大数の法則_冨島佑允  「大数の法則」とは、ひと言でいうと「ひとつひ とつは予想が難しい物事も、それらがたくさん寄 せ集まると、全体としての振る舞いは安定する」 というものだ。  例えば、コイン投げを考えてみよう。コインを 投げて、表が出た回数を数えていく。そして、コ インを投げた回数のうち、表が出た回数の割合を 調べることにする。コインを10回投げて表が4回 裏が6回出たら、表が出た割合は4小10つまり O・4である。コイン投げを繰り返していくと、 最初のうちは割合がO・4になったりO・6に なったりと結構な幅で揺れ動くが、コイン投げの 回数が1千回、1万回と増えていくと、割合がだ んだんO・5に近づいていく。この現象は、大数 の法則が働くことで起きるものだ。1回1回のコ イン投げの結果を予想しようとしても、当然なが ら五分五分でしか当たらないだろう。けれど、コ イン投げを1万回行ったときに表が出る割合(つ まり全体としての振る舞い)は、ほぼ確実にO・ 5だと予想できるのだ。  この話だけでは、大数の法則がいかに重要かに ついては伝わりにくいかもしれないが、この法則 は現代社会の至る所で活用されている。例えば、 生命保険がそうである。生命保険会社は保険料を 受け取る代わりに、人が亡くなったときや病気に なったときなどに保険金を支払うことを仕事にし ている。けれど、人がいつ亡くなるか、いつ病気 になるかは誰にも分からない。つまり保険会社は、 いつお金が出ていくかを予め知ることができない のだ。それなのに、ちゃんとお金が払えるのはな ぜだろうか?  実は、契約者がたくさんいることが重要なポイ ントだ。国内最大手の日本生命は、個人の死亡保 険の契約件数が2千万件以上ある(平成27年度 ディスクロージャー資料より)が、このように1 つの保険会社がたくさんの契約者を待つことで、 大数の法則が働くのである。ひとりひとりを見れ ば、その人がいつ亡くなるかは本人にすら分から ないが、何万人もの被保険者の集団を考えれば。 1年間にどのくらいの割合で「死亡」というイベ ントが発生するかを正確に予測できるため、どれ くらいお金を用意しておけばいいか分かるのであ る。つまり、先のコイン投げの例と似たことが起 きている。「生」か「死」かはコインの裏表のよ うなもので、ひとりひとりについてはどちらに転 ぶか分からない。しかし、人数が多くなれば、全 体の中での「死」の割合は正確に予想できるのだ。 突然の不幸から私たちの生活を守ってくれる生命 保険は、実は大数の法則をベースとしているので ある。  ほかにも、私たちが銀行から自由にお金を引き 出せるのも、大数の法則のおかげである。不良息 子が親の財布から勝手にお金を拝借する……とい う話はよく聞くが、普通は、勝手にお金を引き出 されると、引き出された方は困るはずである。し かし、銀行は無数の預金者が好き勝手にお金を預 けたり引き出したりしているのに、少しも困って いないように見える。これも理屈は同じだ。預金 者の行動は人それぞれで、お金を引き出す人もい れば、預け入れる人もいる。そして、大勢の預金 者の行動を全体として見てみると、大数の法則に よって1囗あたりに引き出されるお金の額と預け 入れられるお金の額はおよそ同じくらいになるの で、銀行は預金のごく一部をキープしておけば引 き出しに対応できるのだ。そして、残りの大部分 のお金を企業に貸し出すことができる。銀行が貸 し出しを通じて企業を支えることができるのは、 大数の法則のおかげなのである。  実は大数の法則は、民主主義を支える法則でも ある。本編で詳しく説明するが、民主主義がなぜ 機能するかを数学的に考えたとき、大数の法則が 土台となっていることが分かるのだ。さらには、 チームや会社、国家といった人間の集団が協力し て問題解決にあたる際に、どのようにすれば良い 結果を得られるかを考える「集合知」という学問 分野があるが、この集合知を考えるときも、大数 の法則がキーワードになってくる。さらには、大 数の法則がどのような場合に働くかを考えたとき、 「個人の自由」や「法の下の平等」といった現代 的な価値観が、実は数学的にも根拠のあるもの だったことが見えてくるのである。  民主主義国家に住む私たちは、個人の自由や民 主主義が素晴らしいと子供のころから教えられて 育ってきている。だから、そういったものを尊重 するのは当たり前で、国が発展するのに不可欠だ と考えている。でも、考えてみれば、とても不思 議な話ではないだろうか。単純に考えると、皆が てんでばらばらに行動すると、社会全体が混乱し てしまうのではないだろうか? でも、今の世の 中は、個人の自由を認めたことが原因で大混乱し ているようには見えない。むしろ、今までのどの 時代よりも豊かで安定しているように見える。  もし、現代の価値観をまったく知らない人が目 の前にいたとして、「なぜ個人の自由や民主主義 が重要なの? その方が国が発展するとどうして 言えるの?」と聞かれたら、私たちはちゃんと答 えられるだろうか? 実際に四半世紀ほど前まで は、ソビエト連邦のような大きな国が民主主義に 疑問を抱き、社会主義的な理想国家の建設を目指 したりもしていた。  あるいは、仮にタイムマシンがあったとして、 江戸時代に戻って徳川家康に「『個人の自由』な るものを認めると、天下が大いに発展しますぞ」 と進言しても、彼は納得するだろうか? おそら く、こういう答えが返ってくるに違いない。  「ばかを申すな! 皆が好き勝手やっていいこと にすると、世の中が乱れ国が亡ぶわ!」  と。確かに、皆が自由に振る舞えば、コント ロールが効かなくなって世の中が混乱するという のも、ある意味自然な考え方である。それなのに、 現代はほかのどの時代よりも経済的に豊かだし、 人々の生活が安定しているのはなぜだろうか?  科学技術が発達したことや、食糧を大量生産で きるようになったことなど色々と理由はあるだろ うが、「皆がばらばらに行動するからこそ、全体 としての結果が安定する」という数学的法則が現 代社会に活かされていることも大きい。それが、 大数の法則である。  本編では、まず第1章で大数の法則とは何かに ついて詳しく説明をする。第2章では、大数の法 則が世の中でどのように活用されているかを見て いく。第3章では、大数の法則を活かすために何 か大切か、どうすればもっと活用できるかを考え る。第4章では、大数の法則を生活や仕事に活か していく方法を考える。そして第5章では、大数 の法則で世の中を良くしていくための課題などを 考える。本書を読めば、いつもとは違った視点で 世の中を見ることができるようになる。違った視 点で見れば、違う考え方が浮かんできて、ビジネ スや人生のヒントになる。この本が、読者にとっ てそういう本になれば幸いである。 圜チンチロリンで学ぶ大数の法則  序章でも話したが、大数の法則とは何かについ て、もう少し詳しく説明しよう。大数の法則は、 人生訓とかスピリチュアルな法則とか、あるいは 単なる経験則とかではなく、れっきとした数学の 定理である。スイスの数学者ヤコブーベルヌーイ (1654~1705)によって1713年に証 明され、その後、ロシア数学の父といわれるパフ ヌテイーチェビシェフの手で、より一般的な事例 に当てはまるように拡張された。もともとは数式 で示されているものだが、それだと分かりづらい ので言葉で表すと、次のようになる。 「ある出来事が起きる確率を理論的に計算し、実 際の経験と比較したとする。経験数が少ないうち は理論上の確率は当てにならないが、その出来事 の経験数が増えれば増えるほど、経験上の確率は 理論上の確率に近づいていく」  これでも分かりづらいので、直感的に理解する ために、サイコロを使ったゲームを考えてみよう。 日本発祥の賭博でチンチロリンというものがある。 これは、お椀とサイコロ3つでできる手軽な賭け 事だ。ルールは簡単で、サイコロ3つをお椀に投 げ込み、出た目によって勝負が決まる。例えば、 サイコロ3つとも1の目が出れば「ピンソロ」と いって、掛けた額の5倍を受け取ることができる。 サイコロ3つだと、3つとも1の目が出て大儲け、 ということも、まあありうるだろう。しかし、こ れがサイコロ10個だとどうだろう? サイコロに イカサマでもしない限り、「ピンソロ」(すべて1 の目)を狙うのは難しい。では、サイコロー00 個では? もっと難しい。では、サイコロー万個 では? ここまでくれば、「ピンソロ」を狙う人 なんて皆無だろう。  つまり、「ピンソロ」なんていう異常事態が起 こるのは、サイコロの個数が少ないときだけなの だ。サイコロの数が増えるほど、そういった異常 事態は起こらなくなってきて、予想通りの結果に なりやすくなる。予想通りの結果とは何かという と、「あるサイコロは1の目、別のサイコロは3 の目……というように、出ている目がパラパラで、 集計してみると、1~6の目がほぼ均等に出てい る」というものだ。理論的に考えれば、それぞれ の目が出る確率は等しいので、どの目も同じくら いの数だけ出ているはずである。そして、サイコ ロの数が多くなればなるほど、そういった理論上 の予測(理論上の確率)と実際の結果(経験上の 確率)が一致してくる。それが、大数の法則であ る。余談だが、このように経験上の確率が理論上 の確率に収束していくことを、数学の用語で「確 率収束」という。  この大数の法則は、確率論と呼ばれる数学の分 野で最も重要な定理の1つとされている。なぜ重 要かというと、起きるかどうか分からないことに ついて理論的に考えようとするときに、大数の法 則が指針を与えてくれるからだ。起きるかどうか 分からないことについて考えなければならない場 面は、世の中にたくさんある。人の死や病気、交 通事故、災害、天気、会社の倒産、株価の上昇や 下落……といった具合だ。このような課題につい て、人間は何とか知恵を振り絞って、「理論的に はこれくらいの確率で起きるはずだから、これく らいの備えをしておけばよい」といった結論をひ ねり出す。しかし、理論上の確率はあくまで机上 の話にすぎないので、実際にやってみると、その 確率の通りに物事が起きていくわけではないこと が分かる。しかし、だからといって、「理論上の 確率の通りに物事が起きるわけじゃないんだから、 確率なんて計算しても意味がない。そんなものは 忘れて、運命に身を任せて生きていこう」となる と、原始時代に戻ってしまう。つまり、「理論上 の確率」と「実際の経験」を結びつける何かが必 要ということになる。それこそが、大数の法則で ある。  大数の法則は、確率論を駆使して机上で計算さ れる理論上の確率が、どういう場合に有用で、ど ういう場合に当てにならないかを教えてくれてい るのだ。プラトンは、現実世界特有の不完全さや 歪みを持だない理想世界のことを「イデア界」と 呼んだが、理論上の確率は、この「イデア界」に 住んでいると考えることもできる。現実世界の経 験はそこからズレているのが普通だが、経験数が 多くなっていくと、大数の法則によって理論上の 確率に近づいていく。いわば、大数の法則は「イ デア界(理論上の確率)」と「現実世界(経験上 の確率)」の橋渡しというわけだ。 -数が多けりやいいというわけではな    い。「独立性」がカギ  ここで注意してほしいのは、数が多ければ必ず 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 大数の法則が働くわけではないという点だ。例え ば、サイコロとお椀に磁石が仕込んであって、必 ず1の目が出るようになっていたら、たとえサイ コロが1万個あったとしても、必ず「ピンソロ」 になる。当たり前の話だが、すごく重要である。 つまり、大数の法則が働くためには、ひとつひと つのサイコロが互いに無関係でなければならない のだ。ちなみに、無関係であることを、数学の世 界では「独立」と呼ぶ。そして、二つの変数がそ れぞれ無関係に変化する場合、それらの変数は 「互いに独立である」という。チンチロリンの例 でいうと、それぞれのサイコロが「互いに独立で ある」場合、つまり、互いに無関係の場合(磁石 などで操られていない場合)に限り、大数の法則 が働くのだ。  「独立性」について、別の例を挙げよう。序章で 出てきた生命保険のケースだと、生命保険業が成 り立つためには、人の死が「互いに独立」である ことが必要となる。通常は、人の死の理由は様々 で、そして互いに無関係だ。ある大は老衰、ある 大は交通事故、またある大はガン、といった具合 に、それぞれの理由によって死が訪れるが、誰か の死がきっかけでほかの大が死にやすくなったり、 逆に死にかけていた大が元気になったりといった ことは考えにくい。つまり、人の死は「互いに独 立」ということができる。  けれども、それが成り立だない場合がある。戦 争など、多くの大が一度に死んでしまうような大 事件が起きたときだ。実は保険契約の契約内容を よく見てみると、そういう異常事態が生じたとき は、保険会社は保険金を支払わない場合がありま すよといったことが書かれている。  もっと具体的にいうと、保険契約を結んだとき は、保険会社は契約者に対し、契約の条件を事細 かに並べた「約款」という書類を必ず渡すことに なっている。約款には様々なことが書かれている が、その中に「免責事由」という項目があり、保 険会社が「こういう場合には保険金を削減して支 払うか、もしくは一切支払いません」と予め宣言 している内容が載っている。代表的な免責事由の 一つが、「戦争そのほかの変乱により被保険者が 死亡したとき」というものだ。そのような場合に は、人の死が「互いに独立」しているとはいえな くなる。従って、そのような場合にも保険金を支 払うことにしてしまうと、保険会社が潰れてしま いかねない。だからこそ、わざわざ約款にちやん と書いているのだ。  序章で出てきた銀行預金のヶIスでも、同じよ うなことがいえる。通常の場合は、預金者の預金 引き出し行動は「互いに独立」といえる。3丁目 に住む奥様が口座から1万円を引き出したからと いって、5丁目に住む大学生が預金を引き出す確 率が変わったりはしないだろう。しかし、世の中 が不安定になったり、銀行が経営危機に陥ったり したときに起きる「取り付け騒ぎ」の場合は違う。 取り付け騒ぎとは、多くの預金者が銀行に殺到し て、一斉に預金を引き出そうとすることだ。この ような場合では、多くの預金者が同じタイミング で預金引き出しを行うので、用意していた現金は あっという間に足りなくなってしまう。 圜「特権階級がいない」という条件が   もう1つのカギ  大数の法則が成り立つ条件としては、実はもう 1つある。それは、「特権階級がいない」という ことである。例として、また生命保険を考えよう。 ある生命保険会社の契約を調べてみると、会社全 体の保障残高(すべての契約の保障金額を足し合 わせたもの)が10兆円だったとする。そこで、契 約状況をより詳しく調べてみると、ある1人のお じいさんが何件もの保険に大っていて、保障総額 が9兆円だったとする。そんなことはありえない が、「例えば」の話で考えて頂きたい。その場合、 このおじいさんが亡くなれば、保険会社としては 9兆円を支払わなければならなくなり、当然倒産 してしまう。つまり、このおじいさんのように、 ほかと比べて特別な影響力を持つ「特権階級」が いると、大数の法則は成り立だなくなってしまう のだ。  同じようなことが、銀行預金の例でもいえる。 ある銀行に預金者が10万人いて、預金総額が1兆 円だとする。しかし、そのうち9万9千999人 がそれぞれ1千円しか預金してなくて、残りの1 人が9千999億円の預金をしていたら、その1 人が全額引き出せば銀行は終わりである。  このように、いくら数が多くても、そのうちの 一部が持つ影響力があまりに大きいと、大数の法 則は成り立だないのだ。この条件は、数学では 「同一性」と呼ぶ。同一性とは、2つの変数が同 じような分布をしている(つまり、お互いが違い すぎない)ということを意味する。もちろん、数 学の世界と違って、現実の世界では違いを完全に なくすということはできない。なので程度の問題 ではあるものの、あまりにトンデモナイものが混 ざると、同一性が崩れてしまうため大数の法則が 成り立だなくなるということだ。 圜ギャンブルはほどほどに卩少ない   経験数だと理論上の確率は当てにな   らない  ここまでの話で、大数の法則とは何か、そして、 どのような場合に働くかが見えてきた。まとめる と、ある出来事が互いに無関係に起きていて(独 立性)、なおかつ特別な影響力を持つ人がいなく て(同一性)、しかもたくさん経験している場合 に、大数の法則が働くということだ。  大数の法則によれば、ギャンブルはやればやる ほど負けるということになる。なぜかというと、 ギャンブルというものは、確率的には必ず胴元が 勝つように設計されているからだ。そうでなけれ ば、パチンコ店もカジノも破産してしまう。つま リ、パチンコ店やカジノがこの世に存在している (倒産していない)ということは、お客さんは トータルでは必ず負けているということになる。 では、必ず負けるのに、なぜギャンブルをする人 がいるのだろうか? それは、お客さんの中には 勝つ人もいるからだ。あるいは、ずっとギャンブ ルをやっていると、たまに大勝ちする日があるか らだ。みんな、「自分は勝つ」「今日は勝つ」と 思ってやっているのである。  だからパチンコ店は、台の設定を毎日巧妙に変 えている。どの台も負けるなら誰も来なくなって しまうので、勝つ台を作るわけだ。そうすれば、 勝ったときの喜びが忘れられなくて、また来るよ うになる。でも、パチンコ店としては、トータル で儲かっていればそれでいい。つまり、大勝ちす る人がいたとしても、それ以外に負ける人がたく さんいれば、トータルでは十分に儲かるのである。  では、負けすぎない程度にギャンブルを楽しむ ためにはどうすればいいか? ここで、大数の法 則を思い出して欲しい。「経験数が少ないうちは 理論上の確率は当てにならない」のであった。つ まり、たまにギャンブルをやるのであれば、胴元 が設定した理論上の確率(必ず負けるように設定 されている)が当てにならないので、少なくとも、 大数の法則によって負けに収束していくというこ とにはならない。要するに、ほどほどに楽しめば よいということになる。  これは、宝くじにも当てはまる。宝くじの仕組 みは皆さんご存じの通りだが、くじ券を買って、 くじ券の番号が抽選番号と一致すれば賞金がもら えるというものだ。この賞金は、くじ券の売上代 金から支払われる。そして、くじ券の売上総額に 対する賞金総額の割合を「還元率」と呼ぶ。例え ば、1等5億円、2等1億円……といった形で、 賞金の総額が15億円だったとする。そして、1枚 300円のくじ券が1千万枚販売されたとする。 この場合、くじ券の売上総額は300円×1千万 枚で30億円、賞金総額が15億円なので、還元率は 5割(15億円÷30億円)である。  実際の宝くじでも、還元率の相場は大体5割く らいだといわれている。つまり、理論上の確率で 見れば、宝くじに費やした金額のうち半分は返っ てこないのである。宝くじは、お金のやり取りで 勝ち負けが生じるものなので、株やファンドと同 じような金融商品の一種といえる。普通、金融商 品は、お金を増やしたいと思って買うものである。 だからこそ、株やファンドに投資する人は、将来 どれくらいの儲けが期待できるのかをとても気に する。だから、証券会社でファンドの販売を担当 している人は、お客さんに対して「このファンド は、年間の期待収益率が5%です! つまり、理 論通りにいけば、投資したお金を1年で5%増や すことが期待できます!」などと一生懸命説明す る。しかし、宝くじの期待収益率は、何と約マイ ナス50%である。確率的に見て投資額が半分にな る金融商品なんて、宝くじ以外には聞いたことが ない。  逆にいうと、宝くじは売る側にとっては夢のよ うな商品だ。紙切れに番号を印刷して売るだけで、 ほとんどノーリスクで大金が儲かるのである。例 えば銀行では、新入行員は最初の仕事として宝く じ販売係を任命される。右七左も分からない新人 にとって、高度な経験が要求される融資の世界で 何らかの貢献をするのはとても難しい。しかし宝 くじ販売なら、手っ取り早く銀行の収益に貢献で きるのである。  筆者は、宝くじという金融商品を生み出した人 は天才だと思う。くじ券を売るのには組織力が必 要だが、売り切りさえすれば、販売する側か必ず 勝つようにできているのだ。「夢を買う」とは、 よく言ったものである。「夢を買う」といって宝 くじを買っている人は、実際は「売る側にとって 夢のような商品を買って」いるわけである。しか し、中には実際に宝くじで大金を手にして、一生 遊んで暮らしている人も世の中にはいる。実はこ れも、大数の法則のフレーズ「経験数が少ないう ちは、理論上の確率は当てにならない」で説明で きる。つまり、宝くじを買った人々を集団として 見れば必ず損をしているが、ひとりひとりを見れ ば大儲けしているケースもあるわけだ。みんなが 平等に損する仕組みなら、だれも宝くじを買わな くなってしまう。一部の人に大儲けさせることで、 「もしかしたら自分も」「今日は大安吉日だから、 いいことがありそうな気がする」等々の心理を巧 みに利用しているわけである。  つまり宝くじも、あまりに大量に買うと大数の 法則で確実な負けに収束してしまうので、ほどほ どにした方がいいということになる。 圜少ない事例から誤った判断をしてし   まう心理バイアス‥小数の法則  なぜギャンブルの話を出したかというと、「小 数の法則」について説明したかったからである。 不確実な現象を扱うときは、少ない経験数だと理 論が当てにならないという話をした。しかし、人 はよくそのことを忘れてしまい、不十分な情報か ら誤った結論を出してしまう。そのような心理バ イアスのことを、プリンストン大学名誉教授の心 理学者ダニェルーカーネマン(2002年ノーベ ル経済学賞受賞)は小数の法則と名付けた。この 小数の法則という言葉は、経済学と心理学を結び つけた新しい学問「行動経済学」の正式な用語に なっている。ちなみに、確率論の用語で「ポアソ ンの小数の法則」というものがあるが、全く違う 意味なのでご注意頂きたい。本書で述べているの は、行動経済学の小数の法則の方である。  小数の法則について具体的なイメージを持って もらうために、『不合理な地球人-お金とココ ロの行動経済学』((ワード・S・ダンプオート 著、朝日新聞出版)から例を引用しよう。コイン 投げゲームの結果として、次の3つのうち、いか にもありえそうなものはどれだろう?  ① 裏表裏表表裏表  ② 表表表表裏裏裏  ③ 裏裏裏裏裏裏裏  多くの人が、①と答えるのではないだろうか。 ①は表と裏がバラバラに出ていて、一番「自然」 に見えるからだ。一方で、②は表が4回連続で出 た後、裏が3回連続で出ているので、少し不自然 に見える。③はずっと裏ばかり出ているので、 「イカサマか?」と疑いたくもなる。しかし、裏 も表も出る確率は同じなので、実は①~③はどれ も理論上はまったく同じ確率で出現する。なぜ① が「自然」に見えるかというと、裏と表がランダ ムに同じくらいの割合で出ているので、理論上の 確率と近い結果のように見えるからだ。でも、そ のような推測に意味があるのは、大数の法則が働 く場合、つまり、コイン投げの回数がめちやく ちや多いときだけである。たった7回では、少な すぎる。  先のチンチロリンの例でいうと、ある人が5回 連続「ピンソロ」(サイコロすべてが1の目)を 出したら、「イカサマだ!」と言って殴り掛かり たくなるかもしれない。しかし、たった5回では 経験数が足りなくて理論(ピンソロが出る確率は 低い)が当てにならないので、5回目で殴り掛か かろうとしても、「あなたは『小数の法則』とい う心理バイアスによって誤った結論に達した可哀 そうな人ですね」と言われておしまいである。殴 りかかるのは、もう少し待った方がいいだろう。  世間を見渡してみると、小数の法則の事例は至 る所で見つかると思う。  ビギナーズラックという言葉も、小数の法則で 説明することができる。ビギナーズラックとは、 スポーツで新人が好成績を収めたり、ギャンブル で初心者が大勝ちすることを指す。「経験の少な い初心者は不利なはずなのに、なぜ勝ったのだろ う?」と皆が不思議がる。けれども、大数の法則 を考えれば、これは不思議でも何でもない。大数 の法則によれば、実力の違いは何度もゲームをや らなければ実際の成績に反映されてこない。けれ ども人々は、ほんの数回のゲームの結果も実力の 通りになると考えてしまうのだ。実際は、たった 数回ならば実力不相応に勝つことがあっても不思 議ではない。  人間にとって最も重要な決断の1つである人生 のパートナー選びでも、小数の法則に縛られてし まうことがよくある。例えば、2回離婚した経験 がある人は、「俺は結婚に向いてないのかな」と 考えて、再婚を躊躇してしまうことがあるだろう。 しかし、たった2回の経験数では少なすぎて、そ の出来事の背後に「性格的に結婚に向いていな い」という。理論”が潜んでいるのかどうかは分 からない。もちろん、本当に結婚に向いていない 可能性もあるだろうが、「2回離婚した」という 事実だけでは、確かなことは何もいえないのであ る。「2度あることは3度ある」という諺は、行 動経済学的には誤りということになる。  同じように、付き合った男性が皆。だめんず” だったからといって「男はバカばっかりだ」と考 えるのも小数の法則による誤った判断ということ になる。なぜならば、1人の女性が生涯で付き合 える人数は、基本的には大数の法則が働くほど多 くはないからだ。なので、その少ない経験数から では、男性の性質について合理的な予測はできな いはずなのである。逆もまた然りで、元カノや女 友達との体験談から「女ってやつは○○○だ」と 思っている男性も、小数の法則によるバイアスが かかっているといえるだろう。  