経済はお金から学べ 著者:蔗亘三 はじめに 私たちは、情報社会の真っただ中にいて、世界中の経済ニュースをその日のうちに知ることができます。「日経平均株価が4万円を突破」(2024年3月)、「日銀、利上げ決定」(2024年7月)、「トランプ大統領、日本の追加関税率を25%と発表」(2025年4月)でも、このニュースを聞いて、「株価が上がったら、給料も上がるの?」「自分にはどんな影響があるの?」「世の中はどう変わっていくの?」と疑問に思いませんか。残念ながら、ニュースの役割は、そのときの出来事を伝えることなので、今後の予測は視聴者まかせとなります。本書を手にしてくださった方は、「経済とは何なのか」をどうにかして学びたい、「だから何かどうなるの?」という疑問に自分で答えを見いだしたい、と考えているのではないでしょうか。経済には「複雑で難解」「漠然としていて分かりにくい」というイメージがあります。数学のように、答えは1つとは限らないし、YES・NOでは対応できないこともたくさん出てきます。今回、出版社から本書執筆のオファーをいただいて、どうしたらこの経済のイメージを払拭できるか、自分なりに考えてみました。 とことんシンプルに考える 私にあるものといえば、35年を超えるファンドマネージャーとしてのキャリアです。そして、長年にわたって世界のお金の流れを見続けてきた自負があります。たとえば会社員は、仕事の対価として給料を受け取り、そのお金で生活に必要なモノを購入したり、住宅ローンを返済したり、旅行や趣味を楽しんだり、そしてまた給料を受け取るために仕事をします。私たちはパン屋でお金を支払ってパンを買います。パン屋は、そのお金で、材料を仕入れたり、お店の家賃や光熱費を支払ったり、アルバイトを雇ったりして、またパンを売ります。人だけでなく、企業も国も、その活動には、必ずといっていいほど「お金」が絡み、受け取りと支払いが繰り返されることで、お金は世の中を回っています。そこで私は、私の専門分野である「お金の流れ」を最大限シンプルに描くことで、皆さんに経済の全体像をお伝えしたいと考えました。 経済という舞台で展開する3つのストーリー 本書では、経済=お金の流れの循環の仕組み、という前提で話を進めていきます。基本的には、「お金が心地よい速さで流れている=景気が良い」状態であり、「お金の流れがどこかで滞っている=景気が悪い」状態です。また、お金の流れの循環は血液のようなもので、速すぎても遅くても、どこかで不調をきたし、景気は悪くなります。やっぱり心地よい速さで流れていることが大切なのです。このお金の流れを調整するための方法には、次の3つがあります。本書ではこの3つの方法を、1つずつ解き明かしていきます。 ①利上げや利下げに関わる「金融」 ②補助金や税金に関わる「財政」 ③輸出や輸入に関わる「貿易」 いってみれば、経済とは、経済という舞台の上で、お金の流れを調整するための3つのストーリーが同時展開しているようなイメージです。もちろん、あなた自身もこの舞台に立つキャストの一員です。自分がどんな役でどのようにお金の流れと関わっているのかを考えながら演じると、ストーリーをより身近に感じるはずですし、経済とはこういうものだったのかと腑に落ちるはずです。 経済を学べば「お金の教養」が身につく 「お金の流れ」を考えれば、経済の全体像が見えてきます。ニュースをただ聞くだけでなく「なぜそうなっているのか」を考察し、自分なりの意見を加えることができれば、ビジネスチャンスが広がるかもしれません。メリットはそれだけではありません。「お金の教養」が身につき、景気の行方を自分なりに予測できるようになり、気づかぬうちに投資に必要な力が養われます。ただ、本書のテーマはあくまでも「経済を学ぶこと」であり、投資商品や投資のノウハウはほとんど扱いません。投資をするかどうかは、皆さん次第です。しかし、経済を学んで「お金の教養」も身につくのであれば、一石二鳥だと思いませんか。本書では、序章で、経済を「お金の流れ」から学ぶことの意義をより詳しく解説します。そして、そのお金の流れを、第1章は「金融」、第2章は「財政」、第3章は「貿易」に分けて学んでいきます。終章では、「お金の流れは、『物価』に現れる」がテーマになっています。インフレか、デフレか、簡単にいえば、モノの価格が上がるか、下がるかということで、意外にも身近な話になってきます。「お金の流れ」を軸に直近40年間の日本経済を振り返り、また、今後の日本経済についても考えていきましょう。経済は壮大な舞台なので、できるだけシンプルに考えることが大切です。皆さんのお財布の中にあるお金。どこから来て、どこへ行くのか、そしてどうやって戻ってくるのか、自分のお金の行方を思い浮かべながらお読みいただければと思います。 経済はお金から学べ これまでの経済本では、なぜつまずくのか? 「経済は、何度勉強しようとしても、途中でつまずいてしまう」とよくいわれます。そもそも「経済」とは何か。まずは試しにGoogleで「経済とは」と検索してみることにします。いきなり、次のような記述が表示されました。「人間の生活に必要な物を生産・分配・消費する行為についての、一切の社会的関係」(oxrora Languagesによる)。なるほど、これではつまずくのも無理はありません。「人間の生活に必要なモノを作り、分けて配り、使ってなくす行為」までは何となく分かるけれども、最後に出てくる「一切の社会的関係」はやっかいな言葉です。普段の会話の中で「社会的関係」なんて言葉を使う機会はないし、具体的にだれとだれ、何と何との関係なのか、はたして自分も関係しているのか……疑問がわいてきます。だから「経済は複雑で分かりにくい」といったイメージが強いのでしょう。 そんな経済をどうにか分かりやすく説明するため、経済学者、エコノミスト、大学教授、経済アナリストなど、さまざまな専門家が、いろいろな角度から経済を解説する本を出版してきました。ご多分に漏れず、私も「経済について分かりやすく解説してほしい」という依頼を受けて、この本を執筆することになったわけです。まだまだ、経済の全体像や自分との関係がイメージしにくいという人が多いようです。 経済は、お財布にあるお金の延長です。「経済の全体像を示し」ながらも、できるだけ「コンパクトに解説」する。相反することではありますが、私は「お金の流れ」という切り口からアプローチしていけば、十分にこの課題をクリアできると思いました。 「お金」は私たちの生活と切っても切り離せません。私たちは給料や年金を受け取り、衣食住に使っています。私たちのお財布には、入ってくるお金と出ていくお金があり、私たちはすでに「お金の流れ」を目にしています。さらに、私は35年以上もの間ファンドマネージャーとして、世界のお金の流れを見続けてきました。そんな私と皆さんとの共通項は「お金の流れ」だと確信しました。目の前の小さなお金の流れを、日本全体に、そして海外へと広げていくことで、経済の仕組みを学んでいただきたいと考えたのです。 そうはいっても、経済を動かしているのは、政治家とか官僚とか、大企業の経営者たちであって、自分とはあまり関係がないと考える方もいるでしょう。否定はしませんが、私たちの生活そのものが、経済の一部を構成しているということを忘れないでください。企業は、働く人やモノを買う人がいることで成り立っているし、買い物をすれば消費税を納め、マイカーを持てば自動車税を納め、それが国や市町村の収入の一部になっています。銀行にお金を預けたり、家や車を買うために銀行からお金を借りたりもします。私たちのお金が、経済を動かしているのです。 皆さんが日々接している「お金」と「生産・分配・消費の行動」をつなげましょう。きっと自分が経済を構成する一員であるという自覚が生まれるはずです。また、経済は「数字に強くないと理解できない」というイメージを持っている方もいますが、そんなことはありません。本書では、細かい数字や難しいグラフはなるべく使わず、専門的な用語はできるだけかみ砕いて説明していきますので、安心してください。 皆さんは最近、何にお金を使いましたか? 外食、旅行、それともネットショッピングでしょうか。新型iPhoneを買ったという人がいれば、新車を予約したという人もいるかもしれません。いやいや、使わずに貯蓄をしている、という堅実な人もいるでしょう。美味しいものを食べに行く、ほしかったモノを買う、休みが取れたから旅行をする、将来が心配だからお金を預ける。それぞれの行動は違っていても、「お金が動く」というのは同じです。 私は会社Aの社員です。仕事をすると、その見返りに給料(お金)を受け取ることができます。そして、会社A自体も、会社Bに商品を販売することでお金を受け取ります。一方、外食をするときには、私がレストランにお金を払います。レストランは、農家から料理の食材を仕入れるために、お金を払っています。農家も、肥料や機材を買ったり、外食をしたりして、お金を払いますし、その先も同じです。 お金の流れを追うと、全然関係がないように見える農家と会社Bがつながります。そして、お金の流れの良し悪しが、外食、仕事、販売のすべてに影響を及ぼすことが分かります。こんな身近な例を一つとっても、お金の流れに着目すれば、社会的関係といわれるものの一端が見えてきませんか。現実の経済全体はもっと広範囲にわたっていて、複雑な要素が絡み合っていますが、基本的な考え方は同じです。本書では「お金の流れ」を使って経済を解き明かしていきたいと思います。 経済の図解でよくあるのは、「政府・企業・家計」の関係を表す大三角形の図ですが、まずは、この図は忘れて頭を白紙にしてください。本書では、経済を「金融・財政・貿易」という3つに分ける形を採用します。さらに、経済を舞台に見立てました。その経済という舞台で、「金融」「財政」「貿易」という3つのストーリーを展開することにします。なぜなら、経済とは、群像劇のようなものだと思ったからです。 群像劇とは、複数のストーリーが同時に展開する形式の作品です。ホテルのような1つの大きな場所があって、同じ空間にさまざまな目的でホテルを訪れる人々のストーリーを並行して描くというのが群像劇の代表パターンです(「グランドーホテル形式」とも呼ばれています)。私は、群像劇を観ていると、別々のストーリーなのに、登場人物が絡み合い、重なり合うたびにドキドキワクワクし、次の展開を楽しみにしてしまう自分に気づきます。本書では、経済という名の大きな舞台で、「金融」「財政」「貿易」という3つのストーリーが同時進行します。それぞれ登場人物は少し異なりますが、主人公が「お金の流れを良くする」というゴールを目指し、さまざまな手段を使って奮闘するストーリーです。 では、主な登場人物を紹介しましょう。主人公‥銀行(日本銀行・民間銀行)または政府(国・地方公共団体など)。お金が絡む日本経済を考えていく上で、この配役は妥当でしょう。 キャストA一家は給与などの収入を得て、そのお金でモノを買い、消費します。キャストB企業はモノやサービスを売るだけでなく、買うこともあります。キャストC海外は輸入や輸出の相手です。 本書には、日本銀行(日銀)と民間銀行(単に銀行)の2つの銀行が登場します。民間銀行とは、都市銀行、地方銀行、信用金庫など、いわゆる預金を取り扱う銀行とします。 私たちは観客ではありません。3つのストーリーすべてに出演するキャストなのです。しかも、私たちの役どころは1つではありません。まず、私たちは衣食住にお金を使うので、キャストAの「家計」を演じることは確定です。そのほかに、あなたが一般企業で働いていたら、実際にお金を扱っているかは別として、キャストBの「企業」の一員になります。もし「政府」や「日銀」で働いている方がいたら、主人公の役がめぐってきます。ただ、そうなると、役に応じてお金との接点が異なってきます。今、自分はお金を払う側なのか、受け取る側なのかはしっかり確認しておきましょう。 自らが登場人物となり、実体験を交えながら3つのストーリーを理解できれば、経済がもっと身近に感じられるに違いありません。 「経済」の入門書を読むと「景気」とか「投資」といった言葉が出てきます。経済、景気、投資の違いを、ここで整理しておきましょう。 経済とは「お金の流れの循環の仕組み」のことです。日本銀行、銀行、政府、家計、企業、海外が何らかの形でつながり、お金の流れを作っています。その仕組み全体が経済ということです。そして、お金の流れは「金融」「財政」「貿易」の大きく3つに分けることができます。 景気は「お金の流れの循環の状況」です。要するに、お金が心地よい速さで流れているかいないかという状況を、「景気が良い」とか「景気が悪い」といった言い方で表します。景気が良いときは、家計にお金が入る→モノを買う→モノの価格が上がる→企業の業績が向上する→給与が上がるという好循環が生まれます。逆に、景気が悪いときは、家計にお金が入ってこない→モノを買わない→モノの価格が下がる→企業の業績が悪化する→給与が減少するという悪循環が起きます。 投資とは「お金を働かせる作業」です。分かりやすくいうと、お金を株式や債券、不動産といった資産に替えることで、経済成長の果実を得る行為を指しています。株式の場合は、企業の株式を購入し、企業に資金を提供することで、企業が成長して業績が上がれば、配当金や株主優待を受け取ることができます。債券の場合は、国や企業が発行する債券を購入し、一定期間、資金を貸し出すことで、定期的に利息を受け取ることができます。利息は少額ですが、安定的な収入といえます。なお、貸出期間が終了すると資金は返却されます。不動産の場合は、マンションや一軒家、駐車場となる土地などを購入して賃貸すれば、家賃や駐車場代を受け取ることができます。いずれの資産も価格が上がったところで売却すれば、売却益が得られます。このように、お金を何かに替えたことで受け取れるお金が「経済成長の果実」です。投資とは、お金でお金を生み出す作業ともいえそうです。 どうしてお金の流れの循環が大事なのでしょうか。なぜお金は心地よい速さで流れる必要があるのでしょうか。「何かをすると、お金が動く」のですが、裏を返せば、どこかで何か支障が出ると、お金が必要なときに必要なところに行き渡らないという問題が起こり得るのです。会社の業績が悪化すると、お金の流れが滞り、その先の先にある農家までお金が届かなくなるのもその一例です。 住宅ローンは、マイホームを購入するために銀行からお金を借りる方法です。手持ちのお金が少なくてもマイホームが購入でき、借りたお金は、長年かけて少しずつ返済していく仕組みです。もし住宅ローンがなかったら、20年も30年もの間お金を貯めないとマイホームを持てない人がたくさん現れます。実際、私もその一人です。マイホームを買う人が減ったら、当然ながら、住宅メーカーや不動産会社、建設会社の仕事も激減するでしょう。その影響で、法人税などの国や市町村の税収が減り、年金や生活保護、傷病手当金などのお金を支給する制度の枠組みが崩れたら、高齢者や所得が少ない人、病気や怪我をした人などにお金が行き渡らなくなり、死活問題に発展するかもしれません。私たち国民が、働くことで収入を得て消費する、年金や補助金制度を利用して健康で文化的な生活を送る、そのためには、お金があるところから、お金が必要なところに、お金が流れる仕組みを作り、その仕組みを維持していくことが必要なのです。 お金の流れが速いほど景気はどんどん良くなるかというと、実はそうではありません。お金の流れの循環が速すぎると、景気はいずれ悪くなってしまうのです。レストランの経営を例にして考えてみましょう。景気が良くなり、多くの人が「レストランで食事をしよう!」と考えたとします。あるレストランの5000円のコース料理は、新鮮な野菜や珍しい食材を使っていて評判が良く、満席となる日が増えました。お客さんは満足し、レストランは繁盛し、お金は、お客さん→レストラン→仕入れ先へと、心地よく流れている様子が目に浮かびます。景気が良い状態です。問題は、ここからです。 さなくてはなりません。しかし、市場に出回っている量は限られるので、食材の「価格が上がります」。また、接客も忙しくなるので、料理人やホールスタッフに「ボーナスを払う」ことも必要でしょう。 レストランが料理とサービスの質を維持するためには「価格を上げる」しかありません。コース料理の価格は5000円、7000円、1万円と上っていきます。このあと、お客さんはどうするでしょうか。美味しいなら1万円でも払うという方もいるでしょう。でも、さすがに手が届かないと思うお客さんがいても不思議はありません。価格が上がるにつれ、レストランに行くのを控える人が出てきます。 お客さんが減ったら、レストランにお金が流れなくなり、いずれ料理人たちや仕入れ先にも流れなくなります。価格を下げたとしても、一度離れてしまった客足は簡単には戻りません。「あんなに景気が良かったのに……」というレストラン経営者の嘆きが聞こえてきそうです。 お金の流れが速すぎると、まず需要が増えて、供給が不足します。供給を増やすため、モノの価格が上がります。そして、価格が高いと感じる人が多くなり、需要が減ったら、今までのようにお金が流れなくなり、いずれ景気は悪くなります。 1980年代の日本にバブルと呼ばれた時代がありました。その後バブル崩壊に至ります。バブルは、お金の流れが速すぎた最たる例といえるでしょう。 お金の流れは、よく血液の循環にたとえられます。健康を維持するには、血液が適度に安定したペースで流れている状態が理想です。血液の流れが速すぎるときとは、たとえば、激しい運動をしているときです。心臓が血液をどんどん送り出す必要があるため、心臓だけでなく、血液を受け取る各臓器にも、いつも以上の負担がかかります。 逆に血流が遅すぎる、または、どこかで滞って、体内に酸素や栄養素が行き渡らなければ、肩こりやむくみ、冷え性などの症状が出ることもあるし、深刻な病気につながることもあります。これは経済も同じです。お金の流れが速すぎても遅すぎても、景気にとって良いこととはいえません。 お金が適度に流れているとはどういう状態なのでしょうか。お金が流れる速さとは、その国にどれだけの生産能力があるかによって、国ごとに決まります。この疑問を解くには、「潜在成長率」がヒントになります。潜在成長率とは、中長期的に持続可能な経済成長率のこと(推計値)で、おおよその「その国が持つ経済成長の実力」が分かります。 その国の規模に対する人口や、15~60歳くらいの働く世代がどのくらいいて、モノを生産するための設備や仕組みがどのくらい整っているかなどで評価されます。レストランでいえば、広さや席数に対して料理人やホールスタッフが何人いるか、大型オーブンやフライパンなど調理道具はどのくらい揃っているかということです。 現在の潜在成長率(年率)は、日本では0~1%、中国では5~6%といわれており、それぞれの国が、この水準を保って経済が成長していくことを目指しています。つまり、この水準が、その国にとってお金が適度に流れている状態なのです。 日本には、世界に誇れるトヨタ自動車やソニーグループもあるのだから、経済成長の実力はもっと高いのではないかと思われるかもしれませんが、ここ30年余り日本経済が低迷を続けたことや、人口が減少傾向にあることで、潜在成長率は0~1%に留まっています。 一方、2025年の経済成長率見通し(年率)は、IMF(国際通貨基金)の発表によると、日本は0.7%、中国では4.8%となっています。この数値が、その国の2025年の経済成長の力を示していることになります。 今の日本は、実力が0~1%である中、0.7%の力を出せるようになったようです。今後この水準を保てるかが気になるところです。中国の経済成長率の4.8%とは、日本にとっては夢のような流れの速さです。速すぎて景気が悪くなるのではと心配になるほどです。 しかし、中国の潜在成長率は5~6%なので、今の4.8%では、まだまだ実力を出し切れていない状態といえます。中国では失業者が増加していることもあり、中国国民は、景気を良くしろ!お金の流れをもっと速くしろ!と、不満を爆発させているようです。つまり、国ごとに、経済成長の実力には差があり、お金の流れの「適度な速さ」はこんなにも異なるのです。 経済とは、経済という舞台の上で、「金融」「財政」「貿易」という3つのストーリーが展開されるノンフィクション群像劇のようなものです。どのストーリーも、ゴールは「お金の流れを良くすること」です。それぞれのあらすじを紹介しましょう。 金融の主人公は日銀です。日銀が景気を安定させるためにお金を融通することで、お金の流れを調整しています。 財政の主人公は政府です。担当するのは財務省です。政府が国を良くするために、国民を支援するためにお金を配るために、お金を集めることで、お金の流れを調整しています。 貿易の主人公も政府です。主に経済産業省になります。政府が輸出し、輸入するために海外にお金をつなぐことで、お金の流れを調整しています。 突然ですが、あなたは今、投資をしていますか。「将来のために、毎月NISA(少額投資非課税制度)で投資をしている」「最近、株式投資を始めた」という人が増えてきた気がします。一方で、よく分からないから、損をするのが怖いから、などの理由で投資はせずに、「お金は銀行に預けたままにしている」という人も多いでしょう。 