最大化の超習慣_「堀江式」完全無欠の仕事術_堀江貴文 この作品は縦書きでレイアウトされています。 また、ご覧になる機種により、表示の差異が認められることが あります。 一部の漢字が簡略字で表示されていることがあります。 はじめに  世のビジネス書、自己啓発書のたぐいがそうであ るように、本書で述べる数々のメソッドもそのすべ てを一般化できるとは思っていない。  この本を取ってくれたあなたは何歳だろう? 男 性だろうか? 女性だろうか?  年齢も違えば、性別も違う、置かれている環境も 違う。完全な一般化は不可能だ。  しかし、たとえそのまま流用できるメソッドでは なかったとしても、本書に記した内容はあなたが働 き、生きるうえでの充分なヒントにはなりえる。そ の自負はある。  これまで多くの本を出してきたが、ぼくのメソッ ドをここまではっきり、踏み込んで述べるのは初め てだ。  ぼくはいま49歳だ。もうすぐ40代が終わる。  数え年で40歳のことを不惑と呼ぶ。読んで字のご とく、惑わず、である。  40年の歳月を経ることで、心の迷い、惑いは晴れ て、わが身に起こるあらゆる物事を、焦らず弛まず こなせるような境地になる。不惑を字義にそくして 解釈すれば、そんなところだろうか。  ならば、ぼくは不惑にはいまだ程遠い。惑ってば かりだ。日々が試行錯誤である。  ぼくは不惑もままならないまま、じきに40代を終 えて50歳になる。  人生100年時代なんて言葉が飛び交っているが、 とすればいちおう折り返しだ。  本書は柄にもなく、そうした節目を意識して書い た。言ってみれば、現時点のぼくの集大成である。  ぼくと同じく、迷い、惑い、試行錯誤を繰り返す、 あなたに贈る本だ。  あなたが20歳であろうと、30歳であろうと、たと え50歳であろうと、あなたは日々、迷い、惑い、試 行錯誤を繰り返しているはずだ。  そしてそれはきっと死ぬまで続くだろう。だがそ れは楽しむに値する。  仕事に、遊びにと、いままで全力で駆け抜けてき たぼくに言わせれば、人生の奥行きとは底知れない。 言い換えれば、底知れない可能性にあふれている。  いっけん割り切れるようでいて、割り切れない、 それがどうやら人生というものの正体だ。試行錯誤 がぼくを生かす、あなたを生かす。実りある人生と は、つまりそういうことだ。  この過去10年のテクノロジーの進化は凄まじいも のだった。そしてデジタル社会はさらに加速するだ ろう。いまから10年後、世界の様相は一変している はずだ。  20年後ともなれば、その輪郭の一端をつかむこと すら不可能である。  あなたの人生も、この世界も予測不能だ。  とすれば、ぼくやあなたに必要なのは壮大なビ ジョンなんかではない。そんなビジョンはこれから 待ち受けるであろう現実には歯が立だない。  あなたがやるべきことはシンプルだ。  目のまえのI囗I囗をひたすらこなして、楽しむ こと。目のまえの短期目標をひとつひとつクリアし ていくことだ。  長期的目標? いらない。たんなる足かせだ。  実際に着手すべき事柄はいまのなかにある。とい うか、いまのなかにしかない。  ぼくは精神論や根性論が嫌いだ。疲れるからだ。 そして疲れるわりに見返りは乏しい。だれも幸せに ならない。  そうではなくて、あなたやぼくに求められるのは、 思考と理性と行動だ。  そしてその思考と理性と行動は、持続的、永続的 なものでなければならない。試行錯誤は死ぬまで続 くからだ。  持続的、永続的。なにやら大仰だが、つまり習慣 にするということだ。ルーティン化だ。  仕事や人生を成功に導くうえで、なにも特別な才 能やセンスはいらない。  あなたの歩む先には変数が満ちている。その変数 はときとして才能やセンスを無力化する。だからそ れより重要なのは、あなたの手持ちの能力を最大化 することだ。臨機応変に最大化していくことである。  手持ちの能力って言われてもたいしたものは……。 ひょっとしたらそう尻込みするひともいるかもしれ ない。  でもそれは違う。あなたにはあなたの能力がある。 たとえ、ささやかなものだったとしてもちやんとあ る。曲がりなりにもこれまで生きてきたのがその証 拠だ。  ひとはえてして自分の本質的な能力に気づきづら い。なぜなら本質的な能力であるがゆえ、ごくあた りまえのこととして、ごく自然なこととしてそれを 用いているからだ。  あなたにとってのあたりまえは、他者にとっての あたりまえではない。そしてそのささやかな能力こ そがあなたの武器である。  ぼくは本書であなたの能力を、あなたのパフォー マンスを最大化するための、習慣術とでもいうべき ものを明かす。難しい話ではない。たんなる習慣だ。  ぼくがこれまで培った最大化のメソッドとフィロ ソフィーをすべてこの一冊に凝縮した。さきに集大 成と述べたのはそういう意味だ。  あなたの参考になれば幸いである。 アクションとは 習慣である  あなたはいま、仕事や生き方で思い悩んでいるだ ろうか?  思い悩んでいるとして、その悩みは具体的かつ客 観的なものだろうか。  それともその悩みは、漠然とした不安のようなも のであったり、「上司が気にくわない」といった私 情混じりのものだったりするのだろうか。  どっちだろう? あなたが充実した毎日を送るに は、まずその見極めが重要なポイントになる。  あなたの悩みはなんですか?  その問いに、具体的かつ客観的に即答できるのだ としたら心配は無用だ。なぜなら、それはすでにあ なたがアクションを起こしている証拠だからだ。い まある悩みを大いに悩み抜いてほしい。あなたの知 力、思考力、対応力はその悩みを経由して最大化す る。ぼく自身の経験からもそう断言できる。  問題は、具体的かつ客観的に即答できないひとだ。 それはすなわちアクションを起こしていない証拠だ。 なかには、いやそんなことはない、わたしはアク ションを起こしている、と反論するひとがいるかも しれない。  しかしぼくに言わせればそんなものはアクション とは呼ばない。あるいはアクションの認識が間違っ ている。  ぼくがここで述べるアクションとは、「なにか」 を変えようとする、意思と実行のことだ。  アクションを起こせず、燻っているあなた。そう 自覚しているあなた。迷ってばかりのあなた。べつ にフォローするつもりはなく、事実は事実として言 うのだが、そんなあなたは、可能性の宝庫、とも言 える。  だってそうだろ? アクションを起こしていない から燻っているわけで、正しいアクションさえ起こ せれば、必ず「なにか」が起きるのだから。  その「なにか」とともに現れる課題や試練が、あ なたを生かすのだ。それこそが生きがいであり、や りがいなのだ。  あなたの可能性を高め、あなたのパフォーマンス を最大化するには、まずアクションが不可欠だ。そ して言うまでもなく、アクションはあなた自身の手 で起こす以外にない。  頼れるのは自分だけ。単純明快な、あたりまえす ぎる真理だ。  だが、その真理を頭では理解しながら、いつまで も実践できずにいるひとがたくさんいる。ぼくはそ れを実際にこの目で見てきた。そして気づいたこと がある。  それは多くのひとが、「アクション=精神論」と して受け取っているということだ。つまり、アク ションを起こせないのは根性がないからだ、という 解釈をしてしまっている。そして挙げ句には、根性 がない自分はダメだ、と勝手に自己否定に走る。  しかしそれは誤りである。アクションに根性や気 合いは関係ない。根性や気合いに依存した行為は長 続きしない。しんどいからだ。  そうではなくて、アクションとは、習慣なのであ る。持続的、連続的、永続的な習慣のことである。  習慣なのだから、そこにはとうぜん作法がある。  ぼくはいまからその作法について述べていく。ア クションを起こし、やり抜くための作法だ。  もちろんひとにはそれぞれ適性や個性がある。性 差もあれば、年齢の違いもあり、置かれた環境もそ れぞれだ。だから、これから紹介するぼくの習慣術 がそのまま丸ごとあなたにフィットすることはあり えない。ありえないが、ヒントには充分なりえるだ ろう。  いまから述べるのは、いずれも基本的な事柄ばか りだ。あなたなりにチューニングして、取り入れて もらえればと思う。  l`l一l   「アクション=精神論」として受け取つてい   ないか?    自分に正直に つ`    なる習慣  フランスの哲学者アランは名言を遺している。  「幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なの だ」  そのとおりだと思う。アクションから本質が生ま れる。本質はあくまでも事後的に発生するもので あって、本質という抽象はそれ単独で先行的に存在 するものではない。  ぼくは中学生時代、プログラミングに夢中になっ た。よくわからないまま手さぐりでパソコンを使っ ているうちに、多彩な処理システムを構築できるプ ログラミングの魅力にどんどんのめり込んでいった。 それがやがてビジネスにつながり、ぼくはそのビジ ネスでさらに成功を収めるべく野心をたぎらせて いった。  要するに今日にいたるぼくのキャリアは、プログ ラミングとの出合いがすべてだ。プログラミングに 出合わなければ、それはそれでまたまったく別の キャリアを描いていただろう。  あらかじめ目指すキャリアがあって、プログラミ ングに足を踏み入れたわけではないのだ。まずアク ションがあって、結果的にキャリアがある。  アクションを起こさなければ、なにもはじまらな い。  では、あなたにとって正しいアクションとはなん なのか?  答えはシンプルだ。まず自分の胸に手をあててほ しい。そして自分が夢中になれるものはなんなのか。 それを問いかけることからすべてははじまる。  スマホでソシャゲをするのが好き。マンガやアニ メを見るのが好き。アイドルが好き。−あなたが 夢中になれるものはあるはずだ。  ところがそこまで自問して、投げ出すひとが多い。 好きだし夢中になれるけど、やっぱりそれは生産的 ではなさそうだ、そう退けてしまうのだ。  でもほんとうにそうか? ぽんとうにそれは生産 的でないのか?  ビデオゲームが好きなら、ゲーム実況をしてみれ ばいい。noteでその楽しさを記事にするのもあ りだ。あるいはゲームの作り手に同るのはどうか。 アイドルが好きなら、握手会に行くだけではなく、 イベントを企画してそのアイドルを呼んでしまえば、 それはもう立派な仕事である。  なにに夢中になれるのか。自問し、自分に正直に なれ。  自分に正直になれ、とは使い古された言葉だ。で も使い古されているのは時代や環境を超えた普遍的 な正解だからだ。  自分に正直にあろうとするとき、損得勘定を挟む べきではない。先々の生活のことをちまちま考える のもやめよう。そもそも生活というものは無限の変 数に満ちている。先読みして心配したところで意味 はない。生活なんてどうにでもなる。  もし窮したら生活水準をぐんと落とせばいい。知 り合いに頭を下げてお金を借りればいい。ここは日 本だ。最後の最後には公的なセーフティーネットも 用意されている。  あなたがまず身につけるべきなのは、自分に正直 になる習慣である。  ぼくはかつて会社経営にあたって、MBAを取得 したわけでもなければ、経営指南書のたぐいも読ん だことがなかった。ぜんぶ試行錯誤の自己流でやっ てきた。それで一時は時価総額で世界クラスの大企 業にまで成長させた。これがもしあれこれ知識を詰 め込んでからとりかかっていたら、そうはならな かったかもしれない。  頭でっかちになるあまり好機を逃したかもしれな いし、なにより楽しくなかっただろう。退屈なこと をやり続けること以上の苦痛はない。技術やセンス なんていうものは事後的にあとから自然についてく るものだ。  42キロのフルマラソンは大変だ。やり抜くには体 力と精神力を要する。でも100メートル走ならど うだろう。ぼくは走れる。あなたも走れる。だれで も走れる。100メートル走を何度も何度も繰り返 しているうちに、やがて42キロに到達する。だから 遠くを見てはいけない。長期目標はいらないし、そ れはあなたにとって妨げになるだけだ。  ひとは元々、集中力が散漫で、怠け者なのだ。も ちろんぼくにもそういった面はぞんぶんにある。だ からまずは、いけそうな距離まで走ってみること。 いまの自分の足元だけ見て走ろう。  −一 生活はどうにでもなる。損得勘定で自分を 縛つていないか?    「楽しそう」と (j 「楽しい」は    まったくの別物  あなたが夢中になれるものをやる。それが正しい アクションの第一歩だ。  だが一方で、ちまたには「やりたいことの見つけ 方」みたいな本があふれている。  ぼくには理解しがたいのだが、やりたいことがな んなのか、夢中になれるものがなんなのか、その第 一歩でさまよつているひとが多いらしい。  そんな事態に陥るひとにはいくつかのパターンが あると思う。  1つ目は、自分に正直になれていないというパ ターンだ。自分の内面をろくに点検せず、安易にだ れかを真似ようとする。いま世のなかで輝いている ように見える仕事や趣味にだけ限定して、自分のや りたいことを選ぼうとするわけだ。それは違う。  たとえばユーチューバーが楽しそうに動画を配信 しているからといって、あなたがそれと同じ立場や 状況を楽しめるわけではない。あたりまえの話であ る。「楽しそう」と「楽しい」はまったくの別物だ。 そこをごっちゃにするから目が曇る。 「あのひとが楽しそう」なのはどうでもいい。大事 なのはあなただ。あなたのなかにしか選択肢はない。 そしてそこに必ず答えはある。  2つ目は、夢中になれそうなもの、やりたいこと はあるが、どうしたらいいかわからないというパ ターンだ。  そうなってしまう原因はシンプルだ。情報不足で ある。  アクションを起こすのに気合いや根性はいらない。 でも情報は必要だ。  スマホを覗けば膨大な情報があなたに流れ込んで くる。もちろんその情報はあなただけのものではな く、だれもが等しく共有しているものだ。だからた まに、亶]に重要な情報はネットのなかにはないのだ とか力説するひとがいるかそうではない。  それは人間の個性を軽視した考えである。同じ情 報であっても、通すフィルターによって、その意味 合いや価値はがらりと変わる。  ネットのどこかにきっとあなたの背中を押してく れるような、実例や体験談がある。さらには、手の 込んだ動画編集の仕方、目を引くブログ記事の書き 方、はたまた秘境を探検するための手筈、−なん だってノウハウが記されている。もしあなたが将棋 好きなら、オンラインで対局相手をマッチングして くれるサービスだってある。  あなたのやりたいことはいくらでもかたちにでき るし、いくらでも拡張できる。そのためのとってお きの情報なんていうものはない。そんな幻想は捨て ることだ。ごくありふれた情報のなかに解法はある のだと気づいてほしい。  3つ目は、やりたいことを溜め込んでしまうパ ターンだろう。  あれもやりたい、これもやりたい。その精神はい い。でもならばすぐやればいいものを、いまは忙し いからと「いつかやる」タグをつけて脳内に保留し てしまう。そして未処理のままタグを溜め続け、 「いつかやる」はだんだん「やれたら、やりたい」 に変わり、最後には「やりたいことなんて特にない なあ……」と思考停止に陥る。  ぼくはいままでやりたいことはひとつ残らずやっ てきた。23歳で起業し、4年後には東証マザーズに 上場させた。プロ野球界再編のときは、新球団の設 立に乗り出しプロ野球マーケットの活性化を狙った。 そしてニッポン放送とフジテレビを買収し、歴史的 なメディア革命を起こそうと試みた。衆議院総選挙 に立候補し、本気で日本を変えようとも志した。  自覚はないが、ひとに言わせれば、ぼくの行動力 は並みはずれているらしい。だからぼくもできたの だからあなたも、と言うつもりはない。そうではな くて、ぼくはぼくの時間のひとつひとつを最大限に 使ってきたことをあなたに誇りたいのである。そし てあなたもそうあってほしいと思う。  「いつかやる」は機会損失にほかならない。みすみ す自分の可能性をしぼませるだけだ。その意味では、 あなたは明日のあなたを当てにすべきでない。未来 の時間は予測できないからだ。あなたが期待をかけ るのは、今日のいまここにいるあなたである。やり たいことにすぐ手をつけられる、いまこの瞬間のあ なただ。  「いつかやる」ではない。いまやろう。時間に対し てヶチになろう。  わたしには夢中になれるものがないI。そんな ことはありえないのだ。あなたはロボットではない。 人間である。人間であるかぎり趣味嗜好がある。あ なた固有の世界がある。それを強みと呼ぶ。「夢中」 のとば口はすぐ目のまえにあるのだ。 SlI 流行りに飛びつかず、自分の心を点検しよう 4 「一歩先」の思考  夢中になれるものにわき目もふらずのめり込む。 ワクワクする心、高鳴る心に従う習慣をつける。  となると、もうあなたは後戻りできない。ただた だ前進するしかない。そして前進した先になにがあ るのかは神のみぞ知る、だ。あなたもぼくも予見で きない。  でもこれだけは断言できる。  その先であなたを待つのはあなたの「天職」であ る。どのような段階を経て、具体的にどのような場 所に行き着くのかは予見できないが、そうなる。  自分の心に正直に、夢中でやり抜いた結果なのだ から、それはあなたの「天職」としか呼びようがな いのだ。  ぼくの知る書籍編集者に、およそ出版界とは縁の なさそうなゴリゴリの理系学部出身者がいる。  そのひとはもともと無類の読書好きで、大学卒業 後も就職せず、ひたすら読書をむさぼる日々を送っ た。生活費はたまに日雇いアルバイトをするか、知 り合いに借金をするかして工面していたらしい。将 来のことはろくに考えていなかったという。  ただし読書が自分をどこかに導いてくれる、心の どこかでそんな確信は持っていたそうだ。そしてあ るときから雑誌にエッセイを投稿するようになり、 それがきっかけで30歳手前にしてやっといまの編集 職にたどり着いたのだという。  遠回りしたものの、いまは自分の好きな本にかか わって食べているのだから、そのひとにとってそれ はまぎれもなく「天職」だろう。  ぼくは中学生のときプログラミングにのめり込ん だ。教科書を開くひまがあったらひとつでも多くの コードを書きたかったし、実際そうした。おかげで それまで優秀だった学業の成績はガタ落ちだ。  