つまり小数の法則とは、大数の法則が当てはま らないような事例に大数の法則を当てはめてしま うことで誤った結論を出してしまうことなのだ。 こうやって小数の法則について知っておけば、大 数の法則についての理解がより深まると思う。 圜経験数がどれくらいあればいいかの   目安は、「中心極限定理」が教えて   くれる  ここまでで大数の法則と小数の法則について話 してきたが、それでは、どれくらいの経験数があ れば大数の法則が働くといえるのだろうか? 残 念ながら、どんな場合でも通用する目安の数字が あるわけではなく、ケースーバイーケースとしか いいようがない。というのも、ある目的で経験 データを集めたときに、集めた経験数が十分かど うかを判定するには、統計学に基づいた専門的な 計算が必要だからだ。そしてその判定結果は、ど ういう条件で、どれくらいの精度で、どのような 結論を導き出したいのか等々によって変わってく る。そのため、一般的にこれくらいあればよいと いったことがいえないのである。  しかし、目安がまったくないのかというと、そ うでもない。大数の法則と並んで確率論の最も重 要な定理とされる「中心極限定理」が、大体の目 安を教えてくれる。「中心極限定理」そのものは 大数の法則よりも抽象的で難しいので詳細は割愛 するが、この定理によると、経験上の確率と理論 上の確率のズレの大きさは、大まかに言って経験 数の平方根に反比例する(※士。つまり、経験数 が4倍になればズレは半分になる、経験数が9倍 になればズレは3分の1になるということだ。  このことから、大数の法則を働かせるためには、 経験数をなるべく多くすることがいかに大切かが 分かるだろう。経験数を増やしていっても、大数 の法則の。効き具合*はその平方根でしか改善し ていかないのだ。例えば経験数を1万倍に増やし ても、その。効き具合*は100倍にしかならな いのである(100×100=1万のため)。 -大数の法則が働く条件を知っておく  ここで1章の内容をまとめておこう。  まず、大数の法則とは何かというと、「経験数 が多くなると、経験上の確率が理論上の確率に近 づいていく」という法則であった。現代社会では、 死亡保険や災害への備えなど、不確かな物事に対 して理論的な予測を立てて準備するということを 至る所で行っている。そういう中で、理論的な予 測と実際の出来事がどう結びつくかを教えてくれ るのが大数の法則である。  ただし、経験数が多ければ、それだけで大数の 法則が働く条件が満たされるわけではない。まず それぞれの出来事が互いに無関係に起きているこ と、つまり、「独立性」が保たれていることが必 要である。そして、1人だけものすごい保障額の 保険に入っていたりとか、そういった「特権階 級」がいないことも条件だ。このことを「同一 性」と呼ぶ。  また、大数の法則が働くためにどれくらいの経 験数が必要かの目安を考える際は、「中心極限定 理」が役に立つ。「中心極限定理」によれば、経 験上の確率と理論上の確率のズレの大きさは、大 まかにいって経験数の平方根に反比例する。例え ば、ズレを半分にしたければ、経験数が4倍必要 ということだ。  逆にいえば、経験数が少ないときは大数の法則 が働かないので、理論的な確率はあてにならない ということになる。けれども、人はよくその部分 を誤解して、少ない経験数に基づいて誤った判断 をしてしまうことがある。そのような心理的なバ イアスを、行動経済学の言葉で小数の法則という。 理論的な確率は、経験数が十分でない場合はあて にならないということを忘れないように気を付け なければならない。  以上のように、大数の法則は非常に重要だけれ ども、色々と条件も付いてくるということだ。生 命保険の世界では、「独立性」や「同一性」と いった条件がちゃんと満たされるように、保険契 約をかなり厳格に管理している。保険会社は大数 の法則が働くことを前提に会社の収入(保険料) と支出(保険金)の計画を立てているので、大数 の法則が働かないと収支が狂って経営に影響を及 ぼしてしまう。だからこそ、徹底的に管理してい るのである。さらに詳しい話については、第2章 に譲ることにする。  第2章では、世の中で大数の法則がどのように 活用されているかを、さらに詳しく見ていくこと にする。抽象的で小難しい確率論の定理が、私た ちの生活に深く関わっていることを紹介していき たい。 圜生命保険は大数の法則蛙しには成立    しない  大数の法則がどんなものかが分かったところで、 次は大数の法則が世の中の様々な場面で活躍して いる姿を見ていくことにしよう。  まずは、生命保険からである。生命保険の基本 的な発想は、相互扶助という言葉で表される。相 互扶助とは、「人生何か起きるか分からないから、 誰かが困ったときは皆でお金を出し合って助け合 いましよう」という助け合いの精神のことだ。  相互扶助の考え方は、あらゆる保険商品の設計 に深く関わっている。保険料は、貯蓄保険料、危 険保険料、付加保険料という3つのパーツからで きているのをご存じだろうか? 私たちが普段支 払っている「保険料」は、実はこれら3つを足し 合わせた総額なのである。仮に、あなたが保険料 を毎月1万円払っているとすると、保険会社はそ れを、例えば貯蓄保険料9千円、危険保険料 750円、付加保険料250円又2)などとい うふうに分けて管理している。  このうち、付加保険料とは、保険営業マン(ラ イフコンサルタント)の人件費や契約を管理する ためのシステム費用などの、いわば事務コストを 賄うために使われる。また、貯蓄保険料とは、自 分か死亡したときのために貯めておくお金と考え てもらえばいい。将来その人が死亡したときに支 払われる保険金の一部を賄うために、保険会社が 代わりに貯めておくのである。この部分は、いわ ば”自助努力”に相当している。  そして危険保険料とは、いわば「他人のための カンパ金」である。1つの保険会社は多くの人に 死亡保障を売っていて、毎年ある割合の人たちが 死亡し、保険金が支払われていく。そうやって毎 年支払われる保険金の財源は、死亡した人が支 払った貯蓄保険料だけでは賄えないので、ほかの 契約者が支払った危険保険料を充当する。今年死 亡する人よりも死亡しない人(契約が継続する 人)の方が遥かに多いので、少しずつのカンパ金 でも大きな助けになるのだ。  つまり危険保険料は、「今年死亡した誰かのた めのカンパ金」なのである。もちろん、自分が死 亡したときは、その年にほかの契約者が支払った 危険保険料が保険金に充当されることになる。こ れこそまさに、相互扶助というやつである。保険 の世界では、保険金の支払いに繋がるリスクのこ とを。危険”と表現する(保険会社にとっては、 急に大金の支払いが発生する”危険”があるとい うこと)ため、危険保険料という名前が付いてい る。  つまり、保険金は自助努力(貯蓄保険料)と相 互扶助(危険保険料)を足し合わせて支払われる というわけだ。このように、保険は相互扶助の考 え方に基づいて設計されているのである。自分の 身に何かあったときに、自分が支払った保険料の 総額よりも大きな保険金が受け取れるのは、危険 保険料というカンパ金のおかげである。そして、 貯蓄保険料と危険保険料をいくら徴収すればいい かは、年齢別の死亡率(ある年齢の人が次の年齢 に達する前に死亡する確率)に基づいて理論的に 計算することができる。そして、大数の法則が働 くことで収入・支出が理論通りに均衡するので、 確実に保険金が受け取れるのだ。  現代ではどの保険会社も科学的・合理的な保険 理論に基づいて収支を管理しているが、昔からう まくやっていたわけではない。歴史を紐解くと、 長年の試行錯誤によって現代のような洗練された 生命保険制度が生み出されてきたことが分かる。  相互扶助の考え方に基づく組織として歴史上最 古のものは、封建時代の西ヨーロッパに誕生した ギルドだといわれている。当時の西ヨーロッパで は、経済の発展と共に自給自足の社会が終わりを 迎え、お互いが生産したものを交換し合う交換経 済が発展していった。そのような状況の中で、原 材料や生産物の輸送・販売を専業とする商人層が 現れ、力を付けつつあった。この時代は海も陸も 危険がいっぱいで、警察が守ってくれるわけでも なかったので、商人たちは海賊や盗賊から身を守 り、お互いの商売や生活を助け合うための組織を 自分たちで作った。それがギルドである。  ギルドでは、組合員に一定額の組合費を払って もらい、積み立てを行っていた。その積立金は、 組合員の冠婚葬祭の費用、遺族の生活保障、医療 費、事業が失敗したときの救済費などに使われた そうだ。そのため、ギルドが生命保険の始まりで あるといわれることもある。けれども、現代の生 命保険が年齢別の死亡率に基づいて科学的に設計 されたものであるのに対して、ギルドは科学的な 仕組みを持っていたわけではない。  その後、産業革命と共に封建社会は崩壊し、ギ ルドは姿を消していった。封建制の崩壊で領主の 保護を失った人々は、共同体の束縛から解放され る一方で、自己責任の下で生活上の様々なリスク (失業、働き手の死亡、火災など)に自力で対応 する必要に迫られるようになった。  「必要は発明の母」というが、そのような社会情 勢の中で、現代の保険の前身ともいえる生活保障 制度がイギリスで発展していったのである。生命 保険もこの時期に誕生したのだが、初期の生命保 険の仕組みは、今とは異なる科学性を欠いたもの であった。  どのような仕組みだったかというと、皆で同額 の掛け金を払い込んで積み立てておき、その年に 死亡した人の遺族に分配するというものだ。しか し、掛け金を払い込んだ期間に関係なく受取金額 が同じだった上に、年齢に関係なく一律の掛け金 だったことから、長く掛け金を払い続けなければ ならない若者にとって非常に不利な仕組みであっ た。そのため、不公平感から若者の加入は減って いき、逆に老年者の加入は増えていく状況となり、 結局立ち行かなくなってしまった。  何か問題だったかというと、年齢と共に死亡率 が上昇することを考慮に入れていなかった点てあ る。現代の生命保険は、もちろん年齢別の死亡率 を考慮して設計されている。年齢別の死亡率のI 覧表のことを生命表と呼ぶが、世界で最初に生命 表を作ったのは、科学者のエドモンドーハレー (1656~1742)である。世間的にはバ レー彗星で有名な人物だが、生命保険の世界では、 死亡統計に基づく生命表を世界で初めて作った人 として有名である。  バレーの生命表を次に載せたので見ていただき たい。バレーは、ドイツのブレスラウ(現在は ポーランド領)という地域の住民の出生・死亡統 計をもとに、この表を作成した。オリジナル(表 土)は見づらいので、下に分かりやすくした表を 載せた。これから生命表の見方を説明するので、 下の図を見ながら読んで頂きたい。  この表は上段・下段に分かれている。そして、 それぞれの段は左から右に見ていく。1番左の列 は1歳から7歳までの年齢が示されている。その 隣の列には人数が表示されているが、これは、ス タート時点で1千人いると仮定した場合の、各年 齢で生き残っている人の数である。本当はブレス ラウの人口はもっとたくさんいるが、分かりやす くするために、スタート時点を1千人と見なして いるわけだ。  生命表を使えば、各年齢における死亡率を計算 することができる。例えば、2歳で855人、3 歳で798人ということは、2歳になった時点か ら3歳になるまでの間にln人(855人‐798 人)が死亡することになる。2歳になった時点で 855人いて、そのうち一一万人が3歳になるまでの 間に死亡するので、2歳の死亡率は6・6%(一yJ 人。|。855人)である示3)。  バレーは、「生命保険の保険料は、年齢別の死 亡率に基づいて設定するべきだ」と主張していた。 それを実現したのが、バレーと同じく王立協会の 会員だった数学者ジェームズードドソン (1710~1757)である。ドドソンは、バ レーの先行研究を参考にして、独自の生命表を作 成した。そして、その生命表を用いて、年齢別の 死亡率に基づいた合理的な生命保険料の計算方法 を世界で初めて考案したのである。  ドドソンの業績に基づいて、世界初の科学的な 生命保険会社エクイタブルーソサエテイが誕生し た。エクイタブルーソサエテイーが革命的だった のは、現代の生命保険会社も導入している以下の ような制度を初めて取り入れたことだった。  1 年齢別の死亡率に基づいた合理的な保険料    の設定  2 申込者に対する医学的審査の導入  3 最高保険金額の制限  これらの制度は、生命保険に人つだことのある 人にはおなじみのものである。でも、なぜ革命的 なのだろうか? まず制度1については、先ほど 説明した通りである。エクイタブルーソサエテイ 以前の保険制度は、科学性・合理性に欠けるもの だった。それが、エクイタブルーソサエテイの誕 生によって変わった。彼らは、ドドソンが考案し た保険料計算方式を導入したのだ。つまり、人間 の死亡率という客観的なデータに基づいて、「こ の年齢の人はこれくらいの確率で死亡する。とい うことは、死亡保険金がこのくらい出ていくはず だから、これくらい保険料をもらう必要がある」 というふうに保険料を合理的に算出する方式を導 入したのである。  次に、制度2、3について説明する。まず、第 1章の話を思い出して欲しい。確率的な物事に関 する理論がちゃんと機能するためには、大数の法 則が働く環境を整えなければならない。そのため には、大勢の人に加入してもらう必要がある。そ れは、営業の人(ライフコンサルタント)に頑 張ってもらうしかない。そしてほかにも忘れては ならないのが、「独立性」と「同一性」である。 「独立性」については、第1章で説明したように、 約款の中で「戦争その他の変乱」のような異常事 態での保険金支払いを免責することで担保してい るのであった。それでは、「同一性」については どうやって担保しているのだろうか?  実は、制度2、3によって「同一性」が担保さ れている。2の医学的審査によって、死亡率を高 めるような病気にかかっていないかどうかを調べ るということだ。保険の設計に使われる死亡率は、 基本的には国民の平均的な死亡率である。現代の 囗本の生命保険会社は「生保標準生命表」という 生命表を使っているが、これは囗本の生保各社か ら集計した生命保険被保険者の死亡統計に基づい ている(死亡保険金支払いが発生した契約は被保 険者が死亡した、発生していない契約は生存して いるということなので、死亡率を計算することが できる)。つまり、被保険者全員の平均にあたる 死亡率が使われているわけだ。  このように、保険が前提としているのは、あく まで平均的な死亡率を持つ人である。そのため、 被保険者の集団の中に死亡率が平均より高い人が 混ざると「同一性」が崩れてしまう。だから、医 学的審査をすることで、死亡率が平均的なレベル かどうかを確認しているのだ。このことは、公平 性の観点からも重要である。なぜかというと、す べての保険契約者は危険保険料という「他人のた めのカンパ金」を支払っているので、死亡率の高 い人が混ざると、平均的な死亡率の人たちの潜在 的な負担が増してしまうからだ。  あとは制度3の「最高保険金額の制限」につい てだが、これは第1章で説明した通りで、飛び抜 けた保障額の人がいると、その人が死亡したとき にものすごい額の保険金支払いが発生して保険会 社の経営が不安定になってしまうからだ。最高保 険金額を制限することで保障額の偏りが生じすぎ ないようにして、「同一性」を担保しているので ある。  以上のように、保険会社は大数の法則を働かせ るために様々な努力をしている。まずは理論(死 亡率)を設定して、理論と現実を近づけるために 大数の法則が働く状況を作る。そのために「独立 性」(「戦争その他の変乱」などの異常事態での保 険金支払いを約款で免責)と「同一性」(医学的 審査や最高保険金額の制限)を担保している。そ して、契約者数を増やすためにライフコンサルタ ントが必死で売り歩いているわけだ。そうやって 大数の法則が働く環境をちゃんとキープしないと、 昔の保険組合のように解散に追い込まれてしまう のである。 -損害保険は、再保険という制度に   よって大数の法則を働かせている  次は、損害保険について話をしよう。生命保険 は人が死亡したときにお金を払う保険だが、損害 保険は、モノに対してかける保険である。例えば、 自動車保険や火災保険などである。そのほか、飛 行機や巨大タンカーなど、もつと大きなモノに対 する保険もある。  生命保険と損害保険は、同じ保険でも中身はか なり違う。例えば、生命保険の保障額は大きくて もせいぜい1億円程度だが、損害保険の補償額は それより遥かに大きくなることもある。巨大タン カーの海難事故や石油コンビナートの爆発事故で は、補償額が1億円では済まないわけだ。  それに、損害保険の場合、生命保険に比べると 契約数を増やすことが難しい。例えば船舶保険で いうと、人間と比べて船の数は遥かに少ないので、 いくら頑張っても契約数を増やしていくことには 限界があるわけだ。自動車保険や火災保険などは 多くの契約を集めることができるが、補償するモ ノの規模が大きくなると、どうしても契約数が隕 られてきてしまう。  さらに、生命保険は予め保障額が決まっている 「定額保障」なのに対して、損害保険は実際の損 害額に応じて補償金を支払う「実損てん補」が基 本である。そのため、契約毎の補償額が不均一に なってしまい、「同一性」を保つのも難しい。  そのようなケースだと、一見して大数の法則を 働かせるのが難しいように思える。それでは、損 害保険会社は座して死を待つしかないのか? そ んなことはない。彼らには、再保険という武器が ある。  再保険とは、自社が補償している保険契約の一 部をほかの損保会社に肩代わりしてもらい、その 対価としてお金(再保険料)を支払う契約のこと である。例えば、ある運航会社が、自社の豪華客 船の海難事故を補償する保険を損保A社から購入 したとする。そして損保A社は、豪華客船が万が 一事故を起こした場合に補償額が巨額になること を懸念し、保険契約の40%を損保B社に再保険に 出していたとする。  運悪く、その豪華客船は氷山に激突し沈没して しまい、損保A社は500億円の補償を請求され た。ここで、損保A社が自分の財布から支払わな ければならないのは、300億円である。残りの 200億円(500億円×40%)は再保険に出し ているので、損保B社が肩代わりしてくれるから だ。  さらに、損保B社も契約の一部を再保険に出し ていたとしよう。例えば、自社が補償している割 合のうち50%を損保C社に再保険に出していたと する。その場合、損保B社が自分の財布から支払 わなければならないのは、100億円である。残 りの100億円(200億円×50%)は、損保C 社が肩代わりしてくれるからだ。  さらに損保C社も、契約の一部を他社に再保険 に出すことができる。また、再保険会社という、 再保険のみを専門で取り扱う保険会社も存在する。 このように、損害保険会社は、お互いの契約を再 保険で肩代わりし合うことで世界的なネットワー クを形成していて、その全体として大数の法則を 働かせているのである。  よリイメージを持ちやすくするために、図を 使って説明しよう。大数の法則を成立させるため には、契約の件数が多くて、それぞれの補償額が 同程度なのが理想である。それでは、現実の損害 保険契約がどうなっているかというと、図の上の グラフのようになっている。契約件数が少なく、 補償額も不均一ということだ。  ここで再保険を用いると、大数の法則が働きや すい理想の状態に近づけることができる。そのこ とについて示しているのが、下のグラフである。 自社で保有している契約のうち補償額が大きなも のについては、一部を再保険に出すことで補償額 を抑制する。そうやって契約毎の補償額を均一に 近づけて、「同一性」を担保するわけだ。  また、大数の法則を働かせるためには契約件数 を増やす必要がある。そのためには、他社から多 数の再保険契約を引き受ければよい。自社だけで は契約件数を十分に確保できないので、他社から 再保険契約を引き受けることで、大数の法則が働 くレベルまで保有契約件数(自社の契約件数十他 社から引き受けた再保険契約件数)を増やすこと ができるわけだ。  船舶保険のような規模の大きな損害保険契約は、 このように再保険を通じて大数の法則を働かせて いる。  また、自動車保険のような小粒の契約について も、大数の法則が活躍している。生命保険では死 亡率を使って理論を組み立てていたが、自動車保 険の場合は事故発生率を使って理論を組み立てる。 さらに、生命保険と違って定額保障ではないので、 事故が発生した場合にどれくらいの損害額になる かについても理論を作らないといけない。これに ついては、膨大な実績データの研究や理論的な考 察により、事故の損害額がどういう分布に従うか が分かっている(具体的にいうと、損害額の少な い事故は起こりやすく、損害額の大きな事故はあ まり起こらないので、損害額を横軸、発生件数を 縦軸にとると、左側に偏った分布になる)。  そして、事故が発生する確率についての理論と、 事故が発生した場合の損害額についての理論を組 み合わせることで、損害保険の理論が作られるの だ。その後は生命保険と同様に、大数の法則を働 かせるために「独立性」と「同一性」を担保すれ ばよい。自動車事故は基本的にお互い無関係に起 こるので「独立性」は担保される。そして「同一 性」についてだが、自動車の価格は大部分が1千 万円以下で、高級車の代表格であるランボルギー ニでも4千万円くらいなので、数十億円の損害額 なんてことはありえない。ちなみに、アンティー ク車の中には価格が数十億円というものもあるら しいが、そういうのはコレクション用であって、 乗り回して遊ぶ人はいないだろう。従って、特別 な人がいないので、「同一性」も保たれていると いえる。その結果、大数の法則によって理論と実 際が一致するので、補償が可能になるのだ。  また、高級車については保険会社による加入審 査が実施され、居住地域の治安や自然災害のリス ク(大雨による浸水など)、車庫のセキュリティ 等が調査されることがある。そして、場合によっ ては加入を断られる可能性もある。これは、「同 一性」を保とうとする努力の一環といえるだろう。 圜大数の法則でお金を何倍にもするマ   ジックー 銀行の「信用創造機能」   とは?  今度は銀行についてである。銀行といえば、多 くの人にとっては「自分のお金を預かってくれて いる、安全な金庫みたいなもの」くらいのイメー ジしかないかもしれない。しかし、銀行は単なる 金庫の代わりではなく、経済において重要な役割 を担っている。それは、大数の法則を利用して、 世の中に出回るお金を何倍にも膨らませるという 役割である。千円札を手に握り込んで、広げてみ たら1万円札になっていたというマジックをテレ ビで見たことがあるかもしれないが、まさにそう いうことを、銀行はやってのける。  銀行の基本的なビジネスモデルは、預金者が預 けたお金を企業に貸し出して稼ぐというものだ。 預金金利よりも高い金利で貸し出すことで、金利 差の部分(利鞘という)が銀行の儲けになるので ある。しかし、よく考えたら不思議な話である。 預金者は、自分が預けたお金をいつだって引き出 せると考えているし、それは当然の権利だ。けれ ども、そのお金が企業に貸し出し中だったら、引 き出すことができないのではないだろうか?  実はここで、大数の法則が関わってくる。序章 で説明したように、預金者ひとりひとりを見ると 引き出すタイミングも預け入れるタイミングもパ ラパラだが、預金者を集団として見た場合は、大 数の法則によって引き出し額と預金額がおよそ同 じくらいの金額となり、銀行は困らないという仕 組みであった。  経済全体を考えればダンス預金なんてほんの一 部なので、世の中に出回っているお金のほとんど は預金という形で銀行の口座に入っている。企業 と企業のお金のやり取りは預金の付け替えで行わ れるし、多くの人は給料を銀行口座への振り込み で受け取っているだろう。仮に、あなたが生活費 として自分の口座から現金を引き出したとしても、 その現金は近所のスーパーやコンビニでの買い物 に使われ、お金を受け取った店が売り上げを銀行 に預けるという形で、また銀行預金に戻るのだ。  つまり、銀行から引き出されたお金は、またす ぐに銀行に戻ってくる。即ち、銀行業界全体で見 れば引き出しと預け入れは(財布やダンス、金庫 等に残ったわずかな現金を除いて)必ずバランス するということになる。もちろん、引き出された お金が同じ銀行に戻ってくるとは隕らないが、銀 行同士も企業と企業の囗座間決済などを通じてお 金のやり取りを行っているので、結果としてはど こかの銀行に偏りが生じるということもなく、ど の銀行も引き出しと預け入れがほぼバランスする のである。そのため銀行は、一部の現金をキープ しておけば、それで預金者の引き出し・預け入れ に対応できるのだ。  このような仕組みがあるからこそ、銀行は、預 金のかなりの部分を貸し出しに回すことができる。 預金の一部をキープしておけば残りを貸し出しに 回してもいいですよという制度のことを、部分準 備制度という。そして、貸し出しに回さずにキー プしておく金額を支払準備と呼ぶ。支払いのため に準備しておくお金、という意味である。この部 分準備制度が、お金を増やすマジックの正体であ る。どうやってお金を増やすのかのタネ明かしを していこう。  仮に、支払準備率が10%だったとする。そして、 A銀行に預金が総額100億円あったとしよう。 すると、A銀行は10億円(100億円×10%)を 支払準備としてキープし、残りの卯億円を貸し出 しに回す。そして、貸し出された卯億円は、また 別の銀行の預金口座に預けられることになる。こ こでは、仮にB銀行に預けられたとしよう。ここ で、不思議なことが起こる。