しかし、銀行に預けたままの人も、実は知らないうちに投資を行っているのです。たとえば、銀行なら預かったお金で、生命保険会社や日本年金機構なら加入者が納めた保険料で、それぞれ株式や債券を購入するなどして投資を行っています。これにより、銀行などは経営が安定化するので、私たちは安心してお金を預けたり、保険に加入したりすることができています。さらに、保険料が比較的安くなったり、将来受け取る年金の額が増えたり、さまざまなメリットがもたらされます。つまり、間接的ではありますが、私たちは投資を行っているのです。 お話ししたとおり、投資は「お金に働いてもらう作業」であり、「経済成長の果実を得る行為」です。もし、給料を増やそうと思ったら、勉強して資格を取ったり、仕事で成果を上げて昇進したり、方法はいろいろあります。ただ、今の日本の平均的な賃金上昇率は0~2%程度といわれているので、普通に頑張っても、給料の大幅アップは期待できません。 これに対して、過去10年間における上場企業の1株あたりの利益の伸び率を見ると、日本は6%、米国は8%となっています。これは、おおよそですが、株式に投資した場合の期待リターンに相当します。また、名目成長率(過去10年平均の名目GDP〈国内総生産〉)を見ると、日本は1.7%、米国は5.2%となっています。これは債券に投資した場合の期待リターンに相当します。 ここでいう期待リターンとは、その資産を保有したときに長期的に期待されるリターン(1年あたりの平均)のことで、その資産の実力を表しています。債券より株式に投資したほうが期待リターンは高いですが、株式のほうが優秀というわけではありません。期待リターンのブレ幅が大きい、つまり、債券より株式投資のほうが、年によって収益の増減が激しく、リスクが高いということです。 ここでは、細かいことは抜きにして、「給料を上げるために頑張るより、株式や債券に投資したほうが、リターンが期待できそうだ」と理解していただければ十分です。そう聞くと、少しは投資をして、資産を増やそうという意欲がわいてきませんか。とはいえ、頑張っても意味がない、資格取得も昇進もムダだということではないので、その点、誤解なきようお願いします。 なんといっても、投資のコツは長期運用です。短期間で大きく儲けようとせず、リスクを抑えて収益を積み重ねていくことが、投資で成功する秘訣だからです。資産運用には、大きく分けて、ギャンブル、投機、投資の3種類があります。向き・不向き、得意・不得意はあるでしょうが、どれが良いとか悪いとかではありません。 たとえば、宝くじや競馬はギャンブル、デイトレード(数時間から1日という短期間で取引を完了させる取引スタイル)は投機に分類され、どちらもすぐに結果が出る方法です。一攫千金の夢がありますが、大損をすることもあります。投資とは、NISAやiDeCoなどのように、長い時間をかけてコツコツと資産を増やしていく方法です。 ただ、投資は長期運用がベストだと分かっていても、その途中で、資産の価格は何度も上下を繰り返します。皆さんは、自分の持つ資産の価格が下がっていても、気にしないでいられるでしょうか。「日経平均株価が暴落した」というニュースが流れたとします。暴落のときは、いくつもの要因が重なることが多く、すぐには今後の展開が見通せません。自分の持つ株式や債券の価格もすでに下がっているでしょう。 「明日はもっと下落するのではないか」と不安になり、「今のうちに売れば、傷は浅くて済むかもしれない」と、持っている資産を売却したくなるのが人間の心理というものです。結果的に、一番安いタイミングで売っていたり、逆に、価格が上がっていく過程では、高いタイミングで買っていたりすることがしばしば起きます。「分かっていてもできない」ところに長期運用の難しさがあります。 でも落ち着いて考えれば、景気は良くなったり悪くなったりするのですから、投資資産の価格が上下するのも当然のことです。長期運用していれば、上下を繰り返す中で、価格は平準化されてくるので、焦る必要はありません。長期運用こそが投資の醍醐味と思ってください。 大切なのは、「自分で考える」ことです。ギャンブルと投資は、手法は違っても、共通点はたくさんあります。ともに、目標は資産を増やすことであり、そのために予習・復習をすることです。競馬はギャンブルの代表例ですが、当たる確率を高めるため、馬の血統やこれまでの成績、騎手と馬との相性、馬場情報、当日の天候などを調べたり、パドックで歩く馬を観察したりして、レース展開を予想します。そして、レース終了後には、勝因や敗因を分析し、次のレースに活かすはずです。 投資もそれと似ています。投資での予習とは「経済を学ぶ」ことです。お金の流れを理解しておけば、経済ニュースが出たときに、何か起こったのか、何にどう影響するのかを自分で考えることができます。価格が上下しても一喜一憂せず、「株価は下がって当然だったな」と納得したり、「そろそろ上がり始めるはず」だと買い増しを考えたり、焦らずに投資戦略を練ることができます。 競馬同様、予想が外れたときは、その理由を分析して、次の機会に活かせばいいのです。そうやって予習・復習を繰り返すことが、長期運用の実現につながるわけです。経済は現在進行形なので、次々と新しい出来事が起こるし、思わぬ事態も発生します。常にキャッチアップし、お金の流れの循環を追うことで、経済を学ぶだけでなく自分の大切な資産を増やしていけたなら、まさに一挙両得だと思いませんか。 投資をしなくても、お金の流れを学べば、世の中のお金に関する仕組みを理解できるようになるので、損はありません。ぜひ本書をお読みいただき、「経済の教養」はもちろん、同時に「お金の教養」も身につけてください。 お金の流れを調整するための1つ目の方法は、金融です。金融では、日銀が景気を安定させるためにお金を融通することで、お金の流れを調整しています。 さっそくですが、なぜ経済には金融が必要なのでしょうか?たとえば、あなたがカフェを開く夢を持っているとします。私なら、緑がたくさん見える場所で、ゆったりと時間を過ごせるお店、コーヒー豆やコーヒーカップにはこだわりを持ちたいものです。 では、実際にカフェを開くとしたら、何か必要になるでしょう。まず店舗、次に、お店に合うテーブルや椅子、食器、コーヒー豆のほかにもミルクや砂糖などの消耗品、豆の焙煎機、冷蔵庫など、用意するものを挙げていったらキリがありません。お店を借りる、モノを買う、いずれにしても、すべてお金が必要です。 しかし、開業費用を一括で払えるほどお金を持っている人は限られます。現実的には、まっさきに、「お金を借りる」ことを考えなくてはなりません。お金の目処がたって初めて、カフェ開業への扉が開かれるのです。政府も企業も、一般的にはお金を余らせておくことはないので、カフェの例と同様です。 政府や市町村が、道路工事などの公共事業を発注する際には、お金が必要ですが、このお金の一部には、国民から集めた税金が使われています。貸し借りに置き換えると、政府は、国民からお金を借りて、安全かつ快適に生活するためのモノを国民に返しているようなものです。 また、企業は、新商品を開発するために、新たな機材を導入したり、研究員を増員したりすることがあります。余剰資金がなければ、お金を借りて開発を始めます。いわゆる一種の先行投資です。 お金を借りることができれば、あなたはカフェを開く(生産する)ことができ、私たちはコーヒーを味わう(消費する)ことができます。私たち消費者が払ったお金で、あなたは借金を返済できるし、新たにケーキを取り扱ったり、テイクアウトを始めたり、活動を広げることもできるでしょう。お客さんが増えれば、経営も安定化するはずです。 逆に、お金が借りられないと、行動が起こせないという事態があり得るので、お金を借りるための仕組みを作る必要があります。 い)人を紹介して……E取近の言葉でいうと、両者をマッチングさせて……お金の貸し借りをできるだけスムーズに成立させようということです。この、お金を融通する仕組みが「金融」です。 お金の調達方法 経済では一般的に「お金を借りる」ことを、「資金を調達する」といいます。その資金の調達方法は、間接金融と直接金融の2つがあります。 ①間接金融 1つは間接金融です。簡単にいうと、銀行が、資金の貸し手と借り手の仲介役となることで、資金が調達できる方法です。資金の貸し手は、たとえば預金という形式で、銀行にお金を貸します。その代わりに銀行から金利(利息)を受け取ります。資金の借り手は、銀行から、融資という形式で、お金を借りる代わりに金利(利子)を払います。貸し手と借り手は、それぞれ銀行が取引相手になるので、お互いの顔は見えません。返済してもらえるか分からないから、知らない人には貸したくない、または、借金なんて恥ずかしいから知っている人には借りたくない、という面倒な問題もなく、ある意味安心して、貸し借りができます。ここで、「貸し手は預金という形式で」といいましたが、預金をするのはお金が余っている人です。意外かもしれませんが、主に私たち「家計」を指しています。「いやいや、我が家にはお金なんて余っていない!」と思う人もいるでしょうが、多くの家庭では、子供の教育や老後、万一の病気に備えて、今すぐに使う予定のないお金を銀行に預けています。塵も積もれば山となるとよくいいますが、一世帯ごとの預金額は少なくても、日本全体で考えれば、一番お金が余っているのが家計なのです。そう考えると、銀行が資金調達の仲介役となるのも頷けます。 ②直接金融 もう1つは直接金融で、文字どおり、資金の借り手が、貸し手から直接的に資金を借りる方法です。この直接金融は、企業が事業を行うためや、政府が税収不足を補うなどのため、資金を調達する場合に多く用いられます。直接金融には、主に株式の発行と債券の発行という2種類の方法があります。 ・株式の発行 企業が株式を発行し、その株式を購入してもらうことで資金を調達する方法です。株式の購入者は、資金を貸すのではなく、企業の成長を期待して資金を提供し、その代わりに、金利ではなく、企業の成長次第で配当金や株主優待を受け取ります。通常、期間の定めはありません。 ・債券の発行 債券とは、借り手(債券の発行者)の名前、借りる期間、払う金利などが書かれた借用証書のようなもので、政府が発行する債券を国債、企業が発行する債券を社債といいます。政府や企業などが債券を発行し、その債券を購入してもらうことで、資金を調達する方法です。債券の購入者は、一定期間資金を貸し出す代わりに、借り手から金利を受け取ります。貸出期間が満了すると、資金が返ってきます。 銀行の由来 日本で初めて「銀行」という言葉が使われたのは、明治5(1872)年に制定された「国立銀行条例」でした。この条例を作る際に参考にした米国の国立銀行法の「Bank」を「銀行」と訳したことがきっかけです。また、「bank」の語源は、諸説ありますが、イタリア語の「バンコ(banco)」だといわれています。銀行の原型は、貿易が盛んだった中世のイタリアの両替商だともいわれていて、その両替商の人々が両替するのに使っていたのが、バンコと呼ばれる長机だったそうです。 金融の核は「金利」 私が「金利」を連呼している理由は、これからご覧に入れる数字を見ていただければ一目瞭然です。まず、今の日本で、家計や企業、政府が調達しているお金の総額は、約3765兆円です(2025年3月末時点)。家計や企業、政府に約3765兆円のお金が流れているということです。その内訳で主なものは次のとおりです。 ①銀行借入……約1144兆円 家計と企業が、銀行から借りている資金の合計で、この内訳は、家計が約380兆円、企業が約612兆円、政府が約152兆円です。 ②債券発行……約1274兆円 政府や企業が債券を発行することで調達している資金の合計で、その内訳は、企業が約100兆円、政府が約1174兆円となっています。 ③株式発行……約1347兆円 企業が株式を発行することで調達している資金です。ここで、前項のお金の調達方法を思い出してください。金利を払って資金調達する方法は、銀行借入と債券発行の2つなので、「①+②=約2418兆円」です。総額が約3765兆円なので、約2418兆円といえば、全体の6割を超えます。すなわち、金融によって流れるお金のうちの6割以上もの資金調達が、金利の影響を受けていることになります。住宅ローン金利が上がったら、マイホームの購入をためらう人がいるように、金利が上がると、資金が調達しにくくなります。企業なら、事業拡大や設備投資がままならなくなり、経営不振に陥るかもしれません。逆に、金利が下がったら、資金を調達しやすくなります。借金を増やすことにはなりますが、マイホームを購入したり、事業を拡大したり、活動の幅を広げることができます。このように、私たち家計も、企業や政府も、その活動の多くが金利に左右されているのです。つまり、「金利こそが、金融の核」なのです。「金融を学ぶ」とは、「金利を学ぶ」ことだといっても過言ではありません。 金利の誕生 では、金融の核となっている「金利」は、どのようにして誕生したのでしょうか。今でも、「タマゴサンドを1個あげるから、ムサンドをちょうだい」「いいよ~」なんて会話をすると思いますが、昔から似たようなことがありました。 ルーツは物々交換 まだお金がない時代は、ほしいモノを手に入れるために、人々は物々交換をしていました。たとえば、野菜を育てているAさんと、果物を育てているBさんがいたとします。もし、Aさんが果物を食べたいと思ったら、Bさんに「私の野菜をあげるから、あなたの果物を私にくれませんか」とお願いするでしょう。Bさんが「OK」と承諾してくれたら、交渉は成立です。自分で育てなくても、Aさんは果物、Bさんは野菜を食べることができます。この物々交換は、タイムラグ(時間差)という要素が加わって、貸し借りの形式に変化しました。この貸し借りが始まったことで、金利は誕生します。その場での交換ではなく、受け取るのは今日ですが、返すのは10日後にしてもらう代わりに、お礼の品を添えるという感じでしょうか。 日本における金利の起源は、「出挙」という制度だといわれています。出挙とは、春に種籾(稲の種)を貸し出し、秋に収穫後、貸し出した分に金利分を加えた種籾を返済させるという「稲の貸し借り」です。当時は、種籾などのモノが金利として使われていました。 お金のルーツ お金のルーツも物々交換にあるといえます。物々交換は、相手がほしいモノを差し出さないと交換が成立しないという弱点がありました。そこで、交渉を成立させるために、「これなら交換しておいても損はない」と思わせるモノを差し出すようになります。まずは、生活必需品で長期保存が可能なコメや塩、そして金属などの「物品貨幣」が選ばれました。自分で利用してもいいし、ほかにほしいモノができたら、相手に差し出せばいいのです。その後、持ち運びやすく、量や価値が分かりやすい、金や銀、銅で造られた「鋳造貨幣」が主流となりました。さらに重さや使い勝手が追求されて、金や銀の引換券が作られ、お金そのものとして流通するようになったといわれています。紙で作られた引換券は、それ自体に価値はありませんが、金や銀と交換できることを前提にそれと同等の価値があると見なされていたようです。そして、鋳造貨幣は、現在使われているコイン(硬貨)に、引換券は紙幣(お札)へとつながります。 金利は「お金のレンタル料」 お金を使う時代になると、お金さえあればほしいモノが手に入るようになり、貸し借りの対象がモノからお金に変化しました。貸したお金は全額返済される前提で、必要な金額を一定期間だけ貸し借りするようになります。いわば「お金のレンタル」が始まったのです。 身近なものでレンタルするといえば、DVD、車、最近では洋服や家具、家電もあります。いずれもレンタルする際には、レンタル料が発生します。お金も同様です。金利とは、「お金のレンタル料」と考えてください。 貸し手は、貸出期間中、自分でそのお金を使うことはできません。モノを買うことも(消費)、株式を買うことも(投資)できませんが、お金を貸し出す対価として、「金利」を受け取ることができます。借り手は、借りたお金を使って、払った金利(レンタル料)以上に利益を得る見込みがあれば、金利を払ってでもお金を借りようと考えるでしょう。 金利があることで、お金は、貸し手から借り手に、借り手からその相手に、と流れていきます。金融でいうところのお金の流れは、金利で成り立っているのです。ちなみに、序章で、投資とは、「お金を働かせて、経済成長の果実を得る行為」だとお話ししました。貸し手は、お金を貸し出して、金利という果実を得ています。お金を貸すことで、実は、投資をしているのです。 金利にまつわる話 「何かをすると、お金が動く」のですから、世界中いつの時代もお金を必要とする人は多く、お金が余っている人から借りるようになります。これが「直接金融」の始まりです。しかし、徐々に高い金利でお金を貸して暴利をむさぼる、いわゆる高利貸しが横行し始めます。社会的な問題となり、キリスト教やイスラム教では、金利が禁止されたこともありました。 金利がなければ、貸し手は、お金を貸しても得られるものがないので、貸し出す意味がなくなります。貸し手から借り手にお金が流れず、景気は悪くなります。結局、景気を良くするために、つまり、貸し手は金利収入、借り手は資金調達というそれぞれの目的を達成するために、金利が復活しました。しかし、同じ過ちを繰り返さないよう、銀行が仲介役となる「間接金融」、公平な条件での「直接金融」が形作られました。 お金を生み出す日銀 ここからは、金融の主人公である日本銀行(日銀)と民間銀行について学びましょう。まずは、日銀です。日銀とは、明治15(1882)年に日本銀行条例に基づき設立された、日本で唯一の中央銀行です。 日銀の始まり 明治維新以降、日本政府は「殖産興業」をスローガンに、産業を育て生産力を増やすための政策を推進しました。当たり前ですが、お金が必要になります。お金が足りないなら、紙幣を印刷すればいい、というのは、古今東西繰り返された手法で、手っ取り早くお金は増やせますが、成功に至った例はほとんどありません。なぜなら、お金が増えて、お金の流れが速くなりすぎるからです。モノの価格が上がり続け、いずれ景気が悪くなります。これは、序章のレストランの例と同じです。 日本は、殖産興業政策を推し進めるため、政府や各国立銀行(現在の民間銀行のような機関)が、続々と紙幣を発行します。多種多様なお金が流通したため、通貨制度は混乱を極めていました。 そんな中、明治10(1877)年、西南戦争が勃発しました。戦争にもお金がかかるので、さらに大量の紙幣が発行されました。その紙幣の中には、お金として通用しないただの紙片なるものまでありました。その結果、紙幣価値が大幅に下落し、物価が上がり続けるインフレが起きてしまったのです。 そこで、政府は財政政策を見直し、紙幣の整理を行いました。そして、お金の発行を管理し、通貨価値の安定を図ることが、経済成長のために不可欠であるとし、中央銀行を創設することになりました。こうして日銀は、明治15(1882)年10月10日に開業しました。 中央銀行の仕事とは 中央銀行とは、国や特定の地域において金融組織の中核となる機関のことであり、その国や地域の「金融政策」を担っています。金融に関しては独自に判断できる立場にあり、政府から独立した存在となっています。 金融政策とは、中央銀行が、金利の水準を調整することで、「物価(モノの価格)を安定させるための政策」です。利上げ・利下げは金融政策の一環です。米国ではFRB(連邦準備制度理事会)、英国ではBOE(イングランド銀行)、ユーロ圏ではECB(欧州中央銀行)が中央銀行にあたります。日本では、日銀(日本銀行)が中央銀行です。 現在の日本銀行法第1条では、日銀の目的を「我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うこと」及び「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」と定めています。 簡単にいえば、日銀の仕事は2つあり、お金を発行・管理することで物価の安定を図ること、円滑な資金決済システムの確保と維持により金融システムの安定化に貢献すること、となっています。もっと簡単にいえば、私たちが「安心してお金を使うことができるようにする」ことが日銀の仕事です。たとえば、モノの価格が上がりすぎないようにすること、振込やクレジットカード決済が安全・確実に実行されることなどです。 このように、日銀に限らず、各中央銀行は、金利を使ってお金の流れを調整し、お金の価値を安定させ、その先にある物価(モノの価格)を安定させることを、主たる業務としているのです。 中央銀行のいろいろ 日本では、政府によって日銀が設立されましたが、英国では、民間銀行が中央銀行に変貌しました。BOEは、もともとは1694年にロンドンに設立された商業銀行で、中央銀行を目指していたわけではありません。しかし、軍事面でも経済面でも重要な働きをしているうちに、国内での決済取引の多くがBOEを通じて行われるようになりました。次第に紙幣の発行を独占するようになり、国内の金融システムの安定化を図り、英国の金融政策を行うことになりました。