本質思考MIT式課題設定&問題解決_平井孝士 本質思考 −M−丁式課題設定&問題解決 はじめに スジの良い答えは本質から考えないと 生まれない 口ただ「考える」のではなく「本質」から考  える  私は現在、戦略系コンサルティングファームの ローランドーベルガーに勤務するパートナーである。 チームメンバーと共に、日々、クライアントの抱え る難しい経営課題に取り組んでいる。  コンサルティングはもともと、複雑な問題を解決 することが生業である。それゆえいつも私は、若手 コンサルタントに対して「考えよう」とは言わず、 「本質から考えよう」と口癖のように言っている。 なぜなら、本質から考えずに、ただ考えるだけでは、 スジの悪い答えしか出てこないからだ。  就職して5年、10年すると、だんだん仕事にも慣 れてくる。なんとなく日々の業務もそつなくこなせ るようになり、多少なりとも自分の成長を実感する ようになるのもその頃だ。また、いろんなビジネス 書を読んだり、思考法を学んだり、成果を出すため の努力が一段落するのもその頃だろう。  しかし多くの人が、そんなタイミングで壁に突き 当たる。いろいろと考えて動いているのに、物事が うまく進まない。あるいは、出した答えがあまリイ ケてなかったりする。  また、決して頭の良し悪しにさほど大きな違いは ないはずなのに、成果を出せる人と、出せない人が だんだんはっきりしてくる。成果を出せる人は、考 えていることがなんとなく深くて、正しい判断や意 思決定ができているように思える。  このような差はどこから来るのだろうか。私はそ の差が、「本質から考えているか否か」にあるので はないかと感じている。本質から考えずに、目に見 える表層的な部分だけを見て考えても、スジの悪い 答えしか出てこない。だから結果につながらない。  口現象に惑わされて答えを誤ったMBA授業   の失敗談  かく言う私も、本質から考えずに、誤った答えを 導き出したことが何度もある。MIT(マサチュー セッツ丁科大学)留学時の「イノベーションーマネ ジメント」の授業の中での失敗談をご紹介しよう。 競合するメーカー2社について議論を行ったときの ことだ。  かつて、市場シェアが拮抗する検査機器メーカー のA社とB社があった。A社の販売する製品は、 ファンシーなケースに収められ、デザイン性の優れ た製品であった。一方、B社の製品は、内部構造 (配管やセンサーの配置など)がむき出しになって いる、無骨な製品だった。それぞれの製品の性能や 価格はほとんど同じである。教授は次のような質問 をした。   「5年後、どちらの会社が市場シェアを伸ばした  だろうか」  みなさんはどう考えるだろう。  素直に考えると、A社の製品はデザイン性にも優 れているので、A社という答えに妥当性がありそう に思える(これは私の出した答えでもあった)。  しかし、本当の答えはB社だった。その理由は以 下の通りだ。  B社製品は内部構造が見えたので、その装置を使 う顧客企業が、自ら使いやすいように工夫を行って いった。そして、B社はその顧客企業の行った工夫 を、次の新製品開発に活かすというサイクルをうま く同したのである。  その結果、顧客自身の工夫をもとに改良されたB 社製品は、顧客にとって非常に使い勝手の良いもの になっていった。そして、B社は市場シェアを大き く伸ばしたのである。逆にA社は、美しいデザイン で大事なものに蓋をしてしまい、無為無策な時間を 過ごすぼめになってしまった。  間違った答えを出した私は、機器メーカーと、顧 客企業の間のダイナミズムを読み解くことができて いなかったのである。そして、もっと初歩的なミス は、顧客企業が欲しがる検査機器の購買理由に、デ ザイン性は含まれていない、ということに気付かな かったことだ。私は、問題の本質を見ようとせず、 デザインという目に見える現象に惑わされてしまっ た、と言うこともできる。  口本質思考の差は企業の経営力の差となる  企業の優勝劣敗も、本質的に考えることができる か否かにかかっている。たとえ組織に実行力があっ ても、スジの悪い答えのもと、間違った方向に組織 が動いてしまっては、その実行力がかえってあだに なってしまう。  たとえば今、ある企業の足元の業績が悪く、業績 回復に向けて大幅なコスト削減を強いられていると しよう。そんな時、よく「コスト一律30%カット」 というような打ち手が講じられることがある。確か に非常にシンプルでわかりやすい。やることが明確 で組織も動きやすく、実行力があればなおさらのこ と、すぐに結果が出るだろう。  しかし、この打ち手は、はたしてスジが良いと言 えるだろうか。一見すると理にかなっているように 見える。しかし、少し見方を変えて「今」という視 点から「将来」という視点に立場を変えてみると、 本当にこの打ち手が正しいかどうかの疑問が湧いて くる。  確かに、今コストが下がることは良いことだ。し かし同時に、一律30%カットは、将来の競争に必要 な何かIたとえば研究開発力や営業力を毀損して しまうことにもなりかねない。また「一律」という のは、平等の名のもとの悪平等とも言える。組織の モチベーションの観点からもマイナス効果だ。  一律30%コスト削減は、わかりやすいという効用 や、ゼロベースでの発想を促すという効果がある反 面、目先の結果を追い掛けることになり、いずれ更 なる業績の悪化を招きかねない。つまリスジの悪い 答えなのである。  なぜ考えた末に、こうしたスジの悪い答えが出て くるのか。それは、表層的な現象のみを見て考えて しまうからで「どうしてそうなったのか」という本 質的なところを考えていないからだ。  口より本質が見えにくく、   より本質から考えることが求められる現代   社会  本質とは、問題や現象の裏側にひそむ、それらを 引き起こしている真因である。本質の反対が、表層、 あるいは枝葉末節だ。  昔のようにビジネスが大きく成長し、企業の競争 や組織のダイナミズムが比較的シンプルだった時代 には、本質から考えなくとも、大きな問題にはなら なかった。なぜなら、世の中全体が成長していると いう厳然たる事実が、いろんな問題に蓋をしてくれ たからだ。それに、世の中が今よりもシンプルで、 今よりはものごとの本質を捉えやすかった。  しかし、今や大きな成長が望めない時代になり、 本質から考えることができるか否かで、大きな差が 生まれるようになった。しかも、情報化が進み、世 の中は複雑化した。情報が縊れ、何か本当に重要な ことなのか、逆に見えなくなってきた。  いろんなキーワードも目に飛び込んで来る。それ でわかった気になったり思考が止まってしまうこと も多くなった。情報化の進展が、ものごとの本質を 見えにくくしてしまったと言える。  こうして情報の洪水におぼれ、枝葉末節や表層に 囚われてしまうと、どれだけ時間をかけて考えても、 スジの良い答えは出てこない。  今の時代、結果につながる思考と、それに基づく 意思決定のためには、目先の情報や表層に囚われる ことなく、本質から考えようとすることがとても大 切だ。こうした思考のアプローチを、本書では「本 質思考」と呼ぶことにする。  コンサルタントに限らず、ほとんどのビジネスマ ンにとって、スジの良い答えを見つけ、結果を出し ていくことは、今後ますます重要になるだろう。こ れからの時代、本質から考える、すなわち「本質思 考」は欠かせないのだ。  口M−T、システムダイナミクスからの学び  私か、本質から考えることの重要性や、そのアプ ローチに触れたのは、MITに留学し、「システム ダイナミクス」を学ぶ機会に恵まれたときだ。  システムダイナミクスはMITの看板授業の1つ であり、特徴的なスタンスをとっている。それは、 表層的な現象や枝葉末節に囚われず、ものごとの裏 側にひそむモデルとダイナミズムを見極めようとす る点だ。  現象の裏側にあって現象を引き起こすモデルと、 そのモデルが時間をかけて生み出すダイナミズム。 私は、システムダイナミクスの授業を通じて、「何 かその現象を引き起こすのか?」「裏にひそむモデ ルはなんだろうか?」「今後、このモデルは、どの ようなダイナミズムを生み出していくのだろう か?」、こういったことを考える姿勢と、そのため の手法を身につけることができた。  こうしたシステムダイナミクスの考え方が色濃く 反映されているのが、本書で紹介する本質思考であ る。そして、この本質思考が、現在のコンサルティ ングの業務、つまり問題設定や問題解決に多いに役 立っていることは言うまでもない。  そこで本書では、MITのシステムダイナミクス の理論を下敷きに、私自身の経験を加え、本質から 考える本質思考のアプローチを紹介したい。  口本書の構成  CHAPTER I『人は意外に深く考えていな い』では「本質から考える」方法を紹介する前に、 まず、我々が日頃、いかに考えていないか、表層的 な考えをしているか、を認識していただくことにす る。ここで紹介する9つのクセに、自分がいくつ該 当するか考えてみてほしい。  CHAPTER 2『本質思考とは何か?』では、 本書における「本質」の言葉の意味や、本質思考の 基本的な考え方、進め方の概要を紹介する。本文で 詳しく紹介するが、本質思考は、MITのシステム ダイナミクスの考え方がベースになっている。  CHAPTER 3『本質思考のステップ@ モ デルを描く』では、本格的に本質思考の解説が始ま る。このCHAPTERでは、最初のステップであ る「モデルの作成」について、その方法論とヒント を解説する。現象を生み出すモデルに着目すること で、根本解決を目指すのだ。  CHAPTER 4『本質思考のステップA ダ イナミズムを読み解く』では、モデルが生み出す結 果を、長い時間軸に沿って眺めることで、その帰結 や動きを掌握する方法を紹介する。小手先の対症療 法に陥らないためには、ダイナミズムを見極めるこ とが肝心だ。  CHAPTER 5『本質思考のステップB モ デルを変える打ち手を探る』では、ここまでで作成 したモデルとダイナミズムをもとに、問題を根本解 決する、スジの良い打ち手を考えるための方法論や ヒントを紹介する。  CHAPTER 6『本質思考のステップC 行 動し、現実からのフィードバックを得る』では、C HAPTER 2〜5で紹介してきた本質思考のア プローチを、実際に使うとどうなるのか、「新製品 の立ち上げ」「営業改革」を例に、ケーススタディ に取り組む。  最後にCHAPTER 7『本質思考を身につけ るためのトレーニング方法』では、本質思考の精度 を高めるために、日々できる、ちょっとした訓練を いくつか紹介することにする。 口「本質思考」で結果の出せるビジネスパー  ソンにI。  「本質思考」は様々なビジネスシーンで役に立つ だろう。具体的には、「何か問題なのかがわかる」 「何をすべきかが明確になる」「関係者を説得でき る」「関係者の共感を得られる」「行動に移すことが できる」「問題を解決できる」といった効果を発揮 する。  これらは、いずれもビジネスの現場において重要 なことばかりである。「本質思考」を活用すること によって、こうした難題に臆することなく立ち向か い、結果を出していくことがよりできるようになる はずだ。ぜひ「本質思考」のアプローチを、みなさ んのビジネスにも活かしていってほしい。  多くの人が、本質から考え、スジの良い答えを見 出し、結果の出せるビジネスパーソンになることを 少しでも手助けできれば幸いである。 −− 1‐1 なぜ、考えてもスジの悪い答えが出てきて しまうのか? 口「真剣に考える」「時間をかけて考える」  は  本質思考とは無関係 人は誰でも「自分は考えている」と思っている。 「何も考えていない」と自分で自覚している人はあ まりいない。しかし「本質から考えているか?」と 問われて、自信を持って「はい」と言える人はどれ くらいいるだろうか。  もし「はい」と答えられる人がいたら、さらに 「では、どのように考えているのですか?」と聞い てみるといい。もしその返事が「真剣に考えてい る」「時間をかけて、きちんと考えている」といっ たものであれば、本質から考えていない可能性があ る。亶]剣に考えることはあたり前であり論外として、 時間をかけて考えることも、それはあまり「本質か ら考える」とは関係がない。では、本質から考える とはどういうことか。本書では、このことについて じっくりと議論していきたい。  本質から考える、つまり「本質思考」については 次のCHAPTERから詳しく述べるとして、ここ ではまず、多くの人が本質から考えることなく、表 層的に考えてしまっていることに気付いてもらおう。 誰しも「思考のクセ」によるバイアスを持っていて、 これが本質から考えることの邪魔をしているのだ。 口本質思考を妨げる9つのクセ  私は、これまでのコンサルティング経験、あるい は事業会社での経験の中で、頑張って考えてはいる ものの、スジの良い答えを導き出すことができずに いる人を数多く見てきた。彼らは、本当は頭が良い のに、思考のクセに縛られて、無意識に本質から考 えることをやめてしまい、スジの悪い答えに辿り着 き、仕事で成果を上げることができないでいる人達 だった。  本質から考えるためには、まずは思考のクセを知 る必要がある。そして自分がどのクセに陥りやすい のか、自覚することだ。  私の長年の観察によると、思考のクセは大きく9 つに分けられる(図表1‐1)。みなさんは、どんな クセを持っているだろうか。己を知り、自分のクセ に気付くことは、本質から考えるための出発点にな る。それぞれのクセについて、少し詳しく説明して いこう。 −− 初歩的な思考のクセ  ロ思考のクセ@裏返しの結論のクセ  現象の裏側にある本質には目もくれず、現象の裏 返しをそのまま答えとして導き出してしまうクセで ある。この裏返しの結論のクセは、シンプルだが至 るところにはびこっている、最も初歩的な思考のク セである。   「疲れた」↓「休みを取ろう」   「A製品が売れない」↓「なんとかして売らな  きや!」  このように安直に考えてしまうのは、裏返しの結 論のクセである可能性が高い。  疲れたら休むことは必要だ。しかし、これは対症 療法的だといえるだろう。ちょっと休んでも、また 同じことの繰り返しになってしまうかもしれない。 ひょっとしたら、将来の目標を見失っていることが、 疲れを生んでいる可能性もある。あるいは、肝臓の 病気を恣っているかもしれない。もしそうならば、 休養ではなく治療が必要だ。  また、Aという製品の売上が落ち込んでいたとし ても、それは市場の成熟が原因で、既に売上より利 益を重視する段階に来ているのかもしれない。ある いは、もはやA製品ではなく、新製品を開発しなけ ればならない時期なのかもしれない。極端な話、A 製品に不具合があって、アフターサービスまでを考 えると、売れないほうが後々良かったという話にな ることたってありえる。  単なる現象の裏返しを答えにしてしまうことは、 現象の裏にひそむ本質に蓋をすることに他ならない。 これでは決してスジの良い答えに辿り着くことはな い。 口思考のクセA一般解で満足してしまうク   セ  思考のクセの2つめは、仕事の上で、あるいは生 活の中で、解決しなければならない問題に対する答 えが、一般解に留まってしまうクセである。これは、 裏返しの結論のクセに通じるものがある。  たとえば、ダイエットがなかなかできない理由な ども、原因の一端を「一般解で満足してしまうク セ」に求めることができるかもしれない。   「太ってしまった」↓「食べる量を減らそう」  「運動しよう」  こうした、誰にでも当てはまる現象の裏返しの一 般解では、思い立って熱くなっている時には頑張れ そうな気がしても、結局、具体的な行動にはつなが らない。あるいは続かない。  もしダイエットできない事実の裏側に、太ってい るという現実に目をふさいでしまっている自分かい るとしたら、「食べる量を減らす」「運動する」より、 体重計を玄関に置き、毎朝毎晩、出勤前や帰宅時に 体重を「見える化」するといった、個別具体的な解 の方が効果的だろう。自分をいつか、病気に追いや るのに十分すぎる体重を日々認識すれば、具体的な 行動の原動力が生まれるかもしれない。  あるいは、ケーキー個(400キロカロリー)は、 50グラムの脂肪に相当し、それを減らすには、1時 間程度ウォーキングしなければならないという数式 を頭に入れておけば、怖くて食べられなくなるかも しれない。このように答えには具体性がほしいとこ ろだ。  ビジネスの世界でも、何にでも当てはまるような 一般解で思考が止まってしまうことは多い。そこで 思考が止まると、ものごとは前に進まない。一般解 は具体策ではないから、進みたくても進めないので ある。  みなさんが作成した企画書や事業計画の中にも、 このクセは至るところにあると思う。それを確認す る方法は至って簡単だ。  自分が作成した企画書や事業計画を、今一度眺め てみて、その資料の主語を他人や他社に変えてみれ ばいい。その時、あまり違和感がなければ、誰にで も、どの企業にでも当てはまる一般解に留まってし まっている可能性が高いと言える。それはきっとひ たすら浅くて、面白くない、あたり前の答えに違い ない。  日々のビジネスの中で、問題解決をして成果を上 げるには、やはり本質から考え、個々の具体的な解 を導き出していくことが欠かせない。 −− ジレンマに陥る思考のクセ  ここから紹介するクセは、思考法を訓練したリビ ジネス書を読んだり、努力している人が陥りやすい 思考のクセである。  なぜ「ジレンマ」かというと、それらの努力に よって思考力を上げようとすればするほど、逆に考 えが浅くなるリスクが大きくなるからだ。 口思考のクセBフレームワークに依存して  しまうクセ  このクセは、何かのフレームワークに沿って情報 を整理したら、それでおしまいにしてしまうクセで ある。フレームワークを使って情報を整理すると、 なんとなく考えた気に、そして、わかった気になっ てしまい、そこで思考が止まってしまうのである。  たとえば、ビジネスでよく使われるフレームワー クにswoTがある。s(Strength :強み)とw (ミaraこ弱み)、o(〇召ortunity :機会)とT (H町a匸脅威)の2軸から成る2×2のマトリッ クスで情報を整理するとても有効なフレームワーク だが、これを使って情報を整理してみたところで、 それだけでは意味をなさない。  フレームワークはあくまで考えるためのツールで あって、答えを導くための自動機械ではない。本来 的には、フレームワークを使って「だから何なのか (So what ?)」「なぜそうなのか(ミ耳sご)を見つ めることが、本質から考える上では大切だ。  SWOTの意味ある活用を目指すなら、少なくと も自分たちの特徴である強み弱み(SW)と、外の 環境である機会と脅威(OT)を組み合わせ、4つ の打ち手を導き出すべきだ。もっと言うと、SWO Tが生じた過去の因果を理解すること、あるいは、 このSWOTから、将来どのようなダイナミズムが 生まれるかを考えることのほうが、よほど大切であ る。現状のスナップショットをSWOTというフ レームワークで切り取るだけでは不十分だ(図表  いろいろなフレームワークを習いたての頃は、つ いついそれを使ってみたくなるものである。それ自 体悪いことではない。また、フレームワークを用い て情報を整理すると、結構スピーディーに、それな りに、資料の体裁を整えることもできる。  しかしながら、フレームワーク依存のクセの恐ろ しさは、そうした作業そのものによって達成感を覚 え、ただ情報を整理しただけなのに何かを考えた気 になってしまうところにある。  本来、本質から考えるのに役に立つはずのフレー ムワークによって、逆に思考が止まって、「本質か ら考える」ことから遠ざかってしまうのである。  口思考のクセCカテゴリー適応のクセ  カテゴリー適応のクセは、ものごとを分類するこ とで考えた気、わかった気になってしまうクセであ る。このクセは日常生活でもよく見られる。たとえ ば次のようなやりとりだ。   「彼って理屈っぽいよね〜」↓「だって彼、理系  だもん」   「あの人、あか抜けているね」↓「あの人、○×  大学出身らしいよ」  こんな会話はカテゴリー適応の典型例だ。何かの 理由を、それが属するカテゴリーに求めてしまうや り方である。この場合のカテゴリーは「理系」と 「○×大学」だ。  しかしよくよく考えてみると、理系出身でも理 屈っぽくない人はいるし、文系の人でもやたら理 屈っぽい人はいる。○×大学でもイモつぽい人はい るし、△○大学でもあか抜けている人はいる。  ビジネスの世界でも、カテゴリー適応のクセは頻 繁に見受けられる。   「A社は業績が厳しいらしい」↓「A社は、組み  立て産業だからしょうがないよね」   「B社は、なかなかいい人が採用できないらし  い」↓「B社は中小企業だからね」  もちろん、組み立て産業でも儲かっている企業は あるし、優秀な人を採用できている中小企業も多い。 なんとなくそうかなと思えることでも、そうではな いこともある。  カテゴリー適応のクセの一番の問題は、世の中で なんとなく言われていることに論理の拠り所を求め、 自分の頭で考えようとしていないところにある。  カテゴリーに分類することは、決して論理的な説 明とはならない。それは、なぜそうなのかという 「なぜ」に直接答えていないからである。  口思考のクセDキーワードで思考停止に陥   るクセ  あまり深く考えず、かっこいいキーワードに飛び つくことも大変危険である。なぜなら、そこでわ かった気になり、思考が停正してしまうからだ。こ れがキーワードで思考停止に陥るクセである。  「差別化」「競争優位」「価値提供」「顧客満足度」 ……。これらを高めていこう、と匸冐でまとめてし まったら、そこからは具体性が抜け落ちてしまう。  「コアーコンピタンス」「BPR」「CRM」…… これらが大切だ、と言った瞬間に、抽象的なレベル で思考が止まってしまう。  キーワードに飛びつくと、なんだかわかったよう な気にはなるが、実際、何もよくわかっていない状 態に追いやられてしまうのだ。  たとえば、一時期流行った「ブルーオーシャン戦 略」。既存市場での過当競争に疲弊した企業にとっ ては、とても響きの良いキャツチーな言葉たった。 ただ、「ブルーオーシャンを探そう’・」と、いきな りこの言葉に飛びつくだけでは、具体的に、どこで 何を探せばよいのやら、わからなくなってしまう。  ブルーオーシャン戦略では、顧客に対する新しい 価値軸を見つけるべきであるという至極まっとうな ことしか言っていない(ような気が私にはする)。 それゆえ、ブルーオーシャン戦略の本来の意味は、 その新しい付加価値とは何かを、具体的に、粘り強 く、考えることにあるように思える。決して匸冐で 済むようなものではないはずだ。  ただ、キーワードを使うこと自体を否定している わけではない。  具体的にじっくりと考え抜いた後に、辿り着く キーワードには意味がある。なぜならその場合、 キーワードそのものというより、そのキーワードに 至るまでの、考える時間や努力、考えるプロセスそ のものには意味があるからだ。  たとえば、その考えるプロセスが組織全体で行わ れたのならば、そのキーワードは組織にとっての共 通認識や拠り所となり、さらに大きな意味を持つこ とにもなると思う。  口思考のクセE初期仮説に固執してしまう   クセ  次は、初期仮説に固執してしまうクセである。  これは少し高度なクセである。なぜならこれは、 仮説思考ができるようになり始めた人が陥るクセだ からだ。効果・効率的な思考法にだんだんと慣れて きた人が陥る「落とし穴」と言えるかもしれない。  本来、仮説は新しい情報や発見に応じて進化して いくべきものである。しかし、このクセにはまると、 一旦思いついた仮説からなかなか抜け出せなくなり、 進化の道を閉ざしてしまうことになる。少し見え始 めてきた本質の「一部」に思考が留まってしまい、 本質の「全体像」から目を背けてしまうのだ。  典型的な症状は、「でも……」「しかし……」「た だ……」という言葉を、議論の中で多用するという 形で現れる。これは、自分の仮説の中に閉じこもっ ていることを示している。  