そんな調子で結局どうなったかといえば、23歳で いわゆるIT企業を興し、またたく間に事業は拡大 して、世間で言うところの成功を収めることになる。  あなたが夢中になれるものに向けてのめり込む、 アクションを起こす。それがあなたの人生の正解だ。  ひとたびアクションを起こせば、さまざまな変化 が訪れる。  ワクワクは増すだろう。そして同時に、試練やト ラブルのたぐいも降りかかるようになる。  試練やトラブルが降りかかるのは、あなたのアク ションが確かな力感を帯びてきたことの証拠だから、 気にする必要はない。むしろ歓迎すべき事態として、 あれこれ手を尽くして乗り切ればいいだけの話だ。  乗り切るうえでキモになるのが、合理的な思考だ。 合理的な思考とは、「一歩先」を考えるということ だ。固い言い方をすれば、短期目標の明確な設定だ。 あなたにはそのクセをつけておいてほしい。難しい ことではない。  ぼくは10代のころから、そこだけははっきりさせ ていた。  ぼくは福岡県八女市の田舎町から東京に出たかっ た。しかし親が簡単にそれを許してくれないことも わかっていた。だから必死に勉強して東大に現役合 格した。東大であればさすがに親も引き止めぼしな い。「東京に出る」という短期目的があったから、 取るべき手段(東大合格)はひとつに絞られたので ある。  ぼくが起業したのは1994年だ。そのころはい まと違い、会社を興すにはまだそれなりの設立資金 が必要だった。でもとてもそんなお金は手元にない。 が、世はIT革命の前夜だ。インターネットが世界 を変えるのは間違いない。それに乗り遅れるわけに はいかなかった。だから600万円を借金して資金 にあてだ。その借金(手段)はリスクではない。む しろ機を逸することのリスクのほうが大きい、そう 考えたから迷いはなかった。  壮大なビジョンはいらない。そんなものは実践で は無力だ。  それより「一歩先」を考える習慣である。  「2十一」の状態で、最適な一を見出すのは不可能 だ。でも「2十一=5」と先の結論が見えれば状況 は一変する。なにが必要で、なにが不必要なのかが わかる。いま必要な一は3だ。 SlI 壮大なビジョンなんか無力だ。短期目標を設 定しよう    「点」を打つ習慣が、 ’‥`.) 雑音を遠ざける  いちど起こしたアクションが次のアクションを呼 び、そのアクションがまた別のアクションを呼ぶ。 そうやってやり抜いてはじめて自己実現にいたる。  だから繰り返し述べておく。アクションとは習慣 である。  朝起きて歯を磨く。寝るまえに歯を磨く。歯を磨 くとき、あなたは歯磨きについて深く考えるだろう か。それと一緒だ。  アクションの継続に根性や気合いはいらない。た んに目のまえに立ち現れた事柄に手をかければいい。 遅疑逡巡は無用である。  ぼくが自著などでたびたび引用するスティーブー ジョブズの言葉がある。  有名な「Connecting the dots=点をつなぐ」だ。  スタンフォード大学の卒業式に招かれたジョブズ は、その祝賀スピーチのなかでこう語った。  「未来をあらかじめ予測して、点と点をつなぎ合わ せることはできない。のちのち過去を振り返ったと き、点と点はつながるだけだ。だから、いまやって いることを信じて、実を結ぶと信じて、行動するし かない」  ジョブズはビジネスで「点」を乱打することに夢 中だった。  数えきれないほどの失敗と確執を抱えながら、ひ たすら前進した。ビジネスの世界では最高の栄光と 成功を獲得した偉人かもしれないが、汚点となって いる「点」の多さも、ビジネス史ではトップクラス だろう。  ジョブズは自分の打った「点」の数々が、なんら かの意思に従ったかのように、勝手につなかってい くイノベーティブな現象が楽しくてならなかったの だ。IPhoneで儲けよう’・ とはまったく考え なかったはずだ。  ぼくも事業家として感覚的にわかる。  好き勝手に、夢中で打ち続けた「点」が、思いも かけないかたちでつながり、ビジネスチャンスを描 く瞬間は、たまらなく興奮するものだ。  あなたもどんどん「点」を打つてほしい。どんど ん打つべきだ。  どんどん打つべきだ、とぼくが力を込めるのは、 そうしたある種の無節操に対して非難したがる人間 がいまだにたくさんいるからだ。  「無茶するな」「あれもこれもと手を出さず、腰を 据えろ」「堅実にひとつの仕事をこなせ」と口出し してくる。挙げ句には「好き勝手にやると、ひとに 迷惑をかけるぞ」と説教を垂れる始末である。  そういう相手に、ためしにこう訊ねてみてほしい。 「なにが、どう迷惑をかけるの?」  きっと歯切れのいい回答は返ってこないだろう。 とうぜんだ。なにがいい生き方で、なにが悪い生き 方なのか、一律には決められないからだ。  彼らの非難に根拠はない。たんなる同調圧力だ。 同調圧力はあなたの可能性を阻む。だから抗おう。 といって噛みつくのはダメだ。そうではなく、その 干不ルギーは自分に向ける。「点」を打つ。「点」を 打つ習慣が雑音を遠ざける。  仕事で苦境に陥ったとき、期せずして、思わぬか たちで、過去の人脈や経験に救われたことがあなた にもあると思う。つまり「点」があなたを救ったの である。  あなたがやりたいことをやる。それは無茶でも無 謀でもない。むしろ流動性の高まる現代において、 堅実な生き方とさえ言える。  子どもは「点」を打つ名人だ。  あっちこっちに興味を持ち、夢中でそれをやって いるうち、だれに教えられたわけでもないのに、豊 かな知性や感性を獲得していく。そしてときに周り をあっと驚かせるような突飛な発想を見せる。  あなたのいちばん頼れる先生は、叱られても平気 で「点」を打ち続けた、子どものころのあなた自身 の姿だ。  好き勝手やって申しわけないなんて思うな。そん なのそれこそ、あのころの自分、瑞々しく生き生き していた自分に申しわけない。 SlI 好き放題やりたいことをやろう。それが「堅 実」な生き方だ    運とは、 /○ 単純な「数の論理」  ある経済ジャーナリストから以前に聞いた話だ。  そのひとは長らく、歴史ある大企業の社長たちを たくさん取材してきた。その結果、わかったことが ある。大企業の社長はその座につくまで、ほとんど みんな共通の経緯を踏んでいるという。それは、仲 の良かった上司が社長になった、という経緯だ。  だから大企業に入って出世するためのノウハウは、 とにもかくにも自分の親しい上司を出世させること、 なのだそうだ。大きな組織の体質とはそんなものだ ろう。  日本は大企業信仰が根強い。有名大学の学生の大 半が、就職先としてそこを志望する。高給だし、安 定感があるからだ。もちろんいまや大企業だからと いって安泰という時代ではない。だがそれを言うな らベンチャー企業やフリーランスだって事情は同じ だ。安泰はない。だから大企業信仰の心理も理解は できる。そこに就職すれば、親や親戚も喜んでくれ るだろう。  でも、同じく安泰でないのなら、息苦しい企業組 織のなかで人生を費やすのではなく、自分のやりた いことをやって、つまずいたり、試行錯誤したりす るほうが楽しいのは間違いない。  起業する。インディペンデントで活動する。そう やってぼくの周りで成功しているひとたちはみんな 楽しそうだ。成功したから楽しそうなのではない。 彼ら彼女らはそのまえから楽しそうだった。  成功とひと口に言っても、みんなそれぞれのス トーリーがある。聞くたびに、人生はドラマだなと つくづく思う。その一方で、さっき述べた大企業の 出世ノウハウではないが、こちらにも共通している 事柄がひとつある。それはやり抜く力だ。成功した ひとはみんな例外なく、みずからアクションを起こ し、やり抜いている。  成功には、能力と運が必要だ。  能力とはあなたの個性のことだ。だからあなたが やりたいことをやるべきである。  運とは、あなたの能力に囗が当たるということだ。 運は運である。不可視的な巡り合わせである。なら ば自力ではどうにもならないのだろうか。そうは思 わない。  むかし秋元康さんと会食したとき、「堀江、おま えはもっと本を出せ’・」と檄を飛ばされた。当時す でに著書数は重ねていたが、希代のヒットメーカー から見れば、まだまだ足りないようだった。  秋元さんはそこでピカソの話をしてくれた。なぜ ピカソが世界でもっとも有名な画家になったか? 才能、感性、技術、鍛錬、革新性。専門的な観点か らさまざまな指摘ができるだろう。でもシンプルに、 なにより見逃せないのはピカソが多作だったという 事実だ。  才能や技術だけではなく、15万点とも言われる膨 大な作品を量産しまくったからこそ、ピカソは後世 に残る画家になりえたのだと秋元さんは教えてくれ た。  ぼくはそれを聞いてうなった。多くのひとに自分 のメッセージを届け、のちに残すためには、もっと もっと本を出す必要がある。  そう気づかされてからというもの、ぼくは刊行の ペースもネタのバランスも無視し、思いついたそば から新作を出している。きちんと数えていないがい までは200幵以上にはなっていると思う。おかげ で『ゼロ』(ダイヤモンド社)、『多動力』(幻冬舎)と いったベストセラーも生まれた。  秋元さんのアドバイスというところに重みがある。 秋元さんは押しも押されもせぬヒットメーカーだ。 だがそんな秋元さんでもヒットの裏には数知れない 失敗がある。無残に散ったプロジェクトを数え上げ ればきりがない。  うまくいった仕事は、秋元さんが打ってきた膨大 な「点」のほんの一部なのだ。  秋元さんは、自分のヒットメーカーたるゆえんを 「たくさんやってきただけ」と公言しているが、そ れは謙遜でもなんでもなく、そのとおりなのだと思  優れた作品だからといってヒットするとはかぎら ない。  成功には、事前に推し量れないさまざまなファク ターがからむ。つまり運である。だから、成功だ失 敗だと一喜一憂しても仕方ない。  大事なのは、秋元さんの例からもわかるように、 アクションの母数は多いほどよい、「点」の母数は 多いほどよい、という単純な数の理屈だ。  あなたの運は、あなたの手でキャッチアップでき るのである。 SlI  「運」は自力で手繰り寄せよう    あなたを ア 最大化するのは    「他者の力」である  ヒト、モノ、カネは、動いているところに集まる とはよく言われることだ。  あなたのアクションもとうぜんながらそうなる。 あなたが望もうが望むまいが、やがてヒト、モノ、 カネが集まる。それが社会経済の法則である。  そこでなかんずく重要なのは、ヒトだ。ひとのつ ながりだ。  かつてライブドアという会社を率いていたころの、 いっけん派手なイメージがあるからなのか知らない が、世間は良くも悪くも、ぼくを才気走った人物と して扱いたがる。でもそれは誤解である。プログラ ミングや企業経営の経験値がいくらか長けている程 度だ。  ぼくより頭脳明晰なひとはいくらでもいるし、バ イタリティのかたまりのようなひとにもさんざん出 会ってきた。  そもそもぼくはあなたにかなわない。あなたほど アニメに詳しくないし、あなたほどピアノに打ち込 んだこともない。  人間がひとりでやれることなどたかが知れている。  だからやり抜いて、やり抜いて、やり抜くための 最大の資源は、他者の力なのである。ひとのつなが りを抜きに、あなたの自己実現は不可能だ。  ならばひとを巻き込むしかない。  ぼくはライブドア時代からいままでずっとそう だった。いつもだれかを巻き込んできた。  2018年に設立した通信制サポート校「ゼロ高 等学院」。いまの弊害だらけの学校教育の在り方を どうにかしたい、子どもたちに自由な学びの場を提 供したい、ぼくのその積年の思いを実現できたのは、 内藤賢司さん(ゼロ高代表取締役)はじめ、志をとも にする各分野のエキスパートの力があったからだ。 設立当初はあのホリェモンが学校運営? と懐疑的 な見方もされたが、いまや人学志望者があとを絶だ ない状況だ。  ロケットエンジンの開発事業もそうだ。ぼくは学 生時代からロケットに興味をもち、その種の専門書 や科学雑誌を読み漁っていた。そして念願かなって 34歳のときにロケット開発に着手した。そこからさ らに15年後の2019年、ぼくが出資する宇宙ベン チャー「インターステラテクノロジズ(IST)」 は、全長10メートルのミニロケットを宇宙空間まで 打ち上げることに成功した。囗本の民間企業が単独 で作ったロケットが宇宙空間に到達するのは初のこ とだ。まだまだ道半ば、小さな一歩かもしれないが、 快挙である。そしてここにもキーパーソンがいる。 現在のIST代表取締役である稲川貴大さんだ。I STに入社するまえ、大学院に在籍していた稲川さ んは他社に就職が内定していた。それをぼくが口説 いてISTに引き込んだ。正しい選択だったと思う。 いまや稲川さんは工学技術者としてだけでなく、若 いエンジニアたちを束ねる人望を発揮している。彼 なくして成功街道はなかっただろう。  またぼくはかねてから、和牛肉は日本発の世界水 準の食材ブランドになりえると考えていた。そこで 2016年、和牛の専門レストランとサプライヤー 事業を展開する「WAGYUMAFIA(ワギュウ マフィア)」を立ち上げた。WAGYUMAFIA は創業以来、驚異的なスピードで成長している。こ れはひとえに共同創業者の浜田寿人さんのおかげだ。 ぼくは広告塔を担い、浜田さんが経営の要である トータルプロデュースと海外戦略を司っているのだ。  ぼくはひととのつながりに貪欲だ。これぞと思っ た人物に出会ったら「一緒に仕事しない?」「一緒 にやってみない?」ととにかく口説く。巻き込む習 慣だ。巻き込んでうまくいくときもあれば、そうで ないときもある。もちろん門前払いされることもあ る。巻き込んだ結果、のちに関係がぎくしやくする ことだってとうぜんある。  そんなことを言うとあなたは躊躇するかもしれな い。人間関係で揉めたくないと尻込みするかもしれ ない。でも全員から好かれるようなひとをぼくは信 用しない。自分に正直に生きるかぎり、ソリの合わ ない相手は必ずいるからだ。  躊躇せず、それより可能性に目を向けよう。さっ き述べた、数の理屈だ。アクションは多いほうがい いのだ。  あなたを最大化するのは、他者の力にほかならな い。いま目のまえのそのひとは、あなたにないもの を持っている。  l`lSl   「一緒にやってみない?」と相手を巻き込も   う    「良質な睡眠」 只) なくして    未来はない  ゲームに夢中になるあまり、仕事の期日に追われ るあまり、徹夜で朝を迎える。そんな経験はあなた もあるだろう。徹夜明けはどんな気分だったろうか。 最悪の気分だったはずだ。  いや、そんなことはない、徹夜して作業をやり遂 げて爽快だった、とうそぶくひともいるかもしれな いが、それは自分のバカさ加減を自慢しているよう なものだ。  睡眠不足はあなたから集中力、知力、体力を根こ そぎ奪う。そこに未来はない。  アクションを起こす。やり抜く。それは根性論で はないと何度も述べた。  アクションとは今日明日にかぎった話ではないの だ。1年、2年、5年、10年とそのあいだずっと繰 り返されるべきものである。いちいち消耗していた らいずれ立ち上がれなくなる。  頑張るのはいいが、頑張り方を間違ってはいけな い。 「睡眠負債」という言葉をあなたもいちどは耳にし たことがあると思う。  スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所の初代 所長ウィリアムーデメント教授が提唱した概念だ。 日々の慢性的な寝不足が蓄積すると、本人の気づか ないうちに、脳や体にさまざまな機能劣化が生じる ことが科学的に証明されている。良質な睡眠はあな たが充実した日々を送るうえで、なによりも重視す べき大前提の習慣なのだ。  ひと口に「良質な睡眠」といっても個人差がある。 とにかくたくさん眠ればいいというわけではないら しい。  スタンフォード大学の研究によると、「良質な睡 眠」の目安はこうなる。  @就寝後、30分以内に眠りにつくこと  A夜中に目覚めるのはI同以内  B夜中に目覚めた場合、20分以内にまた眠りにつ   けること  C睡眠時間の85%が布団のなかであること(昼寝、   仮眠は15%以内)  この4つをすべて満たす必要があるそうだ。  ぼくは朝から晩まで予定が埋まっていようが、平 均7〜8時間、最低でも6時間は睡眠を取るように 心がけている。  とはいえ、ごくまれに6時間を切ってしまうこと があるのだが、そうなると頭のCPUはがくんと落 ちる。そのときのぼくはポンコツだ。思考力や判断 力がままならなくなってしまう。  たったひと晩の睡眠不足でそのありさまだ。これ が日常的に続き、睡眠負債に陥つたすえ、あらゆる パフォーマンスが不可逆的に劣化するような事態は 悪夢でしかない。  人間は浅い睡眠(レム睡眠)と深い睡眠(ノンレム 睡眠)を、I〜2時間のサイクルで繰り返す。ノン レム睡眠中に短期記憶は整理され、レム睡眠中に長 期記憶へと固定されるという。要するに、しっかり 眠らないと、思考力や判断力が機能しないどころか、 なにも身につかないのだ。  だからぼくは睡眠コンシヤスが高い。  あなたはどうだろう。それでもI囗3時間眠れば 充分、そういうひともいるかもしれない。確かにそ れでなんの支障もない極端なショートスリーパーと いうのも存在する。でもそれは世界でほんのひと握 りだ。  I囗3時間で充分、という感覚は危うい。脳や体 が機能劣化をきたしたまま、それが本来の自分の状 態だと錯覚している可能性は大いにありえる。ぼく の知るかぎり、仕事のできる人物はみんな、目一杯 遊び、そしてたっぷり眠っている。  さきに挙げた「良質な睡眠」の目安をいまいちど 点検してほしい。  そもそも徹夜で仕事なんてナンセンスだ。そんな 馬力を見せるくらいなら、その仕事を効率的に処理 するための工夫に力をそそぐべきだろう。  いくら工夫しても終わらないというなら、その仕 事はほんとうにその日のうちに片づけなければいけ ないのか、よく考えてほしい。たぶんそんなことは ないはずだ。  その日中に、絶対にやり終えなくてはいけない仕 事なんていうものはごくごくわずかだ。あなたは一 国のトップではないのだ。仕事には軽やかに向き合 おう。なによりそれが次のアクションを導くのだか ら。  −一 機能劣化した自分を放置していないか? ()ハ アイデアの極意は、    脱オリジナリティ  コロナ禍以降、ニューノーマル(新しい常態)な んて言葉がいっとき流行った。