1946年にBOEは国有化され、現在も中央銀行であり続けています。 日本や英国は、中央銀行が金融政策を決め、その政策を実施しますが、ユーロを導入している複数の国々、いわゆるユーロ圏は、決定と実施が異なります。ECBは、ユーロという通貨の誕生に合わせ、1998年、ドイツのフランクフルトに設立されたユーロ圏の中央銀行です。ECBは金融政策の方針を決めますが、その政策を実施するのは、ECBではなく各国の中央銀行であることがユーロ圏の特徴です。 日銀の3つの役割 日銀が金融政策を行うことができるのは、日銀が次の3つの役割を担っているからです。 ①紙幣の発行 日銀は、紙幣(お札)を発行することができる日本唯一の「発券銀行」です。お札の表側に「日本銀行券」と書いてあるのがその証です。お金が最初に生まれるところが、日銀なのです。 ②銀行の銀行 私たちにとっての銀行が民間銀行なら、民間銀行にとっての銀行が日銀です。私たちが銀行にお金を預け、銀行からお金を借りるのと同じく、銀行は日銀にお金を預け、日銀からお金を借ります。ですから、日銀は「銀行の銀行」と呼ばれています。私たちが銀行に預金口座を持っているように、民間銀行は日銀に「日銀当座預金」という口座を持っています。 ③政府の銀行 政府も日銀に預金口座を持っていて、お金を預けています。政府預金と呼ばれ、一部を除き利息はつきません。政府は、この口座を使って、国民から集めた税金、社会保険料や交通反則金などを受け入れるほか、年金や国が行う公共事業費などの支払いを行っています。 紙幣は日銀、貨幣は政府 現在、お金には紙幣(お札)と貨幣(コイン)があります。紙幣は、独立行政法人国立印刷局が製造し、日銀が発行します。 貨幣は、政府が発行しています。独立行政法人造幣局が製造し、日銀に渡された時点で、貨幣が発行されたことになります。どちらも日銀の当座預金を通じて、市場(世の中)に出回ります。 現金通貨は、紙幣と貨幣を総称して「現金通貨」といいます。日銀や政府が発行している信用力が高いお金のことです。現金通貨は匿名性があり、いつどこでも使えること、現金通貨で支払う場合は、相手は受け取りを拒否できない(お金と認めざるを得ない)こと、決済取引がその場で完了することが特徴です。私たちがモノを買うときに、お財布から出して相手に渡す現金のことです。 日銀がお金を生み出す場所なら、民間銀行(以下、銀行)は、お金を育てる場所といえるでしょう。銀行は、次の3つの機能でお金を流し、増やしています。 銀行の3つの機能 ①決済機能 お金を決済する「決済機能」です。預金口座間での送金、従業員口座への給与振込などの各種振込、税金や公共料金、クレジットカードの利用料金の口座振替(自動引落し)など、銀行を通じた決済が行われているのは、この決済機能のおかげです。銀行は、銀行預金を決済手段として使用することで、資金決済を円滑に行い、経済活動の効率化を後押ししています。 ②資金仲介機能 お金を貸し出す「資金仲介機能」です。間接金融のところでお話ししたとおり、銀行が貸し手と借り手の仲介役となることで、資金調達の可能性を広げる重要な機能です。銀行が貸し手となって、お金を必要とする個人や企業、国・地方公共団体にお金を貸し出し、借り手は、銀行に金利を払います。 ③信用創造機能 経済における通貨量を増加させる「信用創造機能」と呼ばれるものです。これは、銀行が預金を利用して、貸出(融資)を繰り返すことで、市場に流れるお金の量を増やすための機能です。日銀が発行する「現金通貨」に対して、銀行預金となっているお金を「預金通貨」といいます。実は、市場に流通しているお金の約9割は預金通貨です。 信用創造とは、分かるようで分かりにくい機能なので、説明文と図を用意しました。説明文と図中の番号は同じなので、見比べながら読んでください。 なお、ここでは、銀行の支払準備率(預金残高に対して、日々の支払い請求のために備えておくお金の比率)を10%としておきます。会社Aが、B銀行に100万円を預金しました。B銀行は、その100万円のうち、支払準備金となる10万円(預金額100万円×支払準備率10%)を除く90万円を会社Cに融資します。会社Cは、取引先である会社Dに90万円を支払います。会社Dは、その90万円をE銀行に預金します。E銀行は、その90万円のうち、支払準備金9万円(90万円×10%)を除く81万円を会社Fに融資します。会社Fは、取引先である会社Gに81万円を支払います。会社Gは、その81万円をH銀行に預金します。H銀行は、その81万円のうち、支払準備金8・1万円(81万円×10%)を除く72.9万円を会社Iに融資します。このように、預金と融資が繰り返されていく様子を図にしたのが図1-1、数字を表にしたのが図1-2です。 銀行も企業の1つです。この3つの機能を活かして、決済・貸出・預金の業務を行っています。では、銀行の収益とは、何になるのでしょうか。まずは、モノを仕入れて販売するお店で考えてみましょう。たとえば、家電量販店やアパレルショップです。モノには、仕入価格と販売価格がありますが、この2つが同じ価格なら大赤字となり、商売は成り立ちません。なぜなら、店舗の家賃、人件費、輸送料などの費用がすでにかかっているし、必ずしも完売するとは限らないからです。よって、販売価格には、費用や売れないリスクを上乗せする必要があります。いい換えると、お店の収益には、費用やリスクが含まれているのです。 収益(費用、売れないリスクを含む)=販売価格-仕入価格 仕入価格が上がった場合、収益を維持するには、販売価格を上げることになります。収益の考え方は、モノの販売も、お金の貸し借りも、基本的には同じです。 銀行は、3つの機能を活かして、預金者から資金を調達し、お金が足りない人に資金を貸し出す(融資)のが仕事です。お店に置き換えると、仕入が資金の調達、販売が資金の貸出にあたります。銀行は、預金金利を払い、貸出金利を受け取るので、仕入価格が預金金利、販売価格が貸出金利となります。なお、預金金利は、銀行が資金を調達するために払う金利という意味で「調達金利」という言い方もできます。銀行の収益とは、貸出金利と預金金利の差となり、これを「利ザヤ」といいます。銀行の場合、利ザヤには、①手数料などの費用、②資金が返済されないリスク(デフォルトリスク)が含まれます。 利ザヤ=貸出金利-預金金利 銀行は、利ザヤが十分に確保できないと、資金を貸し出しにくくなります。まっさきに利ザヤに影響を及ぼすのが、仕入価格にあたる預金金利です。 利)が動くことで、お金の流れがどうなるかを考えていくのが、金融のストーリーです。 日銀から始まるお金の流れ ここでは、金融の主な登場人物と、基本となるお金の流れをご紹介します。 ・日銀 金融の主人公です。非常に大雑把ないい方ですが、日銀は政策金利を動かします。日銀の第2の役割である「銀行の銀行」として、銀行のお金を預かります。 ・銀行 預金という形で資金を調達し、貸し出します。銀行にお金が余ったら、日銀に預けます。 ・貸し手となる家計 銀行にお金を預けて、金利を受け取ります。 ・借り手となる家計と企業 銀行からお金を借りて、金利を払います。 利上げ・利下げで動く預金金利 日銀は、物価を安定させるために、金利水準を調整します。動かす金利は「政策金利」で、代表例は利上げ・利下げです。政策金利とは、景気や物価の安定を目的に、中央銀行が設定する短期金利(誘導目標金利)のことです。日銀は、お金の流れが速すぎると利上げ、お金の流れが遅いと利下げを行います。つまり、景気が良すぎると利上げ、景気が悪いと利下げという組み合わせになるのですが、その理由を考えようというのが、金融のテーマの1つです。 日銀が政策金利を動かすと、預金金利が影響を受けます。利上げのとき、預金金利は上昇し、利下げのときは下落します。預金額は金利の変動に応じて増減します。 まずは「利上げ」です。日銀が利上げすると、日銀と銀行間の預金金利が上がります。銀行は、家計との間の預金金利を上げます。家計は、受け取る金利が増えるので、消費を減らし、預金を増やします。銀行は、いずれ貸出が減るので、日銀への預金を増やします。 銀行が預金者(ここでは家計)に払う預金金利を上げるか下げるかは、各銀行の判断に委ねられています。利上げがあったからといって預金金利を上げてしまうと、利ザヤが減ることになるので、銀行が預金金利をすぐに上げるとは限りません。しかし、他行に比べて預金金利が低いままだと預金が集まらず、貸出が増やせません。それでは銀行としては本末転倒なので、結果的に日銀の政策に倣うことになります。 次に「利下げ」です。日銀が利下げすると、日銀と銀行間の預金金利が下がります。銀行は、家計との間の預金金利を下げます。家計は、受け取る金利が減るので、消費を増やし、預金を減らします。銀行は、いずれ貸出が増えるので、日銀への預金を減らします。 私たちは「家計」の一員です。余っているお金が100万円あったらどうするか、考えてみましょう。利上げで、年利0.01%だった預金金利が10%に上がったとします。それまでは、全額預金しても、1年で100円(100万円×0.01%)しかもらえないので、積極的に預金をしようとは思わない人がいてもおかしくありません。しかし、これからは、銀行に預けておくだけで、1年ごとに10万円(100万円×10%)がもらえるようになるわけです。お金が余っているなら、とりあえず全額預金して、1年ごとに10万円をもらおうと思う人が増えるはずです。 利下げはその逆です。年利10%だった預金金利が0.01%に下がったとします。1年で10万円受け取れていた金利が、たった100円になってしまうのですから、預金をするよりも、価値が上がりそうな車やワイン、絵画を買ったほうがいいと考える人が増えるでしょう。 日銀が利上げ・利下げを行った結果、預金金利が動くことで、銀行の預金額が変化します。人々が行動を変化させるきっかけを、日銀が作っているのです。 需給で動く貸出金利 銀行の貸出とは、銀行とお金を借りる企業や家計との取引です。預金金利は、政策金利同様に短期の金利なので、利上げ・利下げ後、まもなく動きます。一方、銀行が融資する際の貸出金利は、長期の金利に分類されます。住宅ローン金利が分かりやすい例ですが、貸出金利はすぐには動きません。ただ、じわじわと金利変動の影響を受けることになります。 銀行にとって、預金金利が仕入価格、貸出金利が販売価格です。仕入価格が上がれば、いずれ販売価格が上がります。同じように、預金金利が上がれば、変動金利なら金利見直し時期に、新規貸出ならもしかしたら最初から、すぐではないにしても、貸出金利が以前よりも上がるでしょう。貸出金利が上がったら、お金を惜しみたいと思う人は減るので、いずれ銀行の貸出も減少します。 利下げ後の貸出状況は、その逆です。預金金利が下がれば、いずれ貸出金利が下がるでしょう。貸出金利が下がったら、お金を借りたいと思う人は増えるので、徐々に銀行の貸出が増加します。 貸出金利の説明を読んで気づいてほしいのは、「いずれ」上がる・下がるというニュアンスです。預金金利は、日銀の利上げ・利下げですぐに動いたとしても、貸出金利は、その後ある程度の時間を経てから、徐々に動きだすということです。つまり、預金金利と貸出金利の動きにはタイムラグ(時間差)が生じるのです。 利ザヤで分かるタイムラグ このタイムラグは、お金の流れを考える上で、非常に重要です。お店の場合、仕入価格が上がったからといって、販売価格をすぐに上げてしまったら、お客さんが離れていってしまいます。販売価格を上げないように、収益が多少減るのを覚悟したり、費用の見直しや仕入先の変更を行ったりするでしょう。その後、お客さんと他店の様子を見ながら、少しずつ販売価格を上げることになります。 銀行も企業ですから、同様です。銀行の収益源は「利ザヤ=貸出金利-預金金利」です。日銀が「○月△日から利上げ・利下げ」と発表すると、すぐに影響を受け始めるのが預金金利です。階段を上り下りするように段階的に動きます。一方で、貸出金利は、貸し手となる銀行と、借り手となる企業や家計との妥協点を探りながら決まっていきます。つまり、世の中の需給で決まります。貸出金利が高いと借り手が減るし、貸出金利が低いと利ザヤが減ります。貸し手と借り手が金利水準を探り合うことになり、貸出金利は曲線を描くように動きます。 現在は、企業や家計が借入を始めたため、下がっていた貸出金利が徐々に上がり始め、銀行の利ザヤが増してきた状況です。この景気が良い場面から始めましょう。 日銀は、景気が良い時期は動きません。景気が良くなりすぎると判断すると、利上げを開始します。利上げが行われるたびに、銀行は預金金利を段階的に引き上げます。銀行は、借り手と交渉しながら、貸出金利を徐々に引き上げます。銀行の利ザヤは徐々に減り始めます。また、企業や家計は借入をしにくくなり始めます。 預金金利が貸出金利より高くなったら、収益(利ザヤ)がマイナス(逆ザヤ)になります。銀行は、収益が出ない貸出は最小限にとどめるため、企業や家計は借入ができなくなります。逆ザヤになると、その後、お金の流れは停滞します。「預金金利が貸出金利を上回る=景気が悪くなる予兆」です。このまま逆ザヤが続くと、景気は悪くなるかもしれません。 日銀は、景気が悪くなるだろうと判断すると、利下げを開始します。日銀が利下げをするたびに、銀行は預金金利を段階的に引き下げます。まずは預金金利が下がるので、利ザヤが復活し始めます。銀行は、利ザヤを増やしつつ、貸出も増やすために、借り手の状況を見つつ、貸出金利を徐々に引き下げます。企業や家計は借入をしやすくなり始めます。 いずれ景気は良くなるでしょうが、良くなりすぎたら、同じことが繰り返されます。これが、「お金の流れの循環」です。覚えておきたいことを二つにまとめました。 ・タイムラグがあること 利上げ→預金金利上昇→貸出金利上昇、利下げ→預金金利低下→貸出金利低下という順で動きます。預金金利と貸出金利が動くタイミングにはズレが生じます。 ・逆ザヤの意味 預金金利が貸出金利を上回ったら、景気が悪くなるサインです。この逆ザヤが続くようなら、利下げが始まるかもしれません。 日銀の目標は「ちょうどいい景気」です。日銀の仕事は、物価を安定させることですが、それは、景気を安定させることでもあります。景気が良すぎるとモノの価格が上がり続けて、景気を悪くするという話でした。裏を返せば、景気を安定させることが物価の安定をもたらします。 景気とは、良い状態が続くことが理想ではありますが、どうしても良い・悪いの波ができます。その理由は、金利の動きにタイムラグがあるからです。 預金金利と貸出金利は、短期金利と長期金利に置き換えられます。短期金利とは、1年未満の金融資産の金利のことで、その代表例は政策金利です。一方、長期金利は、1年以上の金融資産の金利のことで、代表例には1年以上の貸出金利のほか、10年国債利回りなどがあります。 10年国債とは、国が期間10年で資金調達するために支払う利率を決めて発行する債券で、10年国債利回りとは、債券市場における10年国債の流通利回りのことです。流通利回りとは、債券市場で債券を購入し、満期まで保有し続けた場合の1年あたりの利回り(%)のことですが、流通利回りには、発行体(債券の発行者)、価格、利率(クーポン)、年限(期間)など債券を構成する要素がすでに盛り込まれているので、債券の価格や利率の関係など難しいことは分からなくても問題ありません。要は、10年国債利回りとは、国が10年間お金を借りるときに支払う金利ということです。 現在は、長期金利が上昇し、長短金利差が拡大している時期、つまり、景気回復期にいます。日銀は、景気が過熱していると判断すると、政策金利を変更します。利上げ開始です。短期金利は段階的に上昇します。需給で動く長期金利は、徐々に上昇するため、長短金利差が縮小し始めます。 短期金利が長期金利を上回ったら、つまり、通常はプラスで推移している長短金利差がマイナスになったら、景気減速が始まるかもしれません。短期金利が長期金利を上回る(長短金利差逆転)ことは、景気減速のサインです。 その後、短期金利が横ばいの中、長期金利が低下し始めたら、長短金利差はさらに縮小し、景気減速懸念が台頭します。日銀が利下げの準備を始めるでしょう。日銀は、景気が減速している、または、景気が後退してしまうと判断すると、政策金利を変更します。利下げ開始です。短期金利は段階的に低下します。 短期金利の低下に伴い、長短金利差はマイナスからプラスに転じ、徐々に長短金利差が拡大します。後退していた景気は回復に向かいます。 短期金利と長期金利の動きには、タイムラグがあることにより、長短金利差が変化します。そして、次のとおり、長短金利差の動向から、景気の移り変わりを知ることができます。 ・景気回復期 長期金利の上昇によって、長短金利差は拡大します。 ・景気過熱期 短期金利の上昇によって、長短金利差は縮小します。長短金利差逆転で、景気過熱期が終焉します。 ・景気減速期 長期金利の低下によって、長短金利差はさらに縮小します。 ・景気後退期 短期金利の低下によって、長短金利差は拡大します。 このように、日銀は、長期金利に与える影響を考えつつ、政策金利を動かすことで、景気を安定させる努力をしているのです。 て、今の景気を確認してみましょう。 預金金利と住宅ローン金利で景気が分かる 預金金利とフラット35と呼ばれる住宅ローン金利(最低金利、借入期間21年以上)を比較したグラフです。フラット35とは、銀行と住宅金融支援機構が提携して提供する、最長35年で全期間が固定金利となる住宅ローンです。 預金金利の上昇は、日銀が利上げした2024年3月以降に始まります。一方で、住宅ローン金利は、先行して2020年から上昇を始めていました。2025年現在も、預金金利と比べて、住宅ローン金利の上昇は目立っています。多少金利が高くても、お金を借りてマイホームを買いたいという人が増えたから、住宅ローン金利が上昇しているわけです。 では、貸し手である銀行にとっては、どういうことなのでしょうか。また、景気は良くなってきているのでしょうか。ここで、「利ザヤ=貸出金利-預金金利」「長短金利差=長期金利-短期金利」「景気回復期=長期金利の上昇によって、長短金利差が拡大」を思い出してください。 まず、利ザヤです。住宅ローン金利が、預金金利の上昇幅以上に上昇しているということは、利ザヤが増す(改善する)、つまり、銀行の収益が上がることを意味しています。銀行株は2020年ころから上昇しています。これは、利ザヤの改善が銀行の業績を押し上げている証です。 そして、長短金利差は拡大、しかも、要因は長期金利の上昇です。つまり、2020年ころから景気回復期が訪れていたのです。ただ、2020年ころといえば、誰もが震撼した新型コロナウイルスの感染が確認された時期で、景気が良いという実感は薄かったかもしれません。しかし、金利から見ると、すでに景気が良くなり始めていたのは事実で、日銀は、このままではお金の流れが速くなりすぎる、景気が過熱期に入ってしまうかもしれないと判断した結果、2024年3月の利上げに踏み切ったのです。 日本の1990年代~2020年ころは、景気が悪く、超が付くほどの低金利が続きました。バブル崩壊の痛手は大きく、金利を下げても借りたい人は増えず、お金が流れませんでした。余っているお金は、金利が低くても、投資をするか預金をするしかなく、お金は銀行に滞留します。銀行から見ると、約30年もの間、借り手がいないのにお金だけは集まる、いわゆる「カネ余り」の時代が続きました。 ところが、2020年ころから、様相が変わり始めました。お金を借りたい人が多く、銀行の貸出が増えている一方で、貸し出す元手となる預金が足りない状態です。 日銀は、今までは超低金利を続け、資金を調達して何か行動を起こすよう促していました。ところが方針転換し、利上げを行い、資金の調達をしにくくしています。 日本は、輸出より輸入が多い国になってしまいました。国として、海外から受け取るお金よりも、海外に払うお金のほうが増えたことになります。要は、お金が足りなくなってきたのです。日本は、「カネ余り」から「カネ不足」に変わりました。 銀行にとっての「カネ不足」は、預金不足です。すでに銀行間で、新規口座の開設競争、預金の獲得競争に発展しています。最近、街中やネット広告で「期間限定で、金利○%!」「新規なら○○ポイント付与!」など、条件付きで高い利率やポイント付与を掲げたキャンペーン企画が多く見られるようになりました。通常よりも高い金利を払うなど、銀行が身銭を切るようなもので、それでも顧客を集めたいと思うほどに預金が不足しているのでしょう。 ネット銀行とは、楽天銀行やPayPay銀行など、実店舗や専用ATMをほとんど持たず、インターネット上での取引を中心とした銀行のことです。便利な機能、シンプルな操作性、24時間手続きが可能など、ネット世代を引き寄せるシステムを導入することで、新規顧客を獲得してきました。2024年度のネット銀行主要6行の預金量の合計は、前年比で+18%と大幅に伸びていて、大手地銀と同じ規模にまで達しています。 日銀の報告(2024年10月金融レポート)によると、相続預金は、亡くなった方の口座があった地方の銀行から、相続人の口座がある都市圏の銀行へ移る傾向があるそうです。