科学が証明した自分を変える最強戦略_ベンジャミン・ハーディ 環境を作りコントロールしないと、 爾境に作られコントロールされてしまう。           −マーシャルーコールドスミス はじめに 意志力が役に立たない わけ  意志力など役には立たない。  正直に笞えてほしい。あなたはこれまで、その到達 点が何であれ、もっと自分の人生をより良いものにし たいと数え切れないほどの努力をし、そして数え切れ ないほど、もどかしい思いで振り出しに戻ってしまっ たはずだ。  意志の力を振り絞って悪習慣を断ち切ろうとしたも のの、いつものパターンに戻ってしまう。  新年の誓いを立てたのに、2月になる頃にはすべて が去年と同じ状態に元どおり。  それまでの人生を変えてしまうほどの大きな目標を 立てて取り組んでも、ふと気づくと達成にはほど遠い ……そゝつやって何度も失敗を繰り返すと、「目標を達 成できない原因は自分にある」とつい結論づけてしま うものだ。  自分は、目標達成に必要なものIガッツ、心の強 さ、そして意志力などIを持ち合わせていないのだ、  もしかしたら、目標など諦めて今の生活で妥協した ほうがいいのかもしれない。  でも、その評価がまったくの見当違いだったら?  目標を達成できないのは自分のせいではまったくな いとしたら?  誰もが経験あるであろう「ダイエット」を例にとっ てみよう。  世界中でかなり多くの人が、痩せようと努力してい る。にもかかわらず、体重はむしろ増えている。はや りのダイエット術やジム通いに労力をつぎ込んでいる のに、果たして効果は出ているだろうか?  複数の医療専門家の予測によると、2025年まで に地球上の全人口の半数以上が肥満になるという。そ して悲しいことに、一生懸命がんばっている人ほど、 体重を減らすのに苦労している。  世界的な肥満の問題は、「遺伝」「性格」「意志力の 弱さ」「悪習慣」など様々な説明がつけられる。しか し肥満が伝染病のように蔓延しているのは、そんなこ とが原因ではない。  原因は、急激に変化している「環境」にあるのだ。 スマホからも、コーヒーからも離れら れない  1800年代後半から1900年代前半にかけて、 世界では産業化か進み、おかげで人々は農場を離れ都 市部へと移っていった。ここ100年で、人は屋外で 働くのではなく、「室内」で座って仕事をするように なった。また、ほとんどの人が、その上地で取れた食 物ではなく、「加工食品」を食べるようになった。  産業革命は確かにものすごい環境変化ではあった。 しかしこの変化を今のグローバルな環境へと加速させ たのは、1980〜1990年代に始まった情報とテ クノロジー革新の時代だ。技術の向上は今、飛躍的な スピードで進んでいる。しかし、この環境を形作って いる変化に適応できる人間は、ほとんどいない。  多くの人が、急激な環境変化の犠牲になっている。 新しいルールに則った新しい世界で自分を律すること ができずに、様々な中毒に屈しているのだ。「テクノ ロジー」中毒に加え、炭水化物や糖分を多く含む「食 べ物」や「カフェイン」、「仕事」といった。刺激物” に中毒している。  こうした「文化的には受け入れられている刺激物」 同士が互いを刺激し合い、そのおかげで人は常にスト レスと睡眠不足に陥ってしまっている。つまりほとん どの人は、そのときそのときを生きながらえようとす るだけの”サバイバルモード”になっているのだ。  依存状態が当たり前になっているIそんな自分の 人生をコントロールしたいなら、その方法に意志力を 選んではいけない。私たちの環境には障壁がありすぎ る。  依存症の専門家、アーノルド・M・ウォシュトン博 士は、次のように述べている。「依存症患者には意志 力が必要だと考える人が多いが、それは真実にはほど 遠い」  サバイバルモードから抜け出したり、文化的には受 け入れられている依存症を克服したりする鍵は、さら なる意志力を発揮することではない。意志力など、も うとっくに失われてしまったはずだI朝目覚めて、 スマートフォンに夢中になった時点で。何千という選 択肢を与えられた時点で。  変わろうとして歯を食いしばりながら努力しても、 効果などありはしない。これまでたってなかったはず だ。  代わりに必要なのは、環境を自分で作り出し、それ をコントロールする力だ。 意志力など役に立たないわけ   「意志力」つまり「内的または外的な障害に反して 自由意志を発揮する力」が心理学の世界で頻繁に取り 上げられるようになっだのは、つい最近のことだ。  しかし、その研究がかなり強引に進められてきたこ とはご存じだろうか。  アメリカ心理学会が毎年行っている「アメリカのス トレス」調査によると、目標を達成できない最大の理 由によく挙げられるのは、澀昌志の力が足りない”と いうものだ。  世界中の研究者たちは、人はいかにして意志力を身 につけられるのか、そしていかにして意志力の枯渇を 乗り越えられるのかを研究している。  しかしはっきり言ってしまうと、意志力とは、自分 が人生で何をしたいのかまだよくわからない人のため のものだ。  もしあなたが何かをするのに意志力が必要なのであ れば、そこには明らかに、次のような葛藤が内在する。  クッキーを食べたいけど、健康的でもいたい。  仕事に集中したいけど、ユーチューブの動画も見た い。  子どもたちの相手をしてあげたいけど、どうしても スマートフォンを見てしまう。  心理学の研究によると、意志力とは筋肉のようなも のだ。有隕なリソースであり、使用とともに消耗して いく。その結果、骨が折れるような忙しいI囗が終わ る頃には、意志力という筋肉は疲弊してしまい、あな たは意志力をまとわない無防備な裸になってしまう。  夜中のつまみ食いや時間の無駄遣いをしないよう自 分を律する力は残っていない、というわけだ。  たしかに、意志力に関する研究でははっきりと、人 間の行動とはどのようなものかが説明されている。と はいえそれは、「表面レベル」だけの話だ。何かをす るのに意志力が必要になるというのには、次のような 根本的な理由があることは知っておいてほしい。  ・「自分が本当に何を求めているか」わかっていな い。そのため心の中に葛藤が存在する  ・「目標に対する欲求」(「なぜ」という動機)がそ こまで強くない  ・「自分自身」と「自分の目標」に投資できていな い  ・「目標に相反する環境」にいる  この4つの整合性が自分の中で取れたとき、あなた の内なる葛藤は終わる。  つまり、意志力を使わなければいけなかった問題に 関して、もう心の中で決断は下されたことになるのだ。 そこに疑問を挟み込む余地はない。  あなたは心の底から何かを達成したいと思っている だろうか?  それとも口先だけだろうか?  どっちつかずで、まだ決意できない? それとも心 づもりは決まっただろうか?  はっきりと心が決まるまでは、意志力を使いつつ最 小限しか進めないことになるだろう。  「どこにいるか」で人の能力は決まる  目標の実現に向けて自分の決意にコミットするとい うことは、こういうことだ。  ・事前に「投資」する  ・「公言」する  ・「期限」を設定する  ・「フィードバックをもらえる仕組み」や、「自分が 責任を負える仕組み」をいくつか作る  ・「自分の決意に反するもの」はすべて環境から取 り除くか変更する  本当の意味でのコミットメントとは、自分の中にあ る内なる決意や意志の強さだけに頼ることではない。 目標の外周を防御システムで固めてしまうということ だ。つまり、「目標を確実に達成できる環境」を自分 で作り上げるのだ。これで、すべての準備が整ったこ とになる。  ここまで準備が整えば、今のあなたにとって、心の 底から求めてやまない目標に向かって行動を起こす以 外に選択肢はない。さもなければ、あまりにも多くが 無駄になってしまうだろう。  私たちは、環境に適応する。そのため、個人レベル で意識的に進化していくには、環境を意図的にコント ロールして、なりたい自分を形作ってくれる環境を構 築する以外に道はない。  人生にあるものはすべて、自然で有機的な働きの中 にあることを忘れてはならない。私たちは自分が選ん だ環境に合わせて適応し、進化していくI環境があ なたを作るのだ。  変わりたいなら、自分の環境を変えよう。意志力で なんとかするなんて考えは、もうやめよう。 場所と「目的」を合致させる  このような考え方は、自己啓発本に載っているアド バイスの多くに反する。  自己啓発でよく見るアドバイスは、「自分のために 何かできるかを考え、自分に焦点を定めよう」という ものだ。確かに道理は通っている。というのも、この 社会は非常に個人主義的だからだ。状況や背景を無視 して、自分だけを考えるよう条件づけられている。  しかし、「環境デザイン」という視点に立てば、世 界は違って見えてくる。  環境デザインとは、成功せざるを得ないような状況 を作り出すことを指す。  たとえば仕事に集中したいなら、「気が散ってしま うようなもの」は物理的にもデジタル的にも仕事環境 からすべて取り除かなければいけない。  健康的な食生活を送りたいなら、自宅にある「不健 康な食べ物」をすべて取り除く。  クリエイティブなインスピレーションを得たいなら、 「都会」からI〜2日離れてリラックスする。  モチベーションが欲しいなら、今よりも多くの「責 任」を背負い、成功と失敗どちらのリスクも上げる、 といった具合だ。  環境デザインを重視する人は、人の内と外の世界は 必ずしも明確な境界線で分かれているわけではないと 理解している。  たとえば心理学の研究では、内因的なモチベーショ ンと外因的なモチベーションは区別される。しかし現 実としては、内面と外面は互いに作用し合う。たとえ ば付き合う人たちを変えるなどして自分の環境を変え ると、自分の考えや感情も変わるものだ。  こうした内面的な変化によって自分の価値観や願望 が変わり、そのため今度は自分の外の環境をさらに変 える必要性が出てくるようになる。  つまり環境に変化を加えることで、自分の姿を積極 的に形作っていくことができるのだ。  自分の世界観は、外から入ってくるもの(受け取る 情報、付き合う人たち、訪れる場所、経験することな ど)を自らの手で積極的に形作っていくことで構築さ れるものだ。  とはいえほとんどの人は、自分の環境に対して何も 考えず反射的に行動している。そのため、効率の悪い 行動や被害者マインドへと続く世界観を無意識に作り 出してしまう、というわけだ。 時代と地理が「個人の思想」を似通わ せた  ここで、まさにその「環境」の定義について説明し ておきたい。  厳密にいうと私たちは誰もが、内的環境・外的環 境・対人環境を持っている。しかしわかりやすくする ため、本書において「環境」とは、内的なものではな く外的なものを指す。  たとえば「あなたの環境」と書いた場合、あなたの 周りに物理的に存在するものやあなたが人間関係を構 築する相手、受け取る情報、口にする食べ物・飲み物、 聴く音楽などが含まれる。  外側の環境は、内側の環境を形作る。  もっとわかりやすく記せば、あなたの世界観、信念、 価値観はあなたの中から湧いてきたものではなく、 「外からやってきた」ものだ。  1950年代にアメリカ南部で育った白人であれば、 その世界観はその視点から形作られたものだろう。中 世ヨーロッパで育った大であれ、共産主義の北朝鮮で 育った大であれ、もしくはデジタルネイティブとして 2005年に生まれた大であれ、同じことがいえる。  人の目標、信念、価値観は、「暮らしている文化的 背景」によって形作られるのだ。  そう考えると、今の環境は、かつてないほど厳しく ストレスに満ちたものになっている。しかしだからと いって、環境は決してあなたの敵ではない。  欧米文化、とりわけ心理学や自己啓発の分野におい て、環境はこれまで悪者にされてきた。こうした分野 にいる人たちがおそらくもっともよく使うフレーズは、 次のようなものだろう。「環境に作られた自分ではな く、自らの選択が作り上げる自分になろう」  表面的には、かなりいいアドバイスのように聞こえ る。しかし同時に、世間知らずで不正確なアドバイス でもある。  多くの自己啓発本で記されるように、人生とは確か に、自分が考えたものや選択したものの産物だ。しか し、そうした考えや選択肢は一体どこから来るのだろ うか?  どこからともなく勝手に沸き上がってくるわけでは ない。自分の心にある庭園は、自分の環境にある特定 のものIたとえば読んだ本や蓄積された経験、付き 合う人たちIを植え込むことで、自分自身が形作る のだ。  これから本書で示すとおり、環境を自らの手で形作 ることで、自分の考えや行動も間接的に形作っていく ことになる。さらに、普通の状況では選択肢にさえも できないような、理想的な行動を取ることができる環 境も作れるようになる。自分で自分の環境を作ると、 自分の考えや選択肢をもっと良い方向にコントロール できるようになるのだ。  そのため、「環境」や「状況」を敵に同すのではな く、自分が人として本当に変われる唯一の手段は、実 は環境作りなのだと気づくことが大切だ。  新しい情報、新しい人間関係、新しい経験は、自分 が変わるための手段だ。人生という豊かな庭園を作る には、自分の環境の中から適切な種を集めて蒔かなけ ればならない。  様々ある環境のほとんどは、「注意散漫かつ満たさ れないバージョンのあなた」を作ってしまうものだろ  しかし、だからといって「環境」や「状況」をすべ てなくすというのは不可能だ。それだけでなく、成長 したいのであればそれは愚かなことでもある。環境は、 あなたの最善の友にもなり得るのだ。  本書を読み進めていけばおわかりいただけるとおり、 あなたと環境は一体なのだ。  「強制収容所」でさえ慣れてしまう  自己啓発でよく見られる解決法−意志力を使うこ とや自分の態度を変えること。ネガティブで苦しい環 境に対峙する場合が多いIとは異なり、目的を持っ て環境を形作れば、飛躍的かっ劇的な変化を遂げるこ とができる。  自分が環境を選べば、これまで自分がやってきたこ との10倍、いや100倍の力を要するような状況へと 自分を積極的に導くことができる。  どうすればできるのだろうか?  成功の秘訣は、「大変な努力を要する状況」を作り、 注意を払いながらそこに適応していくことだ。進化論 で有名なチャールズーダーウインはこう言った。   「生き残るのは、もっとも強い種でも、もっとも賢 い種でもない。もっとも変化に適応できる種だ」  実のところ、人は驚くほど早く、ひとつの環境から 別の環境へと適応できる。人間の適応能力は非常に高 いのだ。  たとえば、オーストリアの精神科医ヴィクトールー フランクルは著書『夜と霧』の中で、ナチスの強制収 容所での経験を振り返っている。1台の小さなベッド に10人が一緒に、しかし”快適に”寝ていたという経 験だ。フランクルはこう書いている。「そう、人はど んなことにも慣れてしまう。どうしてかはわからない が」  別の環境への移行がどれほど大変でも、そしてフラ ンクルのようにその環境がどれだけひどいものでも、 人には適応する能力があるし、実際に適応する。世界 中のほとんどの人はネガティブな環境に適応するが、 あなたは自分が選んだ環境に適応することだってでき るのだ。  本書では、目的に向けた環境を「どうやって」作る かをお教えする。また、「なぜ」環境が人を形作るの かも説明していく。  中でも本書が一番お伝えしたいのは、人は大きくも 小さくも変われるということだ。あなたは、凝り固 まって孤立した、変化のない存在ではない。心理的、 知的、そして感情的に、あなたの中にある「育てられ る部分」は、あなたの「持って生まれた本質」よりも ずっとすぐれているのだ。  そして育てられる部分に対する全責任は、あなた自 身にある。  つまりあなたは、なりたい自分になるべく自分を導 くことができるのだ。  本書を読み終える頃には、言い訳はすべて通用しな くなっているだろう。自分が前に進めない理由を、D NAのせいにも、過去のせいにも、他のどんな理由の せいにもできなくなる。  しかし、本書を閉じる頃にはむしろ、あなたは「環 境が自分を作る」という原則を理解して、環境を作り 上げるための戦略を身につけているはずだ。  そしてその環境とは、究極的には「自分自身」を 作ってくれるものなのだ。  章 科学が存在を認めた ll所」の効J     経済的ステータスさえ「居住地」次第  歴史家のウイリアムーデュラントは、40年にわたっ て世界の歴史を研究し、その成果をH巻の傑作『The Story of Civilizati呂』(『文明の物語』、未邦訳)に記録 した。ここにはなんと、人類が生まれて以来の歴史が すべて網羅されている。デュラントは、人類史を決定 づけるようなすばらしい瞬間を取り上げただけでなく、 世界でもっとも偉大かつ影響力を持った人たちについ ても研究した。  膨大な年月をかけて研究し、慎重に資料を読み込ん だ結果、デュラントは驚くような結論に至る。歴史と は、偉人たちによって作られるものではないと。歴史 とは、誰かが現れて自分の型を押して残していく粘土 のようなものではないと。  実は歴史とは、「偉大な人物」によって作られるも のではなく、「困難な状況」によって作られるIこ れがデュラントの結論たった。  すばらしい何かを作るもっとも重要な材料はたった ひとつ、「必然性」だとデュラントは発見した。特定 の誰かの才能や、ひとりの指導者のビジョンではない のだ。 性格が悪いのに「拾った財布」を返す Iリサイクルもする  多くの大にとって、これは耳が痛い話だ。  というのも、。社会”として私たちは個人に執着し、 その人物を作ってきたバックグラウンドを無視しがち だからだ。すばらしいことや不可能なことを成し遂げ た人物を取り上げた映画では、その人のカリスマ性や 才能が強調される。私たちは、英雄神話の普遍的なパ ターンである「ヒーローズジャーニー」を信じている のだ。  ヒーローの才能は生まれ持ったものなのか、学んだ ものなのか、もしくはパフォーマンスを促進する薬物 のおかげというケースもあるのか、などと私たちは気 になってしまう。書店には、自分自身がスーパーヒー ローになるために必要な特性(意志力やガッツ、そし て自尊心や自分を律する力など)を書きたてた本が謚 れている。  個人主義のこの社会では、「環境は、自分から切り 離されて存在する、自分とは別のものだ」と私たちは (意図的にせよ無意識にせよ)考えている。どういう わけか、私たちは環境からは何も影響を受けはしない と思っているのだ。  しかし本当のところは、あなたとあなたの環境は2 つでひとつだ。ある状況において、あなたが何者で何 ができるかということと、別の状況であなたが何者で 何ができるかということは、まったく異なるものとな る。  にもかかわらず、それが実験室で出た結果であれ、 私たち自身の実体験であれ、周囲の状況から切り離し て分離してしまうのが欧米的なやり方だ。私たちは、 物事をそれぞれ箱に入れてしまい、物事の間に存在す る相互作用を見逃してしまう。  こうした個人主義的な世界観は根が深い。他の見方 をしたり、これが全体像ではないかもしれないと理解 したりすることすら、非常に難しい。  心理学者のティモシー・ウィルソンはこう話す。   「人の行動は、その人の性格や考え方から来るもの だと思いますよね? 拾った財布を持ち主に返すのは、 。正直”だから。ごみをリサイクルに出すのは、。環境 を気遣っている”から。キャラメルーブリュレーラテ に5ドルも払うのは、ご咼いコーヒーが好き”だから。 しかし多くの場合、それは周囲からのかすかなプレッ シャーによって形作られているのです。でも私たちは、 プレッシャーがかかっていることにすら気づけません。 そのため、自分の行動は自分の内側からやってきたも のだと勘違いしてしまうのです」 凡人が持てる「倍」の力を出す  不幸なことに、極端な個人主義に代わり票を集めて いるものに、「完全決定論」【訳注一人の意志や行動 はすべてあらかじめ完全に決められているとする考 え】がある。人は個々人の意志や行動主体性を持たず に、ロボットのように動いているという考えだ。  本書が主張するのは、こうした極端な見方はどちら も見当違いで危険だというものだ。  間違いなく、人は誰もが自分の環境によって形作ら れている。とはいえ、誰もがまた、自分の環境を作り 出してコントロールする大きな力を備えていることも 忘れてはならない。その環境は結局のところ、自分を 形作ることになる。  デュラントの「偉大なものを作るのは環境である」 という理論に対し、あるインタビュアーは次のように 反論した。「スコットランドの歴史家、カーライルが 信じていたように、人類史を作ったのは主に、特定の 個人、天才、偉人、ヒーローだったのではないです か?」  本書の土台を支えているのは、これに対するデュラ ントの答えだ。   「ヒーローとは、ヒーローという存在だから生まれ た結果ではなく、”状況が生み出したもの”だ。差し 迫った必要性があれば、人は並外れた能力を発揮する。 (略)ヒーローの役割とは、自分が持てる潜在能力を すべて発揮しなくてはならないような。状況に立ち向 かうこと”だ。(略)状況に求められれば、平均的な 人でも倍の能力を発揮できると私は思う」  「住んでいる州」が経済状況を規定す る  デュラントという歴史家が裏づけに乏しい憶測をし ていたわけでないことは明らかだ。「歴史を形作って きたのは、その時々の状況である」というデュラント の洞察は、最近になって科学的に確認された。  ハーバード大学のエコノミストであるラジーチェ テイ博士とナサニエルーヘンドレン博士が行った「機 会均等プロジェクト」という研究を見てみよう。この プロジェクトは、アメリカで人はどれだけ自分の経済 状況を改善できるのか、という可能性を地図に落とし たものだ。  結果は、絶望的で衝撃的なほどに明白だ。人が社会 経済的なステータスをどれだけ改善できるかは、住ん でいる州、さらには住んでいる郡に大きく依存する。 努力次第で経済状況を改善できるという郡も一部には あるが、それ以外の郡ではその可能性は小さく、ゼロ に近い。  積極的に。場所”を変えていかない限り、自分が生 まれた環境が、残りの人生に多大な影響を直接的に及 ぼすのだ。  「友達の友達」の影響を受ける(体重 すら)  著作家であり講演家でもあるジムーローンの有名な 言葉「人は、一緒に過ごす時間がもつとも長い5人を 平均した人物である」が正しいと証明した研究も複数 ある。偶然なことに、人は5人の友達がそれぞれ一緒 に過ごす5人の平均でもある。たとえば、もしあなた の友達の友達が太れば、あなたの体重も不健康に増え てしまう可能性が急に高まるのだ。  これは「負の二次的つながり」と呼ばれ、負の一次 的つながり(もっと直接的なつながり)よりも危険な ことが多い。というのも、一般的につながりが見えに くいために、予測できず脱しづらいからだ。  例を挙げよう。人は自分が口にする食べ物だけでで きているわけではない。その食べ物が食べるものから もできている。最近、家畜にもっと良質でオーガニッ クな栄養を与えようという動きが起こっているのはそ のためだ。  環境は、人生のあらゆる面を作り出す。「収入」か ら「価値観」、「ウェストの太さ・細さ」から「趣味」 に至るまで、すべてだ。  本書全体を通じて説明していくが、あなたの潜在能 力はあなたの周辺環境によって形作られる。あなたが 抱くあらゆる考えは、あなたがそれまでに触れてきた ものからやってくるのだ。あなたがどういった人物に なるか、そして人生をどう過ごすかは、あなたの周り にいる人たちや、あなたが消費する情報の質に左右さ れる。入ってくるものがごみであれば、出て行くもの もまたごみなのだ。  また、デュラントの考えのように、自分がいる環境 から何を求められるかによって、人は立ち上がったり、 縮こまったりもする。ほとんどの人は能力を発揮せず に控えめに暮らしている。それは生まれつきの才能が ないからではなく、才能を発揮するよう求められるよ うな環境にいないからだ。「今の自分以上を求められ る立場」にいたことがないのだ。 引っ越しで「7歳児の識字能力」が上 がった  環境のパワーについて、私は単に知識として書いて いるわけではない。このテーマについて私は日々研究 し、経験し、驚かされている。環境のパワーは、干不 ルギッシュに生活してぃくうぇで、私の戦略の中核を なしているといえよう。  2014年8月、私は大学院で心理学を学ぶため、 妻のローレンとサウスカロライナ州クレムソンに越し てきた。当初は、大学院で「意志の力」について研究 するつもりだった。  しかし、大学院での研究や、自分で行った調査、そ して里親として3年間子どもを育てた個人的な経験か ら、私の物の見方は変わっていった。   「里親になったこと」それに「引っ越し」は、環境 が私たち人間にどんな影響を及ぼすか、それを理解す るうえで非常に役立った。  養子に迎えた子どもたちは、私たちが住んでいたク レムソンに隣接する郡で生まれた。その郡は、「収入 を上げられる可能性が9%」という、雇用や仕事の チャンスがほとんどない非常に貧しい地域だった。里 子に関する法的な理由から詳しくは書けないが、子ど もたちの家は理想とは言い難いものだったことは確か だ。  明るくて頭がよく、思いやりに縊れたこの子たちが もし生まれた環境にとどまっていたら、運を上げ、満 ちたりだ人生を過ごせるようになる可能性はほぼな かっただろう。  しかしラジーチェテイ博士とナサニエルーヘンドレ ン博士は次のように書いている。「『社会的レベルの向 上に対して、何かしら打つ手はある』ということを データは示している。子どものときに1年でも多く、 良い環境で過ごすことが重要だと思われる」  子どもたちを迎え入れたとき、この子たちが私たち 夫婦とまったく別の世界からやってきたのは明らか だった。5歳の子は10まで数を数えることができず、 また自分の名前の頭文字もわからなかった。7歳の子 は字を読めず、ただ暗記した言葉をところどころ間違 えながらなんとか読み進められる程度だった。どの子 もひとりで寝られず、調子が悪いときは薬が欲しいと せがんだ。  生活の変化は、控えめにいっても大変なものだった。 子どもだちと私たち夫婦という2つのまったく異なる 世界がぶつかり合い、私たち家族は力ずくで、まと まった新しいひとつの集団となった。ローレンと私は、 里親として3年でかなり変わらなければならなかった。 その場その場で親業を学ばなければならなかったし、 これまで経験したどんなことよりも忍耐力が求められ た。生活やスケジュール、優先順位は、子どもたちに 合わせて組み直さなければならなかった。  とはいえ、これは私たちがまさに求めていたもの だった。新しい状況で必要性に駆られ、もっとやさし く思いやりのある人間へと進化せざるを得なくなるこ とはわかっていた。私たちは意図的に、自分たちを形 作ってくれる環境を作り上げたのだ。  子どもたち、そして私たちは一緒に、劇的な変化を 遂げた。子どもたちは、うちに来てから通い出した、 これまでよりも厳しい学校でいきいきと過ごしている。 スポーツや課外活動にも参加している。過去3年間で 国内30州以上を訪れ、世界観を大いに広げ、存在する ことさえも知らなかったような、様々な環境に触れて いる。  ここ1年近く、子どもたちは精製された砂糖を取ら ない食生活を続けている。おかげで体質が変わり、自 信がつき、学習や睡眠の質が向上し、落ち着けるよう にもなった。我が家に来てから毎晩、平均12時間の睡 眠を取るようになった。私たちは毎晩1時間近く、読 み書きや算数をマンツーマンで子どもたちに教えてい る。  「人生は思いどおり」はどの程度本当 か   I嘘とも真実とも言い切れない  非常に大切なことなので、今のうちに「自山意志」 (人生は完全に自分の意志で描けるという考え方)と 「決定論」(「自山意志」の逆)について話しておきた い。  中には、自由意志を信じている人もいれば、「人生 は遺伝子などの外的な要素に完全に決められている」 と信じている人もいる。  いくつかの理由から、これらの見方はどちらも間 違っている。  まず「完全に自由」な意志など存在しない。もし存 在するのなら、空を飛んだり、身長3メートルになっ たりしたいところだが、そんなことができないのは明 らかだ。たとえば重力のような、外的な可変要素もあ る。そういった要素が私たちの行動を制限することは 明らかだろう。  逆に、「人は人生を決めたり選択したりといった意 志や働きを持っておらず、ロボットのように何も考え ずに行動するだけの生き物に他ならない」という決定 論を信じている人も多い。私たちの行動は、自分かい る状況に形作られ、左右されるものではある。しかし、 どんな状況の中にも、ある程度の可能性が存在するの も事実だ。  たとえ何かしら特定の行動を取るように条件づけら れていたとしても、別の行動を取ることだってできる。 「自分の命をかえりみずに他者を助ける」という利他 的な行動を予期せずに取る人だっているではないか。 一か八かというとき、人はどんな行動だって取れる (こうした事例は本書を通じて示していく)。そのため、 確固とした確信または欲求が高まれば、習慣や条件に 反する行動を取ることも可能なのだ。  つまり、「自分の周辺環境を作り直せば、人生の方 向性を変えることができる。とはいえ、可能性は無限 にあるわけではなく、自分がいる状況によって制限を 受ける」ということだ。 山に住むために「低身長」になった  完全な自由意志でも完全な決定論でもなく、「その 状況に沿った行為主体性」は誰もが持ち合わせている。 もっとはっきり書けば、人がどんな行動を取れるかと いう可能性は、その人がいる状況によって異なる。  社会心理学者のジェフリー・リーバー博士によると、 私たちは「物理的な世界の中、物理的な体を持ち、特 定の文化的・地理的な場所に存在する家で、特定の両 親のもと、あるひとつの時代に暮らしている。私たち はこうした物事から切り離された存在ではなく、また それらによって何かの行動をさせられているわけでも ない。しかしそれでも、こうした物事によって私たち の選択肢は狭められている」という。  同じ「自由意志」を持っている人はふたりといない。 というのも、まったく同じ状況に身を置いている人な どふたりといないからだ。  私たちが周りの状況から切り離されて存在するなど ということは、絶対にあり得ない。  たとえば、あなたは重力から切り離されているだろ うか? もちろんそんなことはなく、「重力の制約」 を受けている。しかしそれでも、あなたは重力から生 じた存在ではないはずだ。  では空気はどうだろう。あなたは空気から切り離さ れているだろうか? そんなわけはない。ペルーの山 岳地帯は空気が薄いため、そこで暮らす人たちは世界 のほとんどの地域の人だちと比べ背が柢いほうだ。つ まり、空気は特定の制限を作り出すが、それにどう適 応するかを決めるのは人間ということだ。  ここで考えてみてほしい。あなたは、自分が生まれ た場所、今住んでいる場所の文化的背景から切り離さ れた存在だろうか? 自分が話す言語から切り離され た存在だろうか? (Iバード大学教授の問題提起−従 来の「環境論」の穴  中には、こうした質問を悲観主義だとか限定的だと 思う人もいるだろう。しかしそんなことはない。こう した質問は、きわめて現実的だ。とくにグローバルな 世界では、私たちはこれまでにないほど「相互依存の 関係」に身を置いている。  たとえば、私は今これをノートブック型のパソコン で書いているが、このパソコンはもちろん私か組み立 てたものではないし、私には組み立てるための知識や スキルもない。そして今、コストコで買ったテーブル と椅子に座っている。どちらも、私か自分で作ったわ けではないし、自分の手で作りたいとも思わない。私 の体は、店で買ってきた食べ物で満たされているが、 その食べ物を流通させるには大変な労力と調整が必要 だ。  私は自分の環境に依存しており、様々な面でその環 境によって定義されている。  しかし良いこともある。環境は、あなたも私も、自 分でかなりコントロールできるということだ。  環境を変える能力がなければ、自分を変えることは できない。そしてひとつを変えれば他方も変わる。  ハーバード大学の心理学者エレンーランガー教授は、 こう話す。「社会心理学者は、あるときの自分が何者 であるかは、その時点で自分がいる状況に負うところ が大きいと主張する。しかしその状況は、誰が作るの だろうか? 私たちは周囲に注意を払えば払うほど、 自分の周りの状況を作り出し、変化の可能性を信じる ことができるものなのだ」  ということで、自由意志か決定論かが問題なのでは ない。自分の選択か環境かという話でもない。そうで はなく、「選択であり環境」なのだ。もっとはっきり いえば、「環境をどう選択するか」が鍵なのだ。  あなたの人となりと運命を作ることになる環境を選 び、形作っていく責任は、あなたにある。環境をデザ インすることは、あなたにとって最大の責任なのだ。  「デート」が気を大きくさせる  心理学者たちは長い間、心と体には一方通行の関係 しかないと考えていた。「心が向かうところに体がつ いていく」と考えていたのだ。  しかし最近の研究により、その関係は双方向のもの だということがわかってきた。そう、心が体に影響を 与えられるのと同じように、体もまた心に影響を与え られるし、指示することもできるのだ。  心理学者ダンーアリェリーの研究を考えてみよう。 アリェリーは著書『ずるI墟とごまかしの行動経済 学』(早川書房)の中で、「自己シグナリング」という コンセプトについて説明している。私たち人間は、 「自分が思っているほど自分をよくわかっていない」 という概念だ。実際に私たちは、自分や自分の性格を、 他の人が私たちを判断するのと同じように判断する。 つまリアリェリーがいうところの、「自分が何者か、 どんな人物かは、自分の行動から推測するしかない」 のだ。  あなたの人となりが、あなたの行動を決めているの ではない。それどころか、あなたの行動があなたの人 となりを決めているのだ。あなたはある行動を取ると、 その行動をもとに、自分自身を判断する。  つまり、単に行動を変えることで、自分のアイデン ティティをすばやく変えることができる。  自分の心理に明らかに影響するとわかっている行動 を意図的に取ることは、心理学者の間で「予知」[訳 注一 pre-cognitionで、「事前の認知」という意味】と 呼ばれている。非常にシンプルな話で、特定の行動を 活用することで意図的に、心の中で何かを引き起こし たり、操ったり、予期したりできるということだ。  たとえばモチベーションを感じたいなら、数秒間両 手を思い切り叩いたり、家の周りを全力でダッシュし たり、冷たいシャワーを浴びたりすればいい。  誰かをデートに誘えば、その結果がどうであれ、 「自分はリスクを恐れない人間だ」と感じることがで きるだろう。  このようにして起きた心理的な変化はその後、将来 的に何かを決める際の決断にも影響を与えることにな る。  心と体が双方向の関係であるように、自分と環境も また、双方向の関係だ。  人は主に、環境が「トリガー」(誘因)となって、 ある心理状態となったり、感情を抱いたりする。その ため、特定の環境にいるときや特定の人のそばにいる ときに、自分がどんな感情を抱くことになるか、予期 することができる。  たとえば私の場合、それまでに行ったことがなかっ たような新しくて興味深い場所で、すばらしい人たち に囲まれていると、刺激を受けてモチベーションが高 まる。スピリチュアルな場所にいると、自然と物思い にふけるし、謙虚な気持ちになることも多い。  予知とはつまり、現在の環境を形作っていくことで、 将来の自分の心理状態を予測したり、作り出したりで きることの証明なのだ。 信頼は「新車」で買える  ネイトという名の私の友人は、不動産業者として成 功を収めている。  ネイトは、自分の環境に手を加えたら人生はどう変 化するかを探るために、ちょっとした実験をしてみる ことにした。  年収は6桁(数十万ドル)だが、ネイトは非常につ つましい男だ。ボロボロになった1990年代製のト ヨターカムリに何年も乗っていた。調子はいいし燃費 もすばらしかっだが、この車では、ネイトの見込み客 に安心してもらえる環境は作れなかった。  そこでネイトは、「車のアップグレードが、自分の ビジネスにどう影響するかを確かめる」という実験を することにした。高級電気自動車テスラにカスタム仕 様を施したものを、11万ドル以上出して手に入れたの だ。この投資をしてからIか月の間に、非常に興味深 いことが4つも起きた。  @ソーシャルメディアで自分のテスラを紹介し、購   入した理由を書いたところ、フォロワーが急増し   た。ネイトが身を置く不動産関係者からの友達申   請は2000件以上あった。  Aネイトが手がける不動産関係の教材の売り上げは、   4倍に膨れ上がった。売り上げ増加のおかげで、   購入後わずか2か月で車の元が取れてしまった。  この環境のおかげでネイトは今や、。身近にいる  権威的存在”だと見なされるようになった。心理  学の研究によると、身近な権威的存在だと見ても  らうのは、人に何かをさせるうえで最重要といえ  るトリガーになる。 B新車のおかげで、ネイトの地域にいるもっとも有  力な不動産投資家や不動産教材販売員がネイトに  連絡してくるようになった。今やネイトは、「信  頼できる人物」と見られていた。そしてこれまで   自分のロールモデルと考えていたような人だちか   ら、プライベートのイベントへ招待されるように   なった。  Cネイト自身の心理も変わった。かっこいい車を運   転していると、すばらしい気分になった。自信は   どこまでも高まっていった。  ネイトの環境の変化は、ネイト自身をも変えた。そ の環境の変化は、「高価な車に投資する」といったシ ンプルなことだったにもかかわらず、だ。  ネイトにとってこの投資が、もう後戻りできない 「帰還不能点」【訳注一後に10章で詳述】となり、不 動産の専門家として成功するという目標に取り組む姿 勢が強化された。ネイトは自分の環境を形作ることで、 自己充足的予言[訳注一ある状況を予期することで、 無意識のうちにその予期に合った行動を取り、結果的 に予期が現実になること】を意識的にリアルタイムで 作り出していた。ネイトはある環境を作り出し、その 環境が今度はネイトを作っていったのだ。  予知は、ネイトが急激に変わるための鍵となった。 テスラを買う前には、果たしてどんな効果があるのか 本人にもわからなかったが、ぼんやりと「新しい環境 が自分の内面を変えるだろう」と予測はしていた。ま さにそれが起こったのだ。  短い期間で、ネイトのアイデンティティと性格は変 わった。その地域ですでにトップレベルの営業成績を 誇ってはいたが、テスラを買った途端、あっという間 にその地域で文字どおりトップセールスマンになった のだ。  当然ながら、誰もがテスラを買えるわけではない。 しかし、これと同じ原則を適用できる方法は無数にあ るはずだ。  たとえば、「いつもと違う服」を着るだけでも、気 分は変わる。自信を感じたいなら、もつと服装に気づ かってみよう。オーデコロンや香水をつけてみる。髪 型を変えてみる。外見をほんの少し変えるだけで、心 に大きな変化を作り出すパワーになる。  その後、そうした心の変化を活用して、外側の環境 をもつと良い方向へと前進させ、つまりは自己改革に 向けた「上向きの良い循環」を生み出せるようになる。  「悪い仲間」のせいで悪くなる  それぞれの種は、「自然の環境」と「家畜化された 環境」のいずれにおいても変化する性質をもって創ら れた。            −チャールズーダーウィン  チャールズーダーウィンの『種の起源』によると、 進化には2種類ある。「自然によるもの」と「家畜化」 によるものだ。  自然の進化、つまり自然の作用による進化は、種が 環境の変化に反応して起こる。変化に一番適応できる ものが勝つのだ。このタイプの進化は、あらかじめ計 画されたものではなく、たいていは予測できない。環 境の変化はすべて、種の変化へと通じるI無作為の 進化だ。  一方で家畜化による進化とは、「人為的に選択した」 特定の特徴(たとえば、スピードや美しさ、強さ、大 きさなど)を生むべく、環境の要素が意図的に作り上 げられた場合に起こる。前述の予知を考えてみてほし い。人はこうした特徴を求めて、動植物を繁殖させる ものだ。食用として家畜化された動植物は概して、人 為的な環境に後押しされた結果、自然にいる同じ種よ りずっと大きくなる。  ほとんどの人は、動植物が自然の中で進化するのと 同じように、進化していく。無作為かつ無計画に、何 も意識せずに進化するのだ。自分たちの環境がどんな ものであれ、それに反応していく。「最終結果を念頭 に置き、そこから逆算して進める」などということは しない。  ヒトの進化が動植物のそれと似ているということは、 似たものである動物とヒトの進化における大きな違い は、動物は環境からの影響を。直接的”に受けて作ら れる産物である一方で、ヒトは環境からの影響を。間 接的”に受けて作られる産物だということだ。あらゆ る変化は環境という媒体を通じて起こるが、人は自分 が求めさえすれば、自分の身を置く環境を自らの意志 で選ぶことができる。  ひとつ確実なことがある。あなたは環境から影響を 受けて、この瞬間にも良くも悪くも進化しているとい うことだ。  変化から逃れることはできない。反対に成長は任意 で、自分の環境に注意を払わないと自分がなりたくも なかったものに意図せすなってしまうだろう。注意を 払わなかったことが、時に悪夢につながってしまうこ ともあり得る。  高校時代からの友達を思い出すと胸が痛くなる。こ こでは彼をマットと呼ぼう。わずか数年前まで、マッ トは幸せな結婚生活を送り、目標を持って仕事に励ん でいた。それなのにマットは結局、結婚もキヤリアも ぶち壊してしまった。エリックという「たったひとり の友達」からかすかな影響を受けていたことに、マッ トは気づかなかったのだ。  マットは、エリックと週に数回会っていたようだっ た。2人は一緒にテレビゲームをしたり、映画を観た リ、ジャンクフードを食べたりしていた。  マットにとっては、エリックと週数時間だけ「リ ラックス」することに何か問題があるようには思えな かった。そしてマットは、自分の環境がゆっくりとエ リックの環境に浸食されているのに、気づくことがで きなかった。  エリックは気さくな性格なのだが、人生に対してか なり斜に構えており、ネガティブだ。暇さえあればテ レビゲームをし、常に上から目線で、他人を悪く言う のが大好き。心の奥底でエリックは、他人を自分のレ ベルに引きずり下ろして喜んでいた。  マットとエリックが一緒に過ごしていた時期、私は アルバイトや大学の勉強で忙しくしていた。それでも 半年に一度くらいは、マットとエリックと一緒に数時 間を過ごした。  私はこの短い数時間でも、マットがわずかながら変 わったことに気づいた。これまでより、いささか皮肉 屋で悲観的になっていたのだ。  自分の奥さんについて話すとき、ネガティブな匸言 を付け加えたりもしていた。これまでは絶対使わな かったような、汚い表現や軽蔑的な言葉も時折使うよ うになった。マットのスマートフォンの壁紙(奥さん や子どもたちの目にもつく)は、いやらしい写真に なっていた。  ここで注意しなければいけないのは、「マットの奥 さんは、マットのこうした振る舞いを許す環境を作っ てしまった」ということだ。むしろもしかしたら、奥 さんは自分の外で起きている変化に反応しつつも、同 時にその影響には気づけなかったのかもしれない。 それでも「他人の影響」を認めたくな  こうした変化は、劇的なものではなかった。実のと ころ、ゆっくりじわじわと「5年」かけて起こって いった。  とはいえ、本人が気づけなかったようなことでも、 私からは一目瞭然たった。彼の中で起こっていた変化 は、日々の違い(自分のことは毎日見るものだ)で見 れば些細なものだった。しかし、半年を挟んだ前後で 比べると、変化は歴然としていた。  結果的に、マットがエリックと付き合い続けるので あれば、おそらく奥さんと別れることになるか、人生 をぶち壊すことになるだろうとは何年も前から予測で きた。私から見れば、避けられないもののように思え た。  マットが自らを投じた環境は、。良い夫”そして ”良い父”でいることに相反するものだった。私か密 かに予測していたことは、本当に現実となってしまっ た。  人が人生のどこに向かっているかを予測するのは簡 単だ。  環境は、あなたが何者であるかを周りやあなた自身 に明らかにする。もしかしたら、あなたの内側にある アイデンティティをもっともはっきりと示すのは、 「外側の環境」かもしれない。  ここ数年でマットの人生に起きた変化について、 マットは自分で意識的に選んだことだと言うかもしれ ない。人は、自分の人生は自分がきちんとコントロー ルしていると感じたいのだ。でももし5年前、「離婚 して無職になっていたい?」とマットに問いかけたら、 「とんでもない」と答えただろう。  