時を稼ぐ男_三崎優太 はじめに お金持ちになるための第一歩 は「行動を起こすこと」  「お金持ちになるには、元手やスキルが必要で すか?」  普段からこんな質問をよく受けます。  それに対する私の答えは、「お金持ちになる だけなら、元手もスキルも必要ありません」と いうものです。  貯金ゼロ、スキルゼロでも大丈夫。誰でもお 金持ちになることができます。  もちろんそれなりのスキルがあれば、役に立 つこともあるでしょう。しかし、それらがある からといって、必ずしもお金持ちになれるわけ ではありません。  世の中には、豊富な経験を有し、高いスキル を持っている人たちがたくさんいます。元手や スキルに頼ってお金持ちになれるのなら、彼ら は皆、お金持ちになっているはずです。ところ が実際は、そうなっていないのです。  では、お金持ちになるためには、まずは何を すればいいのでしょう?  私かいつもお伝えしているのは、「どんなこ とでもいいので、お金持ちになるために必要だ と思うことをすぐに実践してみてください」と いうことです。  お金持ちになろうと思ったら、とにかく「行 動」を起こしましょう。  口先だけで「お金持ちになりたい」と言うば かりで、実際に何の行動も起こしていなければ、 いつになってもお金持ちにはなれません。ス タートラインにさえ立っていない状態で、どう やってお金持ちになれるのでしょうか。  「お金持ちになる」という未来を切り開いてい くには、スタートラインに立ち、行動を起こす しか道はないのです。これがすべてにつながる 第一歩になると思ってください。  本書ではお金持ちになるための「3つの成功 法則」を柱としています。  ひとつめは「稼ぐためのモチベーション」で す。  お金持ちになるためには「稼ぐ」という覚悟 を決める必要があります。ビジネスを始めて右 肩上がりに伸びていけばいいですが、うまくい かなかったりつまずくときもあるかもしれませ ん。逆境に呑み込まれてしまってはそこで終わ りです。そんなときにいかにモチベーションを 保つか、いかに立ち上がるマインドを持てるか が大事です。  2つめは「お金の哲学」です。お金持ちにな るにはお金を漫然と扱っていてはダメです。お 金はあなたにとってどういうものなのか、幸せ とお金はどうリンクしているのか。お金に対す る哲学を持っていないと、ちよっと成功して小 金をもっだときに足元をすくわれてしまいます。  お金と真剣に向き合い、お金の哲学がしっか り確立されてこそ、本当のお金持ちになれるの です。  3つめは「タイムマネジメント」です。お金 を稼ぎたいなら、「お金と時間」の関係性を無 視してはいけません。私たちはともすれば「時 間」というものの価値を軽く見てしまいがちで す。でもお金持ちは「時間の価値」を知ってい ます。だから時間の使い方がうまいのです。  本書ではこの3つの成功法則をベースとして、 お金持ちになるために何をすべきか、具体的な 提案をしていきます。  私自身が今日に至るまでにいかに失敗と挫折 を繰り返し、そこから何を得たか、2019年 に起きたあの逮捕劇からどうやって復活したの かについても赤裸々に告白しています。私の失 敗から学んでいただければ、みなさんはその分 早く、スムーズにお金持ちへの道を進むことが できるはずです。  その他、稼ぐためのセルフプロデュース術、 SNS戦略、自己投資術についても詳しく述べ ています。  また、CHAPTER4では起業して成功す るための実践的な方法についてアドバイスして いくつもりです。  現時点で私の持っている「お金持ちになるた めのノウハウ」を最大限に詰め込みました。  本書と巡り合った皆さんが、「幸せなお金持 ち」への第一歩を踏み出していただければこん なにうれしいことはありません。 起業するときに知っておくべき 「最も大事なこと」 ビジネスは「市場」という領土の奪い I 合い  お金持ちになるために、起業して成功したい と考える人も多いと思います。  実際、私白身がお金に不自由しない生活を送 れるようになったのも、起業をし、それを成功 させたからでした。  そこで本章では、起業のためのアイデアと、 それを成功させるための実践的な提案をしてい きます。  起業をする際に私か最も重要だと思っている ことがあります。それは「ビジネスは市場とい う領土の奪い合い」という考え方です。  ビジネスというのは、そこに参入しているプ レーヤーたちが命がけで「領土」を奪い合う 。戦争”であり、価値のある領土を手にするこ とで勝者になっていきます。  例えば、市場規模が「100億円」の業界が あったとしましよう。その業界で起業しようと 思ったら、「100億円」という「領土」を奪 い合う戦争に参入すると考えてください。  参入後、ビジネスがうまくいき、「1億円」 の売り上げを達成したとします。この場合、あ なたの会社は「I%」の領土を獲得したという ことになります。  さらに業績を伸ばし、ついに100億円の売 り上げを達成できたとしたら、それはあなたの 会社がその業界の市場(領土)の完全独占を成 し遂げたことを意味します。  もちろん、領土を100%独占するなんて、 そう簡単にできるものではありません。ですが、 少しずつでも自分の領土を広げていくことを目 標にしてください。  私自身も自らの領土を少しでも広げるべく、 「ヘルスケア」という市場の中で奮闘を続けて きたのです。少しずつですがそれがうまくいき、 100億円以上の売り上げを達成できるまでに 会社を成長させることができました。  市場は領土。領土内の自分の占有率を高めて いくことで成功への道が開けるのです。 持つべきは「競争優位性」  「市場という領土」は「業界の景気」によって も変化します。  先ほど、100億円という市場規模での占有 率の話をしました。この市場規模のサイズは、 どの業界でも常に変動しています。  例えば、日本経済もしくは世界経済の景気が よくなれば、どの業界も好影響を受け、市場規 模は膨らんでいきます。100億円規模の市場 が120億円規模に膨らめば、「20億円分の 。領土”が増えた」ことになり、その業界に参 入している企業には領土拡張のチャンスが訪れ るのです。  しかし、景気はいつも右肩上がりとは限りま せん。不景気に陥り、100億円あった市場規 模が80億円に縮小すれば、業界全体の領土は自 動的に減少します。  すると、狭くなった領土を巡って競争は激化 し、参入企業によっては売り上げ減を覚悟しな くてはなりません。こうした状況に陥ると、会 社の先行きに黄信号が灯る可能性も出てきます。  起業のチャンスを窺っている人からすると、 起業にたどり着くまでが最大の難関のように感 じるかもしれません。しかし実際は、起業後に 待ち受けている競合他社との「領土の奪い合 い」のほうがとてつもなくハードです。  この競争に勝つには、ライバル企業と比較し て、少しでも高い「競争優位性」を持たなけれ ばなりません。自分たちの会社が他社よりも優 れていれば、必然的に相手の領土を奪い、「自 社の市場占有率」を高めることができます。  一方、自社の競争優位性が低ければ、他社の 餌食となり、自社の領土は狭くなる一方でしょ う。最悪の場合、倒産という形で競争からの撤 退を余儀なくされます。  ビジネスをする際には、「相対的に見て、自 分の会社に競争優位性があるだろうか」という 点を徹底的に検証することが必要不可欠なので す。  「ちよつとした差別化」ができれば誰 にでも勝機はある’・ 「競争優位性といっても、他社に比べて多少優 れている程度でしかない」  「それほど大きな違いはないのだけど……」  こう不安になる人もいるかもしれません。  ここで述べているのは「絶対的な優位性」で はありません。絶対優位性を求めると、キリが なくなります。  自社の商品やサービスが他社より少しでも優 れていれば、それでいい。ちょっとした差別化 が重要なのです。  その違いがあれば消費者は自分たちの商品や サービスを選んでくれます。この点をしっかり と理解しておくことが、ビジネスの世界では大 切です。  「競争優位性」を別の言葉で表現すると、少々 物騒ですが「武器」です。この武器を磨き、そ れを手にして競合他社との領土の奪い合いに臨 んでいきます。  また、複数の武器や、より性能のいい武器を 手に入れることによっても、領土の奪い合いに 勝つことができるはずです。 − 大切なのは徹底した「市場調査」  ではどうしたら「競争優位性」を高めること ができるのか……。次はそれを考えてみましょ  最も大切なことは徹底的な市場調査です。  新たなビジネスを始めるに当たっては、その 業界にはどんなライバルがいて、彼らはどんな 競争優位性を持っているのかを細かく調べ、そ れを一覧化していくところから始めます。  私か業界を席巻することに成功した「青汁」 の例で言えば、まずは競合他社が販売している 青汁の値段を一覧化し、さらには各社の青汁の 成分をすべて調べ上げました。  次に、どこの工場で製造しているのか、広告 にはどんなタレントを起用しているのか、プロ モーションはどうやっているのか、どんな味に しているのかなど、いくつもの項目を用意し、 すべてについて答えを求めていきました。  各項目について細かく検討したあとは、他社 の青汁よりも総合的かつ相対的に競争優位性を 保てるような商品を開発していったのです(具 体的なことは次の項目を参照してください)。 ここまで徹底して自分たちの武器を確立して いった結果、大成功に至りました。  わかりやすくするために青汁の例を引き合い に出しましたが、この原則は青汁以外の商品や サービスで勝負する際にも変わりません。  起業やビジネスというと、難しいビジネス理 論や経営哲学をしっかり学ぼうと努力する人も いるのではないでしょうか。でも、知識を身に 付けたとしても、ビジネスで成功できるとは限 りません。ビジネス理論や経営哲学のような 「知識」と、ビジネスにおける「実践知」はほ ぼ無関係と言っていいのです。  他社に対して競争優位性を持つI。  こうしたシンプルな考え方を金科玉条とし、 それを実践し続けたほうが、より確実に結果を 出せるはずです。  「後発組」が「先行者」を追い 抜くための成功法則  「先行者利益の壁」を打ち崩す後発組 のメリット  新たに起業をし、業界に新規参入する際には、 規模や社歴、現預金残高の規模などの面で先行 企業にはるかに及ばないところがあると思いま す。  後発組というのは、いつの時代も「先行者利 益の壁」に苦しめられるものなのです。これに 抗おうとしたところで、どうなるものでもあり ません。  しかし、後発組には後発ならでは強みもあり ます。それを生かせば「先行者利益の壁」は必 ず乗り越えられます。  例えば、後発組には、先行企業が提供してい る商品やサービスをじっくりと比較検討し、彼 らがそれまでゴツゴツと築いてきたノウハウを ごっそり見習えるという大きなメリットがあり ます。これを行った上で、プラスアルファの価 値を加えれば、競争優位性を高められるはずで す。  このアドバンテージを最大限に活かしつつ、 先行組よりも優れたものを提供すれば、間違い なく先行者利益の壁を打ち崩せます。  私か「すっきリフルーツ青汁」を開発し、そ れを販売し始めたのは2014年のことでした。 このときすでに青汁は健康食品として人々の問 に浸透し、テレビCMも放映されているほど世 の中になじんでいました。  そんな業界に、私の会社のような後発の中小 零細企業が参入しても、並大抵のことでは勝て るわけがない……。  当初はそう考えていましたが、私はあきらめ ませんでした。  そこで、後発組としてのメリットを最大限に 活かし、先行組にはない競争優位性を2つほど 備えたのです。  まずひとつめは、おいしくて飲みやすい青汁 を作ることでした。当時(そして、おそらく今 でも)、青汁といえば、「マズい」というのが固 定されたイメージになっていました。そのマズ さを我慢して飲むから。体に効く”という概念 があったのです。  そこで私は、そのイメージを覆すおいしい青 汁を作り、競争優位性を高めようと考えました。  もちろん、苦くてマズい青汁が好みの人は、 それまでと変わらないマズい青汁を選ぶでしょ う。一方で、おいしい青汁を飲みたいという人 たちもいるはずだと考えたのです。それまで青 汁をずっと飲み続けていた私自身が、そもそも そう感じていたひとりでした。  「おいしい青汁」が備えていた競争優 − 位11  「おいしい青汁を作ってみよう」  こう思ったとき、私はすぐに「これはイケる かもしれない!」と直感しました。なぜなら後 発組のメリットを目いっぱい活用できると思っ たからです。  先行企業にしてみれば、今になって昧の変更 を行うのは簡単ではありません。  すでに従来の。苦くてマズい”青汁を販売し ているため、それを急に変えてしまうと、それ までの青汁で満足していた顧客を失うおそれが あるからです。  私は先行企業のこうしたデメリットの裏をか き、”甘くておいしい”青汁の商品化に取り掛 かると、それを「自分の武器」として「領土の 奪い合い」に参入することにしました。 後発組が競争優位性を得るための「広 告戦略」  もうひとつの競争優位性は、「広告」でした。  当時、青汁を販売している企業の広告は、テ レビCMやチラシ、雑誌広告、新聞広告といつ た従来型のものが大半を占めていました。  後発組で、しかも中小零細企業たった私の会 社がこれらの従来型の広告媒体に頼ろうとすれ ば、広告費はかさむ一方です。それが原因とな り、経営が圧迫されることも予想できました。 仮に広告を出したとしても、知名度の高い先行 組の広告のなかに埋もれてしまう可能性が高く、 いい結果が得られるとは思えなかったのです。  ここで勝負をしても、相手の武器にはまった く抵抗できず、一撃でひとたまりもなくやられ てしまうだろう……。彼らの競争優位性に勝て ないのは明らかでした。  そこで私は、先行組がどこも参入していない 「インターネット」というフィールドで広告を 展開することにしたのです。 2つの武器で年商130億円を叩き出 − す  当時、ネット上で青汁の広告を出している企 業はI社もありませんでした。  今ではもう、青汁だけでなく、ありとあらゆ る健康食品がネットを有力な広告の場としてい ます。しかし2014年ころは、ネットで健康 食品の宣伝をするという発想自体がまったくあ りませんでした。そこで、それまでになかった ネット上での広告を行い、私の会社は2つめの 競争優位性を手に入れたのです。  この2つの競争優位性を手にした結果、 2017年、「すっきりフルーツ青汁」を市場 に投入してからわずか3年で、私の会社は 130億円の売り上げを達成するまで成長して いきます。  これら2つの優位性がないまま、ただ闇雲に 青汁という巨大な領土に突撃していたら、問違 いなく早い段階で撃退されていたでしょう。  「おいしい青汁」と「ネット上での広告」とい う2つの武器があったからこそ、後発組である にもかかわらず、130億円という領土を獲得 することができたのです。  将来的に起業をしたいと考えているのであれ ば、「競争優位性」にしっかりと着目し、後発 ならではの戦略を立てるようにしてください。 ボロボロになって上京するまで の日々 18歳で月商400万円……でも毎晩泣 いていた  自社で開発した「すっきリフルーツ青汁」が 大ヒット商品となり、販売開始からだったの3 年で会社の年間売り上げが130億円に到達し た時点で、起業家としてはまずまずの成功を収 められたと思います。しかし、そこにたどり着 くまでの道のりは、決して平たんなものではあ りませんでした。10代後半から20代半ばころま での私は、何度も失敗を繰り返し、挫折続きの 人生を送っていたのです。  私か初めて起業したのは、18歳のときでした。 立ち上げた会社の主な業務は、携帯電話向けの アフィリェイトーサイトの運営です。  実際に起業すると、携帯電話の普及率の上昇 に合わせ、収益は順調に伸びていきました。収 入が安定して見込めるようになってからは、札 幌市内のILDKの新築マンションを家賃月8 万5000円で借り、そこをオフィスにしてさ らに仕事に力を入れます。その結果、月に 400万円ほどの収益を上げられるまでに成長 しました。  18歳で起業して、月商400万円−。これ だけ聞くと、たいそう立派に思うかもしれませ ん。しかし、見た目と実情の問には大きな隔た りがあったのも事実です。  実はこの時期、私の心の中は最悪の状態でし た。仕事を終えて家に帰ってくると、すぐに感 情のコントロールができなくなり、涙が止まら なくなる。こうなるともう歯止めが利かず、気 が済むまでめそめそと泣くしかありません。そ んな日々を何力月も送っていたのです。  あのころ、どうして私は毎晩のように泣いて いたのか……。正直、今でも明確な理由はわか りません。おそらく、不安で心細かったのだと 思います。  18歳という若さで社長になり、それまで見た ことのないようなお金を手にして、何か何だか わからなくなっていたのでしょう。  仮にこのとき周囲に相談できるような人がい れば、ここまで不安定な精神状態にはならな かったはずです。しかし、私にはそういう人が いませんでした。        ― 同級生たちと私の間に生じた「温度差」  毎晩のように涙を流す生活を送る一方で、ビ ジネスは着実に伸びていきました。  あるとき私は、学校の同級生たちにアフィリ ェイトーサイトの運営ノウハウを教える見返り に、稼いだ収益を折半するという方法を思いつ き、それを実行に移します。すると売り上げは さらに伸びていきました。  私はこのとき、生まれて初めて大を雇うとい う経験をし、その後、大を雇うことの難しさを 痛感させられるのです。  当時、私の会社では3人の同級生たちが働い ていました。収益を折半するという約束に従い、 平均すると月に40万円ほどの報酬を彼らに支 払っていたと思います。今振り返ってみても、 18、19歳の若者にとって月40万円の収入源は決 して悪いものではなかったはずです。  ところが、一緒に働いていた同級生たちの心 は徐々に私から離れていき、仕事を始めて4ヵ 月ほど経ったころには、修復できないくらいの 大きな溝ができてしまいます。  その理由は、お互いの間に生じた「温度差」 でした。  当時の私は、「確実に儲けられる手段がある んだから、稼げるうちに稼ぎたい」という強い 考えを持っていました。その考えに従って、同 級生たちを雇い、収益をさらに増やそうとして いたのです。  私の誘いに応じてくれた同級生たちは、最初 のうちは誰もが「三崎君ありがとう!」と言い、 私に感謝していました。ところが、一緒に働く ようになって3ヵ月ほど経過したあたりから、 徐々に彼らの働きぶりが鈍くなっていったので す。  彼らが稼いでくれないと、収益は増えていき ません。そこで私は、彼らに収益が伸び悩んで いる理由を問いただしました。すると、次のよ うな答えが返ってきたのです。  「彼女と遊ぶ時間が欲しいから……」  「ちよっと他の用事があって、作業ができな かったんだよ」  結局のところ、彼らにとって「収益を上げ る」ということは最優先にすべき事項ではな かったのです。  私か彼らに教えたノウハウは、特に難しいも のではありませんでした。そもそもアフィリェ イトーサイトの運営は、一度やり方を覚えてし まえば、あとはI人で黙々と作業を行うだけで す。オフィスに毎日出社する必要もなく、パソ コンがあれば自宅でいくらでも仕事ができます。 時間さえかければ確実に稼げるので、「お金を 稼ぎたい」という気持ちがある人にとっては、 願ってもない仕事だと言っていいでしょう。  ところが私か雇った同級生たちの感覚は違っ ていました。結論から言うと、彼らはまだ 二十歳前の遊びたい盛りの若者だったのです。 社会経験もなければ、お金を稼ぐことの大切さ もわかっていませんでした。そのため、せっか く手にした仕事を脇に追いやり、遊びのほうを 優先させていたのです。  ”人を使う”ことの難しさ  18歳になったばかりの私には、当然ながら、 自分の会社で雇った同級生たちのやる気を引き 出したり、指導したりするスキルなどありませ んでした。  彼らの顔色を窺いながら下手に出て、「ちゃ んとやってよ!」と作業の進行を促すのが関の 山です。しかし、そんな言葉を投げ掛けたとこ ろで、状況は一向に変わりませんでした。  「こんなに稼げるチャンスは今しかないかもし れないんだよ!」  思い通りにならない状況にイライラするにつ れて、私の物言いはやたらと押し付けがましく、 独善的になっていきます。  それが続くと、同級生たちの態度は硬化して いき、明らかに私の存在を煙たがるようになっ ていきました。しまいには私に対して陰口を叩 き始め、こちらが連絡をしても応答しなくなっ たのです。  そして最終的に彼らは私の元から去ってしま いました。こうして私は、”人を使う”ことに 失敗します。  起業を成功させようと思い、前向きに頑張っ ていたつもりですが、どうやら私はI人で空回 りしていたようです。  (自分がやろうとしているビジネスをわかって くれて、応援してくれる人はいないんだ な……)  心を打ち砕かれたような気持ちになった私は、 それからしばらくの間、深く落ち込んでしまい ました。 診断結果は「適応障害」  当時のことを振り返ると、「自分は何もわ かっていなかったんだな」と思います。  人にはそれぞれの考え方があり、「自分のビ ジネスをわかってほしい」「応援してほしい」 といくら私が願ったところで、相手が素直にそ れに応えてくれるとは限らないのです。  しかし当時の私にはそれがわかっていません でした。  同級生たちが去っていったあとは孤独に苛ま れるようになり、地獄のような日々が始まりま す。  夜になると、私はやっぱり泣いていました。 しかも子どものように「え1ん、え1ん」と声 を上げて泣くのですから、かなりの重症です。 それだけならまだしも、泣きながら女の子の友 だちに電話をし、めそめそしながら話を聞いて もらったりしていました。あのころの思い出は、 私にとって黒歴史でしかありません。  いくら泣いても、状態は悪化するばかり。I 人で立ち直るのは無理だと考えた私は、心療内 科を受診します。  すると、「適応障害」であることがわかりま した。  