会社員を辞める怖さ、乗り越えたあとの幸せ_寺澤伸洋  はじめまして、「まこ」と申します。  2022年に56歳で早期退職してから、ソー シヤルインベスター(社会投資家)として活動して います。  新卒で国内製薬会社に入社後、外資系製薬会社 に転職して働いてきましたが、現在は32年間の会 社員としての競争社会から身を引き、セカンドライ フとして人生のリスタートを切りました。  そして2024年1月にKi乱leで出版されたF IRE達成者20人の体験談である「君たちはFI RE後どう生きるか」に寄稿をさせていただいた流 れで、今回スピンオフ版として再度執筆をさせてい ただいています。 −しかし、私は簡単に早期退職に至った わけではありませんでした  私は48歳の時に早期退職を考えはじめてから 56歳で実行に移すまで、8年間かけて準備をして きました。その間に考え続けてきたテーマの根本に あった思考、それは、  「幸せとは何か」  今のセカンドライフはその思考をベースとして 実践していますが、本書はこの現在の生き方に フォーカスを当て、より深蝠りしたものとなってい ます。  今回、書籍出版をプロデュースしてくださった 寺澤さんが「FIREのREをリタイアのREでは なく、2度目の人生のリスタートのREだととらえ よう」と、次のように提唱しています。   FIRE=financial mdepe乱ence「 REstart your  life.  「FIRE後はただリタイアして何もしないわけ ではない。新たな人生のリスタートととらえ、やり たいことをして遊ぶように生きていく」  私自身、早期退職した自分の人生をFIREだ ととらえるのに抵抗があった時期もありましたが、 そんな寺澤さんの言葉を聞くと、「ああ、早期退職 後のセカンドライフはまさにリスタートの意味のF IREなのだな」と実感しています。  若い人からすると、「56歳って早期か? 定年 を少し前倒ししただけじゃないの?」と感じられる ことでしょう。たしかに数字上はそう見えるかもし れません。  ですが50代後半で子どもが大学を卒業してお り、資産も十分貯まったでしょうというケースでも 盲目的に「定年まで働かなければいけない」と考え ている天は非常に多いですし、さらに定年後も再雇 用で働き続ける以外の選択肢を持っていない、考え たこともないという方も相当数いるのです。  そうすると、会社員を卒業するのは65歳〜 70歳。ともすれば健康寿命目の前という事にもな りかねません。 −人生で健康な期間をすべて会社に注い でもいいのか I定年まで働くことは常識なのか −他の生き方の選択肢はないのか Iそして、あなたの本当の幸せとは一体 何なのか  こうしたことを考えたときに、40代から私と 同年代くらいの50代の皆様にも、いつか人生のリ スタートという選択肢を持っていただきたいなと思 い、筆を執りました。  私のこれまでの思考や経験が、どなたかの人生 が変わる一助になりましたら幸いです。 一本書の構成  本書は次のように、私か早期退職を考え出して から実行し、今に至るまでに考え、行動してきたこ とを段階的に説明していく構成になっています。 ■君たちはF‐RE後どう生きるか寄稿全文  第1章では、まず私か寺澤伸洋さんの『君たち はFIRE後どう生きるか』に寄稿した全文を掲載 しています。  なお前著は、FIRE達成済みの20人の方々 がそれぞれの人生を語ることで構成されており、私 もそのなかのI大として参画させていただいていま す。  私自身がどういうバックボーンを持っているの か、どうやって早期退職に踏み切ったか、今どんな 活動をしているのかなどを先に知っていただいた方 がそのあとのお話の理解がしやすいと思っています ので、この寄稿文を読んで、まずは私かどういう人 物なのかをご理解いただければうれしいです。  こちらの寄稿文にある「幸せとは何か」につい ての思考と、それをベースとして実践している「セ カンドライフ」が本書の二大テーマとなっています。 ■多忙な会社員時代  私は大学を卒業してから56歳で退職してFI REするまで、日々仕事に追われており、自分の人 生について深く考える時間など、持ったことがあり ませんでした。  特に40〜50代に差し掛かってくると責任も 大きくなっていき、若いころ以上に身動きがとれな い仕事中心の生活となってしまっていたように思い ます。  第2章では、私かそんな会社員生活、競争社会 のなかで感じたことを述べていきます。 ■人生観を変えたフィリピン  2014年、48歳のときに参加したフィリピ ンでのボランティア活動をきっかけに、私は「幸せ とは何か」を考えるようになりました。  フィリピンの人だちから幸せについて学び、日 本に帰ってからは自己啓発セミナーに出たり、モー ニングページを作成したり、書籍によるI人ワーク ショップを行なったりするといったことを通じて内 省を繰り返しました。  そしてその内省で得られた結論を持って、幸せ の定義を確認するためにまたフィリピンに行っ て……、と何度もセブ島に足を運びました。  このように、私の人生観はフィリピンで形作ら れたと言っても過言ではありません。  第3章では、そのようにして思考を整理して得 られた「幸せとは何か」についてまとめています。 ■自分軸で生きる  フィリピンの貧困層の方々へのボランティアが きっかけで、「幸せ」について真剣に考えるように なりました。  その結果、「いつまでもちっぽけな他人との競争 世界に居続けるのではなく、そこから抜け出して自 分軸で生きること」こそが、自分の人生を豊かなも のにしてくれることに気づいたのです。  では、自分軸で生きるとは、どのように生きて いくことなのか。逆に他人軸とはどのようなものな のか。  第4章ではこれらを踏まえて、私か考える「自 分軸で生きること」、そしてその結果得られる「本 当の幸せとは何か」を中心にお話していきます。 ■50代からのセカンドライフ  ここまでフィリピンで得た人生観や自分軸で主 体的に生きることについて考えてきましたが、これ らはすべて「幸せに生きるため」のものでした。  そして2022年、その自分なりの思考を実践 するため、ついに56歳で早期退職してセカンドラ イフを開始したのです。  第5章では、幸せに生きるための3つのポイン トに触れながら、次のことについて触れています。 ・セカンドライフに踏み切るにあたって考えたこ ・実際に前述の思考を実践できているのか ・セカンドライフを過ごすなかで得られた気づき  それではこれから、セカンドライフに至るまで の私の経験や思考を追体験していただきながら、 「幸せとは何か」について一緒に考えていきましよ 第1章 君たちはFIRE後ど 一う生きるか寄稿全文  2024年1月、FIREに至るための手法や FIREに踏み切ったときの心情、そしてFIRE 後の生活などをFIRE達成者20人にインタ ビューした電子書籍『君たちはFIRE後どう生き るか』が出版されました。  そしてその20人のうちのI人として、私も寄 稿させていただきました。  まずは私、「まこ」がどのような人物なのかを 知っていただこうと思うのですが、この寄稿文を読 んでいただくのが一番分かりやすいので、全文を引 用させていただきます。  ぜひ楽しみながら私の人となりや背景を知って いただければ幸いです。  なお、この『君たちはFIRE後どう生きるか』 では20人の皆さんのサイドFIREするためのス キルを次の図のようなポジショニングマップで表現 しており、私は右上の領域の「長期投資・配当所 得」に属しています。  それでは、自己紹介代わりの寄稿文をお楽しみ ください。  (1)自己紹介  こんにちは、56歳でFIREした「まこ」と 申します。FIRE後は金銭的支援だけでなく、ビ ジネスパーソンとして培った数多くのスキルを世の 中に提供しようと思い、ソーシヤルインベスター (社会投資家)と名乗っています。  退職後に肩書がなくなった私に、NPO法人 {}AREDEMO HEROの理事長がこのような肩書をつ けてくださいました。  今回、寺澤さんより「もう死ぬまで大丈夫なく らいの金銭的余裕があるにもかかわらず、自由な人 生に踏み切れない50代の会社員の方々に向けて、 まこさんの体験を綴ってほしい」と依頼を受け、私 の体験や考えが誰かの人生が変わる一助になればと 思い、筆を執ることにしました。  私は内資と外資、2つの製薬会社に32年間勤 務していました。会社員をしながら48歳のときに 参加したフィリピンでのボランティア活動をきっか けに「幸せとは何か?」を考え続けるようになりま した。そして、自分なりの思考が整理できたので、 それを実践するために、2022年に56歳で早期 退職してセカンドライフを開始しています。   FIREといっても56歳では世間一般的には あまり早くないのかもしれません。しかし、人生に おいていい判断ができたと思っています。  現在のFIREスタイルはフアツトFIREで、 節約もせず、所得を得る仕事もしていない状態です。 収入源は債券運用の利金が9割、株式配当金収入が I割です。  今の主な活動は次のとおりです。  ・NPO法人{}aredemoHeroの支援者として活動 ・ note執筆を通じた募金活動 ・フアイナンシヤルプランナーとして金融勉強 会の開催、資産形成相談  ・自己啓発のフアシリテート活動(キャリアア ドバイスービジネススキルワークショツプなど)  (2)FIRE時の資産額  私は28歳のときから投資を開始しました。 36歳で管理職に昇格し、所得が増えたこともあり、 資産は39歳で5千万円到達。まだ子どもたちも小 さく、教育費が少ない時期なので、急速に資金が増 えていきました。節約はあまりしなかったのですが、 仕事は楽しくかつ多忙で、プライベートで浪費する ことが少なかったことも資産形成ができた要因でし た。   41歳のとき、現金で自宅を購人したため、金 融資産はほぼなくなり、再び資産形成開始。そこか らは所得アップも順調で、それまでに10年間の運 用知識と経験もあったため、資産はどんどん増えて いきました。   46歳時点で資産を再び5千万円に戻し、48 歳で資産が8千万円に到達したときに、「いつか早 期退職をしよう」と決めました。  ところが、会社を辞めようと決めてからも、業 務内容は楽しく、ホワイトな職場で、切磋琢磨でき る同僚たちに囲まれて、有意義な時間を過ごすこと ができたため、退職決定は2022年4月まで、8 年を要しました。  (3)資産構築のために考えたこと  退職後の資金作りのために実践していたことは、 次の3つです。  ・目標金額の設定  ・夫婦の家計管理  ・株式を中心とした積極的運用 【I】目標金額の設定  ばしめは、ぼんやりとした目標植として1億円 を目指しました。1億円にした理由はキリがいいか らです。その金額で十分なのかを吟味したわけでは ありません。  FIREの4%理論からすると400万円の不 労所得が得られるわけですが、年間400万円では 心もとない印象です。息子は2人とも私立高校、私 立大学に進学したため、教育費は高額で、不労所得 だけではまかないきれません。  足りない分は、FIRE理論には反しますが、 「1億円を取り崩していけばいいだろう、どうせ歳 を取ったら生活費は減少するんだから」と軽く考え ていました。  こうして、早期退職を考えはしめた48歳時点 で、ある程度は資金作りのメドが立っていました。 【2】夫婦の家計管理  私の家庭では私も妻も無駄遣いをすることがあ まりないため、お互いを信頼し、お小遣いという設 定はなく、自由に使っていいという方法を取りまし た。夫婦の財布は一つにしており、すべて私の給与 振り込み口座に集約しています。クレジットカード や公共料金も、この口座から引き落されます。  口座を集約することで、お互いに何にいくら 使ったのかが明確に分かるようになり、使途不明金 が減りました。また、お金を使うときに、それが消 費なのか、浪費なのか、投資なのか、使用用途を理 解して購入する習慣にもつながったと実感していま す。   ちょっと格好よく書きましたが、実際には私か 30万円のアコースティツクギターを買ったときは、 妻からはチクリとされました。  「それは必要なの?」  「どうして何本も買うの?」  「前のギターと何か違うの?」  しかし、それも夫婦の会話として楽しんでいま す。  また、妻の給与振り込み口座の普通預金は、 キャッシュポジション用の口座としつつ、非常時の 資金としての役割と、将来の相続対策のための役割 も担っており、引き出し禁止にしています。結婚し て30年経ちますが、いまだに一度も引き出してい ません。  こうすることで、妻の口座が生活防衛資金とし ての機能を果たしてくれています。私の給与振り込 み口座は、最低金額200万円を確保するルールで、 それ以上の余剰資金は全額証券会社に移して投資に 同しました。  資産管理は、毎月末に、銀行別、証券会社別の すべての商品別金融資産をエクセルに転記するプロ セスを30年間続けています。家計簿はもともとつ けていませんでしたが、4年ほど前からマネーフオ ワードアプリでつけるようになりました。 【3】株式を中心とした積極的運用  私は30代から、株式を中心とした積極的運用 を行ってきました。30代前半から40代前半まで はリスクが大きくてもいいのでキャピタルゲインが 得られる投資対象を選択。40代後半からはじよ じよにリスクを減らして高配当ETFや債券、社債 など守りのポートフォリオを構築してきました。  (4)FIREに踏み切る際の気持 ち 一I】機会損失を考えて早期退職に踏み切 る  何の不自由もない、充実した会社員時代でした。 辞めなければ、このまま定年まで雇用安定し、そし て給与もいただけたでしょう。  それでも私は、早く辞めるきっかけや理由を探 していました。忙しさこそ充実と感じていたのは事 実ですが、自分の本当の自由時間を求めていたので す。  「会社を辞める理由がわからない」と、友人たち には言われました。  しかし私は、恥ずかしながら会社在籍中は、「忙 しいから」、「時間がないから」、「またの機会に」、 「やりたいのは山々なんだけど」と、何かにつけて チャンスを棒に振ってきてしまっていました。  早めに老後のお金の心配が解消されていたこと もありましたが、「お金のために行くだけの会社な ら、これ以上人生の時間を取られるのはもったいな い」、「会社員を続けることは私の人生において機会 損失になっているかもしれない」と考え、退職に踏 み切ることができました。   フィリピンでのボランティア活動をきっかけに、 「幸せとは何か」を考えるようになり、「幸せでいる ためにお金は必要ない」、「お金よりやりがいが大 事」という結論に至ったことも、お金を稼ぐために 会社員を続けることにピリオドを打つきっかけに なっだのは間違いありません。 【2】早期退職前に予行演習  私は早期退職前に、なりたい自分像があったわ けでも、新しくはじめたい挑戦があったわけでもあ りません。しかし、早期退職をしようと思いはじめ てから、8年もかけて実行に移してきました。その 間に、「私かやりたいことはなんだろう?」と、自 問自答をくり返し、紙に書き出して、在職中に次々 と実行することで、退職後のイメージを膨らませる 練習をしたのです。  その間、多くのリタイアした方の書籍で「時間 を持て余す」、「やることがなく退屈」、「仕方なく復 職する」といったエピソードを数多く読みました。  定年退職者の多くが、仕事をしないと退屈で何 していいかわからないと書いていたのです。  ですから、セカンドライフが自分にどんな影響 や感情を生み出すのか、在職中に検証したのです。 数年かけて準備をして、Iヶ月間の長期休暇を取り、 疑似退職状態にして、セカンドライフの練習をしま した。  日本ではなく海外で、なじみの人や店のない場 所でI人で過ごしてみたり、何も予定のない数日間 を過ごしてみたりしました。  このような練習を数年かけてしながら、早期退 職に向けてのマインドコントロールの準備をしてき たのです。  その結果、次のことが分かりました。 −退職とは成長する人生から、変化し続 ける人生への転換である  ビジネスパーソンとして働いているときは、成 長し続けなければいけない人生でした。  しかしセカンドライフを迎え、常に他者と比較 することも、評価されることもなく、成長し続ける ことは必須ではなくなったのです。ですが、変化に 対応することは必要です。こうして私の人生は変化 し続ける人生へと転換したのです。  「人から見られる人生ではなく、内省して自分の 内面と向き合う人生にすれば、セカンドライフも充 実できる」、そのような結論を得ました。  (5)FIRE後のタイムスケ ジュール  FIREしてからはのんびりとした生活を送つ ており、呂忌の執筆やボランティア、ギターの練習 など、自分が心地よいと思うことで過ごしています。 不定期ですが、妻と一泊宿泊旅行や食事に行くのも 楽しいですね。  キャリア相談や資産形成相談、勉強会などは 20時ごろからオンラインで行なうことが多いです。  また、月にI同、田舎で一人暮らしの母親のヶ アをします。移動に片道5時間かかるので数日間宿 泊します。帰省に合わせて名古屋、大阪で友人と会 食の予定を入れています。   年間で見ると、次のようなイベントもあります。  ・年に数回セブ島でボランティアや英語の勉強  ・年に約2ヶ月間フィリピンに滞在  ・年に数回、Iヶ月集中8回コースで金融勉強会 を開催 ・ギターのリサイタルを実施 私のタイムスケジュールは次のとおりです。  (6)FIRE後の人生観の変化  早期退職後、回冨をほぼ毎日更新して、約 400記事を書き綴っています。そこでも書き記し ていますが、退職後、次の2つの人生観の変化があ りました。  ・時間に対する考え方が変わった  ・誰とも比較しない自分になれた 【1一時間に対する考え方が変わった  時間に対する考え方は、次のように変化しまし た。  結果を求め続けるビジネスパーソンとして、  ・効率的、合理的なプロセスを常に追い求める  ・忙しく仕事をこなすことこそ充実    可 セカンドライフでは、 ・プロセス自体を楽しむ ・ゆっくりと流れる時間こそが豊かな生活  在職中は多忙なため、わずかな時間でも業務を こなすために活用することを常に考えていたので、 退職後しばらくは、空白の時間がもったいなく感じ ることがしばしばありました。  今では、散歩しながらも、鳥や風の音を楽しん だり、草木を愛でる喜びを感じたりもできるように なりました。 【2】誰とも比較しない自分になれた  もう一つの人生観の大きな変化は、誰とも比較 しない自分になれたことです。  在職中は常にコミュニティに属しています。意 識しなくても、評価者、被評価者のいずれか、ある いは両方の立場になるわけです。誰とも比較しない でマイペースに仕事をすることはできません。  会社では、常に他者を意識しながら業務に携 わっています。時に自分を押し殺してでも、場の雰 囲気を乱さないことに気を遣うことも多々あります。 他者と比較していると、どうしても劣等感にさいな まれることもあります。  セカンドライフでは、不必要に他者に気を遣う ことは減りました。気の合わない人との交流が激減 して、マイペースに自分は自分と落ち着いて生活が できるようになったのは大きな変化です。 【3】早期退職後のセカンドライフ  早期退職前に疑似体験で練習までしたのですが、 実際に退職してみると、想定とは大きく違い、新し いチャンスに次々とめぐりあえています。  やはり本当に辞めてみないと分からないことの 方が多かったです。そして、現在、時間を持て余す ことはまったくなく過ごしています。  新しい趣味、新しいコミュニティ、新しい友人 たち、新しいことにどんどんめぐりあうことができ ています。会社に在籍し続けていたら、このような ことは起きなかったでしょう。  会社員を続けることで自分の人生において機会 損失をしているかもしれないと考えたことが、決断 に向けて背中を押しました。しかし、どんな機会が あるのか、そのときは未知数でした。  しかし、最終的に早期退職を決意するとき、素 直にそうしたチャンスをキャッチできる素地が自分 に備わってさえいればいいのだと気づきました。そ の準備をしてきたことによって、いま、数多くの機 会に恵まれているのだと感じています。  セカンドライフでは、興味を示したものを実行 に移すための障壁は何もありません。時間もお金も あり、他者からの視線も気にしなくていいのですか 【4】FIREの定義の変化  早期退職したとき、私なりの定義ではFIRE ではない状態でした。自分に厳しく設定しすぎてい たようでした。  私なりの厳しいFIRE定義は、「年間配当所 得V年間生活費」としていました。また、配当所得 にはキャピタルゲインや含み益はカウントしないこ とにしていたため、退職時にはこの定義を満たして いなかったのです。  しかし早期退職後、FIREコミュニティで寺 澤さんと出会い、「まこさん、今の状態はFIRE ですよ」と断定していただいて、気持ちが軽くなり ました。  寺澤さんはFIREを再出発と定義されていま した。早期退職後のセカンドライフは、まさに再出 発です。  FIREでない状態で早期退職したと思ってい ましたが、寺澤さんの考えに触れ、私の今の状態は FIREだと認識したのです。 【5】現在の活動  現在はソーシャルインベスター(社会投資家) として、金融相談、金融勉強会、ライフプランニン グ、キャリア相談、ビジネススキルアップ相談など を日常的に実施しています。友人だちからは費用を 取るべきだと勧められていますが、無料の方が気楽 なので、今のところボランティアとして活動してい ます。  また、否応で執筆活動をしています。執筆に対 するサポートという形で投げ銭をいただいたり、 note有料記事の販売をしたりして資金も得ています。 このお金は、すべてフィリピンの子どもたちの教育 資金のため、NPO法人一{}aredemoHeroに全額寄 付しています。 【6】幸せとお金 −「幸せ」つて何だろう冫   2014年、フィリピンのセブ島に行って、N PO法人:DaredemoHeroというボランティアグルー プに参加したことがきっかけで、こう考えるように なりました。  幸せにお金は必要なのか、という自問自答を繰 り返しました。  セブ島で知り合った子どもたちや家族たちは、 みんな笑顔で楽しそうに生活をしていました。本当 に幸せそうでした。理由を質問すると、「子どもが 笑うから、私は幸せなの」と、くったくない笑顔で 答えてくれました。 −「幸せになる」ではなく、「幸せでい る」  彼らの笑顔を見たときに、「幸せになる ({}oFn一幸せを勝ちとる、幸せを掴みとる、幸せ になるぞ!)」ではなく、「幸せでいる(Being :今、 幸せを感じている、幸せな状態でいつづける)」こ とがいい状態なんだなと思いはじめました。  こうして毎日の生活の、何気ない一つ一つに感 謝することで、幸せを感じ続けることができると確 信したのです。  その思考を整理するために、内省を深めること を実践しました。つまり、一人ワークショップを繰 り返しました。モーニングページを活用して、自分 自身と向き合う時間を多く持つことで、内省に磨き がかかりました。  モーニングページとは、毎朝起きてすぐにノー 卜に思いついたことをどんどん書いていく作業を継 続することで、自分の人生にいいマインドが醸成さ れ、行動にいい変化をもたらすというものです。  作家の冲泛口∃q呂(ジュリアーキヤメロン) の著書「ずっとやりたかったことを、やりなさい」 (原題一ine Artist Way)で提案している、創造性 を見つけるためのワークの一つです。  そこで行きついた結論が、次の優先順位でした。 1位一健康 2位一やりがい 3位一お金 お金がなくても、健康だったらよし  お金がなくても、やりがい(生きがい、幸せ、 充実感など)があればよし  そう考えられるようになってきたのです。  (7)今後の目標、生きがい 【1】目標を立てないことが目標  矛盾しているかもしれませんが、目標を立てな いことが今の私の目標かもしれません。会社員の時 は、プランしたことに必ず目標値を明記し、目標達 成してきました。そうして毎年仕事に打ちこんでき ました。  その癖が抜けきらないので、セカンドライフは 具体的目標をあえて決めずに、やりたいことを素直 に実行に移していくことを行動指針にして生活する ことにしています。 【2】セカンドライフとはボーナスステー ジ  私は、セカンドライフとはボーナスステージ、 このボーナスステージこそが老後であると捉えてい ます。  ボーナスステージとは、ゲームに出てくるス テージの一つです。敵ギャラが出てこなくて、アイ テムをただ取るだけのステージのこと。しかし時間 制限があって、一定時間経つと元に戻ってしまいま す。 敵ギャラが出てこない= ・会社に行かなくてもいい ・上司にこびへつらわなくてもいい ・同調圧力に屈する必要がない アイテム取り放題= ・年金生活で暮らせる ・社会保障を受けられる ・好きなことをしていい 時間制限あり= ・自由に動ける体力に限界がある ・いつか健康寿命が尽きる  セカンドライフでは、アリとキリギリスの童話 でいうとキリギリス的生活を実践したいと考えてい ます。具体的には、  ・10年前から継続しているボランティア活動 を充実させる  ・自分と向き合い、内省を深めることを楽しむ  ・思考の整理をアウトプットとして回冨を継続 的に執筆する  ・ギターの弾き語りのレパートリーを増やした  リ、友人だちと一緒に歌ったりする  ・金融勉強会を定期的に開いたり、個別に資産  形成相談に乗ったりする   こうして、これからも自分に素直にセカンドラ イフを歩んでいこうと思います。ボーナスステージ だと思うと、とても前向きになりますね。  私のメッセージは、同年代の50代の皆様に届 きましたでしょうか。  時間は有限で、いつまで健康に生きられるか分 かりません。   あなたにとって幸せとは何か   やりがいがあることは何か   あなたは、どう生きたいのか  あなたがここまで頑張ってきた仕事を焦って辞 める必要はありませんが、ぜひ今からこうしたこと を考えだしてほしいと思います。                     −終−  ・まこさんのSNSや呂冨は次のとおりです。お 気軽にフォローしてください’・  X 一亜prometheus1966  回te :まこさん呂冨  まこさん回冨マガジンー投資についてのお話し 一第2章 多忙な会社員時代  私は大学を卒業してから56歳で退職してFI REするまで、仕事に追われる毎日に追われており、 自分の人生について深く考える時間など、持ったこ とがありませんでした。  特に40〜50代に差し掛かってくると責任も 大きくなっていき、若いころ以上に身動きがとれな い仕事中心の生活となってしまっていたように思い ます。   ここでは少し、私かそんな会社員生活のなかで 感じたことを述べていくことにしましよう。 OI アリとキリギリス  太陽が燦々と輝く、ある夏の囗のこと。  キリギリスが野原で歌を歌っていると、小さな アリたちが目の前を通り過ぎていきました。  アリたちはみな、背中に大きな食べ物を背負っ ていました。そしてひとつ運んでは、また次の食べ 物を探しにでかけます。  「おIい、アリくん。そんなにびっしより汗かい て、何をしてるんだ?」  「これはキリギリスさん、わたしたちは食べ物を 集めているんですよ」 アリは重い荷物を降ろして答えました。  「ふIん。でも、ここには食べ物がいっぱいある よね。なんでいちいち家に運ばなきやいけないんだ よ。俺みたいに、お腹が空いたらその辺にあるもの を食べて、あとは楽しく歌を歌ったり、遊んだりし ていればいいじやん」  「でもね、キリギリスさん。今は夏だから食べ物 がたくさんあるけど、冬が来たらここの食べ物はな くなってしまうから、今のうちにたくさんの食べ物 を集めておかないと、あとで困りますよ」  アリたちがそう言うと、キリギリスはバカにし て笑いました。  「真面目だなあ。そんなのやめて一緒に遊ぼうぜ。 まだ夏もはじまったばかりだし、冬のことは冬が来 てから考えればいいじやん。こんな楽しい夏に働い てばっかりでもったいないなあ」  そう答えると、キリギリスはまた歌を歌いはじ めました。  「楽しそうだし、もっと歌を聞きたいけど、働か なきやな」  アリは残念そうにしながら置いてある荷物を持 ち上げると、また家へ向かって歩きはじめました。  それからもキリギリスは毎日陽気に歌って暮ら し、アリたちはせっせと家に食べ物を運びました。  やがて夏が終わり、秋が過ぎ、そしてとうとう、 寒い寒い冬がやって来ました。  もう外には食料がないため、アリたちは今まで 貯めた食料で暮らしています。一方、野原の草は すっかり枯れ果て、キリギリスの食べ物は1つもな くなってしまいました。  キリギリスはすっかり痩せきって、路頭に迷っ ています。  「ああ、お腹が空いたな。どこかに食べ物はない かなあ。……そうだ。アリくんが、食べ物をたくさ ん集めていたよな。よし、アリくんに何か食べさせ てもらおう」  キリギリスは急いでアリの家にやって来ました。  「キリギリスさん、どうしたの?」  「食べ物が見つからないんだ。少し分けてくれな いかな」  「だから、食べ物がたくさんある夏の間に集めて おかないとダメだよって言ったじやない。分けてあ げたい気持ちはあるけど、うちには家族分の食べ物 しかないから、悪いけどキリギリスさんにはあげら れないよ。他をあたってくれないかな」  アリはそう言うと、パタンと玄関を閉めました。  キリギリスは、しんしんと雪の降る野原の真ん 中で、寒さに震えることになったのでした……。 02 私たちは、アリ  ガタンゴトン、ガタンゴトン  揺れる列車の中で今日も朝から通勤する。まわ りには同じようにスーツを着た人たちが無言でスマ ホをいじりながら吊り革につかまっている。若者も、 おじさんも。たまに、朝帰りらしき大人が椅子に 座って眠っている。  そんな人たちを見ると、ふとアリとキリギリス の童話を思い出す。  毎日真面目に働き続けるアリ。  そして遊びほうけて、最後に仕打ちを受けるキ リギリス。  「俺はキリギリスでなくてよかったな」   ふと、そう思った。   私は30代前半で大型新製品の特別企画チーム に配属されました。年間6回も海外出張に出かけ、 数えきれないほど行った国内出張では年間100泊 するような生活。そして30代半ばには営業職で管 理職として任務につき、本当に多忙な日々を送って いました。 ・日々の売上管理 ・ノルマ未達のプレッシャー ・部下の案件への同行 ・自分の案件のプレゼン資料の作成 ・部下の育成 ・上司へのレポート ・顧客管理 ・そして、名もなき雑務 毎日6時の電車に乗り、7時前には会社に着い て業務開始。ふと気つけば時計は22時を回ってい て、帰宅する日々。  大変ではありましたがポジションには恵まれて いましたし、仕事自体も楽しかったですから、あま り苦痛もなく、不幸せでもありませんでした。  ですが、私はアリでした。  毎日真面目にゴツゴツと仕事に打ち込み続けて いました。  仕事のこと以外はあまり考える時間がありませ ん。  しかも、冬を越すために家に食料を運ぶだけで は飽き足らず、無意識のうちに他人と比較をしてい ました。もっとスキルを磨きたい、もっと稼ぎたい という気持ちもありました。  そしてそのアリは、「自分はアリだ」という自覚 が無いまま、しかしキリギリスのように遊んでいる 人には、否定の気持ちをぶつけながら生きてきたの です。  (I)競争という名の正義 −私はずっと競争社会で生きてきました ・どうすればまわりより社内評価がよくなるだろ うか ・早く昇進・昇格したい ・誰よりも売上を上げたい ・競合他社とのシェア争いに負けるわけにはいか ない  人生には、あらゆるステージにおいて、競い合 う要素が多く存在します。ルール判定が明確なもの もあれば、そうでないものもあり、特に会社という 枠組みのなかで私たちはその競争の波にのまれてし まいます。  その枠組みでは、昇進・昇格や昇給、誰にも負 けない成果を上げることは紛れもない正義であり、 それを目指さない者は悪でした。  誰もが脅迫観念に襲われたかのようにこうした 正義を目指し、疲弊し、それでもそこから抜け出せ ないまま日々が過ぎていきます。  いや、抜け出せないのではなく、抜け出そうと いう思考が頭に浮かぶことがないのかもしれません。 今の仕事が嫌で「会社から抜け出したい」と思うこ とはあっても、「競争社会から抜け出したい」と 思っている人は皆無のように思います。  「競争のない世界」  そんなものが存在することすら知りませんでし た。  (2)競わないことへの違和感  神奈川県茅ヶ崎市立香川小学校では、運動会で 徒競走や選抜リレーを行なうことをやめたそうです。 この学校は通知表をなくしたことでも注目を集めた 小学校です。   香川小学校では、徒競走の授業でも、「誰かと比 べる」のではなく、「過去の自分自身と比べる」と いう取り組みを行なっています。 ・まわりの人の結果は関係ない ・昨日の自分よりも明日の自分の方を少しでもよ くしていこう   こうした方針のもとで授業をしている以上、わ ざわざ運動会という場で子ども同士を競わせて順位 をつけることに教育的意義はないという考え方だそ うです。ですから玉入れやリレーなどでも、クラス 対抗ではなく過去の結果と比較して新記録を目指す 形式だといいます。  たしかに、足の速い子だけにいい評価をつける と、足の遅い子に劣等感を突きつけることになりま す。そうした序列付けを明確に排除したことは、今 この年齢になってみると、素晴らしい取り組みだな と心から思うことができます。  ですが、若かりしころの私か見たらどうだった でしようね。  実際に保護者アンヶIトでも、  「負けてもそこから立ち直る経験をさせてほしい」  「これからの競争社会に向け、負ける経験も必要 だと思う」  といった声が一部あったようです。  競わないことに対する違和感やアレル ギー  これが私たちのアリ化をさらに加速しているの です。  (3)お金があったら、何がしたい  私たちはこうまでして日々働き続けています。 そして多くの方が、そうして会社で働くことを「生 活のため」、「お金のため」と口にします。  ですが、その先がないのです。  お金を稼いだ、その先。  多くの人がお金という名の数字ばかりを見てい ます。  頑張って働き、銀行の預金残高を増やすことば かりに専念しているわけです。  本来お金というものは自分が幸福を感じること に使ってこそ本来の価値が出るもののはずなのに、 貯めること/数字を増やすことに価値が生まれてし まっています。  まさにエサ場(会社)に出かけ、エサ(お金) を巣に持ち帰って、いつか来る冬(老後)のために 貯め続けているだけなのです。  「いやいや、そんなことはない。