マットは、自分の身に起きたことを計画したわけで はなかった。自分の価値観や熱意を、友達だと思って いたエリックに知らないうちにこっそりと少しずつ壊 されていたなんて、マットは気づけなかった。自分の 環境には目的があったなんてことも、気づけなかった (どの環境にも目的はある)。  古代ギリジャーストア学派の哲学者プルタルコスの 言葉を借りるなら、こうだ。「足の不自由な人と一緒 に暮らせば、足を引きずる方法を覚えるものだ」  章 「遺伝子」にすら {‐ ‐/一影響が及ぶ     高い目標設定も、てんで役に立たない  南カリフォルニア大学の心理学者ウェンディーウッ ド博士によると、20世紀のほとんどの間、「人の行動 を変えるには、その人のゴールと考え方を変えること だ」と科学者は信じていた。  ウッド博士は話す。「人の態度をいかに変えるかを 理解することにかなり焦点を絞った調査が行われまし た。『態度が変われば、行動も自然と変わるだろう』 との前提で」  こうした考えのもと、「いかに自分の態度を変えて、 高い目標を設定するか」についての科学的な調査や一 般向けの啓蒙活動が、数多く行われるようになった。  その結果、どうなったか? ほとんどの人にとって は、何も変わらなかった。  デューク大学の心理学者デイヴイツドーニール博士 によると、目標設定と態度だけに焦点を定めても、わ ずかな行動に対してしか効果は見られない。しかもそ のわずかな行動には、「人前での講演」などあまり一 般的でない行動が含まれる。  目標設定そのものに焦点を絞ってメンタル面に働き かけるテクニックや戦略は、概してうまくいかない。 なぜなら、ほぼすべての行動は、環境によって外から 働きかけられるものだからだ。  そして、何かを同じ場所で何度も繰り返すと、それ は無意識へと落とし込まれていく。 無意識に「望まないこと」をしてしま う  車の運転など何かを初めて学ぶとき、自分の行動に 意識を集中してかなり努力をする必要がある。「アク セルペダルをどれくらいの強さで踏み込むか」といっ た具合に、ちょっとした行動の一つひとつを考えなけ ればいけない。しかし、何度も繰り返せば、最終的に は無意識に行動できるようになる。心理学で「カチッ サー効果」と呼ばれるプロセスだ。  カチッサー効果はストレスなく生きること、そして 学習したことを定着させるうえで必要不可欠ではある が、難点もある。ほとんどの人は、自分が達成したい 目標とは相反するような環境に自分の行動を託してし まっているのだ。新年の誓いや目標設定がほとんどう まくいかないのはそのためだ。ある人が禁煙したいと 思っても、たばこを吸いたくなるようなトリガーを、 その人がいる環境が無作為かつ突然に引いてしまう。 意志力を無駄に使って消耗し、その人は結局、負け犬 のような気分になってしまう。  しかし、目標に向かって「強化された環境」(あな たが高いレベルでパフォーマンスせざるを得なくなる 場所。後に9章で詳述)の力を借りて行動すると、望 ましい行動が自動的かつ無意識に取れるようになる。 カチッサー効果が有利に働くのだ。  いったんこういった状態になると、脳の作業メモリ (ワーキングメモリ)に空きができるので、そこで深 く考えを巡らせることができれば、何か他のものに挑 戦するべく新たな計画を(実現可能性を落とすことな く)立てることもできるようになる。 自分だけ「ジャンクフードを食べな い」なんて無理  成功に不可欠なものとして、意志力がこれだけメ ダイアで注目を集めるのは不思議でも何でもない。ネ ガティブな環境では、私たちの手元には意志力しかな いのだ。  意志力とは、いわば救命ボート、予備用パラシュー トだ。そして私たちは、なんとか命拾いできるように と、意志力を頼みの綱にしている。  ネガティブな環境でポジティブさを保つのは、たし かにものすごい意志力が必要だ。周りの人たちがジャ ンクフードを食べているときに、常に「いらない」と 言うのは難しい。  もっと難しいのは、心の底では食べたくないとわ かっていたはずのジャンクフードを自分でつい買って きてしまい、自宅で意志力を発揮しなければならない ときだ。これでは、精神力と意志力のリソースをかな り無駄に使っていることになってしまう。   「環境を変えろ」と言う代わりに、主要なアドバイ スは相変わらず「自分を変えろ」と掻き立てる。  このアドバイスがどれほどひどいものか、強調して もしたりないくらいだ。自分を変えようがない状況で、 自分を変えなさいという無理難題を押しつけているの だ。  本章では、科学的な証拠や歴史的な話を出しながら、 環境を変えずに自分を変えるなど本当は不可能なのだ と示していきたい。あなたの環境とあなたは、2つで ひとつなのだ。 何年に生まれたかで「できること」が 異なる  ジェイソンーローニーは2014年、世界最年少で モーターサイクルでのバックフリップを成功させた。 わずか10歳たった。  しかし10歳がモーターサイクルでバックフリップを 成功させるよりも驚きなのは、1980年代後半から 1990年代前半には、バックフリップは「テレビ ゲームで見られる技」であり、実際にやるのは不可能 だと考えられていたことだ。  とはいえローニーにとっては、バックフリップはラ イダーたちが普通にやっていることだった。誰もが バックフリップをやっているモトクロス文化の中で 育ったローニーにとっては、当たり前のことだったの だ。  1998年、傾斜台から水に向かってバックフリッ プにチャレンジするライダーたちの姿を収めた1本の ビデオが、まるで山火事のように広がり、バックフ リップは突然現実味を帯びた。「誰にもできるわけが ない」と思われていた驚きの技が突然、できそうに思 えてきたのだ。  2002年、ケイレブーワイヤットは歴史上初めて、 ダート(未舗装路)の上でのバックフリップを成功さ せた。これが、モトクロスライダーが抱いていた「何 か可能か」という概念を変えた。2006年までには トラビスーパストラーナがダブルーバックフリップを、 2015年にはジョシューシーハンがトリブルーバッ クフリップを、それぞれ世界で初めて成功させた。ま さに”進化”しているのだ。  1990年代のモトクロスライダーも、意志力や情 熱を持ち、バックフリップという大技に前向きに取り 組んでいたに違いない。しかし当時は、バックフリッ プという考え自体が、物理的に不可能に思えた。どれ だけの意志力をもってしても、バックフリップ、まし てやトリブルーバックフリップはできなかっただろう。  「10歳のジェイソンーローニー」と「1990年代 の才能縊れる大胆不敵な大勢のライダーたち」との違 いは、意志力でもなければ能力でもない。それぞれが 置かれた状況が違ったのだ。  ローニーが生まれた時代、バックフリップはありふ れたものだった。そのような環境で生まれ育ったロー ニーにとって、かつては離れ業たったバックフリップ であれ不可能なものなどとは思えなかった。ローニー が考えるべきことはただひとっI「あれをやるには どうしたらいいだろう?」たった。  そしてローニーはやり遂げた。 価値観や人生観すら無効に  どの環境にも、ルールがある。そうしたルールが、 その環境にいる人の行動を規定する。というのも、 ルールに従った場合も破った場合も、それに応じた結 果が伴うからだ。  たとえば、ある環境では喫煙が許されているが、他 の環境では許されていない。ロックコンサートで叫び 声をあげるのは構わないが、機内ではできない。ある 人の家では靴を履いたままでいいが、別の人の家では 靴を脱がなければいけない。車は左側通行が正しい場 所もあれば、右側通行が正しい場所もある。どのス ポーツにもルールがあるし、変更も頻繁に行われる。  それぞれの環境におけるルールには、明文化されて いるものとされていないもの、口に出して説明されて いるものとされていないものもある。とはいえ、明文 化されたものか暗黙の了解かによらず、そこにはルー ルがあり、そのルールがそこにいる人たちの行動や態 度を形作っていることに変わりはない。  たとえば「ピアーグループ」と呼ばれる、社会的立 場や年齢が同じような人たちが集まるグループがある。 それぞれのグループには「基準」があり、それがその グループに属するメンバーの考え、行動、振る舞いを 形作っている。  通常は詳細な説明がなくても、そのグループのルー ルを見極めることができるものだ。そのグループにい る人たちが発する言葉、取る行動、お互いがどう関わ るかを観察すればいい。特定のグループが、あなた自 身と合うか相反するかは、ほぼすぐにわかるはずだ。   「社会的通念」は、根深いイデオロギーや欲求より もずっと強力に、あなたの行動をコントロールする。 たとえば、ほとんどの人は健康は良いことだと考えて おり、元気でいたいと思うものだ。しかしそんな欲求 があるにもかかわらず、人は不健康な食べ物を買い続 けてしまう。また、ほとんどの人は成功したいと考え ているものの、消費主義や下手なお金の使い方を促す ような環境で暮らしている。  つまり、人の人生は、その人が強く抱いている価値 観や信念を反映したものではないということだ。そう ではなく、人の人生とは、その人を取り巻く社会的通 念の産物なのだ。  もしあなたが、自分のルールとは矛盾する環境に居 続けるならば、選択肢は2つしかなくなる。悪い環境 に従うか、意志力を使って戦うかだ。どちらも非常に お粗末な選択肢であり、どちらを選んでも結局は同じ 場所に行き着くことになる。 場所によって「跳躍力」が変わる  ノミの実験のプロセスを見てみよう。  口の広い瓶に、複数のノミが入っている。瓶に蓋が なければ、ノミはいとも簡単に瓶の口を飛び越えて、 好きなように出て行ってしまう。しかし蓋をすると、 環境のルールが変わる。これでは、高く飛んだら蓋に 体当たりしてしまう。これはまったく気分のいいもの ではない。その結果、ノミは新しいルールに適応し、 あまり高く飛びすぎないようにすることをすぐに覚え てしまった。興味深いことに、3日後に蓋を外しても、 ノミはもう瓶から外に飛び出さなくなる。ノミの集合 意識に精神的なバリアが作られ、ノミの集団の中に、 これまでよりも抑制されたルールができあがったのだ。  この新しいルール、そして瓶にいるノミの社会文化 は、次世代のノミにも影響を及ぼす。  ノミの親が持っていた「こうなるだろう」との予測 が、次のノミの中にも形成されるのだ。同様に、あな たの周りにいる人たちが抱く予測や期待は、あなた自 身のルールと予測・期待も作り上げる。心理学で「ピ グマリオン効果」と呼ばれているものだ。  親ノミのすぐ近くに居続けることで、次世代のノミ たちは、自分たちの環境を脱却できなくなる。しかし、 I匹のノミを瓶から取り出し、もっと大きな瓶に入れ てみよう。すると、もっと高く飛ぶノミたちに囲まれ て、そのノミも適応するようになる。そのノミの行動 を抑制していた古いルールは、新しいルールに取って 代わるのだ。  こうした新しいルールは、ノミが持つメンタルモデ ルのみならず、遺伝子構造さえも変容させることにな るだろう。  このノミの話は、生物学や遺伝学の従来的な理解に 反するものではあるが、新しい科学であるエピジ子不 ティクス(後成遺伝学)の観点から見ると、よく理解 できる。著名な生物学者のブルースーリプトン博士は 話す。「私たちはかつて、突然変異遺伝子ががんを作 ると思っていた。しかしエピジ子不ティクスによって、 それがすべて変わってしまった」  リプトン博士はさらに、自分の研究がいかにしてエ ピジ子不ティクスを解明したか、そして人となりを 作っているのはその人の遺伝子だけでないのはなぜか、 次のように説明している。 細胞は「培養皿」次第で骨や筋肉に分 化する  「培養皿に幹細胞をひとつ入れたところ、幹細胞は 10時間ごとに分裂した。2週間後、培養皿の細胞は数 千にも達していた。それはみんな同じ親細胞から派生 したものなので、遺伝子的にはまったく同じだ。その 細胞集団を分割し、3つの培養皿に植えつけた。次に 私は、それぞれの培養皿の培地(細胞にとっての「環 境」)に手を加えた」  この後、非常に興味深いことが起こった。環境を変 えただけなのに、まったく同じはずだった細胞は、自 らをそれぞれ違う形で表現したのだ。  リプトン博士は次のように話す。   「ある培養皿の細胞は骨になった。別の皿は筋肉、 また別の皿は脂肪になった。これは、細胞の運命を決 めるのは遺伝子ではないことを示している。細胞はす べてまったく同じ遺伝子を持っていたのだから。遺伝 子配列ではなく、環境が細胞の運命を決めたのだ。つ まり、健康的な環境にいれば、細胞は健康ということ だ。不健康な環境にいれば、細胞は病気になる」  端的に記せば、大が何者になるかは、どんな遺伝子 かよりもどの遺伝子が表現されたかに大きく依存する ということをエピジ子不ティクスは示している。そし て遺伝子の表現は、環境の信号と選択に大きく依存す る。  そのため、人の生態とは「変わることのない決まっ たもの」ではなく、「非常に流動的で影響を受けやす いもの」ということだ。とてもワクワクするし、勇気 がもらえる話だと思う。 過ごすのが父か毋かで「精神年齢」が 上下する  楽な群れに加わってはいけない。成長などできない からだ。パフォーマンスへの期待と要求が高いところ へ行きなさい。        −ジムーローン(著作家・講演家)  あなたは環境によって、小さな集団にいる大物にな ることもあれば、大きな集団の中の小物にしかなれな いこともある。  オースティンという名の17歳の少年を例に見てみよ  小さい頃に両親が離婚し、オースティンは母親と一 緒に暮らしている。父親と一緒に週末を過ごすのは、 2週間に一度だ。自分では気づいていないが、父親と いるときのオースティンは、実際の歳よりも幼い精神 年齢になってしまう。母親によると、父親といるとき のオースティンは5歳か6歳くらいに戻ってしまうの だ。子どもっぽく未熟で、手に負えない感じになって しまう。  オースティンにとって、父親の環境でのルールは、 母親でのそれとはかなり異なる。さらに、母親と一緒 にいるときと父親と一緒にいるときでは、オースティ ンの役割も違う。  興味深いことに、オースティンは父親の家から帰宅 すると、母親の環境に移行するための決まった習慣 「ルーティン」を確立していた。帰宅後すぐに、30分 ほどピアノを弾くのだ。この行動のおかげで、ひとつ の環境からもうひとつの環境へと、心が移行できるよ うになる(前述の予知がここで作用している)。ピア ノの演奏がトリガーとなり、オースティンは自分が演 じているいつもの役に戻ることができるIそれは、 それまでの3日間を過ごした子どもっぽい振る舞いの オースティンとはまったく違うものだ。  オースティンと同じように、「火曜日に、ある部屋 で過ごすあなた」と、「水曜日に、別の部屋で過ごす あなた」は別人だ。ある人だちと一緒のときは最高の 気分になるかもしれないが、他の人だちと一緒だと、 きちんと考えることすらできないかもしれない。  絶対値もなければ、不変のアイデンティティもない。 まるでチェスの駒のように、あなたの価値や能力は相 対的であり、固定された不変のものではない。物事そ のものが現実なのではなく、「物事の間に存在する関 係(状況)」が現実なのだ。 研究室が替わって「4か月で15本以 上」論文が出た  あなたは、ある人と一緒ならば世の中を変えるほど のすばらしい何かをやってのけることができるかもし れない。しかし他の誰かと一緒だと、退屈でぼんやり して、願い続けた夢を叶えようとさえもしないかもし れない(もっと悪いことに、自分の人生で何か足りな いかさえ気づかないかも)。  大学の学部に通っていた頃、私は複数の教授のもと で研究アシスタントとしてアルバイトをした。私は、 自分がかなり優秀な人材だと思っていた。勤勉だった し、研究のことも熟知していた。学問の世界で自分の 未来は明るいと確信していた。  2年にわたって、数え切れないほどの時間を研究に 費やしたあと、私は大学院に出願した。ところが、行 きたかった大学院にすべて落ちてしまった。どうやら、 私は周りからいわれて思い込んでいたほど、優秀では なかったのだ。  プライドがぼろぼろになったこの経験から数か月 経って、別の学部で教えていた若い教授と知り合いに なった。ネイトーランバート博士だ。私はすぐに、そ の教授は何かが違うと気づいた。博士のもとで働く研 究アシスタントはみんな、発表前の実際の論文原稿を 扱っていた。彼らは、学生がいつもやらされるような 仕事ではなく、もっと重い責任を与えられ、よりプロ フェツショナルなトレーニングを受けていたのだ。ネ イトの研究室で働けば、これまで私か働いてきた研究 室とはまったく違う可能性を手にできる予感がした。  博士のもとで働くことになった初日、まだ完成して いない古い調査論文に取り組むよう指示を受けた。 「こいつを磨き上げて出版にこぎつけよう」とネイト は言った。  これほどまで出版間近になった状態の論文を、私は 扱ったことがなかった。しかしこの新しい状況で、私 のモチベーションは天に届かんばかりに膨れ上かって いた。その後I週間、脳をフル回転させて原稿に向き 合った。そしてもうこれ以上磨く箇所がないというと ころまで原稿を仕上げると、原稿をネイトに戻した。 ネイトは気に入ってくれ、著名な学術誌に提出。最終 的に学術誌は、その論文を出版用に受け取った。  私はこう思った。「2年以上もいろいろな教授のも とで働いたけど、出版向けに何かを提出するなんて まったくなかった。でも今、この人に会ってたったI 週間で、論文を出版用に提出できた’・」  博士と出会ってから4か月後には、私たちが科学誌 に提出した論文の数は15本以上になった。私は望む大 学院のどこへでも行ける状態になっていた。  博士との関係で私か培った執筆とリサーチのスキル は、他の教授との関係においてはないも同然だった。 自分の中に潜んでいる能力に私は気づいていなかった。 もっというと、本当の生産性がどんなものかも知らな かった。私のアイデンティティ、能力、生産性は今で も、私自身が身を置いている状況を反映したものであ り続けている。 アルキメデスはガッツより「てこ」を 必要とした  これはあなたにもいえることだ。  あなたとあなたの環境は、互いにつながっている。  ある環境においてあなたが何者で何かできるかは、 別の環境であなたが何者で何かできるかとはまったく 異なる。  たとえば、天気の良い夜に外に立って、裸眼で冥王 星を見つけようとしているとしよう。何時間も、何週 間も、何年も、もしかしたら何十年も立ち尽くしたと ころで、冥王星を見ることなどできはしない。意志力、 ポジティブな心構え、そのほか古今東西のアドバイス が「必要だ」と言った何をもってしても、裸眼で冥王 星を見えるようにはならないのだ。  しかし質のいい望遠鏡を使えば、あなた自身と望遠 鏡の組み合わせで、あなたは冥王星を見ることができ るだろう。  アルキメデスはこう言った。「大きなてこをくれれ ば、地球を動かしてみせる」  あなたの環境が、てこだ。アルキメデスは、ガッツ や意志力で地球を動かしてみせる、とは言わなかった。 自分の環境における自分と道具の関係を、アルキメデ スは謙虚に理解していたのだ。  アルキメデスとその環境は、互いにつながっていた。 さらにアルキメデスは、自分の目標を達成するには特 殊なタイプのてこが必要だとわかっていた。地球を動 かすのに必要な力を発揮するには、どんなてこでもい いわけではない。  同様に、特定の植物を育てるには、どんな土壌でも いいというわけではない。雑草を育てたいのであれば、 土壌の選択肢は多い。しかし、もし熱帯植物を育てた いのなら、それに合った土壌が必要だ。植物が生長し たいという野心や欲望をどれだけ持っていたとしても (もしくはあなたがどれほどその植物を育てたいと 思ったとしても)、関係ない。  適切な土壌がなければ、育だない。植物と土壌は、 同じ目標に向かう中で、どちらもなくてはならないも のなのだ。 幼児が触れた瞬間、硬貨が「おも ちや」になる  多くの人は、自分の「性格」が固定されて変わらな いものだと思っている。生まれたときの自分は、死ぬ ときの自分とほとんど同じだと。こうした人たちは、 自分と自分の環境は、切り離されたまったくの別物だ という考え方を、ずっと受け入れてきた。  こうした人たちはまた、育んでいく部分よりも、生 まれながらに持っている部分を重視し、何か変わるだ ろうかと観察するよりも、変えられないものばかりに 固執する。そして、自分自身を「非常に現実的なも の」と見なす。つまり、自分の中にある「本当の自 分」の部分は、環境によって触れられることも影響さ れることもないと信じているのだ。  これはつまり、「Iドル札と25セント硬貨は、客観 的にいついかなるときも『お金』だ」と言っているの と同じだ。色がついた紙片と金属製のコインは、本当 に単にお金だろうか? もしくは、自分たちが作り出 した特定のコインと紙片の価値について、私たちは社 会として共通の意味を持たせているのだろうか?  25セント硬貨はいついかなるときでも、25セント硬 貨だろうか?  いついかなるときでも、これまでずっと25セント硬 貨だっただろうか?  幼児にしてみたら、25セント硬貨は「おもちや」か もしれないし、別の国では価値のないものとして見な されるだろう。粘土を焼く高温の窯の中では、溶けて 「液体」になってしまうかもしれない。  つまり25セント硬貨は状況に応じ、誰がそれを手に しているかによって違う役割を果たす。同様に、人は 客観的に誰の目から見ても、「落胆している」「知性に 縊れている」「美しい」ということは決してない。む しろこうしたものはすべて、状況によって変わる主観 的なものにすぎない。  しかしそれを変わらないものとして固執しすぎると、 自分を枠にはめてしまう。そして、主観的で流動的な ものを、客観的で固定された変わらないものだと決め つけるようになってしまう。  スタンフォード大学の著名な心理学者キヤロルード ウェックは、「知性は変わらないもの」だと考える人 は、勉強に苦労するということに気づいた。こうした 人たちは、フィードバックが厳しかったリネガティブ だったりするとすぐに、精神的にショックを受けて諦 めてしまう。反対に、「知性は流動的で変わるもの」 と考える人は、成長や変化を遂げられる可能性がずっ と高い。こうした人たちは、まるで粘土のように、経 験(とりわけ、やりがいのある新しい経験)を通じて、 もっと変化することができる。  自分は変われないという強い思い込みは、被害者意 識へとつながる。自分が持って生まれたものが今の自 分を決めているのなら、運命に対して自分ができるこ とは何もない、ということになる。逆に、自分は変わ れるという強い信念があれば、自分の人生には自分で 責任を負うようになる。  あなたは、何かしらの制約を持って生まれてきたか もしれない。しかしそうした制約を変えて、自分を もっと向上させ、成長することは可能だと本書を通じ て知ってほしい。 人は「トランポリン」にすらなれる  25セント硬貨のように、あなたは常に役割を演じて いる。だがその役割は、固定されて変わらないもので はない。むしろ、あなたは今いる状況に応じた役割を 演じている。  チェスのヒースと同じように、あなたの役割は周囲 にあるものと相対的だ。ある状況では「親」の役割を 演じるかもしれない。他の状況では「学生」かもしれ ないし、「消防士」かもしれないし、「友達」かもしれ ない。もしくは6歳の子と一緒に遊んでいるときには、 上でジャンプされる「トランポリン」の役になるかも しれない。  ブレインという名の私の友達は、工業用ホースの卸 売店でマネージャーをしている。  ブレインは友達のブラッドに、自分は単なる「ホー ス屋」だと言った。ブラッドは、そんな言い方では自 分を軽視しているようではないか、と気になった。も しかしたらブレインは、自分を「マネージャー」と呼 んだほうがいいのではないだろうか?  −このように私たちは、職業と人物を同一視しが ちだ。しかし現実として、私たちは単に役割を演じて いるにすぎない。それが作家であれ、マネージャーで あれ、警察官であれ、弁護士であれ、教師であれ、私 たちの環境が変われば、こうした役割もすぐに変わる のだ。  あなたもこれまでに、自分が望んだわけでもない役 割を演じた経験があるかもしれない。  たとえばそれは、アルコールか何かの依存症患者か もしれない。しかしあなた自身のアイデンティティが 「アルコール依存症患者」だというわけではない。症 状は、本当のあなたではない部分が具現化されたもの で、これまでの人生であなたが絶え間なく演じてきた 役割にすぎないのだ。  依存症とは、あなたが人として何者であるかではな く、あなたが自分の周りに積み上げてきた環境と人間 関係を反映したものにすぎない。依存症とは、自分の 行動を無意識のうちに自己破滅的な環境にアウトソー スしている「パターン」なのだ。  このパターン、そして自分の役割を変えることは可 能だが、これは環境を変えることでのみ実現できる。 それはもしかしたら、誰かと腹を割って話し合って境 界線や期待値を設定し直すことかもしれないし、特定 の人物や場所と物理的に距離を置くことかもしれない。  同じ役割とパターンから抜け出さない限り、どれだ け意志力を使って努力しても意味がない。その努力は、 「あなたの役割」という限られた状況の中だけのもの となってしまうだろう。「変わらないアイデンティ ティ」だと思い込んでいる状況に、努力した結果、皮 肉にも囚われ続けることになるのだ。  自分の役割を、突然かつ劇的に変えることはまった くもって可能だ。  人は、ある役割を演じるには、それに元来ふさわし くないとだめだと思い込んでいる。しかしそれは間違 いだ。実のところ、まさにその役割そのものを通じて、 ふさわしくなれるのだ。  たとえば、ローレンと私か里親になったとき、私た ちには親としての経験などまったくなかった。親にな るための本を何幵か読みはした。そうした本には、賢 いアイデアや革新的な解決策もたくさん載っていた。  しかし理論と経験は根本的に、まったく別のものだ。 初めて親になる人は誰もが、似たような道を通るので はないだろうか。実践を通じて学ぶのだ。  人生に起こってくるありとあらゆる物事に対し、準 備万端でいることなどできやしない。  理論から実践へと移るには、大なり小なり必ず、一 歩を踏み出す必要がある。そして、新しい環境へ向か う一歩は、意志力よりもむしろ、まるで生き抜くため の反応のように直感的なものだ。  新しい役割や新しい環境には、すぐに適応できるだ ろう。そのため、何者かになろうと前もって準備する 代わりに、なりたい自分に今すぐなれるような環境を 作ろう。 デイヴィツドーホーキンズ博士の提言  自己啓発の分野やコンテンツには、個人主義が浸透 している。  しかし精神科医のデイヴィツドーホーキンズ博士が 言うように、「すべての苦悩は、『個人』という幻想に 端を発している」ものだ。  皮肉なことに、何かをその周囲環境から引き離そう として箱に入れると、その何かはそこから成長や変化 をしなくなってしまう。  本書は、個人の成長には制約があることを認めては いるか、しかしそうした制約は、はっきりと明確なも のでもなければ厳格なものでもない。そうではなく、 個人の制約は状況によって変わる柔軟なものだ。  人生に変化を起こしたいなら、意志力を発揮するの ではなく、ただ環境を変え、自分が演じている役割を 変えればいい。  これをうまくやるには、次のことを理解している必 要がある。 ・自分に何かできるかは、意志力ではなく「状況」に よる ・あらゆる環境には「ルール」がある ・あらゆる環境には「上限」がある ・人の価値観は絶対的ではなく「相対的」 ・大は常に「役割」を演じている  章 これが (1 14.)「最有効戦略」だ     必要なのは「強ストレス」と「強回復」  コートニー・レイノルズは、若き起業家だ。  彼女は意識的に、自分の時間を生産的に使うように している。そのため、自分の環境には細心の注意を 払っている。ひと月のうち15囗ほどは事業パートナー のヴァルと一緒に、コロラド州デンバーで過ごす。デ ンバーにいる間、コートニーとヴァルは一緒に複数の プロジェクトに携わり、通常は「1日に18時間」働い ている。  2人が住んでいるアパートには、注意力散漫になる ようなものは何ひとつ置いていない。壁には写真さえ も飾っていないのだ。非常に簡素な部屋で、革張りの カウチがいくつかあるだけ。あとは、必要ならばマー ケティング用のビデオが撮影できる空間がたっぷりあ る。  「デンバー」で働くI仕事だけをひ たすらする  コートニーはデンバーにいる間、物事をうまく運ぶ ために、意図的に自分にものすごいストレスとプレッ シャーをかけているという。  差し迫る締め切り、周囲から寄せられる期待、守ら なければならない大きな約束などに常に追い立てられ ている。コートニーはものすごい量の仕事をこなすが、 代わりに相当な犠牲も払っている。多くのプロジェク トと長時間の仕事で、精神的にも身体的にも、さらに は人間関係という面でも疲弊してしまう。そしてそれ がまさに、デンバーにいる間にコートニーが求めてい ることなのだ。  狙いは、前進と成長だ。しかし同時に、このベース の働き方では長く続かないこともコートニーはわかっ ている。そのため、リセットとリカバリーに向けた環 境も用意してある。  ひと月の残りは、ネバダ州ラスベガスにある自宅で 過ごすのだ。  「ラスベガス」で休む−1日12時間 寝る。回復に打ち込む  ラスベガスの自宅は、集中的なくつろぎ、同復、さ らには喜びまでもがトリガーされるように作られてい る。  壁は暖色に塗られ、美しいアートに覆い尽くされて いる。家具とキッチン用品は、豪華でありつつインス ピレーションを与えてくれるものだ。さらに、コート ニーはラスベガスで趣味のグループに複数人っており、 息抜きや深い人間関係はそこで楽しめる。たびたび友 人たちを自宅にも招く。そして、ラスベガスにいる間 はいつも、1日に「101り一時間」の睡眠をたっぷり取 る。  ラスベガスにも小さな事務所を持ってはいるか、そ こでは1日のうちに数時間、プロジェクトの進捗を確 認したり、管理したりするだけだ。ほとんどの時間は、 パソコンから離れてリカバリーのために過ごしている。 街中でコートニーを見かけるときは大抵、ランニング していたり、おしゃれなレストランで食事していたり、 市内のあちこちで何かしらのアクティビティを楽しん でいたりする姿だ。  コートニーがデンバーにいるときにギリギリまで仕 事に打ち込めるのは、このような「リカバリーのため のインターバル」を定期的に取っているからだ。  彼女が若くしてこれだけの成功を収めた秘訣のひと つに、この「積極的なリカバリー」がある。戦略的に 環境を作ることで、多くの人が1年かけてこなすより ももっと多くのことを、ひと月でこなすのだ。  デンバーにいる間のコートニーの環境は、生産的に なるよう設計されている。さらに、心身ともにしっか り休息を取った後なので、大抵の人よりももっと熱心 に、長く、じっくりと仕事に取り組むことができるの だ。  「とんでもないレベル」で切り替えを する  コートニーは自分でも知らないうちに、難解な科学 的知識を活用していた。  私か「強化された環境」(enriched environments)と 呼ぶものを、コートニーは気づかぬうちに自分の周囲 に作り上げていたのだ。これがあれば、自分の行動に 100%集中できるようになる。  人間は、鍵となる2種類の環境を必要としながら進 化してきた。「強力なストレス」と「リカバリー」だ。 どちらの環境においても、そこにいると人は完全に 。自分がいる状況”に集中できる。ストレスに満ちた 環境では、完全に100%、スイッチが入った状態に なる。リカバリーに向けた環境では、完全にオフにな る。  とはいえどちらの環境も、残念ながらめったに経験 できるものではない。   「強化された環境」のうち、ひとつ目のタイプは本 質的に、強力なストレスに満ちたものだ。「ポジティ ブなストレス」あるいは「快適なストレス」と呼ぼう。 しかしこれは、ほとんどの人が経験する、一般的な 。不快なストレス”とはかなり異なる。  不快なストレスは死や衰弱へとつながるが、快適な ストレスは、成長のためにまさに必要となるものだ。 ポジティブなストレスは、自分の限界を知るために挑 戦することを後押ししてくれ、強い自分を作ってくれ、 想像だにしなかったことを成し遂げる力になってくれ る。  コートニーは月の半分をこのように、限界より先へ 行くべく自分を追い込みながら過ごしている。  そしてこれが、「強化された環境」の2つ目のタイ プヘとつながる。つまり、休息して復活する場所だ。  成長は、ストレスを受けた後、休んでいる間に起こ るものだ。何かに秀でるには、多大な努力を要する環 境からゆっくり休める環境へと、シフトし続けている 必要がある。  どちらの環境でも、それぞれにどっぷりとのめり込 まなければいけない。努力を要する環境にいるときは、 意識を集中させて難題に立ち向かう。リカバリーの環 境にいるときは、仕事のストレスや運動、そして世間 からも、自分を完全に切り離す必要がある。 医師の証言−デジタル世界は「脂 肪」が溜まる  [TThe Adrenal Reset E]i』(『アドレナルーリセッ トーダイェット』、未邦訳)の中で、自然療法医アラ ンークリスチヤンソン医師とサラーゴットフリード医 師は、次のように説明している。「デジタル断ちをし、 リセットし、リフレッシュし、充電するための空間を 作らない限り、私たちの体は、進化の中で身につけた 自然な反応として、脂肪を燃焼するよりも溜め込んで しまう。質の良い健康、創造性、生産性、人間関係を 手に入れるには、定期的に完全にリカバリーする必要 がある」  コートニーはまさにそうやって、月の半分を過ごし ているのだ。  この点は科学でもはっきりと説明されている。  たとえばフィットネスにおいて、「タイムーアン ダー・テンション(TUT)」という概念がある。こ れは、筋肉を肥大させて強度を高めるには、筋肉を限 界値の先まで追い込まなければならないというものだ。 健康になるには、ただマラソンを走ればいいわけでは ない。「ダッシュ」と「リカバリー」が必要なのだ。  しっかりと筋肉を追い込めば追い込むほど、成長の 可能性は高まる。ただしそれは、同じくらい長くしっ かりしたリカバリーを取ってこそだ。実際のところ、 リカバリーのプロセスは必ず、追い込むプロセスより も長くしっかりと時間をかけるべきだ。  私たちの生活はこれまでにないほど、努力を要する ものになってきている。なので、睡眠、休暇、娯楽、 断食、瞑想、祈り(リセットとリカバリーの鍵になる もの)はこれまで以上に欠かせなくなっている。私た ちはこれまで、こうしたものをすべてどこかで忘れて しまっていたのではないだろうか。 神経科学上、職場でひらめく確率は 「16%」  フィットネスに似ているが、創作活動におけるひら めきも、過酷で大変な作業から精神的にリカバリーし ているときに起こるものだ。  たとえば、神経科学に関する研究によると、クリエ イティブなひらめきのうち、仕事中に起こるものはわ ずか16%にすぎないという。  クリエイティブなひらめきは、「有用なつながり」 を作ることでやってくる。こうしたつながりは、その プロジェクトや問題に向かって自分を追い込み、集中 して考え、その後に休息を取らない限り、生まれてこ ない。つまり、クリエイティブな作品は、仕事に向 かっているときではなく、休息しているときに生まれ るのだ。  クリエイティブな傑作は、日常のストレスや苦労か ら遠く離れた環境の中でのみ、生み出すことができる。 そのため、休暇、旅行、デジタル断ちは今、これまで にないほど必要となっている。こうしたものは、コー トニーがしているように、日常の生活やルーティンの 中にうまく組み込んでおく必要がある。一度に数週間 もデジタル断ちをするのは無理かもしれないが、「週 末だけ」など限定的なら不可能ではないはずだ。  仕事やテクノロジー、人、食べ物といったものから リカバリーするために、わざわざ時間を取る人はあま りいない。そのため、厳しくも健康的なストレスとプ レッシャーがかかる環境で、心の底から打ち込めるだ けの干不ルギーと確信を持っている人は非常に少ない。  仕事、人間関係、健康、精神性、その他人生のあら ゆる領域で目標を達成するには、「強化された環境」 のどちらのタイプも必要となる。 スマホなしで「公園」に行く  先日、友人のジャスティンと彼の3人の子どもに地 元の公園で会った。  ジャスティンの娘の友達がサッカーの試合に出るの で、公園に来たのだという。ジャスティンの娘は試合 に出る友達を応援するため、そしてジャスティンは子 どもだちと一緒に楽しい時間をゆっくりと過ごすため に、それぞれそこにいた。  私は、ジャスティンが携帯電話を持ってきていない ことに気づいた。子どもたちに100%の意識を向け て、彼らにとって大切なアクティビティを一緒にする つもりなのだ。  そのとき、少なくともその瞬間は、ジヤスティンが 人生を謳歌しているように見えた。ジャスティンは自 分の価値観に従い、自分らしい人生を歩んでいたのだ。  携帯電話を持っていないことで何か楽しいことを逃 してしまうのではないか、などという恐れはなかった。 体だけはそこにいて頭では仕事のことを考えていたり、 スマートフォンに夢中になっていたり、などと中途半 端にそこにいるのではなく、子どもたちにすべての意 識を向けていた。心も体も子どもだちと一緒にそこに 存在していたのだ。リカバリーしながら、同時に自分 の人生を生きてもいた。  ジヤスティンが仕事だけでなく、人生の他の面でも すべて順調なのも納得だ。 寝ながら「トップ」になる  どうやら「最先端」とされる自己啓発は、 1960〜80年代に行われた心理学調査に基づいてい るようだ。   「心の持ち方」「意志力」「目標設定」にフォーカス し続けるという方法は、成功に向けたアプローチとし ては時代遅れだし、根拠もない。こうした戦略が、本 質的に悪いというわけではない。ただ、スポットライ トを当てるところがまったく間違っているのだ。  優れたパフォーマンスを発揮し、大きな成果を達成 するための取り組みとして新しくて現実的な方法は、 個人にフォーカスするのをやめ、環境を中心に据える ことだ。  つまり皮肉なことだが、自己啓発は将来的に「自 分」にフォーカスするものではなく、むしろ自分を形 作る「環境」にフォーカスするものとなるだろう。こ の新しい取り組み方の中心には、「強化された環境」 作りが据えられる。  強化された環境にいると、環境の力を借りて自動的 に、望ましい行動を取ることができるようになる。努 力を要する仕事にせよ、活力を取り戻すべくリカバ リーに努めているにせよ、自分の行動に100%意識 を集中して没頭できるようになる。  それが何であれ、自分にとって望ましい行動ができ るように意図的に環境が最適化されているのだ。  反対に、何の変哲もない環境にいるとき、望ましい 行動は自動化されておらず、環境の力を借りてもいな い。そのような状況では、ほとんどの環境で自分の行 動を意識し続けざるを得ないため、望ましい行動を取 るには意志力を使わなくてはいけなくなる。無意識に 身を置くほとんどの環境は、優れたパフォーマンスや リカバリーではなく、注意力が散漫になるようなもの に向けて最適化されているためだ。  本書はここから先、あなたが「強化された環境」を 作り上げるのを手助けすることに焦点を絞っていく。  ジャスティンが子どもだちとの時間を心から楽しん でいたように、あなたも自分の価値観に従い、自分ら しく生きることができるようになる。ピンとこないか もしれないが、休息とリカバリーは実のところ、成功 するためにもっとも大切なポイントだ。  ハフポストの創立者アリアナーハフィントンは、 「寝ながらトップに上りつめる」とうまい表現で率直 な提言をしている。  ものすごい努力を要し、かたやノンストップで物事 が進み、あまりにも刺激が強い今の時代の環境におい て、人はリセット、休息、リカバリーにほとんど時間 を取らなくなってしまった。しかしかつてないほど、 こうしたものが不可欠になってきている。  そのため次のパート2では、休息とリカバリーに向 けて、どうやって環境を最適化して「リカバリーの空 間」を強化するかをお伝えしようと思う。  休息しているときこそ、もっとも生産的に仕事をこ なせる。最高のアイデアがひらめき、自分が仕事や人 生でどこへ向かって行きたいかがはっきりとわかるの は、休息しているときなのだ。  そして、本書のパート3では、強いストレスがか かって努力を要するように最適化された、「強化され た環境」をいかにして作るかをお教えしようと思う (コートニーにとっての「デンバー」だ)。  楽な人生では、成長は手に入れられない。それどこ ろか、楽な生き方をしていると、やがて身動きが取れ なくなる。  ほとんどの人は、妨げるものが少ない道のりを探す ものだ。そのため、楽で怠惰な生き方に適応してしま  しかし人生においては、誰もが果てしないチャレン ジと困難に出合う。  そのため浅瀬ではなく、自ら進んで深い水の中を泳 ぎたい、と思うべきだ。たとえば、強風の環境で育つ 木は、深く根を張るようになり、厳しい環境に負けな い木になる。  自分を追い込まない限り、成長はない。詩人のダグ ラスーマロツクは、こう表現している。「良い木材は、 楽に成長などしない。風が強ければ強いほど、木も強 くなる」  木の強さは、その環境の厳しさによって異なる。楽 な環境では良質な木材は育だない。良質な人間もまっ たく同じだ。  もっと強くなりたければ、厳しいトレーニングを積 む。  仕事で世界レベルになりたければ、もっとハードル の高い仕事に身を置く。  成功への思い入れを今よりもつと強く持つ必要もあ る。  現在の自分の能力を上回るプロジェクトを受け入れ、 人としてもつと深い根を張れるように、自分を追い込 むことが必要だ。  章 ねらって 4「至高状態」になる     リカバリーに徹する「一時離脱」  トラベルブロガーのティッシューオクセンレイダー はここ数年、夫と3人の小さな子どもと一緒に旅をし ている。アメリカを離れる前、ティッシュは仕事でも プライベートでも、完全にマンネリに陥っていた。 ずっと憧れていた仕事をしていたのに、やる気が起き なかった。まるで麻痺しているみたいだった。  しかし、いつもの習慣や環境からいったん離れると、 ティッシュはまた活力を取り戻し、インスピレーショ ンが湧いてきた。仕事へのやる気も出てきた。まるで 堰を切ったかのように、様々なアイデアが流れ込んで きた。  ティッシュは、リカバリーに向けて最適化された新 しい「強化された環境」の中、漠然としていたものを 頭の中で整理できたし、リラックスした状態にもなれ た。新しい経験をして、人として成長していた。  「めったに起きない状態」が起きる条 件  ティッシュが人生でもっとも重要な決意をしたのは、 家族と一緒に旅をしているときであり、いつもの習慣 から完全に離れていたときだった。  ティッシュは、人が人生をシンプルに、かつもっと 良いものにできるよう手助けする講座を作ろうと決め た。このように思い切った決断を下せた理由は、 ティッシュがこのとき、心理学でいうところの「至高 体験」(peak experience)というものを経験していたか らだった。  心理学者のアブラハムーマズローは、至高体験を次 のように説明している。   「めったに起こらないものではあるが、ワクワクし、 広大かつ深遠な感動を呼び起こし、気分が爽快になり 高揚する経験。このおかげで現実をもっと深く理解で きるようになる。至高体験はそれを経験する者に対し、 神秘的で不思議な影響さえも与える」  マズローはさらに、至高体験は人として自己実現す るために不可欠だと主張した。そこでは、自分の基本 的な欲求はすべて満たされ、自分が持つ潜在能力をあ ますところなく発揮できるのだ。  至高体験は、強化された環境−もっというと、休 息とリカバリーに向けて最適化された環境−で起こ る可能性が高い。だからこそ、最高にクリエイティブ なひらめきが降りてくるのは、大なり小なり「旅」を しているときが多いのだ。  デザイナーのステファンーサグマイスターの例を考 えてみよう。ステファンはニューヨークにスタジオを 構えているが、クリエイティブな物の見方を再活性化 させリフレッシュするために、7年に一度、スタジオ を閉めて1年間の休暇を取ることにしている。   「仕事から離れている1年の間に最高のアイデアが ひらめき、その後2年かけてそのアイデアを追求す る」とステファンは説明する。  これまで経験したことがなかった環境でリラックス した状態でいると、頭の中で物事を自分なりにつなげ て整理できるようになる。さらに、自分は人生で何が したいのかをじっくりと考えることができるようにな る。  ここでステファンがしているのは、至高体験を追求 するという行為に他ならない。  