医師によれば、私は社長という立場に適応で きておらず、それが心の不安定を引き起こして いるとのことでした。  こんな心のストレスを抱えながら、私は毎日 毎日パソコンに向かい、絶望感に苛まれながら 仕事をしていました。その間も収益のほうは伸 びていきます。増えていく一方の月々の振込額 を目の当たりにしながら、「毎月使い切れない くらいのお金を稼げているのに、どうして自分 は不幸せなんだろう」と、私は考え続けていく ことになるのです。  「ピンチ」があるから成長でき る  「唯一の心の支え」を失い、逃げるよ うに上京  診察を受けてからも、相変わらず不安定な時 期が続きました。この状況を変えたいと考えた 私は、東京で広告代理店を経営する社長から声 を掛けてもらったこともあり、生まれ育った北 海道を後にして上京する決心をします。  しかし、上京を決めた直接の理由は、実は別 のところにあったのです。  精神的に落ち込んでいたこの当時、私には唯 一の心の支えといえる彼女がいました。彼女と の別れが、上京を決心させた真の理由でした。  その年の冬、私たちは付き合って最初のクリ スマスを迎えようとしていました。かなり前か らクリスマスイブを一緒に過ごす計画を立てて いたにもかかわらず、ちょうどその日、仕事で トラブルが発生してしまい、約束の時間になっ ても処理が終わりませんでした。  彼女は自分の理解者であり、私のことを好き だと思い込んでいたため、理由があればデート の約束を果たせなくても許してもらえるだろう と私は考えていました。それを疑わずに電話を し、「せっかく約束をしていたのに、時間に問 に合いそうにない」と彼女に伝えます。  するとこちらの予想に反し、彼女は猛烈に怒 り始めたのです。  彼女のことをずっと良き理解者だと思ってき た私は、彼女が電話口で怒っているのを知り、 うろたえました。また、私の中には「お金を稼 ぐための仕事を何よりも優先させる」という強 い意識があったため、私を許そうとしない彼女 に幻滅してしまったのです。  しばらく電話で話したあと、彼女は私にこう 尋ねました。  「お金と私、どっちが大事なの?」  私の囗から出てきた答えは、「お金」でした。 するとすぐに電話が切れたのです。  翌日、私は改めて話をしようと思い、彼女に 電話を掛けました。ところが着信拒否にされて おり、彼女とはそれっきりになってしまいまし た。  今となっては、もう少し言い方を考えればよ かったなとも思います。しかし、当時まだ18歳 たった私には、相手の気持ちをしっかりと考え て、傷つけないように説得するだけの度量はあ りませんでした。  こうして私は、唯一の心の支えだった彼女を 失い、さらなる絶望の淵へと追い込まれていく のです。  このときすでに、私は広告代理店の社長から 上京をすすめられていました。しかし、生まれ 育った北海道を離れる不安と、彼女の存在が重 なって、返事を保留していたのです。そんなと きに「彼女にフラれる」という事態に遭遇した 私は、もはや北海道に自分の居場所はないと感 じ、半ばやけくそになって上京を決めました。  その後の行動は実に素早いものでした。フラ れた翌週には都内に赴き、手早く住む家の契約 を済ませると、年が明けた翌1月にはすでに 引っ越していました。  このとおり、私の上京は、会社を大きくした いとか、東京でI旗揚げたいとか、そういった 理由から決めたものではありません。彼女にフ ラれ、札幌に居場所がなくなり、やけくそに なって東京に出てきたのです。理由としては、 実に情けないものでした。  「人生最大のピンチ」が私に与えてく れたもの  半ば逃げ場を探すような形での上京でしたが、 結果的にはこの決断が私の人生を大きく変える 転機となります。  「ピンチはチャンス」という言い古されたフ レーズがありますが、東京に出てきて事業で成 功を収めていく中で、私はこの言葉の正しさを ひしひしと実感することになりました。  同級生に背を向けられ、彼女にフラれる……。 18歳の若者にとって、まさに。人生最大のピン チ”に追い込まれ、私は上京するという選択を しました。  あのときピンチに追い込まれていなかったら、 もしかしたら上京していなかったかもしれませ ん。上京していなければ、東京での様々な人だ ちとの出会いも、その後のビジネスでの成功も なかったでしょう。それを考えると、上京は私 にとって人生の大きなターニングポイントだっ たのです。 金は稼げどトラブル続き…… −−‐− 仲間の裏切り  東京に出てきたからといって、すべてがバラ 色たったわけではありません。実際のところは、 その後も様々なトラブルに巻き込まれていきま す。  上京後もアフィリェイトーサイトの運営が私 の仕事でした。  これと並行して、ガラケー向けに月額315 円の公式ケータイサイトの運営を始めました。 主にゲームや占いに関連する情報提供サイトを 50サイトほど作り、これらを提供することで、 アフィリェイトーサイトから得られる額を上回 るほどの収益を得られたのです。  これらの2つを軸として収益を上げていると、 私に嫌がらせをしようとでも思ったのか、競合 他社もしくは個人が柄の悪い、いかつい人物を 送り込んできたこともあります。その人物は、 どこで住所を調べたのか、いきなり私の会社に やってくると、恐喝まがいの乱暴な言葉遣いで 私を精神的に追い込もうとしました。  今はどうか知りませんが、当時は、ネットを 活用して大金を稼ぐようになった若者を標的に した嫌がらせが横行していたのです。  あるときは、信用していた役員に裏切られた こともあります。  その人物は、私の会社が所有するアフィリェ イトーサイト運営のノウハウをライバル会社の 役員に売り渡していたのです。彼には個人的に お金も貸していました。しかし、情報を売りさ ばくだけ売りさばくと、借金の返済もしないま ま、どこかに逃げてしまいました。人づてに聞 いた話によれば、かなりの借金を抱えていたら しく、その返済のために会社の情報を横流しし ていたようです。 挫折と孤独の日々  信頼していた人の裏切りが発覚した直後は人 間不信になってしまい、「大を雇うのは金輪際、 やめよう」と思ったほどでした。  裏切られた背景には、年が若くて舐められた という要素もあったのかもしれません。結局、 そのころの私には「社長」としての器はなく、 ネットビジネスで小金を稼ぎ始めた、ただの若 者に過ぎませんでした。経営者としての確固た る軸はなく、寄る辺を探してさまよっているよ うな状態で、年上の役員に頼りすぎてしまって いたのです。  自分で考え、決断していくのが経営者だとす れば、私はそれがまったくできていませんでし た。〃自分よりも年上だから……”という甘い 考えに絡め取られ、過剰にその役員に依存して しまったのです。それが失敗の原因でした。  裏切りが発覚したあと、私はすぐにその役員 を止式に解雇しましたが、それですべてが一件 落着というわけにはいきませんでした。私の精 神状態は最悪で、生気をなくしてしまったため、 心療内科を受診すると、うつ症状が出ていると のことでした。  会社運営をする気力も体力もなくなった私は、 いったん会社を休眠状態にする決断をします。 要するに、私は現実から逃げ出したかったので す。  8名ほどいた社員にはしっかりと事情を話し、 数力月分の給料を支払うことを条件に辞めても らいました。この一例を見ただけでも、「経営 者としての資格がまったくなかった」という事 実がよくわかります。彼らには本当に申し訳な いことをしました。  本来であれば、「社長の都合で解雇」などと いう事態は許されるものではありません。経営 者として完全に失格です。  せめてもの救いは、のちに彼らと再会し、互 いを労う機会に恵まれたことでした。 心機一転、「投資」の世界へ I− 指標トレードで「秒速で数千万円」の 大儲け  会社を休眠させたとはいえ、仕事をしないこ とには生活を維持できません。そこで私は、人 を雇わずにできる仕事を探しました。1人でで きるビジネスはないか……。そう考えて、色々 と調べているうちに行きついたのが、FX(外 国為替証拠金取引)です。  当時はやたらと「デイトレーダー」という言 葉がもてはやされていました。世間的にも ちよっとした投資ブームのような雰囲気が漂っ ていたこともあり、その影響も重なって私はF Xに関心を持つようになるのです。  そうは言っても、私には投資の経験はありま せん。そこでFX投資で勝つ方法を究めるため に寝る間を惜しんで研究に励みます。その結果、 行き着いたのが「指標トレード」でした。  このころ、億単位の取引をする億トレーダー (億トレ)と言われていた人たちのほとんどが、 この指標トレードを通じて巨額のお金を稼いで いました。これに私もチャレンジしようと思っ たのです。  指標トレードでは、アメリカを中心とする世 界主要国が発表する雇用統計や消費者物価指数 などの経済指標に対するアナリストたちの予測 をベースに、為替の値動きを先取りして取引を していきます。  発表された指標の結果次第で、I、2秒の間 にI、2円単位の上げ下げが生じるため、レバ レッジを利かせたFX取引では一瞬のうちに大 金が勣くことも珍しくありません。  結果的に、私はこのFX投資で大金を手にし ます。その理由は、アメリカで発表される経済 指標の結果を誰よりもいち早く察知できるソフ トウエアを手にしたからです。このソフトウエ アを導入すれば、為替相場が経済指標に反応す る前に自分のポジション(建玉)をより的確に 動かすことができ、儲けが出せるという話でし た。  実際に導入してみると、このソフトウエアは 予想以上の威力を発揮しました。指標の内容を 正しく分析し、相場の動きを予測して瞬時に的 確な売り買いをしてくれるのです。1秒間に 1000万円単位の儲けが出たり、最高で儲 かったときには数秒間で5000万円を手にす ることもありました。  こうして私は、アフィリェイトーサイトの運 営に続き、再び大金をつかむことになるのです。  「口座凍結」でFX取引終了  私か入手したソフトウェアは、海外で開発さ れたものでした。これを使いこなすようになる までには、実はそれなりの苦労もしています。  このソフトウェアの存在を知ったのは、イン ターネットでFXの情報を収集していたときに、 このソフトウェアを使って儲けている人を見つ けたことがきっかけでした。「これはイケそう だ」と直感した私は、その人物にダイレクト メールを送り、会う約束を取り付けます。  連絡を取り合ってから数日後、その人に会う ために東京から新幹線に乗り、地方都市へと向 かいました。そして、実際に本人にお会いしま した。  「ソフトウェアを使った指標トレードのやり方 を教えてください」  私はすぐに本題に入りました。  「お金を払ってくれたら、教えてあげてもい い」  相手はそう答えました。  もちろん、無償で教えてもらおうとは思って いなかったので、謝礼は払うつもりでした。交 渉の末、300万円を支払い、やり方を教えて もらうことになります。  当然ですが、お金を支払う前にはソフトウェ アを使って儲けが出ている様子の動画を見せて もらいました。それを見て、実効性を確信した 私は、やり方を教えてもらうことにしたのです。  ソフトウェアを導入し、実際にトレードを始 めると、すでに触れたとおり、面白いように儲 かりました。  しかし、しばらくすると、取引ができなく なってしまうのです。その理由は、FXを取り 扱っている証券会社が私の口座を凍結するとい う手段に出たからでした。  本来、FXトレードを取り扱う証券会社は、 顧客からインターバンク市場(各国の金融機関 のみに参加が限定された市場)への注文の仲介 をし、手数料を稼ぎます。ところが、日本の証 券会社の多くは、顧客からの注文をインターバ ンク市場に出すことはせずに、自社で相殺させ て処理しているのです。  この場合、何が起こるかというと、顧客の損 失が儲けよりも大きければ、差額が証券会社の 収益として転がり込んでくる半面、顧客に莫大 な利益がもたらされると、証券会社の損失が超 過することになります。  これを嫌がった証券会社は、多額の利益を上 げている個人の口座を凍結し始めるという行動 に出ました。  その結果、指標が発表されるたびに数千万円 単位の儲けを出している私の口座も目を付けら れ、口座凍結という憂き目に遭ってしまったの です。  ソフトウエアを使い、自動売買をすること自 体は違法でも何でもありません。ただし、そう した方法は。証券会社の利用規約に抵触する” ということでした。  証券会社のこうした姿勢に対抗するために、 ひとつの口座を凍結されると、私は別の証券会 社で口座を開設し、取引を再開するという手法 を取り始めます。そこでも目を付けられて口座 を凍結されると、別の証券会社で口座を開設す るということを繰り返したのです。  そのうちに、証券会社のほうでも指標を絡め たソフトウェアの存在に気付き、経済指標が発 表されるタイミングでの注文は受け付けなくな ります。こうなると、いくら証券口座があって も儲けをまったく出すことができません。さす がにこれでは先細りする一方です。  この時期、偶然、ある証券会社の社長にお会 いする機会がありました。その際に、指標ト レードの話題を持ち出し、口座凍結について 「何とかなりませんか?」と直談判したことが あります。すると、「口座凍結を解除するのは 絶対に無理です」ときっぱりと断られてしまい ました。  「それを許したら、証券会社が潰れてしまう」  社長の危機感はかなり強いようでした。裏を 返せば、それだけソフトウェアによる売買の勝 率が高く、証券会社にとっては脅威だったわけ です。 1億円の利益で出金停止  指標トレードによるFX取引で利益を上げら れた期間は、約2年間だけでした。証券会社の 規制は強まる一方で、最終的には指標トレード は完全に締め出され、仮に取引させてくれる証 券会社があっても、あり得ないくらいの手数料 を要求するようになっていったのです。この段 階になって、ソフトウェアを駆使した指標ト レードのうまみは完全に消滅します。  それでも毎月、かなりの額を稼げたので、最 初に投資した300万円はすぐに回収し、さら にはその額の何十倍というリターンを得ること ができました。  次に私が関心を向けたのは、CFD(差金決 済取引)でした。こちらは、国内外の株式や、 世界の主要な市場の株価指数先物などの価格を 参照し、取引開始時と終了時の価格差によって 損益が確定するというものです。  これについても、経済指標の結果が株価にど う連動するかを分析し、データベースを作って 取引注文を出すという手法を使いました。こち らもかなりうまくいき、アメリカの雇用統計の ような重要な指標が相場を大きく動かした際に は、指標トレードを一緒に行っていたグループ 全体で1億円くらいの利益を出しています。  ところが、こちらもすぐに証券会社から目を 付けられる結果となり、今度はCFD利用者に 対して、口座凍結ではなく、出金停止という処 分が課されました。  幸か不幸か、そのときに限って私は大きな額 を投資しておらず、どうにか出金停止は免れて います。一方、出金を停止された仲間の中には、 裁判を起こした人もいました。  この一件があってから、CFDも望み薄とな リ、私はここからも手を引くのです。 うまくいかなかった株式投資  会社を休眠させてからというもの、FXやC FDに没頭するばかりで、会社を復活させると いう方向にはなかなか向かいませんでした。  I人でお金儲けをすることに気安さを感じた 私は、次に株式投資にハマつていきました。こ のことが、結果として私を新たな事業へと向か わせます。  それまでの投資で多額の利益を上げてきた私 でしたが、結論から言うと、株式投資ではいっ さい利益を出せませんでした。センスがなかっ たのです。  指標トレードと違い、株式投資で勝つための ご畏技”を持ち合わせていなかったことも原因 でした。「これだ!」と思う株式に目を付け、 何度も売買を繰り返すものの、ほぼ失敗に終わ りました。  しかし、株式投資にのめり込んだことは、あ とになって大きな恩恵を私にもたらします。  株式投資を始めるまで、恥ずかしいことに私 は、企業の決算書を見たこともなければ、興味 を持ったことさえもありませんでした。  ところが、自分のお金を投資するとなると、 そんなのんきなことは言っていられません。投 資を考えている会社に対してシビアな目を向け るようになり、決算書を隅から隅まで読み込む ようになりました。  すると、決算書を読む作業が面白くなり、並 行して、「どういった事業が今後伸びるのだろ うか」という考察をする癖がついていきました。 こうなると、興味は膨らむばかりで、気になっ た上場企業や業績を伸ばしている企業の事業内 容を率先して調べるようになります。  このときの経験は、その後、再び事業を起こ し、経営をするようになってから大いに役に立 ちました。 − 月利10%の投資ファンド  株式投資でいい結果を出せずに頭を悩ませて いたころ、実はあるファンドに投資をして。大 やけど”を負ったこともあります。  きっかけとなっだのは、仲の良かった友人か らの誘いでした。  「オレが紹介するファンドに投資すると、月10 %の金利を受け取れる」  こんな話を持ち出されたのです。  今から思えば、あまりにも「出来すぎた話」 です。しかし、「ここI、2年は配当金だけで 暮らしている」という友人の話を聞いて、なぜ かその話を信じてしまいました。彼自身、3億 円ほど投資しているといいます。  少し前まで指標トレードのような手法でかな り儲けていたため、ファンドにも。おいしい 話”があっても不思議ではないと思ったのが運 の尽きでした。とにかく興味をそそられてし まったのです。  このとき、休眠状態の会社の口座には3億円 ほどの現金が塩漬けにしてありました。  (これを全部預けたら、月に3000万円の配 当がもらえるのか……)  そう思った瞬間、「やるしかないな」と決め ていました。  さすがにいきなり3億円預けるのはリスクが 高すぎると思い、最初は数千万円だけ預けまし た。すると翌月から、配当金として数百万円か 入金されてきます。  あまりにも高利率なので、私は何に投資をし ているのか聞いてみました。すると、「FXで 利益を上げている」といいます。  すっかり彼の話を信じてしまった私は、数力 月後、会社の口座にあった3億円すべてを投資 に回してしまうのです。 どん底からV字回復へ I− 3億円をいっぺんに失う  異変が起きたのは、残りのお金を預けた翌月 でした。友人から「今月は配当金を払えない」 という連絡が来たのです。問い詰めると、 「ファンドが立ち行かなくなった」とのことで した。  当然、「預けているお金をすぐに返せ」と迫 りました。それに対し、友人は「返せない」と 言うばかりです。  詳しく話を聞いてみると、最初のうちは本当 に投資をしていたようでした。ところが途中か らうまくいかなくなり、。自転車操業”のよう な状況に陥ります。新たな投資を募り、それを 他の投資者の配当に回すということを繰り返し ていたのです。  私か預けた3億円も先に投資した人への。配 当金”として横流ししていたのでしょう。  事情を把握した私は、警察に届け出ました。 しかし、「自己責任だ」と言われ、相手にして もらえませんでした。  このころにはすでにアフィリェイトーサイト もやめており、私に目立った収入源はありませ ん。その上、それまで蓄えてきた3億円も泡と 消え、私は無一文になってしまいます。少し前 までは「口座にある3億円をうまく運用して、 セミリタイヤ生活を送りたい」などと思ってい たのですが、それが突然、所持金ゼロの振り出 しに戻ってしまったのです。正真正銘のI文無 しです。 − 3億円が10分の1になった  ファンドを運営していた友人に何度も連絡し、 最終的に直接会うことができました。おそらく 友人は相当追い詰められていたと思います。幸 いだったのは、彼が逃げるような人物ではな かったことです。  「こっちは明日の生活も危ういほどの状況に なっている。少しでもいいから返してくれ」  必死になって訴えると、どこから集めてきた のか、最後の最後に3000万円だけ返金して くれました。今となっては恨みもありませんが、 投資額の10分のIしか戻ってこなかったのです。  この出来事に見舞われたのは2013年のこ とでした。北海道から上京して5年ほどの年月 が流れ、私は24歳になっていました。 人に裏切られ続けた結果、私の中で何 −  ‐ が起こつたか  会社の役員に裏切られ、人間不信に陥ってい た自分が、またもや友人の甘い言葉にひっかか リ、2億7000万円ものお金を失ってしまっ たのです。過去の自分だったら、精神のバラン スを崩し、再びうつ状態になっていたかもしれ ません。  しかし私は、そこでくじけませんでした。 「くよくよしていても仕方がない」と自分に言 い聞かせ、逆境を乗り越えるためにすぐに前を 向くことができました。  それはいつも心の中で「ピンチはチャンス」 だと頑なに唱えていたからです。どれだけマイ ナスのことが起きても、絶対に揺り戻しの時が やってきます。マイナスの出来事は、未来への エネルギーでしかありません。いつだって、ピ ンチはチャンスでしかないのです。  立て続けに味わった辛酸のおかげで、いつし かそう思えるようになっていました。  このときに大いに役立つだのが、株式投資の 際にさんざん行ってきた企業分析でした。自宅 に何週間も引きこもったまま、次に自分が飛び 込んでいくべきビジネスの分野を探し出すこと に専念したのです。 −− 偶然出合った1冊の本が導いてくれた 「3年で年商130億円」  そんなときに、ネットで偶然見つけたのが 『ゼロから始める14年で年商30億の通販長者 になれるプロの戦略』(ダイヤモンド社刊)と いうI冊の本でした。  年商30億円という額は、当時の私にとって夢 のような規模と言えました。  (それをだったの4年で達成する戦略とは、 いったいどんなものだろう?)  すぐに興味を覚えた私は、この本を購入する と、むしやぶりつくように熟読します。  この本が伝えていたのは、中高年向けのヘル スケア商品の定期通販ビジネスを成功させる戦 略でした。本の中では、具体例として、サント リーや小林製薬、世田谷自然食品などの企業が 積極的に展開しているヘルスケア商品の通販ビ ジネスを取り上げていました。  