仮にあなたが、「生産における歩留まりが高く、 不良品が少ないことが、自社のコスト競争力を高め、 高い利益率につなかっている」といった仮説を持っ ていたとしよう。  それに対してもし誰かが、「海外他社メーカーは、 製造における歩留まりが柢いけど、彼らはコスト競 争力もあって、利益率は高いよ」といったコメント をしたとする。それに対して、「でも……、海外 メーカーの人件費は安いし、規模の経済も効いてい るし……」と反論して蓋をしてしまわないほうがい い。  願わくは、議論をしている相手の論点も取り込み ながら、自分の考えをさらに広げ、深めたいもので ある。たとえば「歩留まりの高さは、コストにさほ ど大きな影響を与えないのだろうか」とか、「そも そも、自社と他社の歩留まりの定義は同じなのだろ うか」といったふうに、相手の論点も含めて、自分 の仮説を検証することに役立てたほうが得策だ。  ひょっとしたら海外メーカーは、通常の製品とし ては不良品に分類されるようなものでも、セカン ドーブランドとして新興国に販売しているのかもし れない。その結果、表面上は歩留まりが柢いように 見えても、ちょっとした不良品なら、それを販売し てお金に変えているので、その結果、利益率が良く なっている可能性だってある。  そうすると、自社がやるべきことは、歩留まりの さらなる改善ではなく、営業のあり方や営業ポリ シーを考え直すことになってくる。  初期仮説に拘らなければ、新たな考えや発見を取 COLUMNI P&Gの苦い経験  企業も「初期仮説に固執してしまうクセ」で失敗して しまうことがある。P&Gの苦い経験を1つ紹介しよう。  数十年前、P&Gは粉末洗剤の「全温度チアー」を日 本で発売した。ちょうど私が子供の頃のことで、今でも そのコマーシャルを覚えているほど、大々的なキャン ペーンが行われた。セールスポイントは、その名のとお り、お湯でもぬるま湯でも、さらには水でも、すべての 温度帯、つまり「全温度」で汚れが落ちるというもの だった。  子供心に、このコマーシャルが不思議でしかたなかっ た。なぜなら我が家では、水で洗濯するのが普通だった からだ(今のみなさんの家庭でもそうだろう)、「全温度」 を売りにする意味がわからない。また、わざわざお湯で 洗濯することの意味もわからない……。  しかし、実はこの商品、米国では大ヒット商品だった。 なぜなら米国では、水質の関係で、水では汚れが落ちに くく、お湯で洗濯するのが普通だったからだ。米国で、 お湯ではなく水で洗濯できるのなら、それは確かに便利 なはずだ。ただ、水で洗濯するのが普通の日本では、こ のセールスポイントが通用するはずもない。当然のこと ながら、結果は散々だった。  優れたマーケティングをすることで有名なP&Gも、 かつてはこんな失敗をしていた。米国での成功パターン (初期仮説)に固執してしまっていたのである。 1。−4. 考える入り口の前の、思考のクセ  ロ思考のクセF考えている目的を失つてし   まうクセ  アつめから9つめのクセは、考えることの入り口 の前で足踏みしているのにも等しいクセだ。これら のクセを持つ人は、自分が考えていないことに気付 いていない場合が多い。  まず7つめのクセは、考えている目的を失ってし まうクセである。これは、作業に埋没するあまり、 本来の目的を見失ってしまうクセとも言える。  たとえば、情報収集とその整理を行っていると、 それ自体が知らず知らずのうちに目的化してしまい、 何のために何の情報を集めているのかを見失ってし まうことがある。つまり、情報集めのための情報集 めになり、考えるということが、どこかにいってし まうのである。これでは、ものごとの表層にずっと 留まったままになってしまう。  あるいは分析に夢中になるあまり、分析のための 分析に陥ることもある。そもそも、どんな論点に応 えるための分析だったかを見失い、トンチンカンな 分析資料をたくさん作ってしまうのである。これは 駆け出しのコンサルタントによく見られる現象でも ある。  資料作成などの作業のみならず、たまに会話の中 でも、目的を失ってしまう人を見かけることがある。  打ち合わせで長々と話をしている中で、喋ってい る途中、何を伝えようとしていたのかを忘れるので ある。つまり、伝えたいメッセージがクリアになつ ていないのだ。これは非常にバツが悪い。  作成した資料でも会話でも、このクセを持つ人が 時々受ける質問は、「ところで、何か言いたいの?」 である。結局、目的を見失つたまま、頭ではなく、 手や口が勝手に動いているだけなのだ。 口思考のクセGプロセス偏重のクセ  8つめのクセは、「プロセスを同すこと」を「考 えること」だと勘違いしているクセである。次のよ うな会話はその典型例である。  「顧客の本当のニーズはどの辺りにあると思う?」 といった上司からの質問に対して、「はい、顧客 ニーズについては、顧客アンケートをすれば見えて くると思います」とか、「次回の打ち合せで説明で きるようにします」と答えたりするのは、プロセス 偏重のクセの現れである。  あるいは営業活動において、「例の新規開拓案件 はどうなっている?」という営業部長の質問に対し て、「はい。来週もう一度訪問し、さらに詳しく提 案内容を説明してこようと思っています」といった 返答も、当然のごとくダメである。  これらの返事のダメなところは、いずれも、作業 プロセスしか説明しておらず、本当に答えるべき問 いに、まったく何も答えていないことにある。つま り、中身が無いのである。頭の使い方が、考えるこ とではなく、プロセスに偏っているのだ。  おそらく、プロセスを同せば自動的に答えが出て くると、無意識のうちに錯覚しているのだろう。た だ決してそんなことはない。  本来、きちんと考えていれば、返答の内容も変 わってくるはずだ。  新規開拓の件で言うと、「若干、価格面での課題 があると思うので、少し値引きすれば案件を取るこ とができると思います」と言ってもらったほうが、 部長も安心できるはずである。そこには、単なる作 業プロセスではなく、打ち手の中身があるからだ。  また、顧客ニーズの質問に対しても、より望まし い返答は、「顧客の真のニーズは、対応の中身とい うより、迅速な対応スピードにあると思っています。 それは顧客アンケートで明らかになってくるはずで す」といったようなものだ。そこには、自分の頭で 考えた仮説が見え隠れしている。  プロセスを語り、作業をこなすだけでは、スジの 良い答えや結果には結びつかない。まずは自分の頭 で、中身を考えるという姿勢を持つ必要がある。 口思考のクセD主体性を喪失するクセ  この主体性喪失のクセは、自分の頭で考えるとい うより、知らず知らずのうちに、他人の頭が考えた ことに頼ってしまうクセだ。  このクセを持つ人の口癖は、「……ということは、 こうですね」「……だとすると、こういうことです か?」「そうですよね〜」などである。  自分でじっくりと考え抜いていないから、自分の 主張に自信が持てず、他の大(特に上司)が言った ことに対して、先ほどのような口癖が出てしまう。  たとえば、「A製品が売れなくなってきたのは、 もうお客さんに飽きられてきたからだと思うんです が……」というコメントに対し、上司が「いやいや そうじゃないだろう。競争相手のB製品がうちの シェアを食っているんじゃないか」と言ったとき、 もしあなたが、「ああ〜。だとすると、他社のC製 品も結構売れているのかもしれませんね」なんて答 えようものなら、もう自分の考えはどこかに吹き飛 んでしまっている。主体的に考えている自分はどこ にもいなくなり、相手の頭に考えてもらう状況に 陥ってしまっているのだ。  次のような会話になったら絶望的である。  相手  「我々は仕事のやり方を大きく変えなけ      ればいけないかもね」  あなた 「そうですよね。今のやり方はあまり効      率がよくないし……」  相手  「でも、やっぱりうちのトップの方針が      よくないのも事実だな」  あなた 「そうですよね。やっぱりトップの問題      ですよね……」  これはほとんど漫才の世界のようだが、よくよく 耳を澄ましてみると結構いろんなところから聞こえ てくる類の会話である。 −− 思考のクセを自覚し、本質から考える習慣 を身につける  ロカナヅチを持てばすべて釘に見える  ここまで、誰しも陥リやすい9つの思考のクセを 紹介してきた。  @裏返しの結論のクセと、A一般解で満足してし まうクセは、最も初歩的な課題である。また、最後 の3つ、F考えている目的を失ってしまうクセ、A プロセス偏重のクセ、H主体性を喪失するクセは、 先ほど述べたように、考える入り口にも立てていな い症状であった。  やっかいなのは、Bフレームワークに依存してし まうクセ、Cカテゴリー適応のクセ、Dキーワード で思考停止に陥るクセ、E初期仮説に固執してしま うクセ、の4つである。  先ほど述べたことだが、この4つは、思考法を学 び始めた人、経営学のフレームワークを学び始めた 人が陥りがちなクセだからだ。これらのクセは、頑 張って学ぼうとすればするほど、そのクセにはまっ てしまうというジレンマを抱えている。  たとえば、ロジカルシンキングを学べば、何でも かんでも分解したくなる。SWOTフレームワーク を学べば、まずはSWOTに整理してみたくなる。 あるいは、2×2のマトリックスを覚えるとすべて 2×2のマトリックスで整理してしまう。確かにこ れらはパワフルなツールだが、そこで思考が止まっ てしまっては本末転倒だ。ちょうどカナヅチを持て ばすべて釘に見えてしまうようなものである。決し て釘を打ったら終わりではない。  コンサルティング志望の若手候補者との面接で、 私も時々ケースーディスカッションを行うことがあ る。その際、「売上拡大に向けては、数量を上げる か、単価を上げるかの2つに分けて考えるべきです。 そして数量に関しては……」と続けられると、きっ とこの人はロジカルシンキングのカナヅチを使い始 めたばかりの人なんだ、と思ってしまう。正直 ちょっとがっかりする。それ以上の思考の拡がりが 期待できないのと、なんとなく{}{Og旦で済ませ ようとしている姿勢を感じてしまうからだ。  思考法やフレームワークは、あくまでツールだと 思ったほうがいい。ツールは「使う」ものであり、 「使われる」ものではない。そして、これらのツー ルに情報を当てはめれば、本質から考えたことにな るわけではないのである。 口まずは自分のクセを知る  経験的に言って、ほとんどの人は3つから4つ程 度のクセを持っているようである。本質から考え、 スジの良い答えを導くためには、まずは自分の思考 のクセを知り、表層的な思考に陥らないように、そ れを修正することが第一歩だ。  今考えていることが「問題の裏返しだ」と感じた ら、それ以外の答えを探す努力をしてみる。キー ワードに飛びついている自分に気付いたら、キー ワードを使わずにものごとを説明してみる。フレー ムワークを用いた整理に自己満足している自分に気 付いたら、フレームワークを使わずにもう一度別の 角度から考えてみる、さらには自分なりの新しいフ レームワークを創ってみる。初期仮説から考えが進 化していなければ、初期仮説の反証を考え、みずか ら初期仮説を否定してみる。こういったアクション も効果があるはずだ。  具体的に行動を変えることは、クセを克服するう えで非常に有効な手段である。人間は意志の弱い動 物だ。意識を変えることによって行動を変えるより、 行動を変えることによって意識を変えるほうが簡単 かもしれない。 −− スジの悪い答えが出てくる理由  口現象をもとに考えると失敗する  このCHAPTERでは「本質から考える方法 (=本質思考)」の概要を紹介する。  「はじめに」のところでも少し述べたが、成果に 結びつく、スジの良い答えを導き出すためには、本 質から考えることが非常に大切だからだ。  現象に惑わされず、「その裏側で何か起こってい るのか」「どうしてそうなるのか」というふうに、 ものごとの本質に目を向けなければ、情報が縊れる 今の世の中、情報に流され、現象の裏返しみたいな スジの悪い答えにしか行き着けない。  答えは何かと急ぐ前に、一歩うしろに引いて、も のごとの本質に目を向けるほうが、結果的に効果・ 効率的ではないだろうか。  ただ、「ものごとを本質から考える」というのは、 なかなか自然にできるものではない。私自身、本質 から考えることを怠り、数多くの失敗を繰り返して きた。恥を忍んで身近な例を紹介しよう。他愛もな いプライベートな事例である。  ロデートで彼女を怒らせた原因はどこにあ   る?  仕事がひと段落して、久しぶりに彼女とゆっくり 休日デートができる時間を持てたときのことである。 待ち合わせの場所で、時間通りに落ち合うと、彼女 が今日はどうしようか、と尋ねてきた。   「今日は映画でも見に行こうか。どの映画がい  い?」  以前、彼女が映画を見たいと言っていたので、何 気なくそう答えると、彼女は急に不機嫌になってし まった。   「なんで今日映画を見に行かなきやいけないの。  せっかく天気の良い土曜日の昼間なんだから、遊  園地に行きたいなと思っていたのに」  なぜこんなことになったのだろうか。  その原因は、彼女が以前言っていたことに単純に 反応してしまっていたことにあった。実は、以前、 彼女は映画を見たいと確かに言っていた。しかし、 それは平日の夜のことだった。平日の夜という隕ら れた時間を有意義に過ごすには、映画がいい、と彼 女は考えていたのである。  しかし、今日は休日の昼間である。当然、休日の 昼間と平日の夜とでは、まったく前提条件が異なっ ている。もちろん、彼女の思考の構造も変わるはず だ。  平日の夜という隕られた時間では、どう時間を有 効に使おうか、という発想になりがちだが、休日の 昼間には休日の昼間にしかできないことを彼女はし たかったのである。つまり思考の出発点が大きく異 なっていたのである。そこまできちんと考えが同っ づ鍋天気のいい休日だから何をしたい?」と 仁計匸討に付宍戸いドだよう な気がする(図表2‐1)。  千ご  千ご ″’`: ` y 口本質から考えることをせずに失敗した  シャープ  この失敗談では一応、私も、まがりなりには考え ていた。「彼女のやりたいことは何か?」からきち んと考えたにもかかわらず、誤った答えを導き出し てしまった。問題は、「考えていない」のではなく、 それなりの根拠をもとに「考えた」にもかかわらず、 スジの悪い答えに行き着いてしまったところにある。  こうした失敗は、個人に隕っだことではない。企 業も時として、本質を見誤って失敗する。みなさん の会社でも、会社の出した方針が「何か間違ってい る」と思うことはないだろうか。おそらくそういっ た方針は、頭の良い人たちがしっかりと考えたもの のはずだ。しかし、それにもかかわらず、どこか違 和感がある……。そんなふうに感じた経験は、多か れ少なかれあるだろう。  たとえばシャープの液晶テレビ事業では、一時期 そのような間違いがあったように思える。かつて シャープは、最新鋭の亀山工場でつくる液晶テレビ を「亀山モデル」としてブランド化していた。しか し、これは本質を見誤った、スジの悪い対応だった ように思える。  デジタル製品である液晶テレビは、アナログ製品 と違って、他社に真似されやすく、性能の差が出に くい製品である。実際、液晶テレビ業界では、韓国 企業が急速に追いつき、同じような製品を出して、 世界を席巻していったことは周知のとおりだ。  また顧客も、解像度や画面の大きさなどの製品機 能をテレビには求めており、ブランドが一番大切だ というわけではない。  ある意味、液晶テレビは、製品自体でのブランド 化か難しい事業であり、ブランドを打ち出すことで 長期的な競争優位を生み出すのは難しいはずだった。 しかしながらシャープは「亀山モデル」を強く打ち 出していった。  ただ過去においては、同じテレビでも、ブランド 化で大きく成功した事例が存在していた。それは、 ソニーのトリニトロン(ブラウン管テレビ)だ。も しシャープがこれを意識していたとしたら、やはり、 それは失敗だったと言わざるを得ないだろう。なぜ なら、昔と今では、ビジネスの本質が非連続的に異 なるからだ。  かつて、テレビは真似がしにくく、機能的な差異 を生み出しやすいアナログ製品であった。そして、 韓国企業の競争力もさほど大きくなかった。また、 市場環境も、かつては市場が大きく広がる高度経済 成長の真っ只中だった。顧客もどんどん良いものを 欲しがるので、ブランドをつくり上げることは本質 的に有効だったのである。  しかし、競争や市場の構造は、昔と今では大きく 異なってしまった。それゆえ、シャープの取るべき 打ち手は別のところにあったはずなのだ。  このシャープの事例では、液晶テレビが飛ぶよう に売れていたという現象が、事業の本質に蓋をして しまった、という可能性も拭えない。 −−  「モデル」と「ダイナミズム」で本質を捉 − える  口本書における「本質」の定義  ここまで、「本質」という言葉を特に定義せずに 使ってきたが、ここであらためて二言葉の意味を定 義しておこう。  「本質」とは何か? これは、なかなかに難しい 問題である。手元の電子辞書で「本質」という言葉 を調べると、次のような説明が出てくる。   「物事の本来の性質や姿。それなしには、その物  が存在し得ない性質・要素」  本質とは、あるものごとがそうであるために、最 低隕持っていなければならない非常に大切なものの ようである。ただ、これだけだと漠然としていて、 今ひとつピンとこない。  「本質とは何か」という問いに対して私か手触り 感を持って理解できたのは、MITに留学して、シ ステムダイナミクスと出会った時だった。  システムダイナミクスでは、ものごとの本質を、 現象の裏側にひそむ「構造(モデル)」と「因果 (ダイナミズム)」として捉えていた(図表2‐2)。  モデルとは、その現象を生み出す構造、つまり、 構成要素や、それらの相互の関係性のことだ。  たとえば、子供に参考書を買い与えたところ、成 績が上がったとする。このとき、   「参考書を買う」↓「成績が上がる」  と短絡的に考えてはいけない。成績が上がったと いう現象をもたらしたのは、   「参考書を買う」↓「子供が(その参考書で)勉  強をする」↓「成績が上がる」  というモデルがあると考えるほうが妥当だろう。 このモデルがわかっていれば、たとえ参考書を買わ なくても、別の方法で子供に勉強をさせることに成 功すれば、それでも成績が上がることが理解できる。  一方でダイナミズムとは、そのモデルが生み出す 現象について、長い目で見ると、どのような結果や 動きが見られるのか、ということだ。つまり、どの ようなパターンが見られるかということである。た とえばI囗の勉強時間を1時間増やせば、偏差値が I上がるモデルがあるとする。この単純なモデルに 従えば、勉強時間を2時間にすれば偏差値は2上が る。  しかし10時間勉強するとどうなるか。一時的には 偏差値が上がるかもしれないが、おそらく長続きし ないだろう。勉強が嫌いになったり、場合によって は精神的にまいってしまい、むしろ偏差値が下がる おそれだってある。こうした長い時間軸で見た、モ デルの生み出す結果や動きが、ダイナミズムだ。  現象の裏側には、それを引き起こすモデルとダイ ナミズムが必ず存在する。そのモデルとダイナミズ ムの結果として、現象が目の前に現れているのだ。  本質をこのように捉えると、本質から考えること の意味がより明確になる。つまり、本質から考える ということは、現象の裏にひそむモデルとダイナミ ズムに想いを巡らせて考える、ということに他なら ないのである。 −− M−Tスローンスクールとシステムダイナ ミクス ロ経営学を研究する世界最高峰機関、  M−Tス囗−ンスクール  ここで少しMITスローンスクールについて紹介  MITは、米国東海岸マサチューセッツ州にある 理工系の大学だ。ちょうどチャールズ川を挟んで、 ボストン市の対岸のケンブリッジ市にキャンパスを 構えている。  そのMITの中で、スローンスクールは経営学を 研究・教育する機関である。当然MBAプログラム も持っており、多くの優れたビジネスリーダーを輩 出している。  理工系の大学であるがゆえに、スローンスクール のそもそもの出発点は、経営工学(技術管理や生産 管理、オペレーションズーリサーチなど)であった。 「数字がらみ」の科目が充実しているのも、特徴の 一つと言えるだろう。  私は約20年前に、MBAの学生としてスローンス クールに2年間お世話になった。そして、そこでシ ステムダイナミクスと出会ったのである。 ロシステムダイナミクスの歴史と特徴  システムダイナミクスの歴史は古く、1950年 代にまで遡る。  MITのジェイーフォレスター教授によって生み 出されたコンピュータシミュレーションが、その出 発点だ。その発想の根幹には、すべての現象をシス テムとして、全体的に捉えようとする姿勢が脈々と 流れている。  システムダイナミクスにとって最もエポックーメ イキングな出来事が、ローマークラブによって出版 された「人類の危機」というレポート『成長の限 界』(1972年)であった。このレポートは、増 え続ける人口、枯渇する天然資源、破壊される環境 といった課題が、いずれ地球を破滅に追いやるであ ろう可能性を指摘していた。そして、有限な地球に おいて、人類が生存し続けるためには何をすべきか、 を大きなテーマとして扱っていた。  その答えを探るために使われたのが、システムダ イナミクスだった。  システムダイナミクス理論を用いた「世界モデ ル」と呼ばれるシミュレーションモデルが作られ、 コンピュータの中に人類社会のモデルが生み出され た。そこから、人類に対する警鐘が鳴らされたのだ。  その主たる主張が「成長から均衡へ」であった。 その当時、まだ日米欧の先進国は、高度成長の真っ 只中にあった。そして、誰もが豊かで明るい未来を 夢見ていた。そんな中にあって、「成長から均衡へ」 のメッセージは、とてもショッキングなものだった。 その主張は、今まさに直面している問題を先読みし たものであり、今でも新鮮さを失っていない。地球 の資源が有限であるという本質を、今から40年も前 に見抜いていたのである。  このように、システムダイナミクスは、コン ピュータの中に創られた「世界モデル」で、人類社 会の「モデル」と「ダイナミズム」を読み解き、本 質的な答えを導き出すことに成功していたのである。  口要素還元せず、全体として捉える  システムダイナミクスは、別の意味でも革新的 だった。それは、システムダイナミクスが、分解で はなく、全体を俯瞰するスタンスを持っていたこと だ。これは、それまでの科学的方法論に対するアン チテーゼでもあった。つまり、要素還元主義に対す るアンチテーゼである。  要素還元主義の基本的な考え方は、複雑なもので もそれを分解し、構成する要素にバラして、その 個々の要素を理解できれば、全体を理解できるとい うものである。これは、科学の基本的なアプローチ だ。  たとえば物理の世界では、分子を原子に分解し、 原子を原子核と電子に分解し、果てはそれらの構成 要素である素粒子へと分解していく。そうすること によってこの宇宙全体を理解しようとしている。こ のアプローチの威力にはすさまじいものがあるが、 一方で問題もある。  簡単な例として、リンゴを取り上げて考えてみよ う。リンゴとは何か。リンゴの重量はおおよそ 300グラムで、カロリーが150キロカロリー、 糖質が40グラム程度、主な成分は水で、約85%、炭 水化物はおおよそ15%、たんぱく質はO・2%…… といった説明もできる。これは、還元主義的なアプ ローチと言える。  しかし一方で、このようにどんどん分解してしま うと、リンゴはリンゴでなくなり、リンゴの本質は どこかに行ってしまう。分解して要素に分けてしま うと、植物としてのリンゴや、果物としてのリンゴ の本質が見えなくなってしまうのである。リンゴと いうものを本当に理解しようとすると、分解のみな らず、リンゴをリンゴとして見る姿勢も大切となる。  同じようなことは、ビジネスの世界でも言えるの ではないだろうか。