もともとは100億 円だったのに、銀行の貸し出しという業務を通じ て、A銀行とB銀行を合わせて190億円の預金 があることになるのだ。  なぜこのようなことが起きるかを説明する。も ともとの100億円は、A銀行の預金者たちが預 けたお金である。つまり、A銀行の預金口座の通 帳残高を全部足し合わせると100億円になるわ けだ。そして、A銀行が卯億円貸し出した後も、 この通帳残高の総額は100億円のままである。 A銀行の預金者がお金を引き出したわけではない ので、当たり前のことだ。  けれども、A銀行の中には現金は10億円しか 残っていない。預金者の引き出しと預け入れは大 数の法則によっておよそバランスするので、10億 円準備しておけば十分対応できるというわけだ。 残りの卯億円はどこへ行ったかというと、B銀行 の預金口座に入っている。つまり、A銀行とB銀 行の中にある現金の総額は100億円(A銀 行一10億円、B銀行一卯億円)だが、A銀行と B銀行の通帳残高の総額は190億円(A銀 行一100億円、B銀行一卯億円)になってい るのだ。  さらにB銀行は、卯億円のうち9億円(卯億円 ×10%)を支払準備としてキープし、残りの81億 円を貸し出しに回す。このとき、当然ながらB銀 行の通帳残高は卯億円のままである。しかし、B 銀行の中には現金は9億円しか残っておらず、残 り81億円はC銀行の預金となっている。  同じことが連鎖していって、お金はどんどん増 えていく。世の中に出回る現金の総額は100億 円で変わっていないが、A銀行、B銀行、C銀 行……とすべての銀行を合わせたときの通帳残高 の総額は増えていくわけだ。  最終的にはどこまで膨らむかというと、以下の 式で計算される額までである。  世の中に出回ったお金=100億円+100億 円×卯%+100億円×卯%×卯%十……  要は、預金の9割が貸し出しに回り、その貸し 出しは別の銀行の預金になって、その預金の9割 がまた貸し出しに回って……ということがずっと 続くので、すべての銀行の預金の合計値はこのよ うな式で表されるのだ。この計算を解くには、高 校で習う等比数列の公式を使う必要がある。公式 に当てはめると、答えは1千億円になる。つまり。 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶  丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 100億円の現金が、1千億円の通帳残高を生み 出したことになる。このように、銀行が世の中に 出回るお金の量を何倍にも膨らませることを、信 用創造という。  信用創造のスタート地点になる預金(この例の 場合はA銀行の預金)のことを、本源的預金と呼 ぶ。そして、そこから派生した預金(B銀行、C 銀行、D銀行……の預金)のことを、派生的預金 と呼ぶ。本源的預金100億円から、派生的預金 900億円か生み出されたわけだ。  預金者は、自分の預金をきちんと守ってくれる と。信用”して銀行にお金を預ける。そして銀行 は、貸したお金を必ず返してくれると。信用”し て企業や個人にお金を貸す。そういう。信用”の 連鎖によってお金が。創造”されていくので、信 用創造という名前が付いている。  銀行の持つ信用創造機能は、現代経済に不可欠 である。なぜならば、企業が経済活動をするため には、まとまった大きなお金が必要だからだ。そ んな大金を自力で用意するのは難しいので、銀行 から借りるわけである。それに、私たちが家を買 うときに借りる住宅ローンや、車を買うときに借 りる自動車ローンも、部分準備制度のおかげで借 りることができているといえる。もしこの制度が なくて、銀行が通帳残高と同じ額の現金をキープ しておかなければならなかったとしたら、1円も 貸すことができなくなるからだ。そして銀行も、 貸し出しができなければ金利差で稼ぐことができ ないので、人件費やATMの管理費などを賄えず に破綻してしまう。  銀行は、部分準備制度のおかげでまとまった金 額を企業に貸し出すことができる。お金を借りた 企業はそれを原資にビジネスを展開して儲け、従 業員に給料を払って、従業員がもらった給料でモ ノを買う。そして、自身も銀行から借り入れをし て家や車を買う……という流れで経済が活性化し ていくのである。信用創造のおかげで、経済の規 模が大きくなるというわけだ。  上記の例では、お金は10倍になったわけだが、 現実の世の中では、信用創造でお金が何倍に膨ら むかは経済の状況によって変わる。囗本の場合、 バブルの前後は12~13倍だったが、2000年代 に入ると6~8倍まで低下し、最近はさらに下 かつて3倍程度になっている。これは、景気を良 くしようと当局がたくさんお金を供給している一 方で、モノが売れないから企業がお金を借りて事 業を拡大しようという気にならず、貸し出しが増 えていないからである。お金を借りてくれる人が いないと、信用創造は機能しないのだ。  いずれにせよ、信用創造機能が現代経済を支え ていることに変わりはない。そしてそれは、大数 の法則が働くことで成り立っているのだ。 圜大数の法則が、民主主義を支えてい   る  今までは金融の話ばかりだったが、大数の法則 は金融以外の分野でも活躍している。例えば、民 主主義社会の意思決定に使われる多数決もそうで ある。私たちは子供のころから、多数決は民主的 な。良い”決め方だと教えられてきた。だからそ う信じているわけだが、なぜ多数決が。良い”決 め方といえるのか、その根拠を集団としての意思 決定を行う上で教わったことがある人は少ないの ではないだろうか。  意見を集約するためにどういうやり方が望まし いかを専門で研究する、社会選択理論と呼ばれる 分野がある。この分野では、個人の意見を集約し て集団としての結論に達するために、どういう方 法が望ましいかを数学的に研究している。  社会選択理論における最も基本的な考え方に、 陪審定理というものがある。これは、多数決で正 しい答えが出る確率がどれくらいかを数学的に示 した定理だ。イメージとしては、法廷で被告が有 罪か無罪かを、陪審員の多数決で決めるとする。 実際の陪審制では満場一致が原則の場合が多いが、 ここでは多数決で結論を出すと仮定している。被 告が本当に罪を犯したのかどうかは誰も知らない。 陪審員たちは、被害者の証冐や現場に残された証 拠、そして検察側と弁護側のやり取りを手掛かり に、推測するしかない。  ここで、陪審員の人数と判決の正しさの関係を 考えてみる。陪審員が1人だけだと、その人が 100%正確に判断できないと正しい結論は出な い。3人だと、1人間違ってもよいことになるの で、ひとりひとりで見れば100%正確である必 要はなくなる。そして10人だと、4人までは間 違ってもよいので、ひとりひとりが正解を選ぶ可 能性はさらに低くてよいことになる。このように、 陪審員の数が増えるほど、1人あたりが正解を選 ぶ確率は低くてもよくなっていく。最終的に、陪 審員の数が十分に多い場合は、1人あたりが正解 を選ぶ確率が50%より少しでも大きければ、多数 決によりほぼ100%の確率で正解を選べること が分かる。  この陪審定理は、大数の法則を使って証明する ことができる。被告が有罪か無罪かを選ぶのは、 数学的に見ればコイン投げと同じだ。例えば、裏 を有罪、表を無罪とする。コインが少し歪んでい て、裏が少しだけ出やすかったとする(例えば 50・1%)。そのとき、1回や2回投げた程度で は、コインの歪みは結果に反映されないだろう。 しかし、100回、150回と投げる回数を増や していけば、次第に裏が多く出る傾向が分かって きて、最終的には大数の法則により裏一表の比 率が50・1%一49・9%に収束するはずである。  これと同じことが、陪審定理でも起きている。 有罪が正解たったとして、陪審員たちが有罪を選 ぶ確率が50%より少しでも高かったとしよう(例 えば50・1%)。そうすると、陪審員が大勢いる 場合は、大数の法則により有罪一無罪の比率が 50・1%一49・9%に収束し、多数決で正しい 選択肢が選ばれるのだ。  ここで重要なのは、陪審員ひとりひとりは大し て精度が高くなくてもよいという点である。それ でも、陪審員が非常に大勢いる場合は、集団とし ての意思決定は100%正確になるというのが、 陪審定理の主張だ。もちろん、人数が限られてい るときは陪審員ひとりひとりの精度が重要になっ てくるが、非常に大勢で多数決を採る場合は、1 人あたりの精度はランダムより少し高い程度でよ いということである。  ただし、これはあくまで理想的な状況での話だ。 実際には、陪審員が大勢いればそれだけで陪審定 理が成立するわけではない。陪審定理は大数の法 則がベースとなっているので、「独立性」と「同 一性」が満たされなければならないのだ。陪審定 理では、陪審員達は1人1票が仮定されているた め、「同一性」は担保されている。問題は、「独立 性」の方である。  陪審員の中に、たまたま有名大学の犯罪心理学 の教授がいたとしよう。ほかの陪審員はサラリー マンだったり主婦だったり様々であるが、犯罪心 理学の専門家を前にして、すっかり恐縮してし まっている。そして教授は、「この被告は絶対に 無罪だ!・」と強く主張している。この場合、ほか の陪審員たちは、本当は有罪だと思っていても、 教授の意見に引っ張られて判断を変えてしまうか もしれない。  このヶIスのように、陪審員がそれぞれ自分の 頭で判断することができず、誰かの意見に引っ張 られてしまうような場合では、「独立性」が担保 されないので陪審定理は無効になってしまう。つ まり、陪審定理が成り立つためには、陪審員がそ れぞれ独立した判断軸を持っていて、自分の頭で 考えて結論を出さなければならないのだ。このこ とを、判断の「独立性条件」という。  多数決は数学的にも正しい選び方ということを、 陪審定理が教えてくれている。しかし、皆がちゃ んと自分の頭で考えて判断している状況でないと、 多数決は機能しないということだ。ただし、判断 の独立性条件は、陪審員がお互い議論を交わした り、意見を伝え合ったりすることを否定している わけではない。むしろ、そのような議論を通じて 新しい情報や異なる視点からの考え方を学べば、 陪審員たちの判断の正確性が増すことが期待され る。前述のように、陪審員の人数が限られている 場合は、陪審員ひとりひとりの精度が重要になっ てくるので、陪審員の判断の正確性が増すことは、 一般的に良いことといえる。  けれども、最終的な判断は自分の頭で考えて行 わなければならない。周りを見て結論を修正して しまえば、判断の独立性条件が崩れ、多数決の正 当性が失われてしまうのだ。  ちなみに、多数決は選挙や株主総会のときだけ でなく、実は私たちの脳の中でも行われているら しい。私たちの脳は、無数のニューロン(神経細 胞)が電気信号をやり取りすることで色々な情報 を処理している。ニューロンには樹状突起と呼ば れる無数の枝みたいなものが生えていて、ほかの ニューロンからの電気信号がそこから人つてくる。 そして、軸索と呼ばれるコードのような組織を通 じてほかのニューロンへ電気信号を送る。入力は 樹状突起から、出力は軸索からというわけだ。そ して、電気信号のやり取りは、シナプスと呼ばれ る部分で行われる。  1つのニューロンには、何と数万個ものシナプ スがあり、ほかのニューロンからの電気信号がど んどん入って来る。ニューロンの中には、電気信 号の伝達を促そうとする興奮性ニューロン(いわ ば賛成意見)と、それを抑えようとする抑制性 ニューロン(いわば反対意見)がある。そして、 1つのニューロンにはその両方からの電気信号が シナプスを通じて入ってくる。電気信号を受け 取ったニューロンは、賛成意見と反対意見を総括 して、ある程度以上に賛成優位な場合に電気信号 を出すわけだ。そうやって多数のニューロンが協 力して情報処理をすることで、脳全体として安定 的に活動ができるのである。  そのほかの例を出すと、人工知能の世界でも多 数決が取り入れられている。機械に物事を学習さ せる方法は何種類かあって、それらの方法はまと めて「機械学習アルゴリズム」と呼ばれているが、 それぞれのアルゴリズムには一長一短がある。ア ルゴリズムAは、あるケースではうまく働くけれ ど、別のケースではうまくいかない、といった感 じである。そこで最近注目されているのが、複数 のアルゴリズムを同時に動かして、多数決で結果 を出させるやり方だ。このやり方は、複数のアル ゴリズムを1つのまとまり(アンサンブル)とし て使うので、アンサンブル学習と呼ばれる。  アンサンブル学習での。多数決”は、一般的な イメージの多数決の場合もあれば、そうでない場 合もある。例えば、選挙と同じような要領でアル ゴリズムに選択肢を与えて1つを選ばせ、得票数 の多い選択肢を採用する場合もあれば、それぞれ のアルゴリズムに数値を予想させ、その平均値や 中央値(それぞれのアルゴリズムが出した数値を 小さい順、または大きい順に並べたとき、ちょう ど真ん中にくる値)を採用する場合もある。要す るに、何らかの形でよ忌見”を集約し、その結果 を採用するわけだ。  実際に、それぞれのアルゴリズムを単独で使っ た場合よりも、アンサンブル学習の方が結果が良 くなる例が多く確認されている。コンピューター のアルゴリズム同士で多数決を採るというのは不 思議な感じがするが、人間と違って他人の意見に 流されたりしないので、人間よりも多数決に向い ているのかもしれない。多数決の有効性は、人間 の意思決定に隕っだ話ではないということだ。  多数決の話の最後に、面白いエピソードを紹介 しよう。『「みんなの意見」は案外正しい』 (ジェームズースロウイッキー著、角川書店)の 冒頭に出てくるもので、多数決が持つ不思議な力 をよく表している。  話の主役はイギリス人科学者のフランシスーゴ ルトン(1822~1911年)だ。彼は、優生 学の創始者として知られる人物である。優生学と は、人々の遺伝子を改良して優秀な人を増やし、 社会を良くしていこうという発想のもとに、人種 改良・遺伝子操作・産児制限(ここでは、精神障 がい者や遺伝子疾患を持つ人、あるいは。劣等民 族”などが子供を産むのを禁止することを指す) などを積極的に活用していこうとする分野だ。20 世紀初頭には大きな支持を得てナチスの人種政策 に採用されたりしたが、今では時代遅れな学問と して歴史に埋もれている。  1906年秋のこと、彼はイギリスのプリマス という地域で開かれた家畜見本市に足を運んだ。 その囗の見本市では、雄牛の重量当てコンテスト が開催されていた。800人ほど参加者がいて、 それぞれが雄牛の重量を予想して紙に書いて投票 し、実際の重量と一番近い人が賞を受け取るとい うものだ。参加者の顔触れは様々で、畜産農家な ど専門的な知識を持った人もいたが、競馬好きな だけの人(馬↓牛という連想?)や、牛のことは 何も知らないけれども、単に面白そうだから参加 したという人も沢山いた。  ゴルトンは、一部の優秀な血統の人々以外は信 頼に値する知性を持ち合わせていないと信じ込ん でおり、それを証明したがっていた。雄牛の重量 当てコンテストは、様々なバックグラウンドを持 つ人々が1票ずつ投票するという点において、民 主主義の仕組みと共通点がある。そこで彼は、雄 牛の重量当てコンテストを通して”平均的な有権 者”の持つ能力を推し量れると考えた。彼として は、平均的な有権者は無能だと示したかったわけ だ。  そこで彼は、コンテスト終了後に主催者から投 票用紙を譲り受け、コンテスト参加者の予想の平 均値を計算してみた。予想の平均値は、コンテス ト参加者の集団としての予測能力を反映している といえる。この数値が全く的外れなものであれば、 平均的な有権者の能力は信頼に値しないと結論付 けられるはずであった。ところが彼の予想に反し て、コンテスト参加者の集団的な予想は非常に正 確なものだった。予想の平均値は1197ポンド だったが、実際の重量は1198ポンドで、なん とわずかIポンドの誤差で正しかったのだ。  このように、人々の集団が個々人の能力を超え た予測能力や問題解決能力を示す場合があること が知られており、人々が集合することで生み出さ れる知性という意味で「集合知」と呼ばれている。 そして、集合知が働くメカニズムにも、大数の法 則が関係している。  雄牛の重量当てのヶIスでいえば、人々は様々 な観点から自分なりの予想をしていく。ある人は 雄牛の平均的な重量と体格を知っていて、それと の比較で「この雄牛はよく肥えているから、平均 よりI割くらい重いかな……」などと推測する。 また別の人は、自分の体重と比較して、「こいつ の方が俺より10倍くらい重そうだな……」などと 考える。誰も本当の答えを知らないので、ある人 は雄牛の重量を過大評価し、ある人は過小評価す ることになる。  参加者の判断がそれぞれ独立しているならば、 過大評価する人の割合と過小評価する人の割合は 大体同じくらいになると考えるのが自然だ。もし 集団の中にリーダーがいて、その人の予想がたま たま過小評価気味だったり過大評価気味だったり すれば、他の人々も同じ方向に傾いてしまうかも しれない。けれども、今はそういうリーダーがい ない状況なので、傾きは生じていないと考えるの が自然なわけだ。  そして、予想をする人が多くなると、大数の法 則によって過大評価の票と過小評価の票がおよそ 均衡し、平均値をとる際に過大評価と過小評価が 打ち消しあって、真の値に近い結果になるのだと 考えられている。  集合知の話については第3章や第4章でも改め て触れるが、ひとりひとりが自分の意見をしっか り表明すること(判断の独立性)が集合知のカギ になっている。リーダーの意見に迎合する集団で は、個人の能力を超えた力を生み出すことができ ないのだ。 圜資産運用と大数の法則  大数の法則は、経験数が多くなるにつれ、ある べき姿に収束していくという法則であった。これ は、一度にたくさん行う場合にも当てはまるし、 時間をかけて経験数を積み上げる場合にも当ては まる。サイコロの例でいうと、大数の法則は、1 万個のサイコロを一度に振ったときにも当てはま るし、1個のサイコロを1万回振ったときにも当 てはまるということだ。直感的には当たり前の話 である。  今までは二度にたくさん行う”例ばかりだっ たので、ここで、。時間をかけて経験数を積み上 げる″例を見てみよう。そのために、資産運用の 戦略の1つである、長期投資について考える。長 期投資とは、自分が見込んだ企業の株などを買っ て長期間保有し、配当や株価の上昇を通じて利益 を得る投資スタイルのことだ。確定拠出年金やN ISAを通じて長期投資をすれば税制上のメリッ トが得られることもあり、読者の中には既にやっ ているという方も多くいらっしやるだろう。また、 最も典型的な投資スタイルの1つであることから、 多くの金融機関や資産運用会社が関連するサービ スを提供している。  長期投資で有名な人物としては、世界長者番付 の常連ウオーレンーバフェットが挙げられる。彼 はバークシャー・(サウェイという会社の経営者 で、資産が600億ドルを超える超大金持ちだ。 バークシャー・(サウェイは、色々な会社の株式 に投資をしている。その投資方針は、実力対比で 割安な水準になっていると彼らが考える企業の株 式を買い、長期保有するというものである。まさ に、典型的な長期投資のスタイルだ。  長期投資を実践する人たちは、割安な株を買っ て長期保有すると儲かると考えている。その根拠 は何だろうか? それには、大数の法則が絡んで いる。株は証券取引所というところで毎日取引さ れているので、その値段は毎日変化する。ある日 はたまたま大口の買いが入って上昇、別の日はネ ガティブなニュースが出て下落といった具合だ。 このように、株価は日々上がったり下がったりし ているので、その株価が持つ実力よりも割安な水 準になっているときがある。けれども、長期的に 見れば、そういった歪みは解消されて、実力相応 の株価に戻ると考えることができる。  なぜならば、株価の変動はサイコロと同じよう に確率的な現象と見なすことができるからだ。毎 日の株価の動きには、本当はちゃんとした理由が ある。例えば、ある日の株価が下がっだのは、大 囗投資家のAさんが新しい事業を始めようとして、 その資金確保のために売っだのかもしれない。け れども、証券取引所ではすべての取引が匿名で行 われるし、なぜ売ったのか、なぜ買っだのかの理 由を申告する必要もないので、株価がなぜ変化し たのかは、結局誰にも分からない。ニュースで 「本日の日経平均が下落しだのは、夜間の米株の 下落につられたためです」などと株価が上がった 理由、下がった理由を説明していることがあるが、 実は単なる推測で話しているだけである。なので、 株価について分析を行うときは、株価の動きは確 率的な現象で、ランダムに動いていると見なすこ とが多い。  この点については、サイコロと同じだといえる。 サイコロをもしぷ九璧に”同じ条件で振ったとし たら、毎回同じ目が出るはずだ。サイコロを振る たびに目が変わるのは、手の力の入れ方や投げる 角度、サイコロを投げ入れたお椀の表面の細かな 凹凸、部屋の空気の流れ、その他諸々の理由で、 毎回微妙に条件が変わっていて、そのせいで最終 的に上を向く面が変わってくるからである。けれ ども、そういった条件の違いを完全になくすこと は事実上不可能だ。だからこそサイコロは確率的 な現象、つまり、1から6の目のうちどれか1つ をランダムに出すものと見なされるわけだ。  株価が毎日変動するのは、サイコロを毎日投げ 続けることと似ている。サイコロは、最初のうち は理論から外れた結果になりやすいが、投げ続け ると大数の法則によって本来の確率に収束してい く。同じように株価も、たまたま割安になったり することはあるが、そのタイミングで買って長期 保有しておくと、大数の法則によって本来あるべ き価格に収束していく(つまり上昇する)と考え ることができるのだ。  このように、長期保有は大数の法則を使用した 投資戦略だといえる。ただし、長期保有の戦略で 一番難しいのは、株価の本来の実力を推し量るこ とである。サイコロの場合は、それぞれの目が出 る確率は6分の1だと誰の目にも明らかなので。 。本来あるべき姿”は議論の余地もないほど単純 だ。一方、株価の場合は、。本来あるべき姿”を 見極めるのは専門家でも難しい。企業の実力や将 来性は、企業が持つ理念や人材や経営方針、そし て政治の動向や国際社会情勢など色々な要素が複 雑に絡み合って決まってくるからだ。ウォーレ ンーバフェットなどの天才投資家は、その分析が 非常にうまいので、うまく稼げているといえる。  また、割安だと思って株を買ったとしても、長 期保有しているうちに世の中が変わっていって、 その会社のビジネスモデルが時代遅れになってし まい、。本来あるべき価格”が大きく下がること だってありうる。その場合は、躊躇せずに売らな ければならない。。長期”投資といっても5年や 10年などの明確な投資期間の目安があるわけでは なく、臨機応変というわけだ。  余談だが、大数の法則が一度にたくさん行う場 合にも当てはまるし、時間をかけて経験数を積み 上げる場合にも当てはまるという話は、直感的に は当たり前のように感じるが、数学的な証明はま だ誰も成し遂げていないため、数学上は仮説の扱 いである。この仮説のことを、専門用語で「エル ゴート仮説」という。ただ、エルゴート仮説が正 しいという前提で理論を構築すると現実をとても うまく説明できるため、正しいと見なして議論を 進めることがほとんどである。 圜大数の法則が機能すれば経済は安定   するが、崩れればバブルになる  経済の安定にも大数の法則が貢献しているとい う話をしよう。ある国の経済活動がどれくらい活 発かを考えるときは、GDP(国内総生産)を目 安にすることが多い。囗本の場合、GDPは四半 期に1回公表されるので、そのたびに「2期連続 でマイナス成長となり、景気後退局面入りの可能 性が高まりました」とか、「GDPがプラスに転 じ、景気回復の兆しが見えてきました」などと ニュースでやっている。  GDPとは、ある期間(1年、四半期など)に 国内の経済活動で生み出された付加価値の総和の ことだ。付加価値とは、モノの値段から、それを 作るのにかかった費用を引いた金額のことである。 例えば、トヨタが国内工場で300万円の車を 240万円(原材料費、人件費、その他諸々のコ スト)かけて作ったとしたら、付加価値は60万円 (300万円-240万円)である。日本のGD Pは、そうやって日本国内で生み出された付加価 値をすべて足し合わせた値である。  つまり囗本のGDPとは、国内の企業や自営業 者などの経済主体が生み出した付加価値の合計値 ということだ。当然ながら、それぞれの経済主体 がどれくらいの付加価値を生み出すかには、大き な不確実性がある。悪天候が続けば農家が生み出 す付加価値は小さくなるだろうし、エコカー減税 が拡大すれば車が売れて、自動車メーカーの生み 出す付加価値は大きくなるだろう。  けれども、囗本のGDPは、そこまで極端にブ レたりはしない。2%上がったりI%下がったり はするが、いきなり半分になったりはしない。よ り一般的にいうと、日本を含めた先進国のGDP 成長率は大体±5%くらいの範囲に収まっていて、 そこまで極端に変動することはない。これは、大 数の法則が働いているからと考えることができる。  もし、日本国民が3人しかいなかったとする。 そして、日本全体のGDPが仮に1千200万円 だとしよう(本当は500兆円以上だが、「例え ば」の話とする)。その場合、1人当たりGDP は400万円(1200万円小3)になる。3人 は一生懸命働いて日本経済を支えていたが、ある とき、そのうち1人が「俺、旅に出る」といって、 突然インドへ旅立ってしまった。そうするとどう なるか? 今まで3人で日本経済を支えていたの に、これからは2人で支えなければならなくなる。 すると、1人当たりGDPは400万円なので、 単純計算で日本のGDPは800万円になってし まう。