その内容を十分に理解した上で、私は再びパ ソコンに向かいます。類似の業態が本当に伸び ているのかを自分の目で確認するため、ヘルス ケア商品を販売している企業の決算書を調べま くったのです。  すると実際に、ヘルスケア業界が全体的に拡 張傾向にあることが徐々にわかってきます。  (この業界、来てるな)  そう直感しました。  私か調べた複数の企業は、店頭で商品を販売 する形式ではなく、今でいう「D2c」(消費 者直接取引。Direct to C呂誤∃q)をさかんに取 り入れて、実際に売り上げを伸ばしていたので す。ただし、当時はまだD2Cという言葉はな く、「単品リピート通販」と呼ばれていました。  (もしかしたら自分だって4年で年商30億円を 達成できるんじやないか)  各社の決算データを眺めていると、がぜん、 やる気が出てきたのを今でもよく覚えています。  「すっきりフルーツ青汁」はな ぜ成功したのか  「マーケティングが当たった」  こうして私は、ヘルスケア商品を販売する事 業を立ち上げると、「すっきりフルーツ青汁」 をはじめとしたヘルスケア商品を市場に投入し、 当初の予想を大幅に上回る「3年で年商130 億円」という業績を達成したのです。  しかし、そこに至るまでは決して平たんな道 のりばかりではありませんでした。  まず、私の手元にあったのは、友人から取り 戻した3000万円のみです。ここからすべて をスタートさせなくてはなりません。  大きな初期投資ができない中で、どうやった ら効率よく業績を伸ばせるのかについて情報収 集を行い、実際に新たな事業を始める準備を進 めていきました。  この準備期間中、売れるネット広告社を率い る加藤公一レオさんのセミナーに行き、ネット 上での売り方についての大きな気付きを与えて もらいました。  それ以外にも、自分なりに研究を重ねつつ、 徐々に商品を売るための仕組みを考えていった 結果、ひとつの答えとして出てきたのが「何を 売るかというよりも、ネット上でどれだけの存 在感を見せられるか」ということです。  それまでの通販ビジネスは、ネット販売にま だ力を入れていませんでした。  各社の商品宣伝は、インフォマーシャルと言 われるテレビでの録画式生CMや、ラジオの夕 イアップCM、チラシなどに頼っていました。 要するに、オフラインで売る時代だったのです。  一方、私は、「これからはさらにスマホが 人々の生活に入り込んでくるはずだから、スマ ホ上で閲覧できるホームページを商品宣伝のた めの入り口として極めよう」と考えました。そ してその読みが見事に的中するのです。  世の中には、私のことを「たまたま飲みやす い青汁が当たっただけ」と思っている人がたく さんいます。しかし実際のところは、「青汁が 当たった」というよりも「マーケティングが当 たった」といったほうが的確なのです。 目に見える商品を作ることの面白さに (マる  青汁のネット販売に関する準備が整うと、今 度は実際に製造を請け負ってくれる食品製造会 社を探すことに奔走しました。  そうは言っても、私には、青汁を販売した実 績はもちろんのこと、食品自体を扱った経験が なかったため、面会をお願いしてもなかなか相 手にしてくれません。それでもめげずにいくつ もの会社と交渉を重ね、なんとか協力してくれ る企業を見つけました。  それまでは自分自身で食品工場に赴くような ビジネスをしたことがなかったので、実際に足 を運んで現場を視察する経験はとても新鮮でし た。私にしてみれば、それまでの仕事と180 度異なる新たな環境だったのです。  試行錯誤の末、ようやく試作品ができてから は、何度も試飲を繰り返し、「これはちょっと 甘すぎるかもしれません」「もう少しフルーツ 感を出せますか?」という要望を伝え、完成品 に近づけていきました。  私自身に特別なテイスティング能力があると は思いません。しかし、そうであっても「自分 がおいしいと思えないと商品は売れないだろ う」という基準だけは最後まで崩しませんでし た。  また、青汁の他にも、市場のニーズに合った 化粧品やスキンクリームなどの商品開発を進め ていき、OEM生産を請け負ってくれる化粧品 会社を探していきました。  メイクアップやスキンケアについても専門的 な知識がないので、製造元の方だちと細かく相 談して商品を完成させていったのです。 「実績がない」と見下されても食らい ついた  当初は私の会社に実績がなかったため、取引 先から「軽く見られているな」という印象を受 けることもありました。  例えば、こちらが販売計画に沿って納期を設 定しても「他社商品の製造を優先させないとい けない」という理由で、納期の後ろ倒しを要求 されたりしました。  そうした冷遇に耐えながらも、「絶対に成功 してやる」という気持ちをたぎらせて食らいつ いていったのです。  それができたのは、単純に面白かったという ことが理由のひとつと言えます。それまでは ネット上でのみ繰り広げられるビジネスにしか 従事してこなかったので、目に見える商品を製 造し、それを売るという商売は私にとって珍し いものでした。  そのうちに、OEMの会社の営業担当者や企 画開発担当者とのやり取りもスムーズにできる ようになり、通販ビジネスの面白みをじわじわ と実感していくようになります。おかげで仕事 はさらに楽しくなり、それまで以上に力を入れ ていきました。  こうして右利上がりの年商を達成していった のです。 誰もが度肝を抜かれる驚異的な成長  「青汁王子」というニックネームが付いてし まったせいで、私のことを青汁の販売によって 財を成した人物だと思っている人が多いようで す。しかし実際は、そうではありません。すで に述べたように、私か創業した「メディアパー ツ」(現フアビウス)は「すっきリフルーツ青 汁」の売り上げだけに頼っていたのではなく、 化粧品なども販売しており、これらの商品の売 り上げ七会社の業績アップに貢献していたので す。  通販ビジネスを立ち上げて1年目の年商が8 億円、2年目の年商が18億円、3年目の年商が 130億円と、「メディアパーツ」は誰もが度 肝を抜かれるような驚異的な成長を達成してい きます。これを受けて、多くの人たちが私の会 社に関心を寄せてくれました。さらに「すっき リフルーツ青汁」が看板商品だったことから、 いつしか私は「青汁王子」と呼ばれるようにな るのです。  その3年間は、会社の急激な成長と、それに 伴う変化のスピードがあまりにも速いので、そ れに追いつくためにとても苦労しました。  1年目、2年目と10人ほどのメンバーで会社 を運営していました。それが3年目の終わりご ろには、40人弱ほどの大所帯になっていきます。  商品が売れに売れて、工場からの出荷だけで はさばき切れないときは、会社に商品を持ち込 んで、会議室にうずたかく箱を積み上げ、社員、 アルバイト総出で箱詰め作業をしたこともあり ました。この時期はすべてが順調で、来る日も 来る日も、やる気とやりがいに満ちた日々でし た。 ピンチをチャンスに変えてつかんだ成 −― 功  生まれ故郷から逃げるように上京して10年、 一文無しになったり、裏切りに遭ったり、心療 内科に通ったりと、紆余曲折の連続。まさに這 いつくばりながら生きてきました。  しかし私は何があってもあきらめませんでし た。  その結果、「すっきリフルーツ青汁」のヒッ 卜が私を待っていたのです。  さらに私自身が、「青汁王子」として世間の 注目を集めるようになるとは、上京当時は想像 もつかないことでした。  いつも心の中で繰り返してきた「ピンチは チャンス」という言葉をこのときほど深くかみ しめたことはありません。  「逮捕」というどん底から私が 復活できた理由 逮捕、社長退任、非難の声……絶望が 私を襲った  様々な逆境をかいくぐってきた私は、メンタ ル面においても20代としては相当強くなったと 自負していました。  ところが、その自負心を試すかのように、30 歳になる直前に超巨大な試練が襲い掛かります。  2019年2月、あろうことか私は約1億 8000万円の法人税の支払いを怠ったという 脱税容疑で逮捕されてしまうのです。  最終的に私に下されたのは、法人税法違反な どの罪で懲役2年執行猶予4年、会社への罰金 4600万円という有罪判決でした。  この判決については、真実が十分明らかにさ れておらず、完全に問題が解決したとは思って いません。ただし、それについては本書ではひ とまず棚上げしておきます。  私がここでお伝えしたいのは、この際に直面 した「人生最大の危機」がその後の私に大きな 転機をもたらしたという事実です。  脱税の罪に問われて逮捕されてからは、周囲 の知人たちの多くは私から離れていきました。 そして、逮捕されてから3ヵ月後の2019年 5月、私はついに自分の作った会社の社長を退 任する決心をします。  メディアは私に関して事実とは異なる内容の ニュースを垂れ流し、それを信じた一般の人だ ちからは、心ない誹謗中傷の声が私の元に届き 始めます。  この状況を受けて、「自分の人生は完全に睨 われている」と考えることが多くなり、私は殼 に閉じこもって塞ぎ込みました。  「こうなればもう、いつ死んでもかまわない」 という精神状態に陥り、心が折れてしまう一歩 手前まで追い込まれていくのです。普通の人な ら自殺していたかもしれません。ところが、私 はぎりぎりのところで持ちこたえられました。 世間の誤解を解くために私がしたこと  この時期、私かずっと自分に言い聞かせてい たのは、これまでと同様、「このピンチをどう にか凌げば、次に大きなチャンスがやってくる はずだ」ということです。  そしてそれは現実のものとなります。  年商130億円の会社のトップの地位は失っ たものの、その後、「青汁劇場」と銘打って私 の私生活の一部始終をSNS上で公開し始める と、半年間でフォロワーをそれまでの30倍に増 やすことに成功するのです。  SNSのフォロワーの増加ぐらいでは、社長 の座を失うという損失を埋められないと思う人 もいるかもしれません。  しかし、私には考えがありました。理不尽な 判決や、私に関するいわれのないデマによって 世の中に広まってしまった誤った自分像をSN Sを通じて正していくつもりだったのです。  そのためにはどうしてもSNSというツール が必要だったのです。それを用いて私に対する 世間の逆風に一矢を報いるという計画を立てて いました。 ホリェモンも呆れた? 逮捕前から 練っていた「メディア戦略」  長期にわたる取り調べの末にいよいよ逮捕さ れるという前日、私はホリェモンこと堀江貴文 さんと話をする機会を得ました。その際、私は 「逮捕されても、テレビに出られますかね?」 と堀江さんに尋ねています。  それを聞いた堀江さんは、逮捕という深刻な 事態に直面しながら、それでも「テレビにまた 出たいなんてヘンだよ、おかしいよ」と思った らしく、のちにご自身のYouTubeチャン ネルの中でも、このときに私と交わした会話に ついて語っています。  このときの私の質問の真意は、「釈放後、テ レビのようなメディアに出て、逮捕の不当性を 訴えたい」というところにありました。残念な がら、その真意をしっかりと説明できなかった ため、単なる変人に思われてしまったようです。  それはさておき、逮捕後に保釈された私は、 自ら構築したSNSの場を通じ、世間の誤解を 解こうと必死になりました。いくら自分の中に 思いがあっても、自分の言葉で発信しなければ、 メディアによる一方的な報道によって真実はか き消されてしまうと考えたのです。  当時のデタラメな報道には、まるで私か脱税 をしたお金で豪遊をしていたかのようなものも あり、それを何度も流されることで、私はます ます誹謗中傷の標的にされていきました。  1億8000万円の脱税容疑で逮捕されたも のの、私の会社は毎年のように十数億円もの額 の納税をしており、元々脱税をするという意図 はまったくありませんでした。それだけに、悪 意に満ちた報道に対して悔しい思いが募ってい たのです。  メディアによって勝手に作られたネガティブ なイメージをひっくり返すには、別のメディア を利用して真実の姿を映し出していくしかな い……。  そうした結論に至った私は、逮捕される前後 から自分なりの。メディア戦略”を練ることに 一生懸命になっていたのです。 発信力を高めれば稼ぐ力は自然 とついてくる 「大炎上、つるし上げ、非難の大合唱」 から私が学んだこと  ただし、いくら真実の姿を世間に伝えようと したところで、誰もそれを見てくれなかったら 意味がありません。多くの人たちの目に触れる ようになって初めてメディアの威力は発揮され るからです。  脱税疑惑が出るずっと前から、私はツイッ ターをやっていました。しかし多くのフォロ ワーがいたわけではなく、最初は確か3万人く らいだったと思います。当然ですが、ツイード にコメントしてくれる人もあまりいませんでし た。  ところが、脱税疑惑のニュースが出てからは、 私のツイッターは一気に大荒れ模様になってい きます。  「犯罪者死ね」  「脱税者死ね」  「おまえなんか生きている資格がない」  こんなコメントが殺到したのです。 「金持ちざまあ」 「転落してざまあ」 「あんだけメディアに調子乗って出たからざ まあ」  タイムラインには、「ざまあ」という言葉が 縊れていきます。  ところが、それらのコメントをひとつずつ読 んでいるうちに、世間の人たちは他人が落ちぶ れていく姿に並々ならぬ興奮を覚えるというこ とに私は気付くのです。  そうして思いついたのが、「青汁劇場」とい う枠組みを自ら作り、徹底した転落劇を演じる ことでした。  お金持ちたった私か転落し、焼き鳥店でアル バイトを始めたら、多くの人が「ざまあ」と 言って喜んでくれるはず……。  彼女にフラれる様子をさらけ出したら、「ざ まあ」と言って喜んでくれるはず……。  女装をして接客を始めたら、「ざまあ」と 言って喜んでくれるはず……。  デリヘル譲を自宅に呼んで、いざというとき に勃だなかったら、「ざまあ」と言って喜んで くれるはず……。  このようなプロットを次々に考え出し、実際 に演じることで、転落していく姿を徹底的に見 せつけていきました。  自尊心を削りながら、他人から「ざまあ」と 思われることを続ければ続けるほど、多くの人 の注目が私に集まっていきます。その一方で、 逮捕後も残っていた知人や女性の友だちさえも、 私の奇異な行動を理解できず、離れていってし まいました。 3、4ヵ月でフォロワーを30倍に増や した「秘策」  仮にこのとき、真面目な顔をしながら裁判の 理不尽さを訴えるばかりだったら、誰も見向き もしてくれなかったと思います。  まずは恥ずかしさやみっともなさをすべてか なぐり捨てて、世間の人たちの目を引くような 奇抜なことをする必要があったのです。  すると、私の予想は見事に的中し、3、4ヵ 月の間にフォロワーを30倍に増やすことに成功 します。  振り返ってみると、2019年は私にとって 実に目まぐるしい年でした。2月に脱税容疑で 逮捕され、保釈後の3月に「青汁劇場」を開始 し、8月には「三崎愛汁」としてホストに転身 すると、業界史上最高記録といわれる13日間で 8200万円の売り上げを達成します。そして 9月に東京地方裁判所において、法人税法違反 などの罪で懲役2年執行猶予4年という判決を 下されたのです。  こうした目まぐるしい展開を受けて、「青汁 劇場」はますます注目を集めていきます。               − 人々の心に変化が起こり始めた  容疑者になったときもつらかったですが、容 疑が晴れずに犯罪者になった瞬間は、さらにつ らいものがありました。容疑者と犯罪者では社 会的なイメージもまったく異なります。執行猶 予が付いたとはいえ、会社のトップに居座り続 けるのは正義に反すると思ったため、私は社長 を辞任することになりました。  私のことで会社の足を引っ張りたくないとい う思いもありました。社員たちは会社の脱税騒 ぎに巻き込まれてしまったにもかかわらず、I 人も辞めずに支え続けてくれました。彼らは私 の大事な仲間です。もうこれ以上、迷惑をかけ ることはできません。私は、彼らをどうしても 守りたかったのです。  社長を辞任すると決めたあと、私はすぐに 「長らく務めていた社長を辞任します」といっ た内容をツイードしました。このツイードは、 それまでの「青汁劇場」の転落劇とは違い、心 からの悲しみをにじませるものでした。  (オレの気持ちも知らないで、どうせまた「ざ まあ」とか言ってくるんだろうなあ……)  新たな転落劇を喜ぶ人がたくさん出てくるの だろうと予想しながら、投げやりな気持ちに なっていたのです。  ところが、このツイートのあと、あれだけ私 のことを叩いていた世間の人たちの評価にほん の少しの変化が生じ、大量の返信の中に私への 声援が混じり始めたのです。  もちろん、「ざまあ」という気持ちが込めら れた批判的なコメントは相変わらず多く、全体 の9割を占めていました。しかし、残りのI割 のコメントは、温かさを感じさせる応援のコメ ントだったのです。  この変化はまったく予想外のことだったので、 本当に驚かされました。  SNSで真実を語り、裁判の不当性を訴えた いと弁護士の先生に相談したとき、先生からは 「判決前に事件について発言すると、裁判で不 利になる」と伝えられていました。それもあり、 あえて裁判についての発言を行わず、ひたすら フオロワーを集めるために「青汁劇場」という 枠組みの中で、他人からの失笑を買いながら私 はピエロを演じてきたのです。 ファンの存在のありがたさ  「青汁劇場」をやってよかったと思うのは、い くつかの新しい発見ができたことです。  実は、ホストに転身したとき、働き始めて2 日目に先輩ホストからいじめられ、それに耐え きれずに辞めるという内容のやらせを用意して いました。  ところが、いざ働き始めたら、「『青汁劇場』 を見ているうちにファンになった」という人た ちが、わざわざホストクラブにお客さんとして 来店してくれたのです。  こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、 「世の中には自分のファンになるような物好き もいるんだな」と思いました。このときに初め て、私は「ファン」という存在のありがたさを 痛感するのです。  それまでの私は、ビジネスセンスに頼ってお 金を稼ぐ方法しか知らず、「ファンの存在に よってお金を稼ぐ」という体験をしたことがあ りませんでした。したがって、ファンが欲しい と思ったことは一度もなかったのです。  しかし、ホストの世界では、ファンの存在が 圧倒的な力を持ちます。彼らが熱心に応援して くれたことで、私は13日間という短期間で 8200万円もの売り上げを達成できたのです。  少し前までは批判の嵐にさらされていた自分 を応援してくれ、お金まで使ってくれるという 事実に、私はただただ驚くばかりでした。 私はなぜ「日本を去る決意」を撤回し たのか  実は、SNSである程度の注目が集まってき たら、実行してみたいと思っていたことがあり ました。  脱税したとされる額と同額の1億8000万 円を世間の人たちに配り、それを終えたら、 すっぱりと日本から出ていこうと考えていたの です。  それをしたからといって、判決が覆るわけで もなければ、世間の評価が変わるわけでもあり ません。しかし、当時は国税局による私への見 せしめ的な仕打ちに対して反抗の意を示すため、 執念を燃やしていたのです。  この時期、私のツイッターのフォロワー数は 20万人に膨れ上がっていました。  (お金を配ったあとは、用のなくなった日本か ら出ていくだけだ……)  こんな思いに駆られていました。  ところが、このあたりから私に対する風当た りが一気に弱くなり、ツイッターの「いいね」 の数がどんどん増えていきます。「青汁劇場」 にもさらに注目が集まり、一時はトレンドラン キングにランクインするほどの注目を集めてい きます。  1億8000万円を配るというキャンペーン を告知したツイッターのつぶやきは100万リ ツイードを超えていきました。そして、無事に 1億8000万円を配り終えた瞬間には、フォ ロワー数が130万人を超えていたのです。  このときは本当に夢のようで、「ジャイアン トキリング」をものにしたような気持ちでした。  また判決後にYouTubeも始めており、 こちらでは国税局に対する私の思いや、自分の 中にある真実を語るコンテンツを配信しました。 するとこちらも話題となり、何十万回も再生さ れていきます。  これほどまでの反響を受けた結果、多くの フォロワーや登録者数を擁する発信ツールを持 つことは強力な武器を持つのに等しいと確信す るに至るのです。  その後、私は「日本にも自分の居場所がまだ 残っているかもしれない」と考えるようになり、 海外に移住する予定を取りやめました。 ピエロがもぎ取った大逆転  2019年9月に判決から出てからは、私に 対して「ざまあ」と言ってくる人はさらに減少 し、罵倒するようなコメントがあっても他のコ メントに埋もれてしまい、あまり目立だないよ うになりました。  さらに今、こうして本を出版できるまでに なったのも、「青汁劇場」の中で徹底的にピエ ロを演じきったからだと思います。  あのときに何もせず、泣き寝入りして自分の 言いたいことを伝えていなかったら、”脱税で 捕まった中小企業の元社長”というレッテルが 貼られたまま、私の存在は忘れ去られるだけ だったでしょう。  ところが私は、執念でそれを食い止めました。 (絶対にピンチをチャンスに変えてやる) (どんな逆境でさえも乗り越えてやる) (どんなマイナスでさえもプラスに変えてや る)  こんな気持ちを心の中にたぎらせて、ひたす ら前を向いていった結果、今のプラスの状況に 到達することができたのです。  そのおかげで、ツイッター、インスタグラム、 YouTubeを中心に多くのフオロワーと登 録者を獲得し、発信力を高めることに成功しま した。  「逮捕」というまたとない「宣伝広告」 のチャンス  判決を受けてから2年ちよっとしか経過して いませんが、今では多くの人に応援してもらい、 各界の著名人の方とも対談させてもらえるよう になりました。  犯罪者扱いされ、ピエロを演じていた私か、 どういうわけか今では社会的に評価されつつあ るという事実。この世の中は本当に不思議だな と思います。  この間、経営者としても順調に実績を積み重 ねることができました。