たとえば、組織を理解しようと した場合、人材のスキル、組織図、指揮命令系統、 承認プロセスなどに組織を分けて、それぞれについ て分析すれば、ある程度その組織についての理解は 進むだろう。  しかし、それでもわからないところが残ってしま う。たとえば、トヨタ自動車がなぜあのようにカイ ゼンができるのか、について本当に理解しようとし たら、先ほどのように分解して理解するアプローチ には限界がある。組織のいろんな要素の関係性、ダ イナミズム、そういったものにも力点を置きつつ、 全体を全体として捉える視点も大切になるのではな いだろうか。  システムダイナミクスはそこに注目しているので ある。 複雑なものもモデルとダイナミズムを捉え ると本質がわかる  口うまい儲け話には要注意  モデルとダイナミズムをブラックボックスのまま 素通りしたり、目の前にある現象に惑わされたりす ると、いくら時間や労力といった資源(インプッ 卜)を投入して考えても、望ましい結果(アウト プット)は生まれない。一見、理にかなっているよ うで、実はたいした結果を出せない「スジ悪」な答 えに陥ってしまう。  システムダイナミクスは、そのブラックボックス になっているモデルとダイナミズムに光を当てよう とする考え方だ。  身近な例で言うと、うまい儲け話への投資などは、 ほとんどがスジ悪な答えだ。うまい儲け話など、本 来、モデルとダイナミズムをしっかりと考えれば、 成り立たないのがわかるはずだからだ。  たとえば、そんなにうまい儲け話なら、誰にも言 わずに、自分ひとりでこっそりとやれば良い。自分 だけとてつもない金持ちになれるはずだ。なぜ、わ ざわざ他人にその機会を押し付けようとするのか。 儲け話のモデル自体に疑問が生まれてくる。  五十歩ゆずって、自分はお金がないから、他の人 からも集めているのだ、という主張を受け入れたと しよう。でもそんなうまい儲け話なら、どんどんお 金が集まって困るくらいの状況になるはずだ。わざ わざ勧誘してくる意味がわからない。  さらには、ここで自己矛盾に陥っていることもわ かる。うまい儲け話を知っている自分になぜお金が ないのか、もはやモデルでの説明は不可能である。  それでもさらに百歩ゆずって、その儲け話のモデ ルが、万に一つ、本当だと仮定しよう。その場合、 いったいどこからその儲けがくるのか、新たな疑念 が湧いてくる。新たな資源でも蝠り当てない限り、 世の中の多くはゼロサムの世界である。ダイナミズ ムで考えると、そんなうまい話が多くの人に知れた 段階で、一人あたりの儲けが目減りするか、近いう ちに破綻する以外ないはずである。  このようにモデルとダイナミズムからものごとを 考えると、確実に儲かるうまい儲け話など存在しな いことは一目瞭然である。こんな話に騙されると、 インプットは、アウトプットを生み出すどころか、 ゼロやマイナスになってしまう。決して、ブラック ボックスをブラックボックスのまま通り過ぎてはい けないのである。  また、逆説的だが、複雑なものであればあるほど、 モデルとダイナミズムでシンプルに考えるべきであ る。なぜなら、複雑なものはそれを構成する要素も 多く、要素分解しても、今度は構成要素の数の多さ に頭を抱えることになってしまうからだ。  ロインプットとアウトプットの間にある本質  図表2‐3を見てほしい。このように、インプッ ト↓アウトプットの間にあるブラックボックスこそ が本質である。そのブラックボックスのモデルとダ イナミズムを、シンプルに捉えようとすることから 「スジの良い答え」が見えてくるのである。  詳細な説明は、CHAPTER 3以降で行うこ とにするが、ここでは簡単に「モデル」を考える、 「ダイナミズム」を考えるということについて、イ メージをはっきりさせておこう。 −− モデルとは何か?  口枝葉末節を削ぎ落としたシンプルな概念図  まずモデルだが、これは余計な枝葉末節を削ぎ落 とした、抽象的な1枚の図のことだ。モデルを考え るという行為は、シンプルな概念図をイメージする、 右脳的な作業である。  システムダイナミクスではモデルのことを「因果 ループ図」「因果連鎖図」と呼び、構成要素を丸や 四角で示し、相互の関係性を矢印でつなぐ。本書で は単にモデルと呼ぶことにするが、作り方はシステ ムダイナミクスの方法を踏襲し、丸や矢印で示すこ とにする。  例として、企業間の競争を取り上げてみよう(図 表2‐4)。自社(A社)が売上を上げるために広告 宣伝費を拡大したとする。そうするとおそらく自社 の売上は増えるだろう。しかし今度は、その影響で 売上の減ったB社が広告宣伝費を増やし、B社の売 上を増やそうとするかもしれない。そうすると次は またA社が……、というふうなループができあがり、 競争がエスカレートしていく。そして、どちらの企 業も怖くて広告宣伝費を減らせない、広告合戦のモ デルができあがる。  この場合、広告の中身や手段は枝葉末節だ。この モデルを変えない限り、疲弊しきるまでループが回 り続けることになる。また同じようなモデルは、新 製品の開発サイクルの短期化や営業拠点の拡充、値 引き合戦などにも当てはまる。競争に関する基本的 なモデルだと言うこともできるだろう。  モデルから考えるとは、このようにシンプルで、 抽象化された、絵的な発想を行うということである。 ぺ乙。―ぬ‥y. ダイナミズムとは何か?  ロモデルが時間の経過とともに生み出す動き   や結果   一方、「ダイナミズムを考える」とは、時間軸の 考え方を入れて、モデルがどのような振る舞いをす るのかを見ていくことである。先はどの広告費のエ スカレートのモデルでは、時間の経過と共に広告宣 伝費が交互に増えていくダイナミズムが見られるこ とになる(図表2‐5)。ダイナミズムを考えること のポイントは、モデルの中の因果の連鎖を辿り、ど のようなパターンが生み出されていくかを考え抜く ところにある。もちろん、他にも様々なモデルがあ り、それは多種多様なパターンを生み出すことにな る。  たとえばダイナミズムの視点は、ミクロ経済学で 扱われるような「価格」の決まり方ひとつとっても、 ユニークな見方を与えてくれて、理解をさらに深め てくれる。  ミクロ経済学では、価格は需要と供給の交わった ところで決まると教えられる。なんとなく静的で、 価格がすんなりと一点で決まるイメージを持ってし まう。  一方、システムダイナミクス的な考え方では、そ れに時間軸を入れて、需要と供給と価格のダイナミ ズムを図表2‐6のようにそのまま捉えようとする。  需要が増えると価格が上がり、価格が上がると供 給が増えて、需要が減る。そして、供給が増え、需 要が減ると価格は下がる。そうすると、また需要が 増える。このような連鎖を時間軸を入れて考えると、 振動のパターンが見えてくる。価格を静的な「点」 ではなく、活き活きとしたダイナミズムとして捉え 直すことが可能になる。 −− ダイナミズムを理解し、モデルを変えるこ とが真の問題解決に結びつく  口現象だけ変えようとしても事態はさらに悪  化する  繰り返しになるが、システムダイナミクスではも のごとの本質を、モデルとダイナミズムで考える。 裏を返せば、何か問題があるとき、その問題を解決 するためには、問題を引き起こしているモデルとダ イナミズムにまで、深く入り込もうとするスタンス が必要だということになる。  そのスタンスから真っ先に言えるのは、「現象の 裏返しは決して答えではない」ということだ。なぜ なら、現象はあくまで結果であって原因ではないか らである。原因を解決しないものは対症療法にしか 過ぎず、結果的に時間と干不ルギーの無駄になる。  さらには、今の解決策が明日の問題を生んでしま うこともある。  たとえば、便秘になり下剤を飲む。でも効かない のでさらに下剤を飲む。そうしたらこんどは下痢に なってしまった。これでは便秘の問題が下痢の問題 に変わっただけだ。これはモデルの中にあるタイム ラグ(効果が現れるまでの時間のズレ)を軽視した 結果である。  あるいは、財政赤字が解消しないので、赤字国債 を発行する。これは問題を先送りして、子供たちの 世代により大きなツヶを同していることに他ならな い。これは、それぞれの世代の人にとって本当は同 じくらい大きな問題が、時間軸の中で、将来起こる ことの実感がつかめず、未来が希薄化してしまって いることに起因している。  ロモデルを変えることができれば問題は解決   する  結局、問題解決のためには、モデルを変え、ダイ ナミズムを変えるしかない。先はどのA社とB社の 広告合戦を例にとると、図表2‐4のモデルを変え る発想と努力が必要となる。  たとえば、広告宣伝自体の意味を小さくしてしま うような新製品・新技術にフォーカスする。それが 難しければ、どこか強力な販売代理店と提携し、広 告合戦から足を洗う。あるいは、A社・B社の製品 が耐久消費財だったとすると、アフターサービスに 注力し、顧客の囲い込みを行う、そして、他社製品 の修理なども引き受けて顧客獲得につなげていくな ど、モデルとダイナミズムの流れを変えていくこと COLUMN2 サッポロビールの失敗  企業も、時おりダイナミズムを見落とす。つまり、先 を見通せず失敗したり、二の矢、三の矢を考えておらず、 倍返しにあったりすることがある。  サッポロビール(現サッポロホールディングス株式会 社)はかつて、エンドウ豆由来の「サッポロ ドラフト ワン」を発売し、第三のビールと呼ばれる新ジャンルを 開拓し、大きく売上を拡大した。しかしすぐに、体力に まさるキリンやアサヒといった大手ビールメーカーが、 第三のビールを発売して競争が激化、サッポロはその反 動で大きく業績を悪化させることになる。  なかなか次の矢を、タイムリーに放つことができな かった(あるいは用意できなかった)のである。これは 今日の解決策(成功)が、明日の問題を生んでしまった 例といえるかもしれない。つまり、大きな成功が、大き な反動をもたらし、業績が大きく上下するダイナミズム を生んでしまったのである。  では、どのような打ち手が考えられるだろうか。たと えば、サッポロビールが、最初の成功をほどほどに抑え つつ、時間をかけて確固たる「ドラフトワン」ブランド を確立できていれば、ひょっとしたら、競合他社の参入 インパクトを小さく抑えることができたかもしれない。 そうすると、業績の振れ幅は小さくなり、長い目で見れ ば、より多くの利益を得られていたかもしれない。 ロイノベーションの民主化というモデル  「はじめに」で述べた私の失敗談を振り返ってみ よう。MBAの授業での、A社とB社の競争では、 どのような本質に目を向ければよかったのだろうか。  たとえば、B社が行ったように、製品の競争力が イノベーションによってもたらされるとすると、お そらく目を向けるべきポイントは、そのイノベー ションがどこでどうやって起こるのか、というモデ ルとダイナミズムにあったのだろう。  私の過ちは、「イノベーションは企業が行うもの だ」という常識に囚われ、顧客においてもイノベー ションが起こるという、もう1つの重要な半分が見 えていなかったところにある。そして顧客のイン プットが自社の競争力にプラスとなり、継続的に顧 客とともに発展するというダイナミズムが見えてい なかったのである。  顧客はアウトプットする相手というだけではなく、 インプットの元でもあったのだ。私は、イノベー ションが民主化しているというモデルを見落として いた(図表2‐8)。もしこのモデルとダイナミズム をしっかりと考えられていたなら、正しい答えに辿 り着いていたことだろう。そして、自前主義の脱却 という戦略や、顧客イノベーションを取り込むため の開発・営業の連携強化といった、よリスジの良い 考えに近づくことができていただろう。 COLUMN3 日本企業のガラパゴス化に対する打ち手  本質から考えることの重要性を実感できる事例を一つ 紹介しよう。それは、一時期よく耳にした日本の「ガラ パゴス化」という問題だ。  ガラパゴス化とは、日本独自の技術やサービスなどが 日本の中だけで進化してしまい、世界標準から取り残さ れ、グ囗−バルでのビジネスチャンスを失ってしまう現 象である。南米エクアドル沖にある、隔離されたガラパ ゴス諸島で、生物が独自に進化してしまったことに喩え てそう呼ばれている。ちなみに、ガラ携の「ガラ」はこ のガラパゴスから来ている。  ガラパゴス化は、携帯電話、デジタル放送、PC、 力−ナビなどでも起こっており、事例の枚挙にはいとま がない。携帯の世界でも、ガラ携ではなく、スマホが世 界標準になってしまった。なぜこのような現象が起こっ てしまったのだろうか。  すぐに幾つかの理由を思いつく。たとえば、勉強熱心 で技術に強い日本人は、どんどん高度なものを生み出し てしまう。あるいは、日本人の要求水準が高すぎる、と いった意見である。確かにどれも一理あるが、残念なが らこれだけでは、現象の一部を捉えた見方だと言わざる を得ない。  実は、この問題の裏には「日本市場の大きさ」という 課題がある。日本市場が中途半端に大きいから、このよ うな独自技術の進化がそもそも成立し得るのである。  つまり、「日本という巨大な足元市場がある」↓「グ 囗jバル市場にはじめから真剣に向き合わない」↓「コ スト競争力のない高度な製品が生まれる」↓「グ囗−バ ル市場に出遅れる」↓「海外勢に世界標準を取られてし まう」↓「やがて足元の日本市場も取られてしまう」と いったモデルが、ガラパゴス化という現象の裏には存在 するのである。それゆえ、日本よりも人口の少ない韓国 や台湾では、ガラパゴス化という課題をあまり耳にしな い。  こう考えると、日本発、日本中心の発想を持つ限り、 根本的な解決はのぞめないことになる。解決のための前 提としては、ビジネス発想の起点を日本ではなく、最初 からグローバルー新興国にすることが、必須条件として 見えてくるはずだ。 ぺ乙.―如}. 本質に目を向けると論理的思考や仮説思考 の威力が増す  口これまで学んできた思考法が活きてくる  現象に囚われることなく、表層から離れ、ブラッ クボックス化してしまいがちな「本質」(=「モデ ル」×(ダイナミズム)から考えようとする姿勢は、 結果的に、ロジカルシンキングや仮説思考を活かす ことにもつながる。  それはどういうことかと言うと、本質から考えた 上でのピラミッド構造や仮説は、現象から出発した ピラミッド構造や仮説とは明らかに質的に異なって くるということだ。先ほどのイノベーションの民主 化を例にとってみると、次のような考察が成り立ち うる。  普通に売上の拡大をピラミッド構造に分解しよう とすると、顧客数の増加、顧客あたりの売上増に、 まずは分解するだろう。そしてそれぞれに、顧客数 の増加は、「シェアを伸ばして他社から獲得する」 とか「新規顧客を創造する」に分解でき、顧客あた り売上増は、「本体の販売数量の拡大や値上げ」「付 属品・アフターサービスの拡販」などに分解するこ とができるだろう。確かにロジカルだ。しかしなが ら、ここから出てくる打ち手は現象の裏返しになり かねない。  しかし、見えていなかったもう半分を含め、モデ ル発想で全体像を眺めてみると、仮説の置き方や分 解の仕方も、おのずと異なってくる。そして、現象 を分けるピラミッドではなく、企業の本当の競争力 をピラミッドに落とし込んでいくことも可能になる。  たとえば、顧客が自ら工夫しやすいように製品の モジュールの切り方を工夫する。顧客の工夫を自社 に取り込むために、顧客との接点のあり方を見直す。 そして、それを再び顧客に還元するために、開発と 営業の役割・連携のあり方を改善する。こんな切り 口で議論ができると、より現実的で実効性のある、 スジの良い答えにつなげていくことができる(図表  「本質に目をむける」ということは、このように モデルとダイナミズムに光を当てることにある。そ のためには、このCHAPTERで紹介してきたよ うな図が、ものごとの理解を深めるのに役に立つ。 −− 本質思考の4つのステップ  ロシステムダイナミクスの思想を下敷きにし  た本質思考  いよいよ次のCHAPTERから、本質思考のア プローチについて、ステップごとに紹介していきた い。ただ本書は、システムダイナミクスの考え方を ベースにはするものの、その解説書ではない。あく まで、その考え方を活用しながら、本質から考え、 スジの良い答えを導き出すためのアプローチを紹介 することが目的である。  本書で紹介する本質思考は、次の4つのステップ からなる。  ステップ@ モデルを描く  ステップA ダイナミズムを読み解く  ステップB モデルを変える打ち手を探る  ステップC 行動し、現実からのフィードバック        を得る  それでは、本質思考の各ステップにおいて具体的 に何をすればいいのかを、そのコツとともに解説し ていこう。また、最終CHAPTERでは、こうし た本質思考の精度を高めるために、日常生活で取り 入れることができる、訓練方法も紹介する。 −− モデルがわかると本質が見えてくる  口絵的に考え、1枚の絵に表す  本質から考えるためには、まず、現象の裏にひそ むモデルを読み解くことからすべては始まる。モデ ルを読み解くとは、どういうことか。二日で言うと、 絵的な発想で、シンプルに、最も大切なことを抽出 し、その全体を描いてみるということに他ならない。  いま直面している問題の裏にひそむモデルを絵で 表現し、モデルの要素や因果のイメージを「見える 化」するのだ。大事なことは、実際に手を動かして ヴィジュアル的に表現することで、考えを深化させ ることだ。頭で考えているだけでは、なかなか思考 は深まらない(図表3‐1)。そして、モデルから考 えると、なるほど、と思える答えに至ることが多い。 ロモデルを描く上での条件  モデルを描く上で特にルールはないが、2つ条件 がある。1つは、考えるべき要素と因果関係が含ま れていることだ。これがないと現象やダイナミズム を生み出すメカニズムを考察することができない。  もう1つの条件は、モデルを何枚かの紙にまた がって描くべきではないということだ。全体像、全 体構造を把握することが目的なので、1枚の紙に描 ききるべきだ。なぜなら、全体の要素とそのつなが りがはっきりして初めて、全体像になるからである。 1枚の紙に収まらないようならば、それは、思考の 結晶化か十分に進んでいないことの証かもしれない。 COLUMN4 百貨店は地盤沈下する?  数年前、小売業に精通したある経営者と話をする機会 があった。この人の話は、「ああ、現象ではなく、しっか りモデルを見ているな」と強く感じるものだった。  その大は、現在厳しい状況にある東京の百貨店が、10 年程度のスパンの中で必ず復活すると断言していた。  理由はいたってシンプルで、説得力があった。それは、 百貨店が都心の駅近の一等地にあり、大きな場所をおさ えているからだ、というものだった。  確かに、日本全体では人口減少が始まったものの、東 京はまだまだ20年近く人口が増加する。富裕層も多い。 そして、都心での主たる交通手段は、鉄道のままであろ う。たとえ百貨店の業態、ビジネスモデルは変わっても、 都心の駅のそばにある、大きな百貨店は構造的に有利だ と言うのである。  最近、百貨店の業績が回復しつつある。その経営者は、 現象ではなくモデルを見ていたのである。 −− 正のループと負のループ  ロ世の中は2つのループで成り立っている  モデルの典型的なかたちは、本書でたびたび登場 してきた「因果ループ図」だ。これは、システムダ イナミクスでモデルを描く際に用いられる図の描き 方で、構成要素を丸や四角で、因果関係を矢印で示 す、単純な絵である。  そしてシステムダイナミクスでは、世の中が2つ のループで成り立っていると考えている(図表3‐ 2)。本書はシステムダイナミクスの解説書ではな いが、モデルを考える上で、この2つのループの考 え方はぜひ知っておくべきなので、少し解説してお こヽつ。 ロエスカレートしていく「正のループ」  1つ目は正のループである。ポジティブループと も呼ばれ、雪だるま式にどんどんものごとがエスカ レートしていくループだ。図表2‐4で示したA 社・B社の広告合戦が典型例だ。  このループは、世の中の至るところに存在してい る。たとえば、米国が軍拡をするとロシアが軍拡す る。そしてロシアが軍拡すると米国がさらに軍拡す るといった軍拡競争も、このループだ。あるいは、 恋人との関係が冷めてきた時、恋人のちょっとした 仕草が嫌になり、それによって、さらに関係が冷め てしまう。これもポジティブループである。  口均衡をもたらす「負のループ」  もう1つのループが負のループだ。負のループは、 バランシングループとも呼ばれ、均衡をもたらそう とするループである。  たとえば、図表2‐6で示した需要と価格、供給 と価格、それぞれのループがこのループにあたる。 価格が上がると需要は減るが、需要が減ると今度は 価格が下がる。逆に価格が下がると需要が増え、需 要が増えると価格が上がる。こういった行ったり来 たりをしながら、徐々に均衡点に近づいていく現象 を引き起こすのが、負のループである。  モデルを考える上で、この2つのループの考え方 は大変重宝する。  ちなみに、この正のループと、負のループを意識 しながら、コラム4の百貨店の復活を後押しするモ デルを描いてみると、おおよそ図表3‐3のような かたちになるだろう。   愕   なIな   I七 i 三 ]  このように、モデルを考えるときは、要素間の ループがどちらのループなのかを意識することで、 その後のダイナミズム、ひいては結果として現れる 現象について、的確に理解することができる。 −− モデルを考える上でのヒント@ 5つの構成要素を入れる  口5つの要素から多面的に捉える  ここからは、モデルを描く際に参考になるヒント を幾つか紹介しよう。  CHAPTER 2の図表2‐3を今一度見ても らうとわかるように、本質とはインプットとアウト プットの間にあるモデルとダイナミズムであった。 本当はインプットとアウトプットは、モデルとダイ ナミズムを経てつなかっているにもかかわらず、そ れを素通りし、現象だけを見てしまうからスジの悪 い答えに辿り着くのである。  裏を返せば、見るべきポイントは、それらイン プットと本質との関係性であり、アウトプットと本 質との関係性ということに気付くだろう。そしてモ デルに組み込まれるべき要素を考える際には、多面 的に要素を捉えようとする姿勢が重要となることに 気付くだろう。  このような観点からすると、考えるべき要素を幾 つか挙げることができる。それは、「インプット元」 「アウトプット先」「競争関係」「協調関係」「影響 者」の5つである。  たとえば、仕事の成果を例にとって考えてみよう。  インプット元は、モデルに投入される要素である。 仕事の場合、自分の時間や持っているスキルなどが それにあたる。もっと言うと、そういったものの投 人を可能にする自分自身の健康や、これまでの努力 の蓄積なども、インプット元になると言えるだろう。  アウトプット先は、モデルから出てくる成果であ る。たとえば、お客に対するサービスや、上司に対 する報告書などがそれにあたる。  競争関係は、インプットやアウトプットを競い合 う相手であり、この場合、狭く考えると会社の同僚、 広く考えると他社の同じような仕事をしている人、 などが含まれるだろう。競争相手とはお互い切磋琢 磨してプラスになることもあれば、広告合戦のよう に競争がエスカレートして、お互いに消耗してしま うこともある。  協調関係は、補完関係やシナジー効果をいっしよ に生み出せる相手である。たとえば上司や部下、あ るいは他の支援部門などがそれにあたる。もっと広 く捉えると、仕事の効率を上げるための道具や、自 分を支えてくれる家族なども含まれるかもしれない。  影響者は、間接的にモデル全体に大きな影響を及 ぼす要素である。この場合、社長や人事部長などが それにあたるだろう。影響者は、変化を加速したり、 モデルの前提を変えてしまうことがある。  ビジネス上の問題解決をするためにモデルを描く 際、少なくともこの「インプット元」「アウトプッ ト先」「競争関係」「協調関係」「影響者」の5つの 観点から全体を俯瞰すべきだ。