受講者たちに課した。受講者には、自分 の患者やクライアントに試してみるのと同時に、 自分の日常生活の中でも試してみるよう命じた。   ポジティブ心理学の介入と事例  私はこのようなポジティブ心理学のエクササ イズ(ポジティブ介入)が重度の抑うつ患者に も十分に「効き目がある」ことに驚いた。  この事実を証明するには疑わしい部分がある ことは承知している。だが、それはそれとして、 私自身の30年間のセラピスト、およびセラピス 卜のトレーナーとしての経験と、14年間の臨床 トレーニングのディレクターとしての経験から 言っても、今までこれほどに大量のポジティブ な報告書を目にしたことがないのだ。  次に、ポジティブ心理学の初学者であり、初 めてエクササイズを試してみた3人のセラピス トによる報告書を紹介したい。 事例I  クライアントは36歳の女性で、現在、抑 うつのために外来患者向けのカウンセリン グと薬物療法を受けています(かつ、フル タイムの仕事をしています)。私はすでに 8週間彼女と接していますが、電話で段階 的に指導しています。  特に効果のあった課題は「三つの幸せな 瞬間」(「うまくいったこと」what-went- weir www)でした。彼女は、過去のあ らゆるポジティブな出来事を忘れていたと 言いました。私たちはこのエクササイズを 「よいこと」エクササイズ(「毎日の幸せな 瞬間」と称していました)への移行段階と して利用しました。「毎日の幸せな瞬間」 エクササイズによって、彼女は自分の日常 生活をもっとポジティブにとらえられるよ うになったとのことです。  要するに、すべてに大変な「効き目」が ありました。ペンシルベニア大学のウェブ サイト(巨好卜 www.authentichaDDiness.or)で測定した ところ、彼女の数値は以前よりもずっとポ ジティブな値を示しています。今回の一連 のコーチングのお陰だと彼女は言ってくれ ました。 事例2  クライアントは抑うつを患う中年の女性 である。彼女は病的に太っているのだが、 その根底に抑うつがあり、抑うつ以外にも 彼女の健康と減量の障害となっている病気 を抱えている。セラピーを始める約3ヵ月 前に、彼女はあらゆる介入の中から「幸せ へのアプローチ」テスト(AHQ、巨好卜 www.authentichaDDiness.or でオンライ ン受検可)を受検した。彼女は、フロー、 意味・意義、快とユーモアの考え方を使っ て、自分の人生のバランスを取ることに取 り組んでいた。  彼女は初めから、自分の人生にはフロー が欠如していることを自覚していた。また、 他人を助けることでしか人生の意味を見出 せない状態にあった。自分自身のことにも、 自分の欲求や願望にもそこに意味を見出す ことは絶対になかった。  3ヵ月間、頑張ってセラピーを続けた後 で同じテストを受検したところ、「快の人 生」「よい人生」「有意義な人生」の三つの 領域における彼女の得点は5点満点中3・ 5点くらいとなり、極めてバランスがよく なったと嬉しそうに伝えてくれた。彼女は  自分の進捗状況をフィードバックしてくれ  るこのテストに大喜びで、結果に大いに励  まされたようだった。彼女は即座にこれら  三つの領域に取り組むためのさらなる計画  を立てた。彼女の人生にもっとフローと意  味を増やせるよう、いろいろと新しい方法  を取り入れた。 セラピストたちは、自分の患者にただ弱点を 修正させようとするのではなく、強みに働きか けるようにさせることが特に有益であったと私 に報告してくれた。このプロセスで大切な手順 はシステマティックに進められる。まず、患者 が「vIA・強みテスト」を受検することから 始まる(「vIA・強みテスト」は本書巻末に 簡略版が、「ポジティブ心理学 ペンシルベニ ア大学公式サイト」百屏牡 www.authentichaDniness.orに完全版が掲載され ている)。   事例3    私はおよそ6年の間、1年間の中断を挟   んで、エマと接してきました。彼女は数少   ない友人1人を亡くした後、2年前に私の   元に戻って来ました。最近、私はエマのだ   めに、いくつかのポジティブ心理学エクサ サイズー介入を用いました。  エマは重度の抑うつで、自殺願望を持つ 患者です。彼女は赤ん坊だった頃から今日 に至るまでずっと、ありとあらゆる方法で 虐待されてきました。ここ数ヶ月の間、私 はポジティブ心理学のいくつかの題材を使 うことに決めました。  私はまず彼女に、「V−A・強みテスト」 を受検してもらいました。彼女が自分で思 い込んでいる自分ではなく、根本的にどの ような人間なのか、真実を見極める手助け をするためです。このテストは、自分を はっきりと映し出すための足がかりと基盤 を与えてくれます。  彼女は間もなく、各々の強みについて話 せるようになりました。各々の強みが「本 物」の彼女の姿を反映していること、また、 一部の強みがどのような形で彼女の障害と なっているのか、彼女自身と他の人のため に彼女の強みをどこで使えばよいのか、彼 女のあまり発達していない強みを伸ばすた めにはどの強みを使えばよいのかなどを理 解するようになりました。  3日後のアポイントメントで、彼女は2 枚の紙を手にして現れました。そこには、 7つの強みの項目と、その強みについて彼 女が取るべき手段が書かれていました。私 はそれを読みながらずっと泣いていました。 彼女はずっと微笑んでいました。  これがあの、めったに笑うことのなかっ た女性だとは……!・ それは記念すべき瞬 間でした。何にもまして、彼女は最も困難 な「身動きの取れない場所」(彼女の言葉) をいくらか飛び越えていました。それは、 彼女に対するセラピーの一部となっていた、 学習性無力感と、彼女の他のあらゆる個人   的な問題と関係した障害でした。  私は読者の皆さんにエマと同じテスト、「v IA・強みテスト」を受けてもらいたい。それ から、エマが回復への道を歩み始めるきっかけ となったエクササイズをやってみよう。  まず、なぜ私か「ポジティブ心理学 ペンシ ルベニア大学公式サイト」(巨隰牡 www.authentichaDniness.or)を立ち上げたのか を話そう。このサイトには、主要かつ有効なテ ストであり、人生のポジティブな側面に関する テストがすべて掲載されている。テストを受け た後、自分の現在の状態についてフィードバッ クを受け取ることもできる。このサイトの利用 は無料で、公益事業を目的としている。また、 このサイトはポジティブ心理学の研究者にとっ ては宝の山でもある。研究者がよくやるのは、 大学2年生と臨床ボランティアに質問すること だが、有効な測定結果を得るのにこのサイトの 方がよほど使いやすいからだ。  こう書いている時点で、このサイトには 180万人以上が登録してテストを受けている。 毎日500人から1500人の新しい登録者が ある。私はときどき、サイトに新しいリンクを 張るようにしている。あるリンクはエクササイ ズに関するものだ。このリンクを利用する天に は新しいエクササイズを試してみてもらうよう 依頼している。参加者はまず、サイトに掲載さ れている抑うつのテスト(「抑うつ自己評価尺 度・CES‐D」など)や幸せのテスト(「全体 的な幸福度テスト・AHI」など)を受検する。 次に参加者は、本物かプラセボかのいずれかの エクササイズにランダムに振り分けられる。す べてのエクササイズは、1週間、毎日2〜3時 間を必要とする。サイトにおける最初の研究で、 私たちは「感謝の訪問」や「うまくいったこ と」を含む六つのエクササイズを試してみた。  ベースラインテストを完了した577人の参 加者のうち471人が五つすべてのフォロー アップテストを完了した。私たちは、すべての 実験条件(プラセボ対照条件を含む。これは、 1週間毎晩、幼い頃の記憶を書くというエクサ サイズだった)における参加者が、与えられた エクササイズを行った1週間後に、幸福度が高 まり、抑うつ度が軽減したことを確認した。そ の後、対照条件にあった参加者は、ベースライ ン時に比べて、幸福度も抑うつ度も変わらな かった。  「うまくいったこと」と「特徴的強み」の二つ のエクササイズによって、3ヵ月後と6ヵ月後 に抑うつ度が顕著に下がった。これら二つのエ クササイズはまた、6ヵ月にわたり大幅に幸福 度を増大させた。  「感謝の訪問」は、1ヵ月後に抑うつ度の大幅 な減少と幸福度の大幅な増大をもたらしたもの の、その効果は3ヵ月後には弱まった。驚くこ とではないが、私たちが発見したのは、参加者 が指示された1週間より長い期間、与えられた エクササイズをどれほど積極的に続けたかで、 幸福度の変化がどれほど長続きするかが予測さ れたことだった。   特徴的強みエクササイズ  このエクササイズの目的は、自分の特徴的強 みを新しい方法で、かつ頻繁に活用することで、 その強みを自分のものにするよう働きかけるこ とにある。特徴的強みには次のような特質があ る。 ・当事者意識と本来感(「これが本当の、自  分らしい自分だ」という感覚)がある ・強みを発揮している最中(特に最初のう  ち)に高揚感を得る ・強みが初めて発揮されるときに学習曲線の  急上昇が見られる ・強みを活用する新しい方法を見つけたいと  いう渇望感がある ・強みを活用することへの必然性を感じる  (「私を止められるものなら止めてみなさ  い」) ・強みを活用している最中は疲労ではなく活  力を得る ・強みを中心に個人的な課題を創造して追求  する ・強みを活用している最中には、喜び、活力、  熱意、さらには恍惚感を得る  ここで、「vIA・強みテスト」を受けても らいたい(http://www.authentichappiness.or)。 同サイト上でテスト結果をすぐに入手できるし、 何ならプリントアウトもできる。このテストは ミシガン大学教授のクリスーピーターソンに よって開発され、すでに200ヶ国から100 万人以上が受検した。自分白身のテスト結果を 他の人の結果と比較できるという利点もある。  テストが完了したら、自分白身の強みの順位 に最大の注意を払ってみよう。新たな発見は あっただろうか? 次に、自分の上位5位の強 みを一つずつ見てみて、こう自分に問うてみよ う。「これは自分の。特徴的強み”だろうか?」  テストを完了した後で、次のエクササイズを 行ってみよう。  今週、読者の皆さんのスケジュールの中で決 まった時間を設け、職場か、自宅か、余暇で、 一つかそれ以上の自分の特徴的強みを新しい方 法で活用してみてもらいたい。ただし、強みを 使う機会をはっきりと決めておくことに注意し よう。例えば、  ・自分の強みが「創造性」の場合、脚本の執   筆を始めるために、ある晩に2時間取って   みる  ・自分の強みが「希望/楽観性」の場合、宇  宙計画の未来について自分の期待を表明す  るようなコラムを地方紙に宛てて書いてみ  る ・自分の強みが「自己コントロール」の場合、  ある晩はテレビを見るのではなくジムに出  かけてワークアウトしてみる ・自分の強みが「審美眼」(美と卓越性に対  する鑑賞眼)の場合、通勤に20分余分にか  かるとしても、職場との行き帰りに遠回り   の、美しい道を選んでみる  自分の強みを活用する新しい方法を自分で生 み出せれば最高だ。自分の経験について書いて みよう。そのエクササイズの前、最中、後でど う感じただろうか? そのエクササイズは難し かっただろうか、それとも易しかっただろう か? 時間が経つのが早かっただろうか? 自 意識を失つただろうか? そのエクササイズを 再びやってみるつもりはあるだろうか?  以上のポジティブ心理学エクササイズは、私 自身にも、私の家族にも、また私の学生たちに も効果があった。専門家たちに教えたところ、 彼らのクライアントにも(重度の抑うつを患う クライアントにさえ)効果があった。また、エ クササイズは、プラセボ対照、ランダム割付と いう心理学に代表的な試験でも効果があった。   ポジティブサイコセラピー  私たちポジティブ心理学者は健常な人々を対 象にこれらエクササイズに関する研究を続けた。 その結果、およそ10のエクササイズに効果があ ることが証明された。そのエクササイズのいく つかはこの本の随所に盛り込んである。  私たちの研究の次なるステップは、抑うつ患 者に対してこれらエクササイズの中から厳選さ れたものを試してみることだった。当時の私の 大学院生の一人が、6つのエクササイズによる 6週間パッケージを作成したのだが、これを軽 度から中程度の抑うつを患う青年期の子どもの 症状を治療する方法としてグループセラピーで 試してみた。その結果、私たちは劇的な効果を 確認した。エクササイズによって、彼らの症状 は抑うつではないレベルにまで著しく軽減した。 また、私たちが追跡調査した年には、彼らはそ のまま抑うつを患うことがなかった。  ついに、タイヤーブーラシッド博士が、ペン シルベニア大学の心理相談室で治療を求める抑 うつ患者向けに「ポジテイブサイコセラピー」 (PPT)を作成した。ポジテイブサイコセラ ピーとは、その他のサイコセラピーと同様、基 本的な治療法の要素(温もり、適切な感情移入、 基本的な信頼感や純粋さ、ラホールなど)とと もに、最も効果的なテクニックをまとめたもの である。  私たちは、これらの要素によって、抑うつ患 者の個人的ニーズに合わせてテクニックを調整 することができると考えている。私たちはまず、 「ポジティブ心理学 ペンシルベニア大学公式 サイト」(http://www.authentichappiness.or)を 使って、クライアントの抑うつ症状とウェル ビーイングの得点について慎重な測定を行う。 それから、抑うつ症状が、ウェルビーイングの 欠如(人生におけるポジティブ感情、エングー ジメント、意味・意義の欠如)によって潜在的 に明らかにされることについて話し合う。次の 概略に示す通り、引き続き13のセッションが行 われるが、そこでポジティブ心理学エクササイ ズが個々人のクライアントに合わせて調整され、 提供される。詳しくは、私とラシッド博士との 共著、『Positive Psychotherapy: A Treatment 式目后ご(『ポジティブサイコセラピー一治療 マニュアル』、邦訳未刊)を参照してもらいた い。   PPTの14のセッションに関する概説(ラ   シッドとセリグマン、2011年)   セッションーーポジティブな資源(ポジ ティブ感情、徳性の強み、意味・意義)が ないか、欠けている場合に、抑うつを引き 起こし、持続させることがある。そこから 空虚な人生が生み出されることもある。 宿題一クライアントは、1ページ(日本 語でおよそ700〜800文字。英語では およそ300語)の「ポジティブな自己紹 介」を書くこと。その中で、自分が最高 たったときの物語を具体的に語り、自分の 最高の強みをどのように活用したかを説明 すること。 セッション2一クライアントはポジティ ブな自己紹介によって自分の徳性の強みを 特定し、以前どのような状況でそれらの強 みが自分の役に立つたかを話し合う。 宿題一クライアントは、「VIA・強みテ スト」をオンラインで完成させ、自分の徳 性の強みを特定すること。 セッション3一徳性の強みによって、快、 エングージメント、意味・意義が促進され る可能性のある具体的な状況に集中的に取 り組む。 宿題‥クライアントは「よいこと日記」 を書き始めること。その日記に、毎晩、そ の日に起きた三つのよいこと(大きなこと でも小さなことでも可)を書くこと(今か ら始めて、セラピーの期間中ずっと続ける こと)。 セッション4一抑うつが持続する場合の よい記憶と悪い記憶の役割について話し合 う。怒りや恨みにしがみつくことで、抑う つが持続し、ウェルビーイングが徐々に蝕 まれる。 宿題一クライアントは、怒りや恨みの感 情を書き出すこと。また、それがどのよう に抑うつの原因となっているかを書き出す こと。 セッション5一怒りや恨みの感情を ニュートラルな感情に変える、あるいは一 部の人にとってはポジティブな感情にも変 えることのできる強力な手段として「ゆる し」の実践を導入する。 宿題一クライアントは「ゆるしの手紙」 を書いて、相手の罪や、それに関連した感 情を説明し、相手をゆるすと誓うこと(た だし適切な場合に限る)。ただし、この手 紙は相手には送らないこと。 セッション6一感謝について、限りない ありかたい気持ちとして話し合う。 宿題一クライアントは、今まできちんと 感謝の気持ちを示したことのない人に感謝 の手紙を書くこと。そして、クライアント はその手紙を相手に直接届けること。 セッション7一「よいこと日記」や、強み の活用を通して、ポジティブ感情を高める ことの重要性を再確認する。 セッション8一「満足者」(「これで十分 だ」と、最低限の条件を満たすものを選ん で満足する人)の方が、「追求者」(「完璧 な奥さん、完璧な食器洗い機、完璧な休暇 の旅行先を見つけなくては」と、諸々の条 件を極限まで追求して選ばないと気の済ま ない人)に比べて良好なウェルビーイング 状態にあるという事実について話し合う。 追求者になるのではなく、満足者になるこ とが奨励される。 宿題一クライアントは、自分の満足度を 向上させる方法を再確認し、自分のための 「満足計画」を考案すること。 セッション9一「説明スタイル」を用いて、 楽観性や希望の実践について話し合う。 「楽観的スタイル」とは、悪い出来事を一 時的で、不安定で、その場限りのものとみ なす思考スタイルのことである。 宿題一クライアントは、自分の前で閉 まった「三つのドア」(逃してしまった チャンス)について考える。その後、どん なドア(新しい可能性)が開けただろう か? セッション10一クライアントは、自分の 大切な人(複数可)の強みを認識するよう 手引きされる。 宿題一他の大から報告されたポジティブ な出来事に対して、積極的かつ建設的な反 応を示すようクライアントをコーチするこ と。それから、クライアントは、自分の強 みと、自分の大切な人の強みをたたえる時 間を持つ日取りを決めること。 セッション11一家族一人ひとりの持つ強 みをどのように発見すればよいか、また、 クライアント自身の強みがどこに由来して いるのかを話し合う。 宿題一クライアントは、宗族に「VI A・強みテスト」をオンライン受検するよ う依頼すること。それから、家族全員の強 みを含む家系図を描いてみること。 セッション12一ポジティブ感情の強度と 持続時間を増やすテクニックとして  セ ー バ リング 「深く味わってみる」エクササイズを導入 する。 宿題一クライアントは何か楽しい活動を 計画して、それを計画通りに実行すること。 クライアントは、物事を深く味わうテク ニックが具体的に書かれたリストを受け取 ること。 セッション13一クライアントは、あらゆ るものの中で最高の贈り物の一つである 「時間の贈り物」をすることができる。 宿題一クライアントは、かなり時間のか かることで、自分の強みが求められること を実行することを通して「時間の贈り物」 をすること。 セッション14・快、エングージメント、   意味・意義を統合する「十全な人生」につ   いて話し合う。  ポジティブサイコセラピーを重度の抑うつ患 者に試してみたある実験で、患者は以上のよう な概略にしたがった個人ベースのポジティブサ イコセラピーか、通常通りの治療かでランダム に振り分けられた。同程度の抑うつ患者で、 マッチングしているものの非ランダム化グルー プに割り振られた人は、通常通りの治療に加え て抗うつ剤を投与された(私は患者をランダム に薬物に割り振るのは倫理的だとは思わない。 そのため、患者を人口統計データと抑うつの度 合いによってマッチングさせた)。  抑うつ症状の軽減について、ポジティブサイ コセラピーは通常の治療や薬物に比べて、すべ ての評価項目でより優れた数値を示した。私だ ち研究者はまた、ポジティブサイコセラピーを 受けた患者の55パーセント、通常の治療を受け た患者の20パーセント、通常の治療に加えて薬 物投与を受けた患者のわずか8パーセントに症 状の緩和が見られたことを発見した。  ポジティブサイコセラピーは実践でも応用で もまだ始まったばかりの段階にある。以上の結 果も予備的なものであり、繰り返し試してみる 必要性は大いにある。クライアントの反応に合 わせたエクササイズの順序と実施時間の調整が 肝要であろう。以上のエクササイズはパッケー ジとしては新しいものだが、個々のエクササイ ズ自体はすでに十分に効果が確認されたものだ。  おそらく、エクササイズについて最も特筆す べき成果が得られたのは、2005年1月に刊 行された「タイム」誌でのことだろう。同誌で はポジティブ心理学の特集記事が掲載されたの だが、私たちは読者からの要望が殺到するのを 見越して、無料のエクササイズを一つ提供する ウェブサイトを開設した(「うまくいったこと」 エクササイズ)。そこに何千という大が登録し た。  私か特に関心があっだのは、このサイトに登 録した50人の最も重度の抑うつを患う人々で、 抑うつのテストと幸せのテストを受けて、「う まくいったこと」エクササイズを実行した人々 だった。この50大による抑うつテストの平均点 は34点たった。これは「極めて重度」の抑うつ 度であり、かろうじてベッドから起き上がり、 パソコンに向かい、それからまたベッドへと戻 る人である。  各人とも「うまくいったこと」エクササイズ を行い、1週間毎日、その日に起きたよい出来 事を三つ記録し、それをサイトに戻って報告し た。平均して、彼らの抑うつ得点は34点から17 点まで激減し、「極めて重度」から「軽度〜中 程度」の入り囗までレベルが下がった。また、 彼らの幸せテストの得点は15パーセンタイル (100分の15番目)から50パーセンタイル (100分の50番目)まで飛躍的に上がった。 50人中心t人は、今現在、抑うつが軽減して以前 よりも幸せになった。  この実験は、前に示した二つの研究のような 対照研究では決してなかった。ランダム割付も、 プラセボ対照もなかった。また、人々がウェブ サイトにアクセスするのは、たいていは元々よ くなりたいと思ってのことであるから、そこに 潜在的な偏りもある。一方で、私は40年間、抑 うつに対するサイコセラピーと薬物について研 究してきたが、今までこのような結果は見たこ とがない。 第3章 薬とセラピーの。ばつ の悪い秘密”  世界保健機関(WHO)によると、抑うつは 世界で最も高くつく病気であり、治療の選択肢 は薬とサイコセラピーである。平均して、抑う つの症例を扱うには年間およそ5千ドルかかる のだが、アメリカではそのような症例は毎年お よそ1千万件ある。抗うつ剤は数十億ドル産業 だ。  例えば、ウェブ上でポジティブ心理学エクサ サイズを実施するなど、タダ同然で、大規模に 普及できて、少なくともセラピーや薬と同じく らい効果的な治療法があることを考えてみてほ しい。私はこの40年間、国立精神保健研究所 (NIMH)からずっと助成を受けてきたのだ が、これらの研究結果についてさらに調べよう としてNIMHに3回助成金を申請したところ、 毎回審査もされずに提案書が却下されたのには ショックを受けた。私の提案書がなぜ却下され たかを理解してもらうために、製薬会社と「サ イコセラピー組合」という二つの産業が、抑う つを含む気分障害に対する治療を強力に支配し ている事実について少し話をしなければならな いだろう。   治癒VS症状緩和  生物学的精神医学と臨床心理学における一つ 目の。ばつの悪い秘密”は、両者とも「治癒」 という概念を放棄してしまったことだ。治癒は、 仮に可能だとしても、長くかかりすぎる。保険 会社によって補償されるのは簡単な治療だけだ。 セラピーと薬は今や全く短期的な危機管理なの であり、一時しのぎの治療を施すことにすぎな い。  2種類の薬がある。一時しのぎの薬と治療薬 である。長期にわたり抗生物質を摂取すると、 細菌性の侵入者が死んで病気が治る。摂取し終 えると、病原菌が死んでいるため病気は再発し ない。抗生物質は治療薬である。  一方、マラリアになってキニーネを摂取して も、症状は一時的に抑制されるにすぎない。キ ニーネの摂取をやめた途端、マラリアは本格的 に再発する。キニーネは一時しのぎの薬、苦痛 緩和剤だ。すべての薬は、治癒を目的としたも のか、あるいは一時しのぎを目的としたものか で分類される。  苦痛の緩和はよいことだ(耳の遠い私は補聴 器をつけている)。だが、それは最善ではない し、介入の究極目的ではない。症状緩和は、治 癒に至る道の通過駅であるべきなのだ。だが、 その道は治癒に至らず、症状緩和にて行き止ま りとなる。精神薬物類の棚の上のすべての薬は 一時しのぎの薬である。治療薬はなく、治癒を 目的として開発中の薬は私の知る限りでは一つ もない。  生物学的精神医学は治癒を放棄した。私はフ ロイト派ではないが、フロイトについて一つ立 派だと思うのは、彼が治癒を追い求めていたこ とだ。フロイトは、抗生物質のように効くサイ コセラピーを求めていた。彼の話し合い療法は、 内的洞察と浄化作用を用いて患者から症状を永 久に取り除くことで治療するという試みであっ た。フロイトは症状緩和を求めていたのではな かった。  緩和はサイコダイナミツクーサイコセラピー (精神力動的心理療法)にとって主要な目標で はない。心理学と精神医学が治癒ではなく症状 緩和にだけ取り組むようになっだのは、フロイ トの影響の衰退というよりも、マネージドケア (管理医療)の厳しさにあった。    65パーセントの障壁  私はサイコセラピーと薬の効能を測ることに 人生のかなりの時間を費やしてきたが、二つ目 のばつの悪い秘密は次のとおりだ。たいていの 場合、効能は厳密には「小さい」と称される。 抑うっはその典型である。  膨大な文献によって「効果あり」と保証され ている二つの治療法を考えてみよう。抑うつに 対する認知療法(悪い出来事についての考え方 を変える)と選択的セロトニン再取り込み阻害 薬(SSRI、プロザックやソロフトなどの抗 うつ剤)だ。膨大な文献全体から平均を取る と、それぞれ65パーセントの改善率を得るが。 これはやパーセントから55パーセントのプラセ ボ効果を伴っての数字だ。プラセボがリアルで 精巧であるほど、プラセボの比率は高くなる。 プラセボ反応があまりに著しかったため、アメ リカ食品医薬品局(FDA)が抗うつ剤の公式 認可を与える際に参考にする研究のうち、その 半数の研究において、プラセボと本物の薬の違 いが見られなかった。  抗うつ剤に関する最近の研究にはさらに失望 させられる。心理学者と精神科医による高名な 研究グループが、薬とプラセボに関する最も優 れた六つの研究から718人の患者全員のデー 夕をまとめて取り、抑うつ症状の度合いによっ て患者を区分した。極めて重度の抑うつにおい ては、本物の薬は確かな効果を示したが、中程 度または軽度の抑うつにおいては効果が見られ なかった。  抗うつ剤のための処方せんの大半は、残念な がら中程度と軽度の患者のためにのみ書かれる。 抗うつ剤がプラセボに比べて20パーセントも効 果があるというのは、薬の効用を寛容なまでに 最大限見積もってのことである。症状が改善す る患者の比率に注目しても、患者自身における 症状改善の比率に注目しても、この65パーセン トという数字は繰り返し現れる。私はこの問題 を「65パーセントの障壁」と呼んでいる。  なぜ65パーセントの障壁が存在するのだろう か? また、なぜ効果がそんなに小さいのだろ うか? 私はスキーを始めた初日からその5年 後にやめるまで、山と常に戦っていた。スキー                         一 は決して容易ではなかった。私の知るあらゆる 形態のサイコセラピーやエクササイズは「山と 戦う」介入であった。つまり、これらの治療法 は自己を強化するものではないため、その効果 は時間の経過とともに弱まっていく。すべての 薬が全く同じ性質を持つ。摂取するのをやめた 途端、振り出しへと戻り、例外なく再発と逆戻 りを繰り返す。  対照的に、次のポジティブ心理学のエクササ                        一 イズを試してみてほしい。面白いし、一度習得 すれば、自力でずっと続けていくことができる ものだ。    積極的‐建設的反応(ACR)  奇妙なことに、夫婦カウンセリングでは通例、 配偶者がもっとうまくケンカすることを教える。 その結果、耐えがたい夫婦関係がかろうじて我                        一 慢できるようになるかもしれない。それは悪い ことではない。  だが、ポジティブ心理学では、良好な関係を 最高の関係へと変えていくことに注意を向ける。 カリフォルニア大学サンタバーバラ校心理学部 教授のシェリー・ゲーブルは、強いきずなを予 測するのはヶンカのやり方ではなく、お祝いの やり方であることを証明した。自分が大切に思 う人だちというのは、彼らの勝利や成功、それ                          一 ほど重大ではない好ましい出来事についてよく 話してくれるものだ。こちらがどのように反応 するかで、相手との関係性を築くか、または壊 すかが決まる。反応する方法は基本的に四つあ るが、うち一つだけが相手との関係性を築く方 向に作用する。                         一  積極的‐建設的反応のエクササイズ  さて、読者の皆さんに今週の宿題。自分が大 切に思う相手の身に起きたよい出来事について、 相手が自分に話してくれるたびに、その話に注 意深く耳を傾けてみよう。積極的に、かつ建設 的に反応する努力をしてみよう。その出来事を 自分と一緒に再び体験してくれるよう相手に頼 んでみよう。  追体験するのに多くの時間をあてればあてる                        一 ほどよい。反応を表現するのに多くの時間を費 やしてみよう。1週間ずっと、よい出来事を探 してみよう。そして次のような形式で毎晩それ を記録してみよう。  この宿題があまり得意ではないという場合に は、前もって計画してみよう。最近自分が見聞 きした、具体的なポジティブな出来事をいくつ か書きとめてみよう。自分がどのように反応す べきであったかを書き出してみよう。朝目覚め                         一 だとき、5分間、今日出会う人たちのことや、 その人たちがどんなよいことを話してくれそう か思い浮かべてみよう。積極的−建設的な反応 をする準備をしてみよう。1週間ずっと、積極 的−建設的反応のバリエーションを試してみよ  山を相手に闘うのとは対照的に、このテク ニックは自力で継続していける。だが、それは ほとんどの人にとって自然に習得されるもので                            一 はない。勤勉に努力しながら、それが習慣化さ れるまで訓練を重ねていく必要のあるものだ。                        一  私は、2010年7月にベルリンでワーク ショップを行ったのだが、最前列に自分の16歳 の息子のグリルが座っているのを見て嬉しかっ た。私か書き物やブリッジをするためにコン ピュータの前に座っている以外に、本当はどん な仕事をしているのか、グリルに見せるチャン スがやっとめぐってきたのだ!  最初の1時間で、私は600人の参加者に積 極的−建設的反応のエクササイズを紹介した。                        一 参加者を二人一組にして、一方がよい出来事を 話して、もう一方がそれに対して反応するよう にさせ、それから役割を交代させた。私は、グ リルが会場で見知らぬ人と組んで、皆と同様に そのエクササイズをやっている姿を目にした。  その翌日、私は家族全員でティーアガルテン の巨大なフリーマーケットに出かけた。私たち はあちこち歩き回って、東ヨーロッパの旅の記 念にいろいろな小物や土産を買った。私の小さ                        一 な娘、9歳のカーリーと6歳のジェニーはこの 冒険にワクワクして、次から次へと店を全力疾 走して見て回った。その囗のベルリンは38度近 くという記録的な猛暑であった。私たちはほど なく気力もお金も尽きて、エアコンとアイス コーヒーを求めて一番近くのカフェに再び集合 した。カーリーとジェニーはともにプラスチッ ク製のおもちやの宝石で飾られた金のティアラ を見せびらかしていた。                        一  「これ、13ユーロで買ったのよ」とカーリーは 誇らしげに言った。  「値切らなかったのかい?」私は漫然と言い返 した。  「それは積極的−破壊的反応の好例だね、お父 さん」グリルがこうコメントした。  積極的−建設的反応について、私はまだまだ 練習中であるし、何時間ものコーチングも受け ている。                        一  一旦始めたら、他人は自分にますます好意を 持つようになるし、自分とさらに多くの時間を 過ごしてくれるようになるし、個人的な事細か なことまで共有してくれるようになる。自分自 身のことをよりよく思えるようになる。これら すべてが積極的−建設的反応のスキルを強化す ることになる。                        一   ネガティブな感情とつき合う  これまでの治療の世紀におけるセラピストの 仕事は、ネガティブな感情を最小限にすること、 すなわち、人々の不安や怒り、抑うつを軽減す るための薬や心理的介入を施すことであった。 今日でも同様に、治療者の仕事は、不安や怒り、 悲しみを最小にすることである。両親や教師も                        一 同じ仕事を引き受けているわけだが、私かこう した状況を懸念するのは、情動不安に対する もつと現実的なアプローチがあるからだ。たと え悲しみや、不安や、怒りの只中にあっても、 うまく機能することを学ぶこと、つまり、ネガ ティブな感情とつき合うことだ。  私のこうした考え方は、大部分のパーソナリ ティ特性に大いに遺伝性があるという、20世紀 最後の四半期におけるパーソナリティの分野で                        一 の最も主要な研究発見に端を発している。それ は、人は悲しみや不安、宗教性などの強い傾向 を遺伝的に受け継いでいる可能性がある、とい うものだ。  情動不安は、いつもではないが多くの場合に、 こうしたパーソナリティ特性から生じている。 強力な生物学的基盤によって、一部の人に、悲 しみや、不安や、怒りの傾向が現れるのだ。セ ラピストはこうした感情を緩和できるが、適度                        一 な範囲内でそうできるだけだ。遺伝性のある パーソナリティ特性に由来する抑うつや不安、 怒りは、改善されるだけで、完全に取り除くこ とはできない。  これは言うなれば、生まれながらの悲観論者 である私か、自分の自動的な破壊的考え方に反 論するために、この本に載っている治療効果の あるあらゆる手法を知っていて、実際に使って いながらも、自分には頻繁に「私は負け犬だ」                        一 「人生には生きる価値などない」といった声が 聞こえてくる、ということだ。私はたいてい、 自分の考え方に反駁することで、そのような声 の音量を下げられるのだが、声はいつでも背後 に潜んでいて、何かにつまずこうものならすぐ にでも私に襲いかかってくるのだ。  情動不安の遺伝力が65パーセントの障壁の一 因であるとすれば、セラピストに何かできると いうのだろうか? 妙な話だが、セラピストは                        一 スナイパー(狙撃兵)と戦闘機パイロットに対 する訓練法を用いて情報を使うことができる (私は狙撃を奨励しているわけではない。ただ、 訓練がどのように実施されているか述べたいだ けだ)。スナイパーが位置につくにはおよそ24 時間かかる。それから、射撃するまでさらに36 時間かかる。これは、スナイパーが実際に射撃 するまで、たいてい2日間は眠っていないこと を意味する。彼らは心底疲れ切っている。                        一  ここで仮に、陸軍がサイコセラピストの元を 訪れ、サイコセラピストであればどのようにス ナイパーを訓練しますか、と尋ねるとしよう。 サイコセラピストは、眠気覚まし薬を使うか (プロビジルなどはよい薬だろう)、眠気を緩和 するための心理的介入を使うだろう(手首にゴ ムバンドを巻いて、ゴムをパチンと弾いて一時 的に目を覚ますなどはよい方法だ)。  だが、それはスナイパーの訓練のされ方では                        一 ない。三日三晩、彼らを眠らせないようにして、 彼らがぐったり疲れ切っているときに射撃の練 習をさせるのだ。つまり、スナイパーがネガ ティブな状態にあるときに、疲労の只中にあっ てもうまく機能できるよう。その状態とのつき 合い方”を教えるのだ。  同様に、戦闘機パイロットは、容易には怖が らないようなたくましい人間だちから選任され る。だが、彼らのうち最強の者でさえも震え上                       一 がるような出来事が起きることも多い。ここで もまた、飛行教官たちがセラピストを訪ねて、 パイロットたちの不安を軽減するコツ(結構た くさんある)を教えてもらい、それによって訓 練生をリラックスした戦闘機パイロットになれ るよう訓練するわけではない。それどころか、 教官は訓練生が震え上がるまでジェット機を地 面めがけてまっすぐに突進させる。そうやって、 訓練生は恐怖の只中にあってジェット機を急上                       一 昇させることを学ぶ。  ネガティブな感情やネガティブなパーソナリ ティ特性には、非常に強い生物学的な縛りがあ る。そのため、臨床医が一時しのぎのアプロー チをもって最善を尽くすとすれば、患者に固有 の抑うつや不安、怒りの範囲内での最高の生き 方ができるよう促すことだ。  アブラ(ムーリンカーンとウィンストン・                        一 チャーチルという、重度のうつ病患者の二人に ついて考えてみよう。彼らはともに自らの憂う つ症や自殺願望とつき合いながら大変よく機能 した人間である(リンカーンは1841年1月 に自殺寸前のところまでいった)。ひどく落ち 込んでいるときでも、彼らはともに極めてよく 機能することを学んだのだった。要するに、遺 伝性による人間の病理のしつこさを踏まえた上 で、臨床心理学で展開していく必要があるのは、                        一 「病気とつき合っていく」心理学なのだ。セラ ピストは患者にこう話す必要がある。  「いいですか。本当のことを言いますと、私た ちのセラピーが今どんなにうまくいっていても、 来る囗も来る囗もあなたが目覚めると気がめ いってしまって、人生は絶望的だと思ってしま う囗がやってくるのです。あなたの課題は、こ のような感情と闘いながらも堂々と生きること です。どんなに悲しいときでもちやんとうまく                       一 機能することです」    治癒への新たなアプローチ  私はここまで、すべての薬とほとんどのサイ コセラピーが一時しのぎにすぎず、最善を尽く しても65パーセントの緩和にしか近づけないと 述べてきた。65パーセント以上に効果を上げる 一つの方法は、患者に病気とつき合うよう教え                       一 ることだ。だが、さらに重要なのは、ポジティ ブな介入がこの65パーセントの障壁を突破して、 サイコセラピーを一時的な症状緩和を越えた治 癒へと動かしていくかもしれない可能性である。  今現在利用されているサイコセラピーと薬は、 ともに不完全なものである。まれに完全にうま く作用するときには、苦しみや惨めさ、ネガ ティブな症状が、患者から取り除かれることに なる。要するに、人生を内側からダメにする条                       一 件を取り除くというわけだ。  だが、人生をダメにする条件を取り除くこと と、人生をよりよくする条件を構築することは 同じではない。ずっと続く幸せを実現したいの であれば、また、よりよい生き方を享受したい のであれば、人は実際に不幸を最小限にしなけ ればならない。そして、それに加えて、ポジ ティブな感情、意味・意義、達成、ポジティブ な関係性を持つ必要があるのだ。これらの要素                        一 を強化するスキルとエクササイズは、人々の苦 しみを最小限にするスキルとは全く異なってい る。  私は自宅の庭でバラを育てている。潅木を一 掃し、除草するためにかなりの時間を費やす。 雑草はバラの邪魔をする。雑草はバラをダメに する条件だ。だが、バラを咲かせたければ、雑 草を取り除くだけではとても十分とは言えない。                         一 ピートモスで土壌を改善し、よいバラを植え、 水をやり、栄養分を与える必要がある。 フラーリッ シ ング 見事な花を咲かせる条件を与えてやる必要があ るのだ。  同様に、私はときどきセラピストとして、患 者が自分の怒りや、不安や、悲しみを取り除く ための手助けをする。私は、そうすれば患者が 幸せになると思っていた。だが患者がそうなっ たためしはない。そこには。魂の抜けたよう                       一 な”患者がいるだけだった。それは、ずっと続 く幸せを手に入れるためのスキル(ポジティブ な感情、意味・意義、よい仕事、ポジティブな 関係性を持つこと)が、苦しみを最小限にする スキルとは別物だからだ。  私かおよそ40年前にセラピストとして働き始 めたとき、私の患者はよく私にこう言った。 「私はただ幸せになりたいんですよ、先生」私                        一 はこの言葉をこのように解釈した。「要するに あなたはご自分の抑うつをなくしたいのです ね」  当時、私はよりよい生き方としてのウェル ビーイングを構築する手段を持ち合わせておら ず、ジークムントーフロイトとアーサー・ ショーペン(ウアー(人間が達成できる最高点 は自分自身の惨めさを最小にすることであると 教えた人物)によって判断力を奪われていただ                        一 め、このような違いは思いつきさえしなかった。  私は抑うつを緩和させる手段しか知らなかっ た。だが、あらゆる人、あらゆる患者は、ただ 「幸せになりたい」のだ。そして、この正当な 目的のためには、苦しみの緩和と、ウェルビー イングの構築とを組み合わせる必要があるのだ。 私の考えでは、治癒とは、惨めさを最小限にす るためにあらゆる手段(薬とサイコセラピー) を使い、そこにポジティブ心理学を加えること                       一 である。  ここに、未来のセラピーに対する私のビジョ ン、治癒に対する私のビジョンを述べておこう。  まずは患者に対して、薬とセラピーは一時的 な症状緩和にすぎないこと、治療が終われば症 状の再発が予想されることを伝える必要がある。 そのために、セラピーの一部として、症状とう まくつき合い、症状が認められたときでもうま                       一 く機能するための訓練に真剣に取り組むべきな のは明らかだ。  次に、苦しみが緩和されたときに治療を終え るべきではない。患者はポジティブ心理学の具 体的なスキル、すなわちもっと多くのポジティ ブな感情、もっと多くのエングージメント、 もっと多くの意味・意義、もっと多くの達成、 そしてよりよい人間関係を得る方法を学ぶ必要 がある。惨めさを最小限にするためのスキルと                       一 は異なり、ポジティブ心理学のスキルは自分で 継続していける。  これらのスキルはまた、抑うつと不安障害を 治療し、予防するのにも役立つだろう。病気を 取り除くことよりも重要なのは、これらのスキ ルが、幸せがずっと続く方法そのものだという ことであり、すべての人のウェルビーイングの 追求に不可欠だということだ。                      一   応用心理学VS基礎心理学−問題   VS永遠の謎  2004年、ペンシルベニア大学の大学行政 の最高幹部たちが、ポジティブ心理学に対する 世間の需要の高まりに応じて新課程を設置すべ きかどうかを議論していたときのことだ。自然 科学の学部長がほんの少しばかり悪意を込めて                        一 言った。  「その新課程の名称にはAを入れることにしま しよう。所詮、純粋科学をやるのは心理学部で すし、世間を惑わせるようなことはしたくない ですからね」  「セリグマン教授は賛成ですか?」と社会科学 の学部長が疑問を呈した。「それはちょっと侮 辱的ですよね。応用(Applied)のA、応用ポ ジティブ心理学修士ですか?」                       一  侮辱的どころか、私はAを歓迎した。ペンシ ルベニア大学はともに「応用」と「装飾」を教 える目的でベンジヤミンーフランクリンによっ て創立された(「装飾」とは彼によると「現在 では役に立だない」ことを意味した)。装飾は 長いこと勝利を収めてきたのだが、私はほとん ど装飾的でしかない学部に「あてがわれた」一 匹狼として、40年の間、並々ならぬ努力を続け てきたのだった。パブロフの条件づけ、色覚、                       一 直列対並列メンタルスキャン、ネズミのT字迷 路学習の数学的モデル、月の錯視……、これら は私の大学の学部では高い信望を得た研究で あった。現実の世界について研究することは、 アカデミックでお高くとまっている心理学の世 界にあっては少々異臭を放つものだ。その異臭 が、新しい課程を作ることをめぐる学部長たち の議論を通して漂っていたのだった。  元々、私か心理学を始めたのは、人間の苦し                       一 みを取り除き、ウェルビーイングを増大させる ためであった。私は自分がこの課題に対して十 分に心構えができていると思っていたが、実際 には誤って教育されていた。次に説明するよう に、私か間違いから立ち直り、永遠の謎を解こ うとすることから離れて、問題を解決する道へ と苦労して進むのに数十年の年月がかかった。 実に、これは、私の知的・職業的な進歩の全物 語なのである。                       一  私の受けてきた誤った教育は教訓的であった。 私は世の中を少しでもよくしたいという希望に 燃えて、1960年代初頭にプリンストン大学 に進んだ。その後およそ20年間、私は自分自身 が待ち伏せ攻撃されていたことに気づかないほ ど、非常に巧妙なやり方で攻撃された。私は心 理学に惹かれたが、大学2年生とシロネズミを 対象とした実験室での研究など、心理学部での 研究は月並みに思われた。プリンストン大学の                     一 世界的に名の通った大物教授は哲学部にいた。 そこで私は哲学を専攻したのだが、数多くの聡 明な若者だちと同様、私はルートブイピーウィ トゲンシュタインの亡霊に魅了された。   ウィトゲンシュタイン、ポパー、   ペンシルベニア大学  ケンブリッジ大学における哲学の大君主で                       一 あったウィトゲンシュタイン(1889〜 1951)は、20世紀の哲学で最もカリスマ的 な人物であった。彼は二つの大きな運動を生み 出した。ウィーンで生まれ、勇敢にオーストリ アのために戦い、イタリア軍の捕虜になった。 1919年に捕虜となったまま、彼は『論理哲 学論考』を完成させたのだが、これは順次番号 が付されたエピグラムを集めたもので、論理的 原子論と論理実証主義の基礎を築くことにつな                       一 がった。  論理的原子論とは、世界が主要事実の階層と して理解されるという理論だ。論理実証主義と は、類語反復と経験的に証明できる言説だけが 意味を持つという理論だ。それから20年後、彼 は哲学が成すべきことについて彼の考えを改め た。『哲学探究』において、哲学の課題は世界 の構成要素(論理的原子論)を分析することで はなく、人間の行う「言語ゲーム」を分析する ことであると主張した。これは日常的な言語哲 一 学、すなわち素人が話す言葉の系統的分析に対 する集合ラッパであった。  ウイトゲンシュタイニアン運動における両者 の具現化の中心にあったのは「分析」である。 哲学の仕事は、世界と言語の基本的根拠につい て厳格かつ詳細に分析することにある。自由意 志、神、倫理、美など、哲学に関わる大きな問 題については、予備的な分析がうまくいくまで は取り組むことはできない(本当に取り組むと 一 しても)。「語り得ぬものについては沈黙しなけ ればならない」と『論理哲学論考』は有名な句 をもって締め括られている。  ウィトゲンシュタインが魅力的な教師であっ たという事実は、彼の思想と同じくらい大きな ことだ。最も聡明なケンブリッジ大学の学生た ちが群れを成して現れては、彼が家具のないが らんとした部屋を歩き回ったり、自分のエピグ ラムを囗に出して言ったり、道徳的純粋さを求 一 めてもがき苦しんだり、彼の学生たちの質問を 打ち負かしたり、その間ずっと自分が言語不明 瞭であることに対して自分を罵ったりする姿な どを目の当たりにした。  彼の優れた才気、際立つ美貌、人を惹きつけ てやまない独特な男性的魅力、風変わりな超俗 性(彼は一族の莫大な財産を放棄した)などが 組み合わさった様は誘惑的たった。彼の学生だ ちは、この男性と、彼の思想に恋をした(一般 一 的に、学生が最も学ぶのは先生と恋に落ちると きである)。彼の学生たちはその後、1950 年代を通して学問の世界に広がり、40年の間、 英語圈の大学の哲学部を支配した。今度は自分 の学生たちに自分のウィトゲンシュタインへの 心酔ぶりを伝えながら。ウィトゲンシュタイニ アンは確実にプリンストン大学の哲学部を支配 した。そうやって、私たち学生は、ウィトゲン         士        一 シュタイニアンの教義を教え込まれたのだった。  私か教義と呼ぶのは、私たち学生が厳密な言 語分析をすることに対して報酬が得られたから だった。例えば、私の卒業論文(後に、私の指 導教官の名前で、不気味なほど酷似した論文が 発表された)は、「同ご対「一致」に関する 丹念な分析であった。私たちはまた、「語り得 ぬもの」について話そうとすると罰せられた。  ニーチェ(「哲学とは要するに自分の人生を 変えることである」)を専門とするカリスマ教 一 授であったウォルター・カウフマンを真面目に 受けとめた学生たちは、頭がおかしく未熟であ るとして放校処分となった。私たちは「裸の王 様」に対して、「そもそもなぜ、言語分析をや る必要があるのですか?」などと質問すること はなかった。  1947年10月、ケンブリッジの道徳哲学ク ラブで、ルートヴィヒーウィトゲンシュタイン とカールーポパーは歴史的な出会いを果たした 一 のだが、私たちはこのことについて教わらな かった(この出会いは、デヴィツドーエドモン ズとジョンーエーディナウによる『ポパーと ウィトゲンシュタインとのあいたで交わされた 世上名高いI〇分間の大激論の謎』で再現され ている)。ポパーは、ウィトゲンシュタインが 同世代の哲学者全員が謎解きに興じるよう教唆 しているとして非難した。予備的分析のための 予備的分析をさせている、というわけだ。哲学 一 はご水遠の謎”ではなく、道徳、科学、政治、 宗教、法律などの。問題”に取り組むべきであ る、とポパーは主張した。ウィトゲンシュタイ ンは激怒し、ポパーめがけて暖炉の火かき棒を 振り回し、部屋を飛び出しドアをパタンと閉め た。  私は大学時代に、ウィトゲンシュタインはソ クラテスではなく、現代哲学のダースベイダー ではないかと疑えばどんなにかよかっただろう 一 と思う。彼がアカデミックな気取り屋であるこ とを見抜けるだけの高い教養があればどんなに かよかっただろうと思う。私は結局、自分が 誤った方向に進んでいたことに気がついた。そ して私は、1964年に大学院生として心理学 を学ぶためにペンシルベニア大学に入学するこ とで、自分の進路を修正し始めた。  オックスフォード大学に進学して分析哲学を 勉強するための奨学金は辞退した。哲学は幻覚 一 性のあるゲームであったが、心理学はゲームで はなかった。私は心理学が人類を助けられる学 問であることを切実に願った。私は奨学金を授 与されたときにロバート(ボブ)・ノージック (私にルネーデカルトを教えてくれた学部時代 の先生)にアドバイスを求めたのだが、彼のお 陰でこの気づきを得ることができた。ボブは、 私の経験した中で最も容赦なく、かつ最も賢明 なキャリアアドバイスを授けてくれた。    一  「哲学は何か他のことをするのによい準備とな るのですよ、マーティ」  ボブは後に、(Iバード大学の教授として、 ウィトゲンシュタイン信奉者の数々の謎に対し て疑問を呈し、言語の謎を解くのではなく哲学 的な問題を解くための彼独自の方法を切り開い ていった。彼は火かき棒で誰からも脅されるこ となく、とても器用にやってのけた。そのよう にして彼は、高度な学問としての哲学をポパー 一 が促した方向へと一歩進めるのに一役買ったの だった。  私は同じ理由から、プロのブリッジプレー ヤーになる機会も辞退した。ブリッジもまた ゲームであったからだ。哲学から心理学へと分 野を変えた後でも、私は教育を受けた者として 依然としてウィトゲンシュタイン信奉者であっ た。そして私は、結局のところ、自分の性分に とても合っていて、装飾的知識と心理学的な謎 一 を解くことにかけては聖地である学部に入学し たのだった。ペンシルベニア大学のアカデミッ クな名声の由来は、謎に徹底的に取り組むこと にあったが、実生活の問題(達成や絶望など) に取り組みたいという私の願いは絶え間なく私 を悩ませ続けた。  私は博士論文でシロネズミの実験をやっだの だが、それは論文をチェックしてくれた謎かけ の主たちを満足させた一方で、問題に昭準を合 一 わせるにはためらわれる実験であった。ラット にとってはいつ安全かが分からなかったため、 予測不能なショックが予想可能なショックより も大きな恐れを生み出したのだった。私はまた、 制御不能なショックから誘導される受動性であ る学習性無力感にも取り組んだ。だが、それも また実験室モデルであり、レベルの高い学術論 文雑誌には受け入れてもらえるものであったが、 現実の人間の問題に昭準を合わせるにはためら 一 われるものであった。  大きな転機は、1970年から71年まで、ペ ンシルベニア大学の精神医学科教授であった アーロン(テイム)・ベックと、アルバート (ミッキー)・スタンカードの下で精神医学の研 修を受けてすぐに訪れた。私はそのとき、 1967年に博士課程を終えた後の最初の仕事 であったコーネル大学の講師の職を辞していた。 それは政治的な抗議であったし、また、テイム ー とミッキーとともに、自分の謎解きを現実世界 の問題に少しでも近づけるために何か本物の精 神医学の問題を学びたかったことによる。 1972年にペンシルベニア大学心理学部に再 び在籍した後、テイムと私は地元のデリカテッ センで昼食時に時折会った。  「マーテイ、実験心理学者として動物を相手に 働き続けると人生を棒に振りますよ」と、私か グリルで焼かれたリューベンサンドイッチで喉 一 が詰まりそうになるのを見ながらテイムは言っ た。それは私かこれまでに受けた中で二番目に よいアドバイスだった。  そうやって私は、きちんと問題に向き合う応 用心理学者になった。その瞬間から、私は自分 が「普及者」という一匹狼的な役割を託された ことを知った。同僚たちの中で、私は羊の毛皮 を着たオオカミになった、というわけだ。基礎 理論のアカデミックな科学者としての私の日々 一 は終わろうとしていた。  驚いたことに、ペンシルベニア大学はそれで もなお私を終身在職権付きの准教授に任命した。 秘密の教授会での話し合いでは、私の研究が応 用の方向へと流されてしまうのではないかとい う恐ろしい可能性に話が集中したと告げられた。 