かつて買収した企業の 業績が好調で、合計すると年間300億円ほど の売り上げを達成するまでに成長しています。  起業してから裁判が終わるまで、精神的に不 安定な状態がずっと続いていました。しかし、 それもどうにか撥ね返し、現在ではすっかり心 の平穏を取り戻すことができています。  もちろん、有罪判決を受けたという事実はこ れからも覆りません。ただし、時間の経過とと もに、私の人生は新たな出来事で上書きされて いきます。それに伴い、過去の出来事が占める 比重もどんどん小さくなっていくでしょう。も はや過去にとらわれて悩む必要はないのです。  脱税の罪に問われたときは、本当に悔しくて、 国税局を憎む日々を送りました。しかし今では、 国税局に「ありがとう」と言えるくらいの心境 になっています。  人生のある時点でどれだけマイナスの状況に 陥っても、あきらめなければプラスに変えるこ とができるのです。10代後半から20代にかけて、 そのことを私は身をもって学びました。 逆境があるからこそ飛躍ができる  この本を読んでくれている人の中には、今の 状況に不満を持ち、自分に対するコンプレック スに悩んでいる大がいるかもしれません。  そうした大たちにお伝えしたいのは、マイナ スの時期は、プラスの時期に転じる前の助走段 階のようなものだということです。  マイナスの状況は「今」の状態を映し出して いるだけであり、どこかの段階でプラスに変わ る可能性が十分にあることを忘れないでくださ い。  「もうどうにもならない……」  こんな気持ちになって、心が折れてしまいそ うになることもあるかもしれません。  そこでくじけずに、「ピンチの先に必ずチャ ンスが待っている」と信じれば、前に進んでい く力が出てくるはずです。  逆境期があるからこそ、プラス局面に転じた ときに人は大きく反発し、飛躍期を迎えられる のです。これを経ていくことで、人は成長して いくのだと私は考えています。  そう考えればマイナス局面は、決して誠沢 ではなく、まだ見ぬ将来に向けたプラスのエネ ルギーの塊でもあると言えるのです。  私は今、ピンチが訪れるたびに、「このあと にはどんなチャンスが待ち受けているんだろ う」と考えてワクワクします。  もしもピンチが訪れたら、「もうダメだ」で はなく、「このピンチはどんなチャンスに変 わっていくんだろう」と想像するようにしてく ださい。それができたとき、必ず何かが変わっ ていきます。 目指すべきは「幸せなお金持 ち」 「お金持ちになること」を目標にして はいけない理由  私はこれまで、贅沢三昧の暮らしを送り、湯 水のようにお金を使ってきました。  ところが、いくらお金を使って贅沢をしても、 幸せを実感できませんでした。それどころか、 むしろ「死にたいな」という思いが強くなるば かりだったのです。  (この先、いくらお金を儲けても、オレの生活 は何も変わらないんだろうな……)  そう直感すると、目の前が急に真っ暗になり、 地獄のような毎日が続きました。  お金がない人がこの話を聞くと、「お金持ち       がど卜 ならではの羨ましい悩みじやないか」「お金持 ちの自慢に過ぎない」と思うかもしれません。  しかし、実際にお金持ちになってみると、誰 の身にもこのような現実が訪れます。つまり、 「お金持ち=幸せ」という等式は成り立たない のです。  お金がいくらたくさんあっても、買いたいも のが常にあるとは限りません。そうなると、お 金の使い道はどんどんなくなっていきます。  もちろん最初のうちは、あれを買ったり、こ れを買ったりと、好きなものを好きなだけ買い あさり、満足感を得られるでしょう。  しかし、しばらくして欲しいものがなくなっ てくると、買い物によって得られる満足感は一 気に低下します。  この例からもわかるように、お金は万能では ないのです。  とはいえ、お金持ちになることや、お金を稼 ぐことを否定するつもりはありません。お金を 手に入れるために一生懸命に働くこと自体は ”悪”ではないからです。  ただし、お金を手に入れたところで何かが劇 的に変わるわけではないので、その点だけは把 握しておくといいと思います。  事実、成功者と言われる多くの人が、「成功 を手にしたあと、とても悩んだ」と告白してい るといいます。成功し、金銭的に豊かになった にもかかわらず、なぜかとてつもない空虚感に 襲われるのです。「お金持ちになること」を目 標にしてしまうと、いざそれを達成したとき、 こうした罠に陥りやすくなります。 (ワイで起きた「血尿事件」  後述しますが、高校2年生のときに買ったパ ソコンがきっかけとなり、大金を稼げるように なった私は、「もっと稼ぎたい」という思いに 駆られ、お金の存在をずっと追い続けてきまし た。  しかし、今はもう、そんな生活とは距離を置 いています。  そうさせたのは、ある出来事に遭遇したから でした。  話は、「すっきリフルーツ青汁」が爆発的な ヒットを記録する前の2015年末に遡ります。 この年、会社の業績は好調で、年商が18億円ほ どに達しました。  2014年に立ち上げた事業が、急激に成長 したのですから、本来ならもっと嬉しくてもい いはずです。にもかかわらず、理由もわからな いまま、私は空虚感に苛まれていました。  (ちょっと疲れているのだろう。息抜きが必要 なのかもしれないな……)  そう思った私は、年末年始の休みを利用して、 海外旅行に出掛ける計画を立てます。当時、彼 女がいたわけではないので、たまたまバーで知 り合った女性を誘い、私はハワイに向かいまし た。  お金の心配をする必要はないし、誘えばすぐ に自分についてきてくれる女性もいる。ここま では完璧な流れでした。  ところが、いざ旅立ってみると、なぜかまっ たく楽しくありません。むしろつまらなすぎて、 すぐに日本に帰りたいくらいでした。  (年商18億円の会社の社長って言っても、こん なもんかよ。くだらねえな)  こんな思いを募らせながら、好きでもない彼 女と一緒にハワイで年明けを迎えようとしてい たのです。息抜きのつもりだったのに不満は募 る一方で、気分は最悪でした。  ハプニングに見舞われたのは、午前零時を目 前にしたころでした。急に下腹部に痛みを感じ 始め、耐え切れなくなってトイレに駆け込んだ のです。そこで見だのは、自分の体から放出さ れた大量の血尿でした。  (金を持っているといっても、オレの人生はク ズだな)  (いくらお金があっても人生は満たされない。 だったらお金のことはあまり考えずに、他のこ とに興味を持ったほうがいいんじやない か……)  トイレの便器にこびりついた血尿を眺めなが ら、私はそんなことをふと思いました。  この出来事がきっかけとなり、それまであま り本腰を入れていなかったインスタグラムやツ イッターに投稿し始めるのです。私のインスタ グラムの初投稿はハワイの様子を映したもので した。  「性病」から私が学んだもの  帰国したあと、私はすぐに病院に行き、診察 してもらいました。  すると、性病を患っていることがわかります。 年商18億円といったところで、年越しに血尿が 出て、性病にかかっていたことがわかるという 体たらくです。  それまでは、飲みに行った先で気に入っだ女 の子を見つけると、その子にお酒をご馳走し、 そのまま家に連れ帰って遊びまくっていました。 性病もそうした乱れた生活を送っているうちに うつされてしまったのでしょう。自業自得です。  でも、性病にかかったことで私の中の何かが 吹っ切れたのです。  (お金の力に物を言わせて、チャラチャラと遊 んでばかりいても虚しいだけだ)  そう思うようになりました。それ以降、私は お金一辺倒の生き方から距離を置くようになっ ていきます。  性病に罹患し、ハワイに行って血尿を大量に 放出するという最悪の出来事に見舞われました が、今ではあの経験も無駄ではなかったと受け 取るようにしています。  「幸せ」はお金によって変動するもの ではない  仕事をしている人にとって「少しでも多くの お金を稼ぎたい」というのは共通した願いだと 思います。  では、なぜそう願うのか?  その理由を尋ねてみると、「幸せになりたい から」という答えがよく返ってきます。この反 応からわかるのは、多くの人たちが「お金を稼 げば稼ぐほど、幸せになれる」と信じていると いうことです。  しかし、本当に「お金を稼げば稼ぐほど、幸 せになれる」のでしょうか。これについて、私 はいつも「なれません」と答えています。にも かかわらず、多くの大たちがこの幻想に惑わさ れているのです。かくいう私も、過去にこの幻 想に惑わされ、お金を手にすることで幸せをつ かもうと必死になっていました。  使い切れないほどの大金を手にした経験のな い人の多くは、「大金があれば、今以上に幸せ になれるはずだ」と考えます。現状の自分を見 つめ、もっとお金があれば、満足のいかない状 況から脱出できると想像するのです。  ところが現実には、いくらお金を稼いだとこ ろで、幸せを手に入れることはできません。  事実、ノーベル経済学賞を受賞したプリンス トン大学のダニエルーカーネマン名誉教授によ る研究では、「年収7万5000ドル(約 850万円 2021年10月末現在)を境にし て、それ以上収入が増えても幸福度は変わらな い」と結論づけています。  年収が増えれば、自由に使える額も増加する かもしれません。ただし、その一方で仕事の責 任は重くなり、ストレスにさらされる機会も多 くなるでしょう。  また、お金持ちになればなるほど、周囲の人 たちはあなたをお金持ちとして見るようになり、 お金目当てに近寄ってくる人たちも増えてきま す。こうなると、怪しい投資案件に騙されたり、 お金がなかったときには絶対に起きなかったよ うなトラブルやアクシデントに巻き込まれたり するかもしれません。 宝くじで大金を当てた人が不幸になっ てしまう理由  よく聞く有名な話に、宝くじで大金を当てた 人が、不意に得た大金を上手に扱うことができ ず、数年後に不幸せになっているというものが あります。  これと似たような筋書きで、年収が急に上 がった人が、不意に高まるストレスにうまく対 処できず、不幸を抱え込んでしまうというケー スがよくあるそうです。こうなると、いくら贅 沢な暮らしを送れたとしても、幸せとは言えな いのではないでしょうか。  贅沢な暮らしといっても、それに新鮮味を感 じるのは最初のうちだけで、すぐに慣れてしま うものです。贅沢な暮らし自体が幸福の源泉に なることはありません。そもそも贅沢について は上を見たらキリがなく、どこまでいっても満 足は得られないのです。これではいつになって も幸せは手に入らないでしょう。  そもそも人間というのは、衣食住が整い、安 心して暮らすことさえできれば、幸せを十分に 感じられます。つまり、お金持ちかどうか、贅 沢ができるかどうかは、幸福感とはほぼ無関係 なのです。  ではここで、改めて質問させてください。  「あなたは何のためにお金を稼ぎたいのです か?」  お金で幸せを買うことはできないI。この ことはすでに説明しました。それでもなぜ、お 金を稼ぎたいと思うのでしょうか。  仮にお金を稼がなくても幸せになれるとした ら、お金に対してもっとリラックスして向き合 えるのではないでしょうか。 今すぐ「幸せ」を感じることができる、 「たったひとつのこと」  湯水のようにお金を使っても幸せになれな かった経験を通じてわかったことがあります。  人が幸せを感じるために必要なのは、自分の 人生に対する「希望」であるという事実です。  自分の人生において、先の将来に何らかの夢 があり、さらに希望があれば人は誰でも幸福を 感じられます。  裏を返せば、どんなに贅沢な暮らしをしてい ても、希望がなければ幸せになれないというこ とです。  「未来に向かって成長できる」  「今とは違う将来がある」  こんなワクワク感を覚えたとき、人の脳から は。快楽物質”が放出され、すべてに関してや る気が出てきます。その変化の過程で、私たち は幸せを感じるのです。  「お金があっても不幸」では意味がな − い  私の周囲を見回しても、「お金持ち」という だけで幸せそうにしている人はあまり見たこと がありません。反対に、お金持ちではなくても ワクワク感を持ちながら生きている人たちは、 いつも幸せそうです。  「誰も成し得たことがないことをやってみよ う」 「経営者として成功し、有名になってみよう」 「人気YouTuberになってみよう」 「プロスポーツ選手になってみよう」 「プロのミュージシャンになってみよう」  ゴールは何でも構いません。夢や希望、ビ ジョンを抱くことができれば、すぐに幸福感は 手に入ります。大切なのは、お金では買えない モノやコトに目を向けて、それを追い求める姿 勢なのです。  「生き金」を使えば何倍にも なって戻ってくる 本当に価値のあるお金の使い方とは?  お金は決して万能ではありません。ただし、 お金によって効率化を図ることは可能です。  例えば、家政婦さんを雇い、家事の時間を夢 やビジョンの実現に回すことができれば、より 充実した人生が送れるでしょう。そういう意味 では、時間の効率化を図るためにお金を費やす ことが、最も価値のあるお金の使い方だと思い ます。  この世の中に生きている限り、時間の配分だ けは公平に行われます。この時間だけは、いく らお金を払っても買えません。ただし、お金の 力によって時間を効率的に使うことは可能です。  「人と比較しないほうが幸せだ」  こんな言葉を聞いたことがある人も多いと思 います。  確かに、幸福度という観点においては、人と 比較をせずに自分らしく生きたほうがいいのか もしれません。とはいえ、よいことではないと 知りながら、ついつい比較してしまう。それが 人間というものの性なのでしょう。  人との比較に関しては、お互いが競い合って 成長するために必要なこととして、私は割り 切って考えるようにしています。  私たちが与えられた時間は、万人に等しく1 日24時間のみ。その時間枠の中で、ライバルや 友人、同僚たちとの比較を行いながら効率的に 時間を使い、より好ましい成果を得るために行 動していけば、必ずいい結果がもたらされるで しょう。そうして得た成果の蓄積が、幸せや豊 かさにつなかっていくのです。  「死に金」と「生き金」  ある友だちは言います。  「たまにはゴルフでもしたらどうだ?」  いくら言われても、私は絶対にやりません。  その理由は、ゴルフはおじいちゃんになって からでもできるからです。それよりも私は、今 しかできないことをしたいと思っています。  例えば、勉強。歳を重ねていくと脳細胞の劣 化は進み、新しいことを覚えるのが大変になり ます。それならば、記憶力が衰えていない今の うちにできるだけたくさん勉強したほうが間違 いなく効率的です。  お金には「死に金」と「生き金」があります。  私にとっての「死に金」は、わかりやすい例 で言うと、キヤバクラやバーで使うようなお金 のことです。こうした場所で湯水のようにお金 を使っても、そのお金を活かすことはできませ ん。  では「生き金」とはどういうものか。自分や 自分の周りの人たちに何かを確実に残すために 使うお金のことです。  例えば私の場合、旅行に行くと、ホテルのス イートルームに必ず泊まります。その部屋の料 金がたとえI泊100万円であろうと、もしく は200万円であろうと、必ずスイートルーム に泊まるのです。  別に贅沢をしようというのではありません。 一流ホテルのスイートルームに泊まることで、 普段はなかなか味わえない時間を過ごし、自分 の知見を広げようと考えているのです。自分を 成長させるための投資であれば、「死に金」に はなりません。  脱日常のような体験をすると、インスピレー ションを感じやすくなるというメリットもあり ます。仕事やプライベートについて、それまで 想像もしていなかったようなアイデアが生まれ、 それが問題解決につながったりするのです。  このことは、私白身がこれまで何度も経験し ています。  以前、会社の業績拡大がうまくいかないとき、 箱根の旅館の特別室に宿泊したことがありまし た。部屋の中で一日中考えごとをしながらゆっ くりとした時間を過ごしているうちに、自分の 考えがまとまってきて、その後の会社運営の道 筋が見えてきたのです。  静かで快適な空間に身を置きながら物事を考 えることで頭の中がきれいに整理され、処理能 力が高まった結果、いいアイデアが浮かんでき たのでしょう。  私がなぜそこまでアイデアの創出にこだわる かというと、アイデアこそがお金を稼ぐ大きな ファクターとなり得るからです。  アイデアの力は侮れません。たったひとつの アイデアで、ピンチがチャンスに変わるときが ありますし、アイデアひとつでビジネスがプラ スの方向に大転換していくことも珍しくないの です。  発想力や決断力を養うには、考える時間を定 期的に持つ必要があります。そのためには、 「生き金」を使い、普段感じることのできない 感性に触れ、知見を広めていく。それを続ける ことで、確実に成長を遂げられます。  「非日常の環境」に身を置くと思つて もいない発想が浮かぶ  ホテルのスイートルームに泊まりたくても、 経済的な余裕がなくて泊まれないという人もい るはずです。  その場合、無理をしてまでスイートルームに 部屋を取る必要はありません。大切なのは、今 あるお金を「死に金」にするのではなく「生き 金」にするという発想なのです。  十分なお金がなければ、非日常の環境に身を 置いてみるだけでもいいでしょう。一流ホテル に泊まらなくても、ホテル内のレストランで食 事をするだけでも十分です。もしくは大自然の 中に繰り出して、雄大な自然の美しさに触れて みるのもいいと思います。  そうした経験を通じて、「何かを変えたい」 「何かをつかみたい」という意識を持ち続ける ことが大切です。  こうしたひとつひとつの行動を積み重ねるこ とで、自分の中にこれまでなかった発想力や決 断力が養われていきます。それに伴い、自分自 身が少しずつ変わってきているのにも気が付く はずです。  世の中の多くの人たちは、大体がありふれた 思考パターン、決まりきった判断しかしません。 膠着し、代わり映えのしない自分の現状からI 歩抜け出すには、ありふれた思考パターン、決 まりきった決断から距離を置き、挑戦をしてい く必要があります。そのための自己投資として 「生き金」を使うのです。これが人間的に成長 するということではないでしょうか。 非日常空間に身を置くことで訪れる 「恵みの時間」  一度、この発想が身に付くと、多くの場面で 自分磨きができるようになります。  私の例をいくつか紹介してみましよう。  海外旅行の帰りの飛行機の中は、発想力を磨 くための格好のシチュエーションです。海外で 過ごした非日常の余韻に浸りながら、翌日から の仕事についてじっくりと考えます。するとい つしか体の底のほうから、「また明日からやっ てやろう」「ここからもうI同頑張るぞ」とい うエネルギーが湧き出してくるのです。  わざわざ国際線に乗らなくても、国内で同じ ような時間を作ることもあります。  何かに行き詰まり、どうしてもそれを打開す るためのアイデアが欲しいとき、私はしばしば I人で箱根に出掛けます。滞在中は頭の中をな るべく整理して、シンプルな状態にしていくの です。  それがうまくできると、東京への帰り道で ”恵みの時間”が訪れます。車を運転しながら 色々と考えているうちに、どこからともなく魔 法のようにインスピレーションが次から次へと 降ってくるのです。  いつも同じ場所で、同じ顔触れとばかり接し ていると、新しいアイデアを生み出すのは至難 のわざとなります。都会にいて、仕事ばかりし ていても、頭の中は凝り固まっていく一方で柔 軟な発想は生まれません。  こうした日常から脱するためにも、「生き金」 を上手に使い、自分に合った方法で自己投資を することをおすすめします。 お金の費用対効果  「生き金」という概念は、別の切り囗から捉え ると「費用対効果」を考えるということでもあ ります。  例えば食事の「費用対効果」を考えてみま しよう。  仕事中にI人で食事をする場合、私はコンビ ニの弁当でも、ウーバーイーツでも十分だと 思っています。  もちろん、贅沢をしようと思えば、毎日シェ フに頼んで食事を作ってもらうことも可能です。 しかし、費用対効果を考えたら、コストのほう が高くなりますし、リターンについてもなかな か際立ったものが頭に浮かんできません。こう なると、贅沢な食事をする気がしなくなるので す。  とはいえ、たまには気分転換も必要です。ま た、体にいい物を食べることを考えなくてはな りません。その場合は、お金を使うことを厭い ません。  避けるべきなのは、タラタラと目的を明確に しないまま贅沢を繰り返すことです。これにつ いては2つの理由があります。まずひとつめは、 お金がもったいないということ。2つめは、毎 日贅沢をしていると、感覚が麻痺してきて、そ のありがたみがわからなくなるということです。 贅沢が普通になってしまうと、いくらお金が掛 かっていても飽きてきます。これほど恐ろしい ことはありません。 アンチエイジングという投資  ヘルスケア業界に身を置いていることもあり、 私は自分の健康やアンチエイジングのためには お金に糸目は付けません。  先日、私はアンチエイジングの一環として幹 細胞治療を受けました。この治療法は、再生医 療を代表するものとして知られ、傷ついた臓器 の再生を促すほか、若返りにも効果が期待でき ます。  治療の手順としては、自分の脂肪の中から幹 細胞を採取したあと、それを培養し、再び自分 の体の中に戻すというプロセスをたどります。 私もこの手順に従って、脂肪を吸引してもらい、 採取した幹細胞を培養したあと、冷凍保存して もらうことにしました。将来、それを体の中に 再注入することで、若返り効果が得られるので す。  決して治療費は安くありませんが、これも自 己投資のひとつです。  人は必ず老い、ある日死を迎えます。生きて いられる時間には限りがあるのです。しかし、 若さをいつまでも保ち、末長く生きられるとし たら、自分に残された時間は長くなります。い くらお金があっても過去の時間を買い戻せませ んが、若返りによって寿命を延ばし、将来の時 間を延ばすことは可能です。  1億円を払えば確実にI歳若返ることができ るというなら、世の中のお金持ちはこぞってそ の若返り法を買い求めるでしょう。  