これら5つの要素を 念頭に、それらの間の関係性をじっくりと考えれば、 確度の高いモデル、そしてスジの良い答えに近づく ことができるはずである。  もしモデルを描いてみて、何か抜けているような 気がしたら、この5つの内、何かを忘れていないか 再確認してみよう。  ロジンガボール航空の成功モデル  企業の事例を1つ取り上げよう。シンガポール航 空は、これらの要素がうまく絡みあって、成長して きたエアラインだと言えるかもしれない(図表3‐ 4)。  総2階建ての飛行機A380など、最新の機材を 導入し、キレイでスタイルが良いCA(インプッ ト)が、質の高い機内サービスを提供し、東南アジ アの(ブとも言えるシンガポールヘの(からの)移 動を提供してくれる(アウトプット)。シンガポー ルのチャンギ空港は、チェックイン後の時間や、乗 り継ぎ間の時間を有意義に過ごせるよう、商業施設 やレジャー施設が充実しており、魅力的な場になっ ている(協調関係)。  また、シンガポール自体がアジアの(ブとして機 能しているのは、政府(影響者)のおかげであり、 シンガポール航空とチヤンギ空港が綿密に連携をと れるのも、政府の後押しがあってのことである。  様々な競争相手はいるものの、政府−空港−エア ラインの強カタックがもたらす競争力は強く、最近 はやりの格安航空会社ともうまく住み分けが行われ ている。 句J。−4− モデルを考える上でのヒントA レイヤーを考える  口階層構造(レイヤー)を考える  モデルを考える上での2つ目のヒントは、発想の 方向を少し「厚みを増す方向」にふってみることだ。 つまり、階層構造(レイヤー)を考えていくという スタンスを持つのである。レイヤーを意識しながら モデルを描こうとすると、本質の理解が一段と深 まっていく。  こう書くと、「モデルを1枚の紙に書く」という ことと矛盾するように感じるかもしれないが、決し てそうではない。あくまで考えを掘り下げていくう えで、階層を意識してもらいたいということなのだ。  ただ、「厚みを増す」といっても、よくわからな いと思うので、少し身近な例を取り上げて考えてみ よう。  あなたが何かスポーツをやっているとしよう。そ のスポーツの大会があったら、その試合で良い成績 を残したいと思うはずだ。勝利というアウトプット を出すために、当日の天候などのコンディションも 考え、対戦相手を知り、あるいはチームメンバーと どう戦うかの作戦を練るだろう。試合前には、干不 ルギーになりやすいパスタを食べるかもしれない。 お気付きのように、これらは先ほどの5つの要素で の視点だ。  一方、レイヤーで考えると、違う見方も見えてく る。  つまり、「試合」というレイヤーを離れ、それ以 外のレイヤーに考えを巡らせるのである。たとえば、 スキルの層。そうすると、試合に臨む前に、必殺技 を編み出しておく、ということも考えられる。  あるいは、体力の層で考えると、スピードや持久 力で勝負するという、体力勝負の考え方だってあり 得ることになる。これらは、試合そのものの「層」 から離れて、他のレイヤーを含めて考えたというこ とに他ならない。そうすることで、試合で勝つ、と いうアウトプットを生み出す可能性を高めることが できる。この場合、レイヤーは、試合−スキルー体 力、の3層構造になっている。  口自動車産業の競争をレイヤー別に読み解く  次に、ビジネス関連ということで、自動車業界の 例を取り上げよう(図表3‐5)。  先ほどの5つの要素で考えると、規模を追求して、 ドイツのダイムラーベンツと米国のクライスラーが 合併(後に解消)したり、日産とルノーが提携する など、競争と協調が入り混じっている。  また、ボッシュやデンソーのような部品メーカー が、自動車のコア部品をおさえて実力・影響力を増 したりと、非常に興味深いダイナミズムを生んでい る。  しかし、これら業界の動きだけをモデルで捉えよ うとするのではなく、レイヤーの切り口を加えると さらに理解が深くなる。たとえば、「業界の層」に プラスして、「車づくりの層」「(車をつくるための) 組織の層」、といった異なる層の見方も取り入れな がら、1つのモデルを描いていくと、競争の本当の 動きが見えてくる。  たとえば、囗本の自動車メーカーに追いつけ追い 越せを目指してきた韓国の現代自動車は、競争力向 上のスピードを高めるために、顧客の目に触れるデ ザイン性に集中的にこだわリシェアを伸ばしてきた。 車づくりの層での戦いである。  一方、日本企業の得意とする「改善」や、系列内 での「擦り合わせ」による優れたものづくりに対抗 するために、ドイツのフォルクスワーゲン(VW) は、レゴブロツクを組み立てるかのように車をつく る新しいものづくりの手法を、10年以上もかけて完 成させてきた。それによって、現在、急速に競争力 を増している。これも、車づくりの層での戦いであ る。また、同じくドイツのBMWは、1台あたりの ブランド価値が最も高い自動車メーカーとして賞賛 されることが多い。そのBMWは、そのブランド価 値をつくり上げるために、ラグジュアリーを語るこ とのできる人だけを採用し、「駆け抜ける歓び」と いうブランド価値を、何十年もかけて組織に浸透さ せる努力を行ってきた。これは車づくりの層のさら に下にある、組織の層での戦いである。  このように、レイヤーを切り口としながら考えて いくことで、違う観点から、本来のモデルに迫るこ とができる。  たとえば、BMWの例で言うと、車づくりの層だ けを見ていても、BMWブランドの本質的な強さを 見誤る恐れがある。もう一層深い、組織の層まで考 える必要があるのだ。そうすれば、BMWのブラン ドは、顧客の中における信頼の蓄積であり、おそら く他社がI朝一夕に真似できない、とても重要なも のだ、ということが想像できる。 −− モデルを考える上でのヒントB 因果に注目し、相関は無視する  口因果と相関の違い  モデルを描く際には、因果関係と相関関係の違い にも留意する。因果関係とは、2つの事柄の間に、 本当に原因と結果の理屈が存在しているものである。 一方、相関関係は、2つの事柄の間に関係があるよ うに見えても、原因と結果の因果がないものである。  本当に因果があるのか、たまたま関係性があるよ うに見えるのかでは、大きく意味が違ってくる。 ひょっとしたら因果関係がないかもしれない、と疑 わしい場合は、その裏に、第三の因子が隠れている 可能性を探ったほうがいい。  たとえば、「英語ができる社員は仕事ができる」 という関係性を感じた場合、それは本当に因果関係 なのか、相関関係なのかを考えてみるべきだ(図表 3‐6)。もしかしたら、努力する人が英語もできて、 仕事もできるという両方の結果を生み出しているだ けで、英語ができるということと、仕事ができると いうことには、因果関係はないかもしれない。  一 T 01 E I  ここには「努力する社員である」という第三の因 子が隠れている。この場合、社員にいくら英語の勉 強をさせても、社員の仕事力が上がることはない。 モデルを描く際に重要となるのは、当然のことなが ら因果関係のほうだ。相関関係はモデルに入れる必 要はない。 句J.―ぬ‥y. モデルをチェックする  口主語を変えて考えてみる  考えたモデルが本質に迫っているかどうかを確か めるためには、どうすればいいだろうか。一番いい 方法は、視点を変えて考え直してみることだ。  たとえば、相手の立場になって考えてみる。そう すると、見える世界は180度異なる。あるいは第 三者的に卯度横から眺めてみる。そうすると冷静に、 客観的な視点を持ちやすい。自分の頭で考えるだけ でなく、様々な立場の人を想定しながら、主語を変 えて、一旦できあがったモデルを見直してみると、 モデルの質は必ず良くなるものである。 口他人に見てもらう  自分の頭の中で、自問自答を繰り返すのがどうも 苦手という人には、もっと手っ取り早い方法がある。 それは、他人に自分の考えたモデルを見せて、議論 することだ。  ほとんどの場合、自分の考えていることと他人が 考えていることにはズレがある。100%重なって いることは稀である。つまり他人と議論することは、 当然のことながら、他人の視点を取り入れ、モデル をチェックすると同時に、さらに考えを深めるチャ ンスにもなる。  ここで警戒すべきは「初期仮説に固執してしまう クセ」だ。他人との議論の中で、避けるべきは「で も……」「しかし……」「ただ……」といった反応で ある。そのクセが出てしまうと、せっかくの新しい 視点も台無しになってしまう。  できれば、自分とは異なる考えや発想を持ってい る人と議論するほうがいい。あるいは、身の回りに いる、普段から物事を深く考えている人がいい。そ んな人とは10分程度議論するだけでも、得るものが たくさんある。  私はコンサルティングファームに勤めているので、 身の回りには優れたシニアなコンサルタントがたく さんいる。特にパートナーと呼ばれる共同経営責任 者は、経験豊富で、そのバックグラウンドも様々だ。  自分の考えたモデルをチェックしたい時や、さら に考えを深めたいときには、パートナーの部屋をま わって、考えたモデルを5分で説明し(もちろん守 秘情報は伏せた上で)、10分程度、その人の着眼点、 考えを聞くことにしている。  そうすると、5〜10部屋まわり終える頃には、自 分の考えていたモデルをきっちりとチェックできる だけでなく、思考の幅が広がり、自分の考えが深ま ることにもなる。  口辿り着いたモデルが面白いかどうか  最終的なチェックのポイントは、自分が考えたこ とが面白いかどうかを確認することである。モデル が本質に近ければ近いほど、きっとその内容は面白 いはずである。なぜなら、まさに見えなかった本質 が見えてくることで、人は新鮮な驚きを感じ、それ が面白さにつながるからである。単純な問題の裏返 しは、決して面白くない。  あるいは、固定観念や暗黙の前提が崩されるとき にも、その意外性ゆえに、人は面白さを感じる。お 笑い芸人の笑いは、まさにこの意外性から来ている。  また、面白さを感じるときは、物事を動的に捉え ている場合が多い。単なる静止圉、スナップショッ トには面白さはない。つまリモデルから連想される ダイナミズムに面白さがあるのである。  このように、面白いか否かは、良いモデルかどう かの最終判断ポイントとなる。 4。−1− モデルから生まれるダイナミズム  ロモデル×時間が生み出す結果を予測する  現象を生み出すモデルが見えて来たら、次は、そ のモデルがこの先どのような振る舞いを生んでいく のかを発想していく。絵的に発想したモデルが、ど んな因果関係によってどんなダイナミズムを生んで いくかを考えるのである。このダイナミズムが理解 できれば、対症療法ではない、本質的な解決策を考 えることができる。  ダイナミズムは、決して静止圉の中には存在しな い。ダイナミズムを考えるということは、時間軸を 入れ、その時間軸に沿った発展の方向がどこにいく のかを考え、意識することである。  たとえば、車の中古車販売と新車販売の関係を例 にとって考えてみよう。図表4‐1のようなモデル から短絡的に考えると、中古販売が伸びることは新 車販売にとってマイナスのように思える。なぜなら、 中古販売と新車販売が力三(リ(共食い)を起こし てしまい、新車が売れずに儲けが減ってしまうから だ。  しかし、話はそう単純ではない。  現実的には、最初に中古車から始める人もいる。 そうだとすると、中古車を買ってくれた人は、長い 時間軸の中で、いずれ新車を買ってくれる顧客にも なる。つまり、今の中古車販売は、将来の新車販売 の潜在顧客をつくっているという見方もできる。  また、自社の中古車で満足してくれた人は、今度 は自社の新車を買ってくれるかもしれない。そう考 えると、質の良い中古車を販売し、流通させること が、自社にとって有利に働くかもしれない。あるい は、流通する中古車の価値を上げる努力をすること によって、下取り価格の不安を和らげ、それが、新 車販売にプラスになるかもしれない。  このような中古車販売と新車販売のモデルに基づ き、動的に考えていくと、単にカニバリのマイナス だけではないことに気付くことになる。  短期的には、新車販売が中古車販売に食われたと しても、長い目で見てうまくいけば、やがてそれは 新車販売にとってプラスにもなる。この関係はちょ うど、図表4‐2のような相互に関係しつつ発展す るエスカレートになるかもしれないのである。  このように、ある事象の本質を見極めるには、モ デルを作成して、そのI回転の結果を観察するだけ でなく、そのモデルが長い時間軸の中で、何回転か することで、どのような結果をもたらすかを考える べきである。そうしないと、ものごとの本質を見誤 ることになる。たとえばこのヶIスなら、「新車を 売るために、中古車をあまり売らないようにしよ う」というスジの悪い結論を出しかねない。  これがダイナミズムを考える理由である。 ダイナミズムのパターン  ロ代表的な6つのパターン  モデルから生じるダイナミズムには、いろいろな パターンが存在する。今、目に見えている現象は、 そのパターンの、ある時点でのスナップショットに しか過ぎない。それゆえ本質に迫り、スジの良い答 えに辿り着くためには、大きくパターンを捉える必 要がある。  そもそもダイナミズムという言葉自体には、時間 という概念が含まれている。時間軸がないダイナミ ズムはありえない。そう考えるとダイナミズムは、 横軸に時間をとって、縦軸には鍵となる指標をとっ て描かれるグラフになることに気付くだろう。鍵と なる指標の中で、最も重要となるのはアウトプット だ。つまり、時間軸に沿ったアウトプットのパター ンが最も基本的なダイナミズムだと言うことができ る。  アウトプット以外でも、モデルの中にある大事な 項目のダイナミズムを考えることにも意味がある。 たとえば先ほどの新車・中古車の例では、販売台数 ということ以外に、新車・中古車の合計の保有台数 という指標が、どんなパターンを描くかを見ること も大切だ。なぜなら、中古車販売が新車販売につな かっていく理由は、まさに市場に出回る車の台数と いう、「ストック」が増えることに起因するからだ。  縦軸には、台数のような絶対値をとってもよいし、 市場シェアのような比率をとってもよい。あるいは、 厳密な測定は難しいとは思うものの、組織の活性化 度合い、ブランドの価値といったような「質」の指 標でもよい。  図表4‐3は典型的なダイナミズムのパターンを 図示している。たとえば、正のループが強いと「エ スカレート」や「成長」のパターンになることが多 く、負のループが強く働くと、どこかのレベルに落 ち着いていく「減衰」や、「目標への到達」のパ ターンになることが多い。  もし、なんらかの容量、たとえば、風呂の大きさ、 有限な地球資源、自分の持てる時間など、ストック 的な要素に限界がある場合は、「ライフサイクル」 や「Sカーブ」のパターンになることが多い。  − 4−一句J− ダイナミズムを考えるポイント@ ストックとフローを分けて考える  ロストックとフロー、2つの状態  ストック的かフロー的かの違いによって、ダイナ ミズムには大きな違いが見られる。  ストックとフローの違いの一番わかりやすい例は、 お風呂にたまった水だ。水道の蛇口から出てくる水 の量がフローで、お風呂にたまった水がストックに あたる(図表4‐4)。花粉疱の発疱もストックとフ ローの考え方が関係している。花粉疱は、体内に花 粉の影響がたまっていき、ある閥値を超えたときに 起こる。体内にたまった影響がストックで、毎年吸 収する花粉の量がフローだ。  ビジネスの世界でも、ストックとフローを明確に 分けて考えなければいけない場面は多い。もう一度、 自動車の販売の例で考えてみよう。自動車が普及し 始めた新しい国では、販売台数は、毎年何人、新し い人が買ってくれるかというフローの考え方が大事 になる。一方、成熟した国(極端な話、車を持つべ き人がすべて保有していた場合)は、買い替え需要 のみとなるので、今、何台の車が市場に出回ってい るか、というストックの考えの方が重要になる。  また、毎年の広告宣伝費などの費用は、新興国か 先進国かにかかわらず、販売台数に比例するだろう からフローの考え方であり、修理などのアフター サービスの収入は、市場に出回っている保有台数で 考えるべきだから、ストックの考え方となる。この ようにダイナミズムを考える際には、ストックかフ ローか、どちらについて考えているのかを意識して おいたほうがよい。 COLUMN5 店前通行量と滞留時間  以前、私はスターバックスに勤めていた。その時の社 長から、なるほど、と思う話を聞いたことがある。その 話は、フ囗−とストックの考え方に通じるものがあった。  曰く、店舗を出店するにあたっては、店前通行量は確 かに大事だけど、単に足早に店の前を通り過ぎるだけで は意味がない。店の近辺に人が滞留するかどうかが大切 だというのである。この場合、店前通行量はフローであ り、滞留するかどうかはストックの考え方ということが できる。たとえば、商店街など繁華街の通行量(フロー) は滞留し、ストック化するかもしれないけど、住宅地と 駅をつなぐ大きな幹線道路の途中は、単なるフローでし かない。  最近、フ囗−をうまくストックに変える、面白い発想 の広告宣伝手法を見つけた。品川駅の自由通路にあるデ ジタルサイネージ(電子広告)である。そこには同じ広 告がたくさん並んでいる。もしこれが1枚しかなければ、 通り過ぎる人の目や記憶に留まることはないだろう。し かし、同じものが何十枚もあることによってインパクト が生まれ、記憶に残るようになる。1つひとつの広告は、 本来であればフ囗−として気付かず通り過ぎてしまうも のが、通路全体に広告がストック化され、インパクトの ある広告、意味のある場所になったのである。  品川駅のデジタルサイネージは、1ヵ月で最大 5000万円を稼ぐヒット商品らしい。 ダイナミズムを考えるポイントA 物事を非線形で捉える  口比例関係にない非線形  ここからさらに、ストックとフロー以外の、ダイ ナミズムを考える上で重要となるポイントを幾つか 説明していこう。次に挙げるポイントは「非線形」 である。  非線形というとなんだか難しい感じがするが、決 してそんなことはない。実は世の中に縊れている現 象だ。非線形を説明する前に、まず「線形」という 考え方を説明しよう。  線形とは、「勉強すれば」↓「テストの点が上が る」とか、「北に行けば」↓「寒くなる」といった 関係性のことを指している。つまり比例関係のこと だ。「非線形」とは、その関係が成り立っていない 状況を意味する言葉である。  たとえば、「年齢が増える」↓「身長が伸びる」 という関係は、思春期を過ぎるあたりから成り立だ なくなる。つまり、この関係は非線形だと言える。  ビジネスの例を1つ取り上げると、企業の「規 模」と「利益率」の間には非線形の関係が成り立っ ている(図表4‐5)。  普通に考えると、売上が大きくなると、利益率に プラスの効果があるように思える。つまり、「規模 が大きくなる」↓「利益率が高くなる」という比例 関係が成り立つような気がするだろう。  確かにそうなる理由は幾つかある。成長して規模 が大きくなると、規模の経済が効いてくる。あるい は大きくなると、原材料の調達において、他社より 有利な条件を引き出せる。顧客に対しては、大きく なったほうがブランドカ・信用力が高まり、高い価 格設定かできて、利益率も高くなる。  しかし話はここで終わらない。さらに規模が大き くなると、マイナス効果も現れ始める。無理のある 成長を目指すあまり、あまり儲からない顧客にまで ビジネスを広げてしまうかもしれない。それは利益 率を押し下げることにつながる。また、儲からない 新たなビジネスにまで手を広げてしまうかもしれな い。あるいは、急激な成長に組織が追いつかず、管 理の非効率性が生まれる可能性だってある。そして、 あまりにも規模を追求すると、ブランドイメージが かえって柢下したり、製品やサービスの品質が下 がってしまうリスクも抱えてしまう。  単純に「規模が大きくなる」↓「利益率が高くな る」ということはないのである。それは単純な比例 関係ではなく、上に凸な関係になる。  そうすると、想定されるダイナミズムも変わって くるはずだ。単なる規模追求の戦略がいずれ行き詰 まってしまうことが見えてくるのである。Aならば Bという単純な論理だけでは、考えるべき要素が抜 け落ちており、不十分である可能性が大なのである。  − 4.−冖3− ダイナミズムを考えるポイントB 作用・反作用を考える  ロダイナミズムを生み出す作用と反作用  3つ目のポイントは、作用・反作用を考えること である。作用とは、言ってみれば最初のアクション だ。反作用は、それに対する、まわりのリアクショ ンである。先ほどの広告合戦の事例で言うと、A社 の広告宣伝費の拡大は作用であり、それに対するB 社の広告宣伝費の拡大が反作用である。  おそらく、ふだん多くの人が経験している作用・ 反作用の1つとして「ダイエットをがんばる」 ↓「リバウンドして余計太ってしまう」を挙げるこ とができる。職場においても作用・反作用の例は縊 れている。「同僚に冷たくする」↓「逆に冷たくさ れる」、「相手を認める」↓「自分も認められる」な ど、作用・反作用は至るところに存在している。当 然、企業間の競争においても、この作用・反作用は、 興味深いダイナミズムを生み出すことになる。  ここでは、日本企業と米国企業の作用・反作用の 違いが、どのようなダイナミズムの違いを生み出す のか、といった興味深い事例を取り上げてみよう。 口頑張って組織力を高めるから突然死する日  本企業  日本の企業は、ミドルーアップダウンやカイゼン など、まじめな組織風土を持ち、優れたオペレー ションが強みであると言われることが多い。また、 他社との競争の中で、より良いものをより安く作る という切磋琢磨によって、強い組織力を持っている と一般的には言われている。  これ自体は良いことのような気がするが、別の大 きな問題を生み出してしまうことにもなる。環境変 化が小さいとき、この特徴は上手く同るだろう。し かし、大きな環境変化に直面した時には、個々の企 業のみならず産業全体が共倒れしてしまうリスクを 抱えているのである。  どういうことか説明しよう。日本企業は組織力が 強い分、多少の環境変化には持ちこたえてしまう。 つまり、環境の変化という作用に対し、改善し、耐 えるという反作用をする。また、競争相手の動きと いう作用に対しても、負けじと切磋琢磨し、同じこ とを成し遂げるという反作用をしてしまう。そう やって、問題を乗り切ってしまう。  しかしながら、環境の変化がとても大きくなって くると、最後にはどうにも対応しきれなくなってし まう。そして耐え切れずに倒れてしまうのである。 より深刻なのは、それぞれの企業が、お互いの作 用・反作用の結果、同じような戦い方をしていたの で、みんなで仲良く共倒れになってしまうことだ。  これは、家電業界や半導体業界で起こったことで ある。ここで生まれてくるダイナミズムは、長い繁 栄・成長から、急激な苦境への転落である。  一方、米国企業は、どちらかというと、他社とは 違うことをして戦おうとする。イノベーションに対 してもオープンだ。つまり、他社の打ち手という作 用に対して、何か別なことをするという反作用にな るのである。  切磋琢磨して同じような競争する度合いが柢い分、 おそらく日本企業に比べると、組織力は弱いのかも しれない。そうすると環境変化にも弱い体質になっ てしまう。頑張りがきかないのだ。それゆえ、環境 変化が起こると、耐え忍ぶのではなく、他の何かを 目指すことになる。  しかしながらこうやって各社が、それぞれが違う 戦い方をしている分、みんないっせいに共倒れする こともない。米国企業のほうが、日本企業に比べ、 環境に適応していく力が高いといえるだろう。当然、 ここから見えてくるダイナミズムは、日本企業とは 違って、環境変化に徐々に適応して、ドラスティッ クなアップーダウンのないパターンになっていく (図表4‐6)。 