以来、私にとって、ペンシルベニア大学では苦 しい戦いの連続であるが、それがどれはどの困 難であるのか、1995年に社会心理学者を雇 一 うために委員会に属するまで一度も理解したこ とがなかった。同僚のジョンーバロンは、仕事 か、愛か、遊びに関する研究をしたことのある 人物を求める告知を出すという画期的な提案を した。「それが人生というものでしょう」と彼 は言った。私は熱意をもって同意した。  それからというもの、私は眠れない夜を過ご した。  私は頭の中で、世界で10の主要な心理学部で 一 終身在職権を持つ教授をざっと考えてみた。す ると、一人たりとも、仕事や、愛や、遊びに関 して取り組んでいる人物は出てこなかった。そ の教授たちは全員、認知、感情、意思決定理論、 知覚という「基礎的な」プロセスに取り組んで いた。人生を生きるに値するものにするよう導 く手助けをしてくれる学者は一体どこにいたと いうのだろうか?  その翌日、私はたまたま心理学者のシェロー 一 ムーブルーナと昼食で一緒になった。当時、80 歳半ばで、ほとんど目が見えなくなっていた ジェロームは、アメリカ心理学の。歩く歴史” のような人物であった。私は彼に、なぜ一流の 大学の教授という教授が、いわゆる基礎的なプ ロセスにしか取り組まず、現実の世界の研究を しないのか尋ねた。  「それはある瞬間に起きたことだったのですよ、 マーテイ」とジェロームは言った。「私はその 一 場に居合わせたのですよ。1946年の実験心 理学者協会の会議でのことでした。エドウイ ンーボーリング、(Iバートーラングフェルド、 サミユエルーフアーンバーガー、それに(I バード大学、プリンストン大学、ペンシルベニ ア大学の各代表者が昼食会に集まって、心理学 はもっと物理学や化学のように基礎研究だけを やるようでなければならない、応用心理学者は 雇わないようにするということで同意したので 一 す。その他のすべての大学はすぐにその路線に 軒並みしたがったのです」  この決定は重大な誤りだった。1946年の 心理学のような不安定な科学であれば、物理学 や化学を模倣することで学部長からの多少の信 用は得られたかもしれないが、それは科学的に は全く理に適っていないことだった。物理学は、 抽象的な基礎研究に融合する前には工学の古代 科学をその前身としたのだが、それは実際に問 一 題を解決したのだった。  応用物理学は日食や洪水や天体の動きを予測 し、それがお金になった。アイザックーニュー トンは、1696年にイギリスの造幣局を経営 した。化学者は火薬を製造することで膨大な科 学的真理を学んだ。それは鉛を金に変えようと して、結局は行き詰まってしまった実験をした ときも同様たった。対照的に、心理学には工学 がなかった。現実の世界で効果があるとして証 一 明されたものは何もない。基礎研究がどうある べきかの指針となり、抑制するような基盤がな かった。  優れた科学には、分析と統合の相互作用が伴 う。基礎研究が本当に基礎的かどうかを知るに は、それが何の基礎なのかを知る必要がある。 現代の物理学が開花したのはその理論が優れて いるからではなく(7中間子、波粒、超ひも 理論、人間原理など、理論はとてもではないが 一 直観で分かるものではなく、かなり議論の余地 のあるところだ)、物理学者たちが原子爆弾や 最新の原子力発電所を建設したことによる。 1940年代の医学研究では沈滞していた免疫 学は、ポリオに対するソークワクチンとセービ ンワクチンによって開花した。基礎研究の発展 はただその後に続いただけだった。  19世紀には、鳥が飛ぶ仕組みについて物理学 で大論争となった。その論争は1903年12月 一 17囗、ライト兄弟が自ら作った飛行機を飛ばし た瞬間から12秒後に始まった。この偉業によっ て、すべての鳥は彼らのように飛ぶのに違いな いと多くの人が結論づけた。  これは実に、人工知能の試みによる論理であ る。仮に、基礎科学によって、二極のスイッチ ング回路をネットワークで結ぶだけで、言語が 理解できたり、話ができたり、物体を知覚でき たりするコンピュータを製造できたとしよう。 一 とすれば、それは人間が、言語を理解するなど の偉業をいかに成し遂げているかを示すもので あるはずだ。応用は多くの場合、基礎研究の方 向を向いているのに対して、応用の方法を知ら ない基礎研究というのは、たいていは単なる自 慰行為でしかない。  優れた科学は必然的に応用と純粋科学の積極 的な相互作用を伴うという原則は、純粋科学者 と一流の応用家の両者にとってしっくりこない。一 私は今日までペンシルベニア大学心理学部の一 匹狼としてやってきたが、純粋科学者が応用に 対して疑いの目を向けていることを毎週のよう に思い知らされている。  だが、私か1998年にアメリカ心理学会 (APA)の会長になるまで、応用家が科学に 対してどれほど懐疑的なのか実は知らなかった。 私は史上最多の票を獲得して会長に選任された のだが、私はこの圧勝について、私の研究が科 一 学と応用との間に公平に立っており、科学者と 臨床家の両者を多く惹きつけた事実に起因して いると考えている。  私の行った象徴的な研究は、1995年の 「コンシューマー・リポーツ」誌によるサイコ セラピーの効果に関する研究を手伝うことで あった。「コンシューマー・リポーツ」誌は、 高度な統計ツールを利用した大規模な調査で、 おおむねサイコセラピーに関するよい結果を見 一 出した。だが驚いたことには、効果は特定のセ ラピーにあるのでも、特定の疾患にあるのでも なかった。この事実は、あらゆる疾患に対して あらゆるセラピーを試みる一般の応用心理学者 たちに歓迎された。  アメリカ心理学会の議長を務めるためにワシ ントンに到着したとき、私は純粋科学者の同僚 たちに囲まれながらも、自分が関わる応用研究 のりIダーたちの中にあって、自分自身が全く 一 同じ立場に立だされていることに気がついた。 羊の毛皮を着たオオカミ、というわけだ。  会長としての私の最初のイニシアティブで あったエビデンスベースドーサイコセラピー (科学的根拠に基づく心理療法)は全くうまく いかなかった。当時のNIMHの責任者は、こ のイニシアティブを助成するのにおよそ 4000万ドル調達できると私に話してくれた。 私は大いに励まされながら、プロフェツショナ ー ループラクティス振興委員会(独立開業の臨床 家たちによる最高評議会)と会合を持つだのだ が、彼らは私の選挙を除いて、APAの会長選 挙に対して強力な支配力を持っていた。ますま す無表情を決め込む20人のオピニオンメーカー の一団に向かって、私は自分のイニシアティブ について概説した。セラピーの有効性について、 その基礎を科学的エビデンスに置くことの長所 についてはっきりと述べた。古株で最も頑固な 一 一人であるスタンーモルダウスキーは匸冐こう 言った「エビデンスが我々に有利な結果となら ないような場合はどうするのですか?」そう やって、私のイニシアティブは幕を閉じた。  その後、スタンの同僚の一人であるロンーレ バントは、飲みながら私にこう言った。「あな たはやばいことに巻き込まれていますよ、マー ティ」実に、ポジティブ心理学という、独立開 一 業の臨床家たちにとってはエビデンスベース ドーセラピーほどは不都合ではないこの新たな 試みは、このひどく不面目な出来事から生まれ たのだった。  そういうわけで、まさしくこの応用と科学の 間の緊張関係を念頭に置きながら、2005年、 私はペンシルベニア大学でポジティブ心理学セ ンターを率いると同時に、最先端の学術的知識 と、その知識の現実の世界への応用を組み合わ 一 せることを使命とする応用ポジティブ心理学修 士課程(MAPP)という新課程を創設するこ とに快く同意した。 第4章 ペンシルベニア大学  一 MAPPプログラム    MAPPの魔法の成分  私は世界の教育に革命を起こしたいと思って いる。若者は全員、職場で求められるスキルを 学ぶ必要がある。これは200年の問、きちん とした教育制度ではいつも主題とされてきたこ とだ。それに今や、ポジティブな感情を高めた り、意味・意義を見出したり、良好な人間関係 を築いたり、ポジティブな達成感を得るなど、 よく生きるためのスキルを教えることたってで 一 きるのだ。学校ではどの学年でもこうしたスキ ルを教えるべきだ。次世代の若者たちが自らの 豊かな可能性を開花していけるように。  私は今まで、大学をはじめ、小学校や高校レ ベルでも教えてきたが、自身のあらゆる経験の 中で最も特別な思いをしたのは、ポジティブ心 理学を教えてきたここ10年の間のことだ。そし てこれは何も私に限った話ではない。世界中で ポジティブ心理学を教える他の人たちも私と同 一 じような奇跡譚を語り継いでくれている。読者 の皆さんにこのような話をお伝えすることで、 なぜポジティブ心理学を教えることがそんなに 特別なのか、また、なぜ普通の教育がたびたび 失敗に終わるのか、真剣に考えてみたいのだ。  そこで次に、ペンシルベニア大学のMAPP プログラム(応用ポジティブ心理学修士課程) についてお話しすることで、なぜこのプログラ ムが「魔法」から成り立っているのかを明らか 一 にしてみたい。この魔法には次の三つの要素が 含まれている。  1 学びがい・教えがいがあって、役に立ち、   励みになるような。内容”である  2 ポジティブ心理学には。個人的にも職業   的にも変容を促す力”がある  3 ポジティブ心理学は使命感をもって取り   組める。天職”である          一    1年目のMAPP  2005年2月、ペンシルベニア大学は、 少々ためらいがちにではあったが、応用ポジ ティブ心理学修士課程を新しく設置することを 正式に認可した。初年度入学のための出願締め 切りは2005年3月30囗と決定された。  私たち大学関係者は、大学を卒業したばかり 一 の若者や心理学者を求めていたのではなく、世 界中で活躍し、自分の職業にポジティブ心理学 をうまく取り入れたいと望む大人の入学を求め ていた。また、出願者は、優れた学業成績を備 えていなければならなかった。MAPPの課程 は、年10回の週末集中授業と修士論文の提出と いうエグゼクティブ教育の形式をとる。それに 学費だけで年間5万ドル近くとかなり高額で、 遠隔地からの通学者となるとこれに宿泊費、食 一 費、飛行機代が加算される。  このMAPPプログラムを率いる人材として、 私はバンダービルト大学から2人の人物を抜擢 した。当時、私たちは、出願締め切りまでだっ たの1ヶ月という準備期間を目の前にして、何 とかしてH人の志願者が初年度のプログラムに 入学してくれればよいと楽観的に考えていた。 H大というのは同プログラムの採算が合うか合 わないかのぎりぎりの人数なのだが、大学の学 一 部長は私たちに何度もそのことについて念を押 しにやってきた。  いざふたを開けてみると、驚いたことに 120人以上の志願者が集まった。そのうち60 人ほどが、大変難易度の高いアイビーリーグ校 であるペンシルベニア大学の入学基準を満たし ていた。私たちはうち36人を合格者としたが、 最終的に35人が入学手続きをした。つまりは、 私たちの当初の予想を5倍以上も上回る数の出 一 願者がいたことになる。これだけの短い期間で、 しかもほとんど何の宣伝もしなかったにもかか わらず、これはどの人数が集まったのだった。  2005年9月8囗の朝8時、大学の講堂に 35人が一堂に会した。学生の中には、数々のベ ストセラー本の著者で、ギャラップ社のシニ アーエグゼクティブであるトムーラスや、全米 で有名なコメディアンで、ブロードウェイでワ ンマンショーを終えたばかりのヤコブースミノ ー フなどの顔があった。   応用ポジティブ心理学の授業  大学院生を教えるために、私たちはポジティ ブ心理学の研究に携わる一流の教授陣を全米か ら集めた。教授たちは、一部の学生と同様、毎 月の集中授業のために他州からフィラデルフィ アに通勤した。ポジティブ感情研究の第一人者 一 で、テンプルトン財団によるポジティブ心理学 研究のための10万ドルの助成金の初の受賞者と なったバーバラ(ハープ)・フレドリクソンは、 9月の集中授業では毎年の常連となっている。  ハープは、ポジティブ感情の「拡張‐形成」 理論について詳しく説明することから講義を始 めた。外部の刺激物を特定し、それに対処する のが、「火消し」効果のあるネガティブな感情 だ。ポジティブ感情は、そのようなネガティブ ー 感情とは違って、個人が後々の人生で活用でき るような、尽きることのない心理的資源を個人 内で拡張し、継続的に形成する働きをする。  親友との会話に没頭しているとき、自分は生 涯ずっと使えるような社会的スキルを内部で 資源として蓄えている。子どもが嬉々として無 鉄砲な遊びに興じているとき、子どもは学校で の運動競技で役に立つであろう運動能力を形成 している。ポジティブ感情には、ただ楽しいと 一 感じる以上の効能がある。ポジティブ感情は、 成長し続けていること、心理的資本が蓄積し ていることを示すネオンサインである。  「これは私の研究チームの最新の研究結果です が」ハープは、35人の学生と5人の教職員に向 けて説明した。今や私たちは全員、彼女の話を 身を乗り出して聞いていた。「私たち研究チー ムは会社に出向いて、ビジネスミーティングで 発言される言葉の一つひとつを筆記しました。 一 それを60社で行いました。3分の1の会社は業 績が上々で、3分の1はまあまあの業績、あと の3分の1は業績が悪化していました。私たち はそれぞれの文章をポジティブな言葉か、また はネガティブな言葉かでコード化して、ポジ ティブな発言対ネガティブな発言で簡単な比率 を割り出しました」  「はっきりとした境界線があります」とハープ は続けた。「ポジティブな発言対ネガティブな 一 発言の比率が2.9一1を上回る会社では経 営状態が良好で、その比率を下回る会社では悪 化していました。私たちは、この事実を発見し た私のブラジル人の同僚、マルシャルーロサダ の名前を取って、これを『ロサダ比』と呼んで います」  「けれども、ポジティビティが多すぎてもいけ ません。人生は帆と舵付きの船なのです。ネガ ティブな舵なしで比率が13一1を上回る場合、一 ポジティブな帆はあてもなくはためき、信頼を 失いかねません」  「ちょっと待ってください」と、新入生の一人 が静かなテネシー訛りで反論を始めた。彼は弁 護士で、テネシー州弁護士会の教育プログラム 長を務めていた。「我々弁護士は1日中闘って います。我々の比率はずっとネガティブで、多 分1一3くらいでしょう。それがまさに訴訟 の本質なのです。あなたはつまり、我々に甘い 一 言葉をささやきながら日々過ごせと仰っている のですか?」  「ネガティブなロサダ比によって有能な弁護士 になれるかもしれませんね」ハープは切り返し た。「けれども、そこには多大な個人的犠牲が 伴うかもしれません。法律家は、抑うつの罹患 率、自殺率、離婚率と、いずれも最も高い職業 です。あなたの同僚が弁護士事務所でのその比 率を自宅に持ち込めば、きっとトラブルに見舞 一 われることでしょう。ジョンーゴットマンは、 週末の間ずっとカップルの会話を聞くことで同 じ統計値を算定しました。2.9一1では離 婚を招く、ということです。きずなが強く、愛 情に溢れた結婚を予測するには5一1の比率、 言い換えれば、配偶者を毎回非難するたびに5 つのポジティブな発言が必要なのです。カップ ルが習慣的に1一3をやっているのであれば、 その二人には間違いなく破局が訪れることで  一 しよう」  別の学生の一人が後で私に打ち明けてくれた。 「ハープの話は職場のチームのことでしたが、 私かひたすら考えていたのは私の家の『チー ム』、家族のことでした。彼女の話を聞きなが ら、私は目に涙を浮かべていました。私の一番 上の息子とのやりとりが1一1くらいだとす ぐに気づいたのです。私たちは、息子の正しい 行為ではなく、間違った行為に目をやるという 一 スタイルに慣れてしまっていました。ハープが 話す間、ずっと私の脳裏にあったのは、私の16 歳の息子との張り詰めた毎日のやり取りのシー ンと並んで、最低でも5一1での、リラック スして愛情に満ちた人間関係を描いた映画の シーンでした。実は、荷物をまとめて、すぐに でも車で家に帰りたい気持ちでいました。ハー プの話の中から、今までとは違った方法で対処 していくヒントも得られたからです。息子を心 一 から褒めてやり、何か気楽なことから会話を始 めて、それから学校での勉強のことや、息子の 車の運転が乱暴なことなど、私がたしなめよう と思っていたことを話すという段取りを心に描 きました。私は家に帰って、早速その通りに試 してみたいと思ったのです」  私は最近になって、この学生にその後の成果 を尋ねてみた。彼女はこう答えた。「息子は20 歳になりましたが、私たちの関係は今までより 一 もずっとよくなりましたよ。ポジティブ比がす べてを変えたのです」  そして、この講義によって人生が変わっだの は学生たちだけではなかった。  「パパーー アレクシスの家まで車で送ってく れない? どうしても行かなくちやならないの。 ねえ、おねが1い!」と私の14歳の娘、ニッキ が訴えている。私は前著、『Authentic Happiness J](邦訳『世界でひとつだけの幸せ』) 一 で、娘の5回目の誕生日から間もなく、庭で娘 が私と一緒に雑草取りをしているときに交わし た大切な会話について詳しく述べた。そのとき、 ちゃんと雑草取りをやれと怒鳴り散らす私を彼 女は非難したのだった。彼女はそれまで駄々を こねてばかりだったが、5歳の誕生日を境に自 分の今までのあり方を変えてみることでうまく 問題を解決したと説明してくれた。  「それは今までで一番むずかしいことだった  一 わ」と彼女は誇らしげに言った。「私か駄々を こねるのをやめられたのだから、パパも機嫌が 悪いのをやめられるでしよ」  ポジティブ心理学はニッキの非難をきっかけ に生まれた。私は実際に50年もの間、不機嫌な 人間であった。私にとっての子育てとは、子ど もの強みを築くことではなく、弱点を修正する ことだった。心理学という職業は、人々が持続 一 的な幸福を実現できる状態を構築することでは なく、もっぱら人生を台なしにする状態を解消 することに他ならなかった。  いずれにせよ、ニッキが私に声をかけてきた のは金曜日の夜H時15分のことだった。私は、 バーバラーフレドリクソンがMAPPの授業で 紹介したばかりの新しい理論の意味をじっくり 考えてみようと思い、一日中試行錯誤していた。 持続的な幸福感を促すにはポジティブ比を適切 一 な範囲にとどめるという彼女の考えが忘れられ なかった。宗族との夕食の席でもそのことで頭 がいっぱいだった。  「ニッキ、もう真夜中に近いんだよ。私か仕事 をしているのが分からないのかい? 宿題をや るか、もう寝るかにしなさい!」と私は叫んだ。 私はニッキの目が、10年前に庭で見たときと同 じ、軽蔑を込めた目になっていくのを見た。 「パパはひどいロサダ比ね」と彼女は言った。 一  ポジティブ心理学は、ほとんどの学問分野と 同じく、知的にやりがいのあるものだ。だが、 ほとんどの分野と違う点は、個人にとって有益 で、人を変える力があり、さらには面白いこと だ。過去25年間、私かやってきたことだが、抑 うつや自殺について教えることは気の滅入るよ うな稼業だ。抑うつや自殺に真剣に取り組めば、 それらを教えたり学んだりすることで気分は滅 入るものだ。そうやって、多くの時間を落ち込 一 んで過ごすことになる。対照的に、ポジティブ 心理学について学ぶことは。楽しい‰単に学 ぶことに伴う普通の喜びでなく、楽しい教材を 学ぶことの喜びがある。  楽しみと言えば、MAPPでは「エナジー・ ブレーク」の大切さを再発見した。これは教室 で身体を動かす取り組みだが、カタブツの学部 長たちは戸惑うことだろう。「基礎的な休息と 活動のサイクル」(BRAC)は人間および昼 一 行性(日中目を覚ましている)の動物に特有な ものだ。人間は平均的に昼前と夜に最も意識が さえている。昼下がりと夜半すぎにはサイクル の底辺の部分にいる。そのときは疲れていて、 不機嫌で、不注意で、悲観的な状態にある。こ のサイクルは大変生物学的なものだ。死がBR ACの底辺の部分で偏って起きるからだ。MA PPの1日9時間の集中授業では疲労度がピー クに達することから、そのときもこのBRAC 一 の底辺の部分に偏ることになる。  BRACの底辺の部分にあるときにこそ、身 体的活動を取り入れるべきなのだ。当初、ポジ ティブ心理学に関与する人はと言えば、主に頭 でっかちな中年後期の男性で占められていた。 だが、少なくともポジティブ心理学の半分は 「首から下」で起きることを扱う。毎年、MA PPの何人かの学生たちは、ヨガのインストラ クター、ダンスセラピスト、スポーツコーチ、 一 マラソンの選手、トライアスロンの選手といっ た「首から下」の部分に関わる職業に従事する 人だちなのだが、これは意義深いことだ。集中 授業の期間は、毎日午後3時になると、この 「首から下」のプロの学生たちが、ダンス、激 しい運動、メディテーション、ウォーキングな どをリードしてくれる。  最初は、頭でっかちな人は赤面しながらその 場から逃げ出していたのだが、そのような身体 一 的活動を取り入れることで疲労が解消し、知的 孑孑ルギーがすぐに蘇るのを認めてからという もの、全員が熱心に取り組むようになった。私 は今、教室で頻繁にエナジー・ブレークを取り 入れるのは本当によいことだと思っている。そ のような活動が必要なのは幼稚園児だけではな い。人は年を取れば取るほど、身体を動かすこ とでよく学ぶことができ、よく教えられるよう になるという効果がある。          一   個人的・職業的な変容  MAPPの最初の魔法の成分は、知的にやり がいがあり、個人的に応用できて、しかも面白 い内容だ。2番目の成分は、MAPPが個人的 にも職業的にも変容を促すほどの影響力を持つ ことだ。  アメリカでは現在、5万人以上の人がコーチ ー (ライフコーチ、エグゼクティブコーチ、パー ソナルコーチ)として生計を立てている。私は コーチングが野放し状態にあるのではないかと 懸念している。MAPPの学生のおよそ20パー セントはコーチだ。私たちの目標の一つは、 コーチングを管理して、変えていくことにある。  コーチングとポジティブ心理学  コーチングは、バックボーン(支えとなる基 一 盤)を探求する実践行動である。実際には、科 学的でエビデンスペーストなバックボーンと、 理論的なバックボーンの二つのバックボーンが ある。ポジティブ心理学はこの両方を提供する ことができる。ポジティブ心理学はまた、コー チングの節度ある実践範囲を示すと同時に、効 果のある介入や測定尺度や、コーチとしての十 分な資格証明を提供することができる。  現在のコーチングのあり方について、私は大 一 学院生たちに次のように話した。コーチングの 実践範囲は無制限になってしまっている。ク ローゼットの収納術から、思い出をスクラップ ブックに貼りつける方法、昇給の請求の仕方、 もっとはっきりと意見の言えるリーダーになれ る方法、バレーボールチームを奮起させる方法、 仕事にもっとフローを見出す方法、邪悪な考え と闘う方法、人生にもっと目的を持つ方法など だ。                       一  また、コーチングのテクニックにも、ほぼ際 限のない数のものが使われている。アフアメー ション、ビジュアライゼーション、マッサージ、 ヨガ、アサーティブートレーニング、認知の歪 みの修正、アロマテラピー、風水、メディテー ション、幸運を数えるなどなどだ。自称で 「コーチ」と名乗る権利には何の規制もない。 このような状況だからこそ、科学的および理論 的なバックボーンが急務なのである。     一  コーチングを変えるためには、まず理論が必 要である。次に科学だ。それから応用だ。  まずは理論だ。ポジティブ心理学とは、ポジ ティブ感情、エングージメント、意味・意義、 ポジティブな達成、良好な関係性について研究 する学問だ。そして、これら五つの人生の側面 を測定し、分類し、構築しようと試みる。これ らの試みを厳密に実践し、実践範囲を決め、 コーチングと関連した職業(臨床心理学や精神 一 医学、ソーシャルワーク、結婚・家族カウンセ リングなど)とを区別することで、混沌とした 状況に秩序をもたらすことができるだろう。  次に科学だ。ポジティブ心理学は、効果のあ る科学的なエビデンスに根ざしている。ポジ ティブ心理学では、どの介入が実際に効果があ り、どの介入がインチキであるのかを評価する のに、実証済みの測定法や実験方法、縦断的研 究法、ランダム割付、プラセボ対昭実験を利用 一 する。これらエビデンスペーストの介入や、 ウェルビーイングに関する有効な測定法を用い てのコーチングは、信頼できるコーチング実践 の境界線を定めることになるだろう。  私たちのMAPPでの取り組みは、最終的に、 トレーニングや資格認定のためのガイドライン を制定するのに役立つだろう。確かに、ポジ ティブ心理学の実践家やコーチになるのに、資 格を持つ心理学者である必要はない。フロイト ー の信奉者たちは、精神分析の利用を医師に制限 する、という重大な過ちを犯した。  ポジティブ心理学は、さらなる自己防衛的な 組合を保護することは意図していない。コーチ ングのテクニックをはじめ、ポジティブ心理学 の理論や、ポジティブな状態や特性に関する有 効な測定法や、効果のある介入について十分な 訓練を受けており、かつ、クライアントを、ど のタイミングで、より適切な訓練を受けたコー 一 チに紹介するかを心得ているような人であれば、 本物のポジティブ心理学の普及者であると私は 考える。   変容すること  キヤロラインーアダムズーミラーは、おそら く第1期のMAPPクラスの学生の中で最も目 立つ存在であろう。彼女は背丈が180センチ ー 以上あり、筋骨質で、簡単には怖気づかない性 格の持ち主である。そのキャロラインが私に同 意した。  「マーテイ、私はプロのコーチです。自分が コーチであることを誇りに思っています。でも 一つ、私か嫌だと思うのは、コーチが尊敬され ていないことです。私たちは実際、一部の専門 家会議では一笑に付される存在です。私はコー チンクがもつと尊敬される職業になるよう闘つ 一 ています。あなたは、まさに私に必要な武器を 授けてくれたのですよ」  キャロラインは、彼女の目論見どおりに行動 した。彼女はMAPPの学位を取得して数年後 に、それまでコーチング分野に欠けていた大き な要素をつけ加えた。彼女はMAPPで 目標設定理論に出会つだのだが、それは彼女 の知る限りではどのコーチングトレーニングプ ログラムでも全く扱われたことのない領域だっ 一 だ。彼女は修士論文で、目標設定理論を幸福研 究とコーチングテクニックに結びつける試みを 行った。それからその修士論文を基に自著を出 版した。彼女の本は、書店の自己啓発コーナー に並ぶ本としては初の、研究に基づく目標設定 理論についてコーチと一般読者向けに論じた一 冊となった。彼女は今や、満員の聴衆の前で講 演を行い、世界中の勉強会で自著が使われるよ うな存在となった。              一  自分の職業的な変容についてキャロラインは こう述べている。「MAPPは私の仕事を天職 に変えてくれました。人々が、自らの有意義な 目標を追求し、普段の幸せの中で、目標の持つ 役割を理解する手助けができる能力を私に与え てくれました。私は自分が今までに感じたこと のないくらい大きな影響を与えているように感 じるのです。私は自分が地球上で最も幸運な職 業に携わっていると思いながら毎朝目を覚ます 一 のです」  「アプリシアティブーインクワイアリー」(A I)の共同開発者であるデイビッドークーパラ イダーは、MAPPの人気教授だ。彼の話は、 ポジティブ心理学が職業的に変容を促す力を持 つことについてさらに説明してくれる。  「我々はどんなときに一人の人間として変わる のでしょう? 組織はどんなときに変わるので 一 しよう?」デイビッドはクラスでそう尋ねた。  ある学生がこの難しい質問を受けて立った。 「自分がつまずいたときや、何かにひどく失敗 したときに変わります。他人からの容赦ない批 判によって変わらざるを得なくなることもあり ます」  「それがずばり私か聞きたかった答えです」と デイビッドは答えた。「変化について、ほとん どの人が信じているのがそのような見方です。 一 多くの会社が360度評価を使うのもまさにそ の理由によるものです。あなたの同僚全員が、 最悪の状態にあるあなたを評価して意地悪な話 を報告するのです。あなたの欠点が書かれたこ の360度評価は、それからあなた自身が閲覧 するために手渡されます。自分に対する大量の 批判に圧倒されることで、あなたが変わるよう 期待されているのです」  「AIは、ちょうど正反対のことを教えてくれ 一 ます。容赦ない批判によって、多くは自分を防 御するために自分の考えに固執するようになる か、さらにひどい場合には自分が無気力になる こともあります。要するに、批判によってでは 私たちは変わらないのです。けれども、自分自 身について何か最高なのかを発見するとき、そ して、自分の強みをもっと活用する具体的な方 法を理解するとき、私たちは変わるのです。私 は大企業に出向いて、従業員全員に働きかけて、一 うまくいっていることに注目してもらうように しています。従業員たちには会社の強みについ て詳しく話してもらい、最高の状態にある同僚 たちの物語を語ってもらっています。ミシガン 大学のポジティブ組織研究センターでは『ポジ ティブ360度評価』を開発したくらいです」  「自分たちにとってうまくいっていることに共 鳴することで、変化への準備を支える力となる のです」とデイビッドは続けた。「これはロサ ー ダ比と関係しています。私たちが防御的になら ずに批判に耳を傾け、その批判に対して創造的 に働きかけていくためには、まず私たちが安心 感を得る必要があるのです」  以上のように、ポジティブ心理学を学ぶこと には。職業的な変容”を促す力があるが、次に 紹介するのは、ある学生が彼女自身の。個人的 な変容”について私に報告してくれたものだ。                 一  2006年度にMAPPでポジティブ心 理学を学んでいたとき、私はまだ独身でし た。教授たちが結婚で得することに関する 研究を引用するたびに、私はよくイライラ したものです。結婚している人で、特に安 定した結婚生活を送る人は、独身の人より も健康で長生きするというのです。マー ティは、結婚が3種類の愛情をもたらすと 一 説明してくれました。自分が慈しんでもら える愛、自分が誰かを慈しむ愛、そして口 マンチックな愛と。  私にはそれ以上の説得は必要ありません でした。それこそが私が欲しいものだった からです。けれども、30歳を越えた少数派 の独身女性の一人として、幸せそうなポジ ティブ心理学者たちのいる教室に座りなが ら、私は自分自身にこう尋ねざるを得ませ 一 んでした。結婚によるあらゆる感情的・身 体的利点を手に入れるために、自分はどう やったら結婚できるのだろうか、と。  もちろん、私はこう言うほど打算的で あったわけではありません。でも私はテレ ビドラマの「セックスーアンドーザーシ ティ」を見すぎた、経験豊かな34歳の ニューヨーカーでした。自分はこのままI 生独身でいるのではないかと思い始めてい 一 たくらいです。長年、本当に数多くのデー トを重ねてきましたが、どうしてか結婚に 至ることはありませんでした。そこで、M APPでポジティブ介入を学んだことから、 私は自分のポジティブ心理学の知識を実践 してみようと決めました。すると驚いたこ とに、私の夫となる男性がちょうどよい夕 イミングで私の人生に現れてくれたのです。  私がどのようにして「ちょうどよいタイ ー ミング」が訪れるよう自分の人生を変えた か分かりますか? まず何よりも、MAP Pプログラムで学んだことのお陰で、自分 は以前よりも幸せな人間になっていました。 自分の心に耳を傾けるようになり、感謝す べき理由に敏感になっていました。私は感 謝の日記を続けました。また、未来の目標 設定を始めて、自分が欲しいものを思い浮 かべました。私は目標設定リストに、「私 一 は・:という男性を見つける」「私の相手の 男性は・:」などの言い回しで書いていきま した。もしかすると、さまざまな形で言葉 に表してみる方が、自分の見方や、探して いるものに近づけると思ったのです。それ から、私は「セックスーアンドーザーシ ティ」を見るのをやめました。  ついに、私はお気に入りの愛の歌を選び ました。ジェームズーテイラーの「君の愛 一 に包まれて」です。そして、私が夫に出会 うまでの3ヶ月間、毎晩寝る前にこの曲を 全身全霊で聴きました。私の人生に愛のセ レナーデを捧げるかのように。  私が自分の人生にロマンチックな愛を求 めて起こした変化は以上の通りです。今日 は私たちの結婚1周年記念日です。今の私 の人生における最大の変化は何だと思いま すか? まあ、いくつかあります。私は  一 もっと妥協するようになりました。もっと たくさんの(グをするようになりました。 もっと微笑むようになりました。「愛して いる」という言葉をよく囗にし、よく耳に するようになりました。私には新しいあだ 名が出来ました。一番大切なのは、私には 信頼できる人がいるということです。私が 愛し、私を愛してくれる人が。  あともう一つ。私はよく料理をするよう 一 になりました’・ 愛情を込めて手作りの食 事を準備することほどポジティブ感情が高 まることはありません。私たち夫婦ができ るだけ一緒に実践しているポジティブ心理 学の一つが、自宅で夕食を取ることです。 ポジティブ心理学の伝統に則って、私たち が感謝すべきことがたくさんあることを思 い出すために、食事の席でいつも感謝の祈   りを捧げるようにしています。特にお互い 一   の存在に対する感謝です。  MAPPは、やりがいがあり、応用できて、 面白い知的内容であることに加え、個人的にも 職業的にも変容を促す力を持つ。MAPPの魔 法の最後の成分は、MAPPの学生たちがポジ ティブ心理学に。呼ばれた”ことだ。   ポジティブ心理学という天職   一  私かポジティブ心理学を選んだのではない。 ポジティブ心理学が私を呼んだのだ。ポジティ ブ心理学こそが私か初めから求めていたもの だった。だが、実験心理学と臨床心理学が私の 召命にかなり近い、当時私の置かれた状況では 唯一可能な選択肢であった。  私にはこのような神秘的な言い方しかできな 一 い。「天職」とは、選んで行動するのではなく、 選ばれて行動することであるが、これは古い言 葉でありながらも本当のことである。燃える柴 の中からモーセが呼ばれたように、ポジティブ 心理学が私を呼んだのだ。         ジョブ キャリア コーリング  社会学者は、労働、仕事、天職をそれぞれ区 別する。人はお金のために労働をする。お金が ストップすれば、働くことをやめる。昇進のだ めに仕事を続ける。昇進がストップするか頭打 一 ちになれば、人は仕事をやめるか、日和見主義 の抜け殼となる。それとは対照的に、天職は、 それ自体の目的のために完遂されるものだ。給 料や昇進なしでも従事するものだ。「私を止め られるものなら止めてみなさい’・」というのが、 天職を妨害されたときの心の叫びとなる。  私はMAPPで毎月、ポップコーン、ワイン、 ピザなどを持ち寄って、学生の任意参加による 夜の映画鑑賞会を開催する。文字だらけで、音 一 楽や映画の光景がない講義よりも、ポジティブ 心理学についてより分かりやすく伝えてくれる 映画を学生たちに鑑賞させる。私は毎年、「恋 はデジヤーブ」(原題石『o{{乱hog Day})を上 映して映画会を始めるのだが、この映画を5回 繰り返し観た今でも、この映画がどれほど私た ちにポジティブな個人的変容を渇望させてやま ないか、という事実に驚かされる。  私はまた、「プラグを着た悪魔」を上映する。一 この映画はメリルーズドリーブ演じる「地獄か ら遣わされた」上司の誠実さを描いたものだ。 その他にも、「ショーシャンクの空に」、「炎の ランナー」(神のために走る男、美のために走 る男、自分と民族のために走る男と、勝利への 三つの動機を具現化した映画)、「日曜日に公園 でジョージと」(私はこの映画は25回観たが、 観るたびに涙が出る)などが上映のラインアツ プとなっている。               一  昨年は、最後に「フィールドーオブードリー ムス」を鑑賞して映画会を終了した。私か最初 にこの映画を観だのは、奇妙だが感動的な状況 でのことだった。1989年の冬、ある雨の降 る晩に家に帰宅した際、玄関の踏み段に薄汚い、 疲れ果てた一人の心理学者を見つけた。彼は非 常につたない英語で、モスクワから来たワジ ムーローテンバーグだと自己紹介した。彼は、 自分がソビエト連邦から逃げてきたばかりであ 一 ること、そしてアメリカでの唯一の知り合いが 私だけであると説明した。私たちが「知り合 い」となったきっかけは、動物の突然死に関す る彼の大変興味深い研究の転載許可について私 か彼に手紙を宛てたことだった。すると彼は、 1979年にアゼルバイジャンのバターで講演 をしないかと私を誘ってくれた。その旅行は、 冷戦の突然の緊張の高まりに対するアメリカ国 務省の勧告にしたがって、急遽キャンセルと  一 なった。  彼は息を切らしながら、自分がソ連からかろ うじて逃げてきたと説明した。そして、彼自身 の歴史について断片的に話してくれた。彼はレ オニードーブレジネフ政権下で研究所を丸ごと 任された唯一のユダヤ人であっだのだが、それ は共産党政治局が彼の学習性無力感と突然死に 関する研究に軍事的重要性があると認めてのこ とたった。1982年にブレジネフが亡くなっ 一 だとき、ローテンバーグをめぐる雲行きが怪し くなってきた。反ユダヤ主義が再び高まり、つ いに彼を取り巻く状況は崩壊していった。  私は普段、見知らぬ人といると落ち着かない のだが、彼といるとさらに落ち着かなく感じた。 そこで私は彼を映画に連れて行った。そのとき たまたま上映中の映画が「フィールドーオブー ドリームス」たった。アイオワ州のとうもろこ し畑から野球場が出現し、シカゴ・「ブラック」 一 ソックスのメンバーがとうもろこしから姿を現 し、ボストンのフェンウェイーパークの電光掲 示板に「ムーンライトーグラ「ム」というメッ セージが映る……私たちはこの映画に心を奪わ れた。ずっと昔に亡くなった、主人公のレイー キンセラ(ケビンーコスナー)の父親が彼に キャッチボールをやりたいかと尋ねるシーンで、 ローテンバーグは私の方へ身を乗り出した。彼 は涙ながらにささやいた。「これ、ヤキューの 一 映画じゃないね!・」  本当にその通りだ。これはヤキューの映画で はない。この映画は天職について描いた映画で あり、召命を受けることを描いた映画であり、 何もなかったところに何かを作ることを描いた 映画なのだ。「それを作れば、彼が来る」召命 を受けたのだ。まさにそれが私の真実だ。学部 長たちや、私自身の学部や、大学の管財課から の反対を乗り越え、MAPPプログラムはフィ ー ラデルフィアの不毛なとうもろこし畑に出現し た。そして、そこに誰が来たかと言うと……  「あなた方のうち何人がここに呼ばれて来まし たか?」私は恐る恐る尋ねてみた。手という手 が一斉に上がった。全員の手だ。  「私はここに来るために愛車のメルセデス・ベ ンツを売却しました」  「私は『未知との遭遇』の登場人物のように、 繰り返し夢に見た塔を彫刻していました。する 一 とMAPPの広告が目に入ってきたのです。そ うやって私はこの塔に来ました」  「私は自分の臨床医としての職と患者を置いて 来ました」  MAPPはまさに魔法であり、私の45年間の 教職の中でどの経験にも勝るものである。 第5章 ポジティブ教育−学 一 校でウェルビーイングを教える  質問1‥自分の子どもに最も望むことは何 一  ですか? 一言か二言で答えてください。  私か世論調査を行った何千人もの親と同じ答 えだとすれば、「幸せ」「自信」「心の安らぎ」 「充実感」「バランス」「よい出来事」「親切心」 「健康」「満足」「愛情」「教養」「意味・意義」 などと答えたであろう。要するに、子どもに とって、。ウェルビーイング”は至上の優先課 題なのだ。                  一  質問2‥学校は子どもに何を教えているで  しょうか? 一言か二言で答えてください。  再び、何千人もの親と同じ答えだとすれば、 「達成」「考えるスキル」「成功」「順応」「読み 書きの能力」「数学」「勉学」「受験」「規律」な どと答えたであろう。要するに、学校が教える ことは、職場でいかに成功するか、ということ 一 なのだ。  二つの回答リストには重なる部分がほとんど ないことに注目してほしい。  1世紀以上の間、児童の学校教育は、成人し てからの仕事のための下地を作ってきた。私自 身は、成功、読み書きの能力、忍耐、規律を学 校で教えることに大賛成であるが、ウェルビー インクと達成を実現するためのスキルの両方を、一 いずれも妥協することなく学校で教育できると 想像してみてほしい。私は読者の皆さんにポジ ティブな教育について想像してみてもらいたい のだ。   ウェルビーイングを学校で教える 一   べきか?  若者における抑うつの有病率は、世界中のど こでも恐ろしく高い。ある推定では、近年の抑 うつは、50年前に比べるとおよそ10倍も普通に 見られるそうだ。これは、心の病としての抑う つに対する意識が高まったことから生じた結果 などではない。というのも、そのデータの多く 一 は何万人もの人を戸別調査したことで得られた ものなのだが、「あなたは自殺しようとしたこ とはありますか?」「あなたは2週間の間、毎 日泣き続けたことはありますか?」など、「抑 うつ」という言葉には一度も触れずに尋ねたも のだったからだ。  抑うつは今、10代の若者を荒廃させている。 50年前には、最初の発病の平均年齢は30歳くら いであった。近年における最初の発病年齢は15 一 歳を下回っている。このような状況が、恐ろし い「疫病」と命名されるほど悪化するのかどう かという議論がある一方で、この分野に関わっ ている者であれば誰でも、今現在、抑うつがど れほど流行しているのか、また、いかに多くの 抑うつが治療されずに放置されているのかとい う事実に愕然とするのである。  特に、良好な心身のあり方は良好な環境に よって育まれると考えれば、これは逆説的なこ 一 とだ。いずれの豊かな国でも、50年前に比べれ ば、ほぼすべてのものがよくなっているという 事実に目を向けないわけにはいかない。  アメリカは現在、過去に比べておよそ3倍の 実質的購買力を有する。平均的な家の大きさは 1200平方フィートから2500平方フィー トへと2倍になった。1950年には、一台の 車につき二人が運転していたが、今では免許を 持つ運転手の数よりも車の台数の方が多いとい 一 う状況だ。過去には五人の子どものうち一人が 高等学校へと進んだものだが、今では二人の子 どものうち一人がそうしている。洋服、また 人間さえ、物理的にもっと魅力的になったよう に見える。進歩は物質的なものに隕られてはい ない。以前にも増して多くの音楽が生まれ、多 くの女性の権利が獲得され、人種主義は減り、 多くのエンターテインメントが提供され、多く の本が出版された。当時、私と姉のベスと一緒 一 に、1200平方フィートの家で生活していた 私の両親に向かって、「このすべてがわずか50 年のうちに手に入るんだよ」と話したとすると、 おそらく両親はこう言っただろう。「それは天 国だね」  だが、それは天国ではなかった。  抑うつのさらなる増大は、さらに年齢の低い 若年層を襲った。半世紀の間、国家の平均的な 幸福度は十分に測定されてきたはずなのに、世 一 界が客観的にどれくらいよくなったかというこ とは幸福度に少しも反映されていないのだ。反 映されていても、幸福度はところどころで上 かつているだけだった。平均的なデンマーク人 とイタリア人とメキシコ人は、50年前に比べて 人生にいくぶん満足しているが、平均的なアメ リカ人と日本人とオーストラリア人は50年前と 同様に人生に満足しておらず、平均的なイギリ ス大とドイツ人の満足度は下かつている。平均 一 的なロシア大はさらに不幸になっている。  なぜこのような結果となっているのかは誰に も分からない。生物学的、または遺伝学的な理 由ではないのは確かだ。人間の遺伝子や染色体 は、ここ50年変わることはなかった。生態学的 な理由ではないことも確かだ。ペンシルベニア 州の私の家から約30マイル離れたところにある ランカスター郡に住むオールドーオーダー・ アーミッシュの抑うつ率は、フィラデルフィア ー 市の住民のわずか10分の1である。彼らが同じ 空気を吸い(そう、排ガスの混じった空気だ)、 同じ水を飲み(そう、フッ化物を含んだ水だ)、 同じものを食べている(そう、防腐剤入りの食 物だ)にもかかわらず、だ。この問題はすべて 近代化に関わる問題であり、おそらく人々が 誤って「繁栄」と呼んでいるものに関わる問題 なのだろう。  ウェルビーイングが学校で教育されるべき二 一 つの正当な理由としては、現在の抑うつの氾濫 と、ここ二世代にわたりほんのわずかしか幸福 度が増加していないことが挙げられる。第三の 正当な理由は、ウェルビーイング度が高いと学 習力が増進することであるが、これは従来の教 育の目標である。ポジティブな気分は、幅広い 注意力や、創造的な思考や、包括的な思考を生 み出す。これは、注意力の低下や、否定的な思 考や、分析的な田考を生み出すネガティブな気 一 分と対照的である。不機嫌なときには「何かう まくいっていないのだろうか?」と考えがちに なる。上機嫌なときには「何かうまくいってい るのだろうか?」と考えられるようになる。さ らに悪いことには、不機嫌なときには防御的に なり、自分がすでに知っていることに頼ったり、 よく命令にしたがったりする。  ポジティブな考え方も、ネガティブな考え方 も、それぞれに適した状況ではどちらも大切な 一 ものだ。だが、学校では、創造的な思考や新し いことを学ぶことではなく、否定的な考え方や 命令にしたがうことがあまりにも多く強調され る。その結果、子どもは、歯医者に行くよりか はほんのわずかだけ学校に行く方が好きだ、と 言うようになる。もつと創造的な考え方をした り、機械的に命令にしたがうことを減らしたり、 またもちろん、もつと楽しんだりする方が、よ りよい成功につながるような時代が今やっと到 一 来したと私は思っている。  できれば、ウェルビーイングは学校で教えら れるべきだと私は結論する。ウェルビーイング は、抑うつ患者の急増に対する特効薬となり、 人生の満足度を向上させ、よりよい学習や創造 的な思考を促す助けにもなるからだ。   ペンーレジリエンシー・プログラ ー   ム (PRP)  カレンーライビッチとジェーンーギラムが主 導する私の研究チームは、厳密な手法を用いて ウェルビーイングを学校の生徒に教えられるか どうかを解明しようと、この20年間、実に多く の時間を費やしてきた。医学的介入と同様に、 ウェルビーイングに関するプログラムはエビデ ー ンスペースドである必要があると考えたことか ら、私たちは学校向けに二つの異なるプログラ ムを検証した。「ベン(ペンシルベニア大学)・ レジリエンシー・プログラム」(PRP)と 「ストラスーヘイヴンーポジテイブ心理学カリ キュラム」である。私たちの研究結果は次のと おりである。  まず、PRPについて話そう。このプログラ ムの主要目標は、青年期にありかちな日常の問 一 題に生徒が自ら対処する能力を向上させること にある。PRPでは、生徒がもつと現実的に、 また柔軟に、目の前に現れる問題について考え ることを教えながら楽観性を促進する。PRP ではまた、適切なアサーティブネス(自己表 現)や、創造的なブレーンストーミング、意思 決定、リラクゼーション、その他いくつかの コーピングスキル(対処技法)を教える。PR Pは、世界で最も広く研究されている抑うつ防 一 止プログラムである。過去20年間に、21本の研 究が、対照群との比較でPRPを評価した。P RPに関する結果研究は次のものを含む。  ・多様な標本。PRP研究には、さまざまな   人種的・民族的背景、社会環境(都心、郊   外、地方。白人、黒人、ヒスパニック系。   富裕層と貧困層)、国(アメリカ、イギリ  ス、オーストラリア、中国、ポルトガルな 一  ど)における青年たちが含まれる ・多様なグループのりIダーたち。グループ  リーダーには、学校の教師、カウンセラー、  心理学者、ソーシャルワーカー、陸軍軍曹、  教育学部や心理学部の大学院生たちが含ま  れる ・PRPに対する独立評価。私たちはPRP  に対する評価を多く行ってきたが、イギリ  ス政府による大規模なトライアル(100 一  人の教師と3000人の生徒を含む)をは  じめとするいくつかの独立研究チームもP  RPを評価した 基礎調査結果は次のとおりである。 ・PRPは、抑うつの症状を軽減させ、予防  する。「メタ分析」とは、すべての科学的  文献を対象に、あるテーマに関して方法論 一  的に信頼のおけるあらゆる研究の平均を示  すものである。PRPに関する全研究に対  するメタ分析では、すべてのフォローアッ  プ評価(介入後直ちに実施したもの、それ  から6ヶ月後、D一ヶ月後とプログラムを  フォローしたもの)でPRPの大きな効果  が示されている ・PRPは、絶望感を軽減する。メタ分析で  も、PRPが絶望感を著しく軽減させ、楽 一  観性を増強し、ウェルビーイング度を高め  ることが判明している ・PRPは、臨床レベルの抑うつと不安障害  を予防する。いくつかの研究で、PRPは  中程度から重度の抑うつ症状を予防した。  例えば、最初のPRP研究では、2年間の  フォローアップを通して、中程度から重度  の抑うつ症状を半分の率に軽減した。PR  Pは、医学的には、初めての発疱時に重度 一  の抑うつ症状を示した若者の抑うつと不安  障害を予防した ・PRPは、不安感を軽減させ、予防する。  不安症状に対するPRPの効果については  あまり研究されていないのだが、ほとんど  の研究で有意かつ長期的な効果が認められ  ている ・PRPは、行動障害を軽減する。若者の行  動障害(攻撃的行為や非行など)に対する  PRPの効果に関する研究はさらに少ない  ものの、大半の研究では有意な効果が認め  られている。例えば、最近の大規模な研究  では、両親の報告から、青年期の子どもが  プログラムを完了した3年後に、彼らの行  動面において有意な効果があることが認め  られた ・PRPは、異なる人種的・民族的背景を持  つ子どもにも同様の効果がある ・PRPは、健康に関連した行動を改善する。  プログラムを完了した青年期の子どもは、  体の病気の症候が少なくなり、病気で医者  に診てもらうことも少なくなり、食生活も  改善し、運動量も増えている ・グループリーダーにトレーニングやスー  パービジョンを行うことが決定的に重要で ある。PRPの効果は研究によってかなり 異なるが、これは、少なくとも一つには、 教師たちがどれくらいトレーニングやスー パービジョンを受けるかに関係している。 高い効果が認められるのは、教師たちがP RPチームのメンバーであるときか、PR Pチームによるトレーニングを受け、しっ かりとスーパービジョンを受けるときであ る。教師たちが最小限のトレーニングと  スーパービジョンしか受けていないとき、  効果は低くなり、結果の一致性も低くなる ・カリキュラムを忠実に実施することは大変  重要な意味合いを持つ。例えば、プライマ  リー・ケアの現場でのPRPの研究では、  このプログラムに極めて忠実にしたがうこ  とで、グループにおける抑うつ症状が有意  に減少したことが示されている。対照的に、  プログラムにあまりしたがわなかった患者   のグループでは、PRPによる抑うつ症状   の軽減は見られなかった。そのため、PR   Pに参加する教師たちには、集中トレーニ   ングと多くのスーパービジョンを受けるよ   う勧めている  このように、PRPは、若者における抑うつ、 不安障害、行動障害を確実に予防する。だが、 レジリエンス(精神的回復力)は、感情面とい う、ポジティブ心理学における一つの側面にす ぎない。そこで私たち研究チームは、ポジティ ブ感情を引き上げ、ネガティブ感情を軽減させ ると同時に、徳性の強み、関係性、意味・意義 を構築するためのより包括的なカリキュラムを 作成した。  アメリカ教育省から280万ドルの助成金を 得て、この高校向けポジティブ心理学カリキュ ラムに対する大規模なランダム化対照試験を 行った。私たちはフィラデルフィア市郊外にあ るストラスーヘイヴンー(イスクールで、 347人の9年生(囗本の中学3年生に相当) の生徒(14歳から15歳まで)を国語科の授業に おいてランダムに振り分けた。クラスの半数の 生徒にはポジティブ心理学のカリキュラムを導 入し、残り半数には何もしなかった。生徒、そ の親、教師は、プログラム前、プログラム後、 そして2年間のフォローアップにおいて標準的 な質問紙を完成させた。私たちは、生徒の持つ 強み(向学心、親切心など)、社会的スキル、 行動障害、および生徒がどれほど学校生活を楽 しんでいるかを調査した。私たちはさらに、生 徒の成績を調べた。  この包括的プログラムの主要目標は、@生徒 が、自分の特徴的強みを発見する手助けをする こと、そして、A生徒が、自分の強みを日常生 活の中で活用する機会を増やすことである。こ れらの目標に加えて、プログラムの実施により、 レジリェンス、ポジティブ感情、意味や目的、 ポジティブな社会的関係性を促進することをめ ざしている。  カリキュラムは、9年生に対して1年かけて 導入される20以上の各80分のセッションからな る。カリキュラムには、徳性の強みや、その他 のポジティブ心理学の考え方やスキルについて の議論、毎週のクラス内での活動、生徒が自分 の実際の生活の中でスキルを応用するための宿 題、日記による反省などが含まれる。  私たちがカリキュラムの中で使うエクササイ ズから、二つの例を示してみよう。  三つのよいことエクササイズ  生徒に、1週間、三つのよいことを毎日書き とめるようにと指示する。三つの出来事には、 あまり大切ではないこと(「今日の国語のクラ スで、すごく難しい質問にちやんと答えること ができた」)を選んでも、とても大切なこと (「ずっと想い続けていた人がデートに誘ってく れたり」)を選んでもよい。それぞれのポジ ティブな出来事の横に、生徒は次のうち一つを 書き添える。  「このよいことはなぜ起きたのだろうか?」  「この出来事は自分にとって何を意味するのだ ろうか?」  「将来、どうすればこのようなよいことをもつ と経験することができるのだろうか?」  特徴的強みを新しい方法で活用してみる  正直さ。忠誠心。忍耐力。創造性。親切心。 知恵。勇気。公平さ。これらの徳性に加え、他 にも16の徳性が、世界中のあらゆる文化におい て重視されている。これらの徳性の中で、自分 が豊富に備えている徳性を特定した上で、学校 で、趣味で、また友だちや宗族と一緒に、自分 の徳性をできるだけ多く活用することで、人生 にもっと大きな満足感がもたらされると私たち 研究者は考えている。  生徒は「vIA・強みテスト」(巨巴終 www.authentichaDniness.or)を受けて、その翌 週には学校で、自分の最高の強み(テスト結果 の第1位に示された強み)を新しい方法で活用 してみることになる。カリキュラムにおけるい くつかのセッションで、生徒は自分自身、友だ ち、また本で読んだことのある人物たちの強み を特定し、試練を克服するためにそれらの強み を活用する作業に取り組む。  ストラスーヘイヴンー(イスクールにおける ポジティブ心理学プログラムの基礎調査結果は 次の通りだ。 学習への関与度、学校を楽しむこと、達成一 ポジティブ心理学プログラムは、好奇心、向学 心、創造性といった強みを向上させた。