1人抜けたことで、経済力が33%も落ちた のだ。  このように、人口と経済の安定性は密接に関係 している。ひとりひとり、またはそれぞれの企業 が労働によって生み出す経済的価値は、色々な理 由で大きくブレる。つまり、それぞれの経済主体 が生み出す付加価値は、サイコロの目と同じよう に確率的に変動するのだ。けれども、無数の経済 主体が集まった。日本経済”という全体で考える と、大数の法則によってGDPが安定してくるの だ。  しかし大数の法則は、人口が多ければ必ず働く というわけではない。「独立性」や「同一性」が 担保されなければならないのであった。このこと を経済に当てはめて考えると、少数の財閥や大企 業が国の経済を支配するのは良くないということ になる。  囗本には独占禁止法という法律がある。隕られ た企業や財閥が業界を独占してはいけませんとい う法律だ。このような法律は、日本だけでなく、 先進国・新興国問わず多くの国で制定されている。 例えば、米国では反トラスト法、欧州連合ではE U競争法といった具合に呼び名は違うが、法律の 理念は同じである。  独占をなぜ禁止するのか? 経済学の教科書に は、「企業の競争を促すため」と書いてある。企 業が競争することで安くて魅力的な商品が生まれ るので、競争を妨害する”独占”は許さないとい うわけだ。確かに、とても説得力のある説明だと 思う。けれども、私たちが経済に求めているのは、 安くて魅力的な商品だけではないはずだ。  それと同じくらい大切なのは、経済の安定性で はないだろうか。私たちは、競争によって「豊 か」な経済を手にしたいのはもちろんだが、それ だけでは不十分で、さらに貪欲に「豊かで安定」 な経済を求めているのだ。戦国時代や江戸時代の ように、度々食料が不足して一揆を起こさなけれ ばならない経済には戻りたくないのである。  ここで、独占禁止法のもう1つの役割が見えて くる。ある業界が多くの企業から成り立っていて、 お互いに競争していたとする。その場合、それぞ れの企業には独自の経営組織があって、それぞれ 独立に経営判断を行っている。多くの企業があっ て、それぞれの判断や行動が独立しているという ことは、そこに大数の法則が働くということだ。 一方、ある業界が独占状態にある場合は、その独 占企業の経営陣の判断で業界の運命が決まってし まう。この場合、判断の「独立性」が担保されて いないので、大数の法則は働かないことになる。  経営判断が異なれば、うまくいって儲ける企業 もあれば、うまくいかず損失を出す企業も出てく るだろう。けれども、無数の企業をグループとし て考えれば、大数の法則によって安定した経済活 動を営むことができるということだ。大数の法則 は、偶然によるブレを小さくして、あるべき姿に 収束させるという役割を持つ。経済の場合も同じ で、大数の法則が働くことで安定していくのだ。  つまり、独占禁止法は、企業の競争を促すのに 加えて、企業の経済活動の「独立性(経営判断の 独立性)」や「同一性(独占企業や財閥などの特 別なヤツがいない)」を担保して大数の法則が働 く環境を維持するという役目もあるといえる。独 占禁止法は、大数の法則を通じて経済の安定性に 貢献しているのだ。  ただし、独占禁止法が目を光らせている国でも、 多くの企業が同じ判断をしてしまって大失敗する といったことは起こり得るので、注意が必要だ。 それはどういうときかというと、バブルが発生し ているときだ。代表的な例として、1980年代 後半から卯年代初頭にかけての日本のバブル景気 や、2000年代のアメリカの住宅バブルとその 後の世界金融危機(2007~08年。日本では リーマンショックという名で知られている)が挙 げられる。  囗本のバブル景気については、色々な逸話が 残っている。万札を振りかざさないとタクシーが 止まってくれなかったとか、銀座のホステスに 100万円ものチップを渡す人が珍しくなかった とか。有名な話として、山手線の内側の地価だけ でアメリカ全土が買えたそうだ。実際に、当時の 囗本の地価は異常なほどに高騰していた。地価を 評価するのによく使われる指標として、地価の対 GDP比率というものがある。国の経済が発展し ていくと、土地を借りて生産活動をした場合の生 産性も上がってくる。例えば100ヘクタールの 土地に工場を建てる場合、豊かな国の方が高度な 設備やレベルの高い人材を投入できるので、生み 出せる付加価値が大きいというわけだ。そのため、 国や地域の地価が割安か割高かを見る場合、地域 のGDPと比較することが多い。  では、バブル期の日本の土地時価総額(日本全 土の地価の合計)がどの程度だったかというと、 何とGDPの6倍近くに達していた。同時期のア メリカにおける土地時価総額の対GDP比率が1 倍程度たったことを考えると、いかに異常な数字 かが分かるだろう。それにもかかわらず、当時の 日本では、土地の価格は下がらないという。土地 神話”が信じられていた。  そういう状況の中で日本の銀行は、土地を担保 にして企業にお金を貸しまくっていた。担保とは、 お金を借りた企業が経営悪化などの理由でお金を 返せなくなった場合のことを考えて、銀行側が予 め「お金を返せなくなった場合は、これを差し押 さえます」といって指定しておく物品や土地など のことをいう。  土地を担保にする場合、お金を返せなくなった ときは銀行がその土地を差し押さえて、売り払う ことでお金を取り戻すということだ。けれども、 土地を担保にするというのは、実は結構危険なこ とである。例えば、10億円相当の土地を担保に、 企業に10億円を貸したとしよう。その後、企業の 経営が悪化し、お金を返せなくなってしまった。 そこで担保の出番なわけだが、もしこの時点で土 地の価値が5億円まで下かつていたら、土地を 売って現金に変えても5億円しか賄えない。銀行 は、残りの5億円を貸倒損失(貸したお金を踏み 倒されて出た損失)として計上しなければならな い。  当時の囗本の銀行は、地価は下がらないという 土地神話を信じていた。もし企業の経営が悪化し ても、担保の土地を差し押さえて売ればお金を回 収できると考えていた。だから、貸し出し実績を 積み上げるために、大した審査もせずに貸しま くったわけだ。  その結果、バブルが崩壊すると大変なことが起 きた。多くの企業の経営が悪化してお金が返せな くなった上に担保の土地も値下がりしたので、回 収できない債権、即ち不良債権が積みあかつて、 多くの銀行が破綻したり経営危機に陥ったりした のだ。  当時の囗本にも、もちろん独占禁止法はあった。 けれども、多くの銀行が土地神話を信じ、同じ行 動に走ってしまっていたわけだ。  次に、米国の例を紹介する。2007~08年に 起きた世界金融危機の発端は、米国の住宅バブル に乗じたサブプライムローンの流行といわれる。 サブプライムローンとは、あまりお金持ちでなく て信用力がイマイチな人たち(サブプライム層) に家を買うための費用を貸し出す、住宅ローンの 一種のことだ。なぜ信用力がイマイチな人にお金 を貸したいかというと、高い金利が取れるからで ある。お金持ちで信用力が高い人(お金を必ず返 してくれる人)は、取りっほぐれがないので、 「低い金利でもいいよ’・」といって皆がお金を貸 したがる。一方、信用力がイマイチな人は、自己 破産してお金を返してくれなくなるかもしれない ので、その分金利を高くして貸し出すわけだ。  けれども、きちんと返してくれるという前提な ら、信用力がイマイチな人にお金を貸した方が、 金利が高い分儲かる。当時のアメリカの金融機関 は、信用力がイマイチな人にサブプライムローン でお金を貸しまくり、家を買わせていた。担保は 何かというと、その家自体である。住宅価格が ずっと上がり続けていたので、貸した人がお金を 返せなくなっても、担保にしている家を差し押さ えて売れば回収できると考えていたのだ。  さらに、米国の金融機関は、そうやって貸し出 したローンから得られる利益を小分けのチケット に切り分けて世界中の金融機関に売りまくってい た。そのチケットのことを、不動産担保証券(M BS)という。これは、1囗馬主制度と似た仕組 みである。1囗馬主とは、1頭の競走馬を買う費 用を40~500日くらいに分けて、一般の人に出 資を募るという制度だ。1人で何口買ってもいい わけだが、買った人は持っている口数に比例して、 その競走馬が稼いだ賞金の分配を受ける。  同じようにMBSは、住宅ローンから得られる 利益を小口に分けたものだ。1日馬主の場合は利 益の源泉はレースの賞金だったが、MBSの場合 は住宅ローンの債務者が支払う利子と元本である。 住宅ローンの債務者は、債権者である金融機関に 利子と元本を支払っていく。金融機関は、債務者 から受け取ったお金(利子や元本の返済金)をM BSの購入者たちに分配する。つまり、MBSの 購入者は、債権者としての利益を得られるのだ。 前述のようにサブプライムローンは高い金利で貸 し出されているので、サブプライムローンのMB Sを買えば儲かるということである。  MBSを売る側は、専門的な計算によってロー ンの価値(いくらで販売すべきか)を算出しだの ち、そこに手数料を上乗せして実際の販売価格を 決める。売ることで債権が現金に変わるのでリス クはなくなるし、手数料も得られるわけだ。  そういうことを多くの金融機関がこぞってやっ ていたのだが、2007年から雲行きが怪しく なっていった。住宅価格が下がり始めたのだ。住 宅価格があまりに高くなりすぎて、買える人がい なくなってきたのである。作りさえすれば高く売 れると思って家を作りまくっていた不動産会社は、 急に在庫を大量に抱えることになって、値引きせ ざるをえなくなってきたわけだ。  そして、信用力がイマイチな人たちは、案の定 「やっぱりお金返せません」と言ってきた。金融 機関としては、そういう場合は家を差し押さえて 資金を回収しようと考えていたわけだが、担保の 家自体の価格が下かつているので、あてが外れて しまった。  ここにきて、世界中の金融機関が心配したのは、 「MBSから、どれくらい損失が出るのか」とい うことである。けれども、住宅がどれくらいまで 値下がりするかは誰にもわからない。なので、金 融機関の経営陣は「よくわからないから、とりあ えず売ろう! 値段は相手の言い値で構わない」 と判断し、MBSをとにかく売り払ってしまうこ とにした。そして、MBS市場の暴落を招いたわ けだ。  こうして、多くの金融機関が予期せぬ大損失を 被り、経営危機に陥った。最も人々を驚かせたの は、当時AAAの格付けを持ち、世界最大級の金 融機関だったりIマンーブラザーズの破綻である。 リーマンーブラザーズは、サブプライムローン投 資から巨額の損失を計上したことにより経営が悪 化し、6130億ドル(約64兆円)という天文学 的な負債を抱えて破綻してしまった。そして、 リーマンーブラザーズと取引していた多くの金融 機関に損失が波及するなどして、その後の金融危 機へと繋かっていったのだ。  バブルのときは、企業も投資家も独立して判断 しなくなり、皆同じことを考えるようになる。サ ブプライムローンの例でいえば、貸した金を返し てくれなくても家を差し押さえればよいと皆が考 えていた。「そのとき、もし家の価格が下かつて いたら……」と考えた人はいなかったわけだ。と いうか、仮にそういうことを考えた人がいたとし ても、MBSに投資しないという決断を下すのは 非常に難しかったはずだ。金融機関に勤める者に とって、価格が上がり続けているときに「自分は 買いません」と宣言するのは極めて難しい。上司 を説得するのは至難の業だし、そのまま価格が上 がり続ければ、買いのタイミングを逃した能無し として出世の道が断たれるか、最悪クビになって しまうからだ。結果として、皆が同じ行動に走る ことになる。  著者は、駐在員としてアメリカに住んでいた経 験があるが、給与支払いのためにアメリカの銀行 の口座が必要だと言われて口座開設に行ったとき、 中年のインド系男性が口座開設員として対応して くれた。その人のブースに行くと、壁に写真や賞 状がたくさん貼られていた。それらは、MBSの 販売で高い業績を上げたことを称える賞状や、授 賞式の写真たった。そして、写真に記された撮影 囗や賞状に記された日付を見ると、どれもアメリ カの住宅バブルの時期のものであった。  アメリカの金融機関では部門をまたいだ人事異 動というのはあまりないので、その大は、世界金 融危機後にMBS部門から追い出されてしまつだ のかもしれない。いずれにせよ、バブルが多くの 人の人生に影響を与えたことは事実だ。  それだけ多くの大に影響を与えるバブルだが、 未然に防ぐのは難しいといわれている。大は、ま わりに影響されやすい生き物だ。周囲が大儲けし ているのに、自分だけ「バブルかもしれないから、 自分はやらない」と判断することは容易なことで はない。実力相応の繁栄なのか見せかけの繁栄 (バブル)なのかを見分けるのはとても難しいの だ。  なぜバブルの防止が難しいかというと、人の判 断について「独立性」を保つことが難しいからで はないだろうか。バブル時代の囗本の銀行も、米 国のサブプライムローンも、普通は融資の審査は 厳しく行うのが定石なのに、大した審査もせずに 貸しまくっていた。しかもその根拠が、囗本の場 合は土地神話、米国の場合は「住宅価格がこれか らも上がるはず」という思い込みであった。どち らも、金融の専門家とは思えない無責任な行動に 見えるが、実際にバブルの最中にいるときは、そ れがバブルなのか、単なる好景気なのかを見分け るのは至難の業だ。後世の人は「冷静に考えたら 分かるじやないか」と思ってしまうが、バブルの 中にいるときは、冷静に考えること自体が難しい のだ。  大は自分の頭で考えているように見えても、知 らず知らずに他人の考えの影響を受けてしまう。 もちろん、ほかの人の意見を聞いた上で、最後は 自分で判断を下すというのならよいが、いつのま にか人の意見に流されていたりするものだ。前述 の多数決の例で出てきた「判断の独立性条件」は、 実はかなり厳しい条件だといえる。つまり、多数 決のような。人々の意見のまとめ方”に大数の法 則を活用するのは、そう簡単ではないということ だ。逆にいえば、この点について深く考えていく と、世の中を良くしていくヒントが見つかるかも しれない。  というわけで、第3章では大数の法則を世の中 で活用するためには何か必要かについて考えてい きたい。 圜大数の法則を社会に活かすための4    つの条件  第2章では、大数の法則が私たちの生活に深く 関わっていることを見てきた。紹介してきた事例 を総括して考えると、大数の法則が社会に活かさ れている様々な場面において、ある共通の条件が 満たされていることに気付く。その条件とは、以 下のようなものである。  条件1 多くの参加者がいること  条件2 それぞれの参加者が独立して判断・行      動していること(独立性)  条件3 特権階級が出てこないようなルールが      あること(同一性)  条件4 大数の法則を活用するための仕組みが      整っていること  条件1は、大数の法則が成り立つための最も基 本的な条件だ。生命保険の場合は、多くの契約を まとめて管理することで、大数の法則を働かせる。 銀行では、預金者の預金引き出しと預け入れの金 額が大数の法則によっておよそ同じくらいの金額 になるので、預金の大部分を貸し出しに回せるの であった。また、損害保険会社では、船舶保険の ように契約数を増やしにくい種類の保険について 再保険を活用することで大数の法則を働かせてい るのであった。  条件2は、大数の法則が成り立つために必要な 「独立性」の条件である。「独立」とは、それぞれ が互いに影響を及ぼさず、無関係であることを指 す。生命保険でいうと、戦争等の特殊な状況を除 けば、誰かが死亡するタイミングと別の誰かが死 亡するタイミングは互いに無関係といえるので、 「独立性」が保たれていると見なせるのであった。 銀行預金では、各々の預金者がお金を引き出す夕 イミングや預け入れるタイミングはパラパラで互 いに無関係なので、「独立性」が保たれていると いえる。また、多数決の場合は、メンバー各位が ほかのメンバーの意見に流されることなく、自分 の頭で考えて判断するという「判断の独立性条 件」が成り立だなければならないのであった。  条件3は、特別な影響力を持つ人が出てこない ようにするという「同一性」の条件である。生命 保険では、医学的審査や最高保険金額の制限に よって、死亡率の高い人の加入や飛び抜けた保障 額での契約を防ぐことで「同一性」を保っている のであった。また多くの国では、囗本の独占禁止 法と同じような役割の法律があり、経済における 特権階級の登場を防いでいる。そうすることで 「同一性」と、企業の「独立性」を保っているの であった。また、多数決においては、特権的な大 がすべてを決めてしまうのではなくて、ひとりひ とりが投票権を持っていることが重要なのであっ た。  条件4は、大数の法則を働かせ、それによって 得られた恩恵を人々に還元する仕組みが必要とい うことである。  生命保険の場合は、生命保険会社がその仕組み を提供している。生命保険の仕組みがうまく働く ためには何万人、何十万人という契約者がいなけ ればならないが、それだけ多くの契約者を集める のは容易なことではない。けれども私たちは、生 命保険会社と保険契約を結ぶだけで、そのような 集団に簡単に参加することができる。契約者は、 単にライフコンサルタントの話を聞いて必要書類 を提出するだけで、大数の法則が働くほど巨大な 相互扶助の集団に加わることができるのだ。  銀行預金の例でいうと、大数の法則のおかげで 銀行は企業に融資を行うことができ、それが経済 の繁栄に繋がる。この場合は、銀行を通じて大数 の法則の恩恵が人々に還元されているわけだ。  多数決も同様に、大数の法則によって判断の精 度を向上させ、その結果を。民意”や。判決”と いった形で社会に還元する仕組みであるといえる。  このように、ただ多くの人がいればよいという 話ではなくて、大数の法則を活用するような仕組 みが整えられていなければならないのだ。 -現代社会は、なぜ大数の法則を活用   できるようになったのか  以上のように、大数の法則が活用されている場 面では、常に1~4の条件が成り立っていること が分かる。そして、ひとつひとつの事例を見てみ ると、これら4つの条件を成り立たせるためには、 制度や仕組みをかなり作り込まなければならない ことが分かるはずだ。人類の歴史の中で、大数の 法則の活用が近代以降になってようやく進んでき たのも、この点に理由がある。つまり、それ以前 の社会では、大数の法則を活用するのに必要な社 会的土台や、仕組みが整っていなかったのだ。  では、現代社会とそれ以前の社会では、具体的 に何か違うのだろうか? 条件1~4を満たすた めに必要な仕組みが、現代社会の中でどのように 実現されているかを見ていこう。 条件1(多くの参加者)について‥現代人は豊 かで、お互いを信用している 信用で広がっていく経済  第2章3節で、信用創造の話をした。預金者の 引き出しと預け入れの総額が大数の法則によって およそ同じくらいの金額になるので、銀行が預金 の大部分を企業への融資に回すことができて、そ の結果、世の中に出回るお金が何倍にもなるとい う話だ。  今の世の中では、自分のお金を銀行に預けると いうことを、誰でも当たり前に行っている。お金 をすべてダンスにしまっているという人はほとん どいないだろうし、株や投資信託などをやってい て、株券や投資信託受益証券を自宅の金庫に入れ て保管しているという人はまずいないだろう。わ ざわざ自分で管理しなくても、株などの運用資産 は、信託銀行という専門の金融機関が管理してく れる。  銀行にしろ信託銀行にしろ、勤めているのは赤 の他人だ。要するに現代人は、自分の資産の大部 分を他人に任せていることになる。手元にあるの は、財布の中の現金くらいである。この事実は、 現代社会が信用で成り立っていることのすごさを 端的に表しているといえる。私たちは、最寄りの 支店の銀行員や信託銀行の事務担当者の名前を 知っているわけではない。名前も知らない赤の他 人に、ほぼ全財産を任せているのだ。  昔の人は、自分のお金を自分で管理していた。 新約聖書には、主人が下僕にお金を預けて、下僕 がそのお金を土に埋めて隠しておくという話が出 てくる。地面が金庫代わりというわけだ。また、 江戸時代の庶民は、貯めたお金を壺に入れて土に 埋めるなどして隠していたようだ。商人の場合は、 土蔵や銭函(江戸時代の金庫のようなもの)に保 管していたらしい。  お金の管理を他人に任せるとしたら、その他人 はよほど信用のおける人物でなければならない。 江戸の人たちも、お寺にお金を預けたりはしてい たらしいが、それは「お寺の坊さんは仏の教えを 守っているわけだし、信用できるだろう」と考え てのことだ。けれども、現代の私たちは、銀行員 に人格的に優れていることや、篤い信仰心を持つ ていることを求めてはいない。そして、どんな素 性の人かもまったく知らない。それでも信用して いるし、だからこそ銀行システムが成り立ってい る。  それでは、なぜ現代人は赤の他人を信用できる のだろうか? ここで、「信用」とは何かについ て考えてみよう。信用できる人物とはどんな人か というと、期待通りの成果を出してくれる人や、 自分が受け入れがたい行動(浮気など)を取らな い人のことだ。つまり、自分を裏切らない大とい うことだ。では、裏切らないとはどういうことか というと、「相手はこうするはず」と自分が思っ ていることと外れた行動を取らないということで ある。つまり、信用できる大とは、自分の知って いるルールから外れた行動を取らない人のことで ある。  私たちがなぜ、名前も知らない銀行員を信用で きるのかというと、私たち全員が法律という共通 のルールの中で生活しているからだ。その銀行員 も自分だちと同じルールに縛られていて、万が一 ルールを破れば罰則を受けることになる。あえて 罰則を受けたい人などいないだろうから、その銀 行員はお金をちゃんと管理してくれるに違いない と考えることができる。つまり信用することがで きるわけだ。  昔の人たちは、自分の家族や村の住民など、互 いによく知った相手しか信用していなかった。そ のため、経済的な取引を行う相手も極めて限定さ れていた。結果として、小規模な経済圏があちこ ちに散在している状態だった。一方で現代は、明 文化されたルール(法律や商習慣)を皆が共有し ているので、個人的によく知らない人とも経済的 な取引を行うことができる。そのため、非常に大 規模な経済圏を生み出すことができたのだ。現代 社会の繁栄は、人々が歴史上かつてないほどに他 人を信用することで成し遂げられたといっても過 言ではない。  生命保険などは、その最たる例といえる。生命 保険は、加人したらすぐに恩恵を受けられるとい うものではない。今の自分にとってみれば、せっ かく稼いだお金が保険料として出ていくだけで、 何の得にもならないわけだ。いつになるか分から ないが、自分が死亡したとき必ず保険金を支払っ てくれると信用して保険料を払い続けているので ある。  このようにして、信用が重要な役割を担ってい る経済のことを、信用経済と呼ぶ。経済学では、 世の中は次のような3段階のステップを経て発展 していくと考えられている。  自然経済(物々交換) ↓ 貨幣経済 ↓ 信  用経済  原始的な経済では、人々はモノとモノを交換す ることで経済活動を行う。自分が仕留めたイノシ シの肉と、近所の漁師が獲った魚を交換すると いった具合だ。  このような経済のことを、自然経済と呼ぶ。け れども、物々交換だと色々不便なことがある。互 いに欲しいものがマッチしなければ交換できない し、魚や肉は放っておくと腐ってしまうので。 。貯金”ができない。なので、モノの価値の尺度 となり、かつ腐ったりせず長期の保管ができる 。お金”を交換の手段として使うようになったの だ。そうすれば、お金を貯めておいて、好きなと きに好きなモノやサービスと交換できる。このよ うな、お金を使う経済のことを貨幣経済という。  貨幣経済が発展していくと、お金が必要で困っ ている人と、お金が手元に余っている人が出てく る。そこで、お金が余っている人は、必要として いる人にお金を貸して、その対価としてレンタル 料(金利)を取るようになる。つまり、人を信用 してお金を貸す代わりに、お金のレンタル料で儲 けるというビジネスをする人が現れるわけだ。こ のようにして、貨幣経済から信用経済へ移行して いくわけである。お金を貸して金利で儲けるとい うビジネスモデルは、現代の銀行や消費者金融に 引き継がれている。  現代社会は、高度に発達した信用経済で成り 立っているといえる。何かビジネスをしようとす るときは大きなお金が必要なので、ポケットマ ネーで資金を賄うのは難しい。だから、企業は銀 行からの借り入れや、社債の発行で資金を調達す る。銀行借り入れの場合は銀行からまとまったお 金を借りることになるし、社債発行の場合はたく さんの投資家に少しずつお金を貸してもらう(社 債を買うことは、お金を貸すことと一緒である) ことになる。どちらにせよ、お金を貸す側は、そ の企業を信用して貸すわけである。  普通、人と人がお互い信用し合えるような関係 を築くには、長い時間が必要だ。例えば結婚相手 を選ぶときは、最低でも2~3年は付き合わない と信用の置ける人物か判断できないと考える人も 多いだろう。中には、息子・娘の結婚相手に対し て、探偵事務所に依頼して素性調査をする親すら いるらしい。  ビジネスでも同じことで、採用選考のときは、 必ず履歴書の提出を要求される。経歴を見て、信 用に値する人物かどうかの判断材料にしているの だ。無事採用された後も、上司や職場の仲間から 本当に信用されるようになるには少なくとも2~ 3年はかかるだろう。  