ライフスタイルやビ ジネスといった社会構造、社会様式の大きな転換現 象を指す言葉だが、そんなのはなにも最近はしまっ たことではない。  それまでの常識があらだな常識に取って代わる I。歴史とはその繰り返しだったし、21世紀と なって高度なデジタル社会を迎えたいま、ニュー ノーマルがむしろノーマル(日常)である。  ビジネスにおいてもライフスタイルにおいても、 あらゆる多様な価値が生まれ、そして消え、ときに 融合しながら、目まぐるしく流動する。それがぼく らの生きるこれからの世界だ。  年収がどうの、出世がどうの、政府の定額給付金 かどうのと、みみっちいことを言っている場合では ない。ぼくもあなたもこれから生き方の本質を問わ れ続けるのである。つまり、あなたらしさだ。いか にあなたらしく生きて働くか。いやでもそれを問わ れる。  あなたの生きる力、働く力を最大化するうえで、 カギを握るのがアイデアだ。あなたはあなたのアイ デアひとつでどうとでもなる。どうとでもなってし まう。  いまNFT(非代替性トークン)が注目されている。  2021年3月、ツイッター社の元CEOである ジヤツクードーシーが、むかしの自分の初ツイード をNFTとしてオークションサイトに出品したとこ ろ、291万ドル(約3億円)で落札された。とう ぜん世界に驚きが走った。ジヤツクードーシーが出 品したそれは、言ってしまえばただのスクリーン ショットである。ただのスクショにそんな値がつく なんて、1年前にはだれも想像できなかったはずだ。  いまやNFTによって、ドット絵などのアート、 ビデオゲームのアイテム、音楽や動画のデータなど、 だれでもなんでもデジタル空間で自由に売り買いで きるようになった。  まあ、ニューノーマルとかNFTとかはどうでも いい。そこは重要ではない。ぼくがいま伝えたいの はこういうことだ。  ちょっとしたアイデアさえあれば、あなたは自由 に生きていける。パソコンー台、いやスマホー台あ れば、そのアイデアは即座に社会実践できる。たと えばNFTがそうであるように、アイデアそのもの がダイレクトにお金になりさえもする。  そんな風通しのいい世界にあなたは生きている。 その身近な事実を事実として再認識してほしいので ある。  ならば、あなたにとってこれぞ’・ というアイデ アはどうすればひねり出せるのだろうか。そもそも アイデアをつかむノウハウなんてあるのか。  ある。アイデアをつかむには明確なコツがある。 それはなにか?  オリジナリティを追わない、ということだ。それ が第一義だ。  アイデアというとひとは、斬新なものを、奇抜な ものを、いままでになかったものを、と考えがちで ある。しかし、斬新である必要もなければ、独創的 である必要もない。というか、そんなのは無理だ。 あなたは天才ではない。ぼくも天才ではない。  もしあなたがまったく新しいアイデアを思いつい たとする。でもそれは錯覚と無知の産物にすぎない。 あなたが思いつく程度のアイデアはもう過去に、あ るいはいま世界のどこかでだれかが思いついている。  だからオリジナリティを追っても意味はない。オ リジナリティにこだわって、うんうん唸る時間は無 駄だ。大事なのはオリジナリティではなく実現可能 性なのだ。  あなたのまわりをよくよく見渡してほしい。あな た好みの、すでに成功しているモデルがあるはずだ。 それをまず真似するのである。もちろん真似するた めにはアンテナを高く張る意識づけ、習慣づけが最 低限必要なのは言うまでもない。  真似し、学び、実行し、失敗し、チューニングし てリトライする。その試行錯誤のプロセスで、いや でもあなたのカラーが出てくる。  そのカラーがいわば、あなたならではのアイデア だ。あなたがあなたらしく生きて働くための、プラ グマティックなアイデアなのである。   四一鬪II   なにを真似するか? その選択がアイデアだ    「新しさ」とは、 O 「ありもの」の 1    掛け合わせ  あるアイデアがどんなに新しいものに見えたとし ても、ゼロから生まれたわけではない。文学や科学 の領域でもそうだと思う。  アイデアとは思考だ。そして思考は言語である。 言語化されてはじめてアイデアは具体的な輪郭を得 る。ならば言語とはなんだろう? 言語とは先人が 積み上げてきた体系である。だからたとえそれがど んなに斬新な言説であったとしてもレファレンス (参照)はある。ネタ元はある。要するに、過去の 体系を切り貼りして、パッチワークのように再構築 した別アングルの体系にすぎないのだ。  ことビジネスの場面ではなおさらだ。ビジネスに おけるアイデアとは、実現可能性だ。オリジナリ ティという幻想にとらわれると迷走する。  だからあなたが追うのはオリジナリティなんかで はなくだれかの背中だ。あなた好みの分野で、あな た好みの活躍を見せる、そのだれかの手法をトレー スする。なんなら完コピでもいい。  完コピなんてアイデアとは呼ばない? そうだろ うか。  あなたは数あるビジネスの手法からそれを選択し た。選択しようと意志した。その意志をアイデアと 呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。アイデアはあくま で手段であって目的ではない。ならば手ごろである に越したことはないはずだ。  物真似は恥ずかしいという思い込み、無知は捨て るべきだろう。  ビジネスなんて、ありもののバージョンアップ、 ないしは掛け合わせでしかない。  たとえばフェイスブックの成功は、そのことを示 すわかりやすい事例である。  ご存じのとおり、マークーザッカーバーグ率いる フェイスブックはsNsの世界で斷トツのトップ シェアを誇る。だがフェイスブックの前にもsNs はたくさんあった(フェイスブックは2006年に一 般サービス開始)。グーグルによる「o「r{(オーカッ ト)」というサービスがすでにあったし、日本では 「の巴出(グリー)」や「∃E(ミクシイ)」が先んじて 開設されていた。それらに比べ、フェイスブックは かなりの後発なのだ。  そのフェイスブックの最大の発明と言われるのが、 ユーザーの実名登録システムと、「いいね’・」機能 である。だがこの実名登録システム、もとを辿れば サッカーパークが大学生時代、同じ大学に在籍して いたウィンクルボス兄弟が考案したものである。  「いいね’・」もそうだ。ネタ元はある。従来から あったブログのコメント機能がそれだ。「いいね’・」 はそのコメント機能の変形といえる。また、そもそ も「いいね’・」に類似したマーキング機能は他の多 くのSNSですでに搭載されていた。ミクシイの 「足あと」もそのひとつである。  フェイスブックがよそから真似たアイデアはそれ だけではない。きりがないのでもう触れないが、実 名登録システムや「いいね’・」のほかにもたくさん ある。  だからじつはフェイスブックに技術的な目覚まし さはほとんどない。そのかわり他社のアイデア、 サービスを徹底的にトレースした。亶]似しまくった。 その度合い、スピード感が尋常でないのだ。そう やって先人のアイデアに次々と乗っかり、シンプル に機能を積み上げた結果、今日のフェイスブックの 隆盛がある。  2021年10月、フェイスブック社は「メタ」と 社名変更し、ユーザーがアバター(仮想の分身)を 使って交流できるデジタル仮想空間、すなわちメタ バースの構築に本格的に乗り出すことを表明した。 いまメタバースには大手IT企業がこぞって進出し ている。あらだな未来構築に向けて野心をたぎらせ るサッカーパークは、きっとそこでもよそのアイデ アをパックしていくはずだ。  ぼくは世間からイノベーターと評されることがあ る。良くも悪くも新しいことをする人物だと思われ ているらしい。でも、ちっとも新しいわけじやない んだけど? というのがぼくの本音だ。ゼロから、 オリジナルから立ち上げたビジネスはひとつもない。 先行する、ありもののアイデアをぼくなりにマイ ナーチェンジしているだけだ。  宇宙事業にしても、国内ベンチャーとしては物珍 しかったかもしれないが、グローバルで見ればぼく たちよりも早く、巨大資本を備えた企業が市場をつ くつていた。  なにもザッカーバーグばりにパクれ、パックしろ、 とあなたを焚きつけるつもりはない。そうではなく、 あなたのためのアイデアはその辺に転かっている、 むしろその辺に転かっているからこそ価値があるの だとわかってほしい。貪欲で、図太くあろう。 SlI 完コピも、立派なアイデアだ 1− 「所有欲」を抑え、 1− 感度を上げる  物理学者のニュートンはある日、庭の木からリン ゴの実が地面に落ちるのを見て、万有引力の存在の 手がかりをつかんだ。真相は定かでないが、有名な 逸話である。  ニュートンは日がな一日、頬杖でもついて(かど うかは知らないが)、ぼ1つとリンゴの木を眺めてい たわけだ。  ベートーヴェンは散歩が日課だつたというのも有 名な話だ。鉛筆と五線紙をポケットに入れ、ウイー ンの森のなかを歩く。歩きながらふと旋律が浮かぶ と、すかさずその着想を書き留めた。毎日、日中の じつに3〜4時間を散歩に費やしたらしい。つまり 午後はほとんど散歩で終わる。さすが大作曲家だけ あってやることが極端だ。  これが机に座るとなかなかアイデアが出なかった らしい。事実、ベートーヴェンは散歩に適した暖か い季節にたくさん曲をつくっている。  ニュートンもベートーヴェンも天才中の天才だ。 ぼくやあなたが公園のベンチでぼ1つと過ごしても なにも生まれない。周りから不審者あつかいされる のがおちだ。  毎日何時間も散歩していれば足腰は鍛えられるか もしれないが、仕事は間違いなく疎かになるだろう。  ある日とつぜん天啓でも授かったようにひらめく アイデア、そんな唯一無二のアイデアなんてごく一 部の選ばれた人間を除き、あなたもぼくも必要ない。  でも、こうは言える。  アイデアは準備された者の心に降り立つのだと。 天才であろうが凡人であろうがそれはいっしよだ。  ニュートンもベートーヴェンも頭のなかはつねに、 自分の興味、関心に向けられていたはずだ。  なぜ物体は落ちるのか? どんな調べがひとの心 を震わすのか? いつもそこにアンテナを張ってい た。邪魔なノイズの入り込む余地はなかっただろう。 だから瞬時のひらめきをとらえられたのだと思う。  あなたはどうだろうか?  時間、体力、お金。そうした隕られた資源をしか るべき方向に注いでいるだろうか? アンテナは しっかり立っているだろうか? 邪魔なノイズはな いか?  ぼくらの周りにはモノがあふれている。世のなか はぼくらの「所有欲」をつねに刺激するようにでき ている。  ユーチューブを観れば、人気ユーチューバーが楽 しそうに爆買い企画みたいなことをやってこちらの 気を引いてくる。  ネット通販でなにか買えば、続けざまにあれもこ れもとレコメンドが届き、ときにタイムセールとか なんとか称して購入を急かしてくる。それで思わず ポチリとやる。  でもあなたにとってそれはほんとうに必要なもの だろうか。そのガジェットは、そのアクセサリーは、 その文房具は、その時計は、あなたが生きるのに必 要なのだろうか。  たんに所有欲に流されているだけではないのか。  所有欲こそが目を曇らせるノイズの最たるものだ。 ぼくはそう考えている。油断すると、モノにかまけ る時間とお金はそうとうなものになってしまう。  あなたのクローゼットのなかにはもう何年も身に つけていない衣服があるかもしれない。部屋のかた すみでホコリをかぶっている雑貨や記念品があるか もしれない。  もしそうであれば思い切って捨てよう。だってい らないのだから。  ぼくも若いころは人並みに所有欲があった。モノ をいっぱい持っていた。でもあるときに気づいた。 所有欲ば思考の密度を奪う。あれいいな、これいい な、と目移りしているうちに、大切な情報へのアク セスがおざなりになる。  だからぼくはモノをどんどん捨てていった。その 結果、いまやぼくの持ち物は全部あわせてもスーツ ケースひとつに収まる程度だ。  モノを捨てると情報に対する感度が上がる。自分 にとって大事なことがいっそう明瞭になる。あなた もこの感覚をぜひ味わってほしい。アイデアは準備 された者の心に降り立つのである。   四一鬪II   余計なモノは捨て、頭をクリアにしよう    アウトプットが (/一 インプットを 1    兼ねる  アイデアは、すでに生み出されたありものの掛け 合わせだと述べた。掛け合わせのパターンはとうぜ ん多いほうがいい。多ければ多いほどよい。  ネタはあなたの手元にある。スマホのなかにある。 時間の許すかぎリスマホに触れよう。片時も手離さ ずそばに置いておこう。  あらためて言うまでもなく、情報収集においてス マホは万能だ。  ビジネス、カルチャー、事件、あらゆる最新トレ ンドはすべてスマホ経由で届く。もちろんトレント だけでなく、スマホでヒストリーや文脈もいくら だって辿れる。  そのへんに咲いている草花にしても、撮影して検 索にかければすぐに名前や生態が判明する。グーグ ルマップを駆使すれば、世界のあらゆる都市を疑似 旅行できる。ネイティブな外国語も学べるし、複雑 な数式を一発でわかりやすくグラフ化することだっ て可能だ。SNSで世界中のおもしろいひとともつ ながれる。  ぼくのとある知人に小学生になる息子さんがいる。 その息子さんはスマホのサッカーゲームを通じて、 海外の有名クラブで活躍する現役バリバリの日本人 プロサッカー選手と親しくなったそうだ。そのサッ カー選手とはなんの縁もゆかりも面識もなかったが、 いまやオンライングーム上で「ちゃん」づけで呼び 合う仲なのだという。  スマホはあなたにあらゆる情報をもたらす。と いっても、とっておきの、希少価値のある情報なん ていうものは存在しない。それは何度も言っている とおりだ。  希少性はいらない。そこを追っても意味はない。 あなたに必要なのはネタ数だ。掛け合わせのバリ エーションだ。  ぼくはたぶん普通のひとより多くの情報に触れて いる。その自負はある。なにもだれかと機密情報を 交換しているとかそういう意味ではない。ぼくの情 報源はあなたと同じスマホだ。  あなたは会議中にスマホを見るだろうか? ぼく は見る。対談中も見るし、デート中も見る。ぼくは 毎日だれよりも見る。そういう意味だ。  スマホでたいしたことはやっていない。たいした ことなどやりようがない。  仕事をこなす以外は、ふつうのニュースアプリを 見て、あとはツイッターやインスタグラムやフェイ スブックを巡回するくらいである。それがぼくに とっての情報収集だ。これもあなたと同じだ。  ただし、そこで心がけていることが2つある。  まず、興味をひかれた話題についてはかならずア ウトプットするということ。つまりSNSでコメン トをつけるのだ。そのひと手間だけで記憶に残りや すくなる。アウトプットはインプットを兼ねるので ある。しかもそうしてアウトプットしていると、同 じ関心を持つひととの接点が拡かっていく。やらな い手はないだろう。  もうひとつは、ジャンルの食わず嫌いをしないと いうことだ。自分の興味、関心に少しでも付随する 情報は取り入れる。余裕があれば、馴染みのない ジャンルの話題であっても積極的に目を通すのだ。 それがときに、偶発的なひらめきを引き起こす。  ひらめきだけではない。エコーチェンバーの回避 という点でも有意義だ。  エコーチェンバーとは、特定の意見や思考が閉鎖 的に偏るバイアスのことだ。自分にとって心地のよ い話題ばかりに触れていると視野狭窄におちいる。 それを防ぐためにも意識的にジャンルをまたぐ習慣 をつけよう。  スマホの長時間使用はうつの発疱リスクを高める とか、スマホが目のまえに置かれているだけで学習 効果が落ちるとか、さまざまなネガティブな指摘が ある。ただ、いずれも科学的な根拠ははっきりして いない。  スマホ自体に問題があるのではなく、スマホにと らわれて睡眠時間が削られた結果の睡眠不足が、う つ病や学力低下を招くのだとする指摘もある。  ぼくに言わせれば、こうした議論そのものが不毛 だ。スマホぱたんなる道具である。道具であるなら ば使い方ひとつだ。目的意識があれば適切に使いこ なせるだろうし、無目的ならあなたを蝕むガラクタ だ。これはスマホにかぎったことではない。  有用なアイデアはスマホのなかにある。すべては あなた次第だ。  四―U 興味のある話題はSNSでコメントをつけよ    飲み食い、 (4.)  おしゃべりは、    アイデアの源泉  そもそもあなたがアイデアを必要としている理由、 あなたが試行錯誤して働く理由はひとつしかない。 楽しむためである。毎日を充実して楽しく生き、身 近で困っているひとがいればあなたなりに助け、そ うやって日常を楽しさで埋めていくためだ。  もちろん生きていればいやでも不条理や葛藤はあ る。だからなおのこと楽しく生きるべきだろう。  仕事がうまくいっているひとはみんな楽しく遊ん でいる。少なくともぼくの周りではそうだ。時間を 見つけて海や山やゲレンデで思う存分、体を動かす。 夜の街に繰り出し仲間といっしよに食べて飲んで歌  そうやって楽しく暮らしているから、仕事もうま く同る。  仕事がうまく同ってるから、だから楽しいんじゃ ないか。あなたはそう思うかもしれない。それは半 分正解、半分誤解だ。  「楽しく暮らす」↓「仕事がうまくいく」。ここに はちゃんと因果関係がある。仕事でつかえるアイデ アが遊びを通して転がり込んでくるからだ。  あなたにとって有用なアイデア、つまり有用な成 功事例とその手法、それをキャッチするにはアンテ ナを高く張る習慣づけが必要だ。アンテナを高く 張ってネットや書物にアクセスし続ける。ネットや 書物にアクセスし続ける自分をキープしておく。  ただ、ネットや書物ではあくまであなたという限 定されたフィルターがかかる。どこを見ようか、な にを読もうか。アクセスするまえに無意識の選別が 働きがちだ。もちろんそれはそれでいい。それがあ なたの個性だ。とことんやってほしい。  その一方で、フィジカルなアクセスも見逃せない。 つまりひとと会うことだ。あなたはそこで、耳寄り な情報、アイデアを思わぬかたちで手にできる。  ひとと会うといっても、わざわざアポを入れて、 身なりをびしっと整えて、名刺を交換して、みたい なことはしなくていい。そんな堅苦しい相手に会う 必要はない。  あなたにアイデアをもたらしてくれるのは、いっ しよに楽しく食べて飲んでしやべりあえる相手であ る。  