COLUMN6 わがままな人が組織で居続けられる理由  作用・反作用によって、企業内で不合理が生まれてい くダイナミズムもある。  どんな組織にも、自分勝手でわがままな人はいるもの である。まわりからすると、いなくなってもらったほう がいいと思うのだが、なかなか、そんな大が組織から出 て行くことはない。  それは、組織人の多くが「大人しい優等生」だからで ある。わがままな大が自分勝手に振舞うのに対して(作 用)、大人しい優等生は、礼儀正しいやり方で、あまりム キになって戦うことなく、うまく折り合いをつけてもの ごとを処理しようとする(反作用)。当然、わがままな大 は、そんなことに気付くはずがない。ますます自分勝手 で、傍若無人な振る舞いをしていくことになる。  やがて、そんなことが通るのならと、追随する大も出 てくることになる。しかし、全員が自分勝手でわがまま な大になることはない。なぜなら、そうなると組織は成 り立たなくなるからだ。  結果、どこかで、大人しい優等生と自分勝手な人の比 率が、ちょうど良い具合の値に落ち着くことになる。か くして、組織内には必ず、一定量の身勝手でわがままな 大が安住できる場が生まれてしまうのである。  ここで見られるパターンは、組織内のわがままな人の 比率が多少上下しながら、バランスがとれた均衡点へと 徐々に到達していく振動・減衰のパターンとなる。 ダイナミズムを考えるポイントC 各要素の視点から何手か先まで考える  口1つの視点からだけではダイナミズムを見  誤る  ダイナミズムを読み解く作業は、1回限りの作 用・反作用を考えることに留まらない。必要なこと は、将棋や囲碁のように何手か先までを読むことで あり、それを続けていくことだ。  そして、どんなパターンが現れそうかをじっくり 考えるのである。最初は不利に見えつつ、あとで挽 回するパターンか、それとも先行逃げ切りか、どん なパターンで局が進んでいくかを想定するのである。  ただ、将棋や囲碁と違ってビジネスの世界では、 相手はI人ではない。CHAPTER 3で述べた ように、少なくとも5つの要素「インプット先」 「アウトプット先」「競争関係」「協調関係」「影響 者」や、レイヤー構造を考えておかなければならな い。同僚もいれば、顧客もいる。競合他社もいれば、 株主や銀行など、多様なステークスーホルダーがい るのである。  よって、何か起こっていくかは、それぞれの関係 者の視点を大事にしつつ、どのような反応が返って くるかを、何手か先まで想像してみることが必要と なる。そうすることによって、どんなパターンが現 れそうかが見えてくる。 口塾経営のケーススタディ  たとえば、中学受験で実績のある塾Aが、その実 績をテコに高校受験のための教室も開設することに したとしよう。その塾Aの立場で考えた論理は、地 元でのブランド、現在の塾の場所や講師の共有、と いった多くのシナジーがあり、一見、理にかなった もののようにも思える。  しかし、アウトプット先である顧客の立場で考え ると、中学塾と高校塾の間の継続性に、大きな溝を 持つパターンが見えてくる。  子供にとって一生に一度の高校受験に向けて、中 学受験に実績があるという理由だけで、親は引き続 き子供をその塾に預けるだろうか? 中学受験と高 校受験はまったく別もので、その時々のベストの塾 を選ぶのではないだろうか。  また、競争相手の立場に立ってみても、塾Aのだ くらみがうまくいかなくなるパターンが見えてくる。  もし企業体力に勝る高校受験の塾Bがあれば、塾 Aの動きに対して、大々的な生徒獲得のキヤンペー 難証言@@工 7 0づ」づミ一犬による消耗戦の始まりだ(図表4・ ≒)  Dyy  このように様々な関係者の立場で、次に起こり得 るダイナミズムを順繰りに考えてみると、将来のパ ターンが見えてくる。そうすると、そもそも何をす べきか、といった本質的な打ち手を考えることがで きるはずだ。  この例の場合だと、自前で高校受験の塾を開くこ との未来が決して明るいものではないことが見えて きた。おそらく、高校受験塾へ参入するための一番 手っ取り早い打ち手は、すでに高校受験塾として名 を馳せている塾を買収することだろう。そして、 バックオフィスのシナジーや、顧客情報の活用など を考えるほうが、よリスジの良い答えだと言える。 4。−剴。 ダイナミズムの読み解き方@ 変局点を考える  口事象の変化には「潮目」が必ずある  ここからは、視点を変えて、ダイナミズムをどう 考えていくかというより、ダイナミズムから何を読 み取るかについて議論していきたい。これは、問題 解決の打ち手を意識しながら、解決の糸口を探って いく思考のプロセスということもできる。  最初のポイントは「変局点」を探ることだ。変局 点というと、なんだか難しく感じるが、ようは「潮 目」の変化を考えるということである。  仕事の例で説明してみよう。たとえば、会社に 入った直後は、資料の作成手順や、お客様との接し 方など、仕事の基本を覚えることから始まる。しか し、しばらくすると、作成する資料の中身をより良 くするためのスキルや、お客様との打ち合わせをう まく進める力などが求められるようになる。さらに 経験を積んでいくと、今度は、チームワークの発揮 の仕方や、自分の下についた後輩を育てる力などが 求められてくるかもしれない。  変局点とはこのように、どこかを境に潮目が変わ り、だんだんと重点が他に移っていくタイミングで ある。図示すると図表4‐8のようになるだろう。  ビジネスの世界でも、このような変局点の見極め が重要になるケースはたくさんある。  たとえば、自動車のタイヤによる環境負荷を下げ るため、つまり、C0。の排出量を下げるためには、 何をしなければいけないだろうか。  おそらく最初に考えるのは、タイヤと地面の摩擦 を減らし、いかにタイヤの燃費性能を上げるかであ ろう(もちろん滑り過ぎるのは良くない)。しかし、 やがてタイヤによる燃費性能向上に対する効果は小 さくなってくる。  そうすると、環境に対するインパクトで相対的に 大きくなってくるのは、タイヤの生産の領域になる。 つまり、タイヤの材料を石油由来のものからそれ以 外のものに代替していく、あるいは、生産工程の工 夫でC0。をいかに減らすか、などが重要になって くる。  それもひと段落すると、次は、いかにタイヤを長 持ちさせて、タイヤそのものの使用量を減らすかに 重点が移ってくる。最近、タイヤの表面だけを張り 替えて、タイヤを再利用するリトレッドータイヤと いうものも使われるようになってきた。  タイヤの世界では、時間軸とともに、タイヤの製 品性能向上↓原材料の変更↓生産工程の改善↓利用 方法の変更と、大事な要素がダイナミックに変化し てきた。多くのビジネスの世界においても、このよ うな変局点をうまくとらえていくことが、成功のた めには大切となるのではないだろうか。  つまり、「変局点はどのような形で訪れるのか?」 「どのようなタイミングで訪れるのか」を考えるこ とは、宣]の問題解決には欠かせないのである。 ダイナミズムの読み解き方A 相転移を考える  ロダイナミズムを非連続なものにする相の転  移  徐々に重要なポイントが、逃げ水のように移り変 わっていくばかりか、ものごとの「相」が大きくが ラツと変わってしまうこともある。その場合、時間 軸に沿ったダイナミズムは、非連続にかたちを変え る。  自然界で「相」が変わる最もわかりやすい例は、 水である。同じH。0でも、水と水ではまったく異 なる性質を持つものになってしまう。これは、水の 相から、水の相へと「相」が変わってしまったから である。このような相の変化を「相転移」と呼んで いる。  日常生活の例で言うと、あまり勉強しなかった子 供が急にやる気を出して勉強を始めたとか、不調 だった新規顧客開拓がうまくいき始めたとか、この ようなケースがそれにあたる。そんな時は、明らか に相転移を起こしているのである。  子供が勉強を始めたのは、勉強の面白さに気付い たか、あるいは勉強しないと将来ヤバイことになる と、「やる気スイッチ」がオンになったからかもし れない。新規顧客開拓では、何かコツをつかんで、 ものごとがうまく回り始めたのかもしれない。  ダイナミズムを考えるときには、こうした相転移 がいつ起こりそうかを理解しておくことが必要だ。 なぜなら、相転移が起こる前と後では、解決策も変 えるべきだからである。  口半導体産業に見る相転移  半導体関連のビジネスを例にとって考えてみよう。 時間軸に沿って考えると、半導体ビジネスを始める には、最初に膨大な研究開発を行い、生産のための 大規模な設備が必要となる。半導体ビジネスは、最 初に多額の資金が必要となるビジネスだ。  そして、いざ生産を始めると、大量生産して市場 を支配することが鍵となる。そうしなければ、投資 回収は叶わない。また、技術革新の早い領域なので、 そこで稼いだお金を次の投資に向けた資金に回して いかなければならない。  こんな時間発展を考えると、相手より早い投資 (コミットメント)↓競争力の向上↓大量販売↓利 益↓次なる投資(スクラップーアンドービルド)と いうダイナミズムが見えてくる。お金の出入り、 キャッシュフローは、時間軸に沿って、大きくアッ プダウンするパターンとなる。このパターンを同し ていくためには、大胆、かつスピーディーな意思決 定と、コミットメントが必要となることがわかるだ ろう。ちょっとずつ投資、ちょっとずつ勝負ではう まくいくはずがない。大胆に動けるか動けないかの 「チキンーゲーム」の構造が潜んでいるのである。  結果、最後に辿り着く状態は、ウィナー・テイク スーオール(Winner Takes All)の世界となる。韓 国企業は、このチキンーゲームに国ぐるみで取り組 んで勝利した。  この半導体の例で言えば、チキンーゲームの 「相」ができあがる前、日本企業は強かった。それ は、半導体が、個々の製品や、個々の目的に合わせ てカスタマイズしてつくられているのが普通の時代 のことであった。そこでは半導体の種類が細分化さ れていたため、チキンーゲームの要素はそれほど顕 著ではなかった。  ただ、市場の規模が大きくなったある時を境に、 個々につくっていたのでは効率が悪いので、汎用的 な半導体を大量に作り、その使い方の工夫をしたほ うが大きくコストが下がる、ということになり、標 準化が進んでいった。  結果、半導体は、個々に違ったものをつくる時代 から、汎用品を大量に作る時代へと相転移してし まったのである。日本企業はそこで大きく競争力を 失うことになってしまった。  口相が転移する2つのきっかけ  このような「相」が変わるきっかけば、大きく分 けて2つある。  1つは、ちょうど花粉症のように、アレルギー物 質が体内に蓄積し、閥値を超えた場合である。モデ ルの中のストックがオーバーフローしたタイミング だ。  もう1つは、モデルに影響を与える要素(特に影 響者や競争関係)が大きく変わった場合だ。ビジネ スで言うと、顧客のニーズが大きく変化した場合や 技術などの大きなイノベーションが起こったとき、 競争相手が戦い方を大きく変えてきたときなどであ る。日常生活で言うと、結婚や出産、転職など、大 きな環境の変化があったときと言うことができる。  「相」が変わるとダイナミズムは大きく変わる。 直面する課題や、問題解決のための答えも変わって くる可能性がある。できるだけ、ストック的な要素 や、影響の大きそうな外的要因に、より強く注意を 払うべきなのである。 COLUMNア ドイツの鉄鋼産業の相転移  相転移の面白い事例を1つ紹介しよう。  図表4‐9は、ドイツのGNPと粗鋼生産量の推移であ る。1970年代中頃を境に、GNPと粗鋼生産量の相 関がなくなっているのがわかる。かつて鉄は国家なりと いわれたこともあるくらい、鉄鋼業は一国にとって重要 な産業であった。ドイツにおいては、その鉄の生産量が、 70年代中頃に増加から横ばいに転じ、GNPとの相関が なくなっている。実はこれには、幾つかの要素が絡んで いる。    ‐‐ふ    芒    惣  《 匸’j j` 匸‐ 」。  1つには、戦後の復興がひと段落して、需要が減少し 始めたことだ。鉄は自動車や建物、橋などのインフラに 使われる。つまりストックが十分になって、必要なフ 囗−が減ってきたのである。また、技術革新によって、 より少ない鉄で物をつくる技術も進歩した。さらには、 鉄からプラスティックやアルミへのシフトなど、鉄その ものの必要性も低下した。アウトプット先が減少したの である。  また、中国などの新興国のプレーヤーが力をつけてき たことも理由の1つだろう。これは、競争関係の変化に よる影響と言うことができる。  他にも、産業が高度化して、ドイツの産業構造が、製 造業からサービス業へとシフトが進んでいったことも一 因として挙げられるだろう。ドイツでは、これらの要因 が絡まって、ちょうど70年代中頃に、産業構造の「相転 移」が起こったのである。 ダイナミズムの読み解き方B 根源的ドライバーを特定する  口奥深いレイヤーにある根源的ドライバーと   は  大きく「相」が変わっていくダイナミズムは、レ イヤーの観点から言うと、階層の奥深いレイヤーが 引き起こしている可能性が高い。ここでいうレイ ヤーとは、CHAPTER 3で説明した階層のこ とである。一般的に、階層の奥深くのレイヤーほど、 ものごとがゆっくりと進展し、かつそれが根源的に ものごとを変えるドライバーになることが多い。こ のようなドライバーは、根源的ドライバーというこ とができる。  たとえば、あなたが些細なヶンカがきっかけで彼 女に振られたとしよう。そんな時、振られた本当の 理由は、そのヶンカではなく、それまで彼女の中に たまっていた、あなたへの不満や、性格の不一致な どへの思いであることが多いだろう。些細なケンカ は、あくまできっかけにしか過ぎず、2人を別れに 追いやった根源的ドライバーは、彼女の中の不満レ ベルなのである。  ダイナミズムを考える際には、モデルも一緒に見 ながら、この根源的ドライバーが何であるかを突き つめることが欠かせない。  先ほど例に出した花粉症も、この根源的ドライ バーによって引き起こされる。この場合、根源的ド ライバーは、体内にたまった花粉の量である。花粉 が長年にわたってたまっていくことによって、「花 粉症ではない」↓「花粉症」へと、「相」が変わっ てしまったのである。  こうなってしまっては、花粉症の「相」を元に戻 す根本治療はできない(少なくとも今は……)。目 薬などは対症療法でしかなく、これは表面的なフ ローの層での対応だと言わざるを得ない。  こう考えると、相を大きく変える根源的ドライ バーは、ストック的なものだと理解できる。そして、 そんなストック的なドライバーはゆっくり動くから、 その変化も捉えにくい。  そんな根源的ドライバーにこそ、よくよく注意を 払うべきだ。そうすれば、望ましくない「相転移」 を防げるかもしれないし、そうなった場合に備えた り、問題解決の糸口が見えてくる可能性も高くなる。 COLUMN8 世界のパワーバランスの根源的ドライバーと は?  世界のパワーバランスの根源的ドライバーはなんだろ うか。それは軍事力かもしれない。しかしながら、軍事 力を維持するためには、どうしても経済の力が必要とな る。マクロ経済的な考え方によると、経済の拡大は、資 本の蓄積と労働力の増大、そして技術進歩によってもた らされると考えられている。  実際、長い人類の歴史の中で、長きにわたって中心的 な役割を果たしてきたのは中国やインドをはじめとする 東洋であった。誤解を恐れずに言うと、それは人口が多 かったからである。  ただ、過去数百年に限ってみると、欧米に大きくパ ワーバランスがシフトした。ある意味、長い歴史の中で の特異な時期と言えるかもしれない。これは、産業革命 という技術進歩のなせる業であった。また、アメリカと いう新大陸の発見も、大きな人口移動を引き起こし、人 類のパワーバランスを大きく欧米にシフトすることに貢 献した。  しかし技術進歩は、長い時間軸の中では伝播し、やが て共有されることになる。人口移動、つまり移民を多く 受け入れる米国は、まだ当面の間は力を温存しそうでは あるが、結局世界のパワーバランスは、多くの人口や資 源を持っている国や地域に戻っていくことが想定される。 そう考えると、数百年のスパンでは、再び中国やインド がパワーを持つ東洋の時代が来るのかもしれない。 口関数で考える  ゆっくり着実に変わっていく世の中の動きを捉え るためには、関数を適用するという発想も役に立つ。 関数を適用するとは、多くの現象をy=f(XI、 X2……)といった形で捉えようとすることに他な らない。根源的ドライバーをインプットとして、結 果をアウトプットとして、関数で表現してみるので ある。  ちょうど、インプットとアウトプットの間にある 本質を関数で表現しようとしていると言えるだろう。 ビジネスの世界ではあまりなじみがないかもしれな いが、理系の世界では、この関数の考え方は、非常 にポピュラーだ。  たとえば、水の密度は、ちょうど4でのときに最 も大きくなるということを、むかし習った記憶がな いだろうか。  4での時に最も密度が高くなる理由は次のとおり である。  水の密度は、二つの根源的ドライバーである分子 間力(分子が引き合う力)と熱振動(温度が上がり 水分子がぶつかり合い、お互いを斥ける力)によっ てきまる。  水の状態は、水分子が整然と並び、スカスカの構 造になっている。分子の引き合う力がまさっている 状態にあるのである。そして、だんだん温度が高く なっていくにつれ、水分子が振動し、その構造が壊 れ始める。そうすると段々密度が上かっていくこと になる。  一方、さらに温度が高くなってくると、今度はお 互いが激しくぶつかり合って、水分子の間の距離が 開き、密度が下がっていく。これらの動きがちょう ど拮抗するあたりが4てなのである。  関数を使うとy(水の密度)=f(水分子の分子 間力、熱振動)というふうに表現することができる (図表4‐10)。  ビジネスの世界ではどうだろう。たとえば、組織 の動きを変えようとする時、ちょうど水でいう4で のようなポイントが現れる。  組織を変革する際、現状からスムーズに良くなっ ていくことはほとんどないと言ってよい。なぜなら、 組織が本当に変わるということは、組織の動き方、 構造そのものが変わる必要があるからだ。今の状態 から、そのまますんなりと良くなっていっている場 合は、逆に、それが対症療法になっている可能性が 高いと言える。  そういった意味で、組織の状態は、改善によって 徐々に良くなる要素と、構造が変わり根本的に良く なっていく要素の、2つのドライバーが関わってい ることが想定できる。2つ目の要素は、構造が変わ る際に必ず混乱を生み出すことになる。つまり、一 旦その混乱により、組織の状態は悪化するが、中期 的にはその効果が大きくなるというパスを辿るので ある。  この2つのファクターがちょうどバランスすると  逆説的だがここからわかることは、組織の変革を 始めた際、その打ち手に対する社員へのアンケート 結果などが最初から好評価であれば、それはうまく いっていないサインである可能性が高い。最初は、 評判が芳しくないくらいがちょうどいいのである。  このように、根源的ドライバーは何かを問う姿勢 と、それをベースに関数で考えていくことは、ダイ ナミズムを読み解く上での良い訓練にもなると思う。 叫蕕。 ダイナミズムの検証@ 因果の終着点まで辿ってみる  口長く、広く考えることで、  本質的な打ち手のヒントが見えてくる  ダイナミズムを読み解くためには、ある程度自由 な発想力が求められる。なぜなら、物事を分解し、 分けて明晰にする「分析」的なアプローチとは多少 異なり、論理の「つながり」に重きを置き、先へ先 へと発想を広げていくからだ。  そういった観点からすると、読み解いたダイナミ ズムが、おおよそ正しいか否かを確認するためには、 ダイナミズムの終着点まで発想を延ばしてみること が有効かもしれない。そうすることによって、その ダイナミズムを生み出すモデルの意味がより明確に なり、本質的な解決策を考える際のヒントが生まれ る可能性があるからだ。  私は、新しくコンサルティング会社に参画した若 手に対して、「ポジティブな気持ちを失わないよう に」と、よくアドバイスする。なぜなら、因果の終 着点まで辿ってみると、ポジティブな気持ちを失う ことが、長い目で見て、コンサルタントの道を諦め てしまうことにつながるからだ。  たしかに、コンサルティングの仕事は難しい。す べてが順調に進むわけではない。ただ一方で、その 困難を乗り越えて、クライアントヘの価値を出し、 自分が成長できるからこそ、魅力的な仕事だとも言 える。  大変な時、心が折れそうになることがあるのは事 実である。しかしそんな時こそ、前向きに頑張るべ きだ。気持ちがネガティブになってしまうと、苦労 すること自体に疑念がわき、成長が止まってしまう。 そして、クライアントの要求が高すぎるとか、他の チームメンバーの力量不足が問題だ、と他責にして しまうことになる。そうなると負のループが回り始 める。  つまり、 「ものごとをポジティブに考えられない」  ← 「無駄な苦労という気持ち」  ← 「他責」  ← 「コンサルティング自体に価値がない」  ← 「辞めてしまおう」  といった論理のつながりを生んでしまう。ちょっ としたネガティブな気持ちが、最終的にはコンサル を諦めてしまうという、因果の終着点に至ってしま うのである。  そう考えると、最初の小さなネガティブ思考が生 じたとき、さっさと気分転換をし、そもそもの自分 の夢や志を、思い出してみることが重要だというこ とがわかる。自分の実力がつくまでは、直面する困 難や苦労は成長の肥やしと思い、前向きに頑張るの が成功への近道なのである。  このように因果の終着点を辿ってみると、ダイナ ミズムと、打ち手のヒントが見えてくるものだ。 COLUMN9 未来の政府の役割  終着点まで考える思考実験として、たとえば、未来の 政府の役割はどうなっているだろうか、ということを考 えてみよう。  よく政治の世界では、国防などの安全保障や、警察に よる治安維持など、必要最低限の機能のみ国が担うべき だという、小さな政府を良しとする主張と、高福祉で高 負担、雇用の確保のために市場へも介入する、大きな政 府を良しとする2つの主張が存在する。  小さな政府の問題は、多くのものが市場任せとなり、 力あるものが裕福になる自由度は大きいものの、たくさ んの不遇の人を生み出す可能性があることだ。  一方、大きな政府は、税金が高くなってしまう。もし 80%の税が課せられたとすると、個人がお金を稼ぐ時間 の80%分を、政府が所有することと同義になってしまう。 実質的に、個人の自由が政府に奪われ、自分自身を誰が 所有しているのかがわからない状態に陥ることになる。  しかし、根源的なドライバーの1つである科学技術は 日々進化している。  たとえば、最近では、ビッグデータという言葉も流 行っている。言葉はそのうち廃れるだろうが、その本質 は、個々人のニーズがしっかり把握できるようになると いうことだ。そうすると、先ほどの議論は、単なる小さ な政府、大きな政府の二元論ではなくなるのではないだ ろうか。  カスタマイズされたニーズをカスタマイズした形で届 ける、最適なサイズで、効率的な仕組みの政府ができあ がる可能性だってある。  さらには、官と民という区分けがあいまいになってい くかもしれない。たとえば、地方自治体が企業によって 運営されているという未来がくる可能性もある。  現在の「官から民へ」の動きは、効率的な経営ができ るということに留まらず、このような区分け自体が意味 をなさなくなる時代の到来の兆しなのかもしれない。  i 。4−‐11 ダイナミズムの検証A 物語にすることができるか  ロモデルやダイナミズムが見えていれば   ストーリーが語れる  ダイナミズムが、ある程度、先の方まで読み解け たかどうかをチェックするためには、「物語として 語れるかどうか」というシンプルな方法もある。つ まり、物語で語れるということが、何かどうして、 どうなっていくのか、という論理のつながりの存在 の証になるのである。  モデルは、絵的に表現される(紙の上という二次 元で表現される)。