「オフ」だけを目的にする  至高体験は、人生やキャリアの軌道を変えてしまう。  自分の認識や価値観が変わるほどの強烈な経験をし て初めて、自分の人生で今、実際に何か起きているの かを理解できるようになる。そしてその高い視点の状 態にいるときに、自分の人生と水準をいかにして高め るか、揺るぎない決断を下せるようになるのだ。  そうして自分と世界を新たな視点から見られるよう になると、今の環境に自分をがんじからめにする、 ちっぽけな恐れや信念などは超越できるようになる。  私自身も何度か至高体験をしており、定期的に経験 するべく努力している。  最近、友人のリチャードーポールーエバンスと一緒 に週末を過ごした。  リチャードは、男性のためのグループ「トライブー オブーキングス」を立ち上げた人物で、グループの目 的は男同士の腹を割った本物の友情(最近はかなり珍 しくなった)を築くこと。そして困難を乗り越え、楽 しい体験をし、人生のビジョンを構築する、男性のた めの環境を提供することだ。リチャードは年数回、ユ タ州南部にある自分の牧場で「トライブーオブーキン グス」の合宿を週末に開催している。  リチャードがあるとき、牧場と合宿の様子を見てみ ないかと私に声をかけてくれた。  現地に着いた私は心を奪われてしまった。まずユタ 州南部があまりにも美しかった。リチャードの牧場は、 ザイオン国立公園のすぐ隣にある。  しかし私の心が奪われたのは、それだけではなかっ た。リチャードが立ち上げたグループの文化と、そし て合宿の目的だ。合宿中にやらなければいけない課題 などは何もなかった。「男って忙しいから」とリ チャードは言った。「リラックスするための時間が必 要なんだ。だからこれから2日間、何の予定もないよ。 朝食は朝9時だけど、遅くまで寝ていたければそれで もまったく構わない」  合宿中、私は日がな一日、四輪駆動車に乗ったり、 他の男性だちと話をしたりして過ごした。ひとりで読 書をしたり、日記を書いたり、オーディオブックを聞 きながら散歩をしたり、美しい景色を眺めたりして過 ごしもした。  興味深いことに、合宿にいる間、妻や子どもたち、 そして普段の生活に対するいとおしい気持ちが、私の 中でとてつもなく大きくなっていた。いつもの習慣の 外側にいる間、普段の生活の良いところをありのまま に見ることができた。ついうっかりと見過ごしたり、 当たり前のことだと思ったりしてしまいがちな部分だ。  空港に着くまで、妻に電話は入れなかった。という のも、合宿の大きな目的は、デジタル断ちをしたうえ で、自分自身と人生に改めてつながることだったから だ。  やっと妻に電話をかけたとき、妻がいかに私にとっ て大切な存在かを、これまで以上の愛情をもって伝え ることができた。恥ずかしいことだが、妻、子どもた ち、そして自分の人生にあるすばらしいことすべてを、 あって当たり前だと思ってしまうことが私には多すぎ た、と今では思う。  この牧場での短期間の合宿では、自分の人生に今す でに存在するありかたい物事に改めて気づけただけで はなかった。将来手がけたいプロジェクトについて、 多くの洞察も得られた。  環境は本当に大切だ。そしてリチャードは、最高の 環境を作ってくれた。  そこでは、すばらしい男性だちと楽しく交流し、本 当の意味でただリラックス、リカバリー、リセットで き、自分と再びつながることができた。自分が今後数 年で何をしたいかも考えられた。私は至高体験の中に いたので、高い志の視点から、様々なことを思い描く ことができた。私は人生そのものに「「イ」になって いた。そのおかげで、心に浮かんできたすばらしいア イデアに対しオープンになれた。 次にオフを「デフォルト」化する  マズローによると、「至高体験」はめったに起こら ない。とはいえ、至高体験がめったに味わえないもの である必要はない。実のところ、至高体験をする、も しくは自分自身を至高状態に持っていく、というのは 日課にするべきだし、実際に可能だ。  至高体験などめったに起きないと一般的に考えられ ている理由は、その人たちは、至高体験が定期的に起 こるように人生を設定していないからだ。ほとんどの 人は、ネガティブな習慣と環境に刺激され、それに依 存して流される状態の生活を送っている。  それでも、ぼうっとなった無意識のような状態から 意図的に自分を引っ張り出すわずかな瞬間にでも、至 高体験を起こすことができるし、実際に起こることが ある。  至高体験は、予測が可能だ。意図的に作り出すこと も可能だ。ならば、至高の状態にいることを最優先に したらどうなるだろうか? 目標を達成するために、 文字どおり最高のレベルで毎日活動しなければならな いとしたら? 常に至高の状態にいることが、あなた にとって当たり前だったらどうなるだろうか?  もしあなたが、やり遂げたことのない何かを追い求 めているわけではないのなら、定期的に至高体験をす る必要はないかもしれない。しかしもし成長したいな ら、もっと頻繁に至高の瞬間を過ごせるように、自分 自身を持っていかなければならない。  さらに、目標に向けた軌道を描く際は、とくに至高 の状態から始める必要がある。というのも、終わり方 は概して、始め方によって決まるからだ。  始め方が正しければ、通常は正しいままでいられる。 しかしまずい始め方をしてしまったら、正しい状態に 持っていくのは至難の業だ。もちろん、「終わるまで 軌道修正をしない」ということではないが、最初の決 断を下したその力が、軌道の大半を決めるということ だ。ほとんどの人は、至高状態でないところから弱々 しい決断を下す。いかなる決断にせよ、本気で下す人 は、実のところあまりいない。  ほとんどの人は、本気の決断をするための確信を持 てていないといっていいだろう。決定的で絶対的な確 信がないのだ。こういった人たちは、帆がない船のよ うだ。人生が連れて行ってくれるところならどこへで も行く。成り行き任せで無意識な成長しかしない。た だ流されるだけで、たいした結果も生み出さない。イ ンターネットを徘徊して数時間無駄にしてしまっても、 この人たちは気にもしない。  しかしあなたがもし、人生に新しい道を築きたいの なら、強力かつ決定的な決断を初めに下さなければい けない。そしてその決断は、至高状態のときに下すべ きだ。  「ビルーゲイツ」みたいな時間を確保 する  では、至高状態には、どうしたら入れるのだろう か?  自分の人生や目標をはっきりと見据えるには、定期 的に自分をリセットする必要がある。世界屈指の成功 者たちは、「脱デジタル」「充電」「リセット」の時間 を意識的に、日々のスケジュールの中に作っている。  マイクロソフトの創業者、ビルーゲイツの例を挙げ よう。ゲイツは「考える週」を作り、この期間は、仕 事から、そしていかなるコミュニケーション手段から も完全に離れた。この期間はただ、考え、学び、休息 するだけ。マイクロソフトに関する最高のアイデアは、 休息とリカバリーに向けたこの「考える週」の間にひ らめいたと本人も認めている。  あなたは、まるまるI週間も休息とリカバリーに費 やすなどできないかもしれない。代わりに、「すべて から離れる日」を作ることはできるのではないだろう か。仕事を休み、ただ休息とリカバリーのためだけの 日を自分にあげるのだ。その間は、いつもの自分の環 境から離れるといい。十分な距離感を持つために、少 なくとも車で「l’一分くらい」は離れたところへ行くと いいだろう。  こうした「すべてから離れる日」には、じっくりと 考えたり、リラックスしたり、学んだり、ジャーナル (日記)を書いたりしてみよう。  毎日の習慣や環境から離れる必要がある理由は、自 分の生活という名の木から抜け出して森を見ることが できるからだ。新鮮な空気を吸いに行こう。断食で体 がリセットされるように、あなたも常にストレスにさ らされている状態から離れ、深呼吸してリセットする 必要がある。  すべてから離れている間は、自分の仕事や生活から 完全に離れ、今という時間に集中しよう。ほとんどの 人にとって、これは非常に難しい。というのも、テク ノロジーや仕事に依存している人があまりにも多いか らだ。  そのため最近の心理学の調査では、毎日、仕事から 精神的に距離を置くことの重要性が認識されてきてい る。メンタルと体をしっかりと仕事から切り離せる人 だけが、仕事を再開するときに改めてしっかりと仕事 に取り組めるのだ。  自分がやっていることにきちんと集中して向き合う には、定期的な休息とリセットが必要だ。  「あれこれ」をジャーナルに書き出す   「休息」こそ、人が成長しリカバリーする場だ。休 息することで、それが何であれ自分の作業に戻ったと きに、もっとがんばろうという力がみなぎってくる。  なので、たった1日でも離れる必要がある。忙しい 生活から完全に離れ、リセットして自分と再びつなが る時間を作ろう。  このリセットを果たすうえで大事なのは、「ジャー ナル」を取り出してたくさん書くことだ。ただし ジャーナルを書く前に、気持ちをしかるべき場所に 持っていく必要がある。だからこそ、いつもの環境か ら少なくとも30分は離れて、自分の精神状態を整える ことが大切なのだ。  自分の精神状態を整える際に、インスピレーション をもらえるような何かを読んだり聞いたりするといい。 エクササイズをするのもいいだろう。もしくは、いつ も最高の気分にしてくれる仲の良い友達や家族と話す のもいいと思う。いつもの環境と違うところにいると、 自然とポジティブな感情が引き起こされるものだ。こ れから数時間、学び、リカバリー、計画作り、ビジュ アライゼーション(目標などの視覚化)に意識を集中 するとわかっていればなおさらだ。  いざ実際に書き始めるとき、書く内容として焦点を 絞ると良いポイントがいくつかある。まずは、自分の 人生に起こったすべてのことに感謝してから始めよう。  たっぷりと時間を取って振り返り、自分の人生と人 間関係の細かい部分すべてを書き出そう。  自分にとって「大切な人全員」について書こう。  自分が「いかに前進できたか」を書こう。  これまでに何らかの方法でリカバリーの機会を設け たことがある場合、そのとき以降「どんなことが起き ているか」を具体的に書こう。 ノートに「正直」に打ち明ける  自分の歴史を記録していくのは、ジャーナルを書く うえで非常に重要だ。自分のアイデア、目標、計画に はどんな背景があるかがわかる。  ジャーナルを書いている間は、自分の世界で何か起 きているかについて、徹底的に正直になろう。自分の 人生への喜び(そして苦しみ)について感謝の念を書 き出した後は、まだ自分に努力が足りないのはどこか、 自分に正直になる必要がある。  至高の状態にいる間は、具体的に変化するべく全力 で取り組んでほしい。自分の理想を実現するために必 要な変化のうち、鍵となるものを書き出すのだ。  具体的には、頭に浮かんでくるものはすべて書き出 す。「変えなければいけないもの」を書き出しつつ、 自分が今いる場所に至る原因を作った「不満」や「困 難」についても正直に書こう。なぜ思うような変化を 実現できなかったのか、その「理由」についても書い てみよう。  自分に思い切り正直になって、赤裸々に書こう。  自分が書いたものを他の誰かが読むわけではないの だから。  なぜこうして書き出すのかというと、自分の考えを はっきりさせて、「優先すべきもの」「焦点を定めるべ きもの」を改めて決めるためだ。  自分のジャーナルに正直になれないなら、いったい どうして自分の残りの人生に正直になれるというのだ ろうか? 気軽に「メッセージ」する  大局的で壮大な夢も書こう。それは、人生のビジョ ンでもいいし、3〜5年後の目標、3〜12か月後の目 標でもいい。  目の前にある具体的な何かに焦点を絞る前に、大局 的に見て自分は何をしょうとしているのか、時間をか けて考えてみるのもいいと思う。  大局的な目標を書き出すうえで重要な要素は、「な ぜそうしたいのか」という目標への動機となる部分だ。 毎日の習慣や忙しさの中で、「なぜ」という視点はあ まりにも簡単に見失ってしまう。  さらに、「最終目標」と「手段目標」は大きく違う こともわかっておく必要がある。最終目標は、自分に とって本当に大事なものだ。何かを可能にしてくれる から欲しいというものではなく、そのもの自体を手に 入れたい、とあなたが思うものだ。  たとえば、「良い仕事に就けるように学位が欲しい」 という場合、学位を取るのはあくまで手段目標だ。最 終目標を最初から念頭に置いておくことで、多くの悩 みを避けることができる。「社会的に期待されている から」という理由で目標を追いかけずに済む。  電話を手元に置いておくのも良い。ただし、ジャー ナルを書いているときや本を読んでいるとき、オー ディオブックを聞いているとき、じっくり考えたり内 省したりしているときに得た洞察を行動に移す際だけ に使うこと。  ジャーナルを書いていると、自分の人生における重 要な人について、洞察を得られることが多い。心に思 い浮かんだ人には、すぐに何らかのコミュニケーショ ンを取ろう。メールやテキストメッセージを送るとか、 電話を入れるなど何でもいい。  私は最近、ジャーナルを書いていたときに、数日前 に力を貸してくれた人たちに花を贈ろうという考えが 浮かんだ。すぐに電話を取り出し、その人たちの住所 に花を贈るよう手配した。それからまた、ジャーナル を書き続けた。  「振り返り」と「計画立て」を一度に する  ここで説明したリカバリーのためのジャーナル書き は、短縮版にしたものか似たような形のものを、 「ウィークリー計画セッション」(毎週、前の週の自分 を振り返り、これからの週をより良い週にするべく計 画を立てる時間)の中に盛り込むと効果的だ。  具体的には、ウィークリー計画セッションで、次の ようなことについて書く。 ・先週うまくいったこと(「勝ち」ポイント) ・うまくいかなかったこと(自分がやらなかったこと、  自分が手を差し伸べられなかった相手、達成できな  かったこと) ・特筆すべき出来事(友達や家族と一緒に過ごした最  高のひととき、仕事での大展開) ・今後I週間の予定 ・先週学んだことを翌週にどう活かすつもりか ・大局的な目標(「なぜ」と「最終目標」を改めて思  い出すべく、短く箇条書きに) ・直近の目標(今後I〜6か月に向けてすぐに行動に  移す目標) ・来週終わらせるべき具体的な項目  「家族と離れる」ことも視野に入れる  最高のアイデアは、机に向かって仕事をしていると きには湧いてこないということが多くの研究からわ かっている。あなたの脳は、十分休んでリラックスし た状態にあるときが一番働くのだ。  とはいえ、当然ながら、働いている間に懸命に努力 し集中しない限り、休んでいるときにすばらしいアイ デアが降ってくることはない。これは肉体と同じだ。 起きている間に限界まで追い込まない限り、寝ている 間に肉体がたくましく成長してくれることはない。  さらに、もっとも深い洞察というのは、決まった習 慣をこなしている間にはめったに起こらない。ルー ティンをこなしている間や自宅にいるとき、もしくは いつもの環境にいるときは、自分の周囲で何か起きて いるかに集中しすぎてしまっているからだ。木を見て 森が見えていない状態だ。  そのため、定期的にどこかへ行って、そんな状態の 自分を正す必要がある。時にそれは、家族と一緒に休 暇を取ることかもしれない。また時にそれは、家族か ら離れることかもしれない。  そうすることで結果的に、より良い自分、もっとで きる自分になって家族を愛し、サポートできるように なる。  章 「神聖な場所」を作る 皿い{。‐ 1》  宗教、というより      「修正作業場」としての  決断さえ下してしまえば、宇宙はそれを実現させる べく、様々に画策してくれる。 −ラルフーウォルドー・エマーソン(アメリカの思                     想家)  飛行機は、乱気流やその他様々なことが原因で、飛 行時間の卯%をコースから外れて飛んでいる。にもか かわらず、ほとんどのフライトが、正しい目的地に予 定時刻どおりに到着する。この現象の理由は非常に簡 単だ。航空管制と慣性誘導システムを使って、パイ ロットが常にコースを修正しているからだ。コースの 修正は、すぐに対応すればさほど難しくはない。しか し定期的にコースを修正しないと、大惨事を引き起こ しかねない。  1979年、257人を乗せたジェット旅客機が、 ニュージ圭フンドから南極を目指した。観光目的の往 復フライトだ。ところが、誰かがフライトプランを 「たった2度」(頻度ではなく角度)だけ変更してし まった。そのため飛行機は、本来いるべき位置よりも 約45キロ東に移動してしまっていたのだが、パイロッ トたちは気づいていなかった。  南極へと近づく中、パイロットは美しい景色を乗客 に見せようと降下し始めた。悲しいことに、間違った フライトプランのせいで、飛行機の進路は活火山であ るエレバス山の真上を通るようになっていた。  コックピットにある計器が、地面の急激な接近を知 らせる警告音を鳴らしたときには、すでに遅すぎた。 飛行機は火山に激突し、乗客乗員全員が亡くなってし まった。  わずか数度の誤りが、大惨事を引き起こした。小さ なことでも、修正されなければ確実に、大きなものへ と発展してしまう。  私たちの人生は、このフライトに似ている。一見、 些細に思えることでも、良きにつけ悪しきにつけ、人 生で波紋を広げたり波風を立てたりしかねないのだ。  あなたは自分の人生をうまく操縦できているだろう か?  進路の軌道修正にあたり、どんなフィードバックを 受け取っているだろうか?  自分のナビゲーションシステムを、どのくらいの頻 度で確認しているだろうか?  そもそも、ナビゲーションシステムを持っているだ ろうか?  目的地はどこだろうか?  いつそこに到着するだろうか?  今現在、進路から外れていないだろうか?  外れているなら、いつからだろうか?  正しい進路に乗っているか、どうすれば確認できる だろうか?  目的地への道のりを妨害するような乱気流やその他 の状況を最小限に抑えるには、どうしたらいいだろう か?  前章では、自分なりの軌道を描くには、いかにして 日常から離れ、リセットすべきかについて説明した。 本章では、新たに設定した目標の実現に向けて、その 道から外れないようにするための環境を作り、毎日そ こで過ごすことがいかに重要かを説明したいと思う。  この環境はまた、目標や決断を下したときにあなた が味わっていた至高状態を再び作り出すために必要な ものとなる。 朝を「ルーティン」で固める  「朝のルーティン」を行う一番の目的は、朝に自分 を至高状態に持っていくことだ。そうすれば、その囗 I囗をその状態で進めることができる。何かに依存し て、受身で、無意識な状態で朝を過ごすより、儀式的 な方法で積極的に自分を至高状態に持っていくほうが ずっと良い。  朝の儀式、すなわちルーティンは絶対に必要だ。  なぜだろうか?  それは、フいつもの行動を取ってしまう自分”を超 越した状態」をトリガーする必要があるからだ。今と は違う人生を生きたいなら、今とは違う自分にならな くてはいけない。  朝の儀式は、至高状態をトリガーするためのものだ。 その状態は、自分は何者になりたいのか、どんな行動 を取りたいのかを思い出させてくれる。そしてその囗 はそれ以降ずっと、その状態で、なりたい自分として 行動できる。  人生の軌道を変える環境として最適なのは、次の2 つだ。 ・強力で儀式的な朝のルーティンを終えた「朝」 ・いつも自分がいる環境とはまったく異なる、学び、  成長、つながり、休息、リカバリーにもっとも合う  ように作られた環境(H章等参照)  今よりもっと高いレベルで生きようと決意するとき、 それを実行するには自然とたくさんの抵抗がある。自 分の周りの環境は、「今の生き方」に合わせて作って きたからだ。  メンタルモデルも、今の人生に合っている。そうで なければ、あなたの人生は違うものになっていたはず だ。  そのため、違う生き方をしようと固く決意したなら、 その決意に至った経験を再現し続ける必要がある。そ の経験、そしてそれに伴う考え方が、これからのあな たの「新しい標準」になるように、だ。 なぜ「朝がいい」のか  ということで、自分を定期的に至高の状態に持って いくためのルーティンが必要となるわけだが、ルー ティンを行う一番のタイミングは「目覚めた直後」に やってくる。起きてすぐにしないと、至高状態で決断 したときよりも柢い「いつもの状態」にたちまち戻っ てしまうためだ。  そうなると、一生懸命がんばったところで、やはり 今の現実に合った行動を取り続けてしまう。古いパ ターンに戻り、今の現実をなかなか変えられないまま、 夢は夢のままになってしまうだろう。もしかしたら、 しばらくの間は意志力でなんとかしようと思うかもし れない。しかしそれでは単に、「結局はいつものまま」 という結果を迎えるだけになる。  そのようになった場合、正直にいえば、自分が決め た「決意」は本当は決意でも何でもなかった、と認め てしまったほうがいい。決意ではなかったというのは つまり、毎日それを実行するほどの強い思いをあなた は持っていなかったということだ。  至高状態へ自分を持っていくほどの思いはなかった。 至高状態を作り出すほどの思いも、その状態から毎日 を始めるほどの思いもなかったということだ。  自分の求めるものを手に入れるにはまず、どんな状 態でいるかが重要だ。そこから行動に移すのだ。「あ る状態でいる(g)」↓(行動するこO)」↓「手に入 れる(Fべ・)」。この逆はあり得ない。  決意をした至高の状態から一貫した行動を取らなく てはいけない。その状態が本当のあなたにならないと いけない。そして、なりたい役割やアイデンティティ になるための聖なる環境と毎日のルーティンがあれば、 あなたは自然と、なるべき人物になれる。 瞑想より「強力なツール」を使う  ほとんどの人は、何かに反応する形で1日を始める。 最初にまずスマートフォンを見て、他人の情報でいっ ぱいのデジタルの世界にすぐに引き込まれる。その日 の残りを、注意散漫で流されながら生きるように、自 分で自分を仕向けてしまうわけだ。  これを踏まえて、朝のルーティンを行うのが大切で ある理由をいくつか挙げてみよう。 ・「なぜ」という動機と自分自身を再びしっかりとつ  なげる ・自分を至高状態に持っていく ・心の底からその囗にやりたいと思うことに向けて心  構えを作る ・目標達成を自ら妨げる自己破滅的な行動を取らない  ように、流されるのではなく自分から積極的に行動  するようになる  朝のルーティンは、エクササイズ、瞑想、祈り、ク リエイティブな作品作りなど、様々なものを組み合わ せて行うことができる。どれもすべて朝のル上アイン にぴったりだと思うが、一番お勧めなのは「ジャーナ ルを書くこと」だ。  ジャーナルを書くという行為は、シンプルな瞑想よ りもずっと強力だ。目標は文字として書き出したほう が、頭の中に置いておくよりもずっと実現しやすくな るといわれるが、それと同じだ。  洞察、計画、目標は書き出す必要があり、そしてこ の「書き出す作業」は毎日しなくてはいけない。そし て洞察や目標を固めて明確にし、確認し、戦略を立て るのは、ジャーナルを書くことを通じてなされるもの だ。  ジャーナルを書く行為は、それ以外の重要な活動を 10倍も100倍も強力なものにしてくれる。朝のルー ティンの主な目的は、「大事なことを最優先させる」 ということだ。緊急性のあるものではなく、人生で大 切なものにスポットライトを当てる時間を持とう。  「締め切り」を自分で設定する  何よりも優先すべきは、自分がその日を過ごしたい 精神状態へと自分を持っていくことだ。ここで活用で きるのが、「書き記すこと」だ(「瞑想」もいい)。  顕在意識と潜在意識、そして脳のクリエイティブな 部分とエネルギーレベルは、睡眠から目覚めたあとが 一番良い状態になっている。  朝一番のジャーナル書きは、目標達成に向けて無意 識をトレーニングする絶好の機会だ。ナポレオンーヒ ルは『思考は現実化する』(きこ晝房)の中で、次の ように書いている。「感情を伴った思考は、強い信念 と結びつくと、やがて物理的な実体へと変換してい く」  朝のジャーナル書きのセッションは、5〜15分もあ れば十分だ。  毎朝一番に目標や夢を書き出すとき、自分の目標の 真実味が増し、達成したい思いが高まる。とはいえ、 もしあなた自身が目標を達成できると信じられないの ならば、達成できないだろう。もしあなた自身が特定 の目標を達成したいと心の底から思えないのならば、 おそらく実現しない。  そのため、毎朝目標を思い出し、信じ、「絶対に達 成したい」と思わせてくれる状況に自分を持っていく 必要がある。その結果、自分にとって大切なことから 気をそらしたり脱線したりしないように、あなたはそ の日から毎日、適切な努力を続けられるはずだ。  そういう意味でも、目標は「肯定文で断定的」に書 くと強力だ。  たとえば、「10万ドル稼ぎたい」「フルマラソンを走 りたい」なら、こう書こう。  ・(日付)までに10万ドルを稼ぐようになる  ・(日付)までにフルマラソンを走る  自分の目標は毎日書こう。その後、目標を達成する には何をする必要があるか、書き出すといい。これに は、あなたが手を差し伸べるべき人も含まれる。また それに関して今週すべきこと、その日にすべきことも 含まれる。 自宅外に「聖地」を作るI「駐車 場」でもいい  「将来を具体的に思い描く(視覚化、ビジュアライ ゼーション)」「将来の計画を立てる」「重要な決断を 下す」といった活動は、自分にとって神聖な環境で行 うときにもっとも効果を発揮する。  だからといって、山や寺にこもらなければいけない というわけではない。クリアに考えられる精神状態に 自動的に入れるような、あなたにとって特別な場所で あれば十分だ。  私の場合、毎日の聖なる場所は「自分の車」だ。た だし、自宅から離れたところに駐車する。トリガーが 満ちた自分の車に毎朝乗り込み、自宅の環境から離れ る。そしてどこか違う町へ行くか、筋トレ前のジムの 駐車場でもいいので、車を駐める。そこで好きな本を 読んだり、ジャーナルを書いたり、祈ったり、瞑想し たりしながら20分から1時間ほど過ごす。  毎日のこの行動のおかげで、私は間違いなく、刺激 を持ち続け、人生の向かいたい方向へと進み続けるこ とができている。毎日の聖なる環境の他に、私は月に 数回、自分にとって意味が深い場所に向かって数時間、 車を走らせる。何時間か、世界から完全に切り離され た状態になれる場所だ。  俳優でコメディアンのジムーキャリーは、この原則 を使ってものすごいチャンスを作り出した。  子どもの頃、キャリーの家はあまりにも貧しく、 フォルクスワーゲンのバンを親類の庭先に駐め、その 中で暮らしていた時期もあったほどだった。  しかしキャリーは、自分の未来を信じていた。  1980年代の終わり頃、キャリーは毎日、ロサン ゼルスの街を見下ろせる小高い丘の上まで車を走らせ た。そこで、映圉監督たちが自分の作品を評価してく れている様子を思い描いた(=ビジュアライゼーショ ン)。ここがキャリーにとっての「聖なる場所」だっ たのだ。毎晩、丘の上に上った。当時のキャリーは無 一文で、成功しようともがき苦しむ若きコメディアン だった。  1990年のある夜、ロサンゼルスの街を見下ろし、 将来を思い描きながら、キャリーは自分宛てに 1000万ドルの小切手を書いた。但し書きには、 「映画出演料として」と記して。そして、1995年 の感謝祭の日付を記入してから、財布にしまった。自 分に5年の時間を与えたのだ。  そして1995年、感謝祭の直前、キャリーは映画 『ジムーキャリーは哘ダマー』のギャラとして、 1000万ドルを受け取った。聖なる場所で作り上げ た夢が、現実になった瞬間だった。 そこを「自分の頭で考える」専用の場 にする  あなたにとって、自分自身とっながり、自分の中の 整合性を整えるための「聖なる場所」はあるだろう か? あなたが思案、ビジュアライゼーション、瞑想、 祈りをできるような場所はあるだろうか?  あなたの毎日のジャーナル書きは、長期的な成功に 向けた土台になっているだろうか?  あなた自身、順調に進んでいるだろうか?  自分に時間を作ってあげているだろうか?  章 すべてを (h》「整理整頓」せよ     悲しき「収集癖」を乗り越える  映画『インターステラー』の終盤で、マシュー・マ コノヒー(クーパー)とアンーハサウェイ(ブラン ド)は、すぐ近くにあるブラックホールの引力から逃 れようとする。ところが、2人はものすごい力で引き 戻されてしまう。引力の外に出るには、自分たちにか かっている力と同じだけの力を少なくとも出す必要が ある。ニュートンの「運動の第3法則(作用反作用の 法則)」によると、すべての作用には、同じ大きさの 反作用がかかっている。  2人の宇宙飛行士は、計画を練り始める(ネタバレ 注意)。2人は、宇宙船のロケット燃料を大量に使い、 ものすごい力を振り絞る。  しかしクーパーは、この宇宙船の干不ルギーでは、 引力の外へは出られないと気づいていた。そのため、 クーパーはブランドを救うために自らを犠牲にした。 宇宙船が十分な勢いを得ると、クーパーは自分の船体 を切り離して反作用の力を弱めたのだ。負荷を減らし て推進力を上げ、母船(ブランドが乗っている部分) を人類の元へと帰すために。 人間関係が「物理法則」みたいに働く  ニュートンの「運動の第3法則」は、ハリウッド映 画のネタとしてぴったりというだけではない。人生に おいても作用しているうえに、その仕組みを知るうえ で効果的な法則だ。  人生に存在するありとあらゆるものは、干不ルギー だ。そのため、同じ大きさで反対側へかかる反作用を 作り出す。たとえば、たんすから大量の洋服が縊れ出 して部屋を占領しているのであれば、その代償として、 本来空いているはずの物理的なスペースが奪われてし まう。それだけでなく、毎朝その囗に着る服を探し、 服の山をあちこちへ移動させ、処分しなければと思い つつまだ手放せない服のことを考えれば、精神的・感 情的なスペースも取られてしまう。こうしたことは、 自分が思っている以上に内面的なスペースを占領して いるものだ。  そしてあなたはその干不ルギーを常に抱えているこ とになる。  服のように物理的なものだけでなく、あなたはまた、 抑えつけた感情もたくさん抱えている。誰だってそう だ。そしてそうした感情は非常に重く、その引力が及 ぶ範囲の外へと出るのはかなり難しい。もっというと、 あなたの人間関係もまるで引力のように、今の環境に あなたを縛りつけている。ニュートンの「運動の第3 法則」だ。  今の環境の外に出る唯一の方法は、その引力の中に 自分をとどめている、ありとあらゆる干不ルギーと同 じ大きさの力を、反対方向に向けて発揮することだ。  これはかなりの力になる。そして間違いなく、その レベルの力を発揮するだけのパワーもエネルギーも、 今のあなたにはない。意志の力で環境の外へ出て行く のは不可能だろう。引力の力は極めて強力で、とてつ もなく大きいのだ。 片づけるのが億劫で「寝袋」を広げな  ニュートンの「運動の第3法則」を効果的に扱う唯 一の方法は、『インターステラー』同様に負荷を軽く することだ。今の環境にあなたをとどめている過剰な 干不ルギーをすべて排除する気があなたにあるのなら、 その引力から出て行くのに必要な「反対側に向く同じ 大きさの力」はずっと小さくて済む。  他に方法はあまりないだろう。とにかくたくさんの ものを取り除く必要がある。  人生から過剰な荷物を降ろす作業には手間がかかる が、そのままでいるほうがずっと負担になる。なのに 生涯にわたり利益をもたらしてくれる小さな作業を今 せずに、人はその作業を避け続け、痛みやフラスト レーションをずっと抱えたまま生きてしまう。  複数の企業を立ち上げて最高経営責任者を務めてい るデイリー・B・セイビンは、おもしろおかしくも教 訓に満ちたこんな話をしてくれた。ささいな作業を惜 しむことで、人は人生を不要に生きづらくしているこ とを物語る内容だ。  セイビンは、キャンプをしようとボーイスカウトの 男の子たちを砂漠に連れ出した。子どもたちは焚き火 を起こし、火のそばで眠った。  セイビンが翌朝、キャンプ場の様子を見に行くと、 やけにくたびれた感じの子がひとりいた。セイビンは、 よく眠れたかと聞くと、その少年は「あまり眠れな かった」と答えた。理由を聞くと、こんな返事が返っ てきた。「寒かったから。火が消えてしまって」  セイビンは聞いた。「そうだね、火は消えてしまう ものだからね。寝袋は暖かくなかっだのかな?」  少年は何も言わずにただ静かに座っていた。すると 近くにいた別の子が大声でこう教えてくれた。「こい つ、寝袋使わなかったんだ」  セイビンは驚いて少年に聞いた。「どうして?」  沈黙が続いたあと、少年はばつが悪そうに口を開い た。「えっと、寝袋を広げなければ、たたまなくて済 むと思って」  この少年が何時間も凍えてつらい思いをしたのは、 ”寝袋をたたむ”という過酷な5分を過ごしたくな かったから、というわけだ。  人生を、この少年のようにたとえ一晩でも、不要な 苦しみの中で過ごしてはいけない。足首についている 足かせを軽くするために、まず必要な作業を先にしよ う。輝けない環境に自分を縛りつけている、引力の力 を思い切り断ち切ろう。 宝くじに当選してもすぐ「貧乏」に戻 る  良い人間になるというのは、難しいものだ。自分の 人となりが、これまでの人生を築いてきたのだから。 あなたの環境は、あなたという人間の成果物だ。自分 が磁石となってパターンを引きつける。たとえあなた 以外の誰かがあなたの環境を変えたところで、きっと すぐに元どおりに戻ってしまうだろう。宝くじを当て たほとんどの人が、これまでと同じ貧困状態にすぐに 戻ってしまうのはそのためだ。  ひよこは殼を破るとき、なかなか破けずに苦労する ものだ。  そこで見ているあなたとしては、「かわいそうに」 とひよこに同情するだろう。殼を破るのを手伝ってあ げたいとさえ思うかもしれない。  でももしそんなことをしたら、長い目で見てひよこ を助けることにはならない。それどころか、ひよこを 殺してしまうかもしれない。というのも、殼を破ると いうまさにその苦労が、生き延びる強さをひよこに与 えているからだ。その苦労がなければ、この鳥は生き 延びることなどできないだろう。何かに頼って生きる、 弱い存在であり続けるだろう。  同様に、自分の殼を破るには、苦労しなければなら ない。自分を押さえつけている引力こそ、あなたが乗 り越えるべく学ばなければならない苦労なのだ。  今の人生から自分を切り離すのは、簡単ではないは ずだ。  その生き方に利点がなければ、そもそもあなたはそ こにいなかっただろう。まずは、今の生き方の利点を 認めよう。今いるところを満喫している自分を認めよ う。あなたにとって今いるところは快適なのだ。その ため、今のあなたのアイデンティティを作り上げてい る多く(物理的な所有物、人間関係、気晴らし、期待、 言い訳、経歴など)を取り除くのは、難しいはずだ (少なくとも精神的に)。  しかし次のレベルへと進化したいのなら、手放さな ければいけない。おそらく離脱症状も出るだろう。元 に戻りたい誘惑に駆られることもあるだろう。  しかしもし戻ってしまったら、引力の外へは出られ ない。今の環境を出て、もっとたくさんの可能性に縊 れた環境へと行くこともないだろう。  「持っているだけ」でプレミアがつく  所有物が少なければ少ないほうが、手にできるもの は増える。クリアな心を持てるようになる前に、クリ アな環境を持たなければいけない。  そこで、定期的に使うもの以外はすべて処分しよう。 まずは「クローゼット」から。「ここ60日間着ていな い服」は、すべて取り除こう。「6着」以上は不要だ。   「台所」も片付けよう。本当に食べたいと思わない 食べ物はすべて処分する。自分の環境にあれば、きっ と食べてしまう。  意志力に効果などない。意志力などという欠陥のあ る議論について、あなたはこれまで自分に何年も嘘を ついてきた。今すぐやろう。台所へ行き、大きなごみ 袋をつかんだら、いらない食べ物をすべて袋の中に放 り込もう。もしその気があれば、袋を2つ使い、ひと つにはごみを、もうひとつにはホームレスのシェル ターにあげられるものを入れよう。  いずれにせよ、いらないものを自分の環境から今す ぐに取り除こう。きっと信じられないくらい良い気分 になるはずだ。  「車」を持っているなら、そこも掃除しよう。車は 移動手段、ごみ箱でもなければクローゼットでもない。 あなたの周りの物理的なスペースは、あなたの精神状 態を忠実に反映したものだ。環境が散らかっていれば、 あなたの心も散らかっている。あなたが気づいていよ うがいまいが、あなたは常に環境からの影響を受けて いる。   「車庫」があれば、そこも掃除する。フリーマー ケットに出すのでもいいし、リサイクルショップに 持って行くのでもいいし、思い切って全部捨ててし まってもいい。自分が必要なもの、そして実際に大切 だと思うものだけを手元に残そう。  ただ持っているから、というだけで物を溜め込んで はいけない。「サンタコストの呪縛」理論によると、 人は自分が所有している物について、ただ自分が持っ ているからというだけで過大に評価してしまう。こん な意味のないことにとらわれてはいけない。整理しよ う。あなたの環境に漂っている意味のないごみに対し て、たかだか5分でも無駄に毎日使えば、本当に価値 があると思うことの実現をはばむ。不要な抵抗”に なってしまう。 ガジェットを「靴箱」にしまう  もっとも基本的なレベルにおいて、整理整頓とは 「物に制限を設けること」だ。  生産性とテクノロジーの専門家アリーマイゼルは、 著書『にss Doing「 More二vingj(『行動を減らして もっと生きよう』、未邦訳)の中で、「人生をきちんと 整理するには、あらゆることに上限と下限を定めなく てはいけない」と語る。  マイゼルは著書の中で、歯止めをかけないと自分は テクノロジーを何でも溜め込んでしまう人間だと説明 している。整理を始める前のマイゼルの暮らしは、ク ローゼットの至るところに電源ケーブルや電子機器が 縊れていたという。  しかしマイゼルは、自分の人生にかかっていた引力 を減らし、どうしても必要なもの以外は処分しようと 決意した。自分が持てる電子機器の上限を設けること にし、「靴箱ひとつ分あれば十分だろう」と決めたの だ。靴箱がいっぱいになったあとは、新しく何かを加 えたくなったら、他の何かを箱から出して捨てるか売 るかしなくてはいけないことにした。「靴箱」が、マ イゼルにとって電子機器の上限なのだ。おかげでマイ ゼルは、電子機器を常に整理整頓したままに保つこと ができるようになった。  環境を整理整頓するために、制限を設けられそうな アイデアをいくつか挙げてみる。 ・受信箱にはメールを「50通」以上残さない ・「週40時間」以上は働かない ・「I囗10分」以上をフェイスブックに費やさない ・「月4000ドル」以上お金を使わない ・外食は「週3回」まで 本もシャツも「持てる数」を決める   I何もかもを「有限」にする  上限はわかりやすい。上限は、「自分がこれ以上し たくない」というものだ。  しかし下限もまた非常に役立つ。下限は、「自分に とってその線を超えるのはいいが、下回るのは嫌だ」 という基準だ。下限の例にはこんなものがある。 ・月に少なくとも「I回」は旅行に行く ・週に少なくとも「30マイル(約48キロ)」は走る ・「週I回」は自宅で料理する  整理整頓に真剣に取り組みたいなら、人生のあらゆ る側面に「制限」を設けるといい。少なくとも、あな たにとって一番重要な何かには、制限を設ける必要が ある。  個人的に私はミニマリズムを取り入れているので、 物理的な何かに制限を設けるのはわりと簡単にできる。 時折、クローゼットを整理して「着なくなったシャ ツ」を数枚処分している。  物理的なことに関して私か手に負えなくなるのは 「本」だ。なので紙の本を何幵所有するか上限を設け る必要がある。その上限を超えてしまった場合は、何 幵かを売るかあげるかする。  また、私か自分に課す制限は、ほとんどが「時間に 関するもの」だ。仕事をする時間、子どもだちと過ご す時間、瞑想や祈りをする時間、そして休暇に行く頻 度。  しかし物理的環境も、これと同じくらい大切だ。も し環境が散らかっているのなら、あなたの心が散ら かっているということだ。あらゆるものは、あなたが 背負って生きなければいけない荷物なのだ。 でないと、気分転換が「永遠」に続く   「ドーパミン」は脳内にある化学物質で、喜びをも たらしてくれるものだ。そして、私たちが正しい選択 ができるように手を貸してくれる。しかし不幸なこと に、今日の激しいほどに刺激的な世の中においては、 ほとんどの人のドーパミンレベルは崩壊寸前で、短期 的なドーパミンの放出に中毒している。  どの環境も何かしらの刺激に合わせて最適化されて おり、ほとんどの環境は無意識にドーパミンの放出を 求めるようなトリガーで縊れている。そして脳はドー パミン放出に依存するようになってしまう。  環境は依存を促進し、悪循環となるわけだ。  これは現実の世界でどんな感じに見えるだろうか?  ほとんどの人にとってドーパミンは、その人が本来 そのときにしていることから、短期的に気をそらすも のとしてやってくる。たとえば、あなたは今、仕事で 何らかのプロジェクトに携わっているとして、それが 順調に進まなくなったとき、もしくは飽きてきたとき、 どうするだろうか? ほとんどの人なら、ただ座って 苦しむのではなく、気を紛らわせるために何かするの ではないだろうか。  でもどうやって? おそらく、メールやソーシャル メディアをチェックしたり、何も考えずに数分の間、 ネットをサーフィンしたりするだろう。何か甘いもの や精製炭水化物をつまみ食いすることもあるかもしれ ない。  こうした活動はすべて、脳にある快楽中枢にひとと きの報酬をもたらす。言い換えれば、こうした活動の 一つひとつが、ドーパミンを放出するのだ。  ドーパミンは、コカインなどの有毒なドラッグを摂 取したときに放出されるものと同じ化学物質だ。少し の間は良い気分にさせてくれる。心地が良い感覚だ。  しかし残念なことに、その感覚は長くは続かない。 ちょうど、ドーナツのおいしさがすぐに消え失せ、 ドーナツがもたらす長い目で見ての悪影響だけが残っ てしまうのと同じように、ドーパミンの急激な増加は すぐに消え失せ、「もっと欲しい」という思いだけが 残るのだ。  ドーナツの糖分と同じように、衝動的に欲するドー パミンが多ければ多いほど、あなたの脳はドーパミン に強く依存するようになる。  「アプリ」をたくさん削除する  もしスマートフォンを持っているなら、目標達成の 助けになっていないアプリはすべて削除しよう。迷わ ず削除だ。そのアプリは、あなたの力になどなってい ない。あなたの心の庭を散らかす雑草にすぎない。  携帯電話は、自分の周りにはなるべく置かないよう にしよう。仕事中に必要でない限り、車の中にしまっ ておこう。家族と一緒にいるときは、仕事用のかばん の中に大れておこう。心配しなくても、明日必要に なったときに、まだかばんの中にあるはずだ。  ドーパミンへの依存と感覚的な快楽の追求は、アメ リカ人の一番の目的になってしまった。かつては、よ り良い未来を築くためには、学んだり、束の間の快楽 を犠牲にしたりしていた国だったのに、現代の社会は 「刹那的に生きよ」という威圧的なメッセージを発し ている。そして人々はまさに、そうしてしまっている。  誘惑に目もくれずに突き進んだり、深みのある人生 を歩んだりする代わりに、その瞬間のためだけに生き ている。その結果、何かいやなことが起きたり、つら くなったりすると、ほとんどの人は気を紛らわせるよ うなことをしてドーパミンを放出し、自分を麻痺させ る。  ほとんどの人は、より良い未来を犠牲にして、ひと ときの満足にどっぷりと浸かっているのだ。 決め切るI「決断したこと」を忘れ る  選択肢は多ければ多いほど、決断を下そうとしなく なる。  バリー・シュワルツ博士は著書『なぜ選ぶたびに後 悔するのか』(武田ランダムハウスジャパン)の中で、 選択肢が多いのは決して良いことではないと説明する。  選択肢がありすぎると決められない状態になり、確 信し切れないまま選ぶことになる。他にも選択肢がた くさんあるため、自分が選んだものに不満が残ってし まう。自分の選択は果たして正しかったのかと、考え てばかりになる。自分が選択したものに全力で向き合 うことなく、常に他の選択肢を思い出して考えてしま  元プロバスケットボール選手のマイケルージョーダ ンはこう言ったことがある。「何かを決めたら、それ については二度と考えない」  これは自信であり、自分自身を信頼しているという ことだ。もっと良い選択肢があったのではないだろう か、という不安はない。自分の判断を疑問視すること もない。  もちろん、何かを選ぶたびに、他の選択肢を選べた 可能性は無限にあるということは認識している。選択 には必ず、「機会費用」がついてまわる。すべてを手 にすることなどできない。  