このように、誰かと信用し合える関係を築くに は、最低2~3年は必要なのではないかと思う。 けれども、お金を貸したり借りたりする際に、そ こまで時間をかけて相手の信用を確かめるのは難 しい。  例えば社債の投資家が100人いるとして、社 債を発行した企業の社長や役員、従業員たちが信 用に値するかを確かめるために2~3年を費やす ことが現実的に可能だろうか? 100人の投資 家が毎日会社を訪問して、1日中オフィスでの働 きぶりを観察し、従業員全員の履歴書を熟読し、 探偵を雇って素性調査をする、なんてことは、時 間的にも労力的にもまず不可能だ。 信用が支える現代社会  けれども、法律で支配された現代社会では、そ のような苦労をする必要はない。何事にもルール (法律や商慣行)が定められていて、相手も自分 だちと同じルールに従っていることが分かってい るので、相手が信用できるとみなして取引を行う ことができるのだ。法律や商慣行が全員に強制さ れていることが、結果として、個人的によく知ら ない相手との取引を可能にしているのである。  もちろん、銀行が企業に融資を行う際は審査が あるし、社債の投資家も企業の財務体質や収益見 込みについて詳細な分析を行う。場合によっては、 粉飾決算を疑うこともある。けれども、審査のや り方や、粉飾決算を行った企業がどういう罰を受 けるかなどは、すべてルールで決まっている。自 分も相手もゲームのルールに従って行動すると分 かっているので、決まった手続きだけ行えばよい のだ。つまり、信用が制度化されているというこ とだ。  ビジネスにおいて人脈作りは非常に大事だが、 特定の人物に絞れば十分だ。社長は取引先の社長 やメインバンクの融資担当者と、ベンチャー企業 のCEOは業界の著名人と個人的な信頼関係を築 いていけばいい。取引に直接的・間接的に関係し ているすべての人物に対して、相手が人間的に信 用できるかどうかを、何年もかけて確かめる必要 はないのである。極端な話、取引の相手が匿名の 場合すらあるわけだ。  実際、証券取引所に上場されている株式などは、 すべて匿名で取引されている。トヨタ株を今日誰 が買って、誰が売ったのかは、誰にも分からない ようになっている。トヨタ株を注文する人は、例 えば「トヨタ株を6千800円で1千株買い」の ように、銘柄・価格・株数・売り/買いだけを取 引画面に入力すればよい。自分の名前や住所、学 歴や職歴を入力する必要はないのだ。  ルールがあるからこそ多くの人が取引に参加す ることができる。名前も素性も知らない人と取引 することが、現代社会では当たり前のように行わ れている。結果として多くの人が経済活動に参加 し、大数の法則が働くようになったのである。  このように、ルールが決まっていることで相手 の信用度を確かめる手間が省け、大数の法則が働 くほど大勢の人が経済に参加できるようになった ことが、現代経済が発展した理由の1つといえる。  企業にとっても個人にとっても、現代社会で生 きていく上で信用はとても大切だ。囗本には。 「三方よし」という言葉がある。「売り手よし、買 い手よし、世間よし」ということで、商売相手や 世間に信頼されることで商売が繁盛するという考 え方だ。このような考え方は、企業の長期的な繁 栄を実現する上ではとても大切で、レピュテー ションリスク(評判リスク)をいかに管理するか ということが経営上の大きなテーマとなっている。  レピュテーションリスクとは、企業が取引相手 や世間からどのようなイメージを持たれているか ということが、業績に影響を及ぼすリスクのこと である。フォルクスワーゲンの排ガス不正問題の ように、ひとたび世間の評価が下がれば経営に大 きな打撃となる。また、従業員を大切にしない企 業も批判の対象となることがあり、最近ではブ ラック企業大賞なるものが毎年発表されている。 大学教授や弁護士からなる選定委員が、労働環境 に問題ありと思われる企業を選定して。表彰”す ることで、労働環境改善へ向けての取り組みを促 すという趣旨のものだ。メガバンクが反社会勢力 に融資を行っていたとしてニュースになったこと もあったが、そういう情報に世間は敏感に反応す る。  個人の視点で見ても、周囲から信用を得ること はとても重要なことである。巷には、上司や顧客 からいかに信用を得るかというノウ(ウが書かれ たビジネス本が謚れている。個人にしても企業に しても、世の中が信用で繋かつている時代だから こそ、信用の構築と維持に真剣になるわけだ。  このようにして、経済が信用のネットワークに よって大きく拡大したことが、大数の法則が働き やすくなった理由の1つといえる。 豊かになることで、さらに大数の法則が働く  さらにいえば、経済が発展すれば中間層が豊か になってくる。そうすれば、さらに大数の法則が 働くようになる。例えば、自動車保険が成り立つ のは、自動車を買えるくらいに裕福な人がたくさ んいるからだ。多くの人が自動車保険に加入して いるからこそ、自動車保険において大数の法則が 働き、合理的・科学的な運営が可能になるわけで ある。第2章6節で、経済主体が独立して判断し ていくことで大数の法則が働き、経済の安定に繋 がるという話をした。このことは、企業だけでな く家計にもいえる。多くの家計がそれなりの経済 力を持ち、何にお金を使うか、どうやって稼ぐか を独立して判断することで大数の法則が働き、経 済の安定と繁栄に繋がるわけだ。逆にいえば、ご く一部の人が富を独占していたら、大数の法則は 働きにくくなってしまうということだ。  貧富の差がどれくらい激しいかを示す有名な指 標に、ジニ係数というものがある。この指標は、 1936年にイタリアの統計学者コツラドージニ (1884~1965)によって考案されたもの で、数字が大きいほど貧富の差が激しいことを示 している。世界各国のジニ係数を次の図に示した ので見て頂きたい。先進国はジニ係数が相対的に 低く、新興国は高いことが分かる。なぜ貧富の差 が問題なのかということについては、普通は社会 不安とか、犯罪の増加とかに関連付けて議論され ることが多いが、富が一部の人に集中することで 大数の法則が働きにくくなり、経済の安定性が損 なわれてしまう可能性が高まるからという見方も できる。先進国の経済が新興国に比べて安定して いるのも、富の偏在性が低いことが要因の1つと いえるのではないだろうか。  公平な競争の結果としての経済格差はある程度 受け入れなければ労働者の意欲を削いでしまうが、 あまりに富が局在しすぎると、経済の安定性を損 ねてしまうということだ。 条件2(独立性)について‥人々の自由が保障 されていることで、「独立性」が担保される 自由な判断主体を増やそう  次は、条件2の独立性について考えよう。独立 性については、。自由”という概念が生まれたこ とが大きい。第2章6節でも説明したように、経 済主体が独立して判断するからこそ、大数の法則 が働き経済が安定するのであった。  なぜ独立して判断できるのかというと、法律が その権利を保障しているからである。法律もなく て本当に野放しだと、力の強い人がすべてを支配 下に置いてしまい、人々は自分の好きな仕事に就 いたり、自分の好きなモノにお金を使うことがで きなくなってしまう。『北斗の拳』のような荒廃 した弱肉強食の世界になってしまうわけだ。その ような状況では、大数の法則も働かなくなってし まう。だからこそ、独占禁止法のような法律で制 限を加えつつ、その制限内にいる限りは権利を保 護してあげますよということにするわけである。  また、企業や個人が商売上の取引を行うときも、 法律などで手順が細かく決められている。なぜか というと、各々が好き勝手にやってしまうと、そ の都度契約の細部が違ったり条件がばらばらだっ たりして、後で訳が分からなくなるからだ。それ に、契約の標準的なやり方が決まっていなければ 新規参入もしづらいので、業界が発展していく上 での障害にもなる。だからこそ、どの業界にも商 習慣というものがある。これは、業界の人が皆従 う共通ルールであり、実質的に法律と同じような 働きをするもののことだ。  福沢諭吉も「自由は不自由の際に生ずというも 可なり」(『文明論之概略』巻之五)と書いている が、私たちの自由は法律や商習慣といった。不自 由”によって支えられているのだ。私たちの生活 は法律に基づく無数の契約で成り立っている。働 いている会社とは雇用契約を結んでいるし、モノ を買うときは売買契約を結んでいる。コンビニで おにぎりを買うのだって、法律上は売買契約を結 んでいることになるのだ。結婚だって、戸籍法に 基づく届け出(婚姻届)を必要とする契約の一種 だ。現代社会における自由とは、法律の下で自ら の意志により契約を結ぶ権利のことだといえる。  イギリスの著名な法学者ヘンリー・メインは、 文明の進歩はどこの国にも共通する法則があると 言っており、それを「身分から契約へ」という言 葉で表している。近代以前の人々は、中世ヨー ロッパの領主と農奴、江戸時代の士農工商、古代 ギリシヤの自由民と奴隷のように、皆が身分に縛 られていた。そして、生まれた地域や家柄によっ て、色々な人生の選択肢が厳しく制限されていた。  封建時代のヨーロッパの農奴は、勝手に引っ越 すことは認められていなかった。それを許せば、 農奴が勝手にほかの領主の管轄地へ引っ越してし まい、封建性が混乱するからだ。さらに、職業選 択の自由も認められていなかった。江戸時代の日 本人も同じように、農民が大名になったりはでき なかったし、関所を越えて勝手にあちこち動き回 ることも許されていなかった(伊勢神宮へのお参 りはOKだったらしいが)。  それに比べて、近代社会は人々が自由な意思で 選択をすることが認められている。人々が自分の 意志で契約を結ぶことによって、社会や経済が成 り立っている。このように、人々が身分に縛られ て運命が決まっていた社会から、自分の意志で契 約を結んで人生を形作っていける社会へ変わって いったことを「身分から契約へ」と呼んでいるの だ。  日本のような資本主義国では、経済的な取引の 自由も法律によって保障されている。そのような 経済のことを市場経済と呼ぶ。反対に、ソ連のよ うにすべて国家が決める経済のことを計画経済と 呼ぶ。ソ連の政治家レフ・トロツキーの言葉を借 りて言うと「小麦畑の広さからチョッキのボタン まで」すべて国家が決めるということだ。  市場経済と計画経済の最大の違いの1つは、判 断主体の数だといえる。計画経済では、重要な判 断を行っているのはほんの一握りの権力者だけだ。 一方で、市場経済では、無数の企業や家計が独立 して判断し、経済活動を行っている。市場経済国 でも法律の運用や福祉など国の役割は大きいわけ だが、計画経済のようにすべてを管理しているわ けではない。  多くの経済主体が独立して経済活動を行うこと で大数の法則が働き、経済が安定する。どんなに 頭のいい人でも判断を誤ることはあるので、ごく 一部の人がすべてを判断する計画経済は、取り返 しのつかない過ちを犯してしまうリスクを秘めて いる。一方で市場経済の場合は、各経済主体の判 断の影響範囲が限定されるので、小さなミスは頻 繁に起こるものの、国の崩壊に繋がるような取り 返しのつかないミスを犯す可能性は相対的に低い といえる。 成果を上げるブレインーストーミング  このように、個人や企業の自由を保障する仕組 みがあるからこそ、人々の判断や行動の「独立 性」が保たれ大数の法則がうまく働くわけだ。法 律や商習慣と聞くと堅苦しく感じるかもしれない ので、もつと身近な例も挙げておこう。仕組みが 整つていないと自由に振る舞えないという事例は、 会社の会議でも見ることができる。  会社の会議では、多くの人が参加しているのに、 そのうち数人しか話さずに終了するということが よくある。これはなぜだろうか? そのことにつ いて考えるために、前にテレビでやっていた興味 深い番組を紹介したい。  その番組は、イスラエルへの起業家向け研修ツ アーについてのものだった。実は、イスラエルは 「中東のシリコンバレー」とも呼ばれ、世界中の 起業家から注目を集めている。人口800万人程 度の小さな国でありながら年間の起業数が約1千 件にも上り、その多くがIT関連だからだ。男性 には約3年間、女性には約2年間の兵役義務が課 されており、軍の先端技術に触れた若者が兵役終 了後に相次いで起業するらしい。そんなイスラエ ルの起業家精神を学ぶため、毎年多くの日本人が 現地に研修に訪れている。  番組では研修の一場面が紹介されていたが、そ こでは、参加者をA~Dの4つのグループに分け、 あるテーマについてそれぞれ以下の方法でアイデ ア出しを行い、どれだけ多様なアイデアを出せる かを競い合っていた。  A アイデアを各白紙に書き出すが、その後、    特に話し合いはしない。  B アイデアを各白紙に書き出し、その後、    「筆談方式」で意見を交換する。  C アイデアを各白紙に書き出し、その後、話    し合いを行う。  D 話し合いのみ行う。  結果、アイデアが最も多く出だのはCグループ、 最も少なかっだのはDグループだった。アイデア が一番少なかったDグループとそれ以外の違いは 何かというと、アイデアを各自紙に書き出すプロ セスがあったかどうかである。最初に自分のアイ デアを書き出すように言われた場合、他人の意見 に迎合したり、気配を消して黙っていることはで きなくなる。皆が自分の頭で一生懸命考え、少し でも多くのアイデアを紙に書き出そうとするだろ う。その結果として、多くのアイデアが生まれた と考えられる。  一方、Dグループのように話し合いから始める と、ほかの参加者に遠慮して自分の意見を言えな かったり、他人任せで真剣に考えない人が出てき てしまう。その結果、グループとしてのパフォー マンスも下かつてしまったと考えられる。この場 合は、最初にアイデアを各自紙に書き出すという プロセスが参加者の「独立性」を担保し、良い結 果に繋がったわけだ。  会議の際に参加者の「独立性」を保つ工夫は、 ブレインーストーミングの技術にも取り入れられ ている。ブレインーストーミングとは、アレツク ス・F・オズボーンによって考案された会議方式 で、集団での話し合いを通じて創造的なアイデア を生み出すための技法だ。ブレインーストーミン グの過程では、以下の4原則を守ることが必要と されている。  〈ブレインーストーミングの4原則〉  I 判断・結論を出さない(結論厳禁)  2 粗野な考えを歓迎する(自由奔放)  3 量を重視する(質より量)  4 アイデアを結合し発展させる(結合改善)  原則1は、例えば「その意見はどうかと思う よ」とか、「予算が足りないから実現は難しそう だね」などという結論・判断を囗に出さないよう にするということだ。何かしら判断や結論を言う と、参加者がその発言に影響を受けてしまい、自 由なアイデアが出てこなくなる。例えば、「その アイデアは予算的に難しいね」などと言う人がい れば、皆が予算を気にし始めて、アイデアが出に くくなってしまう。そこで、判断をあえて”延 期”して、まずはアイデア出しに専念するのだ。  原則2は、奇抜なアイデアや突拍子もない考え 方を歓迎するというものだ。「その考えは極端す ぎですね。もう少し現実的な案はありませんか」 と言う人がいると、常識的なアイデア以外は言い づらくなってしまう。そこで、「大胆なアイデア ですね。すばらしいです’・」と、歓迎する雰囲気 を作るわけだ。  原則3は、よいアイデアをひねり出そうと考え 込むのでなく、とにかく思いついたアイデアを 次々出していきましようということだ。今までに 出たアイデアと似たものであってもかまわないの で、数を重視するということである。「そのアイ デアは、前に出たものと同じですね。ほかにはあ りませんか?」と言うと、今までに出てきたもの と重複するかもな……と皆が考えて意見を出しに くくなる。そこで、。質より量”を意識して取り 組むわけだ。  原則1~3の目的は何かというと、参加者が周 囲の影響を受けず自由に発言するための環境づく りである。つまり、これらの条件は、参加者の 「独立性」を担保することを目的としていると考 えることができる。そして、「独立性」が働くこ とで出てきた様々なアイデアを、原則4によって 発展させるわけである。  ブレインーストーミングのミーティングに限ら ず、チームで何かのプロジェクトに取り組むとき は、こういった心がけは有効だと考えられる。特 に年長者や役職者は、チームのメンバーが委縮し ないように、上記の4原則を気にしてみてはいか がだろうか。長年の経験で何か必要で何か無駄か を分かっている立場の人こそ、判断や結論に近い ことを先走って言ってしまい、知らず知らずに自 由な議論の空気を壊してしまうことも多い。ぜひ あえて発言を我慢し、若手がひねり出すアイデア に耳を傾けてほしい。そういった習慣を心がける と、結果としてチーム全体の発想力や生産性が向 上し、ひいては自分自身の評価向上にも繋がるか もしれない。  以上のように、人々が自由に考え振る舞うため には、適切なルールが必要だ。そのようなルール が社会の様々な場面に組み込まれたことで、大数 の法則が活用できるようになったのである。 条件3(同一性)について‥現代人は、法の下 で皆平等である  条件2の「独立性」は法律や商習慣によって自 由が保障されていることで担保されるという話を したが、条件3の「同一性」も、やはり法律に よって保障されている。現代社会は法律によって 社会を治める法治主義をとっているが、法律とい うルールのおかげで、”特別すぎる人”が出てこ ないようにすることができるのだ。  例えば生命保険だと、第2章1節で説明したよ うに医学的審査や最高保険金額の制限が「同一 性」を担保しているのであった。つまり保険に人 りたいと思っても、医学的審査などを経て保険会 社側がOKしないと、保険に入ることはできない のだ。医学的審査にしろ最高保険金額の制限にし ろ、生命保険会社がこのような条件を出せるのは、 契約というものが法律上で「当事者双方の意思表 示の合致(合意)」を必要とすると定められてい るからである。つまり、保険会社は加入者を、加 入者は保険会社を選ぶ権利が法律によって保障さ れているのだ。  また、生命保険に入ろうとするときは、自分の 病歴や今飲んでいる薬の種類など、健康状態につ いて保険会社側に告知する義務がある。これは 「告知義務」といって、保険法の第37条に定めら れているものだ。告知は、医学的審査のスタート 地点といえる。生命保険会社は、すべての加入希 望者から必ず告知を受けて、記録に残す。その後 は、保障額の大きさや加入希望者の年齢などを見 つつ、追加的な健康状態の確認が必要かどうか考 えるわけだ。例えば、診査医(保険会社と契約し ている医師)による診査をお願いする場合もある し、保障額が大きくない場合などは告知だけで済 ますこともある。いずれにせよ、告知義務が法律 で定められているおかげで、加入希望者全員に医 学的審査を行うことが可能になるのだ。  このように、法律によって。特別すぎる人”が 出てこないようにすることで、言い換えれば 。フェアネス”を確保することで「同一性」を担 保しているのである。法律は明文化されていて、 誰でも見ることができる。そして、全員が従わな ければならないものだ。そういう明確で共通の ルールがあるおかげで、どんなに大きな集団につ いても「同一性」を保つことができるのである。  逆に「同一性」が保たれていないときはどうな るかというと、少数の人々の気まぐれで政治や経 済が動き、不安定な世の中になってしまう。独裁 国家が安定性の面で民主主義国家に劣るのは、 「同一性」が憲法や法律で保障されていないから だと考えることができる。  もっと身近な例として、紅白歌合戦を挙げよう。 2016年の紅白歌合戦では、視聴者投票でも会 場投票も圧倒的に白組が勝っていたのに、なぜか 紅組が優勝し、ネットニュースなどで話題になっ た。その理由は、審査員の多くが紅組に票を入れ たためである。紅白の投票権は審査員がH票、視 聴者が2票、会場が2票で、合わせて15票を取り 合う形になる。2016年はどうなっていたかと いうと、以下のような結果であった。  白 6票(視聴者一2票、会場一2票、審査    員一 2票)  紅 9票(視聴者一〇票、会場一〇票、審査    員一 9票)  つまり、審査員の持つ幵11票のうち9票が紅組に 人っだため、紅組が優勝したというわけだ。白組 は、視聴者投票では約170万票、会場投票でも 約400票の大差をつけて勝っていた。けれども、 数名の審査員によって。民意”は覆されたわけだ。 この結果にもやもやした人も多いと思うが、「同 一性」が担保されていない状態だと、こういうこ とが起こりうるわけだ。つまり、このヶIスでは、 審査員が”特別すぎる人”になっていたため、民 主主義がうまく機能しなかったという見方ができ るのである。  自分が”特別すぎる人”になっている場合は、 少しでも民主的な判断ができるように工夫してみ てもよいかもしれない。私の勤めている企業の米 国本社では、人事評価は主に部門長の仕事(日本 企業では人事部が人事権を握っていることが多い が、米国では一般に現場の権限が大きい)だが、 部下について評価を行う際、仕事で関わっている 同僚や他部署の社員などからコメントを求め、参 考にするという仕組みがある。具体的な評価スコ アを理由とともに提出してもらうわけだ。提出は 強制ではないので、ある人の評価を依頼されても、 仕事での関わりが薄く評価が難しい場合などはス ルーしてもよい。けれども、実際は多くの大が協 力してくれるようだ。上司は、それらのコメント を集計し、本人に「君はこの部門からの評判は良 いが、この部門での評判は相対的に低い。なぜだ と思うかな?」などとフィードバックを行う。囗 本でも、360度評価という名前で一部取り入れ ている企業も多いだろう。  この場合は、ボスが自分だけで評価を決めるの ではなく、”民意”も参考にしているといえる。 もちろん、最終的な評価はボスが下すのだが、こ のようにして。民意”も参考にしてくれた方が、 部下としても評価に納得がいきやすいだろう。 条件4(仕組みが整っていること)について‥ 現代人は、テクノロジーの恩恵を受けられる  最後の条件になるが、大数の法則を活用するに は、そのための仕組みを整えなければならない。 例えば生命保険を成り立たせるためには、土台と なる保険理論と、それを実践している保険会社が 存在しなければならない。  第2章1節で触れたように、保険理論を世界で 初めて確立させたのはジェームズードドソンであ る。彼が保険理論の研究を始めたきっかけは、自 分自身が保険会社から加入を断られたことだとい われている。彼はアミカブルーソサエテイという 保険会社に加入を申請したが、年齢が45歳だとい うことを理由に断られてしまった。当時の保険は 合理性・公平性に欠けていて若者に非常に不利な 仕組みたったため、不公平感から若者の加入は減 り、老年者の加入は増えていく状況にあった。そ のような流れに歯止めをかけるために、アミカブ ルーソサエテイは45歳以上は加入不可という年齢 制限を設けたのだった。ドドソンは、ちょうどそ の年齢制限に引っかかってしまったわけだ。45歳 という足切り年齢に、特に合理的な意味はない。 当時は保険理論なんて存在しなかったので、適当 に決めただけである。  ドドソンはこの仕打ちに憤慨し、より公平で合 理的な保険の仕組みを作ろうと決心したわけだ。 そして、保険の本質である相互扶助を合理的に達 成するために、大数の法則を活用した保険の仕組 みを考え出したのだ。その後、ドドソンの理論に 基づいて後世の人たちが科学的な保険会社エクイ タブルーソサエテイを設立し、科学的な保険を世 に広めていった。  このように、保険の制度は先人の努力と試行錯 誤の末に生み出されてきたものだ。同じことが、 銀行預金についても、経済についても、多数決に ついてもいえる。どれも、人類誕生の瞬間から存 在したわけではない。先人たちが多くの時間と多 大な労力を払って仕組みを作ってくれたおかげで、 現代の私たちが大数の法則の恩恵を受けられるの である。  テクノロジーの発達にも同じことがいえる。序 章で出てきたように、日本生命は2千万件以上の 死亡保険契約を抱えている。これだけ大量の契約 を管理できているのは、コンピューターのおかげ た。  もちろん、コンピューターが発明される前から 保険会社はあった。例えばエクイタブルーソサエ テイの創業は、世界初のコンピューター ENIACが誕生する180年以上前だ。コン ピューターが無い時代は、情報をタイプライター で紙に打ち込んで管理していたわけだが、タイプ ライターだって、石板にノミで文字を刻み込むの と比べればよほど効率的に情報を記録することが できる。  大数の法則を働かせるためには、膨大な情報を 管理する必要がある。生命保険の場合は何百万と いる被保険者の健康データや年齢、住所、氏名な ど。銀行の場合は、何十万何百万という預金者の 口座情報などだ。そのような膨大な情報を管理す る技術も、多くの科学者や技術者たちが試行錯誤 を繰り返し発展させてきたものである。  アイザックーニュートンが1676年に科学者 仲間のロバートーフツクに宛てた手紙の中に。  「私か彼方を見渡せたのだとしたら、それは巨人 の肩の上に乗っていたからです」 という一節がある。自分が研究成果を上げること ができたのは、偉大な先人たちの肩の上に乗って いたからだという意味だ。彼は微分積分、万有引 力説、ニュートン力学などを生み出した史上最高 の科学者の1人として知られているが、自分がそ れらの成果を生み出せだのは、先人たちの膨大な 研究の蓄積があったからだと考えていたわけだ。 私たちもまさに、先人が膨大な試行錯誤の中で生 み出してきた様々な仕組みがあるからこそ、大数 の法則の恩恵に与かれていると言えるだろう。 -みんなちがって、みんないい 「多様性」がカギ  以上のように、現代は昔に比べると豊かで、自 由で、平等で、そして技術が進んでいるからこそ、 大数の法則が活用できているのだ。