確かに私の親世代は、自宅に近い銀行に口座を開き、窓口やATMを利用するのが一般的でしたが、子供世代は、場所ではなく便利さを最優先して銀行を選んでいる気がします。実際、東京都など他道府県に比べて75歳以上の人口が少ない地域で、個人預金の増加率は伸びているのが現状です。 さきほど、2020年ころから長短金利差は拡大し、株式市場では銀行株が好調に推移していると言いました。全体で見れば、そのとおりです。しかし、個々の銀行を考えると喜んでばかりはいられません。銀行によっては、今後、預金不足で貸出が難しくなる可能性があります。貸出ができなければ、長短金利差が拡大していても、利ザヤは生まれません。 長短金利差が拡大する中、私たち家計の預金の行方が、各銀行の収益を左右することになりそうです。景気回復期には、通常であれば華やぐ銀行業界ですが、「カネ不足」が銀行間にもたらす光と影を見誤らないようにしましょう。 金融とは、日銀の仕事とは、金利の水準を調整して景気を安定させることで、最終的には物価を安定させることです。日銀は、政策金利(短期金利)を動かすことはできますが、長期金利を直接的に動かすことはできません。長期金利とは、人々の心理や行動で変化するもので、その時々に、その金利で資金調達したいと思うか思わないか、そのときの資金の貸し借りはどの水準で折り合っているのかということを数値化したものでもあります。意図的に操作できるものではありません。 短期金利が動くと、タイムラグを伴って長期金利が動き、景気が移り変わり、モノの価格が動きます。日銀が景気を安定させるために、そして、物価を安定させるために政策金利を動かし、資金調達と貸出の需給に変化をもたらすことで、お金の流れを調整しています。日銀は、景気や物価という姿で、私たちの生活に入り込んできています。日銀が、利上げ・利下げなど政策金利を変更すると、トップニュースとして扱われますが、それは、否応なしに私たちの心理や行動に変化を与える重大事項だからなのです。 経済はお金から学べ 著者:蔗亘三 なぜ財政が必要なのか? お金の流れを調整するための2つ目の方法は、財政です。財政では、政府が国を良くするために、国民を支援するために、お金を配るために、お金を集めることで、お金の流れを調整しています。国民のために財政があるのです。 私たちが健康で豊かな生活を送るために、政府が必要なモノにお金を使うために、税金などでお金を集める活動が「財政」です。私たちは、当たり前のように公共サービスや公共施設を利用しています。たとえば、図書館なら本を貸し出すことが公共サービスで、図書館自体は公共施設になります。そのほか、家庭ゴミの回収、国民健康保険、介護や児童福祉、公園や美術館、学校、交番、救急車や消防車、信号機や道路、橋、上下水道、生活保護や電気代補助などの各種補助金などです。視野を広げると、防衛や外交、警察なども、安心・安全を与えてくれるモノとして利用しています。 医療機関(病院)や福祉などを利用する際、料金の一部は払いますが、全額負担ということはありません。公園や図書館などの多くは、その場では料金を払わずに利用できます。なぜなら、政府が私たちからお金を集めて、利用料金をまかなってくれているからです。政府にとって、収入とは税金で、支出とは国民に公共サービスや公共施設を提供するための費用になります。 もし、収入より支出が増えて赤字状態になったら、政府は収入を増やすために税金の引き上げ(増税)を検討するでしょうし、支出を減らしたら国民へのサービスが低下することになります。医療費の一部負担金の引き上げ、福祉や支援金の廃止、利用者の全額負担(完全な有償)もあり得ます。財政でお金の流れが滞ると、結局困るのは私たち国民なのです。 本書での政府 政府とは、一般的には内閣と内閣が統括する行政機構(中央省庁)を指しますが、本書では税金を集めてモノを配る役割を持つという観点から、都道府県や市町村などの地方公共団体(通称:地方自治体)を含む場合もあります。 財政の3つの機能 財政には次の3つの機能があります。 ①資源配分 資源配分とは、政府が公共サービスや公共施設を提供することです。公共のモノ(物やサービス)とは、ゴミの回収や公園などであれば「だれもが同時に」利用でき、防衛、警察などであれば「だれでも同じように」守ってもらえるというように、国民に分け隔てがない状態で提供されるという特性があります。たとえば、自転車を盗まれたとします。警察署に防犯登録番号を記載した盗難届を提出すると、盗難自転車として警察内で情報共有され、見つかったら連絡がもらえます。料金はかからず、だれからの盗難届も同じように受理され、同じように手続きが進みます。代金を払える人だけが自転車を探してもらえたり、多額のお金を払えば手続きを優先してもらえたりすることはありません。このように、公共のモノとは「だれもが、同時に、同じように」利用できるモノであり、その都度料金を受け取る方法では提供できないモノであるということです。つまり、利用の際に原則、お金の流れは発生しません。だからこそ、政府によって提供される必要があるのです。 ②所得の再分配 所得の再分配とは、国民の所得格差を是正するために、一部の所得を分配することです。政府は累進課税(所得が高いほど税率が上がる仕組み)を採用し、高所得者からより多くの税金を徴収しています。そして、そのお金を生活保護や失業保険などの制度を通じて、必要なところに振り分けることで、過度な所得格差をなくすことを目指しています。海外のニュースで、低所得者が貧富の差を訴えて政府と衝突したり、お店などを襲撃して商品に群がったりする映像が見られます。所得格差が大きくなりすぎると、暴動などの社会不安につながるおそれがあるので、それを避けるねらいもあります。 ③景気調整 政府は公共事業(公共設備の建設や整備など)の増減による財政支出の拡大や抑制、増税や減税など税制の変更を行うことで、景気を調整しています。これを「財政政策」といいます。景気を良くしたいときは景気刺激策、景気を落ち着かせたいときは景気抑制策を打ち出し、物価が高すぎるときは物価抑制策を発動することもあります。たとえば、新型コロナウイルスの感染が拡大した時期(コロナ禍)には、国民1人あたりに10万円の特別定額給付金が給付され、飲食店には営業時間の短縮を要請するかわりに感染拡大防止協力金が給付されました。また、最近ではガソリン給付金や電気・ガス料金の補助(2025年7~9月)が行われています。 日銀と政府の二本柱 景気を調整するための政策には2つあります。1つは、第1章でお話しした日銀による「金融政策」で、もう1つが政府による「財政政策」です。どちらの政策も景気を良くしたいなら消費を増やそうという考え方は同じですが、その方法が異なります。金融政策では、日銀がまず政策金利を動かします。景気を良くしたいなら、利下げです。復習になりますが、日銀が利下げをすると、企業は資金調達がしやすくなり、新規事業・設備投資で生産を拡大することができます。雇用が増え、給与が上がれば、モノを買うなど消費が拡大し、景気回復に至るという流れです。一方、財政政策は、政府が的を絞ってお金を使うことで、雇用の拡大や所得の向上を目指すものです。政府が公共事業を発注すると、請負先は資材を購入したり、生産性を上げるために雇用を増やしたりします。これは請負先に限ったことではなく、資材を納入した会社にも、その先にも広がります。たとえば、政府が道路工事を発注すれば、その道路に関わるすべての人の仕事が増え、お金が流れます。それにより、移動が便利になったり、渋滞が解消されたりします。要は、政府が国民のためになる仕事を増やして景気を良くしてしまおうという方法です。 ただ、財政政策は支出に合わせて収入(財源)を確保する必要があります。予算案を審議したり、税制変更は法改正が必要になったり、立案から実施までに時間がかかることが財政政策の難点かもしれません。コロナ禍では、金融と財政がタッグを組みました。日銀は金融緩和策(利下げ同等の政策)を推し進め、政府は給付金などの大規模な緊急経済対策を実施するという二本柱で、停滞していた国民の活動を見事に回復させました。 消費を促す「使うとお得」 コロナ禍に、政府は「Go To トラベル」と銘打ち、特に打撃を受けている地方経済や観光業界に的を絞って、補助金を給付するキャンペーンを実施しました。予約の方法、ワクチン接種などの条件を満たせば、たとえば宿泊代金の4割(金額に上限あり)が還元されたり、旅行先で使える金券がもらえたり、宿泊パックや日帰りバスツアーなども一部補助金の対象になったり、さまざまな特典がありました。このキャンペーンが画期的だったのは、旅行に行けば行くほど補助が受けられるという点でした。自分の出費もかさむけれど、それ以上にお得と感じたのか、多くの人が「Go To トラベル」を利用して旅行先でお金を使いました。地方の新たな魅力も発見できたはずです。単にお金を給付して使ってもらうのを待つより「使うともらえる」という流れを作るほうが、人々の消費意欲をかき立てる結果となったようです。 政府は、配るためにお金を集める財政では、政府がお金が必要なところにお金を配るため、お金のあるところからお金を集めています。つまり、政府がお金をどのように集めて、どのように配るのかというお金の流れを考えていくのが、財政のストーリーです。 財政には、国家財政と地方財政があります。国家財政とは、国(政府)の財政で、地方財政とは、各都道府県、各市区町村など複数の自治体の総称となっています。本章では、主に政府による国家財政について学んでいきます。国家財政は、国を良くするため、地方財政は各自治体を良くするために、お金を配る・お金を集めるという形式に変わりはありません。 財政の主な登場人物と、基本となるお金の流れを紹介します。 ・政府 財政の主人公です。政府は、配るために必要となるお金を計算し、そのお金を集めます。 ・家計 税金を納めます。そのほか、国債などを購入して、資金を貸し出します。一方で、公共サービス、補助金などで、必要なお金やモノを受け取ります。 ・企業 家計と同じく、税金を納めます。また、国債などを購入して、資金を貸し出し、公共サービス、補助金などで、必要なお金やモノを受け取ります。さらに、公共事業に関する仕事を請け負うこともあります。 ・地方公共団体 政府同様、各自治体で、地域住民にお金を配るために、お金を集めます。集めるお金の一部には政府からの交付金が含まれます。 財政のお金の流れは、お金が入って出ていくという意味では、私たちのお財布と似ています。財政は、出ていくお金が先に決まるので、入ってくる予定のお金が少ない場合は、集めるお金を増やすか、借金するか、または、その両方です。国民へのサービス低下を避けるため、節約という選択肢はほぼありません。 財政のお財布は「一般会計」と「特別会計」の2つがあります。一般会計とは、福祉や道路の整備など政府の基本的な行政サービスを行う会計で、特別会計に属さないすべての会計です。特別会計とは、特定の事業や資金を管理する会計で、お金の使い道が決められています。 ここでは、一般会計というお財布を使って、お金の流れを見ていきましょう。家計では、お金が出ていくのが「支出」、お金が入ってくるのが「収入」です。政府にあてはめると、お金を配るのが「歳出」、お金を集めるのが「歳入」になります。また、歳入については、配るために集めるお金という意味合いから、「財源」とも呼ばれます。財政は、「政府の歳出と歳入」というお金の流れです。 政府が、どこにお金を配っているか、何にお金が必要だと考えているのかは、政府の一般会計予算の歳出を見ると分かります。2025年度の一般会計の歳出の総額は約115兆円ですが、そのうち、国債費、地方交付税交付金等、社会保障の合計が約85兆円となっていて、3つの分野だけで歳出全体の7割以上を占めています。 この3つが、どんな目的のお金なのか、簡単にお話しします。まず、国債費ですが、これは国債の利払い、償還などにあてられる費用です。いい換えると、国の借金を返すための費用で、毎年予算に計上されています。 次に、地方交付税交付金等です。都道府県や市区町村などの地方公共団体も、政府同様、地域住民に公共サービスを提供するために、地方税という税金を集めています。しかし、地方公共団体は、それぞれお金を集める力(財政力)が違うため、提供できるサービスに格差が生じます。そこで、政府が地方公共団体の財政力を調整するため、地方にお金を配る必要があり、そのお金を「地方交付税交付金等」といいます。 最後に、社会保障です。これは、医療、年金、介護、子育てなど私たちの生活に密接に関わるもので、国民の安心や生活の安定を支える社会保障制度に関するお金です。社会保障は、大きく分けて「社会保険」「社会福祉」「公的扶助」「保健医療・公衆衛生」の4つがあります。 ・社会保険 国民が生活に支障をきたしたときに、一定の給付を行うために、国民に加入を義務づけている保険制度です。病気やケガをして医療機関を利用するための「医療保険」、老齢や障害、死亡などによる所得の減少や遺族の生活を支えるための「年金制度」、要介護状態になった人のための「介護保険」があります。 ・社会福祉 子供の育成や子育てを支援する「児童福祉」や、高齢者や障害者が社会生活を円滑に送るための施設やサービスを提供する「社会福祉」があります。 ・公的扶助 生活に困窮する国民が、健康で文化的な最低限度の生活を送るため、また、その自立を助けるための「生活保護制度」のことです。 ・保健医療・公衆衛生 国民が健康に生活できるように、予防・衛生を行うための制度です。医療機関等が提供する「医療サービス」、病気の予防や健康増進のための「保健事業」、母性と子供の健康を保持し、増進するための「母子保健」、食品や医療品などの安全性を確保するための「公衆衛生」などがあります。 つまり、政府は、国債費、地方交付税交付金等、社会保障の3つに多くのお金を使っています。たしかに、地域格差と聞くと是正してほしいと思いますし、社会保障制度はどう考えても重要ですから、このお金の配り方は納得できます。ただ、借金を繰り返しているとなると、これからどうなっていくのか、国民としては少々不安を感じるところです。 特別会計 国の行政活動が広範になり複雑化してきて、その事業や資金の運営に係る適切な経理が難しくなった場合、一般会計と分けて、特定の歳出と歳入を処理しています。これを「特別会計」といいます。2025年度予算では、特別会計の歳出総額は約429兆円ですが、注視すべきは、会計間相互の重複計上額などを除いた歳出純計額が約204兆円ということです。 この約204兆円のうち、国債の償還や利子の支払い費用である国債償還費等、法律に基づく社会保障の給付費用である社会保障給付費、地方の財政対策としての地方交付税交付金等で、約187兆円に達しています。特別会計でも、国の借金、社会保障、地方財政に重点が置かれています。 では、政府は、歳出の財源となるお金をどこから集めているのでしょうか。 歳入の総額は約115兆円で、歳出と同じです。そのうち、税金が約78兆円で、公債金が約29兆円と、税金と公債金だけで、歳入の約9割を占めています。 税金とは、家計や企業が国に納めるお金です。歳入となる税金で主なものは、所得税、法人税、消費税です。 財政は、国民が納めた税金を使って、政府が国を良くし、国民生活を豊かにしていくというのが理想ですが、政府の政策や公共事業などは、歳入が不足していても、計画どおりに、タイミング良く、実施されなくてはなりません。税収不足を補うために、国が債券を発行して調達する(借りる)お金を「公債金」といいます。一般会計で分かるだけでも、2025年度に、国は約29兆円もの国債を新たに発行する予定です。 私たち家計や企業は、もちろん定められた税金を納めています。しかし、一般会計の歳入を見る限り、税収不足は続き、国の借金もなかなか減りそうにありません。これ以上借金を増やさないためには、増税という2文字が頭をよぎるのは、私だけでしょうか。 私たちが納めている税金には、どんな種類があって、だれがどのように集めているのか、気になりませんか。ざっと調べてみました。 まずは、私たちの身近にある税金を挙げてみます。 消費税は、モノの販売やサービスの提供など消費一般に対して広く公平に課される税で、消費者が負担します。消費税は、国税にあたる消費税と、地方税にあたる地方消費税との合計になるので、正確にいうと「消費税等」になります。2019年10月から、消費税率(標準税率)は8%から10%に引き上げられましたが、10%の内訳は、消費税率7.8%と地方消費税率2.2%になります。ちなみに、スーパーで購入する飲食料品(酒は除く)などに適用されている軽減税率8%の内訳は、消費税率6.24%、地方消費税率1.76%です。 所得税は、個人の所得に対して課される税です。たとえば、給料なら給与所得、商売で得た利益は事業所得、不動産を売却して得た利益は不動産所得となり、所得と見なされたものには、それぞれ課税されます。また、所得税は累進課税を適用し、所得の大きさに応じて負担が増えたり、基礎控除や配偶者控除などを用いて家族構成などの事情に応じた配慮をしたり、財政の機能の1つである「所得の再分配」を実行しています。 法人税は、法人(企業)の活動によって得られた所得に対して課される税です。法人の所得とは、益金から損金を差し引いた額になります。益金とは、商品の売上収入や不動産の売却収入などで、損金とは、販売費用や商品の原価、家賃や水道光熱費などの一般管理費、災害や事故による損失などです。 住民税は、その地域に居住する個人や企業が、その地域社会の費用を負担するための税です。都道府県が課税する「道府県民税」と、市区町村が課税する「市町村民税」の2つで構成されています。また、道府県民税と市町村民税には、それぞれ所得に応じて課税する所得割と、一律に課税される均等割があり、ここでも「所得の再分配」が生きています。そして、個人に対して課されるものが「個人住民税」、法人に対して課されるものが「法人住民税」になります。 相続税は、相続により取得した財産に課される税です。財産の価額が高くなるほど税率が上がる累進課税を適用することで、「資産の再分配」を図っています。 関税とは、輸入品に課される税です。輸入した個人や企業が、輸入した国に納めます。 「酒税」「タバコ税」は、メーカーなどがお酒やたばこを出荷する際に課される個別消費税です。しかし、この個別消費税は、販売価額に含まれているため、実質的には消費者が負担することになります。ちなみに、たばこは、たばこ税、たばこ特別税、道府県たばこ税、市町村たばこ税の4つに消費税が加わって、価格の6割強が税金になっています。 そのほか、「固定資産税」や「自動車税」は、固定資産(不動産など)や自動車などの所有者に対して毎年課される税金です。 いわゆる「年収の壁」には、「税金の壁」と「社会保険の壁」の2つがあります。年収がその壁を超えると、税金や社会保険の負担が発生するので、年収が増えても手取り額は減ることがあります。そのため、その壁を上限として働く人が多くいます。また、近年、最低賃金が上昇しており、さらなる働き控えが目立ってきました。政府は、労働力不足の解消と公平な社会保険制度を目指して、年収の壁問題に着手し始めています。 たとえば、2025年度の税制改正により、103万円の壁が160万円の壁に引き上げられました。この壁は所得税に関する壁です。要は、年収が160万円までは、所得税を気にしないで働くことができ、労働力不足の解消にもなるし、家計も潤うというわけです。しかし、103万円の壁が見直されても、まだ社会保険の106万円の壁をはじめ、いくつか壁は残っているので注意が必要です。 ただ、社会保険については、労働市場に合わせて公平なものにするため、収入の壁を一部廃止する方向で見直しが進んでいるようです。つまり、働く人の多くが社会保険料を払うことになりそうです。たとえば、106万円の壁は、月収が8万8000円(年収にすると約106万円)を超えると、社会保険料が発生するというものですが、2026年10月をめどに撤廃される予定です。将来的には、週20時間以上働く場合は、学生を除き、厚生年金(社会保険)に加入する義務が生じる予定です。 身近な税金を、税の名前で分けましたが、ほかにも次の3つの分類方法があります。 1. どこに納めるか 税金を、国に納める場合は「国税」、地方公共団体に納める場合は「地方税」になります。また、地方税は「道府県税」と「市町村税」があります。 2. だれが負担して、だれが納めるのか 税金を負担する人と、税金を納める人が同一の税金は「直接税」、税金を負担する人と、税金を納める人が異なる税金は「間接税」になります。たとえば、消費税は、私たち消費者が負担し、モノを購入する際にお店に預け、お店が確定申告などで納付します。つまり、消費税については、税負担者は私たち消費者ですが、納税者はお店となるので、間接税です。 主な税を、国税か地方税か、直接税か間接税かで分類したものがあります。 ③何に対して課されるか ・消費課税 モノやサービスの消費に対して課されるものです。消費税、酒税、たばこ税、揮発油税、関税、自動車税、入湯税などが、これにあたります。 ・所得課税 個人や企業の所得に対して課されるものです。