しかし、何か特定のものに全身全霊で取り組むとき、 あなたはその事実に満足するものだ。むしろその現実 を喜んで受け入れる。というのも、本当に価値がある ものには、犠牲がつきものだからだ。そしてあなたは、 その犠牲もいとわないはずだ。なぜなら、ほとんどの 人が”いい加減な決意”とごつわべだけの約束”を楽 しんでいる間に、あなたはすばらしい何かを実現する という、貴重な経験を味わえるからだ。  「選ぶすべがない」状態を目標にする I〃糖がない家”が正解  結果として、選択肢は減らせば減らすほどいい。そ のためには、自分が何を求めているか、または少なく ともどの方向に向かっているのか、知っている必要が ある。  成功はそれほど難しいことではない。ひとつの方向 に向かって20歩進む必要があるというだけのことだ。 ほとんどの人は、20の方向に向かって一歩を踏み出し ている。自分が心から取り組みたいと思っていない、 注意力を散漫にさせるだけのものを無駄に追いかける のはやめよう。  結果を出すと決めたら、他の選択肢をすべて取り除 くか、選択肢を選びやすくする決断を下そう。  たとえば、健康になりたいのであれば、不健康な食 べ物は家からすべて取り除こう。私たち夫婦がシュ ガーフリーの生活にしようと決めて行動を開始したと き、子どもたちは家から糖類がなくなったことにほと んど気づかなかった。他の食べ物やおやつはこれまで どおリテーブルや冷蔵庫にあったからだ。子どもたち にとって、糖分を摂らないという決断は環境が整えて くれたため、意志力は必要なかった。好ましくない選 択肢を取り去ることで、意志力とワーキングメモリに 負担をかけずに済むのだ。  選択するものが少なければ少ないほど、選んだもの はより強力になる。単に注意散漫にしかならないであ ろう選択肢は、すべて取り除いてしまおう。機会費用 を受け入れよう。もっと良い選択肢があるのではない かという不安は手放そう。浅はかになるのではなく、 深長になろう。  不要なものをすべて取り除いた庭が、どれほど効果 的に果物の実を結ぶか、あなたはきっと驚くだろう。 それから、自分にとってもっとも崇高な価値と目標に 合わせた環境を作り上げたとき、どれほど穏やかに感 じるかについても、あなたはきっと驚くと思う。 軍隊のリーダーが簡単に「いじめら れっ子」に戻った  過去よりも未来を思わせてくれる人に囲まれて過ご そう。    −ダンーサリヴァン(著名ビジネスコーチ)  人というものは、あなたの人生を満たしてくれるか、 生気を吸い取ってしまうかのどちらかかもしれない。  アメリカの教育者であり、大学の学長も務めたジェ フリー・ホラントが以前、長いこと学校でひどい扱い を受けていたある青年の話をしたことがある。  青年は大人になると、軍隊に入っだ。そして故郷か ら離れている間に、すばらしい実績をたくさん作り、 リーダーになり、高い教育を受けた。青年は過去から 離れ、まったくの別人になっていた。  何年か経ち、青年は子どもの頃に過ごした町に帰っ てきた。まったくの別人になってはいたものの、町に は昔のままの考えが今もはびこり、青年の帰りを待っ ていた。故郷の人たちにとってこの青年は、「町を出 て行く前の人物」に変わりなかったのだ。  町の人たちは、青年の身に起きた変化に気づけな かった。物を見る枠がしっかりと固定されたままだっ たのだ。  そして過去に生き続け、昔と同じように青年を扱っ た。悲しいことに、青年も昔に戻ってしまった。消極 的で不満だらけの青年にだ。  しかし今回は、青年自身のせいだった。もともと彼 を押さえつけていた、まさにその人たちに囲まれるこ とを彼は選んだのだ。 凡人から離れて「凡人」がうつらない ようにする  私の大切な親友のひとりは、3〜6か月ごとに電話 をしてきてはこう言う。「今こそ! 本気で目標を達 成して人生を変えるから」  私か一番がっかりしてしまうのは、彼女は心からそ う思っているということだ。  この友達は、10年以上も続いているマンネリからた だただ脱出したいと真剣に思っている。彼女は、大き な夢ととんでもない才能、そして飛び抜けたカリスマ 性を持っている。本気になれば何だってできるタイプ の人だ。いとも簡単に成功できるはずなのに、まった く実現できない。  彼女は、蜘蛛の糸のように自分をがんじからめにし ている人間関係から抜け出せずにいる。”凡人”に囲 まれ、そこで快適に過ごしてしまっているのだ。  あまりにも居心地が良いので、自ら囚われの身に なってしまった。特定の人だちと最後にいつ会ったか を聞けば、彼女が10年前からちっとも前進していない のがすぐにわかる。彼女が本当に下さなければいけな い決断は、「自分の夢と矛盾する人間関係をすべて断 ち切ること」それだけだ。  友達や家族など、自分にとって重要な人を人生から 取り除くのは非常に難しい。   「取り除く」といっても、その人たちを永遠に追い 出さなければいけないわけではない。あなたが手を貸 して支援したいと思っている相手ならなおさらだ。た だ、ネガティブな影響を与え合わないくらいのところ に、境界線を引く必要がある。  実際のところ、無理にその人たちを変えようと思っ ても絶対に無理だ。起業家にビジネスーコーチングを 提供する企業を創設したダンーサリヴアンによると、 あなたができる最善のことは、その人たちにとっての 手本になることだ。そしてあなた自身が、自分がいる べき水準よりも低いところにいたら、良い手本にはな れない。 頭のごちやごちやを「デバイス」にそ のまま移す  「ワーキングメモリ」とは、短期的な記憶を指す。 そこに物事をとどめておこうとすると、多大な負担が かかる。  何かを一定の期間(数分、数日、数か月など)覚え ておこうとしても、結局は忘れてしまうだろう。  しかもこれは、かなりの機会費用になる。今、頭の 中にある考えを保つことに執着しているので、心を自 由にさまよわせて新しい洞察を得ることなどできなく なるのだ。  深く考え込んだり振り返ったりなどもできない。 ワーキングメモリに無理に何かをとどめておこうとす ることは、出すものを出せずに堪えなければならない ため、まるで、トイレに行きたいのにかなり長いこと 我慢しているような感じだ。  こんなことを自分の心にしてはいけない。何か気づ いたことがあったり考えが浮かんだりしたら、すぐに 記録しよう。紙に書き留めたり、ボイスレコーダーに 録音したりしよう。  考えたものは自分の周りの環境に任せて、ワーキン グメモリのスペースを解放しよう。  「連絡」を寝かす意味は本当にない  またほとんどの人は、取るべき連絡をつい先送りに してしまうものだ。多くの場合、これは相手への悪意 というよりも、怠け心から来る。  たとえば私の場合、友達と数週間後に映画を観にい く約束をしたことがあった。お互いにスケジュールを 調整して準備万端たった。この友達とは長いこと会っ ていなかったので、私はワクワクしていた。予定を立 ててからしばらく後、妻のローレンから、その週末は 夫婦で外出する予定だと聞かされた。  友達にすぐさまテキストメッセージを送るべきだっ たのに、私はI週間そのままにしてしまった。という のも、映画は2週間先だったので、友達にはあとで話 せばいいやと思ってしまったのだ。とくに急ぐ話でも ないと、後回しにしてしまった。   「『映画に行けなくなった』とテイラーに話すこと」 という考えを、不必要にI週間も自分の頭の中にとど めてしまった。すぐにテキストメッセージを送ってい れば、すべて解決することだったのに。地球は変わら ず回り続けて、私は気にし続ける必要もなく、テイ ラーはもっと良い週末の予定を立てられたのに。  2分もかからずにできることなら、今すぐやろう。  クリアに整理された環境を作るにあだっての大きな 障害のひとつに、「コミュニケーションのまずさ」が ある。  あなたの人生は、あなたの持っている基準が作り上 げたものだ。曖昧なコミュニケーションをしようと思 うなら、人間関係もまさに曖昧になるだろう。  でも明らかに、これには大きな代償が伴う。それよ りももっと良いアプローチは、あなたの人生にいてく れる人たちに敬意を払い、あなた自身のワーキングメ モリにも敬意を払うことだ。  「他の人が必要とする情報」を手に入れたときは、 正直かつすぐに伝える習慣を身につけよう。連絡する のにまだ数日待っても大丈夫だとしても、先送りにし てはいけない。  今すぐあなたの頭から出して、その情報に対処する 時間を相手にあげよう。 取り除くのは「概していいこと」   「何かを取り除く」という行為は、勢いをつけて前 進するための一番の近道だ。今の環境から脱却するに は、あなたを今の環境にとどめている「過剰な荷物」 を降ろさなければいけない。  それには少しの努力が必要だ。しかしそこから得ら れるものは、その努力をはるかに上回る。人生から取 り除くべきものには主に、こうしたものが含まれる。 ・物理的なもの ・集中力を妨げるもの ・魅力的ではあるけれど究極的には良くない決断 ・筋が通っていない人 ・そもそもするべきでなかった約束 ・ワーキングメモリを占有する情報  章 最初から「悪い選択」が 7ないようにする     環境に自分を「設定」し直してもらう  自宅の台所で、ナイフやフォークをいっもの引き出 しから別の引き出しに入れ替えたら、今までしまって いた引き出しについ手を伸ばしてしまう癖が直るまで に、一体どのくらいかかるだろう?  行動をすぐに変えられる簡単な方法として、何かの 選択肢の「初期設定」を変えるというやり方がある。  人は多くの場合、最初に与えられた選択肢を選ぶも のだ。ゆえに多くの環境において、無意識の行動をト リガーする初期設定のほとんどは、最適な選択肢とは 言い難い。  そうして人は知らず知らずのうちに、平凡なレベル でしか能力を発揮していない場合が多い。これは単に、 環境がそのような設定になっているからだ。 突然、両面印刷設定にして出た文句は 「O」  米ラトガース大学では、学内のパソコンルームであ まりにも紙が無駄遣いされすぎていたため、プリン ターの初期設定を「両面印刷」にした。  この小さな行為のおかげで、前期だけで739万 1065枚の紙が節約できた。1年で換算すると、だ いたい1280本の木を守れたことになる。  片面だけに印刷したい学生は手動で設定しなければ ならなくなったが、大抵の大は印刷の仕方をとくに気 にはしていなかった。初期設定を変えたことで、ずっ と簡単に紙を節約できるようになった。  あなたの行動の初期設定はどうなっているだろう か?  最近では、注意散漫になる行動が、ほとんどの人の 初期設定になっている。I囗の終わりに、ポテトチッ プスを手にしてテレビをつける。もしテレビとポテト チップスがなかったら、あなたなら何をしただろう か? 妻と私は、生活から「コマーシャル」をなくし た(平均的なアメリカ人は、人生のうち4年間をコ マーシャルを見て過ごす)。民放テレビ局を観るのを やめ、ストリーミング端末を使ってテレビを観るよう にしたのだ。  初期設定になっている行動で難しいのは、その行動 がしっかりと体に染みついており、外の環境によって 引き起こされているという点だ。逆にいえば、環境が 行動を剌激しているため、壊す必要があるのは行動で はなく環境のほうだ。  「いい檻」に入ったら「いいネズミ」 になる  1970年代、カナダ人心理学者のブルース・K・ アレクサンダー博士は、依存症への理解を深めようと ネズミを使って研究していた。  小さな檻にネズミをI匹入れて、いくつかの実験を 行った。檻の中には、水が入ったボトルを2本入れる。 1本は通常の水、もう1本はヘロインまたはコカイン を加えた水だ。  ほぼ100%、ネズミは麻薬が入った水に夢中にな り、死ぬまでその水を飲み続けた。  アレクサンダー博士は、なぜこんなことが起こるの か考えた。そして1978年、博士はさらに実験を行 う。このときの実験はその後、薬物依存症患者の理解 に大革命をもたらすことになる。  サイモンーフレーザー大学から資金を受けた博士は、 通常の研究で使われるネズミ用の檻よりも広さ200 倍の床面積を誇る、イエネズミの巨大コロニーを同僚 とともに作り上げた。この「ネズミパーク」の実験は、 当時の大発見へとつながった。環境と依存症は、根本 的に関連があるとするものだ。  ネズミパーク内には、ネズミが楽しめる様々なもの が豊富に用意してあった。山ほどのチーズ、楽しいお もちや、走り同れるオープンスペース、探索が楽しめ るチューブ。そして何よりも大事なのが、「一緒に過 ごせるネズミがたくさんいた」という点だ。ネズミ パークにはまた、前の実験で使われたものと同じ、水 が入ったボトルが2本用意されていた。1本は通常の 水、もう1本は麻薬が入った水だ。  興味深いことに、このネズミパークでは、ネズミは 麻薬の水をほとんど飲まず、代わりに通常の水を好ん だ。他の個体と交流のない小さな檻に入れられたネズ ミのように、衝動的に麻薬の水を飲んだり、オーバー ドーズ(過剰摂取)になったりする個体は一切いな かったのだ。 ベトナムから「帰国」したら依存症が 治った  このネズミの調査は、人間に起こった。ある出来 事”に似ている。  ベトナム戦争のときに、米軍部隊の間で薬物依存症 が蔓延した。  米兵270万人のうち、20%近くが海外にいる間に ヘロイン中毒になった。この状況に対し、当時のリ チャードーニクソン大統領は、邪悪な麻薬と戦うため の専門組織「薬物乱用防止対策局」を新しく設立する と発表した。  防止とリ(ビリテーションに向けたプログラムを整 え終わると、ニクソン大統領は、麻薬依存症の軍人が 赴任先から帰国したら調査を行うよう指示した。  この仕事の責任を負った人物は、リー・ロビンズ博 士という高名な精神医学の研究者だった。命ぜられた 仕事を遂行できるよう、ロビンズ博士には下士官兵と 面会できる幅広い権限が与えられた。  ロビンズ博士はまず、ベトナムで兵士全員にテスト を行った。薬物に依存していると自己申請した兵士は 案の定、全体の20%近くに上った。依存症になってい る兵士は、ヘロインが体から抜けるまでベトナムに残 るよう指示された。その後、兵士たちがアメリカに帰 国して普段の生活に戻ると、その生活ぶりが観察され た。  しかし意外なことに、依存症患者たった兵士のうち、 帰国後に薬物依存がぶり返してしまったのは、わずか 5%たった。  この結果は、科学的に説明できなかった。当時の研 究によると、こうした兵士たちの脳はヘロインに依存 するようにできてしまい、衝動的にその状態へと逆戻 りする以外あり得なかった。  この結果に皆が憤慨し、調査の正当性に疑問を投げ かけた。薬物乱用防止対策局の運営をニクソン大統領 から任されていたジェロームージヤフイは、ロビンズ 博士についてこう述べた。   「彼女が何かしら嘘をついているか、何か間違えた か、もしくは政治的な力がかかっているかだと誰もが 思った。博士は何か月も、もしかしたら何年も、自分 の調査の正当性を主張し続けた」  ベトナムで依存症になっていたからといって、アメ リカでも依存症になるとは隕らないのだ。  「喫煙所」を見るだけで吸いたくなる  当時、兵士たちの行動は誰にも理解できなかったが、 ロビンズ博士がこのときに発見したことは45年経った 今、広く受け入れられている。  人はほとんどの場合、環境から出された合図を無意 識に受け取って行動している。たとえそれが、関わり たくないと思うほど嫌悪している行動であっても、だ。  たとえば、デューク大学の心理学者デイヴイツドー ニール博士は、こう話す。   「喫煙者にとって、自分の職場が入っている建物の 入り口(自分がいつもたばこを吸っている場所)の景 色は、『その行為をせよ』と心に訴えかける強力な合 図になる」  合図を受け取るサイクルを繰り返せば繰り返すほど、 合図は浸み込んでいき、なかなか抵抗できないものに なる。しかし、喫煙者の駐車場所と建物へ入る場所の 初期設定を変えることで、喫煙者が受けるこのトリ ガーを取り去ることができる可能性はある。  ウェンディーウッド博士は、環境にあるトリガーが なぜそこまで強力なのかについて、重要な理由を説明 している。「私たちは、環境から影響を受けていると は感じないものだ。しかし実際のところ、環境としっ かり一体になっている」  ニール博士とウッド博士によると、依存症などの好 ましくない行動を変える一番良い方法は、「自分の環 境をぶち壊すこと」とのことだ。たとえば、真夜中に 衝動的に何かを食べたくなったら、利き手ではないほ うの手で食べる。たとえそれがどんな小さなことであ れ、変化を作るのだ。  そうすることで、一連の行動を変えることができる うえに、自分の行動の原動力となっている、すでに学 習してしまった体の反応をも変えることができる。こ れにより意識を再びその瞬間に引き戻すことができ、 今まさに下そうとしている決断について、自分が本当 に望んでいることなのだろうか、と考える時間を脳の 前頭葉に与えることができるのだ。  ウッド博士はこう説明する。「これは、。本当に自分 はこれがしたいのか冫jと考えられる、ほんの一瞬の チャンスだ」  以上を踏まえると、ベトナム帰還兵が依存症に戻っ てしまった割合がなぜあれほど柢かったのかを説明す る一番有力な説は、ベトナムで身体的な依存症の治療 を受けたあと帰国した場所が、ヘロイン依存になって いた場所とはまったく異なる環境だったから、という ものだ。  依存症もまた、環境の影響を受ける。特定の状況に おいては依存症が初期設定になっていても、別の状況 においては、依存症が選択肢にさえもならないのだ。  たとえば喫煙者は、何かのアクティビティに夢中に なっていたり、何らかの状況にいたりするときは、た ばこを吸わずに何時間も過ごせるものだ。喫煙者のほ とんどは、飛行機に乗っているときはたばこを吸いた いとは思わないと認めている。その状況では、喫煙は 単に選択肢に上らないのだ。その結果、吸いたいとい う思いは続かず、気持ちは別のことに集中する。  「有害なデフォルト」を変える原則   −テクノロジー、食、仕事、ポ   レノ:::   ノ  あなたは今、「依存症になるのが当たり前」という 文化の中で暮らしている。あなたがいる環境はトリ ガーに次ぐトリガーで縊れているため、環境を自分で コントロールしない限り、めちゃくちゃな人生が初期 の設定になってしまうと心得てほしい。  ほとんどの人にとっての初期設定は、「流されなが ら受動的に生きるもの」になっている。テキストメッ セージやメール、その他様々な通知に反応する生き方 だ。  今の環境は、要求が多く、極端になりすぎ、プライ バシーに深く入り込み、これ以上無視できないものに なってしまった。  私たちは誰もが中毒になり、依存し、ぼろぼろだ。 これまでにないほど自由と繁栄が手に入りやすい状態 であるにもかかわらず、同時にこれまでにないほどそ うしたものに手が届かない状況になっている。経営思 想家のピーター・ドラッカーの言葉を借りるなら、こ うだ。「数百年後、今の時代の歴史が長期的な視点か ら書かれるとき、歴史家がもっとも重要視する出来事 は、テクノロジーでもインターネットでも電子商取引 でもないだろう。人類の環境が過去にないほど変化を 遂げたという点だ。文字どおり初めて、かなりの数の 人が選択肢を手にし、その人数は今も急増し続けてい る。これまでで初めて、人は自分で自分を管理しなけ ればならなくなった。そして社会は、こうしたことに 対応する準備がまったくできていない」  環境を一番大事なものと位置づけない自己啓発の戦 略は、誤っている。もしかしたら、今のように指先で すべてができてしまう時代でなければ、うまくいった かもしれない。しかし今、誘惑はあまりにも強力で、 ドーパミンヘの依存はあまりにも根強い。  悲しいことだが、これからの世代のほとんどは、人 生に本格的に乗り出す前に失敗するようにできてし まっているかのようだ。これほどまでに魅力的で、脳 内の報酬系が喜ぶ「刺激物」に自分を試された世代は、 いまだかつてなかった。  これからの世代は、自分の環境を形作るという点に かなり慎重になって取り組まない限り、希望などほと んどないに等しい。  私たちの文化にある初期設定の中でも、もっとも蔓 延していて依存しやすいのは、「テクノロジー」「仕 事」「食べ物」「麻薬」「ポルノ」「人」に関するものだ。  自分の環境に存在するトリガーのうち、無意識に依 存症のような行動を取らせるものは、途絶しなければ いけない。そして、他の人だちとの関係の質と密度を 深める必要がある。私たちの文化は、お互いからます ます切り離されるように形作られつつあるI依存症 が感染病のように広がりやすい土壌ができているのだ。  しかし、深遠で意義深い人間関係を築いていれば、 不健全な依存症にはまる可能性はずっと柢くなる。  これから説明するのは、自分の環境にある「有害な 初期設定」を打開するための4つの原則だ。 原則1‥「ガジェット」と距離をとる   −1日85回以上スマホを見る(   メこ    I  ほとんどの人は、テクノロジーを動かすのではなく、 テクノロジーに動かされてしまっている。目覚めて数 秒のうちに、テクノロジーという名の主があなたを奴 隷にしてしまうのだ。そして仕事をしている間ずっと、 メールやソーシャルメディア、または好奇心をそそる ウェブサイトに触れて新たなドーパミンの刺激を受け ない限り、あなたは数分も集中していられなくなる。  ある研究によると、平均的な人はスマートフォンを 1日に「85回以上」チェックし、ウェブサイトやアプ リで「5時間以上」を費やしている。  おもしろいことに、人が携帯電話をチェックする回 数は、自分が思っている回数の倍以上に達するという。 たとえば、あなたは車の運転中、信号待ちで携帯電話 をチェックしなかったのはいつだっただろうか? 携 帯電話は車の収納ボックスにしまっておこう。  あなたがもしスマートフォンなどを使って何時間も 無意識に過ごしているのなら、どうして仕事や人間関 係にきちんと向き合えるだろうか?  スマートフォンを不健康に使うことで起こる弊害に は、たとえばこんなものがある。 ・うっ、心配性……「日常生活への支障」の増加 ・「睡眠の質」の低下 ・「心理的・情緒的な健康」の悪化 ・「ストレス」の増加 ・学生の場合は「成績」の低下 親は良くも悪くも「見本」になる  ある研究によると、親がスマートフォンの使い方に っいてきちんと考えて配慮している場合、その子ども もテクノロジーとの健全な関係を築ける可能性がずっ と高くなるという。  反対に、もし親が受動的かつ衝動的にスマートフォ ンを使うのであれば、その子どもたちが違う使い方を するなどと、どうして期待できるだろうか?  多くにいえることだが、親は子どもに何をすべきか 命令するわりに、自分自身ではなかなかそれを実行で きない。  子どもが何かを学ぶときに使う最初のテクニックは、 「観察」と「物まね」だ。瓶の中で訓練されたノミが 次の世代では見えないバリアに閉じ込められてしまっ たように、子どもにとっては親の行動が基準となる。  「スクリーン」から離れて眠る  他の調査でも、「就寝前I、2時間以内のノートパ ソコンや携帯電話の使用」には、悪影響があることが わかっている。具体的には、就寝1、2時間前に画面 を見るのをやめた人は睡眠の質が非常によく、睡眠障 害も少なかった。  この調査を行った研究者は、シンプルにこのように 結論づけた。「健全な心と体のためには、寝る前のデ バイスの使用を制限するべきだ」  1週間に1日はリカバリーする日を設けよう。あな たが信仰する宗教がなんであれ、このリカバリーの日 を「安息日」と考えるのだ。あなた自身が休息する日 だ。  この休息日を活用できれば、そこからのI週間は確 実に集中でき、効果的に過ごせるだろう。仕事の後に 毎晩、デジタル断ちすべきであるのと同じように、週 にI同は、体からは食べ物を、脳からはテクノロジー を、完全になくしてあげるべきだ。  テクノロジーヘの介入はまず、毎週の「デジタル断 食」から始めよう。この断食は、24時間、スマート フォンをチェックせず、インターネットも使わないで 過ごす取り組みだ。  デジタル断ちの目的は、自分自身そして大切な人と 改めてつながり直すことだ。  テクノロジーから離れたことがないのなら、将来、 精神的・身体的に蝕まれてしまうだろう。そんなふう に思えないかもしれないが、テクノロジーは確実に体 にストレスをかけている。  この継続的なストレスが、あなたの体をサバイバル モードにし、脂肪を燃やすのではなく溜め込むように してしまう。スマートフォン中毒は太るのだ。精神的 にも肉体的にも健康でいたいなら、自分に休みをあげ よう。リセットして休息する必要がある。 原則2‥仕事から「完全に離れる」 時間が必要−絶対に  常につながり合っている私たちの文化では、ワー クーライフーバランスはもはや「過去の贅沢」となっ た。  1930年代、経済学者たちはテクノロジーがいか に就労時間を短縮させるかに驚嘆し、自分たちの孫の 世代(つまり私たち)は「週にわずか20時間程度しか 働かなくなるだろう」と予測した。仕事の大半をこな す技術やロボットが開発され、私たちは楽しく有意義 に過ごす自由な時間をもっと手にするだろうと学者た ちは考えたのだ。  しかしそうはなっていない。  実際の私たちは、かつてないほど長い時間を仕事に 費やしている。そして仕事をしていないときでも、常 にネットでつなかった状態にある。   「いついかなるときでも連絡が取れる」というのが、 私たち(とりわけミレニアル世代)の初期設定になっ ている。これは立派なことでもないし、効果的でもな い。  産業保健心理学の分野ではかなりたくさんの研究が 行われており、「集中して効果的に仕事をこなすには、 心理的に仕事と自分を切り離す方法を学ぶ必要があ る」という結果が出ている。  本当の意味で心理的に分離するには、仕事をしてい ない間は仕事に関連した活動や考えを一切しないこと だ。つまり、体だけ仕事から切り離すのではなく、精 神的・感情的にも切り離すということだ。  研究によると、心理的に仕事から離れられると、次 のことを経験するという。 ・「仕事からの疲れ」が減る。物事を「後回し」にし  なくなる ・仕事でもつと「集中」できるようになる。つまり、  活力、献身、熱中(すなわち「フロー」)といえる  状態になる ・生活の質に直接関係する「ワークーライフーバラン  ス」が向上する ・「結婚生活への満足度」が向上する ・「精神的な健康度」が高まる 仕事しすぎて「仕事できない人」になる  仕事からきちんと離れないと、うつになる可能性が ずっと高くなり、人間関係は損なわれ、健康も害して しまう。あなたは、すべてがつなかった「システム」 なのだ。  もし激しくバランスを崩し、休息が取れていないな ら、一体どうして健康的で活力に満ち、今に集中でき るというのだろうか?  人はテクノロジーなどで常時つながっているため、 かすかなストレスを常に受け続ける。このストレスは 無意識で受けているものだが、それでも心と体を老け させる。  きちんと休息もリセットもしていないことで弱くな り、それと戦うために、人は刺激物に依存して、なん とか前へと進む。なんとも皮肉な話だ。  仕事を心理的に切り離す唯一の方法は、「初期設定」 を変えることだ。自分の仕事環境を打ち壊す必要があ る。  仕事やテクノロジーに健全な制限を設けると同時に、 同僚に対しては、「今後はI囗のうちに特定の時間は 返事ができないようになる」と伝えたほうがいいかも しれない。同僚は怒るよりむしろ、自分を大切にする あなたを尊重してくれるだろう。 デバイスを「機内モード」にする  それから、仕事を心理的に自分から切り離すための ル圭アインが必要となる。もしくはどうせなら、「儀 式化」してしまうことだ。  オンモードたった心のスイッチを、パチンとオフ モードに切り替える。こうすることで、家に帰り、大 切な家族のために心も体もそこにいてあげられるよう になる。  この儀式は1分、長くても2分程度としよう。たと えばその日(もしくはその週)の仕事を終えて帰宅す る前に、翌日または翌週の最優先事項を書き出す。考 えを書き出したら、いつまでもそのことを考えたり、 覚えておくよう努力したりする必要がなくなる。書き 出して自分の頭の外にある環境に任せたからだ。  仕事から離れる前に、もし誰かに連絡をしておく必 要があればしておこう。そして最後に、携帯電話を 「機内モード」にする。これが、強制的に行動させる 強力な「強制機能」となり、フローの状態をトリガー してくれる。  携帯電話に関しては、機内モードにするだけでなく、 職場に置いていくか、かばんにしまっておけばベター だ。これが付加的な強制機能となり、「機内モードを オフにしてちょっとだけチェックしよう」などと惑わ されないようになる。  とにかく、自分を高いレベルに維持しよう。プライ ベートもしっかりと充実できるように、仕事から自分 を切り離そう。仕事、そしてあなたを必要とする人た ちは、あなたが明日仕事に戻ったときもきっとそこに いてくれるだろう。  本書を書いているとき、私はたびたびノートパソコ ンを自宅に持ち帰らずに、仕事場に置いてきた。こう することで、ときどき無意識に「ノートパソコン」を チェックしてしまうようなことができない状態にした のだ。  ノートパソコンが家にあると、誘惑が大きすぎる。 これもまた、今のうちにひとつ決断を下しておいて、 将来の決断を下しやすくするか、そもそも決断自体を 不要にすることを目指したものだ。  今決断を下しておけば、その後は二度と考えずにす む。フローをトリガーし、自然かつ当然な結果として 最高の価値観に沿って生きられる、そんな状況を作ろ  「翌朝」まで音信不通になる  仕事先から帰宅する際には、家族と一緒に過ごすた めの準備として、肩の力を抜くべく音楽を聴いたり、 勉強しているものの教材を聞いたりするのもいい。自 分と仕事の間に境界線を作れないのなら、本当の意味 で効果的な仕事はできないだろう。  仕事で集中モードになっているときは、深刻な緊急 事態でもない限り、「まったく連絡がつかない状態」 になっているべきだ。それと同じように、自宅で大切 な家族と一緒にいるときは、家族以外の外の世界(た とえば仕事先など)からは、まったく連絡がつかない 状態にするべきだ。  仕事に関していえば、「緊急事態」といっても、ほ とんどの場合は本当のところ緊急の事態ではない。ど んなことでも大抵は、翌朝まで待てるものだ。  身体的にも精神的にも連絡がつかない状態になれば、 これまでとは比べ物にならないくらい、その瞬間に集 中した生き方ができるようになる。大切な家族と一緒 に過ごす時間に集中することで、深い満足感を得られ るだろう。  他の人たちに意識を集中するようになるため、あな たの愛情や好意を、相手はもっとしっかりと感じてく れるようになる。相手にとってはまったく初めての感 覚か、もしくは随分と長いこと味わっていなかった感 覚になるだろう。  前出のダンーサリヴアンの言葉を借りるなら、こう だ。「自分がいるのがどこであれ、必ずそこにいるよ うにしなさい」 原則3‥「奴隷」をやめる   I「コーヒー」すら隷属の結果   かもしれない  たとえばカフェインのように、依存性のある薬物や 食べ物に対するあなたの初期設定は何だろうか? ほ とんどの人と同じように、あなたも朝のコーヒーなし には頭が働かないかもしれない。  カフェイン自体は、悪いものではない。問題は、 人々がカフェインを初期設定とし、依存してしまって いることだ。「朝、I杯のコーヒー」が初期設定であ る必要はまったくない。カフェインなしでも、きちん と日常生活を送れるはずだ。  私かここで伝えたいのは、カフェインなど依存性の あるものは、衝動ではなくきちんと意識して使用すべ きだということだ。基本的なルールとして、何か行動 するときは、衝動によるべきではない。  何かをできるからといって、必ずしもそれをする必 要があるわけではない。もしするのであれば、せずに いられないからするのではなく、あなた自身がしたい からするべきだ。 では、「1日MAXに集中」するには?  研究によると、人がカフェインを摂るのは、1日8 時間の労働が大きな理由のひとつとなっている。時代 遅れの文化的な初期設定のせいで、人はカフェインに 依存してしまっているのだ。  朝9時から夕方5時までの勤務時間というのは、心 理的にも身体的にも理想的ではない。ほとんどの人が 体ではなく頭を使って働く今の時代ならなおさらだ。  頭脳を使う仕事は、体を使う労働よりもずっと負担 が大きい。私たちの脳は重さわずかIキロちょっとだ が、体の干不ルギーの20%以上を吸い取っている。  精神的に本当に集中できるのは、1日のうちに41 5時間。効果的に働くなら、1時間半12時間の集中 時間と、その後はどこか違う環境χ一一一I一一一分間の回復 時間を過ごす、という「集中的訓練」の形を取るべき だ。  カフェイン、テクノロジー、またはその他の何かし らを使うのであれば、衝動や依存からではなく、直感 と本能に従おう。それには、自分の環境がどんな状態 であるかを常に気にしている必要がある。というのも、 ほとんどの環境(仕事への文化的な価値観を含む)は 今や、中毒や依存を引き起こすように作られているか らだ。 原則4‥結局、人間関係−一番も のをいうのはここ  依存症の反対は「つながり」だ。依存症とは実のと ころ、人との健全なつながりの欠如が顕在化したもの で、孤立と孤独の産物であり、さらなる孤独を生む悪 循環を作り出す。  依存症のセラピストであるクレイグーナッケンは、 依存症状を抱えている人の心理をこう表現する。   「依存症を抱えている人の人生には、常に依存症に 関連したものが縊れている。その大は、大との親密な 関係を恐れるようになってしまい、そこにつながりそ うなものを避けるようになる。依存症患者はしばしば、 自分の問題を人のせいにする。大は自分をわかってく れないと思い込み、大を避けるようになる。しかし孤 立と孤独のせいで、大と感情的にはつながりたいと心 の奥で強く願うようになる。依存症患者はひとりにな りたがるものの、心の奥底にある自我の部分では、ひ とりになるのをとんでもなく恐れているのだ」  TEDトーク「依存症−間違いだらけの常識」の 中で、ジョナサンーハリは依存症から脱出するには人 間と深くつながることだと説明する。自分の行動は、 自分だけでなく他の人にとっても大切なのだと信じる 必要があるのだ。  ハリはTEDトークの中で、次のように話す。   「みなさんがTEDに来るチケットを買うお金があ るということは、今後半年間、ウォッカを買って飲み 続けるお金もあるということです。でもそんなこと、 しませんよね。そしてそれをしない理由は、誰かに止 められているからではありません。あなたが一緒にい たいと思う人との、絆やつながりがあるからです。あ なたには大好きな仕事や愛する人、そして健全な人間 関係があります。依存症の核の部分にあるものはつま り、『二般的に思われるような』人生に耐えられな い』という思いではないのです」  意義深い人間関係がないとき、その空洞を他の何か で埋めようと必死に探し求めるのだ。 友人の数が「半減」した  私たちの文化は、これまでにないほど依存症になり やすくなっており、そして依存症を受け入れてもいる。  環境問題専門家のビルーマッキベンは著書 『Eaarth : Making a 』ife on a Tough New Planet J(『厳し い新惑星で生きる』、未邦訳)の中で、こう書いてい る。「私たちは、隣人がいない生活スタイルを発達さ せてきた。アメリカ人は50年前と比べ、家族や友達と 一緒に食事をする機会が平均で半減している。親しい 友人の数も平均で半減している」  インターネットにより密接につながっているにもか かわらず、人はこれまでにないほど孤独になっている のだ。  その孤独な環境の中で、依存症を誘発する合図はこ れまでにないほど強力なものになっている。そのため、 人は破滅的なサイクルにはまり、ドーパミンのレベル をいつもの状態に戻す方法を常に探し続けるのだ。  不幸なことに、快楽を追い続けたことが原因で自信 を失ってしまったとき、助けを求めて、社会的支援を 受けるというのはなかなかできない。おそらく、「人 に助けを求めるよりもまず、自分をなんとかしないと いけない」などと独り合点するのだろう。結局のとこ ろ、今の自分と人間関係を築きたい人なんているわけ がないのだ、と。  その結果、自分を助けてくれるであろう人だちとは ずっと離れたまま、依存症から抜け出そうと意志力を 使ってがんばろうとすることになる。 ここでも「意志力」が足を引っ張る  古い映画で「砂地獄」が描かれることがある。ヒロ インの女性が砂に飲み込まれ、それを助けようと主人 公が勇敢にも砂の中に飛び込むIというものだが、 この描写は正しくない。本当の砂地獄は、人を引きず り込み、飲み込んでしまうわけではないのだ。  砂地獄にはまった人が死ぬ理由は、「脱水」だ。砂 地獄にはまって死んでしまう人は、孤独で、誰も助け 出してくれる人がいないから死ぬのだ。  自力で脱出しようともがけばもがくほど、その動き の一つひとつが、さらに砂の深みへと体を送り込んで いく。そしてついには、頭しか出ていない状態になっ てしまう。つまり、意識を高く持って意志力でなんと かしようとしたところで、さらなる深みへはまってし まうだけなのだ。  意志力など意味がない。そして自分の力だけでがん ばるのも、意味がないのだ。  「従順」になる場所があると強い  砂地獄から引き出してもらうためには他の誰かの助 けが必要であるように、依存症から抜け出したければ、 社会的支援(外的環境の変化も含めて)が必要だ。そ れはたとえ「ソーシャルメデイア」や「カフェイン」 といった一見無害な依存でも同じだ。歯を食いしばっ て自力でなんとかがんばろうとすると、さらなる深み へとのめり込んでいくだけだろう。  私の友人は最近、リ(ビリテーションの施設に半年 間入所した。自分のふるさとには思い出や何らかの卜 リガーがあるため、意図的に。遠い環境”を選んだ。 友人はすぐに、新しい環境が、自分の闇の部分、つま り何年もずっと押さえつけてきた内なる悪魔と対峙す るのにぴったりであることに気づいた。  リハビリに入っだ最初のI〜2か月は、グループと 距離を置くような行動を取っていた。しかしそのうち に、依存症から抜け出す唯一の方法は、「おとなしく 従うこと」だと友人は悟った。弱さは絶対に必要だし、 つながりが鍵となる。私の友人のように傷ついている のならなおさら、恐怖を感じるだろう。  すべての依存症患者、そして実のところ人生で永続 的な癒しと変化を求めているすべての人は、私の友人 がそうしたように、最終的には苦い現実と向き合う必 要がある。依存症は、意志力では克服などできない。 人生を自力で変えることなど無理なのだ。  他の人が必要だし、他の人を信頼できるようになら なくてはいけない。変化を起こすには他者との協力が 絶対不可欠であり、そして協力とは「2人以上」で行 うものだ。  全体は、単なる個々の合計以上のものとなる。自分 自身の物語を自分で書こうとせず、自分の身を他の人 に完全に任せて、あなたは自分が信じるものに打ち込 もう。  心理学者でもあったヴィクトールーフランクルはこ う話す。   「人生の本当の意義とは、人間の中またはその精神 の中ではなく、世界で見つかるものだ。この構造的性 質を私は『人間存在の自己超越』と名付けた。他のこ とに仕えたり、他の人を愛したりして、自分自身を忘 れれば忘れるほど、その人はより人間らしくなり、自 己を実現していく。自己実現と呼ばれるものは、手に 入れられるような目標ではまったくない。その理由は 単に、それを手に入れようと努力すればするほど、見 失ってしまうものだからだ。言い換えれば、自己実現 は唯一、自己超越の副作用としてのみ可能なのだ」  「すばらしい人間」がいいわけではない  健全な人間関係を持つために、すばらしい人物であ る必要はない。ただ誠実で正直であればいいのだ。  相手にきちんと集中し、他の人たちを心から気に掛 ける。これをするには、携帯電話を体から長い時間離 しておくことが必要となる。  また、自分の価値観、信念、目標について正直でい なくてはいけない。自分は何者か、そして何者になり たいかについて他の人に正直になれないのなら、あな たの人間関係は希薄なものとなるだろう。もし正直に 気持ちを伝えられるのならば、人はきちんと理解して くれる。  人生において、他の大たち以上に大切なものなどな い。まったく何もないのだ。  あなたがいつか手にする影響力のあるすばらしい仕 事でさえも、他の人の大切さには勝らない。とりわけ、 配偶者、子ども、近しい家族、親しい友達−あなた にとってもっとも深い喜びや意義は、この大たちがも たらしてくれる可能性が高いし、そうあるべきだ。  こうした人間関係こそが、「最高の自分になって人 生で最善を尽くそう」と思わせる推進力になる。「も のすごいモチベーションをくれる大」となり得るのだ。  私の場合、妻と3人の子どもたちのために、自分の 人生と環境をこのように意図的に形作ってきた。私の 人生にとって第一の目標は、家族をきちんと養うこと であり、家族から誇りに思ってもらうことなのだ。  章 「サボタージュ」に O()反旗を翻す     「折れない心」はない。ならどうする?  休息に最適化された「強化された環境」において欠 かせないのは、意志力の必要性を外に任せること、つ まり「アウトソース」することだ。  とはいえ、すべての環境をコントロールすることな どできない。時には、自分の目標に反する行動を取る ようなトリガーに突き動かされることもあるだろう。  そんなとき、そうしたトリガーヘの対応は、意志力 に頼るのではなく自動でできるように設定しておく必 要がある。言い換えれば、「トリガーのためのトリ ガー」を作るということだ。  サボリたくなるようなトリガーがあったとき、まさ にそのトリガーをトリガーとして何かポジティブなこ とをするようにする……。  複雑すぎるだろうか? そんなことはない。これは 「実行意図」と呼ばれており、組織心理学やモチベー ション心理学ではよく研究されている考え方だ。  自分が自己破滅的な反応をしてしまうとわかってい るものを環境にアウトソースしてしまえば、あなたの 中の整合性が高まるため、休息とリカバリーのレベル もまた深まる。  もっとも根本的なレベルにおいて、「休息」とは心 と体を整えることであり、穏やかでありながらどっし りと自信に満ちた状態でいることに他ならない。自分 が目指す目標に反するような行動を常に取り続けてし まうようでは、揺るぎない自信を保つことは難しいだ ろう。  「条件の力」で乗り切る   Iどうしても「ポテチ」が食べ   たくなったら?  実行意図とは、自分が進路から外れてしまったとき に何をすべきかを事前に決めておくことであり、積極 的に対応できるように、「失敗に向けた計画を立てる」 ということでもある。  実行意図を適用するひとつの方法としては、「目標 に向けた努力をやめる条件」をあらかじめ決めておく ことだ。たとえば、ウルトラマラソンのランナーは、 自分がレースからドロップアウトするときのシナリオ をあらかじめ決めておく。「もし先がまったく見えな くなってしまったら、走るのをやめる」という具合だ。  あらかじめ条件を決めておかないと、早すぎるタイ ミンクで諦めてしまう可能性が高い。  米海軍の特殊部隊ネイビーシールズのスローガンは、 「もしつらくないのなら、やらない」というものだ。  とはいえ残念なことに、仕事であれスポーツであれ、 つらいという思いに心が執着してしまうと、やめてし まう可能性は急速に高まる。今取り組んでいるもの自 体を、まったく無謀なことのように思い始めてしまう のだ。何でもいいからドーパミンを得ようと、気を紛 らわしてくれるものを脳が探し始める。そして大抵は、 そこで心が折れてしまう。  だからこそ、実行意図をあらかじめ用意しておく必 要がある。方法としては、難しい状況になったときの ために、たとえば次のように「もし○○したら、 ×× する」という反応を決めておくのだ。 ・仕事中にメールをチェックしたくなったら、席を  立って「腕立て伏せ」を20回やる ・台所に行ってポテトチップスをつまみ食いしたく  なったら、「大きなグラス」で水を1杯飲む 子どもの成績・出席率・態度が良く なった  このように自動的に反応するやり方が効果を挙げる 大きな理山のひとつは、トリガーされた誘惑から意識 をそらしてくれるからだ。  わずか数秒でも気をそらすことができたら、多くの 場合、そのときに感じた欲求は消えてなくなる。さら に、「自分の計画に従って目標に合った生き方をして いる」という自信が高まる。この自信の高まりは、I 回のドーパミン放出よりもずっと長く続く。  子どもを対象に行われた実験によると、目標への障 害と、「もし○○したら、××する」という反応の両 方をイメージすることで、成績、出席率、授業での振 る舞いが改善されたという。  さらに、(当然といえば当然だが)これとは別の実 験では、実行意図により「時間管理」が一貫してそし て劇的に改善されるという結果が出ている。  