そして、その 中でも特に重要なのは、自由が認められているこ とだ。第2章4節の陪審定理のところでも触れた が、いくら人を集めても、集められた人に自分の 意見を表明する自由が認められていなければ大数 の法則は働かない。  人は皆それぞれ違うのだから、違う意見を持っ ていて当然だ。そして、違いを隠そうとせず、勇 気を出して表に出したときに、大数の法則が働き 始めるのである。  ミシガン大学教授であり社会学者のスコツトー ベイジは、人々の集団が良い結果を出すためには、 多様性が重要な役割を果たすと主張している。彼 は多様性が社会に与える影響について長年研究し ているが、研究を始めるきっかけになっだのは、 半分遊びで行ったコンピューター・シミュレー ションだった。  コンピューター・シミュレーションの中には、 それぞれ異なる戦略で問題解決に挑む多数のプロ グラムが用意されている。そして、それらのプロ グラムに問題を与えて、プログラム同士で協力し て解かせるようにする。これは、多様な人々が共 通の課題に取り組む状況をコンピューター上でモ デル化したものといえるだろう。  プログラムはそれぞれ違った戦略を持つ、いわ ば個人差があるので、問題を効率的に解決する優 秀なプログラムもあれば、そうでないものもある。 そこでペイジは、プログラムを2つのグループに 分けてみた。第1のグループは、成績等の基準を 特に設けずランダムにメンバーを選んだ。そして 第2のグループは、単独での成績が最も高いプロ グラムだけを選んだ。以上の設定で様々な問題を 解かせてみたところ、驚いたことに、ほぼ決まっ て第1のグループが良い出来を示した。第2のグ ループは、メンバーが粒揃いにもかかわらず負け てしまったのだ。  ベイジはこの結果を見て、多様性が問題解決に 寄与していると考えた。高い成績を出すプログラ ムは、用いる戦略も似通ってしまっている。その ため、成績の良いプログラムだけを選抜した第2 のグループは、多様性が失われてしまっていると 考えられる。一方、第1のグループは、成績等に 関係なくランダムに選んだだけなので、多様性は 失われていない。この違いが、結果に影響を及ぼ したと考えたのだ。  彼は研究の結果、多様性は集団の問題解決能力 を高める上で重要だという結論に達した。そして、 第2章4節で出てきた雄牛の重量当てコンテスト のように、人々の集団が何らかの予測を行う場合 に成り立つ関係として、「多様性予測定理」とい うものを提唱している。その定理は、次のような 式で表される。 集団としての予測の誤差 ‥ 個人の平均的な誤 差 ‐ 多様性の大きさ  「集団としての予測の誤差」とは、集団としての 予測と実際の結果のズレのことだ。雄牛の重量当 てコンテストの例では、このズレはIポンドたっ た。  「個人の平均的な誤差」とは、個々人の予想が、 平均的に見てどれくらい真の値からズレているか を指す。雄牛の重量当てコンテストの例でいえば、 投票用紙の数字と実際の重量(1198ポンド) の差をとって、800人分の平均をとっだものだ 示4)。。誤差”なので、値が小さいほど参加者の 予測が正確、つまり平均的な能力が高いというこ とを意味する。  そして「多様性の大きさ」とは、予測を行う集 団がどれだけ多様かということだ。ここでいう多 様とは、人種や性別などの見た目の違いを指して いるわけではない。ある問題に対する捉え方や問 題解決に用いる手段が大によって様々であり、そ の結果として予想値が分散する。その分散の大き さを多様性と解釈する。具体的な計算としては、 個々人の予想値が、予想の平均値からどれくらい 離れているかに基づいて計算する。雄牛の重量当 てコンテストの例で言えば、個々の投票用紙の数 字が、800人の予想の平均値である1197ポ ンドからどれだけズレているかを見るわけだ。  この式が示していることを考えてみよう。ズレ は小さいほうがいいので、「集団としての予測の 誤差」は小さいほどよい。そのためには、「個人 の平均的な誤差」が小さくなるか、「多様性の大 きさ」が大きくなればよい(「多様性の大きさ」 は引き算されているため)。つまり、「ひとりひと りが優秀であるほど、また多様な人々が集まって いるほど正確な予想ができる」ということをこの 式はいっているわけだ。  ここで最も重要なのは、「個人の平均的な誤差」 と「多様性の大きさ」が、同じ重みで影響を及ぼ すという点だ。予測誤差を小さくするには、「個 人の平均的な誤差」を小さくしてもいいし、「多 様性の大きさ」を大きくしてもよい。言い換えれ ば、多様性は個々人の能力と同じくらい重要だと いうことになる。  もちろん、ひとりひとりが優秀であれば、それ だけチームの問題解決能力が高まるのは確かだ。 けれども、優秀な人たちは往々にして似たような 経歴を持っていることも多い。例えば、財務省の ある部門のメンバーは東大法学部の出身者ばかり といった具合に。似たような学歴や職歴を持つ人 たちは、経験してきたことも似ているので、問題 の捉え方や解決へのアプローチも似ていることが 多い。そのような組織の場合、新しい発想が生ま れずに袋小路に陥ってしまう可能性も高いといえ る。  逆に、様々な経験を持つ人々がいる組織では、 様々な異なる観点からの発想が問題解決の助けに なってくれる。スコツトーベイジの著書『「多様 な意見」はなぜ正しいのか』(日経BP社)では、 ブレツチリー・パークの話が紹介されている。第 二次世界大戦中、ナチスドイツの暗号機「エニグ マ」に悩まされていたイギリスは、イングランド 南東部のブレツチリー・パークという大邸宅に1 万2000人を集め、エニグマを解読させるプロ ジェクトを発足した。ヨーロッパやアメリカの各 地から集められた解読チームのメンバーには、言 語学者をはじめ、数学者や古典学者、チェスの名 人やクロスワードパズルの達人など様々なバック グラウンドの人々がいて、協力して暗号解読に取 り組んだ。  1940年の春、ブレッチリー・パークのメン バーはついにエニグマを解読し、連合軍を勝利へ 導いた。多様な観点を持つ人々の集団が、史上最 大級の難問を解決したのだ。彼らは、その多くが 暗号解読の訓練を受けていた。つまり個人で見て も優秀な人たちだったわけだが、同時に多様でも あったのだ。  第2章4節で、大数の法則を通じて集合知が働 くには人々の判断が独立していなければならない という話をした。判断の独立性を保つために必要 なことは何かを考えてみると、一番最初に思いつ くのが、本人の心構えだろう。つまり、ひとりひ とりが「他人の意見に流されないぞ」という心構 えを持ち、自分の意見をきちんと伝えるというこ とだ。しかし、それだけでは十分とはいえない。 同じような経歴の持ち主が集まっている場合は、 どんなに気を付けていても同じような発想をして しまいがちなので、結果として判断の独立性が損 なわれてしまうことがありうるからだ。一方で、 多様なバックグラウンドの人が自由に意見を表明 できる環境であれば、それぞれが問題を異なる視 点から捉えたり、異なる方法で予測したりするの で、判断が一方向へ偏るということが起こりにく い。多様性が判断の独立性を生むわけだ。つまり、 人間に大数の法則を当てはめて考える上では、 「独立性」と「多様性」は表裏一体だといえる。 異なるバックグラウンドが生み出す、豊かな集合 知  違う属性を持つ人は、同じ課題に対しても違う アプローチをする可能性が相対的に高いといえる。 例えば、男女についてもそれが言える。『脳科学 マーケティングー00の心理技術』(ロジャー・ ドウーリー著、ダイレクト出版)という本の中に、 面白い実験が紹介されている。  アメリカの進化心理学者ジェフリー・ミラーは、 男女の脳の違いを調査する研究の一環として、次 のような心理学実験を行った。まずは被験者を2 つのグループに分け、第1のグループには理想的 なデートプランを書くという作業をさせ、第2の グループには天気について書くという作業をさせ る。これは、フライミンク(準備)と呼ばれる過 程だ。第1のグループは、デートプランを書くこ とでロマンチックな気分になり、異性を意識しや すいように脳が準備(フライミンク)された状態 になる。一方の第2グループは、単に天気につい て書かされただけなので、ロマンチックなフライ ミンクはされていないことになる。  その後、各グループに架空の予算(5000ド ル)と時間(60時間)を与えて、使い方を尋ねる と、第1グループの男性は豪快に金を使い、女性 はボランティアに非常に多くの時間を費やす傾向 が見られた。一方、第2のグループには、そのよ うな傾向は見られなかった。  ミラーはこの結果を見て、フライミンクの効果 によって異性にいいところを見せようとするが、 男女で戦略が異なるのだと結論付けた。「異性に いいところを見せたい」という同じ課題に対して、 男性は経済力の誇示、女性はいい犬アピールとい う、異なる解決手段を用いたわけだ。  別の例を出すと、西洋犬と東洋人も、思考様式 に大きな違いがあるらしい。西洋犬は物事を何ら かの規則でカテゴリー分けして考える傾向があり、 東洋人は物事を全体的な関係性の中で捉える傾向 がある。『木を見る西洋犬 森を見る東洋犬』(リ チャード・E・ニスベット著、ダイヤモンド社) から例を挙げよう。  牛、鶏、草が描かれた絵をアメリカ人の子供と 中国人の子供に見せて、「この3つのうち、どれ か2つが仲間です。どれでしょうか?」という質 問をした。すると、アメリカ人の子供は牛と鶏が 仲間だと答える傾向が強く、中国人の子供は牛と 草を仲間だと答える傾向が強かった。アメリカ人 の子供は、牛と鶏は同じ「動物」というカテゴ リーに属するからという理由で仲間だと考え、中 国人の子供は、牛は草を食べるからという、両者 の関係性に着目して分類したわけだ。このように、 西洋犬と東洋人は、物事の認識の仕方に大きな違 いがある。  このような違いのために、西洋犬と東洋人がビ ジネスで関わる場合、相手との意思疎通がうまく いっているかどうかに配慮しなければならない。 具体例として、著者自身の体験を挙げよう。著者 がニューヨークに駐在していた時代の話だが、若 手の仕事の1つとして、アメリカ大が作ったスラ イドを日本人に分かりやすいように作り替える作 業(あるいはその逆)を何度か担当したことがあ る。  アメリカ人の作ったスライドは、最初に結論や 主張が書かれていて、その後に理由が書かれてい る。結論↓理由、結果↓原因のように、論理を逆 向きに辿る思考様式に基づいて作られているわけ だ。一方、日本人の作ったスライドは、今までの 議論の経緯や結論に至るまでの流れが順番に書か れていて、最後に結論が出てくることが多い。  日本人は、物事を今までの経緯や相互の関連性 といった全体の文脈の中で理解する傾向が強い。 だから、いきなり結論だけを切り出して最初に見 せられてもピンとこない。逆にアメリカ人は、ま ず結論や主張を提示して意見をぶつけ合う文化な ので、結論や主張が最初に出てこない日本人のス ライドをもとに説明を聞いていると、論点がどこ にあるかが分からずに戸惑ってしまう。そのため、 単に英語を日本語に、日本語を英語に訳しただけ では、うまく伝わらないのだ。結局、スライドの 構成を大幅に変えなければならないことも多かっ た。  また、先はどの本の著者は、西洋犬はしばしば 論理にこだわりすぎるのに対して、東洋人は論理 にそこまで執着せず、自分の中に矛盾した点が あっても気にしない傾向があるということも指摘 している。  通常、矛盾があるのはよくないことと思われが ちだが、矛盾を許容する東洋人の感性が、東アジ アの経済発展を支えてきたと考えることもできる のではないだろうか。  日本、中国、韓国といった東アジアの国々は、 その昔は西洋諸国から大きな後れを取っていたが、 日本や韓国では市場経済への移行が比較的スムー ズに進んだことから、今では世界で最も豊かな国 の仲間入りをしている。中国も、表向きは社会主 義国だが、実際は市場経済を取り入れて経済発展 を遂げている。中国共産党は、自分たちの経済体 制のことを「社会主義市場経済」と呼んでいる。 理論的に考えれば、社会主義と市場経済はまった く相容れないものだが、中国はその矛盾を受け入 れることで発展してきたし、そのことを自覚して いるのだ。日本や韓国が驚くべき勢いで先進化を 果たしたのも、東洋文化と西洋文化という異なる ものを共存させ、そのことで発生する矛盾や衝突 を受け入れてきたからこそなのかもしれない。  一方で、西洋に目を向けてみよう。ソ連を例に 挙げると、国家崩壊はレーニンが計画経済にこだ わりすぎたことが要因の1つともいわれている。 前述のトロツキーによる「小麦畑の広さから チョッキのボタンまで」という言葉は、徹底した 計画経済化を目指すレーニンの方針を批判する文 脈で使われたものだ。トロツキーは、チョッキの ボタンのように国家戦略として重要度が低いもの は、市場経済にゆだねてよいと考えていた。実際、 経済的価値を有するすべてのモノやサービスの需 給を机上で計算するのは至難の業で、現代のコン ピューターを用いたとしても到底不可能だろう。 もちろん、ソ連崩壊にはほかにも様々な要因があ るだろうが、少なくとも、レーニンが計画経済と いう貳細瑾”にこだわりすぎて、ソ連政府や国民 に大きな混乱を招いたのは確かなようだ。  このように、バックグラウンドが異なる人々は、 物事を異なる視点で捉え、異なる戦略を用いる傾 向が強いといえる。昔の人々は、自分と同じ身 分・職業・人種・思想の人とだけ交流していた。 武士は武士、商人は商人、白人は白人、キリスト 教徒はキリスト教徒というふうに。けれども現代 は、様々なバックグラウンドの人が1つのチーム になって物事に取り組む時代である。多様性は時 に衝突も生むが、問題解決の力にもなりうるのだ。  スコットーベイジは、大が問題を解決するため に駆使するあらゆる知的手段(問題の捉え方、解 決のためのアプローチ、結果を予測する方法な ど)を「ツールボックス」と呼んでいる。誰もが、 自分のツールボックスを持っている。そして、家 具を組み立てるときに色々な工具があった方がや りやすいように、ツールボックスに様々な道具が 大っている方が問題解決の可能性は高まる。けれ ども、1人の人間がツールボックスに詰め込める 道具の数には限界がある。だからこそ、皆で協力 して問題に取り組む必要があるのだ。  異なるバックグラウンドの人は、異なるツール ボックスを持っている可能性が高いといえる。た とえ多くの人がいても、全員がプラスドライバー しか持っていなければ、隕られた種類の家具しか 組み立てることができない。けれども、六角レン チやスパナを持っている人がいれば、チーム全体 で組み立てられる家具の範囲は広がるわけだ。  つまり、集合知は、大数の法則だけでなく 「ツールボックスの多様性」を通しても力を発揮 するということだ。従って、人数が多くなくても、 集合知の恩恵は得られるのである。  私には、同じ部門で仕事をしている近い年齢の 同僚がいるが、彼と私の得意分野は重複が少なく て、一緒に仕事をするとシナジー効果を発揮しや すい。私はプログラミングや統計分析、証券投資 理論に基づいた提案などを得意分野としているが、 彼は景気の分析や投資家動向の把握、マーケット を動かす様々なニュースや情報の分析などを得意 としている。お互いに違うツールボックスを持っ ているので、チームとして動いたときに、様々な 課題に対処できる。たった2人の集団でも集合知 が働く例といえるだろう。  さらにいえば、多様なツールボックスを自分の 内に秘めている大は、たった1人でも多様性の効 果を発揮することができる。アップル創業者のス ティーブージョブズが、2005年のスタン フォード大学卒業式のスピーチで語った有名なエ ピソードがある。ジョブズが学生時代に通ってい た大学では、たまたまカリグラフィが盛んだった。 カリグラフィとは、文字を美しく見せるための技 法のことで、日本でいえば書道のようなものだ。 学内に溢れる美しい文字に興味を抱いたジョブズ はカリグラフィのコースを履修し始め、その技法 を夢中になって勉強した。  当時のジョブズは、カリグラフィの知識が何か の役に立つとは思っていなかったが、10年後に マッキントッシュを開発する際に大きな役割を果 たした。当時、コンピューターは1つの書体しか 持っていないのが常識だったが、ジョブズはマッ キントッシュに様々な美しい書体を導入したのだ。 彼はスピーチの中で、次のように述べている。  「もし私か大学でカリグラフィの授業を受けてい なかったら、現代のパソコンは今のような美しい フォントを備えることはなかったかもしれません。 当時の私は、カリグラフィを学んだという体験が、 まるで点と点が結ばれて線になるように将来に繋 がるとは思ってもみませんでした。けれども、10 年後に振り返ってみると、明らかにそれは1本の 線で繋かつていたのです」  このように、色々な経験をして多様なツール ボックスを身に付けておけば、自分自身の問題解 決能力が高まるということだ。「芸は身を助く」 というやつである。  また逆に、たとえ優秀な人たちが集まっていた としても、お互いに自由に意見を言い合える関係 でなければ集合知が働かないということもありう る。アジア系の航空会社の飛行機事故でしばしば 指摘されるのが、機長と副機長の間の儒教的な上 下関係が事故の一因ではないかという点だ。副機 長が何か問題に気付いていても、機長に遠慮して 指摘することができない。その結果、問題が取り 返しのつかないレベルまで発展してしまうという ことだ。  集合知は、大数の法則が働くほど多くの大が関 わる集団にも宿るが、2人や3人のチームでも集 合知を生み出すことができる。選挙のように大勢 の大が関わるケースでは、第2章4節の陪審定理 で出てきたように、個々人の能力がそこまで高く なくても大数の法則がカバーしてくれる。だから こそ、国民の多くは政治の専門家ではないにもか かわらず民主主義が機能するわけだ。一方、会社 の部署など、少ない人数の集団においては、個々 人の能力やツールボックスの多様性が集合知の キーになるわけだ。  金子みすずの「わたしと小鳥と鈴と」という詩 に、「みんなちがつて、みんないい」というフ レーズがある。これはまさに、集合知の本質を最 も端的に表した言葉といえるだろう。互いの違い を受け入れて一緒に課題に取り組むことで、組織 として大きな力が発揮できるのだ。 あなたの会社や組織にはどんなツールボックスが あるか?  私たちは、個人の能力に基づいて人を評価する のに慣れている。例えば学生の能力は、テストの 総得点で評価される。大学や大学院の入試では、 全科目の総合得点が高い人が合格するわけだ。け れども、このような評価のやり方を多様性予測定 理に照らし合わせてみると、「能力」の項しか考 慮せず「多様性」の項を無視していることになる。 多様性を考慮するならば、もっと違った評価の仕 方もあるのではないだろうか。例えば、ある大学 院の入学試験を3名が受験して、そのうち2名を 合格させるとしよう。点数は上の表のようになっ ている。  この場合、総合得点に基づけば、合格するのは AさんとBさんだ。けれども、各科目の点数を見 てみると、AさんとBさんはどの科目も似たよう な点数であり、得意分野と不得意分野が似通って いることが分かる。一方、Cさんは、総合得点で は1番低いものの、Aさんが苦手とする統計学や 英語で非常に高い点数を取っている。ということ は、BさんのツールボックスはAさんと重複が多 く、逆にCさんのツールボックスはAさんと重複 が少ないと推測される。このテスト結果だけから 判断するならば、AさんとCさんがチームになっ て研究を行えば、ツールボックスの多様性が高い 分、高い問題解決能力が期待できる。そうした観 点から考えれば、Bさんには申し訳ないが、Aさ んとCさんを合格させるという判断もありうるわ けだ。  同じような考え方が、企業における採用試験や 管理職の選考にも当てはまるのではないだろうか。 例えば、管理職の昇進試験において広く用いられ ているNMATと呼ばれるテストを考えてみよう。 これは、リクルートマネジメントソリューソンズ 社が提供するテストで、管理職としての適性を測 定するために用いられる。主任や係長から課長や 部長に昇進する際などに、受験を義務付けている 企業も多いそうだ。  このテストは、言語能力検査(国語)、非言語 能力検査(数学・論理)、性格検査(性格に関す る質問)、指向検査(職務や働き方の好みに関す る質問)という4つのブロックから構成されてい て、各ブロックの点数によって基礎能力や職務適 性が数値化される仕組みである。例えば性格検査 では、結果に応じて受験者を「組織管理タイプ」、 「企画開発タイプ」、「実務推進タイプ」、「創造革 新タイプ」の4つの「役職タイプ」に分類する。  いわゆる典型的な。管理職”のイメージに該当 するのが、「組織管理タイプ」である。このタイ プの人の性格は、「明るく外交的で、組織の中で 指導的な役割を果たそうとする意欲があり、強靭 な意思で組織を引っ張っていく力がある。また、 事前の根回しがうまく、経営陣の意向をくみ取り、 周囲の合意を得ながら方向性を定めていくことに 長けている」というものだ。けれども、NMAT にはほかの役職タイプも用意されていることに注 意して欲しい。  「企画開発タイプ」は、自分の専門性を活かして 制度・戦略の企画立案や商品開発・研究などを行 うのに適している人が当てはまる。「実務推進夕 イプ」は、現場の仕事を極めていくのに向いてい る人が該当する。そして、新規事業を立ち上げた り、企業内ベンチャーを主導するのに適している のが「創造革新タイプ」だ。  このように、NMATは、従来の典型的な。管 理職向き”の人材だけでなく、様々なタイプの人 が昇進のチャンスを得るべきだという理念のもと に設計されている。実際の社会でも、そのように して多様な人材が企業の中枢に進んでいけるよう になれば、企業の問題解決能力も向上するのでは ないだろうか。  そのような文脈で考えると、女性の管理職が増 えることも、企業価値の向上にプラスの効果を及 ぼすことが期待できる。たまに聞く男性側の不満 として、女性の管理職を増やそうとするあまり、 同じくらい能力のある男性がポストを奪われて昇 進できないというものがある。けれども、異なる バックグラウンドを持つ人は異なるツールボック スを持っている可能性が高いということを考えれ ば、女性の管理職を増やすことでツールボックス の多様性が増し、企業価値の向上が期待できると いう見方ができる。  もちろん、ベイジの研究が導き出した結論は      丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 丶 「多様性は個人の能力と同程度に重要」というも のであることを忘れてはならない。従って、女性 が活躍している会社であることを世間にアピール するためだけに、有能でない女性を昇進させるの は本末転倒だ。けれども、能力が同程度の場合は、 多様性の面で勝る女性の方を昇進させるという判 断はある程度合理性を持つと考えられる。  囗本のある大手金融機関では、不思議なことに、 人事部が独断で行う人事評価と、上司が部下に対 して行うフィードバック用の人事評価の2つが併 存し、ダブルスタンダード状態になっている。上 期と下期の年2回、まずは社員自身が仕事のパ フォーマンスを5段階で自己評価し、評価シート に入力する。直属の上司はそのシートに基づいて 社員にフィードバックを行い、コメントと評価を 書いて人事部に提出する。けれども、実際の昇進 や給与水準を決めているのは、それとは別に人事 部が付与している評価ランクである。社員は、自 分の評価ランクについて知ることはできるが、な ぜそのランクなのかは教えてもらえず、上司に聞 いても明確な答えは返ってこない。人事部がブ ラックボックスで決めているものなので、上司自 身も詳細を知らないのだ。  人事部としては、自分たちが持っている権限を 維持したいためにこのような仕組みを作っだのか もしれない。このようにダブルスタンダードにし ておけば、一見して人事部の独断とは分かりにく くなるので、批判も起こりにくいだろう。また、 仮に批判すれば人事部に評価を下げられるかもし れないという警戒感が働くので、公に批判する社 員も出てこない。  けれども、人事部が好む人材だけを昇進させて いたら、結局は似たような人材だけが企業の中枢 を占めるようになり、多様性が失われてしまうの ではないだろうか。そしてその結果、長期的に見 れば企業価値に悪影響を及ぼすことになりはしな いだろうか。もっと現場に人事権を譲り、多様な 評価を許容することが、企業にとっても良いこと なのではないかと思う。  企業は、社員全員の経歴や評価、保有資格等に ついての人事情報を蓄積している。これらのデー タをうまく活用すれば、それぞれの社員のツール ボックスをうまく組み合わせ、能力と多様性の両 面に優れたチームを作れるのではないだろうか。 能力一辺倒ではなく、能力と多様性の2次元で考 えることで、より効率的な組織作りが可能になる のではないかと思う。  また、部下の教育や自分自身のキャリア形成と いう面でも、多様性を意識することは重要だ。先 はどの『木を見る……』の著者であるミシガン大 学教授のニスベット氏も指摘していることだが、 日本人は得意分野をとことん伸ばすというよりも、 劣っている部分を穴埋めすることに力を注ぎがち なので、結果として器用貧乏になりやすい。日本 の会社では、何かに抜きん出ていても、それで人 より高い給料がもらえたり昇進に有利になったり ということが少ない。一方で、何か欠点があると 昇進や周囲の評価に明らかなマイナスとなる。個 性を伸ばすことに時間や労力をかけるインセン ティブに乏しいので、結果としてツールボックス が似通ってしまいがちである。  