ちゃんと欲しい ものにお金を使ってる」  そうおっしゃる人も一定数います。しかしそう した方のお話をよくよく聞いてみると、実は次項の ような「昭和の価値観」に染まっている方も多いの です。 (4)昭和のモデルヶIス いい大学を卒業して いい企業に就職して、 結婚して 子どもを授かって、 車を買って、 家を買って、 定年まで毎日休まず働いて、 高い生命保険で自分が死んだときに残される家族 の生活に備え、 老後は退職金で生活をする。  私か若かりしころに駆け抜けた昭和の時代、誰 もがこれを最高のモデルヶIスだと信じて生きてき ました。  そして今は平成を通り越して、令和の時代。こ の時代に「昭和のようなモデルヶIスでなければい けない」と信じ込んで人生のレールを走っている人 はどのくらいいるのでしょうか。  残念なことに、私の見るかぎり、まだまだ決し て少なくありません。 【I】自分で人生のレールを敷け  現在、私は金融勉強会を行なったり、お金の個 人相談をしたりしています。元同僚の人生相談に 乗ったりもしており、その中でさまざまなタイプの 人に出会います。  特に昭和のモデルケースに固執してしまう人ほ ど、人生のレールを自分の頭で考えて作ることをせ ず、他人の敷いたレールの上を走っている印象です。  近年はシェアカーも増えましたし、賃貸マン ションで一生を過ごす人生モデルも増えてきている 一方で、なぜか彼らにとってはマイカー購入、マイ ホーム購入、過剰な保険加入が必須条件となってお り、それが本当にあるべき姿だと信じてIミリも疑 わないのです。  「あなたには、そんなお金の余裕ないでしょう」 という人ほど、そうした傾向があり、時代とマッチ していないのに、昭和時代のモデルケースを今でも 頑なに守っています。  「ちゃんとお金を使っている」という人も、多く はこうした車や家のローンなどにお金が消えていっ てしまっているのです。   このように、誰かが敷いたレールの上を走って いる人が多すぎることが、現在の囗本の大きな問題 点です。  「他の人がしているから自分もする」ではなく、 自分の目的に応じた自分のレールを走ればいいと思 いますが、日本人の多くがどうもまわりの目を気に して過ぎているような気がしてなりません。  みな世間体とか空気感という、よく分からない ものに振り同されており、そのことが自分を苦しめ ていることに気づいていないのです。  そしてその苦しみの延長線上には、働き続ける ことしかありません。こうして大半の人が働きアリ となるのです。 【2】貧困は金融リテラシーの低さが原因  金融の観点からすれば、日本全体として給与が 上がらないので、大きなお金、特に次の4つは根本 から見直さなければ日本の貧困は解決しません。  ・教育に対するお金  ・車に対するお金  ・住宅に対するお金  ・保険に対するお金  この4つを見直すだけで、家計は大きく潤いま す。また、これらを「欲しいもの」であると錯覚す るような昭和の価値観からも脱却することができる のです。  他人が作った人生の理想像に自分の人生を任せ るのではなく、しっかりと自分の足で自分の生きた い道を進んでいく自責思考になること。  そのためにこうした金融リテラシーを付け、自 分の意思で自分のレールを敷いて生きることこそが、 囗本の貧困やアリ化から抜け出すための大切なプロ セスなのです。 (5)会社員人生のこれから先  ここまでいろいろとお話をしてきましたが、人 はいきなリキリギリスのような生活をすることはで きませんから、人生でアリになる時期は必ず必要で す。  ですから、あなたが20代や30代、40代で も前半くらいなら、それでもバリバリと働き、経験 を積むことに対して私は何も言うことはありません。  「競ってください」と言うつもりは毛頭ありませ んが、自分の人生を自責思考でしっかりとデザイン し、どこに自分の幸せがあるのかを考えながら過ご していただければ嬉しいなと思うばかりです。  ですが、あなたが40代後半から50代でまだ アリの人生を選択し続けているのであれば、もう少 しお話を聞いていただきたいと思います。 【I】もう、先が見えていませんか冫  会社員をやっていて50歳そこそこにもなると、 もう自分のサラリーマンとしての限界も見えてくる ものです。  「同期が課長になった!俺もそうなれるように頑 張るぞ!」  そう思ったのも、はるか昔のこと。あなたの同 期には部長や本部長になった大もいれば、課長や係 長で止まった大もいるでしょう。  「同期が偉くなったから俺も’・」というモチベー ションよりも、  「そりゃ少しはうらやましいけど、正直あの立場 にはなりたくないな」  「ここまで来たし、とにかく波風立てずに生きて いく方がいい」  と思う人のほうが多いのではないでしょうか。  役職定年がある会社もたくさんあります。これ らは年齢で決まりますから、同じ同期でも浪人や留 年をした人は先に役職を剥奪されるわけです。  そして、もうたった数えるほどの年数が経つこ とで、あなたがその立場に立つ囗が来るのです。 【2】隠れた誹謗中傷  それに加えて、歳をとるに応じて隠れた誹謗中 傷も漏れ聞こえてきます。  「あの人、給料は高いのに、何をしてるか分から ない」  「年上の部下は使いづらいんだよな」  「あIあ、俺たちも20年後はああいう風になっ ちやうんだろうな」  「窓際であれだけもらえるなんていいよな」  「はい、老害」  我々世代からすると、「俺たちが何をした’・お 前だちと同じように働いて、ただ歳をとっただけ じやないか’・」と憤りたくなるような言葉ばかりで すが、これが現実です。  さらに45歳〜50歳あたりでは早期退職制度 と称して、「今なら退職金を上乗せするけど、辞め る?どうする?」と会社から言われることも。こ れも分かりやすく訳すと、「金払うから辞めてくれ」 という話なわけです。 【3】伝えたいメッセージ ・出世の見込みはもう無い ・モチベーションなんてどこにもない ・歳をとっているだけでバカにされている  こんな状況なのに、それでも見て見ぬふりをし て会社にしがみついていませんか。これはどう見て も健全な状態ではありません。  あなたは今まで自分軸でやりたいことを見つけ てきましたか?それとも今まで仕事ばかりで見つ けることをしてこなかったでしょうか?  そうしたことを考えたうえで「この仕事が好き だ」というならその仕事は天職なのでやり続ければ いいと思います。  しかし一方で、好きでもない仕事を惰性で続け ているなら、これからの人生を少し考え直してみて ください。  やりたいことがあるのに、会社に65歳まで縛 られたら、人生本当に何もできなくなります。男性 の平均健康寿命が72歳、女性の平均健康寿命が 75歳ですから、自分の自由になる時間が数年しか 残されていないことになるわけです。  なお、健康寿命とは健康上の問題がなく日常生 活を送れる期間のこと。若い人は「老眼になったり、 風邪をひいて熱が出たり、腰痛が出たりする感じで しよ」と軽くとらえてしまうかもしれませんが、そ んなに甘いものではありません。  健康な方には想像しがたいでしょうが、自分一 人の力で満足に動けない、歩けない、トイレに行け ないといった身体的なことから、認知症など脳に関 わることまで、ありとあらゆる機能のどこかに問題 が生じることで、本当に一人で日常生活が送れなく なるということですからね。  それでも生活防衛資金が足りないという場合は 働き続けなければいけません。しかし中には、もう 十分にお金はあるのにまだそれを積み上げることに 腐心して、人生の大切な時間を消費し続けている人 も少なくありません。 −やりたいことやれよ、もう時間が無い ぞ  これが、この章での私の最大のメッセージです。 コラムー 老害とは何か  前項で「老害」という言葉に触れました。この コラムでは、この言葉について、もう少し深掘りを していこうと思います。  「老害」とは、主に次のような状態におちいった 中高年を指します。 ・社会の変化に適応できない ・古い価値観に固執している ・他人の意見を聞かずに時代遅れの持論を周囲 に押し付ける  ・頑固である  ・些細なことでイライラする  ・空気が読めずにトンデモ発言をする  ・武勇伝を何度も繰り返して話す  もともとは高齢の政治家が政界に居座って新し い世代の登用を妨げることを批判する言葉として使 われていましたが、今では企業や地域社会などのさ まざまな場面で使われるようになりました。  たいていの場合、こうした大たちは組織や社会 にあまりいい影響を与えませんから、避けられるわ けです。  では、「老害化」を避けるためにはどのようなこ とを意識しなければならないのでしょうか。ざっく り言うと「老害」と言われる人の逆の道を行けとい うことになるでしょう。 ・社会に変化に適応する=学び続ける ・謙虚になって他人の意見に耳を傾ける ・イライラせず、感謝の気持ちを持つ ・自分の話ばかりをしない  これらをまとめると、相手の話をきちんと聞き、 古い持論の自己主張を控え、最新の情報を学び、採 り入れていくことが、老害化を避けるための最善手 のように思います。  思い返してみると、会社に入ってすぐの若いこ ろは先輩の話を匸冐一句聞き逃すまいと必死にノー トを取り、行き過ぎた自己主張は上司や先輩に失礼 になるかもしれないと何度も推敲し、飲みに行って も人生の先輩たちの話から何か成長の種を得られな いかと探りながら聞き役に徹していたものでした。  会社に何十年もいるうちに、たしかにそんな気 持ちをどこかに忘れてきてしまったように思います。 −初心を忘れないこと  これが、老害にならないための一番の薬なのか もしれませんね。 第3章 人生観を変えたフィリ 幵  第1章でお話したように、私はずっと競争をし、 お金を稼ぐために朝から晩まで会社の仕事で時間を 使う人生を送ってきました。  もちろん、それが間違っているなんてIミリも 思っていなかったですし、不幸せだとも思っていま せんでした。  当時の私はどちらかというと、自分の幸せのこ となど何も考えず、仕事にだけ没頭して過ごしてき てしまったという表現のほうが正しいように思いま す。  そんな私の人生観が大きく変わっだのが48歳、 語学留学でフィリピンにはじめて訪れたときのこと でした。この人生の転換期についてお話をしていき ましよう。 OI フィリピンに持っていたイメー ジ  まず私の人生観がフィリピンで変わった理由の 1つに、実際のフィリピンの現状をあまりよく分 かっていなかったことが挙げられるでしょう。  フィリピンのセブ島といえばリゾート地。  すごくきれいな場所で、富裕層がのんびりと過 ごすところ。  なんなら観光業が盛んで、富裕層が観光客価格 でお金をパンパン落とすため、現地の人たちもかな り潤っているのではないか。 −勝ち組の島、フィリピンのセブ島  旅行会社の広告戦略に踊らされ、無知な私はそ んなことを思っていたのです。 (I)日本人のイメージと現実の違い 常夏の島 照りつける太陽 どこまでも続く自い砂浜 底まで透き通るエメラルドグリーンのビーチ そんな、みなが憧れるリゾートアイランド。  日本人のセブ島のイメージは概ねこんなところ でしょうか。  ですが、実は日本人がセブ島と聞いてイメージ するようなリゾートは、セブ島の南側にあるマクタ ン島という違う島。セブ島自体には、リゾートエリ アはごく一部にしかなく、それ以外は普通の町なの です。  綺麗なビーチがあってムチムチした女の子が水 着で歩いているところは全部マクタン島ですね。  まあ、楽しさを求めて旅行する分には、セブ島 でもマクタン島でも旅行者にとってはどちらでもい いでしょうけれど。  こうしたところで一泊5〜6万円のきれいなホ テルに泊まって、大きなプールに入って、きれいな ビーチに行って、ジンベイザメと一緒に泳いで、と いった遊びができる最高のリゾート地。それがフィ リピン。  日本人の多くがこのように思っているでしょう ね。   ですが、きらびやかなリソートのイメージの裏 には、大きな格差社会が広がっています。私たちが 単なる旅行で訪れることにない場所に、大勢の貧困 層の方々が住んでいるのです。 (2)クリスマスシーズンの御縁  私は当時、本社のマーケティング部で英語を必 要とする部署に配属されていました。そのため、語 学留学するためにフィリピンを訪れていました。平 日にセブ市内の英会話学校に通学、上日は自由時間 でのんびりと観光するといったスケジュールで過ご していました。  街で買い物を楽しんだり、綺麗なビーチの島を 巡りながら楽しむ「アイランドホッピング」などの レジャーに参加したりするなど、平日も上日も充実 した日々だったのを思い出します。  また、そうした環境にいる仲間たちは一般的な 学生や社会人が多く、今自分たちが足を踏み入れて いる生活の裏に格差社会が存在することなど、誰も が微塵も感じていなかったことでしょう。  それだけ、日本人の持っているフィリピンのイ メージと実際のフィリピンのイメージには大きな乖 離があるのです。  もちろん私も、そうした誤ったイメージを持っ ていた一人でした。  そして、やがて時が過ぎ、クリスマスシーズン がやってきます。   フィリピンはキリスト教カトリックの国です。 信心深いフィリピン人にとってクリスマスは重要な 祝典ですから、みな盛大にお祝いをします。囗本の ようなI、2囗だけの表面的なイベントではなく、 12月全部がクリスマスというくらい盛大で、この 時期は毎朝5時にこぞって教会のミサに行くような 宗教色の濃いイベントなのです。  なおフィリピンは家族第一のお国柄で、特にク リスマスは家族と過ごすのがとにかく重要視されて います。日本ではお正月は実家に帰る方が多いです が、それを百倍ぐらいにした感じがフィリピンのク リスマスなのです。  ですから、「まこさんはどうしてクリスマスに自 分の国ではない場所にI人でいるんですか?」、「ど うして家族と一緒に過ごさないの?」という質問を かなり受けました。それこそ親が死んで葬式に出な いぐらいの勢いで言われましたね。家族愛のかたち が日本と大きく違うなというのがカルチャーショッ クでした。  さてそういったわけで、クリスマス休暇で英会 話学校も休みになるわけですが、家族と過ごすフィ リピンの方々と違って、この時間をどう過ごすかに 私は少し頭を悩ませました。 ・ひたすら英語を勉強するか? ・それとも仲良くなった若い女の子とビーチに行 くか?  どちらもピンとこないなと思っていた矢先、ア イランドホッピングで同乗して知り合った英会話学 校「QQ English」の藤岡社長からクリスマスプレゼ ント配りのボランティアをオーフアネッジ(孤児 院)でやってみないかと勧められました。このボラ ンティアで出会っだのが、後に紹介するNPO法人 {}AREDEMO HEROの理事長、内山順子さんでした。  正直なところ、当時ボランティアにはそこまで 興味がありませんでしたが、藤岡社長のお声がけで もあり、また「せっかくならいつもと違うこと、 フィリピンならではの体験でもしてみるか」という 気持ちもあったため、足を運んでみることにしたの です。  とはいえ、私の頭の中は囗本のクリスマスのプ レゼント配りのイメージ。サンタクロースの衣装に 身を包み、恵まれない子どもたちがいる圉に行って、 袋からプレゼントを出し、「わI、サンタさIん!」 と子どもたちがワイワイと集まってくる平和な雰囲 気を想像していました。 −そしてボランティア当日、その平和な 想像は、見事なまでにぶち壊されることに なったのです 02 貧困層の現状  このボランティアは私のイメージと大きく違っ ており、貧困層の方々にクリスマスプレゼントを配 るというものでした。  それまでの私は貧困層と呼ばれる方々の生活に 触れることなどありませんでした。話に聞いたり、 テレビで見たりすることはあるものの、実際にそこ で住んでいる方々と話をするなんて、今まで想像も したことがありませんでした。  私かここで目の当たりにした彼らの生活を述べ ても、読者の皆様には当時の私かテレビで見たのと 同じような感覚になることでしょう。しかし、それ でも彼らの現状を伝えたく、少し触れさせていただ きます。  (I)戦後の日本のような国  フィリピンの方々とお会いすると、とにかく子 どもの数が多いことに気づきます。兄弟が5〜6人 いるのが普通で、親の世代になると兄弟が10人前 後いるらしいです。   フィリピンは次の写真のように、とにかく街中 に子どもがあふれている感じで、とても活気があっ て元気がある国だなという印象です。  先日70歳の人と一緒にフィリピンに行ったの ですが、「まるで戦後の日本みたいだな」と表現さ れていました。  一方でなぜこんなに子どもが生まれるかという と、発展途上国だからというよりも宗教上の問題を 孕んでいるイメージです。 ・避妊のタブー視 ・中絶が違法(2年〜6年の禁固刑) ・離婚という制度がない   フィリピンはそもそも制度がないため、離婚が 相当難しい国です。ですから結婚しないで子どもを 産むカップルが多いように感じます。   また、女性の性に対する知識が少ないため、性 感染症は非常に大きな問題になっています。 (2)物価と生活レベル  彼らのお給料は月給3万円ほど。年収で40〜 50万円ぐらいです。ただ、これは今でも上がり続 けていて、びっくりするぐらいのインフレが起こっ ています。  たとえば私か2019年初頭にフィリピンに 行ったときの乗り物はフペソ(14円ほど)でした が、5年後の今だとさらに倍の30円ぐらいになっ ています。  