これは、 生徒がポジティブ心理学介入のグループに属し ているか、あるいは属していないか(対照群) について、何も知らされていなかった教師たち の報告から明らかになった(評価者が、評価対 象となっている生徒の状況を知らないという意 味で、このような研究は「盲検」研究と呼ばれ ている)。このプログラムによって、生徒の学 校における楽しみやエングージメントの度合い も向上した。この傾向は、普通(非特進)クラ スで特に強く見られたのだが、ポジティブ心理 学によって、生徒の国語の成績と書く能力がH 年生(囗本の高校2年生に相当)の終わりまで 向上し続けた。特進クラスでは成績優秀は当た り前であり、ほぼ全員の生徒がA(5段階評価 の5に相当)を獲得するため、それ以上向上す る余地はほとんどなかった。ここで注目すべき は、ウェルビーイング度の増大が従来の学校教 育の目標を損なわなかったことであり、むしろ その目標を増進させたことである。 社会的スキルと行動障害一ポジティブ心理学 プログラムは社会的スキル(共感力、協調性、 アサーティブネス、自己コントロールカ)を向 上させた。これは、生徒の母親だちと「盲検」 の教師だちからの報告による。母親だちからの 報告によると、このプログラムによって、生徒 の悪い行いが減ったということだ。  したがって、ウェルビーイングは教えるべき であり、しかも個々の教室で教えることが可能 だと私は結論する。それでは実際に、学校全体 にポジティブ心理学を教え込むことは可能だろ うか?   ジーロンーグラマー・スクールー   プロジェクト  私か聞き慣れない声の主から電話を受けたの は、2005年1月にオーストラリアで講演ツ アーを行っている最中のことだった。  「やあ、こんにちは」とその声は言った。「あ なたの生徒のトレントーバリー博士です」  「私の生徒?」と私は尋ねた。彼の名前に覚え はなかった。  「ええ、あの6ヶ月間の電話でのライブ授業の ときの生徒です……毎週、朝4時に起き出して、 私の住むメルボルン郊外からあなたの講義を聞 いていました。あれは素晴らしい講義でしたし、 私は熱狂して聞いていましたが、電話口では一 度も発言したことはありませんでした」  「私たちは、あなたをヘリコプターでジーロ ンーグラマー・スクールへとお迎えしたいので す。私はその学校の評議員なのですが、目下、 ウェルビーイングーセンター建設のための募金 運動の真っ最中なのです。あなたに当校の卒業 生たちに話をしていただき、私たちの募金運動 を手伝っていただきたいのです」  「ジロンーグラマー・スクールというのはどん な学校なの?」私は尋ねた。  「まず、ジロンではなく、ジーロンと発音する のですよ、マーティ。150年以上前に創立さ れた、オーストラリアで最古の全寮制学校の一 つです。9年生の生徒全員が1年間通学する、 山の上にあるティンバートップというキャンパ スを含め、四つのキャンパスを有しています。 生徒たちがティンバートップで熱いシャワーを 浴びたければ、自分たちの手で薪を割るのです。 チャールズ皇太子もティンバートップに通いま したが、学校教育で唯一、よい思い出のある場 所だそうです。メインキャンパスのコリオは、 メルボルンから50マイル南にあります。全体で 1200人の生徒と200人の教師がいます。 とてつもなく裕福な学校です」  「学校には新しい体育館が必要なのです」彼は 続けた。「ですが評議会は、子どものために建 物だけではなくウェルビーイングが欲しい、と 言ったのです。私は評議会にセリグマンについ て話したのですIそれまで彼らはあなたのこ とを知らなかったのですIすると彼らは、あな たに当校を訪問してもらって、ウェルビーイン グは実際に教育できるし、カリキュラムにも組 み込めること、そうやってウェルビーイングー センターと呼ばれる新しい建物に本当の意味が 与えられることを説明して、金持ちの卒業生た ちを納得させてもらいたいと言うのです。私た ちはたっだの6ヶ月で1400万ドル集めまし たが、あと200万ドル必要なのです」  そこで、私は家族と一緒に、メルボルンのヤ ラ川の真ん中にあるおんぼろの発着場でヘリコ プターに乗り込んだのだが、その6分後には宮 殿のようなトレントの家の前の芝生に着陸した。 着陸しながら、私の妻のマンディは私にこうさ さやいた。「何だか私たちのサバティカル(大 学教授の長期の有給休暇)をこの地で過ごすこ とになるという不思議な予感がするわ」  その囗の午後、私はおよそ80人のしかめっ面 をした教師たちの集まりで話をした。最も打ち 解けない人々の中でも特に私の目を引いたのは、 新任の校長のスティーブンーミークであった。 背が高く、(ンサムで、ことのほか身なりがよ く、非常に英国紳士的で、私と同じくらい低音 の声で滑らかに話す人であったが、その場にい る人々の中で最も堅苦しい人たった。そしてそ の晩、私はスティーブンによる紹介を受け、同 様にこぎれいな身なりをした50人ほどの卒業生 に向けてポジティブ心理学について講演した。 すると、目標額の1600万ドルに達するだけ の小切手がまさに私の目の前で切られていった。 私か聞いた話では、ルパートーマードック(実 業家で、世界的なメディア王として知られる) の実姉で、この講演の数ヶ月前に亡くなったヘ レンー(ンドベリーが1600万ドルのうちの かなりの額を寄付したということだった。寄付 をして間もなく、彼女は死の床の上でこう言っ たという。「もう一つの体育館はいらないわ。 私は若者にウェルビーイングが欲しいのよ」  それから数週間後、ジーロンーグラマー・ス クールから3人の有力なシニアフアカルティが、 ペンシルベニア大学で1週間、ウェルビーイン グに関する見聞を深めるべくアメリカにやって 来た。  彼らはカレンーライビッチと私に尋ねた。 「ポジティブ心理学を学校全体に教え込むため に、自由裁量権と無限の援助が得られるとすれ ば、あなたたちは何をしますか?」  「何よりもまず」とカレンは答えた。「ポジ ティブ心理学の基本的理論とエクササイズにつ いて、丸2週間、教職員全員をトレーニングし ます。私たちはこれを大勢のイギリス人教師た ちを対象に実施しています。まず教師が自分の 生活でこれらのテクニックを活用することを学 び、それから生徒に教えることを学ぶのです」  「分かりました」シニアフアカルティの1人が 言った。  「それから何をするのですか?」「それから」 カレンは続けた。「教職員が全学年にわたり ウェルビーイングを教えるのと同時に軌道修正 ができるよう、ポジティブ心理学に精通した、 アメリカの一流高校の教師を1人か2人、学校 の寮に残します」  「分かりました。他に何かありますか?」  「はい」と私は割り込んだ。今度はないものね だりをするためだ。「バーバラーフレドリクソ ン、スティーブンーポスト、ロイーバウマイス ター、ダイアンータイス、ジョージーバイヤン、 ケイトーヘイズ、フランクーモスカ、レイー フアウラーといったポジティブ心理学のスター 教授を毎月1人ずつ呼び寄せて、教職員や、生 徒や、コミュニティのために連続講演会を開催 するのです。それから、彼ら一人ひとりに2週 問、キャンパスに住んでもらって、生徒と先生 たちを教えてもらって、カリキュラムについて アドバイスをもらうのです」  「分かりました」  「それから、ジーロンーグラマー・スクールが すべてを賄えるのであればですが、私はサバ ティカルを利用して、宗族と一緒に学校に住ん で、プロジェクトを指導しますよ。私を止めよ うとしても無駄ですよ!」  すべてはまさにその通りに起きた。2008 年1月、カレンと私、そしてペンシルベニア大 学のトレーナー15人(そのほとんどがMAPP の卒業生)は、ジーロンーグラマー・スクール の教職員たち100人に教えるためにオースト ラリアへと飛んだ。  9日間のコースで、私たちはまず教師が自ら の生活の中で、個人的にも職業的にもスキルを 活用することができるよう指導した。それから、 子どもにスキルを教えるための事例や詳細なカ リキュラムを伝えた。基本的理論やスキルにつ いては全体のセッションで指導されたのだが、 その後で30人のグループで、また二人一組や小 さなグループで、エクササイズや応用実践を通 して強化指導された。私たちが教師だちから得 た非常に高い評価(5・O点中4・8点)、そ れと教師たちが無報酬で自ら夏休みの2週間を 犠牲にしたという事実に加え、スティーブン・ ミークの変容ぶりは象徴的であった。  第1囗目は、ミーク校長による、極めて堅苦 しい、冷淡な歓迎のスピーチで幕を開けたのだ が、それはプロジェクト全体に対する彼の懐疑 的な態度をあからさまに示していた。教区牧師 の息子であるスティーブンは、どこからどう見 ても全くの正直者であった。だが、そのとき私 はまだ彼について何も知らず、彼の「歓迎」ス ピーチを聞きながら、荷造りをして直ちに家に 帰ろうと思ったくらいだった。  だが、スティーブンはすぐに全プロジェクト に打ち込み、第2囗目には、自ら率先してプロ ジェクトに熱中するようになっていた。第9囗 目の終わりには、彼は紅潮して、私のスタツフ たちを抱きしめていた。彼の希望は膨らみ、こ れは学校の歴史が始まって以来4番目の重大な 出来事であると教師たちに話した。1910年 のジーロン市から地方のコリオキヤンパスヘの 移転、1955年のティンバートップの設立、 1978年の男女共学制の導入、そして現在、 彼が「ポジティブ教育」と称した出来事だ。  9日間のトレーニングに続き、私たちの何人 かは1年間住み込みで滞在した。そして、12人 ほどの客員教授が、各人1週間かそれ以上、教 師たちに自らのポジティブ心理学の専門分野に ついて指導するために学校を訪ねてきた。次に、 私たちが考案したポジティブ教育コースについ てだが、これは基本的に「教えること」「根づ かせること」「生きてみること」に分かれてい る。  ポジティブ教育を教えるI単独型コース  単独型コースと単元については、現在、いく つかの学年で展開しているが、そこではレジリ ェンス、感謝、強み、意味、フロー、ポジティ ブな関係性、ポジティブ感情など、ポジティブ 心理学の基礎を教えている。コリオキヤンパス (高等科)の200人の10年生(高校1年生) の生徒は、週2回、10ある各寄宿舎の主任が教 えるポジティブ教育のクラスに各自出席した。 生徒たちはまた、客員教授によるいくつかの講 義を聴講したが、このコースにおけるバック ボーンは、生徒たちが独自の強みを発見して活 用することだった。  最初の授業では、「VIA・強みテスト」を 受ける前に、生徒は自分が最高たったときの話 を書いた。生徒は各自のVIAテストの結果を 受け取るとすぐに、自分の書いた物語を読み返 し、物語の中に自分に特徴的な強みを表す具体 例を探した。ほぼ全員の生徒が二つ、そしてほ とんどの生徒が三つの例を見つけた。  その他の特徴的強みに関する授業には、強み の「家系図」を作成するために宗族と面談して、 試練を克服するのに強みをどう活用するかを知 ることで、生徒の上位5位の強みには見られな い強みを伸ばす課題が含まれた。強みに関する 最後の授業では、生徒たちが、24それぞれの強 みの模範として考える学校のリーダーを推挙し た。教師と生徒は今や、自らの生き方について 話し合うための新しい共通言語を得た、という わけだ。  「特徴的強み」エクササイズの後に10年生が新 たに取り組んだのは、もつとポジティブな感情 を形成するにはどうしたらよいかという一連の 授業だった。生徒は、自分の両親に宛てて「感 謝の手紙」を書き、よい記憶を味わうにはどう すればよいのか、ネガティブな先入観をどう克 服すればよいのか、人に親切にする行為がどれ ほど満足の得られるものなのかなどについて学 ぶ。「感謝の日記」では、生徒が毎晩、その日 うまくいったこと(what-went-well、www) について記録するのだが、これは今や学校の全 学年にわたる中心的な取り組みとなっている。  ビクトリア州のマンスフィールド近郊にある 山の上に建てられたティンバートップキヤンパ スでは、220人の9年生全員が、丸1年、厳 しい屋外での生活を体験する。極めつけは全員 が山でマラソンをすることだ。ティンバートッ プでの単独型ポジティブ教育コースではレジリ ェンスの育成に重点を置いている。  まず、生徒はABCモデルを学ぶ。これは、 逆境(Adversity=A)そのものではなく、逆境 についての思い込み(万冨?巴が結果 (Consequence=C)としての感情を引き起こす、 というものだ。生徒は主に、物事の本質を見抜 く力を身につける。感情は、外的な出来事から いやおうなく生じるのではなく、それらの出来 事を”自分がどう考えるか”によって生じるの であり、実際には自分の考え方を変えることが できるのだ。生徒はそれから、より柔軟で的確 な考え方をすることを通して、このABCのプ ロセスを落ち着いてたどることを学ぶ。最後に、 9年生がティンバートップでよく直面する「瞬 時にカツとなる感情」に対処するために、「リ アルタイムーレジリェンス」について学ぶ。  レジリェンスの次に行われるティンバートッ プでの授業では、友人との積極的−建設的反応 と、ロサダの3一Iポジティブ対ネガティブ 比について扱う。これら第1・第2単元は保健 体育の先生が教えるが、これはティンバートッ プの厳しい目標を考えればまさに適切だった。  これらの単独型コースによって理論的内容と スキルが教授されるとはいえ、ポジティブ教育 には単なる単独型コース以上のものがある。  ポジティブ教育を根づかせる  ジーロンーグラマー・スクールの教師たちは、 学校の授業で、スポーツの分野で、聖職者によ るカウンセリングで、音楽で、礼拝堂で、ポジ ティブ教育を根づかせている。まず、学校の教 室での例を紹介しよう。  英語の先生たちは、小説について生徒だちと 議論するために、特徴的強みとレジリエンスに 言及する。シェークスピアの『リア王』が重苦 しい本だとしても、生徒たちは主人公の強みを 特定し、これらの強みがよい側面と影の側面と を併せ持つことを確認する。英語の先生たちは、 アーサー・ミラーの『セールスマンの死』とフ ランツーカフカの『変身』における登場大物の 持つ破滅的な考え方を実例で説明するのにレジ リェンスを使っている。  修辞学の先生たちは、スピーチの宿題につい て、「皆さんがバカな真似をしたときのことに ついてスピーチしなさい」から、「皆さんが人 の役に立ったときのことについてスピーチしな さい」に変えた。生徒たちにとっては、このよ うなスピーチを準備するのはそれほど時間がか からないことに加え、より熱意をもって話すよ うになるし、聞く側の生徒たちもポジティブな スピーチが行われている間にはそんなにそわそ わしないものだ。  宗教の先生たちは、生徒たちに倫理と快楽の 関係について尋ねる。生徒たちは、アリストテ レス、ジェレミー・ベンサム、ジョンースチュ アートーミルといった哲学者について、快楽と 利他主義に注目した最新の脳科学研究を踏まえ て考察する。生徒たちは、何か人生を目的のあ るものにするのか、さまざまな見解について (自分自身の考えを含めて)吟味する。生徒と 親は、何か人生を有意義なものにするのか、意 味・意義に関する60の有名な引用句をヒントに メールのやり取りをすることで「意味・意義に ついての対話」をする。  地理の先生たちはたいてい、貧困、旱魃、マ ラリアなど、気が滅入る事柄を扱う。だがジー ロンーグラマー・スクールの地理の先生たちは、 生徒たちに国全体のウェルビーイング度を測定 させたり、ウェルビーイングの基準がオースト ラリア、イラン、インドネシアの間でどう異な るかを検討させたりしている。彼らはまた、場 所の地勢学(例えば緑地)がウェルビーイング の一因としてどう影響するかを調査している。 英語以外の言語を教える先生たちは、日本、中 国、フランスの民間伝承と文化における徳性の 強みについて生徒たちに調べさせている。  小学校の先生たちは毎日、「何かうまくいき ましたか?」と問いかけることから一日を始め る。生徒たちは、「今週の強み大賞」として、 強みを発揮したクラスメイトをノミネートする。 音楽の先生たちは、うまくいかなかった演奏に 対してレジリェンスのスキルを適用することで 楽観性を高める。全学年の美術の先生たちは、 美を深く味わうことを教える。  運動のコーチたちは、調子の振るわないチー ムメイトに対する「悪感情を水に流す」スキル を教える。一部のコーチは、チームメイトのよ い点をチームのメンバーに思い出させるよう、 リフォーカシング(視点を変える)スキルを 使っているが、ネガティブな偏見を克服した生 徒たちのプレーの調子がよくなったと報告して いる。  あるコーチは、各試合の後でチームの反省会 をやるのに、「徳性の強み」エクササイズを開 発した。反省会の間、生徒たちは、試合でうま くいったことや今後の課題について、徳性の強 みの視点から振り返る。チームのメンバーは、 自分自身、自分のチームメイト、そしてコーチ について、試合の最中に具体的な強みが発揮さ れた例を特定する。生徒たちはさらに、特定の 強みを使って「逃したチャンス」を見つける。 これは、逃したチャンスを見つけることで、将 来的に強みを使うチャンスに対する意識を高め るという考え方だ。  礼拝堂もまた、ポジティブ教育向きの場所で ある。聖書に記された勇気、ゆるし、忍耐など、 毎日の礼拝の席で、ほぼすべての強みへの言及 があり、クラスでの議論を促進する効果がある。 例えば、「感謝」について10年生のクラスで議 論した日には、ジーロンーグラマー・スクール の礼拝堂での説教と聖書朗読は感謝に関するも のであった。  単独型コースと、学校にポジティブ教育を根 づかせることと同時に、生徒や教師は自ら予期 しなかった方向で、自分たちが「ポジティブ教 育を生きている」ことに気づくことになる。  ポジティブ教育を生きる  ジーロンーグラマー・スクールで学ぶすべて の6歳児と同様、ケビンの1日は同じ制服を着 た1年生の同級生だちと一緒に半円形になるこ とから始まる。ケビンは先生を目の前にして、 「みんな、昨日の夜は何かうまくいったことは あったかな?」と先生から質問されると勢いよ く手を挙げる。答えたくてたまらない何人かの 1年生たちが短い話をシェアする。「昨日の夜 はわたしの大好きなスパゲッティだったの」 「お兄ちゃんとチェッカーをしたらぼくが勝つ たよ」  ケビンはこう言った。「ぼくはごはんを食べ てからお姉ちゃんとちゃんとパティオをきれい にしたよ。おそうじのあと、ママがぼくたちを 抱きしめてくれたんだ」  引き続き、先生がケビンに問いかける。「ど うして、うまくいったことを一緒に話し合うこ とが大切なのかしら?」  ケビンは躊躇せず答えた。「ぼくの気持ちが よくなるからだよ」  「何かもつとある、ケビン?」「うん、あのね、 毎日おうちに帰ると、学校で何かうまくいった か、ママがぼくに聞くんだ。ぼくが答えるとマ マはうれしそうにするよ。ママが幸せだと、み んなが幸せなんだ」  ケビンは毎日学校で「何かうまくいった か?」から始めるが、帰宅してからもポジティ ブ教育を生きていることになる。このようなエ クササイズがポジティブ教育のコースを強化す る形で、毎日よりよいスタートを切ることがで きる。職員会議であってもそれは同じことだ。  ジーロンーグラマー・スクールのポジティブ 教育は現在も進行中であるが、これは対照実験 ではない。ジーロンーグラマー・スクールの先 にあるメルボルンーグラマー・スクールは対照 群にはなってくれなかったので、ポジティブ教 育実施の前と後とでの違いを示す以外、話をす ることができない。だが、変化は明白であり、 それは統計を超えるものだ。ジーロンーグラ マー・スクールは、もう以前のような不機嫌な 学校ではない。私は2009年に1ヶ月間、再 び同校を訪れたが、あれほど高い士気に包まれ た学校は見たことがない。私はこの学校から離 れて、自分の不機嫌な大学に戻るのが嫌たった。 200人の教職員のうち一人たりとも、学年度 末にジーロンーグラマー・スクールを去る者は いなかった。入学者の質、入学志願率、寄付金 と、いずれも飛躍的に上昇した。  世界中にウェルビーイングを普及するには、 ポジティブ教育だけではスローで漸進的な方法 であるにすぎない。トレーニングを受けた教師 の数と、ポジティブ教育を引き受ける意思のあ る学校の数によって制限されるからだ。ところ がポジティブーコンピユーティングであれば算 段がつくかもしれない。   ポジティブーコンピューティング 「我々には5億人のユーザーがいます。そして、 ユーザーの半数は少なくとも1囗に1度ログオ ンします」と、フェイスブック研究のリーダー で、ひときわ(ンサムなマークースリーは言っ た。「彼らのうち1億人はモバイルユーザーで す」  私たちはびっくりして開いた囗がふさがらな かった。2010年5月の上旬、ポジティブー コンピューティングに関する会議がペンシルベ ニア大学ポジティブ心理学センターで行われた。 私たちの議題は、持続的幸福を世界規模ですみ やかに普及させるために、どうすればポジティ ブ教育によるスローな進展以上のことができる か、というものだった。新しい未来のコン ピュータ技術が鍵を握っているのかもしれない。  この会議のオーガナイザーは、ヒューレッ トーパッカードからの研究者、トマスーサン ダーズであった。彼の発言が会議の方向性を決 定づけた。  「大規模な持続的幸福を、特に若者の間で実現 することの必要条件は、全世界的に拡大するよ うな、ウェルビーイングを増進するための介入 用の配信モデルを、ポジティブ心理学が開発す ることです。情報技術は、効果的で、測定可能 性があり、倫理的に責任のある方法で、人々の 持続的幸福を実現させる助けとなる、他に類を 見ない位置づけにあります」と彼は断言した。 トマスはそれから、ポジティブーコンピュー ティングについてこう定義した。「人々の心理 学的な持続的幸福をサポートする目的で意識的 にデザインされた、情報通信技術に関する研究 と開発のこと。それは、個人やコミュニティに よって異なる『よい生き方』に関する考え方を 尊重する形をとること」  私たちは、人々の持続的幸福のために既存の 技術をどれだけ具体的に適応させるかを議論す るのに多くの時間を費やした。偶然にも、この 議論の最中に、ポジティブ心理学センターから 目と鼻の先の場所で「総合的兵士適応度トレー ニング」(第7章と8章を参照)に参加してい た陸軍の少将が居合わせた。「素晴らしい」と 彼は言った。「アフガニスタンにいる私の兵士 たちが戦闘の現場から戻り、まず要求するのは。 (ンバーガーではなくてWI‐FIなのです。 陸軍では、身体面の適応と同様に心理面の適応 を重視することに決めたわけですが、私の兵士 たちは、毎日の腕立て伏せやジョギングを通し て、身体面の健康維持の大切さを思い出すわけ です。ちょうど身体面の健康維持と同じくらい 頻繁に、目立つ形で、心理面の健康維持を促す 方法について考えをめぐらせていたのです。毎 週木曜日の朝を心理面の健康維持に取り組む時 間にするとか、自分の部隊にポジティブ心理学 エクササイズをやらせるとかね。私の兵士たち は全員、インターネットでつなかつています。 携帯電話は全員持っているし、その大半は ブラックベリー  アイフォン blackberryやiPhoneを持っています。あなた 方の話を聞いていて、軍であればもっとうまく いくだろうと思いました。手ごろな『レジリエ ンスーアプリ』とか、強みや、社会的スキルや、 レジリエンスを教える手ごろなゲームを作るこ とだってできるでしょう」  すると、ジェーンーマクゴニガル(『幸せな 未来は「ゲーム」が創る』の著者)が話に加 わってきた。「私は、人生でポジティブを構築 する真面目なゲームを製作しました」と彼女は 言った。ジェーンが手掛けたゲームで、例えば 「ゲームで世界を救う」では、プレーヤーが食 糧難や世界平和といった現実世界の問題を解決 していく。  「私たちは、ゲームを通して強みについて教え ることができます」と彼女は話した。「子ども は自分の特徴的強みを特定した上で、ゲームの 中でそれらの強みを構築するような課題に取り 組むのです」  ゲームの世界の創造的な進歩にとどまらず、 フェイスブックは持続的幸福度を測定するのに うつてつけのようである。フェイスブックは利 用者とキャパシティを有しており、世界規模で ウェルビーイングを増進して測定するアプリを 作りつつある。  ウェルビーイングを毎日世界中で観測するこ とができるのだろうか?  話の発端はこうだ。マークースリーはフェイ スブックで毎日、「解雇」という言葉の表示回 数を数え、世界中の解雇者数に対してフェイス ブックで数え上げた数字をグラフで示したとこ ろ、思った通り、二本のグラフの動きが一致し た。こんなのはワクワクすることでも何でもな い、と読者の皆さんは思うかもしれない。  だがここで、ポジティブ感情、エングージメ ント、意味・意義、ポジティブな関係性、達成 というウェルビーイングの五つの要素について 考えてみよう。各要素には語い目録、すなわち 実に多くの語いがある。例えば、英語にはポジ ティブな感情を説明するのにおよそ80の言葉し かない(類語辞典を参照して、例えば「喜び」 という言葉についてそのすべての関連語を調べ、 それらすべての関連語の同義語を数える。する と、最終的に一回りして80の最も基本的な言葉 に絞られる)。フェイスブックの超巨大なデー タベースに常時アクセスして、そこに書かれて あるポジティブ感情を表す言葉(意味・意義、 ポジティブな関係性、達成を示す言葉など)を 測定すれば、ある国、またはある大きな出来事 をめぐり、どれくらいウェルビーイングが実現 されているかをざっと読み取ることができる。  フェイスブックやその他ソーシャルメデイア ができることは、単にウェルビーイングを測定 することだけではない。ウェルビーイングを増 進することだってできるのだ。  ウェルビーイングを浸透させるためのフェイ スブックの可能性について、私はコメントした。 「現状では、フェイスブックは実際にウェル ビーイングの要素のうち四つ、すなわち、ポジ ティブ感情、エングージメント、ポジティブな 関係性、達成の要素を形成してくれるようです ね。それらすべてがよいものを志向しています。 ただし、ウェルビーイングの第5の要素につい ては作業を要するかもしれません。フェイス ブックのナルシスト的な環境では、この作業は 緊急を要します。意味・意義の要素とは、自分 より大きな存在であると信じるものに属し、仕 えることです。フェイスブックは、実際に5億 人のユーザーの人生に意味・意義を構築する手 助けができるのです。この課題をよく考えてみ てください、マーク」   繁栄に関する新しい指標  そもそも、富は何のためにあるのだろうか? まさか、ほとんどの経済学者が主張するように、 さらに多くの富を生み出すためにだけあるとい うことはないだろう。  産業革命の時代には、国内総生産(GDP) が、国がどれはどよく機能しているかを示す第 一近似として適切なものであった。だが今では、 刑務所を建設するたびに、また、離婚、自動車 事故、自殺が起きるたびに、GDP(単にどれ だけの商品やサービスが消費されたかを測定す るもの)が上昇するのだ。富の目的は、さらに 高いGDPをやみくもに生み出すことではなく、 さらに多くのウェルビーイングを生み出すこと でなければならない。  一般的なウェルビーイング(ポジティブ感情、 職場でのエングージメント、ポジティブな関係 性、意味・意義で満たされた人生)は、今や定 量化可能であり、GDPを補完する。公共政策 は一般的なウェルビーイングの増大をめざすこ とができる。また、政策が成功したか失敗した かは、一般的なウェルビーイングの増大という 基準にかんがみて問われることもあるだろう。  従来の繁栄は経済的富と同一視された。この 定式に基づき、富裕国では一般的に、私たちの 世代が、親の世代よりも暮らしぶりがよくなる 最後の世代であろうと言われている。これはお 金に関しては当てはまるかもしれないが、はた して、すべての親が子どもに望むのはもっとお 金を稼ぐことなのだろうか? 私はそうは思わ ない。親が自分の子どもに望むのは、自分より もウェルビーイングを多く享受することであろ う。ここに、子どもが親よりもよい生活を享受 できるという希望が生まれる。  新たな繁栄のあり方を考えるべき時代に来た のだ。教育や育児の目標として、持続的幸福に ついて真剣に考えてみるべきときが。持続的幸 福を重視し、実現することを学ぶためには、早 期、すなわち学校教育における学童の人格形成 期に始めなければならない。ポジティブ教育に よって可能となるこの新しい繁栄こそが、世界 が今選択することのできる道である。          フ ラ ー リ ツ シ ユ 第2部 持続的幸福への道 第6章 知性に関する新理論 −根気、徳性、達成  ペンシルベニア大学心理学部の博士課程はこ とのほか競争率が高い。毎年、数百人の入学志 願者に対して、10人かそこらの合格者しか出さ ない。ポジティブ心理学の専攻には毎年30人ほ どの出願者がいるが、たった1人しか合格しな い。  典型的な合格者像は、学部で心理学を専攻し ており、アメリカかヨーロッパの主要大学出身 者で成績平均点がほぼ満点に近く、GRE(大 学院進学適性試験)の得点も満点に近く、3通 の推薦状のいずれにも、この志願者が「真に優 秀な学生であり、何年かに一度の逸材である」 の欄にチェック印が添えられているといった人 物だ。   成功と知性  大学院への願書提出締め切りは1月1囗であ るが、その後、厳しい個人面接を経て、2月の 終わりには合格発表となる。これが、私かこの 大学の心理学部に在籍している45年間の慣行と なっている。私の知る限りでは、過去たった一 度だけ、例外のケースがあった。アンジェラー リー・ダックワースだ。  2002年6月、私たちは同年9月から始ま る新学年のためにかなり遅れて提出された願書 を受け取った。本来であれば即座に却下される 願書であったが、大学院教育のディレクターで あったジョンーサビーニのとりなしでその願書 はとどまることとなった。ジョンは2005年 に59歳で突然亡くなっだのだが、いつも一匹オ オカミだった。  彼はゴシップといった、型破りな研究テーマ に取り組んでいた。ゴシップは道徳的制裁の合 法的な形であるが、法的制裁に比べると懲罰の レベルが低いと主張していた。彼はやることな すこと、伝統にとらわれた社会心理学に逆らう 方向にあった。私自身も、心理学部ではいつも 異端者で、聞く人もいないような人気のない議 論を支持する方であったから、ジョンと私はか なり離れたところからでも一匹オオカミ同士の 臭いをお互いに嗅ぎつけることができたのだっ た。  「ひどく遅れて届いた願書だけど、マーテイ、 君はこの願書の小論文を読んでみるべきだよ」 とジョンは私にメールしてきた。その小論文は アンジェラーリー・ダックワースによって書か れたものだった。ここにその内容を一部紹介し たい。    私は(Iバード大学を卒業するまでに、   大学の講堂や実験室で過ごした時間と同じ   くらい、ケンブリッジ市公立学校区の教室 でのボランティアに打ち込みました。落第 していく都市部の生徒たちと、そのような 生徒たちを出し続ける都市部の公立学校の 現実を目の当たりにして、私は自分の好奇 心よりも良心を選んだのです。卒業後、私 は公教育の改革に全力で取り組むことに決 めました。  大学の最終学年のとき、私は低所得層の 中学校の生徒たちのために非営利の夏期学 校を創立しました。「サマーブリッジーケ ンブリッジ」と名づけられたその学校は、 全米の公立学校のモデル校になるまでに発 展し、NPR(ナショナルーパブリックー ラジオ)や数多くの新聞に取り上げられ、 (Iバード大学ケネディスクール(行政・ 公共政策大学院)のケーススタディとして 詳述され、マサチューセッツ州から賞を授 与されました。  その後2年間、私はマーシャル奨学生と してイギリスのオックスフォード大学大学 院で学びました。私の専門の研究は、失読 症における視覚情報の巨細胞性と小細胞性 の経路についてでした。自分のキャリアと して、その時点では博士課程に進むことは やめました。それからの6年間は、公立学 校の教師、非営利組織のリーダー、チャー ター・スクールのコンサルタント、それか ら教育政策の立案者として働きました。  何年もの間、学業達成度において両極端 にいる生徒たちと一緒に過ごしてきた経験 から、私は今、学校改革に対して、従来の 見解とはかなり異なる見解を持つようにな りました。問題は学校にだけあるのではな く、生徒たち自身にもあるのだと考えるよ うになったのです。その理由は次の通りで す。  勉強するのはつらいことです。もちろん、 勉強は楽しいし、気分が高まるし、満足感 が得られますが、同時に多くの場合、くじ けそうになるし、どっと疲れるし、ときに はやる気がそがれることだってあります。 全般的に言って、もう勉強したくないと 思っている生徒、勉強ができないと思って いる生徒、勉強に全く意味を見出せない生 徒は、ただもう勉強するのをやめてしまっ  ているのです。学校や先生がいかに素晴ら  しくても……。   慢性的に学業成績が悪くても頭のよい生  徒たちを助けるには、教育者と両親が、少  なくとも知性と同じくらい徳性が重要であ  ることをまず認識しなければならないので  す。 世間一般の通念や、政治的な立場から正しい とされた考え方に基づき、約1世紀にわたり、 生徒の学業不振の理由として、教師、学校、I クラスの生徒数、教科書、助成金、政治家、両 親などが槍玉に挙げられてきた。つまり、生徒 以外は、何でもかんでも攻撃の対象にされてき たわけだ。  何だって? 被害者である生徒本人のせい だって? 生徒本人の徳性が問題だって? 何 て話だ’・ 徳性など、社会科学ではとうの昔に 廃れてしまったテーマだった。   ポジティブな徳性  19世紀の政治学、倫理学、心理学では、徳性 に関する議論がすべてであった。アブラ(ムー リンカーンによる第1期大統領就任演説は 「我々のよき本性」に訴えるものであるが、こ れはアメリカ人がよい行いと悪い行いについて 説明する際の象徴であった。  1886年、シカゴ市のヘイマーケット広場 で起きた暴動が転換点となった。その囗は普通 のストライキ集会として始まっだのだが、その 囗まで無名であったある者がパイプ爆弾を投げ つけた。警察は発砲し、5分にわたる衝突の末、 8人の警察官と未確定数の一般市民が殺された。 ドイツ人の移民たちが攻撃の的となり、当時の マスコミは「流血の獣たち」「怪物たち」「悪 魔」と彼らを非難した。国民感情としては、移 民たちの堕落した徳性が死を招いたとし、彼ら は「アナキスト」というレッテルを貼られた。 彼らのうち4人が絞首刑となり、5人目は死刑 執行の前に自殺した。  絞首刑に対して、左翼からは猛烈な反発が あった。この抗議に便乗して、とても大きな思 想が喧伝された。それは「堕落した徳性」とい う理由づけに取って代わる思想であった。死刑 囚たちは皆、労働者階級の最下位層の出たった。 彼らは英語の読み書きができず、自暴自棄で、 飢餓賃金で生活しており、安アパートの一部屋 に家族全員がぎゅうぎゅう詰めになって暮らし ているような状況だった。  その大きな思想では、そのような犯罪を引き 起こしたのは、堕落した徳性ではなく劣悪な環 境だと主張された。神学者や哲学者たちがその ような声に興味を示し、その結果生まれたのが 「社会科学」であった。社会科学とは、徳性や 遺伝的な要因ではなく、環境的な要因が人間の 行為を説明するのに適切であることを実証する 科学である。20世紀においては、心理学ならび にその姉妹分野の社会学、人類学、政治学のほ ぼすべての歴史が、この前提を地で行くような 展開を見せたのだった。  過去に突き勦かされるのではなく、未来に引  き寄せられていくこと  人間の誤った行為について説明するのに環境 的要因を支持する一方で、徳性を見捨てたこと で次々と起きた変化に注目してみるとよい。  まず、人々はもはや、自分たちの行為に責任 を持だなくなった。行為を引き起こす原因が個 人にではなく、置かれた状況にあるからだ。こ れは、介入法を変えなければならないことを意 味する。よりよい世界を作りたいのであれば、 徳性を変えようとしたり、悪い行為を罰してよ い行為が報われるようにするために時間を浪費 するのではなく、悪い行為を生じさせる環境を 改善すべきなのだ。  第2に、進歩的な科学では、犯罪や、無知、 偏見、失敗を含め、人間に襲いかかるあらゆる 害悪を形成する状況を探し出し、それを特別な 状況としてしまう。そうすることで、これらの 状況が矯正できるからだ。社会問題を是正する ためにお金を使うことが主要な介入法となる。  第3に、探求の矛先はよい出来事ではなくて 悪い出来事に向かう。社会科学では、例えばサ ミーの学校での失敗を、彼女はお腹が空いてい たからとか、虐待を受けていたからとか、教育 に対して理解のない家庭の子だったから、など と弁解しても一応筋が通っている。対照的に、 よい行いをした人だちからその功績を奪い去っ てしまうようなことはしない。よい行いをする に至った状況を思い起こすことでよい行いを 「弁解」するというのはほとんど意味を成さな いからだ。サミーがあんなによいスピーチをし たのは、彼女がよい学校に通っていたからとか、 愛情深い両親がいたからとか、ちゃんと食事が 与えられていたから、などと言うのはおかしい。  最後に、これはあまりにも基本的なことなの でほとんど目にもとまらないことだが、状況を 重視する考え方は、人間が未来に引き寄せられ る存在なのではなく、過去に突き動かされる存 在であることを前提として提唱されているもの だ。  従来の心理学−被害者の心理学、ネガティブ 感情の心理学、疎外感の心理学、病理の心理学、 悲劇の心理学−に対するポジティブ心理学の 考え方は大いに異なる。ときに、人は実際に被 害者だったりする(私かこう書いているのは、 今もなお苦しんでいるか死んでしまった被害者 を何十万人も出した、恐ろしい(イチ地震が起 きた翌日のことだ)。だが、多くの場合、大は 自らの行動に責任がある。そして、人の不運な 選択は自らの徳性に起因しているのだ。  責任と自由意志は、ポジティブ心理学におい ては必要なプロセスだ。環境が非難されるもの だとすれば、個人の責任と自由意志は、完全に なくなることはないにしても、最小限の要因に すぎなくなってしまう。対照的に、徳性と選択、 ならびに個人の責任と自由意志から生じた行為 は、少なくとも部分的にはその行為の要因とな る。  このことは、介入法に関して、直接的なヒン トを与えている。ポジティブ心理学では、劣悪 な環境を解消していくだけではなく(こう言っ て、私は間接的に改革を諦めるよう提唱してい るわけではない)、自らの悪い徳性もよい徳性 もともに特定した上で方向づけていくことで、 世界をよりよい場所へと作り変えていくことが 可能となると考える。報酬と懲罰は行為のみな らず徳性をも形成する。  ポジティブ心理学では、よい出来事や、高度 な達成、ポジティブ感情について、ひどい出来 事や、失敗、悲劇、ネガティブ感情と同程度に、 本格的な科学的探求の対象項目として扱う。ポ ジティブな出来事を科学的考察の対象として真 剣に扱った途端、サミーが学校で優秀であるこ とに対する弁解を許したり、その功績を奪い 去ったりしないことに気がつく。言うなれば、 彼女がよい食事を摂っていたからとか、よい先 生や、教育に理解のある両親に恵まれていたか らというのは考慮の対象ではなくなるのだ。ポ ジティブ心理学では、サミーの徳性や、彼女の 才能や、彼女の強みを重視する。  最後に、人間は予想以上に多くの場合、過去 に突き動かされるよりも未来に引き寄せられて いくものだ。予測や、計画や、意識的選択を測 定し強化する科学は、習慣の科学や、やる気の 科学や、環境の科学よりも強力である。人間が、 ただ過去に突き動かされるのではなく、未来に 引き寄せられる存在であるというのは極めて重 要なことだが、これは社会科学の遺産や、心理 学の歴史とは真つ向から反する。にもかかわら ず、これがポジティブ心理学の基本的かつ暗黙 の前提なのである。  学校教育の失敗の原因が、自らを被害者とす る教育システムにだけあるのではなく、部分的 には学業不振の生徒の徳性に由来するのかもし れないというアンジェラの提言は、ポジティブ 心理学者としての私に訴えかけてくるものが あった。   知性とは何か  スピード(速さ)  私たちは直ちにアンジェラの面接を行った。 アンジェラは、私の知っている誰よりも2倍ほ ど早口で、よどむことなく話した。早口なのに、 話は意味のよく通るものだった。  学究生活において、スピード(速さ)という のは、引き合ったり、反発し合ったりするもの である。また、スピードは、私か知性と考える ものの中心的役割を果たしている。頭の回転の 速さは、私の両親や先生たちが大変重んじたも のでもあった。見習うべきお手本は、1950 年代初めに放送されていた「クイズーキッズ」 という、週に一度のラジオ番組に出演していた 二人の天才児である。彼らは、出題される問題 にてきぱきと、他の出演者だちよりも素早く答 えた。出題は「最後にUtとっく州はどの州で しょう?」といった感じだった。  スピードに対する私の両親や先生たちの偏見 は、単なる行き当たりはったりの社会慣習など ではなかった。スピードとIQには驚くほど強 い関係があることが分かったからだ。「選択反 応時間」と呼ばれる実験手順では、ライトと二 つのボタンのついたパネルの前に実験参加者た ちが座らされる。彼らは、ライトが緑色のとき 左のボタンを押し、ライトが赤色のとき右のボ タンを押すように、そしてこれをできるだけ速 く行うようにと告げられる。IQと、人がどれ くらい速くこの動作ができるかということの間 には中程度の相関がある(+・50)。だが、選 択反応時間における速い反応は、単なる運動能 力の問題ではない。運動能力と「単純反応時 間」(私か「さあ、できるだけ速くボタンを押 してみなさい」と言うとき)の相関は無視でき る程度だからだ。  なぜ知性は頭の回転の速さと密接に関係して いるのだろうか? 私の父、エイドリアンーセ リグマンは、ニューヨーク州の控訴裁判所の州 書記官として勤めていた。彼の仕事は、7人の 最高裁判所裁判官による、ひどく読みづらい、 文法を無視した意見を筆記して、それが少しで もきちんとした英語の文章になるよう、解読可 能な法律用語に翻訳することであったが、父は 驚くほど速くその仕事をやり遂げた。  私の母アイリーンは法律関係の速記者で、父 の仕事ぶりをいつも間近で見ていたのだが、母 によると、他の弁護士たちが1日中かけてやる 仕事を父は1時間で済ませることができたそう だ。そのために、残りの7時間を、翻訳文章を 確認して、推敲に推敲を重ねて洗練されたもの へと磨き上げることができた。そのため、完成 品は、他の書記官たちが作成したものよりもか なり質がよかったという。  複雑な知的作業(法律家の意見を翻訳する、 3桁の数字のかけ算をする、子どもの頃に住ん でいた家の窓の数を頭の中で数える、最初にど の血管を縫合すべきかを決める、次に見えてく る丘の頂が奇襲攻撃に使えそうかどうかを決め るなど)には、速い反応を示す無意識・不随意 の要素と、遅い反応を示す随意の要素があるが、 後者はより多くの努力を要する。経験豊かな軍 曹が、アフガニスタンの丘の頂に急いで接近し ているとしよう。軍曹は接近方法をざっと検討 して、自分自身の経験から、新たに掘り起こさ れた土や、静けさや、動物の物音がしないとい う状況が危険なサインであることを即座に見て 取る。作業に際して無意識な要素が多いほど、 肝心の作業に取り組むための時間が多く残され ることになる。危険なサインを即座に察知した 今、軍曹には基地に無線連絡する時間が2分あ り、敵陣の戦士たちの存在について最新の報告 を聞くことができる。すると、一番近くの村に 住む人々が、今朝方、3人の見知らぬ大を見か けたようだと聞かされる。これらの情報から、 奇襲攻撃か、簡易爆発物の使用かが推測され、 そこで軍曹は丘の周りを長い道のりを辿って行 くことにする。残された2分という時間が、命 を救うことになる。  軍曹の頭の回転の速さは、彼がすでにどれく らいの割合で無意識に情報処理を行っていたか を代弁するものだ。私はこの事実を、自分が真 剣にブリッジのゲーム(インターネットで1囗 平均およそ3時間あてている)をするたびに確 認している。私は生涯で25万回以上プレーして きたが、13枚の4通りすべての組合せ(ブリッ ジでは、各プレーヤーが、四つのスーツからな る13枚のカードを持つ)は今や私にとっては無 意識である。相手がスペード6枚と(Iト5枚 を持っていることが分かれば、残りの持ち札は ダイヤ2枚とクラブO枚か、クラブ2枚とダイ ヤO枚か、そのいずれかであることが瞬時に分 かる。経験の乏しいプレーヤーは残りの持ち札 を計算しなければならないのだが、中にはわざ わざ自分で声に出して確認する必要のある人た ちもいる。私自身も、およそ10万回の試合経験 を積むまで、「ダイヤ2枚とクラブO枚か、ク ラブ2枚とダイヤO枚か、クラブー枚とダイヤ ー枚」と静かに独り言を唱えなければならな かった。ブリッジの手というのは、人生におけ る大方の試練のように、時間制限つきの事象だ。 デュプリケートブリッジ(競技ブリッジ)の試 合では、各手合わせはわずか7分しかない。そ のため、無意識でカードの組み合わせを知って いればいるほど、肝心なことを考える時間が多 く得られ、最も勝つ見込みのある試合展開につ いて、単純なフィネスか、スクイズか、エンド プレイか、と見極めることができる。  優秀なブリッジプレーヤーや、優秀な外科医 や、優秀なパイロットと、その他大勢の凡人と の違いは、無意識でどれくらい知的作業を行っ ているか、にある。エキスパートが行うことの 大部分が無意識で成されるとき、人々はその人 が「素晴らしい直観を持っている」と称する。 そういうわけで、私はスピードについてはかな り真剣に受けとめている。  スピードについて、アンジェラは次のような 言い方をしている。    ほとんどの人は、高校の物理の授業で、   物体の運動が「距離日速度×時間」と表現   されていたのを思い出すかもしれない。こ   の方程式は、速度と時間の影響が独立して いて、付加的なのではなく相互依存してい て倍増する関係にあることを示している。 時間がゼ囗であれば、速度が何であっても 距離はゼ囗になる……。  ここでの距離は、私にとっては達成に関 する適切な比喩のように思われた。達成と は結局、スタート地点からゴールへと前進 していくこと以外の何ものでもない。ス タート地点からゴールまでの距離が遠いほ ど、達成の度合いは大きくなる。ちょうど 距離が速度と時間をかけ合わせた産物であ るように、機会を一定の状態に保ったとし て、達成がスキルと努力をかけ合わせた産 物であることはもっともらしく思われる。 係数を省くと、「達成Hスキル×努力」と いう方程式が成り立つ。  驚異的なスキルがそこそこの努力を補え るように、驚異的な努力はそこそこのスキ   ルを補う。だが、努力もスキルもともにゼ   囗の場合には話にならない。さらに、スキ   ルの高い人にとっては、努力をさらに重ね   ることでリターンがさらに大きくなる。同   じ2時間が与えられても、熟練の木工師の   方が素人よりも多くの仕事をこなすように。  つまり、主にスキルを構成する要素は、その 人がどれだけ無意識に作業できるかであり、そ れがどれだけ速く仕事の基本段階を仕上げられ るかを決定する。私は若い頃、速く、とにかく 驚異的な速さで物事を処理した。そうやって私 はアンジェラが早口に話す速さとほぼ同じくら いの速さで学究生活を開始した。私は大学院を そのままの速さで突き進んだ。早口で話すのみ ならず、研究も素早く処理した。そして学士号 を取得してからだったの2年と8ヶ月で博士号 を取得した。すると、ブラウン大学の私の元指 導教授であるジョンーコービットから苛立った 感じの手紙を受け取った。彼が3年で博士号を 取得した記録を私か破った、ということだった。  スローネス(遅さ)の長所  そうは言っても、知性や高度な達成というの は、純粋なスピードだけではとらえられないも のだ。スピードの利点は、仕事における 意識的な部分に取り組むための余分な時間を 生み出すことだ。知性と達成を構成する第2の 要素は「スローネス」(遅さ)だが、これは、 事を速く済ませてしまった分で得られる残りの 時間をどう使うか、という部分に関わることだ。  頭の回転の速さには犠牲を伴う。いわば「頭 の深呼吸」をしなければならなかったところで、 微妙な意味合いを逃したり、早とちりをしてい たことに気がついた。一語一語読むべきであっ たところを、ざっと目を通しただけだったこと に気がついた。自分が人の言うことをよく聞い ていないことに気がついた。相手が匸亘一言話 し始めた途端に何か言いたいのかが分かるので、 途中で話をさえぎってしまうのだ。そして私は 気を揉むことが多かった。スピードには不安が つきまとうのだ。  1974年、私たちはエドーピューという、 例えば一つの視覚の受容体をオンにするにはど れくらいの光の粒子が必要かといった厄介な疑 問に取り組んでいた知覚心理学者を雇った。エ ドの仕事ぶりは遅かった。彼の身体的な動作は 遅くなかったし、単にゆっくりとした話しぶり というのでもなかったのだが、とにかく彼の話 し方は遅く、質問に答える際の反応時間が遅 かった。私たちはエドのことを「思慮深い人」 と称した。  エドは最も偉大な情報学習理論家であり、私 かこれまで出会った中で最もテンポの遅い心理 学者であった伝説のウィリアム(ビル)・K・ エステスのペンシルベニア大学版生まれ変わり といった感じであった。私にとって、ビルとの 会話は苦痛であった。私は2、3年の間、夢、 特に夢が人類に何をもたらしたのかについて研 究を行っていた。これは、夜中に2時間ほど、 レム(急速眼球運動)睡眠の間に、身体的に麻 痺して、捕食者に攻撃されやすい状態で横たわ ることを考えると興味ある研究テーマだった。 私は約30年前に学会でビルに会っだのだが、そ のとき彼に「夢の進化的機能についてあなたは どうお考えですか?」と尋ねた。  ビルは、5秒、10秒、30秒と、瞬きせず私を じっと見つめた(かなり奇妙なことに、私は実 際に秒数を数えた)。丸1分経った後、彼は 言った。  「マーティ、君は、目が覚めていることの進化 的機能についてどう思うかね?」  私はエドとあるパーティに出席したのだが、 そのときにエドがしばし間を置いてから話すの を見て、ビルがゆっくりと間を置いてから深淵 なことを話し始めたときの様を思い出した。そ こで私はエドに尋ねた。  「君は一体どうやってそんなにゆっくりになっ たんだい?」  「私は昔からゆっくりたったわけではないんで すよ、マーティ。私も以前はあなたと同じくら い速かったんです。博士課程に入学する前、私 はイエズス会士でしたが、そのときの先輩に、 私はあまりにも速すぎると言われました。それ で、彼は毎日、私に1行の文章を読ませ、午後 には木の下に座らせ、その文章について考えさ せたのです」  「私に、ゆっくりになることを教えてくれるか い、エド?」すると、実際に彼は教えてくれた のだった。私たちはセーレンーキェルケゴール の『おそれとおののき』を一緒に読んだのだが、 1週間で1ページを読むというペースだった。 その上、私の姉のベスが私に超越瞑想(TM) を教えてくれた。以来、20年の間、毎日40分、 私は忠実にTMを実行した。私はゆっくりにな ることを学び、今や、当時のエドよりもゆっく りになった。  はたして、スローネスは、「達成=スキル× 努力」の方程式においてどう表されるのだろう か?  実行機能  ブリテイツシューコロンビア大学の発達心理 学の教授であるアデールーダイアモンドは私の 大好きな神経科学者の一人であるが、彼は幼稚 園児をゆっくりと落ち着かせることにしている。 衝動的な行動を見せる子どもの症状が、年齢が 上がるにつれてますます悪化していくことは長 い間知られていた。ウォルター・ミツシェルの 古典的なマシュマロ実験では、自分の目の前に 置かれた1個のマシュマロにすぐに手を伸ばし た子どもの方が、数分間我慢して2個のマシュ マロを手にすることができた子どもよりも出来 が悪いことが証明された。10年以上経過してか ら、マシュマロにすぐに手を出した子どもは、 待つことのできた子どもよりも学業成績が低く、 SATの得点も低いことが判明したのだ。  アデールは、子どもが突発的な感情的・認知 的衝動をコントロールできなかったことが、学 校で落ちこぼれとなっていくことのサインでは ないかと考えている。教師はそのような子ども に手を焼いて扱いきれなくなる。それで子ども は学校がどんどんつまらなくなる。子どもは規 則にしたがうことに困難を覚え、不安になり回 避的になる。教師はこうした子どもにますます 期待しなくなる。そうこうして、子どもにとっ て学校はますます苦痛な場所となり、落ちこぼ れの悪循環が始まるのだ。  アデールは、こうした突発的な情報処理過程 を断ち切って、子どもにのんびりさせることが 肝要であると考えている。のんびりすることで、 「実行機能」が発達するようになる。実行機能 には次のようなものがある。  ・障害物に注意を向けたり、無視したりする  ・新しい情報を記憶したり、利用したりする  ・活動を計画したり、修正したりする  ・突発的で衝動的な考えや行動を抑制する  アデールは、衝動的な行動傾向にある子ども をゆっくりと落ち着かせるために、デボラーリ オンとエレナーボドロバの開発した「知能の ツール」カリキュラムの手法を利用した。その 手法の一つに「構造化遊び」がある。教師が4 歳児に、できるだけ長くじっと立っていなさい と言うと、そうできるのは平均して1分である。 対照的に、子どもに工場の警備員の役をやらせ るような「ごっこゲーム」では、4分間じっと 立っていることができる。アデールは、実行機 能の発揮を要するテストにおいて、このカリ キュラムを使った子どもの得点が高いことを発 見した。  大量の課題を迅速かつ無意識に処理するには、 実行機能のさらなる活用に加え、他にどのよう な遅い情報処理過程が考えられるだろうか? 創造力は間違いなくその一つであろう。「達成 =スキル×努力」の方程式において、達成は、 単にどんな活動によっても規定されるというも のではなく、ある特定の、定められた目標に向 けた活動(ベクトル)によって規定される。こ れは純粋な距離の方程式には反するものだ。た いてい、目標に到達するにはいくつかの道があ る。目標に速く到達する道もあれば、ゆっくり と到達する道もあるし、行き止まりの道だって あるだろう。どの道を辿るべきかを決めるのは ゆっくりとした情報処理過程で、それは 「計画」と称される。新しい道を考案するには、 創造力が大きく作用する。  学習率−スピードの1次導関数  頭の回転の速さは、どんな課題に取り組むに しても、課題に関連する資料がすでにどれほど 無意識的に処理されているかということの反映 である。このような資料は「知識」と呼ばれる が、それはその課題に関連することをあらかじ めどれだけ知っているか、ということだ。  課題に取り組むときの速度は時間の経過に 伴って変化することもあるが、これは「加速 度」、すなわち力学における速度の1次導関数 に相当する。頭の回転の速さが時間とともに加 速していくような、いわば「知性の加速度」は 存在するのだろうか? どれだけ速く新しい知 識を習得できるか、言い換えれば、時間と経験 を重ねることで、どれだけの課題が無意識レベ ルへと加速度的に移行していけるのだろうか? これは「学習率」と呼ばれる。単位時間当たり どれくらい学ぶことができるか、ということだ。  達成に関する理論において、今まで検討して きたことをまとめてみよう。 ・スピード(速さ)一速さと、無意識で処理  される資料の量と、課題への精通度はそれ  ぞれ比例する             プ ラ ン ニ ン グ ースローネス(遅さ)一計画を立てること、  磨き上げること、間違いをチェックするこ  と、創造性など、達成のための任意かつ強  力な情報処理過程のこと。速さと知識量は  比例し、その分だけ実行機能を働かせる時  間が得られる  ・学習率一無意識化した知識の預金口座に、   新しい情報をどれだけ速く貯金できるかと   いうこと。ゆっくりとした実行機能の情報   処理過程のためにさらに多くの時間を割り   当てることができる  自己コントロールと根気(GR−T)  以上述べてきた三つの認知的情報処理過程は いずれも、ここでの基本方程式「達成=スキ ル×努力」の「スキル」の部分を構成する。だ が、アンジェラが探究しようとしていた大きな テーマは、学業的達成における認知的情報処理 過程ではなく、徳性の役割や、徳性が方程式の 中の「努力」の部分に取って代わる場合につい てであった。努力とは、課題に費やした時間の 量のことである。入学審査の小論文の中で宣言 したように、アンジェラが調査すると決めてい たのは非認知的要素であった。達成における非 認知的要素は「努力」としてまとめられる。そ れから次に、努力は「課題に費やす時間」へと 単純化される。努力に関する研究分野における 巨人は、背が高く、内気ながらも頑固なス ウェーデン人の、フロリダ州立大学のアンダー ズーエリクソン教授である。  エリクソンは、あらゆる高度な専門知識の土 台となるのは、神から与えられた才能ではなく、 周到な練習、すなわち、周到な練習に費やした 時間と労力だと主張した。モーツァルトがモー ツァルトであった所以は、主として彼が音楽に 対する比類なき才能を持っていたからではなく、 幼児期から、彼自身の才能を使うために、すべ ての時間を練習に注ぎ込んできたからだ。  世界レベルのチェスプレーヤーは速く思考す る人たちではないし、駒の動きに関して異常に 記憶力がよいというわけでもない。むしろ、経 験を多く積んできたことで、経験の少ないチェ スプレーヤーよりも、駒の位置のパターンを認 識するのが非常に得意なのだ。つまり、彼らの 純粋な経験量によって生じる違いなのだ。世界 レベルのピアノソリストは20歳までに1万時間 のソロでの練習時間を記録するが、これは二流 のピアニストが5000時間練習するのと、た だ真面目なアマチュアのピアニストが2000 時間練習するのとは対照的である。このことか ら得られるアドバイスは単純だ。何かで世界ク ラスになりたいのであれば、10年間、毎週60時 間をそのために費やすべきだ。  何かを達成するために、子どもが自ら進んで どれくらいの時間と周到な練習を重ねるかを決 定するものとは何だろうか? それは子どもの 徳性に他ならないのだろうか? 自制心(自己 鍛錬)は、周到な練習を可能とする性格特性で あるが、アンジェラが自制心に関する研究で最 初にアプローチしたのは、フィラデルフィアの 中心地にある大きなマグネットスクール(アメ リカの公立学校の一種で、特化カリキュラムに 特徴がある)であるマスターマン高校の生徒た ちであった。同高校では小学5年生から将来有 望な生徒たちを受け入れているが、数多くの生 徒たちが学校をやめてしまい、本当の競争は9 年生(囗本の中学3年生に相当)から始まる。 アンジェラは、IQとの比較で、自制心によっ て生徒の成功が予測できるかどうかを解明した かったのだった。  IQと知的学習能力は、定評ある数多くの測 定法とともに存分に研究されてきた分野の一つ であるが、自制心についてはその限りではな かった。そのため、アンジェラは8年生(中学 2年生)が示す自制心の異なる側面を包括する、 複合的な測定法を開発した。そのときに使用し た尺度は、アイゼンク・青年用衝動性尺度(衝 動的な言動について「はい」または「いいえ」 で答える形の質問)、教師と両親による自己コ ントロール(自己制御)評価尺度(平均的な子 【4点】と比較して、この子は「極めて衝動的 である」【7点】から「極めて自己コントロー ル(自己制御)力が強い」【1点】まで)、そし て満足遅延尺度(お金と時間をめぐって。例え ば、「あなたは私から今日Iドルもらいたいで すか? それとも今日から2週後に2ドルもら いたいですか?」)であった。1年後まで観察 した結果、自制心の高い8年生について次のこ とが判明した。  ・学校の成績平均点で高得点を取った  ・学力到達度テストで高得点を取った  ・ランキングの高い高校に合格する傾向が見   られた  ・宿題に多くの時間をかけ、しかも朝早くか   ら始めていた  ・欠席が少なかった  ・テレビを見る時間が少なかった  生徒の成績を予測するのに、自制心との比較 でIQはどのような役割を果たすのだろうか? IQと自制心には互いにはっきりとした関連性 があるわけではない。言い換えれば、IQが低 くて自制心の高い子どもと同じくらい、IQが 高くて自制心の高い子どもがいて、その逆もま た然り、ということだ。IQよりも、自制心の 方が、学業上の成功について予測するのに役立 つ。  この研究プロジェクトはアンジェラの大学院 での初年度の論文となっだのだが、私は彼女に 論文を発表するよう勧め、彼女はその通りにし た。私は学術論文を発表することにかけてはベ テランであるが、私の経験からしても、最高峰 の学術雑誌から、一回の返信で、しかも大幅な 改訂の要請もなく、論文受理の知らせが届いた のを見だのは初めてであった。アンジェラはこ の論文を次のような熱い文章で締め括っている。    アメリカの青少年における学業不振の原   因については、能力の低い教師や、退屈な   教科書や、一クラスの生徒数などがよく非   難の的になっている。だが、生徒が自らの 知的潜在能力を十分に伸ばせない理由とし て、私たちは別の理由を提示したい。それ は、生徒たちが自制心を働かせることがで きないことだ。数多くのアメリカの子ども が、長期的な利益のために短期的な娯楽を 犠牲にすることを強いる選択をすることに 困難を抱えていると私たちは考えている。 自制心を強化するプログラムこそ、学業的 達成を高めるための王道であると思われる。  これはまた、女子生徒と男子生徒の間で学力 達成度の違いが出るという長年の謎の一つを解 決することにもつながる。平均して、女子の1 0、は男子よりも高くはないにもかかわらず、女 子は小学校から大学までずっと、すべての主要 教科においてクラスで高得点を取り続ける。実 際のところ、IQテストと学力到達度テストで は多くの場合に男子が女子を上回る。IQは男 子の成績を過大予測し、女子の成績を過小予測 する、というわけだ。はたして、自制心がこの 謎を解き明かすことはできるのだろうか?  アンジェラは、女子生徒と男子生徒に対して、 8年生の開始時から自制心尺度を使用して、学 年末の時点での代数学の成績、出席率、数学の 学力到達度テストの得点を予測した。実際、女 子は男子に比べて高いクラス成績を記録したが、 数学到達度テストの得点では大差はなかった。 予期していた通り、学力到達度テストは女子生 徒のクラス成績を過小予測したのだった。重要 なのは、自制心尺度のあらゆる項目において、 女子が男子に比べて非常に高い自制心を示した ことだ。ここで次のような問いが生まれる。  「女子の自制心の高さは、クラスでの成績の優 秀さの要因となるだろうか?」  この問いに答えるには、「階層的重回帰」と 呼ばれる統計的手法が効力を発揮する。これは 基本的には、「生徒個々人の自制心の相違を取 り除いたとき、成績における相違はなくなるの だろうか?」と尋ねるものだ。その答えは「イ エス」である。  アンジェラはその翌年に、同じ高校で、今度 はIQを使ってこの調査を再試行した。女子生 徒は再び、代数学、英語、社会科で高得点を記 録し、自制心も高かった。男子生徒は女子生徒 に比べてかなり高いIQの数値を記録したが、 女子生徒の学業成績はIQと共通テストでは再 び過小予測された。重回帰を利用することで、 優れたクラス成績の主な要因が女子の自制心に あることが再び示されたのだった。  これで、なぜ女性が大学に上がるまでずっと よい成績を取り続けるのかという疑問が解消さ れる。だが、なぜ男性が女性に比べて専門職学 位や大学院といった高いレベルの学位を取得し、 女性よりも高い給料を稼ぐようになるのか、そ の理由については説明されていない。女性の優 れた自己コントロールカは大人になっても衰え ないものだが、大学卒業後、その多くは、女性 の自制心を鈍化させる文化的要因によって無力 化されてしまう。  自己コントロールで学業のことについては予 測できるが、はたしてその他のことについては どうだろうか? 例えば、肥満は、思春期初期 における体重増加など、臨界期にその根本原因 があるかもしれない。アンジェラは2003年 に、自制心を調査するために、学校の保健室に 保管された小学5年生たちの体重の測定記録を 調べ、8年生の時点でどれくらい体重が増えた かを尋ねた。自制心は成績とともに体重増加に も同様の影響を及ぼしていた。高い自制心を持 つ子どもには、低い自制心を持つ子どもほどに は体重増加が見られなかった。ちなみにIQは 体重増加には影響しなかった。  根気VS自制心  子どもの達成度を最大限に伸ばすには自制心 を高める必要がある。私の大好きな社会心理学 者でフロリダ州立大学教授のロイーバウマイス ターは、自制心こそがあらゆる強みを可能にす る強みであり、美徳の女王であると考えている。 だが、自制心には極端な特質があるI「根気」 である。実際、アンジェラは、根気、すなわち 目標に向かうときの粘り強さと熱意の組み合わ せについて研究を続けた。ここまで見てきたの は、わずかな自制心でもかなりの達成度が得ら れるということだが、それでは、真にたぐいま れな達成を可能にする要因とは一体何なのだろ うか?  大半の人は、「天才」(私はこの言葉を「真に たぐいまれな達成」の同義語として使うことに する)について、単純に、成功に関する「正 規」分布(釣り鐘型のグラフ)の正の部分の端 に位置する、非常に極端な存在だと思っている。 正規曲線は普通のもの(魅力、美しさ、学業成 績、身長など)にはよく当てはまるのだが、達 成度の分布を表すには全く不向きである。  人間の高度な達成  著名な社会学者であるチャールズーマレーの 代表作、『Human Accomplishmenこ(『人間の達 成』、邦訳未刊)は、スポーツの話から始まる。 平均的なプロゴルファーはPGAトーナメント で生涯どれくらいの勝利を記録するのだろう か? 平均はoから1試合の間である(最頻値 はo)。だが、4人のプロゴルファーは30試合 以上で勝利を収めている。61試合勝利したアー ノルドーパーマーと71試合勝利したジヤツクー ニクラウスだ(こう書いている最中にタイ ガー・ウッズも71試合の勝利を記録している)。 一ゴルファーが制するPGAトーナメント数の 分布の形は釣り鐘型とは似ても似つかず、下に 凸形になっており、左の部分が長く、極度に非 対称になっている(崖のような形)。  この類の曲線は、専門用語では「対数正規分 布」という。変数の対数が正規分布になること を意味する。全く同じパターンが、テニス、マ ラソン、チェス、野球などのトップパフォー マーたちのタイトルに見られる。勝利を達成す るのが困難であればあるほど、曲線はますます 崖のような形になる。  各分野には、数多くの優秀なプレーヤーたち がいるが、非凡な巨人は2人か3人いるだけで ある。彼らは人々からの注目を独り占めにして おり、単なる優秀なプレーヤーたちの延長線上 にはいない存在だ。あらゆる社会における富に ついても同じことが言える。ごく隕られた人々 が他の誰よりも多くの富を持つのだ。同じこと はビジネスにおいても真実だと言われている。 従業員の20パーセントが利益の80パーセントを 担っていると広く考えられている。  このような事実を文書化するために、マレー は天文学、音楽、数学、東西の哲学、絵画、文 学を含む21の知の分野における天才たちの特徴 を定量化した。いずれの分野においても、主要 な人物が引用される比率は釣り鐘型の正規分布 とはかけ離れており、2人か3人の巨人だけが 栄光と影響力の最大の分け前に浴する。中国哲 学では1人、孔子。技術工学では2人、ジェー ムズーワットとトマスーエディソン。西洋音楽 では2人、ベートーベンとモーツァルト。西洋 文学では1人、シェークスピア、といった具合 だ。  このように記述されると、おそらく読者の皆 さんの反応は私と同じく「こんなことはもちろ ん、とうの昔から知っているよI少なくとも直 観的にね」と言うだろう。だが、これは一体な ぜであろうか? また、なぜ、分野を超えて普 遍的な事象なのだろうか?  天才の特徴、つまりI釣り鐘型の分布に比べ て、第一級のパフォーマーたちが平均的に優れ たパフォーマーたちを大変大きな差で引き離し ている様子−は、天才を作り上げる隠れた要因 を足し合わせるのではなく、かけ合わせること で説明される。トランジスタを発明したノーベ ル賞受賞者のウィリアムーショツクレーは、こ のパターンを、学術論文の発表の持つ特徴に見 出した。極めて少数の学者が数多くの論文を発 表しているが、大半の学者は、全くか、あるい は1本の論文しか発表していない。ショック レーは次のように書いた。    例えば、学術論文の発表に関係している   と思われる要因をいくつか考えてみよう。   @よい問題について考える能力、Aその問 題に取り組む能力、B考察に値する結果を 見分ける能力、Cいつ切り上げ、結果を書 き上げるかを判断する能力、D的確に書く 能力、E批判から前向きに学ぶ能力、F論 文を学術雑誌に投稿する決断力、D修正す る粘り強さ……。一人の大が8つの各要因 で50パーセントを上回るとすると、その人 の生産性は25倍大きくなる。  これが、絶対に変わることのない自制心であ る「根気」の根底にある理論的説明である。非 常に高度な努力は、極度に粘り強い人格的特徴 に起因する。根気があればあるほど、より多く の時間を課題に費やすことになるが、そこに費 やしたすべての時間は、個人の生来のスキルを 助長することに加え、目標への前進を倍増させ るものだ。アンジェラは根気に関するテストを 開発した。今すぐにでも「根気テスト」(GR IT尺度)を試してみてほしい。そして自分の 子どもにもこのテストを試してみてほしい(完 全版「根気テスト」は百万ペ www.authentichaDniness.or で受検可)。  以下の尺度を使って、次の8つの項目に答え てみよう。   @当てはまらない   Aやや当てはまらない  Bどちらとも言えない  Cやや当てはまる  D当てはまる 設問  1 新しいアイデアや計画を思いつくと、   以前の計画から関心がそれる  2 私は困難にめげない  3 物事に対して夢中になっても、しばら  くするとすぐに飽きてしまう 4 頑張りやである 5 いったん目標を決めてから、後になっ  て別の目標に変えることがよくある 6 終わるまでに何ヶ月もかかる計画に  ずっと興味を持ち続けるのは難しい 7 始めたことは何であれやり遂げる 8 勤勉である  (西川匸一、奥上紫織里「短縮版Grl   t尺度の作成(1)−因子構造の確認   −」より引用。   協力一関西大学社会学部教授 雨宮俊   彦) 採点方法  1 設問2、4、7、8の得点を足し合わ   せてみよう  2 設問1、3、5、6の得点を足し合わ    せて、24からその合計点を引いてみよう   3 上記1と2で得た得点を足し合わせて、    8で割ってみよう  性別による基準値は次の通りだ。  アンジェラは根気についてどんなことを発見 したのだろうか? それは、より高い学歴のあ る人により根気があるという事実たった。これ は驚くことではないが、どちらが先にくるのだ ろうか? 根気は、より高度な教育を受けるこ とで育成されるのだろうか? それとも、根気 のある人が数多くの失敗や屈辱を耐え抜いて、 結果的により高度な教育を受けるのだろうか? この点はまだ解明されていない。もっと驚くべ き事実は、学歴という条件が同じだとすれば、 年配の人が若い人よりも根気があることで、65 歳以上の人が他のどの年齢層よりも根気がある ことだ。   根気の利点  成績平均点  「根気テスト」は、ペンシルベニア大学で心理 学を専攻する学生の139人が受けた。私たち 研究者は学生たちのSAT(大学進学適性試 験)の得点を知っていたのだが、これがIQの 数値を推定するのによい資料となった。アン ジェラは、彼らの大学での様子を追跡調査し、 成績の推移を調べた。SATの高得点から、大 学でも優秀な成績であることが予測された(実 際、それが、SATで高得点を取ることについ て唯一証明された利点だ)。また、根気の数値 の高さからも、大学での優秀な成績が予測され た。  重要なのは、SATの得点を一定に保った場 合、根気の数値の高さから大学での優秀な成績 が引き続き予測されることだ。SATのあらゆ る得点層で、根気のある学生は他の学生よりも 大学での成績が優秀であった。  ウェストポイント(アメリカ陸軍士官学校)  2004年7月、アメリカの陸軍士官学校に 入学する1218人の新入生が、他の数多くの テストとともに根気テストを受検した。軍は統 計データを重視し、心理テストを通して達成度 を予測する試みにとても真剣に取り組んでいる。  興味深いことに、根気テストは独特なテスト だったようだ。というのも、根気テストの結果 が、SATの合計点、リーダーシップ可能性評 価、および身体適性テストによる「士官候補生 の総合点」と相関しなかったからだ。根気テス トでは、どの新入りが厳しい夏の訓練(それは かつて「獣の兵舎」と呼ばれていた)を完遂し、 どの新入りが脱落するか、他のいかなるテスト よりも、また、他のすべてのテストを組み合わ せた結果よりも正確に予測できた。根気テスト ではまた、最初の1年間における成績平均点と 任務遂行能力点も予測できたのだが、従来のテ ストでも同じ予測が得られたため、根気テスト で従来のテストよりも優れた予測ができた、と いうわけではなかった。アンジェラは2006 年にこの研究をウェストポイントで再び実施し、 さらには根気テストによってアメリカ陸軍特殊 部隊における在籍率や、不動産会社における売 上高が予測できるかどうかを調査した。  ナショナルースペリングービー(全米英単語  綴り字コンテスト)  スクリプスーナショナルースベリングービー は、世界中の7歳から15歳までの何千人もの子 どもが参加して開催される。2005年には、 273人の子どもがワシントンで開催された厳 しい決勝に勝ち残った。アンジェラはこの大き な副標本となる人たちを対象にIQテストと根 気テストを実施した。  彼女はまた、あいまいな言葉の綴りを学習す るのにどれくらいの時間を費やしたかを記録し た。根気テストによって、どの子どもが決勝戦 に勝ち進むかが予測できたが、自己コントロー ルテストではうまく予測できなかった。  言語IQ、すなわち言葉に対するIQの構成 要素からも、どの子どもが決勝戦に勝ち進むか が予測できた。根気テストで平均値を優に上回 り、かつ年齢と10、の数値が適合した決勝進出 者たちは、決勝戦に進出するのに21パーセント 優位に立っていた。統計では、根気のある決勝 進出者が他の決勝進出者よりも優れていること が示されたが、その一因としては、そのような 子どもが言葉を学習するのにより多くの時間を 費やしたことが考えられる。アンジェラはその 翌年にも再び調査を行っだのだが、今度は、学 習にさらなる時間を費やすことが、根気によっ て可能となるあらゆる優位性について説明する ことになるという事実を突きとめた。    成功の要素を強化する  「達成=スキル×努力」の理論から出てきた、 達成に関する要素について振り返ってみよう。 1 速いこと一課題について考えるときの純 粋な速さは、その課題がどれだけ無意識化して いるかを示す。その課題について、当人がどれ だけのスキルや知識を持っているか、というこ とだ。 2 遅いこと一根底にあるスキルや知識とは 異なり、実行機能(計画を立てる、課題の出来 具合を確認する、記憶を呼び起こす、創造性を 発揮する、など)は遅い情報処理過程である。 知識やスキル(速さと周到な練習によって前 もって獲得されたもの)を多く備えているほど、 その分残りの時間をこの遅い情報処理過程のた めに費やすことができ、その分課題の仕上がり 具合がよくなる。 3 学習率一学習速度が速いほど(これは課 題について考えるときの純粋な速さと同じ要素 ではない)、課題に取り組むときの各単位時間 においてその分多くの知識を蓄積することがで きる。 4 努力I課題に費やす時間。課題に費やす 純粋な時間は、目標を達成するのに持ち合わせ ているスキルを倍増させる。またこれは、第一 の要素の一部でもある。課題に時間を多く費や すほど、知識やスキルもまた増大する(「身に つく」)。どれくらいの時間を課題に注ぎ込むか を決定する主な特徴的決定要因は、自制心と根 気である。  目標が、自分自身、または自分の子どもが大 成功することだとすると、そこで何をしなけれ ばならないのだろうか?  第1の要素(思考をスピードアップするこ と)を強化する方法についてはあまり知られて いない。速さによって得られるものは知識であ る。速ければ速いほど、練習に費やす各単位時 間においてその分多くの知識を得て、無意識化 することができる。したがって、課題にさらに 多くの時間を費やすことで達成度を高めること ができる。たとえ自分の子どもに天性の才能が ないとしても、周到な練習が子どもの知識の基 礎を築くのにとても役立つことだろう。一にも 練習、二にも練習、だ。  スローネスを強化することで、計画、記憶、 衝動の抑制、創造性の育成など、実行機能を働 かせる余地が生まれる。精神科医のエドー(口 ウェルが注意欠陥・多動性障害(ADHD)の 子どもに言うように、「君は頭のフェラーリを 持っているのだね。私はブレーキをかける専門 家だよ。私は、君がブレーキのかけ方を学ぶの を助けるためにここにいるんだよ」。瞑想する こと、意識的な行為を育むことI中断すること なく、ゆっくりと話し、ゆっくりと読み、ゆっ くりと食べることIそのすべてに効果がある。 私たちは、流行遅れではあるが重要な美徳であ る「忍耐」をどのように強化するのか、もっと 知る必要がある。  私の知る限りでは、学習率(各単位時間で習 得される割合)は、知識量そのものから離れて 測定されたことはほとんどない。そのため、学 習率をいかに向上させるかについては何も解明 されていない。  もつと大きな達成を得るための真の手段とは、 もつと多くの努力をすることである。努力とは、 課題に対する練習のために費やす時間に他なら ない。達成度を高めるのに、課題に費やす時間 は2通りに作用する。すでに持っているスキル と知識が倍増すること、そして新たなスキルと 知識が直接増えることだ。朗報は、努力がかな り融通の利くものだ、ということだ。課題に注 ぎ込む時間の分量は、意識的な選択をすること。 つまり自由意志によって決定される。時間を努 力に注ぎ込むことを選ぶときに、そこにはポジ ティブな徳性における少なくとも二つの側面が 作用している。自己コントロールと根気である。  高度な達成は、持続的幸福の五つの構成要素 のうちの一つであるが、これは、ポジティブ心 理学において、意志と徳性の問題が必要不可欠 な研究対象であることの理由でもある。私の望 み(というより私の予言)は、今後10年で、ど のようにして根気と自己コントロールを増大す るかについて大きな発見を得ることである。  最近まで、私はポジティブ教育が価値のある 理想だと思っていた。だが、それが現実の世界 で定着するかどうか分からなかった。今、ポジ ティブ教育の変曲点となるべきある大きな出来 事が起きているのだが、それは次の二つの章で の話となる。 第7章 アーミー・ストロング ー総合的兵士健康度プログラ ム  「25語かそれより少ない語数で、あなたの人 生哲学を書いてみてください」と、アメリカの 大学のフットボールコーチとして今一番人気の ピートーキヤロルは指示した。彼については、 2009年の南カリフォルニア大学トロージヤ ンズによるローズボウルでの勝利が記憶に新し い。  質問に答えるのに2分ほど与えられたのだが、 特殊部隊の兵士や情報将校、心理学者、将軍な ど何百人もの聴衆とほぼ同様に、私はあ然とし て座っていた。実際に答えを書いていたのはた だ1人、ロンダーコーナム准将であった。  ピートはロングに呼びかけて、彼女の人生哲 学について尋ねた。  「優先順位を決めること。A、B、CoCは切 り捨てる」  ロングと親密に研究をすることは、私の人生 における最も大きな喜びの一つとなっている。 私たちの協力関係は2008年8月、ペンタゴ ンの帰還兵プログラム長であるジルーチェン バーズが私の自宅を訪問してから始まった。   心理的健康度の高い陸軍  小柄で痩せこけたジル大佐は説明した。「物 乞いに身を落とす退役軍人や、心的外傷後スト レス障害、抑うつ、アルコールや麻薬中毒、離 婚、自殺などでワシントンの道端が溢れ返るよ うな事態が私たちの遺産となってほしくはあり ません。私たちはあなたの本を読みました。あ なたが陸軍に対してどんな提案をしてくださる のか知りたいのです」  2008年H月の終わりごろ、私はペンタゴ ンでの昼食会に招待された。イラクの多国籍軍 の前指揮官で、元デルタフォース(アメリカ陸 軍特殊部隊)のヒーローでもある伝説の人物、 ジョージーケーシー陸軍参謀総長と同席したの だが、そのとき私はジルの訪問のことをほとん ど忘れていた。しなやかな感じの、背の低い。 50代後半の、白くなりかけた髪をスポーツ刈り にしたケーシー将軍が入室してきたとき、全員 が気をつけの姿勢で直立した。私たちはそれか ら着席したのだが、私の左隣に座り合わせた中 将のメモのタイトルが「セリグマンーランチ」 となっているのが目に入っだ。  「まさに身体的に健康であるように、精神的に も健康な軍隊を作りたいのです」とケーシー将 軍は切り出した。「この文化的変革にどう取り 組んでいけばよいのか、私にアドバイスをする ためにあなたはここに招かれたのですよ」  「文化的変革」か、と私は思った。よし。未来 の戦争に関する私の素人見解は、アメリカ陸軍 士官学校の元校長で戦史家であり、「軍事 ジャーナル」で「クラウゼヴィツツと第四次世 界大戦」という優れた随筆の著者でもあるボ ブースケール少将によって形作られた。スケー ル将軍は、第一次世界大戦は化学戦争であり、 第二次世界大戦は物理学と数学による戦争であ り、第三次世界大戦はコンピュータ戦争であり、 第四次世界大戦(すでに突入している)は人間 の戦争となるだろうと主張している。  敵が正気であれば、空中で、海上で、または ミサイルでアメリカと対決したりはしない。ア メリカはその種の戦争では5戦5勝の全勝であ る。残念なことに、近年アメリカが行ったすべ ての戦争は人間の戦争であり、このような戦争 には7戦O勝である。ベトナムとイラクはその 実例だ。だからこそ、陸軍が人間の科学に関し て真剣に取り組むべきときであるとスケール将 軍は結論する。身体的に健康であるのと全く同 じく、心理的にも健康である軍隊を作ることは 将来への備えとなるだろう。 「精神的な健康の鍵となるのはレジリェンス (精神的回復力)です」とケーシー将軍は続け た。「そしてこれからは、レジリェンスはアメ リカ陸軍全体で教授され、測定されることにな ります。ここにおられるセリグマン博士はレジ リェンスに関する世界的権威です。これから、 我々が今後どのようにやっていくかについて話 をしてくれます」  招待を受けたとき、私はてっきり心的外傷後 ストレス障害(PTSD)と、陸軍が退役軍人 たちをどのように治療しているかについて説明 を受けるとばかり思っていた。昼食会の風向き が変わってきたことに驚きつつ、まず私は三言 三言、皆さんとともに同席できたことを大変名 誉に思う、と心からの謝辞を述べた。まだ口調 が本調子ではなかったものの、私は以前ジルに 話したことを繰り返した。抑うつや不安、自殺。 PTSDといった病理に焦点を合わせることは 本末転倒である、と。  陸軍ができることと言えば、逆境に対する反 応の全分布をレジリエンスと成長の方向へとシ フトさせることだった。これはPTSDを予防 するのに有効であるだけでなく、逆境から速や かに立ち直る兵士の数も増やす結果となるだろ う。最も重要なのは、戦闘による厳しい試練か ら精神的に成長する兵士の数も増やすことにな るだろうということだ。  レジリエンスは、少なくとも若い一般の人々 に対しては教えることができる。それがポジ ティブ教育の主眼であったし、レジリエンスー トレーニングを通して、子どもや大人の間で抑 うつや、不安や、行動障害が軽減されることが 判明している。  「これは陸軍の任務と両立し得るものですよ、 ケーシー将軍」とリチャードーカルモナは言葉 を差し挟んだ。彼はジョージ・W・ブッシュ元 大統領の下でアメリカ軍の軍医総監たった人物 だ。「我々は毎年、医療問題に2兆ドルを使っ ています。そのうちの75パーセントは、慢性疾 患の治療と高齢者のために使われています。私 と、ここにおられるセリグマン博士のような高 齢者にね。一般人のための医療はゆがんだ形で 奨励されているのです。健康になりたければ、 特に若者における心理的かつ身体的なレジリェ ンスを強化することに集中すべきです。私たち に必要なのは、回復力があり、また今後10年は 確実であろうしつこい戦争に対処する力をも持 ち合わせる戦闘部隊です。陸軍の医療は、まさ にこのような方向で奨励されています。レジリ エンスートレーニングに効果が認められれば、 それは民間人向け医療の手本にもなるでしょ う」  「このプログラムは医療部隊からは外して、精 神病理学的な偏見を払拭して、陸軍の教育と訓 練にレジリエンスを取り入れましよう」と、陸 軍の軍医総監で、医療部隊の指揮官でもあるエ リックーシューメーカー中将は提案した。「レ ジリエンスに効果があり、病気が予防できるの であれば、私の予算は確実に削減されるでしよ うね。我々医者はどれだけ多くの病気を扱うか で報酬をもらうのですから。でも、あなた方の やろうとしていることは正しいことですよ」  「まさにそれが我々の取り組み始めたことです よ」とケーシー参謀総長は説明した。「セリグ マン博士、総合的兵士健康度プログラム(CS F)は2ヶ月前に始まりました。コーナム将軍 の指揮下にあります。アメリカ軍の兵士は、8 年以上もの間、戦地と自宅を行ったり来たりし ています。陸軍は、兵士たちの軍務遂行能力を 低下させるほどのストレスの蓄積を招いてしま いました。それが多く、兵士たちの家庭での人 間関係を壊してしまったのです。このしつこい 戦争の時代がいつ終焉を迎えるのか私には分か りませんが、近い将来を見通せば、アメリカの 軍人と女性たちが危険な状況にあることは明ら かです。我々の兵士たちをはじめ、その家族や、 陸軍の職員たちが、身体的にも精神的にも、こ の先何年も続く戦闘に関わる人々のために働き、 その人たちを支え続ける準備ができているのを 確かめるのが私の責務です。コーナム将軍、あ なたとマーテイ[私の愛称で「マーテイ」と呼 ばれるとは’・】が知恵を出し合って、CSFの 骨子にさらに具体的な内容をつけ加えて、60日 後に再び私に報告をよこしなさい」  その次の週、ロングはペンシルベニア大学の 私のオフィスにいた。「60日というのは」と彼 女は私に言った。「私か作成するつもりでいる CSFの三つの部分を進めるのに十分な時間だ とは言えません。三つの構成部分を作成する上 であなたに助けていただきたいのは、心理的健 康度テストと、テストに伴う自己改善プログラ ムと、レジリェンスートレーニングの 試験的研究です」   グローバルーアセスメントーツー   ル (GAT)  私たちは早速、自己報告式テストで、あらゆ る階級の兵士たちの心理社会的健康度について、 四つの領域(感情面、社会面、家庭面、スピリ チュアル面におけるそれぞれの健康度)で測定 することを目的としたグローバルーアセスメン トーツール(総合的評価尺度、GAT)を作成 するために人を集めることから始めた。このG ATは、兵士たちを、基礎レベルから上級レベ ルまでのさまざまなトレーニングプログラムに 適切に誘導するために用いられるものだが、こ れらのプログラムの効果を評価する手段として も活用される。GATはまた、陸軍全体におけ る心理社会的健康度の測定基準も提供する。  ロングによるGATの現実志向的モデルは、 彼女の「財政面の健全度」に関する研究に由来 している。軍を去った途端、財政的に困窮状態 に追い込まれる兵士たちの話をよく聞く。ロン グは財政的な健康度を測定するテストを考案し て普及させ、そのテストを資金管理のための支 援講座とタイアップさせた。その結果、退役軍 人たちの間で略奪的貸付の数が減ったことが判 明した。私たちの課題は、これら四つの心理的 健康度に関するテストを開発して、陸軍が高度 な身体的健康度を測定して訓練する方法に匹敵 する四つの健康度をそれぞれ向上させる方法を 見出すことだった。  陸軍は、心理テストの作成に関しては優れた 歴史を有する。陸軍で作成されたテストはその まま民間で標準的なテストとして採用されてき た。第一次世界大戦では、読み書きのできる兵 士たちには「陸軍アルファ」テストが、読み書 きのできない兵士たちには「陸軍ベーダ」テス トが実施された。そのテストは200万人の兵 士が受けたのだが、その目的は精神的に「有 能」な兵士と「無能」な兵士とを振り分け、有 能とみなされた兵士たちの中から責任の重い任 務に就かせる兵士を選抜することにあった。賛 否両論あるものの、集団知能テストは民間で瞬 く間に広まった。  それからほぼ一世紀を経て、知能テストは現 代では不動の位置づけを保つたままだ。第二次 世界大戦で、陸軍は、より特定の能力を測定す るさまざまなテストを開発した。その一つが 「航空心理学プログラム」であるが、このプロ グラムによって、パイロットとなる人員を選抜 して類別する新たな手法が開発された。開発に 関わったのはいずれも20世紀のアメリカの心理 学で名前を馳せた人物たった。  第二次世界大戦以前には、パイロットは教育 によって選抜されていたのだが、教育だけを選 抜基準とするのでは人員を充填するのに十分な 人数がいなかった。そこで開発されたのが、知 能テスト、人格、特定の興味関心、職務経歴を 含む包括的なテストであった。また、敏捷性、 監視眼の鋭敏さ、知覚速度、協調性に関する実 験室でのテストもともに開発された。この一連 のテストは功を奏した。実戦でのパイロットの 操縦ミスも予測するものだった。もっとも、こ のテストは能力の劣るパイロットを正確に特定 したのに対して、最も優秀なパイロットを特定 するのにはあまり役に立たなかったのだが。  うまくいけば、基礎研究と応用研究は共生す る。両戦争の後、心理学が大きく急成長を遂げ たのはおそらく偶然の一致ではない。第一次世 界大戦中のアセスメントは一般的な能力に注目 したもので、第二次世界大戦中のアセスメント は態度と特定の能力とに注目したものだった。 総合的兵士健康度プログラムは強みに注目する。 そしておそらく、このプログラムによって、ど の兵士が優れた働きをするかを測定して予測す ることに成功すれば、かつての心理学に似た急 発展が望めることになるだろう。そのようなこ とになれば、GATが企業、学校、警察、消防 署、病院など、業績のよい、ありとあらゆる現 場で活用されることが予想される。そのような 現場は、業績の悪さを完全に排除したり、矯正 したりするのとは対照的に、そのよさを認めら れ、賛美され、奨励されることになるだろう。  これが、心理的健康度テストを作成するに際 してロングと私か心の中で望んでいたことだっ た。私たちは、民間人と軍人が半々の10人のテ スト作成専門家からなる作業班を集結させた。 班長は、著名なミシガン大学の教授であり、 「VIA・強みテスト」の作成者であるクリス トファー(グリス)・ピーターソンと、カー ルーカストロ大佐の2人とした。彼らとともに、 ミシガン大学のグリスの同僚であるナンスクー パクが一緒になって、以後数ヶ月間、休む間も なく課題に取り組んだ。彼らは、十分に有効性 が認められた既存のテストにおいて用いられて いる何千もの関連項目をくまなく調べ上げて GATを作成した。GATに完全に回答するに はわずか20分ほどしかかからない。  泌尿器科の外科医として、とにかくやってみ るという行動志向的な姿勢と、総大将としての 電光石火の直観力とが組み合わさったロンダの りIダーシップは、GAT作成の最中にも大い に発揮された。GATが完成して、数千人の兵 士に対して試験的調査を実施して間もなく、あ る善意の民間人心理学者が不満気な様子でロン グに手紙を書いてきた。GATの質問項目のい くつかを改善してはどうかという提案だった。 コーナム将軍から私たち全員に宛てられた電子 メールには簡潔にこう書かれていたI「良の敵 は改良」  GATの質問項目のサンプルは次の通りであ る。多くの心理テストとは異なり、GATが弱 点と同様に強みを、困難と同様に最高の状況を、 ネガティブと同様にポジティブを徹底的に調べ るものであることに注意してもらいたい。GA Tはまた、完全に部外秘である。テスト結果は 兵士本人にだけ知らされる。個人のテスト結果 は兵士の上司でも見ることができないのだが、 これには二つの理由がある。陸軍の内部でさえ、 プライバシーに関する法的な権利があること、 そして正直な回答を得る可能性を増やすためで ある。  まず、GATは「全体的な満足度」をテスト する(サンプル項目)。  《感情面の健康度》の三つの項目は、PTS Dや抑うつの発疱にとって大きな意味合いを持 つ。これらは「破 滅 化」の項目で、特に 私たちがレジリエンスートレーニングを通して 変えようとする認知的な「思考のわな」のこと だ(次の章で詳しく述べる)。これらの項目に ついて、回答者が「とてもよくあてはまる」と 答えたようであれば、不安障害、抑うつ、PT SDの危険性がある。  引き続き、感情面の健康度に関する質問項目 だ。    先が見えないとき、自分はたいてい最高   のことを期待する。    自分にとって何かうまくいかないような   ことがあれば、それはその通りになる。    自分によいことが起きるなどとはめった   に期待しない。    概して、自分には悪いことよりもよいこ   とが起きると期待する。  次の四つの項目は楽観性に関するもので、プ レッシャーの中での粘り強さと身体的健康を予 測すると考えらえる。   仕事は、自分の人生の中で最も大事なも  のの一つである。   また機会があれば、再び自分の今の仕事  を選ぶだろう。   自分の仕事に全力を投じている。   仕事の調子によって自分の気持ちが左右  する。 次の四つの項目はエングージメントに関する もので、仕事の遂行能力を予測すると考えられ る。    短い期間、ある特定のアイデアやプ囗   ジェクトに取りつかれていたが、後になっ   て関心を失った(「根気」に関する項目)。    自分にとって、変化に順応することは難   しい。  たいてい、自分の気持ちは自分の内にと どめておく。  先が見えないとき、自分はたいてい最高 のことを期待する。  GATは強みをベースとしているため、兵士 たちのよい部分を説明するのに「強み」という 共通言語を導入している。この言語に馴染んで くれば、他の兵士たちの強みについて、また自 分自身の強みについて話すための一つの手段と なる。兵士全員にGATの受検が義務づけられ ていることから、メンタルヘルスサービスにま つわる偏見を減らせるかもしれない。どの兵士 も特別扱いされていると感じることはないし、 兵士全員が自分の強みに関して説明された フィードバックを受け取ることになる。最後に、 GATは、兵士が自分自身の心理的健康度の特 徴に合わせてカスタマイズされたオンライン コースを受講できるよう誘導するために利用さ れる。  2009年の秋、大規模なテストが始まると 同時に、このテストは最終版とされた。兵士全 員が、在職中は少なくとも年に一度、このテス 卜を受検することが義務づけられている。私か この章を書いている最中(2010年9月)に も、80万人以上の兵士がすでに受検している。 初回の調査は妥当な結果を示した。軍での階級 と経験度が上がるにしたがって、心理的な健康 度は上がる。感情面の健康度が上がるにした がって、PTSDの症状は減少する。感情面の 健康度が上がるにしたがって、保健医療費は下 がる。今や陸軍の5分の1は女性である。女性 は男性と同様に心理的な健康度は高いのだが、 顕著な違いが一つだけある。女性は男性に比べ て、「人を信頼できるかどうか」という項目が 低い得点になることだ。  陸軍には110万人の兵士たちが在籍してい るが、家族の人数はそれよりもさらに大きな数 となることから、私たちは歴史上、最大かつ最 も徹底した心理的・身体的データベースの一つ を構築することになる。陸軍はいずれ、兵士だ ちの軍務遂行能力と健康診断の結果とを、各個 人の心理的特徴と統合させる予定である。これ は、29の巨大なデータベースを一つにまとめ上 げるという大規模な仕事を含む。今まで誰も答 えられなかった質問に対して確実な回答が得ら れると想像すると、呆然とする。例えば。  ・どのような強みが自殺を予防するのだろう   か? ・意味・意義に対する高い意識によって、優  れた身体的健康がもたらされるのだろう  か? ・ポジティブ感情の高い兵士たちは、負傷か  らの回復が早いのだろうか? ・親切心の強みによって、兵士たちが数多く  の勇敢メダルを得ることは予測できるだろ  うか? ・家庭面の健康度の高さによって、昇級の早  さは予測できるだろうか? ・信頼度の高さによって、心的外傷後成長の  促進は予測できるだろうか? ・良好な結婚生活は、感染症の予防となるだ  ろうか? ・心理的な健康は、保険医療費の引き下げの  要因となるだろうか(身体的な危険因子を  すべて一定に保った場合)冫・ ・身体的・心理的健康度が際立って高く、   めったに病気にならず、病気になっても回   復が早く、ストレス下でも優れた能力を発   揮することを特徴とする「超健康的」な兵   士はいるだろうか?  ・楽観性は、部隊の指揮官から部隊へと伝染   するだろうか?  GATは、130万ドルを投じて専用に作ら れた兵士健康度追跡装置(SFT)と組み合わ せて利用されている。データを記録するための 巨大システムであるSFTは、他に類を見ない 情報技術のプラットホームとして、ケーシー参 謀総長のCSFに対する意見を反映させる目的 で設置されている。SFTは、GATに迅速な 配信機能を提供すると同時に、強力なデータ収 集能力と報告能力を備えている、というわけだ。  これは、アメリカ陸軍の兵士全員(現役で活 躍している兵士だけでなく、国家警備隊や予備 軍も含む)の心理的健康度を測定し、追跡し、 評価するために構築されたものだ。四つの各領 域で兵士たちの健康度を向上させるオンライン のトレーニングは、テストを完了した後ですぐ に利用できるようになっている。改訂版GAT とトレーニングのモジュールは、アメリカ陸軍 の宗族(成人)ならびに陸軍省の非戦闘職員ら が利用できるようになっている。SFTは、新 兵として陸軍に人省するときから開始される。 在職中は適当な期間を置いて繰り返し測定評価 され、兵士が一般人としての生活に戻る移行期 間の間も継続される。  GATを完了させることは兵士全員に義務づ けられており、コンプライアンスを確実なもの とするため、指揮官は誰がGATを完了したか、 個々人の得点の機密性が保持された状態で「閲 覧」できるようになっている。指揮官は、兵士 が受検の義務を順守しているかどうか監視でき ることに加え、どれくらいの割合でテストを完 了したか、部隊ごとに追跡できるようになって いる。SFTは、健康度の領域ごとのオンライ ントレーニングのモジュール(次の項目を参照 のこと)の利用状況についても追跡記録を行う。 陸軍省のレベルで、階級、性別、年齢、GAT を完了する平均時間ならびに地理的状況にした がった得点分布などについて、さらに詳細な報 告書を作成することもできるだろう。  第9章で「ポジティブヘルス」(ポジティブ な健康)について論じるときにも、この素晴ら しいデータベースや関連の技術について覚えて おいてほしい。このデータベースは、通常の危 険因子の他に、どのような身体的な資質が健康 と病気を予測するのか、その謎を科学が的確に 解き明かすことを可能にするだろう。    オンライン講座  陸軍では、軍事の歴史や経済学などの授業に 対して大学の履修単位を与えている。CSFの 第2の主眼は、四つの各領域の健康度に関する オンライン講座とともに、兵士全員に心的外傷 後成長に関する授業を提供することにある。 コーナム将軍は、各授業を開発するにあたり、 主たるポジティブ心理学者たちに主導してもら うべく彼らを招待した。感情面の健康度につい てはバーバラーフレドリクソンを、社会面の健 康度についてはジョンーカシオポを、家庭面の 健康度についてはジョンーゴットマンとジュ リー・コットマン夫妻を、スピリチュアル面の 健康度についてはケネス(ケン)・パーガメン トとパトリック(パット)・スウィーニーを、 心的外傷後成長についてはリチャードーテデス キとリチャードーマクナリーという顔ぶれだ。 兵士たちがGATを受検したとき、得点と フィードバックとともに、受講する講座につい てアドバイスも受け取れるようになっている。  ある男性の大尉のGATの得点と、彼の得点 を基準値と比較した場合について次に示してみ よう。  この大尉がこれらの得点から得るフィード バックは次の通りだ。    彼は陽気で楽観的な人です。また、彼は   友人や家族をとても大事にしています。こ   れらは彼の特徴的強みですが、他の兵士と   比べると、彼は自分の仕事にあまり打ち込   んでおらず、強い目的意識が欠如している ようです。困難な事柄に積極的に対処しよ うとしないし、物事を柔軟に考える人でも ありません。このような特徴は、ストレス や困難な状況に効果的に対処する彼自身の 能力を制限してしまう可能性があります。  したがって、この兵士には、陸軍向けに PRPで指導される「柔軟な考え方」や 「積極的な問題解決」を促すトレーニング が有効です。同時に、オンライン講座では 「スピリチュアル面の健康トレーニング コース」を受講することで、彼の仕事につ いてもっと大きな意義を見出せるようにな るでしょう。彼は友人や家族とすでに強い つながりを持っているので、これらの強み を活用しながら、他の領域での健康度を高 めることも視野に入れ、「家庭面の健康ト レーニングコース」のオンライン講座・上 級編を受ければ、さらに恩恵を受けること   になるでしょう。  感情面の健康度に関するモジュール  サラーアルゴーとバーバラーフレドリクソン は、人間の感情の役割や、感情の効果的な使い 方について、オンライン講座で兵士たちを指導 している。ネガティブな感情は、特定の脅威に 対して警告を与える。恐れを感じるのは、たい てい危険だと思った後のことだ。悲しみを感じ るのは、たいてい何かを失うと思うからだ。怒 りを感じるのは、たいてい自分の領域が侵害さ れると思うからだ。危険や、喪失や、侵害と いった現実に対して、ネガティブな感情的反応 がバランスを失うことで、自分が立ちどまり、 何か起きているのかを確認する余地ができる。 そこで自分の感情的反応のバランスを調整する ことが可能となる。これが認知療法の本質だが、 予防的なものである。  ポジティブ感情について、このモジュールで 兵士たちに教えているのは、フレドリクソンと ロサダによる画期的な研究である「ロサダ比」 についてである。ポジティブ感情をもつと頻繁 に持つことで、頑健なロサダ比(ポジティブな 思考がネガティブな思考よりも多い状態)を形 成することが、心理的・社会的資本を形成する ことにつながる。  この手法は、会議室や、結婚生活や、十代の 若者たちの育成において意味を持つが、同様に 軍においても重要なものだ。このモジュールで は、「リソースービルダー」(資源を形成するも の)として、もつと多くのポジティブ感情が得 られるよう兵士たちを指導している。ポジティ ブ感情を形成する方法について、アルゴーとフ レドリクソンの講義から少し抜粋してみよう。 自分の感情を上手に活用してみよう  本日の講義では、どうすれば自分のポジ ティブな感情を上手に活用できるかについ てお話しましょう。  ポジティブ感情を「上手に活用する」と いうのは、何から何までポジティブー色で 物事を見て、いつも大きな笑顔を絶やさず に人生を過ごすということではありません。 ポジティブ感情が目標とするのは黄色の二 コちゃんマークのスマイリーフェイスでは ありません。ポジティブ感情がどのように 作用し、どのようなシグナルを発している のかを知ることで、あなたは次のことを学 びます。 (a)ポジティブ感情が知らせるチャンス  を十分に活かせるよう積極的に関わるこ  と (b)ポジティビティの頻度と持続時間を  増大させる方法を見つけること (C)共同体のよき一員となること  このトレーニングでは、自分自身の感情 面に積極的に関わるための手段を提供して いきます。  実際に、ポジティブ感情は、感情面で大 きな役割を占めています。ポジティブなも のを養うことを通して、私たちは学び、成 長し、持続的な幸福を実現することができ るのです。これは、見果てぬ「幸せ」の概 念を追い求めるのとは違うことに注意して ください。ここでは単純に、さまざまな種 類のポジティブ感情を高めていくことで、 自分が成功する可能性を高めていきます。 リソースービルダーとしてのポジティブ感 膺  ポジティブ感情を上手に活用する秘訣は、 ポジティブ感情を「リソースービルダー」 として考えることです。今日でも、先週で も、ポジティブな感情(誇らしさ、感謝、 喜び、満足感、興味、希望など)を経験し たときのことをはっきりと思い出してみて ください。その出来事についていくつか詳 しいことを思い出した後で、その出来事に 名称を与えてみてください(「将来につい て考える」など)。そして、その出来事で 経験した感情を特定してみてください。  その出来事を念頭に置きながら、私たち が感情について知っていることを振り返っ てみましょう。気持ち(感情)は2通りに 働きます。@注意を引くこと、A反応を 調整すること、です。ポジティブ感情は、 私たちにとって特にうまくいっていること、 またはうまくいく可能性のあること(目標 と合致する状況) へと目を向けさせます。 これらはいずれも、リソースが形成される 機会として考えることができます。例えば、 自分が興味を持つときや鼓舞されたとき、 あるいはある人が特に親切にしてくれたと 感じるようなときです。  いくつか例を挙げてみましょう。 ・誰かに尊敬の念を感じるのは、相手が何  か素晴らしいスキルや才能を示したと自  分が思うからです。成功者の(少なくと  もその分野での)お手本として相手をよ  く注意して見てみると、相手がどのよう  にして能力を発揮しているのかが分かる  かもしれません。そうすることで、自分  自身が試行錯誤して能力が発揮できるよ  うになるまでの多大な時間が節約できる  かもしれません。尊敬の念は、文化的に  価値ある能力を素早く習得する機会に対  して、自分の注意力を高めることにつな  がります。 ・大きな喜びを感じるのは、自分自身が望  むものを得た(あるいは得つつある)か  らです。昇進が決まったとか、最初の子  どもが誕生したとか、夕食の席に親友が  同席して楽しんでいるといったことでも  喜びを感じます。喜びは満足した状態を  表します。喜びはまた、成長するための  機会を与えるものです。喜んでいる最中  は、他のことについて心配などしないし、  安心感があり、心が開かれた感じがしま  す。喜びを感じることで、新たな経験を  する機会に対して、自分の注意力を高め  ることにつながります。 ・自分を誇らしく感じるのは、文化的に高 く評価されたスキルや才能を自分が示せ たと思うからです。自尊心は悪評を得る こともあります。何事でもやりすぎはよ くないのと同じで、自尊心で我を見失っ たとき、自分を大きく見せようと傲慢に なるからです。でも、適切な自尊心であ れば、自分の技能や才能に気を許さず。 それらを自分のために活かして、未来の 成功へと備えることにつながります。 ・最後に、感謝を感じるのは、誰かが自分  のことを一人の人間として気づかってく  れ、これからもその人が自分のためにい  てくれると思うからです。感謝すること  で、自分のことを気にかけてくれている  であろう人たちとの関係性を強固にする  絶好の機会となります。  ポジティブな感情をとても有益なものと して活かせることを確認してから、人は多 く、自分の内にそのような力が秘められて いることを知らないという事実に一息置い て注意を向けてみることが大事です。何が 自分を鼓舞させるのか、何が自分を笑わせ るのか、何が自分に希望を与えるのかにつ いて理解し、それらの感情を育てる力を自 らの内に持っています。  このように、純粋なポジティビティを経 験する瞬間を自らの力で引き出すことは、 自分の人生を最適化する助けとなります。 こうすることの利点を過小評価してはいけ ません。このような瞬間は、将来的に利用 できる、自分自身の個人的・社会的資本を 形成する助けとなります。さらには、自分 の感情のポジティブな影響は、他の人にま で伝播していきます。自分がもっと幸せに なり、自分の人生に、また人生の内実に   もっと満足するようになれば、人にもっと   多くのものを与えられるようになるでしよ  家庭面の健康度に関するモジュール  アメリカでは今、兵士のほぼ全員が、携帯電 話、インターネットアクセス、ウェブカメラを 持っているという初の戦争に携わっている。こ れは、いつでも本国の自宅に連絡できる状況に ある、ということだ。そのため、兵士は戦場に いるときでさえ、家庭の安らぎと同時に、残念 ながら家庭の問題も実質的に抱えている状態に ある。兵士にとってそうした苦痛が、抑うつや、 自殺や、PTSDの大きな原因となっている。 イラクに派遣された兵士たちの自殺の大半は、 配偶者またはパートナーとの関係がうまくいか なかったことに関連している。  ジョンとジュリー・コットマン夫妻は、今日 のアメリカで結婚生活を専門とする著名な心理 学者である。彼らは、CSFのために家庭面の 健康度に関するモジュールを作成することに同 意してくれた。コットマン夫妻による報告は次 の通りである。    戦闘ストレスを診察する戦場の診療所で   判明したことだが、イラクとアフガニスタ ンでの戦争による自殺・殺人願望よりも強 力な、主たる危機的な出来事の一つが、ス トレスの多い人間関係における感情的な出 来事だった。私たちが把握している危機的 な出来事とは例えば次のようなものだ。 ・感情が激昂した状態で電話での言い争い  を終えること ・家庭における統率力や力関係について言  い争うこと ・お互いに無視され、孤独で、疎遠だと感  じてしまうコミュニケーションのあり方 ・よき友として励ますような会話ができる  能力がパートナーにない場合 ・親が不在で、ひどく寂しい思いをしてい  ることから感情をあらわにする子どもを  どう扱ってよいのか分からない場合 ・パートナーの一方または両方から別れ話  が切り出されるという恐怖があること ・信頼と裏切りの間で、大きく、断続的に、  いきなり危機的な関係になること ・兵士がインターネットのポルノサイトか  ら手っ取り早くマスターベーションで満  足感を得るなど、戦場に派遣された兵士  たちがインターネット上で実際に多くの  性的な機会を得ていることが、本国にい  るパートナーたちにとっては大きな問題    となっている。信用と裏切りの問題は、    兵士とパートナーとの間の言い争いの中    で代表的なものだ  コットマン夫妻のモジュールは、一般人を対 象に実証された結婚生活と家族関係のためのス キルを兵士たちに教えるものだ。