なぜか? それは、「失敗したらどうするか」と計 画を立てることで、現実に向けて準備できるからだ。  完璧な状況などそうそうあるものではない。  もし物事がうまくいかなくなったときに、自分が何 をするかという計画があれば、その状況に流されて無 意識に行動することはないだろう。代わりに、自信を 持って自分の計画に沿った行動を続けられるはずだ。  「計画がある」ことがものすごく大事  別の調査では、実行意図を作ることで、目標に対す る考えがより明確になることがわかった。それがたと え失敗したときのための計画であれ、「計画を持って いる事実」がモチベーションになり、自分と目標の間 に立ちはだかる心のもやを取り去ってくれるのだ。  興味深いことに、こうして精神的にクリアになった おかげで、過去に経験したものと似た状況に遭遇した とき、それにもっと早く気づけるようになる。それと 同時に、自分の環境にあるご不ガティブな合図”に対 して反応してしまうのを最小隕にとどめられる。   「明晰な精神」「高いモチベーション」「コントロー ルできるという感覚」は、ネガティブなトリガーや誘 惑に対抗する、非常に効果的な組み合わせだ。  もちろん、完璧にこなすことが目標ではない。しか し自分にとって最高の価値観や意図に沿って生きるこ とに、もっと積極的になってもいいのではないだろう か? 目標にそぐわない環境の産物になることを甘ん じて受け入れる必要があるだろうか?   「最高の水準で進みたい」と本気で思うなら、最悪 の事態に向けた計画を立て、どう反応するかをしっか りと考えておく必要がある。  「いいトリガー」を自分で仕掛ける  実行意図を設定することで、「もし○○したら」の 部分と「××する」の部分が、心の中で強力につなが る。目指すところは、合図があつたら、自分が設定し た状況に対応する「××する」の反応が自動的に作動 することだ。  ネガティブなトリガーに対して習慣的に反応できる ようになるまで、自分が決めた「もし○○したら、× ×する」の反応を練習するといいだろう。誘惑に負け て、「次回からやる」などと言ってはいけない。初め のうちは、自分で決めたことをきちんとやるように、 自分を見張る必要がある。  事前に準備しておいた戦略は、合図があったらすぐ に、効率よく、そしてそれ以上何かを決めたり考えた りせずに作動させるべきだ。なので、何か非常にシン プルで簡単なものにしよう。  この「もし○○したら」の部分は、単なる道しるべ 以上のものだ。この部分は、におい、部屋、人物、曲 などといった外的な刺激で、これまで訓練してきた反 応を自動的に起こさせるトリガーだ。  私のいとこのジェシーは、10年以上にわたり1日数 箱吸うヘビースモーカーだったが、3年前に一切吸う のをやめた。  ものすごいストレスを感じて1本吸いたいと思うと きは必ず、ジェシーはこうつぶやく。「もし私かス モーカーだったら、こんなとき吸っていただろう」。 そして今までしていたことを続ける。  こんなふうに、「心の中で思い出すだけ」というほ どシンプルなものでも、効果的な実行意図になり得る。 このトリガーがジェシーに効く理由は、ジェシーに とって「自分はもうスモーカーではない」という非常 に重要な認識を想起させてくれるからだ。  そしてその強い思いのおかげで、ジェシーはたばこ を吸いたくなったその瞬間に、自動的に「自分はもう スモーカーではない」と言い聞かせるよう脳を訓練す ることができた。 ゲーム欲を「行動」で紛らわす  ビデオゲームに依存している私の弟トレバーは、プ レイしたくなるようなトリガーがあったときのために 効果的な戦略を用意してある。  プレイしたいと思わせるような誘惑があったり、気 持ちがどうしてもプレイしたくなってしまったりした その瞬間に、トレバーはジャーナルを取り出して自分 の感情を認めるI「今ゲームをプレイしたくなるよ うなトリガーがあった」と書き出すのだ。トレバーは そのあと少しの間、ストレッチをする。  この戦略がなかったら、トレバーの行動の初期設定 は、環境の中に存在する合図に無意識に反応してしま うものだっただろう。  トレバーにとっては不幸なことだが、彼が今いる環 境には、ビデオゲームに関連した合図が縊れている。 そのため弟は常にプレイするようトリガーされている。  しかしながら、弟は自分の自動的な反応を設定し直 し、依存をもっと何か有益なものに置き換えているた め、弟の環境とビデオゲームとの結びつきはどんどん 減ってきている。  実行意図が重要であるもうひとつの理由はここにあ る。依存は実際のところ、何か他のものに置き換えな い限り克服などできない。ぽっかりと空いた穴を埋め る必要があるのだ。  その穴を埋めるには、戦略的でなければいけない。 目標は「道程」とセットで書くと続く  目標を書き出したり、達成する様子を思い描いたり するのは非常に大切ではあるが、「目標達成までの過 程を書き出し、思い描く」のもまた非常に重要だ。  研究によると、過程を視覚化すること(目標への障 害と、それにどう対処するのかを含む)で、遂行能力 が上がり、不安が減ることがわかっている。  では試してみよう。紙とペンまたは鉛筆を用意して、 次のことをしてほしい。 ・自分にとって「一番の目標」を考える ・自分にとって「一番の目標」を書き出す ・到達までの「時間軸」を設定する。できれば短いほ  うがいい ・その目標を達成するまでに「出合う可能性のある障  害」をすべて考えてみる ・その「障害」を書き出す ・こうした障害一つひとつに、自分なりの「もし○○  したら、××する」を考えてみる ・考えられるすべての障害に対して、「もし○○した  ら、××する」を書き出す ・「こうなつたら絶対にやめる」という条件を書き出  す  最初に、様々な形の失敗を思い描き、次にそうした 状況一つひとつに対して、自分はどんな反応を自動的 にするかを決める。こうすることで、ずっと早い段階 から、実際に反応できるよう脳を訓練することができ る。  ただし、重要な注意事項がいくつかある。当然なが ら、目標にそこまで真剣に取り組んでいない場合は、 「もし○○したら、××する」の反応はそこまで効果 を発揮しない可能性が高い。また、自分の能力にあま り自信がない場合、どれだけ詳細に計画を立てたとこ ろで、おそらく成功しないだろう。  また別の研究では、「もし○○したら、××する」 の内容について、具体的なほうが漠然としたものより もずっと効果的であることがわかっている。たとえば、 「ジャンクフードが食べたくなったときは、××する」 というものよりも、「台所へ行ってクッキーが食べた くなったら、××する」とするほうが、ずっとうまく いく。  ビジュアライゼーションや目標設定と同じように、 失敗に向けた計画が具体的であればあるほど、うまく 行動に移せる。  そしておそらく、最終的な成功への道からも逸れず にいられるだろう。  「賢さ」は残念なことに関係ない  環境をデザインするうえで必要不可欠なのは、自分 のワーキングメモリや短期記憶を環境に任せる、つま リアウトソースすることだ。  自分の行動や選択肢をいちいち意識的に考えたくは ない。代わりに、自分が取りたいと思う行動を有機的 に育ててくれる環境を作るほうがいい。最高のあなた を引き出してくれる環境か、もしくは完全にリカバ リーしてリセットし、再び自分とつながれるようにし てくれる環境を作るといいだろう。  私自身、これまで多くの依存症患者と過ごしてきて 気づいたことがある。欲求がやってきたときの、生き るか死ぬかというひどく苦しい時間は、ほんの一瞬だ ということだ。そのわずかな瞬間を、気を紛らわせて やり過ごすことができれば、欲求は通常、消えていく。  また、依存症は「つながりの逆」であるため、その 欲求がきたときにすぐに電話をかけられる相手がいる と非常に良いだろう。  最悪なのは、自力でなんとかしようとすること。 「他人を頼らずに自立する」というやり方では、これ までうまくいかなかったはずだ。あなたの大好きな誰 かに頼ろう。絆とつながりが、きっとあなたを助けて くれる。  実行意図は、ほんの一瞬の状況だけでなく、もっと 長い間でも活用できる。  正直に言って、生きていると、どうにもうまくいか ずにやり直したいと思うときがあるものだ。そんなと きには、自動的に作動する「はっきりとした戦略」が 必要だ。  自動的に作動するものはすべて、環境にアウトソー スされているものだ。物事が自分の力ではどうしよう もなくなったときに、熟考したり、ジャーナルを付け たり、ハイキングしたり、ウォーキングしたり、ラン ニングしたり、もしくは単に考えごとをしたりするた めに行く「場所」を作るといい。  人生は、どこかのタイミングで手に負えなくなる。 あなたがどんなにきちんとしていて、賢明で、すばら しい人であろうが関係ない。時に物事がうまくいかな くなってしまい、何か大切なのかを見失い、自分と他 人とのつながりや自分自身そのものが見えなくなって しまうものだ。  とはいえ、これは決してネガティブなものではない。 こうしたことが起きたときに対処するためのシステム を用意しておけば、人生のポジティブな側面となり得 る。その手段こそが「実行意図」なのだ。  章 能力の底上げが nw‐y「不可避」な状況     「門限」が至るところにある  何らかのことに対して、その原因を状況ではなく自 分自身にあるとしたとき、それは心理学でいうところ の「根本的な帰属の誤り」をしていることになる。  ある人が特定の行動を取ったとき、その理由は外的 な要素にあるとはっきりしている場合でも、他の人だ ちは、行動の直接的な原因はその人物にあると考える ものであるIということは、1960年代以降、研 究によって幾度となく確認されている。  「熱烈な支持者だから票を投じた」と 見誤る   I投票者への思い込み  政治を例に見てみよう。誰かがある政党に投票した とき、「その人はそういう人なのだろう」とあなたは 思うのではないだろうか。その人にそう決断させた周 辺環境については、そこまで深く考えないだろう。  同様に、車を運転中に誰かが割り込んできたら、お そらくあなたはすぐに、相手のドライバーを向こう見 ずで思いやりのない人物だと思うだろう。病気の子ど もを迎えに行こうと急いで帰宅しているのかもしれな い、などとは考えもせずに。  だが今日、心理学者たちは、外的な要素がどれだけ 人の行動に影響するのか、敏感に気づくようになって きた。単に子どもの知性がどれだけテストの点数に影 響するのかを調べるだけではなく、たとえば「クラス の人数」「教師の質」「子どもの家庭環境」「家族の社 会経済的地位」「当日の天気」など、もっと大まかな 要素がどれほど子どものテストに影響するのかも最近 では調べるようになってきている。  本書ではこれまで、あなたの環境が人生のあらゆる 側面(目標、考え方、実行能力、成功するための能力 など)を形作るという点について説明してきた。成功 することがあなたの人生の目標であるなら、次にすべ き仕事は「どの環境が最高の結果を生み出すか」を見 極めることだ。  ということで本章では、「強化された環境」(あなた が高いレベルでパフォーマンスせざるを得なくなる場 所)における重要な要素について述べていく。こうし た環境に必ずつきものとなるのが、集中力と成長を作 り出す「ユースドレス」(快適なストレス)だ。  「普通の母親」が車を持ち上げた  1982年、トニー・キャバロという名の男性は、 1964年製のトラック型シボレー・インパラのサス ペンションを修理していた。ところが車を支えていた ジャッキが外れ、トニーはホイールハウス部分に挟ま れて身動きが取れなくなってしまった。  大きな音を聞きつけて慌てて外に出て来た母親のア ンジェラは、車の下敷きになって意識を失っているト ニーの姿を見つけた。アンジェラは大声で叫んで近所 の人たちに助けを求めた。しかしこの状況に突き動か された彼女は、重さ数トンの車を本能的に持ち上げて いた。駆けつけた近所の人たちはジャッキを戻し、ア ンジェラは息子を車の下から引きずり出すことができ た。  このシナリオの要素をひとつ変えてみよう。トニー は車の下敷きになって命の危機に瀕していたわけでは ないと想像してみよう。トニーはただ母親を呼んで、 車を持ち上げてほしいとお願いしたとしよう。母親が 車を持ち上げられる可能性はほぼないだろう。  「あの状況」が、母親の奥に眠るもっとパワフルな 一面を奮い起こさせたのだ。「あの環境」が、スー パーウーマンさながらの強さを引き出した。  1928年、北米プロアイスホッケー・リーグの王 者決定戦であるスタンレーカップ決勝戦での例を挙げ よう。  ニューヨークーレンジヤース対モントリオールーマ ルーンズの試合で、レンジヤースの先発ゴールキー パー、ローンーシャボーはパックで目を強打し、第2 ピリオドでの退場を余儀なくされた(ヘルメットの着 用は1979年まで義務ではなかった)。  レンジャースにとっては運が悪かったが、当時は控 えのゴールキーパーを用意しておくのは一般的ではな かった。試合規則によるとこのような場合、代理出場 には相手チームの監督の許可が必要だった。オタワー セネターズで活躍したゴールキーパーのスター選手、 アレックーコネルが偶然にも観客席で試合を観ていた のだが、マルーンズの監督、エデイージェラルドはコ ネルの代理出場を許さなかった。なんだかんだ言って もやはり、監督は勝ちたかったのだ。  必死になったレンジヤースの選手たちは、ゴール キーパーとして出場するよう監督のレスター・パト リックを説得した。  パトリック本人もかつて選手ではあったが、それで もゴールキーパーの経験はなかった。  しかし44歳にして初めてパトリックは、ゴールキー パーの防具を着け、スタンレーカップ史上最年長選手 としてプレイした。 素人監督と素人GKで大一番に勝利  観客席で観ていたメジャーリーグ所属のプロ野球 チーム、ピッツバーグーパイレーツで当時監督を務め ていたオディークレッグホーンが、パトリックに代わ り監督として残りの試合でチームの采配を振ることに なった。  成長の可能性を秘め、そしてチームがこれまでに経 験したことがないような新たなこの状況では、これま でとは異なる戦略が必要となった。新しいゲーム戦略 は、パックをパトリックに近づけないように、常にマ ルーンズのゴール寄りのリンク中央に集めるというも のだった。守備の戦略としては最善ではないものの、 リスクは避けたいがための戦術だった。驚いたことに、 パトリックはとびきりのプレイをし、わずか1本の ゴールを決められただけで19本のシュートを阻正した。  パトリックは、「ゴールキーパーなんてやったこと ないから無理だ」などとは言わなかった。必要に迫ら れて立ち上がったのだ。そしてレンジャースは、延長 の末その試合に勝利し、最終的にはスタンレーカップ 自体も勝ち取った。  アメリカ心理学会の元会長、マーティンーセリグマ ン博士によると、ペシミスト(悲観主義者)とオプ ティミスト(楽観主義者)には、心理学的にいくつか の違いがある。  もっとも顕著なのは、ペシミストはネガティブな出 来事について、それがあたかも永久に変わらないもの であるかのように考えるという点だ。その出来事がま さに問題そのものであり、打てる手など何もないと考 えるのだ。  反対にオプティミストは、ネガティブな出来事は 「一過性のもの」で、その場限りの状況だと考える傾 向にある。何かがうまくいかなかったとき、オプティ ミストは状況的な要素に焦点を絞り、将来的にその状 況をどう変えられるかという戦略を立てる。 これで「携帯電話」とさよならできる  自分の環境を効果的に最適化するには、「強制機能」 を使って構築することだ。  強制機能とは、自分が意図したとおりに行動を起こ して物事を実現できるように、文字どおり「強制的に 何らかの状況を自分に課すこと」だ。  たとえば、仕事から帰宅した際、携帯電話を意図的 に車の中に置いてくると、休息とリカバリーに向けて 「強化された環境」ができあがる。家族に集中して過 ごすような状況を作るのを、環境にアウトソースした のだ。「自分の手元から離れたところに携帯電話を置 く」という行為によって、自分が意図したとおりの行 動を強制的に取らされることになる。  シンプルな方法だ。電話は手元にない。そこになけ れば、使うことはできない。  強制機能は、利便性と簡潔さの両方を備えている。 自分がしたい行動を、「しなければいけない行動」へ と変化させるのだ。  これは、サボらないための防御手段となる。携帯電 話をポケットに入れたままで、「意味もなく携帯をい じらないように」と意志力に頼ったり、いじらないと 自分に嘘をついたりする代わりに、携帯電話という選 択肢を思い切ってなくしてしまうのだ。  まさにこれが、強制機能の定義だ。強制機能とは、 特定の失敗をしないように、制約を埋め込んでおくと いうことだ。  ワーキングメモリを解放する方法にもなるという点 でも、強制機能は優れている。  自分がすべきことでくよくよ悩んだり、自分の行動 を常に意識的に管理したりするよりも、自分がしたい 行動ができるように任せられる環境を作る。おかげで、 その瞬間に集中できるようになるし、大切な人たちに 全意識を向けられるようにもなる。  自分のことで常にいっぱいいっぱいになっていない ため、大切な人たちのニーズに気持ちを向けられるよ うになる。自分がいる状況にもっと注意を払えるよう になり、つまりは今の瞬間に何か必要か、もっと優れ た判断を下せるようになる。  つまり強制機能とは、ひとつ決意したことで、他の 決意すべてが簡単になるか、不要になることだ。  たとえば私は、自分のIPhoneからソーシャル メディアのアプリをすべて削除すると決意したため、 30分おきにツイッターをチェックするかどうかを考え ずに済むようになった。  悪い習慣がついてしまっているせいで、ときどき何 も考えずに携帯電話を取り出し、ツイッターをチェッ クしようとしてしまうのだが、アプリがないことに気 づく。そこで私は、「サボろうとする自分から自分を 守る」という賢い選択を以前したことを思い出すのだ。  「4時半にお迎え」の日は集中できる  私の好きな事例のひとっに、起業家のダンーマーテ ルの話がある。  マーテルは週数回、ノートパソコンを持ってコワー キングスペースかカフェヘ行く。その際、電源コード は意図的に自宅に置いていく。こうすることで、バッ テリーが持つ数時間で作業を終わらせなくてはいけな くなり、この数時間は懸命に働くというモチベーショ ンができる。  マーテルはまた、毎日夕方4時30分に保育園へ子ど もを迎えに行くと奥さんと約束している。仕事を夕方 4時に終えなければいけないとわかっているため、際 限ない時間を自分に与えていたときと比べ、午後は ずっと積極的に仕事をこなし、集中できるようになっ た。  マーテルはこう説明する。「本気ならば、思い切り 飛び込まなきやいけないときがある。飛び込む必要が あるから、ではなく、そうすることで、良い結果が出 る可能性が最大になるからだ。『優先順位を決める』 とか『斷るときは断る』ということではなく、自分が もっと生産的になるために適切な環境を整えるという ことだ」  このように戦略的に設計された強制機能は、あなた を強制的に「今」と「自分がしようとしていること」 に集中させるため、フローをトリガーする役割を果た す。  フローとは、ある活動に完全に没頭して夢中になっ ている精神状態であり、フローにいるときは、活力に 満ち、集中力が高まり、完全に打ち込んでいる状態に なる。フローは、集中力が半ば散漫になった状態(何 かタスクをしているとき、ほとんどの人はこの状態 だ)ではなく、完全にその瞬間に集中しているときに だけ起こる。その瞬間にしっかりと存在している状態 だ。  フロー状態のとき、あなたの環境と目標はひとつに なっている。このレベルでの意識では、時間の流れが ゆっくりになり、自分の状況を認知的にもっとコント ロールできるようになる。つまり、自分の環境に多く の「フロー・トリガー」を仕込めば仕込むほど、あな たはもっと今に集中できるようになり、パフォーマン スも向上するようになる。  「戦術」があるから確実に没頭できる  典型的な事務職の会社員に対する期待植は、一般的 に(大変な仕事だと感じるものの)非常に柢い。  仕事の指示は受けるが、これまでしたことがない何 かをするよう求められることは、めったにないものだ。 大きな責任を伴う役目を無理やり押し付けられたりす るわけでもない。毎日の進捗を記録して報告するよう 求められることもない。結果を出せなくても、大した 問題にはならないか、そもそも問題にすらならない。  そのため人は、デスクの上に携帯電話を出したまま、 インターネットブラウザのタブを複数開けて気が散る 状態にしたまま、仕事をしている。フローや深い集中 状態になることはほぼなく、仕事中はほとんど注意散 漫になっている。そしてひっきりなしに時計を見ては、 帰宅時間を心待ちにしている。  対照的に、「強化された環境」ではほとんどの人が 普段いる環境とはほぼ真逆になる。強化された環境に いる人は、しっかりとタスクに取り組み、その瞬間に 集中している。  このタイプの環境では、精神面でのフローが至って 当たり前に起こる。というのも、環境のルールがその ように作られているからだ。  要するに、強化された環境を作るには、その環境に 強制機能を組み込むことだ。もっとも強力な強制機能 には、次のようなものがある。 ・「多く」をつぎ込む(お金、時間、気持ち……) ・「社会的なプレッシャー」がある ・柢いパフォーマンスには「高い代償」を求める ・「逆境」が存在する ・「目新しさ」がある  これらの要素を多く組み込められるほど、環境は強 化される。  強制機能をいくつか自分の環境に仕込んだら、自然 とフロー状態になれるはずだ。その結果、あらゆるこ とを非常に高いレベルで遂行できるようになる。  「多く」をつぎ込むIお金、時間、 気持ち……  経済分野で、「サンクコストの呪縛」として知られ る原則がある。人は何かに投資して所有すると、それ を過大評価してしまうというものだ。そのため、明ら かに進むべきでない道を進み続けたり、やめるべきも のを追い続けたりする。  たとえば、ひどい恋人となかなか別れられずに付き 合い続ける人も少なくない。それはただ、。気持ちの 面”でかなりつぎ込んでしまったから、という理由だ。 もしくは、市場でまったくうまくいっていない事業に 資金をつぎ込み続けてしまう人もいるだろう。とにか くやめるのが一番賢い選択だ、ということも時にはあ る。  とはいえ、サンタコストは、必ずしも悪いものでは ない。実のところ、人間が持つこの傾向を、自分の利 益となるように活用することもできる。自分が決めた ことをやり遂げるために、パーソナルトレーナーに多 額をつぎ込む人もいる。あなたも、自分の目標に確実 に向かい続けるために、前もってお金をたくさん投じ ておくこともできるのだ。  2002年、健康志向の高まりを受け、ヶリー・ブ ラッドリーはマーヶティングーコーディネーターの仕 事をやめ、大学時代に考え出した「グラノーラのレシ ピを商品として売る夢」を追いかける決意をした。友 達と家族に対して市場テストを行い、ケリーは自分の 商品に自信を持った。彼女のグラノーラは、安い原料 でケチつだものではなく、ヘルシーな素材がふんだん に入っているうえ、添加物を使っていなかった。  しかし商品に自信があるだけでは十分ではなかった。 ケリーは、人生を変えてしまうほどの「投資」をする 必要があった。  貯金と時間をつぎ込んで、商業用のキッチンを借り た。そこで毎日、夜8時頃から午前2時頃までグラ ノーラを手作りし続けた。ビジネス面でパートナーを 見つけてその人と組むことにしたが、最初の2年間は 2人とも。無給”で働いた。地域のイベントで熱心に グラノーラを売って歩いていたケリーは6年後、その 熱意のおかげで、食品メーカーのケロッグーカンパ ニーに6000万ドルで会社を売却するに至った。  ある調査によると、自分の能力は可変性のものだと 捉える思考スタイル「成長型マインドセット」 (鵈OgEヨ{乱皿}の持ち主は、物事がうまくいかなく なった場合でも、貫き通せる可能性が高くなるという。 失敗の受け取り方が他の天とは異なるのだ。失敗をネ ガティブなものとしてではなく、フィードバック、つ まりそこから学べるものとして見る。  そのため、成長型マインドセットを持って、何かに 熱心に取り組み、多くをつぎ込んでいる天は、他の人 から見たらばかばかしいとか、リスクが好きなのだと 思われることが多い。あまりにもネガティブなフィー ドバックや失敗ばかりなら、理論的に考えたらやめた ほうがいいはずだ。  しかしそれでも、その人は前進を続ける。  それはリソースをつぎ込んでしまったことに加えて、 前進を続けなければいけないと心の中で感じているか らだ。  何度失敗しても構わない。他の人に何と思われよう が気にしない。成功するまで、もしくはもう無理だと 思うときまで、何度も挑戦する。  では、どうすればあなた自身、そしてあなたが持っ ているリソースを目標に向けてもっとつぎ込み、それ を強制機能にできるだろうか?  「公言」するI罰さえ効果的に  起業家で作家のティムーフェリスは、瞑想を習慣に しょうと何年も挑戦し続けていたが、ようやく日課に できた経緯を次のように説明する。  ティムが始めた瞑想法は、実践について必ず他の人 に報告するというものだった。これが社会的なプレッ シャーとなり、瞑想の習慣ができあがったのだ。  ティムはこう話す。「ある人に、次回会うときまで に2回瞑想すると伝えると、もししなかったら自分が ダメ人間のように感じてしまう」  シンプルに思えるが、この話には強力な学びが含ま れている。  フルマラソンを走りたい場合、この戦略を使ってあ なたならどう取り組むかを考えてみよう。レース本番 の数か月前に申し込んで、事前に投資することから始 めるだろう。その後、レースに申し込んだと周囲に ソーシャルメディアで公言する。  心理学のある調査でも、何かに取り組む際に公言す ると、自分が言ったことを守らなければという社会的 なプレッシャーを感じるという結果が出ている。  それから、あなたが申し込んだ大会で一緒に走ると いう人も複数出てくるだろう。自分が弱気になったと きには、強気な人が近くに必要だ。そのため、ランニ ングパートナーを少なくともひとり(多いほうがい い)見つけよう。  さらに、自分の進捗状況を記録して他の人に報告す る。ご褒美や罰ゲームなどのある競争にしてもいいだ ろう。たとえば、ランニングの練習をI同休んだら、 ランニング仲間をちょっとした食事に連れ出さなけれ ばいけない、などだ。  プロジェクトを迅速に終わらせたいなら、必要なの はただ、上司(もしくは誰であれ自分が報告する必要 のある相手)に、「いついつまでに終わらせる」と伝 えることだ。この日までなら余裕でできる、と感じる よりもずっと早い日付にしよう。  もちろん、遅くまで働かなくてはならない夜も数回 あるかもしれない。しかしここでも、あなたを突き動 かしているのは意志力ではない。ゴールに到達せざる を得ないよう、自分が意図的に作り上げた「外からの プレッシャー」だ。  あなたが今持っている目標やプロジェクトに対して、 どんな社会的なプレッシャーを作れるだろうか?  「リスク無し」だと人はなまけ放題  勇気は、発展させることができる。しかしあらゆる リスク、あらゆる困難、あらゆる危険を排除した環境 では、勇気を育てることはできない。自分のパフォー マンスで報酬が決まる環境で働くのは、かなりの勇気 が必要だ。ゆえに、もっとも裕福な人たちは、勇敢な 人たちだ。その証拠は何か? アメリカの富裕層はほ とんどが、事業のオーナーか歩合制で働いている会社 員だからだ。 −トーマスースタンリー博士(アメリカのビジネス                      理論家)  アイスクリームを食べたその瞬間に太るのなら、あ なたはアイスクリームを絶対食べないだろう。たばこ を吸ったらすぐに肺がんになるのなら、たばこなど間 違いなく吸わないはずだ。フェイスブックのニュース フィートをスクロールした途端に夢が破れてしまうの なら、息抜きでフェイスブックなどおそらく見ないだ ろう。配偶者のことを悪く考えたと同時に結婚生活が 破綻してしまうのなら、自分の考えを変える方法をな んとか見つけようとするだろう。  とはいえ、高いレベルで行動していると、自分の振 る舞いがもたらす結果はもっとすぐに表れる。  たとえば、もし競泳のマイケルーフェルプス選手が たばこを吸うようになり、食事もいい加減になったら、 彼のパフォーマンスはすぐに落ちるだろう。理由は簡 単だ。フェルプス選手は非常に高いレベルで行動して いるからだ。  もっというと、このレベルで失敗すると、その代償 は大きなものとなる。もし彼が練習で楽をしたリト レーニングを1日サボつたりした場合、その違いは 「金メダル」と「入賞さえできない」ほどの差になる だろう。  フェルプス選手と違って平凡なレベルで日々行動し ていると、甘さがあるので、人は平気で間違ったり近 道をしたりしてしまう。来る日も来る日も薄氷を踏む ようなことは求められないため、あえてそんなことを する必要はないと思ってしまうのだ。  自分にとって可能な限り高いレベルでパフォーマン スするには、毎日、毎時間、そして毎分ごとのパ フォーマンスでさえ、何かしらの意味を持ち、代償が 伴うものにしなければいけない。  そこで、失敗したときの代償を決めておこう。何か 大きなものがいい。  今、。資金の少ない新興企業”を自分が運営してい ると想像してみよう。ギリギリの資金をなんとかうま く配分しようとするはずだ。配分がうまくいかなかっ たときの代償は何だろうか。  それから、自分が何か大きなものに向けてトレーニ ングしていて、休む余裕などないと想像してみよう。 ここで休んでしまったときの代償は、どんなものだろ うか。  自分の目標に他の人も巻き込んで、その責任はあな たが担うというリスクの負い方もいいだろう。  ここには、自分のためにどんな環境を構築できるか という学びが存在する。  もしあなたが自分自身に高い代償が伴うレベルでの 行動を求め、周りの人たちもそれを期待しているのな ら、あなたのパフォーマンスは当然、優れたものとな るだろう。  そして実際、きちんとパフォーマンスを発揮しない と、すべてが台無しになってしまう。最高のレベルに いるときに物事が効率よく進まないのなら、他と何も 変わらない平凡なものになってしまう。そのため、自 分自身そして高いレベルでの自分を頼りにしてくれて いる人たちに対して、あなたはしっかりと責任を果た す必要がある。  あなたの今の状況を見てみよう。もしあなたが最高 のレベルでパフォーマンスしなかったら、どんな代償 を払うことになるだろうか?  自分が取った行動を、もっと突出した、モチベー ションが上がる結果にするにはどうすればいいだろう か?  「逆境」を存在させるI多少の「し んどさ」は必要  険しく厳しい環境は、私たちに教えてくれる。そし てその教えは、本物の恐怖の反作用によってなされる。 −マイケルージェルヴェ(高パフォーマンスを専門                に扱う心理学者)  教育者であり宗教指導者でもあるデイヴィッドー ベッドナー博士がこんな話をした。  ある青年が最近、ピックアップトラックを買った。 薪が必要となり、ピックアップトラックで薪を拾いに いけば新車を試す絶好の機会になると青年は考えた。  携帯電話が圏外になるほどの雪深い山まで運転して 行くと、木のそばに駐車できるスペースを見つけた。 車を停めようと道路を外れると、深い雪に車がはまり、 動けなくなってしまった。  必死になった青年は、脱出するためにできることは 何でも試した。しかし、ギアをバックからドライブに 入れてタイヤを回転させると、トラックはどんどん深 みにはまってしまった。摩擦になるのではとタイヤの 下に木の枝をかませてみたが、役に立だなかった。 シャベルを使ってタイヤの周りを掘ってみたが、あま りにも深くはまっていた。  太陽はどんどん沈み、寒さは厳しさを増していく。 青年は途方に暮れた。  青年は気持ちを切り替えて簡単な祈りを捧げたとこ ろ、木の枝を切る衝動に駆られた。数時間かけて作業 し、切った大きな枝をトラックの荷台に入れていった。  荷台がいっぱいになると、青年はトラックに飛び乗 りエンジンをかけた。ほんの一瞬、慎ましい静けさが 広がったあと、青年はバックで抜け出そうと試みた。  荷台に乗った枝の重さが、必要だった摩擦を提供し てくれたおかげで、雪を脱出し、道路へ戻り、前進す ることができた。トラックの木の枝という重荷がなけ れば、青年は雪の中にはまったままだっただろう。  ほとんどの人は、「幸福とは重荷がないこと」だと 勘違いしている。人生は挑戦や困難のない楽なもので あってほしいと、私たちは願うものだ。  しかし重荷があるからこそ、人生を前進させるのに 必要な摩擦を得ることができる。私たちの肩は、その 重荷に耐えられるように成長する。責任という大きな 重荷を背負わないと、雪の中にはまった青年のトラッ クのようにいとも簡単に身動きができなくなってしま  私にも、同じ経験がある。ライターとしてのキャリ アを構築していくための摩擦を得られたのは、まさに 大きな重荷を背負ったといえる、養父になってからの ことだ。  この個人的な重荷を背負うまでは、私は何となく現 状に満足していた。切迫感がなかったのだ。ライター になりたいと強く思ってはいたものの、前進するため の摩擦がなかった。どうしても成功しなくてはという 状況でもなく、そこまで切羽詰まってもいなかった。 かなり余裕があって、いつかやればいいやと考えてい たのだ。  重荷がなければ前には進めないI今になってこう 思う。  「目新しさ」があるI「模様替え」 が集中力をもたらす  これまで経験しなかったことをするとき、自然とい っもより集中し、没頭できるものだ。  新しい情報に触れると、脳はいつもより働く必要が ある。脳の中では新しい物事と既存のメンタルモデル がつなぎ合わされており、つまりは脳内の化学物質が 書き換えられているのだ。このおかげで集中できるだ けでなく、人としても変化を遂げられる。生気なく腐 るのではなく、活気を保ち、より良い状態になれるの だ。  反対に、同じことを同じ環境で何度も繰り返してい るときは、すぐにぼ1つとなってしまう。脳は、新し い情報を既存のモデルの中に取り入れる作業をする必 要がなく、何かを解決する必要に駆られる難問に直面 することもない。  そのため、ナポレオンーヒルはこんなふうに言って いた。「良い意味でのショックは多くの場合、習慣で 衰えた脳の役に立つ」  新しいアイデア、新しい経験、もしくはずっと恐れ ていた何かに触れたとき、社会科学の分野で「混乱的 ジレンマ」と呼ばれるものを経験する。「混乱的ジレ ンマ」とは、自分が今持っている考え方と相反する新 しいアイデアや経験に触れたことで、今のメンタルモ デルが打ち砕かれてしまうことだ。  自分が変わるほどの学びを経験し、混乱しているか らといって、それまで信じていたあらゆるものを信じ られなくなるわけではない。そうではなく、役に立た ないうえに不健全な考え方や物の見方を、取り去ると いうことだ。たとえば外国へ行ったときに、特定の夕 イプの人に対して自分が持っていた考えが、実は誤っ た偏見たったことに気づくかもしれない。  自分の人生や環境に、目新しさをたくさん組み込む ことができればできるほど、もっとずっと集中して物 事に取り組めるようになるだろう。  メンタルモデルの中でつながりをたくさん作れば作 るほど、仕事でもそこから引き出せるものが増えるよ うになる。つながりが広く個性的であればあるほど、 仕事も革新的になり得る。  あなたの習慣は毎日、同じだろうか? もしそうな ら、どうすれば変えられるだろうか? たとえそれが 部屋の模様替えであれ、物事が新しくていつもと違う と、単調な習慣の中で何も考えず無感情でいるよりも ずっと簡単にその瞬間に集中できるようになる。  「いい環境」の要素は何か  強制機能を活用することで、「強化された環境」を 作ることができる。もっとも強力な強制機能には、次 のようなものがある。 ・「多く」をつぎ込む(お金、時間、気持ち……) ・「社会的なプレッシャー」がある ・柢いパフォーマンスには「高い代償」を求める ・「逆境」が存在する ・「目新しさ」がある  環境を作るこうした要素を、どうすればあなたの人 生に組み込むことができるだろうか?  章  「つらい経験」が Oないとダメ ・dl− 「スポンジ」のように学べる人になる  ストア派の哲学者エピクテトスに、若き生徒が尋ね た。あらゆる状況で自分はどう行動すべきか、と。エ ピクテトスはこう答えた。「『自分の心がどんな状況に も適応できるようにしてください』と言うべきだろ う」  手早い解決法やその場しのぎが縊れるこの世の中で は、何をしようにもかなり細かな指示が必要だと、多 くの人が思うようになってきた。一方、常に変わり続 ける世の中では、より高い適応能力が求められるが、 適応できない人がむしろ増えている。  適応能力があるということは、「いかに学ぶか」に 長けているということに他ならない。自分の環境に注 意を払い、そこからいかにして最適な情報やリソース を取り出すかだ。さらに、適応能力があるということ は、環境にコントロールされるのではなく、「自分が 環境をコントロールする」ということだ。  あなたが本当に適応能力を備えていて、物事を学ぶ 姿勢があるならば、ひとつの環境で長い間身動きが取 れなくなるなどということはないだろう。自分の環境 から得られるものをすぐに学び取り、もっと難しい未 知の環境へと進めるはずだ。 「ゲームのよう」だと思う  ビデオゲーム同様に、今いるレベルをクリアしない と次のレベルヘは進めない。ゲームでは、そこで学ぶ べきを学び、障害を乗り越え、そのレベルをクリアす るまで、何度も最初からやり直さなければならないだ ろう。  人生も同じだ。学び取るまで、レッスンは何度も繰 り返される。今の環境にうまく適応していないのであ れば、もっと難しい環境に適応するのは苦労するだろ う。そのため本章では、どんなに難しいものであって も、あらゆる環境に適応できる方法について詳しく説 明していく。  適応能力の高い学習者でいることについて、核とな る考え方には次のようなものが含まれる。  @「自分は適応して変われるのだ」と信じること。   つまり心理学者のキヤロルードウエックがいうと  ころの「成長型マインドセット」だ。これは、  「固定型マインドセット」(才乙ヨ{乱皿}と対に  なるもので、柔軟な学習者でいるということだ。  つまり、「反復的な学習習慣」やいくつかの「限  定的な学習スタイル」にがんじがらめになること  はない。 A求める変化に100%、コミットする。つまりそ  れは、自分が決めたことを守るため、または達成  するためには、自分自身を変えることも厭わない  ということだ。 B自分が一番恐れているものへの「耐性」はどうす  れば伸ばせるかを学ぶ。 C難しくて不快な感情にどう対処し、どう受け入れ  るかを学ぶ。これは心理学で「情動制御」と呼ば  れるもので、自分が抱く恐怖や抵抗に直に触れる  必要がある。 長期研究が繰り返し指摘する「苦労す るタイプの人間」  何かを達成したいなら、まずはそれが実現できるの だと思い描き、信じなければいけない。もっとはっき り記すと、今現在、あなたにとって触れられないもの を、信じる必要がある。これは宗教的な信心ではなく、 「自分は目標に到達できる」という確信と信念だ。  たとえばもし、億万長者になりたいのであれば、自 分が億万長者になれると信じる必要がある。そして、 「億万長者は実際にどう振る舞うのか」を学ぶ必要が ある。  自分が何かをできるだなんて信じられない大は、 「固定型マインドセット」の持ち主だ。こうした大た ちは、どこかで聞いた「人のアイデンティティは変え られない」という話を盲信している。人の本質は絶対 であり、育めるものなどないと思っているのだ。  残念なことに、固定型マインドセットの持ち主は大 生で苦労するということが、長年の研究によって繰り 返し示されている。  さらに研究によると、固定型マインドセットの持ち 主は、学習するのにも大変な苦労を要する。自分は進 化などできないと思い込んでいるのに、どうしてス ムーズに学べるだろうか?  そして固定型マインドセットの持ち主は、難しい環 境を避けようとする。自分にとって快適に学べる方法 はひとつしかないと思い込み、それ以外の取り組み方 や学習スタイルが必要となる状況を避けるのだ。しか し難しい環境に適応する力を育むには、複数の学習ス タイルを身につけて、それを活用する必要がある。  「自己流」にこだわって平凡に終わる  50年に及ぶ学習理論に関する研究によると、誰もが 自分の得意な学習スタイルを持っている。また、誰も が学びがなかなか進まない難しい状況になったときに は、「こうすれば効果的だ」という学習スタイルも バックアップとしていくつか用意している。  とはいえ、「どうも避けてしまう」苦手な学習スタ イルもまた、誰にとっても複数あるものだ。そもそも 学習には、次のようなフェーズがある。 ・想像一「アイデア」を思いつく ・熟考一思いついたアイデアについて学ぶ ・分析一学んだことをまとめ、このアイデアを使っ  て何をするのか「戦略的な計画」を立てる ・決定一具体的なアイデアを使う方法を「ひとつ」  決める ・行動一アイデアの実現に向けて「何か」をする ・経験一「複数の角度」から学ぶ(たとえば他の人と  一緒に、または何かを作って、失敗して、試して)  こうしたフェーズのどれかを省けば、あまりうまく は学べないだろう。  しかし私たちは誰もが、どれかを省略してしまう。 誰もが、物事を「自分なりの方法」でやりたがるのだ。  興味深いことに、自分が快適だと思う学びについて は、ほとんどの人が「成長型マインドセット」を持っ ている。たとえば、あなたは数学が好きで、分析的な 方法を使って学ぶタイプだとしよう。そのときおそら く、困難や失敗を成長の機会と捉え、自分は演算を もっと上達できると感じるだろう。アドバイスや学べ る機会、誰かからの協力を自ら積極的に求め、好奇心 旺盛に、数学に関する知識と視野を広げようとするは ずだ。 根拠なく「不得意」に感じる  しかしながら、ほとんどの人は自分がしっくり感じ られない学びについては「固定型マインドセット」に なってしまう。  もし文章を書くのが好きでないなら、おそらく自分 が文章を上達できるとは思えないだろう。「自分には 学べないものだってあるのだ」と考えてしまうのだ。 自分にはそんな遺伝子はないIあなたもそう思って いるのではないだろうか?  つまるところ、「成長型マインドセット」の持ち主 は、信じる心をもって行動する。「固定型マインド セット」の持ち主は、信じる心をもって行動しない。 目に見えないものは信じない。疑い深い人間なのだ。 特定の「認知的コミットメント」、つまり「自分はこ ういう人間だ」という見方に過剰に自信を持ち、過度 に凝り固まっている。  こういう人は、自分が何かを学べるとは思っていな いので、実際に学ぶことはできない。自分から「箱」 に入り込み、その分野の将来的なビジョンは何も見え なくなってしまう。 学習論者には「証拠」が数々ある  とはいぇ現在は、人はいかなる学習スタイルでも (たとえそれが苦手な学習スタイルでも)身にっけら れるという証拠が、心理学者や学習論者によって豊富 に示されている。ただしそれは、適応能力が高い柔軟 な学習者に限っていえることだ。  どの学習スタイルでも身につけられるなら、すべて が変わる。そうなると、どの人も不変の「長所」と 「短所」を持っているという概念が、もっと説得力の ある次の説に変わる。  厳密には、あなたには長所も短所もない。  代わりに、ポジティブまたはネガティブな学習習慣 がある。こうした習慣は、その人の人生を通じて育ま れてきたものだ。  大は、自分が快適だと感じる状況に身を置く傾向が ある。そのため、自分が育んできた学習習慣は、その 環境で何度も何度も繰り返され、条件づけられてきた ものだ。  不健康なほどに偏りすぎた学習スタイルをさらに強 めるため、あなたはあらゆることをして、その学習ス タイルを実行できるような状況や環境を作る。違うや り方になるような状況や環境は懸命に避けるのだ。  しかし、自分が快適だと思う学習スタイルばかりを 強化するパターンはすべて、流動的なものだ。そのた め、こうしたパターンはすべて変えることができる。 一度変化してしまえば、生物学的にも心理学的にも、 あなたは変わることになる。  反対に、もし自分は何でも学べるのだと信じれば、 何でも学ぶことができる。  他と比べて思うように身につかないものはあるだろ うか? もちろんだ。しかしそれは、長所や短所が固 定されているからではない。学習筋肉が萎縮または未 発達の状態だったり、妨げとなるような信念を持って いたり、悪い習慣を身につけたりしてしまっているか らだ。  