はじめに  大が、理由なく大きく成長することはない。  成長の裏には必ず理由がある。  持って生まれた天性、器川さである程度のところまでいっても、大きく成長しないのは、何となく日々をおくってきたからだ。  不器川な大が、不器川なままで終わってしまうのは、成長するために何が必要かを学ばなかったからだ。  大が成長するには、まず基本を身につけることが必要だ。そして、基本を身につけるには、そのための正しい方法がある。これを省いて、器用にものごとを 進める癖がつくと、その人の成長はどこかで必ず止まる。  基本を身につけた後、さらなる飛躍的な成長を遂げるには、考え方が大切になってくる。技術の向上や知識を蓄積するという努力も大事だが、それだけで は、どこかで限界がやってくる。本書でくわしく解説しているが、「技術には限界があるが、頭には限界はない」のである。  この本は、私がヤクルト、阪神、楽天の3球団で監督をつとめていた時、ミーティングで選手によく話していたことをまとめたものだ。ビジネスマンの方々 が日々の仕事で役立てられるよう執筆した。  囗うるさい上司や先輩がいなくなりつつある世の中だ。私の言う内容が厳しいと感じる方もいるかもしれない。だが、本書を手にとってくださった方の成長 につながるよう、ミーティングの時に選手と向き合うような気持ちで、あえて自分の想いをそのまま記したことをお許しいただきたい。                                                                      野村克也 著者プロフィール ー935年、京都府生まれ。 高校卒業後、南海ホークスにテスト生から入団。3年目より一軍定着を果たし、その後、球界を代表する捕手として活躍。1970年には選手兼監督に就 任。チームを黄金期に導く。その後、ロッテ、西武を経て引退。実働26年間、通算657本塁打(歴代2位)、戦後初の三冠王に輝くなどの記録を持つ。 現役引退後、野球評論家を経てヤクルトスワローズ、阪神タイガース、楽天イーグルスの監督を歴任。データを駆使する「ID野球」、他球団で挫折した選手 を復活させる「野村再生工場」などで知られる。また、社会人野球「シダックス」の監督も務め、プロ野球に入団した数多くの選手を育成した。 現在は、野球解説者・野球評論家として活躍。 1章「仕事の基礎力」をつけるための正しい努力 01 仕事の本質は「単純作業の繰り返し」にある  野球は、単純作業の繰り返しである。  バッティングは、バットを構えてスイングする繰り返し。  守備は、球を捕球して投げる繰り返し。  その意味で、プロ野球選手は、「単純作業の技術屋」といえる。この単純作業をいかに高いレベルで継続できるかが、プロ野球選手の生命線を握っている。  これは、ほとんどの仕事にあてはまることでもある。  営業をしている人なら、見積書や提案書をつくって、お客様に売り込みをする繰り返しだろう。経理をしている大は、伝票を整理し、費用や利益の計算をす ることを毎日繰り返しているだろう。  つまり、世の中にあるほとんどの仕事の本質は、「単純作業の繰り返しの集積」なのである。  大切なことは、この単純作業の理想型は、「若いほど身につけやすい」ということだ。プロ野球選手でいえば、20代前半は基礎づくりの時期にあたる。バッ ターであれば、来る凵も来る日も、時問さえあればバットを振り続け、単純作業の精度をあげる努力を怠ってはならない。どんな才能のある選手も、この努力 なしで大成することは絶対にできない。  あなたが何らかの分野のプロフェッショナルを目指すなら、仕事の中にどんな単純作業が含まれているかを分析し、その一つひとつを底上げする努力をすべ きだろゝつ。  しかし、大きな問題もある。それは、「努力には即効性がない」ということである。私自身の現役時代の経験からいえば、努力イコール、結果が出ないこと がほとんどだった。努力をすることで結果が悪くなることもしばしばだった。  だからといって、そこで努力をやめれば、現実を変えることは永遠にできない。結果が出なくても努力を続けた者だけが、夢や目標を達成できるのだ。 02 ものまねが「自分だけの型」を見つける近道  人問は、習慣的要素を持っている。  そして、習慣は、「悪い習慣」と「良い習慣」に大別される。  バッティングにおける悪い習慣とは、その人特有のクセのあるスイングである。そのクセが利にかなっていればいいが、ほとんどの場合、成長を阻害する要 囚になっている。これに対して良い習慣は、最短距離で芯をとらえる効率的なスイングである。習慣だから一度身につけば、意識をしなくても自然に繰り返せ るようになる。これにより、その人は大きく飛躍する。  このことをわかりやすく表現したのが、スポーツの世界でよく使われる「体が覚えるまでやれ」という概念である。体が覚えるまでやるというのは、ただや みくもにバットを振ることを説いているのではなく、繰り返しによって「良い習慣を身につけなさい」という意味なのだ。  良い習慣は、「良い手本をまねること」から始まる。  独学で良い習慣を身につけようとしても限界がある。自分で良かれと思ったことが、逆に足を引っ張っている可能性もある。  私自身、現役時代にバッティングーフォームを矯正するため、「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治さんのスイングを参考にした。このものまねがなければ、 後にホームラン王や三冠王をとることはできなかっただろう。  これは私に限らないことだ。プロ野球の世界で活躍した選手は、それぞれ独特のフォームを持っているが、その原点は、自分が理想とする選手のものまねか らはじまっている。  はじめのうちは単なるものまねでいい。日に見える部分をとことん真似してみる。次に、なぜ、その人がその方法を採川しているのかを深く考えてみる。そ こで何らかの発見があるだろう。この発見を手がかりに、自分なりの創意工夫を重ねていくことで、最後に「自分だけの型」を手に入れることができるのだ。 03「努力を邪魔する誘惑」を断ち切る強さを持て   「バットをたくさん振って一流になれるなら、みんな一流になっているよ」  練習後、球団の宿舎に戻ってひたすら素振りをしている私を見て、先輩からこんな風に言われたことがある。 この後に続いたのは、「だから、素振りなんかやめて飲みに行くぞ」という言葉だ。プロの世界に入ったばかりの私は、何とか一軍に上がりたいともがいてい た。そのため、理由をつけて何とか先輩の誘いを断り続けた。  野球の世界は、完全な縦社会である。今でもその名残はあるが、私が若い頃は、先輩からの誘いを断る人間などまずいなかった。変わり者だと見られただろ うが、それでも構わないと思っていた。  私は高校を卒業後、南海ホークスに入団した。高校時代に輝かしい実績があって誘われたわけではない。契約金ゼロのテスト生として自分の意思で入団した のだ。今でもそうだが、テスト生から一軍に上がり、さらに一軍に定着する選手はごくわずかである。  その頃の私は、「何か何でも一軍にあがりたい」という希望は持っていたが、「自分がプロの世界で大成できる」という確信は全く持っていなかった。だか らこそ、「どうせ首になるなら、やれることをすべてやって首になりたい。それなら諦めがつく」と腹をくくっていた。このような努力をしていると、必ずそ れを邪魔するものが現れる。最近は、職場の先輩から飲みに行こう、と誘われることは少ないだろうが、豊かになった現代社会には、娯楽の誘惑があふれるほ どある。その誘惑を断ち切る強さがないと、何かの道を究めることはできない。  「もっと、がんばればよかった」 プロ野球の世界で活躍できず、途中で辞めることになった選手は、みんな最後に同じことを言う。これは他の世界でも同じだろう。辞める時、「これ以上、が んばれなかった」と言える自分を目指して努力すれば道は拓けたはずだ。 04「テーマのない努力」ほど無駄なものはない  大より努力をしたのに、結果を出せない大は多い。  たとえば、表面的に見た時、ライバルよりも明らかに努力をしているピッチャーがいたとしよう。彼はいつも、誰よりも早く練習に出て、どのピッチャーよ りも多く球を投げている。  それにもかかわらず、ライバルたちに追い越されていく。いつまでたっても結果が伴わない。これは、彼が「練習をたくさんした」というところで満足して いるからだ。つまり、「努力による結果」ではなく、「努力そのもの」が目的になっているのである。このような努力はマイナスにはならないだろうが、大き な成長を促す原動力にもならない。  野球選手がすべき努力とは具体的に何か? それは、長時間練習をすることではない。正しい努力は、「練習の過程で成長するヒントを見つける」ことだ。  何百球もの球を投げていると、時に自分でも考えられないような素晴らしい球が投げられることがある。キャッチャーから「今の球はいいぞ、もう一丁!」 と言われて、全力で投げても同じような球は投げられない。そして、その場で感覚を忘れてしまう。  もし、ここで立ち止まり「なぜ、あんなに素晴らしい球を投げられたのか」というテーマを追及していけば、このピッチャーは大きく成長する。たまたま投 げられた素晴らしい球が、いつでも投げられるようになる。  また、練習といえども本番を想定して練習することも大切である。  本番を想定すれば、おのずとテーマが生まれる。  打者の嫌がる外角低めに決めるには? 同じフォームであらゆる球を投げるには? 同じ球種で効果的な緩急をつけるには? いくらでもテーマが出てく る。  これらを一つひとつ解決していくことで、その大は段階的に成長していく。  努力の先にあるものに価値があるのであり、努力そのものには価値はないのだ。 05「仕事のコツ」は自分で身につけるしかない  私と長嶋茂雄さんは、真逆のタイプとしてよく対比される。  長嶋さんは「感覚派」で、私は「理論派」というイメージが一般的に強いようだ。そんな長嶋さんのエピソードで有名なのが、選手のバッティングを指導す る時に、感覚的な言葉を用いるということである。実際に見たわけではないので、どんな言葉を使っていたか定かではないが、「ビューつときたら、バーンと いけ」というような言葉が有名なようだ。  これに対して、私は理屈でものを言うタイプなので、バッティングを指導する時、何でも理路整然と説明できるのだろう、とみんな思っているようだ。  これは、半分当たっていて、半分外れている。  たしかに、基礎や基本は、明確な言葉で教えることができる。  しかし、プロ野球の一軍選手として通用するための「コツ」は教えることができない。監督時代、誰もが理解できる言葉で表現できるよう努力してきたつも りだが、実現できたかは疑問である。  なぜ、コツが教えられないかというと、それが感覚で成り立っているからだ。感党を言葉にするのは難しいものだ。あなたは、空気を吸う感覚や、ものを食 べる感覚を言葉で明確に表現できるだろうか。  これは実際に試してみればわかる。自分がふだん無意識にしている「感覚的な行為」を言葉に置き換え、さらに他者に100パーセント理解させることなど 不可能だ。だから、長塢さんが「ビューつときたら、バーンといけ」と指導するのも、仕方ない面があるともいえる。  最終的に、その仕事におけるコツは、自分で試行錯誤して身につけていくしかないのだ。もしあなたの心のどこかに「自分が成長しないのは、環境が悪いか らだ」というような甘えがあるなら、それは今すぐ捨てた方がいい。それこそが、プロフェッショナルになる第一歩なのだ。 06「発想力を広げる」というのも努力のうち  仕事のコツを見つけるには、基本の繰り返しに加えて、「柔軟な発想力」も必要である。  たとえば、私自身の体験でいえば、二軍にいる時代、「バッティングのコツは力を抜くことだ」と指導をされていた。これは野球の基本中の基本である。バ ッティングもピッチングも力を抜くことで、より素早く大きな力を球に与えることができる。  そのこと自体はなんとなく頭では理解できるが、実際にやろうとしても、なかなかうまくいかない。バッターボックスに立っている時はリラックスできる が、いざ球がくると肩にぐっと力が入ってしまうのだ。力を抜くというコツを自分のものにするために、膨大な素振りを繰り返したが身につけられなかった。  そこでアプローチを変えて、「体の構造を頭の中でイメージ」してみることにした。さまざまなことを思い描いたが、「膝にはなぜ、皿がついているのだろ う?」とふと疑問に思ったことが解決の糸目になった。  全身にはたくさんの関節がある。その中で、皿がついているのは、膝の関節だけだ。膝に皿がある理由は、「体の中で一番負荷がかかるからではないか」と 考えた。だから、皿によって守る必要があるのではないか。これが専門的に合っているかどうかはわからないが、この考えをもとに、「膝を柔らかく使えば、 全身の力が抜ける。必然的に上半身の力も抜ける」という結論に至った。  試しに膝を楽にして素振りをしてみると、いつもとは違う感覚でバットを振れた気がした。これをきっかけに、私のバッティングは少しずつ、着実に成長し ていくことになった。  努力をする、というと無我夢中で何かをすることのようなイメージがあるが、それだけではない。必死に感じる力を使って発想を広げるということも努力な のだ。 07 本質を知れば、「自分を正しい方向へ」導ける  「プロの世界で成功する人間と、そうでない人間の差は何か?」  このような質問をインタビューで時々受けるが、答えは一つではない。努力の差もあるし、いい環境や運もあるだろう。人に恵まれるというのも大事な要 素だ。  しかし、経験則から、絶対的に言えることもある。それは、「その分野の本質を知らない人問は大成できない」ということである。  たとえば、甲子園でスターだったピッチャーの多くが、プロ野球の世界に入って伸び悩む。この原因の多くは、自分自身を「本格派のピッチャーだ」と勘違 いしていることにある。  本格派のピッチャーとは、打者がストレートを待ち構えていても打ち返せないピッチャーのことである。このようなピッチャーは、プロの世界といえども、 そうそういるものではない。  たしかに、彼らは、甲子園時代、本格派だったのかもしれない。  ただ、それはあくまでも、高校生レベルの世界での本格派ということである。高校生なら140キロ代の速球で抑えられたかもしれないが、プロの世界では 武器にならない。  では、何が武器になるのかといえば、コントロールしかない。  逆にいえば、コントロールさえよければ、それほどスピードがない投手でも大成できるということだ。  つまり、「ピッチングの本質はコントロール」なのだ。とても単純なことだが、これを理解できていることが、成功の分かれ日となる。  本質がわかっていない人間は、間違った方向に努力をし続けてしまう。  本質がわかっている人問は、自分を正しい方向に導くことができる。  この「本質をわかっている」というたった一点が、プロの世界で成功する人問と、そうでない人問を生む決定的な差になるのだ。 08 困難を「我慢する力」を育てる機会と捉えよ  仕事をしていれば、大きな困難に出会うこともあるだろう。  やっかいなことに、えてして困難とはたて続けに起こるものである。そんな時、「なぜ、自分だけがこんな目に……」という気持ちにもなるだろうが、困難 に耐え続けることで、大きな武器を手に入れることができる。それは「我慢する力」である。私がプロ野球の世界で成功できた最大の要因は、この我慢する力 の存在である。大より我慢できたから地道な努力を継続できた。  では、この我慢する力がどこから生まれたかといえば、少年時代の家庭環境からである。  私が育った戦後は貧しい時代だったが、私はその中でも特に貧しい家庭で育った。私は、3歳の時に父を戦争で亡くした。母は、兄と私を女手一つで育てて くれたが、いつも食べるものがなく、腹をすかせていた。  これだけでも劣悪な環境なのに、さらに私が小学校2年生の時、一家の人黒柱の母が子宮ガンになった。これは快方に向かったものの、翌年、直腸ガンを発 症。当時の医療は現代とは比べものにならない。ガンは、死の病だった。  母親が長期人院したため、私と兄は父親が生前、友人だった人の家に預けられた。やっかいになっている立場なので、わがままを言うことは一切許されな い。子ども心に「なぜ、自分だけがこんな日にあうのか」と運命をうらんだものだ。  その後、母親は奇跡的に病を克服したが、貧しさは変わらなかった。  このような少年時代をおくったことで、私の特技は「我慢」になった。我慢を強いられるキャッチャーというポジションでこれが生きた。さらに、監督にな ってからも、我慢することで選手と向き合ってきた。  我慢が武器になることは、ビジネスの世界でも変わらないはずだ。そして、この我慢する力は、困難にぶつかった時だけに育まれるものである。  困難にぶつかった時は、「我慢する力」を育てるチャンスと考えてほしい。 09 大きな夢を実現するために「現実主義者」となれ  大きな夢や目標を掲げているだけでは、それを叶えることはできない。  本当にその夢なり日標なりを叶えたいのであれば、現実主義者に徹することだ。  私は、少年時代、大の読売ジャイアンツファンだった。  この気持ちを尊重すれば、プロ野球の世界に入る時、巨人軍入りを口指すのが普通だろう。