ならば、気心知れた上司や同僚とか、大学時代の サークル仲間とかだろうか。それも違う。たしかに 心地いいかもしれないが、それだけだ。ブレイクス ルーはない。  そうではなく、あなたと違う景色、あなたと違う ビジネスについてしゃべりあえる相手とつるもう。  そんなしかるべき相手と気の向くまましゃべって いるうちに、なにかの拍子にアイデアがひらめく。 アイデアが勝手に転がり込んでくる。  他愛ないおしゃべりに花を咲かせ、いつしか恋愛 話になり、あなたの恋愛の悩みに相手の何気ないひ と言が剌さる。そうした体験はないだろうか。それ と同じだ。話し相手がこちらの盲点をついてくれる のだ。  ぼくの経験から言って、ビジネスのさまざまな転 機は、じつはそんなちょっとした雑談から生まれる ことが多い。  ひとと会う習慣。楽しく飲み食いする習慣。それ もアイデアを手にするための大切な作法なのである。  だから少しでもおもしろいひとがいそうな飲み会 には顔を出そう。べつに無理にアルコールを飲まな くていい。その場に加わることに意味があるのだ。 実際に顔を出してみてつまらなければ、そこには二 度と行かなければいいだけだ。  最近は飲み会を敬遠するひとが増えているらしい。 コロナ禍のまえからだ。飲み会はお金、時間、体力 を消費するだけ。生産的でない。そういう考え方の ようだ。  その考え方自体がもはや退屈である。  ぼくらは楽しむために生きている。毎日を楽しみ、 身近で困っているひとがいればあなたなりに助ける。 そうやって日常を楽しさで埋めていく。それ以外に なにがあるだろうか。  刺激的なひとと会って遊ぶ。それに勝る楽しさは ない。その結果、あなたはなにかを手にすることも あるし、なにも手にしないこともある。それでいい のだ。  この本の第1章で述べた、「点」を打つ習慣だ。 アクションの数は多いほうがいい。アクションがな ければはじまらない。楽しまなければなにもはじま らない。  四一闘ll  だれと遊ぶか? そこを見極めよう 4 「お互い様」精神が 1− アイデアを生む  若いっていうのはそれだけで武器だよ、みたいな ことをぼくも若いころ目上のひとからさんざん言わ れた。さんざん言われてうんざりしたが、いまに なってみれば、たしかにそうだな、と実感として理 解できる。  若いうちは、元気よく、気立てよくさえしていれ ば、ほかにダメな点がいくらあってもたいていのこ とはなんとかなる。  あなたが若者で、あれこれうまくいかず燻ってい るのなら、その原因は元気が足りないせいだ。自分 が楽しめることに素直に打ち込んでいるか? それ が元気の源だ。  ぼくは若者と交流するのが好きだ。  趣味のゴルフやエクストリームスポーツをやると きはなるべく若者をメンバーに加える。飲み食いの 場でもそうだ。  彼ら彼女らの等身大の情報は、ぼくのアイデアの 幅を拡げるうえで貴重だ。また体力のある若者と いっしよに体を動かすと、なぜか普段以上のパ フォーマンスを発揮できるから不思議なものである。  若さとはその本人のみならず、周囲にも好影響を およぼすのだ。それが、若さは武器、の真意である。 地位とか実績とかは関係ない。  ぼくのユーチューブチヤンネルのMCを長らく務 めている寺田有希さん。  知り合ったのはいまから10年以上前のことだ。そ のとき寺田さんは大手芸能事務所をクビになって、 フリーの若手女優として再スタートを切っていた。 でも仕事が思うようにいかないらしい。そこでぼく から「ユーチューブのMCをやらない?」と声をか けた。  寺田さんになにか特別な才能を感じたわけではな い。ただしそれまで何度か話す機会があって、人柄 の良さはわかっていた。ぼくとしてはそれで充分 だった。  たまたまユーチューブ配信に本腰を入れようとし たタイミングで寺田さんがそばにいた。MCをやっ てもらえれば、当時ほとんど無名だった彼女のサ ポートにもなるだろう。それくらいの軽い気持ちで 起用したのである。  そして気づけば、寺田さんが加わってぼくのユー チューブチヤンネルもかれこれ9年近くになる。最 初はなんてことのない巡り合わせにすぎなかったが、 もはやぼくにとって彼女はなくてはならない存在だ。  寺田さんも寺田さんで多岐にわたる活躍をするよ うになった。女優業のみならず、いまやオンライン サロンを主宰したり、本を書いてヒットを飛ばした りと話題を振りまいている。  もしあなたが年長者なら、気になる若者には進ん でアプローチしたほうがいい。待つのではなく、あ なたから働きかけよう。サポートしてあげよう。サ ポートといっても、たいそうなことをする必要はな い。  ご飯をご馳走する。仕事に困っているようなら軽 く世話を焼く。あなたにあって、相手にないものを 与えるだけだ。  そうすればきっとなにかいいことがある、とまで は言わない。そんな打算で動いてもつまらないだろ う。あなたは若者から、あなたにない鮮度をもらえ る。それだけで充分な見返りだ。  ただし自慢話と説教はNGである。ただでさえ年 長者のあなたは、若者からつねに気を遣われている。 たとえその目のまえの若者がいくら楽しそうであっ ても、一定の気遣いが働いている。図に乗ってはい けない。嫌われる。  ひるかえって、若者のあなたにはこう伝えたい。  世のなかには、人生経験豊富な「世話好き」が けっこういるものだ。「世話好き」と「お節介」は 違う。余計な口出しをするお節介な年長者とつき 合ってばダメだ。  そうではなく世話を焼くことそのものを楽しむよ うなひとがいる。ビジネスがうまくいっているひと に案外このタイプが多い。  あなたになにかしてあげたくてしかたないのだか ら遠慮はいらない。そんな相手に出会ったらためら わず懐に飛び込もう。  どんどんご馳走になって、どんどん相談しよう。 アイデア、アドバイスのみならず、どこか口利きし てくれることだってある。  ぼくもかつてそうやって目上のひとに助けても らってきた。お互い様なのだ。   l`lSl   世話を焼こう。世話を焼かれよう    リソースを ″`.) ぜんぶ突っ込むのが 1    「合理的」である  アイデアはあくまで手段である。  あなたの自己実現に向けたきっかけにすぎない。 つまり、絵に描いた餅だ。ずっと眺めていてもしよ うがない。  その餅は美味いのか、不味いのか。やってみなけ ればだれもわからない。あとは実行あるのみだ。  あなたが会社員であり、会社のなかで自己実現し たいのなら、ことは単純だ。腕によりをかけてあな たのための企画をこしらえる。想定される反論には 周到な準備をしておく。もしそれで突っはねられた ら練り直してリトライすればいい。  それでもダメなら、残念ながらそこはあなたの居 場所ではない。それがわかっただけでも収穫である。 さっさと転職しよう。  あなたがフリーランスか、あるいは起業を考えて いるとする。  ならば、アイデアの実行にどれだけのリソースを 突っ込むべきだろうか?  リソースとはあなたの、お金、時間、体力、知識、 経験のことだ。それがトータルー00として、いく ら突つ込むか?  そう、100だ。  まあ、最悪のケースをヘッジする意味で、Iくら いは残してもいいかもしれない。お金の不安で判断 力が狂うひともいるだろう。だから日々の最低限の 生活費ぶんだけはプールしておく。  ひとがただ生きるうえで必要なお金なんて微々た るものである。  月々確実に発生するのは、家賃、食費、光熱費、 社会保険料くらいだ。  衣服は数着あれば充分だ。自家用車なんて金食い 虫はもちろんいらない。医療保険にいたっては金を 捨てているようなものだ。ふつうの健康保険にさえ 加入しておけば高額医療費制度だってついている。  あれもこれもと物欲に走らなければ、生活費はい くらでも縮減できる。浮いたぶんはすべて自己投資 にまわす。  一にも二にもデバイスにはこだわるべきだ。高価 でも最新スペックのものを所持しよう。あなたのパ フォーマンスに直結するからだ。  必要なサブスクリプションサービスにも加入して おくべきだろう。そして交際費だ。惜しむと機会損 失になる。  そうしたところに、お金、時間、体力をありった け突っ込む。  それくらいの気合い、覚悟が必要だと言いたいの ではない。ありったけ突っ込むのが合理的なのだ。  アイデアはあくまでアイデアだ。いくら練ったと ころでとうぜん解像度は粗い。実践を経由してあと は鮮明にしていくしかない。  失敗は成功のもと、という諺があるが、厳密には 間違いである。成功のプロセスには不可避的に失敗 (壬フー)が組み込まれているのだ。エラーは、一 段階あがるための跳躍台のようなものだ。  解像度が上がればエラーの正体がつかめる。そう やってあちこち子フーを辿りながら、一定のクオリ ティ(収益化)に到達するのである。  子フーは不可欠だ。しかしエラーでいちいち停滞 していたら、そのぶんコストを食うことになる。お 金、時間、体力をむやみに空費させることになる。  だからあなたの実践においてもっとも重要なのは スピードだ。スピーディに駆け抜けられれば、最終 収支としてリソースの節約になる。  リソースをありったけ突っ込んだほうが合理的だ というのはそういう意味だ。リソースを節約するた めには、リソースを惜しんではいけない。  日々の最低限の生活費ぶんだけプールすると言っ たが、ぼくの本音を言えば、それもいらないくらい だ。お金がなくなったら頭を下げて借金すればいい だけである。  要するに、自分のアイデアにいかに徹底的に張れ るか。そこがポイントだ。どう転ぶかわからないか らこそ張る、張り切る。いっけんリスクがあるよう に思うかもしれないが、そうではない。それがいち ばん現実的でローリスクな方法なのである。 SlI 全投入、最速が、コストを減らす    スマホで yO 「すきま時間」を 1    埋める 「時間がない’・」「もう今週が終わってしまう……」 「期日に間に合わない」  時間に追われ、そう嘆きながら働いているひとは 少なくないだろう。あなたはどうだろうか。  書店を見れば「時間術」「効率化」をテーマにし たビジネス書がずらりと並んでいる。その手の新刊 が毎月続々と出ている。続々と出るのはニーズがあ るからだ。  もっと時間が欲しい、時間を管理したい。その一 念でそうした本を手に取るが、けっきよく解決しな い。相も変わらず新刊が出続けているのはそういう 事情だろう。  みんなが身に染みているとおり、時間に勝る資源 はない。  時間は命そのものだ。どんな大富豪だろうと時間 を買い戻すことはできない。  だからぼくも時間の使い方にはとことんこだわっ ている。  あともう少し時間があればもっとちゃんと仕事を 仕上げられたのに……。  そんな経験はあるだろうか。むしろ日常茶飯事だ ろうか。  ほんとうはもっとできた。そう悔やむのはお門違 いである。時間をかければいくらでもブラッシュ アップできるのはあたりまえだ。  しかしすべての仕事には期限がある。期限内の成 果があなたのすべてだ。あなたの実力だ。ならば 「時間がない’・」「気づくと仕事が山積みだ」と嘆き ながら必死にやって、身も心も削ってより良い成果 を目指すしかないのか。  もちろんそんなことはない。そんな生き方は悪夢 でしかない。馬鹿げた思考停止である。  この世で時間ほど平等なものはない。何人たりと もI囗は24時間だ。  時間は有限だ。有限であるなら、あなたがやるべ きことは時間を費やすことではないだろう。時間術 とかなんとか大袈裟な本を読むことでもない。それ こそ時間の無駄だ。時間に追われないために、あな たがまずやるべきことは明白である。  時間のコスパを高める。つまり時間の密度を高め る。それ以外にない。  そして時間コスパを高めるためのポイントは「す きま時間」だ。  時間がないと嘆いているひとは、このすきま時間 に対する意識が低いのだ。  移動時間、つぎのアポまでの空き時間、相手が遅 刻している時間、ランチを注文してテーブルに届く までの時間、病院での診察の待ち時間。  予定と予定のあいたには必ずすきまがある。ぼく らの囗常はすきま時間だらけだ。5分、10分、15分。 その細切れの時間を合計するとI囗でそうとうなも のになる。  あなたはすきま時間を文字どおり、すきまとして 無為に過ごしていないだろうか。  アプリゲームをやったり、なんとなくヤフー ニュースを眺めたり、ぼ1つと放心したりしていな いだろうか。そうやって時間を無駄にしたあげく時 間に追われ、仕事も遊びも家族サービスもままなら なくなるなんて滑稽だ。  すきま時間でデートはできない。家族サービスも できない。  でも仕事はできる。すきま時間はぜんぶ仕事の夕 スクで埋めてしまえ。  そのためには、とにもかくにもスマホだ。スマホ を最大限に活用する必要がある。  いまや大半の作業はスマホで処理できる。処理で きないと思っているひとがいるとすれば、それぱた んなる無知である。  さまざまなアプリがあり、その機能も日々進化し ている。文書作成、画像加工、予算管理、発注作業、 受注作業、なんでもそのポケットのなかのスマホー 台で片づく。  実際、ぼくはもう長いことパソコンは開いていな い。どうしてもパソコンが必要な業務はスタッフが こなしているという側面もあるが、ぼくはかなり込 み入った作業であってもスマホで処理している。処 理できるのだ。  あらゆる仕事をスマホでこなす。その習慣を身に つけよう。  いまだに日々パソコンと向き合っているひとは、 最初のうちは抵抗があるかもしれない。でもそんな のは慣れの問題にすぎない。オフイスにいようがど こにいようが、極力パソコンには頼らないこと。ス マホをあなたの仕事机にするのだ。  それができるかできないかで、時間コスパに決定 的な差が生まれるのである。   四一闘ll   「すきま時間」を放置して、追い詰められて   いないか?    仕事は、 ア 細切れに 1    「タスク分割」する  ぼくは毎日、分刻みのスケジュールを過ごしてい る。  日中は分刻みで仕事をこなし、夜になったらウマ の合う仲間だちと飲んで食べてたっぷり遊ぶ。そん な暮らしだ。  すきま時間を徹底的に利用することで、夜遊びの 時間も確保しているのである。  ぼくがすきま時間を有効化するうえで心がけてい るのは2点だ。  ひとつは仕事を細切れに分割すること。  あなたが同時に複数の大きな仕事を抱えていると する。その場合どうやって処理するだろうか。  重要度の高い仕事から処理するだろうか。大きな 予算が動くとか、相手が上客だとか、そういう案件 だ。それとも期日の迫っている仕事から片づけてい くだろうか。  ぼくはそのどちらでもない。  優先順位はつけず、同時並行でこなしていく。  1つの仕事を1つの瑰として扱うのはNGだ。そ うではなく、あの仕事もこの仕事も細切れに分割し て扱う。  細切れに分割しておけば、すきま時間の程度に よってその都度そこにふさわしいタスクを当て込む ことができる。あらゆるすきま時間を隈なく使える わけだ。  これが1つの仕事にかかりっきりになってしまう と、細切れのバラ壬アイが乏しくなるぶん、そうし た融通が利かなくなる。だから複数の仕事を同時並 行でこなすほうがだんぜん効率的なのである。  たとえばぼくの場合で言えば、自著の原稿チェッ クはよほどの余り時間がないかぎり、I章ごとに処 理していく。イベントの下準備なども、あれこれ思 い悩むまえに、目先のすぐ手のつけられるタスクか ら随時、スタッフにぽんぽん指示を送る。  1つの仕事を一気にまとめてやろうとすると、と うぜんほかの仕事が圧迫される。圧迫された結果が 「もう期日まで時間がない’・」という事態を招くの である。  ぼくは複数の仕事を細切れに進めるので、期日が 迫ってあたふたするような仕事というもの自体がそ もそも存在しない。  仕事においてなにより大事なのは時間に追われず、 かつクオリティの高いパフォーマンスを示すことで ある。  だから案件の重要度が高かろうが柢かろうが、そ こに優先順位なんてものはない。期日までにしっか りやり遂げればいいだけの話だ。  複数の仕事を同時並行で進める。要するに、いわ ゆるマルチタスクである。  マルチタスクと言うと、とたんに渋い顔をするひ とがいる。  これをやって、あれをやって、またこれをやって、 あれをやる。そんな器用なことはできない、頭が混 乱してしまう、というのがその言い分だ。  でもあなたがやっている仕事はそんなに難易度の 高いものなのだろうか。ちょっと作業が途切れただ けで頭が混乱するほどクリエイティブなものなのだ ろうか。  アーティストとか芸術家とかであれば別だが、そ れ以外はまずそんなことはないだろう。  仕事というものはだれにでもできるように設定さ れているのだ。でなければ社会は同っていかない。  それでも難易度の高さを感じているというのなら、 その難易度の原因はなんだろうか。きっと仕事その ものではないはずだ。  仕事そのものではなく、仕事を取り巻く状況にあ なたは苦悶しているにすぎない。  そう、時間だ。あなたはただ時間に追われている だけだ。  仕事を細切れに分割しておく。そしてそのタスク をI個ずつ片づけていく。シンプルの極みだ。  それが、マルチタスクというものの正体である。  混乱するどころか、むしろ頭のなかは整理される。 頭のなかが整理されれば集中力も増す。あなたのパ フォーマンスは最大化する。メリットしかない。 SlI 仕事に優先順位をつけるな。同時並行で効率 化しよう    「すきま時間」の Q) まえに、 1− 処理タスクを    決めておく  1つの仕事を1つの瑰として扱うのではなく、細 切れに分割してタスク分けする。  そうしてタスクのバラ壬アイをつくっておけば、 すきま時間の程度によってそれを振り分けられる。 すきま時間を隈なく有効利用できる。  そうやって複数の仕事を同時並行でこなすマルチ タスクこそ、時間コスパを最強にするすべである。  マルチタスクといっても構える必要はない。力む 必要はない。なぜなら、あなたはすでにマルチタス クに慣れているからだ。  あなただけではない。だれもが例外なくすでに慣 れている。  自宅で夕食のカレーを煮込んでいるあいだ、気に なっていたドラマをファイヤーTVで眺める。眺め ながら、手元でSNSを見てコメントをつけたり、 リツイートしたりする。ラインでメッセージが届く。 それに返信する。返信してからまたドラマを眺める。 そしてそろそろかなと、コンロにかけたカレーの具 合を確かめるI。  