そこには次の ようなスキルが含まれる。 ・信頼感と安全性を築き、維持する ・友情と親密性を築き、維持する ・信頼感と誠実性を増大させる ・励まし支えとなるような電話での会話を実  現する ・争い事に建設的に、かつ穏やかに対応する ・争い事をエスカレートさせて暴力に至るよ  うな事態を避ける ・認知的に自分を落ち着かせる ・生理的かつ認知的な混乱状態を抑制し、コ  ントロールする ・自分のパートナーを落ち着かせる ・関係性の外部で生じるストレスを管理する ・裏切りに対処して、立ち直る ・関係性を通して、心的外傷後ストレス障害  を心的外傷後成長に変えていく ・共有できる意味・意義を創造し、維持する ・子ども一人ひとりとポジティブな関係を築  き、維持する ・子どもを効果的にしつける練習をする ・子どもがそれぞれ家で自学自習できるよう  手助けする ・健全な友人関係が築けるよう子どもを支え  る ・不健全な関係を断ち切るスキル(不健全な  関係を示す兆候を知るなど)を教える ・家族や友人からの支援を求める ・必要なとき専門家からの支援を求める ・別離によるネガティブな影響から子どもを  守る ・子ども、また自分自身のために、人生を肯  定する新しい関係性を選択する 社会面の健康度に関するモジュール   愛国心、忠誠心、従順さ、勇気、および  共感の精神を高いレベルで備える人が数多   くいた種族は、常に互いを支え合い、公益   のために自らが犠牲になることをいとわな   かった。このような種族が他の大半の種族   に対して勝利を収めてきた。これが自然選   択につながったのである。          −チャールズーダーウィン  シカゴ大学心理学部の教授であるジョンーカ シオポは、アメリカでも有数の社会心理学者で 神経科学者であり、「孤独」に関する世界一の 権威である。彼の研究を通して、抑うつの他に、 孤独そのものが心身の健康にもたらす破壊的な 影響が明らかにされた。彼の研究は、プライバ シーを過大評価する社会において、孤独な個人 と繁栄する共同体との間のバランスを是正して いくきっかけとなった。ジョンはオンライン講 座で社会面の健康度に関するモジュールを作成 することを通して、彼の知識をCSFに適用す ることに同意した。彼はそれを「社会的レジリ ェンス」と称している。  社会的レジリェンスとは、「ポジティブな社 会的関係を促進させ、そこに全面的に関わり、 維持させる力。ストレスや社会的孤立感に耐え 抜き、立ち直る力」である。グループをつなぎ 合わせる接着剤であり、独りぼっちの自分より も大きな目的を与え、グループ全体で試練に立 ち向かうことを可能とするものだ。  50年の間、人間は基本的に例外なく利己的な 存在であると考えるのが進化論における流行で あった。『利己的な遺伝子』という、リチャー ドードーキンスによる1976年刊行の本は、 自然選択が、一人の個人による優れた生存力と、 競争状態にある他の個々人を遺伝子プールから 駆逐する生殖能力を通してのみ働くという教義 を象徴している。個体選択によって、動機づけ と行動に関する多くのことにうまく説明がつく。  だが、利他的行動は、利己的な遺伝子論を支 持する理論家たちに対する大きな破壊力を持つ 謎となっている。彼らの逃げ道は、「血縁によ る利他的行動」を仮定することだ。これは、利 他心を持つ対象と遺伝子を多く共有すればする ほど、自分の行為が利他的になる可能性がある、 という説だ。一卵性双生児の片方には自分の命 を投げ出すかもしれないが、双子でない兄弟姉 妹(または二卵性双生児)や親にはためらいな く自らを捧げるという可能性は低くなる。いと こに対してはやや疎遠となり、無関係の人には 利他心を示すことは全くなくなる。  この複雑な議論は、普通の利他的行動(他人 を助けることほど気分のよいことはないという 事実)と、英雄的な利他的行動(第二次世界大 戦中、ドイツ軍の占領下にあるヨーロッパ諸国 で、ユダヤ人を自宅の屋根裏にかくまったキリ スト教徒だちなど)に真っ向から対立するもの だ。カリフォルニア大学バークレー校の心理学 部教授のダツ(I・ゲルトナーは、『?ヨ{og no乱}(『生まれながらにして善良』、邦訳未刊) という、はっとさせるタイトルの本で、見ず知 らずの人に対する利他的行動はごく普通のもの であると主張している。  先に引用したダーウィンは、群選択というさ らなる進化の圧力について考察したのだが、私 はこれですべてがうまく説明できると考えてい る。彼は、一つの集団(遺伝的に無関係な個人 からなる)が競争集団よりも長く生存するか、 または多く生殖する場合、勝ち組の遺伝子プー ル全体が増えると仮定した。協力行動、そして それを支える愛情、感謝、賞賛、ゆるしといっ た群居感情が、その集団の生き残りに有利に働 いたことを想像してみるとよい。  協力的な集団は、非社会的な集団よりも敏速 にマストドンを倒せる。協力的な集団は、戦い で「カメの甲羅」のような体制を組むことがで きる。ローマ軍の攻撃構成は、男たちを矢面に 立たせて犠牲にするものであったが、自分勝手 なだけの兵士だちからなる集団はいとも簡単に 打ち負かされた。協力的な集団によって、農業、 町、技術、音楽(歌うこと、行進すること、笑 うことで。集団の調子を整えるしが創造され た。協力行動と利他的行動は遺伝的な要因を持 つことから、協力行動ならびに利他的行動が欠 如している集団に比べて、この集団は全体でい とも簡単に遺伝子を受け渡していく。  デイビッドースローンーウィルソンとE・ O・ウィルソン(両者は遺伝的に無関係であ る)は、個体選択を補完するものとしての群選 択を最も強力に支持しているが、ニワトリを例 に考えてみるよう述べている。  卵の生産量を最大にするためには、雌鶏をど のように選べばよいだろうか? 利己的な遺伝 子にしたがえば、農場主は一世代で最も多くの 卵を産出する雌鶏を個別に選び、それら雌鶏を 育て、数世代先まで同様の方法でやることにな るだろう。6世代目では、農場主は今までにも 増して大量の卵の生産に恵まれることになるは ずだが、はたして本当にそうなるだろうか?  いや、そうはならないのだ!・ この図式を用 いると、6世代目では、卵の生産がほとんどな くなることになる。また、大部分の雌鶏が、ひ どく攻撃的で、しかも卵を多産する競争相手た ちに死ぬほど引っかかれている状況になってい るはずだ。  雌鶏は社会的な生き物であり、群れで生活し ている。ここで群選択にしたがって、卵の生産 を最大にするための違うやり方を提示してみよ う。それぞれの後に続く世代で、最も多くの卵 を産出する群れ全体を育てること。この方法だ と、卵の生産量は本当に大きくなる。自然選択 による同じ理屈が、社会性昆虫にも当てはまる ようだ。これらの種(すべての昆虫の半分の生 物量は社会的である)でうまくいっているもの は、工場や、要塞や、コミュニケーションのシ ステムを持ち、その進化は個体選択よりも群選 択に対応している。このようなわけで、人間は、 例外なく社会的である。人間の秘密の武器は、 その社会性にあるのだ。  社会面のレジリエンスーモジュールにおいて、 カシオポはこう主張している。  「我々人間は、特に際立った身体能力を持つ動 物ではありません。他の数多くの種と比較して も、兵器、防護具、体力、飛行能力、ステルス 性、敏捷性を生来備えているような利点は持っ ていないのです。人間を他の動物と画している のは、論理的に考える能力や、計画を立てる能 力や、一緒に働く能力です。人類の生存は、私 たちの集合的な能力や、目的に突き進むために 他人と力を合わせる能力にかかっているのであ り、個人の能力によるのではありません。それ ゆえ、集団における結束力と社会的レジリエン スは大変重要なものです。互いを理解し合い、 互いによくコミュニケーションを取り合う兵士 たち、結束力が固く、互いに好意を持ち、一緒 に力を出し合える兵士たち、違うことで互いを 避けるのではなく、むしろ違いを生かし合える 兵士たち、互いのために自らの危険を顧みない 兵士たち、このような兵士たちが生き残り、勝 利を得る可能性が最も高いのです」  社会面のレジリエンスーモジュールでは、 「共感」に重きが置かれている。これは、他の 兵士が感じている感情を特定できる能力だ。兵 士たちはまず、ミラーニューロンについて学び、 自分自身が痛みを経験するときに起きる脳活動 と、。他人”が痛みを感じているのを見たとき のミラーニューロンの脳活動との類似性につい て学ぶ。これらの脳活動は類似しているものの 同一ではない。他人の苦しみに共感できるもの の、自分自身の苦しみと他人の苦しみを識別す ることもできる。それから兵士たちは、他人の 感情を正確に特定する練習をするために写真を 与えられる。モジュールでは、人種的・文化的 な多様性を重視している。アメリカ陸軍では、 多様性に関しては長く神聖な伝統がある。これ は単なる便利な政治的スローガンではなく、軍 の強さの基幹となっているものだ。  社会面の健康度に関するモジュールでもう一 つの中心的なテーマとなっているのが、感情の 伝染性に関する新たな研究結果であるが、これ は重要だ。50年以上前のことだが、マサチュー セッツ州フラミンガムの5000人を超える住 民を対象に、身体の健康に関する調査が行われ た。主に心血管疾患を調べる目的で、住民たち は20世紀の間ずっと追跡調査されたのだが、こ の研究のお陰で、心臓発作につながる高血圧と コレステロールの危険性に関する知識が得られ ることになった。住民たちに対する追跡調査が 徹底的に行われたことから、心臓病以外の分野 の研究者もこのデータセットを活用した。  身体に関するデータに加え、いくつかの項目 は心理的なものであった(悲しみ、幸せ、孤独 など)。これは数回にわたって調査された。そ して当然ながら、各住民の実際の居所が把握さ れていた。それによって、研究者は感情的な 「ソシオグラム」(身体的近接度が未来の感情に どう影響するかを図示したもの)を作成するこ とができた。孤独な人の近くに住むと、より一 層孤独を感じる、というものだ。  同様のことが抑うつにも当てはまったが、何 よりも当てはまっだのが幸福であった。幸福は 孤独や抑うつよりもさらに伝染しやすく、時を 越えて影響するものであった。Aさんの幸福度 がある時点で上がれば、その隣に住むBさんの 幸福度は次の時点で上がった。2軒先に住むC さんについても同じことが起きたが、すぐ隣に 住む人に比べるとその影響はやや小さかった。 だが、3軒先のDさんにも、幸福度の上昇が見 られた。  この事実は、兵士の集団内でのモラール(士 気)、およびリーダーシップにおいて重大な意 味合いを持つ。ネガティブな側面としては、悲 嘆に暮れ、孤独な、怒れる兵士が2、3人いれ ば、部隊全体のモラールを損なうだけの影響力 があることを示している。指揮官はこのことを ずっと長いこと知っていた。だが注目すべきは、 ポジティブなモラールの影響力の方がさらに強 く、部隊全体の健康度と軍務遂行能力を高める ことができることである。つまりは、幸福を育 成すること(リーダーシップにおいてひどくな おざりにされている側面)が肝要なのだが、こ の点は極めて重要かもしれない。  2020年にヨーロッパの火星ミッションを 計画している宇宙心理学者たちによるオランダ 会議の席上で、私は欧州宇宙機関(ESA)に 向けてまさにこの点を説明した。宇宙心理学者 たちは、自殺や殺人、恐怖、反乱などのネガ ティブな事柄が宇宙で起きるのを最小隕にとど めることに常に関心を払っている。宇宙飛行士 が感情的なトラブルに陥ったときにアドバイス を与えるために、地上でスタンバイしているの だ。  私たちが聞いた話では、あるアメリカ人の宇 宙飛行士が、何度も依頼したにもかかわらず自 分の音楽プレーヤーがまだ修理されていないこ とに腹を立て、いくつかの軌道との通信を閉ざ すことで地球の全軌道に対する任務をもう少し で中断するところだったらしい。だが、火星 ミッションでは、ノードワイクやヒューストン の宇宙管制センターで座っているだけの心理学 者だちからではあまり得るものがない。火星は あまりに遠く離れており、地球と火星オービ ターの間には卯分の通信のずれがあるからだ。    宇宙飛行±11「あのクソキャプテンめI・   ヤツの酸素を止めてやるI・」   【90分後】  ヒューストンの心理学者11「キャプテン があなたの権利をどう侵害したのか、じっ くりと考えてみる必要があるかもしれませ んよ」  宇宙管制センター11「キャプテン。キャ プテンー・ ……応答願います、キャプテ ンー・」  あらかじめ組み込まれているのであろうモ ジュール(「激怒したのであれば1のボタンを 押しなさい。心配であれば2のボタンを押しな さい。絶望的に感じたのであれば3のボタンを 押しなさい」)にしたがってネガティブな感情 に対処するのは重要なことだ。  だが、私の考えでは、宇宙における幸福感は、 それとほぼ同じくらい重要なことだ。この本の 要旨はつまり、最適な任務遂行能力が良好な ウェルビーイングに関係している、ということ だ。ポジティブなモラールが高い分だけ、優れ た任務遂行能力を発揮する。これは言うなれば、 特に3年間の任務中に、宇宙において幸せを促 進すること(ポーカーゲーム、フローの形成、 強い友情、高い目的意識、段階的な達成など) が、成功と失敗の分かれ道となる、ということ だ。現在、6人の乗組員を決める選抜が、綿密 に検査された心理的な適合性によってではなく、 国籍や人種や性別の均衡を保つという政治的な 配慮によって行われていることは特に恥すべき ことだと私は考える。  ポジティブなモラールの伝染性に関する新し いデータについて考えるとき、陸軍部隊におけ る適切なリーダーシップが極めて重要になって くる。  20年前、カレンーライビッチと私は、全米バ スケットボール協会のどのチームが敗北から立 ち直り、どのチームが敗北によって挫折するか を予測しようとした。そのために、私たちは全 シーズンにわたり、スポーツ欄からチームのメ ンバー全員の引用を入手した。そして、各々の 引用を取り上げ、楽観主義か悲観主義かで評価 した(「負けたのは俺たちが最低だからだ」は 悲観主義で7点、「俺たちが負けたのは、あの 審判のバカな判定のせいだ」は楽観主義で7点、 という具合に)。それから、平均的なチームの 分析結果をまとめ、今シーズンで敗北した後、 次のシーズンで各チームが点差に対してどのよ うな成果を収めるかを予測しようとした。  点差とは、試合で勝ったチームと負けたチー ムの最終得点の差であるが、これはラスベガス で専門の予想屋たちが予測を立てるようなもの だ。私たちが予測した通り、次のシーズンでは、 ともに前シーズンで敗北したボストンーセル ディックス(楽観的なチーム)が試合で一貫し て点差を覆して勝利を収めた一方で、フィラデ ルフィアーセブンティシクサーズ(悲観的な チーム)は一貫して点差の通りに敗北した。楽 観的なチームは、敗北した後で予想よりも優れ た試合をし、悲観的なチームはさらにひどい試 合をした。  全シーズンを通しての、これら二つのチーム のメンバー全員による引用を一つひとつの新聞 から引き抜いて評価するIこれは、大変骨の折 れる調査だった。最も熱心な科学者やギャンブ ラーにとってさえ、それはとにかくあまりにも 膨大な作業だったのだ。  その後、私たちは、コーチによる引用だけを 見ていくことに決めた。思った通り、コーチの 楽観主義は、チーム全体の楽観主義と全く等し く、チームのレジリエンスも予測したのだった。 多分、すでに知っているべきことだったのだろ うが、私たちは今や、幸福が伝染すること、ま たリーダーが強力な役割を果たすという事実が、 特に重要な部隊を統率する指揮官たちがポジ テイビテイを選び取り、ウェルビーイングを養 うべき理由となると確信している。  スピリチュアル面の健康度に関するモジュー  ル  ー968年3月16囗、それはアメリカ軍に とっては煮えたぎるような囗であった。ウイリ アムーカリー中尉と彼の小隊が、南ベトナムの ミライ集落で347人の非武装の民間人を虐殺 したのだった。大虐殺が起きている間、 ヒユー・トンプソン上級准尉は村の上空でヘリ コプターを操縦していた。軍法会議にかけられ ること、また彼の部隊の2人の乗組員の命を危 険にさらすというリスクがあったにもかかわら ず、彼はその虐殺を中止させた。  彼は着陸し、アメリカ人兵士たちが民間人に 向けて発砲し続けるようなことがあれば彼らを 射撃するよう、部隊の射撃手と隊長に命じたの だった。  激怒したトンプソン上級准尉は、その後この おぞましい事件について指揮官たちに報告し、 後に議会や、ガリー中尉に対する軍法会議で証 言した。ミライの悲劇は、兵士たちが凶悪なこ とを実行するよう命令される場合と、天の声に したがって命令に逆らう場合との間で陥るひど いジレンマを浮き彫りにしている。  CSFにおけるスピリチュアル面の健康度に 関するモジュールには、二つの基本的な論拠が ある。まず、陸軍は、兵士たちが良心の声にし たがうようにと定めた。兵士たちの道徳的・倫 理的価値観を強化することによって、頻繁に道 徳的ジレンマの難題に直面する軍事行動が倫理 的に遂行されることになる。第2に、高次のス ピリチュアリテイは、軍務遂行能力の向上はも ちろんのこと、ウェルビーイングの増大、精神 疾患および薬物乱用の減少、および結婚生活の 安定をもたらすという十分な証拠がある。これ は人々が、戦闘のような大きな逆境に直面する ときには特に大きな利点となる。  ヒユー・トンプソンがミライ集落でアメリカ 人兵士たちに発砲する準備をしながら感じた精 神的葛藤は、彼の人生の分岐点であったと思わ れる。彼の決意は彼自身の成長のための必須条 件であった。そのまま大虐殺を続けさせていた とすれば、それはおそらく彼自身の精神的衰退 が始まる引き金ともなったことだろう。これは、 次の章で心的外傷後の成長について論じるとき に覚えておくべきことだ。  合衆国憲法修正第一条は、議会が国教を樹立 することを禁じている。そのため、このモ ジュールでのスピリチュアル面の健康度は、神 学的ではなく人間的なものである。宗教的枠組 み・非宗教的枠組みの妥当性に基づくものでは ないのだ。むしろ兵士たちが、真理、自己認識、 正しい行い、人生の目的などを探求するために 支え励ますものとなっている。これは兵士が、 自分よりも大きいと信じるものに属して仕える ことに根ざす規範に基づいて生きることに他な らない。  スピリチュアル面の健康度に関するモジュー ルは、ボーリンググリーン州立大学心理学部教 授のケンーパーガメントと、ウェストポイント (陸軍士官学校)の行動科学・リーダーシップ の教授であるパットースウイーニー大佐によっ て設計された。このモジュールでは、兵士の 「スピリチュアルーコア(核)」となる部分を中 心にしているが、これは自己認識、自己主体感、 自己調整、自己動機づけ、および社会的認識か ら構成されている。    兵士のスピリチュアルーコアは、人間の   スピリット(精神性)の基盤を形成し、人   生の目的や意味、世界の真実、それに自己   の最大の可能性と目的の実現へのビジョン   に関する、個人の最も中心的な価値と信念   によって構成されています。  自己認識は、人生の差し迫った問題に対 する洞察を得るために、沈思と内省を伴い ます。これは、アイデンティティ、目的、 意味・意義、世界の真実、自分らしくある こと、生きるに値する人生を築くこと、自 分の可能性を実現させることなどに関係し ています。  自己主体感とは、自分のスピリットを成 長させるための終わりなき旅が自分の義務 であるという前提にかかわるものです。そ のためには、自分の欠点や不完全さを受け 入れ、自分の人生では自分が主人公なのだ と認識する必要があります。  自己調整は、自分の感情、思考、行動に 対する理解とコントロールの能力を伴いま す。  人間のスピリットに関する自己動機づけ は、自分の辿るべき道が、自らの最も深奥 にある願望を実現することにつながるとい う期待感を伴います。  社会的認識は、関係性が人間のスピリッ トの成長に決定的な役割を果たすという認 識にかかわるものです。特に肝要なのは、 他人が、異なる価値観や、信念や、習慣を 持つ権利があると認識することです。そし て、自分自身の信念をあきらめることなく、 他人の違う考え方に対して十分な配慮を行   い、オープンであることを示す必要があり   ます。  モジュールは3段階で、段階ごとに難易度が 高くなる構成となっている。最初の段階では、 落ちぶれた友人のために称賛の言葉を書いて、 友人がかつて拠りどころとしていた生きる価値 観や目的に目を向けさせることから始まる。こ れは対話形式で書かれるのだが、兵士は自分の 強みを特定し、自分自身のスピリチュアルーコ アにおける価値観に重きを置きながら、自分に 対しても似たような称賛の言葉を書いてみる。  2段階目では、精神的葛藤の結果が成長また は退廃につながるという軍に関する話を対話形 式で進めることによって、心の分岐点で方向性 を決めるよう導く。  3段階目では、兵士たちが、他人や他の文化 の価値観や信念とより一層深いつながりを見出 せるよう手助けする。兵士は、多種多様なバッ クグラウンドを持つ人々を紹介され、その人々 の人生経験や価値観との共通点を見つけられる ようお互いに相手とのやり取りを通じて課題に 取り組む。  これら四つのモジュールはいずれも選択式に なっている。兵士たちは選択しながら、初級 コースや、段階的にレベルアップしていく上級 コースを受講できる。とはいえ、あるモジュー ルは大変重要なものとして兵士全員に必要とさ れると考えられる。それは、心的外傷後ストレ ス障害と心的外傷後成長に関するモジュールで ある。 第8章 トラウマを成長に変え る  「それは壮大な構想ですね、セリグマン博士」 と、デイビッドーベトレイアス将軍は言った。 「心的外傷後ストレス障害にだけ重点的に取り 組むのではなく、もっと心的外傷後成長を促し ていくということですね。あと、我々の兵士た ちの弱点を訓練して克服しようとするよりも、 彼らの強みを通して訓練をやってみると」  私はちょうど、ケーシー将軍をはじめとする 12人の将軍たちに向けて、レジリェンスート レーニングと、このトレーニングが戦闘に対す る兵士たちの反応にどのように影響することが 予測されるかについて、簡単な説明を済ませた ばかりだった。  それでは、心的外傷後ストレス障害(PTS D)について明らかにしてみよう。そうすれば、 CSFの基本的な論拠を明らかにできるし、P TSDに取り組むことは本末転倒であると私か 将軍たちに言った意味を説明できるように思う。   心的外傷後ストレス障害  砲弾ショックと戦争神経症は、第一次世界大 戦と第二次世界大戦で精神医学的に診断された 障害であった。だが、戦闘に起因する心理的ダ メージに関する最新の考えは、戦争からではな く洪水から始まったものである。  1972年2月26囗の早朝、ウェストバージ ニア州の石炭地域にあるバッファロー・クリー クのダムが決壊した。それからほんの数秒のう ちに、1億3200万ガロンのヘドロで満ちた 黒い水がアパラチア山脈の盆地に居住していた 住人たちめがけて轟音とともに奔流のような勢 いで流れていった。  著名な心理学者、エリクーエリクソンの息子 であるカイーエリクソンは、この災害について 画期的な本を書いた。1976年に出版された 著書は、トラウマ(心的外傷)について考える ための転換点となった。彼は、アメリカ精神医 学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル(D SM)』第丿版で、間もなくPTSDを診断す る基準となるものについて明確に述べているの だが、それは偏見なく(ある人々は「好き勝手 にやっている」と言ったが)、すぐにベトナム 戦争の退役軍人たちに応用できるものであった。 若きエリクソンによって年代順に記録された、 バッファロー・クリーク事件の生存者たちの話 に耳を傾けてみよう。  ウィルバーと、彼の妻のデボラ、および4人 の子どもは、何とか生き延びることができた。    どういうわけか、私は内側のドアを開い   て道を見上げました。するとそれは目の前   に現れました。ちょうど大きい黒い雲のよ うでした。それは4メートルか5メートル の水のように見えました。  近所の家が、小川を下って私たちのとこ ろまで近づいてきていました。その動きは 遅かったのですが、家内はまだ当時7歳 だった子どもと一緒に眠っていました。他 の子どももまだ2階で眠っていました。私 は家内がいち早く気がつくようにひどい声 で悲鳴をあげました・:私には彼女がどう やって子どもを素早く1階まで降ろしたの か分からないのですが、2階まで走って上 がり、子どもをベッドから抱き起こして階 下まで……。  私たちは道の上方に向かいました。家内 と子どもは、ゴンズ(鉄道ゴンドラ)の間 を上っていきました。私と赤ん坊はその下 を行きました。あまり時間がなかったから です。私はあたりを見回しました。私たち   の家はなくなっていましたが、完全には流   されていませんでした。およそ4軒か5軒   分の宅地が元あった場所から押し流されて、   家という家がバラバラに倒壊していました。  この災害のあった2年後、ウィルバーとデボ ラは自分たちの心の傷、すなわちPTSDを特 徴づける症状を説明した。まずウィルバーは、 自分の夢の中で繰り返し、大きなショックを 。追体験”した。    バッファ囗−・クリークで体験したこと   が、私の病気の元凶です。床に就いた後、   すべての出来事が、夢の中でも再び私に襲   いかかってくるのです。夢の中で、私はい   つも、いつも、水から逃げるために走って   います。すべての出来事が、夢の中で何度   も、何度も、起きるのです……。  次に、ウィルバーとデボラは心理的に。麻 痺”してしまった。感情が鈍くなり、白分たち を取り囲む世界の悲しみと喜びに対して感情的 に麻痺している。ウィルバーは次のように述べ ている。  父が亡くなったとき(洪水のおよそ1年 後)、私はお墓にさえ足を運びませんでし た。父が永遠にこの世を去ったことが理解 できなかったのです。そして今、私のまわ りで亡くなっていく人たちについても、災 害の前のように気にとめることもなくなり ました……。自分の父親が亡くなって、も う二度と戻ってこないことなんて、ただも うどうでもよかったのです。かつて自分に  あった感覚、死のようなものに対する感覚  がないのです。かつてのように私の心を強  く動かすことがないのです。 デボラはこう述べている。   私は子どもをほったらかしにしています。  全然料理をしなくなりました。家事をする こともありません。とにかく何もしたくな いのです。眠れません。食べられません。 ただたくさんの薬を飲んで、ただベッドに 横になって、眠って、もう目を覚ましたく ありません。自分の家と家族は私の喜びで したが、その他にも私が関心を持っていた ことは何もかも破壊されてしまいました。 私は料理が大好きでした。裁縫も大好きで した。家事が大好きだったのです。私はい   つも働いて、家は住み心地のよい場所に   なっていきました。でも今では、私にとっ   てはそんなことはもう本当にどうでもよく   なってしまったのです。ここ3週間ほど、   子どもに温かい食事を作って食卓の上に置   いてやることもしていません。  三つ目に、ウィルバーは。不安”の症状を経 験する。その症状には、雨や、今にも始まりそ うな悪天候など、洪水を思い出させる出来事に 対する過覚醒症状や恐怖症が含まれる。    ニュースを聞いて、暴風雨警報でも出て   いようものなら、その夜は寝ないで起きて   います。私は家内に、「子どもの服を脱が   せてはいけないよ。ただそのまま横になら   せて、ベッドで寝かせなさい。何か起きそ うだと思ったら、お前たち全員がたっぷり 余裕をもって家から避難できるように起こ してあげるからね」と言うのです。そう やって私は寝ずに起きているのです。  イライラするのには参っています。雨が 降るたびに、嵐になるたびに、もうどうし ようもなくなるのです。床の上を歩き回っ たり、あまりの心配で急に発疹ができたり します。それで今、注射を打っていま   す……。  ウィルバーはまた、生き残った者としての J非悪感”に苦しんでいる。    そのとき、何てことか、誰かが私に叫ぶ   のが聞こえたのです。私はあたりを見回し   て、コンスタブル夫人を見つけました。彼 女は腕に小さな赤ん坊を抱えていて、私に 向かって叫んでいましたI。  「ねえ、ウィルバー、私を助けに来 て……。私を助けられないなら、せめて私 の赤ちゃんを助けてちょうだい……」  でも、私は後戻りして、彼女を助けよう などと考えもしませんでした。私はまだ、 そのことで自分をどんなに責めていること かしれません。彼女の腕の中には赤ん坊が いて、まるで今にも赤ん坊を私に投げてよ こしそうでした。とにかく、私はあの女性 を助けようなどとは思わなかったのです。 私は自分の家族のことだけで精一杯でした。 あの家で、彼女の家族の6人全員が溺れた のです。彼女は腰まで水に浸かりながら水 の中に立っていました。そして、彼女の家 族全員が溺れ死んだのです。  これらの症状は、『DSM』第3版で、 1980年に正式に「障害」として認定された。 ここで、第4版から、PTSDの症例を診断す るための最新の基準を紹介しよう。   外傷後ストレス障害の診断基準     (309・81 DSM‐W) A その人は、外傷的な出来事に暴露され  たことがある B 外傷的な出来事が、再体験され続けて  いる C 外傷と関連した刺激の持続的回避と、  全般的反応性の麻痺 D 持続的な覚醒亢進症状 E 障害(基準B、C、およびDの症状)  の持続期間が1ヶ月以上 F 障害は、臨床上著しい苦痛または、社  会的、職業的または他の重要な領域にお  ける機能の障害を引き起こしている  (アメリカ精神医学会著、高橋三郎、大野 裕、染矢俊幸訳、『DSM‐W精神疾患の 診断・統計マニュアル』医学書院、 1996年、pp.435-436より引用、原文 に基づき一部改変)  PTSDの重要な適格基準は、トラウマと なった後にPTSDと診断される(これは頻繁 に見受けられる)ことよりも、トラウマとなる 前に症状が発現していないことだ。  PTSDはベトナム戦争の終わり頃にかけて 初めて知られるようになり、直ちに幅広く適用 された。ここに紹介するのはイラク戦争による PTSDの複合的な事例だ。  38歳の国家警備隊兵士であったK氏は、 10年に及ぶ国家警備隊任務で初めて戦闘を 経験したイラクのスンニー・トライアング ルでの12ヵ月の任務を終えて本国に戻った。 そしてその数力月後に外来患者向け精神科 診療所で診察を受けた。  彼は派遣要員となる前は自動車のセール スマンとして成功を収めていた。また、10 歳と12歳の子どものいる幸せな結婚生活を 送る父親であった。社会的に外向的で、広 い交友関係を持ち、市民活動や教会での活 動も活発に行っていた。  イラクでの任務中、彼は広範囲に及ぶ戦 闘にさらされた。彼の小隊は大量の砲撃を 浴び、数多くの奇襲攻撃を受けた。それに よって頻繁に彼の仲間が死亡したり、重傷 を負ったりした。彼は、沿道の爆弾が車両 を破壊した場所で巡察隊と輸送隊の乗組員 として任務に当たっていたのだが、負傷し たり殺されたりした人たちは彼の親しくし ていた人たちであった。彼自身、敵の戦闘 員たちを多数殺したという自覚があったの だが、一般市民が死んだのも自分に責任が あるのではないかと恐れた。彼は、スナイ パーに撃たれた親友の死を防げなかったこ とで自分自身を責めた。彼の任務中に経験 した最悪の瞬間について尋ねられると、と りわけひどい襲撃の間、十字砲火の中でイ ラク人の女性と子どもの小さな集団が殺さ れるのをとめることもできず、ただ何もで きずに見ているしかなかったことだ、と述 べた。  彼は帰還してから、ほとんどいつも不安 で、イライラして、緊張していた。彼は自 分の家族の安全が脅かされているのではな いかという考えに取りつかれるようになっ た。弾を込めた9m口径のピストルを常に 携帯するようになり、夜には枕の下に常備 しておいた。睡眠に支障をきたすように なった。眠るやいなや、その眠りは鮮明な 悪夢でたびたび妨げられた。悪夢でのたう ちまわるか、隣で眠る妻を蹴飛ばすか、明 かりをつけるためにベッドから飛び起きる かが常だった。  彼の子どもは、父親が過保護になり、彼 の目の届く範囲以外で自由に行動させてく れなくなったと不平を言った。彼の妻は、 夫が帰還して以来、感情的によそよそしく なったと報告した。彼女はまた、彼を車に 乗せて運転するのは危ないと思っていた。 彼はときどき、突然(ンドルに手を伸ばし て掴もうとしたのだが、それは沿道で爆弾 を見かけたと思い込んでのことだった。友 人たちは、彼をパーティに招待することに うんざりするようになっていた。彼があら ゆる集まりへの誘いをことごとく断ってい たからだった。彼の雇い主は彼を根気よく 支えていたのだが、仕事の面が劇的にひど くなったと報告した。彼は自分の考えに取 りつかれているようだった。顧客に対して 苛立ち、よく間違いをおかし、以前はトツ プセールスマンであった車の販売特約店で 効率的に働けなくなったと報告した。  K氏は、派遣要員としての任務以来、自 分が変わったと自覚していた。彼はときど き、不安や恐怖、罪の意識、絶望感などの 強い感情の波を経験する一方で、感情的に 死んでいるような感覚になり、家族や友人 たちに愛情や温もりを返せなくなったと報 告した。生きることがひどい重荷となって   いた。積極的には自殺を望んでいなかった   が、ときどき、彼がイラク派遣で生き延び   ることがなかったら、みんなもっと幸せに   やっていけたのではないかと思う、と報告   した。  現在のイラクとアフガニスタンでの戦争を通 して、アメリカ陸軍医療部隊ではこのような診 断が当たり前のものとなっていた。そこでは20 パーセントもの兵士が苦しんでいると言われて いる。まさにこの事実が、私か大将だちとの昼 食に招待された理由たった。  私は大将たちに、高度な逆境に対する人間の 反応は釣り鐘型分布として示されると話した。 その正規分布グラフの、極度にすぼまっている 端の部分に、病理学、すなわち抑うつ症や不安 障害、薬物乱用、自殺など、今やPTSDとし て公式診断用マニュアルに掲載されている症状 が分布している。  イラクまたはアフガニスタンに派遣される兵 士たちは、いずれもPTSDについて聞いたこ とがあった。だが、人類は何千年というトラウ マの歴史を通して進化し続けてきた。高度な逆 境に対するはるかに普通の反応はレジリエンス によるものだ。抑うつ疱と不安障害は比較的短 期間の発疱でとどまり、その後は以前に機能し ていたレベルにまで回復する。  ウェストポイントでは、士官候補生の卯パー セント以上がPTSDについて聞いたことがあ ると判明した。PTSDは実際には割と珍しい のだが、珍しくはない「心的外傷後成長」につ いては彼らの10パーセント未満しか耳にしたこ とがないことも判明した。問題は、医学的に無 知であることだ。兵士たちが知っているのはP TSDに関することだけで、レジリェンスや成 長に関しては知らないというのであれば、それ は自己達成的な下方スパイラルを作り出してし まう。  ある兵士の仲間が昨日、アフガニスタンで死 んだ。今日、その兵士は急に泣き出した。「自 分は壊れてしまった」「自分はPTSDを患っ た」「自分の人生はダメになってしまった」と 思う。こうした考え方は、不安や抑うつの症状 を増大させる。  実に、不安と抑うつの特に厄介な組み合わせ がPTSDであり、順繰りに症状の強度を増大 させる。急に泣き出したとしても、それはPT SDの症状ではなく、普通の悲しみや悲嘆の症 状(たいていはそのような症状の後にレジリェ ンスが作用する)にすぎないということを知っ ておくだけで、下方スパイラルに対して歯止め がかかる助けになる。  PTSDは、自分がPTSDかもしれないと 思うことで確かに増大してしまうものだ。これ は、下方スパイラルの本質が自己達成的である ことから、自分がPTSDを発疱したと大げさ にとらえて、そう思い込んでしまうのだ。  元来、物事を大げさにとらえる傾向にある大 は、なおさらPTSDに影響されやすい。ある 研究で、5410人の兵士について、2002 年から2006年までの彼らの経歴を追ったも のがある。この5年間で、395人がPTSD と診断された。そのうち半数以上の者が、元々 心身の健康面では下位15パーセントに属してい る者たちであった。  この事実は、PTSDに関する全文献の中で、 最も信頼でき、また最も引用されることの少な いものだ。元々健康ではない人が、心理的に健 康な人に比べてPTSDになる危険性が極めて 高く、多くの場合、PTSDに初めてなったと いうよりは、元々あった不安や抑うつの症状が 悪化したと考える方が適切だ。そして、CSF におけるレジリエンスートレーニングの一つの 論拠を支えるのがまさにこれらの調査結果なの だ。兵士たちを戦闘の前に心理的に強化するこ とで、PTSDのいくつかの症例を予防できる、 というわけだ。  私はここで、あえて意地の悪いふりをしなけ ればならない。被害者の住人たちは、ダムの所 有者であるピッツトン社を10億ドル以上の損害 賠償金請求で訴えていた。私の考えだが、文献 から生存者たちは仮病を使っていなかったと思 われるとしても、その手のお金が症状を誇張し て長引かせた可能性はある。最終的に住人たち は勝訴したのだが、そのような財政的な誘因が その後住人たちにどのような影響を及ぼしたか は知る由もない。  残念なことだが、軍におけるPTSDは同じ 構図で機能している。PTSDの本格的な診断 をもって、退役軍人は月3000ドルの障害年 金を一生涯受給し続けられることになる。有給 の就労者として復帰するか、あるいは症状の一 時的な回復が見られる場合には、障害年金の支 給がストップすることになる。  退役軍人たちは、一旦診断を受け、障害年金 の支給が開始されると、その网パーセントは治 療を受けに戻って来ることはない。そのため、 このお金という大きな誘因が、戦争によって発 疱するPTSDの診断にどのような影響を及ぼ しているのか分からない状況にある。だが、イ ラクとアフガニスタンから頻繁に報告されてい るPTSDの20パーセントという率は、過去の 戦争における率と比べても、またPTSDを障 害として補償することのない他の国の陸軍が示 す率と比べてもはるかに高い率である。イラク とアフガニスタンから帰還しているイギリス兵 のPTSD率は4パーセントだ。私は南北戦争 に関する文書を注意深く調べてみたのだが、あ の悲惨な時代でも、PTSDまたはそれに類似 した記述がほとんど見つからないのだ。  疑念はさておき、確かに本物のPTSD障害 は存在するとはっきり言っておきたい。私はP TSDが仮病であるとは思っていない。私か 疑っているのは過剰診断についてた。私たちの 社会は、戦地から帰還した退役軍人に対して、 今彼らに与えている感謝やお金という形の補償 よりももっと大きなものを負っていると思って いる。だが私は、彼らへの感謝が、障害者認定 や、彼らの自尊心を奪うようなシステムといっ た形で示されるべきではないと思っている。   心的外傷後成長(PTG)  いよいよ、決して忘れてはならない心的外傷 後成長(PTG)について話そう。かなりの人 が極度な逆境を経験した後で、やはり激しい抑 うつや不安(多くはPTSDレベル)を示す。 だが、人はそれから成長するのだ。長い目で見 れば、そのような人たちは以前よりも高いレベ ルで心理的に機能するようになる。ニーチェは。 「私を殺さないものは、私を一層強くする」と 言った。退役軍人用施設に住み、戦争の物語を 語る老兵たちは戦争を否定してはいない。むし ろ、彼らの人生において、戦争は最高の時間で あったのだ。  数年前、クリスーピーターソン、ナンスクー パク、そして私は、「ポジティブ心理学 ペン シルベニア大学公式サイト」(耳賢牡 www.authentichaDniness.or)上にリンクを補足 した。新しい心理テストでは、人生で起こり得 る15の最悪なこと(拷問、重病、子どもの死、 レイプ、投獄など)をリストにした。1ヵ月で 1700人がテストに回答し、これらのひどい 出来事のうちの少なくとも一つを報告したのだ が、同じ人々が同様に「ウェルビーイングテス ト」にも回答した。驚いたことに、ひどい出来 事を一つ経験した人は、いずれも経験したこと がない人に比べて強靭な強さを備えていた(つ まりウェルビーイング度が高かった)。ひどい 出来事を二つ経験した人は、一つ経験した人よ りも強く、三つ経験した人(例一レイプ、拷 問、監禁)は二つ経験した人よりも強かった。  ロンダーコーナム准将は心的外傷後成長のシ ンボル的存在である。私は1991年に彼女に ついて記された文書を読んだことがあった。そ こには、彼女が少佐で、サダムーフセイン軍の 捕虜となったときのことが書かれてあった。 コーナムは泌尿器科医であり、生化学者として 博士号を持ち、航空医官であり、ジェット機の パイロットであり、民間のヘリコプターパイ ロットであった。彼女のヘリコプターが敵の攻 撃を受けたとき、彼女はイラクの砂漠の上の救 出作戦に当たっていた。ヘリコプターが墜落し ていくにつれて、尾部支材は吹き飛ばされ、8 人の搭乗員のうち3人を除いて全員が死んだ。  ロングは腕と足の両方を折り、捕虜として連 れ去られた。彼女はレイプされ、残忍な扱いを 受けた。彼女は8日後に解放され、戦争の英雄 となって帰って来た。彼女は、自分のトラウマ 経験の後遺症について、次のように述べている。  ・患者との関わりI「私は、軍医として、ま   た外科医として、以前よりもかなり心構え   ができているよう感じた。自分にとって、   患者に対する気遣いは、もはや観念的なも   のではなくなった」  ・一人の人間としての強さI「リーダーとし  て、また指揮官として、私には以前よりも  はるかに優れた能力が備わったと感じてい  る。今、この能力を基準にして、それ以外  の経験が蓄積されていっている。そのため、  試練に直面しても、不安や恐れを感じるこ  とがぐっと少なくなった」 ・家族への感謝一「私は以前にもまして、よ  い母親・配偶者であり、心遣いのできる母  親・配偶者になった。家族の誕生日を覚え  るよう努めたり、祖父母を見舞ったりなど  だ。間違いなく家族を失うかもしれないと  いう危機的状況を経験したことが、家族を  より一層大切にすることにつなかった」 ・心理的変化一「体外離脱体験が私の認識を  変えた。私は今や、少なくとも物質的世界  に対する精神的世界が存在する可能性を受  け入れるようになった」 ・物事の優先順位化一「今まではA、B、C   と課題を優先順位化して自分の予定を立て   てきたが、Cの課題を省くことに厳しい目   を持つようになった(私は欠かさず娘の   サッカーの試合を見に行くようになっ   た!)」  彼女が解放された後、大佐は彼女に言った。 「コーナム少佐、あなたが女性なのが実に残念 だよ。さもなくばあなたは大将になっていただ ろうに」  以来、私はこの伝説の人物を近くで見てきた。 2009年8月、私たちが揃って講演すること になっていた大きな講堂に彼女が入場したとき、 1200人の少佐ならびに大佐たちが一斉に立 ち上がり、彼女に拍手を贈った。CSFを担当 する指揮官として、ロングはPTGのモジュー ルに対して客観的かつ専門的な関心以上の熱意 を示している。   心的外傷後成長に関する講座  PTGモジュールを監督するために、彼女は 2人の心理学の教授をスカウトした。心的外傷 後成長の分野における第一人者であるノースカ ロライナ大学シャーロット校のリチャードーテ デスキと、(Iバード大学のリチャードーマク ナリーである。そのモジュールは、個人的な変 化について伝える先人の知恵で始まる。生きて いることに改めて感謝するようになったこと、 一人の人間として一層強くなったこと、新たな 可能性に向けて行動するようになったこと、人 間関係が改善されたこと、精神的に深化したこ と。これらすべてが、たいていは悲惨な出来事 の後で生じていることが、個人的な変化におけ る特徴となっている。  データはこの事実を裏づけている。一つ例を 取るだけでも、北ベトナム兵によって収監され、 長期にわたり拷問を受けた飛行士の61・Iパー セントが、試練から心理的に益するところが あったと述べている。さらに注目すべきは、彼 らへの扱いが残酷であればあったほど、心的外 傷後成長の度合いが大きかった、ということだ。 かといって、トラウマそのものを賛美すべきだ、 などとは言うつもりは毛頭ない。むしろ、トラ ウマが多くの場合に成長のきっかけを作るとい う事実を最大限に活かすべきだ、と言いたいの である。そして、兵士たちに、そのような成長 が最も起きやすい状況について教えるべきなの だ。  心的外傷後成長尺度(PTG−)  テデスキ博士は、心的外傷体験後の現象につ いて測定するために「心的外傷後成長尺度(P TGI)」を使っている。サンプル項目の一部 は次の通りだ。    危機の結果、    OHこの変化を、全く経験しなかった    IHこの変化を、ほんの少しだけ経験し   た    2Hこの変化を、少し経験した    3Hこの変化を、まあまあ経験した  4Hこの変化を、強く経験した  5Hこの変化を、かなり強く経験した  自分の命の大切さを痛感した  精神性(魂)や、神秘的な事柄について の理解が深まった  自分の人生に、新たな道筋を築いた  他の人達との間で、より親密感を強く持 つようになった  その体験なしではありえなかったような、 新たなチャンスが生まれている  人との関係に、さらなる努力をするよう になった  思っていた以上に、自分は強い人間であ るということを発見した  (「日本語版−外傷後成長尺度」より引用。 協力11オークランド大学心理学部准教授 宅香菜子)  このモジュールでは、心的外傷後成長に寄与 することで知られる五つの要素について、兵士 たちに対話形式で教える。  第1の要素は、自己、他者、未来に関する信 念が崩壊するなどの「トラウマへの反応そのも のを理解する」ことだ。私か強調したいのは、 これがトラウマに対する通常の反応だというこ とで、PTSDの症状でもなければ、性格の欠 陥を示すものでもない、ということだ。  第2の要素は「不安の軽減」だが、これは侵 入思考と侵入イメージ(強迫性神経症の症状の 一つ)をコントロールするテクニックで構成さ れている。  第3の要素は「建設的な自己顕示性」だ。ト ラウマを封じ込めると、身体的・心理的症状を 悪化させる可能性がある。そのため、兵士たち はトラウマに関する体験談を話すよう勧められ る。  これが第4の要素、「トラウマの物語(ナラ ティブ)を創造する」につながる。トラウマを 自分史における分岐点とみなし、パラドックス に対する認識を強めるよう物語が導かれていく。 喪失と獲得がともに体験される。悲嘆と感謝が ともに体験される。脆弱さと強さがともに体験 される。物語はそれから、一人の人間として自 分にどのような強さが呼び起こされたのか、ど のようにして人間関係が改善されたのか、どの ようにして精神的レベルが深まり、人生そのも のを一層ありかたいと思えるようになったか、 どのような新しい道が開けたかなどについて詳 しく述べる。  最後に、「試練に対して揺るぎない、包括的 な人生の教訓やスタンス」を明確に述べる。こ れらの要素には、利他的であるための新しい生 き方や、生き残った者としての罪の意識を負う ことなく自らの成長を受け入れることや、トラ ウマを抱える生存者としての、あるいは新たに 生まれ変わった、思いやりに満ちた人間として の新しいアイデンティティを形成することなど が含まれる。また、いかに生きるべきか、その 重要な真実を世界に伝えるために黄泉の国から 舞い戻ったギリシアの英雄の理想像について真 剣に考えてみることも含まれる。   マスター・レジリエンスートレー   ニング(MRT)  CSFの最初の二つの構成要素は、GATと、 オンラインで受講する五つの健康度に関する講 座であるが、本当に難しい部分はトレーニング だ。陸軍が兵士に対して、身体的な健康度を向 上させるために訓練を行うのと同様に、心理的 な健康度を引き上げるために訓練できるのだろ うか? 2008年H月の会議で、ケーシー将 軍は私たちに対して、60日後に再び戻ってきて 報告するようにと命じた。60日後、私たちは 国防総省での昼食会に再び招かれた。  「我々は心理的な健康度を測定するテストを開 発しました」と、コーナム将軍はケーシー将軍 に伝えた。「わずか20分でできるテストです。 このテストは、民間と軍の専門家グループに よって作成されました。今、数千人の兵士たち を対象に、試験的調査を行っているところで す」  「手際がよいですね、将軍。それで、あなたと マーティは、次は何をしたいのですか?」  「我々は、レジリェンスートレーニングに関す る試験的研究を実施したいと考えています」  ロングと私は、この質問に対する詳細な回答 を準備していた。「マーティは、ポジティブ教 育に関する研究で、生徒たちにレジリエンスー トレーニングを効果的に行うために、普通の学 校の先生たちを教育できることを示しています。 その結果、生徒たちの抑うつや不安が軽減され ているのです。陸軍における学校の先生とは誰 だと思いますか? もちろん軍曹たちです【鬼 軍曹たちが先生だって…何てことだ!】。そこ で、我々がやりたいことはと申しますと、ラン ダムに選んだ100人の軍曹に対して、ベンシ ルベニア大学で10日間のマスター・レジリエン スートレーニング(MRT)を受講させるとい うコンセプトの実証実験を行いたいのです。い ずれ教師となる軍曹を教える、というわけです。 トレーニングを受けた軍曹が今度は自らの指揮 の下で兵士たちにレジリエンスのトレーニング を行う。そうすれば、トレーニングを受けた 2000人の兵士たちを、トレーニングを受け ていない兵士たちの対照群と比較できます」 「待ちなさい」と、ケーシー将軍が怒鳴った。 「私は試験的研究などやりたくない。我々は マーテイの研究についてすでに調べたはずだ。 再現性を確認する研究も十数本発表されている。 それで十分ではないか。トレーニングによって、 抑うつや不安、それにPTSDを予防できると すぐにたって断言できる。これは机上の訓練で はないし、これ以上研究を増やす気はない。こ れは戦争なのだ。コーナム将軍、私はあなたに このトレーニングを軍全体で大々的に展開して もらいたい」  「しかしケーシー将軍」と、ロングは穏やかに 異議を唱え始めた。陸軍全体でトレーニングを 実施することに伴うあらゆる事務的・予算的な 手続きについて彼女が列挙し始めたとき、私の 脳裏にはリチャードーレイヤードと3年前にス コットランドのグラスゴーの路上で交わした忘 れがたい会話が蘇ってきた。  リチャードは、ロンドンースクールーオブー エコノミクスの世界的な経済学者である。中世 の修道院では、修道院長の地位にある人が世俗 と神聖な世界とを橋渡ししていた。学術的研究 と現実の政治の橋渡し、それがリチャードがイ ギリスの政治で果たしている役割である。彼は ヨ心pinessj](『幸福について』、邦訳未刊)の 著者でもあるが、この本で彼は、政策は国内総 生産(GDP)の増加によってではなく、世界 的な幸福度の増加によって測定されなければな らないと主張し、政府に対する急進的な見解を 提示している。  リチャードと私は、スコットランドで開催さ れた会議の開会イベントの合間にグラスゴーの みすぼらしい地域を散歩していた。私たちはと もに基調講演者であった。  「マーティ」リチャードは甘美なイートン校の アクセントで言った。「ポジティブ教育に関す るあなたの研究を読みましたよ。私はそれをイ ギリスの学校に導入したいと思っているのです が」  「ありがとう、リチャード」と私は言った。私 の取り組みが、イギリスの労働党政権で検討さ れていたことに感謝しながら。そして、「リバ プールの学校で試験的調査を実施する準備はお おむねできていると思いますよ」とつけ加えた。  「あなたはどうやら分かっていないようですね、 マーティ」と少し冷たい口調でリチャードは 言った。「大方の学者先生と同様、あなたは公 共政策とエビデンスの関係について迷信を持っ ているようですね。おそらく、説得力のある科 学的なエビデンスをぐうの音も出ないほど増や してからでないと、議会がプログラムを採用し ないとでも思っているのでしようね。私の政治 人生を振り返っても、そんな例は一つも見たこ とがありませんよ。エビデンスが十分にあって、 そこに政治的な意志が存在するときに、科学は 公共政策となります。私か言いたいのは、あな たのポジティブ教育におけるエビデンスで十分 だ、ということですI「最低限の条件を満たし ている」と我々経済学者は言いますがねIそし て今、イギリス政府では政治的な意志が働いて いる、ということですよ。だから私はイギリス の学校にポジティブ教育を導入するつもりで す」  これは、私か今までに聞いたことのあるミク ロとマクロの不可解な関係に対する、最も理に かなった唯一の説明であった。この経験で、私 は回心した。だからこそ私はあえてここでこの 話を取り上げたかった。もしこの本の読者が研 究者で、この本から他の何も記愴にとどめない ようでも、レイヤード卿がグラスゴーで私に 言ったことを忘れないでいてほしいのだ。  私の研究者としてのキャリアで最もイライラ する経験はと言えば、十分な臨床検査に裏づけ られた素晴らしい科学的なアイデアが、会議室 の中で何度も何度も死に絶えるか、図書館でホ コリをかぶるかといった状況を目にすること だった。まさにこの本の核心でもあるのだが、 今やポジティブ心理学が一般の人々やメディア にも大変人気があるのはなぜだろうかと思う。 当然ながら、エビデンスが否定しがたいから、 というわけではないだろう。  ポジティブ心理学はかなり新しい分野である ため、エビデンスは乏しくはないながらも圧倒 的に多いというわけでもない。学習性無力感、 説明スタイルや抑うつ、心血管疾患や悲観主義。 これらの研究のための助成金を求めて、私は何 年もの間、膝がガタガタになるほど関係諸機関 を駆けずり回ってきたのだが(しかもほとんど が骨折り損たった)、今や、寛大な篤志家たち が私のポジティブ心理学の講演を一度聞いただ けで、こちらが頼んでもいないのに即座に大き な額の小切手を切ってくれる。それはなぜだろ うか、と思わずにはいられないのだ。  私かこんなもの思いにふけっていたところか ら指揮官たちに目を戻すと、コーナム将軍が ケーシー将軍に向かって、トレーニング実施の ために必要となるあらゆる予算的・事務的手続 きや、それらへの対応がどれくらい長くかかり そうか念を押していた。  「ケーシー将軍、我々の現在の心理的プログラ ムですが、10の手続きのうちのわずか6つしか 対応できていません。しかも、今までおよそ1 年以上かかりました」  「コーナム将軍」と、会議を切り上げながら ケーシー将軍は言った。「あなたは、レジリエ ンスートレーニングを陸軍全体に実施するので す。とにかくやりなさい」  意志の強さとは、まさにこのことだろう。  さて、2009年2月の時点でロングと私か 直面した問題は、どのように素早く、そして幅 広くレジリエンスートレーニングを展開してい くか、ということだった。私たちはまた、ト レーニングの効果をフォローアップすることの 他にも、トレーニングに使用する教材を軌道修 正していくことが可能かどうかなど、いかに確 実にトレーニングを進めていくかを把握しなけ ればならなかった。そうすることで、最悪の場 合、トレーニングプログラムに効果が見られな いときには、プログラムを中止することができ るからだ。  