他方、ダイナミズムは、作用・ 反作用の連続であり、時間軸に沿った流れである。 それゆえ、ダイナミズムは、一次元の文章の流れ、 つまり、物語で表現されてしかるべきものなのであ る。  小説を書くための(ウーツー本を幾つか手にとる と、ストーリーとは、謎または不思議の提出と、そ れを解決していく過程をいっしよに辿ること、と いった説明や、「何か」+「何をして」+「何とな る」という流れであるといった説明が目に付く。  たとえば、(チ公の物語は、「犬が」十「主人を 待ち続けて」+「銅像になった」お話であり、鶴の 恩返しは、「若者が」+「約束を破り」+「自ら幸 せを逃す」というストーリーらしい。  「はじめに」で取り上げた、検査機器メーカーの 例を思い出してほしい。B社は顧客の工夫を取り込 んで、市場シェアを上げた。物語にすると、  「B社は」+「顧客のイノベーションを取り込み」 十「競争に勝った」  という風になるかもしれない。これをもう少し長 いストーリーにすると、  「B社は」十「そもそもの製品開発に対する考え 方をあらため」+「顧客のイノベーションを取り込 み」+「営業と開発の間の組織の壁を取り払って」 +「組織力を高め」+「競争に打ち勝った」  と、話がより本質に近づいてくる。見えていな かった顧客でのイノベーション、組織のタコ壷を割 る努力の重要性が、浮き彫りとなる物語になる。逆 に、こうした物語が描けないということは、今考え ているダイナミズムが何かを見落としているという ことだ。  人を惹き付ける面白いストーリーを語れる時には、 見えていなかったモデルが見えていて、ダイナミズ ムがひも解けている確率が高いのである。本質から 考えるということは、決して、辛い作業ではなく、 見えなかったものが(ツキリと見えてきて、面白い と感じられる楽しい作業なのである。 −− 真の問題解決はモデルを変えること  口現象だけ変えようとしても必ず失敗する  ここまで、現象の裏にひそむモデルとダイナミズ ム、つまり本質のありようを理解するための方法や 視点を説明してきた。おおよそ理解してもらえただ ろうか。  もちろん、単純明快にすべてを理解し、「これな ら本質から考えることができる」と思えるように なったとは言えないだろう。それは、ものごとの 「本質」を捉えることが、本質的に難しいことに起 因しているから致し方ない。ただ、本質思考のエッ センスは感じてもらえたのではないだろうか。  最初は、それで十分だと思う。本質思考も、実践 の中でだんだん身についてくるものだからだ。ここ からは、そのモデルとダイナミズムから、問題の解 決策やアイデアを考えるステップに入る。  問題を本質的に解決しようと思ったら、必ずモデ ルにまで立ち返る必要がある。なぜなら、現象を変 えても、モデルが同じである限り、結局は元に戻っ てしまうからだ。時には、元の問題がさらに悪化す ることだってある。  通常、現象の裏に存在するモデルは、それが問題 を抱えたままでも今まで何とか回っていることから もわかるように、それ自体は成立している。  つまり、モデルをそのままにして現象を変えよう としても、当然のことながら、その何とか回ってい るモデルはおのずとそれに抵抗しようとする。もっ と言うと、現象だけを強く変えようとすればするほ ど、モデルはより強く押し返してくることになる。  真の問題解決は、モデルを変えるしかないのであ る。  口米露の軍拡競争を食い止めるには?  CHAPTER 3の正のループの説明の際に、 米国とロシアの軍拡競争を事例として取り上げた。 この軍拡は、正のループのモデルの中だけでは決し て止めることはできない。それを両者間の合意だけ で無理やり止めようとしても、モデルが変わってい ないので、何か小さなことがきっかけで、再び正の ループに戻ってしまうことになる。場合によっては、 よりいっそう激しく軍拡が進むことになるかもしれ ない。  軍拡を止めるためには、違うループが必要となる。 国際社会を巻き込んだ仕組みを創設したり、核戦争 が起こると人類滅亡の恐怖感がマックスまで高まっ て、それが正のループにブレーキをかけられるだけ の負(バランシング)の効果を効かせてくるなど、 モデルが変わり、因果が逆に回り始めなければ、問 題は解決に向かわない。  そして、因果が逆に回り始めると、「エスカレー ト」であったダイナミズムのパターンは、「収束」 へと向かうパターンヘと好転する(図表5‐1)。  このように、何かの問題を解決するためには、そ の問題を引き起こしているモデルとダイナミズムを 見極め、そのモデルを少し変えることで、そこから 生まれるダイナミズムや現象を変えていく必要があ るのだ。 モデルを変えるレバレッジポイントを見つ I 口大きな変化を生む小さな「くさび」Hレバ  すでに何度か触れたが、問題解決には、2つの夕  1つが根本治療であり、もう1つが対症療法であ る。  当然のことながら、望ましいのは根本治療である。 対症療法では効果は長続きしない。あるいは副作用 があることもある。システムダイナミクスの考え方 の中には「治療策が病気そのものよりも問題なこと がある」という言葉もあるくらいだ。つまり本質思 考で、根本治療を目指すべきなのである。  ただ、根本治療を目指そうとするあまり、すでに できあかっていて、それなりに回っているモデルの すべてを、ガラガラポンでっくり直すのは、よほど のことがない限り難しい。  望ましいのは、読み解いたモデルとダイナミズム をもとに、モデルを変えるためのレバレッジポイン トを見つけ、モデルを変えていくことだ。つまり、 テコの原理の活用だ。くさびを打つように、少しモ デルを変えることで、やがてそれがモデル全体に影 響を与え、徐々に大きな効果へとつなかっていくよ うな手を打っていくのである。  そういった意味で、レバレッジポイントとは、最 小の努力で最大の効果を生み出すためのツボである と言うことができる。  ロレバレッジポイントを見つけるヒント  レバレッジポイントを見つける定石はないが、幾 つかヒントをあげることは可能だ。  たとえば、レバレッジポイントは根源的ドライ バーに関係していたり、モデルの中のストック的な 要素であったりすることが多い、というのもヒント の1つである。ちょうど、地球温暖化の鍵を握るの が、大気に蓄積されたC0。の量(ストック)であ る、といった具合にだ。  そして、レバレッジポイントをどう突くか、と言 うと、根源的ドライバーに影響を与えるループを追 加したり、ストック的な要素の「栓」を抜くような 工夫(たとえば、バスタブの栓を抜くことで水が縊 れなくするなど)が有効になる。  たとえば、忙しくて彼女に会える時間が少なく、 些細なケンカで彼女との関係が危うくなりそうなあ なたはどうすればいいだろうか。根源的ドライバー は彼女の不満レベルであり、それがある閾値を超え ると振られてしまう。そんな時は、2人の関係とい う「モデル」の中に、彼女の不満レベル(ストッ ク)を定期的に柢下させる「ループ」を組み込むこ とが一番だ。  もし彼女の趣味がテニスなら、毎月の第1日曜日 は、「テニスの日」にしてしまい、定期的にいっ しよにテニスにいくのである。先に決めてしまえば 忘れることもない。あるいは、仕事のやりくりも先 手先手でできるようになる。この場合、「テニスの 囗」をつくるということが、レバレッジポイントを 突いた打ち手になる。  このCHAPTERでは、モデルを変えるための、 このような打ち手を探るためのヒントを紹介してい きたい。 COLUMN10 ニューヨークの凶悪犯罪  凶悪犯罪に悩んでいたニューヨークのルドルフージュ リアーニ市長は、凶悪犯罪を無くすために、地下鉄の落 書きや万引きなど、軽犯罪を徹底的に取り締まった。結 果、凶悪犯罪率が大きく低下した。小さな犯罪を取り締 まることで、凶悪犯罪にいたる前の段階でその芽を摘み、 犯罪が起こりにくい環境を演出することで、凶悪犯罪率 を大きく低下させたのである。軽犯罪の取締りが、モデ ルを変えるレバレッジポイントになったのである。  論理を辿り、真因に迫り、モデルを変えるという目的 を達成した身近な例もある。  非常に高い顧客満足度で有名な自動車ディーラー、ホ ンダカーズ神奈川北は、お客様に来てもらうため、また 接客の基本の浸透のため、毎朝全社員が朝8時半から約 1時間、店の周囲の歩道Iキ囗メートル程度を徹底的に 清掃しているらしい。誤解を恐れずに言うと、掃除↓基 本的な躾↓接客の質↓顧客満足↓事業の成果、という因 果の流れを生み出しているのだ。ここでは、「掃除」が1 つのレバレッジポイントになっている。  モデルを大きく変えるのは大変だ。最小努力で最大効 果を生むレバレッジポイントを探すために、できるだけ 知恵と時間を使うことは、決して損ではないはずだ。 −− 打ち手を探るためのヒント@ 前提条件を鵜呑みにしない  口前提条件を否定して生まれたカンバン方式  では、レバレッジを効かせた打ち手を探るための ヒントを5つほど紹介しよう。  1つめのヒントは、前提条件を鵜呑みにしないと いうことだ。  MITのオペレーションーマネジメントの授業で、 トヨタ自動車のカンバン方式という生産方式が取り 上げられた。この事例は、前提条件を鵜呑みにしな いことの重要性を教えてくれるものだった(私か留 学した95年頃は、米国はまだ囗本に学べというムー ドが残っていた)。  トヨタ自動車のカンバン方式は、みなさんご存知 のように、必要なものを必要なときに、必要なだけ 補充し、在庫などの無駄を発生させない生産方式で ある。  しかしもともとの在庫マネジメントの考え方は、 この考え方とは少々異なっていた。そのもともとの 考え方とは、コストを下げるために、発注の費用と 在庫の費用をうまくバランスさせようとする考え方 だった。  当然、発注するためには人件費も含め費用がかか る。だから発注する回数は少ないほうがいい。かと 言って発注頻度を減らして、I回にたくさん発注す ると、今度は在庫を保管するための費用が増えてし まう。それゆえ、I回にどれくらい、そしてどんな 頻度で発注すればよいかが大切となる。そこで、 ちょうど発注コストと在庫コストがバランスする最 適解を求めることが、重要だと考えられていた。そ して、そのための公式もあった。  トヨタ自動車のカンバン方式は、この考え方の前 提、つまり在庫を持つこと、その意味自体を疑うこ とによって生まれたのである。そして、その前提が 崩れると、この公式(論理的には正しい)は意味を 持だなくなってしまう。生産のやり方そのものの構 造が変わってしまったからだ。前提が崩れるとモデ ルが変わり、ダイナミズムが変わる良い例だ。  CHAPTER 2で紹介したデートの話は、ま さにこの典型的な失敗事例だったということになる。 平日の夜と、休日の昼とでは、前提条件がまったく 違うことに気付いていなかったのである。  ちなみに、他人が考えた結論も鵜呑みにしないほ うが良い。たとえば、「X市場は大きく魅力的な市 場なので、すぐに参入すべきだ」という結論を誰か が主張した場合でも、  ・市場の伸びは一過性ではないのか  ・なぜ他社が参入していないのか  ・自社が参入した場合、競争優位が築けるのか  など、その前提を疑ってかかったほうがいい。  口魔法の言葉「そもそも」  ロジカルシンキングやクリティガルシンキングの 世界で、よく出てくるキーワードは、「だから何な のか?(So what ?)」「なぜそうなのか?(Why soご)(本当?匐日乙)」である。論理的にものご とを考えていくうえでは、非常にパワフルなキー ワードである。  前提を疑うという観点から、ここでキーワードを もう一つ追加したい。それは「そもそも?」である。 この言葉も結構パワフルだと思う。  本質思考の重要な出発点は、現在の課題や問題を そのまま鵜呑みにせず、モデルに目を向けることだ。 「そもそもね……冫・」と直面する問題が本当に解く べき問題なのかどうなのかを疑ってみる。あるいは、 今やろうとしていることの目的が、そもそも何のた めだったのかと疑ってみる。そして、そもそもどん なモデルとダイナミズムが目に見える問題を引き起 こしているのだろうか、と考えてみる姿勢が大切に なる。  たとえば、山のような量の仕事に押しつぶされそ うになっているとき、「そもそも、なぜこんなに一 杯やることがあるのだろうか?」と考えてみること にも意味があるだろう。  ただただ与えられた大量の仕事を目の前にして、 それをこなすために、どうするかを悩んでいる自分 に気付くかもしれない。その裏にある「そもそも、 何のためにこの仕事をしているのか?」「そもそも、 本当にお客様が望んでいることは何か?」、こう いった前提条件を問い直してみると、今やるべきで はないこと、あるいは今やろうとしていることの無 意味さ、さらには、本当にやるべき別のことが見え てきたりするはずである。  直面する問題について考えを巡らす前に、モデル とダイナミズムを考えながら、「そもそも」と自問 してほしい。予想外の、しかし、意外に納得感のあ る、効果的な打ち手が見つかるかもしれない。  − 。[3−−4− 打ち手を探るためのヒントA 原因と結果は、近接しているとは限らない  ロクリステンセン教授の示唆  2つめのヒントは、目の前のことに囚われない姿 勢を持つことである。システムダイナミクスの中に は「原因と結果は、時間的・空間的に近接している とは隕らない」という考え方がある。これもレバ レッジポイントを考える際に、常に意識しておいて 良い言葉だ。  たとえば、イノベーションがなかなか生まれない という悩みがあった場合、本社の開発部門を拡充し、 すぐにでも成果を出そうとする考え方があるかもし れない。これは、「今、ここで」という発想に近い。  ただ、新しいものは、既存のものを陳腐化してし まうリスクがある。ひょっとしたら、それを恐れる 既存の組織が抵抗勢力となり、新しい芽を潰し、う まくいかないということが、根本に横だわっている かもしれない。  もしそうだとすると、本社から離れたところで、 そして小さな部隊で、じっくリイノベーションを生 み出す努力をするほうが、より正解に近いかもしれ ない。これは、「別の場所で、後で」という考え方 と言うことができる。辺境で生まれたイノベーショ ンが、将来、本社を、そしてこの会社を救うかもし れない。先ほどの「原因と結果は、時間的・空間的 に近接しているとは隕らない」を地でいくものだ。 実は、これは、(Iバード大学のクレイトンークリ ステンセン教授の発想だ。  シンプルな例で言うと、現象の裏返しである、 「売上が減った」↓「売上を伸ばそう」では安直す ぎるということだ。たとえば、「売上が減った」の は営業の問題ではなく人事の問題かもしれない、ま た、その原因は、今の社長ではなく先代の社長の時 に生じたものかもしれない。  問題とその答えは、決して時間的・空間的に隣接 しているとは隕らない。そう思ったほうが良い。 −− 打ち手を探るためのヒントB 考える範囲を影響のある範囲にまで広げる  口狭い範囲で思考しない  3つめのヒントは、今一度、「考えている範囲」 を広げ、関係しそうな要素が十分にカバーされてい るかどうかを自問自答してみることである。  つまり、考えている範囲を、問題に影響を及ぼす 可能性がある範囲にまで、広げる努力をするのであ る。理想的な姿は、「考えている範囲」=「影響が ある範囲」といったように、両方の範囲が一致して いることである。  そうなっていないと、自分が考えてもいなかった 要素が、問題に大きな影響を与える可能性を残して しまうことになる。そうすると、「それは想定外 だった……」と叫ぶ羽目になってしまう。  考える範囲が広がることは、それだけ考えられる 打ち手の自由度が増えることを意味し、それだけ解 決策発見のチャンスが広がることにもなる。  口優秀な面接官は、何を考えて人を採用する   のか?  たとえば、若手コンサルタントを採用する際、考 える範囲の広い人が面接官だと、その面接官の フィードバックはとても広いものになる。結果、そ こから導かれる結論は、より精度の高いものになる。  当然、「当社にAさんを採用するべきか否か」と いった課題に対して、Aさんがコンサルタントに なっていくだけの能力があるか、といったことは重 要だ。ただ、それだけを判断基準にすべきではない。 Aさんのコンサルタントとしてのポテンシャルは、 考えるべき要素の1つに過ぎない。  次のような要素も当然、採用後のAさんの活躍に まちがいなく影響を及ぼすことになる。  ・当社のカルチャーと、Aさんの性格とのフィツ  卜感はあるだろうか ・Aさんの力を存分に発揮できる場を、当社は提  供できるだろうか ・Aさんのキャリアにとって、当社に入社するこ  とが本当に良いことか ・今の勤務先である大手企業を辞め、当社のよう  な厳しいプロフェッショナルファームに入るこ  とを、Aさんの家族はどう受け止めるだろうか ・当社の顧客に、Aさんの仕事の進め方はフィッ  トするだろうか  ・Aさんをその役職で採用することを、今の社員   はどう受け止めるだろうか  などなど、その大自身のみならず、当社の仕事、 当社の従業員との関係、その人の家族、こういった ことすべてが、Aさんを採用した後の結果に影響を 与えることになる。  考える範囲の広い面接官は、こんなことにも注意 を払いながら面接に臨んでいる。  − 。[3.1ぬ‥y. 打ち手を探るためのヒントC 視座を上げる  口ときには、目先の問題から離れてみる  4つめのヒントは、一旦、目の前の問題だと思え ることから離れ、視座を上げてみることだ。解くべ き問題と、今解こうとしている問題を、はき違えて しまっていることがある。  よく言われる例は、大学入試にむけて受験勉強し ている際、ついつい難問を解くことに気がいってし まうが、本来、難問を解くことが目的ではない、と いった話だ。おそらく、大学入試というルールの中 で、希望する大学に受かることが本当の目的のはず である。  ルールの構造から考えると、総合点でいい点を取 ればいいのだから、たとえば、その難問が解けなく てもよいかもしれない。基本的な問題でしっかりと 点数を稼ぐ戦い方でもいいだろう。あるいはその難 問については、自分で解く力をつけなくても、解答 のパターンを頭に叩き込むやり方だってある。さら には、複数の科目の中で、どれを捨て、どれで稼ぐ かを考え、総合点を高める方法を見つけ出す工夫を してもいい。どうしても希望大学に入りたければ。 1年浪人して、勉強時間という大切な資源を増やす 方法もありだろう。目の前の問題と思える「難問を 解く」ことに囚われることなく、そこから離れて、 そもそもの受験戦争のモデルとは何か、と一段視座 を高めて、考え直してみたほうが得策である。  通常のビジネスにおいても、直面する問題に目を 奪われると、どうしてもその問題を通した物事の見 方になりがちだ。そうすると、視野が偏り、狭く なってしまう。もし問題設定が間違っていたら、本 当の問題解決に至ることはない。視座を高めるとい う姿勢は、視野が矮小化するというリスクを柢くし てくれる。そして、正しい問題解決のための、正し い問題設定へと、自分を引き戻してくれる。 口戦略検討時における失敗談  以前、太陽光や風力、地熱などの再生可能干不ル ギー事業を手がける企業の成長戦略をチームで検討 していた際、この罠に陥ったことがある。事業別の 分析に没頭するあまり、チーム全体が目の前の問題 に囚われるという事態になってしまったのだ。  具体的には「どう成長すべきか」という本質的な 問題解決に向けた問いが、成長機会として浮かび上 がってきた新規事業Aに参入すべきか、新規事業B に参入すべきかという二者択一の問題にすり替わっ てしまったのである。そもそもの考えるべきポイン トである、「どう成長すべきか」は、すでに頭から 消えていた。  事業Aは、まだまだ十分に市場が立ち上かってい ない将来の市場であった。事業Bは、既に強い競争 相手がいる大きな市場であった。それぞれの市場に は特徴の違いはあるものの、より長期的なものの見 方をすると、事業Aの儲けどころと事業Bの儲けど ころは、ともに装置の開発や製造にはなく、運営や メンテナンス事業に移っていくことは明らかたった。 つまり本来は、事業単位で見るのではなく、長期的 な視点に立って視座を上げ、「どのようにメンテナ ンス能力を高めるか」といった事業の仕組みそのも のを考えるべきだったのである。A、Bの二者択一 ではなく、たとえば、ある特定地域における実証実 験に入り込んだり、事業A、事業B双方において実 績を持つ企業と提携する、といった答えのほうがは るかに、「どう成長すべきか」の本質的な問いに対 する答えに近かったのである。  本来の問題意識を見失うことなく、レバレッジポ イントを探る際には、視座を上げるということも有 効なのである。 −− 打ち手を探るためのヒントD  「どうやって考えるか」を考えてみる  口問題解決のための準備をする  最後のヒントは、ちょっと毛色が変わったヒント で、直接的にレバレッジの発見には結びつかないが、 役に立つ発想なので紹介しておこう。それは「何を どうやって考えれば良いかを考えてみる」という姿 勢を持つことである。つまり、考える手順や判断の 基準について、まずきちんと考えるのである。  生活や仕事の中で、いろいろと考えているのだが、 何と何か解決すれば本当の問題解決につながるのか、 あるいは、何と何かはっきりすれば意思決定ができ るのか、こういった判断軸が明らかになっていない ケースは意外と多い。  たとえば、新規事業に打って出るときには、市場 規模も知りたいだろうし、具体的なターゲット顧客 は誰か、といったことも知りたいだろう。また、自 社製品と他社製品の違いも、当然のことながら知り たくなる。  しかし、「市場規模がいくら以上なら参入するつ もりなのか」「自社と他社の製品の比較において、 勝っているところもあり、負けているところもあっ たらどうするのか」といった質問をすると、意外に 答えられないものである。  これは、意思決定や問題解決に向けての準備不足 だと言うことができる。つまり、肝になることは何 なのかを十分に練れていないことを意味している。  こんな状況だと、どれだけ考えてもアウトプット にはつながらない。考える手順や、判断基準を考え るということは、問題解決により近づこうとする姿 勢であり、打ち手を探る上でもプラスになるはずで ある。 COLUMN11 解けないことを回避して解く  息抜き代わりに、次の算数の問題を考えてみてもらい たい。これは小学校の問題なので、√とかは使えない。 この問題は、どうやって考えれば良いかを考える、とい うことの重要性を、改めて思い出させられる問題である。  @ `   ……………゜ 図         A  K トババド縺卜二八封 角錐の表面積の盖はいくつになるか求めなさい。ちなみ にIJKはそれぞれの辺の中点である。  [答え]  難しいのは、切り取った三角錐−JKAの底辺−JK の面積が求められないことだ。それゆえ力技では解くこ とはできない。つまり、それぞれの立体の表面積を求め てから、盖を出すやり方ではこの問題は解けない。  しかしよくよく考えると、底辺−JKを求める必要は ないことに気付くだろう。  答えを求めるための手順は、まず2つの立体の表面積 の差を(ツキリさせてから、それを計算するやり方であ る。  最初の立方体の表面積をAとして、底面−JKをBと し、三角錐の底面以外の残りの面積をCとすると、求め るべき表面積の盖は、   (求めるべき表面積の盖)H (残りの立体の表面積)  ‐ (三角錐の表面積)  H (A‐C+B) ‐ (B+C) HA‐2C  となり、Bが消えてしまう……。それゆえ答えは、96 dから只p(2XX2印の直角三角形の面積の3つ分の 2倍)を引いて呪pになる。  この問題は、力ずくではなく、どうやったら解けるか をちゃんと考えれば解ける問題なのである。  何を考えれば良いかの手順を考え、本当の問題解決に 必要なことのみをシンプルに考える。そのほうが100 倍ましではないだろうか。  − 。