新しいものを学ぶには、いやでも柔軟な学習者へと 自分を変えてくれるような、「難しくて新しい状況」 に自分を追い込むことだ。これが適応性の本質であり、 土台でもある。  「ダメ人間のような気分になる」のが プラスな理由  新しい何かを学べる人間になるのに必要なのは、 「間違うこと」「ダメ人間のような気分になること」そ して「もつとよく見える視点から物事を見るべく、世 界観を作り直すこと」だ。  そのため、新しい何かを学ぶのは非常に難しく、人 が新たに学ぼうとしない理由はそこにある。適応能力 の高い学習者になりたいと思うなら、真摯に取り組む 「コミットメント」という貴重なスキルを習得しなけ ればいけない。  学習に取り組むということは、変化に取り組んでい るということだ。これには、「信じる心」と「成長型 マインドセット」が必要になる。  深い学びのプロセスは心にとっても体にとっても難 しいものであるため、100%、全身全霊で取り組む ことが求められる。すべてをかけて取り組む人だけが、 不要なものを手放す「学び」という作業に耐えること ができるのだ。  そのため、本章の残りでは、適応能力の高い学習者 になるために必要な知識とスキルをお伝えしたいと思  こうしたスキルには、「真剣に取り組むこと」「耐性 を伸ばすこと」「自分が抱く恐怖に順応すること」「不 快で難しい感情にきちんと向き合うこと」などが含ま れる。  「決めたら取り消せない」つもりで決 める  サーフィンで大きな波に乗るのは、小さな波に乗る のとはわけが違う。大きな波に乗るとき、失敗の代償 はもっとずっと大きくなる。うまくやらなければ、死 んでしまう可能性すらある。サーフィンの専門ウェブ サイト「I乱oSurf」ife.co旦にはこう記されている。   「地平線が暗くなり、巨大な水の壁が目の前に立ち はだかる、そこまで大きな波に乗りたがるのは一部の 人だけだ。この波に乗りたいと思わなければ、乗りこ なすことなどできやしない。ためらったり、中途半端 な気持ちで取り組んだりしたら、波に飲まれてしま う」  大きな波をつかまえて乗るには、100%、本気で 取り組まなければいけない。  ためらいなどあろうものなら、失敗するだろう。本 気で取り組んでいたって失敗するかもしれないのだ。 成功する可能性のある唯一の方法は、しっかり最後ま でやり遂げてやろうと固く決意していることだ。  大きな波に乗るサーフィンには、生きていくうえで 直面する様々な状況に役立つ学びが存在する。  何かに完全に打ち込んでいるときには、中途半端に しか取り組んでいないときとまったく違う姿勢をして いる。  中途半端な取り組み方のときは、ためらいがあり、 自信がない。自分が正しいかどうかよくわからないし、 決心ができていない。  しかしながら、一度何かを固く決意してしまえば、 心のもやはすべて晴れる。自分がしていることがはっ きりと見え、なぜそれをしているのかもはっきりとわ かるようになる。自分には他にどんな選択肢があるの かと考えを巡らせなくなる。  シュワルツ博士は著書の中で、こう述べている。 「一度決心したら取り消せないのだと覚悟していれば、 いつも横目で出口を探すのではなく、今の関係をより よくすることに干不ルギーを注ぎ込むことができる」  「乗ってきた船」を燃やす  取り消せない決心に関して、すばらしい例がある。  西暦711年、イスラム教勢力がイベリア半島に侵 攻した際、半島に到着すると、指揮官ターリクーブ ンージヤードは自分たちが乗ってきた船を燃やすよう 部下に命じた。炎を上げて燃える船を前に、ターリク は部下たちに次のように述べた。   「愛しい兄弟だちよ。私たちはアッラーの言葉を広 めるためにここへ来た。今、敵は目の前にいる。そし て背後には海。神のために戦うのだ。勝利を手にする か、殉教するかIそれ以外の選択肢はない。逃げ道 はすべて閉ざされた」  船は焼かれてしまった。戻る、逃げる、やめると いった手段は、すべて斷たれた。  あなたがもしこの軍の兵士だったら、このときどん な思いだったか、想像できるだろうか? 戦いに勝つ か、死ぬかI自分にこうしたリスクを作るのを避け てしまう人は、どのくらいいるだろうか?  難しい未知の環境にすぐに適応したいのであれば、 100%、全力で打ち込まなければいけない。問題は、 どうすれば100%全力で打ち込めるか、だ。  私か組織心理学者としてずっと研究しているのは、 まさにこの点だ。具体的には、私はこれまで、「帰還 不能点」と名づけたコンセプトを研究してきた。目標 を避けるよりも、そちらに向かって進むほうが楽にな るという瞬間《ポイント》だ。  あなたにとっての帰還不能点とは、自分にとって最 高の目標を追いかける以外の選択肢がなくなる、その 瞬間だ。  では、帰還不能点を活用するには、どうすればいい だろうか? それでも「無難なほう」を選んでしま う  生物学と心理学の関係を説明した理論の中で信頼性 が高いとされているものに、ジェフリー・アランーグ レイ博士が1970年に提唱したものがある。  人格に関する生物心理学の理論で、グレイ博士は 「あらゆる行動は2つのシステム(系統)が支配して いる」とした。 ・行動賦活系一行動賦活系は、報酬に向けて自分を  備えるものだ。報酬を知覚すると、行動賦活系はそ  の報酬を得ようと行動を促す。 ・行動抑制系一 一方で行動抑制系は、自分の環境に  あるリスクや脅威に自分を備えるものだ。リスクや  脅威を知覚したとき、行動抑制系が働いて行動にブ  レーキをかける。  この2つの系統は、常に互いに対して緊張している 関係だ。あらゆる状況において、2つのうちのどちら かが他方を押さえているI行動を起こしているか、 行動を抑制しているかだ。何かに向けて積極的に近づ いているか、何かが起こるのを防ごうとしているか。 攻撃か防御か、だ。  ほとんどの人は、人生に対して、向き合わずに回避 する傾向がある。自分の一番の望みに沿った行動を 取っていないのだ。  代わりに、まぬけに見えないように自分の行動を計 算して、無難に過ごしている。夢がうまくいかなかっ たときに備え、リスクを分散させて、バックアップ案 をいくつか用意している。皮肉なことに、ほとんどの 時間をバックアップ案に費やし、それがいつしか人生 そのものになってしまう。  「カネ」を先行投資する  ネガティブな影響や感情を避けて人生を築き上げた としても、行動賦活系を剌激して方向性を変えること はできるのだろうか?  もちろん可能だ。アイデンティティさえも変えるこ とができる。というのも、アイデンティティとは行動 と、自分の身を置く環境に従うものだからだ。もしそ うなら、守りの人生から攻めの人生にシフトするため に、もっとも効果がある行動は何だろうか?  帰還不能点の経験は主に、「金銭の投資」という形 で始まる。金銭を投資することによって、人は前へ進 まざるを得なくなるのだ。  あるアイデアについて時間をかけて模索している大 にとって、その活動がピークを迎えるのは、そのアイ デアに金銭を投資するときだ。お金をつぎ込んだ瞬間、 その大は後戻りできなくなる。アイデンティティは、 その投資一色に染まる。投資が、その人の一部になる のだ。  このようにして、単なる希望だったものが現実化に 向けて大きく前進する。  心理学と経済学において、この行動は「立場固定」 と呼ばれるコンセプトで説明できる。文献によると立 場固定とは主に、自分が当初下した決断や投資を正当 化したいがために、不合理な決断を下すことだ。  そのため、何かに打ち込みすぎるときには、その中 心に「サンタコスト」がある。サンクコストーバイア ス[訳注一ここの例でいうと、何かに打ち込みすぎ、 それを正当化したいがために後に引けないでいる状 態】は、前述したとおり、予知という形で自分の利益 になるよう活用することができる。高い投資をするこ とで心の底から打ち込めるようになると知っているた め、自分自身の帰還不能点を意図的に作り出せるのだ。  世界の成功者はまさにこれをしている。彼らはただ 夢を見ているのではない。実際に行動している。自分 もリスクを負っているのだ。  「起業家」と「起業志望止まり」の差 異  自分自身や自分の夢に投資すると、達成への取り組 みが確固としたものとなる。一度投資してしまえば、 その人のアイデンティティそして目標への姿勢そのも のが変わる。なぜなら、もはや前進せざるを得ず、何 をすべきか迷ってなどいられないからだ。自分の行動 が好ましいか好ましくないかで悩むことも、もうない。  そして今や、その行動を起こし続ける必要がある。 その背景には、心理的な理由がいくつかある。 ・「つぎ込んだ資金」を失わないように ・自分がしてきた行動の「一貫性」を保つため(ヒン  トーアイデンティティは行動に従う。必ずしもそ  の逆とは隕らない) ・特定の目標を達成したいと心から思っており、最終  的に「自己充足的予言」(思い込みが新たな行動を  誘発し、現実化すること)に帰着するであろう外的  な条件を作ったから  私は修士論文で、複数の起業家や起業志望者にイン タビューしたのだが、その中で非常に気に入っている 話がある。  まず、起業家と起業志望者の主な違いを説明しよう。  起業家は、何らかの形で「帰還不能点」を経験して いた。一方で起業志望者は、そのような経験を作り出 していなかった。  インタビューした人の中に、靴を売りたいという17 歳の少年がいた。少年とその事業パートナー(高校の 同級生)は、靴の出荷に1万ドルを投資した。少年は 自分の帰還不能点についてこう説明する。   「僕らが持っていた全額を在庫の靴すべてにつぎ込 んでしまったら、『オールーオアーナッシング』。生き るか死ぬかのようなものだってわかっていたから、本 当に怖かった。とにかく靴を売るしかなかった。後戻 りはできない。靴を処分してお金を返してもらうなん てことはできないから、前進するしかなかった」  私はこう尋ねた。「その瞬間に何か変わったことは あった?」  少年はこう答えた。   「その後、会社がすごくうまくいっていることに僕 は気づいた。このことが、自分の可能性を広げてくれ たんだと思う。あのとき、こう思ったんだ。オーヶI、 本当に会社を始めたぞ。投資もした。それで今は、こ いつを運営していかなきやいけない。自分が会社を運 営しているんだって本当に理解したのは、このとき だったと思う。これがきっかけで、リーダーとして パートナーを引っ張っていくように僕は変わることが できたんだと思う」 次々と「すばらしいこと」が起きる  いったん帰還不能点を越えてしまえば、自分のビ ジョンを本気で受け入れたということになる。全力で 打ち込める姿勢になるのだ。自分の役割が変わり、そ のためアイデンティティも変わる。単に注意散漫にな るだけの他の選択肢は、すべて捨て去る。自分が行き たい方向に進まざるを得ないように、自分を仕向けた のだ。  もう抜け出せはしない。投資という行為が、あなた を変える。投資したことにより特定の人との距離感も 変わるし、目標に対するあなたの姿勢も変わる。そし てまた、決意をどう実現させるかへの、あなた自身の 取り組みと確信の度合いも変わる。  心を決め、完全に打ち込むようになると、すばらし いことが起こってくる。神秘的なほどに、様々なこと が収まるべきところに収まるようになるのだ。  登山家のウィリアムーハチソンーマレーはこう話す。   「人が腹を決めた瞬間に、神様も動き出す。様々な あり得ないことが起こり、手助けしてくれる。この決 意をきっかけに次々と物事が起こり始め、まさか自分 の元にやってきてくれるとは夢にも思わなかったよう な、あらゆる種類の予想外の出来事、出会い、物質的 支援が、自分の有利になるように動き出す」 人は「何にでも慣れる」習性がある   I暴力にも、山盛りの糖にも、   4時半起きにも  人間とは、非常に適応能力の高い生き物だ。すぐに 感覚が鈍くなり、耐性ができる。  心理学の研究により、テレビで下品な内容、暴力、 セックスにひっきりなしに触れていると、多くの人は そうしたものに耐性ができてしまうことがわかってい る。  私たちは消費社会に生きているため、耐性レベルは とんでもなくバランスを崩しかねない。糖分が山のよ うに含まれた食べ物を食べて味覚がおかしくなり、そ のうちに、体に良い健康的な食べ物を楽しめなくなっ てしまう。  関節痛、頭痛、膨満感を自分の「いつもの状態」だ と受け入れてしまう。  1日のうち12〜16時間を椅子に座り、パソコンの画 面を凝視して過ごす。  私たちは、天文学的な量の「人工的なドーパミン」 が体中を駆け巡るのに慣れてしまったのだ。  しかし、人は何に対しても耐性を作り、適応できる。 たとえそれが恐れであってもだ。  自分が抱えている恐れに対し意図的に耐性を作るこ とを、心理学では「系統的脱感作」と呼ぶ。耐性がで きるまで、自分を何かに何度も繰り返し暴露させるこ とで、それに対する感覚を系統的に鈍らせることがで きるのだ。すると、最終的に、メンタルモデルの枠組 みを作り直し、適応し、新しい人間に生まれ変わるこ とができる。あなたがかつて恐怖で動けなくなってし まったようなものが、囗常にあるごく当たり前の一部 になるのだ。  ほとんどの人にとって、「毎朝4時30分に起きてす ぐにジムに行く」という発想はとんでもないことのよ うに思えるだろう。確かに、最初の数週間、数か月は 大変かもしれない。しかし適応に関していえば、 「徐々に慣らしていく」必要はほとんどない。むしろ、 わざと自分を苦境に置いて、何か極端なものに適応さ せることもできる。  たとえば、毎朝4時30分に起きる習慣を身につけた いなら、最初の数週間は朝6時、そのあと数週間は朝 5時30分、そして数週間は朝5時、最終的に朝4時30 分に起きる、などとする必要はない。いきなり「朝4 時30分」で始め、痛みを感じ、そして適応するのだ。 頭では「悪いことになる」と思ってし まう  適応への前者のアプローチは、プールにゆっくりと 一歩一歩人つていくようなものだ。そこに過度に集中 して引き延ばすことで、痛みを先延ばしにし、悪化さ せているにすぎない。意識を集中させると、その対象 は拡大するものだ。  痛みに執着するのをやめて、今しようとしているこ との結果に集中しよう。プールにすぐに飛び込めば、 ショックを受けてから慣れるまでの移行は短い時間に 圧縮される。このアプローチは精神的にはかなりこた えるが、体は非常にすばやく、かつ本能的に、新しい 環境に順応してくれる。20秒もすれば慣れて、もう プールの水を冷たく感じなくなる。  心理学の研究によると、ある出来事について、大抵 の場合は出来事そのものよりもその前に抱く予期のほ うが、感情的に力が入ってしまうことがわかっている。 ほぼ必ず、実際の出来事よりも何かずっと悪いものを 想像するのだ。  そして行動に移すのを後回しにして、痛みを長引か せる。すぐに行動してしまえば、痛みはずっと軽くす み、気づくともう終わっているにもかかわらず、だ。  早起きのように、何か新しい行動に適応する場合は、 当然ながら20秒よりも時間がかかる。しかし原則は同 じだ。もし100%の姿勢で取り組んで本気で飛び込 めば、あっという間に適応できるだろう。  とはいえ、本気で飛び込んだときには、すぐにかな りの精神的ショックを経験することになる。プールに そっと入るときのようにダメージを和らげようとして いるわけではないからだ。  そうではなく、思い切り飛び込むことで、古いパ ターンや行動を取り去る「浄化作業」を経験している のだ。そして飛び込んだ先の「これまでより良い環 境」に慣れるまで、浄化作業は痛みを伴う可能性があ る。 実際は「プール」に飛び込んだほうが 楽   −身体は「即・適応」する  適応のプロセスを短縮するこの原則は、あらゆる人 に当てはまる。  近藤麻理恵は彼女の著書『人生がときめく片づけの 魔法改訂版』(河出晝房新社)の中で、消費依存を本 当の意味で克服する唯一の方法は、自分の環境にある モノを一気に片付けてしまうことだと説明する。うま く機能しないシステムをいつまでも管理しようとする のではなく、環境をリセットする必要があるのだ。  あなたが行動に移そうと思いつつ、避け続けている のは何だろうか?  つま先立ちでゆっくりと入ろうとしているのはどの プールだろうか?  恐怖に意識を集中しすぎて、痛みを悪化させていな いだろうか?  一体いつになったら思い切って飛び込むのだろう か?  本気を出して思い切って飛び込むその瞬間、頭の中 であれこれ考えていたよりずっと簡単だったことに、 間違いなく気づくはずだ。そして適応し始める。  しかしそれには、自分は絶対にできるんだという信 念と、柔軟な学習者でいることが必要だ。  それでも、波風なく進めるわけではない。自分を何 かに暴露することは、もつとも早く実用的に学べる方 法ではあるが、従来的で理論的なアプローチと比べて ずっと大きなリスクが伴う。実際に自分の恐怖や感情 と対峙しなければいけなくなるのだ。  そこで、適応能力の高い人物になるためにマスター しなければならない、次のスキルヘと続く。 ポジティブ信仰が広まると同時に「処 方薬」が増えた  「ポジティブ心理学」として知られる心理学の一分 野は、1998年頃に生まれた。当時は、幸福という テーマに関する研究論文はわずか300本程度しかな かった。それよりも前、ほとんどの心理学者が関心を 抱いていたのは、主に精神疾患だった。2017年、 幸福に関する研究論文は「8500本」以上存在する。  幸福はどうやら、流行っているらしい。もちろん、 これは皮肉なことだ。というのも、今の時代はまさに、 これまでの人類の歴史の中でもっとも幸せが捉えにく いものになっているからだ。  人間心理のポジティブな面にスポットライトを当て ることは、社会にとってこれまで非常に有益たった。 しかしながら、ポジティブ心理学で行われた研究の範 囲や着眼点にかなり不満を持つ心理学者も多くいる。 こうした学者は、ポジティブ心理学における研究の多 くが、あまりにも単純化されすぎ、人間を取り巻く極 めて重要な状況要素が無視されていると考えている。  著名なポジティブ心理学者であるポールーウォン博 士によると、ポジティブ心理学における重要な前提は、 「良い感情は良い結果を生み出し、悪い感情は悪い結 果を生み出す」ということだ。この前提の結果、人は 「常に良い気分でいないといけない。さもないとどこ かがおかしい」と信じ込むようになった。これはもし かしたら、過去20年間で処方薬の使用が急増している ことと関係があるのかもしれない。人は問題に向き合 うよりも、自分の感覚を麻痺させて問題を避けている のだ。  ポジティブ心理学は、痛みの回避と喜びの追求を提 唱する、快楽主義的な世界観に根づいている。その研 究成果を全面的に受け入れている人には残念な話だが、 快楽を求め続ける人生では、深い意義と満足を作り出 すことはできない。  本当の意味での充足感や達成感を作り出すのは、 「負担」であり、「挑戦」であり、「対立」だ。本当の 幸せとは多くの場合、将来に向けて今、苦労しておく ことなのだ。 古代哲学・東西宗教・最新心理学で一 致した見解  つかの間の喜びと本物の幸せは、まったく別の経験 だ。科学者であり宗教指導者でもあったジェームズー タルメイジはこう書いている。   「幸福は、苦々しい後味を残さない。落ち込むよう なリアクションも起こさない。いかなる後悔も、自責 の念ももたらさない。そして本当の幸福とは、記憶の 中で、鮮やかさを失わずに幾度となく再現されるもの だ。一方、刹那的な快楽とは、永遠の苦悩の源として、 とげのあるI刺しを残していく」  ストア派のような古代の哲学や、仏教やキリスト教 のような宗教的な信仰は根本的に、人生への快楽主義 的なアプローチに反対している。これらの教義による と、困難や痛み、苦しみなどを受け入れることが、意 義や成長へと向かう基本的な道となる。  古代の哲学やほとんどの宗教では、快楽主義的な世 界観よりも、幸福論《ユーダイモニック》的な世界観 を受け入れている。ユーダイモニックとは、成長と貢 献に満ちた、道徳的で意義深い人生を求めることを提 唱するものだ。  現在、「ポジティブ心理学の第二波」とされる動き が生まれている。この新たな動きに関わる研究者たち は、ユーダイモニックな見方を強調している。  この人たちは、人生の良い面と悪い面のどちらも受 け入れており、個人や社会にとって最適な結果を導き 出すにはどちらも必要不可欠だと考えている。  彼らは、満たされた人生を送るための大切な要素と して、次の点を挙げている。 ・満足遅延耐性【訳注一より価値ある将来のために、  今の欲求を我慢できる能力】 ・不快感 ・フラストレーション ・不満 ・痛み ・悲劇的な出来事 ・ぎこちなさ ・決まりの悪い恥ずかしさ ・不確実さ  こうした感情は、必ずしもその瞬間瞬間は楽しいも のではない。しかしながら、不快な感情を経験すると、 後々信じられないような成果を出せることが多い。  人は、つらく困難な経験を通じてのみ、進化できる。 もし痛みを避け続け、感情を隠し続けていたら、決し て成長などできやしない。  「感情」を重要視するのをやめる   I成功に必要な「失敗」が嫌に   なる  ベストセラー作家のジヤツクーキヤンフィールドは、 かつてこう言った。「あなたが求めているものはすべ て、恐れの対岸にある」  彼の言うとおりだ。しかし私はこれをさらに一歩先 に進めたいと思う。  痛み、不快感、衝撃、倦怠、ぎこちなさ、恐れ、間 違い、失敗、愚かな様−こうした感情を避けている から、想像をはるかに超えるようなすばらしい人生を 生きられない。  成功した人生には、これらが必ず伴う。とはいえほ とんどの場合、こうした感情は避けることもできてし まう。避ける理由は、前述したとおり、ほとんどの人 は人生に向き合わずに、極端に回避する傾向を作り上 げてしまうからだ。  それでも、富、健康、すばらしい人間関係、精神的 な成熟は、誰もが手に入れられるものだ。しかし、手 に入れるには代償が伴う。  手に入れるための第一の障害は、「自分がすべきこ とについて、どう感じるか」だ。ほとんどの人は、定 期的につらい感情を抱くことなど、したくはない。  とはいえ、もし今この瞬間にどう感じるかを気にし ない覚悟があなたにあるのであれば、世界の99%の人 たち(「今」しか気にかけていない人たち)は手にす ることができない、「チャンスの世界」があなたを 待っている。 どの「習慣」も悪影響になり得る  適応能力が高い学習者でいるということは、自分の 環境を極めるということに他ならない。難しくて未知 の環境を極める唯一の方法は、自分の殼と習慣の外へ と思い切って出ることだ。  もちろん、人には自分の得意な学習方法や自分なり のやり方があるだろう。  しかし「自分のやり方」では、そこから前に進めな くなってしまう。代わりに、目の前の状況を注意深く 見極め、そこで必要とされる行動を取るべきだ。  人としての進化や成功をすぐに実現したいなら、壮 大な挑戦と責任を伴うシナリオを作る必要がある。自 分が飛び込んだ状況に立ち向かうには、大きな波に乗 るときのように、100%全力で取り組む必要がある。  これほど打ち込めるようになるための近道は、自分 自身と、自分が決めたことに「投資」することだ。ま た、先の見えない状況を受け入れる必要もある。そこ では、「つらい感情」を自ら求め、向き合わなくては いけなくなるだろう。  章  「やる気」を 1外から取り込む I モチベーションさえ環境が生む  本物の競技者なら、攻めて勝つためのプレッシャー を常に感じている。そのための努力は惜しまない。こ のプレッシャーをさらに高めるような状況を意図的に 作り出し、自分の能力を証明するために挑戦し続ける。   −ティムーグローバー(著名なスポーツトレー                       ナー)  ジョンーバークは、ジョージア州アトランタ在住の 29歳のピアニストだ。2017年、グラミー賞で最優 秀ニューエイジアルバム賞にノミネートされた。アル バムには、『アースーブレイカー』という曲が収録さ れている。パークはこの曲を「フィンガー・ブレイ カー」と呼んでいる。猛烈に速い、激しい曲だ。  興味深いのは次の点だ。パークは当初、まさか自分 がこの曲を書けるとは思っていなかった。そこに潜む 考え方は実のところ、作曲に対するパークの取り組み のまさに中核となるものだ。  「自分では弾けない曲」を自分用に作 曲したパーク  「アースーブレイカー」を作曲したとき、この作品 を実際に自分で弾くことはできなかった。物理的にあ まりにも速く、当時のパークの技術を上回るものだっ たのだ。  しかしそれはまさにパークが求めていたことだった。 自分が演奏できない曲を書き、弾けるようになるまで 何度も何度も繰り返し練習した。自分の技術レベルよ りも高い曲を書くことが、パークにとって強制機能の 役割を果たしたのだ。  この曲は、パークが慣れていたものより高いレベル のルールを持つ環境を作り出した。パークは、自分が 作った環境に合うように成長しなければならなかった。  世界レベルで活躍する多くのア圭アイストと同様に、 パークはプレッシャーを糧に成長する。自分の環境に、 外からのプレッシャーを意図的に何層も組み込み、そ のせいで毎日仕事に出かけ、創作せざるを得ない状況 に自分を追い込む。  単に自分の技術レベルよりもI〜2段階上の曲を選 ぶということではない。パークはそれよりずっと先を 行く。新しいアルバムを作るなどプロジェクトを決め た瞬間に、パークは「いつ完成させて発売するか」を すぐに決める。発売日が決まったら、そこから逆算し て、完成までの重要なマイルストーンの日程もすべて 決める。そしてまさにその日のうちに、いつも使って いるピアノースタジオのエンジニアに連絡して、アル バムをレコーディングするスケジュールを決める。  通常これは、「3〜4か月前」に行うプロセスだ。 スタジオを確保するために事前に支払いを済ませるの だが、この投資はまた、実際に予定した日にアルバム を録音し、制作するよう自分を持っていくための強制 機能でもある。  その後、パークは自分のスケジュールを調整し、そ の囗から数か月にわたり「創作時間」の予定を入れる。 曲作りのための時間なのだが、重要な会議と同じくら い大切なものとパークは捉えているため、創作時間の 予定が入っているときにライブ出演や誰かとのコラボ レーションの話が持ち上がっても、「スケジュールは もう埋まっている」と答える。  最高のチャンスなのに、「創作時間がもう予定に 入っているから」と構わず辞退してしまうI音楽の 神様が降りて来てくれないかと、ただただ待っている 人が多い音楽業界において、ほとんど信じられない打 ち込み方だ。 人に「期待」させて努力を自動化する  そしてこれは、パークが心の中だけで活用している メカニズムではない。「人前」でも、本書で取り上げ たような様々な戦略を使って、全力で取り組んでいる。  アルバム制作に向けたスケジュールを立て終わると、 パークは自分のソーシヤルメディアヘ行き、ファンに 新作アルバムの話をする。  これが「期待を作り出す」のだと、パークは私に教 えてくれた。彼は、ファンからの信頼を大切に思って いる。そのため、あらかじめ期待を作り出しておくこ とで、ここでも、全力で打ち込まなければいけない状 況を自らに作り出す。  驚くべきことだが、こうしたことはすべて、プロ ジェクトを始めたまさにその日に行う。だからこそ、 わずか29歳にして7枚ものアルバムを生み出せたのだ。  パークは、自分が成功せざるを得ない状況を作り出 す。高い創造性と成果を促進するルールのもと、活動 しているのだ。そのため、彼の成功は計算し尽くされ ており、予測できる。パークが自分の環境の中に様々 な要素を戦略的に組み込んだ結果だからだ。  生産性に頼るのではなく強制機能を使うことで、そ れまでよりももっと良い音楽を継続的に作れるように なる。パークは常に、それまでの自分を上回る何かを しようと努力している。そのために、「曖昧さ」「目新 しさ」そして「逆境」を受け入れているのだ。  新しいアルバムを作るとき、パークは自分がそれま で知らなかった音楽ジャンルにどっぷりと浸ることに している。新しいスタイルと技術を学ぶよう、自分を 追い込んでいくのだ。簡単に作れるアルバムになどし たくない、それぞれのアルバムの制作過程でボロボロ になりたい、屈辱感を味わいたい、とパークは思って いる。これによって立ち上がり、それまで以上の高み へと昇っていけるのだ。  あなたなら、自分へのプレッシャーを高める状況を どう作るだろうか?  「腕のいい人」に上に引き上げてもら う  ほぼ同じ構造、構成、習性を持つ、もっとも近しい 形状、同じ種の別品種、同じ属または関連した属の種 は概して、お互いにとってもっとも厳しい競争相手と なる。            −チャールズーダーウィン  チャールズーダーウィンによると、あらゆる生命は、 自分にもつとも近しいものと競争するという。画家と ロツククライマーの競争は、あまり意味をなさないだ ろう。  一般的にロツククライマーは、似たような技術レベ ルのロツククライマーと競争することで、スキルを磨 いていく。ビジネスでいうと、同じ業界にいる相手と 競争するようなものだ。そしてその業界内で、小規模 プレイヤーは概して別の小規模プレイヤーと競争し、 大型プレイヤーは別の大型プレイヤーと競争する。  しかし、自分と同じレベルの人と競争すると、ゆっ くりとした小さな進歩しか生み出さない。自分の今の レベルよりもずっと上の人だちと戦うほうが、はるか に効果的なのだ。  上の人だちと戦うことで、もっと高いレベルのルー ルに合わせた生き方をすぐに学び取ることができる。 『習得への情熱−チェスから武術ヘー一上達する ための、僕の意識的学習法』(みすず晝房)の中で ジョツシューウェイツキンは、自分がいかにしてこの 原則を使い、太極拳で世界レベルに到達したかを明か している。  太極拳の稽古中に自主練習の時間を与えられると、 ほとんどの人は自然と、自分と同じ技術レベルの人か、 自分よりも少しだけ弱い相手と練習することにウェイ ツキンは気づいた。これは多くの場合、エゴが理由 だった。  負けたい人などいないだろう?  好んでつらい生き方をしたい大などいるだろうか? あまりいないだろう。  しかしウェイツキンは違った。ウェイツキンは、 「負への投資」と呼ぶルールに従って生きている。  稽古中に、ウェイツキンは意図的に自分よりもずっ と腕のいい大と組んだ。こうすることで、何度も何度 も、こてんぱんに打ちのめされた。  しかしこのプロセスが、ウェイツキンのスキルの成 長にかかる時間を短縮して、早めてくれた。自分より も何年も先を行く人の能力をじかに経験することがで きた。ウエイツキンの脳内にあるミラーニューロン 【訳注一他人の動作を見たとき、あたかも自分もその 動作をしているように反応する神経細胞】が、自分よ り上の対戦相手をすばやく真似し、そこに合わせ、反 撃できるようにしてくれたのだ。  そのため、ウエイツキンは同じクラスの誰よりも早 く上達した。  「遺伝学」的に説明がつく   「エピジ子不ティクス(後成遺伝学)」として知ら れる新しい遺伝学によると、環境からのシグナルは、 あなたが持って生まれたDNAよりもずっと多くの影 響を遺伝子構造に与えている。  カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会ゲノミクス 中核研究所の所長、スティーブンーコール博士は言う。 「細胞とは、経験を生態へと変化させる装置だ」  あなたが現在持っている遺伝子的な構造は、あなた 自身の環境の産物であり、つまりは常に変化している。 当然ながら、あなたが自分の生態をどれだけ変えられ るかには限界がある(少なくとも今の時点では)。身 長を3メートルに変えることはできない。しかし心理 的には、まったくの別人になることはできる。そして 人の心理と生態は、切り離すことはできない。  自分と同じ技術レベルと思われる大と戦うより、自 分が目標とする地点にいる大と戦ったほうがいい。言 い換えれば、常に自分の実力より上の大と戦うことだ。  ここに、成功する大としない人の根本的な違いが存 在する。  成功しない大は、現在の状況をもとに決断を下すが、 成功する大は、自分が行きたい場所を基本として決断 を下すのだ。  「競う人」に合わせて才能が発現する  競争とは実のところ、強力なコラボレーションだ。  たとえばテニスでは、片方の選手に火がつき、もの すごいボールをネットの反対側へと繰り出すとき、相 手の選手は無理やりそのボールに応えなくてはならな くなる。そのため、相手がとんでもないプレイをして くると、自分でも知らなかった、よリパワフルな自分 が引き出される。  才能とは、幻想の中に存在するわけではない。自分 が何を達成できるかは、自分の環境の産物だ。そのた め、誰と戦うかを決めるのは、とてつもなく重要なこ となのだ。  莫大な人数の。平均的な人たち”と戦うと、干不ル ギーを消費してしまう。自分にとって最高のレベルで 干不ルギーを出してパフォーマンスを発揮するのとは 異なる状況だ。  あなたの分野が何であれ、それがテニスの試合だと 思い込んでみよう。ネットの向こう側にいるのは業界 のトップの人たちで、こちらに向かって火のような ボールを打ち込んでくる。あなたはどう反応するだろ うか?  もしその試合に自分がいて、実際にそのレベルで 「戦える」と信じられるのなら、いつも見ているのと は別の角度から「専門家」の仕事ぶりを見ることがで きるはずだ。自分のヒーローとその腕前を崇拝するの をやめて、代わりに相手を「研究」し始めるのだ。  この人たちの行動は、他の人だちと一体何か違うの だろうか?  この人たちの仕事はどう完成され、どう市場に出さ れているのだろうか?  相手の弱点で、自分なら改善できると思えるのはど こだろうか?  この人たちがしていないことは何だろうか? それ はなぜだろうか?  ヒーローの仕事ぶりを観客としてただ楽しむだけで なく、ネットの向こうから自分に向かって打ち返され てきたテニスボールと見るべきだ。  あなたが今すべき仕事は、もっといい球を打ち返す べく反応することだ。  「人の目」があるとやる気が出やすい  競争によって、人は最高の力を発揮するI一番の 例として、ソビエト連邦とアメリカの間で1955年 に始まった「宇宙開発競争」がある。  この時期、アメリカ人であるということは、何かと てもすばらしいことだったし、月へ行くというのは、 誰にとっても一大事だった。まさにその挑戦と競争の おかげで、急速なイノベーションと進歩が、航空宇宙 エンジニアリングにとどまらず他の多くの分野でも促 進された。  実のところ、国同士の競争であそこまで激しかった ものは他にないため、アメリカ人はソ連とのレース以 来、あれほど急速な発展を目にしていないのではない だろうか。当時のジョン・F・ケネディ大統領は 1961年、有名な演説で次のように述べた。   「ソ連が大型ロケットエンジンの開発で幸先良いス タートを切り、我々よりも何か月も先に行ったことを 認め、またこのリードを活用してソ連が今後しばらく 目覚ましい成功を収めるであろうことを認めつつ、私 たちはそれでもなお、私だちなりに新たな努力を重ね ていかなければならない。いつか私たちが一番になれ る保証はないが、努力をする中での失敗のおかげで、 いつまでも前進できる保証はある。世界中の目にさら すことでリスクは高まるが、宇宙飛行士シェパード氏 の功績にも見られるように、まさにこのリスクのおか げで、私たちが成功したときの評価は高まるだろう」  似たような話で、作家であリリーダーシップのコー チであるダレンーハーディが、サンディエゴの海岸近 くで自転車レッスンを受けたときの経験がある。この レッスンでは、各自転車は巨大なスクリーンにケーブ ルでつながれていた。スクリーンには、自転車に乗っ ている人の顔写真と名前が表示された。  レッスンが始まると、誰が一番速いか(多く漕いで いるか)、順番にスクリーンに赤の太字で表示された。 レッスンを受けていたのは50大ほどだったが、スク リーンに名前と顔が表示されるのは、上位15〜い一人程 度。巨大なスクリーンは、レッスンに参加していた大 たちのみならず、たまたまそこを歩いていた大や、 ビーチでのんびりしていた大だちからも見えた。  (Iディは、これまで自転車レッスンであそこまで がんばったことはなかったと振り返る。この状況のお かげで、高いレベルでパフォーマンスせざるを得なく なったのだ。  「研修」なのに評判よく、効果が確認 された  軍隊や、一部の宣教師向けプログラムでは、学習プ ロセスを急進的に加速するために「文脈学習」と呼ば れる教育法が活用されている。単に教師が情報を拡散 するのではなく、社会生活における、人との協力や実 用的な使用を通じて、知識を習得し自分のものにして いく学習法だ。知識を体得するために、学習者は理論 上のタスクではなく、実生活の中でタスクに取り掛か る。学習者が伸ばしていくスキルは明らかに現実社会 に沿ったものであり、自然と現実社会で使えるものと なる。  実際に体を動かしての学びは、学校教育のように抽 象的で無菌状態の環境の中にただ座り、教科書を読ん でいるよりもずっとパワフルだ。  文脈学習が効果的な理由は、非常に実用的な点以外 にも「個人コーチがつくこと」「パフオーマンスヘの フィードバックがすぐにもらえること」などがある。 タスクがうまくできなかったとき、どうすればもっと うまくできるかをコーチしてもらえ、そのうえで、自 動的かつ無意識にスキルを発揮できるようになるまで、 何度も練習し続けることができる。  文脈学習が効果を発揮するステップは次のとおりだ。 @コンセプトを「表面的」に学ぶ。 A学んで理解したものを、しっかりと自分の中に落  とし込み実際の状況に当てはめられるようにする  ため、このコンセプトを「現実の世界」で使って  練習してみる。 B荒削りの部分をならすために、すぐにコーチング  を受けて、「フィードバック」をもらう。 C同じことをもっと集中して短い時間軸の中で何度  も繰り返し、「自動的」にこなせるようにしてい  D自分の知識とスキルを評価するために、「さらな   るコーチングとフィードバック」を受ける。  興味深い事例がある。シャイな思春期の子たちが抱 く自己概念【訳注一自分かどんな人間かについて抱 く考え】について、体を動かして学べるロールプレイ (文脈学習)がどういった効果を挙げるかを検証する 実験が行われたことがあった。  ひとつのグループは、従来的な議論をベースにした 研修を受け、もうひとつのグループは、ロールプレイ をベースにした研修を受けた。ロールプレイをしたグ ループは、自己概念に著しく前向きな変化を経験し、 それが青年たちの行動に大きな影響を与えた。  実際、現在では、シミュレーショントレーニング (現実世界のシナリオをロールプレイするもの)がま すます人気を博している。また、効果的に学ぶには、 フィードバックを一貫して受けることが必要不可欠だ ということも研究からわかっている。  「スペイン語」にどっぷり浸る  真の学びとは、認知と行動の両方またはどちらかに、 永続的な変化が起こることだ。言い換えれば、学びに より、あなたが世界をどう見て、どう行動するかが永 続的に変わる。  情報を積み重ねるだけでは、学びとはいえない。多 くの人は、頭の中に情報がたくさん詰まっているが、 それを一体どうしていいかわからないでいる。  何かをすぐに覚えたいなら、その何かにどっぷりと 浸り、学んだことをすぐに実践することだ。  たとえば、スペイン語を一番早く学ぶには、スペイ ンの文化に身を浸すことだ。もちろん、単語帳を毎日 15分ずつ覚えていけば、最終的にはスペイン語を身に つけられるだろう。しかし数か月間単語帳を使って 「かじる」よりも、完全にスペイン語に浸って2〜3 日過ごすほうが、ずっと深いつながりが持てる。  また、前進するための高いモチベーションを持つに は、「明確さ」が必要だ。自分の目の前にある道が はっきり見えていればいるほど、その道を進むモチ ベーションは高くなる。  そのため、あなたが目指すべきは、自分のモチベー ションを上げようとすることではなく、自分の数歩先 をはっきりと知ることだろう。  「有料のメンター」に師事する  何かしらに「お金」を払わないと、注意をきちんと 払わないものだ。  ほとんどの人は、無料のものを欲しがる。しかし自 分のお金やリソース、時間をつぎ込んでいないのなら、 自分自身をつぎ込むことも非常に難しくなる。  もし自分に投資していないのなら、自分の人生のリ スクを負っていないということだ。自分の事業に投資 していないのなら、質の高い仕事はおそらく期待でき ない。もし自分の人間関係に投資していないのなら、 その関係に何を与えられるかよりも、その関係から自 分が何を得られるかばかりを気にしているということ だ。  自己の成長についていえば、「収入の10%」を自分 に投資すれば、投資額の100倍以上のリターンが生 まれる。自分の教育、スキル、人間関係にIドル費や すごとに、少なくとも100ドル分かリターンとして 返ってくるのだ。  そして、何かをものすごくうまくこなしたいと思う なら、「適切なメンター」に囲まれる必要がある。レ ベルが高い目標には、質の高いメンターが必要だ。も し何かをうまくできないなら、質のいいメンターを 持ったことがないからだ。  最高のメンターシップとは、あなた自身がお金を払 うメンターだ。多くの場合、払う額が高ければ高いほ どいい。というのも、メンターとの関係をもっと真剣 に考えるようになるからだ。  単なる消費者にならずに、自分に投資しているから こそ、もっと注意深く耳を傾けるようになるだろう。 もっと考えるようになり、もっと積極的に関与するよ うになる。成功しなかった場合の代償が大きすぎるか らだ。 本を「投資」にカウントする  私は、本の企画書を初めて書いたとき、非常に高名 な作家にアドバイスをもらうために「3000ドル」 を投じた。  この3000ドルで、私か割いてもらえた時間はお そらく4、5時間だった。しかし彼はこの時間で、最 高の書籍企画書を作るのに必要なすべてを教えてくれ た。本を書く作業が劇的に向上しスピードアップする ような情報や手段も教えてくれた。手を貸してもらえ たことで、私は著作権エージェントを見つけ、最終的 に大手出版社と出版契約を結ぶこともできた。  もし3000ドルを出し惜しんでいたら、今日に至 るまで、本は絶対に書けていなかったと思う。せいぜ いお粗末な企画書を書いた程度だろう。今ほどモチ ベーションも上かっていなかっただろうし、必要な行 動を先延ばしにしていた可能性が非常に高い。  もしあなたにそこまでお金がなかったとしても、も ちろん本は買えるはずだ。娯楽や洋服、食べ物にあな たはどのくらいのお金と時間をかけているだろうか?  要は、何を優先するかという話だ。何かを起こすモ チベーションが持てるのは、何かに投資したときだけ だ。メンターシップの他にも、たとえばオンラインの コースやイベント、書籍など、何かしらの教育プログ ラムにお金を投じるべきだ。  あなたがどれだけ成功できるかは概して、どれだけ 投資しているかから直接判断することができる。もし 自分が求める結果が出ていないなら、それはその結果 に向けて十分投資していないからだ。  メンターを持つことで得られる最大のメリットは、 「自分の仕事に不満感が残ること」だ。自分としてこ れまでにないほどの何かを作ったとしても、メンター はすぐに、まだまだ先へと行かなければいけないと指 摘してくれるだろう。そのため、自分がプロジェクト を終えたときやスキルを上達させたときでさえ、 「もっとやりたい」という気持ちになる。  これこそが、あなたが抱くべき感情だ。  というのも、この気持ちが、自分の手腕を強化して くれ、技術や原則を極めるべく、あなたを奥へ奥へと 誘ってくれるからだ。あなたの考え方やビジョンが アップグレードされたおかげで、あなたの中に、もっ とスキルを向上させなくては、という切迫感が生まれ る。  自分の人生や今の仕事に不満を抱くということは、 人として進化したことの表れだ。今の状況や結果に、 あなたはもはや満足できなくなっている。経験と卜 レーニングを通じ、ビジョンが拡大したのだ。  アメリカの法律家だったオリバー・ウェンデルー ホームズージユニアは、こう言った。   「新しい経験により広げられた心は、もとの古い大 きさにはもう決して戻れない」  その瞬間にはやる気が損なわれたように感じるかも しれないが、今の自分への不満は「上り調子である証 拠」なのだ。  「同じシュート」を繰り返し打つこと から始める   Iバスケの場合  私か何かを学んだときの例を挙げよう。  私か学んだことを実践に移す間、それを教えてくれ た先生は、離れたところから私の様子を見ていたもの だった。教えてもらったことをなんとか思い出そうと 苦しむ私を、先生はただ見ていた。初めてのときは、 教えてもらったことを実践するのにかなりの時間と努 力を要した。それで、私たち生徒はもう一度繰り返し、 また繰り返し、そしてさらに繰り返した。