私たちが開発したポジティブ教育の教師用ト レーニングコースは、一般の学校の教師向けに 作成されたものだった。そこで、私たちがまず やるべきことは、軍曹や警官隊向けにすべての トレーニング教材を作成し直すことであった。 トレーニングコースの開発者の一人であるカレ ンーライビッチ博士が教材を「軍隊向け」に書 き直す担当となった。以後8ヶ月の間、カレン をはじめとする関係者たちは、100人以上の イラクとアフガニスタン戦争の退役軍人だちと 面談し、トレーニング教材を一語一句見直して いった。  私たちにとって初めての大きな驚きは、退役 軍人との会話からもたらされた。私たち一般人 による例(ガールフレンドにフラれたとか、テ ストで落第したなど)は、戦士だちとは無関係 だと思っていたのだが、それは大きな間違いで あった。  「今回の戦争は、携帯電話を持ち、戦闘の最前 線からでも自分の奥さんに電話をかけられる初 めての戦争となります」と、コーナム将軍の副 隊長であるダリルーウィリアムズ大佐は述べた。 この190センチを超える長身はウェストポイ ントのフットボールのスター選手で、イラク戦 争の退役軍人であったが、ビルークリントン大 統領時代の「核のフットボール」の運搬係でも あった。「簡易爆発物を警戒するのは結構厄介 ですが、食器洗いの分担や、子どもの学校での 成績のことでつまらないケンカをするのはもっ と厄介ですよ」と彼は続けた。「我々兵士の抑 うつや不安の多くは、家で起きていることに原 因があるのですよ。だから、あなたたち一般人 の事例がそのまま当てはまるのです。ちょっと 軍向きの事例を加えてもらうだけで十分です よ」  このようなわけで、事例に手を加えた後、 2009年12月に本格的なMRTを開始した。 現在、毎月8日間ずつ、150人の軍曹がペン シルベニア大学を訪れトレーニングを受講して いるが、大学が養成したフアシリデーターが配 置された各々の軍事基地にもそのトレーニング を同時中継している。  私たちは最初の5日間、軍曹たちが、兵士と して、リーダーとして、また家族の一員として、 自分たちの生活の中で活用できるスキルを直接 経験できるようなエクササイズ(演習)を行う。 彼らはカレンーライビッチ博士が率いるグルー プーセッションに参加して、彼女から必須項目 に関する講義を受けたり、スキルの活用法を実 演してもらったり、議論をリードしてもらった りする。  全体セッションの後で、軍曹たちは30人ずつ のグループに分かれて、ロールプレイ、ワーク シート、小グループでのディスカッションなど を通して学んだことを演習する。各グループの セッションは、カレンの下でトレーニングを受 けたトレーナーー人とフアシリデーター4人 (2人は民間人で、そのほとんどがMAPP卒 業生。あとの2人は軍人)によってリードされ る。30人の参加者に対して5人のトレーニング チームのメンバーという比率が大変効果的であ ることが分かった。  最初の5日間に引き続き、軍曹たちは二つめ の教材(MRTトレーナー用マニュアル、MR T兵士用ガイドブック、パワーポイントスライ ド)を受け取ることになる。これらの教材は、 彼らが他の兵士たちにMRTを教えるときに使 用するものだ。それから丸3日間、軍曹たちが プログラムを忠実に遂行できるよう、彼らに豊 富な知識と指導技術を身につけさせるためのト レーニングが行われる。彼らは、次の一連のエ クササイズを通して学んでいく。  ・ロールプレイで、1人の軍曹が教師の役割   を演じ、5人の軍曹が兵士の役割を演じる  ・5人の軍曹チームが、別の5人の軍曹チー   ムが回答すべき難問を作成する  ・MRTトレーナーが指導する模擬セッショ   ンの間に、指導上の間違いや、内容的な混   乱を確認する  ・実際に兵士たちが問題に直面する状況で活   用する適切なスキルを確認する。  私たちはトレーニングの内容を三つに分けて いる。  ・メンタルタフネス(精神的な強靭さ)を強   化すること  ・強みを構築すること  ・確固たる関係性を築くこと  これらの内容のすべては、私たちが一般の教 師たちを教える際に使用している、効果の検証 されたプログラムにしたがって作成されたもの だ。  メンタルタフネスを強化する  ここからのテーマは、レジリェンスのスキル を学ぶことだ。まず、アルバートーエリスのA BCDEモデルから始めよう。C(感情の結 果)は、直接A(困難な出来事)からではなく、 B(困難な出来事に対する信念や思い込み)か ら生じる。これは単純な事実だが、多くの軍曹 たちには驚きとして受けとめられ、困難な出来 事が直接的に感情を引き起こすという通説を払 拭することとなった。  軍曹たちは、職業的なA(例一5キロの走 り込みから脱落する)ならびに個人的なA (例一戦地から帰還したが、息子が自分と一緒 にバスケットボールで遊びたがらない)につい て考え、B(自分が瞬時に考えること)とC (自分の考えが生み出す感情や行動)をA(困 難な出来事)から切り離せるようになることを 目標としてエクササイズを行う。  このスキルセッションの終わりごろまでには、 軍曹たちは特定の感情を引き起こす具体的な考 え方を特定することができる。例えば、不法侵 入について考えることは怒りを引き起こす。喪 失について考えることは悲しみを引き起こす。 危険について考えることは不安を引き起こす。  それから私たちは「思考のわな」に注目する。 ここで例を挙げてみよう。  「過剰一般化」(ある人の価値や能力を、たっ た一度の行動によって判断すること)という思 考のわなを説明するために、私たちは次の例を 示す。  「あなたの部隊にいる兵士が、体力トレーニン グのときに周りについていくのに必死で、その 日は1日中無気力に過ごしている。彼の軍服は だらしなく、大砲演習の間、いくつかのミスを 犯す。あなたは思う。「情けない奴め’・ 彼は 兵士になんて向いていないんだ」」  この例を受けて、軍曹は思考のわなを解説し、 彼が率いる兵士と彼自身への影響を検討して議 論する。  一人の軍曹がコメントした。「認ぬたくはな いのですが、私はそのように考えることがとて も多いですね。誰かがヘマをやらかしたとき、 私はその大を見限ってしまいます。私は、人の 行動を通してその人の人間性を判断できると 思っているので、もう一度チャンスをあげるこ とに寛容ではないのかもしれませんね。その人 が強い性格の持ち主だとすれば、無気力に過ご したり、制服が乱れたりすることはないでしよ うし」  すると別の軍曹が尋ねる。「どのような具体 的な行動が、この状況を正しく言い表している と思いますか?」  こうやって、兵士の一般的な価値ではなく、 具体的な行動に注目することを学んでいく。  それから私たちは「氷山」に注目する。これ は根深い思い込みで、たいてい好ましくない感 情的反応(例一「人に助けを求めるのは弱さの 表れだ」)につながる。軍曹たちは、氷山に よって調和の取れていない感情が引き起こされ るときを特定するテクニックを学ぶ。一旦氷山 が特定されると、次のことを決定するために自 分に対して一連の問いかけをする。  1 氷山はまだ自分にとって意味のあるもの   だろうか?  2 氷山は与えられた状況において的確なも   のだろうか?  3 氷山が「硬すぎる」(思い込みが激しす   ぎる)ことはないだろうか?  4 氷山は役に立つだろうか?  「人に助けを求めるのは弱さの表れだ」という 氷山だが、これはよくありがちで、しかも痛ま しいものだ。援助を求め、他人に頼りたいとい う意欲を蝕んでしまうからだ。この氷山では、 軍曹たちが変容するために多くのエクササイズ を必要とする。歴史的に見ても、兵士が助けを 求めることは不名誉に感じることであったし、 自分の問題に対処する強さすら持ち合わせてい ない、と多く嘲笑の的にされてきたからだ。  数多くの軍曹が、他人に助けを求める文化が 軍にも入ってきていると思うとコメントした。 ある軍曹が述べた。「カウンセラーか牧師に会 いに行くような兵士を私はひどく罵るときも あった。本人に面と向かって言わなくても心の 中ではいつもそう思っていたよ。でも、もうそ んなふうには考えなくなったんだ。度重なる戦 地への派遣で、ときに誰もが助けを必要とする ことが分かったんだ。そして、助けを求める意 志のある人は強い人なんだってこともね」  氷山に続いて、私たちは「破滅的な考え方を 最小限にする」方法について扱う。私たちは悪 天候下の動物、言い換えれば、困難な出来事に 対して自ずと最も破滅的な解釈をしがちな生き 物である。これは、私たちが氷河時代を生き延 びた人間たちの子孫だからだ。  「今日のニューヨークはよい天気だなあ。明日 もきっとよい天気だろう」と考えた私たちの先 祖は、氷に押しつぶされてしまったのだろう。 「よい天気のように見えるだけだ。氷が、洪水 が、飢饉が、侵入者がやってくるぞ’・ 食糧を 保存した方がいい’・」と考えた先祖たちが生き 延びて、私たちの脳に代々そのような考え方が 伝えられてきたのだろう。最悪のことを考えて 備えることはときには役に立つ。だが、それは 私たちを麻痺させるし、非現実的でもある。そ こで、破滅的な考え方を現実的に調整すること を学ぶのは、戦場でも家庭でも大切なスキルな のだ。  さて、軍曹は、妻とメールで連絡が取れない ある兵士についてのビデオークリップを見る。 兵士は考える。  「彼女は私のもとを去つたんだ」これは、抑う つや、麻痺や、疲労をもたらす考え方だ。ここ で私たちは3段階モデルの「バランスの取れた 見方をしてみる」を紹介する。これは、最悪の ケース、最高のケース、最もあり得そうなケー スを考えることで、破滅的な考え方に対して反 論するものだ。  彼が数回、家に電話しても、妻と連絡を取る ことができなかったとしよう。彼は考える。 「家内が浮気している」  これは最悪のケースだ。  それでは、バランスの取れた見方をしてみよ う。最高のケースはどのような可能性が考えら れるだろうか?  「彼女は忍耐力もあって強い人だ。1秒たりと も心が揺らいだりすることはないさ」  それでよし。それでは、最もあり得そうな ケースはどのようなものだろうか?  「彼女は友人と出かけているんだな。今夜か明 日にでも私にメールをしてくれるだろう。私か 戦地にいる間、家内が私の代わりに誰か他の人 を頼りにすることもあるだろう。家内が他の人 に頼るときには私は嫉妬するし、頭にもくるけ ど、私かいない間、彼女は寂しい思いもしてい るだろうし、怖いと感じているんだろうな」  最もあり得そうな結果が特定された後、「状 況に対処する」プランを作成して、実務上の例 (「ある兵士が野外機動訓練から戻ってきていな い」「自分の上司から芳しくない評価を受け た」)ならびに個人的な例(「子どもの学校での 成績が思わしくないのだが、家にいて手伝って やれない」「自分が戦地にいる間、妻は家計の やりくりで苦労している」)を用いてこのスキ ルを演習してみることになる。  苦境に立つIリアルタイムで「破滅的な考え  方」と闘う  これらのスキルは即時の注意を要する課題が あるときに使われるのだが、兵士が「頭の 中のおしゃべり」(雑念)で気が散るようであ れば効果は損なわれてしまう。  リアルタイムで「破滅的な思い込み」に立ち 向かうためのストラテジーは三つある。反証を 集めること、楽観を使うこと、バランスの取れ た見方をすることだ。軍曹たちは、これらのス キルを活用する方法と、非現実的な間違いを途 中で正す方法を学ぶ。このスキルは、一つひと つのネガティブな考えをポジティブな考えと差 し替えることではなく、一時しのぎの策として 意図されたものだ。兵士が今この瞬間に集中で きて、麻痺や非現実的な考え方のせいで自分自 身(または他人)をさらなる大きな危険にさら さないようにするためだ。しつこいネガティブ な考えに集中するための時と場所もある。多く の場合に、そのような考えからも学べることが あるからだ。  例えば、ある軍曹は、妻が本当に彼を愛して いるのかどうかというネガティブな考えに絶え ず悩まされたのだが、こうした考えが四六時中 彼の集中力の邪魔をした。彼は自分の考えが 「自分は女性に愛されるような男でない」とい う氷山からきていると思っていた。どうしても 必要な睡眠時間を取ろうとするときや、リスク の高い機動作戦に従事するときなどには、この ような考えを退けることが大切だ。そして、 もっと適切な、時間のあるときに、このような 氷山の思い込みに注意を払って、そのような考 え方をじっくりと評価してみることも大切だ。  重要なのは、これらメンタルタフネスを養う スキルが、学習性楽観のスキル、すなわち学習 性無力感に抵抗するスキルにそのまま通じるこ とだ。CSFの狙いが、トラウマ反応の全分布 を、レジリェンスと心的外傷後成長へと移動さ せることであったことを思い出してみてほしい。 だが、そこには、PTSD(分布の尾部)の予 防効果もあるはずなのだ。PTSDとは、不安 と抑うつ症状の厄介な組み合わせだが、レジリ エンス(楽観性)トレーニングには不安と抑う つ両方に対する明らかな予防効果がある。その 上、心理的健康度ならびに身体的健康度テスト で下位15パーセントの層で、特にPTSDを被 りやすい兵士たちに、前もって抗不安と抗うつ のスキルを習得させておくことで予防手段にな るはずだ。  最後に、心的外傷後成長に関する103の研 究に対する2009年のレビューの中で、イタ リアの2人の研究者は、楽観性が成長の主要因 であることを発見した。その学説は、メンタル タフネスを強化することが、兵士たちをPTS D予防はもとより、成長もともに促すに違いな いと示唆する。だが、私たちは理論に頼りきる ことはないだろう。陸軍がすべてを注意深く測 定することになっているからだ。今後の進展を 楽しみにしていてほしい。  よいこと探し  プログラムの期間を通して、軍曹たちは「感 謝の日記」(「三つのよいこと日記」とも呼ばれ る)をつける。「よいこと探し」の目的は、ポ ジティブ感情を増強することだ。  このエクササイズの論拠は、習慣的にありか たいと感じ、感謝の意を表明している人々に、 健康や、睡眠や、人間関係の上で利益があるこ とが認められており、実際にそのような人々が うまく機能していることだ。MRTコースでは 毎朝、何人かの軍曹が、その前日に「探し出し た」ことを共有するのだが、同時に、ポジティ ブな出来事が自分たちにどのような意味を持つ のか、考えてみたことを共有する。共有される 事柄とは、「私は昨晩、家内と素敵な会話がで きた。その会話にクラスで学んだスキルを使っ てみたら、私たちのこれまでの会話の中でも最 高の会話だったと家内が言ってくれた」といっ たものから、「私は立ちどまって、ホームレス の男と話をしたのだが、彼から多くのことを学 んだよ」「レストランの店主が、陸軍には感謝 していると言って、我々の晩飯の料金を請求し なかったんだよ」といったものまでだ。  日が経つにつれて、「よいこと」はもっと個 人的な事柄になってくる。トレーニングの最後 の日の朝、ある軍曹が言った。「昨晩、私の8 歳の息子と話をした。彼は学校で取った賞につ いて話してくれた。普段ならただ『へえ、よ かったね』などと言うところを、昨日学んだス キルを使って、彼にたくさん質問してみたんだ。 受賞したとき誰が一緒にいたの? 受賞したと きどんな感じだった? もらった賞状はどこに 飾ろうと思っているの?」  「会話の途中あたりで、息子がさえぎって言っ たんだ。『お父さん、本当にお父さんなのり』 −彼が何を言っているのか分かったよ。今回が これまでに話した中で一番長い会話だったし、 2人して驚いてしまった。素晴らしい経験だっ たよ」  徳性の強み  メンタルタフネスを強化するスキルの後で、 私たちは徳性の強みを特定することに取りか かる。『陸軍フィールドーマニュアル』には、 忠誠心、職責、敬意、献身的奉仕、名誉意識、 誠実さ、個人的な勇気など、リーダーの中核的 な徳性の強みが記載されている。私たちはこれ らの強みについて再吟味し、軍曹たちに「VI A・強みテスト」をオンラインで完了してもら い、24の強みが順位づけされた結果をプリント アウトしてクラスに持参してもらう。  私たちはそこで、各軍曹の「特徴的強み」を 特定し、部屋の周りに置いた大きなフリップ チャートの上に、各自の名前とともに強みの一 つを記したラベルを貼ってもらう。ポストイッ トのメモでいっぱいになったフリップチャート から、軍曹たちに最も共通した強みが何である かが浮き彫りになる。軍曹たちはグループ内で パターンを探して、グループごとの強みの特徴 がリーダーである彼らの何を映し出しているか を議論する。このエクササイズの後で、小さな グループに分かれて次のような議論をする。  「この強みテストから、自分自身についてどの ようなことを学びましたか? 軍での任務を通 して、自分のどの強みを高めてきましたか? 軍での任務を完了するのに、また自分の目標に 到達するのに、強みはどのように役立ちます か? 確固たる人間関係を築くのに、自分の強 みをどのように活用していますか? 自分の強 みのマイナス面は何だと思いますか? また、 どうしたらそのマイナス面を最小限にできると 思いますか?」  私たちはそれから、試練を乗り越えるために 強みを活かすことに焦点を移す。  CSFのある大佐のチームは、彼がどのよう にルイジアナ州のポーク基地から彼の第115 部隊を率いて、入院患者と外来患者のケアを含 むすべての抑留者への医療サービスを提供する 目的で、アブグレイブ刑務所で戦闘支援病院を 建設するに至ったかを説明する事例研究を発表 した。大佐が野戦病院を建て、抑留者のケアに 当たった際のさまざまな試練について説明して いたとき、軍曹たちは徳性の強みを活用し続け た個人またはチームの各事例と、そのような状 況を可能にした特定の行動について記録した。 例えば、野戦病院では創傷治療のための医療機 器を必要としたのだが、いずれも調達できな かった。ある看護婦が古い掃除機を用いて創傷 に負圧をかける機器を作ってみる方法を思いつ いたとき、彼女は「創造性」の強みを示したの だった。  次に、軍曹たちは小さなグループに分かれて、 彼らが部隊として完遂すべき任務に取り組む。 私たちは彼らに、任務を完遂するためにチーム としての強みを活用するよう指導する。最後に、 軍曹は自分自身の「試練における強み」につい ての物語を書く。  ある軍曹は、「愛情」「知恵」「感謝心」の強 みを活かして、感情をあらわにしてトラブルを 引き起こしていたある行儀の悪い兵士をどのよ うに助けたかを述べた。その軍曹は兵士と関わ るのに「愛情」の強みを使つだのだが、他の大 半の人は敵意むき出しのトラブルメーカーで あった彼を避けた。軍曹は、その兵士が自分の 妻への怒りで疲弊しており、その怒りが彼の所 属する部隊の他の兵士たちにまで及んでいたこ とを発見した。それから軍曹は「知恵」の強み を用いて、その兵士が妻の考え方を理解するの を助けた。さらには、彼の3回に及ぶ派遣の間、 妻が1人でかなりの負担を抱えなければならな かったことに対して、彼の感謝の気持ちを妻に 伝える手紙を書くよう彼に働きかけた。  確固たる関係性を築く  私たちの最後のモジュールでは、他の兵士た ちや、家族との関係性を確固たるものにする方 法に注目する。ここでの目標は、関係性を築く ための実践的なツールを提供することと同時に、 ポジティブなコミュニケーションを妨げる思い 込みに反ばくすることだ。シェリー・ゲーブル 博士の研究では、ポジティブな経験を共有して いる相手に対して、(受動的−破壊的な反応と は反対に)積極的−建設的に反応することで、 愛情や友情が強化されることが示されている。 そこで、私たちは四つの反応の仕方を教える。  ・積極的−建設的(誠意と熱意をもってサ   ポートする)  ・受動的−建設的(控えめにサポートする)  ・受動的−破壊的(出来事を無視する)  ・積極的−破壊的(出来事のネガティブな側   面を指摘する)  私たちは、一連のロールプレイを通じて、各 反応の仕方を実演してみせる。最初のロールプ レイは、親友である2人の兵卒に注目する。    兵卒のジョンソンが兵卒のゴンサレスに   一一=?つ。 「おい、俺の家内が最高の職を見つけたと 電話で伝えてきたよ」  積極的−建設的11「それはよかったね’・ 新しい仕事ってどんな仕事? 君の奥さん はいつ働き始めるの? どうやってその職 を得たか、なぜ奥さんがその職にふさわし かったか、奥さんは何か言っていた?」  受動的−建設的11「へえ、そうなんだ」  受動的−破壊的11「僕の息子からおかし  なメールが届いたんだけど。ちょっと聞い  てよ……」   積極的−破壊的11「そうすると、誰が君  の息子の面倒をみることになるんだい?  ベビーシッターは信用できないよ。ベビー  シッターは子どもを虐待するとか怖い話が  たくさんあるようだし」 各反応に関するロールプレイの後、軍曹たち は自分たちがよくやっている反応の仕方につい てワークシートを完成させ、彼らが積極的−建 設的に反応することを妨げている原因(疲れて いるとか、自分のことであまりに頭がいっぱい だ、など)を特定するのと同時に、自分独自の 強みをどのように活かせば積極的−建設的に反 応し続けることができるかを考える。例えば、 「好奇心」の強みを使って質問をするとか、「熱 意」の強みを活かして積極的に反応するとか、 「知恵」の強みを用いてある状況から学ぶべき 価値のある教訓を指摘する、などだ。  私たちはそれから、キヤロルードウェツク博 士の「効果的な称賛」に関する研究について教 える。褒めることが正当化されるとき、あなた はどう思うだろうか? 例えば、「自分は身体 的健康度テストで満点を取った」「我々は、犠 牲者を出すことなく建物を一掃した」「私は曹 長に昇級した」。私たちは軍曹たちに、漠然と 「いいぞ!」や「よくやった!」といった褒め 方ではなく、特定のスキルについて褒めるよう 指導した。細かい点について褒めることは、軍 曹が兵士たちに対して、(a)リーダーが彼ら のことを本当に見ていたということ、(b) リーダーが貴重な時間を取り、兵士たちが何を やったのかをきちんと見たということ、(c) 形式的な「よくやった」ではなくて、称賛が本 物であること、を示している。  最後に、私たちはアサーティブーコミュニ ケーションについて、受動的、攻撃的、および アサーティブなコミュニケーションスタイルの 違いを説明しながら教える。各スタイルの言語、 声のトーン、ボディーラングージ、ベースはど のようなものか? 各々のスタイルから、どの ようなメッセージが伝わるか? 例えば、受動 的なスタイルからは、「あなたはどうせ私の話 を聞いてくれないでしょう」というメッセージ が発信される。  私たちは、ポジティブ教育に関する研究で決 定的な点は、ある一つのコミュニケーションス タイルへと偏ってしまう原因を作っている「氷 山」を探すことにあるということを発見した。 「誰かの弱点を見つけると、人は必ずそこにつ け込もうとする」という思い込みを持つ人は攻 撃的なスタイルへと偏る傾向がある。「文句を 言うのは間違っている」という思い込みを持つ 人は受動的なスタイルとなる。「人は信用でき るものだ」という信念はアサーテイブなスタイ ルをもたらす。  そこで私たちは、アサーテイブーコミュニ ケーションに関する5段階モデルを教える。  1 状況を特定し、状況を理解してみよう  2 客観的かつ正確に状況を説明してみよう  3 気になることを言つてみよう  4 他の人の考え方に耳を傾け、好ましい変   化に向けて努力してみよう  5 変化が起きたときに伴う利点を書き上げ   てみよう  軍曹たちは、軍のシナリオでこのエクササイ ズを行う。仲間の兵士が飲みすぎて、飲酒運転 しているところを見られた。夫が、必需品では ないと思われるものにお金を使っている。仲間 の兵士が、自分の所有物を許可なく何度も拝借 する。  このようなロールプレイの後で、軍曹たちは 自分たちが現在直面している厄介な状況を特定 し、アサーテイブなコミュニケーションを図る 練習をする。とりわけ痛ましいのは、軍曹たち が自分の家族への話し方について考えるときだ。 数多くの軍曹が、配偶者とは過度に攻撃的に話 し、子どもとは過度に力を入れて話すと教えて くれた。これは、彼らが職務上、テンポの速い、 命令を重視する傾向にあるからで、それを宗族 向けにもっと民主的な話し方へと変えるのが難 しいことによる。  ある軍曹がこのセッションの後、廊下で私を 呼びとめて、私に感謝しながらこう言ってくれ た。  「3年前、私かこういうことを学んでいたら、 きっと離婚せずに済んだと思います」  私は陸軍との研究を通して、母国の兵士やそ の他の人たちを助けたいと思っている。だが、 すでに述べてきたように、一部のジャーナリス トは陰気なメガネでとらえ、私の側に何か邪悪 な意図があって、科学を利用して危害を加えよ うとしているとして、しつこく詮索する姿勢を 選んだ。一部の批評家たちは、このプログラム が兵士たちをポジティブシンキングで「洗脳」 していると主張した。  「しかも、兵士たちにとつては、上官が彼らに 戦闘を命じる前に、『最悪のシナリオ』を考慮 してほしいと望んでいるのではないか? 龠壥!龠壥I ネガティブシンキングに対する健全な選択肢は ポジティブシンキングではなく、クリティガル シンキング(批判的思考)ではないのか?」と いった調子だ。  私たちは、何も考えないポジティブ「シンキ ング」を教えているのではない。私たちが教え ているのは”クリティガルシンキング″、すな わち、行動を麻痺させてしまう分別のない最悪 のシナリオと、現実的にあり得るシナリオとを 区別する思考スキルである。これは、計画と 行動とを可能にする思考スキルである。  ある一部の批評家はさらに、ジョージ・W・ ブッシュ政権のいわゆる「テロヘの戦い」の間、 軍の一部の人が、抑留者と想定されたテロリス トたちに対する精神的脅迫や拷問を行うために、 私の学習性無力感の研究を使うことを支持した とさえはのめかした。  これほど真実からかけ離れた批判もあるまい。 私は今まで一度も、そしてこれからも絶対に、 拷問の手助けをすることはない。私は拷問には 強く反対する。断固として拷問を非難する。  私か拷問をめぐる論争について知っているの は次の通りである。2002年の5月中旬、私 は軍に招かれ、サンデイエゴの海軍基地で3時 間のレクチャーをするよう依頼された。私は、 軍の兵士や職員たちが、学習性無力感について 解明されていることをどのように活用したら拷 問に耐えられるか、また、敵による巧みな尋問 を避けられるかを話すよう依頼されただけだ。  当時、私に伝えられた話では、私かセキュリ ティー・チェックを受けていない一般人であっ た(今でもそうである)ため、アメリカ軍の尋 問の仕方について私に詳しく説明できなかった、 ということだ。また、これも当時聞いた話だが、 彼らの尋問方法には暴力や残忍な行為は伴わな い、ということだ。  にもかかわらず、2009年8月31日付の人 権委員会の医師たちによる報告書では次のよう に述べられている。  「実際、セリグマンは少なくとも2回、CIA と契約した尋問担当者に対して、学習性無力感 に関する研究を紹介したと、監察官による報告 書に記載されている」  これは間違っている。「尋問担当者」とはお そらく、ジェームズーミツチェルとブルースー ジェツセンのことだろうが、彼らは心理学者で、 CIAとともに「強化版」尋問方法を開発する 手助けをしたと報告されている人物だ。私か学 習性無力感に関する研究について発表したとき、 その場には50大から100人の聴衆がいたのだ が、私は何も「聴衆」に向けて研究を紹介した のではない。私はあくまでも招待者である軍関 係者に向けて紹介したのであり、アメリカ軍の 兵士や職員たちが学習性無力感について解明さ れていることをどのように適用したら敵による 巧みな尋問を避けられるかを話したにすぎない。 私かミッチェルとジェッセン、そしてこの論争 に関わるいかなる人にも自分の研究について説 明したのはこのときだけだ。  その会議以来、私はこの軍の招待者と連絡を 取り合うことはなかったし、ジェッセンとミッ チェルとも職務に関わるような連絡は取ったこ とがない。いかなる形態でも、私は拷問のため に政府との契約下(またはその他の契約下)で 働いたことは一度もないし、これからもそんな 気はさらさらない。  私はまた、尋問について研究したこともない。 私自身、尋問を見たことがないし、尋問につい て扱った学術文献に関するうわべだけの知識が あるにすぎない。そんな資格しかない上での意 見だが、尋問の目的は真実を突きとめることで あって、尋問者が聞きたいと思うことを得るこ とではない。私は学習性無力感によって、人が 受動的になり、挑戦的でなくなり、従順になる こともあるとは思うが、だからといってそれが 確実に真実を伝えるようになると実証されたこ とはない。数多くの人が抑うつを克服するため に役立ってきた優れた科学が、そのような怪し げな目的のために使われたかもしれないと考え ると私は悲しいし、ぞっとしてしまう。   実施計画  率直に言って、私たちは当初、伝説的な(I ドーボイルドの鬼軍曹たちがレジリェンスート レーニングについて「女の子っぽい」「感傷的」 「心理学のお遊び」などと思うのではないかと 心配していた。だが、そうはならなかったどこ ろか、彼らはトレーニングが大いに気に入っだ (と言うしか適切な言葉が見当たらない)。  驚いたのは、トレーニングのフィードバック が総合評価で5.0点中4.9点の得点たった ことで、カレンーライビッチの指導については 匿名の評価で5.0点中5.0点の満点たった。 彼らのコメントは私たちに感涙をもたらした。    「私が陸軍で働くようになって以来、最も   楽しいトレーニングだった。でもそれより   も大切なのは、それが洞察に満ちたトレー   ニングたったことだ」  「このトレーニングはとても簡単なのに、 自分にとって大いに効果があったことに驚 いている。私の部下の兵士たち、家族、そ して陸軍全体に大きなインパクトを及ぼす としか考えられない」  「このトレーニングによって生命や結婚生 活が救われ、自殺や、帰還後のアルコール 依存症や、薬物使用なども予防できること だろう。今こそ兵士たちにこのトレーニン グを行うべきだ」  「すべての兵士、陸軍の職員、そしてその 家族たちにもこのトレーニングを受けても らいたい」  「私はもうすでに、家庭で、この新しく習 得したテクニックを使い始めています」  以上の言葉は本当に、白髪交じりの鬼軍曹と 言われている大たちによるコメントの代表例で ある。  実施計画はこうだ。2010年には、150 人の軍曹たちが毎月ペンシルベニア大学に来て、 いずれトレーナーとなるべく8日間の養成ト レーニングを受講する。別の軍曹たちによる大 きなグループは、彼らの所属基地で同時中継に よってトレーニングを受講する。私たちは軍曹 の中でも最も優秀な大たちを選抜して、彼らを マスター・トレーナー、およびペンシルベニア 大学のトレーナーだちと一緒にトレーニングを 行うフアシリデーターに育て上げる。  こうすると、2010年の終わりには、およ そ2000人の軍曹たちにトレーニングを行っ たことになるが、そのうち100人までを選抜 し、トレーニングを行うことで、再びマス ター・トレーナーを育成する。選ばれた軍曹だ ちは、以後、毎週1時間をレジリエンスート レーニングに費やすことになる。2011年、 私たちはペンシルベニア大学でトレーニングを 続行すると同時に、いくつかの基地にトレーニ ングを移動させる。それほど遠くはない将来、 レジリエンスートレーニングはすべての新兵た ちに実施され、陸軍は自前のトレーナーたちに よつて完全にトレーニングを行えるようになる。  ケーシー将軍、コーナム将軍、そして私か、 陸軍少将と中将たちに向けて要点をかいつまん で話していたときに出た最初の質問は、「我々 の妻や子どもはどうなのですか? 兵士のレジ リエンスはそのまま兵士の家族のレジリエンス に反映すると思うのですが」というものだった。 その結果、ケーシー将軍が、すべての軍関係者 の家族たちがレジリエンスートレーニングにア クセスできるようにすることを命じたため、そ の案件はロングのトレーニング計画へと追加さ れることとなった。  私たちはそのようなわけで、リードートレー ナーとマスター・トレーナーのスタッフたちで 構成される「機動隊」を創設して、レジリェン スのスキルを配偶者や子どもに教えるのと同様 にして、ドイツや韓国のような遠く離れた地に も機動隊を派遣して、トレーニングを行ってい る。  そうこうするうちに、私たちは「戦線」から 手紙を受け取った。ある二等軍曹が私たちに宛 てた手紙は次の通りである。    私は歩兵隊の兵士として、自分に与えら   れたいかなる任務についても具体的な詳細   を得ることに慣れています。私がMRTに   参加すると告げられたとき、当然、自分に   とって何が期待できるのかと質問したとこ ろ、先入観を持たないように、と言われま した。私は兵士として、この言葉をこう解 釈しました。「これは多分役に立たないも のなのだろう。ただ、我々がサポートする よう命令されたのだ」と。  多分、心理学者のチームがやって来て、 何やら小難しいことを話すか、自分には関 係のないことを話すか、またはその両方に 違いないと予想してトレーニングに臨みま した。クラスの初日に、私(と私の部隊に いる2人の下士官)は30分早く教室に着き ました。後列の席に座りたいと思ったから です。残念ながら、他の参加者たちも全員、 私と同じことを考えていました。前列の席 だけが空席で残っていたのです。  とにかく私たちは着席しました。正直、 信じない大がよくやるポーズ(胸の前で腕 組みをして、椅子にもたれかかって座る姿 勢)を取りながら座りました。2日目には、 まっすぐに座って、クラスに集中している 自分に気がつきました。クラスで「思考の わなを避ける」を学んだころには、私は前 のめりになって椅子に座っていました。こ れには自分自身すっかり驚いたし、食事休 憩のためにクラスが中断するときなど少々 がっかりもしました。  いくつかのスキルについては、自分で今 まで本能的にやってきたか、経験から同じ 方法でやってみてうまくいった結果として 知っていることに気がつきました。自分の 仕事を通して出会ってきた何人かのリー ダー・仲間・兵士たちにいくつかのスキル が欠けていることにも気がつきました。  クラスでの議論が「V−A・強みテス ト」の結果に関する内容へと入っていった とき、私は議論が待ち遠しく感じるように なっていました。いくつかの強みについて は自分が思った通りに正しかったし、その 他の強みについては驚いたことに予想が外 れて、V−Aの順位リストではそれほど高 い順位にはありませんでした。素直に振り 返ってみて(自己認識)、家内とも話し 合ってみた結果、私の強みはかなり正確な 順位づけにあることが分かりました。どの 強みが、自分が思っていたより低い順位に あるのかが把握できたことで、今後自分が どのような方向で努力をしていけばよいか 理解できました。  学んだスキルは、部隊に戻ってからも活 用していますが、今のところうまくいって います。これは同じくらい大切なことです が、私は家族ともうまくいっています。私 の部隊では、いくつかの決定事項を事実上 協力してやっていくことになっているので すが、そこに私が自分の意見を提供すると きなど、どうやって私がそのような決定に 至ったのか、今ではしっかりと説明できる ようになりました。  以来、指揮官と最高幹部は、私を傍に呼 んで、MRTについてさらに詳しく聞き出 そうとしています。うち2人は次回のト レーニングに参加する予定です。私の子ど ものうち2人(15歳と12歳)がV−Aを受  けてみたのですが、V−Aが私たちのコ  ミユニケーションにどんなに役に立ってく  れていることか知れません。私は「積極  的−建設的反応」をやってみて、私の12歳  の子どもに「問題解決」をやらせてみたの  ですが、私も子どもも思いがけずうまくや  ることができました。 もう1人の軍曹は次のように書いた。  私は昨年の11月にMRTを体験してみた のですが、コースを受講してみてから、職 場はもちろんのこと、もっと大切なところ では私生活でもいつも助けとなってくれて います。  陸軍における私の哲学は、家庭が幸せで うまくいっていれば、それが職場でも助け となってくれる、です。コースの始めから、 私はこのスキルを自分の日常生活にどのよ うに組み込んでいくかを学び始めたのでし た。家内と話せるようになったこと、そし て何よりも家内の話を聞けるようになった ことで、私の結婚生活に新たな扉が開けま した。私自身、気がつくと、数え切れない くらい「受動的−建設的反応」をしていた のですが、一歩下がって自分が何をしてい るのかが分かった後では、自分が実際に結 婚生活に悪影響を及ぼしていたことを痛感 しました。以前はつまらないと思っていた 家内の話をただ聞いてやるだけで、家内の 機嫌がよくなっていくのが分かりました。 「妻が幸せでなければ誰も幸せではない!・」 とは、みんながよく知るところです。  おまけに、仕事でのいざこざにも随分と 楽に対処できるようになったことに気がつ きました。以前は、自分がこうあるべきだ と思うところと違ったように物事が進むと すぐに取り乱すなど、たいていは過剰に反 応してしまったものです。  今では一歩離れて物事を見るようになり ました。早まった決定を下す前に、あらゆ る情報を入手するよう心がけています。落 ちついて、その手の状況に異なる方法でア プローチできるようになりました。数多く の「氷山」を発見したことで、今やそれら に対して何か実際に手を打てるようになっ たのです。  以前は、自分の両親のように、36年以上 もの間、結婚生活がもつかどうか分かりま せんでした。今ではこのまま結婚生活を続 けていく自信があります。以前は自分の キャリアについて悩んでばかりで、今まで 自分が選んできた数々の選択肢にこだわっ て、はて自分は正しいことをしてきたのか、 自分はこれで成功できるのかどうかなどと くよくよと考えてきたものです。  今では、将来何が起きようとも、よりよ い形で試練に立ち向かえると思っています。 この知識があれば、部下の兵士たちの面倒 をもっとよくみてやれるとも思っています。 自分自身の面倒をみてやれなければ、どう やって兵士たちの面倒をみてやれるという のでしょうか、私はそう思っています。陸 軍での生活、また愛する人だちから離れて の生活になかなか適応できず、大変な思い をする新兵たちが大勢います。かつて私も そんな兵士の1人でした。もし当時、私が この知識を備えていたら、ずっと楽にやる ことができただろうし、数々の難局にも もっとうまく対処できたと思います。この 知識があれば、兵士たちが私に問題をぶつ けてきたときに、「ABC」や、「問題解 決」や、兵士たちの「氷山」を見つけてや るなど、いろいろな手法を使って解決に導 いてやれます。また、彼らのリーダーとし ての自分の職務も果たせます。  全体的に見て、このコースは大成功でし た。私は家族や、つらい経験をしている多 くの友人たちにもそのことを伝えました。 ポジティブ心理学の効用はすごいです!・  陸軍も、ペンシルベニア大学も、このような 証言だけで安堵することはない。私たちのト レーニングの成果については、2人の担当士官 の指揮下で大規模な研究が行われる中で厳しく 評価される。MRTが徐々に展開していくのに 伴い、レジリエンスートレーニングを受講した 兵士たちについて、まだ受講していない兵士だ ちと対照的に能力を評価できる。これは「ウェ イテイングリスト対照」試験と呼ばれている。  直属の上司である軍曹だちからPRPの内容 を学んだ少なくとも7500人の兵士には、そ の後2年間、追跡調査が行われる。彼らはト レーニングを受けていない兵士だちと比較され る。2人の担当士官は、トレーニングによって、 軍務遂行能力が向上したかどうか、PTSDが 減少したかどうか、身体的健康を促進したかど うか、そして最終的には戦地から帰還した後に、 よりよい家庭生活や一般市民としての生活が送 れたかどうかを尋ねることが許されている。  陸軍と行動をともにすることについて、私は 自分の心からの気持ちを告白しない限り、この 章は完成しないと思っている。私はアメリカ合 衆国を、ヨーロッパで死に至らしめる迫害を受 けた私の祖父母に、自分の子どもや孫たちが繁 栄を築けるような安全な避難所を与えた国だと 考えている。  アメリカの陸軍のことは、私とナチスのガス 室の間に立って闘ってくれた軍隊であると考え ている。だからこそ、軍曹や軍司令官だちとと もに過ごした日々のことを、私は自分の人生に おける最も充実した、感謝に満ちた日々である と思っている。CSFに関する私の活動は一切、 無料奉仕によるものだ。軍の英雄だちと椅子を 並べるとき、イザヤ書の6章8節からのこの一 節を思い出さずにはいられない。  「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって 行くだろうか」  わたしは言った。  「わたしがここにおります。わたしを遣わ してくださいI・」 第9章 ポジテイブヘルスー 楽観性の生物学  健康とは、単に病気ではないとか、弱って  いないということではなく、肉体的にも、  精神的にも、社会的にも、すべてが良好な  状態にあることをいう。    世界保健機関憲章前文(1946年)  医療を覆す 私はサイコセラピストとして35年間やってき た。私はあまりよいセラピストではない。正直、 人の話を聞くよりも話す方が得意だ。だがとき どきは、かなりよい仕事をしてきたし、患者の 悲しみや、不安や、怒りのほとんどを取り除く 手助けをしてきた。自分の仕事が完了したとき には、幸せな患者が得られると思っていた。  患者は幸せになれたかって? 答えはノーだ。 第3章で述べたように、私の目の前には魂の抜 けたような患者がいただけだった。ポジティブ な感情を楽しむ、自分が大切に思う人だちと深 く関わる、人生に意味・意義を見出す、仕事の 目標を達成する、良好な人間関係を維持すると いったスキルは、抑うつにならない、不安にな らない、怒らないといったスキルとは全く別物 だからだ。  このような情動不安はウェルビーイングの妨 げになるが、だからといってウェルビーイング が実現できなくなるわけではない。それは、悲 しみや不安、怒りがないからといって、幸せに なれると保証されるわけではないのと同じだ。 ポジティブメンタルヘルス(ポジティブな精神 的健康)は単に精神的疾患ではないということ ではない、とポジティブ心理学は教える。  精神的な障害はないのに、人生に行き詰まり、 惨めな人生を送っているというのはごく普通に あることだ。ポジティブメンタルヘルスとは 「存在する」こと、すなわち、ポジティブな感 情、エングージメント、意味・意義、良好な関 係、達成が存在することを指す。精神的に健康 な状態とは、単に病気ではないことではない。 持続的な幸福感が存在することなのだ。  これは、精神的健康とは精神的疾患がないこ とに他ならないという、ジークムントーフロイ トが伝えた知恵とは真つ向から反するものだ。 フロイトは、哲学者のアーサー・ショーペン( ウアー(1788〜1860年)の信奉者で あった。2人とも、幸せとは幻想にすぎず、せ いぜい人間の惨めさや苦しみを最小限にとどめ るよう望むことができるだけだと考えた。従来 のサイコセラピーはウェルビーイングを生み出 すようにはなっておらず、ただ惨めさを小さく することしか意図されていない。このことに疑 いの余地はない。だがそれ自体、決して簡単な 仕事でもない。  「身体的健康は単に身体的疾患がないこと」と いう同じ「知恵」が、身体的健康に関する概念 として広く受け入れられた。世界保健機関の但 し書き(冒頭の引用文)や、国立「衛生」研究 所の名前そのもの(予算の95パーセント以上が 病気を減らすために使われることを考えると。 この名前には語弊がある)に関係なく、健康に 関する科学的な研究分野がほとんど存在しない のだ。巨大なロバートーウッドージョンソン財 団の2人の担当官が、ポジティブ心理学につい て私と話し合いたいと申し出たときに、彼らの 念頭にあったのはこうしたことだった。  「我々はあなたに医療を作り変えてもらいたい のです」と、同財団担当官のポールータリーニ は言った。「我々はあなたのメンタルヘルス分 野での取り組みをずっと見てきました。あなた は、精神的健康というものが本当に存在し、精 神的疾患がないこと以上のものであることを示 してこられました。我々はあなたに身体的健康 についても同じことを試していただきたいので す」と彼は続けた。「実際の身体的な健康状態 を構成するポジティブな属性−健康資産−とい うものは存在するのでしょうか? 寿命を延ば し、罹患率を低下させ、いよいよ病気が襲って きたときでも予後は良好なものとなり、一生の 医療保険費を減らせるという状態は存在するの でしょうか? 健康とは本物なのでしょうか、 それともすべての医療がめざすべきは病気をな くすことなのでしょうか?」  その言葉だけで、私の心臓は存分に高鳴った。 私はこの壮大な難問におけるたった一つの未解 明な部分に取り組んでいた。それは、楽観とい う心理的な状態が、身体的疾患の減少をもたら し、実際にその通りに作用するかもしれない、 というものだ。そして、いかにも期待の持てそ うな研究結果の概観が見えつつあった。この研 究は、私かこの2人の担当官と話す40年前に始 まった。   学習性無力感理論の起源  私は、1960年代半ばに「学習性無力感」 を発見した研究者3人組の1人であった(ス ティーブーマイヤーとブルースーオーバーマイ ヤーが私の研究仲間であった)。私たちは、動 物(犬、ラット、マウス、そしてゴキブリさえ も)が、最初に自らの力ではどうすることもで きない不快な出来事を経験するやいなや受動的 になり、困難に直面すると諦めてしまうことを 発見した。  最初に無力感を経験した後では、少し痛みを 伴うショックを受けてもただ横になり、逃げよ うともせずにただじっと待ち、ショックを受け 入れるだけだった。最初に全く同じ身体的 ショックを受けたものの、そのショックから逃 れられた動物は、後に無力感には陥らなかった。 その動物は学習性無力感に対して免疫ができた のだった。  人間という動物も、人間以外の動物と全く同 じことをする。ドナルドーヒロトによって実施 され、以来何度も繰り返されてきた人間を対象 とする実験では、実験参加者はランダムに三つ のグループに分けられる。これは、「トリア ディック(三つ組)試験」と呼ばれている。  第1のグループ(逃避可能群)は、不快だが 無害な出来事(大きな騒音など)にさらされる。 自分の前にあるボタンを押すと、騒音が止む。 そのため、彼ら自身の行動によって騒音から逃 れることになる。第2のグループ(逃避不可能 群)は第1のグループと一緒にされる。実験参 加者は全く同じ騒音にさらされるが、彼らが何 をしようとお構いなしにその騒音は鳴り止む。 第2のグループは明らかに無力である。彼らが 反応すれば騒音が止む可能性は、彼らが反応し なければ騒音が鳴り続ける可能性と同じである からだ。操作上、学習性無力感は、自分が何を しても出来事を変えられることはないという事 実によって定義される。重要なのは、逃避可能 群も、逃避不可能群も、全く同じ客観的なスト レッサーを持つ、ということだ。第3のグルー プ(対照群)は、全く何の刺激も受けない。こ れがトリアディック実験の第1部である。  前の段落に戻ってみて、読者の皆さんがトリ アディック試験について理解しているかどうか 確かめてみよう。そうでなければこの章の残り の部分はほとんど意味を成さないからだ。  第1部では学習性無力感を誘導し、第2部で はその劇的な影響が示される。第2部は後に、 別の場所で起きる。第2部では一般的に、三つ すべてのグループが「シャトルボックス」に出 くわす。実験参加者が箱の一つの面に手を入れ ると、大きな騒音が発生する。実験参加者が箱 の別の面へと手を何センチか動かすと、騒音は 鳴り止む。逃避可能群の人と、対照群の人はす ぐに、騒音から逃れるためには自分の手を動か せばよいことを学ぶ。逃避不可能群の人は概し て動かない。騒音が自然に鳴り止むまで、彼ら はじっと座り、騒音にさらされる。第1部で彼 らは、自分の行為は何も関係がないことを学ん だ。そのため、第2部では、自分の行為は何も 関係がないと予期して、逃れようとしないのだ。  無力なとき、人は病気になり、死に至ること さえあるという数多くの逸話を私は知っていた。 そのため、学習性無力感が何らかの形で体の中 に到達し、健康と活力を徐々に蝕むのではない かと考え始めていた。私はその逆、ポールータ リーニの質問についても考えてみた。無力感と は反対の心理的統御感が、何らかの形で体の中 に到達して体を強くするのではないだろうか?  トリアディック試験の理論的説明はこうだ。 逃避可能群、逃避不可能群、通常の対照群(ス トレッサーに対する経験のない普通のグルー プ)の三つのグループの存在は、学習性無力感 の実験としてはうまく実施された実験であるこ とを保証するものだ。通常の対照群から、双方 向の推論が可能となる。無力感が人に害を与え るのだろうか? それとも統御感が人を強くす るのだろうか?  「無力感は有害か?」(「病理学的な」問い)に 対する答えは、第1部で逃避不可能な騒音を経 験した人と、第1部で全く騒音がなかった通常 の対照群の人とを第2部で比較することによっ て得られる。第2部で、逃避不可能群が通常の 対照群よりも出来が悪ければ、無力感は人に害 を与えたことになる。  対極にある問いは「統御感は人を強くするの か?」だ。この質問(「ポジティブ心理学的な」 問い)に対する答えは、第1部で騒音から逃れ ることを学んだ人と、通常の対照群の人とを第 2部で比較することによって得られる。騒音か ら逃れられた人が通常の対照群の人よりも第2 部で出来がよければ、統御感が彼らを強くした ことになる。  無力感グループの出来が統御感グループより も劣るということは、これら両グループと対照 群とを比較することよりも科学的には重要性が 低いことに注目してほしい。これは、無力感が 人を弱らせるか、統御感が人を強くするか、あ るいはその両方の場合に、無力感グループの出 来が統御感グループに比べて劣るからである。  ポールータリーニによる質問の根本にはこの ような洞察があった。だが、あまりに明らかな 洞察であるために、ついそのまま見過ごしてし まいそうなほどだった。フロイト、ならびにそ の医学的モデルにしたがった心理学と医療は、 病理学の視点から世界を見て、悪性の出来事に おける毒性作用にだけ注目する。良性の出来事 における強化作用、言うなれば病理学の反対に あるものについて問いを提起すれば、心理学と 医療は覆る。実際、どんな分野でも(栄養学、 免疫系、福祉、政治、教育、倫理など)、治療 に固執する試みではこの洞察は見過ごされてし まう。強みを構築せずに欠陥を補正するのでは、 たった半分の仕事しかしていないことになる。  病気の心理学  私か身体的疾患の心理学に関わっだのは学習 性無力感を通してであった。トリアディック試 験を使って身体の健康について尋ねるという私 たちの研究では、ラットとガン細胞を使った。 当時、私の受け持っていた2人の大学院生が、 ラットの脇腹に50パーセントの致命率(LD 50)を持つ腫瘍を移植した。私たちはそれから、 ラットを次の三つの心理状態の一つにランダム 割付した。少し痛みを伴う、64の逃避可能な ショック(統御感)によるセッション、同様の ショックだが逃避不可能なショック(無力感) によるセッション、およびショックのないもの (対照群)である。それが第1部であった。  第2部では、どのラットがガンになって死ん だか、そして、どのラットが腫瘍に対して抵抗 性を示したかを観察するため、私たちはただ 待った。想定した通り、対照群の50パーセント (ショックを受けた経験がなかったもの)が死 んだ。逃避不可能群にいたラットの4分の3が 死んだのだが、それは無力感が体を弱めたこと を示していた。逃避可能群にいたラットの4分 の1が死んだのだが、それは統御感が体を強く したことを証明した。  私か動物実験に関与したのは、1982年に 「サイエンス」誌で発表されたこの実験が最後 であったと言っておくべきであろう。そしてそ の理由をお伝えしたい。倫理的に言えば、私は 動物好きである。自宅で飼っている犬のお陰で、 私はいつも心豊かに過ごせている。そのため、 どのような目的でも、たとえ人道的な目的で あっても、動物を苦しめることに大変な抵抗を 感じた。だが、これを科学的に言う方が私に とっては意味がある。動物よりも人間を対象と する方が、私か最も興味を持つ問いに対する答 えを見つけるのにもっと直接的なアプローチが できるからだ。人間に当てはめようとするあら ゆる動物実験は、外的妥当性の問題と格闘する ことになる。  これは重大だが放置されている、本当に恐ろ しい問題である。そもそも私か実験心理学に魅 了されたのは、内部妥当性と呼ばれる厳密さの ためであった。内部妥当性の判断基準は対照実 験を行うことにある。実験を通して何か何を引 き起こすかが分かるからだ。  火によって水は沸騰するか? 火をつければ 水は沸騰する。火(対照群)がなかったら水は 沸騰しない。制御不能な、悪い出来事によって 腫瘍の成長が促されるのか? ラットのグルー プに逃避不可能なショックを与え、もう一つの グループに同様の逃避可能なショックを与えて。 これら二つのグループとショックを受けないグ ループとを比較してみる。逃避不可能なショッ クを受けるラットの腫瘍は大きな割合で成長す る。したがって、逃避不可能なショックがラッ トの腫瘍を増殖させた、というわけだ。だが、 この結果は、人間のガンの原因について何を教 えてくれるだろうか? 無力感が人間のガンに どう影響するかについては? これは、外的妥 当性の問題だ。  素人が心理学の実験について、「シロネズミ と大学2年生」とバカにして批判するときに槍 玉に挙げられるのは外的妥当性である。心理学 者たちは都合よく無視することを選んだが、こ れは決して俗物的な批判などではなく、深刻な 問題なのだ。  ヒトは、ドブネズミの白い実験室バージョン とは数多くの点で異なる。逃避不可能なショッ クと、自分の子どもがボートの事故で溺れたと 知ることとはさまざまな点で異なる。私たち研 究者がドブネズミに移植した腫瘍は、ヒトを悩 ませる、自然に生じる腫瘍とはさまざまな点で 異なる。したがって、内的妥当性(厳格な実験 計画法、正確な対照群、ランダム化を確実にす るだけの大きな標本、申し分のない統計データ など)が完璧だとしても、制御不能な悪い出来 事がヒトの病気の進行に及ぼす影響を解明する のかどうかについては、まだ自信をもって推測 することはできない。  やる価値のないものであれば、うまくやる価 値もないのだ。  私は、内的妥当性よりも外的妥当性を確立す ることの方がよほど重要であるものの、これは はるかに苛立たしい科学的推論だと考えるよう になった。大学の心理学では、心理学を真剣に 学ぶ大学院生全員に対して、内的妥当性に関す るすべての授業(「方法論」の授業)が必須と なっている。このような授業ではもっぱら内的 妥当性について教え、外的妥当性についてはほ とんど触れることさえない。これが多くの場合、 素人が科学について無知なだけだ、とごまかさ れる部分だ。何百人もの心理学の教授は、内的 妥当性について教えることで生計を立てている が、外的妥当性について教えることで生計を立 てている者は誰もいない。残念なことに、基礎 的かつ厳格な科学の適用性に対する世間の疑い は、多く当然のことと思われる。外的妥当性の 規範が明らかではないからだ。  例えば、実験の主題は、実験がうまくいった ら成り立つであろう推論について熟考した結果 ではなく、圧倒的に学問上の都合によって選ば れる。