金額的にはたいしたことがないと思われるかも しれません、しかし多くのものの価格が同じような 割合で上がっていて、ホテルも千〜2千円で泊まれ たものが5〜6千円かかるようになりました。もう 囗本の安いところと大して変わらないですね。なお フィリピンの中でも、もちろんリゾートは別です。 リゾートは国際料金なので3〜4万円かかります。  日常生活に関わるところでいうと、食事は少々 高めで、ランチが200円ほどですね。普通の物価 は日本の8分のI〜5分のIなのですが、食事は日 本の3分のI〜2分のI程度となっています。また、 ランチは200円なのに、カフェはなぜか200〜 300円します。  ランチを200円で食べられるのに、スター バックスのコーヒーが300円するのは少し違和感 を覚えますね。まあ、それが理由でフィリピン人は あまリカフエには行かないですけれど。  とはいえ、都会機能はほぼ東京と一緒ですね。 普通の都会なので高層ビルもありますし、立派なホ テルも飲食店もあります。ただそこに貧富の差があ り、中でも直視できないレベルの経済的下層の方が かなり多いという現実があるところが日本との違い なのかなと思います。 (3)家事情  南アフリカだとよく「スラム」と言ったりしま すが、正直なところ私はスラムの定義があまりよく 分かっていません。ただ彼らはプア(?R)やポバ ティ(?沌晋)、すなわち「貧しい」という言葉を 使っていましたね。   スラムはどちらかと言うと「危険で近づいたら いけないエリア」という意味も含まれているように 感じますが、フィリピンのポバティエリアには近づ いてはいけないという雰囲気はあまりありません。  ただ、住んでいる家に関しては、両者は似てい るかもしれません。皆さんベニヤ板で立てたような お家に住まれています。そして人によりますが、家 に柱しかありません。  端的に言うと基本的に家に壁がないのです。屋 根と柱しかなくて、外と中がつながっているわけで す。ですから庭園などで休憩所として設けられてい る東屋のようなイメージで、我々からすると「これ は家なのか?」といった感じですね。  もちろんセキュリティという感覚はないと思い ます。そういう人たちはそのへんの草の上で寝てい ますし。  私かボランティアで訪れるところはちゃんと家 の形をしているところもありますが、お世辞にもあ まりきれいとは言えないですね。そうした家でも多 分鍵がかからないと思うので、同じくセキュリティ 意識はないように思います。  また、1年ほど前にオーデッドというものすご い大きな台風が来て、セブ市内でさえIヶ月間停電 をしていたのですが、そのクラスの台風が来ると彼 らの家は一瞬で屋根も家財道具もすべて吹っ飛んで 更地になってしまいます。  「ここに家があったの?」ということが分からな いぐらいキレイに何もなくなってしまう。そんな感 じで災害が起きるのです。かなり衝撃ですが、世界 にはこういうところがまだまだたくさんあるんだと 知っていただければ幸いです。  (4)洋服・クツ  洋服はウカイウカイという結構安いお店があり ます。囗本でいうダイソーのような感じで、50〜 100円ぐらいで服を買うことができます。   とはいえ気温的にTシャツで大丈夫な国なので、 男性はあんまり着ないですね。もちろん女性はちゃ んと服を着ていますが。  また、NPOやNGOの活動によって、先進国 からお古の洋服が結構届きます。ですから服はそれ なりにあるのですが、洗濯機もないですし、破れた り汚れたりしてすぐにボロボロになっていく感じで す。  また、インフラが整っていないので道路状態が かなり悪いうえに、基本的にみんなサンダルを履い ているので、ちゃんとした靴が結構喜ばれたりしま すね。 (5)お金の持ち方と電気事情  お金に関しては、貧困層に隕らず現金文化です。 クレジットカードのレベルまでいくと、英会話学校 の先生ですら持っていません。ただ、スマートフォ ンはみんな持っていて、アプリで使うGキャッシュ という囗本のSuicaのようなものを利用している人 は多いですね。  ちなみに家は簡単な作りですし、また電気が十 分に供給されていない家庭もあります。ですからス マホの充電などはどこかゲームセンターみたいなと ころで充電したりだとか、電線から直接電気を盗っ たりしているようです。最近ではそれが火事の原因 となり、社会問題にまで発展しているようです。  フィリピンでもコロナ禍では日本と同様に碚糺 やパソコンでZOOM授業を行なっていましたが、 私の支援している48人の子どもたちの家の3分の Iから半分ぐらいは電気がありませんでした。  ですから彼らには日本から取り寄せて安い碚且 を工面したりしましたが、それと同時に事務所に来 てもらって寝泊まりや充電をしながら勉強をしても らっていました。 03 幸せの定義  さて、子どもにプレゼントを配り歩くサンタさ んのイメージを持っていた私は、フィリピンの貧困 層の現実を目の当たりにして頭を強く殴られたかの ような衝撃を受けました。  しかしそれは、彼らの貧しい生活のレベルを 知って「こんな生活もあるのか……」と絶望感で衝 撃を受けたわけではありません。  彼らは、そんな暮らしの中で、みな幸 せそうだった。  貧しさの中に幸せを感じている彼らの 姿に衝撃を受けたのです。 (I)彼らの幸せ、私の疑問  彼らは風が吹けば飛ぶような粗末な家で暮らし ており、支援物資で届いた服は、すぐボロボロに なってしまいます。食べるものに困り、不衛生な街 でゴミを漁って飢えをしのぐ人たちもいます。   このように衣食住すら満足でない生活ですが、 大人も子どもも笑顔を絶やさずとても幸せそうでし た。彼らからは周囲の人も巻き込むような幸せの オーラを感じたのです。   一方の私はというと、当時はサラリーマンでそ れなりに所得をもらいながら、本当にわずかな差で 「勝った」「負けた」と争っているような社会にいま した。 ・昇進・昇格できた、できなかった ・競合は絶好調なのに、どうしてうちの会社はこ んな状態なんだ’・  こうしてガンガン働いて、ちょっとでも人より よくなりたい、上に立ちたいという本当に小さなこ とで競い合っているといった話は、まったく違う文 化というか、もう異世界の話だったのです。  彼らは、普通の日本人から比べたら比較しよう とも思わないぐらい劣悪な環境にいますから、「俺 はこいつらに勝ってる」というように自分のフライ ドを維持するために「勝った、負けた」とマウント するような考えを有している時点でおかしいわけで す。  そんな自分がちっぽけに感じるとともに、私の 中に1つの疑問が生まれてきました。 −それなのに、なんで彼らはこんなに楽 しそうなんだろう冫  この疑問にぶち当たったことこそが、私の人生 での最も大きな衝撃であったと同時に、大きな転換 のきっかけであったのだろうと思います。 −生きる楽しさ、生きる喜び  サラリーマンの小さな競争世界から脱し、この 本質に気づくことができたのは、この貧困層の方々 の生活に対峙し、何度も自問自答を繰り返したから だったのです。 (2)幸せの定義 −貧しくても、恵まれてなくても幸せを 感じている冫 −誰かに勝たなくても、幸せを感じられ る冫   彼らは皆とても幸せそうで、生きる喜びに満ち あふれているようでした。当時の私には大きな衝撃 だったのは間違いありません。私はその衝撃を自分 の中で昇華させるため、少し野暮ではありましたが、 彼らに直接確認をすることにしたのです。 −「あなたは幸せですか冫」  お恥ずかしい話ですが、とにかく私は会う人す べてに「幸せですか?」と訊いて回りました。  その際には、みな口をそろえて「幸せだよ」と 答えてくれたのですが、その中でも、特に印象に 残ったのが、17歳のママでした。彼女は生まれた ばかりの赤ちゃんを抱き、足元には2歳前後の子ど もが2人、裸で寝転がっていました。  「君の子どもなの?」  「そうよ、3人いるの。可愛いでしよ」  「とっても可愛いね’・ 幸せかい?」  「ものすごく幸せよ」  彼女はキラキラした笑顔で答えてくれました。 そんな彼女にさらに訊いてみます。  「どうしてそんなに楽しそうなの?」  「子どもたちが笑うから毎日幸せなのよ」  と、赤ちゃんに微笑みかけながら素直に笑顔で 答えてくれました。この言葉にものすごい衝撃を受 けました。 −子どもが笑うから幸せなの  嘘偽りのない純粋な気持ちから発せられた言葉。 これほど何気ない言葉が心の底から響いた経験は過 去にありませんでした。 −誰かに勝たなくても、子どもが笑うだ けで幸せなのか……  それは私だって人間ですから、「幸せになりた い」という思いは漠然と持っていました。誰もが幸 せになりたいと願うように、私ももちろんそうでし た。  ですが、もしかしたら私か幸せを得るために見 据えていた方向には、その解がなかったのかもしれ ません。  ・昇進したら幸せ  ・仕事で評価されたら幸せ  ・お金を得られれば幸せ  ・安定した生活を送れれば幸せ   たしかにそうなれば幸せでしょう。昇進したら 嬉しいですし、評価されたら「今までの苦労が報わ れた」とガッツポーズもでます。ですがそれは、長 く続く競争の末に得られる刹那的な幸せでしかあり ません。  昇進したあとも、ある仕事で評価されたあとも、 ずっと競争は続いていきます。「そうした生き方= 幸せ」と定義してしまうと、勝ち続けなければなら ないというプレツシャーのもとで過ごしていかなけ ればならないのです。 −私か見ていたのは、終わりがない競争 の末に得られる幸せ Iこれは本当の幸せなのか冫  こうして、このボランティア活動で今まで見た ことも聞いたこともない「幸せの新しい概念」を目 の当たりにしたのを機に、それまでぼんやりと思っ ていた「幸せになりたい」という気持ちをより深掘 りし、「幸せとは何か」について真剣に考えるよう になったのです。  それ以降、私は毎年セブ島に渡航してボラン ティア活動に参加するようになり、渡航回数は20 回を超えました。滞在期間は6ヶ月を超えています。 世界20力国ほど旅行しましたが、これほど私に影 響を与えた国は他にありません。  フィリピンの人だちから幸せについて学び、囗 本に帰って内省をする。そしてまた幸せの定義を確 認するためにフィリピンに行く……。こうして何度 も何度もセブ島に足を運んで自分なりの幸せの定義 を固めていったのです。  そうしているうちに、時間をかけていろいろな 事象を多方面から思考を巡らすことが楽しくなり、 モーニングページに自分の内省を書き留めるように もなりました。これらは、今の私を形作ってくれた 宝物です。  今振り返ると、これも何かのご縁だったのだと 思いますが、ひょんなことから参加したボランティ ア活動。これが私の人生にとって大きなターニング ポイントとなったのです。 04 NPO法人DAREDEMO HERO との関わり  なお、このボランティアで出会ったのが、私の 人生に大きな影響を与えたNPO法人 「{}AREDEMO HERO」です。この団体について、 少しご紹介させていただきます。  (I)団体概要  {}とIEDEM0}{m}″○の公式ホームページには、 次のような団体概要が記載されています。   リゾート地として有名なフィリピン、セブ島。  ここには、たくさんの貧困層が必死に生きて います。子どもたちが朝起きて、まず行うことは 「朝食を探すこと」です。学校に行くこともでき ず、家族のためにゴミを漁って、日々食べるもの を探す子どもたち。  そんな子どもたちの夢は「家族を助けること」 です。  子どもたちがそれぞれの夢を叶え、家族のた めに、社会のために貢献できる「ヒーロー」にな るために、皆様のご支援をお願いします。  貧困でも、志をもって「がんばる子どもたち」 に、教育の機会を提供し、彼らの夢の実現まで応 援するのが{}AREDEMO HEROです。   そのために、主に次の3つの活動をしていま す。  ・奨学生の支援  ・最貧困地区の支援  ・異文化交流  この3つの活動についてもう少し深く見ていき ましよう。 【I】奨学生の支援  {}と*EDEMO HEROでは「かわいそうな子ど もたち」ではなく「がんばる子どもたち」を応援 しています。  やる気と志を持った奨学生に対し、大学卒業 までの学費支援と徹底した教育支援を行い、フィ リピンの貧困問題を根本的に解決するリーダーを 育成しています。  フィリピンはほんの1、2%の富裕層がフィリ ピンの全部を握っているといっても過言でないくら い、富裕層と貧困層の差が激しい国です。大統領を はじめ政治家はみな富裕層です。富裕層が政治の決 定権限を握っているかぎり、貧困問題の根本的な解 決は難しいでしょう。 そこで、フィリピンのあらゆる社会問題を解決で きる未来のリーダーを育成するというのが理事長の ビジョンです。貧困層から知識と発言権のある人を 輩出するために教育支援に力を入れています。   また、教育支援だけでなく奨学生が学習に集中 するために必要なさまざまな支援を包括的に実施し ており、そのうちのひとつが昼食支援です。   フィリピンの学校には給食がないので、子ども たちは昼食を食べられません。現在はルズ小学校、 タランバン小学校の2校を支援しているのですが、 支援する学校の目の前に事務所を作り、金銭的支援 も行ない、そこでお母さんたちに昼食を作っても らって子どもたちに食べに来てもらう活動もしてい ます。 【2】最貧困地区への支援  最貧地区への支援では、大人には「貧困から抜 け出すための選択肢」を、子どもには「学ぶ機会と 喜び」を提供しています。  I.緊急支援  先に述べたように、貧困層の人たちはベニヤ板 で立てたような屋根と柱だけの家に住んでいますか ら、雨が降ったら家の中がずぶ濡れになりますし、 台風が来ると家ごと吹き飛ばされたりもします。  そういった災害などにより、困窮している方に 支援を行なっています。  ただし、この緊急支援のゴールは原因となった 災害の前の状態に戻すこと。それ以上の緊急支援を 継続することは、受益者が団体に依存してしまう危 険性があるため、しっかりとした線引きが必要にな ります。 2。自立支援  貧困から抜け出して自立した生活ができるよう になるためには、物を与えるのではなく正しい選択 をするための知識が必要です。  例を1つ挙げると、女性の権利と健康衛生の向 上事業を行なっています。  先述のとおり、フィリピンでは性に対する意識 の柢さから性感染症や望まぬ妊娠などが問題になっ ています。  カトリックの関係で中絶が禁止、避妊もタブー 視されていることもあり、多産の国になっています が、健康保険に加入できていない貧困層の女性に とって出産はリスクと隣り合わせ。母子ともに死と 率は囗本の10倍以上なのです。  そんな女性たちを守るため、生理や妊娠、性感 染症についての知識を提供したり、衛生用品の普及 にっとめたり、適切な医療にっなげたりする活動を しています。  3.ラーニングセンターの開設   コロナ禍で学ぶ機会を失い、学ぶ喜びを忘れか けていた最貧困地区の子どもたちに学ぶ機会を提供 する目的でラーニングセンターも開設しています。  コロナ禍のオンライン授業ではパソコンや碚糺 がないと授業が受けられませんし、支援している子 どもたちのうち3分のIは家に電気が通っていませ んから、そうした子どもたちのために機材を取り寄 せたり、電気の通っているラーニングセンターに来 てもらったりして勉強する機会を提供していました。  現在は対面授業が再開されていますが、子ども たちが学校で分からなかったことを学べる場所とし て、ラーニングセンターの運営を継続しています。 【3】異文化交流  また、日本・フィリピン両国の若者が交流する 機会も提供し、文化交流やSDGSの学習を通じて、 お互いが学びあえることを目指しています。  日本の学生を対象として、実際にセブ島にきて 現地を見てもらうスタディツアーや、オンラインセ ミナーを実施しています。なお、視察やセミナーで いただいた料金は寄付という形で活用しています。  (2)私の現在の支援活動  実際にボランティア活動を通じて貧困層の方だ ちと交流をした私は心を動かされ、現在も {}AREDEMO HERO理事長の内山順子さんと密接に 関わりを持ち、毎年セブ島でのボランティア活動へ の参加や、寄付や里親制度などを通じて支援を続け ています。 【I】寄付について  子どもたちを乗せる車が壊れて買い替える、新 しいラーニングセンターを作る、などのタイミング で寄付することにしています。  また、私はソーシャルインベスター(社会投資 家)として金融勉強会を開催しており、そこで実際 に株を買つてみせたりもしているのですが、そうし た売買で生じた利益の一部を寄付に回しています。   以前はこの勉強会を無償でやっていたのですが、 最近は{}AREDEMO HEROの寄付口座を教えて、 そこに好きな金額を寄付してもらう形式にしました。 自分の知識やスキルを社会に還元しつつ、それが寄 付にもつながる。これが今のちょっとした喜びです。 【2】里親制度について  {}と*EDEM0}{力冲○には特定の奨学生の成長を 支え、見届ける里親制度というものがあります。会 員費は{}AREDEM〇}{M}″〇の教育支援事業に使わ れ、個人の手に直接渡るわけではありません。です から直接的な金銭的支援とは少し違いますが、特定 の奨学生の里親として手紙のやりとりをしたり、現 地に行った際には直接会って交流したりすることも できるのです。  私もボランティア活動を続けていくうちに里親 会員になりました。私か支援しているイボンちゃん という子はもう大学生。