老化を少しでも遅らせることができるのなら、 私はこれからもそれにお金を費やしていくつも りです。若さや将来の時間には、それほどまで の価値があるのです。 「お金持ちになれる人」と「な れない人」では「お金の使い 方」が違う お金を雑に扱う人は、お金から嫌われ I  ある程度のお金を持つようになると、お金の ありがたみを忘れがちになるものです。私の経 験から言うと、お金を持てば持つほど、その傾 向は強くなります。ただし、真のお金持ちにな ろうと思ったら、この傾向はすぐにでも矯正す る必要があります。  お金をたくさん持っているからといって、そ れを自慢して見せびらかしたりするのはやはり 感心しません。  これに対して、「ちよっと待って!」と言う 人もいるでしょう。なぜなら私自身が、You Tubeなどで。金持ち自慢”のような動画を 時折配信しているからです。しかしあれは、あ くまでもエンタメとしてのご不夕”であり、日 常の中でお金を見せびらかしたりはしません。  お金持ちと言われている人だちと一緒にいる と、彼らがしばしば女性にお金を配ったり、食 事会の帰りにタクシー代を手渡したりするのを 見る機会があります。その光景を目の当たりに するたびに、私は大きな違和感を覚えます。  その理由は、そんなに簡単に人にお金をあげ るものではないと考えているからです。  「単なるヶチなのでは?」  こう思う人もいるかもしれません。しかし、 それとはちょっと違います。お金を安易に人に 配る行為は、お金を粗末に扱っている気がする のです。こうした行為が積み重なっていくと、 お金を大切にする気持ちは薄れていきますし、 またお金のほうも逃げていきます。  。お金を配るお金持ち”というと、多くの大 が実業家の前澤友作さんを思い浮かべるかもし れません。とはいえ前澤さんは、自身の発信力 を高めるために「お金配り」をしているだけで、 普段の生活の中でむやみにお金を見せびらかし ているわけではないはずです。  実は、お金を粗末に扱う大はお金持ちだけに 隕ったことではありません。むしろ、お金持ち でない人のほうが、お金を雑に扱う傾向が強 かったりもします。  お金は本来、1円たりとも無駄にしてはいけ ません。その感覚を失った瞬間から、お金は ゆっくり、ゆっくりと離れていきます。  小金が貯まっだ途端、飲食店で散財したり、 酔った勢いでキヤバクラヘ行き、お金を湯水の ように使ってしまった経験はないでしょうか。 これらは、お金を粗末に扱う人たちの典型的な パターンです。  私自身も、気を緩めるとお金を雑に扱いがち な性分なので、いつも気を付けるようにしてい ます。  「お金持ちを3年続けるのは難しい」  こんなことがよく言われているようです。飲 食店やバー、クラブなどで見境もなくお金を使 うようになったら、その人は早晩、お金で苦労 するようになると考えて間違いないでしょう。  1円にしがみつくようでないと、お金をいく ら持っていても、お金は自分に寄り付いてくれ ないものなのです。 雑な使い方を避ける方法  「お金を雑に扱うな」というのは、「お金を 使ってはいけない」という意味ではありません。  「このお金を使うことで、自分にはどのような リターンがあるのだろうか?」  お金を使うときは、このように意識的に自分 に問い掛けてみることが大切です。  その際、ひとつもリターンを見込めないよう なら、間違ったお金の使い方をしていると考え ていいでしょう。  食事会の帰りに女性にタクシー代を渡した場 合、何らかのリターンを見込めるでしょうか? そこで答えが「イエス」でないのなら、それは 間違ったお金の使い方かもしれません。  では、酔った勢いで訪れたキヤバクラでお金 を使いまくるのはどうでしよう?  こうした形で一度間を置き、自分に問い掛け るようにしてください。  かつて私も、女性を家まで送る代わりに、夕 クシーに乗せて帰ってもらうことがよくありま した。ただし、このときは必ずタクシーチケッ トを手渡して、それで支払いを済ませてもらう ようにしていました。  現金でタクシー代を手渡すのと、タクシーチ ケットを手渡すのとでは、用途としては同じで も、実際には大きな違いがあります。  現金の場合、手渡した形跡は残りませんし、 もしかしたら額が多すぎてしまうかもしれませ ん。もしくは少なすぎて、相手が困る場合もあ るでしょう。一方、タクシーチケットを渡す場 合は、いくら使ったかをあとからしっかりと把 握できるというメリットがあります。しかも、 何となくお金を使うのとは違い、確実に人を家 まで送り届けるために使ったという目的が明確 化されるので、お金の管理という面でも好都合 です。  理由が不明のままお金をばらまくような行為 を繰り返すと、心の中に必ずほころびが生まれ ます。いつしかそれが大きくなり、取り返しの つかない事態に陥るかもしれません。それだけ は避けるようにしましよう。 お金を呼び寄せるための財布の使い方  お金の使い方のみならず、お金そのものの取 り扱い方にも注意するといいでしょう。  例えば、私がいつも行っているのは、お札を 財布にしまうときに券種と裏表をしっかりとそ ろえ、券面の大物の頭が財布の奥に入るように することです。以前に「お金が貯まる人の習 慣」という内容の記事を読み、共感するところ があったので自分でも始めてみました。  お札をそろえて財布に入れたからといって、 それだけでお金が稼げるわけではありません。 しかし、お札を財布から出し入れするたびに、 お金を敬う気持ちを養えるという利点はありま す。お金を貯めるには、こうした小さな行動を 繰り返し、意識を変えていくといいでしょう。  自分が普段、お金をどのように扱っているか 一度確認してみてください。  部屋のあちこちに小銭が散らかっていません か?  財布にしまってあるお札の四隅が折れ曲がっ たりしていませんか?  机の引き出しの中にお札を乱雑に突っ込んで いたりしていませんか?  お金を貯めたいと思ったら、お金が喜んでく れるような環境を身の回りに整えることが大切 です。 「借金」してでも投資 「お金の使い方」と言えば「借金」七重要な要 素です。  私の会社は、創業以来、大きな借金をしたこ とがありません。  これを話すと、色々な人から「素晴らしい」 と言われます。  私には、どこか臆病で物事に対して慎重にな りがちな傾向があり、借金を背負ってリスクを 膨らますことに抵抗がありました。これが無借 金で通してきた理由です。  幸い、借金を必要とする場面に陥ることもな く、無借金経営を継続してきました。ただし、 「もっと若いときに借金をしておけばよかった かな」と思うことはあります。  人からお金を借りられるというのは、十分な 信用があるという証拠です。もしも私に借金を する度胸があったら、借りた資金をレバレッジ として使い、今よりももっと大きな会社を作れ ていたかもしれません。もしそうなっていたら、 今見ている景色とは異なるものが目の前に広 かっていたでしょう。  後悔先に立たず……。今さら何を言っても始 まりませんが、臆病になりすぎて、思い切った コミットができなかったのです。事業拡大を狙 うのであれば、お金を借りるという方法はおす すめできる選択肢のひとつだと思います。  一方、他社からの出資の受け入れについては、 これまでも積極的にお願いしてきました。ただ し、出資の受け入れは借金とは性質が異なるの で、同一視はできません。  借金について考えたとき、当然ながら期限ま でに決められた金額を返済しなくてはならない ため、出資を受けるよりも「お金」に対して真 剣になれるというメリットがあるのではないで しょうか。  何かを成し遂げようと思ったとき、この真剣 さが最後にものをいうと私は考えています。自 分の奥底から「真剣さ」を引き出したいと思う のであれば、思い切って借金をする方法を選ぶ のも間違いではありません。  これまでお金について否定的な意見を色々と 述べてきましたが、未来を切り開くために使わ れるお金(借金)については、私は肯定的な意 見を持っています。 最速で成功する方法は「ブラン ディングカ」を高めること ブランド品を買いあさるのは「生き金」 − 過去に私は、ブランド品を買いあさり、。歩 くブランド″と言われるほどブランド品に囲ま れた生活を送っていました。今振り返ると、 「バカバカしかったな」とも思いますが、当時 の事情を考えると、あれはあれで正しい行動 だったと思います。  あの時期、私がブランド品を買いまくってい たのは、自分がお金持ちであることを世間に証 明するためでもありました。どうしてそんなこ とを証明しようとしたのかというと、周囲から 聞こえてくる声が気になっていたからです。  「20代であんなに儲かっているわけがない。後 ろに金主がいて、あいつは操られているだけ だ」  「本当はお金がないのに、あるふりをしている だけだ」  こんな噂がまことしやかに一人歩きし、誰も 私のビジネスの成功を信じてくれませんでした。  (自分の力でつかんだ成功なのに、誰もそれを 認めてくれない……)  自尊心を傷つけられた私は、ブランド品をこ れでもかというほど買いあさり、自分が〃真の 成功者”であることを証明しようとしていたの です。  当時はインスタグラムがちょうど流行り始め たころでした。その勢いも相まって、ブランド 品をまとった画像を載せるだけで、フォロワー 数とアクセス数が増えるような状況でした。そ れによって自分なりに自尊心を取り戻そうとし ていたのです。  残念ながらその後、偽物ブランドを身にま とって登場する人や、私のようにブランド品を 着飾った画像を投稿するインフルエンサーが増 えるにつれて、その手の人たちには。怪しい” というレッテルが貼られるようになり、ブラン ド品を見せつける手法は廃れていきます。しか し、そうなる前までは、ブランド品で固めた自 分の姿を投稿するだけで、びっくりするほどの 反応が得られたのです。 ブランド品が持つパワー  私か積極的にブランド品を買いあさっていた 背景には、もうひとつの理由があります。  ブランド品を身に着けている自分を見せるこ とで、ビジネス上のメリットを得られたのです。  例えば、取引先の人との交渉が難航している ときに、ダイヤモンドがちりばめられた時計を さりげなく見せるだけで、相手にインパクトを 与え、その後の交渉を有利に進められたりしま した。まだ若かった私にとって、ブランド品は 自らの信用を高めるためのツールのひとつだっ たのです。  ブランド品をこれ見よがしに身に着けている 人は逆にみっともないI。  こんな風潮があるのは知っています。  しかし、実際の世界では、そんな風潮に振り 回されている余裕はありません。すでに述べた ように、ビジネスは市場を奪い合う戦争のよう なものなのです。  その中で有利なポジションを取ろうと思えば、 相手をひるませるための工夫が不可欠になりま す。特にビジネスを立ち上げてすぐのころは戦 力も乏しく、人一倍踏ん張らないと、ライバル たちの餌食になってしまうものです。やはりそ こは弱肉強食の世界ですから、どんな手を使っ てでも生き残りに全力を注がなくてはなりませ ん。  経営者としてはまだ駆け出しの私にとって、 ブランド品はいわば〃鎧”のようなものだった といえます。こうした考えが根底にあったので、 ブランド品で身を固めるという行為は問違って いなかったと思っています。 ブランド品の威力よりもパワフルなも のとは?  ただし今となっては、かつてのような派手な 時計をしたり、ダイヤモンドのネックレスやブ レスレットを身に着けたりすることはありませ ん。ブランド服は着ていても、それをひけらか したりもしなくなりました。ありかたいことに、 ブランド品で身を固めなくても、信用してもら えるようになったからです。  ブランド品で身を固めていたのは、自己顕示 欲を満たすためでもあったのは間違いありませ ん。その証拠に、ある程度有名になり、自己顕 示欲をあまり感じなくなった時点で、一気にブ ランド品に興味がなくなっていきました。人間 の心理というのは、つくづく面白いものだと思 います。今ではブランド品で身を固めている若 者を見ると、「ちょっと痛いな」という目で見 てしまうくらいです。  もちろん自分も経験したことなので批判はで きません。ただし、そう思うようになったのは、 自分が変化した証拠でしょう。  どうしてこの話をしているのかと言うと、世 間での自分の知名度が上がっていくにつれて、 ブランド品のパワーよりも知名度のほうがはる かに勝るという事実に気が付いたからです。そ もそも自分自身に知名度があれば、ブランド品 の威を借る必要はありません。さらに、一から 自分のことを説明する手間も省けます。  要するに、「知名度」というのはそれ自体が ブランドなのです。  私かここで伝えたいのは、「有名になって、 よかった」という話ではありません。  経営者の立場で考えた場合、「知名度」は 様々な場面で大きな武器になるということをお 伝えしたいのです。  「知名度」の持つ圧倒的な力  例をひとつ、紹介してみましよう。  今、私の会社で求人を出すと、際限がないく らいの勢いで応募が殺到します。しかも、優秀 な経歴を持った人たちが関心を持ってくれるの です。  世の中には、年商数兆円、数千億円規模の大 企業がたくさんあります。一方、私の会社はど うでしよう。年商数兆円、数千億円の会社に比 べると格段にランクが下がり、年商数百億円レ ベルの、吹けば飛ぶような会社です。さらに私 の経営する会社の名前を言える人はほとんどい ません。両者には、天と地ほどの差があるので す。  ベンチャーを狙っている人でない限り、年商 数兆円、数千億円規模の企業への就職を目指す のが普通だと考えるべきでしょう。  この点では、私か経営するような中小企業は、 何十年かかっても、大企業に追いつくのは難し い。しかし、何か特別な方法を用いれば、もし かしたら彼らに勝てる局面があるかもしれな い……。色々と考え続けた結果、「社長の知名 度で勝負しよう」というアイデアが生まれたの です。  実際のところ、日本人の誰もが知るような大 企業の中で社長の名前を言えるところはどれだ けあるでしょうか。社名は知っていても、社長 の名前を言える企業はそれほど多くはないはず です。  一方、私の会社には「社長の知名度」という 強みがあります。この点で勝負をしたとき、僭 越ながら大企業よりも私の会社のほうが勝る ヶ−スが出てくるのです。  このように、知名度の力というのはとてつも なく強力なのです。 まずは「フォロワーー万人」を目指そ I う 「起業をしたいけど、原資がない」 「そもそも自己投資をするための資金がない」  こういう悩みを抱えて、何もできずに立ち止 まっている人もいるでしょう。  そのような人たちに私が伝えたいのは、「ど んな方法でもいいのでまずは自分の知名度を上 げてください」ということに尽きます。  私の会社は「知名度」を武器に優秀な人材を 集められるようになりました。このように、知 名度を上げるだけで必ず何かしらのメリットが 得られます。  今なら、ツイッター、インスタグラム、Yo uTube、T・lkTokなど、知名度や影響 力を上げるためのツールがいくらでも存在する のです。しかもそれらのどれもが初期投資ゼロ で始められます。  もちろん私のように、いきなり「青汁劇場」 のような過激なことをやれというわけではあり ません。まずは自分の好きなこと、得意なジャ ンルからスタートして、少しずつ実績を積んで いってください。その作業の積み重ねが知名度 につながっていきます。私白身も実際にそうで した。  どのSNSでもいいので、まずは1万人を目 指してください。1万人を達成できれば、それ なりの知名度があると判断されます。  最初から広範囲に向けてメッセージを発する 必要はありません。それをするのはハードルが 高いですし、多くの人にメッセージを届けるに は時間もかかります。  仮にあなたが経営者として成功をつかみたい と考えているのなら、自分のビジネスの領域に 限定し、まずはスモールサイズでいいので有名 になることを目指しましよう。たとえ業界内で あっても知名度が上がりさえすれば、自分に とってメリットのある出会いは確実に増えます。 会社員も「1万人のフォロワー」がい れば飛躍できる  一方、会社員の方であれば、1万人のフォロ ワーを確保するだけで自らのキャリアバリュー は上がるはずです。  最近の採用の現場では「ツイッターのフオロ ワーは何人いますか」と聞く企業が増えていま す。どの会社も、採用対象者のSNSによる発 信力を重視しているのです。  経営者目線で言うと、SNSのフォロワーが いるということはマーケティングのスキルが高 い可能性を示しており、それだけで評価がしや すくなります。超有名になる必要はありません。 狙うべきなのは、狭い範囲でもいいので知名度 や影響力を上げることです。それが何より自分 のブランドカとなり、価値を上げていきます。  スタート時は苦労するかもしれませんが、そ れでも途中であきらめずにゴツゴツと続けてみ ることをおすすめします。 誰の元にも訪れる「千載一遇の チャンス」をつかむために 「チャンスを逃してしまう人」と「生 かせる人」の違いは何か  あなたがもし、ビジネスで成功したり、幸福 感に包まれた生活をしたいと思っているのであ れば、常に心しておいてほしいことがあります。  それは「優先順位」です。  この意識がないと、成功もできなければ、満 足のいく人生も送れません。  実例を挙げてみましよう。  私のところには、「どうしても三崎さんに会 いたいので、お時間をください。仕事の相談に 乗ってほしいのです」という依頼がしばしば寄 せられます。  最近は多忙のせいでお断りするケースが増え ましたが、以前は実際にお会いして話を聞き、 私なりにアドバイスをしていました。  私はコンサルタントではありませんが、人助 けができればいいかなと思い、ボランティアで 会っていたのです。  「○月×日であれば、時間が取れそうです。ご 都合はいかがですか?」  時間の都合が付きそうな日があると、先方に メールを返します。  ところが、「その囗はちょっと用事があって、 会えそうにありません」という内容の返信をし てくる人がたまにいるのです。  この種の返信を見るたびに、「『どうしても会 いたい』というのはウソだったんだな」と思わ されます。仮にその人が本気で私に会いたいと 思っているなら、「私に会うこと」を優先順位 のトップにしてスケジュールを調整するはずだ からです。  人生には、「千載一遇のチャンス」というも のが存在します。成功したいと思うのなら、こ の絶好の機会を逃すべきではありません。とこ ろが実際には、せっかくのチャンスを無駄にし てしまう人が大勢います。  成功を手にしたいのであれば、転がり込んで きたチャンスにはどんなことがあっても全力で 食らいついていく貪欲さが必要です。私自身も 「これは好機だ」と思ったら、すぐに優先順位 の入れ替えをして、目の前のチャンスをつかみ にいきます。  どんな人にも「今しかない」という絶好の機 会が訪れるときがあります。それを確実につか めるかどうかが成功のカギとなるのです。 優先順位はどう決めればいいか  優先順位に重点を置いたスケジュール作りを するには、「期待値」という視点を取り入れる といいでしょう。  「この予定をこなすと、自分にはどういうメ リットがあるか」  「この仕事は自分の成長につながるか」  こうした観点から、物事の優先順位を決めて いきます。  とはいえ、優先順位をつけるのはそう簡単で はありません。私か思うに、日本人には特に難 しいのではないでしょうか。  私たちは、やはり基本的に律儀なのです。こ れは素晴らしいことでもある一方で、「律儀さ」 という概念に引っ張られすぎてしまう一面もあ ります。そのせいで、一度交わした約束を守ろ うと必死になり、優先順位の思い切った入れ替 えができないという欠点を抱え込んでしまうの です。  約束を守ることは、単眼的に見れば素晴らし いのは間違いありません。ただし、場合によっ ては機会喪失にもつながりかねないのです。  先約よりも大切な用件が急遽入ってきたら、 相手に頭を下げてでも予定をずらしてもらうほ うがチャンスを無駄にせずに済むケースもある でしょう。  自分の人生にとってプラスになりそうな食事 会に招待されたら、仮に先約があっても柔軟に 優先順位を入れ替えて、その場面でより優先さ せるべき物事に時間を費やすべきです。  「成功」のためにはなりふり構 うな 打算は決して悪いことではない  先ほど、「私にどうしても会いたい」と申し 込みながら、あとになって面会を断る人たちの 話をしました。断ったのは、もしかしたら私と 会うよりも優先させるべき事柄があったのかも しれません。  仮にそうであれば、その人は正しい判断をし たと思います。しかし、ただ単に調整可能な予 定を優先させただけならば、「機会の喪失」と 言っていいでしょう。  こんな話をすると、「打算的だ」と眉をひそ める人がいるかもしれません。  しかし、打算的で何か悪いのでしょうか。 「打算的なのはダメ」という発想が強すぎれば、 優先順位を入れ替えることも難しくなってしま います。こうなると、もはや窮屈な感じしかし ません。  とはいえ、こうしたガチガチの価値観に縛ら れた人たちが日本には多いからこそ、そこから はみ出した瞬間、「大多数とは異なる特別な存 在」に昇華でき、簡単に成功をつかめるという メリットがあるのも事実です。この点をしっか りと押さえると、日本ほど成功するのが簡単な ところはないとさえ思えてきます。  日本には昔から存在する慣習が数多くあり、 多くの人たちは、知らず知らずのうちにそれら の慣習に盲従しながら生活しています。そのお かげで争いの少ない平穏な生活が保たれている のかもしれません。しかし、同時に閉塞感や非 効率性、不合理性を至るところで生み出してい るようにも見えます。  そうした非効率性や不合理性を横目に眺めな がら、自分だけ徹底的に合理性を追求していけ ば、驚くほど簡単に他者との競争に打ち勝ち、 成功を手にすることができるはずです。日本の 社会には、こうしたチャンスがあちこちに転 がっています。  それまでの固定観念に疑問を持たず、もしく は持っていても異議を唱えることをしないまま、 「どうしたら成功できるだろうか」と考えてい ても、なかなか壁は打ち破れません。