1910年にビデオゲームがあったら。 シロネズミが心理学で使われることは絶対にな かったであろう。1930年にワールドワイド ウェブがあったら、大学2年生が心理学の実験 参加者となるという選択肢は絶対になかったで あろう。私にとって科学的に肝心な点は、再現 可能な状況下で、現実世界の統御感と現実世界 の無力感についてともに人間に働きかけること で、外的妥当性の問題をできるだけ避けること にある。  確かに、動物実験が正当だと認められる事例 があると私も思っている。だがそれは、外的妥 当性の問題が小さい、人間を対象とした実験の 倫理的問題が克服できない、またあるいは人間 にとっての利益が大きいなどの場合に隕られた 話だ。私は、この本で取り上げたすべての問題 が、人間を対象とする研究を通してもっとよく 解明されると思っている。ここでこれらの問題 に戻ってみよう。  ここまでの学習性無力感に関する私の説明に、 一つ重要な事実をつけ加えなければならない。 人間に対して逃避不可能な騒音を与えたとき、 あるいは動物に対して逃避不可能なショックを 与えたとき、すべての人間や動物が無力になっ たわけではなかった。  規則性をもって、およそ3分の1の人(3分 の1のラットと3分の1の犬も)が決して無力 にならなかった。規則性をもって、およそ10分 の1の人(10分の1のラットと10分の1の犬 も)が最初から無力であったため、受動性を誘 導するのに実験室を必要としなかった。このよ うな観察がきっかけとなり、学習性楽観と呼ば れる分野に至ったのだった。  私たち研究者は、どのような人間が決して無 力にならなかったのかを知りたいと思った。そ こで、私たちの実験では無力にならなかった人 たちが、悪い出来事をどのように解釈したのか を体系的に調べた。その結果、人生の妨げとな る出来事の原因が、一時的で、変わりやすく、 局所的なものであると考える人たちが、実験室 ですぐには無力にならない人たちであることを 発見した。実験室での逃避不可能な騒音や、失 恋に襲われたとき、この人たちはこう考える。 「すぐに消えてなくなるだろう」「自分で何とか できるだろう」「こんな状況は今だけだろう」。 彼らは挫折から素早く立ち直り、職場での失敗 を自宅まで持ち帰らない。私たちはそのような 人たちを楽観主義者と呼ぶ。反対に、「これは 永久に続きそうだ」「これではすべてが台なし になってしまう」「私の力ではどうすることも できない」といつも考える人たちは、実験室で すぐに無力になる。彼らは敗北から立ち直らず、 職場に自分の結婚生活上の問題を持ち込む。私 たちはそのような人たちを悲観主義者と呼ぶ。  そこで私たちは、楽観性を測定する質問紙を 開発した。それと同時に、質問紙に回答するこ とのない人たち(大統領、スポーツ界の英雄、 故人など)を測定するために、演説や、新聞記 事の引用文や、日記の中で使われているすべて の「なぜならば」に続く文章に見られる、楽観 性を無分別に評価する内容分析テクニックを開 発した。私たちはそうやって、悲観主義者が楽 観主義者よりも抑うつに陥りやすいことや、仕 事や学業、スポーツで低い能力しか発揮するこ とができず、人間関係には困難が多いことを発 見した。  悲観性および楽観性は、学習性無力感と統御 感とを大きく増幅させるが、はたしてそれぞれ 病気に影響するのだろうか? そして、それは どのようなメカニズムによるのだろうか? 例 えば、喜び、熱意、陽気さといったその他のポ ジティブ心理学的な要素は病気にどう影響する のだろうか? 以下、病気ごとに、心血管疾患、 感染症、ガン、そして全死因死亡(あらゆる原 因による死亡)の順序で述べていきたい。   心血管疾患(CVD)  1980年代半ば、サンフランシスコに住む 120人の男性が最初の心臓発作を起こした。 彼らは大規模な重複危険因子介入試験(MR FIT)研究における無処置(対照)群として 扱われた。この研究は、多くの心理学者と心臓 専門医をがっかりさせた。男性のパーソナリ テイをタイプA(攻撃的で、時間にせっかちで、 敵対的)からタイプB(おおらか)に変えるト レーニングが、心血管疾患に最終的に何ら影響 しないことが分かったからだ。  だが、この120の無処置(対照)群は、当 時ペンシルベニア大学の大学院生であったグレ ゴリー・ブキャナンと私にとっては大きな興味 を惹かれるものだった。彼らの初めての心臓発 作については、心臓の損傷の程度や、血圧、コ レステロール、体重、生活スタイルなど、いず れも心血管疾患に対する従来の危険因子である が、実に多くのことが判明していたからだ。そ の上、男性は全員、家族、仕事、趣味など、彼 らの生活に関するインタビューを受けていた。 そこで私たちは、ビデオ録画された各人のイン タビューを見ながら、「なぜならば」に続く文 章を一つひとつ拾い上げ、楽観主義と悲観主義 とでコード化した。  それから8年半以内に、半分の男性が2度目 の心臓発作で死んだ。私たちは封をされた封筒 を開けた。誰が2度目の心臓発作を起こしたか 予測できるだろうか? 血圧、コレステロール、 最初の心臓発作による損傷の程度であっても、 通常の危険因子ではいずれも死は予測できな かった。8年半前には、楽観主義だけが、2度 目の心臓発作を予測させるものだった。16人の 最も悲観的な男性のうち15人が死んだ。16人の 最も楽観的な男性のうち死んだのはわずか5人 たった。  この発見は、心血管疾患に関するさらに大規 模な研究において、楽観性を調べるさまざまな 測定尺度が利用された上で、繰り返し確認され ている。  退役軍人局標準的加齢研究  1986年、1306人の退役軍人がミネソ 夕多面人格目録(MMPI)を受検し、それか ら10年間追跡調査が行われた。その年月の間に、 162の心血管疾患の症例が見られた。MMP Iには、他の研究において確実に死亡率を予測 する楽観性・悲観性尺度が含まれている。不安 や抑うつ、敵意と同様にして、喫煙、アルコー ル摂取量、血圧、コレステロール、体重、心血 管疾患の宗族歴、および学歴が測定された。こ れらはいずれも統計的に処理された。  最も強い楽観性を備えていた男性の心血管疾 患率は平均よりも25パーセント低かった。また、 最も弱い楽観性を備えていた男性の心血管疾患 率は平均よりも25パーセント高かった。この傾 向は強く、持続性があった。これは、強い楽観 性が男性を病気から保護したのに対して、弱い 楽観性が彼らを蝕んだことを示していた。  ヨーロッパ未来予想調査  1996年から2002年までの問、2万人 以上の健康なイギリス人の成人が追跡調査され たのだが、その間に994人が死亡した。うち 365人が心血管疾患による死であった。喫煙、 社会階級、敵意、神経症的傾向など、数多くの 身体的・心理的な要素が研究の始めに測定され た。また、統御感についても、次の7つの質問 によって測定された。 1 自分に起きることに対してほとんどコン  トロールがきかない 2 自分の抱えるいくつかの問題を解決する  手立てがない 3 人生で大切な多くのことについて、自分  ではほとんど何も変えられない 4 人生の問題に向き合うときに、たいてい  自分は無力であると感じる 5 ときどき、自分が人生に振り回されてい   るように感じる  6 将来、自分に起きることは、ほとんど自   分次第だ  7 自分か本当に心に決めたことは、ほとん   ど何でも成し遂げることができる  これらの質問は、無力感から統御感までカ バーしている。心血管疾患による死は、統御感 をはじめ、喫煙や社会階級、その他の心理的な 要素を一定に保つことによる影響を強く受けた。 統御感が高い人は、統御感が平均的な人に比べ て、心血管疾患による死亡率が20パーセント低 かった。また、無力感の高い人は、無力感が平 均的な人に比べて、心血管疾患による死亡率が 20パーセント高かった。これは全死因死亡につ いても当てはまる。また、程度は小さいが、統 計的には有意なものとして、ガンによる死亡に ついても当てはまる。  オランダ人の男性と女性  1991年から始まった研究では、65歳から 85歳の999人が9年間追跡調査された。その 間に397人が死んだ。研究者たちは手始めに、 楽観性とともに、健康、教育、喫煙、アルコー ル、心血管疾患の病歴、結婚、体重、血圧、お よびコレステロールについて測定した。これら の要素は、次の4項目によって測定された。  1 人生にまだ多くを期待している  2 近い将来、人生に何か起きるかなど楽し   みにしていない  3 やりたいことがまだたくさんある  4 前途有望な人生だとよく思うことがある  悲観性は、特に他のすべての危険因子を一定 に保ったときに、死亡率と非常に強い関連性が あった。楽観主義者の心血管疾患死亡率は、悲 観主義者のわずか23パーセントであり、全体的 な死亡率では悲観主義者に比べてわずか55パー セントであった。興味深いのは、防御効果が、 楽観主義、未来指向の考え方、「よく幸せな笑 いが起きる」など、現在の瞬間にフォーカスし た気分で顕著に見られたことだ。「私はたいて い機嫌がよい」などの項目では死亡率は予測で きなかった。  1995年のノバスコシア健康調査において、 看護士チームが1739人の健康な成人のポジ ティブ感情(喜び、幸福感、興奮、熱意、満足 感)を評価した。その後10年間で、ポジティブ 感情が高い大は心臓病にかかることが少なく、 ポジティブ感情の5段階評価の各段階で召パー セントの心臓病罹患率の低さであった。楽観性 については測定されなかったため、ポジティブ 感情が楽観性を通して作用したのかどうかは判 断できない。  オランダ人の楽観性の影響には持続的な傾向 が見られた。あらゆる局面で、楽観性の強さと 心血管疾患による死亡率の低さに関連性が見ら れたのだ。これらの調査結果は、影響が両極に 及ぶことを示している。楽観度の高い者は平均 よりも心血管疾患による死亡率が低く、悲観度 の高い者は平均よりも心血管疾患による死亡率 が高い。  ここで、「身体を弱める危険因子だけではな く、身体を保護する健康資産というものはある のでしょうか?」という、ポールータリーニに よる質問の趣旨を思い出してみよう。この研究 では、平均的な人に比べて、楽観性を備える人 が、心血管疾患に対して強化された。それは ちょうど、平均的な人に比べて、悲観性を備え る人が、心血管疾患に対して弱化されたのと同 じだった。  真の元凶は抑うつなのだろうか? 一般的に、 悲観性は、抑うつと非常に高い関連性がある。 また、抑うつは、多くの研究において、心血管 疾患と関連性がある。このことから、抑うつが 増大することで悲観性による致死効果が現れる のではないかと思うかもしれない。だがその答 えはどうやら「ノー」だ。抑うつが統計的に一 定に保たれたときでも、楽観性と悲観性がそれ ぞれに影響を与えたからだ。  女性による健康イニシアティブ  楽観性と心血管疾患の関係について扱った今 までで最大規模の研究において、1994年の 研究開始時には健康であった9万7千人の女性 が、その後8年間追跡調査された。念入りな疫 学的研究において通常行われるように、年齢、 人種、教育、宗教行事への参加、健康、体重、 アルコール、喫煙、血圧、およびコレステロー ルがまず記録された。疫学的研究は、大規模な 集団における健康のパターンについて調査する。  楽観性は、「楽観性尺度」(LOT)という妥 当性の確認されたもう一つの方法で測定された。 楽観性尺度には、「先行きの見えないとき、自 分はたいてい最善を期待する」「自分の身に何 かよからぬことが起きるとすれば、それはその 通りになる」などの10の質問がある。重要なの は、抑うつの症状も測定され、またその影響も 別途評価されたことだ。楽観主義者(上位4分 の1)は、悲観主義者(下位4分の1)に比べ て、心臓発作による死亡率が30パーセント低 かった。心臓病でも全死因死亡でも、ともに死 亡率が低くなる傾向が一定に見られた。これは 平均と比較して、楽観性が女性を保護し、悲観 性が彼女たちを蝕んだことを再び示すものだ。 またこれは、抑うつの症状を含み、他のすべて の危険因子を一定に保ったときにも当てはまる。  生きるに値するもの  心血管疾患から身体を保護すると思われるも ので、楽観性に似た特性に「生きがい」がある。 この日本語の概念は、生きるに値する何かを持 つことを意味する。また、生きがいは、楽観性 と同時に、持続的幸福の「意味・意義」の要素 (PERMAのM)に密接に関係している。生 きがいについては日本の研究で3本、有力な研 究があるが、そのすべての研究が、従来の危険 因子と知覚されたストレスを制御したときでさ え、高いレベルの生きがいが心血管疾患による 死の危険性を減らすことを示している。  一つ目の研究では、生きがいを持だない男性 と女性における心血管疾患による死亡率は、生 きがいを持つ男性と女性に比べて160パーセ ント高かった。  二つ目の研究では、生きがいを持つ男性は、 生きがいを持だない男性に比べて心血管疾患に よる死の危険性は86パーセントであった。これ は女性にも当てはまるが、頑健性は低い。  三つ目の研究では、生きがいを多く持つ男性 は、生きがいの少ない男性に比べて脳卒中によ る死の危険性がわずか門パーセントであった。 だが、心臓病との関係性は見られなかった。   心血管疾患についての要約  楽観性と心血管疾患に関するすべての研 究は、楽観性が心血管疾患から身体を保護 することに強く関係しているという結論に 集約される。この結論は、肥満、喫煙、過 度のアルコール摂取、高いコレステロール 値、高血圧など、従来のあらゆる危険因子 を補正することにもつながる。またさらに は、抑うつや、知覚されたストレス、瞬間 的なポジティブ感情を補正することにもつ ながる。楽観性をさまざまな方法で測定す ることも考えられる。最も重要なのは、影 響が両極に及ぶことだ。平均的な楽観度と 悲観度に比べて、高い楽観度が人々の身体 を保護すること、また同じく、高い悲観度 が人々の身体を蝕むことである。   感染症  読者の皆さんの風邪は治るまでにどれくらい かかるだろうか? 風邪がほんの7日間で治る 人もいるが、多くの人にとっては2、3週間か かる。他の人たちが風邪で寝込んでいるときで も、風邪を寄せっけない人がいる。1年間に片 手では数えきれないほどの回数の風邪をひく人 もいる。  読者の皆さんはおそらく反射的に、「それは きっと免疫系の違いによるのだろう」と異議を 唱えるかもしれないが、私はここで、流行の免 疫神話に対して注意を促さなければならない。 「より強い」免疫系を持つ人が感染症をよりよ く防ぐことを科学が立証してくれればよかった と思うのだが、この点は決して明らかにしてい ないからである。  だが、驚くことに、心理的な状態が風邪の感 染に及ぼす影響については明らかになってきた。 感染症に対する感情の影響を解明することは、 あらゆる心理学の物語の中で最も素晴らしいこ との一つである。主人公は、カーネギー・メロ ン大学心理学部教授で、内気で穏やかな声で話 すシェルドンーコーエンである。彼は、生物学 と心理学を見事に橋渡しする研究をしている数 少ない科学者の一人である。  幸せな人があまり不平不満を言わないのは当 たり前のことだ。そのような人はあまり痛みや 病気の症状を訴えることなく、一般的に優れた 健康状態を報告する。対照的に、悲しげな人は 痛みについてよく不平不満を言い、健康状態が あまり優れないと報告する。両者とも、実際に は同じ身体的状態にあると考えるのが妥当であ ろう。  だが、悲しみも幸せも、両者が自分の身体的 症状をどのように知覚するかによってのみ変 わってくるものだ。あるいはこれは単に、症状 を報告するときのバイアスを反映しているのか もしれない。悲しげな人はネガティブな症状に 取りつかれていて、幸せな人はうまくいってい ることに意識を向ける、というバイアスだ(こ のバイアスが楽観性・心血管疾患の調査結果を 説明するわけではない点は注意してもらいたい。 ここでの結果は心臓の症状ではなく、死そのも のの報告だからだ)。抑うつを患う人が痛みや 風邪を多く患い、幸せな人が痛みや風邪をあま り患わないという数多くの観察結果を、つまら ない、作為的な報告だと受け流してしまうのは いかにも狭い了見だ。だが、まさにそれが、 シェルドンーコーエンが登場するまで、医学が 取っていた立場であった。  ジェルトンは勇気をもって、ボランティアの 実験参加者たちを実際に既知量のライノウイル ス(風邪を引き起こすウイルス)に感染させた。 私かここで「勇気」という言葉を使うのは、彼 がこれらの研究を実施するのにカーネギー・メ ロン大学の治験審査委員会(IRB)から承認 を得た際の悲惨な話をまだ伝えていないからだ。 だが、これから見ていくように、これらの研究 が倫理的な検閲に合格したことを私たちはあり かたく思ってよいだろう。  倫理と治験審査委員会(−RB)  有史における最悪の狂気の流行は、クリスト ファー・コロンブスが新世界を発見した数年後 に始まった。そしてそれは、20世紀前半まで凶 暴性を増しながら続いた。この障害は「進行麻 痺」と呼ばれるようになった。まず腕と脚が弱 まることから始まり、奇行の症状まで進行した 後で露骨な誇大妄想状態となり、最終的に広範 囲に及ぶ麻痺、無感覚状態、死へと進行する。  その原因は知られていなかったが、梅毒に起 因していたのではないか、と疑う者もあった。 麻痺患者が梅毒を持っていたことが判明してい た事例の報告数は明らかに十分ではなかった。 多くの麻痺患者が、梅毒になど一度もかかった ことがないと断固として否定したことや、性感 染症の兆候を示さなかったという事実と矛盾す るからだ。麻痺患者ではない人々のわずか10 パーセントにしか梅毒の病歴がなかったことに 対して、麻痺患者のおよそ65パーセントに梅毒 の明白な病歴があった。これは示唆的な数字で ある。麻痺の原因が示されなかっだのは、麻痺 患者の100パーセントに梅毒の病歴があった わけではなかったからだ。  梅毒の明らかな症状(性器の痛み)は2、3 週間で消えるが、病気はそうはいかない。梅毒 ははしかと同様、一度でも感染すれば、二度と 感染することはない。もっとはっきりと言えば、 すでに梅毒患者(麻痺患者)になった者であれ ば、別の梅毒患者の病原菌と接触しても、性器 に痛みが生じることはない。  危険な方法ながら、麻痺患者全員に梅毒の病 歴があったかどうかを実験によって調べる方法 が一つある。麻痺患者に梅毒細菌を注射してみ ると、ある驚くべき結果が生じる。麻痺患者は 病気にはならない。梅毒に二度かかることはな いからだ。この結果を見込んで、ドイツ人の神 経科医リチャードーフォンークラフト=エビン グ(1840〜1902年)は、この意義深い 実験を行った。1897年に、彼は梅毒患者の 患部から採取した物質を9人の大に接種したの だが、彼らは全員、梅毒の病歴があったことを 否定した。しかし、1人も痛みを生じなかった ことから、彼らは過去に感染していたに違いな いという結論に至った。  クラフト=エビングの研究がうまくいったこ とから、19世紀に最も流行した精神病が梅毒の 予防薬を用いることで根絶されようとしていた。 そうして、何十万もの人命が救われた。  この物語の教訓は、今日、このような実験を 行うことはできない、ということだ。IRBが 絶対に承認しないと思われるからだ。だが、 もつと嘆かわしいのは、どれだけ多くの人命が 救われることかという思いがあるにもかかわら ず、最も勇敢な科学者でさえ、そのような研究 案をIRBに提出しようとする者がいない、と いうことである。  クラフト=エビングのように、シェルドンー コーエンの研究は「勇敢」の称号を受けるに値 する。彼の研究には多くの命を救う可能性があ るからだ。コーエンは、大胆な実験計画法の中 で、ポジティブな感情が原因となり感染症に及 ぼす影響について先駆的な研究を行った。コー エンのすべての研究において、大勢の健康なボ ランティア実験参加者は、まず7日間、毎晩イ ンタビューを受ける。実験参加者は十分な手当 てをもらい、危険について十分な情報を与えら れる。それでも、多くのIRBは、こうした研 究を進めることさえ許さない。  これらのインタビューとテストでは、平均的 な気分(ポジティブ感情とネガティブ感情)が 評価される。ポジティブ感情は、「元気いっぱ い」「干不ルギッシュ」「幸せ」「気楽」「穏や か」「明るい」など、観察者による評価で構成 されている。ネガティブ感情は、「悲しい」「落 ち込んでいる」「不幸」「不安」「敵意を持つ」 「怒っている」などからなる。これらの項目は、 医学文献における気分と心血管疾患の関係のよ うに、楽観性と悲観性における未来指向の特性 (例えば「数多くの悪いことが繰り返し起きる と予想している」)を評価するものではなく、 瞬間的な感情の状態を評価するものであること に注意してもらいたい。年齢、性別、人種、健 康、体重、教育、睡眠、食事、運動、抗体値、 および楽観主義などの潜在的な交絡因子や潜在 的な背景因子も測定される。  それから、ボランティアは全員、ライノウイ ルスを鼻に注入され(クラフト=エビングのや り方に似ている)、監視下におかれ、風邪を悪 化させるために6日間隔離される。風邪は、症 状に関する自己報告(個々人がどれだけ症状を 訴えるかでバイアスがかかる可能性がある)と ともに、直接的には鼻汁の生成量(鼻をかんだ ティッシュが測量される)と鼻の詰まり具合 (鼻に注射された色素が咽喉の後ろに届くまで にかかる時間)によっても測定される。結果は 注目すべき、決定的なものであった。  ポジティブ感情スタイルの人の風邪の割合  (次ページグラフ上)  ライノウイルスに感染する前からポジティブ 感情度の高い人は、平均的なポジティブ感情度 の人に比べて風邪にかかりにくかった。また同 様に、平均的なポジティブ感情度の人は、ポジ ティブ感情度の低い人に比べて風邪にかかりに くかった。高いポジティブ感情度がボランティ ア実験参加者たちを強化し、低いポジティブ感 情度が彼らを弱化させるということで、影響は 双方向的である。  ネガティブ感情スタイルの人の風邪の割合  (次ページグラフ下)  ネガティブ感情度の低い人で、他の人に比べ てあまり風邪をひかない人は、ネガティブ感情 の影響が小さい。重要なのは、ネガティブ感情 ではなく、ポジティブ感情こそが明らかな原動 力となっていることだ。  ポジティブ感情が風邪を軽減するのはどんな 生物学的メカニズムによるものだろうか? ボ ランティア実験参加者たちが隔離され、詳細に 観察されたことから、睡眠、食事、コルチゾー ル、亜鉛、および運動の違いは無視してよい。 鍵となる違いは、インターロイキンー6という、 炎症を引き起こすタンパク質だ。  ポジティブ感情と炎症(次ページ)  ポジティブ感情度(PES)が高いほど、イ ンターロイキンー6(IL‐6)は低くなり、炎 症は少なくなる。  ジェルトンは、風邪ウイルスに加え、インフ ルエンザウイルスでこの研究を再現した。そし て、ポジティブな感情的スタイルが原動因であ るという同じ結果を得た。彼はさらに、自己申 告による健康、楽観性、外向性、抑うつ、およ び自尊感情の違いを排除した。   ガンと全死因死亡  ポジティブな状態は万能薬なのだろうか? 1970年代の無力感と病気に関する私の最初 の推測では、楽観性のような心理的な状態が身 体的疾患に及ぼす影響には限界があるかもしれ ないと警告した。特に、私は病気のひどさに関 心があった。  致命的で、末期の病気は、患者の心理的な状 態に影響されることはあり得ないと思っていた。 「クレーンが人間めがけて落下してくれば、楽 観性はあまり役に立だない」と、私は誇張して 書いたものだった。   「私は希望が大嫌い」−バーバラーエーレン  ライク  私は近年、希望と楽観性が、手術不能のガン 患者の延命に対して測定可能な効果がないこと を示すオーストラリアの研究によってこのこと を思い出した。バーバラーエーレンライクは 『Bright-SidedJ』(邦訳『ポジティブ病の国、ア メリカ』)で、彼女の個人的な経験として、彼 女がもっとポジティブな人間でありさえすれば 彼女の乳がん治療に効き目がある、と善意の医 療従事者たちに告げられた、と説明している。 彼女はそれから、ポジティブ心理学を退けるた めに筆を進める。  エーレンライクは、自分の乳がんを克服する ために明るい態度を身につけろと主張してきた 「幸せ監視団」に憤慨している。長生きするた めには見せかけのポジティブ感情が効くと信じ 込む理由は全くないし、患者に幸せであるふり をするよう促すことを勧めるような人を私は誰 も知らない。このようなことがありながらも。 エーレンライクは彼女の本のイギリス版に FSmile or Die』(『笑顔か死か』)というタイト ルをつけた。  私は『笑顔か死か』がイギリスで出版された 直後に、エーレンライクと示唆に富む意見交換 をした。私は彼女に、野球選手の寿命に関する、 発表されたばかりの記事を送った。それは、 1952年刊の「野球年鑑」の写真で見られる 笑顔の度合いが選手たちの寿命を予測したとい う記事で、心からの笑顔(デュシェンヌスマイ ル)を見せる選手は、微笑んでいない選手に比 べて7年長生きしている、とあった。  「私はどうも運が尽きたようです」と、彼女は メールの返信でそう言い逃れをした。  「あなたの分析は間違っており、根拠を無視し たものだと私は考えていますが」と私は返事を した。エーレンライクが見逃した点は次の通り だ。  「心血管疾患、全死因死亡、そしておそらくは ガンも、偽りの笑顔ではなく、ポジティブ感情 +意味・意義+ポジティブな関係性+ポジティ ブな達成で構成されたPERMAの作用を受け ます。あなたの場合、最初の要素は低いかもし れませんが(私もそうです)、私か推察するに、 他の多くの要素を持っているのでしょう。私の 好みには合いませんが、あなたの本は間違いな く有意義で、ポジティブな達成です。皮肉なこ とですが、あなたのようにポジティブを相手に 取り組むこと自体、あなたの人生の中で素晴ら しくポジティブなことなのです(「ポジティブ」 が、強制された笑顔以上の広義なものであると 適切に理解されればですが)−だから、あなた の運は尽きていないのですよ」  エーレンライクは彼女の本の中で、あらゆる 科学文献に当たることを怠ったが、彼女の本は 熱烈な賛辞を引き起こした。評論家たちはエー レンライクの結論を額面通りに受け取ったので ある。  最もひどい批評は「スケプティック」誌の創 立編集者、マイケルーシヤーマーによるもの だった。「エーレンライクは、ポジティブ心理 学の背景に科学がほとんどなく、健康によい効 果があるとされているポジティブシンキングに ついて、体系的に分析し、そして破壊する。エ ビデンスは乏しい。統計的有意水準は小さい。 頑健である研究結果はほとんどなく、あっても 多くの場合再現できないか、後の研究によって 否定される」  読者の皆さんはこの章からお分かりのように、 エビデンスは頑健であり、有意水準は大きく、 研究結果は何度でも再現されるのだ。  エーレンライクとジャーマーの暴言はさてお き、ポジテイビテイとガンに関するエビデンス は実際にどうなのだろうか? 最も完全なレ ビューである「楽観性と身体的健康一メタ分 析的レビュー」が2009年の「行動医学年 報」で発表された。そのレビューでは、楽観性 と身体的健康に関する83の個々の研究について メタ分析が行われている。「メタ分析」とは、 科学文献全体から、ある主題について方法論的 にしっかりとしたすべての研究を平均化するこ とだ。  著者たちはこう問うている。楽観性によって、 全死因死亡、心血管疾患、免疫機能、およびが ンはどの程度まで予測されるのだろうか? こ れら83の研究のうち18の研究には合計2858 人の患者が含まれるが、いずれもガンに関する ものだ。まとめると、頑健な有意水準において、 より楽観的な大がガンについてよりよい結果を 得ていることが判明した。  最大規模にして最新の研究では、女性の健康 イニシアティブ研究から97253人の女性を 対象に、心血管疾患、全死因死亡、およびガン について予測するために、楽観性と「シニカル な敵意」との関係が測定された。前に述べたよ うに、悲観性は心血管疾患による死亡率の主な 予測因子であった。重要なのは、特にアフリカ 系アメリカ人の女性たちにおいて、悲観性とシ ニカルな敵意とがともにガンの有意な予測因子 であったことだ。  エーレンライクは、彼女の本の執筆準備のた めに私に助けを求めてきた。私たちは、主に健 康に関する研究文献について、一対一でのミー ティングの機会を2回持った。私はそれから彼 女に詳細な参考文献と何本もの論文を送ってあ げた。だが、エーレンライクは、あらゆる研究 を紹介することなく、一部の研究だけを「つま み食い」して本を書いた。少数の無効なエビデ ンスを強調し、楽観性が、心血管疾患、全死因 死亡、およびガンを有意に予測することを明ら かにした立派な研究については論評しなかった。 自分にとって都合のよい部分だけを「つまみ食 い」するというのは、抽象的に言えば知的不誠 実さの一つの現れである。だが、実際の生死に 関わる問題としては、「つまみ食い」によって、 ガンで苦しむ女性が楽観性と希望を持つことの 意義を退けてしまうのは、危険な報道上の不正 行為だと私は考える。  ガンを扱った文献に関する私の概観は、ガン を発現させる危険因子としての悲観性にかなり 大きく傾いている。だが、悲観性については、 少数派だが注目に値するガンの研究からは有意 な効果が見つかっていない(もっとも、それら の研究ではどれひとつとして、悲観性がガン患 者にとって有益であるとは証明されていない)。 そのため、悲観性は、ガンに対しては、心血管 疾患や全死因死亡に比べて、可能性はあるもの の弱い危険因子であると私は結論する。  私はガンを扱ったすべての文献を踏まえ、病 気が極端に重度でなければ、希望や、楽観性や、 幸福感が、ガン患者に有益な効果をもたらすで あろうと当て推量で言っておく。だが、ここで ポジティビティを完全に退けてしまう前に慎重 になる方がよいだろう。というのも、楽観性の 限界に関する私の「クレーンの落下」の論文に 応じて手紙が届いたのだが、その手紙はこのよ うな書き出しで始まっていた。  「親愛なるセリグマン博士−クレーンが私めが けて落下してきたのですが、私か今日このよう に生きているのは、ただただ私の楽観性のお陰 なのです」  全死因死亡について調べた研究は、クレーン が人めがけて落下してきたとき、心理的ウェル ビーイングが実際にその人を助けられるかどう かに関係している。最近、ロンドン大学のヨウ イチーチダとアンドリュー・ステップトウが、 模範的な包括的メタ分析を発表した。彼らのメ 夕分析では全部で70の研究が平均化され、うち 35の研究は健康な参加者から、残りの35の研究 は病気を患う実験参加者から調査が始められた。  彼らのメタ分析から、70すべての研究におい て、心理的ウェルビーイングが病気から身体を 保護することが判明した。現在健康である人に とってはこの効果はかなり強い。ウェルビーイ ング度が高い人は、ウェルビーイング度が低い 人に比べて全死因死亡率が18パーセント低い。 病気を患う実験参加者から調べ始めた研究では、 小さいながらも有意な効果として、ウェルビー イング度の高い人の死亡率がウェルビーイング 度の低い大に比べて2パーセント低い。死因に 関しては、ウェルビーイング感が、心血管疾患 や、腎不全や、HIVから人々を保護するもの の、ガンについては有意性は見られなかった。  ウェルビーイングの因果関係と身  体への影響 私は次のように結論する。 ・楽観性は心血管の健康に、悲観性は心血管  の危険性に強く関係している ・ポジティブな気分は風邪やインフルエンザ  の予防に、またネガティブな気分は風邪や  インフルエンザに対するより大きな危険性  に関係している ・非常に楽観的な人はガンになる危険性が低  い可能性がある ・健康な人で、良好な心理的ウェルビーイン  グにある人は、全死因死亡に対する危険性  が少ない  なぜかって?  それに答えるための第一歩は、これらに本当 に因果関係があるのか、あるいは単に相関関係 があるのかを尋ねることだ。これは重要な、科 学的な問いである。というのも、愛情深い母親 や、過多なセロトニンといった第三変数が、良 好な健康とともに心理的ウェルビーイングをも たらす本当の原因であるかもしれないからだ。 観察に基づく研究では、可能性のあるすべての 第三変数を排除することはできない。だが、前 出のほとんどの研究では、運動、血圧、コレス テロール、喫煙、その他多くのもっともらしい 交絡因子などの面で人々を統計的に均等化する ことで、あり得そうな可能性を排除している。  15年前、ペンシルベニア大学での新入生入学 時に、私は全クラスに帰属スタイル質問票を送 付したのだが、それに全員が回答した(学生は 入学時にはかなり協力的である)。グレゴ リー・ブキャナンと私はそれから、学生たちに よる大変悲観的な説明スタイルの得点に基づき、 抑うつの危険性のある、最も悲観的な上位4分 の1の1年生について書き出した。そして、そ の学生たちをランダムに二つのグループの一つ に招き入れた。二つのグループとは、ベンーレ ジリエンシー・プログラム(学習性楽観)の内 容からなる8週間の「ストレスマネジメントセ ミナー」に参加するグループと、介入を行わな い対照群のことだ。  私たちは、セミナーが楽観性を著しく向上さ せ、予測どおり、その後30ヵ月間にわたり、抑 うつや不安感を下げる効果があったことを発見 した。私たちはまた、その期間の学生たちの身 体的健康を評価した。セミナーグループに参加 した学生たちは、対照群の学生たちに比べてよ り良好な健康状態を示したのと同時に、自己報 告で病気の症状を訴えることもほとんどなく、 全般的に医者にかかることも少なく、病気で学 生医療センターを訪ねることもほとんどなかっ た。このセミナーグループの学生たちが医者を 訪ねたのは予防のための健康診断であって、学 生たちは、より健康的な食餌療法と運動療法の 指導を受けた。  この単独実験は、楽観性そのものを変えるこ とで健康が増進することを示している。介入群 と対照群へのランダム割付によって、未知の第 三変数を排除するからだ。この因果経路が心血 管疾患の文献における楽観性について当てはま るかどうか、私たち研究者は知らない。まだ誰 もランダム割付の研究を行ったことがなく、心 臓発作を予防するために患者に楽観主義を教え たことがないからだ。今のところは、因果関係 がある方に1票投じたい。  なぜ楽観主義者は病気になりにくいのか  楽観性がどのように作用することで心血管疾 患になりにくくなるのだろうか? また、悲観 性がどのように作用することで心血管疾患にな りやすくなるのだろうか? 可能性は、次の三 つに大きく分類される。   1 楽観主義者は行動的    楽観主義者は行動を起こし、より健康的 なライフスタイルを実現している。楽観主 義者は白分か行動することが大事だと思っ ている。一方で、悲観主義者は白分か無力 であり、白分かやることは何にも影響しな いと思っている。楽観主義者は試してみる。 悲観主義者は受動的な無力感に陥る。それ ゆえに、楽観主義者はすぐに医師の診断に したがい行動する。1964年に喫煙と健 康に関する軍医総監の報告書が出版された ときにジョージーバイヤンが発見したのは、 タバコをやめたのは楽観主義者であって、 悲観主義者ではなかったということだった。 楽観主義者は自分の体をよりよくいたわる のかもしれない。  さらに一般的には、人生の満足度が高い 人(楽観性と強い相関関係がある)は、人 生の満足度が低い人に比べて、食事に気を つけ、喫煙せず、定期的に運動する傾向が 強い。ある研究によると、幸せな人の方が 不幸な大よりもよく眠る。  楽観主義者はすぐに医師の診断にしたが い、かつ悪い出来事を避けるために行動を 起こす。一方、悲観主義者は受け身である。 竜巻警報が発生すれば、楽観主義者は竜巻 シェルターに避難先を求める傾向が強いの に対して、悲観主義者は竜巻を神の意志だ と考える。悪い出来事が襲いかかればかか るほど、悲観主義者の病気は悪化する。 2 ソーシャルサポート(社会的支援)  人生で友人と愛情に多く恵まれている人 ほど病気になりにくい。ジョージーバイヤ ンは、午前3時に電話をして、自分の悩み を気兼ねなく打ち明けられるような友人が 一人でもいる人は健康であることを発見し た。  ジョンーカシオポは、孤独な人は社交的 な人に比べて明らかに健康ではないことを 発見した。ある実験で、参加者が電話で見 知らぬ人に向かって台本を読む。そのとき に沈んだ声か、または陽気な声で台本を読 み上げる。見知らぬ人は、楽観的な声より も悲観的な声の方の電話を早く切った。幸 せな人は不幸な人に比べて豊かな社会的 ネットワークを持っているが、社会的なつ ながりは、人が年を取るにつれて患う能力 的な障害を補ってくれるものだ。不幸は道 連れを欲しがるかもしれないが、道連れは 不幸を好まない。悲観主義者のその後の孤 独は病気へとつなかつていく。 3 生物学的メカニズム  可能性のある生物学的経路がいろいろと 存在する。その一つは「免疫系」である。 1991年、ジュディスーロダン(この本 の冒頭で触れた人物)と私を含めた4人で 共同して、年配の楽観主義者と悲観主義者 から血を採取し、免疫反応をテストした。 楽観主義者の血は、悲観主義者に比べて、 脅威に対して高い反応性を持っていた(T リンパ球という、感染症と戦う白血球が生 産される)。私たちは、交絡因子として抑 うつと健康を排除した。  もう一つの可能性は「一般的な遺伝的特 徴」である。楽観的で幸せな人は、心血管 疾患やガンを防ぐ遺伝子を持っているのか もしれない。  可能性のあるもう一つの生物学的経路は、 「度重なるストレス」に対する病理学的循 環反応である。悲観主義者は諦めて、一層 ストレスに苦しむようになる。一方、楽観 主義者はストレスによりよく対処する。特 に人が無力なときには、度重なるストレス によって、ストレスホルモンのコルチゾー ルや他の循環反応が促進される可能性があ る。これらはいずれも血管壁への損傷を誘 発するか悪化させるかして、アテローム性 動脈硬化症を促進してしまう。  前出のシェルドンーコーエンは、悲しげ な人がより多くの炎症性物質インターロイ キンー6を分泌し、その結果として風邪に かかりやすくなることを発見した。度重な るストレスと無力感は、より高濃度のコル チゾールと、カテコールアミンとして知ら れる低濃度の神経伝達物質を伴う一連のプ ロセスを引き起こし、長引く炎症に至る可 能性がある。より大きな炎症はアテローム 性動脈硬化症に関係している。統御感の得 点が低く、抑うつの得点が高い女性がより 悪質な主幹動脈(木の幹のような大動脈) 硬化を起こすことが示されている。トリア ディック試験の実験で、無力なラットは、 統御感を示すラットに比べて、より速い割 合でアテローム性動脈硬化症を発現する。  可能性のあるもう一つのメカニズムは、 肝臓による「フィブリノゲン」(血を凝固 させるのに使われる物質)の過度の生成だ。 フィブリノゲンが多いほど、循環系で血の 瑰を多く作り、血をドロドロにする。ポジ ティブ感情度が高い人は、ポジティブ感情 度が低い人に比べて、ストレスに対する フィブリノゲン反応が小さい。  驚くことに、心血管疾患に対する予防の もう一つの可能性は「心拍変動」(HRV) だ。心拍変動とは心拍一拍ごとの間隔が短 期的に変動するもので、中枢神経系の副交  感神経(迷走神経)系によって部分的に制  御される。これは、弛緩と緩和をもたらす  神経系だ。数々のエビデンスから、心拍変  勣が高い人は健康であり、心血管疾患が少  なく、抑うつが少なく、認知能力が高いこ  とが示されている。 ここで提示されたメカニズムについてはあま りよく検証されていない。これらはただ理にか なった仮説であるが、平均に比べて楽観性が予 防に効果があり、平均に比べて悲観性が人を弱 化することから、それぞれの仮説は双方向的で ある可能性がある。  楽観性との因果関係があるのか、また楽観性 がどう作用するのかを解明する判断基準は「楽 観性介入実験」である。明瞭な実験で、高額だ が、実施するに値する実験である。心血管疾患 を患いやすい人々で大きなグループを作り、ラ ンダム割付で楽観主義トレーニングとプラセボ 群と半々に振り分け、彼らの行動と社会的・生 物学的変数をモニターして、楽観主義トレーニ ングに人命を救助する効果があるかどうかを見 る。この実験についてはロバートーウッドー ジョンソン財団に話を戻そう。  学習性無力感、楽観性、心血管疾患、そして そのメカニズムをどうやって明らかにするか。 ポールータリーニが私を訪ねてきたとき、これ らすべてのことが私の頭の中を駆けめぐっだ。 「我々はあなたに、2本の企画書を送っていた だけるようお願いしたいのですが」とポールは 長い議論をこう締め括った。  「1本目は、ポジティブヘルス(ポジティブな 健康)という概念を検討すること、そして2本 目は、心血管疾患による死を予防するための楽 観性を活用した介入の提案です」   ポジテイブヘルス  やがて私は両方の企画書を提出した。楽観性 の介入に関する提案は、ペンシルベニア大学の 心臓病学部を動員して、大多数の人を対象に、 最初の心臓発作の後でランダム割付のペンーレ ジリエンシー・プログラム(PRP)介入を実 施することだった。もう一つは、ポジティブへ ルスの概念を検討することであったが、それに 財団が助成金を出しだのは、まずはポジテイブ ヘルスに関する明確な概念があるべきだという 考えに基づくものだった。  ポジテイブヘルスに関する研究グループを始 めて今日で1年半となるが、この研究には次の 4つの主目的がある。  ・ポジテイブヘルスの定義  ・既存の縦断的研究の再分析  ・心血管の健康資産  ・健康資産としての運動  ポジティブヘルスを定義する  健康は病気ではないこと以上のものなのだろ うか? また、健康とは、ポジティブな健康資 産の存在によって定義できるものなのだろう か?  健康資産とは実際には何なのか、それはまだ 分かっていない。だがそのうちのいくつか、例 えば楽観性、運動、愛情、友情などは有力な候 補である。まず、可能性のある全3種類のポジ ティブな独立変数から始めてみよう。  一つ目は「主観的資産」で、楽観性、希望、 健康の感覚、熱意、活力、人生の満足度などだ。 二つ目は「生物学的資産」で、心拍変動の上限、 ホルモンのオキシトシン、低濃度のフィブリノ ゲンとインターロイキンー6、テロメアと呼ば れるDNAの繰り返し配列が長いことなどだ。 三つ目は「機能的資産」で、素晴らしい結婚生 活や、70歳でも息切れせず階段を三段跳びでき びきびと歩いて上ることとか、豊かな友人関係、 魅力的な余暇の活動、充実したワークライフな どだ。  ポジティブヘルスの定義は経験に基づくもの だ。私たち研究者は、これら3種類の資産が実 際に次の「健康や疾患の対象」をどの程度改善 できるかを調べている。  ・ポジテイブヘルスによって寿命は延びるの   だろうか?  ・ポジテイブヘルスによって罹患率は下がる   のだろうか?  ・ポジテイブヘルス状態にある人は、医療費   の支出が少ないのだろうか? ・より良好なメンタルヘルスとともに精神的  疾患の減少はあり得るのだろうか? ・ポジテイブヘルス状態にある人は、長生き  するだけでなく、健康な状態でいる年月が  長いのだろうか? ・ポジテイブヘルス状態にある人は、最終的  に病気に襲われたとき、予後は良好なもの  となるのだろうか?  このように、ポジテイブヘルスの定義は、主 観的、生物学的、機能的資産に基づいている。 これらの資産は実際に対象となる健康や疾患を 増やすものである。  既存のデータセットに関する縦断的分析  ポジテイブヘルスの定義はこのように経験的 に明らかになるものだ。私たち研究者は、病気 を予測する6つの大規模な縦断的研究を再分析 することから始めたのだが、これらの研究は 元々、健康資産ではなく危険因子に注目したも のだった。  強み研究の第一人者であるクリスーピーター ソンと、心理学的基盤から心血管疾患の危険性 を再分析した若手の(Iバード大学教授ロー ラークブザンスキーの指揮の下、これらの研究 について健康資産の視点から再分析した場合に、 前出の対象となる健康が予測されるかどうかを 検討した。既存のデータセットがネガティブな 側面に集中する一方で、これらの6つの研究に はポジティブな断片もかなり含まれているのだ が、それらは今まで概して無視されてきたの だった。  例えば、いくつかのテストでは、幸福感、血 圧、結婚生活への満足感の度合いなどについて 尋ねる。私たちは、ポジティブな主観的、生物 学的、機能的資産がどのような構造となったと きに健康資産となるのかを解明しようとしてい る。  クリスーピーターソンは、徳性の強みを健康 資産として突きとめようとしている。1999 年に開始され、現在も続いている標準的加齢研 究では、研究開始時に健康であった2000人 の男性を対象に、以後3年から5年おきに心血 管疾患の検査を行っている。彼らはまた、毎回、 一連の心理テストを受けている。そのうちのI つはミネソタ多面人格目録‐2であるが、「自己 コントロール」の測定尺度はそこから生まれた。 グリスは、通常の危険因子を一定に保った場合、 自己コントロールが主要な健康資産となると報 告している。最も高い自己コントロール値を持 つ男性は、心血管疾患のリスクが56パーセント 低下する。  これは、健康資産と危険因子をどのように比 較しているかを示す例である。さらには、健康 資産の潜在的可能性と危険因子を量的に比較す ることもできる。例えば、上位4分の1の楽観 主義者たちには、心血管疾患のリスクに対する 有益な効果があるように思われるが、これは ざっと見積もって毎日タバコを2箱吸わないこ とに相当する効果がある。  さらには、これら健康資産の構造のうち、最 適な形で対象を予測するような特定の構造はあ るのだろうか? もしあるとすれば、健康資産 の構造が、どんな病気に対してでも経験的にポ ジティブヘルスの潜在的な変数を定義すること になる。あらゆる病気に対して一般的である健 康資産の構造こそが、一般的なポジティブヘル スを定義するのだ。  ポジティブな独立変数が一つでも健康資産と なることが納得のいく形で示されれば、ポジ ティブヘルスではこの変数を作るために介人す ることを提案する。例えば、楽観性、運動、円 満な結婚生活、心拍変動の上位4分の1にいる ことなど、これらの要因が心血管疾患による死 のリスクを下げるとすれば、それは魅力的(か つ安価な)介入の対象となる。ランダム割付や 対照試験において人命を救う介入を発見するこ との実践的価値に加え、そのような介入研究に よって要因を特定することができる。ポジティ ブヘルスはそのようなポジティブ介入の費用対 効果を定量化して、血圧を下げるといった従来 の介入の費用対効果と比較しようとしている。 同時に、ポジテイブヘルス介入と従来の介入と を組み合わせて、その費用対効果を調べている。  国宝としての陸軍データペース  陸軍との共同研究は、未来におけるすべての 縦断的研究の母体になってくれると期待してい る。およそ110万人の兵士たちがGATを受 検しており、通常の危険因子とともに、あらゆ るポジティブな側面や健康資産を生涯にわたり 測定される。私たち研究者は、兵士たちの軍務 遂行能力の記録と生涯の診療記録とをGATに 統合させたいと思っている。陸軍には、次の情 報を含むデータセットがある。  ・医療サービスの利用状況  ・病気の診断 ・服用した薬 ・体格指数(BMI) ・血圧 ・コレステロール ・事故や災難 ・戦闘での負傷と戦闘以外での負傷 ・体調 ・DNA(死体から身元を特定するのに必  要)  ・軍務遂行能力  非常に大きな標本を用いて、主観的、機能的、 生物学的な健康資産によって次の項目がどの程 度予測されるかをテストすることが可能だ。  ・特定の病気  ・服用した薬  ・医療サービスの利用状況  ・死亡率  これはつまり、次のような決定的な質問に答 えられることを意味する。  ・感染症が発生したとき、他の健康変数をI   定に保つとして、感情的に健康度の高い兵   士たちは、あまり感染症を起こさず(抗生   物質の使用量によって測定される)、予後  も良好かどうか(薬物投与の期間が短いこ  とから測定される)冫・ ・自分の結婚生活に満足している兵士たちの  医療費の負担は少なくなるかどうか? ・社会的にうまく機能している兵士たちは、  出産(女性兵士の場合)や、足の骨折や、  熱射病から素早く回復するかどうか? ・医療サービスを最小限しか必要とせず、  めったに病気にならず、病気になっても速  やかに回復するような「超健康的」な兵士  (主観的、機能的、身体的な指標が高い)  を特定できるかどうか? ・心理的健康度の高い兵士たちは、事故に  遭ったり、戦闘で負傷したりする可能性が  低いかどうか? ・心理的健康度の高い兵士たちは、戦地に派  遣されている間、戦闘以外で負ったけがや  病気、心理的な健康問題のせいで、撤退す  る可能性が低いかどうか? ・リーダーの身体的健康は、部下の健康に伝  染するかどうか? もしそうであれば、そ  れは両方向の伝染力(よい伝染と悪い伝  染)を持つかどうか? ・「VIA・強みテスト」で測定した特定の  強みから、良好な健康や、医療費の低減が  予測できるかどうか? ・ベンーレジリエンシー・トレーニングに   よって、戦場でも、自然に生じる病気でも、   人の命が救えるかどうか?  こう書きながら、ロバートーウッドージョン ソン財団の研究と、アメリカ陸軍のCSFによ るイニシアティブを結びつける私たちの試みは 現在も続いている。これからの展開を引き続き 楽しみにしていてほしい。   心血管の健康資産  私はたった今、高校の第50回同窓会から帰宅 したところだ。私か驚いたのは、同級生たちが いかに健康的かということだった。50年前の67 歳の男性だちと言えば、仕事をやめて、家の玄 関先でロッキングチェアに座り、ただ死を待つ のみだった。今や67歳の男性たちはマラソンを する。私は同窓会で、平均寿命について短いス ピーチをした。    今日の67歳の健康な男性には、およそ20   年の平均余命があります。したがって、67   歳で人生の終わり近くにいた私たちの父親   や祖父とは違って、私たちはちょうど人生   の最後の4半期に入ったところにいます。  私たちが70回目の同窓会に出席する可能 性を最大限に高めるためにできることが二 つあります。まず、未来志向になることで す。過去にとどまっているのではなく、未 来に引き寄せられていくことです。あなた 自身の未来のためだけではなく、あなたの 家族、この学校、あなたの国、あなたの最 も大切な理念の未来のために働くのです。  次に、運動しましょう!・  これが、心血管の健康に関する科学の今につ いての私の要約であった。心血管疾患に対する 抵抗力を平均値以上に高める主観的、生物学的、 機能的な資産は存在するのだろうか? 心臓発 作に襲われた場合、平均値以上に予後を向上さ せる主観的、生物学的、機能的資産は存在する のだろうか?  この重要な問いは、心血管疾患研究では概し て無視される。心血管疾患研究は、いったん最 初の心臓発作が起きれば、抵抗力を減退させる、 あるいは予後を徐々に悪化させる有害な脆弱性 について調べることに集中している。心血管疾 患における健康資産としての楽観性に関する有 益な効果から調べ始めるのはよいことだ。私た ちの心血管健康委員会の狙いは、健康資産につ いての知見を広げることにある。   健康資産としての運動  「誰が運動委員会の議長になるべきでしょ う?」私はレイーフアウラーに尋ねた。  50歳をすぎてメンター(師)と仰ぐ存在に出 会える幸運に恵まれる人はほんのわずかしかい ない。レイは、私か1996年にアメリカ心理 学会(APA)の会長になったときに私のメン ターとなってくれた。彼自身、その10年前にA PA会長を務めており、以来ずっとCEO(実 の権力の座)であった。  会長に就任して最初の数ヶ月間、私は無邪気 な研究者として、サイコセラピーの政治をめぐ リヘマをやらかした。一流の開業臨床心理士た ちに対して、エビデンスベースドーセラピー (科学的根拠に基づく心理療法)を支持するよ う説得しようとして面目を失ったのだった。間 もなくして私は彼らとの「大きなトラブル」に 巻き込まれた。  私は一切のことをレイに報告した。すると、 彼は柔らかなアラバマ州訛りの言葉で、私かそ れまで聞いたこともない最高の政治的アドバイ スをくれた。  「委員会の人たちは大きな権力の座にあるので すよ。APAは政治的な地雷地帯なのです。彼 らは20年の間、地雷を敷設してきたのです。交 流型リーダーシップを使ったのでは彼らを相手 にすることはできないでしょう。何せ彼らはそ の道の達人なのですから。あなたは変革型リー ダーシップに秀でているのです。あなたの仕事 は心理学を変革することですよ。創造力を用い て、APAを導くために、新しいアイデアを見 つけ出しなさい」  私の5歳の娘が私に向かって「不機嫌になる のはやめるべきだ」と告げたこと、このレイの アドバイス、そしてアトランティツクーフィラ ンソロピーズがポジティブ心理学の始まりで あった。以来、私はレイをたびたび頼りにして アドバイスを求めた。  レイは79歳のマラソン選手であり、また伝説 的な意志力の持ち主である。30年前、当時うつ 状態で太りすぎのカウチポテトであった彼は、 自分白身を変革しようと決意した。それまで一 度も走ったことがなかったが、次の年にはボス トンーマラソンを走ろうと決めた。そして彼は その通りに実行したのだった。  彼は今、およそ54キロで、全身筋肉の体をし ている。毎年夏のAPA年次大会で怛例の10マ イル(およそ16キロメートル) マラソンでは、 自分の分科会でいつも優勝している(彼による と、自分が勝てるのは単に自分の年齢層での競 争率が低いから、とのことだ)。この恒例行事 は現在、「レイーフアウラー・レース」と呼ば れている。  レイは、2008年1月にオーストラリアの ジーロンーグラマー・スクールに私と一緒に滞 在した客員教授の一人であった。あるとても暑 い晩に、彼は教職員たちに運動と心血管疾患に 関する講演をしたのだが、そこで彼は、毎日1 万歩歩く人は心臓発作のリスクが著しく低下す るというデータを発表した。講演の終わりに私 たちは礼儀正しく拍手をしたが、本当の賛辞は、 その翌日に私たち全員が万歩計を買いに出かけ たことだった。ニーチェ曰く、よい哲学はいつ も「人生を変えよ!」というものだ。  誰が運動委員会の議長となるべきかという私 の質問に答えて、レイはこうアドバイスしてく れた。「マーティ、運動分野での第一人者は、 文句なくスティーブーブレアですよ。私か運動 について知っていることはすべてスティーブか ら学びました。彼に委員会を率いてもらえるよ う頼んでみなさい」  そこでスティーブにお伺いを立てたところ、 彼は快く引き受けてくれた。レイと同じく、ス ティーブは全身筋肉の人であったが、サヤイン グンのような体型をしているレイとは違って、 スティーブはナスのようだった。160センチ、 86キロのナスだ。レイと同じく、スティーブは 走者であると同時に歩く人たった。スティーブ の輪郭を見れば、彼を太りすぎたと言う人もい るかもしれないが、彼の研究は、肥満と運動を めぐる論争の渦中にある。  フ ィ ッ ト ネ ス ファットネス  運動による健康維持対肥満  アメリカでは肥満がかなりまん延しているこ とから、多くの人が肥満を「疫病」と呼ぶくら いだ。この疫病を抑えるために、政府や、口 バートーウッドージョンソン財団を含む私設財 団によって巨額の助成金が投じられている。肥 満は紛れもなく糖尿病の原因であり、その理由 だけで、アメリカ人の肥満対策は正当化されて いる。