小さいときから支援してい たので感慨深いです。彼女が卒業したらまた別の奨 学生の里親として支援を続けようと考えています。 コラム2 フィリピン人の出稼ぎ事情  現在日本とフィリピンの人口はどちらもほぼ1 億人で、同じぐらいです。今後間違いなくフィリピ ンが抜くわけですが、この1億人のうちフィリピン は10%以上、1千万人から1千5百万人が国外に 出稼ぎに行きます。  一人が国外に出て、10〜15人ほどの大家族 全員人を養うという国になっていますので、「出稼 ぎに行くのは当たり前」という文化でしたね。  ちなみにフィリピンの大学進学率は20〜 30%なのですが、この出稼ぎに行く一人を全力で 大学に行かせて、将来家族のために海外で稼げるよ うに育てるというのが一般的な考えのようです。囗 本の給料をそのまま送るだけで10人分養えますか らね。  また、フィリピンは女性の地位が比較的高い国 と言われています。最近出た世界の男女平等ランキ ングで、フィリピンは比較的高く、世界で15番目 ぐらいでした。(ちなみに日本は百何位……)  というのもフィリピンは男性があまり働かない 国のように感じます。男性はそのへんで裸でお酒を 飲んでいて、女性が比較的働いているイメージです。  ですから出稼ぎに行くのも、私の知る限り女性 の方が多いです。7割ぐらい女性ですね。女性の職 業としてはナースや英会話の先生、家政婦が多く、 男性の場合は工場や肉体労働が多いですね。  なお余談ですが、10年前の「フィリピンから 出稼ぎに行く国ランキング」のI位は日本でした。 それが今はベストーOにも入っていません。さみし いものです。  現在の出稼ぎランキング上位はカタール、ドバ イ、サウジアラビアなど中東や、アメリカやカナダ、 オーストラリアだそうです。  安全なこともあり、みんなの望みとしては日本 で働きたい気持ちもあるらしいのですが、日本の給 料はアラブの国に比べると半分から3分のIにまで 下がってしまっています。こうなるとさすがに日本 は選ばれないですよね。  また、フィリピン人はほとんどの人が英語話せ るのに対して、日本人の大半は英語があまり話せな いので働きづらいでしようし、今の日本はビザが厳 しくて入国も難しくなったというようにいくつもの 障壁が重なって、日本が出稼ぎ候補から外れてし まったようです。  ちなみに、なぜフィリピン人のほとんどが英語 を話せるかというと、アメリカ支配下が長かったこ とが背景にあり、小学校から大学まで英語を主要な 教育言語として採用しているからです。また、お金 がなく教科書や本、映画やアニメなどを自国で作れ ないので、すべてアメリカなど外国から支援しても らうようになったことも要因の一つです。  もちろん英語のものが直接人ってきますし、そ れをそのまま使うわけですから、アメリカの文化が 入ってきます。こうして英語で学ぶ環境が整ってき たため、急速に英語人口が増えてきているようです。 一第4章 自分軸で生きる  こうしてフィリピンの貧困層の方々へのボラン ティアがきっかけて、「本当の幸せとは何か」につ いて真剣に考えるようになりました。  そして、「いつまでも他人とのちっぽけな競争世 界に居続けるのではなく、自分軸で生きること」が、 自分の人生を豊かなものにしてくれることに気づい たのです。  本章では私か考える「自分軸で生きること」、 「本当の幸せとは何か」を中心にお話していきます。 OI 自分軸・他人軸とは  あの囗、ボランティアで見たフィリピンの貧困 層の方々の生き様は、私の人生観を180度変える のに十分すぎるほど衝撃的なものでした。  あのときから何度も内省し、何度も彼らのもと に足を運ぶことで、私は次のことに気づいたのです。 −私の幸せは、他人との比較の中での幸 せであり、 −彼らの幸せは、自分の中から湧き出て くる幸せなのだと。  そしてこのような差は、自分の人生をどう生き るかによって生まれてきます。「自分軸」で生きる か、「他人軸」で生きるかによって大きく変わって くるのです。  ここで少し自分軸と他人軸の違いについて触れ ていきましよう。  (I)自分軸とは  自分軸で生きることは、他人の評価や意見に振 り回されることなく、自分の価値観や目標に基づい て行動することであり、自分自身の人生に責任を持 つことです。  自分が本当にやりたいことや大切だと思うこと を優先し、主体的に人生を歩むことで、自信も出て きますし、自己肯定感も高まってきます。  自分軸で生きることの強みとしては、興味関心 に基づいた仕事を選ぶため、高いモチベーションを 維持し、成果につながりやすい傾向があることが挙 げられます。また、自分自身の価値観や信念に基づ いた人生を送ることで、自分自身が本当に幸せでい ることができます。   一方で、自分軸で生きることの弱みとしては、 強く自分の意見を持ちすぎることで、周囲との協調 性を重視する仕事において自分の意見を押し通しす ぎてしまう可能性があります。 (2)他人軸とは  他人軸とは、まわりの人々の期待や評価を基準 に行動することです。意思決定において周囲の人々 の目を気にしすぎてしまうため、自分の意見や気持 ちを抑え込んでしまい、受け身の人生を歩むことを 指します。  他人軸で生きることの強みは、周囲との関係を 円滑にし、チームワークを促進しやすい傾向にあり ます。  一方で、他人軸で生きることの弱みは、自分の 意見を抑え込んでしまうことで、他者の意見に振り 回されてしまうことです。また、自分の意見を伝え ないことで、何を考えているのか相手に伝わりにく いことも挙げられます。 02 ビジネスでの自分軸/他人軸  自分軸で生きることは、自分の人生を自分の意 思決定を元に歩んでいくために必要不可欠なことで す。しかし、自分の人生の生き方を自分軸に変える といっても、そう簡単に変えられるものではありま せん。  そんなことを思いながらまわりを見渡してみる と、プライベートの生き方だけではなく、会社の仕 事の仕方でも自分軸/他人軸の生き方というものが 存在することを感じるようになってきました。  会社では上司−部下という関係があるため、他 人軸(指示待ち)でもあまり苦労なく生きていける 世界です。むしろあまりにも自分軸が強すぎると、 それはそれで生きにくい世界かもしれません。  そこでまずはビジネスで自分軸/他人軸につい て考察してみましよう。  (I)会社で自分軸で生きる人  会社において自分軸で生きる大とは、他人軸よ り自分軸のほうを優先する大で、次の2つのタイプ に分けられます。  A.他人軸を意識しながら自分軸を優先する大  B.他人軸を無視して自分軸を押し通す大 Aのタイプは仕事ができるビジネスパーソン、 Bのタイプはわがままビジネスパーソンです。  (2)会社で他人軸で生きる大  会社において他人軸で生きる大とは、自分軸よ り他人軸を優先する大で、こちらも次の2タイプに 分けられます。  C一自分軸はあるが、他人軸を優先する大  D一自分軸がないから他人軸で生きる大  Cのタイプは気遣い上手、世渡り上手のビジネス パーソン、 Dのタイプは意見を持だないイエスマンです。  これらを1つの図にまとめると、次のようにな ります。あなたはどのタイプのビジネスパーソンで しよヽつか? (3)ビジネスパーソンのタイプ別考察  人間には自分軸中心に動くタイプの大と、他人 軸中心に動くタイプの人間がいます。どちらがよ い/悪いという話ではなく、それぞれの個性なのだ と思いますが、仕事をする上でも、友人だちと会話 を楽しむ上でも、2つのタイプがいることを念頭に 置くことで、円滑に物事が進むことを体験したこと があります。特にビジネスにおいては、このタイプ 別の人間性が顕著に表れてきます。 【I】タイプA‥仕事ができるビジネス パーソン  タイプAの方は自分軸で生きていながら、しっ かりと他人の考えていることも押さえている、いわ ゆる仕事ができるタイプです。  上司や先輩の考えていることに上手く従いなが らも、自分の意思はそこにしっかりと入れ込んでい くことで、自分自身の人生の満足度も上げつつ、ま わりの評価も上げていくことができるような人です。  私もこのタイプでいることができたなら、どれ だけ会社員生活でのストレスが少なかったかと思い ますね。 【2】タイプB‥わがままビジネスパーソ ン  タイプBの方は組織や上司の指示になかなか従 わない、自分オリジナルの発想で行動してしまうな ど、ちょっと厄介者である一方、特殊な成果も出し て認められるタイプではないでしょうか。  私自身もタイプBのわがままビジネスパーソン として何十年も会社員生活を送っており、会社では 「マイペースまこさん」と呼ばれていました。それ でも、働いていると自分の意見を曲げざるを得ない 局面は多々あり、苦しかったこともありました。  会社員ですので、一般的には場の雰囲気や空気 を読むことや、同調圧力に屈した方が上司や同僚か らの受けはよいものです。イエスマンこそが出世す るのは、いつの時代も変わりません。  そんなこんなで、自分の個性を押し殺して仕事 をすることにかなり苦痛を感じてはいましたが、会 社員としての順応性を身に付け、猫をかぶって仕事 をしていたのを思い出します。  きっとこのタイプの方は自分の意見とまわりと の調和に苦労しているのではないでしょうか。 【3】タイプC‥世渡り上手なビジネス パーソン  タイプCの方は、自分軸をしっかりと持ってい るにもかかわらず、まわりの同調圧力に負けて自分 の意見を出すのを我慢しているタイプです。  このタイプの人は意見を求めるときちんと自分 の意見を答えてくれるのですが、普段は自分の意見 を控えて相手に合わせています。  彼らは世渡り上手ではあるのでしょうが、自分 の心の内とは違うことに対して演技をし続けるよう な会社員生活を送っているわけですから、苦しみも あるのではないでしょうか。 【4】タイプD‥自分の意見を持たないイ エスマン  タイプDの方は、まわりと調和することにあま り気苦労はないでしょう。ですがそれは自分の意見 を持っていないことからきている現象。タイプCの ように自分の意見をしっかりと持ちつつまわりの意 見を尊重しているわけではありません。  たしかに自分軸が少なめ、あるいは自分軸がな い大というのは、他人軸で働くことの方が楽なよう に感じているようです。この状況を言い換えると 「指示待ち族」ということになるでしょうか。誰か に言われたことを、言われたとおりにこなしていれ ば評価されるならば、自分で何も考える必要がなく、 責任もありませんからね。   ですが一方で、タイプDに属する人たちは、自 らの意見を求められたり、「あなたならどうします か?」と聞かれたりすることをものすごく嫌がって いました。控えめで自分の意見を言わないのではな く、そもそも自分の意見がないので、そこに答える 解を持っていないからでしょう。  ただ、これは私見ですが、会社員をやっている 以上、これだけ頑張っているのだから評価されたい、 偉くなりたい、出世したいという気持ちを多くの方 が持っていると思います。しかし、言われたことを どれだけうまくこなせていても、自分の意見を持っ ていない大や、責任を持とうとしない大は人の上に 立ってはいけないと思いますし、もし運よくそうし たポジションに就けたとしても信頼されない上司と なってしまうことでしょう。 (4)問題解決における自分軸/他人軸  そういったことを考えていたとき、私は「大と 合わせる行動はすべて他人軸の行動である」と感じ ていたのですが、ある方と話すことで、一概にそう ではないということも知りました。そのエピソード もご紹介します。  私はビジネスにおいて問題解決をするのが好き でした。現状を正確に把握するために問題点をすべ て洗い出したうえでもっとも重要な課題を特定し、 対策を打つというスタンスでした。  私は、関連する人が「その手法はあまり取りた くないな」と思うような方法でも、現状においてそ れが最善手だと考えた場合は、関係する方々の感情 にあまり重きを置かず、そのやり方を推し進める夕 イプでした。  そうすると問題は解決できるのですが、感情を 軽視された同僚からは嫌な感情を抱かれてしまった ように思います。  ある囗、看護師をしている友人と、誰かが困っ たときの対処について話し合ったことがありました。 彼女の意見は次のとおりでした。 −まず寄り添うこと I困っている人の近くにいて、話を聴く こと  私か「いや、寄り添うだけだと問題解決にはな らないのではないか?」と質問を投げかけると、彼 女は「自分にとっては自分軸で問題を解決するより も、相手軸で気持ちを和らげてあげることの方が心 地よく、自分の個性を生かした問題解決手法なんで す」と答えてくれました。   ロジックで攻めるビジネスにおいては、自分軸 で攻める問題解決手法が適しているのかもしれませ んが、マインドやメンタルから生じる問題の解決に おいては、相手に寄り添うアプローチの方が有効な 場合が多いのかと、目から鱗が落ちました。  彼女は相手に合わせて他人軸で行動しているよ うに見えましたが、彼女の思いは寄り添うことであ り、主体的にその行動をとっていること自体が自分 軸での動きだったのです。 −相手に合わせること=他人軸ではない  自分の意見がなく相手に振り同されている状態 はたしかに他人軸で生きている状態です。しかし、 自分の意見を持ってさえいれば、他人の意見を聞い て合わせることも心に余裕を持ってできますし、 「これは違うな」となった場合にもしっかりと自分 の進むべき道を選択することができます。  要は、自分軸で生きていくために重要なのは、 相手に合わせる/合わせないではなく、自分の価値 観を理解すること、そしてその価値観に沿って行動 をすることだったのです。  こうしたことを1つずつ理解していくことで、 自分の中で「幸せに生きるとはどういうことなの か」が固まってきたのです。 03 人生における自分軸と他人軸の 違い  ここまではビジネスや問題解決における自分 軸/他人軸を見てきました。ここでは一歩進んで人 生における自分軸/他人軸について考えていきま しよう。  会社で仕事をしている分には、自分が望む/望 まないにかかわらずやるべきことが目の前に現れ、 こなしているだけで時間が過ぎていきます。ビジネ スにおいて他人軸で生きている大は、何も考えなく ても指示どおり動いていれば誰にも文句を言われる ことはないでしょう。  しかし誰もがいつかは定年を迎え、会社から離 れることになります。そのときに人生の時間の使い 方、自分の進むべき方向を自分自身で決めることが できるようになっていなければ、その先に自分の意 志のない空虚な時間を過ごすことになるのです。  とはいえ私自身も、会社員として人の指示に従 う他人軸から自分軸ヘシフトしていく過程でいろい ろと悩むことはありました。  その悩みの1つが、次のことです。 −自分軸で生きることと、自分勝手に生 きること違いは何か  (I)自分勝手な行動と自分軸で生きる ことの違い  「自分軸で生きる」という言葉について考えてみ ます。この言葉は、自分自身の価値観や信念に基づ いて、自分自身の人生を進めていくことを意味しま す。つまり、自分自身を中心に据えて、自分が本当 に望む人生を送ることを目指すこと、そして自分の 心を大切にすることです。  しかし、「自分軸で生きる」という言葉を聞くと、 「自分勝手な人」というイメージがあるかもしれま せん。  自分軸で生きるというとカッコいいですが、そ れが自分勝手な行動となってしまうと一気に否定的 なものになってしまいます。私は会社員時代から自 分の思うところを貫き通すスタイルで仕事をしてき ましたから、その違いをしっかりと自分の中で理解 しておくことが必要だと感じたのです。  まず、自分軸で生きることが自分勝手なことで あるかどうかを判断するために、定義を考えてみま す。そして私の中で出した結論は次のとおりです。 【I】自分勝手な行動の定義  自分勝手な行動とは、他人の感情やニーズを無 視して、自分自身の欲望を満たす行動のことだと定 義しました。  自分勝手な人は、他人に対して思いやりを持た ず、自分が得をするような行動をします。他人への 迷惑があるものが自分勝手な行動と感じています。 自分勝手に生きている人は、まわりのことはどうで もよく、自分自身が幸せになればそれでいいと考え ているのでしょう。 【2】自分軸で生きるということの定義   一方、自分軸で生きる人は、自分自身のニーズ や欲求を大切にしながらも、他人の感情やニーズに も配慮している行動をしていると定義しました。  自分軸で生きる人は、自分が望む人生を送るた めに、他人を傷つけたり、迷惑をかけたりすること はありません。自分軸で生きることは、自分自身が 幸せになるためだけではなく、まわりの人たちも幸 せにするための方法なのだと思います。 【3】他人への迷惑は人によって違う  こう考えていくと、自分軸と自分勝手の境目は 他人に迷惑をかけているかだと結論づけることがで きます。しかし、あなたの行動を他人が迷惑と感じ るかどうかは、人それぞれ違います。  たとえばあなたの会社の出来の悪い同僚が会社 の親睦会に参加をしなければ、「なんて自分勝手な やつだ’・」と思うでしょう。  一方で大リーガー、ロサンゼルスードジャーズ の大谷翔平選手が同僚と食事に行かないという話を 聞くと、「何らかの理由があって自分軸を貫き通し ている。素晴らしい’・」と思うかもしれません。  しかしこの2人の行動は客観的に見れば同じこ と。