従来式の 古い枠組みの中に閉じこもったまま、成功を収 めるのは実に難しいのです。 「成功するのは難しい」 「社会の目が厳しくて息苦しい」 「世の中は甘くない」  こうした不満を囗にする人がたくさんいます。 しかし私は、「成功するのは難しい」とも、「社 会の目は厳しい」とも、「世の中は甘くない」 とも思いません。そう思ってしまうなら、それ は「井の中の蛙」的な考えです。  もしも本気で成功を手に入れたいのなら、今 すぐに”井の中”から飛び出すことです。周り の目や意見に惑わされず、効率的で合理的な判 断をしながら生きていくように努めてください。 それをした途端、世の中の見え方が変わります。 その段階にたどり着くだけで、すでに成功をつ かみ取る可能性は数倍高まっているはずです。  「成功」に向かって最短距離を走れ  このところの世界的な風潮として、会社経営 をするのであれば、ビジネスを成功させるのと 同時に、社会貢献も盛んに行わなければならな いという。圧”が強くなってきている気がしま す。あたかもそれは、「社会的責任を果たさな ければ、お金持ちになる資格はない」といって いるかのようです。  しかし正直な話として、社会貢献を念頭にお いて起業する人はほぼ皆無と言っていいのでは ないでしょうか。どんな経営者であっても、ビ ジネスを立ち上げたばかりのときは社会貢献を 考えるような余裕はないはずです。仮にそちら に関心を向けているようであれば、逆にビジネ スでの成功は難しいでしょう。  ビジネスで成功するというのは、本来、とて も泥臭いものなのです。「社会のために……」 「世の中がよくなるように……」などという考 えをビジョンとして掲げている会社もあるかも しれませんが、それらのほとんどは建前であり、 問違いなく本音は「まずは稼ぐ」「収益を上げ る」という点にあります。  再度強調しますが、ビジネスは戦争なのです。 表向きはどうであれ、中身に泥臭さがなければ 経営者としては成功できません。しかし、その 泥臭さを表に出した瞬間、世間から一斉に批判 されてしまうケースが多々あります。それをわ かっているから、ほとんどの経営者が本来の中 身を隠し、きれいごとしか言いません。  ビジネスで成功したいのであれば、回り道を しないことです。ビジネスは泥臭いものという 事実を受け入れて、とことん貪欲になる。それ が成功を手にする際の最短距離です。うわべを 飾るためにきれいごとを言っている暇はありま せん。  周りの目を気にせず、目的に向かって一目散 に走ることができれば、ビジネスの世界におけ る領土を素早く獲得できるでしょう。社会貢献 などの。きれいごと”を述べるのは、大成功を 収め、不動のポジションを得てからでも遅くは ないのです。 挑戦しない人には永遠に成功はやって こない  成功をものにするには、挑戦することが欠か せません。それまでの固定観念を突き壊し、新 たな挑戦することなしに大きな成功は望めない のです。  日本の状況を見ていると、挑戦すれば勝てる 確率が高いにもかかわらず、失敗を恐れて挑戦 を避けている人が多いと思います。そもそも、 何かに挑戦すること自体をリスクと捉え、否定 する空気があるくらいなのです。  ただし、私はその風潮がゼロになることを望 んでいません。むしろ、その風潮がより強くな るのを期待しています。なぜなら、そうした社 会だからこそ、競争が激化しない環境が保たれ、 その一方で、挑戦しさえすれば簡単に勝てると いう状況が手つかすのまま残り続けるからです。  「成功」と一概に言っても、どれはどのものを 指すのかは人によって差があるでしょう。いず れにしても、挑戦する人がかなり少ない日本の 社会では、思い切って挑戦さえすれば、挑戦を しない者たちを押しのけて成功する確率は高く なるのです。  周囲の人たちが同調圧力によって萎縮してい るのを横目で眺めながら、人と異なることを恐 れずに、自分を周りから切り離して一生懸命努 力をしてください。たったそれだけで、あなた が成功する可能性は一気に跳ね上がります。 もうひとつ大事なのは「執着心」  成功をつかむために必要なもうひとつの事柄 は、「執着心」です。執念と言い換えてもいい かもしれません。執着心や執念を持つことは、 とても大事です。  成功に対する私の執着心はかなり高いと言え ます。挫折や失敗を繰り返しながらも今の地位 にいられるのは、執着心を絶やさなかったから です。  この執着心の原動力になっているのは、コン プレックスと言っていいでしょう。若くして北 海道から上京した私は、常に劣等感を背負いな がら過ごしてきました。その鬱屈した気持ちの 中でたぎらせていたのは、「いつか見返してや る」という反骨精神だったのです。それがあっ たからこそ、逆境に追い込まれてもくじけるこ となく復活を果たせました。  (今は苦しくてつらいけど、いつか「あの苦労 は無駄じゃなかった」と思えるようになってみ せる)  そう言い聞かせながら、自分自身を支え続け たのです。  どんな逆境にあったとしても、最後まであき らめずに前を向いていれば、確実に何かが変 わっていきます。自分が置かれた状況が変化し ていく様子を一度体験すると、誰もが避けては 通れない逆境への恐怖心は薄らいでいくでしょ う。たとえ逆境に陥ったとしても、それをうま くやり過ごしたあとには、必ずプラスとなる何 かを得られるものなのです。  「少数派」であることは強力な武器で I ある 「学歴がない」 「就職に失敗した」 「失業した」  こうした悩みを抱えている人がいるかもしれ ません。しかし、これらは単に「今の状況」を 切り取っているだけであり、そもそも悩む必要 はないのです。  学歴に関しては、私自身、高校を二度中退し たあと、単位制の高校をどうにか卒業したとい う経歴しか持ち合わせていません。しかしむし ろ今では、「しまった、何で高校なんか卒業し てしまったのだろう」と思うくらいです。  学歴なんかに振り回されず、中卒のままたっ たら、確実に大多数の人と異なる経歴を持つこ とができました。圧倒的少数派である「中卒」 を武器にできたのです。  多くの人たちは「中卒」という経歴をネガ ティブに受け取るかもしれません。しかしそれ は間違っています。世間の大多数の考えに逆行 すればするほど希少価値はどんどん高まり、結 局はそれが「武器」になるのです。  このことにいまだ気づかず、大多数の人と違 うからといって多くの人が悩んでいます。もし も自分が「大多数とは異なる少数派」だと思っ たら、それはあなたが強力な武器を持っている 証だと思ってください。 成功するための時間管理術 お金持ちは「時間の使い方」にド真剣 である  CHAPTER3でも述べましたが、すべて の人に与えられている1日の長さは24時間しか ありません。この中で差をつけるには、この24 時間をいかに効率的に使うかを考えていくこと が重要になります。  成功する経営者の多くは、普段から効率的に 時間を使うように努めています。彼らの関心事 は、いかに時間を無駄にしないかに絞られると 言ってもいいでしょう。ビジネスで成功しよう と思ったら、時間の効率化について絶対に敏感 であるべきです。  成功者やお金持ちと言われている人たちの生 活を見ているとよくわかるのですが、彼らはと にかく「時間」を大切にしています。  大富豪と言われる人たちが、プライベート ジェットで移動するのは、見栄を張ったり、自 慢をしたりするためだけでなく、純粋に「時間 を効率的に使いたい」という気持ちが強いから でしょう。  稼げる力が付いてくると、時間とお金はより 密接な関係を持つようになります。時間を効率 的に使えば使うほど、節約できた時間をお金に 換えていけるのです。 お金では買えない「時間」という価値  私自身、今になって若いころの時間の大切さ を身に染みて実感しています。もしも可能であ れば、若かったころの自分に語り掛けたいくら いです。  「どうして今、一生懸命頑張っていないん だ?」  「英語の勉強を頑張れば、将来絶対に役に立つ とわかっているのに、どうして勉強しようとし ないんだ?」  「自己投資をそっちのけにして、どうして毎晩 飲み歩いているんだ?」  堕落していた生活を振り返るたびに、後悔の 念は一層強くなっていきます。  「あのI囗を返してほしい」  そんなふうに思うこともあるのです。  ただし、いくら過去を悔いてもどうなるわけ でもありません。  10年後、「あのとき、いったい何をやってい たんだろう」と後悔しないためには、今この瞬 間を無駄にせず、1秒1秒を大切にして前に進 んでいくしか方法はないのです。  単なる言葉として知るのではなく、今の時点 で「時間の大切さ」「価値の大きさ」について 身をもって気付けたのは実に幸運であり、私の 将来にとって大きな財産になったと思います。 2億円をかけて行った時間の効率化  度が過ぎている部分があるかもしれませんが、 実際に私か行っている時間の効率化について紹 介してみましよう。  まずは、自分でやらなくていいことは、なる べく誰かにやってもらうようにしています。例 えば、家事に時間を費やしたくないので、掃除 や洗濯はすべて家政婦さん任せです。  時間の効率化を図るため、住居にもかなり気 を配っています。今住んでいる家は、2年前に 引っ越してきました。この家に関しては、すで に約2億円をかけて改装を行っています。より 一層の時間の効率化を図るために、改装によっ て生活のほとんどを自宅で完結できるようにし たのです。  日頃の疲れを癒やすために、私はそれまでサ ウナに出掛けていました。その時間を短縮する ために、自宅内にサウナを完備しています。ま た、お酒を飲むために繁華街のバーに行く時間 も短縮しようと考え、自宅内にバーも作りまし た。もちろん、建物内ですべての仕事ができる よう、オフィス機能も整えています。  これらはすべて時間を効率的に使うためで、 無駄に贅沢をしたいわけではありません。  時間の効率化というテーマからは少し逸れま すが、改装のために2億円もの資金を投入する と決めたのは、この家と自分の相性がいいと 思ったからです。  私は、自分の住む家にこだわりを持っており、 自宅には思い出や物語性を求める傾向がありま す。ここに引っ越してくる前、私は同じ東京都 区内の高級賃貸マンションに住んでいました。 ところが、そこに住んでいる問に国税局に捜査 に入られたりするなど、いいことがまったくな かったのです。私はすぐに相性や運気の悪さを 感じ、次の物件を見つけて引っ越すことを検討 し始めました。色々なところを見て同った結果、 ようやく今の家にたどり着いたのです。  ありがたいことにここに移ってきてからビジ ネスも順調で、YouTubeなどの活動も軌 道に乗ってきました。この場所との相性のよさ を感じた私は、腰を据えるために改装に乗り出 したのです。  このままこの家に住みながら、さらにいいこ とが続いたら、私はこの家を「いい思い出の 家」として買い上げようと考えています。立地 がとてもいいので、市場価格でおそらく30億円 ほどになるでしょう。それぐらいの額をすぐに 出してもビクともしないくらいの基盤を整える ため、日々頑張っているところです。 成功者は運気も味方につけてい る 運気を高める方法  私は”運気”にも注目しています。なぜなら、 運気の良し悪しによって、目の前のチャンスを つかめるかどうかが大きく左右されると考えて いるからです。  運気を高めるために私はしばしば神社やお寺 に参拝します。そこで”運気の調整”をするの です。  参拝と言っても、私の場合、宗教的な意味は ほとんどありません。静かで荘厳な雰囲気の漂 う境内に足を踏み入れて、平穏な気持ちを取り 戻すことが第一の目的です。気持ちが十分落ち 着いたところで、仕事のことや興味を持ってい ることなどについて考えてみます。それをする だけで自分を取り巻く状況が見えるようになり、 運気が上がっていく気がするのです。言ってみ れば、一種の瞑想に近いのかもしれません。  寺社に参拝することの効能について、「科学 的に説明しろ」と言われても、私にはできませ ん。それでも定期的に参拝に出掛ける理由は、 参拝によって「根拠のない自信」が芽生えてく るからです。運気の調整に、特別大がかりな仕 掛けは必要ありません。参拝のような日常の些 細な行動によって十分調整できると私は考えて います。 私が今でも「パチンコ」をする理由  運気の調整の方法として、かなり風変わりな 別の方法を取り入れることもあります。万人向 けとは言い難いかもしれませんが、お伝えして おきましよう。  「最近ツイてないなあ」「調子が悪いな」と感 じたとき、私はパチンコに行くようにしていま す。パチンコをしたことがある人ならわかると 思いますが、正直言ってパチンコで勝つのは難 しく、負けてしまうことがほとんどです。しか し、私はあえてパチンコに負けに行きます。負 けることで”運気の調整”をするのです。  どんなに優秀な人でも、常に成功を収めるこ とはできません。失敗と成功を繰り返しながら 。勝率”を上げていくしかないのです。  気持ちの問題と言われれば、確かにそのとお りだと思います。ただし私の個人的な心理とし ては、パチンコで負けることで、その次に待ち 構えるパチンコ以外の大きな勝負で結果を出す という”願掛け”をしているつもりなのです。 したがって、パチンコに行ったとしても、数千 円しか使いません。仮にここで十数万円使って しまうようなら雑なお金の使い方そのものに なってしまうので、それは絶対に避けます。  パチンコをするというのは、ある種の。おま じない”みたいなものなので、決しておすすめ はしません。あくまでも、成功に対する意識を 強化するための風変わりな例のひとつとして受 け取ってもらえると幸いです。 小さなピンチを故意に作ることで「大 きなチャンス」が巡ってくる’。  パチンコにわざと負けに行くという運気の調 整法を行っているのは、おそらく私の根底に 「ピンチはチャンスに変わる」という考え方が あるからでしょう。「パチンコに行くなんてバ カげている」と思うかもしれませんが、私なり の経験を踏まえた上での方法なのです。  以前の私は、大きなピンチが訪れるとすぐに げんなりして、「もうダメだ」と弱気になる傾 向がありました。しかし数々のピンチを乗り越 えて、それらをチャンスに変えてきた結果、最 近では「ピンチの次にはチャンスがくる」と確 信できるようになっています。自分流のこの法 則を信じ、パチンコに行って”小さなピンチ” を故意に作り出すことで、チャンスを引き寄せ ようとしているのです。  ピンチとチャンスの場面を繰り返していると、 マイナス局面からプラス局面へと変わっていく 潮目が読めるようになっていきます。現時点で は明確な言葉で説明できないのかもどかしいと ころですが、「おっ、来たぞ」という流れを感 じるのです。  おそらくこれも意識の問題なのかもしれませ ん。「必ずチャンスに変えてやる」という姿勢 があると、たとえピンチが起きても、それを チャンスに変えようとするものです。結果とし て、どんな苦境も乗り越えられ、自分にとって 好ましい状況を作り出せます。その状態であと から後ろを振り向くと、欲しいものがすべて手 に入っている。これを繰り返すことで成功が得 られるのです。  「ピンチ」と「チャンス」の入れ替わりをうま く操るには、自分の中に架空の”スイッチ”を 作るといいでしょう。  例えば、ピンチがやってきたと思ったら、架 空のスイッチをオンにして、状況がプラスにな るまでとにかく努力を続けるようにします。そ の後、実際にピンチを乗り越えられたら、それ を成功体験として頭の中にインプットしていく のです。  これを何度か繰り返していくと、ピンチの到 来↓スイッチを入れる↓ピンチを乗り越える↓ チャンスの到来、という流れが徐々に定着して いきます。こうなると、どんな大きなピンチが 訪れようとも、過去の記憶が呼び覚まされて 「次も大丈夫」と思えるようになるでしょう。  ピンチの度合いが大きければ大きいほど、プ ラスに転じたときの跳ね返りは大きくなるもの です。したがって、どれだけ深刻なピンチが到 来しても、恐れる必要はありません。一番大事 なのは、状況が好転する前にあきらめてしまわ ないこと。このことをしっかりと覚えておきま しよう。 成功している人は必ず「先行投 資」をしている 10万円あったら何に使いますか?  もしも今、10万円というお金が突如舞い込ん できたら、あなたなら何に使いますか?  10万円という金額は、大金というわけではあ りません。しかし、決して少額ではないため、 目の前にある10万円をどう使うかを見ることで、 その人のお金に対する姿勢が浮かび上がってき ます。  将来、今以上の成功を手に入れたいと考えて いるのであれば、やはり自分の未来に向けて投 資するのがベストです。興味のある分野の本を 買ってみたり、もしくはスマホしか持っていな いのであれば、パソコンを買ってみたりしても いいでしょう。  10万円をうまく使いこなせる人は、金額が 1000万円や1億円になってもおそらく上手 に使いこなせます。  最悪なのは、「遊びのために使っちやいまし た」というパターンです。しかも、どの遊びに どれくらい使ったのかさえもわからないようで あれば、もはや絶望的と言ってもいいでしょう。  起業をする前の高校2年生のころ、私はいつ も金欠の状態で、少ないお金でどうにかやりく りしていました。  あるとき財布の中身を見ると、千円札が1枚 しか残っていません。「このままじゃ今月は厳 しいな」と危機感を覚えた直後、ふと顔を上げ て辺りを眺めると、パチンコ店が視界に入って きました。  (パチンコで一攫千金を狙ってみるか……)  男子高校生特有の浅はかさに完全に支配され た私は、本来なら年齢的に人店が違法であるパ チンコ店の自動ドアの中に吸い込まれていった のです。  人生初のパチンコ。私は全財産を賭けてみる ことにします。すると、ビギナーズラックに恵 まれたのか、全財産1000円のうち、500 円ほどを費やしたところで大当たりを引くので す。喜んでいるうちに玉はみるみる増え続け、 換金してみると、なんと16万円もの大金になっ ていました。 月商400万円を生み出した1台のパ ソコン  高校2年生の私にとって、16万円はそれまで に見たこともないような大金です。何に使った らいいかわからずに、あれこれと考えを巡らし ました。  このとき、もしもこの16万円を好きなものの 購入や遊びのために使ってしまったら、今の自 分は絶対になかったと思います。  このお金は、天から降ってきたようなものだ から、自分のためになりそうなものを買おう  そんなことをおぼろげながら感じ、パソコン を買うことにしたのです。  結果的に、この決断がすべての始まりとなり ました。  その後、12万円ほどのパソコンを購入し、勉 強しながら少しずつアフィリエイトをスタート させるのです。  この例は極端かもしれませんが、こういう転 機は、誰の身にも周期的に起きているのではな いでしょうか。肝心なのは、その転機を上手に つかむことができるかどうかだと思います。幸 い、私はその転機をつかみ取りました。  パソコンを購入すると、私はそれに完全にの めり込み、その1年後には月に400万円ほど 稼ぐようになります。  別に私に特別な能力があったわけではありま せん。ただ単に転機を無駄にしなかっただけで す。月に400万円を稼げるようになるまで、 「将来、ビジネスで成功できる」と思ったこと は一度もありませんでした。  先ほども言ったように、こうした転機は誰に でも起きています。そしてその転機をつかめた 者だけが、後年「あのときがすべての始まり だった」と語れるのです。  日常の些細な出来事であっても、何かを感じ たらそれを見過ごさずに、少しだけでいいので 深掘りしてみてください。その瞬間は、何の意 味があるのか見えてこないかもしれません。し かしそれが、何年後かに「すべての始まり」に なる可能性は十分にあるのです。 少ない初期投資で始められるビ ジネスとは? リスクの少ないアフィリエイト  本章では、これから起業してビジネスを始め ようという方たちに向けて私なりのアドバイス をしてみたいと思います。  まず、起業の成功率を高めたいのであれば、 すぐに会社を設立するような大掛かりなことを するのではなく、ゼロに等しいくらいの初期投 資で始められるようなビジネスを考えてくださ い。  私かおすすめするのは、やはリアフィリェイ トです。  アフィリエイトというのは、自分で作ったサ イトにアフィリェイトーサービスープロバイダ (ASP)から提供してもらった広告を掲載し、 そこを入り囗にして商品やサービスを購入して もらい、成功報酬を受け取るネット広告のこと をいいます。  このアフィリエイトは、サイトを設置するた めのドメイン代とレンタルサーバー代さえ払え ば、誰でもチャレンジできるので、本格的にビ ジネスを始める前の地ならしの場として最良で す。  ドメインは1000円ほどから買えるものが ありますし、サーバーも数千円程度で借りられ ます。つまり、5000円の初期投資のみで始 められるのです。 高校生で月商400万円をあげた秘訣  すでに触れたとおり、私自身も最初はアフイ リエイトからスタートさせています。  パチンコで手に入れた資金でパソコンを購入 すると、大好きたったオンライングームの『龍 が如く』の攻略サイトを最初に作ったのです。  このサイトに広告をたくさん掲載し、閲覧者 にここから商品やサービスを買ってもらい、成 功報酬を得ていました。  攻略サイトを作るといっても、私自身が攻略 法を編み出して、それをサイト上に掲載してい くわけではありません。当時は無料掲示板が流 行っており、そこに掲載された攻略法を集めて 編集し、自分が運営する攻略サイトに載せてい ただけです。  私のサイトには、基本的にゲーム好きの人た ちが集まってきていたので、ゲームに関する広 告をメインに入れていました。  ゴツゴツと続けていくうちに、アフィリエイ トの仕組みがよくわかるようになり、次のス テップとしてアドアフィリエイトという別の夕 イプのアフィリェイトーサイトも運営するよう になっていきます。気が付くと、私は高校生で ありながら、月に400万円も稼ぐようになっ ていたのです。  こうして資金を貯めていき、高校卒業後に自 分の会社を立ち上げました。