これだってれっきとしたマルチタスクだろう。  気まぐれな幼児の相手をしながら、洗濯して、掃 除して、献立を考え、台所に立つ。子育てにいたっ てはマルチタスクの最たるものである。  現代人はみんなマルチタスクの時間を生きている。 マルチタスクに順応している。仕事にかぎってそれ ができないわけがない。  仕事を細切れに分割する。それがすきま時間を最 大限に有効化するためにぼくが心がけていることの まずI点だ。  そしてもうI点。それは、すきま時間が来るまえ に、あらかじめそこで消化するタスクを決めておく ということ。  いざ、すきま時間に入ってからタスクを選ぶのは NGだ。すきま時間は文字どおり、わずかな時間だ。 どのタスクにしようか迷っているうちに終わってし まう。  だから、今日のあのすきま時間にはあれをやろう と、まえもって予定立てしておくのがポイントだ。  たとえばぼくの場合だと、あそこでの車の移動時 間が20分か、ならその車中で原稿チェックだな、と 事前に決めておく。  午後のあのミーティングとつぎのミーティングの 合間が10分。であればそこで、昨日送られてきた例 のプロジェクトの進捗を確認してスタッフに指示を 出しておこう、といった具合だ。  ミーティング中に、そのミーティングが予定より 早く終わりそうだと思えば、頭のなかでタスクを追 加しておく。  また世間の注目を集めるようなニュース速報が プッシュ通知でスマホに届けば、つぎのすきま時間 のタスクを変更し、そのニュースの解説動画を自分 で撮影してすぐさまユーチューブにアップすること もある。  ちなみにぼくは車をぜったい運転しない。事故の リスクがあるのと、なによリ(ンドルを握っている 時間がもったいないからだ。移動時間はだれにも邪 魔されない最高の仕事場なのだ。堀江さんと違って わたしには運転手がいない? ならタクシーを使え ばいい。電車のなかだって仕事はできる。  また業務連絡はほぼすべてラインで行うようにし ている。メールだとつい余計なことを書きがちだ。 ぼくはどんなメッセンジャーを使おうが用件しか書 かないが、メールになると相手の文面が不必要に長 くなる傾向がある。だからラインがいい。ラインで あれば最小限のスマートなやり取りができる。  すきま時間はまさに時間との勝負である。  制限時間はわずか。制限時間が終われば、有無を 言わせず強制終了だ。その強制終了もまた利点なの だ。  なんとしても制限時間内にやり遂げるという意志 が働くので、がぜん集中できるのである。だらだら 引っ張ることはなく、ミッションコンプリートー・と なる。  時間に追われるのではなく、あなたが時間を追う。  それがすきま時間活用の極意だ。 SlI 制限時間の短さを逆手にとろう (y 「来たる時間」は 1− お金で買える  時間コスパの最大化は、いかにスマホを最大限に 駆使できるかにかかっている。  文章はとうぜんフリッグ入力だ。字数が多くても、 慣れてしまえばキーボード入力より速い。  毎週I回配信しているぼくのメルマガは、そのボ リュームにおいて他のメルマガを圧倒しているが、 これもほぼすべてフリッグ入力で書いている。  電話にはいっさい出ない。作業が中断するからだ。 もちろんぼくがそうであるように、相手も時間を奪 われたくないだろうから、こちらから電話をかける こともない。  そもそも口頭だと、考えが未整理のまま持ち込ま れがちだ。さんざんしゃべった挙げ句、なんの結論 も出ずに終わるはめになる。まさに時間の無駄だ。  文面でやり取りすればそうはならない。双方の思 考はいやでも整理される。加えてエビデンスも残る。 言った言わないの、不毛なトラブルも回避できる。  傍からすれば、ぼくはただスマホをいじっている だけに見えるかもしれないが、そこで大きな商談を まとめることだってざらだ。  少しまえなら、大きなメモリを食う画像加工や動 画編集はパソコンに頼らざるをえなかったが、いま ではその手のアプリも充実し、スマホで簡単に処理 できるようになった。  つまリスマホでできない作業を探すほうが難しい のだ。  オンライン会議はもちろん、プレゼン資料の作成 も、経理業務だってこなせる。  となると、365囗、四六時中、あなたの手元に あるそのスマホは最良な状態であるべきだろう。ス マホのスペックにはこだわるべきだろう。  スマホのスペックにこだわるといっても小難しい 話ではない。  スペックがもっとも高いスマホとは? 最新機種 だ。条件はそれだけだ。つねに最新機種を所持して おこう。  ぼくはIPhoneの最新機種が発売されるたび に即座に乗り換えている。また便利そうなアプリが あればそれも躊躇なく購入する。  そんなことを言うと、そりゃ堀江さんはお金があ るからな、と横槍を入れてくるひとがいるが、お金 のあるなしの問題ではない。  だいたい、ぼくはケチだ。会社を経営していたこ ろは、従業員が使う備品ひとつにも目を光らせてい た。ボールペンの管理も1本単位である。そのかわ りお金を投じるべきところには、たしよう無理をし てでも投じた。  いまでもその感覚は変わらない。余計な出費は いっさいしない。そして必要だと思えるものは惜し みなく買う。  だれだったかは忘れたが、こんなエピソードがあ る。とある年老いたアメリカの富豪が「全財産つ かって手にしたいものはありますか?」と聞かれた そうだ。その返答はこうだった。「大好きな『『ツ クルベリー・フインの冒険』をまだ読んでいない自 分に戻してほしい」  もちろんそれは叶わぬ願いである。いくらお金を 積んでも時は戻らない。同じ感動は二度と味わえな い。だからこそ時間には計り知れない重みがある。  時間はお金で買えないとはよく言われることだ。 しかしほんとうにそうだろうか。  時間には「去った時間」と「来たる時間」がある。  「去った時間」は二度と味わえない。しかしあなた がまだ手をつけていない「来たる時間」は違う。い くらでも命を吹き込むことができる。  だからスマホは最新機種の一択なのだ。旧型と最 新モデル、同じ作業をやるにしても処理能力が違う。 最新機種のほうが早く終わるのは確実だ。それはた かだか数分かもしれない。だが、その数分に無限の 価値がある。あなたは「来たる時間」を生み出せる のだ。  スマホにかけるお金がない? そうではない。順 序が逆だ。時間とお金を得るために、スマホにお金 をかけるのである。   四一MII   いくら値が張っても、スマホには投資しよう   「儀式」から逃れ、 20?   ショートカットする  時間コスパを高めるうえで、「すきま時間の有効 化」に加え、もうひとつキモになるのが「時間の ショートカット」だ。  あなたが1つの仕事、1つの目的を遂行するには、 さまざまなプロセスを辿らなければならない。  しかしそのさまざまなプロセスは、つまりそのさ まざまなタスクは、実際にすべて踏まえなくてはい けないのだろうか。無駄が紛れ込んでいないだろう か。  この作業は必要か? この行為に意味があるの か?  あなたも日常でそんな疑問を抱く場面があると思 う。その代表格が、埒のあかない社内会議だろう。  着地点が見えず、抽象的な言葉ばかり飛び交い、 隣を見ればうんうん唸っているだけ、あっちを見れ ばひたすら相槌を打っているだけの、その社内会議 である。  貴重な時間を費やしたすえに、参加者が手にする のは得体の知れない「やった感」のみ。  そしてみんな浮かない顔をしつつ、明日もまた会 議に出る。問題はここだ。  今日隣り合ったあのひとが出るからという理由で あなたも出る。そうやって性懲りもなく、得体の知 れない会議がえんえん繰り返される。  意味のある会議は2種類だ。  ひとつは、参加者各自があらかじめ事案を充分に 検討し、あらかじめ情報共有がなされ、最短時間で 最終合意をはかるような会議だ。もちろんこれはリ モードで行える。  もうひとつは、「顔色」をうかがう会議だ。顔色 をうかがうというと姑息な感じに取られてしまうか もしれないが、そうではない。パワーバランスが異 なる対外交渉では、ときとして相手の真意がつかみ づらいケースがある。それをはっきりさせるには フィジカルな情報も取り込むほうがベストなのだ。  それら以外の会議に意味はない。  世にはびこる大半の会議は、いわば形骸化された 儀式にすぎない。そんな儀式に何時間もつぶされる なんてあってはならない事態だ。  あなたはそこから逃れるべきだ。まるまるカット だ。かわせる会議はできるだけかわせ。  そのぶんあなたは早くゴールにたどり着けるので ある。結果を出せばだれも文句は言わない。  結果だけ求められるとプレッシャーがかかる? それはそうだ。でもプレッシャーのない仕事なんて つまらないだろう。むしろせっかくだからたっぷり 味わおう。  それでも周囲の目が気になるというのなら、せめ て愛想さえよくしていればいい。  この作業は必要か? この行為に意味があるの か?  あなたのなかでふと湧き上がるその疑問はおおか た正しい。世のなかはあまりに形骸的な儀式に満ち ている。  長文のビジネスメールもしかりだ。時候の挨拶や らなんやら加えるなんて論外である。当人は礼節を 重じたつもりかもしれないが、そんなものは重しな くていい。  読まされるほうは負担だ。長文に対してひと言で 返すのも気が引ける。まあぼくはそれでもひと言で 返すが、多くのひとはそうでないだろう。つられて 長文を返すのだ。そしてまた長文が返ってくる。泥 仕合である。  礼節どころか、長文メールは相手に負担を押しつ けるデリカシーのない行為だ。  仕事を果たすプロセスは簡素であればあるほどい い。仕事は仕事だ。それ以上でも以下でもない。  儀式、礼節は、何食わぬ顔であなたのプロセスに 忍び込もうとする。  油断してはいけない。流されてはいけない。  礼節なんていらないと言いたいのではない。礼節 にはしかるべきかたち、しかるべき場、しかるべき タイミングというものがある。  形骸化された儀式、礼節はぜんぶ退けよう。あな たがまずやるショートカットはそれだ。 SlI  「やった感」で満足していないか?    目的とプロセスの 21 見極めが、    ショートカットの鍵  時間は貴重だ。何物にも代えがたい。  その証拠に時間さえかければたいていのことはな んとかなる。勉強にしろ、ある特定のスキルやノウ (ウにしろ、かけた時間のぶんだけ収穫はある。時 間はウソをつかないというが、それは真理だ。  ただし、そうやって培ったものが、実際にあなた の役に立つのかどうかは別問題である。その収穫は はたして時間コスパに見合っているのか。最適なプ ロセスなのか。  役に立つかどうかの話じゃない、勉強を通じて人 生の本質や社会のメカニズムを知りたいのだ。そう いうひともいるだろう。それはそれだ。そのまま邁 進してほしい。学ぶことそのものにも価値はある。 人類の叡智はそうやって受け継がれてきた。  何度でも言うが、あなたの人生はあなたのやりた いようにやるべきだ。そこにしかあなたの正解はな い。  一方でもしあなたが具体的な目に見える成果を手 にしたいのであれば、その途上の仕込みが理に適っ たものかどうか、冷静に見極める必要がある。  世のなかには形骸的な儀式がはびこっている。あ れをやるためにはまずこれをやらなければ、といっ た迷信があちこちで幅を利かせている。  ということは裏を返せば、あなたの「時間の ショートカット」の余地はいくらでもある。  たとえば飲食の業界だと、寿司職人になるために は長い修業を求められた。  弟子入りして最初の数年は、皿洗いや掃除などの 雑用に明け暮れる。何年かしてやっと包丁さばきを 教わるようになるが、それでもたいした作業はやら せてもらえない。そんなこんなで、じっさい寿司を にぎってお客さんに振る舞うまでには、いわゆる一 人前と認定されるまでには、気の遠くなる歳月がか かるわけだ。  最近ではその風潮は徐々に変わりつつある。寿司 職人の養成学校で数か月学んだだけで店を構えるひ とも増えてきた。なかには開店から1年足らずで、 ミシュランに掲載された寿司店もある。  かつて寿司職人の世界は「飯炊き3年、握り8 年」などと言われた。根拠のない迷信である。すこ し考えれば、だれでも眉唾だとわかる。しかしその 眉唾が常識としてまかり通っていた。代償は、「飯 炊き3年、握り8年」のH年という時間である。  あなたが起業を考えているとする。いま経営理論 やマーケット理論を頭に叩き込んでいる宣]つ最中だ。  しかしよく考えてほしい。その机上のノウ(ウは ほんとうに役立つのだろうか。かりに役立つとして、 そこにかけた時間に見合うほどの武器になるだろう か。  ひょっとして、「勉強しなきや」という思い込み でやっていないか。  経営とは各論ではない。総論だ。さまざまなノウ (ウ、人間力をからめたトータルな勝負だ。  あなたの目的は経営理論を学ぶことではない。実 際に経営することである。  ならば座学はショートカットして現場に飛び込む ほうが得策だ。生きたノウ(ウはそこではじめて獲 得できる。目的とプロセスをあべこべにしてはいけ ない。  I囗の過ごし方だって同じだ。目的とプロセスを はっきりさせる。  ぼくのモーニングルーティンは短い。早く仕事に 取りかかりたいからだ。  トイレ、シャワー、ドライヤー、歯磨き、デオド ラントスプレー、整髪料、香水、髭剃り、体重測定、 着替え、洗濯乾燥機のセット。そしてサプリを飲み、 ちょっとだけピアノの練習をしたあと、スマホを手 に部屋を出る。ここまでトータル20分。  あなたは朝の身支度にどれくらい時間をかけてい るだろう? 1時間? ならぼくは40分、ショート カットしている。  朝の身支度は、そのI囗の最初のプロセスだ。仕 事という目的に対するプロセスである。手早く済ま せれば、そのぶん仕事も早く切り上げられる。  物事は、目的とプロセスから成り立つ。そしてプ ロセスとはやりようだ。  であればそこにショートカットの余地はないか? その吟味から入る習慣をつけよう。  l`lSl  思い込みを捨て、実利をとらえよう (/一 「ひとに頼る」という n/一 ショートカット  時間をショートカットするために、もっともシン プルかつ、絶大な効果を発揮する方法がある。  それは、ひとに頼ることだ。言い換えれば、自分 の弱さをさらけだすことだ。  あなたがなにかを成し遂げるうえで試行錯誤は避 けて通れない。とうぜん行き詰まったり、苦境に立 だされたりすることもあるだろう。  ことを成し遂げたあとでも事情は変わらない。あ なたはそこからまたつぎのフェーズに進むのだから、 試行錯誤は繰り返される。  壁にぶつかったとき、それを独力で切り抜けられ ればあなたの腕力は増すだろう。そうやってあなた の能力は最大化していく。  しかし最優先すべきは成果である。プロセスでは ない。  成果はあなたに自信をもたらす。自信はあなたに とってあらゆる面で最大の資源となる。  独力で挑むのはいい。だが、えんえんと時間を費 やすのはNGだ。  だいいち、ひとり悶々とやっていても楽しくない だろう。楽しくなければ、いずれ心が折れる。もう いちど言うが、あなたの試行錯誤はこの先も続くの だ。  壁にぶつかって、そこでひと踏ん張りしてダメ だったら、とっとと見切ろう。  打開することを見切るのではない。打開するため に自分を見切るのだ。  そしてひとを頼ろう。「助けて」とすがりつく。  ひとに頼っていたら一人前になれない? それは 誤りだ。あなたひとりの力なんてたかが知れている。 他人を通してあなたは一人前になるのだ。  頭を下げるのは恥ずかしい? そんなことない。 自意識過剰だ。だれかに頼ることを恥ずかしいと思 う、そのつまらないプライド、やせ我慢のほうが滑 稽である。  あなたが助けを求めれば、相手はきっとそれに応 じてくれる。  もし応じてくれないようなら、そんな甲斐性のな い相手とはつき合わなくていい。  ひとは「助けて」と口に出せるひとを無下にでき ないものだ。無下にできないどころか、積極的に助 けたがる。  ぼくの周りにいる、いわゆる成功者と呼ばれるひ とたちはみんな世話好きだ。目のまえの困っている 相手をほうってはおかない。  なぜなら彼ら彼女らも、これまでだれかを頼って 助けられてきたからだ。  だから断言できる。  弱みをさらけだせないひとは成功しない。  ぼくなんていつもいろんなひとに頭を下げている。 できないことだらけだからだ。  こちらの難題が相手にとっても難題だとはかぎら ない。というか、むしろそのヶIスは少ない。それ ぞれ得意分野があるのだからあたりまえだ。  ときに拍子抜けするほどあっさり解決してくれる。  「ありがとう」  助けたほうは、かけられたその言葉が大きな喜び となる。励みとなる。それがいわば報酬だ。お金で は買えない、得がたい報酬である。  あなたは頼った相手に、ちゃんとそのぶんの対価 を支払っている。それくらいの気持ちでいよう。  情けは人の為ならず、という。  だれしも順風満帆なぽかりではない。あなたもい つかだれかを助けるのだ。  だから、どんどんひとに頼ろう。  それが問題解決の最善手であり、時間コスパを限 りなく高める最良の手段だ。  そしてそれでみんな幸せなのである。  四―U 自分だけでやり切ろうとしていないか?    ストレス回避には、 23 人間関係の    「更新」がマスト  生きていればいろんなことがある。嬉しいこと、 悲しいこと、腹立たしいこと。そしてときに理不尽 なこと。普通に過ごしているだけでドラマの連続だ。  ぼくなんてただ会社を切り盛りしていたら、ある 囗とつぜん逮捕された。証券取引法に違反したのだ という。いまでもその件はまったく納得していない が、いまさらどうこう反論する気はない。過ぎた話 だ。  生きていればいろんなことがある。ぼくらの暮ら しは予測不可の変数に満ちている。だからこそ、そ こに希望と可能性がある。  過去にとらわれるべきでないし、先々のことを心 配してもしかたない。  肝心なのはいまだ。今日の1日だ。ぼくらにでき るのはその積み重ねだ。  今日のこのときを楽しみ、充実させる。とすれば、 余計なストレスは真っ先に排除すべきだろう。  ストレスには、良いストレスと、悪いストレスが ある。  あなたがなにかに挑戦しようとする。それはすな わち未知の体験である。とうぜんそこにはストレス がかかる。そのストレスは奮起するための重要なモ チベーターだ。あなたにとって必要な、良いストレ スである。  