そのうちに 能力がついてきて、そのため自信もついたI。  新しい何かを学ぶとは、覚えることであり、そして それをいかにして使うかということに他ならない。最 初、ワーキングメモリを保持しておく前頭前野は、夕 スクをどうこなそうかと忙しく考える。しかしタスク をうまくこなせるようになると、今度は前頭前野は休 憩に入る。そして実に、90%もの部分が解放される。 いったんこれが起きれば、そのスキルを自動的に使え るようになり、意識は他のことに集中できる。  このレベルでのパフォーマンスは「カチッサー効 果」と呼ばれており、そこに到達するには、心理学で 「過剰学習」(「過剰訓練」とも)と呼ばれるものが必 要となる。そのプロセスには、次の4つのステップま たはステージがある。 @小さなことを繰り返し学習する。たとえばバス  ケットボールなら、「同じシュートを何度も繰り  返し打つ」などだ。 Aトレーニングを徐々に「難しいもの」にしていこ  う。あまりにも難しくてできない、というところ  まで、タスクの難度をどんどん上げていく。そこ  から難度を少しだけ下げ、「今の能力の上限近く」  でキープできるようにする。 B「時間制約」を加える。たとえば数学では、生徒  に難しい問題を解かせ、徐々に制限時間を短くし  ていく教師もいる。「時間」という要素を加える  ことで、2つの困難に直面することになる。まず、  より速く作業するよう強いられる。次に、どんど  んと過ぎていく時間を意識し続けることで、ワー  キングメモリの一部がそちらに取られてしまう。 C「記憶負荷」(他のことが頭にある状態で、知的  作業をしようとすること)を徐々に増やして練習  しよう。簡単にいえば、トレーニングの中に、注  意力が散漫になるようなものを意図的に加えると   いうことだ。 やることが増えて「意欲」が上がった  パフォーマンスが測られるとき、パフォーマンスは 上達する。パフォーマンスが測られ報告されるとき、 今度は上達の速度が加速する。     −トーマスーS・モンソン(宗教指導者)   「責任」は本当に重要だ。しかし、ほぼどの環境に おいても、責任が存在することはほとんどない。職場 や個人的な人間関係の中で、自分の行動の責任を常に 負っているという人は、あまりいない。自分に自分で 責任を課しているという人も少ないだろう。  人が責任に対して抱く嫌悪感を払拭することを目的 に、私は1年間のオンラインコースを作った。授業の モジュール(構成要素)は、毎週新しいものになって いく。それぞれのモジュールでは、課題を出した。 「目標を書き出す」「注意力が散漫になるものをなく す」などといった内容だ。受講生には、「朝と夜の ル上アインを記録する」ようにも指示した。  あるとき、私は受講生に不意打ちを仕掛けた。その 週のモジュールだけは、一部の人にしか見られないよ うにしたのだ。「朝と夜のル上アインを記録したとい う証拠をはっきりと示せる人」だけが、その週のコン テンツを見られるようにした。  受講生は実際にこの課題を印刷して、カレンダーに 印をつける必要に迫られた。自分の行動に伴う責任を 作り出すことで、受講生はそもそもお金を払ってまで やろうと思っていた作業を、無理やりにでもしなけれ ばならない状態になった。  受講生の多くは(Iドルが上がったことに盛り上が り、興奮した。彼らは、「自分に責任を求めてくれて ありがとう」と私に感謝した。「これが自分にとって の転機だった」とメールで伝えてくれた人も複数いた。  実際の作業を経験することで、自分の進捗を記録す ること、そして目標に向かって毎日どのくらい進んで いるかを確認することに、価植があることを彼らは理 解したのだ。  「やめかけた受講生」が戻ってきた  当然ながら、私かオンラインコースに放り込んだこ のひねりを全員が喜んだわけではなかった。ある人は 不満のあまりにメールを送ってきた。「すでにお金を 払ったのに、そのコンテンツを見られないっておっ しやるんですか?」この男性は怒り心頭に発していた。  私は書いた。「あなたがこのコースを購人したとき、 『他のコースとは違う作りになっています』とお伝え したはずです。先にすべての情報を提供するのではな く、このコースは体験学習型のプロセスになっていま す。今あなたが抱いているもの、その感情やフラスト レーションが、まさにこのコースのコンテンツなので す。動画とプリントアウト用のPDFだけじやありま せん。あなたの実際の行動に挑むものとなるように作 られています。なので、あなたが自分の責任を果たさ ない限り、あなたにコンテンツをお見せすることはで きません」  コースでいったんこの変化を加えると、受講生はす ぐに、「単なる情報の消費者」か「自分の成長に全力 で打ち込んでいる人」かに分かれた。  飴とムチの学習環境を作ることで、数か月前に軌道 から外れてしまった受講生も無事にコースに戻ってき た。外からの高い期待によって、内に秘めた炎に再び 火がついたのだ。  この変更に不満を抱いた人も何人かいたが、ほとん どの人は、「コースを一段上のレベルに押し上げてく れた」と感謝のメールをくれた。  私たちは誰もがみな、もっと良い生き方をしたいと 思っている。自分の成長に投資しているならなおさら だ。  あなたはこれで、本書の半分以上に自分自身を注い できたことになるが、あなたの「物理的な環境」はど う変わっただろうか?   「学習環境」をどのように変えただろうか?  自分にどのような「責任」を課すようになっただろ うか?  自分の環境には何を「アウトソース」しているだろ うか?  どんな「強制機能」を備えているだろうか?  成功するための「プレッシャー」は高めただろう か? 50マイル先の「道」はどうすれば見え てくるか  目標にたどり着けないのは、障害のせいではなく、 低い目標へ続く道のほうがわかりやすいからだ。         −ロバートーブロート(作家)  何か大きなことを成し遂げたいと思うとき、その道 のりはわかりにくくぼんやりしたものとなる。  明確さが欲しいという思いや未知への恐怖のせいで、 人は目標を諦め、より簡単な環境にある、もっとわか りやすい何かを追い求めるようになってしまう。  高いモチベーションの維持には、明確な目標を持っ ていることが絶対に必要だ。ということは、モチベー ションを高めるには、前進できるほど物事が明確にな るまでの間、不確かな状態を受け入れなければならな いということになる。  とはいえ、「明確さ」とはすべてを理解した状態と いう意味ではない。「明確さ」とはつまり、このあと ひとつか2つ先までのステップをわかっているという ことだ。  もしあなたが今、Iマイル目を示す標識のところに いるとして、50マイル目の標識まで行くのだとしたら、 まずは3マイル目や4マイル目の標識にたどり着くた めの情報とサポートが必要になる。いったんそこにた どり着いたら、今度はそこから先を示す何かが必要と なる。  しかしこの「何か」が何であるかは、まったくわか らない。というのも、今の時点でわからないものはわ かりようがないからだ。次のステップに到着したら、 それを知るためにもっと的確な質問を投げかけられる ようになるだろう。5マイル目の標識、6マイル目、 フマイル目、8マイル目へとたどり着くためには果た して誰が手を貸してくれるのかを、今よりもっとうま く判断できるようにもなっているだろう。  あなたは今、宝探しをしている。道すがら、ヒント や道案内を見つけて進むことになる。不確かなものや つらい感情が、あらゆる道の角に潜んでいるだろう。  大きな目標を追いかけるということは、このような 過程や感情的な経験をたどるということだ。ほとんど の人が、Iマイル目の標識と50マイル目の標識の間に 広がる距離に圧倒されてしまう。しかしその一方であ なたは、能力を伸ばし、成長し、前進していく。たい ていの人は遠くから森を眺めているところを、あなた は木の中をすり抜けながら着実に進んで行く。そして 間もなくすると、森の反対側に出ていることだろう。  学習と成長のこの取り組みそのものが、理論ではな く経験に基づくものだ。すべての答えを知っているよ りも、前進するのに必要な情報があればそれで十分だ。  そして、ふさわしい情報を最速で手に入れるには、 現実社会で経験と失敗をすることだ。教室やカウンセ リング室は、成功に向けた環境にはなり得ない。成功 の環境は、まさに経験の中にあるはずだ。  強力な学びの環境作りには、現実社会における経験 が必要となる。現実社会は、本質的に困難に縊れてお り、リスクは高く、何かをしたときの結果はすぐに表 れる。さらに、トレーニングは理論的ではなく実用的 なものとし、メンターや専門家からのフィードバック や指導も受けよう。この学び方はもつとも難しく痛み を伴うが、そのためもつとも効果的でもある。 1年で「25万ドル」昇給しないと脱会 になるコミュニティ  2014年、私のおばのジェインは、ショー・ポー リッシュが立ち上げた「ジーニアスーネットワーク」 に参加した。一部の大だけに開かれた、レベルの高い マスターマインドーグループ【訳注一ナポレオンー ヒルが提唱した、同じ目標や願望を持った人の集ま り】だ。ジーニアスーネットワークの目的は、「業界 の変革者たち」が互いにつながり、協力し合い、教え 合い、助け合える環境を提供することだ。  ジェインはジーニアスーネットワークのイベントに 数回通っただけで、目に見えて変わった。自信を持ち、 明快で、集中力に縊れていた。  ジェインが自分の会社でやっていたマーケティング 業務でも、その仕事ぶりはずっと大胆で洗練されたも のになった。  ジーニアスーネットワークの核となる哲学のひとつ に、「10倍思考」というものがある。  何かを10倍の規模で考えると、それまでの間違った 思い込みを修正せざるを得なくなったり、自分が恐れ ているものに真っ正面から対峙しなければならなく なったりする。たとえば、今のあなたの年収が5万ド ルだとして、翌年の年収を50万ドルに引き上げるとい う目標を掲げるなら、大生やビジネスに対する自分の アプローチそのものを根本から変化させなければなら なくなる。段階を追って成長していく方法では達成で きない。  ショー・ポーリッシュは、10倍思考の考え方をかな り真剣に実践している。新会員はジーニアスーネット ワークに入会時、2万5000ドルを年会費として投 じる。会員はその後、1年以内に年収を25万ドル分、 アップさせることが求められる。さもないと、翌年は ジーニアスーネットワークに参加できない。  初期投資の10倍を稼げないなら、ジーニアスーネッ トワークはあなたには合わない、ということなのだ。  「2万5000ドルの年会費」すら割 に合った  2014年にジェインが参加したとき、私はちょう どクレムソン大学大学院で博士課程を始めたところ だった。ジェインが羨ましかった。そして、「きっと いつかは私自身もジーニアスーネットワークの会員に なるぞ」と決心した。私のロールモデルの多くは会員 だったし、私はその人たちにただ憧れるのではなく、 仲間になりたかった。  しかし当時の私は、ブログさえも書いたことがない 状態だった。当然ながら、自分できちんとした金額を 稼いだことすらない。  ジェインがジーニアスーネットワークのキーホル ダーをくれたので、私は自分のリュックにぶら下げた。 キャンパスを歩いているときに毎日、ジーニアスー ネットワークについて考えた。このキーホルダーが、 マスターマインドーグループに入るという目標を外か ら思い出させてくれるものとなり、トリガーとなった。  とはいえ、憧れのロールモデルの近くにいられるか らという理由だけで入会したくはなかった。ネット ワークに自分も貢献したかったのだ。  2017年7月、オンラインでの執筆活動が波に乗 り、学業のほうでも非常に有益なマーケティングのス キルを学んだ後、私は今こそ、ジーニアスーネット ワークに申し込むときだと思った。それでも、例の2 万5000ドルの投資は、いささか強烈な額たった。 私はまだ大学院生でしかなかった。  しかし、10倍思考で求められるものを実現するだけ のモチベーション、人脈、スキルをジーニアスーネッ トワークが提供してくれるだろうと確信していた。ま た、私にとっての10倍のリターンは、単なる金銭的な ものではないというのもわかっていた。  実際に、ジーニアスーネットワークの会員になって すぐ、私は新しいアイデンティティを手に入れたよう に感じた。3年間考え続け、努力し続けた目標が今や 現実になった。「扉の向こう側」へ行き、精鋭ばかり がいる環境の一部になる、そのために必要なことを私 はすべてしてきたのだ。  「与える者」は与えられ、「奪う者」 は奪われる  しかし、環境に自分を変えてもらうには、ただ環境 の中にいるだけでは十分ではない。そのため私は、 ジーニアスーネットワークに入会する前に、この経験 をいかにして最大限に活かせるか、明確な戦略を練っ た。自分がすっかり変わってしまうような経験や人間 関係すべてにいえることだが、焦点を定める先は自分 ではない。他者を助けるためにできることなら、気前 よく偽りのない気持ちで手を差し伸べる、そんな豊か な精神が必要だ。  ショー・ポーリッシュがよく言う言葉がある。「人 生とは、与える者に与え、奪う者から奪うものであ る」  ということで、会費を払ってすぐ、私はアリゾナで 開催される会議で講演するべく申し込んだ。私か考え た最高の戦略をもっとも効果的に伝えるべく、スピー チのコーチであるジョエルーウェルドンに依頼して、 集中的に特訓してもらった。私は自分のスピーチを、 わかりやすくて行動に移しやすく、そこで説明する原 則をみんなが実行したいと思えるような、モチベー ションが自然に上がるものにしたかった。ジョエルと の数回のセッションに加え、ジャーナルを書いて自分 のスピーチをイメージしていった。  私かイメージしたスピーチは、予想を上回る形で現 実となった。会議の後、そこで発表したアイデアを、 「2か月後の年次イベントでも発表してほしい」と依 頼されたのだ。私は再び、どうすれば400人の出席 者に最高の価値を提供できるかを考えることになった。  また同時に、2017年H月のジーニアスーネット ワークの年次イベントで、ひとりでも多くのインフル エンサーに本書の新刊見本を配りたいと思っていた。  イベントまでわずか3か月しかなかったが、翌年3 月の刊行ということもあり、出版社アシェットの担当 編集者はドラフト版さえもまだ作っていなかった。編 集者にこの案を提案したとき、彼女は最初、驚いた。 「当社では普通、著者には20部程度しか刷らないんで すよ」。私がお願いしていたのは、400部たった。 非凡な人は「グラフ上」いつも同じと ころにいる  目指していたのは、本書とそこに書かれている考え を、できる限り拡散することだった。  なぜそうしたいかがはっきりしていて思いが強けれ ば、そのための戦略も本質的に強力で巧みになる。自 分のビジョンに揺るぎない確信を抱いていた私は、目 標を間違いなく達成できる状況を作り上げた。「目標 を達成するには何をもっと投じればいいのか」を常に 考え、目標に向かって私かどれだけ打ち込んでいるか を、みんなに確実に伝わるようにしたのだ。  結果的に400部の見本書を配布するという私の案 に対して許可が下りたのだが、私は必要であれば、自 分で見本書の代金を支払い、自分で車を運転して ニューヨークまで取りに行くつもりだった。私を止め られるものは何もなかった。本書に複数の投資をした ことで、私の決意は改めて固まったのだ。  あなたがいる環境が何であれ、心理学でいうところ の「正規分布」といわれるものがそこには存在する。 正規分布とは、ほとんどの人は相対的に同じであると いうことだ。しかし分布範囲の両端には、普通の人ほ ど結果を出さない人や、普通の人をはるかに上回る結 果を出す人が何人かいるものだ。  これは、誰もが相対的に同じである中、適応能力の 高い学習者は、自分の能力が発展していく中で特定の レベルで伸び悩みはしないということを意味している。 厳しい状況に飛び込み、その状況が自分のアイデン ティティを作り直してくれるのに身を任せる。これは、 新しい役割を引き受け、新しい環境の文化を吸収する ことで可能となる。  正規分布から外れるべく力を伸ばそうと、何らかの メンターシップやトレーニングを受けるために多額の 投資をするとき、その投資自体は、スキルそのものを 上げるものではなく、前進に向けたモチベーションを 高めるメカニズムの役を果たすにすぎない。  投資は強制機能であり、できれば「帰還不能点」で もあってほしいところだ。この帰還不能点は、目的地 ではなく出発点である。自分が作りたい変化に完全に 打ち込めるようになる瞬間だ。  そのため、新しい環境で学んだあらゆることを適用 するには、投資で得たモチベーションをうまく乗りこ なす必要がある。自分がなりたい人物になるために、 自分自身を変える必要があるのだ。  「先例」が時に失敗の呼び水になる   I成功者に「一発屋」が多い理   由  ひとつの環境にはあまり長居しすぎないほうがいい。 同様に、ひとりのメンターに長く師事しすぎないほう がいい。中国の哲学者、老子のこんな言葉がある。   「生徒が準備できたとき、教師は現れる。そして、 生徒が本当に準備できたとき、教師は姿を消す」  適応能力の高い学習者でいるということは、ひとつ の段階には決してとどまらないということだ。  どの段階にも、ルールや学びはある。そして学び取 るまで、教えは繰り返される。  しかし、あまりにも多くの人が、成長途中のひとつ の段階で進歩が止まり、特定の環境に適応しすぎてし まう。そこのルールに慣れ、そのルールに基づく暮ら しが生み出す結果に満足するようになってしまうのだ。  いわゆる「成功者」のほとんどが、それ以上はなか なか成功できない理由はここにある。作家のグレツ グーマキューンは、「成功が失敗を促す触媒になる」 と指摘している。  成功に酔ってはいけない。  手にした結果や進捗に甘んじてはいけない。  自分がどこまで来たかを認識しよう。しかしそこで 立ち止まってはいけない。これまでと変わらずに、自 分よりもレベルの高いメンターや競争相手に囲まれる ようにしよう。これまでと同じように、仕事の質や自 分の貢献度のレベルを上げ続けよう。   「固定型マインドセット」には決してなってはいけ ない。あなたは水のように流動的な存在だ。どれだけ 変われるかに、限界などない。  「普段と違う場所」なら努力が容易に なる  ジーニアスーネットワークのイベントヘの参加はま るで、消火ホースから水を飲んでいるようなものだ。 文字どおり、教えてもらったことすべてを吸収したり、 まとめ上げたりなどはできない。まるでレベルの高い マーケティングトレーニングや自己啓発トレーニング を1日10時間、2日間ぶっ続けで受けているようなも ので、疲労困憊する。  しかし同時に、これは毎日のルーティンや仕事から の休息とリカバリーになる。  そしてここからも、意志力に関する研究には欠陥が あることがわかる。  ある研究によると、意志力とは基本的に「備蓄され た于不ルギー」とのことだ。いったん枯渇すると、も うそこでおしまいになってしまう。しかし、別の調査 によると、環境を変える行為そのものに、その人のエ ネルギーを劇的にアップさせる可能性があることが明 らかになった。  つまり、自分のいつもの環境を離れ、もっと努力が 求められる作業に取り組む(たとえばジーニアスー ネットワークのイベントに参加するなど)ことで、エ ネルギーはたっぷり満ちるのだ。というのも、これま で経験のない新しい環境に身を置いているからだ。  そして目新しさはやはり、強い「フローの状態」を 引き起こす主要な強制機能のひとつとなる。  「スケジュール」に自分を引っ張って もらう  ポジティブなストレスと厳しい要求が存在する「強 化された環境」を作ると、あなたが意識的に努力しな くても、成功へのモチベーションは天にも届く高さに なる。自分の環境と矛盾することなく、そのモチベー ションによって前へと引っ張られていく。「モチベー ションは。強化された環境”に任せよう」という具体 的な戦略には、次の点が含まれる。 ・「外からのプレッシャー」をいくつか作り、責任を  果たす ・目標を「公言」する ・顧客や自分を応援してくれる人たちが自分に「期  待」を抱いてくれるよう仕向ける ・自分のプロジェクトに前もって「投資」し、事前に  スケジュールを組む ・「自分よりもレベルの高い人たち」に囲まれる ・「競争」はコラボレーションのひとつの形だと考え、  自分よりもずっと高いスキルの人と戦う ・何かに全力で打ち込み、それを「公の場」で実践す  る。人前で実践するという外側からのプレッシャー  が、成功したいという内側からのプレッシャーを高  めてくれる ・目標に向かってほんの「I〜2歩」前進できる程度、  先がはっきり見えるようにする ・自分かやりたい分野で「世界レベルのメンター」を  見つける ・自分にとってのロールモデルや、もっと高いところ  で生きられるよう手を貸してくれる人がたくさんい  る「マスターマインドーグループ」に参加する  章  ニュー・ワークルール 《1 1/』  「オフィス」だから仕事ができない? 1 新・労働環境論  あなたがいる環境は、「今している行動」にぴった りと合ったものであるべきだ。  こうした理由から、寝室にはテレビを置かないほう がいい。寝室は、テレビを観るための場所ではないの だ。たとえあなたの家が小さなアパートだとしても、 テレビは台所か、なんなら浴室に置いたほうがまだマ シだ。  しっくりこないかもしれないが、それでも、テレビ を置くことにより寝室で意志力を発揮せざるを得なく なり、睡眠が阻害されるよりは弊害が少ないだろう。 眠れないのは「部屋」のせい  夜なかなか寝つけないという人の根本的な原因は、 寝る以外のいろいろな行動をトリガーするような環境 に寝室がなっているためだ。最適な睡眠を得るために は、寝室は質の良い睡眠を取るためのトリガーで満た されるべきだ。その目標を阻害するものは一切置くべ きではない。  寝るときだけにしか着ない「専用の服」を決めるの も役に立つ。これもまた、着ると眠くなるというトリ ガーの役を担ってくれる。  寝室が、その環境での行動をはっきりと反映したも のであるべきなように、仕事をする空間もまた、その 囗に行う作業に合ったものであるべきだ。パソコンを 使って仕事をする人がますます増えているが、その業 務の内容はかなり幅広い。そうした様々なタスクを同 じ物理的空間の中で行うのは、最適な取り組み方とは 言い難い。  代わりに、今している作業の種類と明確に関連した、 様々な仕事環境があるべきだ。それぞれの環境は、そ れぞれの仕事をこなすのに必要な精神状態をトリガー してくれるものにしよう。 「就労時間」が人間の体に合っていな い−915時でも  「朝9時から夕方5時まで」という従来的な就労時 間は、生産性を上げるにはおそまつな制度だ。おそら く、ほとんどの仕事が肉体労働たった時代には、この ような長時間労働に意味があったのかもしれないが、 現代のような知識ベースの労働環境では道理に合わな い。  今のようにおそまつな制度の上に成り立っている仕 事文化がもたらした影響を見てほしい。従業員がそこ そこの実績しか挙げずに、刺激に中毒し、没頭し切れ ず、仕事を嫌ってさえもいる、という光景はよくある ばかりか、「そうなって当然」と思われるほどだ。  こうしたものは、21世紀の偽りの仕事環境がもたら した結果だ。  ほとんどの仕事が、手作業から頭でこなす業務へと シフトする中、多くの組織そして多くの国が、ワーク フローの変化に気づいた。  その結果、仕事のシフトを週30時間に短縮した組織 も少なくなく、そうしたところは、頭を使う仕事やク リエイティブな仕事の環境として「オフィスのパー テーションの中」が必ずしも最善ではないと悟り、今 や従業員にリモートワークを許可している。  従来的な9〜5時の仕事は、「人々の新しい生き方 ではもはや理にかなわなくなった、古いルールでいま だに社会が動いている」わかりやすい事例だ。  世界は変わった。成功したいなら、新しいルールを 理解し、それをうまく実行するために自分の人生を新 しい世界での生き方に合わせる必要がある。  「自宅」のほうが創造的になれる  最高にクリエイティブな仕事には、「集中した時間」 と「リラックスした時間」を合わせることが不可欠だ。 強烈に集中して114時間ほど過ごした後、その環境 とは異なる場所で、リラックスして心を自由にさまよ わせる。環境はローテーションさせる必要があるのだ。  前述した調査を思い出してほしい。職場でクリエイ ティブなアイデアが浮かぶと答えた人は、回答した人 のわずか16%しかいなかった。アイデアとは概して、 その人が自宅にいたり、乗り物に乗っていたり、何か 娯楽のアクティビティをしたりしているときに浮かぶ ものなのだ。サムスンーセミコンダクターの元社長、 スコットーバーンバウムは、「もっともクリエイティ ブなアイデアは、パソコン画面の前に座っているとき に降りてくるものではない」と話している。  何かしらのタスクに直接向き合って作業していると き、心は手元の問題ばかりに集中して考えてしまうも のだ(すなわち。直接的”に考えている状態)。反対 に、仕事をしていないとき、心はゆったりとさまよう つ間接的”に考えている状態)。ドライブなどをして 得られる環境からの外的な刺激(たとえばビルや周囲 の景色など)は、無意識のうちに思い出(脳内の過去 情報)や他の考えを刺激する。  このとき、内心は文脈的(いろいろなテーマについ て)にも、そして過去、現在、未来と時間的にもさま よっているため、脳は今解決しようとしている問題に ついて一見関係ないような遠いものともつながりを作 る(ここで「ひらめいた’・」となる)。  つまり、創造力とは結局のところ、脳の様々な部分 をつなげることであり、思考やひらめきとはどこかか ら降って来るものではなく、完璧を目指すことで磨い ていけるプロセスなのだ。 起きてから「3時間以内」で脳がベス ト’」  I  クリエイティブな仕事や頭を使う仕事となると、朝 9時から夕方5時までのような、根拠のない社会通念 に従って働くよりも、自分の干不ルギーの質と量が もっとも高まるときに合わせて働くのが一番だ。  心理学者のロンーフリードマンは、生産性を最大限 に高めるためにもっとも大切な時間は「1日の最初の 3時間」だとしている。『ハーバードービジネスーレ ビュー』の記事にフリードマンはこう記す。「本当に しっかりと集中できる長さは通常、3時間ほどだ。 『計画すること』『考えること』『うまく話すこと』と いった面でかなり貢献できる」  ある研究によってもまた、脳とりわけ前頭前野は、 目覚めた直後がもっとも活発ですぐにクリエイティブ な状態になることが確認されている。寝ている間に潜 在意識がゆったりとさまよい、文脈的・時間的なつな がりを作るのだ。  ちなみに、寝ている間に潜在意識が経験した何かし らの大発見を捉えるには、目覚めたらすぐに「夢日 記」を書き始めることだ。このジャーナル書きのセッ ションでは、頭にある考えを「すべて」紙に書き出そ う。というのも、こうした考えは、具体的な目標など、 あなたが達成しようとしている何かに関係している可 能性が高いからだ。  「眠っている自分」に考えてもらう  とはいえ、ジャーナル書きのセッションではあまり 強く集中しすぎないことが大切だ。心が行きたいとこ ろへ自由にさまよえるようにしたほうがいい。こうし てさまようことで、睡眠中に潜在意識の中で起こった 大発見へとたどり着けるようになるかもしれない。  私は、朝のジャーナル書きを10年近く続けている。 ジャーナルはたいてい、ジムの外に駐めた自分の車の 中で書くのだが、ジャーナルをつけている間に、書き たい記事や連絡すべき人などのアイデアが浮かぶ。私 の人間関係の多くは、ジャーナル書きのセッションか らのアイデアをきっかけに始まった。そこから積極的 に連絡するようになり、その関係はそのうちに、自分 を変えてくれるような人間関係へと育まれていった。  この経験をさらに拡大して最大限にするために、睡 眠中に心がさまよう方向をうまく指示できるようスキ ルを磨くこともできる。  発明家のトーマスーエジソンはこう言った。「自分 の潜在意識にリクエストせずに眠りにつくなどという ことをしてはいけない」  覚醒から睡眠へと移行する間、脳波は活発なベーダ 波の状態からアルファ波、そしてシータ波へと変わり、 最終的にデルタ波で眠りに落ちる。自分の潜在意識が 持つパターンを再形成するのに心がもっとも敏感にな るのは、眠る直前の「シータ波の間」だ。  この性質を利用して、眠りに落ちる直前に、寝てい る間に心に集中してほしいことについて視覚的にイ メージしてみよう。  「ドキュメントの色」を変えるだけで 生産的になる  頭を使った作業を高いレベルでこなせるのは、1日 に315時間までだということが調査でわかっている。 しかしこれを長引かせたり、貴重なこの時間を確実に フローの状態で過ごしたりするために、できることが いくつかある。前出の心理学者エレンーランガー教授 が行った数種類の実験によると、「文脈」を変えると いう簡単な行為だけで、心をもっとずっと活発な状態 に保てるのだ。  ランガー教授はある実験で、ひとつのグループにI 色の紙(通常は自)を使ってものを書くタスクをして もらった。もうひとつのグループには、タスクの内容 は同じだが、紙の色を何度か変えてもらった。たとえ ば、自から黄色、自そして再び黄色、といった具合だ。  この小さくてシンプルなひねりを環境に加えたおか げで、このグループは他より、活発かつ熱心に取り組 めた。  同じ環境下で長い時間、同じ作業を続けると、精神 的に活気を失ってしまいかねない。脳を活発な状態に 保つには、「目新しさ」が必要だ。いつでも注意を 払っていられるように、スケジュールを組む必要があ る。努力を惜しまない自分で居続けるために、何か難 しいものが必要だ。  もし気づくとぼ1つとしていたとか、わざと気を紛 らわせようとしている自分に気づいたら、新しい環境 に移ろう。大抵は、「別の部屋へ歩いていく」という 行為そのものが、今やっていた仕事のアイデアが湧い てくるように剌激してくれるはずだ。  もっと効果があるのは、短い休憩を取って頭を休め、 その後、別の部屋に行くなり、椅子を変えるなり、 まったく違う場所に数時間行くなりして、それまでと 違う環境で作業を続けることだ。 曜日ごとに「オフィス」を替えるI マイゼルの取り組み  起業家で作家でもあるアリーマイゼルは、自分の環 境がいかに思考、感情、仕事の遂行能力に影響するか を痛感している。  目標を達成するために必要な精神状態をトリガーす るべく、マイゼルは自分の環境すべてにおいて、照明 などの細部にこだわり、細かな調整をしている。また、 1週間のうち「2日」続けて同じ環境で働かないよう に調整もしている。  起業家として、マイゼルはブログの執筆からポット キャストの録音、実際の商品の制作、電話でのコンサ ルティングに至るまで、様々な種類の仕事をこなす。 そしてその囗に取り組む仕事内容に一番合うように、 「曜日」と「作業場所」を決めている。  また、処理量をもっと上げるために、関連した作業 をまとめて行うようにしている。ブログを書く日には、 他のことは何もせずにブログを10本書きまくる。ポッ トキャストを録音する日には、パートナーと一緒に5 本以上のエピソードを録音することもある。  「マイゼルのI週間」はこんな感じだ。 月曜日と金曜日−「電波の悪いところ」で仕 事  マイゼルは月曜日と金曜日、ニューヨークにある会 員制の宿泊施設「ソーホー「ウス」で作業する。マイ ゼルによると、ここのWI−FIと携帯電話の受信状 態は良くないらしい。しかしこれが、彼にとって有利 に働くのだ。  というのも、月曜日と金曜日は、執筆やその他のコ ンテンツ作りに完全に没頭するからだ。さらに、ソー ホー(ウスの照明は薄暗くて奥行きがあるため、まる で洞窟にいるような感覚を演出してくれる。明るい照 明や他の人に邪魔されることがあまりないおかげで、 マイゼルの集中力はアップする。  こうした非常にクリエイティブな曜日には、マイゼ ルは仕事に完全に片がつくまでほとんど何も食べない。 これが効果的だということを裏づける研究は数多くあ る。集中力を要する仕事は多くの場合、胃が空っぽの ときのほうが作業しやすい。生産性の専門家であり起 業家でもあるロビンーシヤーマの言葉を借りれば、 「食べ物を減らせば、処理量は増える」。もちろんすべ ての仕事に当てはまるわけではないが、かなり知的で クリエイティブな仕事には大いに当てはまる話だ。お 腹がいっぱいだと、頭がぼんやりしてしまう。  最後に、マイゼルは月曜日と金曜日の作業内容に合 わせて聞くインターネットラジオ局がある。ソーホー (ウスでクリエイティブな作業をしているときにしか 聞かないものだが、フローの状態へとさらに深く入る ためのもうひとつのトリガーの役を果たしてくれる。 ノイズキヤンセリング機能がついたヘッドフォンで何 度も繰り返し聞く。  クリエイティブな仕事をしている間にクラシック、 アンビエント、エレクトロニックミュージックなどを 聴くアーティストや起業家は多い。  さらに、仕事中はひとつの曲を数時間、繰り返して 聴くという人が(私を含め)多い。心理学者のエリザ ベスーヘルムートーマーグリスは著書『○n Repeat : How Music Plays the Mi乱』(『リピート一音楽の心へ の影響』、未邦訳)の中で、なぜ音楽を繰り返し聴く ことで集中力が高まるのかを説明している。I曲を繰 り返し聴いていると、その曲の中に意識が溶けていき、 心がさまようのを止めてくれるのだ(注意。仕事から 離れているときは、心をさまよわせてあげよう’・)。  オープンソースのブログソフト「ワードプレス」の 創設者マットーマレンウェッグも、フローの状態に入 るためにたったI曲を繰り返し聴くという。作家の ティムーフェリスやその他多くの人も同じだ。 火曜日−「人と仕事をする」日  マイゼルは火曜日を、電話や会議に当てている。そ して電話とビデオチャットのどちらにも、長い時間を 費やす。  この曜日の仕事は、ソーホー(ウスでのものより ずっと活気に満ちて社交的だ。そのため、マイゼルは 事業パートナーであるニックの自宅マンションで仕事 をする。  ニックの自宅に足を踏み入れた途端、マイゼルの脳 はパチつと社交モードに切り替わる。マイゼルとニッ クの関係は非常に相乗作用が高いもので、クライアン トと話している間や会議中にアイデアが湧いてくる。 会議の前後に話し合いができるため、お互いに物理的 に近くにいたいのだ。  さらに、それぞれが顧客と電話で話している間、 「それを聞いてくれている人が物理的に実際にそこに いる」という事実のおかげで、2人は最高のレベルで 仕事を続けられる。  ニックの家で仕事をする囗は、マイゼルはブルーラ イトや紫外線から目を守るブル圭フイトカットメガネ をかけない。ヘッドフォンも持ってこない。  さらに、干不ルギーを維持するために、たんぱく質、 果物、野菜に加えて、ヘルシーな脂肪分が取れる食べ 物を意図的にたくさん食べる。社交的で活発な仕事を するには、体に食べ物を入れたほうがいいのだ。 水曜日−コワーキングスペースで「火曜日」 の延長  水曜日には、マイゼルはニューヨークにあるコワー キングスペースで作業を行う。ここはマイゼルが毎月 99ドル払って会員になっているところだ。この曜日は、 前日にニックの家でしていたようなビデオチャットや 電話をたくさんこなす。 木曜日−「フレキシブルな日」にする  マイゼルは木曜日の仕事場所をとくに決めていない。 この曜日は、そのときに自分が取り組んでいるプロ ジェクトによって流動的に過ごす。会議をいくつかこ なすときもあるため、どこで作業するかはその内容に よって変わる。多くの場合、レコーディングスタジオ へ行き、5時間かけて7〜8同分のポットキャストを 収録する。 家での仕事は「メモ程度」に  そして、マイゼルは自宅にいるとき、絶対に仕事を しない。寝室のテレビと同じように、自宅での仕事は その環境のトリガーにそぐわず、今という瞬間に意識 を集中して生きることを阻害してしまうからだ。  とはいえ、マイゼルはクリエイティブな人なので、 どこにいても自然とたくさんのアイデアが湧いてくる。 その結果、彼の自宅環境における大きな特徴は、アイ デアを記録しておくためのデバイスや方法がいくつか 用意してあるということだ。  アイデアを紙や何かしらの形で外に記録せず、心の 中に長い時間取っておけばおくほど、短期記憶に多く の負担をかけてしまう。マイゼルは考えが浮かんだと きに記録しておくため、「アマソンーダッシューワン ド」というデバイスを使っている。  こうした考えは仕事関係のこともあれば、「アマソ ンであの商品を注文すること」というシンプルな場合 もある。また、アイデアの録音にはアレクサもよく 使っている。  マイゼルの自宅にはそこら中にボイスレコーダーが 散らばっている。というのも多くの場合、手が使えな い何かをしているときにアイデアが出てくるからだ。 こうすることで、子どものおむつを替えているときで さえも、アイデアが浮かんだ瞬間に記録しておくこと ができる。  マイゼルはこの記録法を他の人よりさらに一歩進め、 浴室では防水仕様のノート「アクアノーツ」を使って いる。シャワー中に湧いてきたアイデアをこうしてす べて記録しているのだ。  マイゼルにとって、すべてのプロセスは主に3つの 戦略に分けることができる。「最適化」「自動化」「ア ウトソーシング」だ。  マイゼルの最初のゴールは、物事を効率よく機能さ せることと、それを阻害するものはすべて、自分の環 境や人生から排除することだ。これが、「最適化」。そ して身の回りの物事をすべて最適化させたあと、今度 はテクノロジーを駆使して、可能なものはすべて自動 化する。また、マイゼルは、仕事時間を短縮して家族 と積極的に過ごすためにもテクノロジーを活用してい る。生活の中で可能なものすべてを自動化したら、 残ったものをアウトソーシングする。  彼が自動化もアウトソーシングもしていない唯一の ものは、自分のスーパーパワーーつまり、マイゼル にしかできないスキルと能力だ。それ以外は、誰か他 の人やテクノロジーにやってもらう。 ネット閲覧を「回復時間」に数えては だめ  あなたの環境は、あなたの仕事の一部だ。あらゆる 環境にはルールがあって、特定の種類の活動に適する 環境というものは明らかに存在する。自分の仕事の種 類に必要な精神状態をトリガーしてくれる、そんな環 境で働くことを心がけよう。  さらに、もっと没頭できるようにするには、「仕事 環境を常に変える」のがお勧めだ。マイゼルのように 週全体でまったく異なる場所へ移動する必要はない。 ただ数時間ごと、または様々なタスクごとに部屋を替 えるだけでも驚くほど効果がある。  また、かなり集中して仕事に取り組むときは、精神 面を休ませる休憩を必ず間に挟もう。精神面の休憩を 取るときは、注意力散漫の状態でインターネットを サーフィンして過ごしてはいけない。代わりに、仕事 場を離れ、歩き回ってみるといい。もし外に出られた リ、木や人など外からの刺激に触れることができるな ら、さらに良いだろう。リラックスしているとき、心 はさまよい、今している仕事と一見関係がないような 遠いものともつながりを作り始める。  仕事環境を変えると、ものすごい活力が生まれてく るようになるだろう。簡単に飽きたり気が散ったりし なくなる。クリエイティブな洞察をもっとたくさん得 られる。  この方法は、環境に合わせて作業内容をまとめると とてもうまくいく。1日に、ひとつの作業をひとつの 環境でたくさんこなす。このやり方は、ほとんどの人 の働き方とはだいぶ異なる。多くの場合、大は同じ環 境の中でタスクからタスクを常に切り替えて働くもの だ。そのため、環境は最適化されず、フローにまった く入り込めない。  章  「誰といるか」が (4.)極めて重要 1「世界観」が音を立てて変わる  曲げられるルールもあれば、壊せるルールもある。  −モーフィアス(映画『マトリックス』の登場人                  物)  サイェンスーフィクション小説『エンダーのゲー ム』((ヤカワ文庫)は、政府に雇われた男の子エン ダーが主人公だ。  軍の指導者になるために、エンダーは衛星軌道上に 設けられた戦闘訓練基地で訓練を受ける。主な訓練方 法は、非常に競争の激しい「ゲーム」だ。パドルス クールでは、エンダー同様に子どもが何人か訓練を受 けている。こうした子どもたちは全員、非常に洗練さ れた無重力戦闘訓練室の中で戦うチームに属している。 食堂には巨大なスコアボードがあり、成績優秀なチー ムから順に表示される。  エンダーは、何歳も年上の他の子だちよりも適応能 力が抜きん出ていた。無重力に耐えられる能力が非常 に高く、たとえ方向感覚がわからなくなるような新し い状況にあっても、自分を見失うことがない。自分の 環境の変化に非常に敏感なうえ、「無重力下での方向 性は相対的でしかない」という事実について、他の子 とは異なりエンダーは悟る。無重力の環境では、上も 下もないのだ。しかし他の子たちは、無重力に入って も相変わらず、重力のある環境のように方向性を保と うとしていることにエンダーは気づく。  「集団の意志」が自分の考えになる  無重力のルールは、バトルルームヘと続く廊下での ルールとは異なるため、すぐに適応できるエンダーの 能力は大きな利点となる。  ランガー・マインドフルネス研究所の所長でもある 前出のエレンーランガー教授によると、マインドフル ネスとは単に状況への気づきであり、その状況の変わ りやすさ、または実際の変化に気づいていることに他 ならないという。もしマインドフルネスを失った、気 もそぞろな「マインドレス」の状態であれば、微妙な 違いに気づくことはできない。すべてが白か黒だと決 めつけ、ひとつの環境のルールは、別の環境でのルー ルと同じだと決めつけてしまう。  また、ある環境にいるときの自分と、別の環境にい るときの自分が同一人物だと間違って思い込んでしま い、そのため自分自身の役割を理解できなかったり、 その役割を変える能力を発揮できなかったりする可能 性が高い。  こうしたことを理解していたエンダーは、ゲームを 巧みに操作して有利に進めた。  無重力で集中力が欠如しているところを狙い、エン ダーは他のチームを打ちのめした。これまで見たこと がないような状況に、他のチームはどう反応していい かわからなかった。とはいえ、彼らもまたすぐ、エン ダーのしていることを理解した。そしてやがて、バト ルスクールとゲームの文化は変わらざるを得なくなっ た。  ほとんどの人は、「非常に限定的かつ間違った思い 込み」の中で動いている。他の人が気づかないことに 気づける人はほとんどいない。前述した瓶の中のノミ のように、ほとんどの人は集団思考の教義の下で動い ている。決して正しくはないのに、社会的な文化が 勝ってしまうのだ。  そして人はみな、文化的な規範のせいできちんと判 断できなくなっている。それと同じくらい重要なこと は、「こうした規範は変えられない」と間違って思い 込んでいることだ。  しかし、すべての環境は生態系であり、つまりはど の環境も流動的で、適応性があり、生きているのだ。 本来関係のない「特許庁」で論文を仕 上げたアインシュタイン  「何かの前日」こそが、本物の突破口、突飛なアイ デアになる。   −ピーター・H・ディアマンディス(起業家)  物理学者のアルバートーアインシュタインは 1905年、「アインシュタインの原論文」として知 られる4つの研究論文を発表した。この論文は後に、 空間、時間、物質に関する現代物理学の土台を大きく 変えることとなった。興味深いことに、これらの論文 を発表したときのアインシュタインは、アカデミック な環境ではなくスイスの特許庁で働いていた。  このように直感に反する環境で作業していたおかげ で、アインシュタインは典型的な物理学研究所で抱い たであろうものとは異なる視点や疑問を持つことがで きた。アインシュタインが作り出した”つながり”は、 革新的で科学的な大躍進となり、人類が抱いていた、 世界そして宇宙への認識を変えてしまうほどになった。  もうひとつ、ある人たちの例を見てみようIザー ビートルズだ。  ザービートルズの一番の才能は、特別な関係を作り 出せる能力だ。音楽理論が専門のデイヴィツドーサー マイヤー教授は説明する。「何と言っても、ザービー トルズはあらゆるタイプの音楽に好奇心を抱きました。 そして彼らは、複数の文化から新しい影響を取り入れ、 自分たちの音楽を常に改革していました。このような 実験のおかげで、ザービートルズの作品には、彼らと 同じ時代にあった音楽とは異なる特徴があるのです」  ザービートルズは、無数の源からアイデアを組み合 わせ、混ぜ合わせただけでなく、系統立てたコラボ レーションも行っていた。  ジョンーレノンが荒削りなアイデアもしくは曲の一 部分を出し、それをポールーマッカートニーに渡して 磨き上げてもらったり、完成させてもらったりする。 