しかし、私の選択肢に、巨人軍ははじめからなかった。なぜな ら、当時の巨人軍には、攻走守の3拍子が揃った藤尾茂さんというキャッチャーがいたからである。  しかも彼は、私の一学年上の同世代である。ライバルとして争ってもとても勝てる自信がなかった。  本格的にプロ野球の世界を目指そうと決意した時、私がまず行ったのは、全球団の選手の情報がまとめられた一覧表をチェックすることだった。20代のキャ ッチャーが活躍している球団はすべて消していった。単純に、レギュラーに定着しているキャッチャーを退けるのは難しいと思ったからである。  そして残ったのが南海ホークスと広島東洋カープだった。  この2つの球団は、主力のキャッチャーが30代前半だった。当時のプロ野球選手は、30代半ばで引退するのが普通である。数年後にチャンスが到来するだろ うと考え、第一志望の南海のテストを受け入団した。  この私の考えは的中し、紆余曲折ありながらも、3年目から一軍の正捕手になることができた。  「こんな仕事がしたい」「この会社に入りたい」といった夢や目標をもつことは良いことだ。しかし、その前には、自分自身の力では動かすことのできない 現実が立ちはだかっていることを忘れてはならない。  また、時には、何かを捨てて、何かを得ることも必要だろう。私がプロ野球選手になれたのは、「憧れの巨人軍」を捨てた結果なのだ。 10 結果が出なくても自分に「見切り」をつけない  私が一軍でプロ初安打を打ったのは、36打席目のことである。  入団1年日は、9試合に出場し、H打席に立ったが、結局1本もヒットを打つことができなかった。一軍の初打席では、極度に緊張してピッチャーの球がま ったく見えなかった。結果は三球三振である。  何とか解雇のピンチを脱して迎えた2年目は一軍の出場なし。3年目は開幕当初から一軍に昇格したものの、なかなかヒットが出ない。せっかく一軍に定着 するチャンスを掴んでいるのに、このままではまた二軍に落とされてしまうと焦りばかりがつのった。  初安打の光景は今でもはっきり覚えている。二軍でしょっちゅう顔を合わせていた投手から、何とか三遊問安打を打つことができた。  偉いのは、これほど打てなかったのに使い続けた監督である。  過去に結果を出した選手がスランプに陥っているならわかる。二軍からあがってきたばかりの選手を使い続けるのは、相当な忍耐が必要だったろう。  ここまで極度に打てなかった私が、その後、本塁打王の常連となり、さらには、三冠王をとるようになるなど、誰が予想できようか。  私自身、自分がホームランバッターになるなんて考えたこともなかった。現在の私からは想像もつかないだろうが、若い頃の私は、足がけっこう速かった。 そのため、足を武器にした選手になれないかと考えていたほどだ。  このエピソードからわかるように、人は自分の適性や潜在能力について、意外に把握できていないものなのだ。  なかなか結果が出ない時。失敗が続いた時。誰もが自信を失ってしまう。しかし、若ければ若いほど、可能性が秘められている。  どんなことがあっても、白分自身に見切りをつけることだけは避けるべきだろう。すべてがそこで終わってしまう。 11「不器用」は最後には器用に勝る  ここまでお読みいただき、現役時代の私がいかに不器川な選手だったかがご理解いただけたことだろう。  テスト生として入団して1年目で首を宣告される。  せっかく一軍にあがっても、ヒットを打つのに36打席も要する。  こんな選手が器川なわけがない。不器川のかたまりである。  しかし、不器用だからこそ、それを克服するために、人が遊んでいる時や寝ている問にも素振りをしたり、将来を考え続け、その蓄積によって、プロ野球の 世界で生き残ることができた。  周囲には、高校野球や社会人野球で活躍した期待の新人も多かったが、そのほとんどは結果らしい結果を残せず、球界から去っていった。彼らの多くは周囲 から天才と呼ばれたが、それゆえに、人並み以上の努力や研究を怠った。  こんな現役時代の経験から、私は監督時代、「不器川は、最後には器川に勝る」ということを選手たちにことあるごとに説いてきた。  天才などそうそういるものではない。  仮に、どこかの段階までは、努力なしで結果が出せても、自分が身を置く環境のレベルがあがったり、年齢によって衰えれば、努力をするしかないのだ。  つまり、最終的にすべての人間が、「自分は不器川だ。だから、努力や研究をしなくてはならない」と思わなくてはならないのだ。  この考え方を自然に身につけられるよう私が選手によく言っていたのが、「不器川に徹しろ」という言葉だ。  どこかに少しでも、不器用な自分を認めたくない気持ちや、器用にものごとをやりすごしたいという気持ちがあれば、日々の努力はできなくなる。だから、  「不器川に徹しろ」なのである。 12 日上の人からほめられているうちは半人前  最近は、叱ることよりも「ほめられることが歓迎されている」世の中である。  「ほめられて伸びるタイプ」と自分自身で囗にする人間さえいるようだが、そのような意識でいる限り、プロフェッショナルには一生なれない。  プロフェッショナルを日指すなら、そんな甘い気持ちは今すぐに捨てるべきだ。  もし、あなたのことを上司が頻繁にほめるのであれば、それは、ほめないと意欲がわかないと思っているからである。  つまり、半人前として扱われているだけなのだ。  逆に、あなたのことを上司が本当に評価しているのであれぼ、ほめるといった面倒なことをする必要はまったくない。黙って見守っていて、必要な時に叱っ たり、注意すればいいだけの話だ。  もちろん、上司の性格も影響するだろうし、大きな結果を出したことに対して、心からほめる時もあるだろう。しかし、基本的には、ほめられるうちは半人 前と考えた方がいい。  私がよく使う言葉に、「人問は、無視・賞賛・非難という段階で試されている」というものがある。  これは人材育成の原理原則である。  レベルがあまりにも低い状態の時は「無視」される。  ちょっと可能性が出てきた時は「賞賛」される。  組織を支える存在になった時は「非難」される。  私自身、この原理原則でプロ野球選手として育ててもらったと思う。  しかし、監督になっていざ自分が育成する側になると、ほめるというのが性格的に苦手だった。そのため、非難が指導の中心になった。その分、「お前なら もっとできるはずだ」という大きな期待感を込めて叱ったつもりだが……。 13 「一に準備、二に準備」の先に結果がある  正しいプロセスを踏む過程には、もう一つ、「準備を怠らない」という要素もある。私の監督時代の囗ぐせは、「一に準備、二に準備」だ。  大工の世界には、「段取り八分」という言葉がある。準備段階で完成度の8割が決まっているということだが、これとまったく同じことだ。  バッターボックスに入った時、そのバッターがヒットを打てるか打てないかはすでに決まっている。漫然とバッターボックスに入ってヒットが量産できるほ どプロの世界は甘くない。  試合の流れを観察しつつ、相手ピッチャーのコンディションや今日の傾向はどうかなどを考えながら、狙い球をイメージする。これがバッターの準備であ る。「いいバッティングを心がけよう」と備えるか、「よし、勝負だ!」という気持ちで打席に入るか、いずれにせよ心構えが大事である。  ビジネスでいえば、顧客のニーズを熟考し、適切な提案内容を考え、さらに打合せの場では、相手の様子を観察しつつ話を進めるということになるだろう か。  結果を出すには準備が大切ということは、一流選手の様子を観察してみればよくわかる。野球の試合中、攻撃側のチームの選手はベンチに控えているが、一 流といわれる選手は、白分の打順でなくても真剣な眼差しで戦況を見守っているものである。気をぬいておしゃべりをしているのは、三流の選手ばかりだ。  準備を万端にするなら、さらに時間をさかのぼって、準備をする必要がある。これは、日々の研究といってもいいだろう。  私は現役時代、大投手の稲尾和久という投手をなかなか打ち崩せず、苦労したことがあった。そこで稲尾の投球フォームを徹底的に研究した。16ミリフィル ムにおさめられた稲尾の投球をフィルムがすりきれるほど見続けた。それにより、稲尾攻略のヒントをつかんだ。  これをビジネスに置き換えれば、自分が関わる仕事の研究を怠らない、となるだろうか。先にあげた「当たり前の努力の継続」。そして、ここで解説した  「準備を怠らない」。地道ではあるがこういった正しいプロセスが人を成長させるのだ。 2章「飛躍的な成長」を実現する考え方 14 結果に執着する前に「当たり前のこと」を実行しろ  「来シーズンの個人目標は?」とメディアからプロ野球選手が聞かれると、たいていの場合、「一軍でレギュラー定着」「打率3割を目指す」「2ケタ勝利 をあげたい」などの「個人的な結果」が答えになる。  しかし必ずしも、結果イコール日標でなくてもいいはずだ。  結果とは、正しいプロセスを踏むことで達成されるものだ。3割を打ちたいと強く願ったから3割を打てるようになるわけではない。3割を打てるプロセス を踏んだ人が3割を打てるようになるのだ。  それなら、結果ではなく、プロセスが日標になっても良いのではないか。  では、正しいプロセスが具体的に何かといえば、それは「当たり前のこと」となる。バッターであれば、「素振りの努力を怠らないこと」は、当たり前のこ とだ。しかし、この当たり前のことができる人問は少ない。  なぜなら、努力や研究といったものは、誰の目にもとまらないからである。そして、これらがすぐに結果に結び付かないからである。  だから、ほとんどの人間が中途半端に努力し、最終的にバカらしいと思ってやめてしまう。努力を継続できない。  私自身もそういう気持ちに陥ったことがある。一軍に定着して金を稼げるようになると、高級クラブで飲むようになった。華やかな空間から宿舎に帰り、一 人自室で素振りをしていると「なんでこんなことを繰り返さないといけないんだ」とむなしくなった。  しかし、いくら帰りが遅くなっても、素振りの習慣を欠かすことはなかった。この努力によって自分自身の強固な基礎をつくることができた。それにより、 実働26年の長い現役生活を続けることができた。  あなた自身が生きる世界の「当たり前のことは何か」を一度点検してほしい。それを継続的に実行することで、自分をどこまでも成長させられるのだ。 15 「小事を大切にする精神」が大きな飛躍を生む  南海ホークスに入団して3年目のシーズンを迎えた私は、一軍での出場機会を増やしたものの、打率は2割代半ば、ホームランも7本と成績がふるわなかっ た。  一方、4年日以降は、打率、ホームラン数の両方を伸ばし、ホームラン王、さらには三冠王をとるバッターに成長できた。  では、この3年目と4年目以降のどこに変化があったのかといえば、「小事を気にするようになった」のである。投手にはそれぞれ、配球やフォームにクセ がある。それをよく観察するようになったのだ。  私はこの経験から折に触れて選手たちに「小事を大切にせよ」と指導してきたが、いくら言っても実行できない選手も多かった。なぜ、彼らが小事に対する 視点を持てないかというと、鈍感だからである。  小事に着目するには、細やかな神経、鋭い感性が要求される。これはI朝一夕には培われないものである。もっというと、育ってきた家庭環境に起因す  つまり、もともと持っている資質が大きいのだ。そして、「夢」を持ち続けることだ。  鈍感な選手の特徴は、同じ失敗を繰り返すということである。感性がにぶいから、失敗しても失敗と気づけないし、たとえ失敗したと自覚しても、なぜそれ が起こったかを自己分析できない。  これらのことは、ビジネスマンにもそのままあてはまるだろう。失敗を繰り返す人問は周囲からの信頼を得ることはできない。  感性を磨くには、自分自身で感性を磨こうと口々、努力するしかない。具体的には、人と会った時に自分がどのように見られているかに敏感になる、小さな ミスについても同じ過ちを繰り返さないよう気をつけるなどである。  三流の人は、何度も同じ失敗を繰り返す。二流は、二度繰り返す。  そして一流は、同じ失敗を二度と繰り返さないものだ。  人間の最大の悪は何であるか。それは「鈍感」である。 16 「変化を見る目」を持てば継続的に結果が出せる  「ようやくこの匪界で飯が食べていけそうだ」と思ったのは、南海ホークスに人団して4年目のシーズンが終わった時だ。この年、私の打率は3割を越え、 ホームラン王となった。  しかし、人生とは思い通りにならないものである。翌年、翌々年と打率が低迷し、ホームラン数も減ってしまった。「今までできたことがなぜできなくなっ たのか」と試合前のロッカールームで悩むことも多くなった。  そんな私の様子を見かねたのだろう。ある先輩が「野村、ぶん殴った方は忘れても、ぶん殴られた方は忘れちやいないぞ」というアドバイスをくれた。  私は、この匸一dではっと口が覚めた。ぶん殴った方とは、私のことである。ぶん殴られた方とは、相手の投手のことである。つまり、ホームラン王となった 私を多くのピッチャーが抑え込もうと、徹底的に研究したのである。だから打てなくなったのだ。今、考えると当たり前のことだが、若い私はそのことに気づ けなかった。この時、私が学んだのは、「自分だけの視点で周囲を見ていた」ということである。だから、対戦する相手ピッチャーが変わったのに、以前と同 じイメージで捉えてしまっていたのだ。  ものごとというのは、自分自身も含め、常に変わっていくものである。自分の視点だけしか持っていない人は、その変化についていくことができない。相手 や環境の変化に対する視点を持たない人は、たとえ、一時的に結果を残せても、長期的に結果を残すことはできない。  つまり、「変化を見る目」が重要なのだ。  ビジネスの場でいえば、20代の頃のセールストークと、30代になってからのセールストークは同じではないはずだ。20代の頃は勢いだけで押せても、30代で は知識や経験に基づくトークが要求されるのではないか。  人はもともと「自分だけの視点」を強く持っている。これを「周囲への視点」に変換するには、これを持とうと日々、意識し続けるしかない。 17 データを見続けると「見えないもの」が見えてくる  今、自分が置かれている状況を把握するには、データを川いることも有効だ。  対戦ピッチャーが変わったことに気づいた私は、各球団のピッチャーが私と対戦した時にどのような配球をするのかを調べた。それにより、再び、打率とホ ームラン数を伸ばすことができた。  当時、南海ホークスは、日本で唯ミスコアラーのいる球団だった。ただし、彼のとった記録はデータとして活用されたのではなく、契約更改の時の資料と して使われていた。  私は、スコアラーの方に「相手のピッチャーが自分に投げている球種とコースをすべて記録してもらえませんか」とお願いした。そして、毎口、試合が終わ るたびにこの資料を持ち帰って傾向を研究し続けた。  これは今では、あらゆるプロスポーツで当たり前のことだが、この頃は、データという言葉さえ一般的でなかった。重要視されたのは、「根性」である。た とえば、私が監督にアドバイスを求めると、「打てない? ぶつかっていけ!」というような具合だ。もちろん、ミーティングでも精神論ばかりが展開され る。  このような状況でデータをもとにした研究をしたのは、わらにもすがりたい気持ちからだった。  データに深入りしたきっかけは、ボールが先行してストライクが少ない状況では、ほぼ内角はないという事実を発見したことだった。これだけでも、バッテ ィングにおおいに役立つ。  さらに、データがまとまった量になると、相手投手の傾向はもとより、ボールカウントによって打者有利、投手有利な状況が生まれることにも気づいた。  データというのは、わずかな量を一時的に見ても、得ることは少ないものだ。長期的にデータを見続けることで、視野が広がり、今まで見えなかったものが 見えてくるものなのだ。 18 「メモをとる」ことで情報がしっかり定着する  ホームラン王以降の不振を克服するLでは、「気づいたことをメモすること」や「データ収集すること」も大いに役打立った。  データを見て気づいたこと、練習中や試合中でひらめいたアイデア、本などで感銘を受けた言葉など、野球だけでなく、人生に役立ちそうなあらゆることを メモした。このメモから気づきを得て、結果に結びついたことも多い。  メモを見直すと、自分がその時々に感じたことを思い返せる。それにより、新たに感じるものが生まれる。  「自分は記憶力に自信があるので、メモは必要ない」という意見もあるかもしれないが、人間の脳はほとんどのことを忘れるようにできている。記憶力など あてにはならない。  私はこのような考えから、監督になった時も試合前のミーティングで、選手に「メモをとれ」とよく言った。とはいうものの、野球選手には学生時代、勉強 嫌いだった者も多い。監督に就任した直後は、私がホワイトボードに書いた内容をそのまま書くよう指導する。そのうち、ホワイトボードに書いていないこと でも、自分自身で気づいたことを書くようになってくる。  私はプロ野球では、南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督をつとめたが、阪神時代だけは、あらかじめプリントしたものを選手に配布した。その方が効率的だ と思ったのだが、実際には失敗だった。