また、適度なストレスは寿命を延ばすという。そ れは科学的に証明されている。  問題なのは、あなたをネガティブな感情に押し込 めるストレスである。  そのストレスはあなたから知力、体力、思考力、 行動力を奪う。免疫系の働きを柢下させ、老化や疾 病に直結する。  あなたのあらゆるパフォーマンスが蝕まれる。 あってはならない事態だ。  ぼくはストレスに対して敏感だ。敏感であるがゆ えに、ストレスを招きそうな要素は周到に回避する ようになった。おかげでいまはストレスフリーだ。 毎日が快適だ。  堀江さんはメンタルが強い? それは違う。何事 にも動じないメンタルの持ち主なんていない。だか らこそメンタルを守るメソッド、習慣づけは不可欠 である。  社会人にとって最大のストレス源は人間関係らし い。さまざまな調査結果を見ても、きまってそれが 斷トツのI位に君臨している。  あなたはどうだろう。職場や取引相手やフライ ベートに苦手なひとがいて、それに悩まされていな いだろうか。どうつき合えばいいのか、苦慮してい ないだろうか。  ひとには好き嫌い、合う合わないがある。そして なにがどう合わないのかは相手による。そのたびに つき合い方を模索していてはきりがない。模索して いるあいだにもあなたのストレスは積もっていく。  人間関係のストレスを退ける手段はただ1つだ。  その面倒な人間関係は捨てる。いっさい合切、断 ち切る。それに尽きる。  それができれば苦労しない? いろいろしがらみ がある?  では、そのしがらみの正体とはなんだろう。たん に「捨てられたくない」という怯えではないのか。 こうむる不利益を想像力たくましく膨らませて、勝 手に怯えているだけだ。  だいじようぶだ。万が一、なにか不利益をこう むっだとしても、それはべつのだれかが埋め合わせ てくれる。そのだれかと出会うために、いまの関係 を捨てるのだ。  ぼくは社会人になって大きなビジネスを仕掛けて からというもの、数えきれない仲間に支えられてき た。でも、たとえばこの10年間を振り返ってみても、 ずっとつき合っている相手はごくわずかだ。取り組 むことが変わるのだからとうぜんである。  ぼくはそうやって人間関係を更新しながら、人生 の鮮度をキープしている。かつての仲間だって同じ だろう。どこかで新しい仲間と楽しくやっている。  人間関係には、そもそも賞味期限がある。  あなたの人生のフェーズはどんどん移り変わって いく。それにつれてつき合う相手も変わっていく。 まして苦手な相手なら、すすんで真っ先に断ち切っ てしかるべきではないのか。その相手はあなたに とってなんの資源にもなりえない。  −一  「捨てられたくない」という無意味な怯えは 捨てよう 4 「お金の不安」は つ` 妄想にすぎない  人間関係と並び、収入、お金の問題も多くのひと にとってストレス源らしい。  最近だと、「老後資金2000万円問題」なんて ものもあった。  金融庁の報告書「高齢社会における資産形成・管 理」によれば、老後の生活を維持するには公的年金 だけでは足りず、別途、トータルー300万円〜 2000万円程度必要になるという。その指摘が物 議をかもした。  この報告書は、平均寿命が延びたいま、早い段階 での資産形成、資産運用が必要だと説いただけだ。 個々人がマネーリテラシーを培い、自己管理をする。 あたりまえの説明である。1300万円〜2000 万円という金額は、夫婦ふたりの無職世帯、老後の 人生が30年、と特定のモデルケースを設定したうえ での単純な試算にすぎない。だれにでも当てはまる わけではない。  ところがニュースで「老後資金は年金以外に 2000万円が必要」という点だけが強調されたせ いで、「年金制度の破綻を政府が認めた」「2000 万円なんてとても蓄えられない」などと、囗本中で ヒステリックな反応が起きたのである。  お金のことになると、多くのひとはわれを忘れ、 冷静な判断を失う。お金とは、良きにつけ悪しきに つけ、感情に訴えてくるものなのだろう。  そうしたお金の不安には、「生存の不安」と「プ ライドの不安」がある。  老後資金2000万円問題は、まさに生存の不安 を刺激されたのだ。  金がない。どうやって生きていけばいいんだ。そ う悲嘆するわけだ。  一方、プライドの不安とは、相対的な比較で生じ る。  おれの年収は450万円、知り合いのAさんの年 収は800万円、おなじ歳なのにこうも違うのか。 おれと違ってAさんはいつも仕立てのいい服を着て いる。奥さんもきれいだ。なんだよ、くそ。そんな 具合にやっかむ。  そうやって多くのひとは、お金をめぐっていちい ち揺れ動いている。ストレスを感じている。バカ じゃないのか。  お金はあくまで一手段だ。自由を拡大するための 一手段である。お金そのものに価植はない。そんな ものは妄想だ。お金は幸せのきっかけにすぎないの である。  収入が多かろうが、少なかろうが、肝心なのはあ なたが幸せであることだ。それ以上でも以下でもな い。幸せでなければ、10億円あろうと100億円あ ろうと無意味だ。ただの紙くずである。  金がない? 生きていけない? ほんとうにそう か。いまの自分の生活水準に縛られているだけでは ないのか。生活をダウンサイジングすれば、いくら でもやりくりできるのではないか。子どもも独立し、 夫婦ふたりだけなら、小さな安アパートでじゅうぶ んだろう。  それでもどうにもならないというのなら、公的な 支援を受ければいい。それで特段のペナルティを食 らうわけでもない。ここは日本だ。いつ何時であっ ても、ふつうの市民生活を送ることができる。  年収800万円のAさんがうらやましい? それ ならあなたもそのぶん必死に働けばいい。必死に働 けないならあきらめろ。あきらめる代わりにいまの 暮らしに喜びを見出すのだ。あるはずだ。お金をか けなくとも打ち込めることはいくらでもある。  あれば使う。なければ節約する。お金とはそれだ けの話である。  ビジネスで勝負に出たいけど元手がないというな ら借金をすればいい。個人向けのカードローンで あっても、数百万くらいならすぐに調達できる。金 利はマックスでも20%未満だ。200万円借りたと して、利子は1年で40万円未満。それくらいのリス クを取る気がないのなら、そもそもビジネスをやる 資格なんてない。  ぼくは貯金をしない。ぜんぶ使い切る。なににお 金を使うのかと言えば、時間、健康、遊び、この3 点である。おわかりのとおり、この3点はお金がな くても手に入る。お金の使い道なんてせいぜいそん なものだ。  あなたの幸せを担保するのは、健康と良好な人間 関係だ。それさえあればなんとでもなる。たかがお 金ごときのことで、心をざわつかせるのは滑稽だ。  四―U お金であなたはなにをしたい? ’にへI) 些細なウソが、 (/一 心をとことん蝕む  「ビッグーフアイブ理論」と呼ばれる、人間のパー ソナリティの分類法がある。  ひとの性格は、ビッグーフアイブ、つまり大別さ れた5つの共通因子から構成されていて、その構成 比率によって各自の性格は特性づけられる、という 理論だ。  その5つの共通因子とは「外向性」「開放性」「協 調性」「誠実性」「神経症的傾向」である。  「外向性」とは、要するに社交性を示す因子だ。 「開放性」とは、探求心や行動力を示す因子。「協調 性」「誠実性」はそれぞれ字義どおり、協調性を示 す因子、誠実性(責任感、勤勉)を示す因子である。  そして「神経症的傾向」は端的に言えば、ストレ ス耐性を示す因子のことだ。  これら5つの因子構成において、「神経症的傾向」 の割合が高いひとは、ストレス耐性が脆弱である。 ちょっとしたことで悩み、迷い、不安に苛まれる傾 向にある。  このビッグーフアイブ理論は、現代心理学でもっ とも信憑性が高い性格研究として位置づけられてい る。たとえば企業が人材採用試験で実施する性格適 性検査の多くも、このビッグーフアイブ理論をベー スに設計されている。  以前、脳科学者の茂木健一郎さんに指摘されたの だが、ぼくはこの5因子のうち、神経症的傾向の占 める割合が高いらしい。  思い当たる節はなくはない。というか、その自覚 はじゆうぶんある。  ぼくはどちらかといえば、ほかのひとに比べると ストレスを感じやすいタイプだ。そして過敏だ。い ちどなにか不安になったらなかなかその不安を払拭 できない。基本的に心配性なのである。  ホリェモンが心配性だって? あなたは笑うかも しれない。でもぽんとうなのだ。  とくに学生時代までのぼくは、そうした傾向が強 かった。些細なことでくよくよ悩んだものだった。  小学生のころ、友だちのまえでちょっとした失態 (悪事ではない)を演じたことがある。それはいまに して思えばどうってことのない出来事だったのだが、 ぼくはそれから6〜7年間、そのことをトラウマと して引き摺った。  長じたいまになっても、そうした根っこの部分は 変わっていない。ぼくはストレスが人一倍苦手だし、 油断すると些細なことが不安の種になる。  自分自身のパーソナリティをそうとらえているか らこそ、ぼくはストレスや不安を寄せつけないため のメソッドを、決め事をつくっている。  その決め事は、大まかに言って2つある。  ひとつは、ウソをつかない、ということ。  ウソといっても、約束を破ったり、だれかを陥れ たりといったことではない。それはウソを越えて、 ルール違反だ。そもそもあってはならない。  そうではなく、ぼくがここで言いたいのは、日常 の些細なウソである。  一緒に過ごしていてじつは退屈なのに、楽しそう に振る舞う。さして美味しくない料理を、さも美味 しそうに食べてみせる。べつに感謝していないのに、 ありかとうと頭を下げる。つまり、おべんちゃらだ。  それは些細なウソだが、些細であるがゆえ余計に 苦痛をともなう。なにも得をしないからだ。それで いていちいち調子を狂わされるのだから百害あって 一利なしである。いったんウソをつけばまたウソを 上塗りしなければならない。そうやって際限なく神 経をすり減らしていく。自分が失われていく。堪え がたい。  これがたとえば、仕事で大きな契約を成立させる ための方便として用いるのなら別だ。相手も気分が 良くなって、自分も気分がいい。ウィンウィンであ る。  気まずくなりたくない。あなたはそれだけの理由 でしようもないウソをついていないだろうか。そう やってウソをついた挙げ句、もしつれない態度を取 られるとどうなるか。こっちはあんなに尽くしたの に……と不毛な逆恨みで心を乱すのだ。  たかがウソ、されどウソだ。ウソはあなたを蝕む。  四一闘!l  気軽にお世辞を振りまいていないか? NO ^日の密度を上げて、 (/一 ストレスを退ける  ストレスフリーでいるためのもうひとつの決め事 は、I囗のスケジュールをぜんぶ埋めてしまう、と いうこと。仕事と遊びでぜんぶ埋めてしまうのだ。  ここのところ、ビジネスパーソンのあいたでメ ディテーションなるものが流行っている。メディ テーションとはつまり瞑想のことだ。  だれにも邪魔されない静かな場所で背筋をまっす ぐ伸ばして座る。目をつむり、ほかになにもせず、 心を鎮める。これをI回5分〜10分、週に数回やれ ば、思考や感情が日常的に整理されるそうだ。そう することで仕事の集中力が増し、記憶力も強化され るという触れ込みである。  スティーブージョブズやビルーゲイツなども、こ のメディチーションの愛好者として知られている。  でもぼくは絶対やらない。どんなメリットがあろ うがやらない。ぼくにとってメディテーションは逆 効果だ。  瞑想して心を鎮める。心に空白をつくる。ぼくに は無理である。空白をつくったそばから、余計なこ とをとりとめもなく考えてしまうだろう。そうやっ て考え込み、いろんな不安に苛まれるはめになる。 間違いなくそうなる。ぼくの心は鎮まるどころか、 強烈なストレスにさらされるのが目に見えている。  ぼくの場合、思考整理なら、だれかとおしゃべり したほうがずっと効果的だ。おしゃべりとは思考を 言語化する作業である。その言語化を通して頭はク リアになる。おもしろいアイデアもひらめく。  ぼくに言わせれば、ストレスとは心の隙に忍び込 んで来るものだ。でもそれはだれだっておなじだと 思う。  ためしに、いまちょっとだけ心のなかを探ってみ てほしい。あなたがいま憂鬱に思っていることはな んだろうか?  このまえしでかした仕事のミスを引き摺っている。 ふとしたきっかけで友だちと口論になってしまった ことを悔やんでいる。もしくは来週の企画会議まで に提出しなければならない資料づくりに苦戦してい る。なんでもいいが、とにかく思い当たるものがあ ると思う。なにもないひとなんていないだろう。  で、なぜそれに思い当だったのかといえば、いま 心に隙をつくったからだ。  思い当たったいま、まさにいまのいま、あなたは この本からしばし目を上げただけだ。つまり、なに もしていない状態である。なにもしていない、暇な 状態が心に隙をつくる。  ストレスの多くは「過去」か「未来」に由来して いる。いわば一種の錯覚のようなものだ。  過ぎ去った出来事を悔やんでいる。あるいは、ど うなるかわからない未来のことを勝手に心配してい る。それが大半のストレスの正体だ。そしてそれは あなたの心の隙を見つけてむくむく膨らむ。  だからぼくは1日のスケジュールをぜんぶ埋める。 自分の胸が躍る事柄でスケジュールを埋めつくす。 そうしてつねになにかをやっていれば心に隙はでき ない。ストレスの入り込む余地がないのだ。  たまに急に予定が飛んで、ぽっかりまとまった時 間が空くこともある。そういう場合は、その場で電 子書籍を買って読書にいそしむか、自分ひとりでこ なせる仕事を一気に進めてしまう。  あと夕食はまずひとりでは取らない。かならずだ れかと一緒にテーブルを囲む。  I囗のスケジュールを埋めるといっても、ぜんぶ 仕事で埋めるのはNGだ。遊びは必須である。  まえにも述べたとおり、遊びの効用は計り知れな い。遊びはあなたに、新たな出会い、新たなアイデ ア、新たなビジネスチャンスをもたらす。  あなたにも密度の高い毎日を送ってほしい。あな たが自分のやりたいことに忠実であれば、いくら密 度が高くても負担にはならないはずだ。むしろそこ にはかぎりなくストレスフリーな日々が待っている。   −一 あなたは「不安」なのではなく、「暇」なの ではないか?    SNSと 27 向き合うスタンスを    「固定」する  SNSは世界を変えた。コミュニケーションのあ り方を変えただけではない。  なにより大きいのは、情報そのものの質を変えた という点である。  SNSの登場以前は、情報の結びつきは「粗」 だった。個別の情報は、あくまで個別の情報にとど まり、そこに有機的なつながりは生まれなかった。  それを一変させたのがSNSだ。個別の情報は、 お互いに意味をもってつながり、「密」に、つまり 有機的に統合されるようになった。その功績はまさ に革命的だ。  たとえば今回の新型コロナワクチンはわずか1年 足らずで実用にこぎつけられた。画期的な出来事で ある。SNSがなければそうはならなかっただろう。  SNSの歴史は浅い。ツイッター、フェイスブッ ク、スマホの3点セットにより、事実上、日本でS NSが普及してまだ10年ほどである。  しかし、いまやSNSなしで暮らしを成立させる のは難しい。社会のさまざまなサービスがSNSを 前提に設計されているからだ。  情報発信、情報統合、そしてコミュニケーション において、SNSの利便は計り知れない。  あなたはそのSNSとどうつき合っているだろう か。  SNSを介したコミュニケーションにストレスを 感じているひとも多いようだ。  SNSの浸透にともない、それは従来の性質を越 えて、承認欲求やストレス解消を満たす場としても にぎわっている。  そして周知のとおり、心無い誹謗中傷があちこち で飛び交っているのが現状だ。  ぼくのツイッターにはたくさんのフォロワーがい る一方で、そのぶん投げつけられる誹謗中傷も多い。 ツイッターが普及しはじめたころからずっとその調 子である。  いちいちかまっていられないので基本的には無視 するが、目に余る投稿に対しては発信者情報の開示 請求を行っている。場合によっては訴訟手続きも辞 さない。面倒だがやむを得ない。まあ、ぼくはそれ で済む。誹謗中傷には耐性ができている。  問題は、耐性のないひとに誹謗中傷が浴びせられ るヶIスだ。  SNS上のちょっとした発言の揚げ足をとられ、 集中砲火を食らう。  そこでなにか反論しようものなら大変だ。ここぞ とばかりに火の手はさらに燃え盛る。そうやって袋 だたきにあったひとが精神的に追い詰められた結果、 みずから命を絶つような痛ましい事件も起きている。  だれもが被害者、あるいは加害者になる危険性を SNSははらんでいる。それは事実だ。そのような 背景を受けて、デジタルデトックスを推奨するむき も一部である。  SNSの使用、つまリスマホの使用を一定期間断 つことで、精神衛生の改善をはかろうというのだ。  しかしぼくは、デジタルデトックスにはあまり賛 成できない。  今後、デジタル社会はさらに加速していく。  SNSは使わざるを得ない。ぼくらはSNSなし では生きられない。SNSを手離すのは大きな損失 だ。そもそも進化したテクノロジーに逆行するのは 不可能である。  SNSを取り巻く問題を解決するうえで大事なの は「使う」「使わない」ではないだろう。「どう使う か」だ。どうリスクヘッジすべきかである。  ぼくに言わせれば、SNSで誹謗中傷をぶつけて くるひとは、文章力、読解力がいちじるしく欠如し ている。つまり文章が読めないのだ。皮肉でそう 言っているのではなく、世のなかにはほんとうに文 脈や行間をまるっきりとらえられないひとが一定数 存在する。そのことをあなたにはまず知っておいて ほしい。  であれば、あなたがとるべき態度はシンプルだ。  しつこくからんでくる相手はブロックする。目に 余る言葉を投げつけられたら警察にしっかり被害届 を出す。そうやってあなたのスタンスをはっきり固 定しておく。  なにせ相手は言語能力を欠いている。対話で解決 しようとするだけ無駄だ。  機械的に処理していくのが、SNSとストレスフ リーでつき合うためのコツだ。  四―U 文章を読めない相手とはかかわるな (X) 最良の食習慣とは、 (/一 好き嫌いをすること  新型コロナウイルス対策により、公共の場はマス ク着用がほぼ義務化されている。ほとんどのひとは、 マスク着用がすっかり日常の習慣になっている。  