ポールもまた、同じことをジョンにしてもらう。2人 のうちのどちらかが書いたAメロやサビに、もう片方 がミドルーエイトやBメロを加えるというやり方もし ただろう。  ジョンーレノンはかつて、この相乗効果を「目と目 を向かい合わせての作曲」「お互いの鼻に向かって演 奏」などと表現した。多くの場合、2つの不完全な曲 はこのプロセスを経て、傑作へと姿を変えていった。 ビートルズの曲は「論理的」に作られ た  そのため、ほとんどの人が想像する創造性(どこか 隔離されたところで、抑え切れない力が予測不能な形 で生まれるもの)とはほど遠く、ザービートルズには しっかりと系統立った手順があった。  ポールーマッカートニーは説明する。「共作のもの に関してはいつも、ジョンが大抵、最初のAメロだけ を作って、それで十分たった。方向性だったり、道し るべだったり、それから曲全体へのインスピレーショ ンだったりした。この言葉は嫌いだけど、テンプレー トだったんだ」  コラボレーションとは、これまでになかった新しい つながりを作る物理的な行動だ。2人以上の人が同じ 目標に向かって協力し合うと、インプットの合計とは 異なるアウトプットができあがる。部分を足したもの がそのまま全体になるわけではないのだ。特徴的な2 つの源を元に、違う源を融合させてもできなかったで あろうつながりが作られる。  新しいものを作り出すザービートルズの能力は、偶 然の産物ではなかった。彼らは非常に才能豊かで、訓 練された、経験を積んだミュージシャンだった。個性 的な影響力を。2人が同じ空間に同時に存在する”と いう環境に統合させることで、彼らは他者によって設 定された創造性の境界線を押し広げたのだ。スペイン が生んだ芸術家パブローピカソはかつてこう話した。 「プロらしくルールを学びなさい。そうすれば、アー ティストらしくそのルールを壊すことができる」  多くの場合にそうであるように、人は最初のうち、 あなたの進歩的な考え方を拒絶するだろう。あなたが 何をしようとしているのか、理解してくれないだろう。 しかし説得力をもって多くのアイデアをまとめ、ひと つのシンプルなコンセプトヘと変えていくことができ るのならば、最終的には、新しいアイデアは理解して もらえるはずだ。  いったん新しいアイデアが根を下ろし、環境全体に 行き渡ってしまえば、その環境は変わる。そしてそれ が循環していく形で、新しい環境はその後、人を新し い形へと変えていく。英国の元首相、ウィンストンー チャーチルはこう言った。「私たちは、建物を形作る。 その後、建物が私たちを形作る」  ザービートルズが環境を変え、新しい環境はその後、 文化や人類を変えていった。 組むなら「全くの異業種」がいい  既存の現実と戦うことで物事を変えることはできな い。何かを変えるには、既存のモデルが時代遅れに なってしまうような「新しいモデル」を作ることだ。    −R・バックミンスター・フラー(建築家)  最高の起業家たちの何人かが非常にうまく活用して いる、重要な概念がある。「個性的なコラボレーショ ン」(「共同プランティンク」とも)というもので、そ れぞれのビジネス、アイデア、人物が持つ強烈な強み が組み合わされたときに、「I十I=10」になるよう な状況を作り出すことができる。  2017年、私は妻と一緒に、有名レストラン「セ ントラル」で食事をするためにペルーヘ行った。ここ は、世界で5本の指に入るとされることも多いレスト ランだ。  予約は簡単ではなかったし、ここでの食事は他では 決して経験できないものだった。しかし、私かもっと も心を奪われたのは、シェフのヴイルヒーリオと植物 学者である妹のマレーナとのコラボレーションの話だ。   「ペルーの躍動感をすべてキッチンに持ち込もうと いうアイデアを思いついたとき、妹の協力が必要だと 思った」とヴイルヒーリオは話してくれた。妹は飲食 業界で働いていたわけではなかったし、簡単に首を縦 に振るような人物でもなかった。そのためヴイルヒー リオは、妹を説得するためにニューヨークへの最高の 食事旅行を計画した。妹がチームに加わってくれたら、 これまで誰もやったことがないような何かを作り出せ ると確信していたのだ。  さらに、ヴィルヒーリオが抱いている核となるコン セプトのひとつに、「意外な場所で野心的な人物を見 つける」というものがある。たとえば自分の車を修理 に出すとき、整備士を見て彼はこう自問する。「この 整備士は野心に縊れているだろうか?」  野心を見つけたとき、それを自分の環境に反映させ ることで、その環境にいる人たちをすばらしいシェフ やウェイターに変貌させられるとヴィルヒーリオは考 えている。  もうひとつの例に、アメリカのカメラメーカー 「ゴープロ」と清涼飲料水メーカーの「レツドブル」 が組んだ、成層圏からのスカイダイビングプログラム 「レツドブルーストラトス」がある。  ゴープロとレツドブルのプログラムで、フェリック スーバウムガートナーは2012年10月14囗、ニュー メキシコ上空約24マイル(約39キロ)の成層圏ヘヘリ ウム風船についたカプセルで向かい、そこから宇宙服 とパラシュートで地球に向けてフリーフォール(自由 落下)を行った。カプセルを出てから着地までの合計 飛行時間は約10分だったが、バウムガートナーはパラ シュートを開くコードを引っ張るまでの4分19秒間、 フリーフォールしていた。  これは、ゴープロとレツドブルのコラボレーション がなければ実現していなかった。それぞれの強みが平 等に噛み合い、テクノロジー、哲学、観客、目標とい う形で互いにすばらしい貢献をした。全体的には、そ れぞれが自力で作り出すものとはまったく異なる、新 しいものとなった。  その結果、フリーフォールの世界記録が樹立され、 新しいテクノロジーが開発され、世界の数百万という 人がその映像に刺激を受けた。 業界の人はとにかく「反対」する   I「経験の長さ」がそうさせる  いくつもの会社を立ち上げてきた起業家のスティー ブーダウンは、業界を再編するような、個性的なコラ ボレーションを作るのに長けている。  2015年、ダウンは「イーブンースティーブン ス」というレストランチェーンを始めた。このアイデ アは、靴がI足売れるごとに困っている人たちに靴を I足寄付する靴メーカー「トムズ」からヒントを得た ものだ。イーブンースティーブンスでは、サンドイッ チがひとつ売れるごとに、その地域でお腹を空かして いる人にサンドイッチがひとつ、無料で提供される。  ダウンがこのアイデアを思いついたとき、友達やレ ストラン業界にいる人たちに、どう思うか聞いて回っ た。しかしその反応にダウンはすぐに落胆してしまっ た。  レストラン業界は、利幅が薄く、予算も少ない。利 益を挙げているレストランは非常に少ないのに、新し いレストランならなおさらだ。では、新しいコンセプ トを成功させながら、お腹を空かせている人たちに毎 月たくさんのサンドイッチを無料で提供するには、ど うしたらいいのだろうか?  もしダウンがレストラン業界を長く経験していたら、 おそらくイーブンースティーブンスを立ち上げような どとは思わなかっただろう。イーブンースティーブン スは、この業界のあらゆる習慣やルールに反していた。 しかしダウンはまったく違うバックグラウンドを持っ ていたため、事業の立ち上げや拡大についてまったく 違う概念や戦略を持っていた。  バックグラウンドが金融業界だったこともあり、ダ ウンは時間をかけて試算をした。地元の非営利団体の いくつかにも会い、最終的に「地域社会にポジティブ な影響を与える、社会的意識の高いレストランを立ち 上げても、利益を挙げられる」との結論に達した。  ここ3年で、イーブンースティーブンスのレストラ ンはユタ州、アイダホ州、アリゾナ州の3州に15軒以 上出店している。こうしたレストランのほぼすべてが、 開店から30日以内に黒字になった。  各店は、近隣の非営利団体と提携。サンドイッチか らの収益の一部を非営利団体に提供し、その団体はそ のお金を使い、地元でお腹を空かせている人たちに食 べさせる分のサンドイッチを大量に購入する。儲けも 出るうえに、公正なシステムだ。また、営利目的の組 織と地元の非営利組織による非常に個性的なコラボ レーションでもある。  ダウンによると、サンドイッチが最高の品質でない と、イーブンースティーブンスのコンセプトは機能し ないという。サンドイッチが良いものでないと、消費 者はすべてが巧妙なごまかしだと思ってしまうからだ。 そのため、カジュアルに食べられるファストフード向 けに世界レベルの強力なメニューを開発するべく、ダ ウンはかなりの事前調査を行った。力を貸してもらう ため、この分野に非常に強く、評価されているシェフ を雇い入れた。ダウンは、お客さんに来てもらうため に、個性的で称賛に値するようなコンセプトにしたい と思ったし、食べ物でお客さんを驚かせもしたかった。  結果、イーブンースティーブンスは、オープンして 最初の3年間、ユタ州全域で最優秀レストラン賞や最 優秀サンドイッチ賞を次々と受賞した。  「一匹狼」タイプの致命的弱点  ひとりでできることは少ない。一緒でなら、たくさ んのことができる。  −ヘレンーケラー(アメリカの社会福祉活動家)  他のみんなと同じルールに従って行動していたら、 結果は平均的なものになる。他のみんなと同じ本を読 んでいたら、個性的な概念を発展させることはできな い。  言い換えれば、自分の環境のルールを再編するよう な、新たなつながりを作り出すことはできないだろう。  とはいえ、一匹狼の気質がある人は、そこまで多く の仕事をこなすことはできない。そのため、自立する ことを目標にしてはいけない。目指すべきは、「持ち つ持たれつの関係」と「相乗効果」だ。  自力で思いついたアイデアは興味深いかもしれない し、ひょっとしたらものすごい名案かもしれない。し かし、様々なバックグラウンドや業界の人だちと広く コラボレーションしたときに浮かぶアイデアは、自分 が今手がけていることのルールをがらりと変えてしま う可能性を秘めている。とくに、特定の業界ですでに 大成功を収めている人と個性的なコラボレーションを 作り出すとき、自分の目標の10倍、100倍を達成で きるのだ。  自分とは根本からまったく違う経験やスキル、視点、 多様なバックグラウンドを持つ人だちとコラボレー ションをしないのなら、世界を変えるほど大胆で特別 な関係を作り出す可能性は、非常に柢くなる。  ほとんどの人は、自分と似たようなレベルの人だち と競争し、自分と似たようなバックグラウンドを持つ 「同じ分野の人」とコラボレーションしている。しか し、自分の庭から出ない限り、世界観も周囲の人だち とあまりにも似通うため、既存の規範を壊すことはで きない。 しかしほとんどの人が「自分が最も正 しい」と思う  ハーバード大学の心理学者だったロバートーキーガ ンによると、ほとんどの人は「環境順応型の自分」か ら「自己主導型の自分」へと成長していく。  環境順応型の自分とは、完全な依存状態だ。この段 階にいるとき、あらゆる行動は恐怖や不安を避けるた めに計算されたものとなる。「他人から期待されてい るだろう」と自分が思う行動だけを取る。  反対に、「自己主導型」とは自立の状態だ。意識の 進化においてこの段階では、考え方はより複雑になる。 この段階にいる人はこれまで、目標、計画、課題を自 分で決めてきた。そのため、すべての行動は、決めた 課題をさらに突き進めるためのものとなる。  たとえば人間関係は、自分の目標にさらに近づくた めの手段になる。特定の人間関係がもはや自分の課題 の役に立だないなら、その人間関係を切り捨てる。こ れは、自己啓発の多くが推奨する考え方だ。自己主導 型の人は、自分が他の人だちより優れており、すばら しいと信じ込んでいる。自分自身の物語を、自分のた めに描きたいと考えている。  これは確かに、何も考えずにただ物事に流される生 き方よりもずっといい、ずっと勇気がもらえる考え方 であることは間違いない。  しかし残念なことに、「自己主導型」や「自立」と いった考え方の大きな難点は、自分自身の精神的な フィルターを通してしか物事を見ることができないと いう点だ。  そして多くの場合、自分が立てた計画や目標は理想 の形ではない。それでも、特定の目標を達成させるの にやっきになっているため、自分の計画に矛盾する情 報や無関係に見える情報は、拒絶したり無視したりし てしまう。さらに、自分のフィルターこそが客観的な 現実だとか、実世界のあり方だと信じている。 成功例が「いつまでも正しい」と思い 込む  キーガンはさらに、意識の進化における第3段階で ある「最終段階」について説明している。  精神的に複雑なこの段階に到達できる人はほとんど いない。依存から自立への移行は、自立より先へ行く よりずっと簡単であり、ほとんどの人は”成功”とい う境界線を越えることはなかなかできない。  キーガンがいう第3段階とは、「自己変容型」の自 分だ。この最高段階にいる人は、世界観を持ってはい るが、そこに自分が「一体化」しているわけではない。 自分の精神的なフィルターと距離を置くことができ、 実際に外から見ることもできる。自分のフィルターと 他人のフィルターを比べ、違いを認識することもでき る。  自己変容型の段階では、立場、分析、課題のどれに も価値を置き、注意を向けている。それに応じて、自 己変容型にいる人は、学びやフィードバックにもオー プンで、自分の取り組み方を常に調整し、向上させよ うとしている。「正しいこと」は、それを体現した 「正しくいること」よりもずっと大切だ。何か正しい かは、その時々の状況によって変化する。  昨日正しかったからといって、今日もそれが正しい とは隕らない。自己変容型にいる人は高い順応性を持 ちつつ、目的意識もしっかり持っている。そのため自 己主導型の人と同様に、自分が行きたい場所への地図 を持ってはいるか、もっと優れた情報をもとにこの地 図を修正、拡大、もしくは完全に方向転換することも 受け入れる。  特定の成果を出そうと執着するのではなく、最高の 成果を常に期待するのだ。  「自己啓発商材」の目論見と誤算  自己主導型の段階から自己変容型へと脱却して初め て、コラボレーションの利点を意識的に経験できる。  実際に、自己主導型の段階にいるときには、自分の 成功は自分だけの力だと考えており、そのため自分の 考え方すべて、自分が追いかけた目標すべてが、自分 の環境によって形作られたものだという事実を知らな いままだ。  自己変容型という見通しのきく立場から見ると、ひ とつの視点からでしか物事を見ないのは、無知である うえ、負の制約があるように思える。  それがいかに高機能のものであれ、画像フィルター がひとつしかなく、ひとつのパターンでしか物事を見 られないのにはマイナス面がある。常に変化している 世の中ではなおさらだ。  さらに、「自立の段階」から前に進めないとき、個 人としての進化の深みや幅も成長しなくなってしまう。 自分よりも経験豊かで、専門知識を持つ人とのコラボ レーションもしない。自分が何を求めているかに固着 しすぎ、それ以外のものが見えなくなってしまうのだ。 皮肉なことだが、エゴのせいで、自分のポテンシャル を発揮できない。  自己啓発を目的とした商品の中で、自己変容型に到 達できるとしているものは、可能性を示す程度も含め てほとんどない。個人主義的な考えにおいてはほとん どが、J既争”や。自立”が第一の目標になっている のだ。自己啓発商材が、より文脈的に高いレベルで物 事を教えない理由は簡単だ。私たちの社会は今、かな り個人主義に寄っている。個人に焦点を絞って、執着 しているのだ。  この視点から見ると、国としてアメリカは今、崩壊 の危機にある。アメリカはもはや、ひとつにまとまっ た存在ではない。自分たちが作り出した環境をまった く認識していない、「孤立した個人」の集まりだ。無 意識のうちに、今や環境が私たちを形作っている。  「欧米式」のデメリット  それぞれの環境やそれぞれの業界は、様々なルール のもとで動いている。こうしたルールは、鉄壁という わけではない。重力のような自然界の法則でさえ、抑 え込み、巧みに操ることができる。科学者、イノベー ター、起業家は常に「伝統的」なルールを打ち破り、 新しくもっと良いものに代えてきた。こうすることで、 革新と進化がうまく機能する。ある環境のルール、構 造、規範の枠組みを変えるのだ。  世界中で、「自立」への大きな流れが存在する。こ れは主に、欧米の個人主義への執着からきている。東 洋的な視点とは対照的に、欧米の文化では自己を、周 囲から切り離された自立したものと見ている。  この視点は勇気をもらえるものではあるものの、単 純すぎるし間違ってもいる。テクノロジーの進化によ り、世界が互いに持ちつ持たれつの関係であるという のは、これまで以上に明白になってきた。私たちは誰 もが、個人、社会、世界のレベルで互いに頼り合って いるのだ。  自立を目標とするべきではない。理由は簡単で、あ なた個人の世界観はあまりにも小さく、狭すぎる。あ なたの意図は刺激的で利他的かもしれないが、あなた 自身の意図だけに限定されている。自分の意図を、他 の人たちや他の組織のものと組み合わせれば、それは 変化する。今の自分では理解できないような形で、拡 大と変化を遂げるだろう。  というのも、「アイデア」と「人」という組み合わ せは、独創的で新しい何かを実際に作り出す唯一の方 法だからだ。   「自立」という蔓延したイデオロギーを乗り越え、 「持ちつ持たれつの関係」と「前向きに変化を起こす 人間関係」を完全に受け入れる意思があるならば、自 分の利益ばかりを優先する考え方の競争相手を打ち負 かすのみならず、あなたが今いる場所のルールや枠組 みさえも打ち砕くチャンスがある。  あらゆるイノベーターは、特定の業界におけるルー ル、規範、対話の枠組みを変えたいと思っている。と いうのも、物事がどれほどうまくいっていようと、さ らなる改善はいつだって可能だからだ。そしてシステ ムを改善すると、そのシステムに沿っているあらゆる 人(競争相手も含む)の人生をも改善することになる。  あなたが競争相手のために環境を強化すると、相手 は今よりも高いレベルで考え、行動を起こし、生きざ るを得なくなるのだ。それによりあなた自身も、さら に一歩高いレベルヘ行かざるを得なくなる。こうして 進化が起こるのだ。  章  「古巣」は偉大 4 家系・創業史・ルーツ ー ……歴史を知る人ほど有能な傾向  フィオナームテシはウガンダのチェスプレイヤーだ。 1996年、首都カンパラ最大のスラム街、カトウェ で生まれた。  フィオナは、貧しいという言葉では表し切れないよ うな環境で育った。原付バイクを持っていれば、裕福 だと見なされるような場所だ。このスラム街で暮らす 人の多くは、物などほとんど所有しておらず、教育を 受けた大も非常に少ない。大抵は肉体労働をして生活 している。  9歳のとき、フィオナは学校を辞めた。母親はフィ オナを通学させ続けることができなかったのだ。それ からフィオナは毎日、道ばたでとうもろこしを売って 生計を立てた。  「スラム街」をなかったことにしない  2005年のある囗、とうもろこしを売ろうと兄の 後ろについて町を歩いていると、スポーツを通じてキ リスト教の布教活動を行う、アメリカのバージニア州 に本拠地を置く非営利団体「スポーツーアウトリー チーインステイチュート」が運営する学校に行き着い た。学校は無料で食事を配っており、チェスのレツス ンも無料で行っていた。フィオナと兄は食事をもらお うとしたのだが、フィオナはすぐに、学校で男の子た ちがプレイしていたチェスの虜になった。  フィオナと兄はチェスをするために定期的に学校へ 行くようになった。フィオナはチェスが大好きになり、 夢中になっていった。文字を読めなかったため、複雑 な手を覚えるのはフィオナには無理だろうとスタッフ は思っていた。ところが、やがてフィオナはチェスの 持つ深い要素をかなり理解できるようになり、まもな く、他の都市に住む、お金持ちで訓練を積んだプレイ ヤーさえも負かすようになった。  そのうちに、フィオナはスラム街を飛び出し、もっ と裕福な人生を経験できるようになった。良質な食事 や服、快適な睡眠環境−こうした経験で、フィオナ は変わった。成功の階段を上り始め、名前が知られる ようになると、もはやスラム街の単調な仕事では飽き 足らなくなっていた。フィオナの心は広がり、人生に もっといろいろ求めるようになった。  フィオナは長い間、実家との連絡を絶っていた。ま るで、今の殼よりも成長してしまったロブスターが、 脱皮して新しい殼を作る前の状態のように、むき出し になったようにも感じただろうし、自分がよそ者であ るかのようにも感じただろう。  環境を変えた結果、フィオナは大成功を収め、ウガ ンダ屈指のチェスプレイヤーになった。まさに進化し、 制約のある環境を乗り越えて、さらなる広がりを持つ パワフルな環境を作り出すことができたのだ。  とはいえ、経験を経て変わっていったにもかかわら ず、フィオナは自分の原点、そしてその周囲にいた人 を決して忘れはしなかった。その人たちに対して、自 分のほうが偉いなどとは考えなかった。  しかし一方で、家族を安心させるために自分を家族 の水準に合わせて下げることもしなかった。成功した 後は、スラム街で生活していたときよりも高い水準で 生き、家族を自分のいるところまで引き上げたのだ。 フィオナは自分自身の環境を変え、その後、愛する人 たちの環境も変えた。自分の出身のせいで、歩みを止 めるようなことはしなかった。  「家族の歴史」を知ると有能になる  作家ブルースーフアイラーが2013年にニュー ヨークータイムズに寄稿した記事によると、家族の歴 史にっながりを感じるという行為には、大きな影響力 がある可能性がある。  記事の中でフアイラーは、1990年代後半に心理 学者マーシャルーデューク博士とロビンーフイバッ シュ博士が行ったある調査について書いている。  2人は、なぜ家族の崩壊が増えてきたのかI具体 的には、「崩壊を防ぐために家族ができることは何か」 を調べたいと思った。興味深いことに、デューク博士 の妻で同じく心理学者であり、障害のある子どもたち を相手に仕事をしているサラは同じ頃、奇妙なことに 気づいた。「自分の家族についてよく知っている子ど もたちは、困難に直面したときにうまく対処できる傾 向がある」とサラは夫に話した。これはなぜだろう か?  このたったひとつの洞察がきっかけで、デューク博 士とフイバッシュ博士は「家族について思い出す」と いうことについて詳しく調べることになり、最終的に は、20の質問を尋ねる心理測定法を作り出すに至った。 調査で用いられる質問には、次のようなものがある。   「祖父母が育った場所」を知っていますか?  お父さんとお母さんは「どの高校」に行ったか知っ ていますか?  両親が「どこで出会ったか」知っていますか?  家族の中で、「誰かが病気になったことがある」と か、「何か大変な過去があった」などについて知って いますか?  多くの子どもや家族を対象に調査した結果と、同じ 子どもたちが受けた数多くの心理テストを比較した結 果、デューク博士とフイバッシュ博士は、驚くような 結論を導き出した。  家族の歴史をよく知っている子どものほうが、自分 の人生をコントロールする能力がはるかに高いという のだ。自尊心もずっと高く、家族やその歴史について ずっと健全な意識を持っていた。これは、子どもの情 緒の安定や幸福感について、かなり正確に予測できる とわかった点で非常に重要な発見といえる。 子どもなら「自信感」が育まれる  この調査は、2001年のアメリカ同時多発テロ事 件の直前に行われた。  デューク博士とフイバッシュ博士は事件後、この調 査に参加した子どもたちを再び評価することにした。 結果は疑う余地がないほど明らかだった。デューク博 士はこう話す。「ここでも、自分の家族についてよく 知っている子ほど回復力があり、つまりはストレスか らの影響を和らげられることが証明されました」  デューク博士は興味深いことに、家族は概して、自 分たちについて次の3つのうちひとつの物語を語るこ とに気づいた。  まずは「上昇の物語」だ。そこでは、ひとつの世代 から次の世代へかけて、家族がどれだけ成し遂げたか を語る。たとえば、「うちの家族は、何も持たずにこ の国へやってきた。あなたのおじいさんは、高校さえ も出ていなかったんだ。私たちが今どれほどまでにな れたか、見てごらん」  2つ目は「下降の物語」で、そこでは家族がかつて どこにいたか、そしていかにして物事が立ちいかなく なってしまったかを語る。  そして3つ目であり、もっとも多いのは「山あり谷 ありの物語」で、家族は自分たちの浮き沈みについて 語る。  デューク博士によれば、自分のバックグラウンドを 知っているということは、「自分よりも大きな、家族 という組織の一部であるという感覚」を与えてくれる。 子どもは、はっきりした「世代を超えた自我」、つま り、自分は「自分よりももっと大きい何かの一部」で あると知っているとき、もっとも自信を持っていられ るのだ。  「創業の歴史」を知った従業員は意欲 的になる  会社経営の専門家、ジムーコリンズによると、家族 や企業などどんな形であれ、組織は自分たちの起源の 物語とつながっているときに、もっともうまくいく。 宗教団体やアメリカの軍隊などでも同様に、その組織 の出発点を常に強調して、人間としての主要な欲求、 つまり「自分よりも大きな何かと関わりたい」という 欲求をうまく活用している。伝統とは、自分たちの歴 史を記憶にとどめておくために作られるのだ。  デューク博士は、両親も子どもに対して同じように、 自分史への深い思いを植えつけるよう勧めている。家 族で休暇に行く、または定期的に家族として何か決 まったことをするなどの恒例行事を作ることは、子ど もの発育と人生での長期的な成功に、非常に健全な効 果をもたらす。子どもが成長して大人になったときに 同じことを続けなかったとしても、家族との歴史とい う感覚を持ち続ける。  これは、自分自身にどう当てはめられるだろうか?   「自分の原点」を忘れてはいけない。それだけでな く、自分の歴史やルーツについて、もっと詳しく知ろ う。ここでも、あなたは周囲の状況から切り離された 存在ではないということがいえる。  私たちは「巨人の肩の上に立っている」−つまり、 先人が積み重ねてきたものの上に存在しているのだ。 たとえそれがすでに他界している家族であれ、誰かに ついて深く知れば知るほど、その人への愛と共感が深 まるだろう。自分の歴史を感じれば感じるほど、自分 の人生をもっとコントロールできる感覚になる。自分 の周りにある状況とつながればつながるほど、もっと 健康的になれるだろう。  当然ながら、自分の歴史を学ぶからといって、同じ 歴史を繰り返さなければいけないわけではない。あな たは前の世代の人だちより進化できるはずだし、する べきだ。あなたは固定された存在ではないし、「生ま れ持った本質」に制約されてもいない。自分の環境を 変えていく中で、あなた自身も変われることに変わり はない。 人類を生んだ「歴史」と「巨人」  私の最近のオンライン記事が多く読まれたことを 知った親戚が、ある夜、テキストメッセージを送って きた。「自分の仕事にも言葉にも、ずいぷんと確信を 持っているね。その自信に拍手を送るよ。ただ、アド バイスしておく。どれだけ称賛されても、本当の自分 を忘れてはいけないよ」  このテキストに、私はまったく驚かなかった。「人 は固定された、変わらないものだ」という思い込みは 非常によくあることだ。高校のときの自分は、そのま まずっと変わらない、と。生まれたときの自分が、死 ぬときの自分だ、と。  私は親戚に、「本当の自分が何であるか」という考 えは、あなたと私とでかなり違う、と書いて返信した。 私は、自分が不変だとは思つていない。かつて閉じ込 められていた環境に、今も縛られているわけではない のだ。今の私は違う何かを選び、変わることを選ぶ。 そして進化や変化を決して止めないだろう。  それでも、自分の原点を尊重し、絶対に忘れないこ とは非常に大切だ。  あなたにも同じことがいえる。  あなたがどれほど「成功」または「進化」したか (または自分がそう思っているか)によらず、それの せいでうぬぼれたりしないことが非常に大切だ。  もしかしてあなたは、ほとんどの人がまったく知ら ない、非常にレベルの高いルールに従った行動を学ぶ かもしれない。  あなたにとってのいつもの環境は、ほとんどの人に とってはまったく手が届かない夢かもしれない。あな たの仕事は、多くの人に影響を与えるものかもしれな い。自分が手がけたことすべてに満足して、誇りに 思っているかもしれない。  しかしながら、本書のコンセプトを真剣に受け止め るならば、成功したのはあなたのおかげではないと気 づくはずだ。あなたは、常に変わりゆく環境の産物な のだ。  どの世代の人たちも、自分たちが生きている新しい 社会のルールはあって当たり前だと思っている。  たとえば、今の時代の子どもは、スマートフォンや インターネットがない世界など理解できない。しかし 本当にこれが意味するところは、この子たちが何をで きるかは環境のおかげだということだ。彼らの世界観 は、住んでいる環境によって形作られている。この子 たちを取り巻いている世界を作り出すために多大な犠 牲を払った巨人の肩に、彼らは立っているのだ。  同じように、あなたも巨人の肩に立っている。「あ なたがこれまで直面した困難」「お世話になったメン ター」「あなたが今住んでいる世界を作ってくれた多 くの人たち」、そうしたものなしには、今のあなたは なかっただろう。  自分の成功は自分の力のおかげに他ならないと信じ るとき、心理学でいうところの「根本的な帰属の誤 り」を犯してしまう。成功は、自分に起因するものと 捉えてしまうのだ。 自分がすごいから「出世」するわけで はない  あなたの成功は、あなたの環境なしにはその形で起 こることはあり得なかった。あなたを作ってくれたの は状況であり、数え切れないほどの人たちだ。  起業家のマイケルーフイツシュマンはこう話す。   「『自力での出世』なんて見当違いだ。あなたが今 日手にしている人生は、たくさんの人たちが神聖な役 割を果たしてくれたおかげだ。どれだけ感謝している か、その人たちに必ず伝えよう。たとえば、あなたの 配偶者やビジネスパートナーを紹介してくれた人を、 さらに紹介してくれた人。そこまで遡ろう」  あなたの成功はあなただけの力ではないため、常に 謙遜し、感謝しているべきだ。  生まれてきたのはあなたの力ではないし、インター ネットを作ったのもあなたではない。親やメンターも あなたが作り出したわけではない。  今あなたが手にしている様々な特権は、あなたが犠 牲を払って手に入れたものではない。そしてあなたは、 ものすごい数の特権を手にしている。  こうした特権は、土台として使うためのものだ。利 用しよう! 活用しよう! とはいえ、自分はそれを 作っていないということを、決して忘れてはいけない。   「進化」とは決して、他の人、とくにネガティブな 結果を常に出すようなルールに沿って生きている人だ ちよりもあなたが優れているという意味ではない。あ なたが流動的で固定されていないのと同じように、他 の誰もがそうなのだ。  他の人よりも自分に価値があるなどということはな い。絶対的価値を持っている人などはおらず、私たち は誰もが、自分の周囲に何があるかによって変わる、 相対的存在なのだ。今あなたの立場にいない人でも、 あなたを形作った周辺環境を持っていれば、あなたの ようになれる可能性はある。  他の人たちが今以上に何かをうまくこなせないとか、 何か以上にはなれないなどと考え、「根本的な帰属の 誤り」を起こすようなことはどうかしないでほしい。 その人たちは、その人たちがいる状況によって形作ら れてきただけなのだから。  あなたができる最善のことは、自分を見るように他 者を見ることだ。あなたは変われるし、無限の可能性 と柔軟性を持っている。そして他の人たちも同じだ。  その人たちを、そのように扱おう。もしその人たち が、あなたの個人的なルールにはそぐわなかったとし ても、彼らを受け入れよう。そして、彼らの環境の ルールを変えられるような人物になれるように、あな たの残りの人生を使ってみよう。そうすることで、あ なたがそうしてきたように、彼らもまた前に進み、高 みに上っていけるのだ。 10年間の研究の結論 もっと効果的に、永続的に、自分を変 えるには  ここ10年、私はいかにして人間が変われるかについ てJぺに一衣にいいいもと`スピリチュアルな視占から始 まり、大学での勉強そして心理学者としての博士号の 研究の間も続いた。私は現在も、求める変化をもっと も効果的かつ永続的に起こすにはどうすればいいかを 研究し続けている。  本書は、包括的な学術書のつもりで書いたものでは ない。そうではなく、自分が望む変化を効果的に起こ すための戦略を、手軽に提供しようとしたものだ。  本書をここまで読んだということは、あなたはきっ と、何か大きなものを求めているに違いない。自分に とって最高の目標や大志に沿った生き方をしたいと。 自分の人生をコントロールしていると感じたいし、強 烈な経験を通じて変わりたいと。  かなり多くの視点から見て、意志力は自己改革に効 果を発揮する取り組み方ではないということを、私は 心から自信を持っていえる。スピリチュアルの視点か らいえば、私なら自分の意志力よりも、高次のパワー に頼るだろう。モチベーションの視点からいえば、意 志力よりも「なぜ」が持つパワーに頼ると思う。行動 科学の視点からいえば、目標の価値を高めてくれる環 境に、意志力をアウトソースすることだろう。  意志力は、表面的なレベルでなら使えるだろうか? もちろんだ。しかし表面的なところで終わるなら、だ。 もし意志力を使って理にかなった結論を導きたいのな ら、うまくはいかないだろう。その人は結局のところ 必ず、自分の環境に適応せざるを得なくなるか、環境 をガラツと変えざるを得なくなるはずだ。  もしその人が頑なに意志を貫き通そうとするのなら、 この先の人生ずっと、意志力を使った大変な取り組み を続けるかもしれない。しかしそれでは他のすべてが 犠牲になってしまうし、その人は心の中で葛藤し、病 気やストレスを抱え、孤独になってしまうだろう。そ して、環境に屈服してしまうのだ。  悲しいことに、多くの人がこの道を通る。環境の力 を使って自分の価値観に沿った生き方をする代わりに、 ほとんどの人は意志力を使おうとし、結局、目標に相 反する柢いレベルの環境に落ち着いてしまう。  私か本書を書いた主な理由は、あなたは変われるの だと証明したかったからだ。あなたは、固定された存 在ではない。むしろ流動的だ。実のところ、あなたは かなり劇的に変わることだってできる。今すぐ変わる こともできるのだ。しかしもし自分だけに焦点を定め ていたら、こうしたことは絶対に実現できない。自分 を一番強力に変える方法は、自分の外にある環境を活 用することだ。環境を変化させれば、自分が変わらざ るを得なくなる。  「ゲームーPC・マウンテンデュー」 漬けから脱出した  私はH歳のとき、両親が離婚した。高校はなんとか 卒業したが、その年はほとんどビデオゲームをして、 パソコンの画面ばかり見て過ごしていた。食事といえ ば宅配ピザとマウンテンデューだけ。こうした環境に は、心の中では納得していなかったが、私はその環境 に作り上げられた産物になっていた。人生の辛酸を甞 めながら、私はそれを受け入れるようになっていた。 「人生なんてこんなもんさ」と自分に言い聞かせなが  20歳も間近というとき、この環境から徐々に離れよ うと決意した。まずは、週に何度か夜中にひとりでラ ンニングすることから始めた。  I囗のスケジュールはそんなに変わらなかった。睡 眠とビデオゲーム。しかし週に何度か入れていたラン ニングが、私を変え始めた。自分の環境にあるトリ ガーや感情の外に出て走るようになったおかげで、 はっきりと物事を考えられるようになったのだ。  また、自分が自分に作っている人生について考える こともできた。求めてもいない人生に、自分を適応さ せてしまっていることにも気づけた。自分は何者にな りたいのか、どんな将来を求めているのか、考えるこ ともできた。  半年ほどランニングを続け、2007年にフルマラ ソン大会に出場するに至った。そして20歳の誕生日直 後の2008年1月、それまでいた場所から出ること を決めた。家を出て、新しい自分として、新たに出発 する必要があった。もし家に居続けたら、完全なリ セットはできないとわかっていたからだ。  私は、国の反対側にある教会のプログラムで職を見 つけた。友達、家族、消耗してしまうようなゲーム、 そしてインスピレーションを与えてくれたランニング ともお別れした。  ここでスイッチがパチンと入っだ。  「親」になって職業観が大きく変わっ た  新しい環境と役割の中で、私は誰であれ、なりたい 自分になれた。私が何者かなんて知っている人はいな かったのだ。2年の間、私の役目は、途絶えることな く他の人たちに手を貸すことだった。その人たちの多 くは、私よりもずっとひどいバックグラウンドを持つ ていた。この仕事に加え、私は何時間も本を読み、 ジャーナルを山ほど書いて過ごした。勉強しているう ちに、いつかライターになろうと決意を固めた。  22歳になって実家に戻ると、私はもう過去の環境に は合わなかった。私は別人だったのだ。しかし留守に している間、あまりにも多くのものが何も変わってい なくて驚いた。  私は、学校と仕事、そしてできるだけ多くの本を読 むことに没頭した。新たに見つけたビジョンとスキル をもって、大学を3年で終え、ローレンと結婚し、そ して2014年、とある有名な博士課程に入学を認め てもらえた。この間、どうすれば質の高いメンターを 見つけて、その大との関係を最大限に活かせるのかを 学んだ。  2015年1月、博士課程を始めて4か月経ったこ ろ、ローレンと私は里親として承認され、3歳、5歳、 7歳の3人きようだいを受け入れた。過酷な環境で 育った子どもたちの親になるのは、私たち夫婦にとっ て大変革といえる経験だった。  5年以上も、プロのライターになりたいと思い続け ていたが、私の人生はまるで雪の中で身動きが取れな くなったトラックのようだった。前進するための摩擦 がまったくなかったのだ。  里親になっだのはまるで、トラックの荷台を木の枝 でいっぱいにするようなものだった。いったん「責 任」という負担を受け入れたら、すぐに切迫感を感じ るようになった。  当時は、授業料を払うため、そして4人の家族を養 うために学内で働いていたが、私はその仕事が正直に いうと大嫌いだった。  しかし、父親であり一家の大黒柱であるという新し い状況が作り出したモチベーションのおかげで、私は 大学での仕事をやめ、自分の執筆の基盤を築くための 時間を捻出する勇気が持てた。収入的には後退するこ とになるが、自分のキヤリアヘの長期的な投資になる と信じた。2015年の春、私は仕事をやめてオンラ インで執筆を始めた。  ライターとして自分が成功できることを疑ったこと はなかった。才能があるからなどではなく、成功せざ るを得ない状況だったからだ。妻と子どもたちは私を 頼りにしている。  またそれだけでなく、自分の持つ情報は今の世の中 に大きなニーズがあると思っていた。誰もが、とてつ もない可能性を秘めている。もし他の人たちを手助け するために私にできることがあるのなら、私はぜひし たいと思う。そのニーズは、かなりある。  「自分で決めた場所」で効果がはっき り見られる  自分の話をここに書くのは、本書に書いた原則には 効果があると証明するためだ。  あなたは変われる。しかし環境を変えなければいけ ない。  自分のレベルをアップグレードする準備ができるた びに、自分の環境を変え続けていかなくてはいけない。  あなたの人生で今後ずっと、それがパターンになっ てくれれば、と私は願う。進化を止めてはいけない。 経験や人間関係を通じて、大きく変化することを止め てはいけない。  あなたにはできる。  どこにいても、何に取り組んでいても、過去に何か あったのだとしても、あなたは変われる。しかし自分 の外の世界を今のままで変えないのなら、変化を起こ すことは決してできないだろう。そう断言できる。  私はこれまで、変わろうとしつつ苦しみもがく人た ちの姿を見てきた。苦しむのは、すべてのプレッ シャーを自分にかけているからだ。そんな方法ではう まくいかなかったし、いくはずもない。  環境を変えると、あなたも変わる。しかしその環境 は「あなた自身」が選ばなくてはいけない。誰かがあ なたのために環境を変えてくれたのであれば、長期的 にそこに適応できる可能性は柢い。あなたは環境の産 物だが、その環境はあなた自身が積極的に下した決意 でないといけない。そうでなければ、流されて生きて いくことになる。  心の準備はできているだろうか? 謝辞  本書は、数え切れないほどの人たちの協力なしには 成り立だなかった。メンター、教師、家族、友達から 受け取った協力のすべてに感謝したい。  とくに、このすばらしい人生を与えてくれ、常に私 とともにいてくれる神に感謝する。  妻のローレンには、夢を生きさせてくれたことと、 永遠の友でいてくれることに。より良い人間になれる よう毎日私に挑んでくれる子どもたちに。  母と父、スーザンーナイトとフイルー(Iデイ、兄 弟のトレバーとジェイコブには、インスピレーション を与えてくれ、無条件の愛を注いでくれることに。  義父母のケイとジャネイには、私かライターとして のキャリアを築く間に与えてくれた愛と金銭的なサ ポートに。  出版社アシェットの編集者ミシェルー(ウリーには、 冫→lFヨー・Oヨで私の著作を見つけてくれ、チャンスを 与えてくれ、本書を作り上げるのに手を貸してくれた ことに。  ライアンーホリデーには、彼が書いたインスピレー ションに縊れた本と、本書の企画書やエージェント探 しに手を貸してくれたこと、そして本書の制作から マーケティングに至るまで手助けしてくれたことに。  ジミー・ソニには、本書の編集面でのアイデアと手 助け、2年間で提供してくれたすべてのサービス、そ して誠実でいてくれたことに。  エージェントのレイチェルーボーゲルには、私か堅 実なキャリアを選択するのに手助けしてくれたこと、 そして心の支えとなってくれたことに。  修士課程の研究指導者、シンデイーピユーリーには、 忍耐強く、理解を示してくれたことに。私はよくいる 学生でもなければ、理想的な教え子でもなかったのは 自覚している。あそこまで配慮してくれる、あれほど の指導者は他にいなかっただろう。  ジェフーゴインズには、私かライターとしてのキャ リアを築く際に与えてくれた指導と友情に。  リチャードーポールーエバンスには、執筆活動と人 生を指導してくれたことに。  ジーニアスーネットワークのショー・ポーリッシュ と彼のチームのみんなには、私の成功に驚くほど寛大 で、多くを与えてくれたことに。  ジョエルーウェルドンには、より良い講演者になる ために、強力かつ見事な協力をしてくれたこと、そし て人生が変わるほどのチャンスを非常に気前よく与え てくれたことに。  命の恩人ともいえるJRには、本書のタイトルをつ ける手助けをしてくれたことに。  ネイトーランバートには、執筆スキルを伸ばす力を 貸してくれたこと、そしてそれ以来ずっと親友のひと りでいてくれることに。  ジェフリー・リーバーとブレントースライフには、 大学在学中に教えてくれたことに。2人は私の物の見 方を変えてくれ、本書の多くは彼らから学んだことを もとにしている。  マイケルーバーカー、ジェインークリステンセン、 ブライアンークリステンセン、マットーバーロウ、ス ティーブーダウン、ウェインーベック、アランーバー ンズとリンダーバーンズ、ミリンダーコール、リッ チー・ノートンには、サポートしてくれたことと家族 でいてくれたことに。  そしてここに個別に書き切れなかったまだまだたく さんの人たちに、ありかとうとお伝えしたい。恐縮し つつ、感謝している。  最後に、私に刺激を与えてくれた本を書いたすべて の作家たちに感謝したい。  【著 者】 ペンジャミンー(Iディ(Benjaヨ一コHardy) 組織心理学者、著作家、起業家。 クレムソン大学大学院博士課程修了。ブログーサービ ス冫ヽ一edium」で多くのフォロワーを持ち、そのネッ ト上のプレゼンスと影響力は、『フォーブス』『サイコ ロジー・トゥディ』『フォーチュン』などで取り上げ られた。心理学専門誌の電子版「サイコロジー・トゥ ディ」などに寄稿中。現在、アメリカのフロリダ州で 妻のローレンと5人の子どもたちとともに暮らしてい る。  【訳 者】 松丸さとみ フリーランス翻訳者・ライター。 学生、日系企業駐在員として英国ロンドンで6年強過 ごす。著書に『世界は犬たちの愛で満ちている。』(泰 文堂)、訳書に『限界を乗り超える最強の心身』(CC Cメディア(ウス)、『自分に自信を持つ方法』(共訳、 フォレスト出版)、『マインドフルネスを始めたいあな たへ』(星和書店)などがある。