情報は、各自にメモさせることでしっかり定着するのだ。しかし、それに気づいたのは後のことだった。  経営者の方とお話すると、メモをとれない新人が多いという声を聞く。これに対して、活躍しているビジネスマンには、「メモ魔」が多い。私の講演には、 経営者も多く足を運んでくださるが、すでに成功をおさめた方々でも、何かを得ようと必死にメモをとる姿勢にはいつも頭がドがる。  メモとは向上心の現れなのだ。 19 「言い訳をする人間」が伸び悩む理由  成長するために欠かせない要素には、「言い訳をしないこと」もあげられる。  監督時代、多くの選手に接してきたが、事実、言い訳をする選手はまず仲びないことが多い。精神論のように聞こえるかもしれないが、決してそうではな い。明確な理由がある。  失敗をした時、なぜ人は言い訳をしたがるのか。これは、失敗と正面から向き合いたくないからである。失敗から逃げ出しているのだ。だから、同じ失敗を また繰り返す。  私はよく講演や著書の中で、「失敗と書いて、せいちょう(成長)と読む」と言っている。この意味は、失敗を多く経験すれば、成長するということではな い。失敗した原因究明をし、それを次の機会につなげれば、成長の糧になるということである。  野球でいえば、三振をしたからダメだったのではない。準備を怠り、何の考えもなくバッターボックスに入り、三振したからダメなのである。そして、同じ 失敗を繰り返すというのは最悪である。  たとえば、チームで仕事をしていて、ミスが発覚した時、「あいつが悪かった」と誰かに責任転嫁するのは簡単だ。  しかし、そこに進歩はない。  「言い訳は進歩の敵」なのである。  あなたの創意工夫でそれが防げなかったのかを考えていくことで、個人的に成長できるし、チーム自体も同じ失敗を繰り返さなくなる。  とくにあなたがりIダーを目指すのであれば、言い訳は禁物だ。言い訳をすることであなたの人徳は失われる。部ドもそんな人物のために尽くしたい、一緒 に仕事をしたいとは思わないだろう。 20 調子が上がらない時は「仕事の原点」に戻れ  好不調の波からは、どんな人も逃れることができない。  不調とは、昨日まで継続的にできていたことが、なぜか、できなくなることをいう。昨日までできなかったことが、今日できないのはただの「未熟」であ る。  なぜ、わざわざこんなことを言うのかというと、結果を出していない選手ほど、安易に「スランプ」という言葉を使うからである。  では、もともとその選手がどれだけの成績を残していたのかというと、たいした結果など残していないのである。  未熟をスランプとすり替えすれば、そこに成長はない。未熟とスランプはきちんと使い分けるべきだろう。  スランプを脱出するには、「原点に戻る」のが有効だ。  誰がいったか野球界には、「不調になったら汗をかけ。汗が出なかったらグラウンドを走れ」という言葉がある。  野球はスポーツだ。ほとんどのスポーツの原点は、走ることにある。  私自身、スランプに陥った時には、この言葉に従った。体の芯から汗をかくと、体の状態がよくなる。走っている時は頭の中が空っぽだから、精神的にも安 定してくる。それによってスランプを早く脱出できた。  ところが、多くのバッターがスランプに陥ると、いつもより早く練習に出て特打をはじめる。これでスランプを脱出することもあるのかもしれないが、ほと んどの場合、特打をすることでかえって深みにはまる。  「なぜ、打てないんだ」と悩みながらバットを振ることで、その人が持っている良さ自体がなくなっていくからだ。  あなたの職業の原点が何かは私にはわからないが、不調の時は、まず「自分の仕事の原点は何か」を整理し、それをじっくり見つめ直すのも一案だ。  「迷ったら原点」「不訓になったら原点」である。 21 「処世術に長けること」ばかりでは、人間性の成長がない  処世術に長けようと考えることは、その人を本質的に成長させることにならない。処世術をわかりやすく言えば、ごますりだ。心にもないお世辞を言う。相 手が気持ちよくなるおべんちやらを言う。このような行為である。  野球界だけでなく、最近は世の中全体に処世術に長けた者勝ちの雰囲気が蔓延している。野球界でも処世術に長けた人間の方が得をしている。私のようなご ますりができない人問は損をしてばかりだ。  たとえば、私は阪神タイガースの監督時代、久万俊二郎オーナーに苦言を呈したことがある。監督とオーナーの関係は一般的にはわかりにくいかもしれない が、監督が事業部長だとしたら、オーナーが社長である。監督である私は、オーナーに雇われている身だといっていい。  それにも関わらず苦言を呈したのは、オーナーが裸の王様になっているように見えたからだ。  私の指摘に対してオーナーは、「君は言いにくいことをはっきり言うね」と血相を変えて激怒した。それに対して私は、「言わないとわからないでしょう」 と言い放った。 結局、私はオーナーの気持ちを害しただけだったのだろう。  それでも、言うべき時には言わなければならない。格好をつける気はないが、その状態を放置すれば、組織のためにならないからだ。ひいては、野球界のた めにならないからである。  また、個人の成長という視点では、処世術に長けることで出世の階段を登っていける反面、人問性の成長が失われてしまう。  だからといって、私は処世術を全否定する気はない。  なぜなら、私自身が多くの損をしてきたからである。「処世術に興味を持たない」という生き方は覚悟がいる。しかし、自分自身に恥ずかしくない生き方を するのであれば、時に苦言を呈する勇気も必要だ。 22 「欲から離れる」ことでプレッシャーから解放される  プレッシャーとどうつきあうかも成長という視点には欠かせない。  野球でいえば、練習でホームランを連発しても、試合で打てなければすぐにレギュラーから外されてしまう。  ビジネスでいえば、いくら素晴らしい企画書をつくっても、会議の場で緊張してうまく説明できなければ採用される確率が低くなるということだろうか。  プレッシャーは、性格の影響もあるが、考え方である程度、コントロールできるのではないか。  私が一軍にあがった当初、結果が出せなかったのは、緊張も大きく影響している。しばらくの間、バッターボックスに立っても、頭の中が真っ白だった。し かし、その後、一軍に定着してからは、むしろ、プレッシャーとは無縁の状態となった。ホームランエなどの熾烈なタイトル争いの状況でもプレッシャーを感 じることはなかった。  このように大きな変化が生まれたのは、私が自分なりの野球哲学を身につけたからだ。その哲学とは、「バッティングとは、欲から入り、欲から離れる」と いうものである。「打ちたい」という欲が強すぎると、プレッシャーがかかる。それにより、思うような結果が残せなくなる。  だからといって、「打ちたい」という欲がなければ、結果を残すことはできない。  この矛盾と折り合いをつけるため、次の打者が準備をする場である「ネクストサークル」にいる間は欲を持っていてもいいが、「バッターボックス」に入っ てからは一球一球に集中しようと考えた。そうすることで一瞬だけ欲から離れられる。  これは他の職業でも応川できるはずだ。  本番に望む前は、このような結果を得たいとイメージしてもいい。しかし、いざ本番では、口の前のことだけに力を注ぐ。このように思考することで欲から 解き放たれ、ある程度、プレッシャーを抑えることができるはずだ。 23 個性を考える前に、「結果を出すこと」に集中せよ  2012年のシーズンオフで、私はヤクルトスワローズの選手を対象に講演を行った。「巾心なき組織は機能しない」という話をした後、四番打者の畠山和 洋に「ひげをそれ。そのヒゲは中心選手のやることではない」と注文をつけた。このエピソードは、メディアで多少話題になったようだが、私がこのような注 文をつけたのは彼だけではない。  私は監督時代、選手に対して茶髪やヒゲを禁止した。だからといって、これだけを守っていればよいというわけでもない。楽天の監督時代は、まだ新人だっ た田中将大がモヒカンのようなヘアスタイルにした時、すぐやめるよう指導したこともある。  プロ野球選手は、外見で日立つ必要はない。そんなことをしなくても、実績を出し続けていれば、白然に周囲から認められるものだ。  とくに、チームの中心となる選手は、すべての面において手本となる必要がある。ゲーム中の言動はもちろん、グラウンド外でのふるまいや服装も含めて、 自らを律さなければならない。  人問とはいつでも自分がかわいいものである。他人と違ったスタイルにすることで、それを個性と思い込んでしまう。しかし、評価とは他人が下すものであ る。その人問の価値というのは、他人の日によって決まるものなのだ。  本人が個性と思っているヒゲが、ファンから見たら単に不快ということもあるのだ。それは、個性ではなく、独りよがりである。  これは、ビジネスの世界にもあてはまる部分があるだろう。  外見で個性を強調する根本には、自己顕示欲がある。では、この自己顕示欲はどこから出てくるのか? それは自分に対する自信のなさからである。それを 外見の個性で補おうというわけだ。  仕事をしっかりしている自信がある人はそんなことをする必要はない。誰から見ても清潔感のある髪型や服装をしていればいいだけだ。 24 「現状に満足」したとたん、成長は止まる  基礎を固める時期には勢いよく成長していたのに、あるところまでいくとそれが止まってしまう選手がいる。  あるいは、成長が鈍化してしまう。ド手をすると、まだ「のびしろ」があるはずなのに、退化してしまう選手さえいる。  現実的には、ほとんどの人間がこの状態に陥る。どこまでも成長していくなら、その大はある分野の一流になれる。これを成し遂げられるのはごく一部の人 問だ。  逆のパターンもある。  新人の頃はそれほど期待されていなかったし、成長するスピードは決して速くないのに、いつのまにかチームの中心選手に育つ選手もいる。  現役時代、数多くの才能あふれるライバルが、成長できずに去っていった。監督になっても、甲子園でスターだった選手が伸び悩み不本意な結果しか残せな い様子を目のあたりにした。  この原因は、「現状への満足」にある。  「プロ野球選手になれたから」「一軍に定着できたから」「高い年俸がもらえるようになったから」このように思ってしまえば、さらなる成長はない。  ビジネスマンでいえば、「有名企業に入れたから安泰だ」「もう一人前の仕事ができるようになった」というような感覚が近いだろうか。  しかし、本人は「現状に満足していること」を自覚していないケースがほとんどだ。「一生懸命やっているつもり」になっているのだ。あからさまに手を抜 いているわけではないが、どこかで「これくらいやれば十分だろう」「これ以上はできない」といったブレーキを踏んでいる。  その結果、その人の可能性は限定され、閉ざされてしまう。これを突破してステージを上げるには、限界をもうけないことだ。「ここまででいい」と考え ず、今もっているすべての力を仕事に捧げる覚悟が必要である。 25 「短所の克服」によってさらに長所が伸びる  成長というテーマでいえば、「長所を伸ばすべきか。短所を克服すべきか」という議論がよくされるが、私個人は、「短所を克服すべき」が持論である。  これは、現役時代の経験が大きい。  長所を伸ばすというのは、一見、効率的なアプローチのように見える。ストレートに強いホームランバッターであれば、より速球への対応力を高めていけ ば、さらにホームランを量産できるように思える。  しかし、現実はそううまくはいかない。  このバッターがカーブを打つのが苦手であれば、ピッチャーは重要な局面でカーブを投げてくる。これによって、抑えられる確率が高くなり、さらには、カ ーブを意識するあまり、ストレートも打てなくなり、彼の長所が弱まってしまう。  実は、私自身、若い頃はこのような選手だった。  短所から逃げている限り、大きな壁を越えることは一生できない。  長所は伸ばそうと意識しなくてもよいものである。長所はもともと持っていた資質から生まれる。だから、多くの場合、それほど努力しなくても自然にでき てしまうものだ。  一方、短所の方は、放置していて矯正されることは絶対にない。本人が「短所を克服しよう」と強く思い、日々努力を重ねることでしか克服できない。  一番の問題は、さきほど例をあげた通り、短所を放置することで長所が阻害されてしまうことにある。逆にいえば、短所を克服することで、長所がさらなる 強みとなるのだ。この理屈はわかっても、短所と向き合うことは辛いものだ。  人より努力しても、なかなかうまくならないことを続ける努力は並大抵ではない。しかし、だからといって、短所の克服を先延ばしにすれば、重要な局而で それがあなたの足を引っ張ることになるだろう。それによって、人生が大きく変わることもあるのだ。今すぐに短所克服に取り組むべきだろう。  「長所を伸ばすには、短所を鍛えろ」である。 26 長所が生かされる仕事やポジションを自ら求めよ  前項で「長所は放置しておいていい」と話したが「長所を生かす努力」は必要である。  野球選手でいえば、足が速いという長所があるなら、それを活かしてゴロを打つバッティングに徹すればいい。イチローなどはその代表格だが、並みの選手 ならアウトになるタイミングでも、俊足の選手なら安打になる確率が上がる。  長距離のバッティングにこだわるよりも、その方が活躍できる可能性も高まるだろう。  長所というのは大きなことだけに限らない。たとえば、「選球眼がいい」といった限定的な特徴でもいい。選球眼がいい選手は、満塁の局面で監督が使いた くなる。たとえ、ヒットを打たなくてもファーボールによる押し出しも期待できる。  もちろん、チャンスに強いバッターが一番の理想だが、すべての人間がそのような選手になれるわけではない。  ある世界で自分が生きていくためには、理想を追うだけでなく、自分の特性を知り、それを「一芸」の域に高めることも必要だ。  長所を眠らせていては意味がない。長所がもっとも生かされる仕事の内容やポジションを得ることで、自分の特性が一芸になるのだ。  ただし、自分の特性を知るということは案外難しいことだ。たとえば、私がヤクルトスワローズの監督をしていた時、飯田哲也という選手がいた。彼は7年 連続でゴールデングラブ賞を受賞した外野手だが、私が就任した時には、キャッチャーをしていた。本人も外野手の素質が自分の中に隠されていることに気づ いていなかったのである。  自分のことは、自分が一番わからないものである。あなたの中に「どんな長所があるか」周囲の信頼できる人に聞いてみることも大切である。 27 技術には限界があるが、頭には限界はない  プロフェッショナルを日指した時、まずは、「基本を身につけ、技術を磨くこと」に注力すべきである。  しかし、技術には必ず限界がある。  野球でいえば、ピッチャーは150キロの球は投げられても、200キロの球を投げることは不可能だ。数多くの変化球を習得しても、100種類の変化球 をマスターすることはできない。  これは他の仕事でも同じだろう。  いくら効率的な作業方法を追及しても、何十パーセントかの向上は可能かもしれないが、10倍の成果をあげるのは並大抵ではない。  このことを理解できていない人間は、「技術の限界」を「技術を磨く」ことによって突破しようとする。不可能に挑戦しているわけだから、成長できないの は当たり前だ。  ひたすら素振りをして打率やホームラン数をあげようとしていた私はまさにこの状態に陥っていた。しかし、それが結果に結びつかなかったのは、前述した 通りである。  技術の限界の先は、「頭を使うこと」で突破するしかない。  頭を使うことを具体的にいえば、この章で話してきた「小事を大切にする」、「変化を見る目を持つ」、「データを利川する」、「メモをとる」、「長所を 生かす」などになるだろう。  私自身をモデルケースにすれば、技術の追及によって「プロ野球選手」には到達できたが、「プロ野球選手としては並みのレベル」までだった。頭を使うこ とで、「8年連続ホームラン王」「戦後初の三冠王」というレベルまで到達できた。  技術の向上によって、プロフェッショナルの入目まではいけるかもしれないが、真のプロフェッショナルになるには、頭を使うことが絶対的条件になるの だ。 3章・4章にあたって  何かの分野で、プロフェッショナルになろうと考えると、その人はどこかでリーダーの役割を担う時がやってくる。  役職があろうと、なかろうと、リーダーの役割は避けられない。  なぜなら、人は、他者と共に生きているからである。  いくら能力のある人でも、一人で仕事をすることはできない。  必ず、他者と関わる中で、一つの仕事を完遂しなければならない。  プロフェッショナルを日指す人間は、成長するにつれ、必ずその枠組みの中でリーダーの役割を担うようになるものだ。  それは、自分一人の成長を考えればよかった時とは、まったくの別世界である。  リーダーに求められるのは、「やっている仕事の本質を見つめること」そして、「ものごとの見方」である。  相手の心に思いを馳せる想像力。  チームの現在から将来を見る先見力。  小さなことに気づく繊細さ。  こういった視点がないと、一つのチームを導くことはできない。  また、そもそも指導をする意味は何か? という本質を知らない人問にリーダーの資格はない。  