{01−−1− 実践からのフィードバックが本質思考の精 度を高める  ロステップ@からBまで、何度も反復する  本質思考のアプローチに沿って根本治療的な解決 を目指すなら、一足飛びに答えに飛びつくことなく、 じっくりと思考を熟成しながら、モデルとダイナミ ズムを考え抜くことが大切となる。何度も何度もス テップ@からBまでを繰り返し、思考実験を行って いくのである。そのためには、知的忍耐力が必要と なる。  なんとなくわからない曖昧さが生み出す居心地の 悪さに耐えて、考え続ける力が重要だ。本当の理解 に辿り着けるかどうかの不安に負けて、思考停止状 態に陥ってしまうことが、最も恐ろしい。  十分考え抜いて、レバレッジーポイント(モデル を変える小さなツボ)が見えてきたら、その考えを 人にぶつけてみることだ。  自分の考えを他人にぶつけてみるということは、 アウトプットする姿勢を持つということでもある。 このアウトプットしようとする姿勢が、思考するこ との背中を押してくれるのだ。  誰しもそうかもしれないが、期限が決まっていな い仕事は、ついつい先延ばしになってしまう。しか し、自論をぶつけるタイミングを決めて、約束して しまうと、それに向けて考えを深めざるを得なくな る。  私は、ズルズルと先延ばししてしまいそうなとき は、先に顧客訪問のタイミングを決めたり、原稿の 提出期限を約束してしまったりする。そうすると、 考えざるを得なくなるし、その打ち合わせや提出期 限までのステップを考えざるを得なくなるからだ。  アウトプットするために、インプットし、考える。 これが思考力を高める基本サイクルなのかもしれな い。 口満を持して、行動に移す  そして最後は、ステップCの行動に移す番である。 本来であればステップ@からBまでで、すべてを見 通せることが理想だが、なかなかそうもいかない。 そこで実際にやってみて、現実からのフィードバッ クをラーニングとして活かしていくのである。  人は「経験していないことは考えられない」とい う意見もあるし、唯一の成長機会は、失敗や成功体 験からの学びだと言い切る人もいる。フィードバッ クは、それほどに重要なものだと言える。  たとえば、多くの人が経験したことがあると思う 例を取り上げてみよう。  みなさんがはじめて部下を持った時、良い上司、 リーダーになろうと誰もが思ったことだろう。おそ らく、部下のことを理解し、面倒見が良く、率先垂 範で行動するリーダーを目指しだのではないだろう か。それは自然な考えで、お互いの信頼関係が高ま り、チームとしてまとまるという正のループが回る ことを期待するからだ。  しかし、こうしたモデルを想定して実際にそう行 動してみても、うまくチームカが発揮できない状況 にぶち当たることが多い。そして、みんな、だんだ んとあることに気付き始める。  それは、部下が望んでいるのが、単に働き安い環 境や優しい上司だけではないということだ。部下は、 自分が成長し、会社や顧客に貢献できているという 実感も求めているのである。誰しも、まわりに認め られ、何か意味のあることをやりたいと思っている はずなのだ。  そう考えると、リーダーとしてどう振る舞うかも 大切だが、リーダーが何を目指すのかのほうが、 もっと大事だということに気付くはずだ。部下は、 その人についていくのではなく、その人が目指すも のについていくのである。多くの人は、日々のマネ ジメントの中で、実際に行動し、現実からのフィー ドバックを受けながら、こういったことに気付いて いっているのではないだろうか。  このように実際に自分が考えたモデルやダイナミ ズムの精度を検証し、現実からのフィードバックを 得てそれを高めていくことが、本質思考のアプロー チである。  − .{01.―ぺ乙. モデルが変われば問題は解決する  口本質思考のおさらい  ステップ@からステップCまで、本質から考える 問題解決の流れを説明してきた.今一度振り返ると、 それは、  ステップ@ モデルを描く  ステップA ダイナミズムを読み解く  ステップB モデルを変える打ち手を探る  ステップC 行動し、現実からのフィードバック        を得る  の4つであった。このステップは、モデルとダイ ナミズムを読み解き、レバレッジポイントを突く打 ち手を考え、モデルを変えていく、ということに他 ならない。現象の裏にひそむ構造が変わるとき、新 しい何かが生まれてくるのである。  今一度、ここで身近な例を挙げてみよう。  たとえば、お金を貯めようと心に決めても、なか なか貯まらないものである(もちろん、節約一貯金 が大好きという人も世の中にはいるか……)。少し 余ったお金ができたときに貯金しようと思っても、 ついつい欲望に負けて浪費してしまう。あるいは、 月々の積み立てを始めてみても、余裕がなくなって くると解約してしまう。こんなふうになることが多 いのではないだろうか。これは、「目の前のお金」 ↓「使いたいという欲望」、「生活が苦しくなる」 ↓「貯めるのを諦める」というループが強くはたら くモデルなのである。  そんな状況に対する私の友人の打ち手は、大胆な ものであった。それは、若くして家を買ってローン を組むというものだった。生活している以上、住む ための家は必要だ。借家の場合、当然家賃を払って いかなければならない。家賃はフローだが、家を買 うとそれはストックになる。ローンを払い終わった ときには、それは家という形の貯蓄になる。  そしてローンは強制的に払わされるものである。 つまり、私の友人は、先に貯蓄に相当するもの(つ まり、この場合は「家」)を獲得してしまい、それ に対してお金を払わざるを得ないという、強制力を もっだループを新たにつくり、先ほどのモデルを、 お金が貯まっていくモデルに変えてしまったのであ る。  実際、ローンを組んでみると副次効果も現れた。 借金を背負っていることが、あまり居心地の良くな かった知人は、繰上げ返済が楽しくなり、返済が加 速していったのである。これは、思わぬ現実からの フィードバックであった。  このように本質思考の4つのステップに沿って、 モデルを考え、ダイナミズムを読み解くと、「スジ の悪い」答えから、「スジの良い」答えへと至る道 が開けてくる。  ぜひ、みなさんも試してみてほしい。  ではここからは、これまで説明してきたステップ に従って、本質に目を向け、宣]の問題解決に至った 2つの事例を取り上げ、その流れを見てみよう。1 つめは、「新製品の立ち上げ」に関するミニーケー スであり、2つめは、ある企業の営業改革に関する プロジェクトの事例である。 COLUMN12 サイエンスの世界も本質思考で進歩  本質思考のアプ囗−チは、世の中の進歩にも大きく役 立っている。自然科学や社会科学の進歩は、現象の裏側 にあるモデルやダイナミズムを読み解くことで進歩して きたと言うことも可能だからだ。  たとえば、アインシュタインの相対性理論などはその 良い例だろう。アインシュタインは、日常我々が経験し ている現実、つまり「時間はいつでも同じテンポで進み、 空間は目の前にしっかりと存在する」という現実を疑い、 本質に目を向けた。そして我々の宇宙が、時間の進み方 が変わったり、空間が歪んでしまったりするモデルであ ることを発見した。宇宙の本当の姿を明らかにしたので ある。  近年の金融工学の進歩も良い例だ。金融工学の進歩は、 株価の動きの裏側にあるモデルとダイナミズムを理解す ることによってもたらされた。それは、金融市場が、水 に浮かぶ小さな粒子が不規則に動く現象(ブラウン運動 と呼ばれている)と同じモデルとダイナミズムに基づい ている、という発見によってもたらされたのである。  このようにサイエンスの進歩は、複雑な世界の本質を 見極めようとする努力によって、達成されてきたとも言 えるのである。様々な現象を生み出しているのは、その 裏にひそむモデルとダイナミズムである。それらを理解 できたとき、サイエンスにおける大きな進歩が起きるこ とになる。  − 。{01.一句J. ケーススタディ@ Aさんの新製品の立ち上げ  口ヶ−スの概要と背景  Aさんは、最近、新しい部署に異動し、新製品の 立ち上げを命じられた。  Aさんが勤める会社は、様々な素材をつくる素材 メーカーであった。Aさんが立ち上げを命じられた 新製品は、とても優れた機能素材であり、化粧品用 にピッタリだと考えられていた。そして、主力製品 に育つことが期待されていた。  最初に考えたモデルは、「化粧品メーカーにその 新製品である機能素材を紹介する」↓「その良さを 理解してもらう」↓「大きく売上が増える」という ものだった。しかしほとんど売れなかった。  実際のモデルは、「新製品に対する懐疑的な見方」 ↓「売れない」↓「他社へのロコミも広がらない」 だったのである。  ロステップ@モデルを描く  いくら新製品の機能の良さを説明しても、顧客と なるべき化粧品メーカーはなかなか理解してくれな い。そして、買ってもらえない。そこでAさんは、 新製品が売れない理由を、今一度、じっくりと考え、 その真因を探っていった。そして1つの仮説に辿り 着いた。  Aさんの勤める会社は、さほど大きい会社ではな く、中堅企業であった。これまで化粧品メーカーと の取引もなく、会社に対する信頼も確立されていた わけではなかった。  よくよく考えると、化粧品は肌につけるものであ り、品質には相当気を使うはずだ。であれば、いか に機能性の高い素材を紹介しても、化粧品メーカー が、それを採用することに躊躇するのは当然だ。新 製品を立ち上げるための最も重要なポイントは、会 社、そして新製品に対する信用力だという考えに 至ったのである。  ロステップAダイナミズムを読み解く  会社や新製品の信頼は、フローというよリストッ ク的だ。長年の実績が積み重なってはじめて信頼が 生まれる。しかし、これから10年、20年かけて、 ゆっくりと実績を積み重ねていくのでは遅すぎる。 望ましいダイナミズムは、できるだけ速やかに信頼 性を確立し、まずは化粧品メーカーに採用してもら い、その評判が広がるようにしなければならない。 それができると、「採用」↓「実績」↓「評判」 ↓「売上拡大」というダイナミズムが見えてくる。 これは正のループの好循環による、エスカレートの パターンになる。  ロステップAモデルを変える打ち手を探る  速やかに信頼を確立すること。Aさんにはレバ レッジポイントのツボが見え始めていた。実績では ない信頼とは何か、評判を上げるための方法とは何 か、考え抜いた末に辿り着いたAさんの答えは、学 会への発表であった。  権威ある第三者に、この新製品の機能の凄さを認 めてもらう。安全性を強調してもらう。そうするこ とで、会社が中堅企業であるということや、化粧品 に実績がないという不利な点を払拭できると考えた のである。  さらに、大手化粧品メーカーにしばらくの間、無 償で提供することにした。お金をもらっていようが、 タダであろうが、大手化粧品メーカーに使っても らったという実績が大事だったからだ。それが「評 判」↓「売上拡大」のループを回すレバレッジにな るからである。  ロステップC行動し、現実からのフィード   バックを得る  早速、研究開発部門に、この新製品の機能に関す る学会発表をしてもらった。それをきっかけに、大 手化粧品メーカーのI社に、無償提供の合意を取り 付けることができた。  狙い通り、これらの打ち手が功を奏した。新製品 の売上が大きく立ち上がり始めたのである。しかし、 Aさんは、やがて自分の考えが士分でなかったこと に気付くことになる。競合他社が、すぐに同じよう な製品を出してきたのである。機能面では多少劣る ものの、その競争相手は大手であり、同じようなも のをつくる基礎研究力を持っていた。そして、化粧 品メーカーからの信頼も厚かったのである。  Aさんは、新たな打ち手が必要であると認識した。 素材の機能面では既に秀でている。それゆえ、違う 打ち手が必要だった。そこで素材そのものとは違う レイヤー(階層)で戦うことを思いついた。それは、 素材を素材のまま提供するのではなく、その素材を 加工し、粉にしたり、粒にしたりして、化粧品メー カーにとっての用途を広げるための製品提案を行っ ていくことだった。これはアイデア勝負であり、こ れまでいろんなアイデア商品を出して成長してきた Aさんの会社の得意とするところであった。やがて、 Aさんの担当する新製品の売上は、再び順調に伸び 始めたのである。  Aさんは、現実からのフィードバックを次なる一 手につなげていくことに成功したのである。  − 。{01−−4− ケーススタディA B社における営業改革  口ヶ−スの概要と背景  メーカーB社は、自動車や家電向けの機械部品を 製造販売する企業である。売上高数百億円の中堅企 業であり、近年、売上高は徐々に低下していた。そ して、利益率もそれに合わせて低下傾向にあった。  B社の取引先である自動車メーカーや、家電メー カーの関連する工場はほぼすべて国内にあり、グ ローバル展開はまだ少しずつしか進んでいなかった。 また、この機械部品の国内市場には、多くの企業が 存在し、売上咼数十億円の中小企業も数多く存在し ていた。  中期的には、顧客である自動車メーカーや、家電 メーカーの工場は海外に移転していくことが想定さ れる。しかしながら、顧客企業の海外進出に合わせ て海外に出て行くには、人材をはじめとするB社の 経営資源には大きな制約があった。  また、B社がつくる機械部品は、(イェンドな製 品を除くと、工作機械さえ輸入すれば新興国メー カーでも簡単に安くつくれる類のものであった。  このような状況の中、利益率を回復し、少しでも 売上を拡大するために、社内で販売力強化プロジェ クトが立ち上げられた。 ロステップ@モデルを描く(その1115つ   の要素を考える)  メーカーにおいて、売上拡大や利益率の向上とい うと、まず真っ先に思いつくのが、製品の付加価値 を高めたり、コスト削減による価格競争力強化など である。もちろん、メーカーである以上、製品力や コスト競争力の向上は必須条件と言えるかもしれな い。  しかし、それに飛びつくことなく、より本質的な 打ち手に近づくために、事業全体のモデルを描いて みることにした。まずは考えるべき5つの要素に 沿って検討を行った。 ●アウトプット先(顧客企業)  アウトプット先である国内の自動車メーカーや家 電メーカーの工場は、海外移転が進むものの、すべ てが海外に行ってしまうわけではない。必ず国内に ある程度の工場は残るし、自動車メーカーの中には、 国内生産台数を守っていくことを明確に打ち出して いる企業もある。メーカーにとっても、生産革新を 起こすマザーエ場や、研究開発との連携など、国内 に工場を残す意味は大きいはずだ。  また、よくよく日本国内の市場を見わたすと、医 療や干不ルギー、食品など、機械部品の販売先とな る新たなビジネス機会が存在することも見えてきた。 しかも、それらのビジネス機会はこれからまさに立 ち上がるところであった。 ●影響者(意思決定者)  また、顧客企業にとって、機械部品のサプライ ヤーをむやみに変えるインセンティブはさほど大き くなかった。サプライヤーを変えて何か不具合が あっては大変だし、この機械部品はそれほど早いス ピードで技術革新が起こっている領域でもなく、ど ちらかと言えば枯れた技術を活用した部品であった。 どんどん新しい製品が出てくる中で競争しているわ けでもないので、技術革新がサプライヤーをスイッ チする圧力につながることもなかった。  さらに言うと、この部品は自動車や家電製品にお ける原価に占める割合も小さく、ギリギリとコスト 削減を要求される領域でもなかった。ちょうど良い 中途半端なスイートスポットに位置していたのであ る。  また海外品が入ってくるにしても、この中途半端 さが幸いして、物流費を上乗せすると、海外品のコ ストは上がり、必ずしもコスト競争力があるわけで もなかった。  そういった意味で、購買担当にとっても、開発担 当にとっても、積極的に他のメーカーに調達先を変 更する魅力は小さかった。 ●インプット元  インプット元としては、原材料が考えられるが、 原材料価格は相場によって変動し、コントロールが できないので致し方ない状況にあった。また、その 条件は他社も同じであった。  一方、この機械部品をつくるには金型が必要であ り、実はその金型が結構重要たった。金型の設計の 巧拙によって、生産効率が大きく変わるのだ。I回 のプレスで済むのか、何回かのプレスが必要になる のか、金型の設計の妙によって製造コストが左右さ れたのである。B社は、その金型を内製しており、 その開発力が自社の強みとなっていた。 ●競争関係  競争関係の観点からは、背景のところで述べたよ うに、比較的、数多くの企業が存在しており、分散 された業界になっていた。スイッチングコストの高 さもあって、シェアの変動は小さく、固定的な業界 であった。 ●協調関係  協調関係という観点で見てみると、規模の小さな 会社が廃業する際、後継者難の問題があって、M& Aが行われることもよくあった。買収した企業は、 相手企業の持つ顧客基盤と金型設計者などを手に入 れることができたのである。数社が同時に合併し、 I社になってしまうことも時々あった。 ロステップ@モデルを描く(その211レイ   ヤーで考える)  また、異なるレイヤーの切り口から考えてみても、 違う要素が見えてきた。  この部品は、販売するまでに、試作品をつくりな がら製品仕様を決めていくというプロセスがあり、 顧客企業との密度の濃い擦り合わせが大切であった。 それゆえ、顧客企業との密なコミュニケーションを 行える組織力、という「組織の層」での力が鍵で あった。  そういった観点では、かつてB社は、試作品を 持ってくるスピードが速く、その完成度も高いと評 判だった。非常に小回りの効く組織の機動力が、顧 客企業から高く評価されていたのである。  また、品質の高い試作品をすばやくつくり出すた めの、営業部門と開発部門の連携もよかったらしい。 しかし、今、この評価が少し揺らいでいた。  このように考えを巡らせた後、今一度、よくよく 調べてみると、顧客企業の工場の海外移転のタイミ ングと、自社の売上の減少したタイミングは、なん となく相関しているように思っていたが、個々の案 件別の受注・失注分析からは、売上低下の直接の原 因が、必ずしも顧客企業の工場の海外移転ではない ことがわかってきた。  つまり、「顧客企業の海外移転」↓「売上の低下」 は相関しているように見えていたものの、因果関係 は無かったのである。売上低下の大きな要因は、別 なところにあるようだった。  ロステップ@モデルを描く(その311モデ   ルをチェックする)  こうやって全体を俯瞰してみると、市場環境自体 は、それほど悲観的ではなく、比較的、良い事業ポ ジションにいることがわかった。中期的にも国内市 場はそこそこ存在し、頑張れば、医療や干不ルギー 分野などの新しい市場を切り開けるかもしれない。 こういった希望が見えてきたのである。  また、質の高い試作品をすばやく顧客に届ける能 力の陰りが、売上低迷の真因である可能性も見えて きた。もしそうだとすると、それは事業環境の問題 ではなく、自分達の問題だということになる。そう なると現実的な打ち手が期待できる。  もし、試作品をすばやくつくる力をしっかりと取 り戻すことができたら、あるいは、M&Aなどを通 じて顧客基盤の拡大や技術力の向上を行っていけた ら、国内に留まっていても、売上拡大や利益率向上 の希望が見えてくる、ということがわかったのであ る。  そこで、販売力強化プロジェクトのチームメン バーは、この構造をモデルで表現し(図表6‐1)、 社長に見せて議論を行った。社長は、現象から一歩 踏み込んだ分析に喜んだ。なにより、経営資源が隕 られ、海外に展開できない状況の中で、打開策が見 えてきたことを特に喜んだ。  そこで社長は、この論理が顧客企業の側から見て、 本当に成り立っているかどうかを確認するよう指示 をした。確かに、「質の高い試作品を迅速に届ける」 が、顧客の視点で本当に意味のあることなのか否か について、十分な検討をしていなかったことに、プ ロジェクトメンバーは気付かされたのである。そこ で、顧客企業の視点も含め、さらに検討を行うこと にした。 ロステップAダイナミズムを読み解く  顧客である自動車メーカーや家電メーカーの視点 でよくよく考えてみると、B社の「質の高い試作品 を迅速に届ける力」が大きな意味を持つことは明ら かであった。  自動車業界や家電業界では、新製品開発の短期化 や、製品陳腐化のスピードの加速化が起こっていた。 自分達の製品開発のスピードが、その企業の競争力 を左右することにもなりかねない状況にあったので ある。つまり、B社の対応スピードが速ければ速い ほど、彼らの競争優位性は高まるという因果があっ たのだ。こうした事情が、結果としてB社のスピー ドに対する評価につながっていたのである。  そう考えると、いま一度、このスピード感を取り 戻し、さらに磨きをかけるということが、B社の差 別化に大きく影響を与えることは間違いなかった。 少し陰りを見せ始めたとはいえ、この能力は組織に 根付いたストック的な力だ。その土台は、今でも組 織の中に存在しているはずである。  ここに至ってメンバーは、これがB社の業績を左 右する「根源的ドライバー」だと確信したのである。 もしそうだとすると、競争相手も、そう簡単に真似 することはできない(相手の反作用を封じ込められ る)。プロジェクトメンバーの考えるべきポイント は、その能力を取り戻していくためのツボを発見す ることへと移っていった。  それがわかればさらなるストーリー(物語)も見 えてきそうだった。試作品をスピーディーに提供す るための仕組みが再びうまく機能するようになれば、 たとえば、近隣で競合他社が廃業したときでも、そ の顧客や技術の引継ぎがスムーズにできるはずだ。  さらには、そうやって事業の基盤が強くなってく ると、今後拡大が期待される医療分野や、干不ル ギー分野への新たな事業展開もしやすくなる。さら には、海外展開に向けた経営資源の蓄積も行えるか もしれない。そうなれば、顧客企業の海外工場にも、 B社の得意とする(イエンド製品を届けられるよう になるだろう。結果的に、B社の業績が「エスカ レート」のパターンを生み出す可能性も見えてきた のである。 ロステップBモデルを変える打ち手を探る  ここまで理解できれば、これからすべきことが見 えてくる。  スピード、つまり迅速な試作品の提供力、あるい は顧客対応力への徹底的なこだわりが重要になるし、 そのために、組織間の壁を崩し、連携をどう促すか、 あるいはどう取り戻すかがレバレッジポイントにな るのである。  では、かつて評価されていた対応力はどうして弱 体化してしまったのだろうか。このあたりが真因に なりそうだ。  「考える範囲を、影響を与える範囲に広げる」と いう観点から、過去もしっかり振り返ってみた。そ うすると、次のようなことがわかってきた。  昔は、叩き上げの営業のトップと開発のトップが いた。苦楽を共にして、いっしよにB社を成長させ てきた2人のキーパーソンがいたのである。2人は 「あうん」の呼吸で連携し、強いリーダーシップを もって、部下たちに協業を促していた。しかしその 2人が5年ほど前に引退してしまい、徐々に組織間 の壁が厚くなり始めていたのである。  業績低迷の原因は、時間的に離れた「過去」の2 人の退任時にあった。そして、試作品の提供スピー ドは、技術力そのものの課題ではなく、営業と開発 の「間」の課題であったのだ。  打ち手の根幹は、いかに営業と開発の壁を崩し、 連携を取り戻すかにある。ただ、2人を呼び戻すわ けにもいかない。今、営業と開発の連携強化に向け て動ける人材は、経営トップと、強い問題意識を 持った中堅社員しかいなかった。あと5〜10年程度 で引退することになる部長級の経営幹部は、どうし ても危機意識が高くない。今後20年以上、この会社 に残り、頑張らざるを得ない課長クラスの中堅社員 が鍵になるしかなかった。  つまり、組織の上下関係や指揮命令系統を「前 提」とした解決策は、機能しそうになかったのであ る。  そこでB社は、レバレッジポイントを突くために、 社長直轄のプロジェクト室を立ち上げることにした。 