所得税、法人税のほか、所得に応じて課税される住民税などがあります。 ・資産課税 資産などに対して課されるものです。相続税、贈与税、固定資産税、不動産取得税、登録免許税などがあります。 地方財政 地方財政についても、①役割分担、②地方の歳入、③地方の歳出の順で、少し触れておきましょう。 ①役割分担 国と地方公共団体(以下、地方)は、主従関係ではなく対等な立場で、協力して、国民のための財政を行います。さらに地方は、都道府県と市町村に分かれます。簡単にいえば、国、都道府県、市町村が、いかに効率良く、国民に公共のモノやサービスを届けられるかを考えて、役割分担しているようなものです。 たとえば、道路に、国道・県道・市道とあるのは、分かりやすい例です(ただし、一部の国道については都道府県が担当)。 お金から見る分担 図は、2022年度の国と地方の歳出割合です。地方の歳出割合が高いのは、主に、保健所やゴミ処理などの衛生関係、学校教育、警察・消防、道路・河川などの国土開発、公共施設などの社会教育、民生費(年金関係を除く)で、これらが地方の主な担当といえるでしょう。 また、財源には、国庫支出金などの使い道がほぼ特定されているものと、「一般財源」という使い道が特定されていないものがあります。一般財源とは、主に地方税と地方交付税等で、さまざまな行政ニーズに応えるために使われます。国庫支出金と地方交付税等は、どちらも国からのお金ですが、使い道が決まっているかどうかが異なります。 ③地方の歳出 では、地方でのお金の使い道はどうなっているのでしょうか。図は2025年度の地方公共団体の歳出状況です。民生費と教育費、公債費(地方の借金を返すための費用)に多く使われています。地域住民の生活を豊かにするためには、地方でも、借金を増やさず、地域を活性化させて地方税での税収を増やしていく一層の努力が必要になりそうです。 日本の財政の今 はたして、日本の財政は、今どんな課題を抱えているのでしょうか。私たちの生活と重ね合わせて考えてみましょう。 増える社会保障と公債金 図で、1990年度と2025年度の国の歳出と歳入を比べてみましょう。 歳出で目立つのは「社会保障」の増加です。社会保障は、医療、年金、介護、育て、生活保護などに関わるお金で、現在では、歳出の3割以上を占めるようになりました。理由は、高齢化です。皆さんもご存じのとおり、日本の65歳以上の人口は増加の一途をたどっています。さらに75歳以上になると、1人あたりの医療費や介護費が急増するため、国庫負担となる社会保障も急増しています。 さらに、少子化や総人口の減少という問題も出てきています。社会保障制度を支える現役世代が減少しているのです。あと10~12年ほどで、3人に1人が65歳以上になるといわれていて、このまま少子高齢化が進めば、社会保障は増加するばかりで、いずれ現役世代の負担が増えることになるでしょう。 一方、歳入はどうなったかといえば、「公債金」が大幅に増加しています。現在は、増加した歳出の多くを、借金に頼ってしまっているということで、社会保障を税金でまかなえない時代が近づきつつあります。 とはいえ、政府もこの問題をなんとかしなければと、かなり前から税制改革に乗り出してはいました。 法人税から消費税へ 政府は、法人税から消費税への財政構造の見直しを行いました。 ・法人税の引き下げ 政府は、ここ数十年間、法人税については引き下げの姿勢を崩していません。1998年、2012年には大きく引き下げています。 法人税は、企業の所得に対して課せられる税なので、景気が悪いと、企業の収益が上がらず、政府の税収は下がります。「リーマン・ショック」で知られる世界金融危機が起こった2008年以降に、日本の法人税収は大きく落ち込みました。 そこで政府は、まずは法人税率を引き下げ、企業の税負担を軽減することにしました。国内企業の収益向上・業務拡大・賃金上昇・国際競争力の強化、国内産業の活性化、海外企業の日本進出など多くのメリットが期待できます。法人税率を引き下げたとしても、これらのメリットが活かされれば、結果的に法人税額が増すという流れで税収の確保を目指したのです。 ・消費税の引き上げ 政府は、「社会保障と税の一体改革」と銘打ち、消費税率の引き上げ分を社会保障に充当することにし、消費税の標準税率を、2014年に5%から8%に、2019年には10%に引き上げました。要は、国民が広く公平に納める消費税を社会保障の財源とすることで、国民全員が利益を受けられる社会保障制度を維持していこうという改革です。 図2-13は、法人税と消費税と所得税の税収の推移です。 実は、この財政構造の見直し当初は、なかなか政府の思惑どおりには進みませんでした。法人税率を引き下げたのに、企業の余剰資金は企業預金(今後のための資金)となり、設備投資拡大や賃金上昇には至りませんでした。また、消費税率を引き上げた分、税収はそれなりに上がりましたが、社会保障の充実に期待するというよりも、節約モードが先行し、家計の購買力低下につながってしまいました。その結果、法人税の税収は下がり、消費税の税収は税率変更時に一時的に上がるだけで、その後の伸びは鈍いままでした。 2019年以降、やっと消費税も法人税も伸び始めていますが、これは、さまざまなモノの価格が上がったことに起因しています。モノの価格が上がれば、消費者が納める消費税は当然増えますし、企業は売上が伸びて収益が向上するので、納める法人税が増えたというわけです。ここ数年は、消費税が税収の筆頭格になっています。理由はどうあれ、今になってようやく、財政構造の見直しが功を奏した格好になりました。 国の借金が史上最大 政府の税収は上がってきましたが、国の借金は増加しています。「借りて・使って・返す」を繰り返すというお金の流れができてしまうと、借金を減らしたり、断ち切ったりするのは、なかなか難しいものです。図2-14のとおり、お金を借りるために発行した国債の残高は増え続けていて、2025年度の普通国債残高は、約1129兆円にのぼる予定です。 この借金を、金額ではなく、GDP(国内総生産)規模に対する比率で表すと、図2-15のとおりで、日本の借金は、GDP比約235%の水準になります。これは、全国民が2年以上、無給で働いてやっと返せるという意味で、日本の借金依存度は、米国やドイツなどの主要先進国と比べても、群を抜いています。 日本に限らず、国の借金が恒常化すると、次のような事態が起こり得ます。国の財政悪化につながります。借金ですから、財政は悪化します。国の財政が悪化しすぎると、国債や通貨の信頼力が失われることがあります。簡単にいえば、世界から日本が相手にされなくなり、海外から日本に入ってきているお金が引き上げられてしまうかもしれません。 借金返済の先送り 国債費(歳出)で借金の一部を返済しても、公債金(歳入)でまた借金をする体質では、借金はなかなか減りません。将来にわたって、私たちの子供や孫世代まで、借金返済に追われることになります。 財政の余力が減少 借金が増えれば、使えるお金は自ずと制限されます。災害や事故など突発的な事態に対応できなくなるなど、必要なところにお金が流れなくなります。 持続可能な社会保障の実現に向けて 国を問わず、国民のための社会保障とは、社会保険料と税金を通じて、国民が公平に費用負担する仕組みが理想です。そのために日本では、政府が段階的に消費税率を引き上げてきましたが、世界各国の付加価値税率(日本では消費税率)とは、どのような水準なのでしょうか。 図2-16は、主要国の付加価値税を比較したものです。日本は、2019年に消費税率を10%に引き上げましたが、それでも、世界に目を向けると、日本の「10%」とはこんなにも低い水準なのです。少子高齢化が進む中、政府は今も「社会保障と税の一体改革」を掲げています。持続可能な社会保障の実現に向けて「借金に頼らず、国民みんなで社会保障を支え合おう」「もしものときには消費税率を引き上げるかもしれないが理解を賜りたい」という、政府から国民へのメッセージなのでしょう。 今の日本は、自他共に認める借金大国です。そして、財政赤字国でもあります。 財政赤字は悪なのか? 財政赤字といえば、ギリシャ、英国、米国など、日本よりも景気が良さそうに思われた国々で、慌てふためくニュースが報道されたのを覚えていますか。ギリシャでは、2009年10月、政権交代をきっかけに、旧政府が巨額の債務を隠蔽していたことが発覚しました。実は、超が付くほどの財政赤字だったことがバレてしまったのです。ギリシャの国としての信用は失墜し、ギリシャ国債利回りが急騰(価格は暴落)したのが「ギリシャショック」です。 ギリシャショックは、「ユーロ危機」に発展します。イタリアやスペインなどで、ユーロ圏の国債が暴落し、財政赤字が拡大、信用不安の連鎖が起こりました。 英国では、2022年9月、国債、通貨、株式が同時に売られるトリプル安に見舞われました。これが「トラスーショック」です。当時のトラス政権による大規模減税策の発表がきっかけでした。政策自体は良かったのですが、その財源は、国債の発行であることが判明しました。 有国債の売却を決定した直後でもあり、英10年国債利回りが急上昇(価格は下落)しました。国債の発行で新たな借金をするのですから、財政は悪化することが予想され、英ポンドも株価も下落しました。 Ⅲ米国の債務上限問題 債務上限とは、政府が国債発行などで借入できる金額の上限のことです。政府は議会の承認を得て、この上限を引き上げない限り、新たな借入ができず、国債の元利払いが滞るコアフオルト(債務不履行)のリスクが生じます。特に、2011年、2013年、2015年は、この債務上限の引き上げに関する法案がギリギリまで成立せず、米国の財政運営の混乱は、世界中の注目を集めました。しかし、日本は借金大国なのに「日本が破綻する」とか「日本国債がデフォルトする」などというニュースは聞いたことがありません。なぜなのでしょうか。 日本の財政収支は、赤字が続いてはいますが、赤字幅は減少し、財政はかなり改善しています。借金が多いのに、国の財政は、まったくといっていいほど悪くない状況なのです。 もちろん、政府の財政構造の見直しと物価高で税収が上がったことは、赤字幅減少の理由の1つではありますが、他国でも同様のことは起こり得ます。日本だけは破綻しない、と考える理由にはなりません。日本には、他国にはない、日本特有の理由が2つあるのです。 その1・日本でのお金の循環 借金大国でも財政が悪くない1つ目の理由は、「国民がお金の貸し手」であることです。国は資金を調達するために国債を発行し、資産運用したい人がその国債を購入します。購入者は、銀行、保険会社、日本年金機構などです。運用する資産は、銀行なら預金、保険会社や日本年金機構なら保険料なのですが、元をたどれば、家計や企業からのお金になります。国は、家計や企業からお金を借りて、社会保障や公共事業などのモノに変えて、国民に返しているのです。 つまり、日本では、「国内」でお金がスムーズに流れ、うまく循環している状態が続いています。日本のようなお金の循環は、意外に珍しいのです。海外では、借金を他国に頼ることが多く、自国内でお金の循環が完結できない例が多々あります。ギリシャの財政赤字の推移は、その最たる例です。 1990年代のギリシャは、ユーロ加盟(2001年)に向けて、財政赤字を削減していました。ところが、2004年のアテネオリンピック開催が決まると、競技施設などの建設、新国際空港の開港(2001年)、鉄道や地下鉄、道路などのインフラ整備を次々と行ったことで、財政赤字が拡大しました。当時の政府は、この財政赤字を隠蔽していたのです。無理な財政状況に加えて、ギリシャ国債の国内保有割合は3割程度で、海外投資家が残りの国債を保有していました。ギリシャは、借金の多くを国外から調達していたのです。2009年の政権交代で、とうとう旧政府の隠蔽が発覚しました。ギリシャは信用を失い、海外投資家が、もうギリシャにお金は貸せないと、保有していたギリシャ国債を売却したため、ギリシャショックにつながりました。国債は、国外の投資家の保有割合が多いと、売られやすく、一気に買い手がいなくなる事態が起こり得るのです。 その2・日銀が国債を保有 日本が借金大国でも財政が悪くない2つ目の理由は、「日銀が国債の半分近くを保有」していることです。いい換えると、日本は「借金にかかる利払い費が軽減」されている状態ということです。日本国債の利払い状況を、米国と比較してみましょう。米国は、景気が良さそうなのに、財政赤字の拡大が問題となっています。なぜなら、米国の金利が上がるのに伴い、調達金利が高くなるため、新たな借金にかかる利払い費が増加するからです。2023年以降は、利払い費が加速度的に増える予測となっています。借金の利息を払うために借金をしなければならず、利払い費が雪だるま式に増えてしまう見通しなのです。当然、財政赤字も拡大してしまいます。 だから、現・トランプ政権は、貿易関税の導入や政府部門の人員削減などで、必死に財政赤字を削減しようとしているのです。一方、日本の財政赤字(対GDP比)の見通しは、残念ながら、米国同様、借金による利払い費は増加傾向にあり、赤字は拡大していく予測ですが、米国と比べ、日本の赤字の水準はかなり低くなっています。また、実質的には、日本の財政赤字はグラフの見た目以上に軽減されるはずなのです。 もちろん、日本の金利は米国よりまだまだ低いから赤字幅が少ないという見方もできます。日本のほうが調達金利が低いので、今のところ、新たに借金をしても日本の利払い費が米国のようなペースで増えることはありませんが、日本特有の、もっと大きな理由があるのです。それが、「日銀が国債発行額の半分近くを保有していること」です。FRBやECBの国債保有割合は日本に比べてかなり少ないのが現状で、これこそが、日本と他国とが大きく異なる点なのです。 国の財政状態を考える際には、政府と中央銀行を一体化させた「統合政府」を採用することが多くあります。統合政府の考え方は、政府が日銀に払う利息と日銀のいわゆる純利益のようなもの(以下、利益)です。この利益には、利ザヤ(長期金利-短期金利)のほか、国債以外に保有している外国債券の利息やETF(上場投資信託)の配当金も含まれます。日銀は、その年度の利益を剰余金として政府に渡すことになっています。 政府は、国債を発行して資金調達するかわりに、国債保有者に利息を払います。もちろん日銀も、国債の保有者として、政府から利息を受け取ります。そして、日銀は、その利息によって生まれる利ザヤを含む利益を政府に渡します。2024年度は、政府は日銀に利息として0.2兆円を払っていますが、最終的には、剰余金として日銀から2.3兆円が戻ってきています。統合政府で見ると、日銀に支払う利払い費の一部は、日銀の利ザヤになり、剰余金という名目に変わって、政府に戻ってくるような仕組みになっています。 もし、日本の金利が上がって政府の利払い費負担が増えたとしても、日銀が多くの国債を保有していれば、日銀の利ザヤも増えることになります。その分政府が受け取る剰余金が増えることになるので、やはり実質的な政府の利払い費の負担は軽減されます。このような仕組みから、日本では、日銀が国債の約半分近くを保有しているからこそ、他国に比べて、それほど借金が問題視されていないというわけです。 今の日本は、国内に国債の買い手がいて、お金が国内で循環しています。それに加えて、モノの価格の上昇によって税収は増加し、まだ金利は低く、調達コストが抑えられています。財政赤字が縮小しているのは、財政にとって、幸運といえる材料が集まっているからです。 もしも、モノ不足で輸入が増え、海外に支払うお金が増えたら(貿易赤字の拡大)、国内の預金が減少します。モノの価格が上がり、金利が上昇するでしょう。国内でお金が循環しなくなり、海外投資家が国債を買うようになったら、いずれ「日本ショック」なるものが起こるかもしれません。すでに日本は、利上げによって「金利が上昇」し始め、カネ余りから「カネ不足」に変化してきています。財政にとっての暗雲が漂っていることを決して忘れてはなりません。 政府が国を良くするために、国民を支援するために必要なところにお金やモノを配るため、税金を効率良く集めることで、お金の流れを調整しています。政府には、今の幸運に甘んじることなく、国債の発行(借金)に頼らない健全な財政運営を行うことで「国民のための財政」を実現してほしい、と切に願っています。 お金の流れを調整するための方法の一つが貿易です。貿易では、政府が輸出し、輸入するために海外にお金をつなぐことで、お金の流れを調整しています。貿易とは、外国を相手にモノ(物やサービス)の売買を行うことです。外国にモノを売ることを輸出、外国からモノを買うことを輸入といいます。 日本が輸出しているモノといえば、やはりトヨタやホンダなどの日本車でしょうか。ずいぶん昔ですが、ソニーのウォークマンや、任天堂のファミリーコンピュータが世界で大人気になったのも日本が輸出したからです。そして、輸入しているモノといえば、iPhone(米国)、ルイ・ヴィトンのバッグ(フランス)、BMWの車(ドイツ)などがあります。 外国を相手にと聞くと、非日常で壮大な取引にも感じますが、世界中で物々交換をしているようなものと思ってください。自分の国で作るのが得意なモノを輸出し、不得意なモノを輸入すれば、お互いに効率良くモノが揃います。企業は得意な分野で、より良いモノをたくさん作ることに集中でき、消費者は、店頭に日本製品と外国製品が並ぶことで、購入できるモノの選択肢が広がります。貿易をすることで、私たちの生活も、国も、ひいては世界も豊かになれるのです。 貿易とは、2つの国が分業という協力体制をとり、不得意なほうの生産を相手に任せ、自分は得意なほうの生産に専念すれば、全体として生産量が増すという考え方に基づいています。これは、英国の経済学者であったデヴィッド・リカードが提唱した「比較優位」という貿易理論です。 A国とB国は貿易を行っていて、どちらも100人の労働者でリンゴとブドウを生産しています。A国は50人でリンゴを50kg、残りの50人でブドウを25kg生産することができます。一方、B国は50人でリンゴを45kg、残りの50人でブドウを15kg生産することができます。 これを見てパッと分かることは、同じ労働者数で、A国はリンゴもブドウもB国より多く作っているので、いずれもA国のほうが生産力は上だということです。たしかにそのとおりです。ただ、国同士で、同じ仕事での生産性を比べた結果、A国が優れているということなので、これは「絶対優位」を持っているといいます。 おそらく、1つ疑問がわいたと思います。A国は絶対優位を持っているのに、B国とわざわざ貿易をする必要があるのだろうか、ということです。そこで出てくるのが、仕事の相対的な得意さ、つまり、得意な度合いを比較したときの「比較優位」という考え方です。 貿易とは、A国とB国で分業を行うのですから、リンゴを作るほうが得意な国がリンゴを担当し、ブドウを作るほうが得意な国がブドウを担当すれば効率が良いというのは想像できます。問題は、どちらが得意なのかということです。 まず、リンゴです。同じ50人で、A国は50kg、B国は45kgなので、B国はA国の90%(45kg/50kg)を作ることができます。次に、ブドウです。A国は25kg、B国は15kgなので、B国はA国の60%(15kg/25kg)しか作ることができません。つまり、2国を比べた場合、A国はブドウを作るほうが得意で、B国はリンゴを作るほうが得意ということです。これを、A国はB国に対しブドウの生産に比較優位を持ち、B国はA国に対しリンゴの生産に比較優位を持つといいます。 そこで、A国はブドウ作りに専念し、B国はリンゴ作りに専念すると、A国でブドウを50kg、B国でリンゴを90kg作ることができるようになります。その結果、2国が作るリンゴとブドウの総生産量は、135kgから140kgとなります。 5㎏増えました。 経済はお金から学べ 手品のような話ですが、リカードの提唱した「比較優位」の概念は、すでに貿易において常識となっています。A国とB国が相対的に得意なほうを生産して貿易を行えば、より多くのものが生み出せ、2国ともが豊かになれるのです。絶対優位を持たない国でも、なにかしら比較優位は持っているからこそ、貿易は盛んに行われています。 たとえば、洋服には「Made in China(中国製)」、コーヒーは「原産国ブラジル」、ワインには「フランス産」など、生産国が分かる表記があります。身の回りの品を見て、日本製以外のものがあったら、皆さんは貿易に関わる1人だと思ってください。 貿易とは、日本を主体に考えれば、日本と外国との間でのモノの売り買いに関する取引です。日本が外国にモノを売ることを「輸出」、日本が外国からモノを買うことを「輸入」といいます。では、貿易の主な登場人物と、基本となるお金の流れをご紹介します。 ・政府 貿易の主人公です。どこの国と、どんなモノを、どのくらいの量まで取引できるのか、どれくらいの関税率になるのか、政府が外国と交渉したり、様々な契約を結んだりして、輸出や輸入を行うための準備をしています。 ・海外 米国、中国、ユーロ圏など、貿易において日本と取引をする相手国のことです。 ・銀行 貿易代金の決済を行います。