本書で詳しく解説しているが、指導する日的とは、「正しい考え方を身につけさせること」であり、それによって、「その人独自の哲学をつくらせること」 が大切なのだ。  本書をお読みいただければ、リーダーとしての自分に何が足りないか、将来、優秀なりIダーになるにはどうしたらいいかを明確にしていただきたいと思 3章 リーダーが備えるべき10の必須条件 28 相手の立場からものごとを見る視点  「ピッチャー出身の名監督」は、ほとんどいない。  もちろん、野手に比べてピッチャーの方が絶対数が少ないという前提はあるが、それを考慮しても、ピッチャー出身の名監督は少ないように思う。  この事実を考察していくと、指導者に必要なある条件が浮かびあがってくる。元ピッチャーが監督として大成しにくいのは、彼らが現役時代、「スポットラ イトを浴び続けた」ということ、そして、「見えている視野が狭い」という要素が大きいのではないかと私は考えている。  ピッチャーというのは、チームの中でもっとも目立つポジションである。勝っても負けても一番の注目を浴びる。それによって自己中心的な性格が育ちやす い。  現役時代はそれでもいい。ピッチャーは、自分が主役というくらいの気概があった方が結果を残しやすい側面もある。  しかし、監督になると話は別だ。  自分中心的にものごとを考えていては、コーチや選手はついてこない。思い込みでゲームを進めれば結果もついてこない。自己中心的ということは、「自分 の視点しか持っていない」ということである。指導者として大成するには、これを越えた「相手の視点」を持たなければならない。  自分の言動を選手はどのように感じるか。相手チームはどのように試合を動かしてくるか。こういった想像力は相手の視点から生まれる。  もちろん、監督に就任する時、自己中心的な意識を払拭しなければと考える人も多いだろうが、習性はなかなか変えられるものではない。  ビジネスにおいてもこれはあてはまるのではないか。リーダーの立場にあるということは、その大は周囲から評価された人間である。すべての人がそうとは いわないが、若い時期、「自分の結果を出すことに」注力してきたため、なかなか「自分の視点」から脱却できない大もいるだろう。  自分の視点に陥っていないか。  リーダーは、常に自問自答し続けるべきだ。 29 チームの将来に思いを馳せる想像力  「怒りもしなければ、喜びもしない」  監督として試合中、ベンチにいる時の私の様子を二言で表現するとこのようになるだろうか。  失敗した選手に対して、皆さんがいうところの「ぼやき」はあっても、激怒したことはほとんどない。  逆にホームランを打った選手に対して、大喜びで(イタッチをすることもあまりない。選手を出迎えて軽く手を合わせるくらいのものである。  これは性格の影響も大きいと思うが、それ以上に「選手と同じ視点で試合を見てはいけない」と自分を戒めていたからである。  ホームランを打つたというのは、試合途中の一時的な結果でしかない。 監督が考えるべきことは、「さらにリードを広げるにはどうしたらいいか」「試合が終わるまで逆転されないにはどうしたらいいか」という次の展開に対する 備えである。  加えて、逆転された時にはどのような投手起川をすればいいかといった最悪な展開への対策も考えなければならない。  監督が喜べるのは、勝って試合終了となった瞬間だけである。 たとえ今日の試合に勝っても、次の試合がある。  今シーズンが終わっても、来シーズンがある。  監督でいる限り、心の底から大喜びできるシーンはそうそうないのだ。  ビジネスにおけるりIダーもまったく同じことがいえると思う。  その時々の状況に流されて、部ドと一喜一憂していれば、次の展開に対する備えは疎かになるだろう。  感情に左右されれば、問違った判断をしやすい。  たとえ部下が最悪の報告をしてきたとしても、「それは想定していたよ。こんな風に対処しなさい」と言えるくらいでなければ、真のリーダーとはいえな い。 30 時間を酷使して自分を成長させるという気概  私は、南海ホークスの現役時代、選手兼監督をしていた時期がある。最近でいうところのプレーイングーマネージャーである。  球団から呼び出され、監督就任の要請があった時は、「監督になれということは引退しろということか……」と思ったが、よくよく聞いてみると選手として 現役を続け、監督もしてほしいという内容だった。  これに対してはじめは「そんなの無茶だ」と反論したものの、まだ現役選手を続けたい私はしぶしぶこの条件をのんだ。  一番の問題は、とにかく時問がないということだった。 ただでさえ、キャッチャーは、他のポジションよりも忙しい。  とくに私は性格上、試合終了後に、相手チームのデータを読み込み、併せて反省と改善策も考えていたので、もともと時間がなかった。  さらに監督業がのしかかってくると、忙しさは並大抵ではなかった。  この時の体験は、その後の私の人生に大きく役立った。  時問の使い方がうまくなったのである。  現在の私は、テレビ番組に出演し、講演会で全国各地を回り、著作やコラムを執筆するという状況だが、これがこなせるのも激務だった選手兼監督時代の たまものである。  人よりも大きな成果を出すには、時間を上手に使うしかない。「忙しい」「時問がない」を言い訳にしていたら、いつまでたってもそこにリーダーとしての 成長はない。あなたも現在、毎日を忙しく過ごされていることだろう。しかし、「もっと時間を使えないか」と考えてみるのも一案である。  たとえば、帰宅しても、1時間くらいは仕事を整理する時間をつくってはどうだろう。晩酌をする時間、パソコンをする時間、ソファで横になっている時問 などを節約すれば、それくらいの時間はつくれるものである。 31 部下と本気で向き合う強い想い  江夏豊という伝説的なピッチャーがいた。  彼は、今の若い世代にはあまりなじみがないだろうが、中高年世代であれば、誰もが知っているだろう。「好き」「嫌い」がはっきり分かれるようなクセの ある選手だった。  南海ホークスで私が選手兼監督をつとめていた時、球界の問題児といわれていた江夏がトレードで入団してくることになった。  この入団より少し前、プロ野球選手が八百長をして処分された「黒い霧事件」がメディアをにぎわせていた。彼は処分を受けていなかったが、マスコミから 疑惑の日を向けられていた。  ある試合で彼を起用した時、2ストライク3ボールのカウントで、明らかなボール球を投げて押しだし、というシーンがあった。それにより、南海はその試 合を落とした。  彼はもともとコントロールのいいピッチャーである。  ふだんからコントロールが悪ければ疑惑はもたれないが、コントロールがいいはずの彼が重要な局面で完全なボールを投げると「やっぱり……」という目で 周囲から見られてしまう。  私は、「お前が変な投球をするたびに、世問の人は八百長と疑う」と自分の本心をぶつけた。  これに対して江夏は、「そんな言いにくいことを面と向かって言ってくれたのは、あんたひとりだ」と言った。  それから江夏は、以前にも増して熱を込めて投球をするようになった。  リーダーが、すべての局面で部下に本心をぶつければいいというわけではないが、重要な局面、とくに部下に本気で変わってほしいという思いを伝える時に は、勇気を出して本心をぶつけることも必要である。  部ドを本気でよい方向に導きたいと願うなら、相手から逃げてはいけない。  その真摯に向き合う姿勢こそがリーダーの真の愛情といえる。 32 チームを率いるにふさわしい大きな器  ケチなリーダーは、大成しない。  くだらないことのように思うかもしれないが、これは大切なことだ。  ケチな人間は器が小さいといえる。  私は常々、「組織はリーダーの器以上に成長しない」と言っているが、ケチな人問はそもそもリーダーに向いていないのである。  ケチということは、それだけで人格にかかわる。人徳を得られないし、人もついてこない。理屈ではないのだ。理屈でないからなおさらたちが悪い。  これは、ない袖を振れ、大盤振る舞いしろ、ということではない。  お金を払う流れになった時、その場の雰囲気を敏感に読んで、あなたが一番多く払う立場だったらそうしなさい、ということだ。  たとえば、忘年会があったとしよう。  みんなで割り勘に……ということになっても、あなたが目上の立場であれば、周囲よりも多めに支払うのが常識だろう。  もし、これをケチれば部ドは納得しない。  表面上は納得しているように見えるかもしれないが、心の中では納得していない。なぜなら、あなたが部下よりも多く給料をとっているからだ。「家族もい るし……」「家のローンもあるし……」といった言い訳は通川しない。  給料を多くとっている人問は、部ドよりも多く払う。これは当たり前のことだろう。  実際に私はケチな性格が災いして監督として成功できなかった人物を知っている。彼は現役時代から知性派として知られ、引退後、出身チームの監督に就任 した。周囲からの期待は大きかったが結果を出せず、その後、他のチームから声がかかっていない。何が原因だろうと考えていった時、思い当たったのが「彼 はケチで有名だった」ということである。これはリーダーとして致命的な欠陥だった。 33 固定観念や先入観に縛られない  リーダーにとって、「固定観念は惡、先入観は罪」である。  たとえば、私の現役時代と、ヤクルトスワローズの監督に就任した時代では、野球そのものが大きく変化している。  ヤクルトの監督時代と楽天イーグルスの監督時代でも、やはり変化している而はある。  その一方で、変化しない本質もある。  これは大切にすべきだが、変化した部分は柔軟に修正していくべきだ。  変化の激しい昨今のビジネスなら、なおさらだろう。  昨日の常識が今日の常識とは限らない。  昨日の常識が今日の誤りということだってあるのだ。  野球を例にいえば、私がヤクルトの監督に就任した頃、野球界には、「シュートを投げると肘を壊す」という定説があった。  これに私は疑問を感じた。では、西本聖の存在はどうなるのか。西本は、シュートを最大の武器に江川卓と巨人軍でライバル争いを繰り広げたエースであ る。彼に直接、確認すると、「シュートは指先で投げるものなので、肘には負担をかけない」というような答えが返ってきた。そこで、私はヤクルトの投手陣 に、「シュートを覚えよ。ジュートでひじを壊すなんて迷信だ」と助言した。  これにより、劇的な復活を遂げたのが、故障によって再起不能とまでいわれていた川崎憲次郎である。彼は、シュートを覚えたことで、1998年、最多勝 利に輝いた。彼もシュートを投げると、肘を壊すと信じていた一人である。  リーダーが、固定観念や先入観に縛られれば、若者の可能性をつぶすことになるし、チームを誤った方向へ導いてしまう。  これを防ぐには、すべての事柄について疑い、思考の新陳代謝を繰り返すことである。 34 人を育てる叱り方を身につける  叱ってこそ、人は育つ。ただし、叱るといっても、成長を促す叱り方がある。叱る行為で大切なのは、それが愛情から発した行為かどうかである。愛情から 出たものであれば「叱る」になるし、そうでなければ「怒る」になる。リーダーは、この2つを取り違えないことだ。  ある試合で私は、バットを振って三振に倒れた選手を叱り、バットを振ることなく三球三振に倒れた選手に対しては何も言わなかったことがある。  この部分を読んで、「逆ではないか?」と思った人がいるかもしれない。  前者の選手は、積極性を認めてあげるべきで、後者の選手は何もできずに終わったのだから叱るべきなのでないか、このように感じる人も多いだろう。  私がバットを振って三振になった選手を叱った理由は、何の考えもなくバットを振ったからである。  これに対して、バットを振れずに三振になった選手を叱らなかったのは、彼が変化球に狙いを絞っていたからである。その狙い球がこなかったから彼は、バ ットを振ることができなかったのだ。  リーダーは、「結果だけを見て部下を叱ってはいけない」とよくいわれる。ここでいう結果とは、表面的な積極性、消極性のようなものではなく、「部下が どのような思考をしていたか」に着日するべきなのだ。  そうでないとチームの中に「結果オーライ」の雰囲気が漂うことになる。  野球でいえば、「バットを振らないこと=惡」になると、選手は何の考えもなくバットを振るようになる。これでは、試合は、賭けの性格が強まる。とくに 戦力が弱いチームはこのような意識では勝利をおさめることができない。  ただし、何度も繰り返される失敗はどんな状況でも容認すべきではない。  いつもバットを振れずに三振をする選手は、その読み自体が間違っているということである。同じ失敗を繰り返さないよう、失敗の原因追及と改善ができる よう指導が必要になる。  失敗を失敗と認識させることにより、部ドは成長するものなのだ。  「失敗」と書いて「せいちょう」と読むのだ。 35 失敗を正面から受け止める自責の意識  リーダーは、逆境の時にこそ、真価が問われるものである。  チームを率いていれば、順風満帆な時ばかりではない。  たとえ、チームが進んでいる方向が正しいとしても、結果が出ない期間がずっと続くこともある。  人は弱いもので、そんな時、結果が出ない理由を他者に押しつけるものだ。  「あいつがあんなミスをしなければ」  「コーチの指導方法が間違っているのではないか」  野球の監督であれば、こんな考えが頭を占めるようになる。  なぜ、人は責任転嫁をするのか。  これは、自分の苦しさや痛みを和らげたいからである。  結果が出ない現実と、正面から向き合うのが辛いからである。  リーダー自身がこのような意識でいる限り、勝てるチームなどつくれるわけがない。  リーダーの責任転嫁の意識は、選手にも伝染するだろう。それにより、チーム全体に「誰かが何をしてくれるだろう」という意識が広がってしまう。  リーダーなら結果が出ない事実を、正面から受け止めなければならない。選手が失敗した時、責任転嫁しようとしたら、それを厳しく指導しなくてはならな い。  よくいわれるように「敵は己のなかにある」のだ。  もう一つ、逆境時の指導者やリーダーの心得をあげるとしたら、「冷静な分析力」になるだろう。  チームの状態が良い時は、分析などしなくても、選手自らが自主的に考えるものだ。チームの状況が悪化してくると、選手たちは思考停止に陥りやすい。  そんな時、リーダーは、状況を悪化させている原囚を把握し、改めるべきところを改めることに全力を注がなくてはならない。 36 小事に気づく敏感さ  打率3割のバッターと打率2割5分のバッターの差は、100打席でわずかヒット5本である。このわずかな差が、選手の評価を大きく左右する。  一流といわれる大と、二流、三流で終わってしまう人の差は、実はわずかしかないのだ。  では、このわずかな差がどこからやってくるかといえば、他のバッターがしなかった「小さな努力の積み重ね」や「小さな創意工夫」からである。  これは、ビジネスもまったく同じだと思う。  高性能といわれる商品と、そうでない商品は、ほとんどが同じっくりで、わずかな差しかないのではないか。このわずかな差に、多くの大が価値を感じるの ではないか。  小さな差に気づくためには、「小事を大切にする精神」が求められる。  本書の2章でその重要性に触れたが、リーダーは、部ド以上に「小事」への敏感さが求められる。  もし、リーダーに「小事を大切にする精神」が欠けていたら、必然的にそのチームは大雑把な価値観をもった集団になるだろう。  リーダーは、白分自身がチームの中で誰よりも、小事に敏感になり、合わせて、部ドに対して小事の大切さを浸透させなくてはならない。  これにより、チーム全体が失敗に気づきやすくなり、同じ失敗の防止にもつながっていく。  また、小事を大切にしていれば、周囲への変化にも適応しやすい。  たとえば、ライバルが今までと違うアプローチをしてきても、それにすぐ気づき、適切な対処ができる。  小事に対する敏感さのない人問は、リーダーになるべきではない。  それほど、小事とは大切なものである。 37 難しいことを簡単に伝える表現力  人を動かすため、人を変えるために重要な要素は、言うまでもなく「言葉」である。  あなたが部ドに対して語る匸言、ひとこと。  部ドに指示を出すための文書やメール。  ミーティングの時にホワイトボードに書くこと。  こういったものすべてを含めて、「言葉」である。  言葉の使い方がうまい人は、効率的に人を動かせるため、チームを機能させやすい。逆に、言葉の使い方が下手な人は、白分の意思を伝えられないため、頭 の中で考えていることは正しくても、チームを正しい方向に導くことはできない。  これは、当たり前のことのはずだが、野球関係者の中にはまだ「野球に言葉なんか必要ないだろう」という価値観の人問が少なくない。  とくに、現役時代に優れた選手だった者ほど、言葉を軽んじる傾向が強い。  体や感覚で技術向上のためのコツを習得してきたため、それを言葉に置き換えることが難しいのだ。  たしかにコツというのは言葉で伝えるのが難しい。  しかし、指導者である以上、コツを言葉で伝える最大限の努力をしていかなければならない。では、言葉による表現力を磨くにはどうしたらいいか。それに は、本をたくさん読むのが一番だ。  私は現役引退後、本格的に本を読みはじめた。その頃の私は、自分の頭の中にある野球理論をうまく言葉で表現できなかった。