起業してからもア フィリェイト事業は伸び続け、いいときには月 3000万円ほど稼げるようになっていました。 これらはすべて、パソコン代12万円、ドメイン 代1000円、レンタルサーバー代3000円 という初期投資から始まりました。           − 失敗しても、その経験は絶対に無駄に はならない  初期投資として大金が必要な場合、どんなに いいビジネスのアイデアがあったとしても、す ぐにそれにのめり込むのは得策ではありません。 仮に借金をして初期投資を確保できたとしても、 うまくいかなかったときには大変な思いをする ことになります。場合によっては、精神的に再 起できなくなってしまう可能性もあるでしょう。  そこまでの大勝負に出る前に、パソコンと 5000円足らずの初期投資で始められるア フィリエイトに挑戦し、地道に自己資金を貯め ていったほうが確実です。  アフィリエイトであれば、仮に失敗しても大 きな痛手は負いません。また、失敗したとして も、その経験は自分の財産になります。 アフィリエイトで得られるもうひとつ のメリットとは  そもそもアフィリエイトには、お金を稼げる というメリットのほかに、ネット広告について 学べるというもうひとつのメリットが付いてき ます。  アフィリエイトに詳しくなっておけば、将来 起業したときに、商品やサービスなどの宣伝広 告を自社でできたり、代理店に任せるにしても より効果的なやり方ができるはずです。  今の時代、何らかのサービスや商品を売ろう と思ったら、ネット広告の力は圧倒的な武器と なり得ます。したがって、仮にアフィリエイト で失敗したとしても、それまでに費やした時間 は決して無駄にはなりません。アフィリエイト を通じて得られた知識はいつか必ず役に立ちま す。  皆さんがビジネスをスタートさせたとき、お そらく広告代理店に宣伝広告をお願いするケー スが出てくるでしょう。このときに広告につい て何も知らないと、広告代理店に大半をお任せ することになってしまいます。  広告代理店に任せてみて、十分な結果が出て いるのであれば、まずは合格です。しかし、必 ずしも成果が出るとは限りません。そうなると、 広告代理店から広告料を自動的に。搾取”され 続け、宣伝コストは膨らむばかりです。  一方、広告の仕組みがわかっていれば、広告 代理店と対等に話すことが可能になり、より効 果的な方法を要求できます。  私の場合、最初にアフィリエイトで成功した おかげで、「すっきりフルーツ青汁」を売り出 すときには宣伝広告を外注に出さずに、自社で すべてを賄いました。これができたのは、高校 時代から熱心に続けてきたアフィリエイトの知 識が蓄積されていたからでした。  それまでの私のビジネスは、自分のアフィリ ェイトーサイトを通じて他社の商品やサービス を売ることでした。そして今度は、他社の商品 を自社の青汁に置き換えて自分たちで売り出し たというわけです。そのおかげで、売上代金だ けでなく成功報酬も受け取れるというダブルイ ンカムに恵まれ、かなり儲けることができまし た。  新商品を開発したばかりで資金力が低下して いた時期に宣伝広告費を大幅に節約できたので すから、非常に心強かったのを覚えています。 失敗から学べば次は必ず成功で きる 何事も一度試してみることが大切  アフィリェイトーサイトを作り始めたとき、 私にとってのハードルは文章を書き上げること でした。その後、自社の商品を販売するために ランディングページ(LP。サイトを訪れてく れた人に最初に閲覧してもらうページ)を作る 際にもPR文を書く必要があり、苦手なライ ティングカの向上を求められました。  サイトやランディングページのためのライ ティングについて言うと、人によって向き不向 きがあるのは事実です。でもどんなに向いてい ない人でも、すぐにあきらめず、経験を積んで いくことで確実に上達していきます。  ゆくゆくは誰かにお願いするにしても、一度 は自分で手を動かしてみることが大事です。ま ずはやってみないことには、何も始まりません。 ある程度、自分でトライした上で、どうしても 苦手だとわかった時点で誰かに任せればいいの です。  先述のネット広告の話と同じで、経験したこ とがまったくなければ、いざ誰かに任せたとき に、良し悪しの判断をつけるのは難しいでしよ う。一方、少しでも勉強した経験があれば、そ れに基づいて自分なりの判断を下していけます。  私自身について言うと、ランディングページ を作るときにかなり勉強したのですが、どうや らライティングはあまり向いていなかったよう です。そこで、あるときから人に任せるように しました。ただし、一時期ではあってもライ ティングの勉強に時間を費やしたことは無駄で はなかったと思います。  何事もそうですが、自分が実際に挑戦してみ たことに関しては、自然と話が理解できるよう になっていくものです。「おおよそこういうも のなのだ」と予測がつくので、誰かに任せると してもポイントだけは押さえることができます。  たとえ精通するまでに至らなかったとしても、 一度試してみたという経験がのちに活きてくる ケースが多々あるのです。  実際にやってみると、儲けに直接つながらな いこともあるでしょう。今の時点で稼げなくて も、のちにリターンをもたらしてくれるかもし れないので、気にする必要はありません。大切 なのは、稼げるかどうかだけを基準にして物事 を判断しないことです。 過去の失敗からは多くのことが学べる  起業に対する私のスタンスは、一度挑戦して、 仮に失敗しても、そこであきらめるのではなく、 失敗した経験から何かを学び取って、次のもの を探せばいいというものです。  成功者と言われる人たちの話を聞くとよくわ かりますが、彼らの多くが最初のチャレンジで 成功をつかみ、現在の地位を築いたわけではあ りません。事実、成功者たちの話で必ず出てく るのは「過去の失敗」の話なのです。そして、 それらの話はどれも示唆に富んでいます。  最初の挑戦で失敗しても、めげる必要はあり ません。むしろ、挑戦したからわかること、失 敗したからわかることが増えるので、プラス面 のほうが多いくらいです。  大切なのは、一度の挑戦であきらめないこと。 そこであきらめてしまったら、失敗したことで 培った経験をすべて無駄にしてしまいます。こ れこそが「真の失敗」です。最初の挑戦がうま くいかなかったら、失敗の原因を考えた上で、 やり方を修正して再挑戦してください。  一度挑戦して失敗した場合、再チャレンジを するのは難しいとあきらめてしまう人もいるか もしれません。こうした結果を回避するには、 スモールビジネスから始めることです。  スモールビジネスとは言葉のとおり、小さな 商売を指します。もしも今、会社に勤めている のであれば、すぐに仕事を辞めようとせず、夜 間や休日の時間を使って小規模でスタートさせ てみるのです。  従業員を雇わず、自分I人だけが携わるス モールビジネスであれば、仮に失敗しても金銭 的なダメージは最小限に食い止められます。そ の一方で、ビジネスに関する経験は積めるので、 再チャレンジの際の成功率は高まるでしよう。 最初の挑戦で完璧に成功する必要はないのです。 小さな失敗経験はのちに必ず役に立ちます。小 さな失敗を繰り返しながら、ビジネスの確度を 高めていければ何の問題もありません。             − 仮想通貨で大失敗した私の例  私自身もこれまでに様々なスモールビジネス に挑戦してきました。当然ながら、すべてにお いて成功を収めているわけでなく、失敗もたく さんしています。試行錯誤を繰り返しながら、 その都度ビジネスの方法を微調整し、やっとの ことで今に至っているのです。  参考までに、実際に私か失敗したヶIスをご 紹介してみましよう。  仮想通貨に対する認知度がまだ低かった 2014年、私はリップルという仮想通貨の取 引所を作っています。仮想通貨の取引所として よく知られているコインチェックが運営を始め る前のことですから、私はかなり早い時期から 仮想通貨に関わっていたことになります。  ところが当時は仮想通貨に対する人々の関心 が非常に低く、せっかく取引所を開いたものの、 売り買いをする人が集まらず、1ヵ月ほどで閉 鎖に追い込まれました。  その後、仮想通貨は世界中で注目され、今で は活発に取引されています。あのまま続けてい れば、おそらく会社は大成長を遂げたでしょう。 しかし、スモールビジネスとして始めたため、 大量の資金を投入せずにひとまず撤退を決めた のです。  この1ヵ月後、シフトチェンジした私は 「すっきリフルーツ青汁」の販売を開始します。 結果的にこちらに力を集中させて大成功を収め たので、仮想通貨の取引所を閉鎖したことは必 ずしも大間違いとはなりませんでした。  私だけに限らず、過去の失敗がのちの成功へ とつながっていくパターンはビジネスの世界で は決して珍しいことではありません。失敗をす ることは決して”悪”ばかりではないのです。 さあ、起業してみよう          I     −  「柔軟性のある目標設定」が一番強い  起業をしたいと考えたとき、漠然とした目標 は設定しておいたほうがいいでしょう。とはい え、目標の中身については細部に至るまで決め ておく必要はないと思います。  用意周到な人の場合、具体的な内容はもちろ んのこと、期限を区切って目標の達成度合いを 設定するケースもあるようです。ここまで徹底 するのは決して悪いことではありません。しか し、私はおすすめしません。  なぜおすすめしないかと言うと、私自身が長 期的なビジョンを設定しない経営者だからです。 これまで経営してきた会社では、資金不足に陥 ることだけは避けたかったのでキヤツシュフ ロー計算書だけは作成していました。しかし、 事業計画はほとんど作ってきませんでした。  目標や長期ビジョンを細かく設定しない理由 は、「未来のことなんて誰にもわからない」か らです。時代の移り変わりは実に早く、それに 伴い市場環境も急速に変わっていきます。その 変化に乗り遅れず、ベストのタイミングで対応 するには、自らの手足を縛りかねない。枠組 み”のようなものを持たないほうが有利です。  目標や計画を厳密に設定してしまうと、どう してもそれを守ろうとする意識が働くので、自 由を奪ってしまうような気がします。  そうは言っても、大きな目標や「将来、こう なりたい」という夢を持つことは大切です。そ の場合、緇かいことは決めずに、大まかな方向 性だけを決めておくといいでしょう。例えば、 「自分の会社を業界I位にする」といった漠然 としたものにしておきます。  大事なのは、世の中に変化が起きたときに、 すぐにそれに対応する柔軟性を残しておくこと です。この姿勢を維持できれば、大まかな目標 を掲げつつ、ベストなタイミングで最良の判断 を下すことも可能になるでしょう。 起業するつもりがあるなら、今すぐに 始めよう  起業するつもりがあるのなら、すぐにでも具 体的な準備を始め、なるべく早いうちに実行す べきです。その際は、すでに述べたように小さ な規模からのスタートを目指します。  起業というのは、何歳で実行に移そうが、必 ず一度は暗礁に乗り上げるものです。そうであ れば、バイタリティに縊れる若いうちにつまず いたほうが、リカバリーがしやすいですし、学 びも多いでしょう。 「起業するのは、社会経験を経てから」と言っ て、起業を先送りにしている人もいるかもしれ ません。そうした考えに固執するよりも、プラ ンがあるのなら実際に起業に向けて動いてし まったほうが得策です。  もちろん、社会経験を積むことは無駄ではあ りません。ただし、例えば社会人となり、会社 員生活を数年経験してしまうと、一定期間とは いえ。会社員”の価値観に染まることになりま す。起業において、それが吉と出る場合もある と思いますが、凶と出てしまうケースも多々あ るのです。その点は覚悟しておくといいでしよ  私の場合、会社員として働いた経験はないの で、ビジネスに関しては比較的まつさらな価値 観の中で自由な発想で起業できたと考えていま す。一般的な常識を知らずに恥をかく場面もあ りましたが、常識に縛られずに思い切った決断 を随所で下せました。  仮に。社会経験が必要”だからと会社に入っ て会社員生活を送っていたら、大半の人だちと 変わらない常識の中に埋もれてしまい、起業を しようとは思わなかったかもしれません。こう した事態が起こり得るので、起業したいと思っ たら、年齢を気にせずにすぐに行動に移すべき です。  他との違いを際立たせ、競争優位性を高めら れれば、ビジネスで勝つ確率は問違いなく高ま ります。他と同じ考えを保ち、目立つことを避 けて周りと同じ行動を続けていたら、いつまで 経っても飛び抜けることはできません。 会社員や学生が起業する際に必要なこ I と  すでに会社員として働いていて、起業を考え ている人は、今の仕事を続けながら、休日や帰 宅後の時間を使って小さなビジネスから始める ことをおすすめします。  起業は、若いうち、早いうちに始めるのがベ ストですが、現実問題として生活費を稼ぐ必要 があったり、家庭を持っていたりするケースも あるでしょう。その場合は、無理をする必要は ありません。会社に勤めながら生活の基盤を確 保しつつ、一方で果敢にチャレンジしていって ください。  ただし、会社勤めをしながらのチャレンジで 忘れてはならない事柄がひとつあります。それ は、「実際に起業するまでの期限」をしっかり と設定することです。  会社勤めをしながら起業を目指すとなると、 切迫感を抱きづらくなるという欠点に見舞われ ます。日々の仕事をこなすことに満足し、毎月 支払われる給料によって。骨抜き”にされてし まうのです。  20代のころから「起業したい」と言い続け、 気が付けば40代後半になってしまったと嘆くの か、それとも信念を貫いて実際に起業にチャレ ンジしてみるのか、すべてはあなたの行動にか かっています。  「あのときに思い切ってやっておけばよかっ た……」  こんな言葉を吐かずに済むように、自分への 戒めとして期限だけは決めておきましょう。  一方、大学生で起業をしてみたいと考えてい る人もいることでしょう。学生起業はかなり浸 透しつつあるので、ぜひチャレンジしてみてく ださい。会社員に比べれば時間的な融通七利き やすいので、起業しやすいという利点もありま す。  先ほども述べましたが、起業する際に社会経 験はいっさい求められません。大学在学中に起 業して成功した人もビジネス界にはたくさんい ます。固定観念に縛られることなく自由な発想 で挑んでいけばいいのです。 何歳からでも遅くない’。  では次に、30代から40代で、会社員生活を10 年以上も続けてきた人が「起業をしたい!」と 望んだ場合はどうでしようか。  これに対する答えはやはり「起業はいつでも できる」というものです。  確かに、若いうち、早いうちに起業したほう が様々なメリットがあります。しかし、だから といってあきらめてしまうのは早計です。  30代、40代の会社員ならば、逆にそれまでの 経験が「武器」になり得るという点を押さえて おくといいでしょう。  先ほど社会経験を積むことは無駄ではないと いう話をしたとおり、10年から20年七会社員と して働いていれば、人脈や実務スキルなどが確 実に身に付いているはずです。これが若い人た ちにはない貴重な武器となります。それをフル に活かして起業にチャレンジしてください。  社会経験がある人には、経験がある人ならで はチャレンジの仕方があり、若者であれば、新 鮮な価値観を大切にし、若さを前面に押し出し てパワープレーをすればいい。それだけの話で す。 確実に効果を上げるための「情 報収集とリサーチ」 商品が先か、マーケティングが先か  商品やサービスを販売するビジネスを起業す るのであれば、「何を売るか」よりも、「どう マーケティングするか」をまず考えるべきで しょう。  ところが、新たに参入する多くの人たちが、 「何を売るか」を先行させてしまいます。元々、 商品やサービスに愛着があって、それにどうし ても依存してしまうのです。  「いい商品を作ったから、絶対に売れる」  その気持ちはわからないでもありませんが、 こうした幻想にとらわれてしまうと、成功は遠 くに離れていってしまいます。  やはり、マーケティングがすべてなのです。 商品やサービスにはどうしても寿命があります。 いくらいい商品やサービスだとしても、進化し たいいものが次から次へと出てくるので、ひと つの商品やサービスに依存していると、淘汰さ れてしまう確率はどうしても高まります。そう ではなく、マーケティングを軸にして、売れる 商品やサービスは何か、それをどう売るのかに ついて真剣に考えていくべきです。  そもそも、オンラインでの商品やサービスの 購入を可能にしているのに、ランディングペー ジを作っていない会社もいまだにあります。も しくは、ネット上のマーケティングについて自 ら学ぼうとせず、広告代理店に丸投げして「売 れるようにしてください」と頼んでいたりする のです。これでは絶対に自社の商品やサービス を売ることはできません。  繰り返しになりますが、何かを販売するビジ ネスを始めようと思ったら、商品やサービスの 内容よりもマーケティングを優先させることが 成功の絶対条件となります。 通販ビジネスにコンサルタントが不要 と言い切る理由  ビジネスの世界には、経営に関する改善点を 探り出し、業績向上のためにアドバイスを行う コンサルタント(コンサル)が存在します。  コンサルを名乗る人たちは通販ビジネス業界 にも進出し、これから通販ビジネスで起業しよ うと考えている人や企業を対象に、自らのノウ ハウを提供しているようです。しかし、率直に 言うと、私は通販ビジネス業界にコンサルは不 要だと思っています。その理由は、彼らのアド バイスやノウハウは経営にとってほとんど役に 立だないからです。  以前、会社を立ち上げたころから一緒に働い ていた同郷の仲間が、独立したいと言い出して、 コンサル業を始めたことがありました。  「三崎がビジネスで成功できるんだったら、自 分にもできる」  どうやら彼は、こんな発想を持っていたよう です。  独立してコンサルになるということは、私た ちが独自に培ってきたノウハウを切り売りする という意味ですから、あまりいい気持ちはしま せんでした。しかし、昔からの仲間という事情 もあり、目をつむりました。  独立後、「通販ビジネスを始めて3年で 130億円の年商を実現したメディアパーツの 元幹部」という触れ込みが力を発揮し、彼の元 にはコンサルの依頼が殺到したそうです。どう やら彼はコンサルとして絶好のスタートを切れ たようでした。  しかし、その状況は長続きしなかったのです。 数年後、たまたま彼と再会したときに話を聞く と、コンサルの依頼はすっかり途絶え、。開店 休業中”とのことでした。  これには、彼本人の力量以外に、しっかりと した理由があります。  事業会社を離れてしまうと、最新の経営に触 れる機会が激減してしまうため、それまで抱え てきた自分のノウ(ウの鮮度が一気に落ちてし まうのです。結果として、彼のコンサル能力は 急激な劣化を免れなかったのでしょう。  どの業界でも変化は急速に訪れます。数年前 にうまくいった方法でもすぐに通用しなくなっ てしまうのです。それを見据え、独自のルート を駆使してノウハウをアップデートできれば、 生き延びていける可能性は高まりますが、それ を怠るとすぐに淘汰されてしまいます。残念な がら、彼は後者でした。  同じようなことは、通販ビジネス業界だけで はなく、他の業界にも言えるのではないでしょ うか。最先端のノウ(ウを持っているのは、や はり事業会社なのです。そうした確固たる考え を持っているため、私の場合、高い料金を払っ てコンサルを頼むことはまずありません。 誰でも利用できて、確実に効果のある 「お手軽コンサル」とは?  では、経営に関するノウハウをどうしても仕 入れたい場合はどうすればいいのでしょうか。 私がずっとI押しているのが、「ツイッター」 の活用です。  ツイッターのアカウントを調べてみると、 様々な業界で優秀な実績を誇る事業会社のトッ プの人たちが情報を発信していることに気が付 きます。ツイッターだからと言って侮ってかか るのは間違いで、彼らの中には実に有益な情報 を提供している人たちがいるのです。  例えば、業界全体に関わる法改止があれば、 それをいち早く取り上げてくれたり、経営に関 する良質な記事が発表されると、それをリツ イートしてくれたりします。  これらはすべて無料で手に入れられる情報な ので、自分が従事するビジネスにダイレクトに 関わる経営者の人たち、自分のコンサル的存在 となり得る人たちのツイッターを厳選してフォ ローすることは非常に有益です。  経営者の中には、ツイッター以外のSNS、 つまりYouTubeやインスタグラム、T・l kTokで情報発信をしている人たちもいます。  しかし、情報入手の目的でこれらのSNSに 登録したり、フォローしたりすることは特にす すめていません。その理由は、これらのSNS がビジネスに関する情報発信に向いていないか らです。  YouTubeやインスタグラム、T・lkT okの場合、コンテンツの中にエンタメ的な要 素が入り込む傾向があります。ビジネスの情報 を得る目的の場合、それがどうしても邪魔に なってしまうのです。したがって、そうした要 素を省きやすいツイッターが最善のSNSとい えます。 競合他社に打ち勝つためのビジネス手 − 法  「すっきリフルーツ青汁」が大ヒット商品に なってから、私は新たな問題に直面するように なりました。  その問題とは、「類似商品の乱立」でした。 従来の青汁を飲みやすい昧にすること自体は技 術的に難しいものではないので、「すっきリフ ルーツ青汁」を真似た青汁が次から次へと生ま れていったのです。  せっかく自分で考えた商品をヒットさせるこ とができたのに、似たような商品が増えたせい で売り上げの低下は免れず、私は頭を抱えてい ました。  ところがしばらく悩んでいるうちに、私は名 案にたどり着きます。  「競合他社が真似てくるんだったら、いっその こと、それらの会社をすべて買収し、自社製品 としてしまえばいいじやないかI・」  我ながら、実にいいアイデアだと思いました。  青汁市場のパイの大きさが私の会社を含めて 3社分あるなら、他の2社を買収してしまえば 市場をほぼ占有することができます。  私か創業した会社にだけ執着し、I社で戦う 必要はないのです。