日本と海外では通貨が異なるため、代金決済には為替が絡んできます。 ・企業 輸出業者もいれば、輸入業者もいます。単に、消費者(輸入品の購入者)になることもあります。 ・家計 多くは、消費者になります。 政府は、比較優位の概念を心得て、貿易を行っています。 ・輸出の場合 国内企業は、得意な分野に注力して生産量を増やし、収益拡大につなげたいと常に思っています。ただ、生産量を増やしても、国内に買い手がいなければ、モノが売れずに余り、結局、価格が下がってしまいます。でも、政府が、そのモノが不足している(生産が不得意な)国との貿易を可能にしてくれていれば、企業はその国にモノを輸出できるので、モノが余らず、価格が下がることを回避できます。 日本の企業が、ある車を1000台作り、1台100万円で販売しようと考えたとします。しかし、国内に700人しか買い手がいなければ、はじめから300台の在庫を抱えることになります。そんな状況だと、1台90万円、いや80万円になるのを待とうと考える人もいるでしょうから、値下げをしない限り、在庫は増えるばかりです。でも、在庫となる300台を輸出することができれば、車の価格はあまり下がらずに済みます。 ・輸入の場合 輸出と逆で、国内に在庫がなく、国内企業や家計は、ほしいモノが手に入らない状態です。国内でモノが不足すると、価格が上がります。でも、そのモノが余っている(生産が得意な)国から輸入できれば、モノの不足が解消され、価格が上がることを回避できます。 国内に車の買い手は2000人いるのに、国内企業では1台100万円の車が1000台しか生産できないとします。車がどうしても必要な人は、もっとお金を払うから売ってくれというでしょうから、110万円、120万円と値上がりしていきます。でも、同等の車を1000台輸入することができれば、2000人の買い手に販売できるので、車の価格はあまり上がらずに済みます。 つまり、国内に不足しているモノは補われ、国内に余っているモノは他国で活かされることで、国全体を潤すのが、貿易の効果であり、政府の役目でもあります。 円高・円安とは 日本国内でのモノの売買には、一般的に「円(¥)」が使われていますが、貿易の相手は外国なので、日本とは通貨が異なり、「円」をそのまま使うことができません。貿易でのほとんどの決済には、現在は、基軸通貨である「米ドル($)」が使われています。 基軸通貨とは、世界の貿易や金融の取引で中心的な地位を占める通貨のことです。どの通貨が基軸通貨になるかの明確な決まりはありません。通貨価値の安定性、通貨発行国の経済規模、金融市場の充実度、政治力、軍事力によって総合的に判断されます。その結果、売買したいときに取引相手が見つかる安心感がある通貨が自然と基軸通貨になります。 要は、世界中が安心して使える通貨を1つ決め、その通貨を貿易や金融の取引で使っているということです。以前は、英ポンドでしたが、現在は、米ドルになっています。 為替のニュースで、単に「円高」「円安」というのを聞きますが、これは、ドルに対しての円の動きを表しています。「ドルに対して円の価値が高くなった」「ドルに対して円の価値が安くなった」という意味です。 では、具体的に、ドルに対して、どうなると円高で、どうなると円安なのでしょうか。たとえば、現在1ドルが100円だとします。1ドルが80円になるのが円高で、1ドルが120円になるのが円安です。 貿易は、物々交換のようなものといいますが、国と国との取引ですから、実務上の違いは多々あります。貿易は、まずは契約を結ぶことから始まります。その後、モノのやり取り、代金の決済など契約に応じて行われるので、すべての取引が完了するまでに時間がかかります。多くの契約では、ドルで価格が決まるため、決済時の為替レートによって貿易代金が変動します。 円安・円高になると、貿易代金はどのように変動するのでしょうか。貿易は、支払いも受け取りもドルですが、銀行で両替したとして、円で比べると分かりやすくなります。具体例で見ていきましょう。 ・輸出の場合 今、A社が米国にモノを輸出し、3ヵ月後にその代金として100ドルを受け取る契約を結んだとします。今の為替レートは、1ドル=100円なので、今なら受け取る金額は1万円(100ドル×100円)になります。でも、実際に100ドルを受け取るのは、3ヵ月後です。そのときに、1ドルが80円(円高)になっていたら、8000円(100ドル×80円)しか受け取れません。逆に、1ドルが120円(円安)になっていたら、1万2000円(100ドル×120円)になります。つまり、輸出代金(受け取るお金)は、円高になるほど減り、円安になるほど増えます。 日本の自動車産業は、輸出が多いので、円安になると、たいてい業績が伸びるのは、円換算すると受け取るお金が増えるからです。 読吉速度を学習中… 経済はお金から学べ 輸入の場合 今、B社が米国からモノを輸入し、3ヵ月後にその代金として100ドルを払う契約を結んだとします。今の為替レートは、1ドル=100円なので、今なら支払う金額は1万円(100ドル×100円)になります。 でも、実際に100ドルを払うのは、3ヵ月後です。そのときに、1ドルが80円(円高)になっていたら、代金は8000円(100ドル×80円)で済みます。逆に、1ドルが120円(円安)になっていたら、1万2000円(100ドル×120円)を払わなくてはなりません。 つまり、輸入代金(支払うお金)は、円高になるほど減り、円安になるほど増えます。 円安になると、ガソリン、オリーブオイル、パスタなどの輸入品の価格が高くなるのは、モノを仕入れる(輸入する)ために支払うお金が増えるからです。 経済はお金から学べ 自由貿易主義 自由貿易は、比較優位を原則とし、関税率の引き下げや数量制限の緩和などで、国と国が貿易を自由に行うことです。国内外の企業が、平等な条件で競争し、モノの質を向上させ、販路を拡大するなど、お互いが成長できる環境が作られます。 メリットとしては、モノが増えるので価格が抑えられ、購入できるモノの選択肢が広がります。さらに、企業間で競争することで生産効率が上がり、国としての経済成長が見込めます。 デメリットとしては、競争力のない国内の産業や企業が淘汰されてしまうことです。国内製品の生産が減り、雇用の減少につながることもあります。また、防衛関連のモノを他国に依存しすぎると、緊急時に自国の判断で行動できないなど、国家の安全保障上の懸念も出てきます。 ただ、自由化といっても、国によって事情がありますから、それまでのルールをすべて撤廃するわけにはいきませんし、自由化によってトラブルも発生します。自由貿易を行うためには、新たなルール作りが必要となりました。 そのため、1995年にWTO(世界貿易機関)が設立され、2024年12月時点で加盟国は日本も含め166カ国になっています。しかし、WTOでは、ルール作りは全会一致の合意が原則で、関税の廃止や削減に向けての交渉や合意は難航したため、徐々に、個々の国同士や地域間でルール作りを始めました。 その主なものが、FTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)です。 FTAとEPAは、原則2国間で協定を結んで、自由貿易を拡大しています。TPPは、アジア太平洋地域で、包括的な、バランスの取れた協定を目指して交渉が進められてきた経済連携協定です。TPP発足当初は、日本や米国を含む12カ国でしたが、米国は、第1次トランプ政権下の2017年1月に離脱しました。 経済はお金から学べ 衣食住を輸入に頼る日本 結論からいってしまえば、日本は貿易なしには成り立ちません。ここでは、日本が貿易とどのように関わっているか、さまざまな角度から日本の今を確認しましょう。 2024年の国別の貿易額では、日本は、輸出額で世界第5位、輸入額でも世界第7位となっています。堂々たる貿易大国であるといえるでしょう。 経済はお金から学べ 貿易収支とは、輸出額から輸入額を差し引いた額です。日本の貿易収支の赤字幅は改善してきてはいますが、2024年は▲5.5兆円と赤字が続いています。日本はまだ輸出額より輸入額が大きいということです。 経済はお金から学べ 輸出はモノ作り 日本は、加工して精巧なモノを作ることが得意です。やはり、輸出の多くは、自動車関連、機械・電気機器関連など、モノ作りに関した分野になっています。 経済はお金から学べ 輸入は衣食住 日本は島国なので、さまざまな原材料の自給率が低く、原油や石炭、ガソリンなどのエネルギー資源、小麦などの原料を含む食品や衣料品、健康には欠かせない医薬品など、衣(医)・食・住(エネルギー)全般を輸入に頼っています。 エネルギー資源や原材料などは、近年、世界的に需要が高く、価格が上昇しています。これらを輸入せざるを得ない日本で、貿易赤字が続いてしまうのは致し方ないことなのかもしれません。 ガソリンを燃料とする車、着ている服、ワイン、小麦を材料とするパンやパスタ、風邪薬など、私たちが健康で快適な生活を送れているのは、貿易のおかげといっても過言ではないでしょう。 食料品 原料別製品(鉄鋼、非鉄金属など) 原料品(木材、鉱石など) 輸送用機器 その他 (単位:百万ドル、%) 出所:ジェトロ 経済はお金から学べ 相手国は米中 図3112のとおり、日本の輸出する先は米国、中国の順に多く、輸入する先は中国が突出していて、次いで米国と、輸出入ともこの2国への依存度が高い状況です。もし、日本とこの2国との間の貿易になんらかの支障が出て、特に衣食住関連のモノの輸入ができなくなると、日本国内では一気にモノが不足し、価格が上がり続けるでしょう。私たちの生活が脅かされることになります。 経済はお金から学べ 図3-12[日本の貿易相手国(2024年・上位5カ国)] 輸出 国名 シェア(%) 1 米国 19.9 2 中国 17.6 3 韓国 6.6 4 台湾 6.4 5 香港 5.1 国名 シェア(%) 1 中国 22.5 2 米国 11.2 3 オーストラリア 7.1 4 アラブ首長国連邦 5.0 5 韓国 4.2 出所:ジェトロ 経済はお金から学べ 貿易政策で輸出入を調整 日本に限らず、どこの政府も、自国の産業は保護しつつ、自由貿易で経済を成長させたいと思うのは、ごく当然のことではありますが、これが貿易の一番の難題でもあります。 貿易政策とは、政府が介入して、輸出と輸入を調整する政策です。自由貿易と保護貿易のバランスを取ったり、貿易赤字や貿易摩擦などの国際関係の悪化を改善・回避したり、経済制裁に使ったりと、その目的はさまざまです。要は、各国政府が、輸出や輸入を増やしたり減らしたりするための手段といったところでしょうか。 関税 貿易でよく聞く「関税」とは、国境を越えて取引を行う際に、輸出入するモノに課される税です。輸出のときに課される税を「輸出関税」、輸入のときに課される税を「輸入関税」といいます。輸出関税は、発展途上国が安価の製品の輸出を制限するために課すことが多く、日本を含む先進国ではほとんどなじみがありません。 書では、関税とは、輸入する際に課される税である「輸入関税」のこととします。主な貿易政策は、図3-13に挙げたとおりです。順に説明します。 図3-13[主な貿易政策] 輸入 数量制限 非関税障壁 緊急関税制度 輸出 補助金 自主規制 輸入量を調整する貿易政策 関税とは、輸入品に対して、輸入した国が課す税です。たとえば、現在、日本では、チョコレートの関税率は10%です。日本が海外から500円のチョコレートを輸入したら、500円に10%の関税(500円×10%=50円)がプラスされ、一般的には、日本国内での販売価格は550円になります。もし、関税率を引き上げたら、輸入品の価格が上がり、買い手が減ります。つまり、関税率の引き上げは、輸入を減らしたいときに効果があります。逆も然りです。輸入を増やしたいときには、関税率を引き下げることがあります。 数量制限 一定数以上の輸入を禁止します。国内に輸入品が過剰に出回ることを回避できるため、国内産業を保護したいときに多く用いられます。 非関税障壁 非関税障壁とは、関税以外の要因によって貿易に障壁、つまり、輸入を制限する壁が生まれることです。障壁を作る主な目的は、国内産業の保護、安全確保、環境保護です。たとえば、輸入する際の手続きや検査の基準を厳しくすれば、輸入の許可が下りにくくなるため、輸入が減少します。そして、国ごとに、保護したい産業や安全基準に差異があり、貿易摩擦につながりかねないので、双方の政府によるきめ細かな対応が求められる政策でもあります。日本としては、国民の安全のために一律の基準を設けているに過ぎなくても、認識や基準が違う貿易相手国には障壁と受け取られることがあります。そのためか、近年では、非関税障壁が貿易の駆け引きに使われていることもあるようです。米国が、日本に対し、非関税障壁によって米国からの輸入を制限していると指摘したものの一部は、特に自動車については、日本では関税を課していないにもかかわらず、日本国内で米国製自動車の販売台数が伸びないのは、日本が安全基準を厳しくして輸入を制限しているからだと非難されています。 緊急関税制度(セーフガード) 特定のモノの輸入が急増したことにより、国内産業に重大な影響が見込まれるなど一定の要件が揃ったときにのみ、輸入を減らすために、WTOが認める輸入数量制限や関税率の引き上げなどの緊急措置が取られます。日本では、2001年に、中国からネギや生椎茸などの輸入量が急激に増えたため、暫定的にセーフガードを発動しました。 輸出量を調整する貿易政策 補助金 国際市場価格よりも国内市場価格が高い場合、政府が企業などの生産者に補助金を給付して、輸出を促進します。もし、海外より国内のほうが高く売れるなら、わざわざ企業は輸出をしませんが、その海外と国内の差額を政府から補助金としてもらえるなら、企業は輸出を行うようになります。つまり、補助金は、輸出を増やしたいときに効果があります。 自主規制 相手国からの輸入規制を回避するため、いい換えると、相手国が貿易政策を発動して、自国が輸出しにくくなる前に、自主的に輸出する数量を制限します。自主規制は、その後の国際関係を考慮しながら、輸出を減らす際にたびたび用いられます。過去に、日本から米国に向けて、繊維製品、カラーテレビ、自動車などの輸出が急増した際、日本は輸出の自主規制を実施しました。 日本の輸入関税 日本の関税とは、日本が輸入するモノに対して、日本政府が課す税です。政府が関税を課す理由には、税収という政府の歳入(財源)の確保、輸入が制限されることによる国内産業の保護、不公正な貿易の是正、の3つがあります。では、日本が輸入しているモノには、どのくらいの関税が課せられているのでしょうか。また関税とは、だれが政府に納めているのでしょうか。 ると、米国の消費者にも影響が出ることになります。しかし、実際には日本の企業が価格を調整することで、米国の消費者が直接的な負担を感じにくくなっているのが現状です。 トランプ関税の影響は、単に関税が上がるだけでなく、国際貿易の流れや企業の戦略にも大きな影響を与えています。企業はコストを抑えるために、製造拠点を他国に移すことを検討するなど、さまざまな対応を迫られています。これにより、国際的な競争環境が変化し、各国の経済にも波及効果が及ぶことが予想されます。 今後の展望としては、トランプ関税がどのように変化していくのか、またそれに対する各国の対応がどのように進むのかが注目されます。特に、米国と他国との貿易関係がどのように再構築されるのかが、今後の経済情勢に大きな影響を与えるでしょう。 ても、消費者が輸入品よりも国内産のモノを選ぶようになるので、米国の産業や企業を活性化させます。いずれにしても、貿易相手国は、経済が打撃を受けるので、米国に対して貿易交渉を求めるはずです。その際、米国政府は、米国への工場移転、非関税障壁の撤廃などを条件に挙げて、対米貿易黒字の削減を目指すつもりでしょう。 案の定、日米間でも貿易交渉が行われ、2025年7月、日本がコメや自動車の非関税障壁を緩和し、輸入を増やすかわりに、米国は、自動車を含めた関税率を15%とすることで合意しました。これにより、自動車については27.5%から15%に引き下げられるのですが、3ヵ月前までは2.5%だったことを考えると、各自動車メーカーは安堵している場合ではありません。いずれにしても関税率が上がるのです。これからトランプ関税が適用されるそのほかの業種についても、今後の対策に追われていることでしょう。 世界を見渡すと、トランプ関税が決着するまでにはまだ時間を要すると思われますが、トランプ政権は、昔も今も「アメリカーファースト」実現に向けての戦略を着々と進めているようです。トランプ大統領は、トランプ関税を発動した際、自身のSNSで、米国民に対して「われわれは勝利する」と約束するとともに「耐え抜け!」と檄を飛ばしたといわれています。 米国のための政策とはいえ、やはり、関税率が上がれば、米国企業の税負担は上がるし、また、輸入品の販売価格が高くなれば、消費者である国民の負担も少なからず増えると伝えておきたかったのではないでしょうか。この「耐え抜け!」とは、アメリカーファースト実現まで、米国企業と国民に、費用を「負担しろ」と求めていたのでしょう。トランプ氏の交渉相手は、貿易相手国だけではなかったようです。この発言は、関税率の引き上げは、貿易相手国だけでなく、自国の経済にも打撃を与える政策であるという教訓になりそうです。 貿易摩擦とは、貿易を行う国と国の間で、輸出と輸入の不均衡によって起こるトラブルのことです。たとえば、日本はモノを輸出したいのに、相手国は、国内産のモノが売れなくなるのを嫌がり、関税を引き上げたり、輸入量を制限したりして自国の産業を守ろうとすることによって起こる両国間の軋轢です。 米国は、輸出額より輸入額が多い貿易赤字国です。米国の赤字額は、長期的に見れば増え続けています。2024年の貿易赤字額は、9035億ドルまで拡大しています。 米国が主に輸入している先、つまり、米国に対する貿易黒字国は、2024年は、中国が最大で、日本は7番目となっています。米国は、常に貿易赤字を問題視しており、これらの貿易黒字国に対して、貿易の不均衡を是正するよう、関税率の引き上げを示唆したり、自主規制を要求したりし続けています。トランプ関税もその1つです。 日本は、自動車の輸出を中心に経済成長を狙えるはずでしたが、対米貿易黒字により、出る杭は打たれるという状態が続いています。打たれ続ける理由は、米国が、日本の技術の高さや生産・販売戦略の巧みさには太刀打ちできないと認めているからでしょう。 日米の間では、繊維、牛肉、カラーテレビ、自動車などに関する貿易摩擦が生じ、そのたびに交渉を行い、日本は輸出量を調整するなど、貿易黒字を削減する策を講じています。実際にあった日米間の自動車に関する貿易摩擦の歴史をたどってみましょう。 米国は、日本の自動車の輸入により貿易赤字が増すことを不均衡とし、さまざまな要求をしてきました。日本は、現地生産による米国での資材の調達や雇用の確保などの対米投資を行ったほか、労働力の安い海外拠点での生産に移行するなどで、日本からの輸出を制限しました。また、海外で生産した自動車、部品や資材などの輸入を促進し、貿易黒字の削減に取り組みました。さらに、トランプ関税に対しては、対米投資やコメや自動車の非関税障壁の緩和を約束するに至りました。 日本は、1960年代から現在に至るまで、一貫して消費者のニーズをくみ取り、性能が良くて、多少高くても購入したいと思える価値ある自動車を厳選して製造・販売することに重点を置いているためか、海外での需要が下がることはなく、いまだ日本の自動車輸出比率が高いというのが実情です。一方で、この貿易摩擦によって、負の影響が現れているのも否めません。海外進出によって、国内産業の空洞化、国内の雇用の減少、技術や情報の流出など、残念ながら、日本の輸出の核であった国内製造業は徐々に輝きを失い、日本の貿易赤字の一因となってしまいました。 米国は、長年にわたり貿易赤字国であるにもかかわらず、なぜ経済成長を遂げているのでしょうか。 成功を収めた国際分業化 米国に、アップル社という有名なIT企業があります。皆さんがよく知るiPhone、iPad、Mac、Apple Watchなどを扱う会社で、「ファブレス経営」を行う最も有名な企業の1つです。ファブレス経営とは、自社で生産設備を持たない経営方式のことで、1980年代に米国のシリコンバレーで考えられたビジネスモデルです。ファブレスとは、工場(ファブ)がない(レス)という意味で、ファブレスメーカー自体は、独自のブランド製品の開発や設計、マーケティングを主な業務としています。 ファブレス経営のメリットは、全行程の中で利益率が高いところを自社が担当し、利益率が低いところをすべて外注し、完全に国際分業化することで、工場の建設や維持費などの費用を抑えることができる点です。アップル社も、自社でiPhoneの設計と販売は行っていますが、部品については効率とコストを考えて世界中に発注し、最終的な組み立ては台湾や中国で行っています。その結果、iPhoneは、デザインや操作性に加え、映像(写真)、ゲームや音楽に至るまで消費者のニーズに応える製品開発を成功させています。 