このことが原因で、評論活動 で壁にぶつかり、円形脱毛症になるほど苦しんだ。  そんな時、師とあおぐ評論家の草柳大蔵さんに『活学』(安岡正篤著)を読むことをすすめられ、本を読むことに目覚めた。これにより、もともと囗べ夕だ った私が評論活動の場を広げられ、監督してある程度の実績をあげられたのだ。 4章 チームの力を最大限に引き出す指導法 38 「正しい考え方を身につけさせること」が指導の本質  「選手を指導する目的はなんだ?」  これは、私が監督時代、コーチによくしていた質問だ?  指導する日的を勘違いしていれば、選手を伸ばすことはできない。  よくある問違った考え方は、「技術的なことを教えるのがコーチの役割」というものである。  これは明らかな勘違いだ。  技術的なものは、指導に付随するものであって、それ白体が日的ではない。  選手を指導する真の日的は、「正しい考え方のエキスを注入すること」である。  思考と行動は、密接な関係にある。  その選手の考え方が、そのまま今の取り組みに反映される。いくら表面的な技術面の指導をしても、考え方自体が問違っていればその選手は伸びない。  さらにいえば、この正しい考え方を身につけさせる指導さえしていれば、コーチや監督は、「なるべく教えないこと」が望ましいのだ。  緇かいことをあれこれ指導すれば、選手の依存心が強くなる。  正しい考え方を身につけておらず、自分自身で考える習慣のない選手は、「進化する力」を失ってしまう。  若手がなかなか育たないと囗ぐせのように言う監督やコーチほど、選手に対して緇かい指導をしているものだ。これはビジネスの世界にも、そのままあては まることだろう。吸収する意欲のない選手に手とり足とりの指導をしても、すべて無駄に終わる。  一方、本人が失敗をし、自らそれを改善したいと強く願っている時は、丁寧な指導をすべきだろう。本人が「知りたい」「向上したい」という気持ちを強く もっているため、あなたの二言ひとことを吸収していくはずだ。  これに勝る効率的な指導法はない。 39 「その人独自の思想」を育てるのがリーダーの役目  選手の指導をしていると、素直に耳を傾ける者だけではなく、聞いているふりをして聞き流す者、まったく聞く気のない者なども必ず出てくる。  このような態度を目のあたりにした時、人問誰もが不愉快になる。  しかし、だからといって、「素直に聞く気がない者は見込みがない」と切り捨ててしまうのは、リーダーとしては失格である。  素直にいうことを聞く人間を重宝することで楽になるかもしれないが、チーム全体の底上げをすることにはならない。  では、素直でない人問に対して、どのように接するべきか。  このような人間には、2種類ある。  一つ日は、性格上、素直に聞くことができないという人間だ。もし、彼が何か光るものを持っていれば、リーダーはあらゆる手段を用いて、本人にそれを気 づかせる努力をしていくしかない。  これに対して、素直に聞けない上に、光るものも持ってないのであれば……いわずもがな、その人問は見込み薄と考える他ない。  二つ日は、その人独自の思想をもっているため、素直に聞くことができない人問である。  思想は、「仕事観」「人生観」と言い換えてもいいだろう。  私自身、現役時代そうだったが、このようなタイプは、今は伸び悩んでいても、どこかで成長する可能性がある。  その思想自体が、明らかに問違っているものでない限り、長い目で見守ることも必要だろう。  白分の思想や考えを選手に押しつけるのが、良いリーダーなのではない。  その人独自の思想を持つ選手を育てるのが、良いリーダーなのである。  本人が思想をすでに持っているのであれば、それを取り上げる必要はないのだ。 40 「意識改革」から強いチームづくりははじまる  今まで私が監督をつとめた南海、ヤクルト、阪神、楽天の4チームには共通点がある。  それは、「どのチームも最下位になった時、私に監督就任を依頼してきた」ということである。4チームも続くと、単なる偶然とも思えない。まあ、これが 私の運命なのだろうと今では思っている。  ある新聞記者に「一度でいいから優勝候補のチームの監督をしてみたかったよ」とぼやいたことがあるが、それに対して彼は「それは合いませんよ。最下位 のチームの監督をやったからこそ、ノムさんの価値が上がったのでしょう」と言った。  私はそれを聞いて納得した。最ド位のチームの監督をするのはしんどかったが、この経験が今の自分の財産になっているのだ。  監督になった時、どのチームにおいても私が真っ先に行ったのは「意識改革」である。  選手は皆、自分のチームが弱いと思い込んでいる。あるいは、誰が監督をやってもチームは強くならないと思い込んでいる。この負け犬意識を根底から覆さ なくてはならない。  だからといって、「意識改革をしろ」とストレートに言い続けても意識は変わらない。  ポイントになるのは、選手に「気づきを与えること」である。  監督就任直後、私はよく「野球の本質を見つめてみろ」と選手たちに説いた。「野球は意外性のスポーツというじやないか。強いチームが必ず弱いチームに 勝つわけではない。だから、シーズンに入る前、識者たちがするペナントレース予想はたいてい当たらないだろう」こんな風に選手たちを諭した。  これにより、選手は自分たちがおかれている状況を正しく認識できる。この認識から新しい取り組みが生まれ、チームの力になるのである。 41 「足りないもの」が明確になると大は劇的に変わる  さきほど私は、チームの意識改革をするには、「気づき」が何より大切であると述べた。  「気づき」はチーム全体の成長に限らず、個々の選手の潜在能力を引き出すという意味でも効果的である。  自分白身でそのような表現をしたことはないのだが、私は監督時代、メディアから「野村再生工場」という表現をされていた。このような言葉が生まれたの は、他のチームでは活躍できなかった、あるいは、全盛期を過ぎて活躍できなくなった選手をうまく戦力に取り入れたからだろう。  もちろん、選手が再生したのは、本人の努力が大きい。私は指導者として、きっかけを与えたに過ぎない。  そのきっかけこそが「気づき」なのである。この場合は、本人に「今の自分には何が足りないのか」を気づかせることが鍵となる。  阪神タイガースの監督時代に再生した選手の代表、遠山奬志を例にあげてみよう。彼はもともと、阪神にドラフトー位でピッチャーとして人団し、1年目か ら一軍で活躍した将来を期待された選手だった。それが2年目に故障してから低迷し、やがて他チームへ移籍することになり、打者への転向も試みたようだ が、永年に渡って結果らしい結果は残せなかった。再び古巣の阪神に戻ったものの二軍止まり・・・…そんな時、私が阪神の監督に就任した。  私が彼に足りないと感じたのは、「投球の幅」である。この部分を強化するためにフォームをサイドスローに変吏させ、シュートを覚えさせた。これによ り、ワンポイントの抑えとして一軍で活躍するようになり、当時、巨人軍の主軸をつとめていた松井秀喜を徹底的に抑え込むようになった。  気づきを与えるには、対象となる人の適性を把握し、活躍できる場を与えることだ。それにより、その人の潜在能力が引き出されるのである。  この他にも、他のチームに在籍中、長期間低迷して、私のもとへ来て花開いた選手に、山内新一 (巨人から南海に移籍)、松原明夫(同)などがいる。山内 は20勝、松原はH勝をあげ活躍した。 ’` 「すべての部下と平等に接する」ことで士気が保たれる  私自身、監督時代に「個人的な好き嫌い」で選手に接したことはない。  「そんなのきれいごとだ」という人もいるかもしれないが、私はもともと人に対する好き嫌いがあまりない。感情の行き違いがあっても、「そういう人間な んだな」と思うだけである。また、「好き嫌いで人を使うのは最低のリーダー」とも言われる。  もしかすると中には、「自分は絶対に嫌われていた」という選手もいるかもしれないが、それは誤解だ。もしそのような選手がいるとしたら、監督就任中は  「選手たちと距離をとってつきあうこと」を心がけていたので、それが勘違いのもとになったのかもしれない。  私は監督をしている時、白分のチームの選手とは、プライベートで食事にいかないと決めていた。  それは、食事に誘われなかった選手の中に、「自分は誘われない」と気分を害する者が必ず現れるからである。このようなちょっとした感情が積み重なり、 やがて監督批判となっていく。批判を囗にしている本人もやる気を失っていく。チームとして大きな損失である。だからといって、すべての選手と同じような 頻度で食事に行くのは現実的に不可能だ。  ならば、はじめからすべての選手と食事に行かなければいいだけの話である。結果的にすべての選手と平等につきあうことになる。  私がここまで選手との距離に神経質になるのは、現役時代の経験が大きい。南海ホークスの鶴岡一人監督は、打てない私を我慢して使い続けてくれた恩人だ が、ある時から、距離ができてしまった。私自身は望んでいなかったが、活躍すればするほど、アンチ監督派のメンバーと見られるようになっていった。同じ チーム内に監督派とアンチ監督派があることは、当時の南海にとって大きなマイナスだった。  指導者とは、部ドとの食事一つとっても、それを周囲はどのように感じるかを想像できなくてはならない。小さな感情からチームはほころぶものなのだ。 43 「無形の力」があれば、弱いチームでも強いチームに勝てる  監督が指導を通して、チーム内で育てていくべき最も大切なものは「無形の力」である。  無形の力とは、文字通り、形のないもののことだ。  先にあげた選手一人ひとりの「気づき」は、その大きな柱である。  さらに、観察力、判断力、先見力、想像力など、「○○力」と呼ばれるものは概ね無形の力に含まれる。  リーダーや指導者であれば、「無形の力が大切」という意見に異を唱える人はいないと思うが、「言うは易く、行うは難し」である。  無形の力は、一朝一夕に育てられるものではない。  また、テーマは多岐に渡る。そのため、すぐに結果に結び付きにくい。  だから、多くの指導者が無形の力の大切さを頭では理解しても、実際には、「有形の力」にばかり意識がいってしまう。  野球でいえば、走力・打力・守備力などが有形の力にあてはまるだろう。たしかに、これらの有形の力があれば、試合を有利に導きやすくなるだろう。しか し、有形の力で試合が決まるわけではないのだ。  チーム全体で無形の力の大切さを共有し、いかなる時もそれを駆使することで、有形の力で劣るチームに対しても勝機を見いだすことができる。  あなたが人・物・金などをライバルよりも投入できる状況にあれば、有形の力にこだわるのもいいだろう。有形の力だけの競争においては、戦力の差がそのま ま勝敗にあらわれるからである。つまり、強いチームはどこまでも強く、弱いチームはどこまでも弱いのだ。  逆にいえば、あなたがもし、人・物・金でライバルに劣るチームを率いているリーダーなら、有形の力にこだわれば、そこに勝機はないといえる。 44 チームを一つにまとめる「目的意識」を掲げよ  強いチームにはあって、弱いチームにはないもの。  それは「日的意識」である。  ここでいう日的とは、いくつもあるものではない。  たった一つの大きな日的に向かって、チームのもっているすべての力を注いでいく状況をいう。プロ野球チームにとっての目的は、リーグ優勝、その先にあ る日本一になるだろう。  一部の選手がこの口的意識を持っているだけでは、これを成し遂げることはできない。選手全員、監督とコーチ陣、さらには球団のスタッフや裏方の方々ま で、すべての人間が日的意識を共有することから、真のチームワークが生まれる。私が監督時代に結果を出せた時は、この部分がうまくいった。そうでない時 は目的意識の共有に失敗した。  では、目的意識からなぜチームワークが生まれるのか。  選手全貝が口本一を目的にしていれば、自分自身は犠牲になっても、最終的に試合に勝てばいいという考えが生まれる。ホームラン数が一番多いチームやピ ッチャーの数が揃っているチームが必ず優勝するわけではないのだ。  ここで最も大切なことは、誰かの犠牲によって勝利をおさめた時、それを正当に評価することである。  チームのために犠牲になっても評価されないのであれば、選手が個人成績だけを追及するようになるのは当たり前である。  この部分を省いて、「チームのために犠牲になれ」というのでは説得力がまったくない。  会社もこれはまったく同じ構造だろう。会社が表面的な成果だけを評価するのであれば、社貝は誰も犠牲の役目を買って出なくなる。そうなると、個人主義 が蔓延し、最終的にはチームカの低ドにつながっていくのだ。 45 大きな壁を越えるには「夢」と「知恵」が必要  チーム全体で「目的意識」を共有すると同時に、個々の選手に「目的意識」を持たせることも強いチームづくりには欠かせない。  私は監督時代、選手たちにいつも「夢はなんだ」「日標はなんだ」と問いかけた。  日的意識は、その人の成長に大きな影響を与える。  どんな分野でも、どんな大でも、努力の継続や苦手なことの克服なしには、一流のステージにあがることはできない。  大きな壁にぶつかった時、目的意識のある人問は、何とかそれを乗り越えようとする。これに対して、目的意識のない人間は、壁を突破する努力をやめてし  また、目的意識を持つと、今の自分と理想の自分の間に、どれくらいの差があるかが明確になる。それにより、今、自分が何をすればいいのかが見えてく る。  ここで注意したいのは、目的意識をもたせ、それに向かって努力せよ、と部ドを鼓舞するだけでは、精神論に終わってしまうということである。  日的と現実の問を埋めるのには、努力に加えて、「知恵をつけること」が求められる。  大が成長するには、知恵は欠かせないものだ。これがないと、狭い価値観の中で、やみくもに打って投げるだけになってしまう。  それでは、その人の潜在能力は引き出されない。  「目的意識を持つこと」と「知恵をつけること」を怠りやすいのは、天性をもっている人間である。  難易度の高い技術をたいした努力なしにマスターできるようなタイプがこれにあてはまる。ステージが低いうちはそれで済んだかもしれないが、要求される ことのレベルが高まってくると、天性だけでは通川しない。  こういったことを自覚させるのも、リーダーの役割である。 46 「本質を見つめさせること」で問題意識が生まれる  チームの「目的意識」を共有させ、個人の「目的意識」を持たせる。  これだけでは、選手を成長に導く要素としてまだ足りない。  もう一つ加える必要があるのが、「問題意識」である。  問題意識をわかりやすくいえば、自分を高めるための「個別の課題」となる。  本来、プロ野球選手なら、自分なりの課題をもって練習に励むべきだが、大半の選手はその重要性にまったく気づいていない。  だから、バッティングにせよ、ピッチングにせよ、漠然と練習をする。  漠然とバッティング練習をしても、試合で打てるようにはならない。  「あのピッチャーの変化球に対応するにはどうしたらいいか」  「こんな局面ではどんなバッティングを心がけるべきか」  「2ストライクに追い込まれた時のバッティングはどうか」  など、さまざまな局面を想定して練習することで、試合で結果を出せるようになる。  なぜ、彼らが問題意識をもてないかというと、これまでずっと与えられた練習メニューをこなしてきたからである。  だから、その練習をすることでどんな能力を高められるか、自分にはどんな練習が必要かといった発想に至らないのだ。  「指示待ち人間が多い」とよく言われているので、これはビジネスの世界にもあてはまることなのだろう。  あらゆることを与えられてきた現代の若者にいきなり「問題意識を持て」といってもそれは難しいだろう。  彼らの意識を変えるには、「本質を見つめ直させる」ことである。  仕事とは何か? なぜこの仕事をしているのか? どんな人生をおくりたいのか? こういった本質を考えることで、問題意識を持つ習慣が育っていく。 47 チームの中心を担う部下には厳しく接するべき  「中心選手のいないチームは機能しない」  これは、長年、監督をしてきて達した結論である。  シーズンを通してチームの中心を担う、エースと呼ばれるピッチャーや4番バッター不在では、強いチームはつくれない。  通常、中心選手に対してチームは特別扱いしてしまうものである。しかし、私は中心選手だからこそ、苦言を呈してきた。  たとえば楽天の監督時代、若き日の岩隈久志に対して、私は辛口の評価を続けた。それは、「チームの鑑になること」を求めたからである。それだけ私の期 待が大きかったということだ。  当時の楽天は、最ド位が当たり前のチームだった。  そんな状況を大きく変えるには、チームの鑑が絶対に必要だった。  チームの鑑とは、単に、勝つ、打つというだけではなく、試合中の言動はもちろん、練習への取り組み方、人格面などすべてにおいて、他の選手の手本とな らなければならない。  それだけに、チームの中心選手には囗うるさくなってしまうのだ。  なぜ、チームの鑑がいると、チームが強くなるのか。  監督やコーチだけですべての選手への目配りができるわけではない。チームの鑑がいれば、指導者がすべての面に口出しをしなくても、選手間の緊張感は保 たれる。  逆に中心選手が結果さえ出せばよいという態度だと、その考えがチーム全体に広がり、士気がゆるんでいく。  