けれども、ほかの人と異なるツールボックスを 持っていれば自分の希少価値が高まり、長期的に 見ればキャリア形成に有利に働くことは確かだ。 例えば、同僚に英語ができる人が少ないからと いって、自分もできなくてよいというわけではな い。多様性の観点から考えれば、むしろ逆だとい える。つまり、同僚に英語ができる人が少ないと いうことは、自分が英語を学ぶことで社内での価 値を向上させることができるわけだ。  あなたに部下がいるならば、周囲の人が持って いない資格を部下に取らせる、専門職MBAに行 かせる、海外留学させる、他社へOJT研修へ行 かせる、得意な仕事を極めさせるなどして、存在 の希少価値を高める工夫をしてあげるとよいだろ う。もちろん、自分自身の希少価値を高めること も重要だ。「うちの会社の場合、そこまでする必 要はないよ」と思われる方もいらっしやるかもし れないが、手持ちのツールボックスで対処できる 仕事だけを扱っていたのでは、企業自体が世の中 から取り残されてしまいかねない。それに、今は 転職が当たり前の時代だ。これから長い社会人人 生を送る若手にとっては、上司の後押しで獲得し たツールボックスが、キャリア形成を助ける一生 の宝になるかもしれない。ズフ勤めている会社で 今やっている仕事”に必須なこと以外も学んでお けば、将来の選択肢が広がるわけだ。  バックグラウンドの違う人だちと何かに取り組 むのは、そう簡単なことではないだろう。なぜか というと、違うバックグラウンドを持つ人は違う 価値観を持っていることも多いので、価値観の違 いによる対立が生じることも多いからだ。スコッ トーベイジも指摘していることだが、多様性が集 合知に貢献するためには、集団のメンバーが同じ 目標を共有していなければならない。皆の目指す 方向がばらばらだと、集団の英知はうまく機能し ないのだ。バックグラウンドは違えども、団結し ていなければならないのである。  現代社会は、昔に比べれば多様性を活用できて いるものの、まだまだ道半ばの状況だといえるだ ろう。価値観の衝突による混乱を避けつつツール ボックスの多様性を活かすというのは、なかなか チヤレンジングな課題だ。けれども、そこに組織 や世の中を良くしていくヒントが隠されていると もいえる。人々がよ坦い”にもっと寛容になれば、 もっと大数の法則が活きる社会になっていくこと だろう。 圜小さなことを積み上げて人生をよく   していく  第3章までで、大数の法則と現代社会の繋がり について詳しく説明してきた。第4章では、大数 の法則を自分白身の生活に活かしていくことを考 えよう。といっても、大数の法則を活用すること で明日から大金持ちになったり、モテない人がい きなりモテまくるようになったりするわけではな い。むしろ大数の法則が教えてくれるのは、「小 さなことをこつこつ積み重ねる人が成功する」と いうことだ。  大数の法則によれば、実際の結果が理論に近づ いていくまでには何度もチャレンジする必要があ るので、相応の時間がかかるのであった。つまり、 ワンランク上の自分を目指そうとして何かを始め ても、それが期待通り(理論通り)の成果を生む までには時間がかかるので、気長に待だなければ ならない。また、。大数”というだけあって、頭 で考えるよりも、とにかく実践することが大切だ。 大数の法則は、経験数を積み上げる中で、即ち、 たくさん実践していく中で働いてくるものだから である。  どういうことかを説明するために、『マンガで 分かる診療内科』(ゆうきゆう原作、ソウ作画、 少年画報社)で紹介されている話を例に出そう。 この本は、心療内科の先生が書いたものだが、心 の病気に関する話以外にも色々と小ネタが紹介さ れていて面白いのでお勧めである。今回紹介する 話は、叶えたい目標や夢があるときに、それを実 現する最短経路は何かというテーマの回で出てき たものだ。  あるところに、1囗30人の新しい客が来るレス トランがあった。なぜそんなにうまくいくのかを 不思議に思った人が、どうやって30人もの新しい お客さんを集めているのですか? と店長に尋ね たところ、店長はこう答えた。  「私は、1日に30大の客を集める1つの方法は知 りません。しかし、1日に1人の客を集める方法 を30個実行しているのです」  そのひとつひとつの方法とは、割引券だったり、 ホームページをこまめに更新することだったり、 笑顔で接客することだったりと、誰でも思いつく ような内容のものだ。けれども、それを毎日こつ こつとまじめに実践することで新規顧客を獲得し、 目覚ましい成長を成し遂げているということだ。  なぜこれでうまくいくのかは、大数の法則を考 えればよく分かる。ひとつひとつの方法は、少な くとも理論的にはお客さんを増やす効果があるも のだ。けれども、実際の来客数は様々な要因で変 化するので、1囗だけ、あるいは1つの方法だけ を見た場合は、期待通り(理論通り)の結果にな るかどうかは分からない。つまり、お客さんの人 数は、サイコロの目のように確率的に変動する。 この例でいえば、ひとつひとつの方法を実践する ことで増えるお客さんの人数は、。1人”を平均 値として確率的に変動する。例えば割引券を配る ことで増えるお客さんの数は、ある日は2人、別 の日はO人、また別の日は1人、という具合にな る。けれども、ひとつひとつの方法を毎日きちん と実践していれば、大数の法則によっていずれは 理論通り(期待通り)の結果に収束してくる。こ の場合は、1つの方法につき平均1人の新規客が 来ることになる。それが30個集まることで、安定 的に30大の新規客が来るようになるのだ。  「考えるよりも実践」というのが、大数の法則的 な考え方なのだ。このような考え方は、生活の 色々な場面で役に立つのではないだろうか。『マ ンガで分かる診療内科』には、婚活の例も紹介さ れている。  婚活というと、ひと昔前はお見合いが定番だっ たが、今では様々な選択肢がある。結婚相談所、 お見合いパーティー、婚活サイト、街コン、合コ ンなどだ。しかし、これだけたくさんの選択肢が あると、どれを実践すべきか迷ってしまう。結婚 の可能性を最も高くするには、どの選択肢を選べ ばよいのだろうか?  実は、その答えは「全部」だ。どれがうまくい くかなんて、事前には分からない。なので、思い つくものを全部実行に移す。うまくいかないもの もあるだろうが、それはそれで学ぶものがある。 これは自分には向いていないとか、こういう方法 だと失敗するとかが分かるのだ。このように、思 いついたアイデアをすべて実行に移すことを 「ショツトガンーアクション」という。電球の作 り方を2万通りも試した発明王エジソンのように、 とにかくやってみることが成功への近道というこ とだ。  コイン投げを例にとると、考えるだけで全く実 践しなかったり、1つや2つの方法しか試さな かったりするのは、コインを数回しか投げないこ とと似ている。表を出したいときに、コインを数 回投げてたまたま裏ばかり出たからといって。 「どうせ裏しか出ないんだ」といって諦めるのは 気が早すぎる。それは、第1章5節で説明した小 数の法則に囚われてしまっているのだ。コイン投 げを何度もやること、つまり、思いついたものを すべて実践してみることで大数の法則が働いてく るのである。  20世紀における最も重要な化学者の1人といわ れ、ノーベル賞を2度も受賞したライナスーカー ルーポーリングは、「いいアイデアを得る最良の 方法はたくさんのアイデアを持つことだ」と言っ ている。思いついたことを次々と実行に移すこと で、彼は偉大な化学者としての名声と2つのノー ベル賞を手にした。「ショツトガンーアクション」 を実践した人物といえるだろう。  また、ニュートリノの観測でノーベル賞を受賞 した小柴昌俊・東京大学名誉教授も、「ショツト ガンーアクション」の実践者だったと言える。私 の大学院時代の担当教官は、かつて小柴さんの研 究室に所属していた方たった。その担当教官によ ると、小柴さんは、思いついた実験のアイデアを 次々に実践する人たったそうだ。担当教官は若い ころ、小柴さんが何かアイデアを思いつくたびに 部屋に呼び出され、そのアイデアを実行に移すよ う指示を受けたという。実際の研究成果に繋がっ たものはごく一部だったそうだが、ショットガン 的に様々なアイデアを実践したからこそ、ノーベ ル賞級の成果が生まれたのだろう。  人間関係においても、「こつこつ実践」は重要 だ。ANAの客室乗務員をD一年間務めたマナー講 師の松澤萬紀氏が書いた『100%好かれる1% の習慣』(ダイヤモンド社)という本には、彼女 が延べ500万人の乗客と接する中で学んできた、 仕事や私生活で人間関係を豊かにしていくための 秘訣が紹介されている。その秘訣をひと言でいう と、日々の習慣を1%だけ変えるというものだ。 彼女によると、「毎日の行動を1%変えれば、あ なたの人生が変わる」のだそうだ。  では、どのように行動を変えるのか。ひとつひ とつはささいなことだ。例えば、きちんと挨拶を する、1分でも遅刻しそうなら事前に連絡を入れ る、もらった名刺を丁寧に扱う、任された仕事を できるだけ早くやる、そういったことである。け れども、そのような√1%”を積み重ねていく うちに周囲の評価や人脈に着実に良い変化が表れ、 人生が変わってゆく。これもまさに、大数の法則 的に人生を良くしていく発想といえるだろう。  人生は、こういった日々の心がけ次第で大きく 変わりうる。ノーベル経済学賞を受賞したジェー ムズーヘックマン教授は、人生の成功はIQより も性格が強く関係しており、IQは1~2%しか 影響を及ぼさないという研究結果を発表している。 教授は、客観的に測定できる分かりやすい基準と して年収を選び、IQの高さがどれくらい年収に 結びつくのかを統計的に調査した。IQは、一生 を通じてあまり大きくは変化しないとされる。い わば、生まれつきの頭の良さを表す数値と考える ことができる。教授によれば、少なくとも経済的 な成功という側面で見る限りは、生まれ持った頭 の良さよりも性格の方が重要だということが示さ れたわけだ。より具体的には、誠実さや、何事に も興味をもって積極的に取り組む姿勢が重要とい うことだ。周囲の人に誠実に接していたり、色々 なことに積極的に取り組んだりといった日々の少 しずつの行動の違いが、人生の成功に繋がってい くのである。  こういった考え方は、営業の仕事でも役に立つ のではないだろうか。私の勤めている保険会社で は、最優秀クラスの営業(ライフコンサルタン 卜)が各地の支店で講演を行い、ほかのライフコ ンサルタントに自分の営業スタイルや想いを伝え て回るという仕組みがある。著者も、その講演内 容を記録したDVDを見たことがあるが、やはり 営業で重要なのは、とにかく行動してお客様に声 をかけることと、データを集めて研究することだ という点が強調されていた。キーワードは「5W IH」、つまり、時間(宅冨巳、場所(1回3)、 どういうお客様か(ギ回)、何の商品を紹介した か(g回こ、なぜ成約した/断られたか(弓耳)、 どのようにアプローチしたか(ぎ慝等々を細か くメモしておいて、統計的に分析して法則を導き 出し、次に声をかけるときに活かすということだ。  営業は、大数の法則がダイレクトに効いてくる 職種といえるだろう。優秀な営業ほど成績が高く かつ安定しているのは、大数の法則で説明できる。 彼らは、まず誰よりも多くの人に声をかけて 「数」を確保する。そして、少しでも成約の確率 を高めるために研究を重ね、「理論」を向上させ ていくわけだ。もちろん、彼らはほかのどの営業 よりも多くの人から断られてもいる。そもそも、 お客さんに電話や訪問をしても、それが成約まで 繋がる確率自体が低いからだ。けれども、諦めず にたくさんの電話や訪問をすることで大数の法則 が働き、一定数の契約を安定的に取れるようにな る。さらに、色々工夫をして成約の確率を高める ことで、高水準の新規契約を安定的に取れるよう になるのである。  著名な心理学者であるペンシルバニア大学の マーティンーセリグマン教授が著した『オプティ ミストはなぜ成功するのか』(講談社)には、楽 観的な保険営業マンほど良い成績を残していると の調査結果が記されている。セリグマン教授は、 メトロ生命という生命保険会社の新入社員104 人を調査対象として選び、教授が開発した心理テ ストを受けさせた。この心理テストは、人生で何 かが起きたとき、それをどれくらい楽観的に解釈 する傾向があるかを測るものだった。つまり、そ の人が楽観的な人物なのか、悲観的な人物なのか を見分けるテストということだ。  まず驚いたのは、保険営業の人たちの平均点が、 ほかの職業の平均点をはるかに上回っていた(つ まり、はるかに楽観的たった)ことだ。営業はも ともと断られてなんぼの仕事なので、楽観的な性 格でなければ務まらないということだろう。その 後教授は、彼らを追跡調査して、入社から1年後 の契約獲得成績を調べた。すると、楽観度テスト で上位半分にいた人たちは、下位半分の人だちよ りも20%も契約獲得数が多かった。さらに、上位 4分の1の人たちは、下位4分の1の人だちより 50%も契約獲得数が多かったのだ。  お客さんから斷られるのは、とても辛い体験だ。 だから多くの人が、断られたときのショックで心 が折れてしまい、次の電話をかける勇気が出なく なる。けれども、楽観的な性格の人はめげずに電 話をかけまくるので、結果として好成績になると いうことのようだ。  ただし、「数」だけでなく「理論」も大切なこ とを忘れてはならない。下手な鉄砲も数打てば当 たる的にやみくもに電話し、結局1人も成約がと れなかったりする場合は、そもそものやり方に問 題があるかもしれないからだ。数を打っているの に成約が取れないのはやり方(理論)に問題があ るし、いくらやり方がよくても、数を打っていな ければ期待通りの成果は出ない。両方が揃ったと きに大数の法則が働き、安定的な好成績が出せる のだ。 -お金に大数の法則を働かせる  第2章1節で、保険は大数の法則のおかげで成 り立っているという話をした。また、第2章5節 で、安全な資産運用手法として知られる長期投資 も、大数の法則が基礎となっているという話をし た。ここでは、それを家計に活かしていくことを 考えよう。 ◆保険 ・保険契約の契約内容を見直してみる  まずは、保険の話からである。日本では、生命 保険の世帯加入率は9割近く示5)に達してお り、多くの人は、金額の差はあれど、生命保険を 通じた相互扶助の輪の中に入っているといえる。 けれども、自分がどんな保険に入っているのか、 忘れてしまっている人も多いのではないだろうか。 中には、保険料を払いすぎていたり、自分に合わ ない保険に入っている人もいるかもしれない。そ うすると、大数の法則の恩恵を十分には受けられ ていないということになる。そこで、自分の入っ ている保険が適切なものかどうか、自分が支払っ ている保険料が納得のいくものかどうか、もう一 度チェックしてみてもよいのではないだろうか。  生命保険契約で典型的なものの1つとして、終 身保険と定期保険を組み合わせるものがある。終 身保険とは、保障が一生続く保険のことだ。一方 定期保険とは、保障が一定期間(例えば10年)だ け続くものである。人はいつか必ず死ぬので、終 身保険の場合は、途中で解約等しない限りは、い つか必ず支払いが発生する。一方、定期保険は、 保障期間中に被保険者が死亡しなければ死亡保険 金は支払われず、それまでに支払った保険料は掛 け捨てになる。当然、同じ保障額の場合は、定期 保険の保険料の方が終身保険よりも安くなる。一 生保障してくれる方がいいに決まっているのだが、 それだと保険料が高くなりすぎるので、定期保険 を組み合わせることで保険料を抑えるというやり 方が一般的なのだ。例えば、終身保険部分が 500万円、定期保険部分が2500万円として イメージにすると、次の図のようになる。  このような契約形態だと、契約した当初は保険 料を抑えることができる。けれども、定期保険部 分は、一定期間しか保障してくれないことを忘れ てはならない。例えば、30歳で契約して、定期部 分の保障期間が10年たった場合は、40歳のときに 定期部分の契約を更新しなくてはならない。その とき、年齢が上かつている分、定期部分の保険料 は以前よりも高くなる。同様に、50歳時点での契 約更新の際は、さらに保険料が高くなる。また、 保険には、一般に加入時の年齢制限が課せられて いることが多い。その制限年齢が仮に60歳たった 場合、60歳以降は定期保険部分の契約更新自体が できなくなってしまう。結果として、どんどん高 い保険料を払わされた結果、60歳時点で定期保険 部分は消滅してしまい、最後は終身保険の500 万円分の保障しか残らなかった、ということに なってしまう。  このように、保険会社の言いなりになっている と、なんだか納得のいかない結果に終わってしま うこともありうる。この例の場合だと、次図のよ うに定期保険部分を徐々に削っていくようにすれ ば、保険料が高くなるのを防ぐことができる。当 たり前の話だが、保障額が小さいほど保険料は安 くなるからだ。  保障額が小さくなるのは不安という人もいるか もしれないが、生命保険はそもそも、稼ぎ頭が死 亡してしまった場合に、遺族の生活費を賄うため のものである。そして、年齢が上かつていけばい くほど、その後に必要な生活資金の総額は減って いくはずなのだ。全く健康な人でも、余命は毎年 1年ずつ減っていく。ということは、年齢が上が るにつれて、今後必要な生活資金の総額は1年分 の生活費ずつ減っていくはずなのである。従って、 トータルの保障額を小さくしていくというのが、 保険料を節約する1つの合理的な方法といえるの だ。  ライフコンサルタントにとっては、保障額の大 きい保険を契約してもらった方が自分の成績に繋 がるので、こういったことを積極的には提案して こないかもしれない。けれども、自分の一生に関 わる話なので、遠慮する必要はないだろう。担当 のライフコンサルタントに一度相談してみてもい いのではないだろうか。契約更新のたびに補償額 を見直すのが面倒くさいという人は、保障額が少 しずつ減っていく保険(収入保障保険という)を 販売している保険会社もあるので、調べてみると いいだろう。あるいは、子供の養育費や学費がか かる期間だけ定期保険を厚く乗せて、そのほかの 期間は薄めにするという方法もある。そうやって 保障にメリ(リをつけて保険料を最適化していけ ば、家計も助かるわけだ(※6)。 ・保険契約が失効していないか、請求忘れがない  かを確認してみる  また、保険の契約内容を見直すという以前に、 いつの間にか失効してしまっている人もいるかも しれないので、心配な方は確認してみた方がいい だろう。最も多いのが、保険料の払い込みが行わ れなかったことによる失効だ。もちろん、期日ま でに支払わなければすぐ失効になるというわけで はないが、示7)しばらく忘れているうちに、い つの間にか失効していたということもありうるの で、心当たりがある人は、保険会社に電話して聞 いてみるといいだろう。万が一失効していた場合 も、失効後3年以内(変額保険及び変額個人年金 保険の場合は失効後3ヵ月以内)であれば、保険 会社に復活請求書というものを提出して復活請求 をすることができる。  ほかには、保険金を受け取る権利が発生してい るのに、保険金の支払い請求を忘れている人もい たりする。色々と忙しくて忘れてしまっているの かもしれないが、保険金の請求権は3年子8) で消滅してしまうので、心当たりがある人は保険 会社に確認した方がいいだろう。 ・健康を活かして保険料を安くする  健康に自信のある人のほか、酒・タバコをやら ない大は、健康体割引というものを活用すること で保険料を今よりずっと安くすることができる可 能性がある。第2章1節で、保険料は死亡率に基 づいて計算されるという話をした。年齢が若い大 はそれだけで必然的に保険料が安くなるわけだが、 さらに最近は、たばこを吸わない大や、健康状態 が良好な大に対して、保険料を割引くサービスが 登場している。場合によっては、保険料が半額近 くまで安くなることもあるので、活用するといい だろう。  逆に、健康面に少し問題がある人のために作ら れた標準下体保険というものもある。一般の保険 に比べると保険料が高くなる代わりに、健康リス クが高い大でも受け入れる(※9)というものだ。 健康状態を理由に保険加入を斷られたことがある 大も、標準下体保険なら入れる可能性があるので、 保険会社に問い合わせてみてもいいかもしれない。 ・貯金代わりに保険を使う  「将来のためにお金を貯めておきたいけど、手元 にあるとどうしても使ってしまう」という人には、 養老保険や個人年金保険などの貯蓄型保険がある。 養老保険は、被保険者が死亡した場合、またはあ る期間生存した場合に保険金が下りるという保険 商品である。ややこしいので具体例で説明すると、 例えば30年養老保険を30歳のときに契約した場合 被保険者が60歳まで生きていれば、保険金(生存 保険金)が支払われる。あるいは、60歳に達する 前に死亡した場合も、同額の保険金(死亡保険 金)が支払われる。いうなれば、積み立て型の定 期預金と死亡保険を足したような商品である。  積み立て型の定期預金との違いは、万が一自分 に不幸が訪れた場合、まとまった金額がその時点 で遺族に入るという点だ。つまり、単なる貯金だ と、貯まる前に稼ぎ頭が死亡してしまうリスクが あるが、養老保険の場合は、そういうケースでは 死亡保険金が下りるわけだ。また、個人年金保険 には、税制上のメリットがある。具体的には、所 得税の生命保険料控除の際、ほかの保険とは別枠 で控除を受けることができる千10)。当然ながら、 定期保険などの掛け捨て型の保険よりも保険料は 高額になってしまうが、将来への備えとして検討 してみてもよいかもしれない。  社会保障制度への信頼が失われつつある昨今、 こういう私的保障で自分の老後を守ることがます ます重要になってくる。ちなみに、日本人と同じ ように堅実な民族性を持つといわれるドイツ人は、 老後の備えとして養老保険を大いに活用している。 実際、ドイツの生命保険会社の保険料収入全体の うち約3割は、長期の養老保険からきているのだ。 ◆投資  次は、大数の法則を投資で活用することについ て考えよう。第2章5節で見たように、長期投資 は大数の法則が働くことで安定的に収益を得るこ とが期待できる投資スタイルだ。今まで投資を やったことがない方は、大数の法則を生活に取り 入れる一環として、検討してみてもいいのではな いだろうか。  けれども、投資をやったことがない人にとって は、投資を始めるということ自体が高いハードル であることは事実だ。実際、金融庁が行った調査 の結果(次の図)は、日本人の多くが投資に対し て今一歩踏み込めないでいるという事実を物語っ ている。この図は、今まで投資をやったことがな い人を対象にして金融庁が行ったアンケートの結 果をまとめたものだ。上側は、「投資が必要だと 思うが、やったことはない」と答えた人に理由を 尋ねた際の回答、下は、「投資はやったことがな いし、そもそも投資なんて必要ない」と答えた人 に理由を尋ねた際の回答である。  上位の意見をまとめると、およそ次のようなも のになる。  「投資に関する知識がなくて、どうしたらいいか 分からない」  「まとまったお金がない」  「ギャンブルのようなものだから」  「そもそも興味がない」  一方で、「預貯金だけで十分足りているから」 と答えた人はわずか8%だ。つまり、お金は増や す必要があると認識しているものの、第一歩をど う踏み出せばいいか分からないし、そもそもよく 分からないから興味も持ちにくいといったところ だろう。  「ギャンブルのようなものだから」という意見に ついては、確かに短期のFXトレードなどには当 てはまるかもしれないが、第2章5節で見たよう に、長期投資はちゃんとした理論に基づいたもの である。それに、ギャンブルは平均的には必ず負 けるように作られている(第1章4節参照)のに 対し、投資はそうではない。  本書は投資の専門書ではないので、具体的な運 用商品やノウ(ウの紹介は控えるが、一昔前と 違って今は金融機関が提供するサービスも充実し てきているので、投資をスタートしやすい環境が 整っているという点は指摘しておきたい。  例えば、個人型確定拠出年金(已・no)という 制度がある。これは、毎月一定額を積み立てて いって運用し、将来それを年金でもらえるという 制度だ。積み立てたお金を何に投資するかは自分 で決めなければならないので、面倒くさいと思う 方もいるだろう。けれども、iDeCoを提供する金 融機関は、モデルポートフォリオというものを公 開している。これは、その人の年齢、年収、宗族 構成、投資に対するスタンス(「リスクを極力避 けたい」とか、「リスクを取ってでも儲けたい」 等)などから、その人にふさわしいと考えられる 資産配分の例を示してくれるのだ。それを参考に すれば、自分でゼロから考える手間が省ける。興 味のある方は、ネットで「個人型確定拠出年金」 や「’?no」などのキーワードで検索すれば、そ のサービスを提供している金融機関がいくつも ヒットする。  また、自分にはどんな資産配分が合っているの かを気軽に知りたい方は、インターネットで「口 ボアド」と検索してみてほしい。いくつかのペー ジが出てくるが、これらは「ロボットアドバイ ザー」と呼ばれる自動アドバイスサービスを提供 しているサイトだ。入力フォームに自分の属性を 入力すれば、推奨の資産配分を自動で計算してく れる。もちろん、これらのページで出てきた結果 が唯一の正解というわけではないのだが、多くが 無料で使えるので、参考程度にやってみるとイ メージが掴めるのではないだろうか。  「何に投資したらいいか分からない」という人に は、バランス型投資信託というものもある。バラ ンス型投資信託では、何にどれくらい投資するか を、運用会社のプロが予め決めてくれている。例 えば、あるバランス型投資信託では、国内株に25 %、国内債に25%、海外株に25%、海外債に25% 投資すると決めている。