ほかにもIBM社は、脱工業化の流れに乗った1社です。かつてはハード面であるパソコン本体を製造していましたが、早々にハード面の事業から撤退して、ソフト面の製作に転換することで成功を収めました。米国は、国際分業化を確立し、工業用材料、消費財、自動車部品など相対的に利益率が低いモノを中心に外注し、輸入しています。貿易相手国は多岐にわたります。そのため貿易赤字が続いていますが、企業の収益性は高く、つまり、米国は貿易での赤字を国内企業の黒字で帳消しにしながら成長してきたといえそうです。 米ドルが世界を巡る トランプ大統領は、米国の貿易赤字が問題だといっています。貿易相手国が成長するためや貿易黒字化を達成するために、米国が利を得ているという苛立ちがあるのでしょう。アメリカ・ファーストで、米国経済だけの成長や繁栄を目指すつもりのようですが、米国は「ドルが基軸通貨である」ということを忘れていないでしょうか。 基軸通貨であるドルは、世界の貿易や金融取引で使われています。そのため、各国の中央銀行は、為替介入や債務の返済など何らかの事態に備えて、ドルを外貨準備として保有しなくてはなりません。ただ、現金での保有では利息が付かないので、中央銀行は米国債をドルで購入することになります。 続きは、中国を例に、ドルの流れを追ってみましょう。中国の通貨は「人民元」です。中国から米国に渡ったドルは、米国の金融政策に従って、銀行から企業や消費者に流れます。米国の企業は、中国から商品やエネルギーなどを輸入する際、代金をドルで支払います。中国の企業は、受け取ったドルを銀行で人民元に換えると、ドルは銀行から中央銀行に渡り、外貨準備となって米国債を購入するので、最終的にドルは米国に還流してきます。もちろん、中国国内では、輸出が増えれば人民元が広まり、不動産や株式への投資が盛んになります。 こうしてドルは、基軸通貨であるが故に、貿易を通じて世界中を巡っているのです。また、米国では、他国が外貨準備を理由に米国債を購入してくれるおかげで、国債利回りが低くなっています。その結果、財政での利払い費が削減できたり、住宅ローン金利や企業の調達金利が低くなったり、多くの恩恵を受けていると考えられます。 つまり、ドルが基軸通貨である限り、米国の輸入が増えても、米国にドルが還流することで結果的に米国の景気を刺激することが十分に期待されます。米国が貿易赤字が拡大しても成長できた理由の1つは、このドルの還流にあるといえそうです。「ドル」を自国通貨とする米国には、自国の繁栄とともに、貿易によって世界を豊かにする責務があることを忘れないでほしいと、今、世界中が願っていることでしょう。 皆さんは、日本が「貿易立国・日本」と謳われたときをご存じでしょうか? 貿易立国から資産運用立国に ここまでに「貿易収支」という経済用語が出てきました。輸出額から輸入額を差し引いた額で、プラスなら黒字、マイナスなら赤字です。貿易収支とともによく聞く用語に「経常収支」がありますが、貿易収支は経常収支の中の1つの収支です。日本は、貿易収支は赤字ですが、経常収支は黒字です。 日本は、資源を持たない島国であるため、原材料、エネルギーや資源の大半を輸入に頼る一方、自動車などを製造して世界に輸出することで経済成長を遂げていた貿易黒字国でした。オイルショックや急激な為替変動などがあっても、高度な製造技術と販売手法で成長を続けた日本は、「貿易立国・日本」と呼ばれ、「Made in Japan」の製品は、世界中から注目を浴びていました。 ところが、米国が脱工業化の流れに乗ったのに対して、日本は工業化を進めた結果、関税、円高、デフレ(価格下落)や価格競争、工場の海外移転など、輸出産業への試練が続き、輸出額は伸び悩んでいます。一方、石油などのエネルギー資源や食料などの生活に必要なモノの値上がりの影響が大きく、輸入額は増加しています。今や、日本は貿易赤字国となってしまいました。 経常収支とは、一定期間に、海外との貿易やサービス、投資収益などの取引で生じた収支です。モノのやり取りの「貿易収支」、旅行や特許使用料などの「サービス収支」、海外の子会社、株式や債券などから生じる配当や利子などの「第一次所得収支」、政府開発援助などの「第二次所得収支」の4つで構成されています。日本の経常収支は大幅な黒字となっています。その要因は、所得収支の黒字が継続かつ拡大していることにあります。 日本は、海外での現地生産化(海外子会社化)を積極的に展開し、貿易などで得たお金を海外株式や海外債券に投資していたことから、日本が保有する海外の純資産は533兆円(2024年末)で、ドイツに次いで世界2位の規模となっています。その海外の純資産が第一次所得収支となる配当や利子を生んでいるので、日本の所得収支の合計は36兆円(2024年末)にのぼり、これは世界1位です。今や、日本は外貨の支払いよりも外貨の受け取りが多い国(経常黒字国)であり、外貨を稼ぐ国となっています。 いい換えれば、日本は「貿易立国」から「資産運用立国」に転身したのです。 経済はお金から学べ 豊かさを感じにくい日本の黒字 しかし、日本が外貨を稼ぐ世界1位の国、資産運用立国となって、はたして私たちの暮らしは豊かになったのか……そんな実感がないのは私だけでしょうか。 経常収支が黒字を維持する原動力は「所得収支」なのですが、この所得収支とは、ドルなどの外貨で保有する債券や株式、工場移転やM&Aで購入した海外現地子会社からもらえる配当金や利子などにあたります。 しかし、その配当金や利子の外貨、たとえばドルは、一般的には、海外にドルのまま置いておくか、再投資される(同じ債券や株式に投資する)ことがほとんどです。外国株式の配当金だけを受け取るたびに円に両替する人は少ないですし、外国株式に投資する投資信託についても、その配当金は再投資が原則となっています。さらに、海外現地子会社の利益は、日本国内本社の利益に加算されることが多いので、本社の業績が好調に見えても、実際の利益は海外で生まれ育っているだけということもよくあります。 要は、海外での配当金や利子も、海外現地子会社の利益も、所得収支の多くのお金は、外貨のまま海外にあって、日本に戻ってこない状態で、お金の流れができているのです。当然ながら、その外貨が日本国内で積極的に設備投資などに使われることは期待できません。 たしかに、経常収支が黒字であること、資産運用立国となったことは、日本として誇れることです。しかし、そうはいっても、日本の景気を刺激してはくれないのですから、私たちは、黒字の恩恵や豊かさをなかなか感じることができないでいるのでしょう。 日本の得意を極める 日本は、エネルギーと資源を輸入し、製造・加工して輸出するのが得意な国のはずです。今でも、自動車など輸送用機器や電気機器(電子部品)の輸出は好調です。日本が豊かな国になるためには、やはり、貿易立国だった原点に立ち返ることが必要となりそうです。 日本の輸出の根幹は、自動車や電子部品などの製造業です。さらに、日本は、人件費が比較的安い反面、技術力や知能が高く、モノ作り、企画や戦略分野においてコストパフォーマンスが高いとされています。各企業において必要なのは、 ・製品、価格、流通、販売網の見直し ・新規輸出先の開拓やグローバルな事業ネットワークの構築 ・モノに豊かさを加える高付加価値に重点を置いた商品開発 ・日本国内への製造工場の誘致 ・対米投資の要求に対して、米国現地生産や雇用の創出など米国移転の検討 などを行うことで、国内産業の活性化と国際競争力の向上を目指すことでしょう。すでに、半導体分野においては、北海道、三重県、広島県、熊本県などに工場が建設され始めています。 関税云々あっても、日本が得意とする高付加価値を伴うモノ作りができれば、世界の消費者の心をつかめるはずです。 エネルギー資源の探求(輸入) 日本は、エネルギー資源をはじめ、衣食住を輸入に頼る国です。さらに、これからは、海外現地生産などによる完成品の輸入や、日本よりも生産コストが安く、生産技術を向上させている新興国からの輸入も増えるでしょう。 特に、エネルギー資源については、世界的に需要が高く、貿易において争奪戦の様相を呈しています。すでに2025年2月の日米首脳会談で、日本は、自動車の現地生産工場の建設などで対米投資拡大を約束するかわりに、米国からのLNG(液化天然ガス)の輸入拡大で合意するなど、エネルギー資源の確保に努めています。ただ、価格は高騰していて、日本の輸入額は増える見込みです。各企業においては、 ・輸入相手となる企業や国との良好な関係維持 ・安定確保に向けた輸入先の新規開拓 ・エネルギー資源の有効活用、無駄な使用をなくす企業努力 ・脱炭素化、省エネルギーの開発 ・代替エネルギーの研究 など、エネルギー資源の安定的な確保が重要な任務となります。 貿易とは 貿易では、輸出と輸入で、世界中が豊かになるために、貿易の扉を開き、海外にお金をつなぐことで、お金の流れを調整しています。日本の貿易相手国は、米国と中国に偏っています。国民の生活を豊かにするためには、貿易において、特にこの2国との友好関係を維持することが不可欠です。 企業が、輸入することで資本に足りないモノを迅速かつ安定して補えるよう、日々の得意とする技を磨くことで輸出を増やしていけるよう、政府においては、日本代表として貿易相手国との架け橋となり、 ・米国、中国を中心とする貿易相手国との輸出入の維持、拡大 ・貿易摩擦解消に向けた貿易政策の有効活用、誤解の解消や関係改善のための交渉 ・EPA、TPPなどの協定拡大による貿易相手国の拡充 に尽力していただく必要がありそうです。 「経済」という舞台 日本経済は、経済を学ぶには絶好の教材になります。私は、序章で「経済とは、3つのストーリーが同時に展開する群像劇に似ている」といい、第1~3章で、「金融・財政・貿易」の3つのお金の流れを紹介しました。この3つが、ときには絡み合い、すれ違い、手を組むストーリーが展開される大きな舞台が、「経済」なのです。 終章では、金融・財政・貿易がどのように関わり合っているのかを学びましょう。経済の登場人物は、もちろん、3つのストーリーに登場したキャスト全員です。 お金の流れは「物価」に現れる 経済とは、それ自体を手に取ることも、目で見ることもできませんが、景気が良いかどうか、お金が流れているかどうかによって、物価が上がったり下がったりします。その物価の動きから、経済がどのような状況かを知ることができます。 お金の流れは4種類 まず、景気を「良い」と「悪い」の2つに分けました。お金の流れは、景気が良いときは「適度」か「速すぎる」になり、景気が悪いときは「止まる」か「(お金が)足りない」状態になり、それぞれで物価の動きに違いが生じます。その結果、お金の流れと物価は、4つに分類することができます。 インフレーション(インフレ) 「インフレ」とは、モノの価格が継続的に上昇することですが、良いインフレと悪いインフレがあります。良いインフレは、物価の上昇が景気拡大の好循環を生みます。悪いインフレは、「スタグフレーション(景気停滞+物価上昇)」とも呼ばれ、物価の上昇が家計を圧迫し、景気に悪循環を生みます。 デフレーション(デフレ) 「デフレ」とは、モノの価格が継続的に下落することです。良いインフレとは真逆の状態で、物価の下落が景気減速の悪循環をもたらします。 では、○~○がそれぞれどのような状態なのか、確認してみましょう。 良いインフレ 景気は「良い」状態です。お金は「適度」に流れています。「賃金が上昇→購入意欲が向上→モノの売れ行きが好調→企業収益が改善→さらに賃金が上昇」の好循環となります。物価は、多少「上昇」します。しかし、物価の上昇に合わせて賃金も上がっているので、家計の負担にはなりません。また、販売価格も、企業収益(販売価格―仕入価格)も安定しています。これをディマンドープル型のインフレともいいます。 資産インフレ 景気はまだ「良い」状態です。お金の流れは「速すぎる」ときです。「銀行が積極的に融資をする→家計は高額なモノへの消費(株式、絵画、車などの購入)や不動産投資を、企業は過剰な設備投資を行う→賃金が上昇→預金する→銀行の信用創造が進み、融資が拡大」していきます。物価は「上昇」します。高額な商品が次々と買われるため、とりわけ、株式や不動産などの資産価格が上昇します。 デフレ 景気は「悪い」状態です。お金の流れが「止まり」ます。企業の業績が伸びず、賃金や設備投資にお金を使わないので、企業にお金が溜まるだけで、お金が流れなくなります。物価は「下落」します。「企業の業績悪化→賃金が低下→購入意欲が減退→モノを売るために販売価格を下げる」の悪循環です。 悪いインフレ 景気は「悪い」状態から抜け出せません。お金が「足りない」ので、流れにくい状態です。海外への支払いが増えたり(貿易赤字拡大)、金融引き締めで、国内に流通するお金が減少したりします。一方、銀行は融資が伸びて、預金獲得競争になるため、さらにお金不足が続きます。物価は「上昇」します。賃金も多少上がりますが、物価の上昇が大きいため、家計の負担になります。「輸入価格の上昇→仕入価格の上昇→コストを削減しても、企業収益(販売価格-仕入価格)は悪化→賃金はほぼ据え置き→収益を維持するために販売価格を上げる」の悪循環です。これをコストプッシュ型のインフレともいいます。 すべてを経験した日本 経済にとって理想的な状態は、もちろん、お金が「適度」に流れている状態ですが、金融、財政、貿易がうまくかみ合わず、お金の流れが変化し、悪い状態になってしまうこともあります。必ずしも番号順というわけではなく、良い状態からいきなり悪い状態になることもあり得ます。そして日本は、この40数年間で、すべてのお金の流れを経験してきた数少ない国の1つです。ちなみに、中国は悪い状態を経験し、今は良い状態あたりです。中国の貿易収支は黒字ですが、将来的に赤字になるようであれば、悪い状態に移行するでしょう。 終章では、金融、財政、貿易が作るお金の流れが、家計、企業、政府にどのように影響したのか、それぞれの政策は有効に機能したのか、この40数年間の日本経済を振り返ろうと思います。これからの日本経済の行方がきっと見えてくるはずです。 経済=金融+財政+貿易 経済とは、金融においては金利が上がるか、下がるか、財政においては税金が集まるか、公共投資が行われるか、貿易においては輸出が多いか、輸入が多いかが、つながったり、絡み合ったり、すれ違ったりすることで成り立っています。 図には、期間を1980年から2024年までの40数年間とし、グラフに日本の経済をひもとくデータを並べてみました。そして、グラフの縦の点線は、経済の状態に応じた期間の目安です。 簡単にグラフの見方を説明しましょう。 グラフA「国内の貯蓄の増減」のグラフです。日銀が公表する「資金循環統計」に基づくグラフで、家計、企業、政府が、ある期間で、資金の貸し手なのか、借り手なのかを確認することができます。「貯蓄がプラスなら貸し手、マイナスなら借り手」です。たとえば、グラフAの期間は、家計がプラスで、政府と企業がマイナスになっています。つまり、この期間では、家計は資金(預金)を潤沢に持っているため貸し手となり、政府や企業は公共投資や設備投資を行うために資金調達をする借り手という構図になります。 グラフBは、GDPとCPIを用いて「経済成長率とインフレ率(物価動向)の関係」を示したグラフです。たとえば、グラフBの期間では、経済成長率は上向きで、インフレ率は下がってきています。これは、景気が良くて、賃金が上昇傾向にあるのに、物価は安定に向かい、家計への負担が少ない時期だからです。グラフAで、家計の貯蓄が増えるのも納得です。 グラフCは、貿易収支を対GDPに換算して示した「貿易収支と金利の関係」のグラフです。たとえば、グラフCの期間を見ると、貿易収支がプラス傾向で、金利は低下傾向になっています。輸入より輸出が多く、資金調達がしやすい状態です。金利が低いことは、景気にプラスに働きます。企業は、資金を調達して設備投資を拡大でき、さらに輸出を増やすことができる時期です。 GDP(国内総生産) GDPは、一定期間内に国内で生み出したモノやサービスの付加価値の合計額で、国の経済活動の状況を示しています。付加価値とは、モノやサービスを販売したときの価格から、原材料や流通の費用などを差し引いた価値のことです。ある一定期間と次の一定期間のGDPを比較し、その変化率によって経済成長の度合いが分かります。この変化率を一般に経済成長率と呼びます。 CPI(消費者物価指数) CPIは全国の家計が購入しているモノやサービスの価格を数値化した指標です。ある時点を基準に、同等のモノを購入した場合の費用がどう変化するか、物価の変動を知る物差しとして用いられます。 インフレ率 インフレ率とは、物価が上昇する度合いを示す指標です。一般的には、CPIの前年からの上昇率で表されます。日本は、インフレ率が年2%となることを目標にしているのですが、これは、物価が毎年2%程度上昇し続けることを目標にしているという意味です。 が、そのかわり、お金の流れのイメージ図も添えてお話しします。グラフ、文章、イメージ図を合わせて、ぜひ「経済」を読み解いてください。 1980年代は、お金の流れが「適度」な時期です。1980年代のイメージ図が図4-4、グラフの拡大図が図4-5です。 経済はお金から学べ 日本は、自動車を中心に輸出が拡大し、貿易収支は赤字から黒字になりました。そのため、貿易摩擦が生じ、1985年にはプラザ合意による急激な円高圧力もあり、日本は大幅な輸出規制を行いました。しかし、日本は国際的に競争力のある付加価値の高い商品を開発することで、輸出は伸び続け、円高でも利益が上がりました。 貿易での利益は国内に流れ、企業の設備投資拡大や賃金の上昇につながります。また、円高で輸入価格が低下するとともに、国内の物価も低下しました。 円高圧力によって輸出が難しくなるため、日本は、輸出などの外需主導から、消費や投資などの内需主導への転換を余儀なくされます。要は、米国から、日本は輸出で利益を得るのではなく、国内で景気を刺激するよう求められたのです。そのため、財政では公共投資が積極的に行われました。 金融では、金融緩和(利下げ同等の効果)が行われました。円高で物価が低下することに加えて、金利を下げることで、国内の消費を拡大させる効果があります。 企業の業績が好調で、賃金も上昇し、購入意欲が増すので、家計に負担がかからない程度に物価は上昇しました。この時期のCPIは、経済成長率と比べても低い水準で、預金をすれば、物価の上昇率を除いてもプラスが残る(資産が増える)状況でした。 お金の流れでは、政府と企業が借り手、家計が貸し手になります。経済が成長する理想の組み合わせです。政府は、税金などで財源を確保でき、公共事業などで国民に返すことができます。企業は借入をして設備投資を行い、次なる成長を目指します。家計は、賃金が上がり、国から豊かさを受け取り、景気が良いと実感することができます。 また、貿易収支が赤字から黒字に転換し、海外へ支払うお金よりも、海外から受け取るお金が増えたことで、国内ではカネ不足の解消に伴って貯蓄が増加し、金利低下につながりました。お金が滞ることなく適度に流れた結果、経済成長は高い伸びを示し、物価は安定していました。良いインフレで、日本経済が輝いていた時期だといえます。 1980年代後半~1990年代前半は、好景気を継いでいますが、お金の流れは「適度」を通り越して「速すぎる」時期に入りました。お金は、家計、企業、政府間で勢いよく回っていて、それに海外からのお金も加わり、流れの勢いは増す状況です。 貿易収支は、黒字を維持しています。貿易での利益は、引き続き国内に還流していました。 財政では、好景気を背景に税収が増えました。また、1989年4月に消費税が初めて導入されて、さらに税収が増え、ついに財政収支は黒字になりました。税収の増加で、財政面では改善しましたが、国民への還元は少なく、財政の景気への寄与は中立程度でした。 金融では、当初は好景気にもかかわらず、金融緩和が行われました。企業は、積極的に借入を行い、やや過剰と思われる設備投資や財テクに走りました。銀行も積極的に融資を行ったことで、信用創造が進み、お金の流れがどんどん速くなっていきました。 その後、日銀は、お金の流れの速さを抑えるため、金融緩和から金融引き締めに金融政策を変更し、1989年5月から1990年8月にかけて5回の利上げを行い、政策金利を2.5%から6.0%まで急激に引き上げました。さらに、当時、資産インフレといわれた不動産価格の上昇を沈静化させるため、政府は、土地取引に関する「総量規制」を導入し、不動産に対する銀行融資を制限しました。 好景気だったため、お金が株式や不動産などの資産に向かい、資産価格が特に上昇しました。一方で、生活関連のモノの価格を示すCPIは、意外と上がらず安定していました。これぞ「資産インフレ」です。 お金の流れは、企業が借り手、家計が貸し手です。輸出好調、財政安定、金融緩和で、速すぎるとはいえ、お金は流れていたのですが、速さ調節がうまくいきませんでした。急激な金利上昇と不動産融資規制のダブルパンチで、急にお金が借りられない状態となり、まもなくお金の流れが止まる時期を迎えることとなります。