自分が大きな結果を出すほど、リーダーは自身を律さなければならない。  大きな成果を出した部ドに対して、リーダーは厳しく接しなければならない。  すべてはチームのためを思えばこそである。 48 「優越感の植え付け」から自信の芽が出る  人を育てるのに欠かせない要素には、「自信」もあげられる。  選手に自信をつけさせることができれば、リーダーの仕事の大半は終わったといってよいだろう。  人は自信があるか、ないかだけで、別人のようになるものだ。  たとえば、私が社会人チーム「シダックス」の監督をしていた時、Aという期待のピッチャーがいた。私自身、彼はプロで十分通用すると思っていたし、本 人もそう感じていただろう。  しかし、ドラフト上位で指名され、プロの選手になったが活躍できていない。これはたった一つ、彼が自信を失ってしまったことが原因だと私は見ている。  同じシダックスの教え子でも、武田勝や森福允彦などは、プロとして通用するだろうか、と半信半疑だったが、ある時点で自信をつけたことで、信じられな い飛躍を遂げた。  チーム単位で見た時も、「自信」は大切である。  チーム全体が自信を持てば、士気が高まる。それによりチームとしての勢いが生まれる。  しかし、個人に対しても、チームに対しても、この「自信をつけさせる」というのは容易ではない。  「お前は周囲よりもレベルの高い練習をしている」  「俺たちのチームは他のチームよりも優れた野球をやっている」  こういった優越感の植え付けが、自信をつけさせるための正攻法のアプローチになるが、長期的かつ継続的に言い続けないと自信の芽は出てこない。  また、時には、叱ることで、自信の芽が出てくることもある。  いずれにしても、「自信をつけさせることが仕事」という意識を指導の真ん中においておけば、どんなアプローチにせよ、効果は徐々に出てくるものだ。  「人を育てる」とは、「自信を育てる」ことである。 49 「人間教育」を中心に部下の指導を組み立てる  「できるだけ若手のうちに、その人の可能性を伸ばさなければならない」  リーダーは、これを念頭において、チームの将来を担う者を育てていかなければならない。  私の持論に、「3年でタイトルを獲れない選手は、幸運がない限り、獲れない」というものがある。  すべての選手がこれにあてはまるわけではないが、超一流といわれる選手のほとんどが、一軍に定着してから3年以内に何らかのタイトルを獲っている。こ れはバッターにもピッチャーにも共通する法則だ。  このことが意味しているのは、何事もはじめが肝心ということである。  1年日、2年日のうちに、正しい思考法を身につけさせることで、その選手の可能性は大きく広がる。  だからといって、ちょっとアドバイスをしたくらいで、すくすく育っていくほど指導は簡単ではない。  指導は、「人問教育」と「技術面への助言」から構成される。  人問教育と技術面への助言は、根底でつながっている。  人問教育をすることで、選手は自ら学ぶ意欲を高め、他者の視点からものごとを考えられるようになる。これにより、技術面へのアドバイスをした時に、自 分自身で多くの「気づき」が得られるようになる。  もし、あなたの部ドが、いくら指導をしても成長しないのだとしたら、人問教育が足りないのだ。  技術面への助言と並行して人間教育に力を入れるか、技術指導の前にまずは人問教育を進めるべきだろう。  「人間的成長なくして、技術的進歩なし」である。  言うまでもないことだが、リーダーは人問教育をするのだから、自らを律し、正義感で貫かれていなければならない。 50 「適材適所型」のチームが勝利をおさめる  チームカは、個々の力の総合力から生まれるのではない。  個々の力に、「適材適所」という要素が加わることで、チームカが生まれるのである。このことを如実に示すのが、ホームランバッターを揃えたチームが、 必ずしも勝つチームとは限らないという事実である。  全部で9つある打順に、選手を適材適所に配置したチームが、もっとも力を発揮するのだ。一つひとつの打順に条件がある。野球が筋書きのないドラマとい われる所以である。  一見すると、ホームランバッター揃いのチームは、手強いように見える。しかし、一人ひとりを見れば、弱点は必ずある。  これが、適材適所型のチームになるとそうはいかない。同じように、一人ひとりに弱点はあるが、打順全体がつながっているので、ランナーを一人出すと、 足でかき回す、つなぎのバッティングで進塁させてくるなど、とてもやっかいになってくる。  加えて、このようなチームは、次につなぐ意識が強いので、自分が犠牲になっても、ランナーや次のバッターを活かそうとしてくる。  ホームランバッター型のチームは、長打にさえ警戒すればいいのに対して、適材適所型はどこまでいっても、気を許すことができない。  では、適材適所の配巴を誰が行うのかというと、これはリーダーしかできない。  適切な配置をするには、①個々の適性を見極め、②チームの目的意識を共有させ、③一人ひとりに自分の役割を理解させる、この3つがポイントになってく る。  このうち一つが欠けても、適材適所型のチームはつくれない。  「③一人ひとりに自分の役割を理解させる」においては、新たな場を与えようとしても変わることを恐れる者が出てくる。とくにそこそこの結果が出ている 人問ほど、変わることを拒みやすい。この意識を変えるには、「変わることで可能性が広がること」を説いていくしかない。 51 広い視点、長期的な視点で部下の指導にあたれ  この章では、強いチームづくりについて、さまざまな観点からお話してきた。  最終的に、強いチームづくりの原動力となるのは、個々のメンバーである。  そして、個々のメンバーの可能性を引き出し、成長を高めるためには、「心の部分からのアプローチ」が大切になる。  心が変われば態度が変わる。  態度が変われば行動が変わる。  行動が変われば習慣が変わる。  習慣が変われば人格が変わる。  人格が変われば運命が変わる。  運命が変われば人生が変わる。  これはヒンズー教の教えで、私が人生で感銘を受けた言葉の一つである。  指導者は、目に見える行動の部分にばかり目がいってしまうが、それでは意味がないのだ。  行動を変えるには、まず心を変えなくてはならない。  逆にいえば、心を変えれば、行動は自然に変わっていくものなのだ。  私がこの章で、「リーダーの役割は考え方を注入すること」、「目的意識を持たせる大切さ」「自信をもたせれば人は変わる」などと述べてきたのは、心を 変えるための具体的な方策といえる。  そして、行動の変化は、「人格の変化」、「運命の変化」、「人生の変化」につながっていくことをリーダーは忘れてはいけない。  指導とは、広い視点をもってあたるべきことなのだ。日先のことに日を奪われていては、それは指導とは呼べない。 52 「フォアーザーチーム」の本当の意味とは  チームや組織を機能させるための精神として、「フォアーザーチーム」という言葉が用いられる。スポーツでは、ラグビーや野球などの団体競技でよく用い られ、その延長で企業経営でも使われたりする。  「フォアーザーチーム」を直訳すれば、「チームのために」となる。もう少し丁寧にいえば、「すべてはチームのために」となるだろうか。  プロ野球選手のインタビューで、「チームの勝利のために貢献したいと思います」といった台詞をよく耳にする。一見、「フォアーザーチーム」の枯神を理 解しているように見えるが、私が監督をした経験からいえば、「チームのために」の本質を理解している選手はほとんどいない。  彼らは、「自分の成績をあげることが、チームの勝利につながる」という意味で、「チームのために」という言葉を使っている。  しかし、本来の「フォアーザーチーム」の精神は、「チームのために自分はどう役立てばいいのか」を追及することである。そこに「自分の成績をあげる」 という欲はない。  ビジネスに置き換えれば、個人の売上に固執することなく、チームの売上、会社の売上を考えて行動するということになる。そして、そこには、自分が犠牲 になってもいいという気持ちがある。  個人の成績が悪かったら、プロ野球選手でも、ビジネスマンでも首になってしまうではないか、という意見もあると思うが、現実は逆なのだ。  個人の成績という欲にこだわっている者は、大きな成果を出すことはできない。  個人の成績という欲から離れた者が、大きな成果を出すのである。  チームのリーダーは、率先して「フォアーザーチーム」に徹しなければならない。それが実行された時、優れたりIダーという評価を周囲から受けられるよ うになるのだ。 5章・6章にあたって  プロ野球選手だからといって、  野球のことだけ考えていればいいというのではない。  このことが私の考えの根本にいつもある。  将来のことを考え、今から準備すること。  自分自身の人間性を磨くこと。  他者との関係をよりよく努力をすること。  こういった視点が抜け落ちると、人生は必ずどこかで行き詰まる。これは、ビジネスマンもまったく同じことがいえると思う。  「自分引く野球、イコールゼロ(ビジネスマンでいえば、『自分引く仕事、イコールゼロ』になるだろうか)」ではダメなのだ。  「野球バカ」や「仕事人問」には、よい仕事をすることはできない。  仕事とはいったい何かを知らない人問に、優れた仕事をすることはできない。  大切なことは、私たちは、仕事をするために生まれたてきたのではなく、「人生を充実させるため」、「他のため人のため」に生まれてきたということだ。  ここでは、私なりの人生論、幸福論をまとめた。  仕事と人生は切り離せないものである。  もっといえば、仕事とは、人生そのものである。  ここで私がお話することが、収入を得るためだけにある仕事、毎日こなすだけの仕事から、あなたが抜け出すきっかけになれば幸いである。 5章 仕事の本質を考える 53 「自分マイナス仕事、イコールゼロ」では、よい仕事はできない  仕事とはいったい何だろう。  狭い意味でいえば、提供した価値や労力の対価として給料や報酬をもらうことが仕事になるだろう。  だが、私は、長い人生経験から、それが仕事の本質ではないという考えに至った。広い意味でいえば、「人生そのものが仕事」なのではないか。  必ずしも、金銭を得ることは前提にはならない。たとえ無報酬でも、やりがいを感じていたり、他者の役に立っているのであればそれは仕事といえる。  もっといえば、仕事とは「人生の目標」や「人生の意味」である。  私は監督時代、選手に対して「人は何のために生まれてくると思う?」という質問をよくした。  ほとんどの選手が、「考えたこともありません」と答える。  自分がどんな風に人生をおくりたいかなど、考えたこともない。  だが、プロ野球選手として成績をあげることがすべてなら、引退をした時、その人は人生を見失ってしまう。結果的に、充実した人生をおくることはできな い。  だから、「自分マイナス野球、イコールゼロ」ではダメなのだ。ビジネスマンでいえば、「自分マイナス仕事、イコールゼロ」ではダメなのだ。  自分の人生の目標が確立していないということは、価値観や哲学が明確でないということである。  価値観や哲学がない人問に、よい仕事ができるわけがない。  なぜなら、価値観や哲学があるからこそ、プロフェッショナルの仕事ができるからである。  さきほどあげた「人は何のために生まれてくると思う?」という問いの答えを見つけることは、容易ではないが、これを見つけることで、現在の仕事が充実 し、さらに人生そのものが充実していくのである。 54 仕事と人生は切り離せないもの  私は前項で、「自分マイナス野球、イコールゼロ」ではダメだ、とお話した。  一方で、「野村マイナス野球、イコールゼロ」だと思う時もある。  私は、たしかに現役時代から、「自分マイナス野球、イコールゼロ」にならないよう、さまざまな準備をしてきたが、結果的には、ずっと野球というものと 関わり続けてきた。社会が私を必要としてくれるのは、私が野球の経験や知識を持っているからである。  その私から野球をとったら、何も残らない。  誰からも必要とされない。  このことを自嘲気味にいう時に、「野村マイナス野球、イコールゼロ」と言うのである。  「仕事と人生は切り離して考えることができない」これが私の持論だ。  私の場合、「野球と人生は切り離して考えることができない」となるだろう。  もともとのプロ野球選手になりたいという動機は、「金持ちになりたい」という気持ちからだった。だが、厳しい世界に身をおくうちに、野球は収入を得る 手段以上のものとなった。  もし、私が「金持ちになりたい」という気持ちだけで、選手生活をおくっていたら、一軍選手に定着した段階で目標を見失っていただろう。  探求心があったから、長年、プロ野球選手として活躍でき、その後も評論家や監督として野球にかかわることができた。  選手時代の私を客観的に見て、才能にあふれていたとはとても思えないが、探求心だけは人一倍だったと自負する。  そして、探求心によって、野球の奥深さを知り、野球を通して人間や社会の本質を学ぶことで、人間として成長できた。  このような、「何かひとつの道」を見つけることは、人生を有意義におくるために欠かせない要素のように感じる。 55 人生から逃げた時、人は敗者になる 現在の私のことしか知らない、若い世代の方からすると、ヤクルト、阪神、楽天などのプロ野球チームの監督をつとめ、メディアにも多く露出している野村克 也は、仕事に恵まれた人問に見えることだろう。  だが、実際には、プロ野球選手になった後も、窮地に立たされた。決して、順風満帆な歩みではなかった。  私は南海ホークスで三冠王をとり、その後、選手と監督の二足のわらじを履くプレーイングーマネージャーまでつとめさせてもらったが、この球団を追われ ることになった。これは、成績とはまったく関係なく、現在の妻、沙知代との交際がスキャンダル扱いされたことが原因だった。詳細は、他の本でも書いてい るので省くが、この時は、球団だけでなく、メディアからも距離を置かれた。  通常であれば、口本シリーズに南海が出ない場合、テレビをはじめとする多くのメディアから解説を依頼されていたが、南海を解雇された途端、一切声がか からなくなった。唯二声をかけてくれたのは、サンケイスポーツのみ。サンスポとはそれ以来、ずっと縁が続いている。  この時、私の年齢はすでにお一歳になっていた。これを機に退団するのが普通の考え方だろう。  しかし、「なにくそ!」という気持ちがあり、他球団に移籍して現役を続行することを決めた。ロッテ、西武で現役を続けて45歳で引退。この2球団では、 年齢の影響もあり、南海時代のように成績を残すことはできなかったが、南海以外の球団を見たことは、その後の監督人生に大きなプラスになった。  ただ、それは、今振り返ってわかることであり、当時は、毎日悔しい気持ちでいっぱいだった。  きっと、あなたの人生にも、多くの試練や苦難があるだろう。それを乗り越えた経験は、お金では買えない、人生の財産となる。試練を歓迎するくらいの気 持ちで向き合えば、人生はひらけるものだ。人生から逃げた時、人は敗者となるのだ。 56 世間の評価では、仕事の価値ははかれない  私はプロ野球の監督としては、南海、ヤクルト、阪神、楽天の4球団を経験している。プロ野球以外では、社会人野球「シダックス」や、シニアーリトルリ ーグ「港束ムース」の監督をつとめたこともある。  プロ野球の監督に比べれば、社会人野球や少年野球の監督はドのように思われるかもしれない。  だが、社会人野球や少年野球でも、人を育てる難しさは変わらないし、学ぶことはたくさんある。  社会人野球から教わったのは、「人生の価値は、お金だけではない」ということだった。社会人野球の場合、チームが勝利しようと、個人成績がLがろう と、給料は変わらない。驚くことに、補欠選手でも、エースや四番でも、給料は変わらない。  それでも、彼らはチームの勝利を日指し、懸命に技術の向上に励んでいた。それを見て、私は野球の素晴らしさを再認識した。  少年野球から教わったのは、「野球指導の基本」である。  少年たちを指導する時は、よりわかりやすい言葉で説明する必要がある。また、一人ひとりの素質を見抜き、それに合わせて丁寧な指導をしていかなければ ならない。これを成し遂げるために日々、試行錯誤することで、私の監督としての地力がついた。これにより私は、「信は万物の基を成す」ということを身を もって教えられた。  この時の経験が、その後、ヤクルトの監督に就任してから生きた。  きっと、あなたが仕事をするステージや内容もその時々で変わることがあるだろう。大切なのは、世間の目から見た「上下」の評価に惑わされないことだ。 向上しよう、学ぼうという意欲さえあれば、どんな場からも得られることはたくさんある。  また、多額の報酬を得られることが、あなたの仕事の価値ではない。  たとえ報酬ゼロでも価値ある仕事をしている人は世の中にたくさんいる。 【釧 「人を残すこと」を目指すのが仕事の上級者 財を残すはド、 仕事を残すは中、 人を残すを上とする。  これは、私が大好きな言葉の一つである。  もとになっているのは、中国の古いことわざという説や、明治時代に南満州鉄道の初代総裁に就任した後藤新平の言葉という説がある。  私は、この言葉の最後にくる「人を残す」を日標にして人生をおくってきた。  