だがスティーブは、本当の疫病であり、 また最悪の死因は、「生活の不活発さ」のまん 延だと思っている。彼の論点は体重を減らすこ とにはない。論点は次の通りだ。       フ ィ ッ ト ネ ス  不十分な運動による健康維持は、全死因死亡、 特に心血管疾患と強い相関がある。  これらのデータ(次ページのグラフ。他にも 多くのデータがある)は、60歳以上の非常に体 力のある男性と女性における心血管疾患の死亡 率と全死因死亡率が、中程度に体力のある人に 比べて低いことを明確に示している。同様に、 中程度に体力のある人は、体力のない人に比べ て死亡率が低い。これは、ガン死亡に当てはま ることもあれば当てはまらないこともある。運 動不足と肥満は関連して起きる。太っている人 はあまり動き回らないが、痩せている人はいつ もあちこち動き回っている。  そういうわけで、肥満か、不活発か、そのど ちらが本当の死因なのだろうか?  太った人が痩せた人に比べて心血管疾患で死 ぬ確率が高いことを示す文献が数多くあるが、 これらの文献では慎重に、喫煙、アルコール、 血圧、コレステロールなどの要因が調整されて いる。だが残念なことに、ごくわずかな文献で しか運動の要因が調整されていない。スティー ブの多くの研究がその調整をしている。ここに 代表的なものを挙げてみよう。  次ページのグラフは、体脂肪や、年齢や、喫 煙などを一定に保った場合の、フィットネスの 五つのカテゴリーにおける全死因死亡率である。 フィットネス度が高いほど死亡率は低い。これ はつまり、フィットネス度の上位5分の1にい る人と、下位5分の1にいる人とで、体重が全 く同じという2人に全く異なる死のリスクがあ る、ということだ。健康だが太っている人は、 不健康で太っている人に比べて死のリスクがは ぼ半分になる。  これらのデータ(次ページのグラフ)は、普 通の体重の大と、肥満の大で体力のある大また は体力のない大における死のリスクを示すもの だ。体力のないグループでは、普通の大と肥満 の人の両者とも死のリスクが高い。ここでは、 太っているか痩せているかは関係ないようだ。 体力のあるグループでは、太っている大と痩せ ている人の両者とも、体力のないグループに比 べて死のリスクがずっと低くなる。ここでは、 太ってはいるか体力のある人が、痩せて体力の ある人に比べてほんのわずかに死のリスクが高 いだけだ。だが、私かここで強調したいのは、 太っていて体力のある人の死のリスクが低いと いう事実だ。  スティーブは、肥満のまん延の大半は本当に カウチポテトのまん延によるものだと結論する。 肥満は死亡率を引き上げるが、運動不足も同じ ことだ。どちらの要因がより高い死亡率に結び つくかを断言するには十分なデータがないが。 いずれにせよ、肥満と死に関する今後の研究で はいずれも運動の要因について慎重に調整する 必要がある、と断言するには説得力のあるデー タである。  これは、平均的に太っている成人にとっては 重大な結論であろう。ほとんどのダイエット (食餌療法)は詐欺だ。アメリカでは昨年度で 590億ドルの詐欺が計上されている。ベスト セラーのリストに載っているどんなダイェット 本を試してみても、1ヵ月間で現在の体重の5 パーセントの体重なら落とせる。問題は、ちょ うど私かそうなったように、80パーセントから 95パーセントの人にとって、その後3年から5 年の間に、減らした分の全体重かそれ以上の体 重が再び増えてしまうことだ。ダイエットをす ることで痩せられるが、たいていはただ一時的 に痩せるだけだ。ダイエットによって健康にな ることもない。私たちのほとんどがダイエット を続けられないからだ。  対照的に、運動は詐欺ではない。運動を始め た人で非常に高い割合の人が、そのまま運動を 継続して恒久的に健康になる。運動には定着性 があり、自分で維持することができるが、ダイ エットはたいていそうはいかない。運動は死亡 リスクを下げるものの、痩せるにはそれほど役 に立だない。積極的に運動する大でも平均で体 重のわずか2キロほどしか痩せない。  楽観性が心血管疾患にとって主観的な健康資 産であるように、運動が機能的な健康資産であ ることは明らかだ。適度な運動をする人の健康 度は増進し、死亡率は低下する。一方で、カウ チポテトは不健康で死亡率が高い。軍医総監の 2008年度の報告書では、成人が1囗につき 1万歩歩くのに相当する運動をする必要性が明 記されている(本当の危険点は1囗につき 5000歩足らずである。これに相当する人に は、過度の死亡リスクがあるという研究結果は 大変説得力のあるものだと強調しておきた い……という言い方しか見当たらない)。1囗 につき1万歩に相当する運動をするには、水泳、 ランニング、ダンス、重量挙げなどでも可能だ。 ヨガや、積極的に動き回るための他のどんな方 法でもよい。  今発見すべきは、より多くの人をカウチから 引き離す新しい方法だ。だが、私は新しい手法 を望んでいるわけではない。自分に本当に効く 方法を見つけたからだ。レイが講演をした翌日、 私は万歩計を購入したのと同時に、初めて歩き 始めたのだった。そして歩きに歩いた(私は水 泳をやめた。20年の間、毎日Iキロ泳いできた が、心底飽き飽きしないで続けられるコツを見 つけられなかったからだ)。  私はインターネット上で、万歩計をつけた歩 行者による同好会を立ち上げた。レイとス ティーブもその同好会に加わり、他にも17歳か ら78歳までの年齢の人で、ダウン症候群の成人 から大学の客員教授までといったさまざまな身 分の人が大勢参加した。私たちは毎晩、その日 歩いた歩数をお互いに正確に報告し合う。1万 歩以下の囗は、1囗が失敗に終わったような感 じがする。寝る前に、だったの9000歩しか 歩いていないことに気がつくと、私は外に出て Iブロツク歩いてから報告するようにしている。 特別に優れた記録については仲間同士で褒め合 うことにしている。ある女性がたった今2万 7692歩歩いたと報告してきた。私は彼女に 「それはすごい!」と言葉を送った。私たちは 運動についてお互いにアドバイスし合っている。 2週間ほど、私の左の足首が本当に痛んだこと があっだのだが、仲間が正確にその原因を言い 当てた。新しく、高価なインソールを入れたス ニーカーがきつくなりすぎていたのだった。こ の共通の趣味によってお互いに友だちになった 大たちもいる。私はこのようなインターネット 同好会が人の命を救う一つの新しい手法である と思っている。  私は2009年の新年の抱負を立てた。1日 平均1万3700歩、1年で500万歩歩くと いうものだ。2009年12月30日に、私は 500万歩の大台を超えたのだが、インター ネットの友人だちから「それはすごい!」「素 晴らしいお手本ですね!」などの称賛の言葉を もらった。この同好会が運動に大変効果があっ たため、現在、私はダイエットのために同様の ことを試している。  40年の間、毎年一度、ダイエットをしては失 敗を繰り返してきた。私自身、落とした体重が またすべて元に戻る80パーセントから95パーセ ントの人々の一人であることを知りながらも、 再びやる気でいる。私は2010年を97キロか ら始めたのだが、毎晩、私のインターネットの 友人たちに向けて、自分の一日の歩数に加えて 1日のカロリー摂取量を報告し始めた。昨日、 私は1703キロカロリー摂取して1万 1351歩歩いた。今日、2010年2月19日 に、20年以上の長き年月で初めて、私の体重は 90キロ以下になった。    (第9章協力I岩手医科大学薬学部教授   駒野宏人) 第10章 ウェルビーイングの政 治学・経済学  ポジティブ心理学の背後には政治がある。だ がそれは、左翼対右翼という類の政治ではない。 本質だけ見ると、両者とも似通った目的を主張 している。それは、さらなる物質的繁栄がさら なる富をもたらすというものだ。  ポジティブ心理学は、特定の手段ではなく、 異なる目的を主張する政治である。その目的と は、富や征服ではなくウェルビーイングである。 ポジティブ心理学にとって物質的豊かさは重要 だ。だがそれは、ウェルビーイングを増大する 限りにおいて、だ。   お金を越えて  富は何のためにあるのだろうか? 私はウェ ルビーイングのためにあるべきではないかと 思っている。だが、経済学者から見ると、富は さらなる富を生み出すためのものであり、政策 の成功はさらなる富をどれほど生み出せるかで 評価される。  経済学の定説では、国内総生産(GDP)に よって国がどれほど繁栄しているかが分かると いう。経済学は、今や政策の分野で揺るぎない 地位を築いている。すべての新聞にはお金のこ とを専門に扱う紙面がある。経済学者は、世界 の主要都市で突出した地位を占めている。政治 家が選挙に出馬するときには、白分か経済のだ めに何をやるか、あるいはやってきたかについ て演説する。テレビで頻繁に耳にするのは、失 業や、ダウージョーンズ平均株価や、国債に関 するニュースだ。このような政策影響力やメ デイア報道はすべて、経済指標が正確で、広く 適用でき、毎日更新するという事実から生じて いる。  産業革命の時代には、経済指標は国がどれほ ど繁栄しているかを示す非常に優れた近似値で あった。衣食住に対する人間の単純な欲求が満 たされることは保障されていなかったし、これ らの欲求を満たすことがさらなる富を生み出す ことと同調していた。だが今日では、富の概算 値では、社会がどれくらい繁栄しているかが示 せなくなった。かつては乏しかった基本的な財 やサービスは今や広く手に入るようになった。 21世紀には、アメリカ、日本、およびスウェー デンのような数多くの経済的先進国が、潤沢な (おそらくは過剰な)財とサービスを享受する。 現代の社会では、単純な欲求が大いに満たされ ている。そのため、社会がどれほど繁栄してい るかを示すのに、富以外の要因が今や大変大き な役割を担うようになった。  2004年、エドーディーナーと私は、「お 金を越えて」という論文を発表した。その論文 では、国内総生産の欠点を明らかにすると同時 に、国家の繁栄度が、その国の国民が自分の人 生をどれほど楽しい、充実した、有意義なもの だと思っているか、つまり人々のウェルビーイ ングを測定することで正確に示されると主張し ている。今日、富と生活の質の相違は明白なも のとなっている。   GDPとウェルビーイングの相違  GDPは、生産・消費される財とサービスの 量を測定するが、財やサービスがどのような形 で生み出されてもGDPは増大する。これは、 生活の質を落とすような出来事であったとして もお構いなしにそうなのだ。  離婚が起きるたびにGDPは上がる。  2台の車が衝突するたびにGDPは上がる。  抗うつ薬をがぶ飲みする人が増えれば増える ほどGDPは上がる。  たとえ生活の質が下がるかもしれなくても、 警察の保護がもっと増え、通勤時間がもっと長 くなればGDPは上がる。  このような現象について、経済学者は真面目 な顔で「遺憾なこと」と称する。タバコの売り 上げやカジノの利益もGDPに含まれる。不幸 が増加するに伴い、法的訴訟や、サイコセラ ピーや、製薬といったいくつかの産業全体が繁 盛する。これは何も、弁護士や、サイコセラピ ストや、製薬会社が悪いと言っているのではな い。GDPは、人間の苦しみであれ人間の繁栄 であれ、財とサービスの量を増やすことに関し ては盲目だと言っているのだ。  このウェルビーイングとGDPの相違は数値 で表せる。アメリカにおける人生の満足度は、 GDPが3倍になっても、50年の間ずっと変 わっていない。  さらに恐ろしいのは、GDPが増加するに伴 い、不幸の割合が減少しなかったどころか、さ らに悪化したことだ。アメリカにおける抑うつ の罹患率は、この50年で10倍に増加した。これ はあらゆる裕福な国に当てはまる現象だが、貧 困国には当てはまらないというのは重要な点だ。 不安障害の罹患率も上がった。アメリカでは、 他人や、政府諸機関に対する信用度の低下とと もに、社会的関係性も減少した。信用はウェル ビーイングの主要な予測因子なのだ。  富と幸福  富と幸福の関係とはずばり何だろうか? 本 当に気になる質問は次のようなものだ。  「あなたの望むものが人生の満足度であるなら ば、お金を稼ぐのにあなたの貴重な時間をどれ くらい費やすべきだろうか?」  お金と幸福の関係について扱った学術文献は 膨大にある。国全体を他の国と比較したり、あ る国の内情について細かく検討して富裕層と貧 困層を比較するなどの研究がある。すべての文 献に共通しているのは次の2点だ。  1 次のページのグラフが示すように、お金   があればあるほど人生の満足度も大きい。    このグラフでは、各々の円は国を示して おり、直径の大きさは人口に比例している。 横軸は2000年時のレートで、ドル換算 の購買力によって測定された2003年時 の国民一人当たりのGDP、縦軸は国の平 均的な人生の満足度に対する評価だ。サ( ラ以南のアフリカの大半の国は左下に位置 し、インドと中国は二つの大きな円で左の 方にあり、西ヨーロッパ諸国は右上近く。 アメリカは右上の大きな円である。   人生の満足度は国民一人当たりのGDP  が高い国ほど高くなっている。斜面(左に  ある)が貧困国の間で最も急勾配となって  いることに注意してほしい。これはお金の  多さと人生の満足度の大きさとが最も強く  関連していることを示している。 2 しかしながら、お金をたくさん儲けるこ  とによって、すぐに人生の満足度において 収穫逓減点に達することになる。  グラフの数字を詳細に見てもらえると分かる のだが、一国内を見る方が、国と国との比較を 見るよりも明らかである。セーフティネットの 下では、お金の増大と人生の満足度の増大は同 調して上昇する。セーフティネットの上では、 幸福の増大を生み出すのにますます多くのお金 が必要となる。  これが由緒ある「イースタリンーパラドック ス」であるが、最近になって私のペンシルベニ ア大学の若い2人の同僚、ジャスティンーウォ ルフアースとベッツィースティーブンソンがこ れを批判した。2人が批判したのは、お金があ ればあるほどますます幸せになるものの、そこ には飽和点がI切ないことだった。これが本当 であれば、政策に、また個々人の生活に大きな 意味合いを持つことになる。2人の賢明な議論 は次の通りだ。人生の満足度に対する富の増大 の収穫逓減を示すこの表で、絶対収入を対数で 表した数値に変えて再び表示してみる。すると 驚くことに、曲線は終点のない、上へ伸びる直 線となる。したがって、富裕国よりも貧困国で、 一人当たりの収入が100ドル増えることで人 生の満足度が2倍上がるとしても、対数表示さ れた数値はその偏りを修正してくれる。  これは手品にすぎないが、教訓的なものだ。 終点のない上向きの直線を一目見ただけでは、 すでにどんなにお金を持っていようとも、人生 の満足度を最大化するためにさらに稼がなけれ ばならないと推測してしまうかもしれない。あ るいは、公共政策が国民の幸福の増大を目的と するならば、すでにどんなに豊かであっても、 さらなる富を生み出さなければならないと考え てしまうかもしれない。  このカラクリは、さらなる富を求め続けるこ とに対して自分(または政府)がどう対処すれ ばよいのか、対数表示による相対的な収入には、 その心理的な意味も、またその含意も、何ら一 切含まれていないことにある。これは、時間が 直線的で(対数関数的ではない)、貴重なもの だからであり、「時は金なり」だからであり、 さらにお金を儲けることよりも優れた方法で幸 福を追求するために貴重な時間を使えるよう選 べることによる。特に、セーフティネットの上 にいるような人の場合はそうだ。  幸福を最大化するために、来年の自分の時間 をどう使ったらよいのか考えてみよう。自分の 収入が1万ドルで、副業を始めるために来年は 週末を6回返上するとして収入がもう1万ドル 増えるとすると、ネットの幸福度は劇的に上が る。自分の収入が10万ドルで、1年で週末を6 回返上するとして収入がもう1万ドル増えると すると、ネットの幸福度は実際には下がること になる。宗族や、友人や、余暇のための時間を すべて諦めることによって失う幸福は、1万ド ル(5万ドルでも同じこと)という小さな増収 がもたらす幸福を上回るのだ。次の表では、富 という概念が、幸福量に対する上限を持だない、 いかに不完全な概念かという事実が例示される。  何ということか、この調査結果によると、 300人の最も富裕なアメリカ人の幸福度は、 平均的なアーミッシュまたはイヌイット族の成 人の幸福度と少しも違わないことになる。  収入と幸福に関するほぼすべての研究で使用 されている測定内容は、実は「あなたはどれく らい幸せですか?」ではなくて「あなたは自分 の人生にどれくらい満足していますか?」であ る。私は第1章で、なぜ「幸福理論」から 「ウェルビーイング理論」へと移行するかにつ いて話した際に後者の質問を分析した。「あな たは自分の人生にどれくらい満足しています か?」に対する回答は、次の二つの要素で構成 されている。それは、回答者が、その瞬間にど のような気分でいたか(気分は変わりやすく不 安定なものだ)、そして、自分の人生の状況に ついて、より安定した評価を行つたかどうか、 である。  私か幸福理論を諦めた大きな理由は、判断基 準とされているこの質問への回答における分散 の70パーセントが「気分」によるものであり、 わずか30パーセントが「判断」によるもので あったからだ。私は、一時的な気分が、ポジ ティブ心理学が最も重んじるべきものだとは思 わない。また、気分と判断という二つの構成要 素は、結果的に収入によって特異的に影響を受 けることが判明している。収入が増えることで、 生活環境に対する評価におけるポジティブ度が 上がることになるが、これは一時的な気分には 全く影響しない。気分と判断の乖離は、一国内 で、時間の経過とともに起きた変化に注目する ことで確認できる。52ヶ国で、1981年から 2007年までというかなり長い時間をかけて、 主観的ウェルビーイング(SWB)に関する時 系列的な調査が行われた。喜ばしいことに、そ のうちの45ヶ国でSWBが上がった。一方で、 これはすべて東ヨーロッパの国だが、aヶ国で SWBが下がった。  重要なのは、主観的ウェルビーイングが、幸 福感(気分)と人生の満足度(評価)に分けら れ、それぞれ別々に検討されたことだ。人生の 満足度の大部分は収入に伴って上がるが、気分 の大部分は国内における寛容度の増大によって 上がる。それゆえ、幸福度が収入に伴って上が るという推論は、細かく吟味すれば通用しない。 本当のところは、収入が上がるのに伴い生活環 境に対する判断も向上するが(これは何も驚く ことではない)、気分はそうではないというこ とだ。  人生の満足度が収入に対して表示されるとき、 いくつかの非常に示唆深い例外が現れるのだが、 この例外は、収入を越えたところでのよい生活 とは何か、ということについてヒントを与えて くれる。  コロンビア、メキシコ、グアテマラ、および 他のラテンアメリカの国々は、GDPが低いに してはかなり幸せである。元共産主義圈はすべ て、GDPが高い割に非常に不幸である。デン マーク、スイス、アイスランドは、収入では上 位の国々であるが、GDPの高さが保証する幸 福度以上に幸せである。コルカタの貧しい人々 は、サンデイエゴの貧しい人々よりも幸せであ る。ユタは、同市の収入が示すところよりもは るかに幸せである。これらの地域に豊富にある もので、他の地域に欠けているものを見ていく ことで、本当のウェルビーイングとは何なのか、 その手がかりが得られる。  私は、GDPを、国の繁栄度を示す唯一の真 面目な指標とすることがあってはならないと結 論する。生活の質とGDPの気がかりな相違だ けがこの結論を正当化するのではない。政策そ のものが測定されるものにしたがっている。測 定されるものがお金に隕られるのであれば、あ らゆる政策がさらにお金を得ることをめざすも のになってしまう。ウェルビーイングが一緒に 測定されれば、政策はウェルビーイングを増大 させるものへと変化することだろう。  仮に30年前に、エドーデイーナーと私か、 ウェルビーイングの指標がGDPに取って代わ るか、GDPを補完するかであると提唱してい たとすれば、経済学者はこれを問題外として一 笑に付したことだろう。彼らは正確にこう言い 放つたかもしれない。「ウェルビーイングを測 定することは全く不可能か、少なくとも収入を 測定できるような妥当性を期待することは不可 能であろう」と。この言説はもはや正しくない。 このことは、本章の最後で再び触れることにし よう。   経済不況  私かこの本を書いているとき(2010年の 前半である)、世界の大半の国は突然の恐ろし い経済不況から立ち直りつつあるように見える。 私自身は確かに恐怖を味わった。定年を間近に 控え、妻と7人の子どもを抱えての私の老後の 蓄えは1年半前の40パーセントに目減りしてい た。どこで間違ってしまったのだろうか? 誰 を非難できるというのだろうか?  株価が急落するにつれて、私は 責任転嫁の対象について耳にした。拝金主義、 規制の欠如、給料取りすぎのCEOたちがあま りにマヌケで、頭の切れる若いオタクたちが 作ったデリバティブを理解できなかったこと、 ブッシュとチェイニーとグリーンスパン、空売 り、短期主義、無節操な抵当権付住宅ローンの 販売員、不正な債券の格付けサービス、および ベアー・スターンズのCEOであるジミー・ ケーンが彼の会社が炎上している最中にブリッ ジゲームをして遊んでいたことなどだ。  これら各々のこと(ジミーのブリッジは除 く)に対する私の知識は、この本の読者の皆さ んと変わりはない。だが、嫌疑を受けた容疑者 のうち2人が結構痛いところを突いた。元凶は、 最低の倫理観と、過度の楽観主義だったのだ。  倫理観VS価値観  「この不況に対して我々は責任があるのだよ、 マーティ。我々は学生たちにMBAの卒業証書 を与えて、彼らはウォール街へと旅立っていっ たわけだが、このような破滅的なデリバティブ を作っだのは彼らだよ。彼らは自分たちで商品 を作っておきながら、長期的に見れば、その商 品が自分の会社や国の経済全体によからぬ結果 を引き起こすことを知っていたんだよ」こう話 しだのは私の友人のヨーラム(ジェリー)・ ウインドであった。  ジェリーはペンシルベニア大学ウォートンビ ジネススクールの教授だが、自分の大学の政治 に対して鋭い目を持っており、国際金融につい てはさらに鋭い目を持つ人物である。「二度と このようなことが起きぬよう、我々教職員の手 で未然に防ぐことができると思うんだ。ビジネ スーカリキュラムの主要な一部分として、倫理 観を教えるべきだと思うのだがどうかね?」  倫理観?  ジェリーの分析が正しかったとして、また、 長期的には破綻すると分かっていてデリバティ ブを売りさばき、短期間で大儲けした数学の天 才や強欲な販売員がこの不況を引き起こしたと して、はたして倫理の授業など役に立つだろう か? 倫理原則に対する無知が問題だったのだ ろうか? これでは倫理学が担える以上の負担 を倫理学に負わせるだけで、価値に十分な重き を置くことにならないのではないかと思う。母 親が我が子を救うために炎に包まれた建築物の 中に飛び込むとき、母親は倫理原則に則って行 動しているわけではない。また、これは倫理的 な行為でもない。母親が飛び込むのは、母親に とって子どもの命がはるかに大事で、母親が子 どもを気にかけているからだ。『The Importance Of What We Care Ab呂tj(『我々が気にかけるも のの重要性』、邦訳未刊)という素晴らしい本 の中で、プリンストン大学の哲学者、(リー・ フランクフアード(彼は『ウンコな議論』とい う有名な本の著者としても知られる)は、人々 が気にかけるものについて理解することは、哲 学ではまだ探究されていない大きな問題である と述べている。  倫理観と、人々が気にかけるものとは決して 同じではない。私は倫理的思考の達人であり、 道徳哲学の天才であるかもしれない。だが、私 か本当に気にかける事柄が、小さな子どもと セックスすることであれば、私の行いは軽蔑に も値しない。倫理観とは、自分が気にかけるも のを得るために適用する規則なのだ。自分が気 にかけるものI自分の価値観−は倫理観よ りも基本的なものだ。人々が気にかけるものに ついて研究する分野が哲学にはない。心理学に おいても全く同じく欠落している。人はどのよ うにして、ブリッジや、おつぱいや、お金を貯 めることや、地球の緑化などを気にかけるよう になるのだろうか?これは私か一生涯かけて取 り組んできた問題だが、まだ十分に理解できた とは言えない。  水、食物、住まい、セックスなど、いくつか の事柄は人が本能的に気にかけるものだ。だが、 人が気にかけるほとんどの事柄は習得されたも のだ。フロイトは、人が後天的に気にかけるよ うになったもののことをカセクシスと呼んだ。 ネガティブなカセクシスは、あるニュートラル な出来事(ヘビを目にする)がトラウマ(車の ドアに手を挟まれる)となる出来事と同時に起 きるときに生じる(ヘビは憎むべき対象とな る)。ポジティブなカセクシスは、それまで ニュートラルであった出来事が恍惚感と組み合 わされるときに生じる(若い男の子が、彼の姉 の足を使って自慰行為にふける。彼は女性の足 に対して本能的孑孑ルギーを注入する足フェ ティシストになり、靴の販売員になることで満 足な生活を送る)。  私の解決策は、「準備された」パブロフの条 件づけたった。足へのショックと組み合わされ たベルの音と甘味とを与えられたネズミは、ベ ルの音だけで怖がることを学ぶが、甘味は好き であり続ける。対照的に、同じベルの音と甘味 とが腹の病気と組み合わされたときには、その 後甘味が嫌いになるが、ベルの音には無関心で あり続ける。  これは、1964年にこの事実を発見したア メリカの心理学者ジョンーガルシアにちなんで 「ガルシア効果」と呼ばれている。ある刺激が、 ちょうど他の刺激と組み合わされると、脳に よって両者が関連づけられる、というものだ。 私はこのガルシア効果を「ベアルネーズソース 現象」と呼んだのだが、それは私か後にウイル ス性胃腸炎を患ってベアルネーズソースが大嫌 いになったことによる。その一方で、夕食のと きに流れていた「トリスタンとイゾルデ」のオ ペラは好きであり続けた。準備された恐怖条件 づけ(かつてはニュートラルであったクモの絵 が、手へのショックと組み合わされた場合)は、 クモの絵の後にショックが伴わなくなってもす ぐには消えない。また、恐怖条件づけは合理性 を拒否する。ショック電極が取り外されても恐 怖はそのまま重度に残るのだ。単純化された学 習、消去抵抗、そして不合理性は、まさにカセ クシスと動機の機能的自律性の特性である。  準備された学習は、種としてだけではなく (すべての猿は、年上の猿がヘビを怖がる様子 を一度見るだけでヘビを怖がることを学ぶ)、 宗族内でも遺伝的に伝わるものかもしれない、 と私は結論した。特定の恐怖は代々家族の中で 起き、一卵性双生児は二卵性双生児に比べて、 抑うつや、ほぼすべてのパーソナリティ特性の 面でよく一致している。おっぱいに、切手に、 精神生活に、リベラルな政治にと孑孑ルギーを 注入する気質は、生物学的に準備されたもので、 遺伝性のあるものかもしれない。それらは単純 に学べ、なかなか消去されず、認知の域下にあ る。以上が私の考えだ。全く推論的で不完全か もしれないが、的外れではないと思っているし、 私はこの考えを貫くつもりでいる。  そういうわけで、手っ取り早く金儲けするこ とだけを気にかけているウォートン校のMBA 卒業生たちに倫理学の授業を10回課したとして も効果はないと私は考える。これは倫理の問題 ではなく、学生たちが何を気にかけるかの問題 だからだ。また、価値観に関する授業もおそら く効果はないだろう。いかなる方法で価値観が 形成されようとも、それは講義や課題図書によ るのではないからだ。  ジェリーと私は、クラスに向かう途中でこの ような会話を交わした。私は彼のMBAの授業 で、創造性とマーケティングに関する講義をす るために招かれたのだった。たまたまその前の 週末に、私はウェストポイントで士官候補生だ ちに講演をしたところだった。この2つの集団 には驚くべき違いがある。その違いとは、彼ら の成績でも、IQでも、達成度でもなく(2校 とも世界で最も選りすぐられた大学である)、 彼らが気にかけているものが対照的なのだ。  この2つの集団における価値観には共通する 部分がほとんどない。ウォートンのMBAたち が気にかけているのは金儲けだ。ウェストポイ ントの士官候補生たちは国への奉仕を気にかけ ている。学生が何を気にかけているか、その違 いを中心に学生は選抜され、また学生白身が選 択するのだ。ビジネススクールが拝金主義と短 期主義による経済的帰結を回避することを望む のであれば、大学側はより幅広い道徳の輪と長 期的視野に基づいて学生たちを選抜するべきだ ろう。  ウォートンで新しい授業を開設するのであれ ば、倫理学ではなく、「ポジティブビジネス」 に関する授業にするべきだ。この授業はMBA の学生たちが気にかける事柄の視野を広げるこ とを目的とする。私たちが気にかける事柄−ポ ジティブな達成−はウェルビーイングの要素の 一つである。ポジティブビジネスの授業では、 ウェルビーイングが、ポジティブ感情、エン グージメント、ポジティブな達成、ポジティブ な関係性、意味・意義という五つの異なるアプ ローチによって実現すると教示されるだろう。  ウェルビーイングを実現したいのであれば、 達成だけを気にかけているのではだめだ。学生 たちの持続的な幸福を望むのであれば、ポジ ティブな企業組織ならびに従業員個々人が、利 益に気を配ると同時に、意味・意義、エングー ジメント、ポジティブ感情、ポジティブな関係 性を深めていかなければならないことを教える べきだ。この見解に基づくポジティブな企業の 新たな純利益は、利益十意味・意義十ポジティ ブ感情十エングージメント十ポジティブな人間 関係、となる。  ここには、近年の経済不況の犠牲者である私 たちにとっての教訓が示されている。自分の老 後の蓄えが囗に囗に減っていくのを目の当たり にして、私はこれ以上株式市場が暴落したら私 の宗族のウェルビーイングはどうなってしまう のかと心配だった。ウェルビーイング理論は、 ウェルビーイングの実現に至るのに、ポジティ ブ感情、エングージメント、意味・意義、関係 性、および達成という五つの道があると教える。 富がさらに減少するにつれて、これら五つの領 域における私の生活はどうなってしまうのだろ うか? 私のポジティブ感情はきっと全体的に 下がることだろう。というのも、人は実に多く のポジティブ感情を「購入」しているからだ。 おいしいレストランでの食事、映画館のチケッ ト、マッサージ、真冬の太陽いっぱいの静養地、 それに娘たちのかわいい洋服の数々。  だが、私の人生における意味・意義とエン グージメントについては変わらないままだろう。 この二つの要素は、自分よりも大きいと信じる 存在に属し仕えることから生じるからだ。私の 場合は、書くこと、研究すること、リーダー シップをとること、そして教えることによって 世界のウェルビーイングを増やす。これはお金 が減っても影響を受けることはない。  私の近しい人々との関係性は改善しさえする かもしれない。一緒に料理をし、家族で戯曲を 読み、マッサージのやり方を学び(マッサージ 器を購入するのではなく)、冬の夜に暖炉のそ ばでともに過ごし、一緒に服を作ること。忘れ てはならないのは、「経験」の方が、それと同 じ値段の「商品」よりも多くのウェルビーイン グをもたらすという、頻繁に繰り返される研究 結果である。達成の要素は影響を受けない。誰 も私に支払ってくれなかったとしても、私はこ の本を書いたことだろう(実際、この本のほと んどの部分は、私か出版社と話をする以前に書 き上げていたものだ)。  ライフスタイルを変えることには苦痛が伴う。 だが、よくよく考えてみた結果、私自身の、ま た私の家族のウェルビーイングは実際にはそれ ほど減少しないとの結論に達した。私にとって そのような見通しを立てるのがとても恐ろし かっだのは、私か間接的に世界大恐慌の申し子 であることが原因の一つにある。  世界大恐慌が襲ったとき、私の両親はまだ若 かっだのだが、未来に対する彼らの見方は永久 に変わってしまった。  「マーティン」2人は私によく話したものだっ た。「医者になりなさい。医者はいつも必要と される。医者になればお前は飢えることはない から」  当時、1929年のウォール街の暴落のとき にはセーフティネットはなかった。実際に人々 は飢え、医者にかかることもできず、学校を 去っていったのだった。私の母は両親を支える ために高校を中退した。また、私の父は、政治 家としての能力を一度も発揮することなく、空 きのあった最も安全な公務員の職に就いた。 2008〜09年の不況は、さらにひどい状況に なっていたとしても、世界大恐慌以来、すべて の裕福な国が設けたセーフティネットによって 保護されたことと思われる。誰も飢えることな く、医療サービスや教育を受け続けることがで きる。そう知ることで、私の恐怖はさらに和ら いだ。  楽観主義と経済学  倫理はさておき、経済不況を生み出したもう 一つの疑わしい原因として私か心当たりのある のは楽観主義である。ダニエル(ダニー)・ カーネマンはプリンストン大学の教授であり、 ウェルビーイングに関する研究でノーベル賞を 受賞した唯一の心理学者である。彼は自分の レッテルに非常にうるさく、自分白身をポジ ティブ心理学者と名乗らないし、そう呼ばない ようにと私に言ってきた。だが、彼はポジティ ブ心理学者であると私は思っている。ダニーは、 楽観主義について相反する意見を持っている。 彼は楽観主義について反対はしていない。彼は 実際に楽観主義を「資本主義のエンジン」と呼 んでいる。その一方で彼は、「人には成功する という思い込みがあるから自分に関係のないこ とにまで手を出すのだ」と言って、自信過剰と 妄想の楽観主義を非難している。  妄想の楽観主義はカーネマンの「計画錯誤」 と密接な関係にある。計画者たちが慢性的に損 失を過小評価し、利益を過大評価する。これは、 白分たちの計画と類似する他の計画の基本デー タを無視するからだ。そのような楽観主義は、 類似するベンチャービジネスが過去に実際どれ くらい成功したかを投資家が体系的に覚えてい て、現実に即した形で試してみることで修正で きる、と彼は考えている。  ここで再びバーバラ(。私は希望が大嫌 いし・エーレンライクだ。彼女は、楽観主義に 対して相反する意見は持つていない。彼女の本 の章の一つ、「いかにしてポジティブシンキン グが経済をダメにしたか」では、2008〜09 年の不況をポジティブシンキングのせいだとし て非難している。彼女曰く、テレビを中心に活 躍する、オプラーウィンフリーや、テレビ伝道 師のジョエルーオスティーンや、トニー・ロビ         モチペーショナ ル  ー  グ ル ンスのような、人を鼓舞することに長けた教祖 たちが、一般市民が返済できる額以上の借金を させて物を買うようだきつけたらしい。  ポジティブシンキングを信奉するエグゼク ティブコーチたちは、「経済は成長し続ける」 という、急速に伝播して金になる考え方でCE Oたちを汚染した。彼女は私をオズの魔法使い になぞらえて、学者が詐欺師に科学的な拠りど ころを与えたと主張する。エーレンライクは、 人々に必要なのは現実主義であって楽観主義で はないと言う。実に、ポジティビティではなく、 現実主義を養うことこそ、彼女の本全体のテー マなのだ。  これは実に愚かな議論である。  株価の暴落が楽観主義によって起きたという 見方は180度間違っているように思える。楽 観主義は市場を上げ、悲観主義は市場を下げる のだ。私は経済学者ではないが、人々が未来に ついて楽観的なときに株価が(一般的な商品の 価格も)上がり、人々が未来について悲観的な ときに下がると考える。投資家の認識や期待と は無関係なところでの純粋な株価やデリバティ ブの価値など存在しない。その紙切れが将来ど れくらいの値段になるかという認識が、価格と 価値に強く影響するのだ。  再帰的現実と非再帰的現実  現実には2種類ある。一つは、人間が考えた り、欲したり、望んだり、期待したりするもの に影響されない現実だ。飛行機のパイロットが、 雷雨の只中に飛ぶべきかどうかを決めるとき、 そこには何にも依存しない現実がある。どの大 学院に通うか決めるとき、指導教授とどれはど うまくやっていけそうか、十分な実験室のス ペースがあるか、諸経費をまかなうことができ るかなど、そこにもまた何にも依存しない現実 がある。パートナーに結婚を申し込むとき、相 手が拒絶する現実がある。これらすべての状況 において、自分の考えや願望が現実に影響を与 えることはない。私はこうした状況における徹 底した現実主義を支持する。  もう一つの現実(ビジネスマンで慈善家の ジョージーソロスは「再帰的現実」と呼ぶ)は、 期待や認識に影響され、ときに期待や認識に決 定されさえするものだ。市場価値とは、認識や 期待に強く影響される再帰的現実なのだ。実際 の株価は、いつも後になってから分かるものだ (株価が暴落した今、自信過剰の楽観主義者と いうレッテルを貼られる。株価が急騰したら、 天才と呼ばれる。あまりに早く株を売ってし まった私は、自信過少な悲観論者というレッテ ルを貼られる)。  株主がいくら支払うつもりかは、株の本当の 価値に対する判断だけによるのではない。その 株の将来的な価値に対する市場の認識も判断に 含んでのことだ。投資家が、株の将来的な価値 に対する市場の認識について楽観的であれば、 価格は上がる。投資家が、株の将来的な価格に 対する市場の認識についてかなり(妄想的に) 楽観的であれば、価格はさらに吊り上がる。投 資家が、株の将来的な価格に対する市場の認識 について著しく悲観的であれば、株またはデリ バティブの価格は暴落し、経済は崩壊する。  私はここで、楽観主義と悲観主義だけが話の すべてではないと急いで補足しておきたい。一 部の投資家はまだファンダメンタルズ(経済の 基礎的条件)にこだわっているからだ。長期的 には、株価はファンダメンタルズの価値を中心 に変動するものの、価格変動幅を落ち着いたも のとする。だが、短期的には、株価は楽観主義 と悲観主義によってかなり影響される。だが、 私はここでも、「現実」が再帰的であり、ファ ンダメンタルズの将来的な価値に対する市場の 期待によって、その価値は決定されないまでも 影響されると考える。  同じことは、デリバティブ(より一般的には 商品とサービス)にも当てはまる。近年の不況 における主力商品であった不動産デリバティブ を考えてみるとよい。抵当権者自身のローンの 返済能力に対して投資家が楽観的であれば価値 は上がる。だが、抵当権者の返済能力は「本当 の能力」ではない。これもまた、その資産の将 来価格や抵当権付住宅ローン金利に対する認識 に基づいて、多分に抵当物件を処分するのも辞 さないという銀行の意思に左右される、返済で きると「認識された能力」なのだ。投資家が資 産の将来価格について悲観的であれば、その価 値は下がる。信用貸しは厳しくなる。抵当物件 が売れたとしたときの価格が今の請求金利を上 回れば、ますます抵当物を処分したいと思うだ ろう。原動力となるのは、投資家による動産の 将来価格に対する認識と、抵当権者の返済能力 に対する認識だ。このような認識は自己達成的 である。また、物理学者のヴェルナー・(イゼ ンベルクの不確定性原理風に言えば、このよう な認識は担保提供者の負債返済能力のなさに影 響を与える。投資家が認識された抵当の価値に ついて楽観的であれば、不動産マーケットは上 がる。  つまり、楽観主義が株価の暴落を引き起こし たという主張は全くの戯言だ。本当はその正反 対なのだ。楽観主義は株価を引き上げる。悲観 主義は株価を引き下げる。急速に伝播した悲観 主義が経済崩壊を引き起こしたのだ。  エーレンライクの誤りは、現実に影響しない 楽観主義と、現実に影響する楽観主義を混同し ている点にある。来年、フィラデルフィアで皆 既日食が見えるかどうかに私の希望が影響を与 えることはない。だが、将来的な株価の場合、 投資家の楽観主義と悲観主義とが市場に強く影 響を与える。  現実を受け入れよ、というエーレンライクの 勧告で本当のところ何か起きているのかと言え ば、それは誤解された経済学より陰険なものだ。 乳がんの女性たちに病気の「現実」を受け入れ させることを望むのみならず、楽観主義や希望 を、「囗当たりをよくする」ことや「自然な怒 りや恐怖の感情を否定する」ことと混同してい る。だが、楽観主義を避けよというのは、医学 的には悪質なアドバイスであり、さらには致死 的ともなり得るものだ。楽観主義が、因果経路 の一つを通して、より望ましい医学的な結果を もたらすことはあり得ないことではないからだ。 どうやらエーレンライクは、人間のウェルビー イングが、階級や、戦争や、お金といった外部 性だけにしたがう世界の後を追っているようで ある。崩壊しつつあるそのようなマルクス主義 的な世界観では、莫大な数の再帰的現実を無視 することになる。再帰的現実では、人が考え、 感じることが未来に影響を与え続ける。ポジ ティブ心理学の科学(と、この本)は、もっぱ らそのような再帰的現実に関する事柄なのであ る。  読者の皆さんの人生に必ずや影響を与えるで あろう再帰的現実について、もう一つ重要な例 がある。自分の配偶者をどれくらいポジティブ に見るか、ということだ。  ニューヨーク州立大学バッファロー校教授の サンドラーマレイは、よい結婚に関して驚異的 な数の研究を行った。彼女は、人々が自分の配 偶者について考えていることを慎重に測定した。 私の夫は何て(ンサムなのだろう、何て親切な のだろう、何て面白いのだろう、何て献身的な のだろう、何て賢いのだろう、などだ。  また彼女は、配偶者にしたのと全く同じ質問 を最も親しい友人にもしたことから、差異得点 を得た。友人よりも自分の方が配偶者のことを 思っているのであれば、差異は正の値となる。 自分が「現実主義者」で、配偶者について友人 と全く同じように見ているのであれば、差異は ゼロである。配偶者について、自分が友人より も悲観的に見ているのであれば、差異は負の値 となる。良好な結婚生活は、差異の正の度合い をそのまま反映したものだ。非常に強い、良性 の幻想をお互いに持つ夫婦は、さらに良好な結 婚生活を営んでいる。このメカニズムはおそら く、配偶者が相手の幻想について知っており、 その幻想に応えようと努力することにある。楽 観主義は愛情を育み、悲観主義は苦痛を助長す る。エーレンライクが何と言おうと、文献では 健康が結婚と全く同じように扱われている。 悲観主義は健康を蝕み、楽観主義は健康を促進 する。  私は、人々の期待に影響されない可知の現実 については現実主義を支持する。人々の期待が 現実に影響を与えるとき、現実主義は最悪なも のになる。    PERMA51  今まで見てきたように、富は人生の満足度に 大きく影響するが、幸福感やよい気分に対して はあまり影響を与えない。同時に、GDP(富 を測る優れた尺度)とウェルビーイングとの間 には大きな相違がある。従来の方法で測定する 繁栄は経済的な富に等しいものだ。私はここで、 よりよい目標と、よりよい測定方法を提案した い。富とウェルビーイングとを組み合わせるも ので、私はこれを「新しい繁栄」と呼ぶ。  国が貧しかったり、戦争をしていたり、飢饉 や、伝染病や、内紛で苦しんでいたりするとき には、損害を食い止め、防衛を築くことが当然 ながら国民の一番の関心事となる。このような 悲惨な困窮は、人類の歴史の多くで、大半の国 が経験していることだ。このような条件下では、 GDPが事態の好転具合に明らかに影響を与え る。数少ない例だが、国が豊かで、平和で、食 糧が十分に行き届いており、健康で、市民の調 和が保たれているときには非常に異なることが 起きる。人々の目が上向きになるのだ。  15世紀半ばのイタリアのフイレンツェが指針 となる。フィレンツェは1450年には大変裕 福な都市であったが、それは主にメディチ家の 銀行業の才による。フィレンツェは、過去や、 他のヨーロッパ諸国と比較しても、平和であり、 食糧が十分行き届いており、健康的で、協和的 であった。人々は富をどうするべきかについて 考え、議論した。将軍たちは征服することを提 案した。だが、コジモーデーメディチが議論で 勝利を収め、フィレンツェは財の余剰分を美に 投資した。こうやってフイレンツェは、200 年後にはルネサンスと呼ばれる時代を築いたの である。  北米、欧州連合、日本、オーストラリアなど、 世界の裕福な国はフイレンツェの状態にある。 お金持ちで、平和で、十分な食べ物があり、健 康的で、調和に満ちている。私たちは富をどう 投資すればよいのだろうか? 私たちのルネサ ンスはどのようなものになるのだろうか?  ポストモダニストたちによって、歴史は「ひ どい出来事が次々に起きるもの」と教えられて きた。私は、ポストモダニストたちが誤って導 かれ、また導いてきたように思う。歴史は人類 の進歩を説明するものであり、イデオロギーに よって盲目とならないことには、この進歩の現 実を見ないようにするのは無理であろう。有史 上、道徳的・経済的には思うようにいかない気 まぐれさを持ち合わせながらも、歴史は上向き に進んできた。私は大恐慌とホロコーストの申 し子として、今も残る恐ろしい障害をはっきり と目にしている。  私はまた、経済的繁栄のもろさや、人類の進 歩の成果をまだ享受していない何億もの人々を はっきりと目にしている。だが、あらゆる世紀 の中で最も多く血が流された20世紀でさえ、 人々はファシズムと共産主義を打倒し、60億の 人々に食糧を行き渡らせる方法を学び、教育と 医療とを身近なものにした。亘]の購買力を5倍 以上に引き上げた。寿命が延びた。汚染を食い 止め、地球をいたわるようになった。人種的、 性的、民族的な不正に対して大きく介人した。 専制君主の時代は終わりに近づいており、民主 主義の時代がしっかりと根を下ろした。  このような経済的、軍事的、道徳的な勝利は、 20世紀の誇り高き遺産である。21世紀は、後の 世代にどんな贈り物を手渡すことになるのだろ うか?  この点について、私は2009年6月に開催 された国際ポジティブ心理学会の第1回世界会 議で、ポジティブ心理学の視点から質問を受け た。およそ1500人の研究者、コーチ、教師、 学生、医療従事者、そして会社役員たちが、ポ ジティブ心理学の最先端の研究と実践に関する 講演を聞くためにフィラデルフィアに集った。 理事会で、ペンシルベニア大学MAPPプログ ラムのディレクターであるジェームズーパウェ ルスキーがこのような質問をした。  「私たちは、ジョンーケネディが人類を月に 送つだのと同じくらい壮大で刺激的なビジョン を明確に打ち出せるでしょうか? 私たちの月 ロケット打ち上げはどんなものになるでしょ ゝつ冫・  ポジティブ心理学の長期的な使命とは何 なのでしょう?」  この時点で、ケンブリッジ大学ウェルビーイ ング研究所のディレクターであるフェリシアー (ツパートは身を乗り出して、会議のための彼 女の論文のコピーをそっと私に手渡した。その 研究の展望について詳述してこの本を終えよう と思う。パッハートとソウは、23ケ国の代表標 本である4万3000人の成人について調査し た。彼らは持続的幸福度を測定したのだが、持 続的幸福度について、高いポジティブ感情を持 つことに加え、自尊心、楽観主義、レジリエン ス、活力(バイタリティー)、自己決定、ポジ ティブな関係性のうち3つの項目が高い状態に あること、と定義した。  これらの項目は、持続的幸福に関する厳密な 基準となっている。3つの中心的な要素(ポジ ティブ感情、エングージメント、意味・意義) は「幸福理論」から採択されているが、その他 の要素が加わったことで(最も肝心なのはポジ ティブな関係性である)、「ウェルビーイング理 論」の要素に近いものになっている。私はここ に、「達成」が要素として加えられるよう提案 したい。そうすれば、ポジティブ感情、エン グージメント、意味・意義、ポジティブな関係 性、およびポジティブな達成について上位の範 囲にあることで、私の考える持続的幸福の基準 と合致するからだ。  このような基準がただ主観的というわけでは ないことに注意してもらいたい。社会科学では まだ全面的には導入されていないものの、ウェ ルビーイングの測定尺度が許容されるように なったことで、私の友人のリチャードーレイ ヤードに導かれて、共通の測定基準を幸福度 (よい気分であり、自分の人生に満足している と判断すること)にすべきであると主張する 人々が出てきている。その上で、政策がどれく らいの幸福度を実現するかで政策を評価する。 幸福度の測定基準は単にGDPを測定すること に比べれば大きな進歩であるものの、実際には 「幸福理論」で主張したことにすぎず、不十分 な測定基準である。  第1の問題は、幸福というものが全く主観的 な目標であり、そこに客観的な尺度が欠如して いることだ。ポジティブな関係性、意味・意義、 および達成は、客観的かつ主観的な構成要素を 持つ。自分の関係性についてどう感じるかだけ ではなく、自分に関係のある人々が自分につい てどう感じているかが問題となる。意味・意義 に対する自分の感覚だけではなく(それでは自 分が惑わされる可能性もある)、自分よりも大 いなる何かに自分が実際にどれほど属し、仕え ているかが問題となる。自分が成し遂げたこと に対する自分自身への誇りだけではなく、自分 が実際に目標を達成したかどうか、そしてそれ らの目標が、自分が気にかける人々や世界に対 してどれほどインパクトを与えたかが問題とな る。  政策のために、幸福度の測定尺度に限って使 うことの第2の問題は、内向的な人と、ポジ ティブ感情の低い人とを含む世界の半分の票を、 実際よりも少なく数えることになることだ。平 均して、内向的な人は外向的な人に比べて、新 しい友人ができたり、公園に遊びに行くときで も、ポジティブな感情や大きな高揚感を感じた りはしない。これはっまり、新しい公園を造る かどうかについて、公園がさらにどれはどの幸 福感を増大させるかを計算して決める場合には、 実際よりも少なく換算することになる、という ことだ。政策案によって、さらにどれはどの ウェルビーイング(さらなる幸福感十エングー ジメント十意味・意義十関係性十達成)が創出 されるかを測定することは、より客観的である のみならず、より民主的でもあるのだ。  ウェルビーイングの要素を具体的にどう測定 するか、富をウェルビーイングの測定尺度とど う組み合わせるか、そして、主観的な基準に対 して客観的な基準の重きはどうか。私はこうし た検討課題について活発な議論が起きて、これ らが一層洗練されたものとなることを期待した い。  実際に、重大で厄介な問題がある。例えば、 一国内での所得格差をいかに計るのか。ポジ ティブ感情の得点を得る上で、喜び対フローを どう計るのか。子どもを上手に育てることをど う計るのか。ボランティア活動をどう計るのか。 緑地はどう計るのか。ウェルビーイングの指標 に何を盛り込むべきかをめぐつて起きるであろ う政治的・経験的な論争において、人間として 重きを置くのはウェルビーイングだけではない と覚えておくことは重要だ。  私は、ウェルビーイングが公共政策に唯一影 響を及ぼすものであるべきだなどとはこれつ ぽっちも主張していない。いくつか例を挙げれ ば、正義、民主主義、平和、寛容など、ウェル ビーイングと相関性があるかどうか分からない 他のものも大切に考えている。だが将来的には、 ウェルビーイングを測定して、お金だけではな くウェルビーイングを中心に政策を立案するこ とが求められるだろう。そしてこの基準は、私 たちの後の世代への贈り物になることだろう。  持続的幸福について測定することに隕らず、 次世代への贈り物はそれ自体もっと豊かな幸せ に満ちたものである。私は、持続的幸福の下流 効果の利点について強調したい。この本の大半 が、この下流効果に関する内容となっているか らだ。一人ひとりがずっと幸せになるとき、健 康、生産性、および平和が伴う。このことを考 慮に入れながら、ポジティブ心理学の長期的な 使命について明確にしてみたい。  2051年までには世界中の51パーセントの 人々が持続的幸福を実現するだろう。  私には、この目標を達成することの大きな利 点が分かっている。同時に、それがどれほど大 きな挑戦であるのかも分かっているつもりだ。  この試みは、心理学者たちによって、また個 人コーチングやセラピーを通して、ほんのわず かだが支えられていくことだろう。  この試みは、ポジティブ教育によって、教師 たちがウェルビーイングの原理を教育に根づか せることで、生徒たちの抑うつや不安が軽減さ れ、幸福度が上がることを通して支えられてい くことだろう。  この試みは、陸軍でレジリェンスを教えるこ とによって、心的外傷後ストレス障害が軽減さ れ、レジリェンスカが上がり、心的外傷後成長 がもっとよく知られるようになることを通して 支えられていくことだろう。より高い心理的健 康度を備えた若い兵士たちは、よりよい市民に なることだろう。  この試みは、ビジネスの目標を、単なる利益 ではなく、よりよい関係性や、よりよい意味・ 意義を築くこととするポジティブなビジネスに よって支えられていくことだろう。  この試みは、GDPだけではなく、国民の ウェルビーイングをどれほど増大させることが できるかで評価される政府によって支えられて いくことだろう。  この試みは、おそらく決定的な形で、ポジ テイブーコンピューテイングによって支えられ ていくことだろう。  だが、ポジテイブーコンピューテイングでさ え、51パーセントを成し遂げるには十分ではな い。世界の人口の半数以上は中国とインドに住 んでいる。目下、この二つの大国は、自国のG DPを伸ばすことに躍起になっている。だから こそ、ウェルビーイングの重要性も根づかせな ければならない。2010年8月、第一回目の ポジティブ心理学会議が中国とインドでそれぞ れ開催された。富に加え、持続的幸福を構築す るという理念がアジアでどのように生まれてい くのか、私には予見できない。だが、私は伝染 する力を意識している。幸福感は、抑うつより も伝染しやすいことが判明している。ポジティ ブな目標をめぐる上昇スパイラルは必ず起きる だろう。  フリードリヒーニーチエは、人間の成長と人 間の歴史とを三つの段階に分析した。彼は最初 の段階を「ラクダ」と呼ぶ。ラクダはただそこ に座り、唸って、知識を蓄える。有史における 最初の4千年はラクダである。彼は次の段階を 「ライオン」と呼ぶ。ライオンは「ノー」と言 う。貧困に対して「ノー」、圧政に対して 「ノー」、疫病に対して「ノー」、無知に対して 「ノー」と言う。1776年以降、あるいは 1215年にマグナーカルタが草稿されて以来 の西洋の政治は、「ノー」と言うために骨の折 れる努力を重ねてきたと考えられる。そのよう な努力は間違いなく効果があったのだ。  ライオンが本当に機能したとすればどうなる だろうか? 人類が、人生を台なしにするあら ゆる状況に実際にうまく「ノー」と言えたとす ればどうだろうか?  ニーチェは、発達には第三の段階があると言 う。「生まれ変わった幼児」の段階だ。幼児は 尋ねる、「わたしたちは何に『イエス』と言う ことができますか?」  すべての人間が肯定できることとは何だろう か?   私たちは皆、もっとポジティブな感情を増 やすことに「イエス」と言おう。 私たちは皆、もっとエングージメントを増 やすことに「イエス」と言おう。 私たちは皆、もっと良好な関係性を築くこ とに「イエス」と言おう。 私たちは皆、もっと人生を有意義にするこ とに「イエス」と言おう。 私たちは皆、もっとポジティブな達成を増 やすことに「イエス」と言おう。  私たちは皆、もっとウェルビーイングを増や すことに「イエス」と言おう。