さらには、人通りのない道を歩くときだろうが、 ジョギング中だろうがいつだってマスクだ。そこは 義務でもなんでもない。そんなところでマスクをし たって感染予防には貢献しない。だれでもわかるこ とだ。  でも、マスクをするのだ。なんとなくそうしたほ うがいいと思っているのだろう。無着用だとまわり から嫌な目で見られるかもしれない。そういう心理 だ。  そんなこんなで、マスクはいまや、いわば礼節の シンボルと化した。もちろん無意味な礼節だ。うつ とうしいマスクをつけ、ストレスをためながら、お 互いにお互いを縛りつけているわけだ。  自称、新型コロナウイルスの専門家が続々とメ ディアにあらわれ、したり顔で無責任な情報を垂れ 流し、大衆の危機感をあおる。  大衆も大衆で、専門家の言うことだからとそのま ま真に受ける。  多くのひとは自分が理解したいようにしか理解し ない。ほんとうの正解を見極めようとはしない。自 分が理解できるものを正解だと見なすのだ。  そうして無意味な礼節が、迷信ができあがる。そ してその迷信にみんな躍らされるのである。悲劇だ。 いや、喜劇か。  食と健康においてもそうだ。みょうな迷信がまか り通っている。  たとえば「野菜は体にいい」という迷信だ。そ りゃ自然で育まれたのだから、体にはいいだろう。 食べ物とはそういうものだ。野菜にかぎった話では ない。普通の食べ物はなんだって体にいい。だが、 なぜか野菜だけが特別視される。  ぼくがインスタグラムで肉料理をアップすると、 きまって「野菜を取ったほうがいいですよ」みたい なコメントがたくさん来る。大きなお世話だ。  世間はかくも「野菜は健康、肉は不健康」とする 野菜信者にあふれている。  きっとみんな子どものころ、親から「体にいいか ら食べなさい’・」と好きでもないピーマンやセロリ を無理やり食べさせられてきたのだろう。我慢して 食べたのだ。  そうやって野菜は、我慢して食べるに値するもの だと頭に刷り込まれる。根拠のない迷信が受け継が れるのだ。  先日、99歳で天寿をまっとうされた瀬戸内寂聴さ んは、大の肉好きだった。  ぼくは10年くらいまえに初めてお会いし、それか ら何度か対談させていただいた。  ご高齢ではあったものの、それはそれは意気軒高 で、頭脳明晰な方だった。こちらの発言のちょっと した微妙なニュアンスも見逃さず、切り返しも早い。 ウイットもユーモアもある。寂庵(寂聴さんが開い ていた寺院)を歩く足取りも軽やかだ。  その若さの理由をうかがったことがある。寂聴さ んの答えは明快だった。  「決まってるじやない、ストレスをためないことで すよ。我慢しないことです」  寂聴さん曰く、ストレスをためない秘訣は、食な のだという。好きなものを、好きなように、好きな だけ食べる。それが寂聴さんのポリシーだった。  寂聴さんの好物は肉だ。だからほぼ毎日、食卓に 並ぶのは肉料理である。野菜は嫌い。嫌いなものを 我慢して食べてストレスをためるのは本末転倒。だ から野菜は食べない。豆腐も味気ないから食べない。 「健康でいたかったら我慢がいちばんダメなのよ」  そう笑う寂聴さんの手には(そのときはまだお昼 だったが)ビールの人つだグラスがにぎられていた。 この数年はお目にかかれずじまいだったが、寂聴さ んは晩年まで大好きなお酒を嗜まれたそうだ。  肉食だけでも、タンパク質やビタミン摂取には問 題がなく、じゆうぶん健康に生きていけるという医 学的なデータもある。寂聴さんのポリシーはじつに 理に適ったものだったと思う。  よからぬ迷信に躍らされてはいけない。我慢して いいことなんてなにひとつない。  無理に野菜を食べる必要はないし、食べたければ 食べればいい。それだけの話だ。まして他人に無理 強いすることではないだろう。  好きなものを、好きなように食べる。それもまた ストレスフリーのポイントなのだ。  四―U 「体にいいから」と無理に食べていないか?    「諸行無常」が 29 最強の    ストレスマネジメント  たしかな人生の指針があれば、なにがあってもネ ガティブな思考に呑まれることはないI。  そういう意味合いの言葉を、過去の多くの偉人た ちが遺している。  でもぼくは、すんなり腹落ちしない。  人生の指針をいくら確立していたところで、重い アクシデントに見舞われれば、どうしたって落ち込 む。ネガティブな思考におちいる。  そしてアクシデントは不可避だ。それをすべて一 蹴できるほど、ぼくは強くない。超人でもないかぎ りだれだってそうだろう。  なかでもいちばん応えるのは、信頼していた相手 からの裏切りだ。  ぼくはかつての、いわゆるライブドア事件でそれ をたっぷり味わった。  事件の直後、信頼していたはずの仲間の一部がマ スコミに向けて、あるいは法廷において、ぼくを貶 めるような、事実に沿わない発言を一方的に繰り返 した。  ただ呆気にとられた。ショックだった。  なぜそのようなことをしたのか、彼らの本心はわ からない。  でも彼らを恨んでいるかといえば、そうではない。  それどころか、べつにこれは強がりでもなんでも なく、まったく恨んではいない。  彼らの本心がわからないかぎり、ぼくにできるこ とは「許す」という一点しかないのだ。  『海よりもまだ深く』(是枝裕和監督)という映画が ある。  小説家志望の中年男が主人公だ。妻から愛想をつ かされて離婚、愛しいわが子とも離れ離れ。それで もろくに定職に就かず、煉った日々を送っている。 そんなうだつのあがらない中年男のささやかな物語 だ。  あるとき、その男が部屋で物思いにふけっている と、年老いた母親が小さなため息を吐き、語りかけ る。  「なんで男はいまを愛せないのかね? いつまでも なくしたものを追いかけたり、叶わない夢をみたり。 そんなことしていたら毎日楽しくないでしよ」  ひとはいまを生きなければ意味がない、ひとはい まを楽しむことしかできない、だからときに諦める ことも必要なのだと、年老いた母親は息子に諭す。  ぼくは何事であっても諦めるのは嫌いだ。でもあ る種の諦観はもって生きている。  この世は諸行無常−。そう受け入れている。  すべては移ろう。刻一刻と流れゆく。  ならば、過去や未来にとらわれても意味がないの だ。だれかを恨んでもなにも変わらない。  未来に向けて身をまかせるしかない。  ぼくの絶対的なストレスマネジメントになってい るのはそうした心持ちである。ぼくには、いましか ない。しかし、いまはある。  実業家の堀江貴文は、世間的には流れに逆らって 生きているように映るかもしれない。しかし、まる で逆なのだ。  ぼくは流れにまかせて生きている。仕事も、遊び も、恋愛も、人間関係もそうだ。  みずから「こうしたい’・」と乗り出したことはほ とんどない。  結局それですべてうまくいっている。もちろん紆 余曲折はあるが、すべては移りゆく。流れゆく。そ してそれが楽しい。  あなたも肩の力を抜いてほしい。  自分の意志を捨てろ、と言うのではない。  あなたにはあなたの流れがある。それは他人の流 れとは無関係だ。  だいじようぶだ。行き着くところに行き着く。な るようになる。なるようになってしまう。  だから、目のまえのことにただ没頭しよう。  −一 すべては移ろう。流れに身をまかせよう O コンディションの鍵は Q.) 「恋愛」にあり  元気があればなんでもできる。元気がなければな にもできない。  あなたの生きる力、働く力を最大化するうえで、 体調管理は大前提の条件である。  ベストコンディションを維持できれば、知力、思 考力、集中力、対応力、行動力はつねに(イスコア を叩き出せる。  コンディショニングに勝るソリューションはない のだ。  コンディションを保つのに、侮れないのが恋愛の 効用である。  世界的ベストセラーになった『性の進化論』の著 者クリストファー・ライアンの説くところによれば、 男性はセックスをすることで男性ホルモンのテスト ステロン値が上がり、くわえて関係性が新鮮であれ ばあるほどその植は増すらしい。  テストステロンは、骨、筋肉、血液などの生成に 関与するほか、動脈硬化を防ぎ、脂質代謝を促す作 用がある。また意欲、ストレス耐性、決断能力と いったメンタル面の増強作用もあるとされている。  恋愛にはそうしたメリットがあるわけだ。もちろ んこれは男性だけにかぎった話ではないと思う。  堀江さんつて仕事と恋愛のバランスはいったいど うやって取ってるの? よほど遊んでいるように見 えるらしく、たまにそんなことを聞かれる。  バランスなんて考えたこともない。時期によって は仕事そっちのけで恋愛を優先させることもざらだ。 ぼくにとって仕事と恋愛は等価だ。  仕事に打ち込めば恋愛も充実する。恋愛が充実す れば仕事もはかどる。だれだってそうだろう。仕事 と恋愛は相乗効果で成り立っている。  これはとくに男性に言えるのだが、歳を食うと身 なりがおろそかになりがちだ。  へたったスーツをまとい、せり出した腹を隠そう ともせず、寝起きのような頭髪で街中を平然と歩い ている。  身なりだけではない。口を開けば、さも自分が正 しいとばかりに会社のグチだ。でなければネットで 拾ってきたどうでもいい時事ネタを得意気に披露す る。聞かされるほうは堪らない。  そんな粗大ゴミのようなオヤジに女性が寄りつく はずもない。  まあ当人からすれば、もうべつに女性にモテなく ていいのだろうが、おなじ男だって寄りつかなくな る。  つき合わされる同僚や部下は苦痛しか感じていな い。しぶしぶ、てきとうに話を聞いているだけだ。  異性だろうが同性だろうが、ひとは小奇麗にして いる相手に好感を抱くようにできている。小奇麗に しておけば、ひとが集まる。ひとが集まれば、とう ぜん有益な情報も手に入る。さらに仕事が充実する。 するともっとモテる。ひとが集まる。無限の好循環 である。  ぼくはへたった服はぜったい着ない。もちろんブ ランド物である必要はない。大切なのは清潔感だ。 肌のケアも、歯のケアも抜かりなくやっている。  身だしなみひとつで、相手の態度は決定的に違っ てくるのだ。  女性にアタックするときは、堂々とぶつかろう。  だが相手が少しでも迷惑そうなそぶりを見せたら 素早く退散する。これは鉄則だ。そこを見誤るとス トーカーだ。  それだけわきまえて、あとはガンガンぶつかる。 自信をもってガンガンぶつかるのだ。自己肯定感の 低い人間が魅力的なはずがない。いけ。  「若いイケメンが好き」という市場にはぼくは逆立 ちしても参入できない。そこは無理。最初から捨て る。  ぼくに可能性があるのは「ぽっちゃり好き」「年 上好き」「頭のいいひとが好き」というクラスタだ けだ。どんな好みの女性だろうがそれらの要素がな いなら、ぐっと堪える。なにをやったところでどう せ無残に散る。  ぽっちゃり好きなんてわずかでしよ? とあなた は言うかもしれない。  そんなことはない。あなたが知らないだけだ。い るよ。いっぱいいる。  四一鬪II  身だしなみを整え、あとは堂々とアタックし  よう    筋トレは 31 あらゆる成果を    最大化する  日本人で初めてフェラーリの車体デザインを手が けた、工業デザイナーの奥山清行さんが、以前なに かのインタビューでこう答えていた。  「デザインワークでいちばん大切なこと? 体力で す。最後のもうひと押しができるかどうか。もう一 段階クオリティを高められるかどうか。すべて体力 です」  まったく同感だ。アイデアが求められる仕事にし ろ、デスクワークにしろ、体力なくしてパフォーマ ンスは上がらない。  ぼくの周りの大仕事をやってのけたひとたちも、 みんな一様にタフだ。単純に肉体的にタフなのだ。  たとえ見た目の線が細くとも、いざとなれば無理 が利く。そんなタフさがある。  一にも二にも体力がものを言うのだ。  そのためには筋トレである。確実に体力をつけ、 維持するには筋トレしかない。  ぼくはどんなに忙しくても毎週、ジム通いを欠か さない。  むかしテレビのドキュメント番組に密着取材され たことがある。ぼくの毎日の仕事ぶりを追うという 内容だったが、取材がスタートして何日かすると、 取材クルーたちはヘトヘトになっていた。ぼくがあ まりに休みなく動き回っていたからだ。  親しいひとに言わせると、ぼくのいちばんのスト ロングポイントは、優れた体力なのだという。だと すれば、それを支えているのは筋トレだ。  ひとの体の筋肉量は生まれてから成長するにつれ て増え、20歳くらいでピークに達する。そしてそこ から早くも筋肉量は減っていく。とくに30歳以降、 ほとんど運動をしないでいると、急激に減少してい くそうだ。  骨格筋が減少し、身体機能が著しく低下する現象 をサルコペニアと呼ぶ。日本だと、40歳以上の約4 分のIがサルコペニアになっているという。  それだけ多くのひとが、日ごろの運動をおろそか にしているということだ。  ウォーキング、ランニング、スイミング、ウェイ トトレーニング(筋トレ)、ストレッチトレーニン グのうち、どの運動が健康改善にもっとも有効なの かを、アメリカの医療チームが調査した。  高血圧や肥満体のひとたちを被験者にしてさまざ まな運動パターンを試した結果、いちばんポジティ ブな成果を示しだのは、筋トレとストレッチを組み 合わせたパターンだった。筋トレだけでもダメ。ス トレッチだけでもダメ。  またランニングにも特筆するような効果はなかっ たらしい。  長距離のマラソンやロードレースといった持久力 運動は、テストステロン値を柢下させ、老化を加速 させるという説もある。  出勤前、退勤後のジョギングを日課にしているひ とは、すこし注意したほうがいいかもしれない。  筋トレというのは、筋肉をいじめることだ。自分 を追い込むことだ。  筋肉は、筋繊維と呼ばれる繊維状の細胞が束ねら れて構成されている。筋肉を酷使すると、その繊維 の束が一時的に切れる。その切れた筋繊維はのちに 修復される。  その修復過程によって、筋肉はそれ以前より大き くなる。筋肉が増える。それが筋トレのメカニズム だ。  ということは、筋肉をいじめるだけではダメで、 ケアも重要になってくる。そのケアのひとつがスト レッチなのである。  筋トレはただがむしやらにやればいいというもの ではない。科学的に理に適ったやり方で取り組まな いと、まさにくたびれ儲けだ。  筋トレはつらい運動だ。いちばんキツいスクワッ トで追い込んだ直後は、ほんとうに階段をI段も上 がれなくなる。  しかし毎日を快適に過ごすためには欠かせない。  いわゆる四士肩、五士肩は、インナーマッスル (深層筋)の衰えで肩が滑らかに動かなくなり、そ の摩擦で生じる炎症が痛みになってあらわれるもの だ。  ぼくはそんな老化症状にいっさい悩まされること なく、楽しく暮らしている。長年の筋トレのおかげ である。   l`lSl   歯を食いしばつて、筋肉をいじめよう つ` 糖尿病は Q.) 「先手必勝」で防ぐ  2016年に仲間だちと一般社団法人「予防医療 普及協会」を立ち上げ、予防医療の啓発に取り組ん でいる。  これからの時代は治療医療ではなく、確実に予防 医療がスタンダードになるはずだ。囗本の医療費は 増大の一途で、すでに財政を限界まで圧迫している。 これから超高齢化社会を迎える。政府は「健康で、 なるべく医者にかからないお年寄り」が増える政策 を打っていくだろう。  病気にならない生活習慣づくりに成功しているひ とが求められるようになる。いまよりさらに、O、O L(Quality of )ife =生活の質)の維持が成功者の条件 になる。  予防医療普及協会でとくに力を入れているのが糖 尿病予防だ。  ご存じのとおり、日本では糖尿病患者が多く、心 臓病や胃がんなどと並び、国民病と呼ばれて久しい。 日本人の5人にI人は患者、もしくは患者予備軍と され、合わせて約2000万人と推計されている。  ほとんど自覚症状がないまま進行するのが糖尿病 だ。恐ろしい病気である。医者にかかったときはも う手遅れ、という話はよく聞くだろう。  糖尿病の血流障害による合併症で壊疽を起こし、 足を切断するひとが年間1万人、また失明に至るひ とは年間3000人もいるそうだ。  糖尿病は、膵臓でつくられるインスリンというホ ルモン物質が分泌されなくなる、あるいはインスリ ンがうまく作用しなくなることで発疱する。  食べ物で摂取した糖(ブドウ糖)は、筋肉や肝臓 などの細胞に運ばれ、于不ルギーとして利用される。 この細胞に入るための「鍵」の役割を果たすのがイ ンスリンだ。  このインスリンが働かなくなると、血液中のブド ウ糖濃度、つまり血糖値が異常に高くなる。その結 果、意識障害が起きたり、血管などを傷つけること で他の疾患を誘発したりする。  日本人は欧米人に比べて糖尿病になりやすい。イ ンスリンの分泌能力が、欧米人の半分ぐらいしかな いからだ。  欧米人は食べすぎた場合、つまり過剰な栄養を 取った場合、それはすみやかに脂肪として蓄えられ る。欧米人に肥満体のひとが多いのはそのためだ。  日本人の場合、インスリンの分泌能力が柢いため、 血糖値が高くなりやすい。それが慢性化して糖尿病 になるわけだ。日本人は食べすぎても肥満になりに くい代わりに、糖尿病になりやすい。それが体質的 な特徴なのだ。  死ぬまで好きなものを食べたいひとは、糖尿病予 防に真剣に向き合ってほしい。  感染疱にはワクチンもあるし、自己免疫でも治る。 だが糖尿病はいったん発疱したら生涯治らない。  ぼくは3年前から、糖尿病の新治療薬「SGLT 2阻害薬」を服用している。糖尿病を患っているわ けではない。予防のためだ。SGLT2阻害薬は、 尿からの糖の排出を促し、血糖値を下げる効果があ る。2014年に登場して以来、糖尿病治療の既成 概念を変えた薬剤として注目されている。  従来の糖尿病治療薬は膵臓を傷める副作用があっ たが、このSGLT2阻害薬はそうした負荷が少な い。体重減少、血圧低下、脂質改善にも効果がある。  難治の厄介な病気でも、テクノロジーの進化に よって、発疱リスクを大きく減らせる可能性が出て きた。大事なのは、健康で問題のないうちに、対処 しておくことである。病気は「先手必勝」にかぎる。  しかし多くのひとはそれを面倒がる。そして取り 返しのつかない事態におちいる。あとの祭りだ。  自分の血糖値を把握していないひとは少なくない だろう。あなたは自分の糖尿病の発疱リスクがどの 程度なのか知っているだろうか?  医療現場は、保険制度の利権を守るために予防医 療に及び腰な面がある。