このように、1つのニュースをとってみても、 受け手によっては、自分にとって迷惑だと感じる人 かおり、ある行動が自分勝手か否かは受け手の感情 によって左右されます。  (2)自主性と主体性  また最近では、自分軸で生きることに加えて、 自分の意見を人に話すことについて思考を巡らせて います。というのも、自分軸で生きるためには、自 分の意見を表に出すことが大切だからです。  そうしたことを呂冨で記事にしたところ、それ を読んだ友人から「主体性」つて重要ですねと言わ れたことから、ふと自分軸/他人軸の2軸だけでな く、主体性についても考えてみることにしました。 また、それと似た言葉で自主性という言葉もありま す。   これから触れていきますが、この2つの言葉の 違いは、何かの行動指針や実行すべきことを決定す るのが、自分なのか、自分以外なのか。これが両者 の明確な違いであると解釈しました。  それではここから主体性と自主性について、何 かどう違うのか見ていきましよう。 【I】自主性の定義  会社ではよく「自主性を持って行動しろ’・」と 上司からチーム員へ声がかかります。会社員は、進 むべき方向性(ビジョン、戦略など)は、上層部が 決定することが常です。  自主性の定義は、「ある程度決められていること を自ら率先して行う行動」です。そして決められて いることとは、会社の方向性のことを意味します。  つまり、上司の「自主性を持って行動しろ’・」 は、「会社のビジョン、戦略に沿って、その範囲の 中で、自分の意見を待って自ら行動してよい成果を 出しなさい’・」とゲキを飛ばしているので、使い方 としては正しいということになります。 【2】主体性の定義  一方で主体性とは、「自らの意思や判断に基づい て、自らの責任のもとで行動すること」を指します。 自分の意志でどう行動するかを決定するのが主体性 ですから、自分の人生を考えるなら自主性ではなく 主体性こそが重要であることが分かります。  とはいえ、いきなり「主体性を出して生きて いってほしい」と言われても、何をどうすれば主体 性を出すことになるのか、難しいのではないかと思 います。そこで1つ提案です。 −あなたがしたいことを囗に出してみて ください  自分がしたいことというのは、自分の意思であ ることが基本です。その気持ちを口に出すことで、 「主体性に生きる」ための第一歩を踏み出せるので す。この項目のはじめに私か自分軸で生きることに 加えて、自分の意見を人に話すことについて思考を 巡らせていると書いたのもここが原点にあります。  ちなみに「主体性」は読みにくく、言いにくい ですし、すぐに意味が分かりにくいので、「しゅた い」から「ゆ」を抜いて「したい性」に置き換えて みてください。語感も似ていますし、意味も大きく 変わりません。  「したい」とは、自分の意思を素直に出すこと。 これは誰かに動かされたわけではないかぎり、自分 の意思であることが基本です。その気持ちを「主張 すること」として考えてはじめてみましよう。  なお余談ですが、10年以上前に、私か精神科 疾患の仕事に携わっていたとき、千葉県流山市のひ だクリニック、肥田裕久院長がこのようなお話をさ れていました。  「患者さんはできることが増えてくると、自分の 意志でやりたいことがどんどん増えてくる。これが、 治療がうまくいっている一番の証だよ」  私は、この話が今でも強烈に印象に残っていま す。私たちも、しっかりと自分の意志を持ってやり たいことを主張していきたいものです。 04 自分の自由に生きるために  あなたのまわりにも、「俺、自由じゃないんだよ ね」と嘆いている人はいませんか。では、そもそも 人生における「自由」とは何でしょうか。  私の経験から「自由」を定義すると、次のよう になります。 自由とは、 ・選択可能な選択肢を ・自分の意思で選んで、 ・実行できること  そして多くの人たちはこの3つめの「実行」が できてないという共通点があります。この実行でき ない人たちは、なぜそうした結論に帰着してしまっ ているのか。それを3つのタイプに分けて考察して みます。次の表をご覧ください。 (I)タイプA‥実行ためらい型  ここに位置する人は、選択可能な選択肢を自分 の意思で選んでいるけれども、実行できていない人 たちです。では選択肢もあり、自分で選んでいて、 かつそれでも実行をためらってしまう理由は何なの でしょうか。   このタイプの実行できない要因は、主に次の2 つに分けられます。  ・環境要因など外部の影響  ・自分の内面の問題  この問題を解決するためには、これのどちらに 該当しているのかを先に見定める必要があります。 【I】環境要因  環境要因など外部の影響とは、実行することに よってまわりに悪影響が出たり、リスクを負ったり することでしょうか。  「上司や家族、親族に反対される」  「今は子どもの塾にお金がかかるから、リスクは 取れない」  「副業はしたいが、時間的に本業に影響が出る」  環境要因では、このように明確にブロックがあ ることが多いですね。 【2】内面の問題  また、すでに自由意思の選択をしかけているの に実行できないということは、実行に際するリスク を過大に評価しすぎているとも言えます。先の例で 言うと、  「行動に移すと、上司や家族、親族に反対される のではないだろうか」  「今は子どもの塾にお金がかかるだろうから、難 しいかもしれない」  「副業はしたいが、時間的に本業に影響が出るか もしれない」  といったように、内面の問題は明確なリスクと いうより「不安」の方が強いように思います。  この不安は周囲にどのようなポイントで反対さ れるのか、金銭的な問題ならそれをどのように回避 するのか、時間が足りないのは情報や実行するため の技術が足りないのかなど、不安要素の対する原因 を明確にして対策をすることで、意を決して行動に 移すことが可能になるのです。 (2)タイプB‥我慢型  ここに位置する大は、選択肢を自分の意思で選 ぶことができないために、自分のやりたいことを実 行できていない大たちです。  自分の意思で選ぶことができないということは、 外からの圧力によって自らの意志とは違う選択肢を 選ばされているということ。これはまさに他人軸で 生きている状態です。  この我慢型はおおむね次のヶIスです。  ・まわりの意見が強すぎて、従わざるをえない 場合  仕事や家庭で、上司やパートナーの意見が強す ぎる場合、どうしても自分の意に反して従わないと いけないことがあるでしょう。  仕事ならば、最終的には自分のためではなく会 社のために従わなければいけないこともあると思い ます。しかし、最終的には上司の判断に従うとして も、そこに至るまでに自分の意見をしっかりと述べ ることは重要です。  逆に家庭やプライベートの場合は、もう少し自 分の意志を出してもいいかもしれません。プライ ベートまで我慢をし続けていると、本当に心によく ありませんから。  まずは自分の意見をしっかりと持つこと、そし てそれを相手に伝えることが、自分の人生を自分の 意思で生きるために最も大切なことなのです。  (3)タイプC‥無意思型  ここに位置する人は、選択可能な選択肢がない ので自分の意思で選ぶことができず、実行できてい ない人たちです。  この無意思型の大きな特徴は、次のとおりです。  ・無意思型は本人が、自分自身がやりたいこと  を分かっていない   この無意思型の人も、まわりの意見に従い、実 行している点は我慢型と一見同じです。この状況は 自分の意志で生きたい人にはひどく不自由な状態で すが、一方でやりたいことがない大には、やりたい ことを誰かに与えてもらっているとも言えるでしよ   このタイプの大で「人生で自分のやりたいこと があまりないから、他人に決めてもらえると楽だ」 と言う大もいますが、それはやりたいことがない大 が、他人軸で動かされている自分を無理やり肯定し ているようにしか思えません。  自分の人生においてやりたいことを誰かに決め られるというのは幸せでしょうか?  たとえやりたいことがなかったとしても、人の レールの上で自分の人生が生かされている他人軸の 状態を肯定していると、自分の人生を一歩も歩むこ とができません。  そうした大たちは自分の先入観によって選べる 選択肢を狭めている可能性もありますし、自分のや りたいことはどうせ実行できないと頭から決めこん で封印してしまっている人もいるでしょう。選択肢 は思いのほかたくさんあるものですし、ただ見えて ないだけかもしれません。実行できるかどうかも、 取り組む前から判断して諦めてしまうなんて本当に もったいないことです。  人生とは自分のやりたいことを実現する旅。や りたいことがないという人は、まず自分の生き方を 見つめ直し、自分の人生の意味を探すところからは じめてみてください。やりたいことがある人生って 楽しいものですよ。   この章では自分軸で生きる、自分の自由に生き るということについて述べてきましたが、私か最終 的にお伝えしたいことは次の匸冐に集約されます。 −後悔のないように、自分の人生を歩ん でください  誰の命令でもない、自分の意思で選んだ道を、 自分の足でしっかりと生きる人生。これこそが「自 由」のために一番大切な基盤なのです。 第5章 50代からのセカンド 一ライフ   ここまでフィリピンで得た人生観や自分軸で主 体的に生きることについてお話をしてきました。こ れらはすべて「幸せに生きるため」に私か考えてき たことでした。  私は、幸せに生きるためには次の3つが重要な ポイントと考えています。  ・自分軸を持つ  ・自由になる  ・幸せのベースラインを上げない  自分軸を持つことと、自由になる=自分の意思 で選んだ人生を送るということは前章でお話したと おりです。この章では、3点目の「幸せのベースラ インを上げないこと」についてお話をしつつ、私の セカンドライフに向けた考え方について触れていき ます。 OI 幸せのベースラインを上げない  自分の経験として、「人は絶えず幸せを求めるも のだ」と感じます。そして、できなかったことがで きるようになったとき、その一瞬は幸福度がピーク になるけれども、そのあとは幸福度が下かっていく という感覚がありました。  ですから、人が幸せを感じ続けるためには常に 成長や刺激が必要となるのです。  特に体も心も能力も大きく成長している10 代〜30代は「成長=幸せ」の構図が成り立つと思 います。できなかったことがドンドンできるように なる時期ですからね。  しかし一方で、50代以降になるといろいろな 面において成長は期待薄となってきます。そうなる と幸せは感じにくくなることになります。  では、年齢を重ねても毎日幸せを感じるために はどうすればいいのでしょうか?ここでポイント になってくることが「幸せのベースラインを上げな いこと」なのです。  (I)幸せは過去の自分との比較で感じ る  何かを成し得たとき、人は幸せを感じます。そ の状態がベースラインとなり、次はそこから幸福度 が上がったときに喜びを感じます。その際に感じる 幸福度は絶対値ではなく、過去の自分と比較した相 対値なのです。  人間とは欲深いもので、どれだけ幸せを得ても、 どんどん上を見て刺激を求めて成長を求めることを やめません。すでに絶対値の高いステージに上りつ めていても、さらに相対的な幸福度の上昇を求め続 けます。たとえば次のような例でしょうか。 ・100万円貯めたら、次は200万円貯めた くなる。  ・1千万円貯めたら、次は2千万円貯めたくな る。  ・10億円あるけれど、さらに100億欲しい と思う。 ・平社員から主任になり、次のステップとして 課長を目指す。  ・みんなが憧れの課長になったのに、今度は部 長になりたい。  ・社会的地位を得た部長なのに、さらに社長に なりたい。  さて、この欲望はいつまで続くのでしょうか。  成長することでより高いレベルに達して得られ る幸せは一時的なものです。時間経過とともに、慣 れによって幸せを感じにくくなってしまいます。  そしてこれは逆説的ですが、成長することなく 「今このとき」を幸せと感じることができなければ、 人は永遠に人生に満足することができなくなってし まうということと同義です。  成長することなく「今このとき」を幸せと感じ る。これは非常に難しいことのように感じるかもし れません。そしてまさにこれが、私かフィリピンで 得た学びなのです。  どんどん上がり続ける幸せのベースラインを今 一度見つめ直してみましよう。何気ない日常を送る ことができることこそ本当の幸せであると気づくこ とができないでしょうか。  ・住む家があり、安全な生活をしている  ・学校や会社に通うことができている  ・顔を洗い、朝ごはんを食べることができてい  る  「なんだ、そんなことか」と思わないでください。 私かフィリピンの貧困層で出会った大たちは、あな たが思う「そんなこと」すら、できている人の方が 少ないのです。 −それでも、私は幸せなの  フィリピンの皆さんは、どれだけ過酷な環境に いようと、今この瞬間に感謝をしていました。 ・朝起きて生かあること ・子どもたちが笑っていること ・仲間が笑顔で人生を楽しんでいること  恵まれている日本人である我々には、なかなか 感じることができない幸せかもしれません。前述の ように、私もはじめて彼らの人生観に触れたときは 感銘を受けるよりも先に、「なぜそんな風に思える の?」と理解ができなかったことを思いだします。  しかし、私は競争社会のど真ん中にいました。 常に他者の視線を気にして、自分の立ち位置を意識 している毎日。常に成長し続けることを求められて いました。そうした会社員生活の方が幸せだという のもおかしな話だったのです。  この幸せに対する考え方が、私のセカンドライ フに大きな影響を与えたのです。  (2)神社やお寺はお願いをする場所で  はない  私は数年間、朝の散歩と体操を日課にしていま す。散歩コースには、近くの神社やお寺を入れ、手 を合わせて、次のように日常の何気ないことへの感 謝を伝えています。 ・ここまで歩いて来ることができた喜び ・囗の出が綺麗なこと  ここで気づかれた方もいらっしやるかもしれま せんが、実は私は心の中で、神社やお寺を「お願い をする場所」から「感謝を伝える場所」に変更した のです。 ・お願いごとをするとは、成長することで幸せ ベースラインを上げること ・感謝を伝えるとは、今に満足して幸せベース ラインを上げないこと  お願いごとをするときには、「こうなりたい」と いう自分を想像しながら手を合わせることが多いで すが、それはどうしても今よりよりよい場所を目指 すことで、幸せのベースラインを上げることにつな がっていきます。  ですが、手を合わせながら今が幸せなことを神 様に伝えるようになってからは、自身が幸せである ことをそのたびに感じられるようになったのです。 02 「幸せになる」ではなく、「幸せ でいる」こと  恵まれない環境にもかかわらず、とても幸せそ うなフィリピンの人たちの笑顔を見ていると、「幸 せになる」ではなく、「幸せでいる」ことがいい状 態なのだなと思うようになりました。 −幸せになるではなく、幸せでいる  この2つの違いについて見ていきましよう。  (I)幸せになること  「幸せになる」というのは、幸せな状態になるた めに何かのアクションを起こすということです。  我々がついつい考えてしまいがちな、競争の末 に幸せを勝ちとる、幸せを掴みとるということに近 いでしょう。  誰もが努力をし、結果を出そうとし続ける。そ の先に幸せがあると考えるのが、この幸せになると いうことなのです。  しかし逆に言えば、幸せになろうとした結果、 上手くいかずに幸せになれなかったということもあ りうるのです。ですから、幸せになろうとすること の裏には、幸せになれないリスクも存在していると 言えるのではないでしょうか。 (2)幸せでいること  一方で「幸せでいる」というのは、今現在の生 活に幸せを感じること、またその幸せな状態でいつ づけるということです。  そこに努力や行動もなければ、結果を誰と比べ るでもない。競争という概念の正反対にあるような この状態は、ただただ毎日の生活の何気ないひとつ ひとつに感謝することで、幸せを感じ続けるという ことなのです。  日々生きているだけで満たされて充実していれ ば、幸福度がずっと高いままでであり続けることが できます。 −幸せとは、「成し得る」、「勝ち得る」も のではない I現在の「その状態で存在する」ことな のだ  私の幸せの形は、若いときは物欲でした。何か を得ることが目的で、得たら達成する、それが幸せ でした。ですがこうした幸せは一時的なもので、今 はその幸せも消失しています。  そこから考えると、今の私にとっては友人との 食事、快適空間にいること、家族と話すこと、ペッ トを愛でること、散歩や運動することといった非物 質なものが幸せだと感じるように変化してきている なと実感していますし、こちらの幸せの方が何年も 持続しています。  私は50代後半になって会社を退職し、会社員 としての競争から距離を取ることで、その幸せの 形・考え方にようやく少し近づけたような気がして います。 03 他人軸の変化と自分軸の変化  ここまでお話をしてきたとおり、私は会社員の 間、ずっと成長をし続けないといけないと追い立て られる人生でした。「昨日の自分より今日の自分の 方が伸びていないといけない」というプレッシャー を感じながら、成長に向けて自らの背中を押し続け てきたのです。  本来スキルアップに勝ち負けなどはありません。 しかし会社員である以上、どうしても他者との比較 や人事評価などがついて回ります。  