社名は違えども、それらす べての会社を保有し、各社を競わせて市場によ りよい商品を提供していけば、結果的に青汁市 場の拡大にもつながるでしょう。どれだけ激し いパイの奪い合いが起きても、すべて自分の会 社ですから、大きなダメージはありません。  実際に買収を実行してみると、思ったとおり の展開になりました。  私は現在も青汁を販売する会社を何社か所有 しています。表から見ると、ライバル同士で顧 客獲得合戦を行っているように映るかもしれま せん。  しかし、そのうちの数社のオーナーは私なの で、どの会社の青汁が売れても収益は1ヵ所に 集まるようになっているのです。こうしたビジ ネスの手法があることも覚えておくといいで しょう。 SNSを制する者だけが成功す る 勝てるSNS戦略、勝てないSNS戦 − 略  本書を読んでくださっている方の中には、起 業と並行してSNSでの発信力や影響力を高め たいと考えている人もいると思うので、SNS についても述べていきます。  SNSをする場合、最初に目指すべきなのは、 多くの人に認知してもらうことです。そのため には手段を選ぶべきではありません。  今では多くの経営者がYouTubeなどの 動画を通じてメッセージを発しています。しか し、多くの視聴者を獲得しているのは一部の人 たちに隕られています。  彼らの多くの動画がウヶないのは、真面目な 顔をしてきれいごとばかりを言っているからで しょう。誰も面白いと思わない内容をいくら流 しても、視聴者の数は絶対に増えません。そう ではなく、知名度がまだ低い初期のころは、ど んな手を使ってでもいいので、視聴者の目を引 く奇抜な内容の動画を作るべきです。  そうは言っても、ウソやデタラメを垂れ流せ と言っているわけではありません。見てくれる 人が「面白い!」「得した!」と思ってくれる ような動画を提供できるように心がけるのです。 理想とする自分のイメージを確立させていくの は、ある程度の「固定ファン」が自分のチャン ネルに付いてきてからでも遅くはありません。  仮に。客寄せ”のために初期に見せていた 。ギャラ”が気に入らないのであれば、そのイ メージはあとから別のものに上書きできるので、 最初のうちはとにかく認知を広げることを意識 しましよう。  いくら素晴らしい内容のメッセージを発して いても、それを見てくれる人がいなければ、価 値はゼロのままです。やはり、誰かに見てもら わないと意味がありません。  今さら説明する必要もないと思いますが、私 は恥ずかしさも何もかも捨て去って、とにかく 人目を引くために目立つことをやり続けました。 仮に賛否が分かれるような炎上を狙う内容で あっても、法律に触れない限りはやり切ったつ もりです。そこまでして注目を集めていきまし た。  これだけ多くの人がYouTubeのチャン ネルを開設している状況では、ありきたりの内 容を動画にしているだけでは絶対に登録者数、 視聴者数を伸ばすことはできません。したがっ て、最初のうちは多少なりともエンタメ要素、 もしくは奇抜な要素を前面に出しながら、認知 度を上げていくのが得策です。 独りよがりは禁物  さらにSNSについての話を続けていきます。  初期のころは、エンタメ要素、奇抜な要素を 取り入れたほうがいいと言いましたが、気恥ず かしさや慎重さが勝ってしまい、大胆な動画を なかなか出せない人もいるでしょう。誰にとっ ても二線”を越えるのは難しいものです。と はいえ、YouTubeで成功したいと思った ら、その一線を越えなくてはなりません。  現時点で活躍しているYouTuberたち の経歴を調べてみると、過去に何らかの形で炎 上したり、叩かれたりした経験を持っているこ とがわかります。多くの人に存在を知ってもら う過程では、望むと望まざるとにかかわらず、 ネガティブな反応を巻き起こしてしまうことが あるのです。  それを乗り越えていかないと、次のステップ には進めません。仮に炎上したり、激しい批判 にさらされたりしても、真摯な姿勢さえ失わな ければ、それらは次第に過去のものとなり、忘 れ去られていきます。心配しすぎる必要はない のです。  繰り返しますが、法を犯したり、人を傷つけ るような内容の動画を作成するのは避けなくて はなりません。その点だけは押さえつつ、思い 切った内容の動画を作っていけば、YouTu beで成功する確率は問違いなく高まります。  「どのレベルのYouTuberになりたいの か」について考えておくことも大切です。  幅広いテーマを扱いながら、多くの人に知ら れる存在になりたいのか、それとも、自分が属 する業界や特定の興味を持つ人たちの間だけで 影響力を発揮できれば満足なのか。当面のゴー ルを絞ったほうがブレは少なくなるでしょう。  登録者数が1万〜2万人であっても、特定の ジャンルでは非常に強い影響力を持ったYou Tuberたちもいます。たとえ登録者数は少 なくとも、影響力の高さを考えれば、彼らは十 分成功していると言っていいでしょう。  反対にダメなケースは、自分を格好よく見せ るためなのか、きれいごと、絵空事、自慢話ば かりを垂れ流しているYouTuberです。  少し前のことですが、経営ノウハウ伝授の チャンネルを標ぼうしているにもかかわらず、 世界平和や貧困撲滅などの壮大なテーマをくど くどと語っているYouTuberを見かけた ことがあります。動画の内容自体にまったく具 体性もないし、話の内容も面白くなく、見習っ てはいけない典型のようなチャンネルでした。 どれだけきれいごとを並べても、共感を与えら れなければ単なる自己満足でしかなく、意味が ないのです。  YouTubeを始めるなら、見てくれる人 たちのことを常に考えて、楽しんでもらえるコ ンテンツを提供しなくてはなりません。自分の 理想や考え方を一方的に押し付けるだけでは、 誰も興味を示してくれないでしょう。SNS上 で登録者数やフオロワーを増やそうと思ったら、 独りよがりにならないように気を付けるべきで す。 成功する人は「セルフプロ デュース術」を知っている ギャップがあると、人は驚く  ツイッターで「青汁劇場」を行っているとき、 私は女装をして焼き鳥店でアルバイトをしてい たことがあります。あれからすでに2年以上が 経ちました。  あまりにも奇抜な行動だったので、今でも 「当時を振り返ってみて、恥ずかしくなること はありますか?」と聞かれます。これに対する 私の答えは常に変わりません。  「恥ずかしいとは思いません。やってよかった です」  私はいつもこう答えています。  女装をすることで多くの人の関心を集め、認 知を広げていけたのですから、結果的に大成功 でした。  しかも、あれくらい突拍子もないことをやっ ておけば、次に奇妙なことをしても、さほど白 眼視されないというメリットもあります。  さらに言うと、。変人扱い”されている状況 でたまにいいことを言ったりすると、相手に与 えるインパクトはより大きくなるので、プラス の効果を期待できるのです。こうした視点も考 慮しつつ、ギャップを感じてもらえるようなコ ンテンツを作るといいでしょう。  「ギャップ重視」という点では、私が演じてい た「転落劇」は最高のコンテンツだったと思い ます。冷酷な話ですが、人は他人の不幸を眺め るのが大好きです。それまでのイメージである 「金持ちの若手経営者」と「脱税容疑で捕まっ た経営者」の間には大きなギャップがありまし た。この落差に多くの人が引き寄せられたので す。  今後どこかのタイミングで、私は再び失敗を するかもしれません。ただし、一度底辺に落ち た人間に対しては、世間は意外と優しいのでは ないかという気もします。もしそうであれば、 次に失敗したときには「ざまあ!」という声を 聞かなくて済みそうです。  前回、国税局から告発を受けたとき、私には 発信力もなく、一方的に悪者にされてしまった という印象があります。ほとんどの人が一般の メディアで報じられていることを昏矜みにし、 脱税に手を染めた悪人として私を見ていたので す。  決して望んでいるわけではありませんが、再 びバッシングの矢面に立だされるような事態が 起きてしまったとしても、私はもう以前のよう に針の筵に座らされ、一方的に非難にさらされ るようなことにはならないでしょう。  今はかつてと違い、自分の手で築いてきた ソーシャルメディア上での発信源があります。 明らかに悪いことをしたときは正直に謝罪をす るのが当然だと思いますが、そうでないときは 自分のメディアを通じて存分に反論することが できるでしょう。これに関しては、以前と比べ てかなり強くなれたと思います。 人脈に頼るのではなく、あくまでも自 −‐− 分の力に頼るべき  ビジネスの世界では、やたらと人脈作りに精 を出している人がいます。  「○○さんに頼んだから間違いない」  「△△さんと一緒に進める案件だから成功す る」  こう言いながら、人脈を頼りにビジネスに携 わろうとするのは、お門違いです。そもそも 「誰かに頼んだから成功する」なんてあり得な いし、頼んだ相手が他人のためにどれだけ真剣 になって尽力してくれるのかもわかりません。 不確定要素が多すぎるため、人脈の力は当てに ならないのです。  私の場合、自分を必ず主体的な立場に置き、 人手が足りなくなったときにだけ手伝ってくれ る人を探すというスタイルを取っています。  誰にも頼らずに自分でビジネスを行う場合、 仮にうまくいかなくてもすべては自分の責任で す。仮にミスが生じても、責任のなすり合いの ような事態に陥る心配もありません。  このように、ビジネスをする際には自分あり きで考えたいのです。  仮に誰かと組んでビジネスをするのであれば、 頼るよりも頼られる側になりましよう。ある程 度の成功を手にすると、向こうのほうからこち らに近づいてきてくれるようになります。  その際に気をつけなくてはいけないのは、自 分を利用しようとしている人とは付き合わない ということです。その点に注意して、自分に とってプラスになるような人を自発的に選び、 手を差し伸べます。  現在、起業を考えている人が自分の目の前に いるとしたら、「ひとまず人脈のことは忘れま しよう」と伝えたいです。人脈よりも自分の力 を信じてください。自分の能力を伸ばしていく ことのほうが人脈に頼るよりも大切なのです。 調子に乗らない、おごらない  起業後、幸いなことにビジネスが軌道に乗り 始めたとします。このときに最もしてはいけな いことがひとつあります。それは「気を抜くこ と」です。にもかかわらず、それまでの努力を 自分自身で労いたいと思うのか、多くの人が気 持ちに隙を見せてしまいます。  気を抜くこと以上にやってはいけないのが、 調子に乗ったり、天狗になってしまうことです。 儲けが出てきたからといって、急に飲み歩くよ うになったり、自分にはビジネスの才能がある と自惚れてしまったりするようでは、その先の いい結果は望めません。  「努力しなくても、オレは稼げる」と少しでも 思ったその瞬間、その人物は問違いなく落とし 穴にはまります。社会はそんなに甘くないです し、成功を重ねるには常に努力を続ける必要が あるのです。  もうひとつ付け加えると、目立たないように するということ。どういうわけか、成功した途 端、周囲から足を引っ張ろうとする人がどこか らともなく現れます。そうした人たちを寄せ付 けないために、ビジネスが成功したあとは、目 立つようなことをしないほうがいいでしょう。 SNSもせず、派手な格好もせず、控えめな生 活を心がけたほうが絶対に安全です。  そうは言っても、中には「目立ちたい」「周 囲から注目を集めたい」と思う人もいるかもし れません。その場合は、中途半端なレベルでは なく、周囲の人たちが付いてこられないくらい 目立つようにしてください。その域にまで達す れば、誰もちょっかいを出そうとしないはずで す。  成功の秘訣を挙げていったら、それこそ本当 にキリがないと思います。あえてここで強調す るものをひとつ選ぶならば、「おごらない」と いうことでしょうか。この気持ちはとても大事 です。  楽に稼げるとは思わずに、手を抜かず、おご らず仕事に取り組めば、どんな人でも成果を手 にできます。「成功する方法」というと何かと 難しく考えがちですが、実は単にそれを繰り返 すだけなのです。 新しい時代を生き残るためのサ バイバルスキル  「目先の利益を追うな。最後に勝つこ とが大事」  私はこれまで、目先のお金を追いかけすぎる あまり失敗してしまう人たちを何度も見てきま した。成功したいのであれば、まずは目先のお 金を追わないように心がけることです。  「仕事」という枠組みの中では、相手に対して 何かをした見返りとして、「対価を得るのが当 たり前」という感覚が生まれてくるのは十分に 理解できます。  しかし、ここで必要以上に焦ってしまうと、 結果的に。大魚を逸する”ことになりかねませ ん。  実際、取引先の中には、対価を請求すべきか どうかの判断がつきにくいような仕事を頼んで くるところもあるでしょう。しかし、そうした 些細な仕事に対して、いちいち細かい請求をし ていると、相手からは「ずいぶんせせこましい な」という印象を持たれ、あまりよく思われま せん。ここはじっと我慢をして、小さな仕事で あればあえて無償で労力を提供し、恩を売るく らいの気持ちで堂々と構えていてください。  普段から関係を密にしておけば、いつか大き な仕事を依頼されるチャンスは必ず訪れます。 そのタイミングがやってきたときに、シビアな 金銭交渉をするのが正しいやり方です。  それまでに何度も融通を利かせていれば、大 胆な要求であっても相手は簡単には斷れないで しょう。こうした節目の際に「いつも無理なお 願いを聞いてあげているじやないですか」とい う態度を正々堂々と見せればいいのです。  お金に対する嗅覚がないと、こうした戦略は なかなか取れません。事実、目先の小さなお金 にばかり気を取られてしまう人が多いのです。  私がこの手のタイプの人と仕事をするときに は、細かい仕事に関しても、その都度、ポンポ ンとお金を支払うようにしています。その代わ り、大きな仕事を頼む際には「いつもお支払い していますよね」という強気の態度でシビアな 交渉をするのです。  ビジネスといえども、所詮は人の行いに過ぎ ません。  「いつも、よくやってくれているよな」  こう思ってもらえれば、自分にとって有利な 条件を引き出しやすくなるでしょう。  ビジネスで成功するコツのひとつは、普段か ら相手のことを考えて働き、いざというときに 相手に「イエス」と言ってもらえる環境を整え ることなのです。 これからのビジネスの狙い目とは  私か今、注目しているビジネススタイルにP 2c(?ao元ono回目氏)があります。直販 という意味では、これまではD2cがもてはや されていましたが、おそらくこれからはP2c の時代がやってくるでしょう。  D2cとP2cとの大きな違いは、売り手が 企業なのか、個人なのかという点です。企業が 売り手のD2Cに対し、P2Cの売り手は個人 となります。  これまでは、YouTubeやインスタグラ ムなどで活躍するインフルエンサーに企業が案 件を依頼し、商品やサービスを売るというD2 Cのスタイルが主流でした。  しかしこれからは、インフルエンサー自身が 自分の商品やサービスを直接売るのが主流に なっていくはずです。実際、すでにその流れは 定着しつつあり、朝倉未来さんやヒカルさんと いったインフルエンサーが自分のアパレルを立 ち上げて、オリジナル商品を売り始めています。  これまでの物販ビジネスでは、何かを売ろう と思うと、企業は膨大な広告費を覚悟しなくて はなりませんでした。ところがP2Cの場合、 広告費がかからないので高い利益率を得られま す。  広告費を一切かけずに、自分たちの発信力や 影響力だけに頼ってビジネスができるのですか ら、これは実に画期的なことだと言っていいで しょう。これにより、起業の(Iドルはかなり 下がりました。  ただし、いくらハードルが下がったと言って も、P2Cを実際に行っているインフルエン サーたちには、まだまだビジネスについて死角 が多いようです。  例えば、独白ブランドを立ち上げて商品を売 るには、ビジネスモデルを構築し、組織を作る 必要があります。この点を疎かにすると、長期 的に成果を上げるのは難しいでしょう。  現時点では、インフルエンサーと、実務作業 ができる組織がタッグを組んでビジネスを展開 していくのが理想だと思います。  従来のメディアの世界では、スポンサーであ る企業の力が強く、そこの広告に出ているタレ ントなどはスポンサーの顔色を窺っているとい う構図がありました。  ところがこれからはこの構図にとらわれる必 要がなくなります。インフルエンサー自身が広 告塔となり、商品やサービスを売ることが可能 になるので、極端な話をすればスポンサーがい らなくなるのです。  このビジネススタイルは、今後、革命的な力 を発揮し、世界中を席巻していくでしょう。実 際に海外では、著名人が自分のブランド商品を 売り、莫大な富を築き始めています。それほど のインパクトを秘めているのです。  これまでは、大半の人たちが「人気者になり たい」「自分のステイタスを上げたい」という 動機からSNSによる発信力を高めることに力 を入れてきました。  しかし、これからは「発信力」の意味合いや 価値が180度変わります。  今後「発信力」は大きな資産になるでしょう。 高い発信力があれば、誰でも起業できるように なるのです。  SNSの双方向性により、インフルエンサー と直接やり取りできるようになった今、ファン に対する広告効果は格段に高まっています。そ ういう要素も含め、インフルエンサーによるP 2Cには明るい展望しか見えてきません。新た な可能性が万人に開かれる時代がやってきたの です。  あなたもぜひ、インフルエンサーのI人とな リ、自分に合ったビジネスを始めてみてくださ い。  このチャンスを多くの人が活かせるように 願っています。 おわりに 挑戦している姿を見せていき たい  世間では、私のことを「成功した人」として 見ている人もいるようです。しかし、自分の感 覚としては「成功した」とはまったく思ってい ません。  「成功=お金持ち」という等式で見るのであれ ば、もしかしたら私は成功したのかもしれませ ん。  しかし、「お金持ちになること」と「成功」 はまったくの別物です。仮に今の段階で「成功 した」という感覚に浸っているようなら、私は これ以上、成長することはないでしょう。  お金持ちになることを目指していた時期は確 かにありました。しかし、それを実現した今に なっても、「成功した」という気持ちは少しも ないのです。  近い将来、「成功した」と実感するときがあ るとすれば、それは、現在をはるかにしのぐよ うな発信力を身に付けられたときなのかもしれ ません。  これからも私は、自分の発信力を高めていく ために、あらゆることに挑戦していくつもりで す。  これまでの人生の中で、いまだに忘れること ができないのは、脱税容疑で逮捕されたあとの、 SNS上に吐き出された私に対する誹謗中傷で した。  「脱税者死ね」  「犯罪者死ね」  「おまえなんか生きている資格がない」  こうした言葉を浴びせられ、あのころは本当 に生きた心地がしなかったものです。  しかし、これらの言葉に負けることなく、コ ツコツと情報発信を続けているうちに、私を応 援してくれる人たちが出てきました。どん底か ら救ってくれた彼らには感謝しかありません。  今、自分が生きていられるのは、私のツイッ ターやインスタグラム、YouTubeを見て、 応援してくれた人たちのおかげだと言ってもい いくらいです。  あれだけバッシングを受けていた私ですが、 YouTubeのチャンネル登録者数はすでに 45万人を超え、ツイッターのフォロワー数は 134万人、インスタグラムのフォロワー数は 55万人を記録するまでになりました。  ここまでの再起を果たせた自分がこれからす べきことは、「お金持ちの姿」を見せるのでは なく、「あきらめずに挑戦を続ける姿」を見せ ることだと考えています。  この方向に進み、十分やり切ったと感じたと きに、初めて「成功した」と実感できるのかも しれません。  その域に達するまでは、さらに発信力を高め ていき、これまで応援してくれた人に感謝の気 持ちを伝えながら、多くの人たちに少しでもプ ラスのメッセージを届けられるように努力して いくつもりです。  こうした心境に到達できたのも、すべては脱 税容疑で起訴されたからです。  裁判の結果についてはまったく納得していま せんが、あの騒動がもたらしてくれた実りはあ まりにも大きく、うまくチャンスに変換できた という実感があります。  なかでも発信力を高めるためにYouTub eに力を入れるきっかけができたことに関して は、とても幸運でした。これにより、エイベッ クスの松浦勝人会長やトップYouTuber のヒカルさんのようなインフルエンサーの方々 と知り合う機会にも恵まれました。  これからも私は幅広い分野でのチャレンジを 続けていきます。それらはYouTube、新 たなビジネス、旅についてかもしれませんし、 それらとはまったく異なる誰もが考えついたこ とのないような奇想天外のテーマかもしれませ ん。  そんな私の姿を今後とも見届けていただけた ら幸いです。  私は数年前に一冊の本で人生が変わりました。 次は私か誰かの人生を変える番です。  そんな一冊になるように魂を込めて書き上げ ました。  きっと道は開けます。  あなたの成功を心より願っています。               三岫優・へ 三崎優太(みさきゅうだ) 1989年生まれ。北海道出身。実業家、起業家。高 校を二度退学後、パソコンー台で起業し、18歳で株式 会社メディアパーツ(現・フアビウス株式会社)を設 立。2017年に「すっきリフルーツ青汁」が累計1 億3000万個の大ヒット商品となり、年商130億 円を達成。「青汁王子」の異名で注目を浴びる。 2019年に開始した「青汁劇場」はフオロワー 130万人を集め、大きな話題を呼んだ。SNSの フオロワー数は、YouTube登録者数45万人、イ ンスタグラムのフオロワー55万人、ツイッターのフオ ロワーー30万人で累計230万人に支持されている。 現在は投資家として10社以上に出資を行い、年間総額 300億円の売上を誇る。著書に『過去は変えられる』 (扶桑社)がある。