だからこそ、あなたは病気 に対するリテラシーを高める必要があるのだ。  「自分はだいじようぶだろう」という無根拠な楽観 は捨てよう。  まず医療機関で適正な検査をして、自分の体の状 態を知ることだ。  健康寿命を延ばすには、とにかく先手である。   四一鬪II   あなたは自分の血糖値を知っているか?    なにがなんでも 33 歯医者には    定期的に通う  歯の痛みは人間の知覚する痛みのなかでは最強だ と言われる。それはなぜか。歯周病の悪化によって 引き起こされるデメリットはとても多く、ときに命 に関わるほど深刻だから、強烈な痛みのサインを出 しているのだと考えられる。  尋常ではない痛みは、もっと体の環境に気をつけ ろ’・ という自身からの警告だ。歯周病予防はヘル スマネジメントの基本である。  ぼくは若いときからデンタルケアを心がけている。 きっかけば20代のころ、歯根嚢胞になってしまった ことだ。虫歯の放置が原因だった。いい加減な歯磨 きのせいで口腔内の状態も悪く、歯医者の先生にひ どく叱られてしまった。  抜歯して、やむなくインプラントに替えた。飲食 や日常生活に問題はないが、定期的なメンテナンス が必要になる。  いちど失った永久歯は再生不可能だ。自前の歯を なくすまえにちやんとケアをしておけばよかったと 後悔した。  以来、ぼくは朝夜のデンタルフロスとブラッシン グ、それに3か月にI同は歯医者でクリーニングを して、歯周病予防に努めている。  アメリカでは「フロスWダイ(Die =死)」という 表現がある。デンタルケアは、死を遠ざけるくらい 大事なのだという常識が浸透しているのだ。だから 子どものころから、食事が終わるとデンタルフロス やマウスウォッシュでケアする習慣が徹底して身に ついている。  デンタルケア先進国のスウェーデンやフィンラン ドでは数か月にI度、全国民が無料で歯石除去を受 けられる。義務的な制度ではないが、もしケアを 怠って虫歯になったら、治療費は全額自己負担だ。 治療費は大変な高額なので、国民全員がデンタルケ アに余念がない。  ドイツでは歯科に定期的に通ってクリーニングを しないひとには、歯科治療の保険が適用されないと いう。  そうやって各国が政策レベルで歯周病予防を促す のは、国の医療費を抑制する目的もある。歯周病患 者はどの国も年齢や性別を問わず多い。歯周病予防 の啓発により、医療費は大幅に節約される。こうし た制度はぜひ日本でも取り入れてほしい。  歯周病菌は、歯周ポケットに潜りこみ、ケアを少 し怠るとたちまち繁殖する。そして病菌は毛細血管 から体内に侵入して、頭痛、免疫不全、内臓や関節 の炎症など、さまざまな疾患をもたらす。  ある専門機関の研究によると、脳内で動脈瘤破 裂を起こした患者の患部から歯周病菌が見つかった という。疾患の直接的な原因かどうかは不明だが、 歯周病菌はときに脳にまで到達するということだ。  またべつの研究では、心疾患で死亡した5000 人の遺体の心臓を解剖したところ、卯%以上の遺体 から口腔内細菌が見つかったとされる。心筋梗塞を 起こした遺体の冠動脈内の血栓からも、歯周病菌が 発見されたという。  歯周病を放置すると、脳卒中や心不全に至るので ある。  日本人の多くは、デンタルケアに対する意識がこ とのほか柢い。  「フロスは面倒くさい」「歯医者にクリーニングに 行く時間がない」というひとは少なくないだろうし、 なかには「虫歯は痛み止めで我慢する」なんてひと もいる。  デンタルケアの怠慢による健康被害はとても大き い。繰り返すが命を奪いかねないのだ。  入念な歯磨き、そして定期的な歯科通院は、寿命 管理だと考えて励行しよう。  加えて口臭ケアと、歯並びを揃える意識も、もっ と浸透してほしいと思う。  口の臭いひとははっきり言って迷惑だ。ビジネス チャンスも逃すだろう。また糖尿病や胃炎といった 疾患の可能性も考えられる。口臭チェックもしっか りやろう。  日本人には歯並びの悪いひとが多い。海外だとそ れは「ヘルスリテラシーの柢いひと」と見なされる。  歯のトラブルは、だれでも気をつければ対処でき る。さまざまな機会喪失のリスクは減らしていこう。 SlI こまめなデンタルケアで健康長寿を叶えよう 4 最新医学の叡智を (4.) 取りこぼさない  コロナ感染の第5波は、I囗あたりの国内新規感 染者数がさる8月中旬に過去最多を記録し、またし てもわたしたちの市民生活を分断させたが、やがて あっけなくピークアウトした。緊急事態宣言は9月 いっぱいで全面解除され、本書を執筆している 2021年12月上旬の時点では、I囗あたりの国内 新規感染者数はだいたい100人前後で推移。とり あえずは収束に向かいつつある。  いちいち感染者数に過敏に反応するひともずいぶ ん減ったように思える。  しかし変異株のオミクロン株が海外で拡大してお り、先行きは不透明だ。このさきいわゆる第6波に 突入する可能性は高いだろう。  コロナ禍はなんだかんだ、まだしばらく続きそう な気配だ。  コロナ禍では、ウイルスそのものの脅威より、感 染症対策が高じた結果の過度な活動制限による経済 的ダメージのほうが深刻だ。  新型コロナ関連倒産の業種別上位は、飲食店、建 設・工事業、食品卸、ホテル・旅館だ。わたしたち の生活様式の変化が直撃している。ふたたび感染が 急拡大するようだと、これらの業種は完全に崩壊し てしまう。政府の資金繰り支援にも限界がある。  だからこそ、わたしたちにはワクチン接種が求め られている。それは現状、唯一と言っていい、確実 に有効な対策だ。「コロナが怖いウイルスだから、 ワクチンも怖い」と接種を拒むひとも少なくない。 とくに若い世代にそうした拒絶傾向が強いらしい。  新型コロナワクチンはウイルスの発見からIか月 も経たないうちに、世界の研究機関がゲノム解析を して即座に開発した。それから半年間で治験が完了 し、大量生産を実現した。いま12月上旬時点で、必 要回数のワクチン接種が完了した人数の割合は、日 本だと全体の約80%だ。  ウイルスの発見からわずか1年で、市民へのワク チン投与を成功させた。これは薬学史において驚異 的なスピードなのだ。  このmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは、 人類の叡智の結晶といえる。「なんだか正体がわか らない」というぼんやりした恐怖で享受を拒むのは、 その叡智に対する冒涜だろう。  わたしたちは人類の大きな進化の一員に加われる、 貴重な機会に立ち会っている。怖がるのではなく、 イノベーテイブな薬の恩恵はすすんで受け入れたほ うがいい。  そうした知性的な姿勢が、ホメオパシー、代替医 療、スピリチュアルといった、ほんとうの意味で怪 しい療法から身を守ることにもなる。  ぼくは40代になってから、薬やサプリのけっこう なオタクになっている。老化・寿命のメカニズムが 急速に解明されつつあることで、スーパーエイ ジャー(健康的長寿者)体質の獲得が期待できる、 薬やサプリが続々と登場しているからだ。  いまもっとも注目しているのがNMN(二コチン アミドーモノヌクレオチド)と呼ばれる、ビタミンB 3のなかに含まれる成分だ。抗老化研究の第一人者 である、ワシントン大学の今井眞一郎教授にお話を 聞き、NMNの存在を知った。  NMNは、サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)を 活性させるNAD+という物質の前駆体だ。NMN は生物の体内でNAD十に変化する。今井教授は 「NMNを摂取すれば、サーチュイン遺伝子が活発 になるのではないか?」という考えで研究を進めて いる。まだ断定はできないが、NMNには人体を若 返らせる効果が見込めるのだ。  ぼくは4年前からこのNMNのサプリを飲んでい る。特殊な製法でNMNを凝縮したサプリも、ぼく が関わる会社で販売している。ほんとうに効くかど うかは現状ではわからない。でももし10年後に「効 果あり」の検証がなされた場合、飲んでいなかった ひとは、老いを食い止められたはずの10年を取り戻 せないのだ。  少々値の張るサプリだが、お金に余裕のあるひと は、後悔リスクを減らす意味でもいちおう飲んでお けばいいと思う。  スティーブージョブズはIPhoneを世にリ リースするのに20年かかった。その20年のあいだに 半導体の進化があり、彼の理想は実現できたのだ。  老化防止も同じだ。技術的にできなかったことが、 いまや実現できそうなところまで来ている。  −U  老いは避けられないと思っていないか?  …ヲm一疲労のほとんどは「脳の疲れ」   ノレ廴特            松澤美妙(「おてやすみ」代表取締役社長)  わたしはリラクゼーションのセラピストを しています。以前は美容部員をしていました が、タイ古式マッサージを現地タイで実際に 学んだあと、いまの職業に就きました。  現在、都内で(ンドリフレクソロジーの専 門店「おてやすみ」を経営しています。  ハンドリフレクソロジーとはその名のとお り、手のひら、指先に刺激を施して、心身の 健康をサポートするものです。  じつは現代人の疲労のほとんどは、脳の疲 れです。  忙しく働いたあと「すごく疲れた……」と 感じるのは、そう感じる脳自体が疲れている ケースが多いのです。疲労回復とモチベー ションの維持には、脳の疲れのケアがなによ り大切だと思っています。  現代人はスマホやパソコンに長時間触れま す。指先、腕、目をどうしても酷使しがちで す。その酷使が脳の疲労を招きます。  多くのビジネスパーソンが疲れに悩んでい らっしやいます。アフターケアはもちろん大 切ですが、それ以上に大切なのは疲れないよ うにする事前のケアです。  事前のケアでいちばん重要なのが睡眠です。  とはいえ、ただ睡眠時間を増やせばいいと いうわけではありません。アルファ波とシー タ波という、2つの脳波のバランスが取れて いる睡眠が理想です。  この脳波については脳構造の専門的な話に なるので省略しますが、レム睡眠とノンレム 睡眠の兼ね合いが良い睡眠のポイントです。  人間の睡眠には2種類の状態があります。 それがレム睡眠とノンレム睡眠です。  レム睡眠では脳の記憶の整理や定着が行わ れます。このとき体は休息していますが、脳 は働いています。言ってみれば浅い眠りです。  一方、ノンレム睡眠は深い眠りということ になります。ここで脳は休息状態となり、脳 と体の疲労回復がなされます。  人間は眠っているあいだ、このレム睡眠と ノンレム睡眠を周期的に行き来します。  睡眠時間が経過するにつれてだんだん眠り が浅くなり、つまリレム睡眠が増えていって、 やがて最後に覚醒します。  だから睡眠で大切なのは、睡眠時間の長さ というよりその質です。  いくらたくさん眠ってもレム睡眠の割合が 多ければ、そのぶん脳は休息していないので すから、理想的な睡眠とはいえません。  「たっぷり眠ったはずなのにぜんぜん疲れが 抜けない……」というのは、脳の疲労回復が うまくいっていないためです。  ノンレム睡眠は眠りに入った直後に一気に 訪れます。寝つきが悪いひとは、深いノンレ ム睡眠にたどり着きづらくなります。  寝つきをよくするためには、やはり日ごろ からリラックスしておくことが大切です。  「おてやすみ」の(ンドリフレクソロジーは、 手のひら・指先・腕・肩甲骨を重点的に剌激 して、脳疲労の回復と予防を促しますが、あ わせてそうしたリラックス効果ももたらしま す。  わたしがHIUに入会したのは2017年 です。入会して間もないころ、堀江さんから 「誰か、手を揉むマッサージ店作ってくれな いかなI。」(原文ママ)と、HIUのマッ サージグループのスレッドヘコメント投稿が ありました。  堀江さんはずっとスマホを触っています。 手や腕がいつも疲れています。専門店を立ち 上げたらどうかと思いついたそうです。  その堀江さんからの提案に、HIU会員で リラクゼーションやマッサージ治療院などに 携わる有志が集まり、スタートしたのが「お てやすみ」です。  そこから、「おてやすみ」で起業し、HI Uというコミュニティで知り合った仲間たち の専門知識や協力を得て、2021年12月に 「おてやすみ麻布十番店」を出店するまでに なりました。  デスクワークによる肩こりなど、日々の疲 れを労るだけでなく、本来持つ能力を引き出 す上質な休みを体験していただければと思い ます。  皆様にお会いできること、心よりお待ち申 し上げます。  …ヲm一「食う、寝る、遊ぶ」の、「食う」   ノレ廴特         JoE−cH−R−K−(フィットネス研究家)  ぼくは15歳のときにボクシングをはじめま した。高校時代にそれなりの成績を収め、ス ポーツ推薦で東洋大学ボクシング部に進学し ました。大学在学中からトレーナーとして活 動し、以来41歳になった今日までずっと フィットネス業界を歩いてきました。  2016年に開設されたボクシングフィッ トネススタジオ「b‐monster「ビー モンスタ士」の立ち上げにも関わらせていた だき、日本初の「暗闇ボクシング」を導入し ました。  現在は、フィットネス関連のビジネスやイ ベントのプロデュース、プロボクシングジム のマネージャー、サプリメントや健康器具の 販売、あともちろん現場でトレーナーもやっ ています。  気がつけば365日、来る日も来る日も働 いている状態で、友だちに「だいじよう ぶ?」と心配されますが、少しも苦ではあり ません。  ぼくにとって働くというのはレジャーと同 じです。毎日が楽しくてしかたありません。  もちろん体調管理も万全。コンディション 指導がぼくの職業ですから、そのぼくが体を 壊すなんて本末転倒です。  体調管理で重視しているのは、オンとオフ の切り替え、栄養価の高い食べ物を取ること、 そしてとうぜんですが適度な運動です。  HIUには2019年に入会しました。大 学時代のぼくは、勉強とボクシングの練習漬 けでした。それはそれでよかったのですが、 スポーツ推薦で入学した学生はサークル活動 をする余裕がなかったので、いわゆる大学生 らしい楽しいことは全然やっていません。  社会人になってからも「おれって大学生の 青春ってしてないや」という思いがずっとあ りました。そしてあるときHIUの存在を 知ったのです。  ここなら普通の大学生のように楽しいこと ができるかも。好きなことを好きなだけ学び たい。青春を取り戻したい。そんな気持ちで 入会しました。  HIUに入ってすぐ、合宿に参加したり、 ピッチイベントに取り組んだりしていたら、 あっという間に気の合う仲間がたくさんでき ました。  堀江さんはひと言で言うと、優しいひとで すね。堀江さんがぼくをだれかに紹介してく れるとき、きまって「JOEくん、暗闇ボク シング『b‐monster』の立ち上げメ ンバーだって言っていい?」と聞いてきます。 そうやってぼくをプランテインクしてくれる のです。堀江さんの心配りには感謝しかあり ません。  堀江さんはトレーナーのぼくから見ても、 コンディションにとても気を遣っています。 筋トレを欠かさずやるし、ストレッチやマッ サージにも余念がない。  筋肉を伸ばすストレッチは非常に大切です。 筋肉は鍛えたら縮むので、きちんと伸ばす必 要があります。  百獣の王と言われるライオンは狩りの名手 ですが、筋トレなんかしませんよね。ライオ ンは狩り以外では、ぐっと伸びをして、体の リラツクスに努めています。そうやっていつ も筋肉を充分にほぐしているから、いざ狩り のとき、すごい筋力を発揮できるわけです。  堀江さんはサプリもいいものを選んで飲ん でいます。体のために時間とお金をかけてい るのがよくわかります。  堀江さんとまではいかなくても、健康に投 資する意識を持ちたいものです。  ぼくはフィットネス指導のときはいつも 「食う、寝る、遊ぶ」の重要性をお伝えして います。フィットネスとひと口で言っても筋 トレだけではありません。体を使って思いっ きり遊べば運動になり、自身の1囗を使い 切って心地のよい疲れで眠る。  ただ、「寝る」「遊ぶ」はわりと実行しやす いのですが、「食う」についてはなかなか本 腰が入らないようです。  ぼくの親族が農業を営んでいて、それを手 伝っていた時期がありました。川の水で野菜 を洗い、お米の一粒一粒まで大切にする暮ら しをしていると、食べ物への感謝とともに、 食べ物が持つ本来の力をまざまざと感じます。  だから食べ物は、旬のものをいただくこと。 それに尽きます。旬のものがもっとも栄養価 が高いのですから。あと旬のものは、たくさ ん穫れるからとうぜん値段も安い。メリット しかないのです。  スーパーで句の食材を選ぶように心がけま しよう。それだけでコンディションはぐっと 上がります。 おわりに  数え年で50歳のことを知命と呼ぶ。  ひとは50歳にして天命を知る。自分の人生におい て真に成すべきことを知る。それが知命の語義だ。  ぼくはいま満49歳。数え年なら50歳。ということ は知命だ。語義にしたがえば、もうじき人生を悟る ころあいだ。  悟れるか? 無理だ。そもそもそんなつもりもな い。人生に意味はない。  第5章でも触れたように、バイオテクノロジーの 躍進は凄まじい。とくに2012年に「∩煦回向‐ 口S」というゲノム編集技術が誕生して以来、生 命の神秘が、生命の神秘とされていたものが一気に 解明されつつある。  人間のさらなる長寿はもとより、不老不死だって もはや夢物語ではない。  人生は手段だ。あなたが楽しむための手段である。 とうぜんあなたの仕事も、恋愛も、子育ても、ぜん ぶそのための手段にすぎない。人生そのものに意味 はない。  だからといって人生についての思索が無意味だと 言いたいのではない。意味のない人生の意味をあえ て思索する行為自体には、哲学的快楽とでも言うべ きものがある。それもまた悦びのひとつだ。  ただしぼくはそこに興味はない。もっともっとシ ンプルでいたい。純度100%で楽しんでいたい。  ぼくが本書で明かした習慣術はすべてそのための ものだ。あなたのあらゆるパフォーマンスを最大化 し、人生を100%楽しんでもらうためのものだ。  これからテクノロジーは空前のスケールで拡張す る。世界は拡張し、あなたの命も拡張する。  ぼくは完全無欠の楽しさで、ずっとずっとこの命 を燃やしたい。仕事も遊びもなにもかもだ。燃やし て、燃やし続ける。  さあ、あなたはどうだ。                  堀江貴文