といっても、はじめから、そうだったわけではない。  プロ野球の一軍に定着して大金を稼ぎたいと考えていた20代前半は、「財を残すこと」が目標だった。20代半ばから40代にかけては、チームを優勝に導くた めに奮闘、「仕事を残すこと」に全力を注いだ。「人を残す」が人生の最大の日標になったのは、ヤクルトスワローズの監督に就任した54歳以降のことだ。  ヤクルト、阪神、楽天で指導してきた選于たちの多くが、現役を引退し、その中には野球指導者になっている者もいる。ある時、テレビを観ていると、ヤク ルト時代に指導した加藤博人が取材を受けているシーンに出合った。彼は、現役時代、中継ぎピッチャーとして活躍し、現在はヤクルトの二軍投手コーチをつ とめている。  加藤は、カメラの前で、ぼろぼろのノートを何冊も取り出した。そこには、私がミーティングで話した「読書は博学なる人をつくり、会話は機敏なる人をつ くり、筆記は確実なる人をつくる」「人生とは『人間の求める幸福への努力』である」といったことが緇かい字でびっしりとメモされていた。  そのノートを彼は、選手の指導に役立てているという。  このようなシーンに出くわす度、私がやってきたことは問違っていなかったな、少しは人を残すことに貢献できたかなと思う。 58 「陰で支える役割」に誇りを持て  多くの人が、スポットライトを浴びたいと思う。  周囲から努力や結果を賞賛されたい。認められたい。このような気持ちがどこかにある。  だが、これにこだわれば、仕事やチームは成立しない。  主役になれるのはごくわずかの人間なのだ。  そこから、こぼれ落ちたから、自分の価値がないと考えるのであれば、ほとんどの人間に価値がないことになってしまう。  どんな会社も陰で主役を支える人がいるから機能する。  電話をとる、掃除をする、資料の用意をする、脇役がこういった見えない仕事をしっかりするから組織は機能するのであり、主役となる人が成果を出せるの である。  しかし、人間はそう簡単なものではない。頭でこのことを理解していても、自分が支えている人に光があたっている様を目にすると、自分のやっていること がばからしい気持ちになってくる。  私自身にもそんな体験がある。  現役時代、ピッチャーがヒーローインタビューを受けていて、「イメージ通りの投球ができました」というようなコメントが出てくれば、「ぜんぶ俺の配球 やないか」と心の中で呟かずにはいられなかった。キャッチャーというポジションは、ピッチャーという光があたる存在を支える役目だけに、そんな気持ちに なることが多かった。  だからといって、陰で支えることを放棄すれば、チームは機能しなくなる。  陰で支える役目がある。それによって、光をあびる人が出てくる。  世の中はそれで成り立っている。たとえ、主役となる人が感謝の言葉をかけてくれなくても、陰で支える仕事の価値は変わらない。 59 いつどうなっても困らないように今から準備をせよ  「なぜ、長い問、野球の第一線にいることができるのですか?」  時折、このような質問を若い方からされることがある。  たしかに、20代前半のプロ野球選手からはじまり、野球評論家、プロ野球の監督、社会人野球の監督とその内容は変わっているが、50年以上、野球に関わっ た仕事をし続けている。  振り返ってみると、プロ野球選手になってから今まで、一度も仕事に困ったことはない。これは、大との縁も大きかったと思うが、理由を一つあげるとすれ ば、「現役時代から、引退後のことを考えてきたこと」だろうか。  多くのプロ野球選手が、引退してはじめて、次の行き先を考えはじめる。  それでは遅いのだ。20代前半は、無我夢中で野球に取り組んでもいいかもしれないが、それ以降は、いつ引退しても次の日標に向かってスタートが切れるよ う、将来どうあるべきかを考え、日々勉強して準備をしなければならない。  たとえば、将来、野球評論家を日指すのであれば、白分なりに野球理論を説明できるよう整理しておく必要がある。  指導者を日指すのであれば、成績を上げるだけでなく、後輩に積極的にアドバイスしたり、監督やコーチの立場からものごとを見る努力も必要だ  ビジネスマンは野球選手のように、若くして引退するものではない。  ケガをしたからといって、すぐに収入が絶たれる心配もない。  逆にいえば、だからこそ、将来に対する備えが希薄になりやすいともいえる。  だが、社会がこれだけ厳しい環境になってくれば、いつどうなるかは誰にもわからない。  その時になって後悔しても遅いのだ。  たとえ、会社が倒産したとしても、仕事に困らないよう、現時点から考えられるあらゆる準備をすべきである。 60 世の中には「目利き」が必ずいる 私がヤクルトスワローズの監督に就任したのは、現役を引退してから9年後のことである。  引退後、私は、野球評論家として活動していた。  引退直後ならまだしも、ここまで問があいてから、プロ野球チームの監督に要請されるなど想像もしていなかった。  しかも私は、現役時代、ヤクルトに籍をおいたことはない。それどころか、セリーグでプレイしたことさえないのだ。  それだけに声をかけられた驚きは大きかった。  そんな私に対して、当時のヤクルトの球団社長、相馬和夫さんは、「新聞やテレビなどを通して野村さんの解説をずっと拝見していました。この大ならチー ムを変えてくれると確信しました」というようなことをおっしやった。  新聞紙上での評論は、紙面ではそれほど大きな扱いではない。  その記事に目を止め、しっかり読んでくれていた人がいたことに、私は大きな喜びを感じた。  もちろん、評論している私からすれば、この記事が監督要請につながるなど、想像したこともない。自分の知識や経験をフル活用して、毎回、全身全霊で評 論していただけのことである。  現役時代、師と仰ぐ評論家の草柳大蔵さんに、陰となることの多いキャッチャーという役割についてグチをこぼしたことがある。草柳さんは、「よい仕事を していれば必ず見てくれている大がいる。世の中には目利きがたくさんいる」と励ましてくれた。  この草柳さんの言葉を、ヤクルトの監督要請の時ほど実感したことはない。  この私のエピソードをもとにすれば、「よい仕事をしていれば必ず見てくれている大がいる。ただし、それがわかるには時間がかかる」となるだろうか。 61 遊びと仕事をつなげられる「遊び上手」になれ  向上心を持つことは大事だが、真面目一筋にならないこと。  これは、よい仕事をするために、必要な要素だと思う。  もっといえば、不真面日くらいがちょうどいいのである。  ここでいう不真面目とは、悪いことをしたり、責任を川避することではなく、適度に手抜きをせよ、ということである。  プロ野球選手でも、エース級のピッチャーは、いつも全力投球をしているわけではない。適度に力を抜く場面と、全身全霊をかけて抑え込む場面のメリ(リ をつけているから、フンーズンを投げ抜くことができる。  人生は長い。真面日だけでは、疲れてしまう。  また、真面目一筋の人には、打たれ弱いという弱点もある。何かがうまくいかないと、考え込んでさらに深みにはまってしまう。  どこかに不真面目さをもっていなければ、大きなトラブルや逆境にあった時に、心が折れてしまう。  最近は、真面日な選手が多くなったが、私の時代までさかのぼると、一流といわれる選手の多くは、不真面日さを持っていた。  ストイックなイメージのある選手でも、遊ぶ時はよく遊ぶタイプが多く、銀座の高級クラブなどで、たまに鉢合わせしたものだ。  遊びにも、ド手と上手がある。  遊びド手は、度を超して遊ぶことで、仕事に悪影響を及ぼすタイプだ。  遊び上手は、遊びと仕事が有効に連動しているタイプである。  遊んでいる時も、何か仕事に役立てられることはないかなと探している、真のプロフェッショナルであれば、それくらいの気概は持ってほしい。  私の場合は、高級クラブに行った時に、ホステスから他チームの選手の情報を仕入れていた。この情報をもとに試合の時、バッターに対して、つぶやく「さ さやき戦術」で相手の集中力を乱したものだ。 62 高い理想を掲げて、おおいに「ぼやけ」  「野村克也といえば?」と質問されたら、多くの方々が「ぼやき」と答えるのではないだろうか。  それほど、「ぼやきのノムさん」というのは、一般に定着した。  ぼやきというのは、ネガティブなものとして捉えられることが多い。  これは、「ぼやき=グチ」と思われているからだろう。でも、ぼやきとグチはまったく違う。  グチは、「不満」を表現するものである  ぼやきは、「理想と現実の差」を表現するものである。  たとえば、試合中、キャッチャーが球を受けていて、外角低めのサインを出す。たいていの場合、球はサイン通りにこないものである。そんな時、私は「ど こに投げとるんや。ここって言ってるやないか」とぼやく。  サインを出したところが理想。実際にピッチャーが投げた球が現実。ぼやきによって、その差がこれくらいあると示すわけだ。  理想があるからぼやきが出てくる。  そして、理想が高ければ高いほど、ぼやきの頻度が高くなる。  私は現役時代、キャッチャーをしていて、すべての試合で勝つことはもちろん、毎回、完全試合を日指してサインを組み立てていた。  実際には、私はプロ野球生活、実働26年間で、通算3000試合以上に出場したが、ピッチャーを完全試合に導いたことは一度もない。それくらい完全試合 というのは難しいものだ。  それでも、毎回、完全試合を目指して戦う。高い理想を掲げて、あくなき挑戦をする。これこそが仕事の醍醐味である。 63 心を磨けば、風格は自然に身につく  風格は、「風格をつけよう」と思って備わるものではない。  また、生まれつき風格を持っている大もいない。  責任感あるポジションにつき、そこで日々、自分を磨くことで、自然に備わってくるものである。  これがあることで、周囲の人々の気持ちを捉えて動かすことができる。同じことを話しても、風格がある大が語るのと、ない大が語るのでは、その説得力は まったく変わってくる。  風格は、威圧とは違う。  威圧感がなくても、その人の言うことを周囲の人々が自然に聞いてしまう雰囲気が風格である。  野球界はもとより、世の中から、風格をもっている大が少なくなっているように感じる。  プロ野球の監督、政治家、ビジネス界、どの分野を見ても、m囗は風格を備えている大がたくさんいた。  それが今では、風格のある人物と出会うことは稀である。  風格とは、容姿や態度に自然に現れる品格である。  では、風格がどこから生まれるのかといえば、その人の内面からである。風格がある大が少なくなっているということは、日本人全般の精神が幼くなってい る証拠ともいえる。今の日本では、「若い」ということが褒め言葉になっているが、精神年齢が「幼い」から「若い」ともいえる。  若いと言われてはしやいでいるようでは、いつまでたっても、人の心を掴む存在にはなれないだろう。  重視すべきは、見た日の若さを保つ努力よりも、心を磨いて風格を備える努力なのだ。 64 見えない形でチャンスはやってくる  目の前にあるものを理不尽なことと考えるか、それともチャンスと捉えるかで人生は大きく変わる。  たとえば、ピッチャーには、「敗戦処理」という役割がある。  これは、敗戦が濃厚な試合で登板することをいう。  本来、どんなに点差が開いても、勝利を目指すべきだが、誰がどう考えてもひっくり返すことは難しいという局而はある。  普通に考えれば、これは損な役回りだ。  白分がすべての打者を抑えたとしても、チームが勝つわけではない。勝利やセーブがつくわけでもない。中には、敗戦処理をさせるなら、はじめから先発さ せてくれよ、と考えるピッチャーもいるのではないだろうか。  敗戦処理のピッチャーが、くさった気持ちでマウンドに立ち、さらに点差がひらいてどうしようもない試合になるといったこともよくある。  逆に、敗戦処理にもかかわらず、渾身の力を込めたピッチングで後続をシャットアウトすることでチームの状態が上向き、大逆転となるケースが稀にある。  たとえ逆転できなかったとしても、敗戦処理のピッチャーがしっかり抑えることで、次の試合につながる雰囲気をつくることができる。  敗戦処理であっても、監督やコーチ、チームのメンバーは、どのようなピッチングをしているかを見ている。  そこで、責任を果たせば、その人の評価は高まるだろう。  監督やコーチからすれば、あのピッチャーは大事な試合でも使えるなということになる。チームのメンバーからすると、あいつのために絶対点をとってやら なければならない、しっかり守らないといけないという気持ちになる。  人生にもこのような局面は、たくさんある。  チャンスは、チャンスに見えない形であなたの前に現れる。どんなことに対しても、自分の責任をまっとうすることでチャンスを掴むことができるのだ。 65 経験によって人は形づくられるもの  優れた仕事をするには、考え方や努力と同じくらい、さまざまな経験をつむのも大切である。  私は南海ホークスに入団後、テスト生のブルペンキャッチャーからスタートし、数年間、二軍で下積み時代を過ごした。だから、二軍の選手や裏方の方々の 気持ちがよくわかる。  一軍に定着し、ホームラン王や三冠王を獲得するようになると、チームの中軸をつとめるようになった。この経験があるから、エースや4番バッターのプラ イドがよくわかる。  その後、南海を解雇されて、45歳まで現役を続けた。だから、チームを放出された選手、ベテラン選手の悔しさがよくわかる。  野村克也の一番の強みは、  「あらゆるレベルの選手の気持ちがよくわかること」である。  一番下のレベルからはじまり、一番上のレベルに達し、周囲が何と言おうとも現役にしがみついた経験があるから、選手の気持ちをいちいち聞かなくても、 今、どんなことを考えているのかだいたい想像がつく。  これが、監督になった時に役立った。私が甲子園のスター選手からプロ野球選手となり、いきなり一軍に定着して、30代で引退していたら、たとえ、監督に なっても、ここまで長く必要とされることはなかったと思う。  私の代名詞になった「ID野球」、「野村再生工場」、「ぼやきのノムさん」といった言葉が生まれることもなかっただろう。  経験がその人を形づくる。経験に対して、前向きに努力を重ねた時、それがあなたの人生の財産となるのである。 6章 充実した人生をおくるための心得 66 孤独の次に「新たな出会い」がやってくる  この本の読者の多くがビジネスマンだろう。  ビジネスマンということは、会社に属している立場のはずだ。  だが、どんな人も、いずれ会社を去る時が必ずくる。課長でも部長でも、社長ですら、会社にいられなくなる時がやってくる。たとえ、まだあなたが若いと しても、理不尽な理由で解雇に追い込まれることだってある。  私の場合、現役選手の引退が「プロ野球界」という組織から去る瞬間だった。南海を解雇された後、ロッテでIシーズン、西武で2シーズンを過ごした。実 働26年間の選手生活だった。  その後、監督として再び、プロ野球の世界で生きることになったが、当時は、そんなチャンスが巡ってくるとは考えてもいない。  私が引退を切り出すと、球団からは「長い問ご苦労さまでした」とさらりとした答えが返ってきた。  長年、籍をおいた南海で、もっと若い時に引退していれば、ねぎらいの言葉があっただろう。しかし、ボロボロになるまで現役を貫いた自分に対して、社交 辞令でも引き留めてくれる人はいなかった。  内心では、「まだ現役でやれるのではないか」という思いもどこかにあっただけに、あからさまに必要とされていないことがわかると、寂しい気持ちになっ た。  しかし、よくいわれるように、この別れは、次の出会いのはじまりだった。現役を引退すると、プロ野球界以外の方々と会う機会も多くなった。  それにより、野球解説者、本の著者、講演者など、たくさんの仕事をいただくようになった。  組織から離れた時、人は孤独になるが、そこで立ち止まっていては、何もはじまらない。次の場でも、自分らしい人生がおくれるよう、前向きに孤独をとら える姿勢も大切なのだ。  仕事に全力投球し、いい仕事をしていれば、必ず見ている人はいるものだ。 67 人生に引退や定年はない  「生涯一捕手」  これは、私が現役時代の晩年、ロッテに入団した頃から囗にしはじめた言葉である。  引退後、私はキャッチャーというポジションから退いたが、監督時代、自然にキャッチャーの日線になった。また、テレビで野球の解説をしている時も無意 識のうちにキャッチャーの意識が働いてしまう。野球以外のことでもキャッチャーの思考をもとに考えたりする。  そういう意味で、私の人生は、「生涯一捕手」というこの言葉に集約されていると思う。  私は、引退してユニフォームを脱いだ時、「背番号はなくなるが、職場がグラウンドからネット裏に変わっただけだ。人間としての現役を退くわけではな い」と思った。  人生には、いくつもの区切りがある。  何らかの事情で、会社を退社する人もいれば、定年をまっとうする人もいるだろう。  だが、そこであなたの今までの経験がなくなるわけではないのだ。技術的な経験なら他の分野で生かせる。人生経験であれば、必ずしも職業でなくても社会 貢献に役立てられるだろう。  人生には、引退や定年はない。  あなたがこれまでに偵んできた経験は価値があるものだ。  それを活かすことができるか、できないかは、白分次第である。  