しかし50歳を超えてくると、若いころのよう な伸びしろも少なくなってきますから、いつまでも 会社が求めるような成長を追い続けることはできま せん。  そんな中、次のことに気づいたのです。 −他人軸の変化から、自分軸の変化が必 要なんだ  (I)企業で求められる成長は、他人軸 上にある自分の変化  企業で求められる成長とは、目標に対して結果 を出すためにスキルや知識を付けていくことです。 そこにアウトプットや評価が伴う以上、その成長の 向かう方向というのは、自分以外の他者が求めるも のになりがちです。  こう考えると、「企業で求められる成長」は他人 軸上での自分の変化。これは他人の評価軸に合わせ て自分の行動を決めていることと同義であり、意識 をしない間に他人軸で生きてしまっていることにつ ながっていくのです。  では、それと対比される項目として、自分軸上 での自分の変化というのはどのようなものなので しょうか。他人に評価されるためではなく自分のた めに自分で進むべき道を決め、自分自身でそれを評 価することとは、どういうことなのだろうか。そう 考えたのです。  (2)自分軸上にある自分の変化  自分が変化の方向を決めるということは、「内省 をして、自分の内面と向き合うこと」が最も重要に なってきます。  ・自分が何をしたいのか  ・他人は関係なく、自分がどうなれば自分は納 得するのか  これを知って自分が望む方向に変わっていくこ とは、他人軸の変化とは異なり、健全な変化。そし てこの自分軸上にある変化は誰に評価される必要も ありませんから、「結果を出さなくとも今と違った 状態になり、それに自分が満足すれば幸せになれ る」という最高の状態なのです。 (3)早期退職という自分軸上の変化  そこまで早くなかったとはいえ、私にとって 56歳での早期退職というのも自分軸上の変化でし た。  ここまで企業では他人軸の成長を強要されるか のようにネガティブな表現を用いながら書いてきて しまいました。しかし実際に私か会社員をしていた ころは、仕事内容も充実していましたし、自分の得 意な領域を仕事に活かせていました。気の合う仲間 にも恵まれ、仕事に見合う報酬と福利厚生もあり、 満足度の高い職場でした。  それでもフィリピンを訪れたころから、私の意 識はどんどん変わってきていたのです。  「自分の人生はこれでいいのか冫」  朝、散歩をしながら何度も何度も考えては、 モーニングページに書いて内省をしました。ぼんや りとではありますが早期退職はイメージしていたも のの、具体性はまったくない状態でした。  早期退職の8年前にようやく人生の選択肢に 「早期退職」と入れたのですが、それでも選択肢に 入れただけです。とても良い職場環境だったので実 行に踏み切る機会はありませんでした。ですから今 に至るまではかなり時間はかかりましたが、選択肢 に入れない限りは実行もなかったことでしょう。 【I】会社にしがみつづけることの機会損 失  会社を辞めることは、大きな変化です。誰の評 価も必要としない、人生史上最高に自分軸な決断で した。  子どもも大きくなったし、お金の心配はもうそ んなにしなくてもいい状態にまで資産も構築したう えでの話です。それでも私にとっては8年間も考え に考え抜いた末での大きな決断でした。  会社に長くいると、まわりの同僚も自分の地位 や過去の経験値を知っていますから、「まこさんが 言うんだったら、そうします」というようにある程 度自分の思う方向に仕事が進んでいくようになりま す。   組織がそうなってしまうと、居心地はいいかも しれないですが、私自身にとっては学びも変化もほ とんどなくなってしまいます。現状維持、人生の停 滞時期です。そして自分が変わらないうちに、ゆで ガエルのようにいつしか時代が移り変わっていき、 頭の固い老害となっていくのでしょう。 −だから会社を辞めてよかった  考え続けたあの8年間には、会社を辞めたくな るような大きなきっかけはありませんでしたから、 これより早く退職に踏み切るのは難しかったと思い ます。また8年の間に自分自身の心の中をしっかり と見つめ直せたことも本当にいい機会でした。  ですから、退職までに8年かけたこと自体は、 これでよかったのだと思います。ですがそれでもな お過去を振り返ってみて、もっと早く退職すればよ かったと感じることがあります。 −それは人生において得られる機会の多 さ  前職の外資系企業で同い年くらいの同僚は高収 入の人たちが多いわけです。ですが「もうお金も貯 まつだけど、特にやりたいこともないから仕事する よ」という人が大半を占めています。  私か「お金の心配がないなら、会社辞めてみな よ。本当にいろんな機会があるから」と言っても、 響く人はほとんどいません。  みな、会社を辞める機会損失をどうしてもお金 で換算してしまいます。というのも、次のようにお 金は数字で計算しやすいですから。  ・あと何年働いたら、いくらの給料がもらえる  ・そうしたら、老後の貯蓄が数百万円増えて人  生か盤石になる   一方で彼らは、実際に会社を辞めたあとに得ら れる体験や時間、人間関係というお金で換算できな いプライスレスなものの価値を、思った以上に軽視 しているようにも感じます。 ・時間があっても、別にやりたいことないし ・会社の仕事は、ある意味人生の暇つぶしだよ ・知らない人と会って飲んで、何の意味がある の ・朝から晩まで自分の時間って、要は無職を無 理やり肯定した言葉だろ   こうした考えの人たちに今の私の体験を述べて もなかなか伝わりませんが、私は退職してからの経 験やいろいろな人だちとの出会いをもしお金で換算 したら、会社員時代の高収入に相当する、いやその 数倍の金額を稼いだのと同じような気がしています。   60歳、65歳まで働いて、そこから新しく出 会った30代の人と食事なんて普通はなかなかいけ ないものですし、それだけ年齢差があると、会社だ とどうしても一方的に指導する側の立場になってし まいがちです。しかし退職してから出会う友人だち からは年齢差関係なく私も学ばせてもらっています し、もちろん質問されたらこちらから経験を伝える という、双方向の関係が素晴らしく心地よいです。  退職したことによって、こうして寺澤さんにも 会って、電子書籍を出したり、イベントに参加した りするなどの新しい機会がこんなに増えたのも人生 において大きなプラスでした。 【2】「今」に固執しない  会社を辞めることの心理的障壁は、お金に加え てもう1つあります。それが「今の状況に固執する こと」です。  次のような言葉、想像できませんか?  ・俺は今、とてもいい会社で生き生きと業務に 打ち込めて、恵まれているんだ ・まだ働けるのに会社を辞めるなんてもつたい ない ・会社を辞めたら、まわりになんて言われるか 分からない  役職にとらわれた幸せは、自分が望む・望まな いにかかわらず、年齢とともに定年退職を突き付け られます。その際に、きっと抜け殼のようになって しまうことでしょう。  また、「まだ働けるのに会社を辞めるなんてもっ たいない」と感じるのは、会社を辞めたあとの生活 に思いをばせることなく、ただ会社員であることI 点のみに価値を置いているように思えます。  そして会社を辞めたあとのまわりの目を気にし てしまうのというのは、一般的な普通(=会社員で いること)にばかりとらわれて、自分が本当に生き たい人生を選べていないということでしょう。   このように、たとえ50代で会社を辞めるとし ても、それが普通から逸脱すると考えてしまうと、 もう怖くて行動できないという人は多いです。   ですが、どうせ60代になったら逆に働き続け ることの方が普通から逸脱するわけですから、ほん の少しだけ早くそちらの世界に行くだけのことです。  そう考えるだけで、会社員として働いている 「今」に固執する気持ちが収まってきませんでしょ うか。 【3】人生はレースではない  こうした人生論を同僚だちと語り合うことが多 かったのですが、人生をレースに例える人が非常に 多かったのを覚えています。その際には、次のよう に問い返してよく討論をしたものです。 −じやあ、ゴールはどこだよ I人の数だけゴールはあるんだよ  人にはそれぞれ自分なりの幸福がある。私はこ の歳になり、ようやくこの考え方にたどり着きまし た。   とはいえ、この思考にたどり着くまでは、私自 身も思考の紆余曲折がありましたし、会社を辞めた あとでも何となくモヤモヤしていたこともありまし た。その理由は、私自身も長年のビジネス人生の中 で、どこかに正解を求めたり、他人との比較による 自分の立ち位置を確認したりする習慣をつけてしま い、そこからなかなか抜け出せなかっだからでしよ  自分軸で生きることの対策は、他人と比較する ことをやめることだと思います。しかし、他人との 相対的な基準のもとの自分の立ち位置を判断して生 きてきたので、これが私にとって非常に難しい作業 だと感じます。  ですからこんなことを言いながらも、私自身が まだまだ「他人と比較しないこと」が自然とできる までには至っていません。しかし意図的に比較する マインドを排除して、自分軸の行動を促すことがで きるようになってきました。自分らしさを素直に表 現できることは、とても清々しい気分になれますし、 幸せを感じられます。   こうなるための方法はいくつか考えられますが、 書籍による一人ワークショップをしてみることは有 効だと感じます。そして時間をかけて書き上げた 「自分の軸」を何度も眺めて、それを実生活におい てリンクさせる作業をする。そうすることで、「自 分の軸」を価値観としてしっかり認識でき、「自分 の目標」もブレずることなく立てられるように思い ます。  このように、ようやく「人からの見られ方を気 にする人生ではなく、自分自身で生き方を決める人 生にすれば、満足いくセカンドライフを送ることが できる」という結論を得たのです。  この思考と行動は、まだ現役バリバリで働いて いる同僚から見ると、「人生から逃げ出しだの? 成長を諦めたの?」と見えるようです。しかし、そ んな彼らも定年して会社を退職したあかつきには、 きっとこの気持ちが分かることでしょう。 04 アリからキリキリスヘ  さて、ここで冒頭のアリとキリギリスの話に戻 りましよう。  アリとキリギリスは、夏と冬のだった1年の物 語です。一方で私たち人間は数十年を生きます。 ・私の人生を振り返ってみると、学生のときはキ リギリスでした。  ・社会人になってアリになりました。蓄えをする アリです。   私の場合はアリだったといえ、仕事に没頭して 楽しんでいましたが、この仕事に一生従事できるわ けではありません。いつかは定年が来て、会社から お別れを告げられるときが来ます。ですから50代 にもなると、本来の自分のしたいことを考える時期 にさしかかっていると言えるでしょう。  私は50代以降の人生がどうあるべきかを真剣 に考えたとき。「人生で後悔することを減らしたい」 ということを第一優先事項としました。そしてその ためには「体力と気力があるうちに自由時間を増や さなければいけない」と感じたのです。その結果、 −これからの人生は、アリからキリギリ スになろう  こう決めて、早期退職を選択するに至ったので す。 (I)アリの価値観は退職後も変わらな い  では早期退職して時間ができれば、アリ的思考 が染みついている私でもアリからキリギリスに変わ れるのでしょうか。そうした疑問が沸いた私は、身 近なところに実在するモデルを参考にしてみました。 ・両親や叔父さん、叔母さん ・勤め先の早期退職・定年退職した先輩たち  私もそうだったように、皆さん勤勉な働きアリ として社会人生活を送っていました。そうした彼ら の人生を先人の経験値として参考にさせてもらおう と考えたのです。  そして次の事実を目の当たりにしました。 −彼らは全員、退職後もアリの価値観の ままだったのです  「アリの価値観」とは次のようなものです。  ・質素倹約  ・まわりと足並みをそろえる  ・贅沢は敵  ・お金を使う罪悪感  アリとキリギリスの童話における夏のアリの働 き方がまさしくこれです。つまり、我慢をしている 不幸な状態です。  退職後はお金があり、時間があり、自由です。 私のまわりも、皆そうでした。それなのにどうして 退職後もアリの価値観のままなのでしょうか?  彼らに直接聞いてみたところ、「この価値観を変 えることはできないし、それにこのままで十分幸 せ」だと言います。  私のまわりから聞いたアリの価値観の具体例を 少し挙げてみましょう。 例I  「旅行したいよね」  「旅行したら楽しいだろうな」  こう思っていても、「歳もとってきたしお金もか かるし、旅行後の疲労感はできるだけ避けるべきだ な」と思う。だから旅行はしない。 例2  「お金もいっぱい貯めたし、いろんなもの買いた いな」  こう思っていても、「いやいや、将来のために もっと貯蓄しなきやいけいから、節約しつづけない と」と思って何も買えない。 例3  「定年退職したし、今の状態に満足にしよう」  こう思っていても、「満足していると足元すくわ れるぞ。将来何か起きるかわからないから、気を緩 めず慎重に行動しよう」と思って無理をしつづける。  これが「アリの価値観」であり、彼らにとって の幸せの定義なのです。そして、この最たる例が私 の実父でした。 (2)死ぬまでアリの価値観だった父  私の父は若いときにアリのように一生懸命働い て、わずかながら蓄えを作りました。そして、年を とってもずっとアリのままでした。  父は「キリギリスの生き方は悪で、質素倹約こ そ人生のすべて」だと言っていました。ですから父 はアリのまま人生を終えられたことを決して後悔し ておらず、むしろ満足していると思います。「質素 倹約こそ人生のすべて」というポリシーを最後まで 貫き通し、人生に幕を降ろすことができたのですか  父が他界してから、そんな父の生き方について 母とよく話すようになりました。そして、そんな父 の生き方こそが、息子である私に残してくれたもの なのだなと噛み締めています。 −父は、いつかキリギリスになりたいと 思いながら働いたのか冫  それは母に聞いても分からないままでした。た だ、将来苦労しないためにも、一生懸命働くことが 父の信念だつたのだろうと感じています。  「質素」、「苦労」、「忍耐」を自ら好んでいたよう でしたから、いつかキリギリスになることではなく、 「質素」に生き続けること自体が人生の目的だった のではないかとも思います。  逆に「贅沢」や「娯楽」は嫌だったみたいです。 我慢しているのかとも思いましたが、どうも心の底 からお金を使うことが嫌いだったようです。私は子 どものころ、家族旅行はもちろん外食の記憶もあり ません。そんな私を不憫に思ったのか、叔父や叔母 が従兄弟だちと一緒にいろいろなところに連れて 行ってくれたり、外食に誘ったりしてくれたことも ありました。  父の葬式のとき、そんな話でひとしきり盛り上 がりました。私の子ども時代は両親との写真がほと んどなく、従兄弟だちとの旅行の写真ばかりです。  なぜ両親が一緒に行かないのか疑問に感じたこ とはなく、このことに気づいたのは大人になってか らでした。すばらしい叔父・叔母に気にかけても らったことを感謝しています。   ここまでの私の人生を振り返ると、父を反面教 師にして歩んできているように思います。私と父は、 考え方がまるで正反対なのです。そして長く続けて きた内省により、次のことを自覚することができま した。 −父のヶIスを模倣することは私にとっ ての後悔につながる  だから私は、会社を早期退職してセカンドライ フに踏み切ることを選択しましたし、それにあたっ ては後悔しないようにアリからキリギリスの生き方 に変えようと決意したのです。 05 後悔しない生き方  こうしてはしまった退職後の私の第2の人生。 この人生をさらに後悔の無いものにしていくために、 今でもモーニングルーティーンを通じてさらに内省 を深めています。  ここでは私か「死ぬ前にこういう後悔はしたく ないな」と考えて洗い出した人生の過ごし方につい て、いくつかご紹介していきましよう。  (I)もっと自分の好きなことをすれば よかった Iあなたは自分の好きなことをできてい るでしょうか   正直私は、会社員の間、忙しさを理由にしてあ まり好きなことができているといえるような状況で はありませんでした。  会社員には就業時間があります。この時間をす べて自分でコントロールすることができれば、どん なに素晴らしいことでしょう。ですが、実際にはも ちろんそんなことができるわけはありません。  「今は○○のプロジェクトがあるから……」  「今は繁忙期だから……」  「今は人手が足りないから、自分がやらない と……」  こうして日々の労働を言い訳にして、好きなこ とをする時間を削っていながらも、「今はやらなけ ればいけないんだ」、「自分はやりたいことよりも仕 事を優先したいんだ」と頑張ってきました。  もちろん責任感を持って仕事はするべきですし、 やらないという選択肢はありません。ですが、やり たいことよりも仕事を優先したいと言っている自分 に対しては次のような感覚がありました。 −自分に嘘をついている。  本当は誰もが仕事よりも、自分のやりたいこと をやりたいはずです。しかし、責任のある仕事を やっている以上、いくら待っていてもそういう囗は 訪れないのではないかと思います。  ですから私は後悔をしないために、定年を待た ずに仕事を離れ、熱意も体力もあるうちにセカンド ライフをはじめたのです。 (2)もっと親孝行すればよかった  若い方にはあまり実感がないかもしれませんが、 人は歳を重ねていくごとに健康ではなくなってきま すし、人はいつか亡くなります。  私の歳になると結婚式よりも葬儀の数の方が増 えてくるものですが、近親者や恩師の葬儀に出るた びに、「人は必ず死ぬんだな」という当たり前のこ とを目の前に突き付けられ、深く噛み締めています。  そして、それを最も近くに感じるのが、両親で しょう。  現在、80歳を超えた母親が健在で、一人で暮 らしています。高齢ですからヶアが必要なこともあ りますが、定期的に実家に帰って一緒に散歩をした り、話をしたりしています。  いくつになっても親は親ですし、こうした幸せ な人生を歩めたのも両親のおかげたと、感謝の念を 持ちながら少しでも顔を出すようにしています。  もちろん母のためでもありますが、それ以上に 「もっと親孝行すればよかった」、「もっと感謝を伝 えればよかった」と後悔しないようにしたいという 自分の思いのためでもあります。 −親孝行、したい時分に親はなし  これは、「親の気持ちがわかるような年齢になっ て感謝を伝えたいと思ったころにはもう親はいな い」、「親が生きているうちに孝行しておけばよかっ た」と後悔する人が多いため、親が元気なうちに親 孝行をするべきだという教えを表すことわざです。  ご両親が元気なうちに、そしてあなた自身が元 気なうちに、ぜひたくさんご両親に顔を見せてあげ てください。それだけで十分親孝行ですから。  (3)もっと自分を大切にすればよかっ た  会社員をしていると、どうしても周囲との調和 や空気を読む力、同調圧力といった目に見えないし がらみを重んじすぎてしまい、自分を犠牲にしてき たことが多かったなと感じています。 −まわりの目を気にして、自分がしたい と思うことを封印する I別の誰かが言うことに目をつぶって従  まさに自分で選択肢を選べない「他人軸の人生」 を20年以上も続けてきたわけです。  会社を辞めた今、こうしたしがらみから解放さ れ、ようやく自分軸で生きていける環境を手に入れ ることができたわけですから、これからは自分の意 見にもっと素直になって生活をしていかないといけ ないなと思っています。  (4)もっと他人のために尽くせばよ かった  私かビジネスパーソンとして、ベテランと呼ば れるようになってからは、問題解決、キャリア開発、 お悩み相談と多岐に渡って相談を受けることが多く なりました。   相談をしてくる方はみな、「目の前の大きな壁が 越えられない」ともがき苦しんでいるのですが、私 から見ると「横から通り抜けるルートがあるよ」と アドバイスすることができるようになっていたので す。多くの試練を乗り越えてきた経験とはすごいも ので、俯瞰的に物事を見て、冷静に短時間で解決策 にたどり着くスキルが自然と習得できていました。 −自分だけがよければいいわけではない  こうしてまわりの方の相談ごとを解決していく うちに、「人生とは、自分だけがよくても幸せは感 じられないものだな。自分のまわりの人たちを一緒 に幸せになることで、総合的な幸せ度はもっと高く なっていくものだな」と感じるようになりました。  ですから今後も「自分のスキルを、もっと他人 に使ってあげればよかった」、「もっと他人のために 尽くせばよかった」と後悔しないために、目標に向 かって進んでいる人たちにもっと貢献したいと考え るようになってきました。フィリピンでのボラン ティアもその1つかもしれませんね。 06 お金に対する考え方  私はセカンドライフを充実して過ごす上で、「や りたいと思ったことは実行すること」を目標にして います。それらを実行する上で障壁になるのがお金 ですが、「お金は二の次」と何度も自分に言い聞か せています。   ここで障壁というのは「お金がないから、あま り使わないようにしよう」という考え方ではありま せん。それとは真逆の考え方で、「もうこの歳に なったんだから、あまりお金を使うことを躊躇しす ぎるあまり、貯めすぎてしまうなよ」ということを 説きたいのです。   FIREの書籍でお金というと、若い人に対し て「投資」や「節約」の文脈で語られることが多い ですが、「気にせず使え’・」と言えるのはこの歳に なったからですね。  あなたが若ければ、もちろんまだ前者の考え方 でいなければいけないと思いますが、私と同じくら いの年代であれば、そろそろお金を使っていくこと を考えていってほしいなと思います。  (I)欲しいものがあるなら買おう  今、私か考えているお金の使い方のルールは次 のとおり。  ・「安いから買おう」と思ったものは買わない  ・「高いから買えない」と思ったものは意思を強  く持って買ってしまう  我々はついつい「安いから買おう」と思ってし まいがちです。ですがその考え方ですと、値段ばか り見てしまい、本当に欲しいものを買っているのか 分からなくなってしまうことがあるものです。  逆に値段が高いと「買えないな……」と本当に 欲しいものであっても、価格で諦めてしまうことも しばしば。  ですが、本当は値段にかかわらず、本当にした いことや本当に欲しいものがあり、お金で解決でき るなら、躊躇しないで買ってしまったほうがよいも のです。  人生において、お金を使いすぎて後悔すること はあまりないものですが、行動しなかった後悔はI 生残るものですから。  (2)欲しい気持ちがあるうちに買おう  そしてもう1つ、私か感じるのは次のことです。 −欲しいもの、欲しい気持ちがあるうち に、お金を使おう  実際、年を追うごとに、お金で買えるようなも のに対する物欲はじょじょになくなってくるもので す。ですから「何かが欲しい」という欲があるうち に、欲しいものは買ってしまった方がいいでしょう。  物欲は行動やモチベーション維持のための干不 ルギーの1つ。私もコストパフォーマンスなんて考 えず、素直に欲しいものにお金を使うように心がけ ています。  買わない後悔より、買って満足。お金はお墓ま で持っていけませんからね。  (3)囗で言うのは簡単だが、実行する のは難しい  まわりには「お金を使おう」と言ってきている 私ですが、自分自身もまだまだそういうマインドに 切り替わっていないなと思うことが多々あります。  実際、これまでに何度もお金に関するシミュ レーションをしてきました。そしてその結果、もう すでに十分な収益源と資産額を確保していると計算 上は出ています。さらに現在の年齢から支出が激増 するとは考えにくく、支出は減っていくと想定して います。  それなのに「お金が減るのは不安だな」、「これ は無駄遣いかも」、「これにお金を使うのはもったい ないな」とついつい感じてしまい、財布のヒモを固 く締めてしまいがちなのです。  このように、私はお金の使い方があまり上手く ないので、いまだに過剰に節約しすぎている傾向に あります。ですから、「どうせお金は残したところ で意味はないので、人生を豊かにするために使いた い」と何度も何度も自分に言い聞かせているところ ですね。  今のところ、次のような計画を立てています。  ・年金はすべて娯楽費に使う  ・今しかできないことに投資する 【1一年金は娯楽費にすべて使う  私は会社を辞めてから2年間、まったく収益が なかったのですが、それでも何とか生活をすること ができました。今年もこのペースでいくと、配当金 と利金で生活ができそうなメドが立っています。で すから年金の支給が開始すると、そのお金は生活費 に使う必要がなく、単純に使えるお金の上乗せと なってくるわけです。  こう考えたとき、年金生活のシミュレーション としては、「支給された年金はすべて娯楽費として 使う」ということを私たち夫婦の支出目標としてい ます。こう決めないと、ついつい貯めようとしてし まいますから。  無理に使う必要がないという意見もあるでしょ うが、お金を使うことによって知らない世界を見る ことができるなら、そんな使い方も悪くないなと 思っています。 【2】今しかできないことに投資する I経済的に豊かになるだけではなく、人 生を豊かにしたい  これが私たち夫婦の目的です。そして現在の年 齢を加味して考えると、今やりたいことの賞味期限 というのは、そう長くないなと感じています。  「あとでいいや」  「また今度にしよう」  そんなことを言っているうちに、あと10年ほ どで健康寿命がおとずれ、あっという間に体が動か なくなってしまいます。 −そうなる前に瞬発力を持って興味、関 心事に向けて行動する −行動する生活こそが、人生を豊かにで きる  そのために「今、このときに」、「今しかできな いこと」にお金を使わないといけないのです。 一あとがき まこより  ここまでお読みくださり、誠にありがとうござ います。  本書では大きく次の3つをテーマとしつつ、「幸 せ」や「人生への向き合い方」についての私の考え を紹介してきました。 ・幸せとは何か ・自分軸で生きることの大切さ ・アリからキリキリスヘ  ここで改めて本書のテーマを振り返りながら、 あとがきに代えていきたいと思います。 テーマー‥幸せとは何か  本書では「幸せになる」ではなく、「幸せでい る」ことの大切さについて考察しました。かつての 私は、物質的な欲求を満たしたり、他人と比較して 優位に立ったりすることで幸せを見いたしていまし たが、その幸せは一時的なものでした。しかし長い 年月を経て「友人や家族との時間、日常の小さな喜 びそのものが幸せだったんだ」、と気づいたのです。  幸せは努力や競争の果てに得るものではなく、 今この瞬間の生活の中にある。幸せのベースライン を上げず、足るを知ること。これに気づくことで、 持続的な満足感を得られるようになりました。  この気づきは、私自身も50代後半で会社を退 職し、競争の世界から一歩距離をおいたことでよう やく得られたものです。ですから、もしあなたが会 社員で競争社会の真っただ中にいるのであれば、私 の伝えたいことの意味はぼんやりと分かっても、ま だ心の底から理解するには至らないかもしれません。  ですが、いつかどこかのタイミングで、「何もし なくても、幸せはあなたの日常、あなたのまわりに いつも縊れている」ということに気づいてもらえれ ば嬉しいなと思います。 テーマ2‥自分軸で生きることの大切さ  そして続いて「自分軸」と「他人軸」をテーマ に、個人の生き方やビジネスにおける姿勢について 掘り下げました。  自分自身の価値観を大切にする自分軸と、他人 の期待や評価を意識する他人軸。この二つは、どち らか一方だけが正解というものではありません。人 生や仕事において人間関係を円滑に進めていくため には、他人の気持ちを慮ることも大切となるでしよ  しかし、やはり最後は「自分のやりたいこと」 を「自分の意思で決める」という自分軸で生きてほ しいと強く思います。誰の命令でもない、自分の意 思で選んだ道を、自分の足でしっかりと生きる人生 を送ってください。 テーマ3‥アリからキリギリスへ  この歳になって改めて感じるのは、人生の選択 肢は無数にあるということ。そのなかで、自分の価 値観や信念をどう活かすか、あるいは変えていくか を見極めることが、最も難しく、重要なことだと思 います。  たとえばアリの価値観は、一見すると堅実で安 心感がありますが、必ずしもそれがすべての人に とっての幸せではありません。そしてもう一方のキ リギリスのように自由で気楽な生き方も、単なる快 楽主義ではなく自分軸の満足感を伴うものであるべ きです。  私自身、父の生き方を通じて「質素倹約」の重 要性を学びつつ、それだけでは満たされない何かが あることも痛感しました。父が大切にした価値観を 完全に否定するつもりはありません。それどころか、 その教えを土台にしながら、自分なりの生き方を模 索することで、新しい道が開けたと感じています。  人生はI度きりです。その中で、どれだけ多く の「後悔しない選択」ができるかが、その人の満足 感を大きく左右するでしょう。改めて40代、50 代の方々に、人生のどこかでアリからキリギリスに 切り替えるという選択肢があることが伝わればいい なと感じます。  また、ここからは謝辞となります。  まずは本書を出版するにあたり、寺澤伸洋さん、 ナズナさんに感謝申し上げます。私は作家であるお 二人との出会いによって、退職してからたった2年 後にこの書籍を出版することができました。寺澤さ んの書籍は巻末でご紹介しておきますので、ぜひ他 の書籍もご覧になってみてください。  また私は2022年8月末で27年間勤めた会 社を早期退職し、2022年10月から、「まこさ ん回忌」としてブログ記事を書きはじめました。そ のキッカケには、友人のマリアさんの存在が欠かせ ません。  マリアさんと私かZOOMミーティングしたの が、2022年10月I囗の午前。そして私か呂忌 のI記事目を投稿したのがその囗の午後でした。そ れから現在2024年12月までの2年間に560 記事を執筆することができています。マリアさんに 本当に感謝しています。   このまこさん回冨記事の題材には、私か主宰す る「Mako Finance Cafe」という名の金融勉強会に参 加してくださる生徒さんが登場します。金融情報に とどまらず、彼ら、彼女らの活動や発言からその行 動心理をブログの題材にさせていただいております。 いつも参加してくださるメンバーの方にも、本当に 感謝しております。  本書にも登場しましたQQ English社長の藤岡頼 光さん、NPO法人{}AREDEMO HERO理事長の 内山順子さんにおいては、お二人と出会わなければ 本書出版はもちろんのこと、私のセカンドライフ自 体が存在しませんでした。本当に感謝申し上げます。  回冨の執筆活動から、『君たちはFIRE後どう 生きるか』の寄稿につながり、さらには本書の出版 にもつながりました。本書の内容には、私の過去の ひとつひとつの経験という点を、一本の線に繋いで いただいた寺澤さんの協力あっての賜物です。私は ソーシャルインベスター(社会投資家)と名乗って 活動しているので、いただいた恩をこれからもさら に社会に還元していこうと強く誓います。  最後に、生涯アリの人生を生き抜き、87歳で 他界した実父に、アリからキリギリス人生に転身し た息子の生き方を捧げます。              2024年12月まこ   わたしの回冨には、2024年12月までに 13マガジン560記事があります。本書は主に、 『人生についてのお話』からの記事を参考に書いて います。よろしければ、まこさん呂忌もご覧いた だけると嬉しいです。 まこさん回忌アドレス https://note.comyprometheus←こひ9! まこさん呂冨マガジン、『人生についてのお話』 45記事収載 https://note.comyprometheus←966/m/ヨ4ae7757←←卜卜肺 一あとがき 寺澤より  まこさんの幸せについてのお話、いかがでした でしょうか  今回の書籍は、まこさんが他人との競争や人生 から、フィリピンとの出会い、早期退職を決めた際 の心構えや、現在の心境などをお話いただいた内容 をまとめたものです。  このまこさんが歩んできた心理をなぞることは、 多くの人、特に会社員人生の後半戦に入っている 方々にとって有益なものであると信じ、丁寧に、厚 く書かせていただきました。  本文中でまこさんが述べられているように、多 くの会社員が「自由になりたい」、「自分の好きに生 きたい」と思いながらも、一方で「自分の幸せとは 何か」、「自分が人生で一番やりたいことは何か」を 考えることなく、変化を恐れて現状維持をしてし まっています。  特に会社員として変化が少なくなってくる40 代から50代の方々は、何かと理由をつけて思考停 止におちいっている例が少なくありません。  「今は○○のプロジェクトがあるから、難しいな」  「今は繁忙期だから、落ち着いたら考えよう」  「今は子どももまだ小さいし、手が離れてから ゆっくりと取り組もう」  「自分もそう考えたことがあるかも……」、そう 思った方もいらっしやるかもしれません。  人生は長いようで短いもの。健康寿命を考慮す ると、もう残された時間はそう多くはありません。 ずっとそのまま歳を重ねていては、あまりにももっ たいないように感じます。 −そういった40代、50代の会社に新 たな選択肢を示したい  こうした思いをまこさんと共有し、次のような ことをまこさんに直接語っていただきました。 ・競争世界が当たり前だったご自身が若かりしこ ろの話 ・フィリピンで出会った新しい価値観 ・自分軸で生きることの大切さ ・早期退職後のセカンドライフで感じたこと  これらを1つ1つ、まこさんの経験や人生の転 換点とともに明らかにしていこうとしたのです。  これらは実際にまこさんが体験し、感じた内容 ですから、ただ「早期退職という選択肢を持ちま しよう’・」、「自分の幸せが何かを深く考えましよ う’・」といった軽い言葉だけではない書籍になった と自負しています。  本書が、幸せになりたいと考えている方々、こ れから新たな人生を送りたいと思っている方々に とって、新たな一歩を踏み出すための道標になれば 幸甚です。  また、合わせて僕はお金やFIREについて多 くの書籍を書いていますし、XでもFIRE生活に ついて発信をしています。   このあとに書籍紹介をさせていただきますので、 ご興味のある書籍をお手に取っていただければ本当 にうれしく思います。   Xはこちらです。一回OFuヨa   お気軽にフォローしてみてください   あなたがこれから、素晴らしく楽しいセカンド ライフの構想ができるよう、心より応援しています。 2024年12月     寺澤伸洋