営業活動のあり方、KPI(Key Performance I乱ぽ耳)と呼ばれる業績管理指標、会議などを含 めたプロセスの再設計に取り掛かった。  特に重要だったのは、試作品を作成し、仕様を決 定するまでのスピードだ。これまで2人のあうんの 呼吸でやっていたものを、なんとか仕組み化しなけ ればならなかった。  社長は、そのプロジェクト室の存続期限を1年に 区切り、そのメンバーは専任とした。プロジェクト 室は、1年後に解散する。もしそのときに成果が出 ていなければ、メンバーは手柄もなしにもとの部署 に戻らざるを得ない。メンバーにとって、それはと ても気が引けることだ。社長は、背水の陣を敷いて 行動を促したのである。  ロステップC行動し、現実からのフィード   バックを得る  3ヵ月後、開発と営業のコミュニケーションの改 善、初回コンタクトから納品までの一連のプロセス の見直し、リードタイム短縮の方法がまとめられ、 社長から改革実行の承認かおりだ。最初は順調に滑 り出したかに見えたこの改革も、やがて少しずつ営 業と開発の連携にほころびが見え始め、試作品を出 すスピードの改善が止まってしまった。  ただ、それにはきちんとした理由があった。モデ ルが変わっていなかったのである。  開発も営業も、試作品をつくるという業務以外の 仕事を抱えていた。特に開発は、個別の顧客対応以 外にも、新製品開発の業務や、基礎研究的な業務も あった。どうしても顧客対応が遅れがちになり始め たのである。組織の指揮命令系統は、営業と開発で はそれぞれ異なるので、営業が開発に対して優先順 位を決めたり、作業の順番を指示したりすることは できなかった。新たな限界が見えてきたのである。  このような、現実からのフィードバックに遭遇し たプロジェクト室は、ふたたび議論を重ね、モデル を変える新たな打ち手を講じることにした。それは、 開発に対する予算を営業側か提供する仕組みの導入 たった。  つまり、この試作品をいついつまでにつくるのに、 これだけの予算をつけるけど、どの開発チームが やってくれるのかという風に、営業と開発の間に市 場(マーケット)をつくったのである。単なる指揮 命令系統による組織管理の構造に、一部、市場原理 による緊張感を持ち込んだのだ。このアイデアは、 組織内の各部署が独立採算になり、提供する価値と その対価のやり取りをするというアメーバ経営のア ナロジーを持ち込んだものであった。  これによって、一時はスローダウンし始めた改革 が再度、軌道に乗り始めた。モデルが変わり、査]の 問題解決が動き出したのである。 −− 本質思考を鍛えるトレーニング  ロ少しの時間と、考える意思があれば、   いつでも誰にでもできる  「本質から考える」とは、ものごとをモデルとダ イナミズムで考えることであった。それは、現象や 情報に惑わされず、ものごとを抽象化し、自分の頭 で考えるという、情報に頼らない考え方である。裏 を返せば、そういった思考を鍛えるためには、情報 を収集して知識を詰め込むのではないということが わかる。つまり、考えるための切り口や、使えるア ナロジーを増やすことのほうがはるかに重要となる のである。  もしそうだとすると、本質思考はいつでもどこで も、少しの時間、考える意思があれば、訓練可能と いうことになる。 [本質思考の力を鍛えるために日頃からできる6 つのトレーニング] ・新聞や雑誌の記事のタイトルから連想する ・「思考の雛型」を増やす ・思考の「見える化」を行う ・自論を他人にぶつけてみる ・歴史観を磨く ・答えのない問題に取り組む  − −− 新聞や雑誌の記事のタイトルから連想する  口記事を読まないで、中味を推察する  毎日、朝5分でできるてっとリ早い訓練法が、新 聞や雑誌の見出しから、その記事の内容と構成を想 像してみるというものだ。  たとえば、ある記事でA社が最高益を達成したと 見出しにあった時、その記事の内容を読む前に自分 で考えてみるのである。その際、モデルとダイナミ ズムを大きな枠組みで捉え、記事のストーリーを自 分なりに描くのである。  まずモデル発想で、5つの要素や、レイヤーの発 想を持ち込み、「なぜ最高益を達成したのか」「イン プットからアウトプットに至る因果はどうなってい たのか」「どんな競争環境にあり、誰とどう連携し ているのか」といったことを考え、自分なりに最高 益を生み出すモデルを考えてみるのである。  そして、ダイナミズムも考えてみる。たとえば、 「この状況は持続するのか」「10年後、20年後にはど うなっているか」「今を出発点として、そのまま最 高益を更新していけるのか、していけないのか」を できるだけストーリー(物語)の終着点まで考える のである。  10年後、同じA社の記事のタイトルにどんな言葉 が躍っているかを、自分なりに創ってみるのも良い だろう。  その後で、新聞記事を読んで、自分の考えたス トーリーと比較するのである。その際に重要なこと は、記事に書かれていることと、自分の考えたこと が合っているかどうかではない。もしその記事に、 想定していたこと以上のことが書かれていたら、ど のような発想が抜けていたかを反省し、その視点を 学ぶことを心掛ければいい。  また、実際の記事より広く深く本質を突けていれ ば、思考力が高まり、情報に頼らない考え方が身に ついてきたと自信を持てば良いということになる。 −−  「思考の雛型」を増やす  ロモデルの雛型を増やし、アナロジーを鍛え  モデルを描く上で、アナロジーは威力を発揮する。 アナロジーとは、過去に経験から学んだこと、ある いは考えたことなどを使いながら、いま直面する課 題と向き合ってみることだ。良いアナロジーを思い つくと、理解は一気に進み、考えていることの腹落 ち感は大きく増すことになる。  それゆえ、アナロジーに使える思考の雛型を増や す努力は効果的である。頭の中の思考の雛型が多け れば多いほど、いろいろな角度からモデルを考える ことが可能となり、よりものごとの本質に近づく可 能性が高くなる。  たとえば、次のようなモデルは、アナロジーとし てストックしておくことができる。 口@急成長して破綻するモデル  海外のある航空会社が、急成長後に破綻したヶI スがあった。そんな事例も思考の雛型にすることが 可能だ。  その会社の破綻のモデルは次のようなものであっ た。競争相手との価格競争激化という影響もあった が、破綻の真因は内部にあったのである。それは、  「良質なサービス、かつ低価格での新規参入」 ↓「顧客の急激な増加」↓「社員採用の拡大、新人 比率の高まり」↓「サービスレベル低下」↓「顧客 離れ」↓「売上減少」↓「固定費負担の高まり」 ↓「収益の急速な悪化」↓「価格競争力の低下」 ↓「低いサービスレベル、割高な価格」↓「顧客離 れ」  こういった悪循環であった。これは急成長が負の スパイラルを引き起こすダイナミズムだと言える (図表フーー)。私かかつて勤めていたスターバック スも、囗本に進出後、200店舗から500店舗に 成長する段階で、同じ問題に直面した。急速な出店 を行ったことで、出店場所の選択でも過ちを犯し、 あまり魅力的ではない場所に出してしまったり、人 の採用と教育が追いつかず、一時的に店舗オペレー ションの品質が柢下してしまった。また急速な事業 拡大がブランドの陳腐化も進めてしまった。   レ    屆     驚   ・一 一   ジ J  ∧ 一  豐  スターバックスは、その際、出店スピードを抑制 し、不採算店の閉鎖も行い、負のスパイラルから脱 することに成功した。  口A好循環による成長モデル  これとは逆に「好循環による成長モデル」という ものもある。フェイスブックやラインなどはその典 型である。そこにはネットワーク外部性、つまり利 用者が増えれば増えるほど利便性が増し、そのネッ トワーク自体の価値が上がるというモデルが存在し ている。  古くは、時計の「時計回り」もこのネットワーク 外部性のなせる業であった。かつて時計には、今で 言う「時計回り」のものと、その逆回りに回転する 「逆時計回り」のものが存在していた。しかし、多 くの人が時計回りに慣れてしまったので、時計回り の時計のほうが便利になり、みんながそれを使うよ うになった。そして、メーカーも時計回りのものを つくるのがあたり前になったのである。  口Bマイナスの差別化モデル  これは、本当の価値があるもの以外、あるいは価 値を阻害するものを、根本的にそぎ落とし、結果と して、価値の訴求力を高めるモデルである。  タイソンは、吸引力の低下の原因であるフィル ターを無くし、遠心分離のメカニズムで吸引力が落 ちない掃除機をつくった。CDやDVDは、レコー ドの針、テープの磁気ヘッドといった接触型の読み 取り部分を無くし、製品が劣化するという問題を解 決して、付加価値の向上を実現した。  口Cゼロサムゲームからの脱却  たとえば沖縄基地問題などは、ゼロサムゲームで ある。沖縄の負担軽減をすれば、どこか他の県での 負担増につながる。基地移転の問題は、場所の変更 というレイヤーだけで考えていては、ゼロサムゲー ムとなり、解決は難しい。  そもそもの安全保障のあり方、日米の役割分担な どまで立ち返って、構造を変えない限り(ゼロサム からの脱却)、同様の問題は繰り返されることにな る。  他にもアナロジーはまだまだあるだろう。日々の 出来事の中で、その現象の裏側にある、モデルとダ イナミズムに関する思考のヒント、つまり思考の雛 型を多く持てれば、それだけ本質思考力は向上する 口面白く話せる持ちネタを増やす  典型的なモデルの雛型に限らなくとも、「これは 他人に話すと面白い」と思える持ちネタを増やすこ とも、本質思考を身につけていく上では役に立つ。 その理由は、面白いと思うときには、本質に迫って いる場合が多いからである。仕事の中でも、「確か にこれは面白い」という事例に出会ったときは、そ れを意識的に自分の頭の中に蓄積して、機会があれ ば、他の人に紹介するようにすると良いだろう。  最近、ある新興国に大型の農機が売れるか否かを 調べるプロジェクトを行った。結論から言うと、大 型の農機を売るのはかなり難しいという結論であっ た。チームメンバーの発見してきたそれを裏付ける 事実は、その国の農業の構造をえぐり出す、大変面 白いものであった。  まず第一に、その国の土壌がやわらかく、さらに 水はけも悪く、農地がぬかるんでいることが大きな 障害となっていた。農地がぬかるんでいるので、大 型の農機が沈んでしまい、あまり役に立だないので ある。そして、国自体が貧乏であり、なかなか水は けを良くするための灌漑設備をつくることができな いでいた。また、斜面にある農地も多くあり、大型 の農機を使うには適していなかったのである。  問題はそれだけではなかった。農地1つひとつが 小さかったのである。それには宗教上の理由もあっ た。その国はイスラム教国で、遺産は子孫に均等に 分割されるという風習が強く残っていた。世代を経 るごとに1つひとつの農地が小さくなっていくので ある。これも大型の農機の導入にとってはマイナス となる。  さらには、雇用の問題もあった。その国では、そ れぞれの村で、多くの人が協力し合いながら、繁忙 期の農作業をいっしょにやっていた。それを機械で やってしまうと、その人たちの仕事が無くなってし まう。ひょっとすると、地域社会の秩序が壊れてし まうかもしれなかった。  このように、土地や労働力というインプット、国 や宗教という影響者、村という協力者の観点などか ら、大型農機の導入の難しさが見えてきたのである。  このような、「面白い」と思える事例が、頭の引 き出しに入っていると、これもアナロジーとして、 発想のヒントに使うことができる。  たとえば、唐突だが、この事例の雇用に関するア ナロジーを活用してみると、電力やガスの検針の作 業を、IT技術を使ってスマート化しにくい理由の 1つに、雇用喪失の問題があるのではないかという ことが見えてきたりする。  − 。171月−−4− 思考の「見える化」を行う  口「見える化」は歯抜けのモデルから始めて   よい  CHAPTER 3「モデルを描く」のところで 少し触れたが、思考を「見える化」することは、本 質思考を向上させる上でも役に立つ。  自分の考えていることは、ある程度しっかりと考 えているつもりでも、意外に紙に落とすと、論理が つなかっていなかったり、抜けモレがあったりする ものである。  特に、モデルとかダイナミズムは、なかなか言語 的な表現だけでは捉えられない側面がある。どちら かというと概念的であり絵的なものだ。それゆえ、 モデルとダイナミズムは、常に紙に落として、見え る化するのがよい。  最初は、歯抜けのモデルでもいい。それを見なが ら自分の思考の抜けモレを確認しつつ、段々とその モデルを深化させていくのである。これはちょうど ゴルフのレッスンでスイングをビデオに撮って、自 分のスイングをチェックして修正していくようなも のだ。  口描いたモデルはクリティカルに見る  ただし、その際に重要なことは、描き出したモデ ルとダイナミズムをクリティカル(批判的)に眺め ることだ。思考を確認するために見える化するのと、 思考を批判的に見て、考えを深化させるために見え る化するのでは、雲泥の差となる。  確認するためだけに見える化するのでは、新しい ものは何も生まれない。これは、「確証バイアス」 と呼ばれているものである。自分の先入観を確認す る都合の良い情報や考えだけを取捨選択して、さら に先入観を強めてしまう状況を指す言葉だ。常に 「そもそも」と、問い掛ける姿勢が大切となる。 ロホワイトボードは本質思考の強力な武器  思考の見える化には、ホワイトボードが便利だ。 思考を積み重ね、試行錯誤していくには非常に使い 勝手が良い。どこか会議室にでも入り込んで、一人 ホワイトボードの前に立って考えるのがいいだろう。  筆者の個人的感想だが、座って紙に描くより、ホ ワイトボードの前で、立ってうろうろしながら考え るほうが、頭が回転するような気がする……。  なお、モデルはノートなどの紙に描いてもいいが、 やはり、ホワイトボードなどの大きな面に描き出す ことがオススメである。なぜなら、最初からモデル の全容がわかっていることは希であり、ほとんどの 場合、手探りでモデルの全体像を把握していくこと になるからだ。そのため、ノートなどよりも、描け る面積が断然広いホワイトボードのほうが適してい る。また、描いたり消したりすることが容易なこと や、大人数で一緒に作業できることもオススメの理 由のひとつだ。  ちなみに、私の務めるローランドーベルガーには、 オフィスのいろんなところにホワイトボードが置い てある。  コピー機能付であれば、書き記した内容を保存す ることもできるから、なおさら便利だ(最近はスマ ホのカメラを活用することが多くなってきた が……)。その際、たとえば事実は四角、仮説は円、 因果関係は矢印、大切なことは星印、などといった 風に、自分なりにルールを設定して、いろいろな図 形を使いながら考えを整理してみるのも効果的であ る。  何度も見える化して、それを書き直していくこと は、思考の回転数と精度を上げることにもつながり、 大変有効だ。だんだんと右脳を活性化させる、非常 に良い訓練になる。  − −− 自論を他人にぶつけてみる  口他流試合をしてスキルの質を高める  思考の見える化か、ゴルフのスイングをビデオに とってチェックしてみることだとすると、次は、実 際にゴルフ場のコースに出て、さらにショットを磨 いていく訓練である。  本質思考も、ビジネスシーンや日常生活など様々 な場面で使ってはじめて、真の実力として身につく ものだ。  つまり、自分で考えた「自論」を、友人や家族、 会社の同僚など近しい人々に披露し、その反応を聞 いたり、あるいは彼・彼女だちと議論してみるので ある。時事的なトピックであれば、誰もが多かれ少 なかれ関心を持ち、それぞれに考えを持っているも のだ。  こうしたテーマについて、その構造や課題解決の 方向性、賛成、反対などの意見をぶつけてみるので ある。  これには、幾つかの効用がある。  1つには、ストーリーづくりの訓練になることだ。 モデルとダイナミズムは、ループ図やパターンと いった「絵」で表現される。それを「言葉」で伝え、 理解してもらうことは難しい。それゆえ、自論をぶ つけることは、「絵」↓「言葉」への変換の訓練に なるのである。  2つめは、相手の賛成や反対、質問などによって、 自分の自論が進化・深化していく可能性があること だ。特に相手が本質思考のできる天であればあるほ ど、そこから得るものは大きいはずである。  自論を他人にぶつけてみることは、あなたの本質 思考を、単なる机上の思考から、実際の生きた思考 へと進化させることを後押ししてくれる。そして、 自分の考えがどれだけ頑健かをチェックする最も簡 単な方法でもあるのだ。  ただし、1つだけ注意すべき点がある。あまりし つこく議論を吹っかけると、周囲の人から疎まれた り嫌われたりする可能性があるので、その点は要注 意だ。何事もほどほどが肝要である。  − .171月.―砌‥y. 歴史観を磨く  口根源的ドライバーで動く歴史  直接関係なさそうに思うかもしれないが、大袈裟 に言うと「歴史観」を養うことも、本質思考の強化 には役立つと思う.歴史観を磨くということは、本 質思考全般の能力強化に関わっていると、私は考え ている。  そのココロは、根源的なドライバーを考えるとい う発想を育むことと、考える範囲を影響のある範囲 にまで広げる力を高めるのに役立つからである。歴 史ほど、壮大で、根源的なドライバーで動いている 事象は他にはないだろう。  たとえば、国のパワーバランスの動きには、人口 や資源、技術といった根源的ドライバーが強く働い ている。これは、コラム8で既に述べた通りである。  他にも、歴史からは、いろいろな発想の切り口を 学ぶことができる。  たとえば、領土の大きさ(空間)と国の寿命(時 間軸)の関連性なども面白い切り口だ。かつて存在 したローマ帝国や大英帝国は、分離や、衰退の趨勢 に抗うことはできなかった。人口や資源とは異なる レイヤーの中で、様々なことが影響し合って大きな 歴史のうねりが生まれ、大帝国は衰退していった。 こんなことに発想を巡らしていくこと自体、楽しく ないだろうか。  ひょっとすると、人口や領土の大きさという観点 からは、今後世界の中心になっていくであろう中国 やインドも、この大きさゆえに、内から崩壊する可 能性だってあるかもしれない。過去から学ぶと、そ んな着想を持つこともできる。  あるいは、こんな風に国の動きを歴史的に捉える と、囗本の抱える北方領土や、尖閣諸島の領土問題 も、領土という観点での解決は、すぐには望めない こともわかってくる。  歴史を振り返ると、領土の線引きである国境が変 わるのは、結局のところ、戦争や割譲(メキシコか ら米国に南部の州が売られたり、米国がアラスカを ロシアから買ったり)、革命といった、大きな歴史 の「相転移」の中でしか起こっていないからである。 短期的な現実解は、国境のレイヤーでの解決ではな く、経済開発といったレイヤーでの解決しかなさそ うだ、ということも見えてくる。 口現代社会の医療費増大を、どう考えるか  別の事例を取り上げてみよう。  たとえば、最近の囗本の抱える問題である医療費 の増大なども、興味深いテーマである。当然のこと ながら、本質的な課題は、人間の寿命が延びたこと にある。多くの人が元気で長生きしたいと思ってい る以上、医療費が増えるのはあたり前ということな る。  医療技術が進歩して、安く済むかもしれないとい うのも幻想だろう。多くの人が元気で長生きしたい と思う気持ちは、どんどん高度な医療を求めること につながり、いたちごっこになってしまうことが考 えられるからだ(正のループである)。  もっと言うと、病院が日課となり、そこに老人の コミュニティーすらできてしまっている。なかなか 老人の病院通いが減るものでもないだろう。笑い話 に、「今日はAさんが病院に来ていないから、 ひょっとしたら具合が悪いのかもしれないね」とい う話があるくらいだ。  当然、医療費抑制の努力は必要だ。しかし本質的 には、アウトプット(医療費)を減らすことに留ま らず、インプット(生産人口)を増やし、バランス させるしかないのかもしれない。  歴史観を持つ、つまり歴史から学び、考えるとい うことは、根源的ドライバーを捉える力を鍛え、視 野を広げ、視座を上げる力を高めることにつながる のではないだろうか。  モデルとダイナミズムを捉えるには、できるだけ 長い時間軸と、広い範囲から考えておくほうが良い。  そういった意味で、歴史観を磨くことは、本質思 考の強化に役立つはずだ。 −− 答えのない問題に取り組む 口答えのない問題こそ最良の教師  最後の訓練法は、答えのない問題に取り組むこと である。答えのない難問こそ、最良の教師である。 つまり、「本質的に難しい」問題を考えてみるので  容易に答えが出ないような問題。  人によって考え方が大きく異なるであろう課題。  ロジックだけでは一筋縄では解けないようなテー マ。  そうした「難題」にチャレンジしてみることは、 本質から考える力の完成度を高める上では大いに役 立つ。こうした難問は、いわゆるロジックツリーや フレームワークだけで、簡単に解を見出すことが不 可能だからだ。  「2050年の囗本の姿」を想像してみる。ある いは「正義」「文明」「民主主義」「資本主義経済」 について考えてみる。たとえば、そういったことで ある。  最近のホットトピックにも難問が目白押しだ。 「国家の財務危機」「原発問題」「税と社会保障の改 革」。こうした問題について、自分なりの解決方法 を考えてみたり、賛成なのか反対なのかの立場を決 めて、その論理を組み立ててみるのである。  口古典に学ぶ  自分の力で考えてみることと並行して、こういっ た難しいテーマを扱った「古典」を読むことにも意 味がある。古典になった「知」は、本物の「知」で ある。単なる(ウーツーや、その時代にのみ通用す る知識ではない。それらに触れることは、必ず自ら の血肉になるはずだ。 おわりに  いざ本書を書き始めてみると、想定以上に難し かった。  その理由は、単にお手軽な手法を解説しようとす る本ではなく、まさに捉えどころのない「本質」に ついて書こうとする試みだったから、というところ にあるのだろう。  ただ、私としてのベストは尽くしたつもりだし、 本書を書くことが私自身にとっても良い振り返り、 良い勉強にもなった。同じように、みなさんが本書 を読んで、自ら考えることで、みなさんが直面する 壁を越える一つのヒントになったとしたら、これは どうれしいことはない。  本書の原型は、ローランドーベルガーの元パート ナーである鬼頭孝幸さんと共同執筆した、東洋経済 新報社のビジネス誌『Think ! Jの連載「本質思考」 にある。一緒にこの難題に挑戦してくれた鬼頭さん にまずは感謝の意を表したい。  また、本書で取り上げた題材の多くは、日々のプ ロジェクトで共に考え、議論を交わしたコンサルタ ントのみなさんの知恵に負うところも多い。それゆ え、ローランドーベルガーのすべてのコンサルタン トに感謝の意を表したい。特に、米田寿治さん、中 野大亮さん、五十嵐雅之さん、貝瀬斉さん、渡部高 士さんをはじめとするパートナー・プリンシパル諸 氏には様々な知的刺激をいただいた。改めてお礼を 申し上げたい。  そして、MITへのMBA留学をきっかけに交流 が始まった大学関係者の皆様からも多くのことを学 ばせていただいた。特に、博士課程の指導教官であ る早稲田大学の山田英夫先生(ビジネスモデルやデ ファクトスタンダードの大家)、元山田ゼミ生で 「そもそも」が口癖の浅倉亜美さん、競争戦略やレ イヤーの戦略論で日本を代表する経営学者の根来龍 之先生(早稲田大学)、ユーザーイノベーションな どマーケティング領域の国際的な研究者である小川 進先生(神戸大学)からは様々な知恵をいただいた。 心から感謝したい。  最後に、『Think ! Jの原稿の時代から非常に長き にわたって、様々な有益なアドバイスを与えてくれ ると共に、辛抱強く編集作業を担当してくれた斎藤 宏軌さん抜きでは、本書が世に出ることはなかった。 ここに記して感謝の意を表したい。