このお金の流れが速すぎた時期が「バブル」と呼ばれた時期で、お金の流れが止まった時期が「バブル崩壊」といえるでしょう。 にとって悪手となってバブルは崩壊しだのかもしれません。CPIにかかわらず、少しずつ利上げを行っておくべきだったのでしょうが、実際は、川の流れ同様、速くなる前に静める理由はないし、速くなり始めたらどんどん速くなってしまうわけで、日銀といえども、ちょうど良く対処するのは至難の業だったのでしょう。 「バブル」とは「バブル景気」「バブル経済」の略ですが、おおむね1986年12月~1991年2月まで(約4年3ヵ月)の日本の景気の通称です。バブルを直訳すると「泡」、つまり「大きく膨れ上がり、いつか弾けてなくなるもの」という意味です。 「バブル景気」とは、景気が異常に良くなること、「バブル経済」とは、株式や不動産などのさまざまな資産価格が異常に上がり続けること、「バブル崩壊」と聞けば、景気が一気に悪くなること、資産価格が急低下すること、とイメージできるのではないでしょうか。 1990年代中盤~2010年代は、「バブル崩壊」「失われた30年」などと呼ばれ、好景気は完全に終了します。約30年の間、景気は低迷する、つまり、お金の流れが「止まる」時期が続きました。 貿易収支は、当時ではまだ黒字ですが、徐々に縮小し、次第に赤字になっていきます。経常収支では、貿易収支が赤字となるかわりに、所得収支が増加しました。すなわち、貿易立国から資産運用立国に転身した時期です。 しかし、お話ししたとおり、所得収支で得た利益は、ほとんどが外貨のまま海外に留まるため、国内へ還流するお金は減少しました。 財政では、法人税の引き下げを開始しました。1989年に40%台だった法人税率は、現在は2026年末まで原則23.2%となっています。一方で、消費税率は引き上げ、2014年に5%から8%に、2019年には10%にしました。しかし、財政赤字は続きます。 また、米国での2000年のITバブル崩壊や2008年の世界金融危機(リーマンショック)、2011年の東日本大震災で、景気回復を目指し、大規模な公共投資が実施されるたびに、政府の貯蓄が大きくマイナスになります。 ただ、財政赤字の拡大に歯止めをかけるべく、2000年代に入ると、財政構造改革を打ち出し、公共事業の見直し、社会保障費の抑制など歳出を削減するなど財政の健全化を目指したことで、財政赤字は縮小しました。 金融では、日銀が低金利政策で景気回復を図ります。超低金利政策やゼロ金利政策で景気を刺激しようとしましたが、バブル崩壊の痛手は大きく、企業が設備投資を積極的に行わなかったため、銀行の貸出(融資)は伸びませんでした。要は、お金が流れませんでした。 それでも、やっと景気回復の兆しが見えた2000年、2006年には、お金の流れが速くなりすぎる前にと、利上げを開始しましたが、それぞれ、ITバブル崩壊、世界金融危機に出鼻をくじかれる格好となり、2度とも低金利政策に逆戻りします。 企業業績は不振のまま、賃金は上がらず、消費者はモノを買わないという景気の悪循環が続き、物価は継続的に下落しました。CPIは0%近辺で推移し、ときにはマイナスにもなる「デフレ」の状況です。低金利政策で、短期金利も、預金金利もほぼ0%になりました。しかし、デフレのときは、物価が下がるので、その時点より将来のほうが、モノがたくさん買えるようになります。企業も家計も、手元の現金をすぐに使わず、現金のまま持っていたほうが得だと考え、ゼロ金利でも預金を増やしました。 公共投資を行う政府が借り手、預金を増やす企業と家計が貸し手になり、日銀の低金利政策が景気を刺激するはずでしたが、この低金利政策が功を奏しない時期が続きました。企業も家計も、バブル崩壊、世界金融危機など国内外の思わぬ事態が起こるたびに、お金の流れが滞った苦い経験を引きずっていたのでしょう。 企業は、コストや債務の削減を優先し、設備投資や賃上げを行わず、手元資金を企業内に温存しました。お金は、企業の貯蓄になるだけで、家計には流れない状態が続きます。家計の購入意欲が上がるはずもなく、物価は下落していきます。 低金利政策で、お金はあるのに流れない、まさに、カネ余り継続の異常事態が続きました。 後の祭りではありますが、たとえば、政府は、米国が米国本国投資法を採用したように、日本も海外のお金を国内に回帰させる策を練るべきだったのではないかと悔やまれます。米国本国投資法とは、米国において、米国企業が海外で得た利益を米国内に送金して、米国内で投資を行うのであれば、この利益については軽減税率を適用するという法律です。「レパトリ(資金還流)減税」といわれ、企業が海外で得た利益を米国内に還流させ、米国内で投資を行わせるのが目的です。 当初は、ブッシュ政権下で、2005年の1年限り、通常の35%から5.25%にまで税率を引き下げました。その結果、約3000億ドルが米国に還流し、為替は約+13%のドル高になったといわれています。かなりの効果でした。2017年の第1次トランプ政権での税改正で、同法は恒久化されました。 2020年ころからは潮目が完全に変わります。これまではカネ余りでしたが、これからはカネ不足です。長年の景気低迷やコロナ禍を乗り越えたことにより、一種の安堵感や解放感が生まれ、成長を求めるチャレンジ精神、モノをほしいと感じる消費意欲が徐々に復活し始めたようで、お金が足りなくなっています。さらに、貿易赤字の拡大、所得収支の増加が、カネ不足を助長しているようです。 貿易では、輸入額が輸出額を上回る貿易赤字が恒常化しつつあります。すなわち、お金は「海外への支払い」から「海外からの受け取り」の状態になります。 その理由は二つで、一つ目は、昨今の特にエネルギー資源や原材料の価格が高騰していることです。衣食住を輸入に頼っている日本の輸入額は必然的に増加します。それに円安も加わり、輸入価格がさらに上昇しています。 二つ目は、所得収支の増加に関連しています。日本企業が海外現地生産を進めたため、海外での利益は増加していますが、このお金は国内に戻りにくい性質のものです。 財政は、コロナ禍を過ぎると税収が好調となり、財政赤字は大きく改善しています。すなわち、政府にはお金が集まってきているということです。理由は「インフレ」です。輸入価格の上昇、消費意欲の復活で、物の価格が上昇し、企業の売上が伸びます。結果的に、消費税や法人税の納付額が増えることになるので、政府の歳入は潤います。消費者や企業にとっては、インフレという名の増税だと感じるかもしれません。 金融では、日銀が利上げを開始し、市場からお金を吸収し始めました。企業は設備投資のため、家計は住宅購入などのために資金調達を行いたいのですが、銀行では融資に回せるお金が不足し始めていて、融資の元となる預金の獲得競争が始まっています。お金が不足しているのに、借りたい人が多いという金利が上昇しやすい状況になりました。 エネルギー資源や原材料、輸送費の高騰などで物価が上昇しています。それだけでなく、CPIがGDPを上回る水準にまで上昇しています。これは、経済は成長し、賃金も上昇しているものの、物の価格がそれ以上に上がっていて、家計を圧迫しているという「悪いインフレ」です。 全体を見ると、お金は今はまだ企業や家計から、政府や海外に流れていますが、海外から国内にお金が還流しにくいため、国内ではお金が不足し始めました。いずれ企業は貸し手から借り手になるでしょう。賃金は上昇していますが、物価上昇に追い付かず、家計を圧迫しています。すなわち、物価の上昇速度が速く、賃金が上がっても、物が高いと感じるばかりで、景気の良さを実感できない状態です。 日本は、長く続いたデフレ局面から脱却し、今はインフレ局面に変わりました。利下げ(低金利)局面から、利上げ局面にも変わりました。物価の上昇と同じように、賃金も上昇していれば、生活水準が維持できるはずです。事実、お金が適度に流れている「良いインフレ」で、物価の上昇が家計の負担にならず、生活も日本という国も豊かだと感じていました。 しかし、今はどうでしょうか。たとえば、東京都の最低賃金(時間額)は、2024年10月の1163円か、2025年10月に1226円になり、金額は過去最大で63円上がっています。率にすると約15.4%程度の上昇ですが、昼食代、食品代、電気代、旅行代など身近な物の価格は、もっと上がっているように思いませんか。 なぜなら、それは今が「悪いインフレ」だからです。「物価が上がるけれど、何か対策はありますか?」という質問をすると、生活が苦しくなるだろうから、「これからも預金する」という人が多くいます。物価が上がるのに預金という答えに、少し矛盾を感じてほしいのです。 たしかに、預金とは元本はそのままに、利息を積み上げていくリスクの少ない投資の一つで、デフレ局面や利下げ局面では頼りになる資産運用です。しかし、インフレ局面や利上げ局面に変わると、預金では物価上昇や金利上昇に対し、後れを取ってしまいます。ほかと比べて、自分のお金だけ増えていかないという状態になってしまうのです。 最近の米国がその実例です。米国は、今の日本よりも数年早く、インフレと利上げの局面に入りました。物価も調達金利も上がりましたが、2025年7月現在、政策金利は4.5%まで上がっていても、預金金利は0.59%程度とかなり出遅れています。預金をしていても、金利上昇の妙味がほとんどないということです。 預金金利が上がらない理由は、銀行の利益は利ザヤ(貸出金利-預金金利)だからです。低金利が長く続いたのちに利上げが行われると、銀行の保有している債券や貸し出している資金の評価損が膨らむのは致し方ないとしても、預金金利を上げてしまうと、逆ザヤ(利ザヤがマイナス)となってしまい、銀行の収益がさらに圧迫されてしまうからです。 日本も、利上げと同じベースでは預金金利は上がらないと思われる一方、物価は需給やコストに敏感に反応し、すでに上昇しています。今後もインフレが続くと見込まれる中、投資や資産運用を預金だけに頼っている場合ではありません。 日本は、デフレ局面が長かったので、現金としてのお金は持っていれば安心なもので、その理由は価値が下がらないからと思っている人が多いかもしれません。しかし、お金を現金のままで持っていると、その価値が下がってしまうのが、インフレ局面なのです。 今なら現金10万円で、自転車を2台買うことができるとして、デフレ局面とインフレ局面で、1年後の現金の価値を考えてみましょう。現金10万円は、そのまま持てば、いつでも10万円のままです。自転車はどうでしょうか。デフレ局面では、物の価格が下がり、1年後に10万円で同じ自転車が3台買えるようになりました。 万円の価値が、自転車2台分から3台分に膨れ上がったのです。一方、インフレ局面では、モノの価格が上がり、1年後には10万円で1台しか買えなくなります。つまり、物価が下がって「お金の価値が上がるのが、デフレ局面」で、物価が上がって「お金の価値が下がるのが、インフレ局面」です。 特に、悪いインフレのときは、賃金(給与)の手取り額が減っているわけではないのに、生活が苦しく感じるはずです。なぜなら、物価の上昇に対して、手取り額というお金の価値が下がっているため、今までと同じようにモノを買うことが難しくなるからです。 インフレ局面では、資産の価値を維持するためには、現金を何かに変えて、お金にもっと働いてもらい、お金を増やさないといけません。お金に働いてもらう、つまり、投資が必要なのです。 インフレ局面では、資産の価値が上がるので、高額な資産を持っている人ほど、裕福になる傾向があります。たとえば、インフレで資産価値が1年後に2割上がるとしましょう。もし、1台1000万円の車を持っていたら、1年後に1200万円(+200万円)になり、1軒1億円の家を持っていたら、1年後に1億2000万円(+2000万円)になります。つまり、インフレのときには、車、不動産、株式など、保有している資産が高額であればあるほど、その資産価値は大きく増えるのです。 もちろん、資産は高額ならどれでもいいわけではなく、価値が上がるものを厳選しておく必要がありますが、資産を持っている人と持っていない人、投資をしている人としていない人、その格差は、インフレのときにこそ広がってしまうのです。 インフレ局面では、なぜ株価は上昇するのでしょうか。もちろん投資に絶対はありませんが、ヒントとなる考え方はあります。まず、2025年7月時点で、過去5年間で株式が上昇した国は、アルゼンチン、トルコ、ナイジェリア、エジプトなどで、これらの国の共通点は、インフレ率が高いことです。 では、なぜインフレ率が高いと株価が上昇するのでしょうか。理由は、通常時とインフレ局面での企業の貸借対照表を比べると分かりやすいでしょう。貸借対照表は、左側に資産、右側に負債と純資産があり、左右が同じ金額になるようにできています。資産は、企業の売上、保有資産や在庫などなので、インフレ局面では、その価値は上昇します。一方、負債は、いわゆる借金なので、インフレ局面でも金額自体は変わりません。そして、企業価値である純資産は、資産-負債で求められるので、インフレで資産が増えた分、純資産も増加することになります。 インフレ局面では、負債は増えず、資産と純資産が増えるので、業績が好調と理解され、株価が上がるのです。ただし、インフレ体質の国では、自国通貨が下落しやすいことも特徴になります。自国の通貨安=高インフレ率=株高の関係が成り立つので、株価が上がっても為替で損をすることが多々あるため、為替を考えなくてはならない海外投資家にとっては投資妙味が少なくなってしまいます。 もし、日本の円安がインフレ高に基づくものであれば、株価が上昇してもおかしくはありません。インフレが続くなら、為替が絡まない日本の国内投資家にとっては、日本の株式が、意外にも投資の中核になるかもしれません。 日本が、国民の生活を維持するためには、衣食住の輸入を減らすわけにはいきません。貿易赤字が縮小するとすれば、輸出の拡大が必須になります。しかし、今の日本は、新興国と比べると人件費が高く、生産コストがかかってしまいます。戦後の日本、今のベトナムやバングラデシュなどのように、安い人件費を売り物にした工業製品と同じモノを作っていては、輸出を増やすことはできません。 やはり、日本の特技を活かして、半導体のようなスキル(生産技術)を要する付加価値の高い製品の製造、そのための工場誘致、新技術や新商品の開発、ゲームやアニメなどのソフト産業の輸出拡大が望ましいでしょう。また、訪日客、いわゆるインバウンドによる消費は、海外のお金を国内に持ってくるので、輸出と同じ効果があります。2024年のインバウンド消費額は、約8.1兆円と見込まれ、日本が得意とする乗用車の輸出額約16.2兆円の半分ほどに該当します。 のインバウンド政策次第では、インバウンド消費のさらなる増加が期待できます。もし、日本の貿易赤字が縮小に向かうなら、お金は徐々に流れ始めるはずです。さらに、日本が貿易黒字になり、黒字幅が増えれば、国内に還流するドルを円に換えることから(ドル売り・円買い)、為替には円高要因に働きます。輸入価格が低下し、インフレも低下、国内金利も低下するでしょう。 お金の流れでは、企業が借入を進めて国内での設備投資を増やし、財政による公共投資も加わり、賃金上昇を伴って家計にお金が回り始めます。貿易赤字が縮小するシナリオとは、いずれ、経済はお金から学べの金の流れが適度な状況に戻っていくことです。 次は、このまま貿易赤字が続く、または、増え続けるシナリオで、経済はお金から学べの続きになります。お金の流れは、図のとおりで、お金が循環していないようです。 どうしても貿易赤字拡大のシナリオを裏付けてしまう材料がいくつも思い浮かびます。トランプ関税が導入され、世界に衝撃が走りました。当初+25%といい渡された日本ですが、貿易交渉が合意に至り、日本が対米投資を増やすかわりに、関税率は一律15%となりました。しかし、関税率が大幅に上がることに変わりはありません。日本の輸出は減少し、輸出企業が値下げして輸出量を維持するか(企業の収益を圧迫)のどちらかになるでしょう。また、対米投資では、日本企業はますます米国などの現地生産を進めざるを得ず、お金は海外へ流れていきます。対米投資で所得収支は増加するでしょうが、そのお金は国内に戻りにくいのはお話ししたとおりです。 日本の2024年の貿易収支を見ると、貿易赤字額の合計は約▲5.5兆円となっていて、その内訳のうち、医薬品と医療機器の赤字額だけで、合計で約▲4兆円となっています。 第2章の「財政」で、高齢化が社会保障費の増加につながると指摘しましたが、貿易でも同じことがいえます。高齢化に伴って医療関係の需要が拡大します。コロナ禍を除き、医薬品と医療機器の貿易赤字額は、年々増加傾向にあります。ほかにも、高齢化と人口の減少が進めば、働き手は減少するでしょうし、特に日本が得意とする精巧な工業製品に携わる熟練の技術者の減少は、輸出拡大の妨げになるでしょう。どうにも、貿易赤字拡大は避けられそうにありません。 金融では、日銀が利上げを続けることが予想されます。貿易赤字の拡大は、日本の輸入価格を上昇させ、悪い円安をもたらします。この円安を解消するため、また、企業や家計の借入が増加し、お金の流れが速くなっていくのを調整するため、日銀による利上げは続くでしょう。お金が不足するので、国内ではさらに金利の上昇圧力が高まってしまいます。 財政では、財政赤字が増加し、国債の購入を海外に依存するようになるかもしれません。今はインフレが税収の増加に寄与し、財政にとってはプラス面が先行していますが、インフレはいずれ金利の上昇につながります。政策金利が上昇した場合、国債の利払い費が増加し、財政赤字の拡大に作用します。また、貿易赤字が続いて国内のお金が海外に流れ、さらに、日銀の利上げでお金が不足すると、増え続ける財政赤字がさらに悪化するでしょう。 おわりに、まずは、『経済はお金から学べ』をご購読いただき、ありがとうございました。ちょうど2024年から2025年にかけて、金融では「日銀が利上げ」を始め、財政では選挙で「消費税の引き下げ」が叫ばれ、貿易では「トランプ関税」に衝撃を受け、身近では「物価が上昇」し、タイムリーな出来事が連発しています。 しかし、今起こっていることは、偶然でもなければ、他人事でもありません。これらはすべて、起こるべくして起こった事態であり、私たちの生活のど真ん中にある話なのです。今が、経済を学ぶには、一番適した時期のような気がします。 本書を執筆するにあたり、皆さんとの共通項は「お金の流れ」だと確信し、経済を「金融・財政・貿易」の3つに分けてお話ししてきました。とことんシンプルに考えていったら、経済の要所は、この3つに絞られたのです。また、これからを知るための一番の近道は、過去を理解することだと思います。「歴史は繰り返す」という言葉は、経済にも通じています。今後の経済を考える際に迷うことがあれば、終章の内容を振り返ってみてください。 もし、皆さんが本書を読んだことで、漠然としていた経済が、少しでも具体化され、自らがその一員であることを実感していただけたらうれしく存じます。そして、はじめに申し上げたとおり、皆さんには、経済の教養だけでなく、お金の教養も身についたはずです。すでに新しいニュースが報じられていますので、ここからは、皆さん自身が経済の主人公となって、あなた自身を、ご家族を、日本を豊かにするためにお金の流れを考え、大切な資産を守ることで、ぜひ経済を学び続けてください。 今の日本が、インフレ局面だ、利上げ局面だと分かっても、物価上昇だ、家計圧迫だと嘆くだけでは、どんどん悪いインフレの波に呑まれてしまいます。せっかく経済の知識を得たのに、何もしないでいることは、物価上昇に負けていく流れを放置しているだけかもしれません。インフレの今だからこそ、経済を学んだ今だからこそ、自分の大切な資産を減らさないために「お金を働かせて」、皆さんがインフレに負けず、豊かな人生を送ってくだされば、ファンドマネージャーとしての著者冥利に尽きます。 最後になりますが、私が今でもファンドマネージャーを続けていられるのは、周りの方々に恵まれたからだと思います。私を育ててくださった先輩方、苦楽を共にしてきた同僚、取引させていただいた金融機関、資金を預けてくださったお客様、そして、今の私を支えてくださっているすべての皆様に改めて感謝申し上げます。 また、本書の出版にあたり、編集者として携わってくださった水早將様(SBクリエイティブ株式会社)をはじめ、本書が書店に並ぶまでご協力、ご尽力いただきました皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。 経済はお金から学べ 2025年11月27日 初版第1刷発行 2025年12月1日 電子第1版発行 著者:堀井正孝 発行者:出井貴完 発行所:SBクリエイティブ株式会社 〒105-0001 東京都港区虎ノ門2-2-1 装丁:池上幸一 本文デザイン:相原真理子 イラスト:瀬川尚志 校正・DTP : 株式会社PHPエディターズ・グループ 編集協力:渡辺稔大 株式会社PHPエディターズ・グループ 編集担当:水早將 印刷・製本:中央精版印刷株式会社 本書の内容に関するご質問等は、小社学芸書籍編集部まで必ず書面にてご連絡いただきますようお願いいたします。 ISBN978-4-8156-3574-9