肩書きがなくなったり、部ドがいなくなってもめげることはない。  これまでの経験を生かして人生を切り拓く、それによってまた新たな経験を得て、人生を充実させていってほしい。 68 人間性を磨き続けた人が、長く活躍できる人  人間性を磨くことが、よい仕事につながる。人問性を磨くことが、人生の充実につながる。このことをいろいろな場で伝えてきたが、これを「単なる精神 論」として受け止める大も多い。  しかし、これは精神論ではなく、まぎれもない事実なのだ。  たしかに、人間性に問題があるとしか思えない者が、成功をおさめていることもある。だが、そのような人物は一時的な成功に終わり、人生全体を見た時、 不幸に終わることが多い。  野球選手でいえば、現役時代スター選手で、引退直後はひく手あまただが、次第に仕事がなくなる者もたくさんいる。  これに対して、現役引退後、指導者として長く活躍している人のほとんどは、人間的に魅力のある方々ばかりである。人間性が他者との縁をつくり、信頼に つながっていくのだ。  人問性を磨くことが大事だ、と考えた野球監督は私だけではない。  代表的なのは、王貞治や長嶋茂雄のいる巨人軍を率いて、9連覇を達成した川上哲治さんである。川上さんは、細かい指導はコーチ陣に任せ、本人は人間教 育に力を入れたことで知られる。  この人問教育が、巨人軍の9連覇達成の原動力となったと私は見ている。  川上さんが人問教育に力を入れたモチベーションになったのは、選手が引退して社会に出た時、困らないようにするためだったようだ。  そのため指導は、人問教育、社会教育をはじめ、生活面、礼儀作法の緇かい部分にも及んだ。王、長嶋も特別扱いされず厳しい指導を受けた。  新聞の広告欄などを見ると、こうすれば儲かる、すぐに結果が出せるといった冠をつけた本をたくさん見かけるが、人生とはそんなに単純なものではない。  人問性を磨くことが、大きな成果、大きな充実を得るための一番の近道なのだ。 69 自分のしていることが遠くの誰かに届くこともある  先日、ホテルで食事をしていると、見知らぬ女性から突然、声をかけられた。その女性は、「突然巾し訳ございません。ソフトバンクホークスの細川の妻で す。いつもテレビで主人を褒めていただき、本当にありがとうございます」と深々とお辞儀をした。  たしかに、私は解説の時、ホークスの捕手、細川亨を褒めたことがある。ただ、それは彼に実力があるからであって、礼を言われることでもない。  さらに細川選手の奥さんは、「本当に申し訳ございません。この携帯電話は今、主人とつながっています。本人がどうしてもお礼を言いたいと言っておりま す」と言う。  ここまで夫婦に揃って礼を言われ、私の方が恐縮してしまった。  面識のなかった私に対して、細川選手の奥さんは声をかけるのに勇気が必要だったろう。私は愛想のある人間ではない。むげにされることだって考えたので はないか。それでも勇気を出して声をかけてくれた。  人は自分でも思っていなかったところで感謝されていることがある。私自身はとりたてて熱心に指導した記憶のない選手が、引退後、私に対する感謝の言葉 を囗にしてくれることもある。  而と向かって言われることはないが、テレビなどを通してそんなシーンに出会うことがある。  そんな時、私は、自分のしてきたことが、少しではあるけれど役に立っているのだな、という気持ちになる。  それと同時に、人との縁というのは不思議なものだなとも思う。  自分の方は意識してなくても、先方がこちらのことを覚えていてくれたり、感謝してくれていたりする。  このような縁の一つひとつを大切にすることも人生の充実につながっていくのだろう。 70 年齢は限界を決める指標にはならない  取材を受けていると、よく年齢のことを聞かれる。  私が年齢を答えると、「その年齢で、これだけ活躍されているなんて素晴らしいですね」といったコメントがかえってくるが、私と同世代でアクティブに活 動している大はいくらでもいる。  逆に、20代、30代でも、日々流されて、惰性で暮らしている者もたくさんいる。これは世界共通のことなのか、日本特有の文化なのかはわからないが、年齢 を判断基準にするのは、あまりよいことではないように思う。  「何歳だからこれはできない」  このような発想は、その人の人生の可能性を狭めることになる。私が年齢のことにこだわるのは、自分がそれによって悔しい思いをしてきたからかもしれな い。  私は、45歳まで現役を続行したが、打てなくなると、すぐに「年だから打てない」「そろそろ引退だろう」と周囲にささやかれた。  年齢を重ねるごとにたしかに衰えてくる面はある。しかし、若手をL回る面もあった。だから、私は現役を続けた。引退をする時でさえ、「まだまだ現役で やれる」という気持ちがあった。  また、楽天イーグルスの監督時代は、チームを初のAクラスに導いたが、結果とは関係なく、年齢を理由に再契約されなかった。  楽天の監督を辞める時、私には、もうあと一息でチームがワンランク上の集団になる手応えがあっただけに、年齢という自分ではどうしようもない理由で再 契約されないことを悔しく思った。  相手を見る時、何らかの判断基準は必要だろうが、年齢や学歴といった表面的なものでなく、その大物の資質や人問性を見る目が必要だ。この目を持たない と、誤った選択や判断をすることになる。楽天は、私が辞めた翌年、最ド位に沈んでしまった。 ’H 相手の心を察すると「本質」が見えてくる  表面を見ているだけでは、ものごとの本質は見えない。世の中をみる時には、「見る」と「観る」両方の視点が必要である。  「見る」というのは、日の前にあることを捉えることである。  「観る」というのは、相手の心の動きを察することである。  たとえば、あなたの前に上司がいて、とても機嫌が悪い。これは「見る」である。では、なぜ上司の機嫌が悪いのだろうと、相手の心を察すると、「観る」 になる。「見る」だけでは、L司の機嫌を変えることはできないが、「観る」によって機嫌の悪い理由をつきとめれば、それを解消することで上司の機嫌を変 えることができる。  私は数多くのキャッチャーを指導してきた。徹底して指導したのは、この「ものの見方」である。  配球には、絶対に根拠が必要だ。この根拠となるのが「観る」なのだ。  漠然と試合の行方を眺めているだけでは、ただ何となくの配球になってしまう。  相手チームの監督や打者が何を考えているかを想像することで、相手の裹をかくことができる。  配球には、「表と裏」がある。  あるバッターを迎えて、前の打席でストレートを打たれていたとしよう。  ストレートを打たれたから、変化球から入ろうと考えるのが、「表の配球」である。相手は変化球と読んでくるだろう。だからあえて、ストレートから入ろ うと考えるのが「裹の配球」である。  相手や状況を「観る」ことで、このような深みのある思考が可能になるのだ。  深い思考の出発点は、「ものの見方」なのである。  キャッチャーの基本的な仕事は観察や洞察、つまり、相手の考えていることを見抜くのが一番の仕事なのだ。 72 「変わる勇気」によって人生の可能性が広がる  大事なところで「変わる勇気」を持てるか。  これが人生を大きく左右することがある。  人は、基本的に変化を恐れる。成功体験のある人ほど、変わることを恐れる。  しかし、成功体験にしがみつくことは、自分自身の可能性を狭めていることにもなる。  南海ホークスで選手兼監督をしている時にこんなことがあった。  阪神タイガースで数多くの実績をつくってきたピッチャー江夏豊が、1976年、南海にトレードでされることになった。  彼は慢性的な故障を抱えていたため、かつてのように長い登板ができなくなっていた。球数でいえば、50球も投げるのがやっとの状態だった。  そこで私は、江夏にリリーフ転向を提案した。それに対して彼が言ったのは、「リリーフなんて恥だ」という言葉だった。  今では、先発、中継ぎ、リリーフという分業システムがあたり前だが、当時の日本のプロ野球では、中継ぎやリリーフは脇役に過ぎなかった。  阪神の絶対的エースといわれていた江夏が、「リリーフをしてまで……」という気持ちになるのは無理もないことだった。  私は、「何が恥だよ。立派な仕事だよ。お前、リリーフで革命を起こしてみい」と江夏を説得した。  私が言った「革命」という言葉に江夏は「おお、革命か……」と反応し、リリーフ転向を受け入れた。  江夏はその後、セーブ王を獲得。南海から他球団に移籍後もリリーフとして複数のチームを優勝に導いた。  彼が第2の野球人生を歩めたのは、変わる勇気があったからだった。それがなければ、彼の野球人生は南海トレード後すぐに終わっていたことだろう。 73 「信」なくして人生は成立しない  「信は万物の基を成す」これも私の好きな言葉の一つである。  具体的には、信頼、信用、自信などの「信」がある。  現役時代、南海ホークスで選手兼監督をしていた頃、現在、野球解説者をしている江本孟紀がトレードされてきた。  彼は前年の1971年、26試合に登板して1腑もあげられなかった。  しかし、我慢して使い続ければ、絶対に腑てるようになると私は確信していた。  そこで、私は、南海に来たばかりの江本に対して、「どうせ腑てるようになるんだから、はじめからエース番号をつけておけ」と南海のエース番号16番を渡 した。それによって、3つの信のうち、見せかけではあるが、「信頼」を得られたように思う。  シーズンがはじまってからは、とにかく彼に自信をつけさせる言葉をかけ続けた。実際に江本自身も引退後のインタビューで「会話自体がやる気を起こさせ た」と語っている。  この積み重ねによって、江本は徐々に「自信」をつけていった。  そして、私のリードによって勝ち星を重ね、そのシーズンは、背番号と同じ16腑をあげた。これによって、私の言葉は「信用」された。  その年、南海は阪急とリーグ優勝争いを繰り広げていた。優勝すれば、私が監督に就任してはじめての優勝となる。優勝が決まるプレーオフ第5戦では、途 中まで先行していたが、9回ツーアウトの場面で、一打同点の場面を迎えた。  相手チームのバッターは、代打通算本塁打の世界記録を残した高井保弘である。そこで私が指名したリリーフピッチャーは、江本だった。彼は、重圧をはね のけて、見事に高井を三振に抑えて胴上げ投手となった。  これは一つのエピソードだが、何か大きな出来事が起こる時、その裏には必ず「信」がある。「信」なくしては、何もはじまらない。「信」は人生のもとと なるものなのだ。 74 繰り返しによって「信頼」がつくられる  前項で「信」こそが、人生の基本と話したが、大から「信頼」や「信川」を得るには、労力も時問もかかる。  信用とは、その人の言動が確かなものだと相手が感じることである。そのためには、自分が言ったことが結果に結びつき、さらに言っていることと行動が一 致しなければならない。  信頼とは、大から頼りにされることである。  これは依存とは違う。  監督であれば、「この大についていけば問違いない」と思われることである。  選手からこのように思ってもらえなければ、いくら監督が指導をしても、それを選手は素直に聞き入れない。  信頼はI朝一夕にできるものではない。  とにかく繰り返し、自分の考えや意図を丁寧にわかりやすく説いていくしかない。ビジネスマンであれば、お客様に対して、何度も「このようにすればもっ と業務が改善されますよ」と提案し続けるしかない。  一度や二度言ったくらいで相手が理解しないからといって諦めてしまうのでは、信頼を得ることはできない。  私の場合、監督の時には、勝ち負けに関係なく、試合前、試合後に必ずミーティングを行った。  そこでの話は、戦略面だけでなく、野球論、人生論にも及んだ。  野球論、人生論まで話すことで、私が日指す野球の方向性が選手たちに理解されるのである。  注意したいのは、信頼を得るには、人間性も必要ということだ。  いくら話の内容が正しくても、人問性に問題がある大は、信頼を得ることはできない。 75 苦しさを超えたところに「真の楽しさ」がある  人生は、一度きりしかない。だから、できる限り、楽しい時問をつくり、充実した日々を過ごすことが大切である。  ただ、私が考える「楽しい」というのは、みんなとわいわい騒ぐ、はめを外して遊ぶといったことではない。  自分がこれだ、と感じるものを見つけ、それに自分がもっているすべての力を注ぎ、その結果得られた充実感が「楽しい」ということではないかと考える。  その「楽しい」の対象が私の場合、野球だった。  先日、インタビューで「そんなに仕事が忙しくて、ストレスは感じないですか」という質問を受けたが、私は「野球の解説や評論をしている時は、ストレス がたまらない。私の仕事のほとんどは野球に関わるものだから、ストレスはほとんどない」と答えた。  私が今、野球の仕事が楽しいと感じられているのは、選手時代に自分独自の野球哲学や野球理論を固めるために悪戦苦闘したり、引退後、その哲学や理論を 人に伝える技術を磨いてきた結果である。  その時は、野球とはいえ、楽しいなんて感じる余裕はなく、ただひたすら「苦しい時」を過ごしていた。  この苦しい時を超えてきたからこそ、充実が生まれ、そこから楽しいという感情が生まれるのだ。  今あなたが苦しいと感じ、それが自分の志した道の途上にあるのなら、それは「楽しい」の一部なのだ。このように考えれば、大きな壁にぶつかっても、全 身全霊でそれを超えようという気持ちになれるものだ。  お祭り騒ぎの「楽しい」も楽しいかもしれないが、苦しみを超えたところにある「楽しい」は比べものにならないくらい楽しい。どちらを重視するかは人そ れぞれだが、私はやはり後者の「楽しい」をお勧めしたい。 76 思い通りにならないから人生は楽しい  人生は、思い通りにならないものだ。  思い通りにならないものを、努力や創意工夫で何とか思い通りにするのが、人生の喜びであり、価値である。  私が南海ホークスにテスト生として入団した時、プロ野球選手という夢に一歩近づいたと思った。しかし、よくよく話を聞いてみると、球団ははなからテス ト生を戦力としてみていない。練習中、ピッチャーの球を受けるブルペンキャッチャー欲しさに私のことをとったと入団後に知った。  それを知った時のショックははかりしれない。ばかばかしいから、荷物をまとめて帰ろうと思った。そんな時、頭をよぎったのは故郷を出る時の光景だ。  南海に入団する時、故郷の人々が駅に大勢集まって、私のことを見送ってくれた。あちこちにのぼりが立てられ、万歳三唱の声も響いた。  小さな町から、プロ野球選手が出るなんてはじめてのこと。私は町の英雄扱いされた。  ここまで期待されたのに、すぐに故郷へ帰ることはできない。  もし、帰っても、恥ずかしくて町を歩くことすらできない。  そこで、私は歯をくいしばって、テスト生から一軍を目指すことを決意した。当時、南海では、テスト生から一軍の選手になった者は過去においてI人もい なかった。それでも、「プロは実力の世界だ。実力さえつけば認めてもらえる」と考えた。  だが、そんな思いはあっても、監督やコーチはテスト生の私に目をとめてくれない。そこで、遠征先の宿舎に泊まった時、監督の部屋の前で夜中にバットス イングの練習をした。窓がガラリと開き、監督が顔を覗かせ、「こんな夜中に誰や。おう野村か」と言った。これだけでも注目させるには効果抜群だった。  若い世代の方は、泥臭いと感じるかもしれないが、人生を切り拓くには、かっこ惡くても、何とかするという意思と行動力が時には必要だ。 77 感謝の気持ちは「表現してこそ」意味がある  「人のためになってこそ人間、他の大があってこその自分」  これは、充実した人生をおくるのに欠かせない考え方だ。  他の人のためにどう生きるか、他の大にどれだけ感謝して生きられるかが、その人の人生の充実度を大きく左右する。  これは、簡単そうで難しいことでもある。  なぜなら、大は自分が一番かわいいからである。だから、気をゆるすと、他人への感謝を忘れてしまう。自分で何でもできていると思ってしまう。  野球でいえば、いくら素晴らしいピッチャーでも、一人で相手チームと対戦することはできない。球を受けてくれる大、守ってくれる大、点をとってくれる 大がいてはじめて対戦することができる。  監督、コーチ、裏方の方々の支えも必要だ。さらにいえば、過去に指導してくれた方や親の存在があって、今そのピッチャーはマウンドに立っているのであ る。もちろん、ファンがいるからこそ、野球を通して収入を得ることもできる。  ビジネスマンも同じだ。お客様はもとより、上司や同僚、関係者の方々、さらには会社を発展させてきた先人があって、あなたは今、仕事ができるのだ。  こういった他者への感謝は、時々すればいいというものではない。常に感謝し続ける気持ちが必要だ。そこから、謙虚さが生まれ、それによって、周囲の 方々のあなたの役に立ちたいという気持ちが生まれる。  私は監督時代、負けても勝っても、試合後の会見は必ず対応するようにしていた。それは、私なりのファンの方々への感謝の気持ちの表現だった。  「ファンの方々に感謝しています」と囗でいうのは簡単だ。だが、本当に心からそう思っているのであれば、ファンの方々を楽しませる努力も必要だ。いく ら心の中で感謝しても自己満足である。それをもとに行動することで、「人のためになってこそ人間、他の大があってこその自分」が実践できるのである。