そして、その投資比率を 守りながら、プロが銘柄を買ったり売ったりして 運用を行う。具体的にどの銘柄に投資するかも、 予め決めてくれている(具体的には、大きな損失 を出さないように、たくさんの銘柄に分散して投 資するのが一般的だ)。私たちは、バランス型投 資信託を買うだけで、様々な資産に分散投資がで きるのだ。同じように、「株とか、どの銘柄を 買っていいか分からないんですけど」という人は。 ETFや投資信託がある。これらは、多くの銘柄 をひとまとめのパッケージにして販売しているも のだ。例えば、日経平均連動型ETFを購入した 場合は、日経平均の構成銘柄である225社の株 式を均等に保有することになる。そうすることで、 どれか1社の株に全額つぎ込むよりはリスクが平 均化されるということだ。  「まとまったお金がない」という意見も出ている が、投資には必ずまとまったお金が必要というわ けではない。例えば個人型確定拠出年金(已・n o)は、毎月決まった額の掛け金を拠出していく スタイルなので、月当たり数千円を出せるのであ れば、投資は始められるのだ。例えば、『はじめ ての人のための3000円投資生活』(横山光昭 著、アスコム社)という本には、月3000円か ら始められる投資について書かれている。この本 は分かりやすくてお勧めなので、ご興味ある方は 参考にしていただきたい。要するに、無理のない 金額でやればよいのである。  以上、今は色々便利なモノが使える時代なので、 投資の世界に足を踏み入れるきっかけとして使つ てみてはいかがだろうか。投資は損する可能性が 付きまとうし、自己責任の世界なので、自分で勉 強しなければならない部分はどうしても出てくる わけだが、少なくともひと昔前よりは遥かに取っ つきやすくなっているのは確かだ。まずは月数千 円から始めていけば、だんだんと興味も湧いてく るのではないだろうか。 -自分の意見を発信してみる  第2章4節や第3章3節で、自分の意見をしっ かり言うこと(判断の独立性)が大切という話を した。第3章では会社の会議などを例に出して説 明したが、ここでは、個人としての情報発信を考 えてみよう。  最もよく用いられるのが、ツイッターや FacebookなどのSNSだ。最近では、報道番組 の最中に視聴者が投稿したツイッターのコメント をリアルタイムでピックアップし、紹介している のをよく見かける。自分の意見を発信することで、 それを見た人たちに新しい気付きを与えるかもし れないし、自分の意見に反応が返ってくれば、よ り深く考えるきっかけにもなるだろう。もしかし たら、自分の意見が世の中に影響を及ぼすことも あるかもしれない。  例えばアメリカには、「ドラッジーレポート」 という有名なサイトがある。マットードラッジと いう人物が運営するサイトで、彼が個人的に興味 を持ったニュースをまとめて紹介している。アメ リカの民間調査機関であるピュー・リサーチーセ ンターが米主要ニュースサイトへのアクセス状況 を解析した結果、驚くべきことが判明した。 ニュースサイトへ直接訪れる人や(J呂gle経由の 人が1番多いのは予想通りだったが、何と、全体 の7%もの人が、個人サイトの「ドラッジーレ ポート」経由で主要ニュースサイトヘアクセスし ていたのだ。各ニュースサイト毎の「ドラッジー レポート」経由のアクセス状況を次図に示したが、 ワシントンポストやニューヨークポストに至って は、何と2割近い人が「ドラッジーレポート」経 由でアクセスしていることが分かる。  このように、自分の意見を発信した結果、それ が世の中に大きな影響を及ぼすということが実際 にありうるわけだ。ホームページやSNSだけで なく、例えば本を書くという方法もある。今は情 報の垣根がどんどん下かつている時代なので、自 分も遠慮せずどんどん発信していけば、新しい世 界が広かつていくに違いない。 圜「人と違っていてもいいや」と開き   直る  第3章3節で、多様性が重要だという話をした。 私たちは、人と違っているからこそ世の中に貢献 できるのだ。けれども実際のところをいうと、人 と違った意見を言うのは勇気がいるし、人と違っ た行動を取るのは不安が伴う。それはとても自然 なことで、すべての人類が共通で持っている感情 ということができる。  というのも、人間には、他の人と同じような行 動を取ってしまう心理バイアスがあるのだ。この ことを、行動経済学では「群衆バイアス」と呼ん でいる。このようなバイアスを示したものとして 最も有名なのが、社会心理学者ソロモンーアツ シュによる以下の「同調実験」だ。  8人の被験者に、長さの違う3本の線が書かれ たカードと、1本の線が書かれた別のカードを見 せ、「3本の線の中で、もう1つのカードに書か れた線と同じ長さのものはどれですか」と質問す る。非常に簡単な問題なので、通常ならば、誤答 率はほぼゼロ%のはずだ。  けれども、この実験では、8人の被験者のうち 1人を除いては全員「サクラ」で、あえて間違つ た答えを選ぶように指示されている。その結果、 真の被験者のうち37%もの人が、サクラが選んだ 間違った答えを選択してしまった。次にアッシュ は、サクラの人数を変えて同様の実験を試みた。 すると、サクラの数が7人でも2人(つまり、真 の被験者も含めて3人)でも同様の結果が得られ た。  この実験では、例えばサクラの7人のうち1人 でも本当の正解を選ぶようにした場合は、亘]の被 験者の誤答率は急速に低くなることも分かってい る。要するに人間は、自分1人だけ違うというこ とを避けるようにできているのだ。  人類がこのような心理バイアスを持っているの は、長い歴史の中で、自分だけ考え違いをして危 険な目にあうのを防ぎ、生存率を上げることに役 立ってきたからではないだろうか。けれども現代 の私たちは、価値観が非常に多様化した社会に生 きている。自分の考えていることや選択した道が、 周囲の人だちと異なるということが、頻繁に起こ りうる。  著者はメガバンクに8年ほど勤めていたが、33 歳のときに外資系生命保険会社の資産運用部門に 転職した。そのときの銀行の同僚や上司の反応を 匸一にで表すと、”困惑と心配”であった。当時の 上司からは「悩みがあったなら、なぜ相談してく れなかったんだ」と言われたし、転職を知った何 人かの同僚からは、「君のことが心配だ。大丈夫 なのか」という連絡を受けた。けれども、仕事や 上司が嫌いだったから転職したわけではない。転 職の理由は主に3つあっだのだが、どれも前向き なものだった。  1つ目の理由は仕事内容だ。銀行に入ってから ずっと資産運用部門にいて、今後も資産運用の仕 事を続けたいと思っていたのだが、あいにく規制 強化などがきっかけで銀行の運用部門は縮小傾向 にあり、今までずっと運用畑たった人ですら、運 用とはまったく関係ない部署へ異動になるヶIス が多くなっていた。外資系金融機関の場合、運用 部門で採用された人がほかの部門に異動になるこ とは基本的にない。従って、運用の仕事を今後も 続けることができる。2つ目の理由は待遇である。 著者の場合、転職したことで給料が2割ほど上 がった。また、残業が減ったことで働く時間が1 囗3~4時間ほど短くなっだので、宗族との団ら んや自己啓発などにより時間を使うことができる ようになった。3つ目は、そもそも35歳までに一 度転職することを以前から考えていたというもの だ。囗本の転職業界には「35歳限界説」というの があって、35歳までに一度転職しないと、その後 の転職は難しくなる(※号といわれている。そ のため、B歳は年齢的に結構ぎりぎりたったわけ だ。  アメリカの経営大学院では、むしろ転職しない ことはキャリアにとって良くないと教えているそ うだ。履歴書に1つの会社名しか書かれていない と、「この人は転職するだけのスキルがないのか な」とか、「転職して給料を上げていこうという 意欲や積極性に乏しい人なのかな」と思われて不 利になる。だから、適度に転職した方がよいと教 えている。著者としても、そういう感じの発想で、 スキルを試したいと思ったのである。  これは、転職の理由としては不十分だろうか? 少なくともメガバンク時代の上司や同僚は、この 程度の理由で転職するわけがないと思っていたら しく、誰かからひどい目にあわされていたんじや ないかとか、不満を抱えていたんじやないかとか、 別の金融機関から引き抜かれたんじやないかとか、 色々と憶測が飛び交っていたようだ。まるで多く の人が、転職という。正道から外れた道”を選ぶ と不幸になると信じ込んでいるかのようだった。 心配してくれること自体は嬉しかっだのだが、同 時に違和感を覚えたのである。  実際は、人と違うことが不幸に繋がるわけでは なく、むしろ新しい人生の道が開けることだって ありうるはずだ。実際、著者の場合は、前の仕事 に比べると時間的な余裕ができたので、専門職M BA取得のために大学院に通い始めたり、資格試 験の勉強を始めたりしている。  日本人の多くは、遺伝的に不安を感じやすいと いう説がある。具体的にいうと、脳の中で恐怖を 抑える働きをするセロトニントランスポーターを 作る遺伝子は3タイプあり、そのうち、トランス ポーターを最も多く作るタイプは「ポジティブ遺 伝子」とも呼ばれ、その遺伝子タイプの大は恐怖 や不安を感じにくいとされる。アメリカ人の場介 このタイプの遺伝子の持ち主は全人口の約3割だ が、日本人は、何と3%しかいないらしい。つま り、もともと不安を感じやすい民族なのだ。だか らこそ、「大と違っていても別にいいや」と意識 的に開き直って、違いが自分にもたらしてくれた 良い結果に目を向けるといいのではないかと思う。  色々と説明したが、大数の法則を生活に活かす ためのキーワードは「こつこつ堅実に」というこ とだ。期待通り(理論通り)の結果が出るために は、長い時間をかけて地道に積み上げていく必要 がある。人間関係にしても、お金にしてもそうで ある。大切なのは、うまくいかないときに小数の 法則に囚われて途中で諦めてしまわないことだ。 また、「周りと違っていても気にしない」という ことも重要である。自分は何者か、どういう意見 を持っているのかを、会議で、SNSで、ブログ で、本で発信していく。そうやって日々を1%ず つ変えていく「大数ライフ」が、あなたをワンラ ンク上へ連れて行ってくれるのである。  ここまで読んで下さった方は、大数の法則をか なり身近に感じて頂けたのではないだろうか。一 見、自分と関係のなさそうな数学の話が、実は生 活と深く関わっていることを、意外に思われたか もしれない。  第2章や第3章で見てきたように、現代人はと ても恵まれていて、比較的簡単に大数の法則の恩 恵を受けることができる。銀行預金にしろ、生命 保険にしろ、すでに仕組みは整っているので、契 約するだけでよいのだ。では、現代社会は大数の 法則を完璧に使いこなせているのだろうか? 答 えは、残念ながらNOだと思う。特に、選挙や会 議など、意思決定の場に大数の法則を活用する点 においては、まだまだ十分とはいえないのではな いだろうか。  そもそも選挙は、国に対して。民意”を示すた めの手段だ。けれども、それが本当に。民意”を 表しているのか、よく分からないような事例も多 く発生している。2016年H月に行われたアメ リカの大統領選挙は、特に印象深い結果となった。  アメリカの大統領選挙は、州を基準に行われる 点が最大の特徴である。各州には、人口に比例し て選挙人が割り当てられる。そして、州ごとの住 民投票で1位になった候補は、その州の選挙人を 総取りできる仕組みになっている。最終的に、最 も多くの選挙人を獲得した候補が大統領として選 出される。  なぜこのような仕組みになっているかというと。 アメリカは合州国であり、州の独立性がとても尊 重されているからだ。リーダーたる大統領を選ぶ ときも、州としての意見をベースに決めるのであ る。選挙人は、各州が持っている投票権に相当す る。それぞれの州は、人口に比例した投票権を 持っているわけだ。そして、ある州の住民投票で トランプ候補が1位になった場合は、トランプ候 補がその州の選挙人を総取りする。つまり、その 州はトランプ候補を選んだと見なされるわけだ。  実際の結果がどうだったかというと、獲得選挙 人の総数はクリントン氏が232人、トランプ氏 が306人で、トランプ氏の勝利に終わった。け れども、アメリカ国民の総得票数で見た場合、 違った結果が見えてくる。クリントン氏が約 6584万票、トランプ氏が約6298万票で、 約286万票も差をつけてクリントン氏が勝って いたのだ。  このようなねじれが生じたのは、何も今回だけ ではない。2000年には、民主党候補のアルー ゴア氏が共和党候補のジョージ・W・ブッシュ氏 を総得票数で54万票ほど上回ったものの、獲得選 挙人数では負けて落選した。  こうなると、。民意”とは一体何なのか、そも そも、そんなものは存在するのだろうかという疑 問が湧いてくる。結局は、。民意”という実体が あるわけではなく、決め方次第で結果が変わって しまうということなのかもしれない。そうなると、 少しでもよい決め方を採用した方がいいというこ とになる。それでは、現代の典型的な選挙の仕組 みがよい決め方かというと、必ずしもそうではな い。  現代の選挙で最も典型的なのは、候補者が複数 出馬して、それぞれに有権者が投票するというも のだ。けれども、このやり方は、社会選択理論で いうところの「ベア敗者」を選んでしまう可能性 がある。ベア敗者とは、仮に総当たり戦で各候補 者が1対1で勝負していった場合、ほかのどの候 補者にも負けてしまう候補のことだ。つまり、夕 イマンだと一度も過半数を取れない候補のことで ある。  1対1だと負ける候補が、選挙で勝ってしまう ことがあるのはなぜだろうか? それは、票の割 れが有利に働くことがあるからだ。例えば、3名 が出馬している状況で、うち2名の政治スタンス が一部似通っている場合、票の割れが起こって残 りの1名に有利になる。仮にその候補がペア敗者 たったとしても、票の割れのおかげで勝つ可能性 があるわけだ。  2000年のアメリカ大統領選では、ゴア氏と ブッシュ氏のほかに、緑の党からネーター氏が立 候補した。ネーター氏の主張はゴア氏と一部似て いる部分があったため、ゴア氏の支持層の一部が 彼に流れ、ゴア氏の敗北のI因になったといわれ ている。もしネーター氏が立候補していなければ、 ゴア大統領が誕生していた可能性もあったわけだ。  このように、現代の選挙の仕組みは、偶然に よって結果が左右されてしまう可能性を孕んだ不 安定なものであるといえる。第2章4節で出てき た社会選択理論では、このような問題を改善する ために、色々な選挙の方法が考案されている。実 際の社会に応用されていくのはもう少し先の話か もしれないが、研究者たちの頭の中にある理論が 現実の選挙に応用され、より優れた為政者を選べ るようになる囗が来ることを期待したい。  そもそも、現代の選挙は、政策ではなく政党を 選ぶ形式になっているのも、考えてみればおかし な話ではないか。どこかの政党の方針が自分の意 見と100%一致している人というのは、実は少 ないのではないだろうか。ある政党の主張につい て、賛成の部分もあれば反対の部分もあるという のが実際のところだろう。けれども今の世の中で は、政策は抱き合わせ販売が当たり前で、ひとつ ひとつ選ぶことができないようになっている。そ ういう意味では、政策リストが書かれた紙に、優 先してほしい順番を記入して投票するような選挙 があってもいいかもしれない。政治家を選ぶので はなくて、政策を選ぶということだ。どの政治家 も対して代わり映えしないのであれば、いっその こと政策を主役に、。人”を脇役にしてしまうの もアリではないだろうか。  トランプ大統領に関連した話を続けると、最近 は、欧米先進国を中心に反グローバリズムの動き が広かつている。イギリスのEU離脱(竚β言 や、反移民を掲げるトランプ大統領の誕生など、 世の中が多様性を認める方向から、排斥する方向 へ舵を切つだのではないかと思われるニュースが 相次いでいる。この点については、第3章3節で 説明した多様性の話と逆行していると感じられた 方もおられるだろう。  実際のところ、多様性は恩恵をもたらすもので はあるが、同時にコストもかかる。第3章3節で 紹介したスコットーベイジ教授は、このことを 「多様性のコスト」と呼んでいる。バックグラウ ンドの異なる人々は、価値観も異なる傾向が見ら れる。そのため、社会の資源をどう分配するかと いう点において、意見が食い違うことが多い。そ の結果、軋轢が生じたり、社会の分断を生んだり する可能性を、社会が支払うコストと考えている わけだ。  日本を考えると、子育て世代は学費補助や保育 園の建設などに税金を割いてほしいと願う一方で、 高齢者は年金の充実や高齢者福祉制度の強化を望 む。国家の財力は有限なので、すべての人の願い を聞き入れることはできず、結果として、より選 挙の票に繋がりやすい集団(日本の場合は高齢者 等)に財政支出が偏り、社会に軋轢が生まれる。  アメリカで起きたことも、イギリスで起きたこ とも、本質は同じだ。自分たちの生活だって決し て楽ではないのに、限られた労働需要を外国人に 奪われたり、税金をギリシヤの救済に使われたり することに腹を立てていたわけだ。  19世紀のイギリスの政治学者ジョンースチュ アートーミルは、自著『自由論』の中で、民主主 義国家における「多数派の専制」を警戒すべきだ と主張している。民衆の意見は、実質的には民衆 の中で多数派を占める人たち、あるいは、より主 張の激しい人たちの意見であることが多い。彼ら は、自分だちと違う意見を持った集団を抑えるた めに。民意”を乱用する可能性があるため、社会 全体として警戒しなければならないということだ。 第2章や第3章で触れたように、「特別すぎる人」 がいると多数決は機能しなくなる。そういった抜 け穴を、19世紀の時点で気付いていた人がいたわ けだ。  そう考えると、アメリカは白人による専制国家、 日本は高齢者による専制国家になっているといえ るかもしれない。日本の場合、そのことを最も端 的に示す数字が、1000兆円を超える政府債務 残高だ。これだけ借金が膨らんだのは、日本が身 の丈に合わないレベルの福祉を国民に提供し続け た結果である。もちろん、その多くは高齢者のた めの出費だ。社会保障給付費の48・5%は年金で あり、医療が32・4%、介護対策が8・2%(刈 - 121)といった具合である。  2016年度で見ると、囗本の税収は約58兆円 一般会計予算は約97兆円(※13)で、収入の約 1・7倍もお金を使っていることになる。これを 一般の家庭に置き換えると、年収580万円の宗 族が年間970万円も出費し、その結果として1 億円の借金を抱えてしまっだのと同じ状況だ。1 億円の借金なんて、年収580万円の家庭が何と かできる金額をはるかに超えている。そこで、借 金を子供に相続してしまおう(※14)という話に なる。白分たちだけではとても返せないから、子 供に返済させようということだ。今の日本は、そ ういう状況になっている。けれども、今の日本に とって、身の丈に合わない出費を抑えることは難 しい。高齢者の「多数派による専制」を抑える術 がないからだ。  ツールボックスの多様性は恩恵をもたらす一方 で、価値観の違いは資源分配に関する対立を生み 出し、社会の分断に繋がりかねない。社会の意思 決定に大数の法則を活用するのは、保険や銀行預 金ほど簡単ではないわけだ。実際は、お互いがあ る程度満足できる落としどころを探りつつ、様々 な立場の人に活躍の場を与えて、ツールボックス の多様性が最大限活かされるような社会を作るこ とが重要だろう。  行動経済学によると、人間は強い「損失回避 性」を持つ。損失やその可能性については、合理 的なレベルを超えて過剰に反応を示すということ だ。だからこそ、移民などに資源を奪われる可能 性については、感情的な反応が起こりやすい。し かし、多様なツールボックスや労働力など、メ リットがあるのは事実だ。今後は、メリットとデ メリットを冷静に比較分析し、あくまでも科学的 な議論に基づいて落としどころを探っていくこと が重要になるだろう。お互いにwin‐winな 部分も確かにあるのだということを、もつと前面 に出して議論してもいいのではないかと思う。価 値観の違いを乗り越えて1つになれたとき、さら に大数の法則が働く世の中になることは間違いな い。 - XI 平方根とは、2乗すると元の数になる数字のことで    ある。例えば、2×2H4なので、4の平方根は2    となる。また、3×3H9なので、9の平方根は3    である。 - X2 金額は例示のためのもので、現実のいかなる保険商    品とも関係ありません。 - X3 バレーの生命表は現代の生命表と異なる点があるた    め、この計算は厳密には正しくありません。けれど    も、ここでは生命表のイメージを掴んで頂くことを    主眼にしているため、現代の生命表に対して用いら    れる計算を紹介しています。現代の生命表は、本文    記載のような単純な計算で正確な年齢別死亡率が算    出できるように工夫されています。 闖41 実際にはプラスのズレもマイナスのズレもあるため、    単純にズレを合算するとゼロになってしまいます。    そのため、多様性予測定理では、ズレを2乗して    (2乗すれば必ずプラスになる)足し合わせたあとに    参加者の人数で割ることでズレの平均的な大きさを    測っています。このようにして計算されたズレの大    きさを、統計学の用語で平均平方誤差といいます。 - X5 民間生保に簡保や亅A(農協)、県民共済・生協等を    含めた全生保ベースで89・2%(2015年度調査) - X6 こういった柔軟な対応ができる保険会社とできない    保険会社があるため、ご興味がある方は、複数の保    険会社に問い合わせて比較検討することをお勧めし    ます。 刈刀 失効の詳しい条件については、契約時に交付される    保険約款に記載されています。 刈剛 保険法第95条 刈司 希望者全員が加入できるというわけではなく、保険    会社毎に基準があります。 刈101 生命保険料控除の上限は、一般生命保険料4万円、    個人年金保険料4万円、介護医療保険料4万円。す    べての控除額合計で最高12万円まで控除可能    (2012年1月1日以降に締結された契約のみ) - x11 あくまで目安であって、時代の変化、景気、個人の    能力、採用者の事情等によって結果は変わります。 - x12 平成26年度社会保障費用統計(国立社会保障・人口    問題研究所)より。 - x13 財務省ホームページより。 闖椪。民法上、相続人は積極財産(資産や権利)だけでな    く消極財産(負債等)も継承します。   あとがき  金融の世界はとても面白い。世の中の動きが 「お金」という形で数字になって見えるので、私 のような根っからの理系バカにとっては、世の中 を理解する最良の方法はお金の流れを理解するこ とである。  世の中はとても複雑で、将来何か起きるかを予 測することはほぼ不可能だ。お金の流れもそれを 反映して、サイコロのように確率的な、不確かな 動きをする。けれども、不確かな動きをするもの がたくさん集まると大数の法則が働いて、安定が 生まれる。とても不思議で魔法のような力が、数 学には秘められている。  大数の法則という言葉を、本書で初めて知った 方も多いのではないだろうか。本来は、大学の数 学の教科書に載っていて、XだとかPだとか、頭 が痛くなるような記号の羅列で表現されているも のだ。多くの大にとってはなじみが薄いに違いな い。けれども、数学に詳しいか否かにかかわらず すべての大がその恩恵を受けている。ピタゴラス は「万物の根源は数である」と言ったが、複雑な 世の中を数字で捉えたときに、見えてくるものが あるわけだ。選挙、人の生死、サイコロ、経済と いった、一見何の関係もなさそうなものが、数学 を通して1つに繋かつていくのである。  これだけ世の中に深く関わっている大数の法則 だが、それを知っている人はあまりいない。そこ で、本書を通じて魅力を伝えたいと思い立ったわ けだ。  本書を生み出すに当たっては、ウェッジ社書籍 部の新井氏に大変お世話になった。また、著者の 企画を出版へと繋げるにあたっては、アップル シードーエージェンシーの鬼塚氏や栂井氏の力添 えなしでは成し遂げられなかったに違いない。そ して、原稿の最初の読者になり、忌憚のない意見 をぶつけてくれた妻にも深く感謝したい。  読者のビジネスや日々の生活に、本書の内容が 少しでも役に立てば幸いである。  2017年2月                  冨島佑允 ■本書に登場する参考文献 『不合理な地球人-お金とココロの行動経済学』(ワー ド・S・ダンプオート著、朝日新聞出版、2010年  『「みんなの意見」は案外正しい』ジェームズースロウィッ キー著、角川書店、2006年  『「多様な意見」はなぜ正しいのか』スコットーペイジ著、日 経BP社、2009年  『脳科学マーケティングー00の心理技術-顧客の購買欲 求を生み出す脳と心の科学』ロジャー・ドゥーリー著、ダイ レクト出版、2013年  『木を見る西洋人 森を見る東洋人-思考の違いはいかに して生まれるか』リチャードーE・リスベット著、ダイヤモ ンド社、2004年  『マンガで分かる心療内科』ゆうきゆう原作、ソウ作画、少 年画報社、2015年  『100%好かれる1%の習慣』松澤萬紀著、ダイヤモンド 社、2013年  『オプティミストはなぜ成功するか新装版』マーティンーセ リグマン著、パンローリング、2013年  『はじめての人のための3000円投資生活』横山光昭著、 アスコム、2016年 この電子書籍は株式会社ウェッジが刊行した『「大数の法則」 がわかれば、匪の中のすべてがわかる!』(2017年3月20 日第1刷)に基づいて制作されました。